Fate/Sprout Knight   作:戯れ

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6日目④

 その空間は、初めて見る筈なのに、なぜかずっとそばにあったかのような錯覚を覚えた。

 

 乾いた大地と、そこに突き立てられた無数の剣。

 

「これは、私の心象風景だ」

 

 声の方向に目を向ければ、体中に黒い筋が走り、何らかの呪いに汚染されていることが見て取れるアーチャーの姿があった。

 

「『固有結界』―――魔術の中でも大魔術に分類される魔術で、自らの心象風景によって現実を塗りつぶす、そういうものだ。…そして、お前がいずれ至るであろう可能性の一つでもある」

 

「俺が…?」

 

「もう、気付いているのだろう?お前は、この景色を見た時点で、感じていたはずだ。既視感、共感―――」

 

「…まさか、お前は」

 

 

 

「俺の名前は、エミヤシロウ。正義の味方―――つまり貴様の理想、その成れの果てだ」

 

 

 

 

 

 

「がっ、はっ!?」

 

 この結界の中に入ってから、どれくらいの時間が経っただろうか。

 あれからずっと、俺はアーチャーの手で痛めつけられ続けている。

 拳打を受けては腰を折り、蹴りを受けては吹き飛ばされる。

 そんなことを繰り返される中で、俺の体はボロボロに痛めつけられ、無様な姿を晒している。

 

 だが、それ以上に―――

 

「づあ…っ!!!」

 

 流れ込んでくる映像がある。

 

 助けを求める声があった。

 嘆き呻く声があった。

 救いを叫ぶ声がった。

 この世に『正義』はないのかと、そんな風に世界を呪う声があった。

 

 その全てを諸共に吹き飛ばし続けていた。

 

 それは、世界の意思、人類の無意識の集合体、『アラヤ』と契約を果たした、一人の英雄の生涯だった。

 

 人類の歴史の中で、どうしようもなくなった瞬間。

 そのまま世界が回り続ければ、いずれ人類が多大なダメージがあるであろう、歴史の分岐点。

 そんな時に、その英雄は現れ―――そして、全てを消し飛ばしていった。

 

 正義の味方。

 あぁ、確かに、彼の行いによって、多くの命が将来救われたのだろう。

 そうしなければ、もっと多くの命が失われたのだろう。ひょっとすると、人類丸ごと滅ぶような未来が訪れたのかもしれない。

 

 ―――けれどそんな大義名分は、この景色の残酷さの前では、虚しく響くだけだった。

 

「これ、は…!?」

 

「そうだ、それこそが、(お前)の生涯。正義の味方であることを望み、その理想に準じた結果、人殺しの掃除屋にしかなれなかった、世界の抑止力、その一つ。…それが、(お前)だ」

 

 こんな未来を迎えるのか。

 こんな生涯が、俺の未来なのか。

 

「借り物の理想を、後生大事に抱え続けた結果がそれだ。俺は、そんな血に塗れた未来を消すために、今…ここにいる」

 

「諦めろ、衛宮士郎。お前では、お前の思い描く正義の味方には成れはしない」

 

 

 

「お前の存在そのものが、間違いだったのだ」

 

 

 

 そうなのか。

 

 駄目なのか。

 

 成れないのか。

 

 俺が正義の味方を目指すのは―――間違っているのか。

 

 

 

 

 

『僕はね、士郎。正義の味方になりたかったんだ』

 

 

 

 

 

「…じゃない」

 

「何?」

 

「間違いなんかじゃ、ない―――!」

 

 綺麗だったから憧れた。

 

 確かに始まりは、仮初だったかもしれない。

 俺は別に、理想を目指したわけじゃない。

 ただ―――

 

『ありがとう!ありがとう!…生きていてくれて、本当に―――!』

 

 俺を助けた時の切嗣の姿が、本当に嬉しそうだったから。

 もし、俺にもあんな風に喜べる時が来るのなら。

 そう思って、切嗣の姿を追いかけていただけだった。

 

 理想は借り物で。始まりは仮初で。

 目指していたのはただ、正義の味方ではなく、正義の味方だった男―――衛宮切嗣の後ろ姿だった。

 

 けれど―――

 

 より多くの人の幸せのために。

 より多くの人が救われるように。

 より多くの人が笑っていられるように。

 

