続・やはり俺たちのオラリオ生活はまちがっている。   作:シェイド

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すみません!すいません!すいません!
二日も遅れました!申し訳ありません!
自分でいったことすら守れない……。
思っていたよりも内容が難しく、原作のコピーにならないよう全ての言葉を置き換えました。

では、どうぞ。


神の宴と怪物祭

 夜がやってきた。

 都市は夜の闇に呑まれていき、星の運河のような魔石灯の光があふれ始めていく。

 今日も酒盛りで盛り上がる喧騒が絶えない中、ロキはある場所で馬車を止め、降りる。

 周りを見れば多くの美男美女も同じように馬車を降りてある一つの場所へと向かっていた。

 彼ら―――ロキも含めた―――神々が目指すのは、一つの建築物。

 象頭人体を模した、巨大な像。

 正確にはその中にある【ガネーシャ・ファミリア】のホームである。

 

「相変わらず奇天烈な形やな……」

 

 本日行われる『神の宴』の主催者は神ガネーシャだ。

 『神の宴』は、その名の通り神のみが参加を許される会合である。

 主催する神も開催時期も無原則であるこの宴は、特別な目的意識などはなく、ただただ神が騒ぐためだけに開かれることが多々ある。むしろそちらの方が割合が大きい。郷愁などとは一切無縁な神々も同郷の者たちを招いて雑談を肴にして酒を飲みかわすのだ。

 招かれた神々の中には世話話に【ファミリア】の近況報告を織り交ぜ、情報を交換し合う者もいる。一種の社交場である『神の宴』は、都市内外の情勢や特定の派閥に近づくための集会としても重宝されていたりする。

 

『俺が、ガネーシャだ!』

 

『イエーッ!!』

 

『ヒューヒュー!!』

 

 ロキが長い廊下を抜けて大広間に辿り着くと、舞台の上で建物と同じ格好をした象頭人体の男神が宴の挨拶を行っていた。一般人の間でも広く知られている象頭の被り物をした、今回の宴の主催者、たくましい浅黒い肉体を持つガネーシャだ。周囲の神々は彼の馬鹿デかい肉声に喝采を送っている。

 宴は主催する神の【ファミリア】の規模によって内容も環境もがらりと変わる。【ガネーシャ・ファミリア】は構成員の数がずば抜けて多く、その実力も都市有数の上位派閥だ。その人員と財力にものを言わせた会場は豪奢に飾られていた。

 煌々と広間を照らす巨大なシャンデリラ型の魔石灯。卓上に並べられる料理は世界中から取り寄せられた海や山の幸を惜しむことなくふんだんに使ってあり、また、肉果実(ミル―ツ)を始めとした迷宮原産の食材も見受けられる。貴族然とした華やかな礼服で着飾る神々が立食を楽しむ中、【ガネーシャ・ファミリア】の団員達もグラスを配って回るなどの給仕に勤めていた。

 

「盛況やなー」

 

 コツコツと靴を鳴らしながら、一部熱くも和やかなな会場をロキは見て回る。

 滅多に宴には顔を出さない彼女は比較的早く他の神達の目を集め、にわかに騒々しくなる。

 

『あちゃー、ロキ来ちゃったよー』

 

『残念女神頂きましたー』

 

『おい、やめろ。ロキたまの悪口はやめろ!』

 

『そうだそうだ!ロキたんの悪口はやめるんだ!』

 

『お前らやめとけ。後で殺されるぞ』

 

『しかし、ロキが、ドレス……だ、と!?』

 

『世も末ってるな。笑うんですけぐわっ!?』

 

『おい、こっち見てるっつーの!?』

 

『それにしても、見事な貧乳だなぁ』

 

『いや、無乳だろ』

 

『あんな断崖絶壁お目にかかったことないぜ!』

 

『馬鹿野郎ッ!それがいいんだろうがッ!!』

 

 よし、顔は覚えた。

 帰ったら潰したる。

 ゲラゲラと笑う神の一部に二コリと微笑んだロキは、足並み揃えて速やかに会場を後にする彼らを一瞥し、もう用はないとばかりにさっさと歩みを進め、近くに通りかかった給仕の一人を呼びとめて、乱暴にグラスをあおる。

 神は基本、つかみどころがない。

 娯楽を追い求めて下界に降りて来た彼等は常に飄々としており、下界の者からすれば奇異に映るものが大半だ。命知らずな彼等は先程のように簡単に喧嘩を売ってくる真似をするし、また、身を翻す速度もまた早い。

(ま、アイツも最近はますますウチらと近い感じになってきとるけどなー……)

 ロキはこの服装を褒めてくれた者のことを考えながらも、会場内をうろうろする。

 

「……にしてもおらんなぁ、ドチビ。もしかしてガゼやったか?」

 

 参加するつもりがなかった宴にロキが足を運んだのは、単なる気まぐれだ。

 正確に言えば、目の敵にしている貧乏女神が恥も知らず、パーティー出席の準備をしていることを耳にはさんだからだ。

 もし来ていなければちょっと気になる別件が出来ればそれでいい。もし来ていれば……ドレスも用意できないその哀れで惨めな姿を、思いっきり馬鹿にして笑ってやろう、とロキは画策していた。

 漏れ出そうとする邪笑を噛み殺しながら、彼女は気ままに広間を進む。

 

「おお、ロキ、ロキじゃないか」

 

「ん?」

 

 混み合っている神の間を縫って進んでいれば、声がかけられた。

 そちらに目を向ければ、細身の男神が目を弓なりにして笑いかけていた。

 富国の王子、その印象が強く感じられた。

 邪気のない笑みを纏っていおり、多くの女性を虜にしそうなその端整な顔立ちと金髪が驚くほど似合っている。

 周囲と同じように正装に身を包んでいる彼は、怖じけるることもなくロキに「どうだ、話さないか」と気安く誘ってくる。

 

「よぉーディオニュソス。来とったんか」

 

「ああ。せっかくの宴の場だ。情報収集もかねて足を運ばせてもらっているよ。私の

【ファミリア】はロキのところみたく強くもなければ、非常識でもないからね」

 

「ディオニュソス、非常識って何や、こら」

 

「はは、悪い悪い」

 

 ディオニュソス、と呼ばれた彼はやはり笑みを浮かべながら答えた。

 品の言い物腰はまるで上級階級の人間の鑑のようだ。ふざけ半分で貴族のまねごとをしている連中と比べれば、彼だけが非常に浮いているようですらある。

 そんな立ち姿は一方で、僅かな隙も窺わせないほど泰然としている。逆にその硝子のような瞳で相手の胸の内を見透かそうと知れいるかのようだった。

 食えない神の一柱、というのがロキの勝手な印象だ。

 

「あらぁ、ロキ、久しぶり。元気にしてた?」

 

「おおぅ、デ、デメテル、いたんかいな」

 

「ああ、今の今まで私と話をしていてね」

 

