続・やはり俺たちのオラリオ生活はまちがっている。   作:シェイド

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今回も長く書けた。
続けていきたい。


出会いと粛清

 50階層。

 そこは【ロキ・ファミリア】が休息目的で野営を張った安全階層(セーフティポイント)

 普段ならモンスターが産まれず一息つけるこの階層に、例のモンスターが出現した。

 

「リ、リヴェリア様!51階層側の通路から芋虫みたいなモンスターが!」

 

「あれは新種か?……総員!ただちに戦闘準備にかかれ!」

 

 フィンの予想通り、50階層には芋虫型のモンスターが大量に攻め込んできていた。

 

「コマチ!」

 

「はいはい!」

 

「あのモンスターの性能が知りたい。少しばかり相手をしてきてくれ」

 

「わっかりました!」

 

 リヴェリアの号令のもと各団員が戦闘準備を進める中。

 コマチは一人、芋虫型のモンスターに立ち向かう。

 

「とりあえず試しに……ライトニング!」

 

 リヴェリアからの指示はあくまで性能調査。すぐさま倒してしまっては性能も何も分からない。

 だが、その後方を見ればどんどんモンスターが入り込んできているため、倒してしまっても問題はないとコマチは判断。

 まずは自身の攻撃魔法【ライトニング】の火力で倒せるかどうかを試す。

 結果、倒せた。

 しかし、芋虫型のモンスターは倒れる際に体を膨張させ破裂し、体内より紫色の色の液体が飛び散り、かかった周りの木々が溶け始める。

 

「リヴェリア!このモンスター物を溶かす液体を出すよ!」

 

「わかった!全員近接戦闘は極力避けろ!最悪全武器を使いつぶしてでもここを食い止める!」

 

「「「はい!!」」」

 

 リヴェリアの指揮のもと、最低限の物資を確保しておきながら戦闘を開始する。

 

「って言っても遠距離攻撃だけじゃ限界があるし……リヴェリア達魔導師は詠唱する暇がないしなー」

 

 リヴェリア達が準備を終えるまで時間を稼いでいるコマチは現在の状況を口にする。

 そして、決断。

 

「斬って即逃げれば問題ないね」

 

 そう言って腰に佩いていた剣を取り出す。

 さらに。

 

「ライトニング、エンチャント!」

 

 コマチはそう言って自身の右手の中で生まれていた光を剣に当てる。

 その光は剣へと収束していき、コマチが握る剣は光を纏った。

 

「おりゃぁ!」

 

 疾走。

 瞬く後にモンスターに接近し、すれ違いざま一閃。

 その後すぐその場から離脱する。

 直後、コマチが一閃したモンスター合わせ5体が真っ二つに斬り裂かれた。

 斬り裂かれたことで紫色の体液が飛散するものの、すぐさま退避したコマチには届かない。

 

「……すごい」

 

 その後方にて戦闘準備中にも関わらず、【ロキ・ファミリア】の団員が呟く。

 

「リヴェリア様。あれは……」

 

 コマチの戦闘を見ていた一人のエルフがリヴェリアに尋ねる。

 

「ん?アリシアは見たことがなかったのか……あれはコマチの必殺技とも言うべきもの、だ」

 

「必殺技、ですか?」

 

「ああ。コマチが自ら生み出した技だ」

 

 そう切り出し、リヴェリアは手を動かしながら説明する。

 

「コマチの魔法である【ライトニング】。その性能は詠唱なしの速攻魔法であることのほかにもう一つ、付与魔法の性質も兼ね備えている。それはアイズの【エアリエル】も同じような性質だが根本が違う。アイズのは自身や武器への付与だが、コマチのは武器などの自分以外への付与だ」

 

「……ということはコマチのはアイズの劣化版というわけですか?」

 

「そういうわけでもない。アイズの【エアリエル】は敵に向けて放つことはできないが、コマチはそれが可能だ」

 

「なるほど……」

 

 アリシアは再度コマチの方へと目を向ける。

 芋虫モンスターの間を縫うように移動し、数体のモンスターが縦に重なっている時のみを狙い光の剣で倒すことを繰り返していた。

 

「よし、準備を完了した者から攻撃を開始する!コマチ!そろそろ戻れ!」

 

「了解です!」

 

 リヴェリアの号令により準備を終えた者が次々と矢や槍を構え始める。

 コマチも最後に数体を斬り裂いて、団員達が集まっている野営へと後退した。

 

「弓、構え!」

 

 リヴェリアが指揮し、それに忠実に従う団員達。

 

「放て!」

 

 10人ほどの団員が一斉に矢を番えて引き絞り、芋虫モンスター目掛けて放った。

 このまま行けば被害はほぼなしで終えられる。

 ……はずだった。

 

『――――――――――――――』

 

 芋虫型のモンスター全てが、口から紫色の液体を発射しなければ。

 

「ッ!全員伏せろ!」

 

 虚をつかれた【ロキ・ファミリア】だったが、間一髪、全員が紫色の液体を避けることに成功するものの、建てていた野営や天幕が次々と壊されていく。

 さらに、まだまだ溢れ出てくるモンスターの群れ。

 不安になりつつある団員達にリヴェリアが呼びかける。

 

「フィン達が帰ってくればすぐに殲滅できる!それまで持ちこたえろ!」

 

「「「はいっ!!」」

 

 

***

 

 

 一方のフィン達は全力をもって50階層を目指していた。

 50階層と51階層をつなぐのは傾斜面の岩壁だ。

 50階層の西端の壁に大穴が空いており、ほぼ崖という険しい坂が続いている。51階層に行くときは一足跳びで駆け降りればいいが、帰還する時は少々手間をかけて登らなければならない。

 岩壁の至る所に付着している黄緑色の粘液に誰もが危機感を募らせながら、フィン達は跳躍のみで壁を駆けあがる。

 大穴から跳び出すと、聞こえてきたのは人の掛け声とけたたましい炸裂音だった。

 

「キャンプが……!」

 

 灰色の森を駆け抜けながら、野営地の方角から上がる黒煙にティオナが反応する。

 速度をいっせいに上げ、大森林を走破する。

 

「皆!?」

 

 森の抜けた先に広がるのは開けた平地と、野営地を構えた一枚岩、そしてその岩に取り付く芋虫の群れだった。

 モンスター達はその多脚を一枚岩に張り付けよじ登り、頂上で防衛を行っているリヴェリア達に腐食液を浴びせていた。

 壁際で腐食液を防いだ団員達が、すぐさま溶けだした盾を破棄していく。

 

