続・やはり俺たちのオラリオ生活はまちがっている。 作:シェイド
予告通り新章開幕します。
第一話です。
では、どうぞ!
遠征と謎
世界には『穴』があった。
大陸の片隅にひっそりと存在していた大穴。遥か昔に人類が発見する前からあり続けた『穴』。その起源は知る由もない。深い深い穴でどこまであるのか分からない程、その闇は深い。
この穴は不思議な穴である。
その至るところより異形異類の化物を生み出しては解き放ち、その穴自体が損傷を負えば自動的に修復してしまう………これを不思議と言わず何というのだろう。
この世の中を生きる人間を含めた生物は、この穴から出てくる化物に作物は荒らされ、命を奪われたものも少なくなかった。
これに人類は必死に抵抗した。
殺された同胞の敵を取るために、生きる者としての尊厳を取り戻すために、種族の垣根を超え協力する。
知恵を絞り、策を弄し、勇気を胸に立ち向かう。
後世にて『英雄』と称えられる者たちの活躍もあって、モンスター達と一進一退の攻防を繰り広げた人類は――――――やがてすべての根源である『穴』へと辿り着いた。
『穴』の奥には地上とは異なる別世界が広がっていた。
数多の階層に分かれている『地下迷宮』。
日の光が無くても不思議な光源に満たされており、見たこともない草花や鉱物が存在していた。貴重な資源や魔石を持つモンスターといい、この地下迷宮。いや、ダンジョンには確かな『未知』が備わっていた。
その後、『穴』の上には『蓋』という名目で塔と要塞が築かれ始め、モンスターの地上進出を防ごうとする者たちが有志を募る一方で。
人類の中からは『穴』の向こう側の世界――――地底に広がっている未開の地を切り開こうとする酔狂な者たち、探索者たちが現れる。
彼らはいつしか『冒険者』と呼ばれるようになり。
その言葉の多くは、『未知』という魅惑に抗えなかった者たちのことを指すようになる。
そこから時代は流れ―――――――当時の時代、『古代』の時代の節目に世界へ転機が訪れる。
この世界に天より『神々』が降臨した。
文字通りの超越存在である彼等がこの世界、『下界』に顕現を果たしたのだ。
『天界』にて悠久の時を過ごすことに退屈していた神々は様々な文明を育み、モンスターと鎬を削る
神々の降臨を境に世界の有りようは瞬く間に変化した。
下界の者に無限の可能性をもたらす神々の『恩恵』によって、人類は急速に力をつけ、発展の道筋を辿り始める。
地底にモンスターの巣窟が存在する彼の地も例外ではなかった。
迷宮都市オラリオ。
かつて『穴』の上に建てられた要塞が盛衰を繰り返し、築き上げられた大都市。
富、名声、何より『未知』が依然として眠る、魅惑の地。
欲に取りつかれた無法者達が、『未知』に焦がれる冒険者達が、そして娯楽を追い求め続ける神々が集う世界の中心。
多くの思惑と物語がこの地で交差する。
祈りを捧げ、神に救済を願う古の時代はすでに終わりを告げた。
今や人は神にちっぽけな
富を、名声を、希望を、未知を。
遥かなる高みへの渇望を―――――そして
時は今、
***
迷宮都市オラリオ。
今では多くの者が集い、自身の夢を追いかける地。神々の多くもここに住んでおり、世界の中心といっても過言ではない。
少なくともそう思っている者が大半だろう。
そして、このオラリオには【ファミリア】というものが存在する。
【ファミリア】は神に『恩恵』を貰い受けた者同士が集っている集団であり、家族という呼び方をする者もいる。
神は『恩恵』を刻むことによって、その刻まれた
前置きはこのくらいにして……。
この迷宮都市オラリオには現在、二つの最大派閥が存在する。
一つは美の女神フレイヤが運営する【フレイヤ・ファミリア】。派閥を現すエンブレムは戦乙女の
オラリオ最高のLv.7であるオッタルが在籍し、多くの第一級冒険者を抱えるファミリアだ。
