Fate/Sprout Knight   作:戯れ

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第一章 ―オルレアン―

「どうかお逃げください、ジャンヌ…」

 

「嫌よ、ジル!どうしてあの女から尻尾撒いて逃げるような事…」

 

「今の私達では太刀打ち出来ません。…案ずることはありません、ジャンヌ。あなたの胸に怨嗟の炎が燃えている限り、我らの希望が潰えることはありません!あなたが生きる限り、いつか神をその御座から引きずり下ろすときは来るのです!」

 

「ジル…」

 

「ですから、今はどうか…幾何かの雌伏の後、必ず再起の時は訪れます…ッ!」

 

「なら、ジルも一緒に!」

 

「なりません。…彼奴等めを足止めする者が必要でしょうから」

 

「っ…!」

 

 

 自らを焼き尽くした理不尽への怒りをその身に宿した聖女―――ならぬ、竜の魔女は。

 腹心であるジル・ド・レェの言葉を聞き、死してなお自らを襲う不幸に歯噛みしながら、燃え盛る城を後にした。

 

 

 

 

「…これで、聖杯は完全に私達の手中に落ちました」

 

「では、ジャンヌ」

 

「えぇ、ジル。始めましょう。…主の嘆きを取り除くため」

 

 

 

「現存人類を、抹殺します」

 

 

 

 狂信者となった聖女が、動き出した。

 

 

 

 

 

 

「ハァッ!」

 

 振るった双剣が、翼竜の喉笛を切り裂き絶命させる。

 しかし次から次へと湧いて出てくる翼竜の群れが尽きる時は訪れない。

 

「あぁもう、鬱陶しいわね!シロウ!一回どこか別の場所に行きましょう!」

 

「ダメだ、イリヤ!」

 

 イリヤからの提案に、頷くことは出来ない。何故ならば―――

 

 

 

「うわあああああん!ママぁぁぁ!」

 

「大丈夫、大丈夫だからね…!」

 

「おぉ、神よ…!」

 

 

 

 俺達が最初に辿り着いたこの街には、まだ大勢の人たちがいる。

 この人達を見捨てることは出来ない。

 

「まったく、シロウってば、本当にお人好しなんだから…バーサーカー!」

 

「■■■■■■■■■■―――――!」

 

 咆哮と共に、その斧剣を一閃。

 翼竜にも迫る体躯を持つ狂戦士の剣戟が、一振りで何匹もの翼竜たちを薙ぎ払う。

 

「これだけの幻想種が、この時代、この場所にこれだけの数が居る筈がありません!これを発生させている何かが…」

 

「でも、そんなのどこにあるの!?」

 

 

 

「あなた達は、カルデアの人間ですね」

 

「!?」

 

 翼竜たちの攻撃が停止する。

 声の元に振り向けば、そこには一際大きな竜の上で旗を手に立っている、一人の少女の姿があった。

 

「私の名前はジャンヌ・ダルク」

 

「ジャンヌ・ダルク…!?フランスを救った英雄が、何で…!」

 

「その最期を思えば、別に不思議な事じゃないでしょう、シロウ?ジャンヌ・ダルクはフランスを救った…にも関わらず火刑で以て処刑された。これは、その復讐と言う所かしら?」

 

「いいえ。私はフランスを恨んでなど居ません」

 

「は…?」

 

「私は、この地に降り立ち戦う中で、主の嘆きを聞いたのです。『何故人類と言うのは、こうも見るに堪えないのか』、と」

 

「なっ…」

 

「だから貴様は、人類を滅ぼす災厄の一つとなったというのか、ジャンヌ・ダルク!」

 

「はい。…やはり、理解してはいただけませんか」

 

「当たり前だ!そんなの許せるわけないだろう!」

 

「いいでしょう。ならばやはり、貴方達を敵として処理します!」

 

 大地へと降り立ち、竜を侍らせるジャンヌ・ダルクは俺達と正対して旗を構える。

 

 

 

「隙だらけよ、聖女様?」

 

 

 

 迸った一筋の炎が、ジャンヌ・ダルクを焼き払った。

 

 

 

 

 

 

「お前は…何なんだ?」

 

 火傷を負ったジャンヌ・ダルクは一時撤退を選び、一時の休息を得ることになった俺達は、その少女と対面していた。

 

 先ほどまでいたジャンヌ・ダルクと瓜二つ。しかし身に纏う衣装は対照的に真っ黒に染まっており、浮かべる嘲笑は似ても似つかない、その少女を。

 

「初めましてカルデアの皆さん。唐突だけれど同盟を組まない?協力してあのクソッタレな聖女様をぶち殺すのよ。」

 

 

 

 

 

 

「あら…可愛らしい女の子がいるわね。さぁ、私の美しさを保つための糧となれることを光栄に思いなさい?」

 

「ひっ…!?」

 

 カーミラの細く美しい手が、幼い少女へと伸ばされる。

 それに捕まったが最後、血の一滴まで絞りつくされた少女はその儚い命を散らせることだろう―――

 

