Fate/Sprout Knight   作:戯れ

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1・2日目

「…」

 

「桜?何してんだよ、カレンダーなんか見て」

 

「あ、その…」

 

「三月の二日…あ!?そういえば今日お前の誕生日か!」

 

「は、はい…」

 

「馬鹿野郎!」

 

「ひっ、ご、ごめんなさい…!?」

 

「そういう事はもっと早く言えよ!あぁもうプレゼントも何も買ってないじゃないか…よし、出かけるぞ桜!」

 

「え、なんで…」

 

「何でも何も、妹の誕生日を祝わない兄なんて醜聞を僕に擦り付ける気か?ほら、とりあえず今日は、お前に一年で最高の一日を送るだけで妥協してやるから、さっさと準備するんだよ、ほら!」

 

「え、あ、はい!す、すぐに準備してきます!」

 

 

 

――――――――――

 

――――――――――――――――――――

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 近場であった殺人事件の煽りを受けて早期帰宅を命じられてしまった俺を含む弓道部員達。

 しかし、普段使っている弓道場を放置して帰るのもなんだと思い、ふと思い立って掃除に向かった。

 日頃使わせてもらっている礼を込めて、少し綺麗にしておくぐらいはしてもいいだろう―――

 

「なんて思ったのが、間違いだったのかなぁ…」

 

 始めてしまうと熱中してしまい、ついつい掃除を進めること数時間。

 時刻は、日もすっかり沈んでしまい、夕暮れ時をとっくに通り過ぎていた。

 

「まったく、俺って奴は…」

 

 これじゃホントに、慎二に返す言葉がない。

 まったくもってアイツの言う通り、俺のブレーキと言うのは故障していて使い物にならないらしい。

 

 

 

―――――――――…。

 

 

 

「ん?」

 

 ふと、風に乗って甲高い音が聞こえてくる。

 その音が嫌に気になって、音の源へと向かい―――

 

 

 

 そうして俺は、日常から足を踏み外した。

 

 

 

 

 

 

「…やめてよね。なんだって、アンタが」

 

 そこに倒れていたのは、あの間桐兄妹の共通の友人である、衛宮士郎である。

 心臓を穿たれ、明らかに致命傷とわかる傷を負っている。

 今はまだ生命の残滓が残っているようで、完全に死んではいないようだが、それもすぐに吐き出すことになるだろう。

 

 夜の学校。

 もう日もすっかり落ちている上に、今日は件の殺人事件のおかげで…というと少々不謹慎だが、生徒・教師両方が早期に帰宅している。

 

 だから…まだ何も知らない一般人の生徒が残っているだなんて思いもしなかった。

 

 …ただの一般人、巻き込まれたのが悪い。

 そう言って捨て置くのは簡単だ。

 

 …けれど、これは私のミスだ。

 

 人なんていないと思い込んで、ちゃんとした結界も張らずにサーヴァントに戦闘を命じた、私の軽はずみな判断が、こいつを巻き込んだ。

 

『なんだよ遠坂…お前のうっかりで人一人殺しておいて、よくもまぁそんな風に偉そうにしてられるな』

 

『そんな、衛宮先輩が…遠坂先輩最低です。私達の前に二度と顔を出さないでください』

 

 そんな幻聴が聞こえてくる。

 いや、彼や彼女なら容赦なくそんな事を言ってくるだろうけれど、別に彼や彼女にそんな事を言われるのが嫌だというわけではなく。

 今そんな未来が頭を過ったという事は…私自身、自分のせいで人が死ぬという、こんな無様な状況を許せないと、そう思っているという事なんだろう。

 

「…はぁ。仕方がない、か」

 

 申し訳ありません、お父様。私は、とんでもない薄情者です。

 

 

 

 

 

 

 そして俺は。

 

 

 

「問おう、貴方が私のマスターか」

 

 運命と出会い。

 

 

 