「矢、放て!」

 

「これが最後です!?」

 

「構わん、撃て!」

 

 リヴェリアの号令のもと、数人の弓使いがなけなしの矢を放つ。命中した先から矢は溶けだすものの、攻撃を受けたモンスター達はぐらりと壁から足を離し落下、周りの数匹を巻き込んで叩きつけられる。

 

「まだあんなに……!?」

 

「キャンプを包囲されていないのがせめてもの救いか」

 

 レフィーヤの悲鳴の横で、フィンは冷静に状況を把握する。

 例のモンスターは知能が低いのか、太い列を作り同一方向から一枚岩をよじ登ろうとしていた。侵攻箇所が集中していたおかげで、居残り組の団員はリヴェリアの指揮のもと、拠点の防衛を続けられている。

 

「キリがっ、ないね!」

 

 そんな中で唯一、一枚岩の下で疾走している影。

 

「うりゃあぁ!!」

 

 コマチは光の剣で数匹を斬り裂き、すぐさま離脱。直後にモンスターが斬れ、腐食液が飛び散る。

 

「コマチ!そろそろ回復に戻れ!」

 

「もうちょっとだけ!」

 

 そう言いながらもコマチはかなり疲弊している。

 たった一人だけで100を超えたモンスターを相手とり、【ライトニング】を連発しながら剣で切り裂き、離脱を繰り返している。これだけで途方もないほどの相手をしながら高速運動は負担が大きい。

 

「ッ!」

 

 そんな仲間達の危機を前にアイズは飛びだした。

 単独先行でモンスターの列の横っ腹に奇襲をかける。

 魔法を発動して風を纏い、剣を振り抜いた。

 

「アイズ!?」

 

 モンスターを一匹仕留めたと同時に、どよめき。

 一枚岩の上でリヴェリアが叫び、団員達が歓喜する。

 上で唖然とする彼らに見降ろされながら、アイズはモンスター達と交戦に突入した。

 

「行くぞ!」

 

「うん!」

 

「すいません、団長!」

 

 ベート、ティオナ、ティオネがそれに続く。遅れてラウルとレフィーヤも後を追う。

 

「フィン……」

 

「ここまできたらアイズ達は止められないだろう。ガレス、レフィーヤとラウルを守ってやってくれ」

 

「うむ、わかった」

 

 指示を待たずに飛び出していくまだ若い団員達に、フィンは致し方ないと悟る。

 だが、同時にこれでもいいと彼は感じた。

 ダンジョン内では知識と経験に基づいた理詰めの行動がとことん要求されるが、今この場合に限っては、彼らの熱に水を差すのはきっと野暮に違いない。

 怒りと血潮に促されるままに逆襲に出る彼らは、恐らくは百の指揮に従わせるより、より効果的に、有効的に、無理やりに、現状の風向きを変えてくれるだろう。

 血気盛んすぎるのが――――常に暴走しがちなのが――――また懸念ではあるのだが。

 すでに各々の方法で暴れまわっている彼等に対し、フィンは考えるのをやめ、剣を装備する。

 

「反撃と行こう」

 

 

***

 

 

 数十分後。

 数々の武器が溶かされたり、ティオネが暴走したりしたものの、リヴェリアの【ウィン・フィンブルヴェトル】をはじめとした魔導師達の一斉射撃によって芋虫型のモンスターの殲滅に成功した。

 その後、どこから現れたのか六Mほどの大きさを誇る芋虫型の進化形のような人型のモンスターが現れ窮地に陥るも、アイズが単独で撃破。

 しかし、団長であるフィンは撤退を指示。

 先程の闘いで多くの物を失ってしまったため、これ以上の探索を断念。【ロキ・ファミリア】帰路を辿っていた。

 

「あ~あ、せっかくの遠征なのに50階層で退却だなんて~」

 

「しつこいわよ、あんた。いい加減にしなさい」

 

「だってさー、暴れたんないんだもん」

 

 ティオネが注意を促すも、ティオナはぶうたれている。

 

「団長が何度も説明したじゃない。あのモンスターにやられたせいで、物資が心もとないって」

 

「食べ物は迷宮のでいけるじゃん」

 

「武器や道具はどうにもならないでしょう。特に得物の方はほとんど溶かされて、手元は行きの道で使いつぶした消耗品しかのこってないわ」

 

 当然ながら、武器や防具は消耗品だ。研師や鍛冶師の整備を受けなければ刃はこぼれ切れ味は落ちる。防具であるならば損傷を受け耐久性が下がり、壊れてしまう。一部の不壊属性等を除けば、いくら優れた武具と言えど長規模の戦闘には耐えられない。

 冒険者の体力がどれだけ余っていようが、装備が使い物にならなければ、モンスターとの戦闘にも支障が出る。

 

「う~っ、悔しい~。せっかく苦労して50階層まで行ったのにぃー」

 

 首領であるフィンの采配で、深層からの退却を実行してすでに六日。

 何度も同じ内容で論破されているティオナは頭の後ろで手を組んだ。装備品も何も所持していない彼女は、隣でてくてくと歩くアイズを羨ましそうに見やる。

 愛剣の収まった鞘をきらりと輝かせる少女は、その視線に気づいて小首を傾げた。

 

「あのモンスターのせいで……結局あれ何だったの?」

 

 振られた質問に対しティオネは「分からないわよ」と肩をすくめる。

 

「未確認モンスター、としか言えないでしょう。……おかしな点は多々あったけどね」

 

 そう言いつつ、ティオネは胸元から芋虫モンスターから無理やり取り出した『魔石』を取り出す。

 自分には欠片も存在しない深い谷間を見せつけられるティオナは、恨めしそうに実姉を睨む。

 

「って、それあのモンスターの魔石?」

 

「そうよ」

 

「わー変な色」

 

「ええ、普通の魔石とは違うわね」

 

 モンスターの胸部から取り出される魔石は、形や大きさに差はあれど、それぞれ一様に紫紺色だ。

 しかしティオネの持つ小石大の魔石は、中心が極彩色で、残る部分は紫紺色と、見たことない輝きを放っている。

 そんなやり取りをしている内に、一行は広いルームに辿り着いた。

 現在地は17階層。

 深層域に比べ、この中層域は道幅が狭いため、フィンはファミリアを二つに分けていた。

 ティオナ達はリヴェリアが管轄する前行部隊で、フィンやガレスは後行部隊だ。

 ちなみにコマチは前行である。

 遠征の帰り道ということもあって、団員達、特に荷物を運搬するサポーター役の下っ端等の疲労は色濃い。

 