 

 

「ハァ!」

 

「!?」

 

 

 

 その手を、魔女の旗が振りはらった。

 

「っ…追い落とされた魔女様が、随分と威勢がいいじゃない」

 

「はん。若さに嫉妬するオバサンの声はキーキー耳障りでしょうがないわね」

 

「オバ!?…よく言ったわ小娘。まずあなたの血から絞りつくしてあげる!」

 

 

 

 

 

 

「ありがとう、ジャンヌ。街を守るのに協力してくれて」

 

「ハァ?馬鹿じゃないの、あなた」

 

「ば、馬鹿…?」

 

「今私達が協力しているのは、あのクソッタレな聖女様を倒すっていう目的があるからよ?それさえ済ませてしまえば、私達は敵同士。精々どうやって私を出し抜いて聖杯をあの女から奪い取るか、算段を立てておくことね」

 

「でも、なんだかんだ言いながらこの皆を守る事には協力的じゃないか」

 

「はん、やっぱり馬鹿ねアナタ」

 

「ま、また…そんな皆して馬鹿馬鹿言わなくてもいいじゃないか…」

 

「実際馬鹿なんだからしょうがないでしょう?嫌なら少しはまともな言葉を吐く事ね。

 …私が今この街を守っているのは、自分の手で復讐するためよ。私以外の…それもあの黒幕から洗脳を受けて狂わされた聖女様の手で代わりにやってもらうなんて御免だわ。私が聖杯を取り戻して復讐をするその時まで、人理に崩壊されては困るんです。…そこの所、勘違いしないことね」

 

 

 

 

 

 

「私が、贋作、ですって…?」

 

「その通り。あなたは、狂った私が聖杯の力を用いて作った偽物です。…ジャンヌは、決してフランスを憎まなかった。僅かたりとも報われず、最後は彼女が救った者の手で火刑に処されてなお、彼女は『救った』という事実の前に全てを良しとして受け入れた!

 …後年の私は、それに思い至らず狂乱の坩堝へと落ちたようですが、この私にはわかる。あなたはジャンヌの別側面などでは決してない。

 ただ、こうあって欲しいと願って作られた、ジャンヌの形を真似ただけの偽物です!」

 

「偽、物…」

 

「故に、この結果は必然でした」

 

 

 

「贋作が真作に勝る道理など、ありはしないのですから」

 

 

 

 振り上げられた剣が、偽りの聖女…黒き魔女へと振り下ろされる。

 狂気に落ちた一人の男の幻想は、ここで潰える―――

 

 

 

 

 

「違うッッッ!!!」

 

 

 

 

 

「なっ…!?」

 

 一対の夫婦剣が、その剣を振り払った。

 

「贋作だから劣るなんて誰が決めた?偽物だから勝てないだなんて誰が決めたんだ!?」

 

 模倣だから超えられないのか。

 背を追う者は一生追い越せないのか。

 

「そんなことは、ない!」

 

 例え、真作を真似て作った贋作でも。

 例え、本物に似せて創造した偽物でも。

 

「そこに込められた思いまでもが、偽物ではないのなら」

 

 一人の少女を、救う事が出来なかった男の嘆きが。

 一人の少女を、救わなかった国への憤怒が。

 一人の少女と共に、未来を歩めなかった絶望が。

 

「それは、本物に勝る事も出来る筈だ!」

 

 そう、偽物の贋作者は吠え立てた。

 

「立てよ、ジャンヌ!誰に植え付けられたとか、誰から受け取ったとか、そんな事は関係ない!

 お前は、お前の想いが本物であると証明しろ!」

 

 

 

 

 

 

「何故まだ戦うのですか、偽りの私。もう知ったのでしょう?自らがどういう存在なのか」

 

「はん!どうでもいいのよそんな事は!」

 

 まったく、世話を焼いちゃって。

 正義の味方が、悪の魔女を焚きつけてどうすんのよ。

 本っ当に馬鹿ね、あのどうしようもない甘ちゃんは。

 

 

 

 ―――ま、そんな馬鹿の言葉でやる気を出してる私だって、人の事は言えないけれど!

 

 

 

「私は、アンタが気に喰わない!だからアンタを殺す!それでいい!それ以外はどうでもいいのよ!アハハハハ!」

 

「ぐっ…」

 

 

 

 

 

 

我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)ッ!」

 

 同胞を守るために振るわれる旗が、魔女の攻撃を防がんと光を放つ。

 

 

 

吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)ッ!」

 

 だが聖女は忘れていた。魔女の操る炎が―――

 

 

 

 ―――自らを焼いた炎であることを。

 

 

 

「づ、ぁ、ああああああああああああッ!?」

 

 身に纏った加護を素通りして、自らを焼き尽くす炎に悲鳴を上げる聖女。

 ただの炎ならば、その守りは火の粉一つ通さずに聖女を守り切っただろう。

 だが、この炎だけは例外である。

 

