Fate/Sprout Knight   作:戯れ

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6日目②

「一先ずここで、対策を練りましょう」

 

 イリヤの居城から逃げ出した俺達は、森の中にある廃教会らしき建物を見つけ、そこに逃げ込んでいた。

 

「対策って…このまま街まで逃げるんじゃだめなのか?」

 

「ダメよ。誘拐されてきた衛宮君は分からないだろうけど、この森は広大で、しかもアインツベルンのお膝元。ただ逃げてるだけじゃ、逃げ切る前にあのバーサーカーに追いつかれるわ」

 

「けど、対策って言ったって…」

 

「セイバーに、戦ってもらえるようになるしかないでしょうね」

 

「セイバーに…?」

 

 それは、遠坂自身が不可能と言っていた筈だが…。

 

「えぇそうね。あの時は、ここまで切羽詰まった状態にいきなり放り込まれるなんて思わなかったから、詳しくは説明しなかったけど…方法は、まだあるわ」

 

「そうなのか!?」

 

「…あなたの魔術回路を、セイバーに移植するのよ」

 

 魔術回路。

 魔術師が魔術を行使する上で必要となる、世界から魔力をくみ上げるための機関。

 

 それから、遠坂は、その方法を伝えなかった理由―――それを行う上での問題点を挙げていった。

 

 失われた魔術回路は、二度と戻らない。魔術師にとっては時には寿命よりも優先すべき魔術回路を、永遠に失うという事。

 魔術回路は、神経の一部に等しい。それを移植するという事は、自らの神経を強引に引っこ抜くに等しく、その負担は計り知れない事。

 あぁ、確かに、まともな状況なら、まず行わないような手段だ。

 

 けれど―――

 

「わかった。やろう、遠坂」

 

「早っ!?ちょ、ちょっと、あなたちゃんと意味分かって言ってるの!?」

 

「あぁ、分かってる」

 

 俺は、別に魔術師として大成したいわけでもない。

 俺の負担なんて、考えるまでもない。

 

「それでセイバーが助かるなら、俺はそれで構わない」

 

「………はぁ、分かっちゃ居たけど」

 

「なんだよ、遠坂」

 

 遠坂の呆れたような態度を怪訝に思い、不満をこぼす。

 

「衛宮君、実はとんでもない馬鹿でしょ」

 

「なっ」

 

 反論したい。

 反論したい、のだが…。

 今までの俺の間抜けっぷりから考えるに、反論しても逆に墓穴を掘る結果に終わる気がする…。

 

「…あぁ、遠坂に比べれば、俺はとんでもない馬鹿だよ」

 

「あら、素直なのはいい事ね。…っ、ぁ!」

 

「遠坂!?」

 

 突然呻いて腕を抑える遠坂。

 その抑えた腕を見れば―――そこに刻まれていた令呪が、消失していた。

 

「そん、な…!?アーチャーの奴は!?」

 

「…消えたんでしょうね」

 

 そう、感情を見せずに呟く遠坂に、何かを言おうとして。

 努めて無表情を装う遠坂を前に、俺に言えることなど何もないと、口を噤むしかなかった。

 

「これで、本格的にセイバーに頼るしか道はなくなったわね。…始めるわよ」

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 目が覚めた俺とセイバー、それに遠坂は、対バーサーカー戦に備えていた。

 

「セイバー、大丈夫か?」

 

「はい、魔力供給を受けられるようになりましたので、問題はありません…!シロウ、リン、サーヴァントの気配です!」

 

「!!」

 

 セイバーからの警告に、戦闘態勢を取ってセイバーの指し示す方向へと体を向ける。

 現れたのは―――

 

 

 

「凛」

 

 そう、暗闇から語りかけてきたのは、あの皮肉屋の弓兵の声だった。

 その影は、木漏れ日の隙間を埋める暗闇に紛れていて、その詳細を判別できない

 

「アー、チャー?」

 

「他の誰に見えるかね?」

 

 いつもの調子でこちらに近づいてきたアーチャーに対して…

 

「止まりなさい」

 

「…何か、気に障る事でもしたかね?こちらは、あのバーサーカーを倒して帰還したところなのだから、少しくらいそれを配慮してくれてもいいのではないかと思うのだが」

 

