Fate/Sprout Knight   作:戯れ

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最終日

「兄、さん」

 

「…桜」

 

 間桐慎二は、目の前に現れた間桐桜に、厳しい目を向ける。

 

 ―――どうして、お前が来るんだ

 ―――後は、僕が消えればそれで終わりだというのに

 ―――お前は、聖杯戦争(こんなもの)に関わらなくていいのに

 

「兄さん…そんなところで、何をしているんですかっ」

 

 スカートの裾を握って、俯いたまま、涙でにじんだ声で。

 

「一週間も、私を放っておいて…ずっと、ずっと寂しかったんですよ?

 一人で食べるご飯は味気ないし、家の中でしゃべる相手も居なくて、勉強にも身が入らなくて…」

 

「桜」

 

「兄さんがいない間に、たくさんお料理の練習したんです。どうせ食べるのは私一人だからって、独自にレシピを考えてみたりして、失敗してとんでもない味の料理が出来たり、思いの外上手くいったり…今度、兄さんに食べてほしいって思って」

 

「…桜」

 

「学校の皆だって心配してました。藤村先生だって、美綴先輩だって、何で学校に来ないんだって何度も聞かれて。兄さんのクラスメイトの人達に、兄さんは大丈夫か、何かあったのかって尋ねられて…」

 

「…桜っ」

 

「大丈夫ですってそのたびに応えて、でも兄さんが何も言ってくれないから、もしかしたらって私も心配になって…だから、全部終わったら、旅行に行きましょう?一人で寂しかった分、兄さんに甘えさせてください。私、兄さんが居ないとダメなんです、一人じゃなんにもできない、不出来な妹なんですっ、だから…だからぁ!」

 

「桜っ!」

 

 怒鳴りつける間桐慎二の声を、間桐桜は聞かない。

 ただ一方的に、自らの願望を吐き出し続ける。

 

 

 

「お願いですから、帰ってきてください…兄さん」

 

 

 

―――あぁ、そうえいば、桜にお願いなんてされたの、ほとんどなかったな

 

そんな事を、間桐慎二は思った。

間桐桜は、なんだかんだ能力が高いくせに、妙に引っ込み思案で、自己主張をしない少女だった。

何か困っているときでも、自分で何とかするか、出来なければ一人で我慢するか…そんなだからいつも、俯く間桐桜から無理矢理何がしたいのかを聞き出していた。

そんな間桐桜が、久しぶりに口にした、心からの願望。

 

兄として、叶えないわけにはいかないだろう。

 

 

 

「それは無理だ、桜」

 

 

 

 けれど、その願いは聞けなかった。

 

「どう、して―――」

 

「もう、聞いてるんだろ?聖杯(こいつ)をどうにかするには、僕ごと破壊するしかない。

 今はまだこうして、会話ができるくらいには理性が残っているけれど、それもいつまで続くかわからないしな」

 

 今もなお、間桐慎二の頭の中でガンガンと響く呪詛の声は変わらない。

 まして、英雄王を倒してしまったのだ。王を取り込んだ聖杯が、どれほどの力を手に入れるか…それを思えば、間桐慎二の理性のタイムリミットは、英雄王の消化が終わるまでの、極僅かな時間だけだ。

 そこを過ぎれば僕は、聖杯の完成の為だけに、辺り一帯の命を喰らいつくすだろう。

 その暴食から逃れられたとして、出来上がるのは呪われた黒き聖杯…そこから放たれる力が、どれほどの被害をまき散らすのかまで考えれば、取るべき選択肢は一つしかない。

 

 もしそれを躊躇えば、間桐桜の命が、失われるのかもしれないのだから。

 

「桜、よく聞け。

 何かあったら遠坂を頼れ。肝心な所でやらかす遺伝的な悪癖があるが、基本的にソイツは優秀だ。それに妹のお前には甘いようだから、大抵の事は何とかしてくれるだろう」

 

「兄さ―――」

 

「どうしようもないことがあったら衛宮を使え。ソイツには、山ほど恩を着せてある。衛宮の性格からして、僕の妹であるお前からのお願いは、絶対に断らないだろうさ」

 

「いや―――」

 

「臓硯の奴も、若返って今は割と綺麗な性根をしてる。多分、お前が真っ当に生きて死ぬまではそのまんまだろうから、ソイツに頼るのもいいだろ。義理とはいえ、お前のお爺様だしな。もう、そんな見た目じゃなくなっちまったが」

 

「やめて―――」

 

「舞弥の奴を頼ったっていいし、美綴とかみたいな学校の奴に頼りにするのもいいだろう。その辺の男子ひっ捕まえてこき使ってやるのもいい。お前から頼まれて断るような男は居ないだろうしな。ま、変に期待させても悪いし、この手を使うのはほどほどにしておけよ?」

 

「どうして、そんな事言うんですか、兄さんっ!!!」

 

 

 

「僕は、もうすぐ死ぬからさ」

 

 

 

 あっさりと。

 間桐慎二は、間桐桜の希望を打ち砕く。

 

「いや…いやぁ…!そんなのいやです、兄さん!」

 

「そんな顔するなよ…全く、心配性だな」

 

 ―――お前は、幸せになれるだろうさ。

 ―――臓硯も聖杯も英雄王も、お前の幸せを邪魔する奴は大体何とかしてある。

 ―――お前を幸せにしてくれる、遠坂や衛宮だって生き残ったまんまだ。

 ―――後はただ、お前の日常を、送っていればそれでいい。

 

「幸せになれよ、桜」

 

 

 