 魔女の憎悪が込められたこの炎は、源流を辿れば聖女が守ってきた同胞たちの手で焚き上げられた炎である。

 主への信仰を示す旗は、同胞へ降りかかる災厄を守ってくれる。

 

 

 

 ―――しかし、同胞から下された裁きからは、守ってはくれなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

「あーあ、終わっちゃった」

 

「ジャンヌ…」

 

「何をそんな景気の悪い顔してるのよ、アンタは。目的を達したんだから、もっと嬉しそうにすればいいのに」

 

 悲痛そうな顔を浮かべる馬鹿を嘲笑いながら、特異点が修正されるその時を待っていた。

 

「ジャンヌ…これで、良かったのか?」

 

「は?何?アンタ、私に復讐を遂げさせたかったの?」

 

「そうじゃない!…このままだと、お前は…!」

 

「…そうね。私は、人類史に刻まれた英雄じゃない。ジルが作り出したただの幻想。…だから、この特異点が修正されてしまえば、完全に消えるでしょうね」

 

「それが分かってるなら、なんで、そんな顔してられるんだよ!?もっと、何か方法が…」

 

「いいわよ、別に」

 

 確かに、私という存在は消えるだろう。

 

 私は、証が欲しかった。

 

 綺麗な方のジルに、私が偽物だって知らされた時、『自分には何もないんだ』って絶望した。

 誰にも覚えてもらえず、誰にも認められず、誰にも愛されることはない。私は、そんな存在なんだって思えてしまって。

 それで一度は膝をついて、けれどそんな私を叱り飛ばした馬鹿が居て。

 

 きっとこの馬鹿は、飽きもせず私みたいな偽物の事を、ずっと覚えていてくれるだろう。

 

「聖女様もしっかり燃やせたんだもの。それだけでも良しとするわ」

 

 けれど、そんなことを言うほど私は素直な女じゃない。

 捨て台詞めいたそんな調子で、赤くなった顔を逸らして言葉を紡ぐ。

 

「あーでもアンタ、この旅が終わってちょーっと平穏な生活でもしたら、直ぐに私の事を忘れちゃうんだろうなあ」

 

「そんなことない!俺はずっと覚えてる!一緒に戦ったお前の事…他の誰が覚えて無くたって、俺だけは!」

 

 拗ねた調子で言ってみた冗談に、泣きそうな表情で必死に反論してくる馬鹿。

 …冗談、のつもりだったんだけど。

 言葉にしてみたら、実際にそんなことはありそうだ。こいつは馬鹿だから、放っておいたら新しい事に必死できっとすぐに私の事も忘れちゃうんじゃないかと不安になってきた。

 

 どうせ最後だ。やり残しのないように、出来ることは全てやってしまおう。

 

「残念だけれど、私はあの聖女様みたいな素直な女じゃないの。とてもじゃないけど信じられないわね。だから―――」

 

 振り向いた私は、目の前にいた馬鹿に飛びついて。

 

 

 

 深く、口づけた。

 

 

 

「んっ―――っ、――――…―――!?!?!?」

 

「ぷはぁ!…ふふっ、ファーストキスです。これでもう、忘れられませんね?」

 

 瞳を白黒させる大馬鹿者の姿を最後の思い出に、私は消えていくのだった。

 

 

 

 

 

 

「この霊基パターンは…エクストラクラス、アヴェンジャーです!」

 

「え…?」

 

 眩い光の中から現れたのは、漆黒の鎧を身に纏い、竜を象った紋様が刻まれた旗を持つ、聖女の写し見の姿だった。

 

「あ…じゃ、ジャンn」

「ヴァァァァァァアアアアアカッッッ!!!」

「うおおおおおおおお!?!?!?」

 

 あっぶな!?い、今避けてなかったら確実に死んでたぞ!?

 

「い、いきなり何するんだよジャンヌ!」

 

「うるさいうるさいうるさい!何で私みたいな復讐者なんて呼んでるの!?馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけどここまで馬鹿だよは思わなかったわよヴァァァカッッッ!!!

 …どうせ最後だと思ったから、あの時…ッッッ!!!」

 

「貴様、ジャンヌ・ダルク!どういうつもりだ!何故士郎を襲う!」

 

「キスもまだの小娘がピーピー煩いのよ!何?八つ当たり?ぐだぐだしてた自分の不徳を差し置いて私にこの馬鹿のファースト・キスを奪われたのがそんな悔しいの?ねぇ、悔しい?プークスクス!」

 

ブチィ!(アホ毛が引き抜かれる音)

 

「いい度胸だ小娘。そこに直れ、折檻してくれる」

 

「シロウ!本当にあなたは女にだらしないんだから!罰としてまずはお姉ちゃんともキスしなさい!」

 

「なんで…なんでこうなるのさああああああああああああああああ!?!?!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

「燃え盛る」と打とうとして「萌え栄える」と打ってしまって一瞬手が止まってしまったのは内緒

 

 


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