 グラスを手に持ちおっとりと微笑むのは、豊満な体付きをした女神である。

 背に流れる髪はふわふわとした蜂蜜色で、浅く曲がっている目尻は柔和、その見た目通り纏う雰囲気も優しさを感じられる。

 胸元から見える自身にはまったくと言っていいほどない巨大な双丘を見せつけられ、ロキは引きつりそうになる顔をなんとかとどめる。

 性格が大らかであるデメテルはあらゆる意味で懐が大き過ぎて、ロキは彼女に対して一欠片も反感を抱くことが出来ない。

 

「ロキ、【ファミリア】の調子はどう?彼がいなくなってからも貴方の眷族の活躍を聞かない日はないけれど、皆元気にしてる?無理はしていない?」

 

「ああ、うちの子たちは皆元気や。逆にちょっと元気過ぎて、アイツに帰ってきて欲しいところはあるな。アイツがいるだけでうちの派閥は指揮官が増える」

 

「あら?彼は亡くなったのでしょう?」

 

「……知ってんなら言うんやない……デメテルは辛くならんかもしれんけど、ウチはかなり心傷ついてるからな?」

 

「え、そ、そんなことないわよ……わ、私だって彼にはよくしてもらっていたし、料理を作ってもらったこともあったわ……うちの団員たちでさえ悲しむのだから私が悲しまないわけないでしょ……うぅ」

 

「す、すまん、まさか泣きだすとまでは思わんかった。だから一旦その涙拭いてや!」

 

 これだと自分が悪人みたいやん、と思ったロキはあたりを見渡し、この光景を観られていないこと確認する。

 

「ご、ごめんなさいね、ロキ。こんな場なのに……」

 

「そ、その話は置いといてや。デメテルの方はどうや?」

 

「そーねぇ、うちの【ファミリア】も色々なとこに御贔屓してもらっているわ。ありがたいことにね。先日野菜が沢山採れたから、今度ロキのところにもおすそわけしてあげる」

 

「おおー!ありがとな」

 

 【デメテル・ファミリア】は野菜や果実などを栽培して売り出す商業系の派閥だ。

 都市郊外に広い農地を有し、収穫物の多くがオラリオに出回っている。

 

「今ココで出回っているワインも、デメテルのところの葡萄を使っているんだろう?葡萄酒にはうるさい私が認めるよ。これは美味い」

 

「ふふっ、ありがとうディオニュソス」

 

「えっ、ほんま!?」

 

 酒には目がないロキはすぐさま葡萄酒を給仕を捕まえて頂戴する。

 口に含んだ瞬間、濃厚な果実の甘みが下の上で踊った。鼻の奥に通る香りが素晴らしい。これは確かに美味い、とロキは静かに唸る。

 

「ディオニュソスのところはどうなん?大した噂はここんとこ耳にせんけど」

 

「私の【ファミリア】かい?可もなければ不可もなく、といったところかな。落ちぶれない程度には頑張らせてもらっているよ」

 

「もう、さっきからはぐらかしてばっかり。ずるいわ、ディオニュソス」

 

 冒険者の情報を管理するギルドの公表によれば、【ディオニュソス・ファミリア】の実力は迷宮都市の中堅どころに位置する。上級冒険者と認められる第三級―――【ステイタス】Lv.2―――の団員を複数人抱えつつも、華々しいダンジョンでの功績がないせいか、あまりぱっとした印象を持たれていない。

 他派閥に比べて徹底した情報漏洩の防止によって、あまり分からないのが実情だ。彼の性格に似ているとロキは密かに思っている。

 

「ロキのところは遠征が終わったばかりなんだろう?何か収穫はあったか、もしよければ聞かせてくれないか」

 

「自分のことは何も言わんくせに、ほんまずけずけ聞いてくるなぁ」

 

 のらりくらりと躱すディオニュソスに呆れた目で見やりながら、ロキ達は雑談を続ける。

 

「ところで、ロキはフィリア祭には行くのかい?」

 

「ん………」

 

 せっかくやしなぁ、とロキは僅かな時間考える。

 年に一度しかない催しだ、可愛い己の子を誰か連れだって観戦しにでも行こうか……とそう思いたち、ディオニュソスに答えた。

 

「行こうかなぁって思ってるけど、なんで?」

 

「まさか、本当かい?今度こそ何か悪巧みでも企んでいるんじゃないか?」

 

「おいコラッ、どーいう意味じゃ!」

 

「おっと、待ってくれ、聞いてくれよ。ロキはフィリア祭には興味ないものとばかり思っていたんだ。天界での破天荒っぶりを知っているこちらとしては、少し勘ぐってみたくなってしまってね。気を悪くしたのなら謝るよ。すまない」

 

「なんや、それ、腹立つー……」

 

 そう言いつつもロキはディオニュソスの言葉を全てを否定はしなかった。

 まだ天界にいた頃は、ロキは混乱をもたらす厄介者として有名だったからだ。混沌の女神、とでも言うのだろうか。いまでは 眷族のことに夢中ですっかり丸くなったが、彼の言わんとしていることも理解できなくはない。

 憮然としつつ、その朱色の瞳でディオニュソスを睨み続ける。

 

「そういう自分はどうなんや。祭り行くんか?」

 

「……どうかな。多分行かないともうよ。その日はやることがあってね」

 

 あっそうかと大して興味もなさそうに彼から視線を外し、新しいワインを飲もうとしたロキは、視界の隅に偶然入り込んだ光景に「おおっ?」と二度見する。

 紅髪の女神と銀髪の女神、そして漆黒の髪を二つに結わえた幼い容姿の女神。

 口端をにいっと吊り上げたロキはワインを勢いよく飲み干して、腕で荒っぽく口元を拭った。

 

「ほんじゃ、ディオニュソス、デメテル、うちそろそろ行かせてもらうわ。また今度な!」

 

「ああ。分かったよロキ」

 

「ふふっ。またね、ロキ」

 

 彼等に背を向け、ロキは見つけ出した女神たちの元につま先を向けた。

 

「おーい!ファーイたーん、駄女神ー、ド・チ・ビー!!」

 

 

***

 

 

「……」

 

 遠ざかるロキの背中をディオニュソスは無言でみつめる。

 その姿が雑踏の奥に消えるまで、視線をそそぎ続けた。

 

「また、何か悪巧み?」

 

 投げかけられる声。

 微笑みながら問いかけてきたデメテルに振りむいたディオニュソスは、次には苦笑を顔に張り付ける。

 

「人聞きが悪いな、デメテル?私が何時悪だくみしたって言うんだい?」

 

 そんな彼に対し、女神はなおも微笑んだ。

 

「だって、ディオニュソスがそんな顔をする時、決まって何かが起こるんですもの」

 

 

***

 

 