「……リーネ、手伝おうか?」

 

「えっ?あ、だ、大丈夫です」

 

 ヒューマンの少女にアイズが声をかけるも、滅相もないと勢い良く断られた。第一級冒険者に荷物持ちなど任せられない、という意識が見て取れる。

 ほぼ名目上とはいえ幹部を務めているアイズには―――その浮き世離れした雰囲気もあって―――ほとんどの団員達がこのような畏まった態度を取る。

 

「止めろっての、アイズ。雑魚(そいつら)に構うな」

 

 一部始終を見ていた獣人、狼人(ウェアウルフ)のベートが声を挟んだ。

 一八〇Cに届く長身の持ち主で、特にその引き締まった脚はすらりと長い。左側の額から顎にかけて稲妻のような青い刺青が施されており、その端整な顔立ちに荒々しい印象を上塗りしている。

 彼は追い払うようにサポーターの団員を軽く蹴り付け、アイズと向き合った。

 

「それだけ強えのにまだわかってねえのか、お前は。弱ぇ奴らにかかずらうだけの時間の無駄だ、間違っても手を貸すんじゃねー」

 

「……」

 

「精々見下してろ。強いお前は、お前のままで良いんだよ」

 

 鼻を鳴らしながら口を吊り上げるベートに、アイズは沈黙する。

 ベート・ローガ。

 【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者で、典型的な――いや、過度ともいえる――実力主義者だ。剣士として一流であるアイズのことを一目置いている節がある。

 悪い人ではない……と、アイズは思っている。

 意見の対立からよく真剣な口論に発展するリヴェリアがこぼしていたが、「誤解をまぬかなければ気が済まない獣人(おとこ)だ」という皮肉らしき言葉を聞いたことがある。

 ティオナとよく言い争いするのも、あくまで一匹狼である彼の性がそうさせているのかもしれない。

 

「アイズ駄目だよー、ベートの言うことなんか聞いちゃあ!ただ時間の無駄だから!」

 

「くたばれ糞女。てめえこそアイツらの雑用を引き受けろってろっての。装備皆無(てぶら)だろ、間抜け」

 

「うるさぁーい!?」

 

 言っている側から口喧嘩を始めるベート達だったが、すぐに。

 その言い合いは途切れることとなった。

 

『――ヴゥオォ』

 

 進行中のルームに獰猛な気配と、そして息づかいが迫ってくる。

 複数ある通路口の向こうから、大量のモンスターが姿を現した。

 

『ヴヴオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォッッ!!』

 

 辺りを震撼させる咆哮が響く。

 並の冒険者なら裸足で逃げ出す迫力を有しながら、そのモンスターは荒縄のように筋張った肩と腕を隆起させる。踏み出された一歩によって地面が蹄型に陥没した。

 筋肉質な巨大な体に、赤銅色の体皮。

 モンスターの代表格にも数えられる牛頭人体のモンスター、『ミノタウロス』だ。

 

「ほら!ベートがうるさいから『ミノタウロス』がきちゃったじゃん!」

 

「関係ねえだろっ。ちっ、馬鹿みてえに群れやがって……」

 

 『ミノタウロス』の群れは続々とルームに侵入し、アイズ達を包囲するように輪を作る。

 血走った目を向けてくる猛牛のモンスター達は、呼吸のたびに体を上下させ興奮していた。

 

「リヴェリアー、これだけいるし私達もやっちゃっていいよね?」

 

「ああ。構わん。ラウル、フィンの指示だ。後学のためにお前が指揮を取れ」

 

「は、はい!」

 

 ギルドが定めている階層ごとの脅威度最大の三ツ星である『ミノタウロス』。

 しかし、アイズ達はここより遥か下の階層で戦っている。『ミノタウロス』など脅威でも何でもない。

 本来ならばアイズ達第一級冒険者はでしゃばらないのが基本だ。まだLvの低い団員達の経験を積ませるために譲っている。いくら下っ端ともいえど、この場にいる団員はみな中堅【ファミリア】の冒険者達より遥かに格上の実力者でもある。中層出身のモンスターに後れを取ることはまずない。

 が、今回は数が数だった。

 ティオナの申し出から、アイズ達も線戦に加わる。

 

『ヴオオオオオオオオオオ!!』

 

「うるさーい」

 

 向かってくる『ミノタウロス』に対し、ティオナはグーパン。一撃で『ミノタウロス』を貫く。

 ここで、『ミノタウロス』は誰もが予期しない方向に向かった。

 

『ヴオオオオオオオオオオオッ!!?』

 

「ええ?!」

 

「お、おい、てめえらモンスターだろ!?逃げんじゃねえ!!」

 

 まさかの集団逃走。

 あまりの戦力差に恐れてミノタウロスは逃げ出した。

 

「追え!お前達!」

 

 異常事態にリヴェリアの号令が飛ぶ。

 【ロキ・ファミリア】の面々は遠征帰りにミノタウロス掃討を行うハメになった。

 

 

***

 

 

 上層。

 1~12階層で構成されるその階層は、冒険者の中でも新米である冒険者が多い。彼らが『ミノタウロス』と対峙すれば、一も二もなく惨殺されるだろう。

 アイズとベートは5階層まで上がってきた。

 もはや二人以外には誰もいない状態だ。

 全員が出鱈目に逃げるミノタウロスを追って行くうちに、いつの間にか二人だけしか残っていなかった。

 

「あと一体!」

 

「クソ、どこ行きやがった!?」

 

 残るは一体となるも、見失ってしまうアイズとベート。

 感覚を研ぎ澄ませ、素早くあたりを確認していたその時。

 

『ヴヴゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

「ほぁあああああああああああああああああああああっ!!」

 

 聞こえた。

 その声が。

 

「っ!」

 

 一気に駆け出す。

 ベートより先に飛びだし、叫び声と咆哮が絡み合う方向へと身を馳せる。

 ミノタウロスと、そしてその人物はすぐに見つかった。

 処女雪を連想させるような真っ白な髪。今にも涙がにじみ出そうな瞳の色は深紅(ルべライト)。一見して兎のように外見を持つ、ヒューマンの少年。

 追ってくる赤い猛牛に背を向けて、命がけの逃走を繰り広げている。

 