そしてもう一つ――――――
度重なる咆哮が轟いていた。
地響きを伴う足音がそれに続き、荒涼としている地面を踏み荒らす。
山羊のようにねじれ曲がった二本の大角。首から上には膨れ上がった馬面のような醜悪な顔面があり、真っ赤な眼球がぎょろぎょろと蠢き得物の姿を睥睨する。
まさに怪物と言わんばかりの巨躯を進撃させ、夥しい数の黒い塊が鈍器を持つ太い腕を頭上高く振りかぶった。
「盾ェ、構えぇ―――!!」
号令とともに鳴り響く、数多の衝突音。
怪物たちの進撃を掲げられた何十枚もの大盾が受け止める。
だがその威力は凄まじく、盾を構えた者たちの踵が地に埋まった。
「前衛は陣形を崩すな!後衛組は攻撃を続行!」
凶悪獰猛な怪物を迎え撃つは、複数の種族からなるヒューマンと
二枚の巨盾を構える筋骨隆々のドワーフ。矢と魔法を間断なく打ちこみ続けるエルフと獣人。
褐色肌のアマゾネスの姉妹は戦場を駆け巡り、味方の射撃をかわしながら敵を斬りつける。
前衛と後衛に二分される部隊の中、陣の中心でばさばさと風にあおられるのは一本の旗だ。
刻まれているのは滑稽な笑みを浮かべる
一柱の『神』と契りを交わした『
『――――――――――――――っっ!!』
一本の草木もない荒れ果てた大地。岩や砂、全てが赤茶色に染まった茫漠たる大空間。
舞い上がる砂煙に霞む景色の奥には、遥か上まで届く巨大な壁。そして空を塞ぐ天井。
何十もの階層を積み重ねた『地底深く』。
決して地上に届くことのない雄叫びを上げながら、人とモンスターが戦闘を繰り広げている。
「ティオナ、ティオネ!左翼支援急げッ!!」
この戦場にて誰よりも小柄な少年――――
戦場の趨勢を見極める統率者の声は高く鋭く、それでいて響く。目まぐるしく移ろい傾きかける戦況を、彼の指揮が幾度となく立て直す。
「もう~っ、体がいくつあっても足りなーいっ!」
「ごちゃごちゃ言ってないで働きなさい」
命令を受けたアマゾネスのい姉妹が疾走し、三体のモンスターを一瞬で斬り伏せる。
悪夢のような光景だった。
どこからともなく現れるモンスターの大群。屠れど屠れども途切れることなく押し寄せ、その数をもって人間を呑みこまんと襲いかかる。
一体一体が容易く大人のヒューマンを越すその巨体は、化石の骨のような棍棒型の鈍器を振り回し、最前線で盾を構えている者の顔を苦悶に歪めた。肩を並べ密集し合った彼らの防衛線はじりじりと後退していき、半円を描くその陣形がその規模を小さくしていく。
亜人達の一団は押されつつあった。
「リヴェリア~ッ、まだぁー!?」
アマゾネスの少女の声が向かう先、前衛組が庇うその背後。
魔法やら矢やらを連発する魔導士や弓使いに囲まれた中心から、その美しい声は絶えず紡がれていた。
「【―――間もなく、焰は放たれる】」
翡翠色の長髪に白を基調とした魔術装束。浅く水平に構えられるは白銀の杖。
細く尖った耳を生やした、絶世の美貌を持つエルフ。
「【忍び寄る戦火、免れぬ破滅。開戦の角笛は高らかに鳴り響き、暴虐なる騒乱がすべてを包み込む】」
この戦場にて誰よりも美しく在る彼女は、その玲瓏な声で続きを紡ぐ。
力強く、流麗な韻律を持つ『詠唱』。
足下に展開されている魔法円は翡翠色に輝き、無数の光粒を舞い上がらせる。
柳眉を逆立て、彼女は呪文を紡ぎながら前方の一点を強く見据えていた。
「【至れ、紅蓮の炎、無慈悲の猛火】」
その詠唱を耳にしながら、誰もが力を振り絞る。
まだかまだかとその瞬間を待ちわびるかのように、己の歯を食いしばりながら戦う。
『オオオオオオオオオオオオオゥッッ!!』
一方でモンスター、『フォモール』が吠える。
群れの中でも一際大きい巨体を誇る一体が、仲間も一緒に蹴散らしながら驀進、自らの得物を振りかぶった。
その尋常ではない威力によって、構えられた盾をペシャンコにし、そして周囲を巻き込んで前線の一角を吹き飛ばした。
