Fate/Sprout Knight   作:戯れ

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長くなってしまったので、今回は過去回想オンリー。





幕間の物語 麻婆とワカメ

 その少年と出会ったのは、私が好む泰山の麻婆豆腐の激辛麻婆を食そうとしていた時の事だ。

 私が泰山へと入店したその直後、後を追うようにその少年は入ってきた。

 

「「激辛麻婆豆腐、1人前」」

 

 注文の声が被ったことに僅かに驚き、その方向を見れば、ウェーブがかった青に近い髪色をした年端も行かない少年の姿があった。

 

 正直に言ってしまえば、この泰山の料理は、真っ当な人間が食すものではない。

 その噂に引かれて数多の人間が怖い物見たさにこの泰山の料理を食してきたが、未だに私以外の真っ当なリピーターには出会ったことがない。

 たまに、その怖いもの見たさの人間がこの泰山の料理を食す様を見ることがあるが、たいていの人間は一口を食べた時点で、耐え切れずに退店するかショックで気絶するかの2択に別れる。

 それもさもありなん。まず見た目からして、明らかにおかしいのだ。

 私が好んで食する麻婆を例にとってみると…毒々しさすら感じるほど赤く染まったタレ。そこにたっぷりと振りかけられた多種多様にして大量の香辛料。そしてそれをしっかりと絡めとる熱々の豆腐と肉そぼろ。

 地獄のようなその辛さを私は好んでいるが、真っ当な味覚を持っているものがこれを食すことなど不可能だろう。

 

「へいお待ち!」

 

 注文も同時なら、運ばれるのも同時。

 そのあまりに赤々とした見た目にごくりと唾をのむ少年を横目に、私は麻婆を掻き込む。

 

「―――ッ!」

 

 ふむ、この喉の奥を焼き焦がすような辛さ。

 脳髄の奥が沸騰するような刺激。

 それらを助長し、煉獄への扉を垣間見るような錯覚を齎すアッツアツの具。

 

 ―――良い。

 

 だらだらと流れる汗にも構わず、ペースを変えずに、じっくりと味わいながらその麻婆を食し続ける。

 

 

 

「…ふぅ」

 

 食しきった後、一息つく。

 そこでふと、隣にいた筈の少年から、激しい物音が聞こえてこなかったことに気付く。

 ショックで気絶したならば、椅子を蹴倒して倒れる音が。耐え切れないと判断したならば脱兎のごとく退店する際の音が聞こえるはずだが。

 そう思いふとその方向を向けば―――

 

「あむ…んぐ、モグモグ…ごくっ…ぷはぁ!ごちそうさま!」

 

 まだそう暑い時期でないにも関わらず、半袖一丁になりながらも麻婆を食しきった少年の姿があった。

 

「…ほう?」

 

 よほど食すのにエネルギーを消費したのか、肩で息をしながら呼吸を整えているものの、その目の前には完全に空になった麻婆の皿がある。

 年若いながら見事にこの試練を乗り切った少年に対して、私は興味深げな視線を向けていた。

 

 すると、そんな私の視線に気づいた少年が、私のテーブルへと向かってくる。

 

「よぉ、エセ神父」

 

「む?」

 

 私をエセ神父と呼ぶ人間には心当たりがあるが、しかしこの少年はそれには該当しない。

 というかそもそも、この少年と私は初対面のはずだが…少なくとも、こんなにやついた笑みを浮かべながら親し気に呼びかけられる間柄ではないだろう。

 

「どこかで会っていたかね、少年?」

 

「いや?初対面だよ。…けど、あんたの話はお爺様から聞いてるぜ。僕の名前は間桐慎二、よろしく」

 

 間桐。

 その名前を言われれば、流石に思い当たらざるを得ない。

 私が監督役を務める大儀式、聖杯戦争。

 その根幹をなす御三家の一角の名である。

 その中で、『お爺様』と呼ばれるような御仁と言えば―――

 