「ド素人じゃねえか!?」

 

 貧相な防具は一目でギルドの支給品とわかる。逃走一つをとっても動作の節々からは我流(しょしんしゃ)の拙さが窺えた。

 駆け出しも駆けだし。

 ミノタウロスにとっては獲物どころか、もはやただの餌だ。

 足の力を込め、距離を詰めんと疾走する。

 アイズは白兎(しょうねん)を追いかけた。

 

『ヴゥムウンッ!!』

 

「でえっ!?」

 

 ミノタウロスの蹄。

 白兎(しょうねん)は奇跡的に当たらなかった。

 しかし、その衝撃で足場が砕かれ、ごろごろとダンジョンの床を転がって行く。

 

「―――――」

 

 アイズの姿がかすむ。ベートを置き去りにし、駆ける。

 少年はあまりにもひきつった笑みを浮かべていた。

 埃まみれの白髪、涙腺を決壊させる赤い瞳、振りかぶられた剛腕が振り下ろさせるのを待つだけの、哀れな小兎。

 強い既視感を覚えながら――――――アイズはその光景へと追い付き、剣を一閃させた。

 

「え?」

 

『ヴォ?』

 

 少年とミノタウロスの間の抜けな声。

 背後から音速の斬撃を胴体に見舞い、手を止めずに無数の線をモンスターの全身に刻み込む。

 最後の剣閃から、銀の光が瞬いた。

 

『グブゥ!?ヴゥ、ヴゥオオオオオオオオォォォォオォ―――――!?』

 

 巨体が思い出したかのように斬撃の軌跡に沿っていき、ずり落ちる。

 断末魔とともに血しぶきを上げながら、ミノタウロスはいくつもの肉の欠片となって崩れ落ちた。

 そして、少年と目が合った。

 地面に腰を付き、時を止める彼と向き合いながら、合図はそっと声をかけた。

 

「……大丈夫ですか?」

 

 正面から見下ろす格好のアイズの問いかけに、少年は身じろぎ一つさえしなかった。

 言葉を失ったかのように、アイズのことを静かに見上げてくる。

 少し戸惑った彼女は、もう一度尋ねてみる。

 

「あの……大丈夫ですか?」

 

 反応は返ってこない。

 変わらない表情の裏で困り果ててしまったアイズは、座り込む少年のことを改めて見つめる。

 ミノタウロスの流血をまともに浴びてしまった体は血まみれになっており、こちらに途轍もない申し訳なさを与える。涙の引いた双眸は再び湿りだしており、アイズをまっすぐに見上げる顔も熱病のように、じわじわとその肌を赤らめさせていた。

 熱っぽくも見える少年のことが心配になったアイズは、剣を鞘に収め、手を差し伸べる。

 

「立てますか?」

 

 ちょうど何かを言いかけようとしていた少年の唇が、ぴたりと止まった。

 差し出される手に一瞬視線を止め、再びアイズの整った相貌を仰ぐ。

 瞬く間に耳や首、肌という肌が紅潮した。

 

「だっ―――――」

 

「だ?」

 

 アイズに首をかしげる暇を与えず、少年ががばっとはねおきる。

 次の瞬間。

 

「だぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 

 全速力で、アイズから逃げ出した。

 

「……」

 

 ぽかんと、アイズは目を見開いて立ちつくす。

 逃げ去った通路の奥から少年の奇声が木霊してくる中、彼女は最近では誰にも見せたことのないような、呆けた表情を作った。

 

「……っ、……っっ、……くくっ!あー腹痛っ!!」

 

 後ろを振り返れば、震えながら腹を抱えるベートが、必死に笑いを堪えていた。

 体を折って後頭部を晒し、ひーっひーっと言いながら呼吸を乱している。

 

「………」

 

 頬を赤らめたアイズは、年相応の少女のように。きっ、と獣人の青年を睨みつけた。

 

 紆余曲折はあれ。

 アイズ達の長い遠征は、こうして幕を閉じたのだった。

 

 

***

 

 

「やっと帰ってきたぁ……」

 

 都市北部、北の目抜き通りから外れた街路沿い。

 周囲一帯の建物と比べ群を抜いて高い、長大な館が建っていた。

 高層の塔がいくつも重なって出来ている邸宅は槍衾のようであり、赤胴色の外観もあって燃え上がる炎にも見える。塔の中でも最も高い中央塔には道化師の旗が立ち、今は茜色に染め上げられていた。

 【ロキ・ファミリア】本拠(ホーム)、黄昏の館。

 

「あー、疲れたー、お腹減った―。お肉たくさん頬張りたーい」

 

「私は早くシャワーを浴びたいわね。もうベトベトよ」

 

「あはは……私も行きたいところがあります」

 

 ティオナ達姉妹の言葉にレフィーヤが苦笑し、自身の希望を口にする。

 ダンジョンから地上に帰還したアイズ達はホームを眼前にしていた。三十人規模の一団がそれぞれの物資を抱え、あるいは引きずり、正門の前に到着する。

 男女二名の団員、門番が彼等に敬礼を送った。

 

「今帰った。門を開けてくれ」

 

 フィンの言葉を受け開門される。

 狭い敷地面積に建てられたホームは横が駄目なら上にとばかりに伸びた格好なので、当然潜った先にある庭園もそこまでは広くない。門と館の間の空間を利用した最低限のものだ。僅かな食祭と色とりどりの花々が風に撫でられ揺れている。

 フィンを先頭にアイズ達はぞろぞろと敷地内に足を踏み入れた。

 

「――――おっかえりぃいいいいいいいいいいいいいっ!」

 

 と、いきなり。

 アイズ達の入門を見計らっていたかのように、館の方から走ってくる影。

 朱色の髪を揺らす彼女は男性陣には目をくれず、アイズ達女性陣のもとへまっしぐらに突き進んでくる。

 

「みんな無事やったかー!?うおーっ、寂しかったー!」

 

 両手を突き出し飛びついてくる彼女を、ひょい、ひょい、ひょい、とアイズ、ティオナ、ティオネがすんなりと回避。

 最後尾にいたレフィーヤはとばっちりに会い、え、ちょ、きゃあー、と悲鳴を上げながら抱きつかれ、押し倒された。

 

「ロキ、今回の遠征での犠牲者はなしだ。到達階層も増やせなかったけどね。詳細は追って報告させてもらうよ」

 