 そんな願いが、間違っているわけがない。

 

 綺麗だったから憧れた。

 あんな風になりたいと思った。

 借り物の理想でも。仮初の始まりでも。

 

 

 

投影・開始(トレース・オン)ッ!!!」

 

 

 

 僅かばかりとなった魔術回路を励起させて、その技術を模倣する。

 己がいずれ至る境地を、今ここで再現する。

 

「くっ…私の記憶を覗き見て、その技術を模倣したか…だが、そんな拙い投影で!」

 

 干将・莫耶。

 奴が―――俺が、好んで使うこの双剣を投影し、奴と打ち合う。

 

 そして―――俺の剣が、砕け散った。

 

「ぐっ…!まだ、だぁ!」

 

 投影する。

 

 砕け散る。

 

 投影する。

 

 砕け散る。

 

 何度も、何度も、何度も―――。

 

 初めは、一合と持たない。

 次は、二合。

 その次は、三合。

 

 徐々に、俺の投影は、その精度を上げていく。

 

「何故だ…何故抗う!もはや立っている事すら難しいはずだ!己が間違っていると気づいた筈だ!それなのに―――」

 

「それでもッッッ!!!」

 

 追いついて見せる。

 

 追い抜いて見せる。

 

 お前がたどり着けなかった場所に、辿り着いて見せる。

 

 何故ならば―――

 

 

 

「俺が目指した正義(理想)は、決して間違いなんかじゃぁない!」

 

 

 

 両手に握った双剣が、奴の胸を貫いた。

 

 

 

 

 

 

「俺の、勝ちだ」

 

「あぁ、そして私の敗北だ」

 

 私の作った世界が砕け散り、現実へと舞い戻る。

 

 結局、私はマスターの命令を遂行できなかった。

 

『殺すな。ただ、その理想を砕け』

 

 あの呪いで以て、凛から私のマスター権を奪い、そう命じてきた現在のマスター、慎二。

 殺すなという縛りさえなければ、即座に殺して終わりだったというのに。

 

 そのせいで、思い知ってしまった。思い出してしまった。

 自分がどれだけ頑固な人間で、どれだけ、諦めの悪い人間なのかという事を。

 

 ―――この男は、死んでも止まらない。

 

 それに気づいた私は、振り上げた剣を降ろした。

 奴が諦めることがなく、私に奴を殺すことができない以上、どれだけ戦い続けても、最後には私の敗北で終わる。

 その未来が、はっきりと見えてしまったからだ。

 

 

 

 

 

 

「なんだ、結局負けたのか、アーチャーの奴…まぁ、それならそれでいいさ。戻れよ、アーチャー」

 

 幻想の世界から現実へと戻ってきた俺を迎えたのは、膝を屈するセイバーと、汗を垂らして油断なく辺りを見回す遠坂…そしてそんな俺達を余裕綽々な態度で睥睨する慎二の姿だった。

 

「慎二…ッ!」

 

「お、なんだよ衛宮、やる気か?そんなボロボロの体で、この局面を一体どうしようってんだ?」

 

「どうにかするさ…誰かを犠牲にしようだなんていう、お前の行いを、俺は許すわけにはいかないッ!」

 

 そうだ。

 俺は決めたんだ。

 この理想を掲げ続ける。

 俺は、正義の味方であり続ける。

 ―――あの、俺の始まりである光景(地獄)に報いるためにも。

 

「全く、役に立たないどころか、敵に塩送るような真似しやがって…ま、それならそれでいいさ。僕自身が出張るだけだ」

 

「っ!」

 

 俺は意識を戦闘に備えさせる。

 既にアーチャーとの戦いの中で俺の体はボロボロだが、それでも抗う意志だけは絶やさない。

 

 ―――だが、続く言葉は、その意志を砕こうとするものだった。

 

 

 

「聖杯、お前にくれてやろうか?衛宮」

 

「………なん、だと?」

 

「だから、聖杯だよ。万能の願望器。僕は別に要らないからさ、お前にくれてやろうと思って」

 

「なん、で…そんな、こと…」

 

「だって、お前にはあるだろう?叶えたい願いが、願わなきゃならないことが」

 

「そんなもの、オレには―――」

 

「あるだろう。十年前の悲劇を、なかったことにするっていう願いが」

 

