Fate/Sprout Knight   作:戯れ

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前日②

「………」

 

「桜、それ今日のテスト?」

 

「ぁ…はい」

 

「ふーん…ん、満点?」

 

「えと、そう、なんです…」

 

「なんだ!やるじゃないか桜!」

 

「そ、そんな…た、たまたまです」

 

「たまたまで満点は取れないよ。よくやった…流石、僕の妹だ」

 

「っ…は、はい。ありがとう、ございますっ」

 

「そうだ!折角だから今晩の食事は豪勢にしよう!ねぇお爺様!今日寿司取っていい?特上で!」

 

「…えへへっ」

 

 

 

――――――――――

 

――――――――――――――――――――

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

―――痛い

―――痛い、痛い、痛い!

―――こんな苦しいのは嫌だ!

―――誰か、誰か助けてくれ!

 

「…慎二、どうした?まだ、終わってはおらぬぞ」

 

―――まだ、終わらないのか?

―――この地獄は、一体いつまで続くんだ?

 

「諦めるか?」

 

―――諦めるか、だって?

―――勿論、許されるのは、今すぐにでも…

 

「ならば仕方ない。もう戻るがいい」

 

―――あぁ、やったぞ!これで、僕は解放される…

 

 

 

 

 

「代わりに、桜を呼んでくるか」

 

 

 

 

 

「…冗談、でしょ。お爺様」

 

 拳を握り、歯を食いしばり、不敵な笑みを浮かべて立ち上がる。

 

「何も問題はないよ。さぁ、早く続けよう」

 

「…呵々、よかろう」

 

 蟲蔵の奥から、悍ましい数の蟲が湧き出してくる。

 視界一杯を埋め尽くすほどの数の蟲が、真っすぐ僕に向かってくる。

 

 恐いかだって?そりゃ恐いさ。

 逃げたいかだって?逃げられるなら逃げたいさ。

 諦めたいかだって?本音を言えば、今すぐ諦めて布団をかぶって大人しく寝たいね。

 

 けど、それはできないんだ。

 

 僕にはできないんだよ。

 

『兄さん?』

 

 

 

 だって僕は、桜の兄なんだから。

 

 

 

『兄さん、朝ですよ』

 

 

 

 

 

「兄さん、起きてください。早くしないと遅刻しちゃいますよ?」

 

「ん…あぁ、桜か。もう朝?」

 

「はい。朝ご飯の用意もできています」

 

「わかった。顔洗ってくる」

 

 僕が起きたのを確認して、とことこと部屋を出ていく桜を見送る。

 

「…チッ」

 

 耐え切れずに、舌打ちを一つ打ってしまう。

 修練の翌日の朝は、やはり目覚めが良くない。

 

「桜が居なければ、の話だけどな」

 

 桜の元気な姿を見れば、それだけで自分の中のすべての負の感情が流れ出してく。

 

 ―――あぁ、僕が生まれた意味は確かにあった。

 

そのことを、確信できるから。

 

 

 

「準備は良いか?慎二」

 

「…お爺様」

 

 どこからともなく現れた老人を、僕は苛立ちを隠すことなく刺々しい態度で迎える。

 

「まさか、お前がこうして聖杯戦争に参加するときが来るとはの。

 それより先に音を上げるか…そうでなくとも、本来の周期であればお前が参加できる筈はなかったのじゃが…」

 

 その視線は、僕の右手の甲に刻まれた赤い紋様、『令呪』へと注がれている。

 偽装用の蟲を張り付けて令呪を隠しながら、僕は立ち上がった。

 

「だから言ったろ?僕がアンタに聖杯をくれてやる…ってさ」

 

「ふむ。…期待しておるぞ、慎二」

 

 人を不快にさせるにやけ面を浮かべた老人は、そのまま部屋にできた影に溶け込むようにして姿を消した。

 

「…まったく、朝から最悪な気分だよ」

 

 さぁ、早く準備を済ませて、桜の元へ行こう。

 

 

 

 恐らくは最後となるであろう、掛け替えのない日常を味わうために。

 

 

 

 

 

 

「おはよう、遠坂」

 

「おはよう、慎二」

 

 目の前にいるのは、遠坂凛。

 才能に恵まれ、血に恵まれ、環境に恵まれた、恐らくは僕の知る中で最も恵まれた、選ばれた人間。

 

 ―――僕とは違って。

 

「もうすぐだな」

 

「えぇ、そうね」

 

 互いの脳裏にあるのは、この冬木のおいて行われる大儀式。

 

聖杯戦争。

 

 僕の産まれてきた意味が決定する、最後の時が近づいている。

 

「そうだわ、折角だから何か賭けない?」

 

「賭け?」

 

「えぇ。私は別に聖杯なんていらないし、かと言ってせっかく勝っても賞品の一つもないってのもつまらないでしょう?」

 

「あぁ、それもそうだな。じゃぁこういうのはどうだ?『負けた方は勝った方のいう事を何でも聞く』…っていうのは」

 

「そんなこと言って大丈夫なの?まぁ、私は優しいからあまり酷い事なんてしないけど…だからって、『何でも』なんて約束して」

 

「あぁ、何も問題はないさ。だって勝つのは僕だからね」

 

「あら、大した自信ね、慎二。まさか本気で私に勝つつもりでいるの?」

 

「遠坂、まさか僕に勝てるつもりでいるのかい?」

 

「…うふふ」

 

「…ははは」

 

 もし、『遠坂凛』と『間桐慎二』が同じ条件で勝負をするとして、その結果はどうなるだろうか?