「んんぅー……了解や。おかえりぃ、フィン」

 

「ああ。ただいま、ロキ」

 

 エルフの少女の身体を堪能する女性は顔を上げ、にへらっと笑いかける。

 黄昏時に見る者に思わせる朱色の髪。細めがちな瞳は今は弓なりに曲がり、その端麗な顔立ちとともに相好を崩している。フィンに注がれる眼差しはこの息災を喜ぶ、神のそれ。

 天界での堕落した生活に飽き、娯楽を求めて下界に降り立った気まぐれな神々の一柱。

 人類ともモンスターとも次元が異なる、超越存在(デウスデア)

 彼女こそがアイズ達と契りを交わした【ファミリア】の主神、ロキだ。

 

「ロキー、レフィーヤが困ってるから離れてくんなーい?結構疲れてるしさー」

 

「おっと、すまんレフィーヤ。感極まって、ついなぁ」

 

「い、いえ……」

 

「ところで……グフフ、ちょっとおっぱい大きゅうなった?」

 

「な、なってませんっ!?」

 

 ゲスな笑いを浮かべる己の主神に、レフィーヤは真っ赤になって叫ぶ。

 纏う雰囲気は人のものとは別種の神威を帯びていながら、何かと親父めいているその言動が全てをぶち壊しにしていた。下界の者の羨望である完璧に整った顔立ちも、今ばかりは目をそむけたくなるほど醜い。

 ロキには女神でありながらも女好きという厄介な思考があった。

 彼女の勧誘によってここまで大きくなった【ファミリア】は、男性陣はともかくとして、女性陣は美女、美少女ばかりと大いにその趣味が反映されている。

 全知全能の力を封印しているとはいえ、年を取ることもなければ衰えることもない、人智を超えた彼女に向けられるのは、むしろ家族としての心やすさと、情愛だ。

 自分の家に帰ってきたと、誰もが疲労ににじむ表情を自然と緩めている。

 

「アイズも、お帰りぃー」

 

「ただいま、ロキ……」

 

 おもむろに顔を向けてくるロキに、アイズもはっきりという。

 どこか嬉しそうにえくぼを作った後、女神はそのいと目をうっすらと開く。

 

「ん。体、ずきずき痛むなー。ちゃんと休まなあかんよ?」

 

「……」

 

 魔法の酷使によって呻吟を漏らしている体の状態を、あっさりと看破される。

 全てを見透かしているような朱色の髪の女神はそれ以上何も言わなかった。押し黙るアイズに一笑し、背を向け、他の団員達のところへと行く。

 

「アイズどうしたの?またロキに変なことされた?」

 

「ううん……なんでも、ないよ」

 

 アイズは傍迷惑そうにしているリヴェリアに纏わりつくロキを見ながら、そう返した。

 

 

***

 

 

 その後、荷物を留守番していた団員たちに渡し、風呂に入った後、アイズ達は夕食を取っていた。

 ロキの「飯はいるもん全員でとる」という方針のもとでの食事のため、食堂は大変込み合っている。

 遠征後ということもあってか待望の飯をむさぼる団員達はにぎやかであった。居残り組の者に遠征組の者が武勇伝を聞かせていたりもする。

 

「忘れとった。今日中に【ステイタス】更新したい子がおったら、うちの部屋まで来てなー。明日とかまとめていっぺんにやるのも疲れるし。そうやなー、今晩は先着十人で!」

 

 気まぐれな神らしい、無計画でいい加減な連絡が団員たちに伝わって行く。

 

「皆さんはどうします?」

 

「私はやめとくわ。ゆっくりと寝たいもの」

 

「わたしはどうしよっかなー。やることもないけど【ステイタス】がぐーんって伸びるほど【経験値(エクセリア)】を稼いだ手ごたえもないし……気が向いたら行ってみようかな。レフィーヤは?」

 

「私も今日は……」

 

「アイズは……聞くまでもないわね」

 

「うん」

 

 軽く向けられたティオネの視線に首肯するアイズ。

 彼女たちに断りを入れ、早速ロキの部屋へと向かう。いつの間にかロキが姿を消しているので、多分部屋にいるだろう。

 ロキの部屋は中央塔の最上階にある。部屋の前に来たアイズは軽くノックをする。

 

「入ってええよー」

 

 木の扉を開け、入室する。

 ロキは部屋を片付けている最中だった。丸椅子を持って、「すまん、あとちょい待っててな」と笑いかけてくる。

 室内は雑多なもので溢れかえっていた。一番多いのが酒類だ。机周りには高価そうな羽ペンや万年筆、古ぼけた靴や帽子、山積みとなっている分厚い書物や短剣などもあり、ベットの上ですらもので埋め尽くされている。貴重なものが一つ二つあってもおかしくはない。

 

「よーし、もうええで」

 

 ロキは言葉通りすぐに準備を終えた。

 ベットに腰かける彼女に手招きされ、アイズは丸椅子に座る。

 

「やっぱりアイズたんが一番乗りやなー。二番手はいつもコマチやけど」

 

「……そう、だよね」

 

「……なあ、アイズたん。強い心持ちも大切やけど、自分も大切にせなあかんよ?」

 

「……わかってる」

 

「ならええ……さ、上着を脱いでな」

 

 ロキに背を向けたアイズは上着を脱ぐ。

 腰まで届く金の長髪をまとめ、肩の方から前の方に流す。何の跡もない、きめ細やかな美しい背中がロキの眼前に晒される。

 

「フヒヒッ。あかん、うちちょっと酔っとるから、手を滑らせる可能性もなきにしもあらずやな……!」

 

 直後、不穏な気配を感じ取ったアイズは手元にあった短剣を鞘から抜いて、キンッと鳴らした。

 

「あ、もう酔い覚めました、大丈夫です」

 

「早くしてください」

 

「あ、ハイ」

 

 汗を流すロキはすぐさま作業へと取り掛かる。

 数秒後、更新が完了する。

 

「終わったで~今紙に書き移すからちょいと待ってなー」

 

「うん……」

 

 上着を着ておとなしく待っていると、ほどなくして作業が終わる。

 

「ほい」

 

 ロキから受け取った羊皮紙を受け取り、アイズは視線を走らせた。

 

 

アイズ・ヴァレンシュタイン

Lv.5

 