「そんなわけない。…あなたは確かに消えた筈よ、アーチャー。少なくとも、あなたは私のサーヴァントじゃぁない」

 

「…それは、半分的外れだな、凛。私は見ての通りまだ消えてはいない…が、そうだな」

 

 

 

「もはや君のサーヴァントではないというのは、その通りだ」

 

 

 

「■■■■■■■■■■―――――!!!」

 

「バーサーカー!?」

 

 直後、廃教会が爆散する。

 あの暴力の塊からの攻撃を受ければ、こんなボロい教会、そうなっても仕方のない事だろう。

 衝撃に吹き飛ばされた俺は、バーサーカーと切り結ぶセイバーの姿を視界の端に捉え―――

 

「がっ!?」

 

 自分の首根っこを引っ掴んだアーチャーの手によって、セイバーと遠坂から無理矢理引きはがされた。

 

「シロウ!?」「衛宮君!?」

 

 そんな俺の目に、アーチャーの姿越しに、その景色が映った。

 

 

 

「よう衛宮、遠坂、それとセイバー。随分と無様だな」

 

 黒く染まったバーサーカーと。

 同じく黒く染まったアーチャー。

 それに、ぐったりとしているイリヤと。

 そんなイリヤを抱えて、主の傍らに侍るライダー。

 そして―――いつも通りの挑発的な笑みを浮かべた慎二の姿だった。

 

 

 

 

 

 

「私も、ここまでか…」

 

 そこは、アインツベルン城の玄関口。

 広く、絢爛豪華なホール。

 だが、その様は一変していた。

 

 天井から吊り下げられたシャンデリアはボロボロに砕け散り。

 城を支える柱にはあちこちに罅が走っており。

 豪奢な文様が描かれた敷物は、ズタズタに引き裂かれている。

 

 その有様が、ここで行われていた戦闘の激しさを物語っていた。

 

「どういうことよ…なんなの、あなた。私のバーサーカーを、『六回』も殺すなんて」

 

「さて、誰だろうな、私は」

 

 驚愕するイリヤスフィールに対して、アーチャーは全く変わらない様子で減らず口を叩く。

 その返答に苛立つイリヤスフィールだったが、しかし勝敗は既に決している。

 

 六回に渡る殺傷。しかしそれでも、バーサーカーを殺し切るには至らない。

 

 バーサーカーの持つ宝具こそ、数多の試練の果てに、神より授けられた不死の肉体。

 乗り越えた試練の数だけの命を保有する埒外の奇跡。

 ギリシャ神話最大の英雄、ヘラクレスに相応しき生涯の体現。

 

十二の試練(ゴッド・ハンド)

 

 その効果は、十一の命のストック。

 バーサーカー自身の命に届かせるには、まずその十一の命を奪わなければならない。

 ただでさえトップクラスの身体能力を誇るバーサーカーを相手に、総計十二の殺害を実行しなければならない。

 更に、一度命を奪った方法には耐性を獲得するため、一回一殺ならば、十二の殺害方法を用意しなければならない。

 また、その神より授けられた加護を打ち破るには、並の手段では足りない。最低でもAランク以上の宝具を持ち得なければ、その盾を突破することは出来ないのだ。

 

 故に、六回殺されたとしても、あくまでその主は苛立つだけ。

どんなことがあっても自分のバーサーカーが敗れることなどありえない。

自らの(しもべ)は、最強なのだから。

 

 ―――だから、彼女は忘れていた。

 その英雄が、あくまで本来の姿の影法師。

 聖杯によって呼び出された、サーヴァントであることを。

 

「…もういい、やっちゃえ、バーサーカー!」

 

 ダメージゆえに、動くことすらままならないアーチャーは、突貫を掛けるバーサーカーを見やる。

 狂気に犯されながらも大英雄としての格を失う事はなかったそのサーヴァントは、荒々しく削り出された、辛うじて剣の形を保っただけの武器を振り上げる。

 その暴威がアーチャーの目前へと迫り―――

 

 

 

 

 

「侵せ」

 

 突如現れた黒い呪いに、飲み込まれた。

 

 

 

 

 