「ベート、穴を埋めろ!」
「ちィ、何やってやがる!?」
こじ開けられた防衛線を塞ぐため、遊撃を務めていた
それまで前衛に守られていた魔導士達が青ざめるのと、『フォモール』の攻撃が炸裂するのはほぼ同時だった。
「レフィーヤ!?」
一人の少女が吹き飛ぶ。
直撃は避けたものの、地面を粉砕するほどの威力を誇った一撃は、その衝撃波で細身の身体を殴り飛ばした。
「……ぁ」
『フゥーッ!!』
地面に転がった少女の上に覆いかぶさる黒い影。
凶悪な獣面の『フォモール』の自身を見下ろす赤い目玉に射竦められ、少女は時を止める。
彼女の瞳に振りかぶられた鈍器が映った。
直後、斬撃が走った。
「え……?」
彼女の視界を金と銀の光が走り抜ける。
間髪入れず、『フォモール』の体が血飛沫を噴出し、高く舞い上がった首が地面へと落下した。
「……」
「大丈夫レフィーヤちゃん?怪我はない?」
「……え、あ、大丈夫です」
呆然とする少女の視線の先。
長い金色の髪を流す女剣士が、ヒュンッと、無言で銀の剣を振り鳴らす。
「アイズ!」
前衛側から一部始終を見たアマゾネスの少女が歓呼する。
アイズ、と呼ばれた彼女は尻餅をついている少女に黒髪ショートの女性が付き添っているのを見て、すぐにその場を動いた。
風の音とともに銀の剣閃が瞬く。
後方に侵入していた他の『フォモール』に接近し、一撃で屠り、魔導士や弓使い達の前で全滅させた。
「ちょ、アイズ待って!?」
更に前進する。
制止の声を振り切り、未だ大勢で攻めてくる『フォモール』の大軍へと突っ込む。
「フィンさ~ん。コマチもいこっか?」
「アイズがこうなってしまったら、ね。頼んだよ」
「はーい!」
そして先程までレフィーヤの状態を確認していた黒髪ショートの女性――――――コマチもアイズに続いて『フォモール』の大軍へと突っ込んだ。
「……すげぇ」
ぽつり、と。
誰かが呟いた。
激しい剣舞が行われる。
斬撃に次ぐ斬撃。近付いたモンスター全てを斬り伏せて行く剣撃の嵐。
「ライトニング!」
本来ならばありえなかった
魔法とナイフを交互に撃って、次々とモンスターを地に沈めて行く。
後ろから迫ってきたモンスターには振り向きざまに片手剣を一閃。それだけで灰へと変わるモンスター。
前衛に群がっていたモンスターが激減していく中。
多くの者が畏怖とともに、【
「【汝は業火の化身なり。ことごとくを一掃し、大いなる戦乱に幕引きを】」
そして後方では、厖大な魔力の高まりが起きていた。
ついに、紡がれていた長大な詠唱が完成へと至ろうとする。
「アイズ、コマチ、戻りなさい!」
前方にてモンスターを屠っていた二人は己を呼ぶ声に気付き、後ろを一瞥してから跳んだ。
空中で大きな弧を描き、蜻蛉を切って自陣中央へと着地、帰還する。
「【焼き尽くせ、スルトの剣――――――我が名はアールヴ】!」
瞬間、弾ける音響とともに魔法円が拡大し、アイズ達、そして全ての『フォモール』達の足もとにまで広がった。
この全範囲が効果範囲以内。
白銀に輝く杖を振り上げ、エルフの魔導士、リヴェリアは己の魔法を発動させた。
「【レア・ラーヴァテイン】!!」
大炎上。
魔法円より噴き出す無数の炎柱。
その全てはアイズ達を避け、モンスターの大軍へと襲いかかった。
天井にまで届こうかというその炎柱は太く、『フォモール』達は炎に丸呑みにされた。
劫火の奥で次々にモンスターの姿が消え、絶叫が響き渡る。
広範囲殲滅魔法。八十をも超すモンスターの大軍はこの僅か数瞬で一掃された。
熱気と火の粉で、世界が灼熱に包まれる。
武器を静かに下ろす中、アイズやコマチ達―――――『冒険者』の顔も緋の色に染め上げられていった。
***
雑多な騒がしさが流れている。
それぞれヒューマンも亜人も関係なく、何らかの作業を行っていた。
中規模な野営風景。