 力:C672→677

耐久:C610→614

器用:S934→936

敏捷:A889→890

魔力:S921

狩人:E

耐異常:F

剣士:F

 

 

 更新された【ステイタス】を見て、アイズは感情を押し殺しながら沈考する。

 低過ぎる。

 約二週間、『遠征』を通して深層域に生息するモンスターをあれだけ屠ったのにもかかわらず、各アビリティの熟練度がまるで上がっていない。

 この調子では何千何万のモンスターを斬り伏せたとしても、たかが値に一つや二つ程度しか熟練度には反映されないだろう。

(もう、ここが頭打ち……)

 熟練度の限界値(カウンターストップ)()()だと999.アビリティ評価Sに近づくにつれて値の成長度合いも極端に狭まってくるが、今回の更新結果はそれ以外のも原因がある。

 今のアイズには伸び白がないのだ。

 現【ステイタス】がアイズの限界であり、もはや発展の余地がない。得意不得意の問題ではない。

 Lv.5に到達して、すでに三年。

 上限という見えない壁がアイズの前に立ち塞がっている。

 

「……」

 

「アイズ……」

 

 アイズがもっと強くなるために器の昇華などを考えていた時、その横顔を見ていたロキが、ゆっくりと口を開く。

 

「つんのめりながら走っていたら、いつか必ずこける。いつも言っとるな?これからも何度も言おう。だから、忘れんようにな」

 

「……」

 

「それにや……強いって言っても二種類ぐらいあるんやろ?いつも()()()が言ってたことや。確か……」

 

「偽物の強者と真の強者」

 

「そう!それや!……アイズたんもしかしてやけど、教えてもらったこと全部覚えてるんちゃうか?」

 

「記憶してる……」

 

「……そ、そうか」

 

 必ずアイツの話になるとアイズはこうなってしまう、とロキは内心でため息をつく。

 

「ま、まあ明日は夜に打ち上げやるから、アイズも忘れんようになー。おやすみぃ」

 

「うん……ロキ、押さないで」

 

 微笑むロキに若干無理やりな感じで部屋から出されたアイズだった。

 一方で一人、ロキはぼやく。

 

「はぁ、アイズたんの心症は計りしれんなぁ」

 

 六年前までの三年間の全ての会話を覚えているという常人並ならぬ記憶力。そして。

 

「ハチマンがいなくなって、早五年かぁ。色々あったなぁ……」

 

 ロキは部屋で一人、そう呟くのだった。

 

 

***

 

 

 翌日。

 遠征から帰ってきた【ロキ・ファミリア】の面々はそれぞれの役目(換金やクエスト報告)を終えたあと、しばしプライベートな時間を過ごし、時刻はすでに19時。

 遠征後に必ず酒宴を開くのが【ロキ・ファミリア】の習慣だ。眷族の労をねぎらうと言う名目のもと、無類の酒好きであるロキが率先して準備を進め、団員達もこの日ばかりは大いには目を外す。

 アイズ達は西のメインストリートに来ていた。

 オラリオの西側は一般市民が多く住んでおり、酒場や宿屋など多くの店々が並んでいる。

 その西のメインストリートで一番大きい酒場『豊穣の女主人』は、ロキのお気に入りの店だ。店員全てが女性であり、さらにそのウエイトレスの制服をロキがたいそう気にいったのだろうと、アイズ達はすでに悟っている。

 

「ミア母ちゃーん、来たでー!」

 

「相変わらずだねあんたは」

 

「お席は店内と、こちらのテラスの方になります。ご了承ください」

 

「ああ、わかった。ありがとう」

 

 酒場にはカフェテラスが存在した。

 恐らくは【ロキ・ファミリア】全員が入りきらないための処置だろう。貸し切り状態ではないため、他の冒険者や一般の人々も食事をしたりしている。

 

「いらっしゃいませー!!」

 

 酒場は満員だった。予約のためぽっかりと空いているアイズ達の席が不自然に映るほど、多くの人間が飲み食いをして騒いでいる。

 

「ここの料理、美味しいんだよね~。つい食べ過ぎちゃってさ~」

 

「てめえはいつも食いまくってるじゃねえか……」

 

 入店してきた【ロキ・ファミリア】を見て、例のごとく客の冒険者達が顔色を変え、ひそめきだすが、ティオナ達は気にした素振りも見せずに席へついていく。

 アイズも自分に向けられる視線が多いことに気づいていたが、何もせずにそのままにした。

 好奇の目にさらされるのはもう慣れてしまっている。

 

「……?……!」

 

 ふと、周囲のものとは毛色の異なる視線を感じた。それも二つ。

 言葉ではうまく表現できないが、ひとつはこう、そう真っ直ぐだった。嫌みな感じがしない。

 もう一方は……。

(……ハチマン?)

 自身の師匠から向けられる、温かい、見守られているような心地よい視線そのものだった。

 もしかしたらと思い辺りを見回すものの、その人らしき人は見当たらない。

(勘違い、か……疲れてるのかな)

 自分の体調の具合を心配しだすアイズだったが、ロキが音頭を取り、皆が食事を始めたのを見て、自身も食事を開始した。

 運ばれてくる料理はどれも素晴らしいもので、団員達の伸ばす手もだんだんと早くなっていく。

 アイズも食事を進めていく。

(……やっぱりハチマンのご飯の方がおいしい)

 数年前まで食べていた料理よりは美味しくないと、何故か若干どやり顔になるアイズ。

(アイズさんのあんな表情……新鮮です!)

(アイズちゃん……絶対お兄ちゃんのこと考えてた。分かりやすいなー)

 その様子を見て周りの面々もテンションが上がって行く。

 

「団長、つぎます。どうぞ」

 

「ああ、ありがとうティオネ。だけどさっきから、僕は尋常じゃないペースでお酒を飲まされているんだけどね。酔いつぶした後、僕をどうするつもりかい?」

 

「ふふ、他意なんてありません。さっ、もう一杯」

 

「本当にブレねぇな、この女……」

 

「うおーっ、ガレスー!?うちと飲み比べで勝負やー!!」

 

「ふんっ、いいじゃろう、返り討ちにしてやるわい」

 

「ちなみに勝った方はリヴェリアのおっぱいを自由にできる権利付きやァッ!」

 

「じっ、自分もやるっす!!」

 

「俺もおおおお!」「俺もだ!」「私も!」「私、やります!」「ヒック。あ、じゃあ僕も」

 

「団長ーっ!?」

 

