「―――――――――来たか」
大空洞の奥で一人、その時を待っていた僕は、訪れた気配に目を開いた。
徐々に歩み寄ってくるその気配を前に、最後の時が近いことを察する。
―――あぁ、これで、終わる
―――僕の願いが、結実する
訪れたセイバー…アルトリア・ペンドラゴンの持つ聖剣によって、僕は聖杯と共に消え去るだろう。
そうなれば、聖杯戦争は終結する。
あの間桐臓硯も、若返ったことで真っ当な理性と倫理観を取り戻している。
衛宮と遠坂なら、きっときちんと…桜の事を守ってくれるだろう。
訪れるのは、何の変哲もない日常。
僕が、生涯を掛けて、桜に贈ると誓ったモノ。
それが、とうとう―――
「ッ――――――!」
それが、勘違いである事に気付く。
訪れた気配は、衛宮士郎達の者ではなかった。
そも、よくよく気配を探ってみれば、気配の総数は一つだけ。
そしてそれ以上に、その気配の放つ存在感が、圧倒的に違っていた。
それを感じたのは二度。
初めては、桜と共に歩いていた放課後。
二度目は、柳洞寺にてキャスターとアサシンの最後を目にしたとき。
どちらも、ほんの僅かの、ともすれば夢かと思ってしまうような刹那。
だが、その存在感は、はっきりと僕の中に刻まれていた。
「よぅ道化。この我が、来てやったぞ」
―――英雄王ギルガメッシュがそこに居た。
「…どうして、ここに」
「何、セイバーを迎え入れるのに丁度良い場所を探していてな。セイバーが来るまで、貴様の後ろにあるその腐り濁った汚泥でも見て、僅かな暇を潰そうかと考えていたまでよ」
―――どうする?
目の前にいるのは英雄王ギルガメッシュ。
間違いなく、僕の目的の障害となるであろう存在。
抗うべきだ、反逆の意思を向けるべきだ―――戦う、べきだ。
そんな事は、分かっているはずなのに。
―――勝てる、わけがない
そんな思いが、僕に二の足を踏ませる。
「ところで」
緊張の余り押し黙る僕に対して、何を気負う事もなく気安く英雄王は語りかけてくる。
「いつまで我を見下ろしているつもりだ、雑種」
それが、開戦の合図となった。
「―――ッ!!!」
突如として撃ち放たれた宝具を前に、僕は無様な横っ飛びで回避する。
ついさっきまで僕が立って居た位置の岩が砕けて四散する。
その衝撃に吹き飛ばされながらも、どうにか体制を立て直して英雄王へと向き直る。
いつの間にか上へと上がり、自らが砕いた位置へと陣取った英雄王は、今度は逆に僕を見下ろしてくる。
「く、喰らえッ!!!」
それは、何も考えてはいない、反射的な行動だった。
王の威圧感に恐れをなした僕は、恐怖故に咄嗟に王を害そうと考えた。
選んだ手段は、キャスターとアサシン、それにランサーを喰らい、アーチャーとバーサーカーを呪いで染めた力。
サーヴァントである限りは逆らえない、聖杯から零れ出た呪いの奔流―――!
「ふん」
それを、王は事も無げに一蹴する。
背後から立ち昇る聖杯の放流から逸れた一本の呪いの鞭が王へと襲い掛かるも、黄金の波紋から撃ち放たれた一本の宝具が、その鞭を打ち落とす。
「クソッ…!」
あくまでそれは、ただの呪いだ。
英雄に振るわれるわけでもないただの力の奔流は、例えサーヴァントに対する極大の特攻を持っていたとしても、届き得なければ意味がない。
「どうした、終わりか?」
「ッ…いや、まだだ!」
―――おい、聖杯
僕は、聖杯へと語りかける。
―――このままだと、器である筈の僕が死んじまうぜ?
シヌ?
イヤダ。
シニタクナイ。
シニタクナイシニタクナイシニタクナイ―――!
―――だったら、奴を倒すための力を寄こせ!
「
選択するのは、一人の英雄。
英雄王に対抗し得る唯一と言ってもいい手札。
無限の剣を内包した世界を形作る贋作者、錬鉄の英雄―――!