そこで金の長髪がなびいた。
蒼色の軽装に包まれた線の細い体。肌はきめ細かいと同時に瑞々しく、繊細な顔立ちは遠目からでも分かるほどに整っている。透いた輝きを宿す瞳は、髪の色と同じく金色だ。
性別問わず見る者の目を奪う、その美しい容姿はエルフや女神にさえ劣らない。
神秘的な雰囲気さえ感じさせる金髪金眼の少女は、てくてくと、折りたたまれた布を抱えて歩いている。
「ア、アイズさん!」
自分の名を呼ぶ声に彼女――――――アイズは足を止めた。
振り返れば、山吹色の髪を後ろでまとめた少女が立っている。
顔の両端に垂れる一房の髪から伸びるのは、木の葉のように細くとがった耳。
容姿端麗で知られるエルフの種族だ。
「さ、先程は助けて頂いて、ありがとうございました!いつもいつも足を引っ張ってしまって……そ、そのっ、すいません!」
「……怪我はもう平気、レフィーヤ?」
「は、はい!コマチさんに治療してもらったので大丈夫です!」
己を恥じるように何度も頭を下げるエルフのレフィーヤに、アイズが怪我の具合を尋ねれば、すでに治療してもらったという。
動作が一々緊張気味の彼女、レフィーヤ・ウィリディスはつい先程まで繰り広げられていたモンスターとの戦闘中に助けた魔導士の一人だ。
自分の身を案じてくれる命の恩人に対し、真面目な少女は恩義と感謝の念も重なってか、敏感に反応していた。
「……本当にすいません。守られているだけじゃいけないのに、いつも私は……」
「……私は、大丈夫だよ」
表情に影がさし、悔いるように俯くレフィーヤ。
アイズは言葉通りのことを伝えたが、後輩の彼女は頭を上げようとしない。
感情表現が
ためらいながらも右手をレフィーヤの頭に乗せる。
少女が肩を揺らす中、その滑らかな山吹色の髪を、ぎこちない動きで撫でた。
「大丈夫だから」
顔を上げたレフィーヤの瞳は、少々潤んでいた。
しばらくされるがままになっていた彼女は、頬を若干染めた後、「も、持ちます!」と言って勢いよくアイズの荷物を奪う。
あ、と天幕のための布地がアイズの腕の中から消える。
「アーイーズ!」
「えっ!?」
「……ん」
軽い衝撃とともに背後から腕を回された。
レフィーヤが驚く中、首を少し動かせば一人の少女がアイズに抱きついていた。
「ティオナ……」
「何してんの?またレフィーヤがへこんでアイズに慰めてもらってるの?」
「べ、別に私は慰めてほしいわけでは……!?」
ティオナと呼ばれた少女の言葉に、レフィーヤが赤面する。けらけらと笑い、笑われるそんな二人の様子を見て、アイズは少しだけ口端を緩めた。
健康的な小麦色の肌。その顔立ちには一切の曇りもなく、彼女持ち前の快活さがにじみ出ている。服装はアマゾネス特融の踊り子のような衣装で、露出が多い。上は薄い胸周りを覆う布一枚で、腰には長いパレオを巻いている。臍やしなやかな肢体は惜しみなくさらしていた。
アイズと目が合うと、ティオナは日向葵のように明るく笑った。
「気にしない方が良いよレフィーヤ。大荒野で戦う時はみんな無傷で済むわけないんだし。一々謝られたらアイズが困っちゃうよ。ね!」
「……うん」
「うっ、わ、わかりました」
小さくなるレフィーヤを見てひとしきり笑った後。
ティオナはアイズに抱きつく腕の力を少しだけ強める。
「で、さ。アイズ、なんで無茶したの?」
「……」
「あたし止めたのに。防衛線を維持するだけで、『フォモール』達に突っ込む必要なかったよ」
「……でもこれくらい出来ないと」
「出来ないと?」
「……ごめん」
少しばかり攻める声音のティオナに対して、アイズは「……ごめん」の一点張り。
「あたしも大慨だと思うけどさー、アイズはもっと危なっかしいよ」
ティオナの言葉に対し、何も言い返すことができないアイズ。
やがて「だからアイズはさぁー」とぶーぶー言い出したティオナに対し、アイズは抵抗せずに身を任せ、ぎゅーと抱きつかれ続けた。