「リ、リヴェリア様……」

 

「言わせておけ……」

 

 騒ぎ合う仲間達の横で自分のペースで食事を進めるアイズだったが、仲間たちにじりじりとつめよられて酒を飲まされそうになったりと、盛り上がりもピークに達しようとしていた。

 その時、ベートが切りだす。

 

「そうだ、アイズ!お前のあの話を聞かせてやれよ!」

 

 遠征の話でロキを中心に盛り上がっていたときにベートが何かの話を催促してきた。

 機嫌の良さを滲ませる彼に、小首を傾げる。

 

「あれだって、帰る途中で何匹か逃したミノタウロス!最後の一匹、お前が5階層で始末しただろ!?そんで、ほれ、あん時いたトマト野郎の!」

 

 ――――――アイズは彼が何を言いたいのか理解した。

 自分が助けた、あの白髪の少年。

 

「ミノタウロスって、17階層で襲いかかってきて返り討ちにしたら、すぐ集団で逃げ出していった?」

 

「そうそう!奇跡みたいに上層に上っていきやがってよ~。俺達が慌てて追いかけた奴。遠征の帰りで疲れてたってのによ~」

 

 途端、アイズは嫌な感覚に襲われた。

 耳を貸すロキ達にベートはその時の状況を語りだす。

 

「それでよ、いたんだよ、いかにも駆けだしっていうようなひょろくせえ冒険者(ガキ)がよ~!!」

 

 ―――――やめて。

 

「兎みたいに壁に追い詰められて、可哀そうなくらいに震えあがっちまって、顔をひきつらせてやんの!」

 

「それでその冒険者助かったん?」

 

「アイズが間一髪ってとこでミノを細切れにしたんだよな」

 

 今自分がどういう顔をしているのか、今のアイズには想像できなかった。

 よくわからない感情に支配される。

 全ては幼少期の自分を、彼に見てしまったからか。

 

「それであいつ、くっせー牛の血を全身に浴びて……真っ赤なトマト見たいにになっててよ!ひっ、ひっくくくっ、腹超い痛ぇ……!」

 

「うわあ」

 

 ―――――やめて。

 

「アイズ、あれ狙ったんだよな?そうだと言ってくれ……!!」

 

「そんなこと、ないです」

 

「くく、それにだぜ?そのトマト野郎、叫びながらどっかいっちまいやがった。うちのお姫様、助けた相手に逃げられてやんのおっ!」

 

「……くっ」

 

「アハハハハハッ!!そりゃあ傑作やァ!!」

 

「ふ、ふふっごめんなさいアイズ、我慢、出来ない……!」

 

 酒場全体が笑いに包まれる。

 

「ああん、ほら、怖い目しないの!」

 

 そう言ってくるティオナに尋ねたかった。

 自分が今、どんな目をしているのか。

 

「しかしまあ、久々にあんな情けない奴見たなぁ胸糞悪くなったわ。男のくせに泣くわ泣くわ」

 

「……あらぁ~」

 

「ほんとざまぁねえよな。ったく、泣きわめくくらいなら最初から冒険者なんかになるなっての。ドン引きだぜ。なあ、アイズ?」

 

 卓の下に置かれている手が、自然と握り拳を作る。

 ふと、リヴェリアと目があった。

 その後リヴェリアは何かを悟ったかのように不快感を募らせていく。

 

「ああいう奴がいるから俺達の品格が下がるっていうかよ、勘弁して欲しいぜ」

 

「いい加減そのうるさい口を閉じろ、ベート。ミノタウロスを逃したのはあくまで我々の不手際だ。巻き込んでしまったその少年に謝罪することはあれ、酒の肴にする権利などない。恥を知れ」

 

 リヴェリアが柳眉を逆立てる。

 彼女からの静かな非難の声に、肩を揺らしたティオナ達は気まずそうに視線を逸らす。

 しかし、ベートは止まらない。

 

「おーおー、さすがエルフ様。誇り高いこって。でもよ、そんな救えない奴を擁護して何になるってんだ?それはてめえの失敗をてめえでごまかすための、ただの自己満足だろう?ゴミをゴミと言って何が悪い」

 

「これやめえ、ベートもリヴェリアも、酒がまずくなるわ」

 

 ロキが見かねて仲裁に入るも、ベートは止まらなかった。

 

「アイズはどう思うよ?自分の目の前で震え上がるだけの救えない野郎を。あれが俺達と同じ冒険者を名乗ってんだぜ?」

 

「……あの状況じゃあ、しょうがないところもあったと思います」

 

「何だよ、いい子ちゃんぶっちまって。じゃあ質問を変えるぜ?あのガキと俺、ツガイにするならどっちがいい?」

 

 その強引な問いにフィンが驚く。

 

「……ベート、君、酔ってるの?」

 

「うるせえ。ほら、アイズ。選べよ。雌のお前はどっちの雄に尻尾を振って、どっちの雄に滅茶苦茶にされてえんだ?」

 

 その時、アイズの中にはベートに対する嫌悪がはっきりとあった。

 そして答えは決まっている。

 

「少なくとも今のベートさんは嫌です」

 

「無様だな」

 

「黙れババアッ。……じゃあなんだ?お前はあのガキに好きだの愛してるだの目の前で抜かされたら、受け入れるってのか?」

 

「ッッ!!」

 

 それは無理だ。絶対に無理だ。

 ()()()()

 アイズに弱者も、見せかけの強者も顧みる暇なんてない。

 行かなければならない、届かなければならない()()がある。

 遥か先の、どんなに頑張っても届かないかもしれないところに。

 アイズは止まっていられない。

 先を行くコマチに早く追いつかないといけないし、追いぬかないといけない。

 まだ、諦められない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()。その悲願だけを目的にしているから。

 

「はっ、そんなわけねえよな。自分より軟弱で、弱くて、救えない、気持ちだけが空回りしている雑魚野郎に、お前の隣に立つ資格なんてありはしねえ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そして、彼は言った。

 

 

「雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねえ」

 

 

 アイズが否定できない言葉を。

 直後。一つの影が、店の隅から立ち上がった。

 

「ベルさん!?」

 

 店員の少女の叫びとともに、一人の少年が駆け出し、店の外へと飛び出す。

 少女が後を追う中、アイズの目は、その少年の顔をはっきりと捉えてしまった。

(――――)