アーチャー・エミヤ。
その力を、僕の身に宿すことで行使する。
「ふん、
英雄王は、動かない。
興味なさげに、こちらを睥睨しているだけだ。
ならば、と僕は詠唱を紡ぐ。
「
「
「
「
「
「
―――
繰り広げられるのは、固有結界。
『エミヤ』が内包する、無限の剣が存在するだけの世界だ。
「ふん、醜悪な…」
あぁ、そうだろう。
あらゆる宝具の原典を持つ王ならば、こんな光景には眉を顰めるしかないだろうさ。
ここにあるのは、全てが贋作。
研鑽を重ねたわけでもなく、悲劇の上に成り立つわけでもなく、奇跡を以て精製されたわけでもない。
確かに、その構成は完璧に模倣されているのかもしれない。その意志を読み取り受け継いでいるのかもしれない。そこに至るまでの過程を正確に再現しているのかもしれない。
―――けれど、この光景はやはり醜悪に過ぎる。
どれだけ真似ようと、その深淵なる神秘を、『ただの道具』として使い捨てている以上、それは真作への冒涜に他ならない。
ただ、既にそこにある神秘を模倣しただけの、『過去に対する敬意が欠片も存在しない』世界だ。
「だがそれでも構わないさ!元より、手段にこだわってアンタを超えられるなんざ思っちゃいない!」
桜を守るためならば。
「僕は、外法にだって手を染めるさ!」
―――
地面へと突き立てられた聖剣、魔剣、宝剣、邪剣、神刀、妖刀が、僕の掛け声一つで、英雄王へと襲い掛かる。
幾億千の『剣』の概念を内包するあらゆる武器が、僕の周囲へと集う。
それを―――
「ふん」
英雄王は、鼻で笑う。
見るにすら値しないと言わんばかりに瞳を閉じた英雄王。
その周囲が歪み、黄金の波紋が波打った。
そこから現れるのは、この手に握る贋作の元となった真作―――その起源となった、最古の原典。
もっとも古き王である英雄王の蔵に収められた、この世に二つとない類稀なる価値を持った宝具の数々だ。
一つ一つが、誰もが全てを掛けて得ようと望むほどの価値を持った宝。
それを投げ捨てるように、文字通りに散財させる英雄王。
衛宮士郎の作り出した贋作と、英雄王の持つ原典。
それらが中空で交わりあい、火花を散らす。
「チィッ!」
当然、この程度では英雄王に届くわけもなく。
状況は拮抗し、戦況は膠着する。
―――いや、遊ばれているだけだ。
英霊の器を身に宿し、聖杯と繋がる僕の中に、果てしない全能感が駆け巡る。
だがそんな僕を、つまらなさそうに見つめる視線が、高揚する僕の心に冷や水を浴びせる。
たかが英雄の力を手に入れた程度で。
聖杯と言う、無尽蔵のエネルギー源を手に入れた程度で。
僕と言う矮小な人間が、彼の英雄王に追いつけるわけもない。
―――だからこそ、そこに勝機を見出す!
英雄であるアーチャー・エミヤ自身ならば、こうはいかないだろう。
英雄王からすれば同じ雑種とはいえ、あくまで英雄になったエミヤであれば、英雄王は『興が乗って』しまう。
そうして、わずかばかり大きく開いたその門からは、数多の宝具が放たれ、アーチャー・エミヤは討たれるだろう。
だが僕のような『雑種風情』に、英雄王は絶対にそれ程の力を行使することはない。
だからこそ、その油断と慢心に全力で付け入る。
誇りを捨てろ。
あらゆる手段を模索しろ。
己の、掛けられるもの全てを掛けて、目前の絶対者の喉元に食らい付いて見せろ!
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
次々と贋作を作り出しながら、それを盾に英雄王へと向けて駆ける。
砕け散る贋作の欠片が、防ぎ切れなかった原典が、僕の体を切り裂き抉る。
だがそれでも僕は止まらず、ひたすらに真っすぐ、彼の王へと向けて走り続ける
肉が裂けようが、骨が砕けようがそんな事は意にも介さない。
―――あの首を獲るまで保てば、それで構わない!
宝具の嵐を抜けて、そこまであと一歩と言うところまで辿り着く。
英雄王の目には、相変わらず退屈が浮かんでおり、心底から見下すような目つきを僕に向ける。
―――精々見下していてくれよ、英雄王!