「喜べ少年。君の願いは、ようやく叶う」

 

 決意を胸に抱き。

 

 

 

「やっちゃえ、バーサーカー!」

 

 冬の少女との邂逅を果たし。

 

 

 

「決まりね。それじゃ握手しましょ。とりあえず、バーサーカーを倒すまでは味方同士ってことで」

 

 憧憬の少女と、手を組む運びとなった。

 

 

 

 

 

 

「概ね『原作』通り、ってところか」

 

 僕は、その一部始終を覗き見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―十年前―

 

 暗く冷たい土蔵の中で、自らの命脈が尽きるその時を待つ。

 既に切嗣は立ち去っている。

 この戦争に勝ち、自らの理想を叶えるために。

 平和となった世界を、私が見ることは叶わないだろう。

 

だがそれでもいい。

 あの人が救われるのなら。

 あの人の行いが報われるのなら。

 

 ―――それで、いい。

 

 

 

「ふむ、慎二の言った通りであったな」

 

 嫌悪感を引き立てる声に、最後の力を振り絞って顔を上げれば。

 そこには、悍ましい雰囲気を身に纏った老人の姿があった。

 

 一目見ただけでわかる。

 これは、関わってはいけないものだ。

 

「死にかけか。これを生かすのは些か手間がかかりそうだが…かわいい孫の頼みとあっては断れぬな…呵々」

 

 

 

 

 

 

「ッ!」

 

「ぬ、目が覚めたようだの」

 

「…お前は」

 

「儂か?儂は間桐臓硯。おぬしの…まぁ、命の恩人じゃの」

 

「間桐…!?」

 

 間桐。

 聖杯戦争の中核をなす御三家の一つ。

 

 切嗣の…敵!

 

 すぐさま、武器となる物と目の前の老人の隙を探す。

 事情は分からないが、なんにしろこの老人の意のままに従っていてはろくでもないことになるに決まっている。

 元々すぐに消え去る筈の命だったのだ、今更惜しむこともない。刺し違えてでも―――

 

「がっ!?」

 

「おぉ、怖い怖い。血気にはやる若造はやはり恐ろしいのぉ」

 

 にたりといやらしい笑みを浮かべる老人だったが、その様子をつぶさに観察する余裕は、今の私にはない。

 自らの中で蠢く正体不明の存在。

 臓器の一部から走る激痛に、思わず身を縮めて耐える。

 

「呵々、流石に用心はしておるよ。おぬしの中には、儂が操る蟲の内の一匹を入れておる。その苦痛を味わいたくなくば、大人しく従う事だ」

 

 抵抗は、不可能。

 今のまま奴の命を狙ったとしても、こちらが殺されて終わるだけ…か。

 

「…いいでしょう。何の用ですか」

 

「あぁ、用があるのは儂ではないのだ。今呼んでくるでな、暫し待っておれ」

 

 そのまま、本当に立ち去ってしまった老人に拍子抜けする。

 手持無沙汰になった私は、自らの状態を確認する。

 

 傷はまだ残っているものの、日常生活には支障はないレベルでは回復している。だが戦闘を行うのは不可能だろう。体全体に血肉が足りていない。あれから、随分と長い事眠っていたようだ。

 …あれから、どうなっただろうか。

 切嗣は、勝利できたのだろうか。その理想を、遂げることができたのだろうか―――。

 

 

 

「あんた、久宇舞弥…で、あってるよな?」

 

「…はい?」

 

 現れたのは、一人の少年だった。

 切嗣の娘であるイリヤスフィールよりかは一回り上だろう、という程度の少年。

 あの老人のように何か歪なものが化けているような雰囲気も感じない。

 魔術師特有の特権意識からくる、自らよりも下位の存在に向けるような無関心な目つきもしていない。

 背格好のわりに随分と大人びた雰囲気ではあるが、この場にいるにはあまりに不釣り合いな…普通の、少年だ。

 