 コツコツと誰かが歩いている音が闇の中で反響する。

 魔石灯の明かりがついているのは一つの椅子の周りだけで、その椅子には灰色の髪をした老神が座っていた。

 

「……揃ったか」

 

「ウラノス、それにブライも」

 

「ああ……そろそろフィリア祭だね」

 

 闇の中で、誰も知らない、知ることのない報告がされる。

 ここがどこで、誰が誰だかは彼ら以外知る由もない。

 

「……なるほど。リド達は現在特訓中というわけか」

 

「彼等が望んだことだからね。最近ようやく発見出来た未開拓ルームで、()()が相手してる」

 

「彼らも……いや、彼らだからこそ感じているかもしれない。ダンジョンに異変が起こっていることに」

 

「……ブライ、何か掴めたことはあるか?私の方はあまり役に立てない情報ばかりだ。唯一の情報は警戒されてはいないが、何かを守るギルド所属以外の()()()()()()()がいること以外は掴めなかった」

 

「ああ。それなら一人、つい先日……【ロキ・ファミリア】の遠征直後に()()()()で出会った時に倒したよ。【ステイタス】はおよそだけどLv.6上位、かな。あとから来た奴を含めて二人いた」

 

「なんだと!?それでは敵方の戦力は……!」

 

「ああ、そうだね。それ以上だろう。それに、彼等はただの監視であり下っ端のような感じがする。何か、もっと()()()()()()()()()()だろうね。勘だけどさ」

 

「勘か……君の勘はよく当たる。()()()()()()()()()()()がいたことも君の勘だった……ぴたりと的中していたしな」

 

「今ではもう()()だけどね」

 

「私は下手に動けない。フェルズ、ブライ、君たちに頼るしかない」

 

「ウラノス。私はすでに一度死んだ身だ。遠慮などもっての外だ」

 

「僕もだよ。ウラノスには感謝してる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 闇の中で報告、そして対策が話し合われる。

 その声は次第に弱くなっていき、そして、闇に溶けていった……。

 

 

***

 

 

「えーい」

 

 ここは20階層。

 『中層』に位置付けられるこの階層で一人の女性がモンスターを倒している。

 

「魔石拾おうっと」

 

 彼女―――【ロキ・ファミリア】幹部、コマチ・ヒキガヤはぽつりと独り言を呟きながら倒したモンスターの魔石を拾い、背中に背負っているバックに詰め込む。

 Lv.6である彼女には明らかにレベルが違うため、あまり回復アイテムは持ってきていない。携帯食料と水があれば二日は行けるだろう、と彼女は思っている。

 遠征から早一週間。明日は四年前から開催されているフィリア祭がある。

 コマチはロキに連れられた初回と二回目のリヴェリアと行った時以外は行ったことがない。去年は行かなかったから一人では行ったことがないのだ(ちなみにだが、去年は今はいない兄の部屋で布団に包まって本を読んでいた)。

 

「【ガネーシャ・ファミリア】!……ということはあの籠の中にはモンスターがいるのかな……?」

 

 彼等は明日の怪物祭(モンスターフィリア)のため、モンスターの捕獲に来ているのだ。

 年に一度のフィリア祭は闘技場で開かれる。迷宮から連れてきた凶暴なモンスターを【ガネーシャ・ファミリア】の調教師(テイマー)が相手取り、倒すのではなく、手なずけるまでの一連の流れ―――調教(テイム)を観客に披露するのだ。

 ギルドが企画するこの催しを疑問視する者は少なくない。都市の平和を謳っておきながら、危険因子(モンスター)を自分たちから地上に放つとは本末転倒ではないかと危ぶむ者もいれば、市民に媚を売るための見え透いた政策だと鼻で笑うものもいる。

 

 まあ、実際には違うのだが、それを知る人物は少ない。

 コマチとしては、怪物祭(モンスターフィリア)について何とも言えないところだ。

 モンスターをダンジョン外に運ぶのは危険だと思うが、前に兄がこっそり見せてくれた一角兎(アルミラージ)はかなり兄になついていたように見える。……なんか女狐のような気配も感じたが、モンスターだし心配はしていない。

 それに、だ。このような催しは市民と冒険者のための緩衝材でもあるため必要だと思ってもいる。

(本当はお兄ちゃんとデーゲフンゲフン、お出かけできるからいいんだけどねー)

 もう一生叶うことのないであろう、そんな理想を心でおもいながら――――――

 

 

***

 

 

「え~、アイズ、ロキとフィリア祭行くの~?」

 

 翌朝。

 部屋を訪ねてきたティオナに対し、怪物祭(モンスターフィリア)への誘いにアイズが断るや否やそう言った。

 

「ごめん、ティオナ……」

 

「う~ん、でもしょうがないか。さっさと声かけとけばよかったからあたしのせいだし。あーァ、ロキに先に越されちゃったなぁー。せっかくレフィーヤも来れるようになったのに……」

 

 窓の外は祭り日和とばかりに晴れ渡っていた。清々しい風が入り込み、一日の始まりを告げてくる。

 扉の前で悔しがるティオナは、すぐに一転してアイズに笑いかける。

 

「あたしはティオネ達とすぐに東のメインストリートに行くけどさ、もしあっちで合流出来たら一緒に回ろうねー」

 

「うん」

 

 淡く笑い返したアイズはその後大食堂へ向かった。

 依然酔いが抜けないのか、前日と同じようにロキは朝食の席に姿を見せず、ティオナ達が一足早くホームをたつ。

 部屋に一度戻ったアイズは着替えを済ませた。

 

「……」

 

 丈の短い上衣にミニスカート。ティオナから貰ったあの服。

 そして、レフィーヤに貰った黒色のパーカーを上から着る。

 せっかく頂いたプレゼントだ。このような日に着ない手はない。

 念のために剣帯を服の上から巻き、護身用にレイピアを差す。

 一気に物々しさが増してしまったが、仕方がない。デートなどとは言うが一緒に行動する以上、ロキの護衛も兼ねるべきだ。

 ブーツも履いてエントランスホールでまだ少しばかりよれよれのロキと合流。二人は怪物祭(モンスターフィリア)に出発した。

 

「あ、アイズたんすまんな~、ちょっと行くところあるんやけど、寄ってもええ?」

 

「はい……朝ご飯、ですか?」

 

「ん~、それもあるけど、な」

 

 アイズ達はティオナ達が向かった方角と同じ方向、つまりは東のメインストリートへ進む。

 すでに多くの人が込み合っており、この日のために出ている露店は大盛況だ。

 

「ここや、ここ」

 

 祭に酔いしれる人の合間を縫って着いたところは大通り沿いにある喫茶店だった。

 ドアを潜り音を鳴らすと、すぐに店員が対応してきた。ロキが一言二言かわすと、二階へと通される。

 アイズがその場に踏み入れた瞬間感じたのは、時間が止まったかのような静けさだった。

 そして、次に嗅いだ事のある女性特有のいい匂い。

 