「間桐の…ご老公のお孫さんかな?」

 

「はっ!別に気ィ使わなくったっていいんだぜ?素直に妖怪爺とか呼んだって、僕は別に気にしないからさ、事実だし」

 

「…ふむ、まぁ、人前で声高に叫ぶような呼称ではなかろう」

 

「確かにな。アンタにも、最低限守らなきゃいかない神父としての体面ってのもあるだろうし」

 

「………」

 

 この少年の目的は何だろうか。

 あの老人の手で何らかの改造が施されている可能性も考えたが、こうして相対して見る限りは少なくとも人格にはそうおかしなところのない普通の少年に見える。

 『間桐』が私に接触する要件など、聖杯戦争以外にはないだろうが…問題なのは、聖杯戦争についての何が目的なのか、ということだ。

 

「しかし、何故ここで食事を?」

 

 一先ず、適当な話題を振って少しでも情報を得ることにする。

 彼の方は私の事をある程度知っているようだが、私は彼の事を何も知らない。

 純粋にここで食事を取る人間が私以外に居ることに対する興味もあり、私は彼に質問した。

 

「…あー、まぁ、話すと長くなるんだがな」

 

「構わんよ。懺悔を聞くのが神父の役目、多少の長話には慣れている」

 

「ハッ、よく言うぜ、エセ神父の癖に」

 

 にやついた笑みを浮かべて言葉を紡ぐ少年。

 そこで私は、思いの外確信を突いた返答を返されることになる。

 

「…なぁ、幸福ってのはどうやったらなれると思う?」

 

「む?」

 

 突然哲学的なことを言い始めた少年。話題の跳躍についていけず、私からは目線を向けるだけに止める。

 

「僕が思うに、幸福を知るためには不幸を知らなきゃならないと思うんだよ。

 幸福とは須らく不幸からの脱却であり、満たされた人間が幸福を得るのは難しく、渇望の多い人間はそれだけ幸福になれるだけの素養があるってことだ」

 

「…ほう。不幸とは、幸福のための踏み台となるためにある、と?」

 

「そう。正義とは討ち倒すべき悪がなければ成り立たず、乗り越えるべき困難がなければ道を失い幸福にはたどり着けない。人は試練を求め、敵を求め、それらを標として道を歩む。

その標…『討ち倒されるべき悪』が存在しなければ、人類は正しき道を歩けない迷子となる」

 

「―――――」

 

 それは。

 

 古くから己の中にあり続ける、一つの問いに対する答え足りうるものだった。

 

「今の人類を見てみろよ。文明が進み、自らを脅かすものを失った人類は、ただ怠惰に日常を重ねて漫然と日々を過ごすだけ。人類を推し進める誰かが時折現れるが、大半はそんなごく一部の者から与えられる恩恵に与るだけの有象無象…だから」

 

 

 

「ウチの爺や、アンタみたいな人間も、たまには必要なんだと思うぜ?」

 

 

 

「………ご老公から、何か聞いているのかね」

 

「別に、大したことは聞いちゃいないさ。ただアンタの事を、『自分と同じ穴の狢だ』…って言ってたくらいかな」

 

 その言葉は確かに、あの老人から実際に己に投げかけられた言葉だった。

 あの時私は、その言葉を受け入れられずに拒絶したが、今冷静な思考でその時を思い返せば、その行為が同族嫌悪からくるものであったことを自覚できる。

 

「なるほど。私は、人類が前に進むための踏み台として存在している、か」

 

 その答えを聞いて、不快感は抱かなかった。

 むしろ、深い納得が心の内を満たしていた。

 

 見出した己の本質を違えることなく。

 清廉にして厳格だった敬愛する父の教えにも反する事はない。

 その答えを、私は良しとできる。

 

 ―――私が生まれた意味は確かにあった。

 

「いや、実に身になる話だった。神父としては恥ずかしい話かもしれないが、君には教えられたよ。感謝しよう、少年」

 