「あなたは…?」

 

「オイオイ、質問してるのはこっちだぜ?先に答えたらどうなんだよ、名無しのお姉さん?」

 

「………」

 

 私は答えない。

 この少年が何者なのかも、あの老人の目的もはっきりしていない今、唯の一つも彼に情報を与えることはできない。

 

「はぁ、面倒くさいなもう…それじゃ一つだけ僕から教えてやるよ」

 

 

 

「衛宮切嗣は聖杯戦争に勝利し、聖杯から世界を守るためにこの地に未曾有の災害を振りまいた」

 

 

 

「―――――は?」

 

 言われた意味が分からない。

 切嗣は勝利した。それはいい。何よりだ。

 だが、聖杯を以てこの地に災害を?

 そんなことを切嗣がするわけがない。

 けれど、世界を守るためならば?

 きっと切嗣ならば、一地方どころが国一つ犠牲にしてでも守り切るだろう。

 切嗣は、そういう判断ができる人だ。出来てしまう人だ。

 けれど、そんな事をしなくて済む世界を、切嗣は望むはずではなかったのか。

 

 頭がまともに働いてくれない。

 思考は空転し、始まりと終わりを繰り返し続ける。

 結論が出ないままに袋小路に差し掛かり―――

 

「アンタが久宇舞弥なら、詳しい経緯を話してやるけれど?」

 

「っ!」

 

 こちらを見つめる一人の少年を見つめ返す。

 何かの罠かもしれない。

 ただの嘘であると断じた方が賢明だ。

 

 …けれど、私は知りたい。

 

「はい。私は、久宇舞弥を名乗っていたものです」

 

 切嗣が、どうなったのかを。

 

 

 

 

 

 

 そして少年から、事の顛末を聞いた。

 

 第四次聖杯戦争は、切嗣の勝利を以て終結した事。

 しかし、肝心の聖杯は第三次聖杯戦争の折に召喚されたサーヴァントのために汚染されており、本来の無色の願望器からはかけ離れた呪いの塊となってしまっている事。

 聖杯に触れてそれを知った切嗣は、セイバーに命じて聖杯を破壊させた事。

 結果的に、器が壊れたことでその呪いが溢れ出し、この冬木の地にて大災害を引き起こした事。

 そして現在、衛宮切嗣はその大災害を奇跡的に生き残った少年と共に、平和な暮らしを送っている事。

 

 気怠そうな態度に反して、少年は私からの質問に丁寧に答えてくれた。

 「信じられない」と言った私に対して、外へ連れ出して色々なものを見せてくれた。

 大災害の爪痕が残る冬木市民会館跡地周辺を始めとした、サーヴァントが消え、日常を取り戻しつつある冬木の地。

 

 そして、その日常の中の一つとして溶け込もうとしている、衛宮切嗣の姿を。

 

 私は、その姿を遠目に見るだけで、切嗣の前に姿を現すことはしなかった。

 私は既に、過去の異物だ。

 あの日常の中に、私が交わる事は、あってはならないだろう。

 ただ、折れてしまっただけなのかもしれない。

 諦めてしまって、膝を折り、立っていられなくなってしまっただけなのかもしれない。

 けれどそれでもいい。

 彼が、どんな形であれ苦痛に満ちた過去から遠ざかる事が出来たのであれば。

 

 ―――衛宮切嗣が戦う必要は、もうないのだ。

 

 

 

 

 

 

「…で、納得はいったかい?」

 

「えぇ、おおよそは。…それで、貴方の目的は何なのですか?」

 

 第四次聖杯戦争は終結した。

 で、あるならば私を態々生かす意味はないはずだ。

 現状を理解することはできたが、この少年の目的だけが分からない。

 

「あぁ…今から大体10年後、第五次聖杯戦争が起こる」

 

「…なんですって?」

 

「それを、唯の一人も犠牲も出さずに終結させて、呪われた聖杯を解体するのが、僕の目的だ」

 

