Fate/Sprout Knight   作:戯れ

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6日目⑤

「が、はぁ…!」

 

「シンジ、本当に大丈夫なのですか?」

 

「あぁ問題ない…!お前は黙って僕を柳洞寺まで運べばいいんだよ…ッ!」

 

 遠坂、衛宮、セイバーとの戦いを終えた後。

 僕は、柳洞寺へ向けて急ぎ移動していた。

 移動手段はもはやお馴染みとなったライダーのペガサス。

 …だが、実を言うとこの状態は大分辛い

 

 ―――オナカスイタ。オナカスイタ。オナカスイタ。

 

 ―――タベタイ。タベタイ。タベタイ。

 

(黙ってろ…ッ!)

 

 あの『呪い』を酷使しすぎた反動だろう。

 今まで感じたことのない程の酷い『空腹』を感じていた。

 頭の中で、魔力(食事)を求める声が反響し、ガンガンと鳴り響く。

 自分がしがみついているライダーも、騎乗している天馬も―――今の自分には極上のエサに見えて仕方がない。

 

(もう少しだけ、待っとけ…!)

 

 ―――喰らうべきエサなら、きちんと用意してあるのだから

 

 

 

 

 

 

「ここは…」

 

「っ…やっと、着いたか。ライダー、お前は、離れて、ろ…!」

 

 辿り着いたのは柳洞寺にあるとある洞穴の奥…大空洞。

 聖杯の祖、ユスティーツァ・フォン・アインツベルン、その魔術回路が刻まれた場所。

 

即ち―――聖杯降誕の地。

 

「アーチャー、バーサーカー」

 

 呼び出すのは、既に汚染済みであるサーヴァント二騎。

 本当なら何かあったときの為の戦力として手元に残しておきたかったが、仕方がない。

 もう、空腹が限界に来ている。既に気が狂いそうになるほど飢えが思考を埋め、まともに頭が働かない。

 

「喰らえ」

 

 僕の言葉に従って、地面から黒い触手が現れ出る。

 歓喜を感じさせる躍動感のある動きで目の前のサーヴァント()二騎に絡みつき、そのまま捕食する。

 強烈な空腹感が満たされていくのと同時に―――

 

 

 

 ―――ドクン

 

 

 

「がっ…!」

 

 自らと接続した『モノ』の胎動を、感じた。

 

 取り込んだ英霊はこれで五騎。それもその内の一騎は、ギリシャの大英雄ヘラクレス。

 ここまで器に並々と魔力が注がれたなら十分だった。

 

「クッ…ソッ…!」

 

 膨大な活力を得た『ソレ』―――『聖杯』が、その意志を露わにする。

 

 

 

「ああああああああああああああああああッッッ!!!」

 

 

 

 ―――ニクイ

 

 ―――ニクイニクイニクイ

 

 ―――ニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ

 

 本来、無色である筈の願望器。

 それは、既にとある存在の手で黒く塗りつぶされていた。

 

 膨大な呪い。

 圧倒的な悪意。

 人の業、その極限の一つ。

 

この世全ての悪(アンリ・マユ)』が、僕の体を依り代に顕現する。

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 意識を取り戻した僕は、自分の状態を確認する。

 既に魔力の奔流は落ち着き、全身を走る激痛は止んでいる。

 だが依り代になった代償か、その見た目は大きく変わっていた。

 髪は老人のような白色に染まり、衣服は禍々しい黒衣に赤い線の入った装いとなっている。

 何よりの違いは―――

 

 ―――ニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイ

 

 ―――シネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ

 

 今もなお、頭の中で鳴り響く呪詛の声だろうか。

 僕は、その声に―――

 

「あぁ、全くだな」

 

 同調、する。

 

 ―――僕は、この世界が憎い

 ―――僕は、この世界を殺したい

 

 

「呵々、ようやく、『成った』ようだの」

 

 そんな瞬間を見計らったかのように表れたのは、僕をこんな風にした原因である妖怪の姿だった。

 

 ―――憎い

 

 ―――憎い、憎い、憎い!