「―――――え?」

 

 その光景に、呆然とするしかない。

 突如現れたそいつは、全身から悍ましい気配を発する黒い触手を溢れさせ、それらが死に体のアーチャーと…自らのバーサーカーに纏わりつく。

 

 自らのバーサーカーは最強である。

 そんな彼を、討ち倒せる存在などある筈がない。

 絶対に、負ける事なんてありえない。

 そう思っていた。そして事実、その筈だった。

 しかし幼い彼女は知らなかった。

 

 ―――何事にも、例外はあるのだと。

 

「だ、だめ!逃げて、バーサーカー!」

 

「■■■■■■■■■■―――――――――!!!」

 

 苦し気に呻くバーサーカー。

 狂戦士に、主の意思を聞き届けることは出来ない。

 既に全身を侵していた『ソレ』は、彼の英雄を掴んで離さない。

 

 そしてとうとう―――抗いきれず、膝を屈した。

 

「そんな、バーサーカー…!?」

 

「ふぅ…まだ喰らうんじゃねぇぞ。そいつらには使い道があるんだからな」

 

「!…あ、あなたは!間桐の…っ!!!」

 

「よぉ、アインツベルンのマスター。初めましてだな」

 

 こちらを見やるその男には、嘲弄するような笑みが浮かんでいる。

 

「一体、どうやって…どこから!?」

 

「何、衛宮が攫われたみたいだったからな。外から様子を見て、適当な所でライダーに運んでもらっただけさ」

 

 その傍らには、美しき幻獣…有翼の馬に乗った、血も凍る程の美女が並び立っていた。

 なるほど、神秘深きあの幻獣ならば、こちらの知覚外から一瞬でここへ辿り着いたのも頷ける。

 だが、それ以上に―――

 

「よくも姿を現せたものね、間桐の盗人風情が…!それは、アインツベルンのものよ…!」

 

「あぁ、これか」

 

 そう言って二人が視線を向けるのは、今もなおアーチャーとバーサーカーを縛り付ける、黒い呪いの塊。

 

「ハッ!きちんと管理できてないお前たちが間抜けなんだよ。盗まれたくないなら、そうされないように対策を練っておくべきなのに…ていうかさ、今の状況分かってるのかよ」

 

「っ!!!」

 

 サーヴァントを失い、力を失くしたイリヤスフィール。

 そのすぐ傍に、天馬から降りたライダーのサーヴァントが立っていた。

 

「ライダー、そいつを寄こせ」

 

「はい、慎二」

 

「ちょ、やめなさ―――きゃぁ!?」

 

 ライダーによって、イリヤスフィールは投げ出される。

 その向かう先は、ぱっくりと口を開けた、呪いの渦。

 

「い、いやぁ…!た、たすけて…バーサーカー!!!」

 

 その声に、狂戦士は答えない。

 既に呪いの一部となってしまったバーサーカーには、その少女は既に『かつて主だったもの』でしかない。

 意識すら酷薄となった英雄に、その声を聞き届ける理由はなかった。

 

「イリヤ様を放しなさい!この下郎!」

 

「このぉ…!」

 

 イリヤスフィールを喰らう間桐慎二に、襲い掛かる影が二つ。

 お付きのメイドである、セラとリーゼリットである。

 だがそれも無駄に終わる。

 

「ライダー」

 

 リーゼリットは、戦闘用に特別に調整されたホムンクルスであり、その膂力は人類のそれではない…が、それでもサーヴァントを上回る物でもない。セラに至っては、そもそも戦闘能力を持ってはいない。

 両者は、ライダーの一撃によって呆気なく吹き飛ばされ、そのまま打ち付けられた壁に寄りかかって気を失う。

 

「…さて、ごちそうさん」

 

 残ったのは、呪いに犯され自意識を乗っ取られつつあるアーチャーとバーサーカー。

 それと、魔力を吸い尽くされ、気を失ったイリヤスフィール。

 

「さてライダー、移動するぜ」

 

「はい」

 

 目的を達した間桐慎二は黒い呪いを自らの中に再度しまい込み、ライダーの天馬に乗って、アインツベルンの森の中へと飛び立った。

 

 

 

 

 

 


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