「よぉー待たせたか?」

 

「いえ、少し前に来たばかりだわ」

 

 神だ。

 女神がそこに存在していた。

 だが、顔はフードを被っているため分からない。

 

「なあ、うちまだ朝食食ってないんや。ここで頼んでもええ?」

 

「お好きに」

 

 どうやらロキとこの神は元々会う約束をしていたらしい。

 やり取りしているところを見るに昔馴染みとでも言うのだろうか、天界での古い付き合いを感じさせるやり取りだった。

 邪魔にならないように護衛の位置に控えているアイズは、フードの中の女神が銀髪であることを目にし、誰か察した。

(あれが……女神フレイヤ……)

 これが、アイズは初邂逅だった。

 

「ところで、いつになったら紹介してくれるのかしら?」

 

「なんや?紹介がいるんか?どうせアイツからきいとったろ」

 

「それが彼、話さないのよね。女性と一対一の時には他の女を口に出したら殺されるので……だったかしら?そう言ってたわ」

 

「あのスケコマシ……いや、駄女神に関して言えば逆か」

 

「あのね、その駄女神ってのやめてほしいわ」

 

「なんや?ぴったしやろ。あ、これうちのアイズ。アイズ、こんなやつでも女神やから一応挨拶しとき」

 

「……はじめまして」

 

 女神の瞳が向けられ視線が交錯する。

 瞬間、アイズは引き込まれるかのような錯覚に陥った。

 いや、なんだろう。少しばかり私怨の視線も含まれている気がする。

 特に、今着ている服装に。

 ……【ロキ・ファミリア】と同等……いや、全貌は明らかではないから上かもしれない……戦力を保持し、一部の者には都市、いや、世界最強派閥とまで噂されている【ファミリア】の主神。

 同時にその美しさと蠱惑さから『魔女』の異名を持つ、美の化身。

 

 女神、フレイヤ。

 

 アイズは生まれてから生きてきたこの16年間でリヴェリア以上の美しい女性を目にしたことがなかったが、眼前の女神の美しさは完璧に王族である彼女のそれを超えていた。

 絶世独立の美貌。いっそ寒気すら覚えるその艶麗さは下界の者を、同格の神々さえも惑わせる力がある。ロープで身を隠しているにも関わらず、周囲の客の時を奪い魅了しているのが良い証拠だ。

 抗った人物は今まで存在しない―――――『美の女神』。

 

「可愛いわね。それに……ええ、ロキがこの子に惚れ込む理由、よくわかったわ」

 

「そうやろそうやろ?ま、誰にも渡さんけどな」

 

「あら、私、ただの剣には興味ないのよ。数年前の彼女になら少しだけ興味が湧いていたけどね」

 

「嘘つけ。大方魅了しようかと考えたくせに」

 

「魅了も万能じゃないの。実際、彼は抗った……いや、効かなかった」

 

「はん、だから駄女神なんや!」

 

「う、うるさいわね!それよりなんで【剣姫】を連れてきたの?」

 

「ぬふふ……そらお前、せっかくのフィリア祭や、この後しっかりきっちりアイズたんとラブラブデートを堪能するためじゃあ!」

 

 ……アイズとフレイヤの初邂逅を他所に、ロキはあい変わらずだったが。

 おもむろに、手を伸ばし始める。

 

「……ま、それに、『遠征』終わってやっと帰って来たと思って放っといたら、またすーぐにダンジョンに潜ろうとするからなぁ、うちのお姫様は」

 

「……」

 

「今では誰かが気を抜いてやらんと一生休みもせん」

 

 何も言い返せない。

 昨日も昨日でダンジョンに行き、それがリヴェリアに見つかって叱られたし何も言い返せない。

 不意打ち気味に告げられた自分を気遣うその言葉にアイズは視線を下げてしまう。ぽんぽんと、頭を優しく叩いてくるその手を素直に受け入れた。

 フードの中でフレイヤもまた、可笑しそうに微笑む。

 そうして雑談を続ける二柱の女神達はここに集まった本題とばかりに雰囲気を一変させた。

 ロキ曰く、フレイヤの動きが最近妙だという。あれほど興味がないと言っていた『神の宴』にも何故か参加していた。

 

【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】。

 

 迷宮都市の双頭と比喩されるほど実力が拮抗している両者の間では争いが絶えない。

 隙あらば蹴落とし合う関係にある二つの派閥は、伯仲たりうる存在だからこそお互いに無視できず、一方が動けばもう一方も動かざるをえなくなる。ロキはフレイヤの思惑にある程度勘づいている中で、面倒事を起こすなと釘を刺しに来たらしい。

 辺りを見ればいつの間にか周りの客がいなくなっていた。睨みつけ、微笑み返す女神達から放たれる物騒な神威に気圧され、みなでて行ったようだ。

 

「フレイヤ、単刀直入に聞くぞ……男か」

 

 ロキのその言葉に対し、フレイヤは微笑むだけだった。

 その反応にはぁ、とため息をつくロキ。

 

「つまりはどこぞの【ファミリア】の子供を気にいったちゅうことか」

 

 なんや、アホくさ……と一人見当をつけるロキに、ついていけないアイズ。

 だが、ロキが何を思ったのかいきなり目を見開いた。

 

「待て……お前なんでまだここにおるん?」

 

「どういうことかしら?」

 

「アイズたん、聞きたくなかったら耳塞いでてええからな」

 

 ロキはそう切り出し、少し間をおいてから話し始める。

 

「六年前のあの日……世間では『27階層の悪夢』とかいう大層な名前付けられとる事件……あの時、お前が一番気にいっていた、いや、恋してた男が死んだ……お前少し前に言っとったな?彼が死ねば私も天界に戻って後を追うって。誰にも奪われたくないって」

 

「……」

 

 フレイヤは微笑み返すだけだったが、アイズはこの話を聞いて、はっ、となった。

 女神フレイヤの噂は聞いたことがある。

 自分の気にいった子―――それも男女かかわらず―――を自分の物にすることに躊躇がない、と。

 そして、一時期こんなことが囁かれていた。

 

 女神フレイヤがついに男を見定め、夫を決めた、と。

 

 瞬間、全てのピースが当てはまった気がした。

 自身の全力を持ってフレイヤを睨みつける。

 その後すぐに自身に複数の殺気が向けられるが、まったく意に返さず逆に睨みを凄ませる。

 

「……アイズたん、さては聞いたんやな?でも、悪いのは全てこの年中盛っとる色ボケポンコツ駄女神やからなー」

 

「……」

 

 ロキも一緒になって睨むが、フレイヤは微笑むだけ。

 しばらくこの状態が続いたが、ロキは興味なさそうにため息をつき、問う。

 

「ったく、この駄女神が。誰だろうがお構いなしか」

 

「あら、心外だわ。分別くらいあるし、彼と出会ってから一度たりとも遊んではいないわ」

 