「………は?」

 

「それを手伝ってくれよ、久宇舞弥」

 

 

 

――――――――――

 

――――――――――――――――――――

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「もっと気ィ抜いたらどうだ?舞弥」

 

「っ…」

 

 声を掛けられて、思わず手を強く握っていたことに気付く。

 

 衛宮士郎。

 

 今は亡き、衛宮切嗣の息子。

 

 あの少年と私には、本来何のつながりもない。

 ここ2年ほどは、監視の名目の元この間桐の家から派遣されて彼の世話をしていたが、所詮はその程度の関係。

 私が、ただの個人にこのような執着を見せるようなことなど、本来ある筈はない。

 

 ―――けれど彼は。

 

 ―――切嗣との幸福な思い出を持つ、数少ない一人だから。

 

 ―――だから私は、彼を守りたい。

 

「…慎二様」

 

「あぁ、別にいいよ素に戻って。面倒くさいし」

 

「…では間桐慎二。どういうつもりですか、あのような危険な目に遭う彼を放置するなど…!一言二言、注意してあげればこんな事には…!」

 

「そういうわけにはいかないんだよ、あいつには役割がある。わかってんだろ?」

 

「っ…ですが」

 

 確かに彼の言う通り。

 あの大災害を生き残るために、自らの中に『全て遠き理想郷(アヴァロン)』を埋め込まれた彼がサーヴァントの召喚を行えば、間違いなくセイバーのサーヴァントである彼女が召喚されるだろう。そして事実、彼はあの最高の騎士を召喚してみせた。

 

「…こうなることを、アナタは知っていたのですか?」

 

「あぁ。前に言ったろ?『大体全部知っている』…ってさ」

 

 そう、この少年は多くの事を知っている。

 明らかに知る事の出来ないはずの過去も。

 起こりうる未来の可能性でさえも。

 

 だが、その出どころは、私には知らされていない。

 幾度かに渡って聞いては見たものの、帰ってくる答えはいつも同じ…『面倒くさいから話さない』。

 

「安心しろよ、別に僕の目的は変わっちゃいない。…ただ、流石の僕でも成し遂げるのは難しいから、ちょいと危ない橋を渡ってるってだけの事さ」

 

「………わかりました」

 

 どちらにしても、私には選択肢などない。

 私に出された指示は、『間桐邸に戻り、聖杯戦争におけるバックアップを務めよ』。

 自らの中に蟲を入れられた私は、未だ生殺与奪の権限を彼らに握られたままだ。

 もし彼らの裏をかいて何かを成すとしても、その瞬間私の命脈は今度こそ絶たれるだろう。

故に、私が成し遂げる一手は、その一手で致命となる物でなくてはならない。

 

 冷静に。

 機械のように。

 その隙を、私は待ち続ける。

 

 

 

 

 

 

「ともかくこれで、セイバー、アーチャー、ランサー、そしてバーサーカーを確認できたな」

 

 今夜に起こった一部始終を、僕と舞弥は見届けていた。

 夜の学校にて、アーチャーとそのマスターである遠坂と、ランサーが出会い戦った事。

 それを目撃した衛宮が、神秘の隠匿のために殺害された事。

 殺害された衛宮が、遠坂によって蘇生された事。

 帰宅した衛宮がランサーの襲撃を受け、セイバーを召喚することで辛くもその危機を脱した事。

 セイバーが、勢いそのままに遠坂のアーチャーに深手を負わせた事。

 事情を理解していない衛宮を、遠坂が教会まで案内した事。

 その帰り道、イリヤスフィールと出会い、バーサーカーと戦闘になった事。

 そこでまたも衛宮は致命傷を負い、しかし全て遠き理想郷の効力によって回復した事。

 最終的に、運用できないレベルの深い傷を負ったアーチャーを擁する一級魔術師の遠坂と、マスターとして未熟極まりないが最優のサーヴァントを持つ衛宮が、バーサーカーを倒すまでという条件で同盟を組むことになった事。