 

 ―――今、僕の目の前に居る老人が、何よりも憎い!

 

「間桐、臓硯…!」

 

「ふむ。儂を憎むか…それも、致し方のない事だの。だが…」

 

「がっ…!」

 

 心臓の中から、血管を伝って何かが這いずり回る感覚。

 それが何なのか、僕は知っている。

 

 老人自身の格となる魂を治めた、指先程の小さな蟲。

 僕の心臓に巣食い、僕をずっと縛り続けていた老人の本体である。

 

「貴様の命は、当の昔に儂が握っておる。さて、余計な事をされる前に、その体と力、頂くとしようかの!」

 

 間桐臓硯は、心臓から上へ上へと昇っていく。

 目指す先は、僕の脳髄。

 

 この老人の願いは、不老不死、永遠の命。

 健康な肉体で以て、悠久の時を生きる事。

 

 そのためにこいつは、僕の体を乗っ取る気だった。

 

「―――ッ…!」

 

 間桐臓硯が、喉元まで上がってきた。

 血管の中を内側からゴリゴリと削りながら進む蟲から与えられる激痛に喘ぎ、しかし喉が圧迫されて声を上げるのも難しくなる中―――

 

 ずぶり、と。

 僕は、僕の喉元めがけて自らの手を突き入れた。

 

「んな…っ!?」

 

 手に握られたのは、僕の中を這いずり回っていた小さな蟲…間桐臓硯の本体だ。

 その代償に、突き破られた喉からはどくどくと血が溢れている。

 

「ば、馬鹿な…貴様、死ぬ気か!?」

 

「そんなわけないだろうが」

 

 『治った喉を行使して』、目の前の老人へ向けてそう告げた。

 僕が死ぬ事を、僕と繋がった聖杯は許さない。

 降誕の為には、聖杯は僕を依り代とせざるを得ない。

 故に聖杯は、僕の傷を立ちどころに治してしまう。

 

「さて…覚悟は良いか?間桐臓硯」

 

「ま、待て、慎二―――!」

 

 怯え、ビチビチと僕の手の中で跳ね回り、どうにか逃げようとする蟲を、握りつぶそうとする。

 そこで、はた、と思い至る。

 

 ―――僕は、なんでこんなちっぽけな老人を憎んでいたんだっけ?

 

 

 

 

 

『兄さん!』

 

 

 

 

 

「―――!」

 

 ブンッ!と腕を振るって、手の中に居た蟲を投げ捨てる。

 

「さぁ、目を覚ますときだぜ、間桐臓硯」

 

 聖杯へと、この老人の願いを叶えるよう願う。

 今度は、僕の意思を阻害することなく、聖杯は大人しくその機能を行使する。

 単純に聖杯を害する願いではなかった故なのか、それとも―――

 

 ―――その願いこそが、この老人を最も苦しめる呪いだからなのか。

 

 自らが接続した聖杯に願い、その膨大な魔力、そのほんの一部を引きずり出す。

 方法も手順も全てすっ飛ばして、ただ結果だけを求める。

 この、目の前の老人を、若返らせるという願いを。

 

「お、ぉ…おおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 しわがれた皮膚には瑞々しさが与えられ。

 枯れ枝のようだった手足はスラリと伸びていく。

 徐々に、その姿は、若かりし頃を取り戻す。

 

 体も―――心も。

 

 ―――おぉ!

 

 ―――ようやくだ!

 

 ―――これで…!

 

 

 

 ―――人類救済という、我が理想を成し遂げることができる!