「抜かせ……男神どもを誑かしとるくせに」

 

「彼等との繋がりはいろいろと便利だもの。『魅了』するだけの簡単な作業だし」

 

 男を骨抜きにするのを作業、と言ってのけたフレイヤに対して、ロキは笑みを作る。

 

「で?」

 

「?」

 

「どんなヤツや。お前の目に9年ぶり……いや、()()()ぶりに目にとまった子供ってのは?いつ見つけた?」

 

「……」

 

「そっちのせいで余計な気を使わされたんや、聞く権利くらいあるやろ」

 

 ロキの強引な言い分にフレイヤは窓の外に視線を向ける。

 ロープの中で、美しい銀髪と付けられた紫のアクセサリーが少しこぼれる。

 

「……強くはないわ。貴方や私の【ファミリア】の子と比べても、今はまだとても頼りない。彼と比べるなんてもっての他、少しのことで傷ついてしまい、簡単に泣いてしまう、そんな子よ」

 

「でも、綺麗だった。透き通っていた。今まで見たこともないような色……だから目を奪われてしまった。見惚れたのよ……」

 

 幼い子供を慈しむようなその声音は、次第に熱を孕んでいっているようにも見えた。

 言葉を立て続けたフレイヤは、窓の外の光景を見下ろす。

 その一瞬だった。

 大勢の人々を眺めていた銀色の瞳が、驚いたようにある一点で止まった。

 アイズがその目線を追えば……辿り着いたのは兎の耳のようにひょこひょこと揺れる、()()()()()()だった。

(あの時の少年……ベル、かな……?)

 頭の中が僅かな時間、白く染まる。

 アイズは知らず内にその頭髪の行く先に視線を引っ張られてしまっていた。

 

「ごめんなさい、急用が出来たわ」

 

「はあっ?」

 

「また今度会いましょう」

 

 フレイヤは立ち上がり、さっさと店を出て行ってしまった。

 なんやのアイツ、とロキが訝しげな声を出すが、今のアイズには聞こえなかった。

 そんなアイズの様子にロキが気付く。

 

「ん?どうかしたんかアイズ?なんかあった?」

 

「いえ、なんでもないです……」

 

 返事をするものの、目線は未だ窓の外に向けられていた。

 見間違いかもしれない、もしかすれば、全くの別人かもしれない。でも来ているかもしれない。この怪物祭に。

 会えるかもしれない、と。

 

「なあ、アイズたん?誰かいたんか?めっちゃ気になるんやけど」

 

「……なんでもないです」

 

 ようやく窓の外から視線を外したが、ロキはしつこく尋ねながら手を伸ばしてくる。隠し事はよくないとばかりに全身へと伸びてくる神の手を冷静に捌いていると、注文していた朝食が運ばれてきた。

 パンやスープ、サラダを食べ始めるロキ。

 朝食を終えた後は二人で街に繰り出した。

 隠し事を詮索しない代わりにデートに付き合えと言われたアイズはおとなしくロキにつき従う。

 その後は露店で買ったジャガ丸君をロキに食べさせたり、販売されていた剣についつい目が行ってしまったりと色々なことがありながらも普段とは違うオラリオの街を楽しんだ。

 

 

***

 

 

 異変が起きたのは正午近くになってからだった。

 調教予定だったモンスターが何故か脱走し、街のあちこちで暴れ始めたというのだ。

 何者かによって檻は破られており、犯人は不明。

 現在は【ガネーシャ・ファミリア】によって市民の避難が行われているが、モンスターは暴れまわる一方だという。

 

「んーもうこうなったらデートしてる場合でもないな。【ガネーシャ・ファミリア】に恩を売っておくのも悪くないし……アイズ、ごめんけどモンスターの方頼んでいい?」

 

「うん」

 

 瞬間、アイズは跳躍。闘技場の天辺に降り立ち、周囲を見渡す。

 モンスターを数体発見し、狙いを定める。

 

「【テンペスト】」

 

 風の気流を纏い、圧倒的な速さでモンスターを倒し始めた。

 

 

***

 

 

 一方その頃、ティオナ、ティオネ、レフィーヤは【ガネーシャ・ファミリア】の調教を闘技場で観戦していた。

 

「やっぱりガネーシャのとこ凄いや。ただでさえ調教の成功率は低いのに、こんな大舞台で次々と成功させちゃってさー」

 

「一々華もあるわよね。観客に魅せる動きをしてる。お金も取れるわね、これなら」

 

「……すごい、ですよね」

 

 三人は観客席からアリーナでの調教を見ていた。

 ……レフィーヤだけ、何故か落ち込んでいるが。

(う~、サリオンさんと一緒に来れなかった……)

 ……ただ誘いを断られただけだった。

 『あ~ごめんなさいレフィーヤさん。私も行きたかったんですが……その日はオラリオ郊外に用が出来てしまっていて……また今度、誘ってくれますか?』とサリオンに断られてしまったのだ。

 レフィーヤとしては勇気をふり絞っての誘いだったのでホームに帰ってからも呆然としているだけだった。

 そこをティオナに連れだされたというわけである。

 

「……」

 

 お仕事関係だからしょうがないとばかりに切り替え、ティオナ、ティオネのアマゾネス姉妹と闘技場にて他派閥の調教に感嘆していたときだった。

 すっかりおとなしくなった虎型のモンスターに続いてアリーナに登場したモンスターは、大型の竜だった。

 

「うっひゃぁ~あんな大きいのもダンジョンから連れだしたの?」

 

「そんなわけないでしょ。都市郊外のどっかから引っ張ってきたのよ。竜種のモンスターなら見劣りはしないしね」

 

 豪華な衣装に身を包んだ調教師(テイマー)がさっそく踊るように竜種のモンスターを相手取る。その様子に観客は大歓声を沸かせる。

 つい、ティオナは首を縮こませ、レフィーヤは両手で耳を塞ぐものの、ある一点に目がとまる。

 神ガネーシャのところに次々と【ガネーシャ・ファミリア】の団員と思われる者たちが何かの報告をしている。

 その様子は、とても切羽詰まったようだった。

 

「あの、ティオネさん。なんかあったんですかね」

 

「……ちょっと様子を見に行きましょうか」

 

 盛り上がる会場内より立ち上がり、三人は闘技場の階段を駆け上がった。

 

 

***

 

 

「ロキ!」

 

「おっ?」

 

 ティオネたちは外に出た後ギルドの職員と会話をしているロキを発見、すぐにその元へと向かった。

 振り返ったロキは、よく来たとばかりに手を上げる。

 

「何かあったの?」

 

「簡単に言うと、モンスターが逃げおった。ここらへん一帯をさまよっとるらしい」

 

「え!不味いじゃんそれ!」

 

「まあアイズたんに討伐頼んだから、そのうち終わると思うけどなぁ」

 

「アイズさんが……」

 