 

「途中からは音だけだったから微妙に分かり辛かったが…ま、大体は僕の知っている通りの展開になってくれたな」

 

「…趣味が悪いですね」

 

「僕が趣味で衛宮の私生活なんて覗くわけがないだろ。聖杯戦争が終われば、お前に設置させた盗聴器類はちゃんと撤去するさ」

 

 そう、この一部始終を知ることができたのは、それら科学技術の結晶による成果である。

 衛宮の家に潜り込ませていた舞弥に命じて、あの武家屋敷の各所に秘密裏にそういった器具を設置させていたのである。

 魔術的なものでは、そう言った気配に敏感な衛宮には気付かれる可能性があるし、そうでなくともまず間違いなく遠坂なら気が付く。

 …が、魔術師は逆にこういった神秘を伴わない技術を毛嫌いし苦手とする傾向があり、その例に遠坂もまた漏れない。多分アイツが使えるのは普段使っているコンロや電子レンジの調理器具類くらいだろう。電話よりも高度な電子機器類はまず使えないと考えていい。

 衛宮は純粋な魔術師とは言い難いし、中学の頃は僕が持ち込んだ電子ゲームなんかも一緒に遊んだりしたこともあるから、そこまでひどくはないだろうが…こっそり設置された盗聴器の存在を察するほど詳しくもないしそもそも警戒してすらいないだろう。

 

 まぁ、そう言うわけで衛宮邸内に限れば情報はほぼすべて筒抜けと考えていい。

 そこ以外の場所に関しては、仕方がないので僕と舞弥でそれぞれ使い魔を用意して、遠目からできる限りの情報収集を行っている。

 

「…しかしそれならばやはり、監視機器の類も設置しておくべきだったのでは?」

 

「ダメだ。今回召喚されたアーチャーは、至極真っ当にアーチャーとしての能力を持っている上に、『前回』と違ってサーヴァントとして主に仕えることにあまり抵抗を持っていない。視線の通る類の監視じゃあマスターにその存在が知られる。

 使い魔だったら、それ自体がバレてもまだ他の魔術師の可能性を示唆させられるかもしれないけど…電子機器を使ってくる魔術師となったら100%僕だと遠坂にはバレる。

 そうなったらもう完全に警戒されて、情報を完全に遮断するよう対策されるだろうさ。ついでに言えば、今回召喚されたアーチャーは現代の英霊だから、電子機器の類への理解もそれなりにある。監視がバレたら、そのまま芋づる式に盗聴器の類の存在もバレかねない」

 

「…なるほど。だから監視機器の類は用意させなかったのですね」

 

「そういうこと。…さて、それじゃあとは任せるよ」

 

「どこへ?」

 

「もうそろそろ…僕自身も動かなきゃならないからな」

 

 

 

「サーヴァントを、召喚してくるよ」

 

 

 

 

 

 

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。 祖には大師シュバインオーグ。

  降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 何か思惑があるのか、それとも単純に期待していないだけなのかはわからないが、臓硯は僕に召喚用の触媒を渡すことはなかった。

 完全な縁召喚となるが、それも仕方がない。

正直に言えば、今回は己のサーヴァントを一切使わずに事態を収束するつもりなので、魔力供給の関係からマスターに自滅を強いることのあるバーサーカーでさえなければ、召喚される英霊は何でもよかった。

このタイミングならバーサーカーは既にアインツベルンが召喚している。少なくとも最悪の可能性はないとみていいだろう。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

  繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 己の内にある魔術回路を励起させる。

 

 間桐慎二に、間桐桜は救えない。

 それは、生まれる前から分かっていたことだ。

 けれど、愛する妹に少しでも幸福な日常を送ってもらうために。

 彼の少年の後を追う。

 彼の少年の歩んだ道筋を辿る。

 