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
夫婦剣、干将・莫耶を投影。
両手で握り、無防備な英雄王へ向けて叩きつける。
―――その剣閃を、中空に表れた『盾』が阻んだ。
「……………は?」
砕け散る夫婦剣。
何に驚いたのかもわからないままに、呆然とする僕。
「ふん、下らん」
気付けば、周囲には僕を取り囲むように黄金の波紋が波打っていた。
「ッッッ!!!」
投影、そして回避。
とにかく生き残る事だけに全力を注ぎ、英雄王の眼前から離脱する。
宙を裂いて飛ぶ宝剣に、片腕が吹き飛ばされる。
衝撃そのままに地面を転がりながら、それでもなおも襲い来る宝剣たちを瞳に捉え、投影した贋作で以て叩き落しながら、ひたすらに、無様に逃げ延び続ける。
どうにかこうにか見つけた隙の中で、聖杯の魔力に任せて腕の再生を進めながら、這いつくばって宝具の嵐の中から逃げ延びる。
「戯けが。この我の持つ宝に、よもや『剣』しかないなどと思っているわけがなかろうな」
―――それは、その通りだ。
彼の王は英雄王。
最古の英雄にして、王の中の王。
その欲望のままに、世界中のあらゆる財をその蔵に収めた、強欲なる英雄。
剣があるだろう。
盾があるだろう。
斧があるだろう。
槍があるだろう。
鎧、毒、薬、酒、食、城―――。
世界に『財』としてあるあらゆる神羅万象、その原典が収められている。
そんな事はわかっていたはずだ。
―――なのに、なんで僕はこんなにも、信じられない思いでいっぱいなんだ?
剣戟の暴風の中に晒され、絶えず生き残るために全身全霊を注ぎながらも、それでも思考が止まらない。
例えば。
もし今戦っているのが本来のアーチャーであるエミヤだったのならば、僕は驚かなかっただろう。
英雄王は、戦う相手の格に合わせて、どれだけの宝物を開帳するかを決定する。
例えば、半神半人のギリシャ神話最高の大英雄ヘラクレスを、天の鎖を以て縛ったように。
例えば、星の聖剣・
「ハハ」
けれど、あの半端物。
贋作者の域にすら辿り着いていない、現代の魔術師。
未だ英霊とはなっていない、唯の正義の味方を目指しているだけの未熟者。
それ故に、英雄王にその剣を届かせた、運命を背負った少年。
僕が、その背中を追う存在。
衛宮士郎。
「ハハッ!」
―――あいつとの戦いでは、剣しか使っていないのではなかったか?
その答えに辿り着いて、歓喜のあまりに全身が震える。
―――英雄王の過大評価?否、こと人間の評価に限って、彼の王が間違いなど侵す筈も無い。
「ハハッ!ハハハハハハハハッ!」
そうか、僕は―――衛宮士郎を、超えられるのか。
「………ほう?」
ここで初めて、英雄王の表情が、喜悦に歪む。
僕には、不可能だと思っていた。
全力で臨まなければならない…そうは思いつつも、それでも僕の―――『間桐慎二』の全力程度では成し遂げられないと、どこかで諦めていた。
届かない。
追いつけない。
僕に桜は―――救えない。
「そんなことは、ないっ!」
彼の英雄王のお墨付きだ。
できるはずだ。
辿り着けるはずだ。
『原作』において、衛宮士郎が届いた場所に。
覚悟を決めろ。
絶望など踏みつけろ。
『兄さん』
「僕は、
「
限界を、超える。
否、もとより人に限界などない。
限界とは、人の手によって決定しただけの、唯の甘えだ。
その決意を、言葉として紡ぎ誓いとする。
―――
この身に宿すは、錬鉄の弓兵。
更にそこに、もう一つ、とある英霊の魂を重ねる。
彼の英雄は、綺羅星の如く存在するギリシャ神話の中でも、最高と謳われた半神半人の大英雄。
その力を、この身を以て具現化する。
「かっ…はっ!」
肉体が、尋常でない悲鳴を上げる。
僕が今まで味わってきた拷問そのものの苦痛などこの比ではない。
余りに強大すぎるために、無理矢理に詰め込まれた身体が爆散しそうになる。
それを、聖杯からくる無尽蔵の魔力で以て、強引に抑えつける
さながらそれは、噴火する火山を鎮めるために吹雪を巻き起こすかのような荒業。
大英雄の魂と、聖杯からくる膨大な魔力に比べれば、張り詰めた風船並みの脆さである僕の体は、その衝撃に絶叫上げて拒絶の意を示す。
―――けど!
―――これぐらいしなきゃぁ…!
―――あのギルガメッシュに、届くわけもないだろうがぁ!!!
「が、あ、あああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
バチバチと流れ出る魔力の本流。
視線も通らぬほどになったその光を前に、英雄王も目を細める。
「………どうした道化。身の丈に合わぬ高みに手を伸ばし、その果てに自らを滅ぼしたか?」
ともなれば、拍子抜けだな。
そう、一人呟く英雄王の前に、ヒトガタの影が現れる。
「安心しろよ、英雄王」
そこにあるのは、全身が真っ黒に染まり、赤い外套を身に纏った、歪に繋ぎ合わされた、英霊もどきの成れの果て。
「ここからが、本番だ」
エミヤとヘラクレスの力を取り込んだ、間桐慎二の姿があった。