 ロキより簡単に事情を聞いたティオネ達は助太刀に街へと走り出した。

 その後ろ姿を見つめていたロキは怪訝な顔をする。

 

「なーんかうさん臭いなぁ、この騒ぎ」

 

 今のところ住民に被害は出ておらず、速やかに非難が実施されている。掠り傷の一つすら負ったという情報が入ってきていない。

(死んだもんはおろか、怪我人もナシってのは話が上手過ぎる……人類を襲わないモンスターがどこにおるねん……あの子みたいに知能があるわけでもないのに……)

 ロキが見据える先、人間のスペックになっている自身の視力でぎりぎり確認できるモンスターは、まるで何かを探すかのように視線を左右にやり、興奮しているのか障害物もおかまいなしに破壊して周り、徘徊している。

 そのモンスターがまたもやアイズに仕留められる。

 こんな芸当が出来るもん、またはしでかす輩―――――脳裏に銀髪の駄女神がよぎる。

 

「――――あン?」

 

 唐突に、ロキは足元を見た。

 ぐらり、と感じた揺れ。

 よろめくには至らないものの、鐘楼を一瞬揺らめかせた。身を乗り出し、街の周囲を見渡す。

 

「地震、か……?でも普通はそんなん起きんはず……」

 

 

***

 

 

「地震……じゃないですよね」

 

「揺れてるわね……」

 

 地震というにはあまりにもお粗末なそれは、ティオナ達に不安なものを覚えさせる。

 ダンジョンで培われた感覚が、どんな些細な出来事にも、いかなる前触れに対しても彼女たちを敏感にさせていた。

 そして、だ。

 自然と身構えていた彼女たちのもとに、何かが爆発したような轟音が届く。

 

『き―――――きゃああああああああああああああああああああああっ!?』

 

「!?」

 

 響き渡る女性の悲鳴。

 引き寄せられるように視線を巡らせると、煙の奥から現れたのは、石畳を押しのけて地中から姿を現した、蛇に似た長大なモンスターだった。

 ぞっっ、とするような嫌な寒気。

 ティオナ達は顔色を変えた。

 

「ティオネッ、あいつ、やばい!!」

 

「行くわよ!」

 

 叫ぶと同時に駆けだす。

 一足遅れてレフィーヤも駆けだし、みるみるうちにモンスターとの距離を縮める。

 

「こんなモンスター、ガネーシャの連中、どっから引っ張り出してきたのよ……」

 

「新種、これ……?」

 

 蛇のようなモンスターに目はなく、若干の膨らみを帯びた蔓を多数持ち、その形状はまるで向日葵の種を彷彿とさせる。全身は淡い黄緑色で、レフィーヤは50、51階層で遭遇した芋虫のようなモンスターを連想する。

 頭の中で嫌な予感が飛びまわる。

 顔のない蛇……そう形容するのが最も相応しいだろう。

 

「レフィーヤは隙を見て詠唱を始めて。ティオナ、叩くわよ」

 

「わかった!」

 

「わ、わかりました!」

 

 返事を聞くな否や、レフィーヤを置き去りにしアマゾネス姉妹はモンスターへと突っ込む。

 それにモンスターも反応し、力任せの体当たりを繰り出してくる。

 左右に分かれ、かわした二人は拳でモンスターをぶったたいた、が。

 

「いったぁ~!!?」

 

「ッ!?」

 

 彼女達は驚愕した。

 ()()()()()()()()()()

 得物が無い状態とはいえ、第一級冒険者の攻撃だ。並のモンスターならば一撃で屠ってもおかしくはない。

 なのに、攻撃は貫通も撃砕も敵わない。逆にティオナ達がダメージを加えられたくらいだ。

 

「ティオナ!注意を惹きつけてレフィーヤの詠唱の時間を稼ぐわよ!」

 

「おっけー!」

 

 すぐさま作戦変更。魔導師の少女に止めを任せ、自身達は遊撃に打って出る。

 

「【解き放つ一条の光、聖木の弓幹。汝、弓の名手なり】」

 

 魔法効果を高める杖はこの手の中には存在しない。

 だが、それでも【ロキ・ファミリア】でリヴェリアに次ぐ魔力を持つ魔導師である。

 速度に重きを置いた短文詠唱。出力は控えめだが高速戦闘に十分に対応が可能だ。

 

「【狙撃せよ、妖精の射手。穿て、必中の矢】!」

 

 最後の韻を唱え、解放を前に魔力が集中した、瞬間。

 

「――――――ぇ」

 

 蛇型のモンスターが反転、ありえないほどの反応速度を見せる。

 それを前に、レフィーヤの心臓が悪寒とともに打ち震える。

 ―――――『魔力』に反応した。

 レフィーヤがそのように直感した、次の瞬間。

 衝撃が腹部を貫いた。

 

「―――ぁ」

 

 視界に映ったのは地面から伸びる、黄緑色の蔓。

 防具も何もつけていない無防備な腹に、レフィーヤの()()()()()()()()がレフィーヤを貫いた。

 血が、噴き出す。

 

「「レフィーヤ!?」」

 

 反動で地面に倒れ込むレフィーヤのもとに、ティオネティオナの悲鳴が聞こえてくる。

 一方、蛇型のモンスターにも異変が生じる。

 まるで空を仰ぐかのように体の先端部分を向けたかと思えば、ピシ、ピシ、と幾筋のもの亀裂を頭に走らせ、次に、()()()

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

 破鐘の咆哮が轟く。

 何枚にも渡る花弁。

 毒々しく染まるその色彩は極彩色。

 生々しい口腔の奥では陽光を反射させている薄紅色の魔石。

 

「蛇じゃなくて……花!?」

 

 ついに正体を現したモンスターを前に、ティオナは驚愕する。

 その形状から蛇であろうと思っていたのは、実は巨大な食人花だったのだ。

 

「レフィーヤ、起きなさいッ!」

 

「あーもう、こんのー!!」

 

 ティオネが必死に呼びかけ、ティオナが食人花の進撃を止めようとするが、蔓の鞭によって阻まれる。

 モンスターは倒れ込んでいるレフィーヤの眼前に迫っていった。

 

 

***

 

 

 嫌だ、とレフィーヤは思った。

 嫌だ、嫌だ、とレフィーヤは思う。

 体よ動け、腕よ、足よ動いてと念じる。どこでもいいから動かして立ち上がれと、震えるのみで動きすらしない体全身に鞭を打つ。

 しかし、時は無常だった。レフィーヤの再起をまたずして、食人花の攻撃が迫る。

 あぁ、と嘆いた。

 霞かけている瞳が迫ってくる食人花を写す。

 嫌だ、嫌だ、もう嫌だ。

 同じ。また、同じように。

 きっと。

 きっとまた、自分は、憧れの人に―――――。

 

『アアアアアアアアアアアアアァアアアアアアアアッ!?』

 