 故に、僕が起動式とする文言は―――

 

 

 

「――――― 追走・開始(トレース・オン)

 

 これは聖杯戦争。

 人類史に名を刻む英雄英傑が一堂に会するという、埒外の奇跡が為す大儀式。

 そしてなにより、彼の王が居るという事実が、僕の不安を掻き立てる。

 

「――――――告げる」

 

 故に、せめて全力を注ぐ。

 

 魔術回路の起動に呼応し、神経に宿る『刻印蟲』たちが活性化を始める。

 

「―――っ…か、は」

 

 全身の神経が熱した鉄にすり替わるような感覚。

 心臓の鼓動は平常値を大きく上回り、己の体の変革を拒絶しようとする。

 

「――――告げ、る」

 

 ―――つまりは、いつも通りという事だ。

 

「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

  聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ!」

 

 苦痛に悲鳴を上げる体を意志一つで抑えつけて、詠唱を続ける。

 

 

 

『兄さん』

 

 

 

 ―――全ては、桜を守るため。

 

 

 

 「誓いを此処に!

  我は、常世総ての善と成る者!

  我は、常世総ての悪を敷く者!」

 

 薄暗い蟲蔵に眩い光が走る。

 

「 汝三大の言霊を纏う七天、

  抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

 目を開けるのも辛くなるほどに光は強まり、幾何かの時を置いて収束する。

 

 

 

「あなたが私のマスターですか?」

 

 

 

 現れたのは、妖艶な美女。

 淡い紫色の艶やかな髪。

 瞳を完全に覆いつくすように被せられた眼帯。

 

 ライダーのサーヴァント。ゴルゴーン三姉妹が末妹、メドゥーサ。

 

 

 

 

 

 

「いやああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

「桜!?」

 

 眠っていた所に飛び込んできたその悲鳴に、思わず飛び起きた。

 すわ襲撃か、こんな早期に動く陣営が居たとは、と身構える僕だったが―――悲鳴の元に目を向ければそこには五体満足で一人立っている桜の姿。

 一先ず桜が無事であることを確認して安堵するが、どうも様子がおかしい。

 桜は口をあんぐりと開け、顔を真っ赤にして僕の方を…正確に言えば、僕のすぐ脇の地点を指さして固まっている。

 何があるかと目を向ければ、そこには何食わぬ顔でベッドに腰かけているサーヴァントの姿が。

 

「………何をしてるんだ、ライダー?」

 

「?…いえ、とくには何も」

 

「…質問を変えよう。何でここにいる、ライダー」

 

「シンジが(召喚時の代償として)とても疲れているようでしたので、(他のマスターからの襲撃に備えて)傍についていました」

 

「ど、どういうことですか兄さんっ!その女性と、とても疲れるようなことをして!あまつさえその後に傍にいてもらうような関係だとでも言うんですか!?」

 

「待て桜、お前は何か酷い勘違いをしている」

 

「分かってはいました…私が、ただの妹としか見られていないという事は。…いずれはふさわしい人を見つけて、私を捨てていってしまうのかもしれないという想像を、していなかったわけではありません。…けれどだからって、こんな突然、何の説明もなく行為にまで及んでしまうなんてっ!」

 

「…ライダー」

 

「はい」

 

「霊体化してくれ」

 

「わかりました」

 

 僕の指示に従って姿を消すライダー。

 …素直に指示に従ってくれるサーヴァントで、本当によかった。

 

「こうなったら私もせめて兄さんの子供だけでも…ってあれ?今の女性は…」

 

「おはよう、桜」

 

「あ、おはようございます、兄さん。…あの、今の女性は…」

 

「女性?『何のことだ?』」

 

 魔力を込めて、桜に向けてライダーの事を忘れるよう暗示をかける。

 本来ならばこれくらいの暗示、多少の心得があればあっさりと弾けるものだが、知識も経験も魔術に関する一切を与えられていない桜には、普通の一般人とそう変わらないレベルであっさりとコレが通る。