他方、彼女達の浅からぬ間柄を見せつけられているレフィーヤは、さびしそうに、そして羨ましいように二人を眺めていた。
「おい、気持ち悪いから離れろ」
「痛ーっ!?」
と、横から伸びた長い脚が、ティオナの腰を蹴り付けた。
いつの間にかそこにいた、頭上に獣耳、腰から尻尾を生やす獣人の青年が半眼を作っている。
鋭い毛並みを持つその耳と尾は、
怒気を発散させるティオナは、ぐるりと振り返ってアイズのもとから離れた。
「ちょっと何すんの!?すっごい痛かったんだけどー!?」
「気色悪いって言ってんだろ。寒気がすんだよ、変なモン見せるんじゃねー」
「……そんなこと言って、ど~せベートはアイズにちょっかい出したいだけでしょ、この格好付け!」
「なっ、てめっ、け、喧嘩売ってんのかッ!?」
「やーい図星ぃーっ!残念狼ぃーッ!?」
「クソ女があぁああああああああああああ!?」
「あ、あの、お二人とも喧嘩は……!?」
あっという間に発展した激しい言い争い――――――――ベートとティオナに、レフィーヤがおどおどと仲裁を試みる。
すっかり蚊帳の外となってしまったアイズはぽつんと佇んでいる。
「何やってるのよ……まぁ、聞かなくても見当はつくけど」
「……ティオネ」
騒ぎを聞きつけたのか、ティオナの双子の姉であるティオネがアイズの横に並んだ。
「アイズ、団長が呼んでいたわ、行ってきなさい。あれは私がやっておくから」
「……ごめん」
「いいわよ。……ほら!あんたたち!!遊んでるなら野営の手伝いをしなさい!!」
注意を促すティオネの声を聞きつつ、アイズはその場を後にした。
少しずつ完成していく野営の陣営を通りながら、目的地である一際大きな幕屋。
その傍には派閥のエンブレム――――――滑稽な道化師が刻まれた旗が立てられている。
【ロキ・ファミリア】。
アイズやレフィーヤ、ティオナ達が所属する『神』派閥。
そしてこの【ロキ・ファミリア】こそが、オラリオ二大派閥のもう一翼である。
***
「フィン」
「ああ、来たかい、アイズ」
アイズは目的地であった幕屋の中で三人の
レフィーヤと同じエルフの女性、リヴェリア・リヨス・アールヴ。
たくましい体付きのドワーフ、ガレス・ランドロック。
そして中央に佇む
この三人は【ロキ・ファミリア】の中核を担う首脳陣だ。
「さて、前置きはいいだろう。何故呼び出されたかわかるかい、アイズ」
「……うん」
「なら話は早い。どうして前線維持の命令に背いたんだい?」
「……あれくらいなら、出来るから」
「それでも、君はファミリアの幹部だ。君の行動は下の者に影響を与える。それを覚えてもらわないと困るよ」
「……」
「窮屈かい?今の立場は」
「……ううん。ごめんなさい」
一瞬よぎった心の動きを見透かされる。
透明な瞳で笑いかけてくるフィンに、アイズは素直に謝罪した。
「まぁ、そう言ってやるな、フィン。アイズも
「それを言うなら、詠唱に手間取った私の落ち度もあるか」
ごわごわとした長い髭をいじりながらガレスが、そしてリヴェリアが助け船を出す。
乏しい表情の中、アイズが申し訳なさそうにしながら顔を上げると、ドワーフの彼は軽く目を弓なりにし、麗人のエルフはそれ以上何もいわず瞑目する。
その一部始終にフィンは苦笑を浮かべ、ややあってアイズを見上げた。
「アイズ、ここは
「……うん」
「そしてレフィーヤ達全員が君のように動けないし、戦えない。それだけは心に留めておいてほしい」
「……わかり、ました」
「その顔を見る限り、もうティオナ辺りに絞られたんだろう。行っていいよ」
これ以上言うこともない、と告げるフィンに、アイズはぺこりと頭を下げ、幕屋を出て行った。
その後、アイズが離れた気配を感じてフィンが口を開く。
「……まだ、アイズは
「当たり前だ。正直なところ、誰もが完全に払しょくできているわけではないからな」