 考えるまでもない。『間桐慎二』の敗北で決着するに決まっている。

 それは当然だろう。『遠坂凛』に『間桐慎二』が勝るところなど一つもない。

 ありとあらゆる全ての才において『遠坂凛』は『間桐慎二』を凌駕している。

 その上『遠坂凛』は、才に胡坐をかいて研鑽を怠るような怠惰な人間でもない。

 全力疾走する兎である『遠坂凛』に、所詮は亀である『間桐慎二』が何をしたところで勝てる道理などないだろう。

 

 だが、この戦いだけは別だ。

 

 確かに、ただの『間桐慎二』には無理だろう。

 

 だがこの『僕』は、この戦いにおける3つの結末と、それらに至る過程を全て知っている。

 

 どれほど走る速度に差があろうと、ゴールを目の前にした()のアドバンテージは圧倒的だ。

 

 だから、遠坂からの提案は渡りに船だった。

 

 あの合理的な割に思いの他律儀な少女は、きっと約束を守ってくれるだろう。

 

 

 

 ―――()を守る役目を、(遠坂)になら、任せられる。

 

 

 

 

 

 

「おつかれ、慎二」

 

「あぁ、おはよう衛宮」

 

 挨拶を交わすのは、一人の少年。

 世界に、悲劇の中心にある事を望まれ。

 いずれ、世界の守護者として選ばれることになる。

 

 ―――運命と出会う事を、定められた少年。

 

「相変わらず大変だな」

 

「はん、僕みたいな天才には、天才なりの責任ってのがある。その辺の有象無象を正しく導いてやるのも、そのうちの一つってだけ。いわゆる、ノブレス・オブリージュって奴さ」

 

「全く、すごい奴だよ、お前は」

 

 …すごい奴、ねぇ。

 

 その言葉は、僕よりもむしろお前にこそ贈られるものだろう。

 確かに、今はまだ何もしていないかもしれない。

 だが僕の目の前にいるこの少年は、間違いなく人類史に名を刻むに相応しい偉業を成し遂げるのだろう。

 それを成すに足る才があり。

 そこに至るに足る意思がある。

 

 その事実を前に、凡庸な自分を自覚してしまい、強烈な劣等感がこの身を襲う。

 

 あぁ、僕にはきっと、何も成し遂げられない。

 『間桐慎二』には、何かに至る事ができるような運命を持たない。

 

 ―――それでも。

 

「当然だろ。なんせ僕だぜ?」

 

 それを押し殺して、僕は笑う。

 定められた運命も、決められた道筋も、まとめて笑い飛ばしてみせる。

 それでも、たった一人の妹を守ることくらいはできると、信じていたいから。

 

 

 

 

 

 

「それでですね?遠坂先輩ったらピタッて表情を固めてしまって…私、笑いをこらえるのに必死でした…ふふっ」

 

「へぇー、それは惜しかったな。指摘して弄りまわして指をさして笑い飛ばせたら、さぞ楽しかっただろうに」

 

「あははっ、そうですね。今度は兄さんの居るところでやってみます」

 

「あぁ、是非そうしてくれ、桜」

 

 学校も終わり、夕暮れ時の道を桜と共に歩く。

 不安も恐怖もなく、いつも通りの日常の中にある、楽しい思い出を反芻する。

 

 ―――それでいい。

 ―――桜がずっとそうあってくれるのなら、それだけで僕は満足だ。

 

 ふと衝動に駆られて、桜の頭を撫でる。

 

「兄さん?」

 

「ん…嫌だったか?」

 

「いいえ!私なんかでよければ、存分にどうぞっ!」

 

 そう言って、いっそ押し付ける勢いでずずいっと頭を差し出す桜。

 ならば、と遠慮なく差し出された頭を存分に撫でまわす。

 夕焼けを受けて映える『黒髪』を、傷つけないように、優しく。

 

「…兄さん?」

 

「ん?」

 

「何か、不安なことがあるんですか?」

 

「―――」

 

 不安気な妹の声に、思わず動揺しそうになる。

 それを表に出すわけにはいかない。

 

「何でもないよ。桜が心配するようなことは、なにもないさ」

 

 そう、桜は何も知らなくていい。

 

 ―――大丈夫、桜の事は、必ず僕が守るから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最後の機会だ。存分に味わっておけよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!!!」

 

 たった一言。

 しかしそれに凝縮された存在感は、それだけでこちらを圧し潰してしまいそうなほどに濃い。

 脳だけでなく全身が警鐘を鳴らす。今すぐに跪くべきだ、と。

 だがその本能に逆らい、僕はゆっくりと後ろを振り向く。

 振り向いた視線の先。

 

 

 

 

 

 最強の王を示す黄金、その中にある紅玉の瞳と、目が合った気がした。

 

 

 

 

 

 落ち着いてみれば、そんなものはありはしない。

 聖杯戦争を前に昂った気持ちが、あんな幻聴を引き起こしたのかとも思った。

 

 ―――いや、違う。

 

 今までは知識にあるだけだった。

 

 最強の王。

 最古の王。

 英雄の王。

 生まれながらにして王である生粋の王であり。

 死するその時まで常に王であった王の中の王。

 

 ―――その存在は、想像のはるか上をいっていて…

 

 

 

 

 

「兄さん?」

 

「…あぁ、悪い、桜。少し、ぼうっとしてた」

 

 …今更だ。

 

「桜」

 

「はい?」

 

「これから暫く、僕は忙しくするけど、あまり気にするなよ」

 

「え?…はい、兄さんがそう言うなら」

 

「あぁ。長くても2週間くらいだから、安心して待っててくれ」

 

「?…はい、わかりました」

 

 

 

 ―――彼の王が相手だからなんだというのか。

 

 ―――生まれた時から…いや生まれる前、桜を救うと決めたその時から。

 

 

 

 ―――僕は、運命すら敵に回す覚悟を、決めているのだから。

 

 

 

 


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