 ―――ドクン

 

「あぁ、時間切れだ」

 

 とうとう、聖杯の中へ引きずり込まれた英雄王が、完全に取り込まれた。

 王の持つ膨大なエネルギーを得た聖杯は、更なる活性化を遂げる。

 

 ―――モウスコシ

 

 ―――モウスコシ、モウスコシ、モウスコシ

 

 ―――モウスコシダケ、タベタイナ

 

「がっ、は…っ!」

 

「兄さん!?どうしたんですか、兄さん!!!」

 

 餌を求めた聖杯が、その魔手を伸ばす。

 最初に狙うのは―――最も近かった、間桐桜。

 

「来るな、桜ァ!!!」

 

 声を上げるも既に遅い。

 眼前へと迫る魔手を、間桐桜は呆然と見つめている。

 

「桜!このバカ…っ!」

 

「え…あ!?」

 

 飛び出した遠坂凛が、間桐桜の手を引っ掴んで衛宮士郎たちの待つ地点まで下がる。

 置き土産とばかりに投げ飛ばされた宝石が、大爆発を起こして魔手を押し留める。

 

 ―――イタイ、イタイ、イタイ!

 

 ―――ジャマスルナ、ジャマスルナ、ジャマスルナ!

 

 ―――タベサセロ、タベサセロ、タベサセロ!

 

「うる、さい…!あと少し、黙ってろ…!」

 

 ―――どうせもうすぐ、僕と一緒に消える運命なんだから

 

「衛宮ァ!早くしろ!」

 

「っ…ふざけんなよ慎二!何で、お前を―――」

 

「そうじゃなきゃたくさんの人間が死ぬぞ!…っ、しっかりしろよ、正義の味方ァ!」

 

「ぐっ…」

 

 その呼びかけに、衛宮士郎は言葉に詰まらざるを得ない。

 救うと誓った。

 助けると決めた。

 より多くの人を、理不尽な災禍から守ると。

 ならば、衛宮士郎は間桐慎二を殺さなければならない。

 ―――正義の味方になるとは、そう言う事だ。

 

「早くしろ!早く…僕に桜を、殺させる気か!!!」

 

「でも、だからって…!」

 

 それを、間桐慎二が望まないのは理解できる。

 それだけが、間桐慎二にとって許せないことなのは明白だ。

 衛宮士郎にできるのは―――それだけしかないのは、分かっているはずだ。

 

 けれど、その手は動かない。

 蘇るのは、共に今までを過ごしてきた間の記憶。

 

 ―――一方的なものかもしれないけれど、勝手な思いかもしれないけれど、俺は、お前を、ずっと友達だと思って…!

 

 

 

「なぁ、頼むよ、衛宮…僕達、友達じゃないか」

 

 

 

「―――おま、え…それは」

 

 間桐慎二は言った。

 衛宮士郎の遥か先を行く間桐慎二は、衛宮士郎を友と呼んだ。

 だからこそ、友として…望まぬ道を歩かされようとしている間桐慎二を、この場で止めてくれと、そう懇願した。

 

 ―――卑怯だろうが

 

 ぽつりとそう呟いた衛宮は、令呪の刻まれた手の甲を晒す。

 

「―――セイバー」

 

「………いいのですね、シロウ」

 

「あぁ。…令呪を以て、命ずる。…聖杯を、破壊しろ」

 

 命令に応え、星の聖剣がまばゆい光を放つ。

 

「先輩!?何を…」

 

「やめなさい、桜」

 

 自らのサーヴァントに、最後の命を下した衛宮士郎に、間桐桜は食って掛かる。

 何故、そんなものを振りかざしているのか。そんな事をしたら…

 

 ―――兄さんが死んでしまう

 

「どいて!放してください!」

 

「やめなさいって言ってんのよ!…もう、あなたの駄々が通るような状況じゃないことくらいわかるでしょう!」

 

「わかりません!わかりたくありません!そんなの…」

 

「…桜」

 

「そんなの、認められるわけありませんっ!だって、兄さんがいなくなったら、私…!お願いです、私にできる事なら、なんだってしますから、お願いですから兄さんを助けて―――姉さん!!!」

 

「―――ッ」

 

 久しぶりに。

 本当に久しぶりに、彼女からそう呼ばれた。

 それは、喜ぶべきことのはずだった。

 かつて、互いの意に添わずに引き裂かれた少女たちが、もう一度姉妹であることを認めることができたのだから。

 

 だが、遠坂凛は唇を噛むだけだ。

 どれほど懇願されようと、手段がない。

 誰か代わりに犠牲にすれば、確率の低いギャンブルに出れば―――そう言った段階は、とっくの昔に越している。

 既に、間桐慎二が助かる可能性は潰えている。

 

「ごめんなさい、桜。私には、無理よ」

 

 

 

約束された(エクス)…」

 

 騎士王は、自らの剣を強く握る。

 いくつもの争いを駆け抜けてきた。

 その中には、数多の犠牲の果てに辿り着いた勝利もあった。

 …けれど、

 

 ―――ここまで虚しい勝利は、初めてかもしれませんね

 

勝利の剣(カリバー)――――――――――!」

 

 騎士王は、自らの全力を以て聖剣を振るう。

 撃ち放たれた光の奔流は、大地から立ち昇る呪いの渦を呑み込んでいく。

 

 ―――その中心にいる、一人の少年を諸共に

 

 

 

「いやあああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

 

 勝利を飾る光が輝く中。

 少女の悲鳴が、木霊した。

 

 

 

 

 

 


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