「ああ、コマチ達も心配じゃな……」
彼ら首脳陣とアイズ、そしてコマチ達が引きずっているもの。それは…………。
***
【ロキ・ファミリア】は現在『遠征』中である。
『遠征』とはファミリアの主要戦力を総動員して、ダンジョンの遥か奥深くまで潜り、長期間をかけて未到達階層を目指すことをさす。
「……」
現在地は50階層。
ここはダンジョン内に数か所存在するモンスターが産まれない安全地帯であり、【ロキ・ファミリア】をはじめ、多くの冒険者たちはここで休息をとることが多い。
休息をとりながら、団長であるフィンが団員達に呼び掛ける。
未到達階層に行く前に、ついでに頼まれた
今回の依頼人は【ディアンケヒト・ファミリア】。
医療系ファミリアである【ディアンケヒト・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】には数十年の派閥同士の付き合いがあり、たとえその依頼が至極めんどくさいものであっても無下にはできない。
今回の
『ガドモスの泉』は少々狭い場所にあり、さらに階層主並の力を持つ『
そのため当然、メンバーも選出された者たちだった。
一班にアイズ、ティオナ、ティオネ、レフィーヤ。
二班にフィン、ガレス、ベート、ラウル。
二つ班があるのは泉が二ヵ所存在するためである。
二班とも第一級冒険者が3人いる編成である。ちなみにリヴェリアとコマチは野営の防衛のために居残り組だ。
~二班~
「なぁ、フィン。良かったのか?一班の面子的に指揮官がいねぇぞ」
先頭を行くフィンの後ろから話しかけるベート。
「ああ、それは僕も懸念していたけれど、ティオネにお願いしてきたから大丈夫だろう」
「アイツもぶれねーな……」
ベートがいうアイツとはティオネのことであり、彼女はフィンに大恋幕中である。そんな彼の頼みごとに対し、彼女は息を巻きながら「おまかせくださいッ!」と了承していた。
「まぁ、今は向こうのことより……僕達は目の前の敵に集中しよう」
彼ら四人の前にはこちらを見下ろす『
~一班~
一方そのころ、アイズ達一班も泉に到着していたが……。
「なに、これ」
「荒らされている……?」
彼女達が目にしたのは、いつもならあり得ない、無残にも荒らされたルームの姿だった。
木々は折られ、ところどころ溶けた様子も見られる。
そして紫色に変色した樹木からは焼けたような……異臭が漂っていた。
「くっさ……」
かなりの異臭にティオナが鼻もとを腕で覆う。
そんな破壊尽くされたルームを進んでいく一行。
だがそんな中でもある場所は聖域のように守られていた。『ガドモスの泉』である。
その前にうずたかく積もる、大量の灰。
「これって……」
「……
この灰の量からして明らかに『
魔石を失ったモンスターの末路を目にしながら、レフィーヤが口を開く。
「あの、これって私たち以外の【ファミリア】が討伐したってことですか?」
「いいえ、そんなことはありえないわ」
レフィーヤの問いに否と応じるティオネ。
「今回の遠征は他のここまでこれるファミリアとは被ってない。もちろんソロでここまでこれる奴なんかいないから……」
「……それに」
ティオネに続いてアイズが口を開く。
「ドロップアイテムが、回収されていない……」
彼女が取り出して見せたのは、金色に輝く翼の皮膚、その一部分だった。
『ガドモスの皮膚』。
彼の竜を撃破しても滅多に手に入ることのない希少なドロップアイテム。これを換金するだけで大規模パーティの装備をすべてまかなえる程の莫大な資金が手に入る。
一度の迷宮探索でも少なくない金を飛ばす冒険者にとって、この飛びきりの戦利品を回収せずに放置するなどまずありえない。
……つまり。
「ここには
沈黙が落ちる。
ティオナもティオネも口を閉ざし、アイズは金色の皮膚にうっすらと反射する自分の顔を見つめる。