 一瞬言葉を失い、すぐに立ち上がる。

 突然の出来事に何が起きたかわからない周囲を置き去りにして、自らも外へと向かった。

(あの時の……)

 自分が助けた白兎の少年の顔。全てを聞かれてしまっていた。

 店の入り口から少ししたところに店員の少女の姿を発見するも、アイズは追うことが出来なかった。

(ベル……)

 少女が口にしていた言葉を呟き、反芻する。

 昨日救った冒険者の名前。アイズが今日傷つけてしまった少年の名前。

 きっと幼いころの自分―――――――いや、5年前までの自分ならば追いかけていただろう。

 だが、アイズは動けなかった。

 今のアイズでは、追うことが出来なかった。

 

 

***

 

 

 一方でその店内。

 

「なんや?ミア母ちゃんの店で食い逃げとか、中々根性あるなぁ」

 

「もしかしたらトマト野郎かもな!!だっはっはっは!!」

 

 ロキが身ぶるいし、ベートは調子付くばかり。

 しかし、彼には粛清が与えられることになる。

 ガンッ!!

 酒が入ったジョッキを机に叩きつけた大きい音がするとともに、一人の男が声を上げる。

 

「おい、うるせぇぞ【凶狼(ヴァナルガンド)】。飯がまずくなるだろ。頼むから大声出すのはやめてくれないか?」

 

「あァ?」

 

 明らかに喧嘩をふっかけたともいえる言葉を吐いたのは、一人の狼人(ウェアウルフ)だった。

 

「それが強者のあり方かよ」

 

「んだとてめぇ!?」

 

 ベートもヒートアップしているのか、その男に近づいていく。

 ロキはいつもならミアがお仕置きしてこの場を収めるだろうと放置を決め込んでいたが……何故かミアが動かない。

 普段から「ここでは私が法だから」などと言っているのに、何故今日はこんなにもおとなしいのか。

 その理由は、すぐにわかることとなった。

 

「おいおい、現状を伝えられて暴力行為か?」

 

「てめえ、舐めた口聞きやがって!」

 

「図星だろ。……飯の邪魔だから静かにしてくれ」

 

「てめえがつっかかってきたんだろうが、雑魚が!?」

 

「……雑魚?お前それブーメランだからな?」

 

「……くっ!ふふっ、くふっ!」

 

「あ!?」

 

 ベートに対してそのようなことを言い張り、近くで彼と談笑していたであろうエルフの店員は笑いを堪え切れない様子。

 

「はっ、雑魚に何を言われようがどうでもいいんだよ!!このオラリオに俺より強い狼人(ウェアウルフ)は存在しない。要するに、てめえは俺より雑魚だってことだ」

 

「……なら、試してみるか?」

 

「上等だッ!」

 

 そう言って店を出ろとうながすベートに対し、青年は告げた。

 

「いや、やっぱ外出る必要ないわ」

 

「は?」

 

「上には上がいるということを思い知れよ、Lv.5」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バキッ!!

 

 

 

 

 

 

 世界から、音が消えた。

 

 否、そう思わせても仕方がないくらいに沈黙が流れた。

 レフィーヤは目の前の状況を整理しようとする。

(……??……え、ええと……喧嘩になりそうな雰囲気の時に相手の人が必要ないとか言って……次の瞬間には目の前の机ごとベートさんが地面に叩きつけられていて……!!?ええ!?)

 つまりは、ベートが地に叩きつけられたということである。

 実力は確かでありオラリオでも20人いない第一級冒険者であるベート・ローガが……一撃で気絶してしまった。

 そんな沈黙を破ったのはベートを気絶させた張本人。

 

「あーやっちまった……。……ミ、ミアさーん。聞きたくないけど弁償いくらっすか?」

 

「そうだね……迷惑料込みで1000万ヴァリスで勘弁してあげるよ。ったく、店のもん壊して……」

 

(いや、ミア母ちゃん容赦なさすぎやろ……そんな大金即払えるわけないで……)

 目の前で大金をぶっかけたミアに対しロキが可哀そうな視線を向けたら……。

 

「マジかー。えっと、今手持ちが……すんません。足りないから明日持ってくる……ことで勘弁して下さい。とりあえず100万ヴァリス。金貨でいいですよね?それと担保でこれを」

 

「これは……魔導書かい?」

 

「それも未使用二冊。多分最高峰のものだから一冊二億はすると思う。もし俺が明日返しに来なかったら、それを売りさばいてくれて構わないから……良いとこで売れば五億はする逸品だ」

 

「そうかい……ふんっ、料理代は1000万ヴァリスから貰っとくよ」

 

「あいよ。じゃあまた。リュー、また明日な」

 

「はい、グレイスさん」

 

「ごちそうさんでした」

 

「「「またのご利用お待ちしております!!」」」

 

 そうして彼は、店を出て行くのだった。

 

「……フィン、今の見えたか?私はぼやけてしか見えなかった」

 

「……はっきりと見えた。一瞬の内に右足で踵落としを繰り出し、かつベートが気絶で済むように手加減されてた……とてつもない技術だね」

 

「馬鹿な、あれで手加減だと……?」

 

「つまり、奴はLv.6……7程の強さをもっとると言うことか……!」

 

「だが、そんな奴いただろうか……?」

 

 この日から、『豊穣の女主人』ではこんなうわさが流れ始める。

 騒ぎすぎれば狼に噛みつかれるぞ、という噂が。

 

 

***

 

 

 アイズは皆のもとに戻ろうとした時に、その青年とすれ違った。

(い、今のは……)

 アイズはなにかの違和感を感じた。

 

「あ、あの!」

 

「……」

 

「あ、あの、そこの狼人の……!」

 

「……ん?俺か?」

 

「はい、あの……私と会ったこと、あります……か?」

 

「……【剣姫】とねぇ……ないと思うが」

 

「そう、ですか」

 

「行っていいか?」

 

「はい……」

 

 その言葉を聞いた後、青年は街の人々の波の中に消えて行った。

 アイズはその後ろ姿を見ながら考える。

 そして、違和感の正体に気付く。

 

(口調が……似てたんだ。ハチマンと)

 

 己の師匠に似ている狼人。

 アイズはその背中を見失うまで静かに見つめていた。

 




個人的には最初からベートさん推しだったんですが、今回はこのような役回りに。
立場的にこうなってしまうのは仕方がないですが、ベートさんの過去重いしな……あれでなおさら好きになりました。

次は怪物祭ですかね。
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