 

 

 

「目は覚めたか?」

 

「わた、しは…」

 

 昔々あるところに、一人の魔術師が居た。

 その魔術師は、魔術師にしては極めて珍しいことに、一般的な倫理観と真っ当な正義観を備えていた。

 魔術師は、人々の平和を、幸せを願い、それを叶えようとした。

 けれど、それには人の寿命だけで辿り着けるものではなく。

 

 ―――まだ、死ねない。

 

 ―――まだ、死ぬわけにはいかない。

 

 ―――まだ、自らの理想を、遂げていないのだから!

 

 …いつから、だろうか。

 

 あくまで前提条件の一つであった筈の自らの生存が、至上命題となってしまっていたのは。

 

 魔術師は、長く生きるうちに胸に抱いた理想を忘れ、いつしか守ろうと思った無辜の人々から血肉を喰らう事で生きながらえることを良しとしてしまった。

 

 そうして過ごして数百年。

 魔術師はとうとう、自らの理想を取り戻す。

 

 

 

 ―――いくつもの、取り返しのつかない罪を重ねた果てに

 

 

 

「私は、なんということを―――!」

 

 若さを取り戻した間桐臓硯は、命を取り戻した自らの手の平を見つめている。

 まるでそこに、今まで自らが喰らってきた血肉で汚れた、真っ赤な手を幻視するかのように。

 

「何してんだ、お前」

 

 膝を屈し、自らの罪深さを悔いる魔術師へ向けて、聖杯となった僕は語りかける。

 

「反省も後悔も全部後に回せ。お前には、まだやる事があるだろうが」

 

 そう言って自らの後ろにある、膨大な呪いの奔流となってしまった聖杯を指さす。

 

「こいつをどうにかしろ。…そのためのお膳立てはしてある」

 

「………っ」

 

 そうだ、全てはこの時の為に。

 『原作』通りに事を進めることで、不完全なセイバーの召喚を真っ当な形にし。

 アーチャーをけしかけて、衛宮士郎の覚醒を促した。

 遠坂凛もイリヤスフィールも生存したまま、僕以外の戦力が一所に集結している。

 

「ライダー!令呪を以て命ずる!間桐臓硯を連れて、この場から離脱しろ!」

 

「シンジ!?何を…ぐっ!?」

 

 抵抗しようとしたライダーだったが、令呪の強制力に対抗する能力をライダーは持たない。

 即座に間桐臓硯を抱え上げて、この場から離脱していく。

 

 ―――マテ、マテ、マテ!

 

 ―――タベタイ、タベタイ、タベタイ!

 

 ―――モット、モット、モット!

 

 ―――ソウスレバ…

 

「黙ってろ…!」

 

 頭の中で喚き回る声を抑えつける。

 生まれ出でようとする悪をねじ伏せる。

 

「お前に出てこられちゃ、全部台無しになるんだよ…!」

 

 

 

「桜の生きる世界に…お前は邪魔だ!」

 

 

 

 急いでくれよ、間桐臓硯。

 それに衛宮、遠坂、セイバー。

 僕が僕を保てるうちに。

 

 ―――どうか聖杯()を、消してくれ。

 

 

 

 

 

 

「ぐっ…」

 

「ふぅ…やっと令呪の効果が切れましたか」

 

「ま、待て…ライダー」

 

「…私は、シンジのサーヴァントです。あなたに従う理由はありません」

 

「待て、今戻っては、慎二の邪魔になるだけだ。…今の状態の慎二に、サーヴァントが近づいてはいけない」

 

「…どういう意味ですか?」

 

「一先ず、私の家に…間桐邸に戻ろう。こんなところで長々と話をするわけにもいかない」

 

 地面に投げ出された私は、そうライダーのサーヴァントに提案した。

 

 胸の内には、果てしない後悔の感情がある。

 今まで喰らってきた無辜の民の命。

 無碍にしてきた、今を生きる人々の幸福。

 だが、それを理由に立ち止まるわけにはいかない。

 

 ―――この世の誰よりも私を恨んでいるだろう少年から、この世界の未来を託されたのだから。

 

 

 

 


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