レフィーヤが皆の心の内を代弁するように、その細い二の腕をさすった。
「……嫌な予感がする。早く戻りましょう」
とりあえずここであったことをフィンに報告するため、『ガドモスの皮膚』や焼け落ちた木々などを回収する。本来の目的であった泉水の回収はレフィーヤが行った。
「わざわざ二ヵ所の泉に回る必要なかったですね」
「そうだね……」
来た道を引き返す中、レフィーヤは無理やりに作ったような苦笑を浮かべ、アイズは思考を飛ばす。
アマゾネス姉妹も先程の光景の原因を考えながら歩いていた、その時。
『―――――ああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!?』
いきなり絶叫が鳴り響いた。
事の重大さを実感させるような悲鳴。聞き覚えのあるその声に対し、弾かれたように反応する四人。
「今の声、ラウルだよっ!」
「ラウル……!」
悲鳴の方角と、あとは勘頼り。
現れるモンスター達を振り払いながら進んだ彼女達の目に飛び込んできたのは……全身黄緑色をした巨大な芋虫型のモンスター。
それが、大量にいた。
「なにあれ!?」
「新種!?」
ティオナにティオネが驚く中でアイズも心中で驚く。
これまでにかなりダンジョンの深層を探索してきたが、こんなモンスターは初めてだった。
「団長!?」
そしてその少し前には、フィンをはじめとした第二班の面々が、モンスターに背を向けて逃げていた。
ファミリアの頭領である彼が逃げるほどの相手、一体どのような力を保持しているのか……。
「ッ!」
最初に動いたのはティオナだった。
フィン達とすれ違い、黄緑色のモンスターに向かって斬りかかる。
「止せ、ティオナ!」
フィンの制止の声も聞かず、接近。
得物である
『――――――――――――ッッ!』
「っ!?」
モンスターの苦悶の叫び、破鐘のような啼き声が轟く一方で、ティオナは目を見開いていた。
敵の傷口から同色の液体が飛び散り、眼前に飛散する。
間一髪首を捻って避けるものの、一粒の細かな液が髪の一本に触れ、その後じゅっと音を立てて溶かした。
ぞっと体に悪寒が走るティオナ。
だが、溶けたのは髪の毛だけではない。
「えっ!?」
先程モンスターを斬り付けた
「うわぁ!?」
自身の得物が溶けて行く姿を見て悲鳴を上げるティオナ。
まさかの武器破壊。
得物を失ったティオナは逃げていたフィン達に追い付き、同じように逃げ始める。
「あんなの聞いてないよー!なんで教えてくれなかったのー!?」
「フィンが止めただろうが、馬鹿女!!」
愚痴るティオナに罵倒するベート。
まさかまさかの精鋭部隊、猛退散だった。
「あれなんとかしないのー!?フィンー!!」
「あの腐敗液はやっかいだね……それにあのモンスターはどうも僕らよりモンスターを襲う傾向にあるようだ」
「はっ、共食いかよ気色悪いっつーの」
「それに倒せるとしても多分、『魔法』とアイズの『不壊属性』を持つ武器くらいじゃなければ難しいだろうね」
フィンは思案し、そしてそれを実行に移す。
「レフィーヤ、君が決めるんだ」
「わ、私がですか!?」
「そうに決まってるでしょう。この中での最大火力はアンタの魔法と言っても過言じゃないわ」
「で、ですが……」
「レフィーヤ、この作戦は君にかかってるんだ。やってくれるね?」
「……わかりました!」
与えられた大きな役目。
しかし、レフィーヤは決めたのだ。もう、足ばっかり引っ張ってられないと。自分も役に立つんだと。
「親指がうずく……そろそろくるな」
フィンがそう言った直後、周囲に亀裂が走った。
全員が顔色を変化させる。
今まで何度も見てきた光景、すなわちモンスターが生まれる瞬間。
「ベート、ガレス、ティオナ!ラウル達を守りつつモンスターをやれ!あの新種には僕とアイズでかかる!」
フィンが即座に指示を出し、全員がそれに従う。