 視界に金と銀の光が走り抜ける。

 敵の首を斬り飛ばした壮烈な剣の閃きと、美しい金色の髪の輝きが、悔し涙を流す瞳を焼いた。

 また、自分は、今までと同じように―――あの憧憬の彼女に守られてしまう、と。

 

 

***

 

 

 間一髪だった、とアイズは思う。

 モンスターを倒して回っていた矢先、ティオナ達と同じようにこの謎のモンスターを発見後、嫌な予感を脳が感じる前に体が動いていた。

 魔法を酷使し、急接近。なんとか間に合いモンスターの首を飛ばした。

 

「アイズ!」

 

 ティオナが声を上げる。

 後ろで苦しそうにせき込んでいる後輩のエルフの元にはギルドの職員が駆け寄っている。後ろは任せて問題ない。

 アイズはそのままの勢いで疾走。風の力で次々にモンスターに剣で斬って、斬って、斬りまくる。

 だが、食人花も黙ってはいなかった。

 ティオナティオネの二人を完璧に無視し、アイズへと全攻撃を敢行させる。

 

「ちょ、このモンスター……!」

 

「アイズ!今すぐ魔法を解きなさい!ソイツは魔力に反応してる!」

 

 パキンッ!っと。

 モンスターの習性に気付いた二人がアイズに注意を促すのと、アイズの使っていた得物が折れたのは同時だった。

 

「あ……」

 

 現在愛剣である不壊属性を持つ『デスぺレート』を整備に出しているアイズは、代わりに渡された細身のレイピアを使用していたのだが……アイズの激し過ぎる剣技に耐えられず、根元からぽっきり折れてしまっていた。

(怒られる……)

 折れてから最初にアイズの頭に浮かんだのは、剣を返却する際のやり取りだった。

 すぐに懐に入れてあったショートナイフを出すも、威力が足りず先程までのように強烈な攻撃が繰り出せない。

 さらに。

 地面より二つの食人花が飛びだす。

 

「まだいたの!?」

 

「くっ………この糞花!!?」

 

 ティオナが驚きの声を上げ、ティオネはぶちぎれ始める次第。

 未だ【エアリエル】を纏っているアイズに攻撃が集中する。

そろそろ魔法をほどこうかと思った矢先。

 視界に逃げ遅れた少女の姿が見えた。

 そして、そのもとに食人花の蔓が向かっていて……。

 

「ッ!!」

「アイズ!?」

 

 アイズは即座にその場に向かい、そして。

 捕まった。

 

 

***

 

 

「大丈夫ですか!?」

 

 悶え苦しんでいたところにギルドの職員であろうハーフエルフの女性が駆け付け、治療のためにここから離れると言いだす。

 嫌だ、とレフィーヤは強く思う。

 必死になって立ち上がろうとするレフィーヤに職員はおろおろとするものの、食人花に捕まった彼女の姿を見て息をのみ、それから話しだした。

 

「……【ガネーシャ・ファミリア】の救援がもうすぐやってきます。彼等にまかせて早く退避を!」

 

「っ!?」

 

 痛む体に我慢しきれずくの字に折るレフィーヤに、ギルドの職員は必死に宥めてくる。

 【ガネーシャ・ファミリア】。武装した彼らならばきっとアイズ達を救い出してくれるだろう。負傷しているレフィーヤよりははるかに彼女たちの力になってくれるに違いない。

 ここから先は全てゆだねてしまえ、と痛みに軋む体もそう訴えかけてくる。

 ぐっと喉をつまらせ、何かを思うように顔をうつ向かせたレフィーヤは―――――左手を握りしめ、立ち上がる。

 

「……っ!?」

 

「――――私はっ、私はレフィーヤ・ウィリディス!ウイーシェ森のエルフ!神ロキと契りを交わした、このオラリオでもっとも強く、誇り高い、眷族(ファミリア)の一員!逃げ出すわけにはいかない!」

 

 言葉は力に変わる。

 魔法同様、自身を奮い立たせて力の本流をとりもどしたレフィーヤは、ふらつく体を必死にこらえ、そして。

(わかってる。わかってるよ!)

 心の中で叫ぶ。

(私なんかじゃあ、あの人たちの足手まといにしかならないってことくらい!)

 自分はともすれば、アイズ達の足枷だ。

 これまでも、これからも。彼女たちに助けられて、守られていく。

 彼女たちを助けようと死力を尽くしても、最後にはきっと、遠ざけられる運命にある。

 大丈夫だからと言われ、傍にいることすら許されない。

 あのときのように。

(どんなに強がろうとも、私は彼女たちにはふさわしくない!)

 追い掛けても追いつけない。むしろ差は広がるばかり。

 劣等感にさいなまれる程、卑屈に陥ってしまうほどに、あの憧憬は遠過ぎる。

 心が折れてしまうほどに、彼女達は――――金色の彼女は強く、自分は弱い。

 でも。それでも。

 追いつきたい。追っていたい。

 助けたい。力になりたい。

 できることならば、一緒にいたい。

 自分を受け入れてくれた彼女達への、自分を何度も救いだしてくれた彼女たちの隣にいることを、許される存在でありたい。

 だから、自分にできることを。

 歌を、届けよう。

 

「【ウイーシェの名のもとに願う】!」

 

 距離は埋めた。

 群がるモンスターに狙いを定める。

 

「【森の先人よ、誇り高き同胞よ。我が声に応じ草原へと来たれ】」

 

 血反吐を吐き、幾度となく地面に倒れようとも、溢れる涙が止まることがなかったにしても。

 追いすがる者には、追い掛けること以外許されない。

 

「【繋ぐ絆、楽宴の契り。円環を廻し舞い踊れ】」

 

 意思は折れる。何度でも折れる。

 そのたびに新たな意思を生み、ただそれを直し続ける者がいるだけのこと。

 

「【至れ、妖精の輪】」

 

 歩みの遅い自分が、遥か先を行く彼女たちにも聞こえる歌を。

 例え振り返ってもらえなくとも、耳に届け、助けになるならそれで構わない。

 自分だけに許された歌を、どこまでも。

 この魔法(うた)を、届けよう。

 

「【エルフ・リング】」

 

 魔法名を噤むとともに、魔法円(マジックサークル)の色が山吹色から翡翠色に変化した。

 

 収斂された魔力に、ティオナにティオネ、そしてアイズが気付く。

 アイズ達に群がっていたモンスター達も、より強い魔法の気配に、その源へと、振り返った。

 

「【―――――――終末の前触れよ、白き雪よ、黄昏を前に渦を巻け】」

 

 詠唱が続く。

 完成したはずの魔法にさらに別の魔法を繋げる。

 ――――魔法の習得数には限りがある。

 【ステイタス】に表示される魔法の数は最高でも本来三つ。つまり、どんなに才能溢れる者でも三種類の魔法のみしか操ることはできない。

 【九魔姫(ナインヘル)】の二つ名を持つ、エルフの王族(ハイエルフ)であるリヴェリアは、それぞれの魔法の詠唱分を調整することによって、計九種の魔法を操ることができるが、それ以外ではありえることのないことだ。