「――――――」

 

 絶句する。

 それは、あまりにも。

 甘美に過ぎる、誘惑だった。

 

「十年前の地獄。お前達が味わい、そしてお前だけが救い出された、前回の聖杯戦争の最後の瞬間。

 数多の命を奪い、数え切れない人々の人生を滅茶苦茶にした、この冬木で起きた大災害。

 そこで唯一人生き残ったお前は、こう思っているはずだ―――『あんなことが起きなければ』ってな」

 

 あぁ、確かにそうだ。

 あんなもの、起きなければよかった。

 あれのせいで、どれだけの悲劇が生み出されたか知れない。

 

「もし聖杯があれば、本当になかったことにできるぜ?衛宮」

 

 その誘惑に、俺は―――

 

 

 

「いいや、そんなものはいらない」

 

 

 

 首を、横に振った。

 

「………何?」

 

「いらないって言ったんだ。…あの悲劇を、なかったことになんてしない」

 

「お前、何言ってるかわかってんのか?お前なら救い出せる。あの時失われた命を、あの時叫ばれた嘆きを、その全てをなかったことにできるんだぞ?」

 

「そんなこと、出来ない」

 

「見栄張るのはやめろ衛宮!お前にはずっと後悔があったんだろうが!ずっと、ずっとずっとずっと、あの時から自責の念が、お前を縛り付けていたはずだ!『自分だけが助かった』という罪悪感が、お前の中にずっとあった筈だ!

 だからお前は、そんな風に自分を蔑ろにして、当たり前みたいに誰かを助けるために動き続けた!本来、魔術をちっとかじっただけの一般人だったお前が、こんなとち狂った戦争に頭を突っ込んだ!…そんな生き方辛いだろう、苦しいだろう?なのに何で、それから逃れようとしない!」

 

「それでも―――!」

 

 確かに、悲しくて、辛くて、苦しくて。

 それでも―――

 

「それだけじゃ、なかった筈だ」

 

 悲しくて涙を流して。

 辛くてしょうがなくて。

 苦しくてどうしようもならなくて。

 

 けれど、それを乗り越えて今がある。

 

「それでも、耐え続けて、前に進んできたから今がある。悲しくても、辛くても、苦しくても、それでも諦めなかった、今の俺がある!

 他の誰かだってそうだったはずだ!何があっても、逃げ出さずに進み続けて築かれた今が―――」

 

 

 

「間違ってなんて居る筈がない!」

 

 

 

「…それがお前の答えか、衛宮」

 

「あぁそうだ。だから、お前の誘いには乗れない。お前がまだ聖杯戦争を続けるっていうんなら―――俺は、お前を止めるぞ、慎二!」

 

「―――そうかい」

 

 かちゃり、と。

 セイバーが、剣を握る音が聞こえた。

 

「セイバー、お前…」

 

「確かにあなたの言う通りだ、シンジ。私は、王になど相応しくはなかった。

…私は、シロウ程強くはなかった。今まで積み重ねてきたことを、あの終わりを受け入れられなかった。だから―――

せめて『私』は、『私』としての誇りだけは守り切ろう。『王』としての意思ではない。私は、『私』の意思でシロウの剣となり、シロウと運命を共にすることで、人としての最後の尊厳を守る。…それが、『私』の選択だ、シンジ」

 

「チッ、アーチャーの事を笑えねぇな、これじゃ」

 

 そして慎二は―――踵を返して、ここから立ち去ろうとした。

 

「ちょ、慎二、どこに行くつもり!?」

 

「どこって…帰るんだよ。まだ随分と戦意たっぷりのようだからな。あーあ、こんな事なら迂闊に変な約束なんてするんじゃなかったぜ。

じゃぁな遠坂、それと衛宮にセイバー。ま、準備ができたら来いよ、いつでも相手してやるぜ?」

 

 そう言って慎二は、本当にそのまま、ライダーの手で運ばれていった。

 

「そういう事だ、ではな未熟者。…次に出会う時は、殺し合う時だ」

 

 アーチャーは、そんな慎二を追いかけていく直前、最後に俺に向けて語りかけてきた。

 

 

 

「その時こそ、俺を殺して見せろ。―――未来の自分自身()を、超えて見せろ」

 

 

 

 

 

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