聖杯戦争以前は、こんな日常を過ごしていた、というお話
「兄さん、今日はお暇ですか?」
「ん?あぁ…午後からは特に予定はないな」
「でしたら、お出かけに付き合ってもらえませんか?夏も近くなってきたので、新しい服を買いに行きたいんです」
ある日の休日。
そう言ってデートに誘った私を見て、兄さんは「あー…」と納得したような声を上げる。
「育ち盛りだもんな、お前も」
兄さんは背の伸びを確認するように私の頭を撫でながら―――最近Eカップにまで育った胸元に視線を寄せる。
…けれど、そこに情欲の色は見えない。ただ本当に、『育った』という事実を確認しようとする意志しか見出すことは出来なかった。
男性にそういう目で見られるのは嫌だけれど、兄さんにならちょっとくらいそう言う目で見てもらってもいい、むしろ見てもらいたい。
なのに、兄さんはあくまで私をただの妹として扱って、そこに何かの欲望をにじませることはない。そこが兄さんの尊敬できるところの一つでもあるけど、ここまで女性として意識してくれないのは同時に非常に不満でもある。
「あぁ、別に構わないぜ。行こうか、桜」
「はいっ、兄さん!」
―――今回のお出かけで、なんとかこの状況を脱却しないと!
決意も新たに、私と兄さんは新都へと向かうのだった。
◆
「どれにしましょう…?」
ぐるぐると女性服コーナーを回りながら、どんなコーディネートを行うかを考える。
「兄さんは、どんな服が好みですか?」
「好み、ねぇ…特に『これ』っていうのはないな。服ってのはあくまで装飾品、本人を一番引き立てるのが『良い服』だろ。どれだけ高級で煌びやかな服を着ても着てる人間が碌でもない人間なら意味はないし、逆にどんな襤褸を着ても着ているのが相応の人間ならそれなりの見てくれになるもんだ」
「…なるほど」
装飾はあくまで装飾。重要なのは、あくまで着る本人がどういう人間なのか…ということか。
また一つ賢くなってしまった。兄さんといると勉強になる事ばかりだ。
「桜の場合は大抵の服は着こなせるだろうから…ま、自己表現でもするつもりで選べばいいんじゃないか?」
「はい、頑張ってみますっ!」
自己表現―――今回衣服を選ぶ一番の目的は、兄さんに女性として意識してもらう事だ。
兄さんに特に好みがないという事なら…何はともあれ、今の自分が昔とは違うと知ってもらう事―――妹扱いからの脱出が最優先だろう。
となれば、私が選ぶべきは、今まで私が選んできた傾向とは外れたもので…。
◆
「着替えたか?」
「は、はい…着替えました、けど…うぅ、足がスースーする…」
「開けるぞ、桜?」
「は、はい!いつでもどうぞ!」
シャッとカーテンを開けた兄さんの前に、私は今までとは大きく異なる装いを晒け出す。
白地に桜色のストライプが入ったTシャツの上からフード付きのパーカーを羽織ったスタイルなのだが、どちらもそういうデザインなのか、全く丈が腰まで届いておらず、腰回りが完全に露出している、いわゆるへそだしルックであった。
履いたスカートは非常に丈が短く、太腿の半ば程から完全に外に出ており、健康的な肌が惜しげもなく晒されている。
「お前が普段着てる私服とは、大分雰囲気が違うな」
「た、たまには、こういうのもイイかとって…あの、どうですか、兄さん?」
「ふーん?…ま、いいんじゃないか?悪くはないよ」
「ほ、本当ですか!?」
「あぁ、流石は僕の妹だ」
「…えぇ、はい、分かってましたけれど」
褒めてもらえるのは嬉しいけれど、相変わらず私は、兄さんにとってはただの妹のようだった。
「何をがっかりしてるんだ、桜?」
「いえ、乗り越えるべき壁を前にナーバスになってしまっただけです。気にしないでください」
「?…ま、お前がそう言うならいいけどさ。で、どうする?ここからはその服で歩き回るか?」
「え、いや、その!…それはまだ、心の準備が…!」
流石にこの服を着たまま往来を歩く勇気は、私にはまだ…!