 

「……ぁ、れ?」

 

「そんなことより、朝ごはんを用意してくれないか?」

 

「…あ!すいません、今すぐ…」

 

「あぁ、急ぐ必要はないさ。今日はちょっと僕、学校をサボるから」

 

「え?」

 

「昨日言っただろう?『少し忙しくする』…ってさ。僕は用事を済ませてくるから、学校には行けない」

 

「…はい、わかりました。じゃぁ朝ごはんは、兄さんが頑張れるよう、腕によりをかけて作りますね」

 

「あぁ、頼むよ。けど桜も、弓道部の朝練に遅れないようにな」

 

「はい」

 

 トタトタと歩き去る桜を見送った所で、扉を閉めて朝の支度を始める。

 

『…ライダー』

 

『はい』

 

 霊体化したライダーと、念話によって会話を行う。

 

『見ての通りだ。妹は、魔術についてほとんど何も知らない。当然、今回の聖杯戦争についても同様だ。存在を悟られないよう気を付けろ』

 

『申し訳ありません』

 

 

 

 

 

 

 昼間の内にゆっくりと休んで、夜間の内に柳洞寺へと向かう。

 日中のほぼすべてを休息に費やしたおかげで、体調も魔力もおよそ万全。

 ライダーを伴った僕は、薄暗く、神秘的な雰囲気を纏った山門を上る。

 

 今から行うのは戦闘ではない。

 が、この交渉の結果が、今回の聖杯戦争を決すると言っても過言ではない。

 失敗は許されない、覚悟を決めて今回のキャスターと対峙しなければ―――

 

「………?」

 

 半ばまで登ったところで、違和感に気付く。

 見上げてみても、山門を守護しているはずの、アサシンの姿がない。

 

「ライダー、サーヴァントの気配は?」

 

「…いえ、ありません」

 

「………」

 

 嫌な予感がする。

 先ほどまでとは別種の緊張感に急かされるように、山門を上り切る。

 そこで僕が見たのは―――

 

 

 

 無惨に殺されたキャスターとアサシンの姿だった。

 

 

 

「なっ………!」

 

 戦術爆撃にでもあったかと思うような惨状を晒す参道。

 その中で、致命傷一歩手前のまま放置されている、キャスターとアサシン。

 

「ここで、既に戦闘が…?」

 

「………」

 

「シンジ、これをやった英霊に心当たりが?」

 

「……………」

 

「シンジ?」

 

 何故だ、何故あの王が動いた?

 軽々に王が動くことなどある筈がない。

 狙いは何だ?目的は?

 一体どうして…?

 

「シンジ!」

 

「っ…あぁ、ライダー」

 

「一体どうしたのですか?突然呆けて…」

 

「………ともかく、一度離れろ、ライダー」

 

「はい?」

 

「あと、『喰い終わった』後に僕が倒れたら、家に運んでおいてくれ」

 

 ずるり、と。

 足元から、黒い『ナニカ』が這いずり出る。

 

「ッ!」

 

 その存在がサーヴァントの天敵であることを感じ取ったのだろう、ライダーは即座に僕から離れる。

 

「喰らえ」

 

 僕の意思に従って、黒い『ナニカ』は消えかけているキャスターとアサシンの骸へと近寄り、そして呑み込んだ。

 後には何も残らない。

 参道に残る破壊痕はそのままだが、この場に残っていた血肉…サーヴァントを構成していたものは全て消え去った。

 いや…僕の中に、取り込まれた。

 

「シンジ…今のは…?」

 

「っ…」

 

 そこまでが、僕が意識を保っていられた限界だった。

 

 

 

 

 

 

 




わかめ(あーよかった。DEADかBADになったらどうしようかと思った…)
余裕綽々なように見えて実は本当に危ない橋だった模様。

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