 

 そんな中で、彼女が最後に習得した魔法は―――召喚魔法(サモンバースト)

 

 同胞(エルフ)の魔法に限り、詠唱及び効果を完全に把握したものは己の必殺として行使する、前代未聞の反則技(レアマジック)。二つ分の詠唱時間と精神力(マインド)を犠牲にし、彼女はあらゆるエルフの魔法を行使できる。

 その魔法にちなんでオラリオの神々が彼女に付けた二つ名は、【千の妖精(サウザウンド・エルフ)】。

 

「【閉ざされる光、凍てつく大地】」

 

 今回召喚するのはリヴェリアの一つ目の攻撃魔法、【ウィン・フィンブルヴェトル】。

 全てを凍てつかせる氷の攻撃が、時も、全てを凍らせる。

 

「【吹雪け、三度の厳冬――――我が名はアールヴ】!」

 

 拡大する魔法円(マジックサークル)

 その魔法のきらめきに三体全ての食人花がレフィーヤの元に殺到するが……。

 

「はいはいっと!」

 

「大人しくしてろッ!この糞花ッ!!」

 

「っ!」

 

『!?』

 

 神速とばかりにモンスターの拘束から逃れた三人が妨害する。

 その姿を目にしながら、レフィーヤは最後の詠唱を噤む。

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」

 

 三条の吹雪。

 射線上からアイズ達が退避した後、大気をも凍てつかせる純白の氷がモンスター達に直撃した。

 凄まじい魔法により、三体全部が氷の像のように固まり、動きを停止させる。

 

「ナイス、レフィーヤ!」

 

「散々手を焼かせてくれたわねぇ、この糞花がッ!」

 

 渾身の回し蹴りを放つティオナに、キレたティオネが氷の像と化したモンスターを粉砕していく。

 アイズはいつの間にかアイズが庇った犬人の少女を腰に抱いたロキに、潰された露店の剣を渡され、そのまま粉砕作業へと移行した。

 

「あ……」

 

 限界を超えた体の酷使により倒れ込もうとするレフィーヤの元に三人が駆け寄ってくる。

 

「レフィーヤー!ありがとー!!ほんと助かった~!!」

 

「テ、ティオナさん!?」

 

 傷ついてるのもお構いなしに、ティオナがレフィーヤに抱きつく。

 顔を真っ赤にレフィーヤがするが、ティオナが本心から言っていることが伝わってきて、まんざらでもないように頬を緩める。

 どこか安堵したようなその表情に、アイズも素直な言葉を送った。

 

「ありがとう、レフィーヤ」

 

「アイズさん……」

 

「リヴェリアみたいだったよ……すごかった」

 

 目を見開いた彼女は、感極まったような照れたような複雑な表情を作り、うつむいてしまった。頬が、顔全体が林檎のように赤く染まる。

 

「ほいほい、まだ仕事残ってるでー」

 

 ぱんぱんと、ロキが手を叩いて場に割り込んだ。

 

「まだ脱走したモンスター全てを討伐し終わったわけやないからな。今からでも倒しに行くで。あ、ティオネ達は地下の方行ってもらっていい?」

 

「わかったわ」

 

「レフィーヤは怪我がつらかったら治療しに行ってきてな」

 

「あ、はい、わかりました」

 

「アイズたん。うちもついてくからモンスター倒し行くで」

 

 一旦この場で別れ、残りのモンスターを追う。

 行く先は、『ダイダロス通り』――――――

 

 

***

 

 

 歓声が上がっていた。

 アイズ達が着いたころにはすでに、最後のモンスターは倒された後だった。

 倒したのはあの少年―――――兎のような白髪の少年、ベル。

(すごいね……)

 アイズは知らないうちに称賛していた。

 あれだけ辛い目にあってもめげず、駆けだしの冒険者らしいのに11階層に出現するモンスターを討った……アイズにはそれが奇跡ではなく、彼が努力した結果だろうと感じた。

 

 その後、ロキを伴ってギルドに報告に行く途中、妙な人物がその場を見ていることに気付いた。

 視界に入るまで気配すら感じなかった小人族(パルゥム)の槍使い―――槍を持っていたから―――は、こちらに気付くと微笑んできた。

 アイズは会釈をしてその場を立ち去る。

 見たこともない人物。誰としての覚えもない。

 ……ただ。

(似てた……フィンみたいだった)

 【ロキ・ファミリア】団長、【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナを思わせるその物腰と構え。

(相当強い……もしかしたら私よりも―――)

 彼の正体を知る日はまだ、先だ。

 

 

***

 

 

 薄暗い部屋。

 魔石灯の明かりは一人の老神を映している。

 そこに、コツコツと。

 靴を鳴らして現れる小人族(パルゥム)

 それはアイズが見かけた彼と同じだった。

 

「……ブライ」

 

 老神が声をかける。

 ブライ、と呼ばれた彼は姿が映るところまでくると、口を開いた。

 

「今回の騒動は女神フレイヤの『魅了』によって引き起こされたものだ。確認したから間違いない。今度キツく言っておくよ」

「ああ。頼んだ」

 

 今回の騒動――――怪物祭で扱われる筈のモンスターを開放し、街に混乱をもたらした脱走事件だ。

 

「それに関してはわかった……だが、あのモンスターは違うだろう?」

 

 まるで、老神は神フレイヤがやったことが全てわかっているかのように問いかける。

 

「そうだね……多分、ウラノスの考えている通りだと思うよ」

「ああ。それについては私もそう思う」

「フェルズ」

 

 フェルズ、と呼ばれた者はウラノスの横より姿を現した。

 全身を黒いローブで覆い隠しており、全貌は明らかではない。

 

「……ダンジョンで一体、何が起きようとしている……?」

 

 ウラノス――――ギルドの長である老神ウラノスは疑問を言葉にする。

 

「分からないが……そのうち向こうから仕掛けてくるはずだろう。……それよりブライ。そちらは現在どんな状態だ?」

「……彼女達は全員までとは言わないけど11人中7人が集合しているよ。それに、僕の隠れ家には今、『×××××』に彼女達が揃ってる。首尾は万全だよ」

「そうか。なら良かった。……そろそろだろうな」

「覚悟はいいのか、ブライ?」

「あぁ。出来てるよ僕に関してはね」

 

 そう、小人族(パルゥム)の彼は言ってから―――――――

 

 

「さて、死んだはずの奴が突然現れたらどう思うかな?【闇派閥(生き残りども)】?」

 




これで第一巻の内容は終わりです。
次からは二巻に入りますが、スピードを上げたいと思います。
かなり端折ると思いますが、どうぞこれからも宜しくお願いします。
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