「まったく、その辺の度胸がないのは相変わらずかよ。…なら、それはまた今度ってことにするか」
「!…は、はい!また、どこかへ一緒に遊びに行きましょう、兄さんっ!」
その後も、幾つかの服を試してはみたが、結局兄さんの印象を変えるには至らなかった。
けれど、また今度デートをする約束をしてくれたから、今回はそれで良しとしよう。
機会はまだいくらでもあるのだから。
◆
「いっぱい買っちゃいましたね…」
「別にいいんじゃないの?これくらい」
私は一つ、兄さんは二つ、紙袋を引っ提げて歩く。
家に置いてある衣服については、大半が入らないかそうでなくともサイズが合わないかになってしまっていたため、思い切ってたくさん買ってしまった。もうこれ以上大きな成長を期待するのも難しいだろうと思ったというのもあるが。
重さはそこまででもないが服と言うのはどうしても嵩張るもので、どうしてもこれくらいの量になってしまう。
「あ」
「ん?」
甘い香りに引かれた私の目線の先にあるのは、美味しいと評判のクレープ屋である。
「あぁ、そういえば出かけてから何も食べてなかったな。折角だから食べながら帰るか、桜」
「はい、兄さん」
クレープや屋台へと並び、今度のお出かけはどの服を着てどこへ行こうか、なんてことを話しながら待つこと十数分。
私はイチゴを、兄さんはチョコバナナを頼み、それを頬張りながら帰路へと着く。
アイス、シロップ、果実のストロベリー三連コンボを頬張ると、強い酸味が口の中に広がる。それを包むクレープ生地はふっくらと焼き上がっていて、その味はストロベリーと対照的に非常に甘みが強い。
噛むごとに二つの味が調和して絶妙な味わいを醸し出している。
「うーん…♪」
「美味いか?桜」
「はいっ!とってもおいしいです!」
「そうか、そりゃよかった」
兄さんも手に持ったチョコバナナを頬張りながら、満足気に笑みを浮かべる。
夕焼けを受けて映える、そんな兄さんの横顔につい見蕩れてしまった。
…それがいけなかった。
「…って桜、アイス垂れてんぞ!?」
「え、きゃ!?」
うっかりしている間に、焼き立てのクレープ生地の熱さに耐え切れずに溶けだしたアイスが手にまで垂れてしまっていた。
慌てて溶けだした部分を頬張り、手に垂れていたものも舐めとったが、勢いよくかぶりついてしまったせいで生クリームが頬にべっとりとついてしまう。
「えっと、どうしよう…」
私も兄さんも、片手に紙袋、もう片方にクレープと言うスタイルのために両手が塞がってしまっている。
仕方がないのでなんとか紙袋を肘関節にひっかけて、空いた手にクレープを持たせて一度顔を綺麗にしようか―――
「まったくどんくさいな、お前は…動くなよ」
「え?」
頬に、柔らかな感触。
私に口づけて生クリームを舐めとった兄さんの顔が、至近距離から私の瞳に映りこんだ。
「―――――――――」
「ったく、気を付けろよな…ほら、言ってる傍から!そんなぼーっとしてると、また垂れるぞ!」
「あ、はいっ、すいません、兄さんっ!」
ストロベリーの果実にも負けず劣らず真っ赤になった顔で、クレープを頬張る。
動悸が激しくなり、バクバクと心臓の鼓動がうるさいくらいに鳴り響く。
緊張の余り味も何も分からなくなったクレープを食べることに一生懸命集中しながら、それでも頭の中はキスの感触と至近距離から見た兄さんの姿の事で一杯だった。
あとがき
今回出てきた衣服はぶっちゃけて言えばアストルフォ霊衣です。
アストルフォコスの桜…ちなみに、この状態だとただでさえ小さなTシャツが豊満な胸に押し出されて更に大変なことになっていて、下から見上げるととてもシアワセな光景が広がってしまう事に、本人は気付いていない模様。