「そうかい?ま、それなら良かった。あぁ、ついでに一ついいか?」

 

「なんだね?」

 

「第五次の事についてなんだが」

 

「む」

 

 …ここからが本題、というわけか。

 

「僕とちょっとした約束をして欲しい」

 

「約束?」

 

「あぁ。『第五次には積極的に干渉しない』…っていう約束をな」

 

 それが今回の目的か。

 監督役である私は、いざとなれば彼らマスターの行動を妨害する役目を負っている。

 しかし―――

 

「ふむ、それはできんな」

 

「あ?なんでだよ」

 

「私は、かの儀式が円滑に執り行われるよう便宜を図ると同時に、無辜の人々に被害が及ばないよう調整する役目もある。もし、その約束をタテに不干渉を強要され、それを良いことに好き勝手されては教会の沽券に関わる」

 

「…なるほど?つまりその領分を超える事はしない、と?」

 

「基本的にはな。ただ、前回にはあまりに派手な事をしでかしたために、止むを得ず他のマスターを動員してその解決を計った…という事態にも見舞われた。君の言う『干渉』がどの程度を指すのか不明な以上、軽々しく頷くことはできんな」

 

 慎重に言葉を選びながら、彼の言葉からその真意を計り続ける。

 先ほどは興味深い意見を聞かせてもらったのだから、多少融通を聞かせていいのかもしれない、と思う程度にはこの少年個人には好印象を持っている。

 だが忘れてはならない。この少年は『間桐』…つまり、あの老人の手の者なのだ。

 うっかり言質など取られようものなら、何に利用されるか分かったものではない。

 警戒を密にしながら少年との会話を進めていくが―――

 

 

 

「そうだな、例えば…『マスターとして聖杯戦争に参戦する』、とかかな」

 

「―――――――――」

 

 この少年、どこまで知っている?

 

 あの老人の手の者である以上、私が前回の参加者であることは知られているだろう。

 だが、私が時臣師を裏切り、サーヴァントを手にした事は知っているのか。

 よもや、今もなお現世にとどまっている、あの英雄王の存在まで知っているのか―――。

 

「どうした?監督役だっていうなら、流石にそんなことはしないだろう?」

 

「…そうだな」

 

 仕方があるまい、流石にここまではっきりと明言されてなお言葉を濁していては、『自分は聖杯戦争に干渉する気がある』と言っているようなものだ。

 

「いいだろう。私は、第五次聖杯戦争にマスターとして参加することはない。監督役としての役目に専念しよう」

 

「…あいよ」

 

 その言葉に満足したのか、彼は立ち上がってこの泰山から出ていこうとする。

 そこでふと、結局最初の質問の答えを得られていないことを思い出し、再度質問しなおすことにする。

 

「ところで、結局ここへ来た目的は何だったのかね?」

 

「あ?あーそれはな…」

 

 それを聞かれた少年は、何でもないことのように、私の方を向いて告げた。

 

 

 

「愛する妹の料理を、きちんと美味しく味わうためだよ」

 

 

 

 

 

 

「貴様の言っていた道化に会ってきたぞ」

 

「む?」

 

 やけに上機嫌な英雄王に怪訝な表情を向ける。

 この男は、現代の世の在り方に極めて否定的だ。

 厳密にいうならば、世界を構成する『人間』の在り方に、だが。

 余りに無駄が多いと、この英雄はそう愚痴を零す。

 意味もなく価値もなく、ただ無為に増え続けた人間たち。

 旧き時代において、懸命に生きようとする人々を統治してきたこの男からすれば、今を生きる人々は確かに目障りだろう。

 そんなこの男が、外へ出て上機嫌で帰ってくるというのは割合珍しいことだ。

 

「私の言っていた…もしや、慎二の事か?」

 

「うむ」

 

 彼との邂逅は、あの時一度きりではなかった。

 妹の手料理を存分に味わうためにと、定期的にあの泰山にて食に対する感覚をリセットしにくるあの少年は、頻繁にあの店を訪れる私とよく食を共にする。

 