「……フィン」
「アイズ、もし魔法が効果なさそうだったら、下がってレフィーヤ達を守ってくれ」
「わかった」
そしてアイズは、己の魔法を発動させる。
「【
超短文詠唱を引き鉄に魔法を発動させる。
風が生まれた。
形として目視できるほどの大気が、アイズを包み込む。
【エアリエル】。
アイズがもっとも使用する魔法。
体や武器に風の力を纏わせることにより対象を守り、攻撃を補助し、速度を上げる、『風』の
アイズは腰に佩いている剣をフィンに渡し、フィンの予備剣を装備する。
「先に、行くよ」
瞬く間にモンスターへと接近する。
その姿をとらえることが出来たのは、先頭にいた一体だけ。しかも先頭の一体は瞬く後に倒されてしまった。
剣を、一閃。
それだけで真っ二つになるモンスター。
―――――『アイズ・ヴァレンシュタイン』。
オラリオ最強の一角と名高い、金髪金眼の少女の本名。
屈指の剣士として知られる、第一級冒険者。
その二つ名は、【剣姫】。
アイズはモンスターの撃破を続ける。
風の加護を纏いしその剣は、確実に一振りで敵を倒す。
切り裂かれた芋虫型のモンスターは、ぷくっと膨れ上がり、そして爆発した。
「あぶなっ!」
その破裂した中身の液はティオナ達のもとまで飛び、ティオナに突進中だった『ブラックライノス』が身に浴びて悶えている。
そんなアイズが撃破数を増やしていく中。
「おっ、いけるね」
フィンも芋虫型と戦闘を繰り広げていた。
魔法の加護があるアイズには及ばないものの、その動きには一切の無駄がない。今まで培われてきた知恵と勇気の賜物だ。
アイズは単に敵を倒しているが、フィンは足を狙っていた。
先頭にいるモンスターの足を止めることにより、その後ろのモンスターも巻き添えにしてダメージを与える。明らかな時間稼ぎを行っていた。
「そろそろかな……」
フィンがちらりと後方へと目を向ける。
そこでは、エルフの少女が詠唱を行っていた。
「【誇り高き戦士よ、森の射手隊よ。押し寄せる略奪者を前に弓を取れ。同胞の声に応え、矢を番えよ】」
アイズ達が激しい戦闘を行うさなか、レフィーヤは詠唱を行う。
「【帯よ炎、森の灯火。撃ち放て、妖精の火矢】」
自身の憧れである金髪の少女に託された言葉。
次は助けてほしい、と。
報いなければならない。今度こそ彼女達の働きに応えなくてはならない。
「【雨の如く降り注ぎ、蛮族どもを焼き払え】」
最後の詠唱文を唱え、魔力が爆発的に高まる。
「撃ちます!」
「アイズ、戻れ!」
アイズ達前衛が素早く射線より離れ、レフィーヤは魔法を行使する。
「【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!!」
夥しい数の火の雨がモンスター達に振りかかった。
全てモンスター達がその威力に押されて倒れ、灰へと姿を変えて行く。
「ほらっ、通用するじゃん!」
「あ、ありったけの精神力をつぎ込んだので……」
「景気がよすぎんだろ。リヴェリアと言いエルフどもはよ……くそっ、毛が焦げちまった」
「がっはっはっ、ここまでくればスカッとするわい」
各々が感想を言い合いながら、周囲が祝勝の雰囲気に包まれる。
しかし、フィンは考えるように押し黙っている。
「団長……?」
その様子を気にしたティオネが声をかけると、フィンは話しだした。
「このルームに逃げ込む前……危うく挟撃されそうになった時、モンスター達は前からやってきた。あの道は50階層へ到達できる正規ルートだ」
「……まさか」
「ただの杞憂ならいいんだけど……そうも言ってられないみたいだ」
フィンは自身の親指の腹を舐めながら苦面する。
そして、愕然としているティオネを見上げた。
「アイズ達を集めろ。全速力でキャンプに戻る」
出来れば一週間に一回のペースで10000字越えを投稿していきたい……。