 話し合うのは他愛のない事…主に、私の妹弟子であり師の忘れ形見でもある遠坂凛の話をしている。

 彼からは、学校での凛が如何に完璧で優等生として完成されているかを語り、逆に私からは、昔の凛の話の失敗談を話すことでそれが如何な努力の果てに成し遂げた猫被りなのかを伝える。

 ―――いずれ凛は、彼が自らの虚飾に気付いていることを知り、羞恥の余りに私の居る教会へ怒鳴り込んでくるだろう。

 その時を思い、互いに愉し気に嘲笑(わら)いながら、凛の醜態を晒すその時に想いを馳せていた。

 

 閑話休題。

 

 そんな彼との話を、英雄王には『珍しい人間が居る』と言う事で漏らしたことがある。

 彼に対して悪意があるわけではない。むしろ私としては彼の事を、得難い友人と思えるほどには高く評価している。

 だからこそ、彼の望む通りに事が運ぶように取り計らったのだ。

 

『不幸の先にこそ、幸福はある』

 

 ならば、彼の為にも、困難多き道のりを私は用意すべきだろう。

 英雄王へ情報を渡したのはその一環だ。この男に興味を持たれては、彼の道は平坦では終わらないであろう。

 その成果は…予想以上のようだった。

 

「奴はな…我に近い視点を持つ道化よ」

 

「何?」

 

 その言葉に私は驚く。

 この男は、言うまでもなく限りなく自己評価の高い男だ。

 天上天下唯我独尊を地でいき、あらゆる頂点に君臨する王の中の王と自己を定め、実際その評価はそれほど間違っているわけではない。

 そんな男が、『自分に近い』などと評価するとは―――。

 

「どういう意味だ?」

 

「何処の誰に、どうやって植え付けられたのかは知らんがな、あ奴めは『この世界』を外側から眺めたことがあるようだ」

 

 確かに、あの少年は多くを知っているようだった。

 私が凛の話をした時も、『それは知らなかった』と口では言っていたものの、それ程驚いている様子はなかった。

 学校での凛しか見ていないならば私からの話は驚天動地の内容だった筈だ。にも関わらず、彼は私から話を聞く以前から凛の本来の性質のおおよそを知っているようだった。

 流石のあの老人も、凛の猫かぶり等まで知っているとは思えないし、知っていたとして態々誰かに話すような性格であるとはとても思えない。

 時臣師から聞いたことがある。彼のゼルレッチ翁は、並行世界の可能性や現在過去未来を見通すような『魔法』をも可能にするらしいが、その類だろうか。

 

「我は、上より総てを見下ろし裁定する。

 奴は、外より世界を眺め評価する。

 …その在り方は、まさに神の在り様よ」

 

「ほう?その割には不快なようには見えないな」

 

 神嫌いであるこの男が、このように親し気に『神の様だ』と評価をするのは意外である。

 

「あぁ、奴は神の視点を持っていたが―――しかし、無粋な神のように上から眺めるだけの分際で余計な茶々を入れるような事はしなかった。むしろ…奴はな、舞台に上がる事を選んだのだ」

 

「奴はこの世界(物語)の『何か』が気に入らなかったのだろう。故に見るだけでは飽き足らず、実際にこの世界(舞台)に上がり、観客ではなく演者であることを選んだ。―――世界(運命)に、弄ばれることを承知でな」

 

 故に、道化。

 運命に弄ばれ、しかし抗い、自らの望む結末を描くために。

 

「今の世を生きる雑種の中では、中々に気骨のある雑種よ…さて」

 

「何処へ行く、アーチャー」

 

「何、奴が少しでも踊りやすいよう、舞台を整えてやろうと思っただけのことよ。この我に捧げられる見世物だ、それなりに見所のあるものでなければならんからな」

 

 

 

 それから暫くの後、この聖杯戦争における、キャスターとアサシンの敗北の報が私へ届いた。

 

 

 

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