続・やはり俺たちのオラリオ生活はまちがっている。 作:シェイド
しかも前回よりも長い。
楽しみにしてくださっていた皆さん、申し訳ありません。
「ねぇねぇ、ダンジョンの長期探索に行かない?」
いつも通りの朝を迎えた黄昏の館内の食堂で、ティオナが言いだした。
怪物祭からすでに一週間が経過した日のことだ。
「……行く」
「わ、私も行きます!」
「私はめんどくさいから行かな」
「ちなみにフィンも誘うつもりー」
「行くわ」
「「……」」
相変わらずのティオネの変わり身の早さ……どのくらいフィンが大好きなのだろうか。
アイズとレフィーヤはお互いに顔を見合わせ(レフィーヤはアイズで妄想し始めた)、少しだけ考えてみたが何か嫌な予感がしたので思考をやめる。
「じゃあ決まりー!早速フィンのところ行こうよ!」
食事を終わらせ、四人は執務室にいるフィンの元に向かった。
執務室は黄昏の館内の北にある尖塔にある。
隣はガレスの部屋、そして反対側……誰かの部屋が存在しているが、立ち入り禁止となっている。
もはや誰もが当たり前とばかりに気にも留めないで通り過ぎる中、アイズはその部屋を見つめる。
「フィンー、入るよー?」
執務室に着いたティオナ達はノックし、所在を確かめた後ドアを開けた。
フィンの私室にもつながっている執務室―――――――【ファミリア】の首領の部屋は、相応の広さがあった。内装は壁一面を埋める本棚、色鮮やかな花冠を彷彿とさせる絨毯。縦長の大型時計。主に茶色を基調とした落ち着いた趣のある部屋の中でも、白い石造りの暖炉はよく映えている。フィンは室内の奥、その小柄な体格には不釣り合いなほどの大きい執務机についていた。
「何だお前達。ぞろぞろとやって来て」
「あ、リヴェリア様、いらっしゃったんですか?」
書類の束に目を通しているフィンの隣にはリヴェリアの姿もあった。
朝食後、派閥の総務を行うため、二人で部屋にこもっていたらしい。団長の少年を補佐する【ファミリア】の副団長は、羊皮紙を片手にアイズ達に目を向ける。
「相談っていうか、ちょっとフィンと話したいことがあるんだけど」
「ンー、少し待っててくれるかい?そろそろ一区切りつくから」
ティオナの申し出にフィンは書類から顔を上げずに答えた。
綺麗な青色に輝く万年筆の動きを止めず、淀みなく署名らしき文字を書きつけ、真隣に立つリヴェリアから次の羊皮紙を受け取って行く。
………しばらくの間待っていると、ようやく最後の一枚になり、そこに署名を書きつけたフィンが顔を上げた。
「よし、待たせたね。それでなんだい、話したいことって?」
「実はですね……ティオナ達がしばらく探索に出かけたいそうなんですけど、もし団長もよかったらと……」
ティオナではなくティオネがずいと前に出て説明する。
迷宮滞在の許可と同伴を訪ねられると、彼は、「ああ、いいよ」とあっさりと承諾した。
「僕もそろそろダンジョンには潜ろうとは思っていたからね。たまには気ままに、じっくりと探索をしておきたいし」
派閥の首領として、『遠征』では常に団員達を統率する立場であるが故に、私的な迷宮探索もたまには楽しみたいとフィンは笑う。「じゃあフィンも決まりねー」とティオナがにこやかに笑い、また自動的にティオネの参加も決定した。
「せっかくだし、リヴェリアもどうだい?最近は雑務に追われていただろう?」
「……そうだな。では私も行かせてもらおう。私たちが留守の間は、悪いがガレスに任せるとしよう」
リヴェリアもフィンの提案に乗り、これでアイズ達を入れて六人。
レフィーヤを除けば五人が第一級冒険者と、豪華なパーティが出来あがった。
「あ、このことはベートには内緒ね!聞いたら絶対ついてくるし、ついてきたらうるさいし」
まだ根に持っているのか、ティオナは意地の悪い笑みで釘を刺す。
フィン達は苦笑を浮かべつつ、いっぺんに派閥の主力が出払うのもどうかと考え、特に異議は挟まなかった。
「それじゃあ、各自準備を行って、正午にバベルに集合と行こうか」
『おー!』
片腕をつきあげるティオナとティオネを真似て、アイズも恥ずかしがるレフィーヤとともに控えめに右手をのばす。
リヴェリアが場を委ねるように両目をつむる中、一同はフィンの提案に賛同するのだった。
***
数えきれない冒険者が行きかう北西のメインストリート、通称『冒険者通り』。
空から綺麗でまぶしい陽光が降り注ぐ中、亜人たちは慌ただしく迷宮探索の準備に追われている。
今日もダンジョンへ潜ろうとする冒険者たちを前に、通りは賑わいに満ちていた。
「まずは【ディアンケヒト・ファミリア】に行こう!」
「うん」
ティオナとアイズは【ディアンケヒト・ファミリア】のお店を目指していた。
補給が困難極まるダンジョンにおいて、長期間滞在するというのなら、武器や道具、物資は必要以上に揃えておく必要がある。多少荷物になったとしても、不測の事態を見越しておくことが冒険者の心構えというものだ。
ティオナとアイズは談笑(ほぼ一方的にティオナが話してる)しながら店に入った。
「今日はアミッドいるもんね。よーし早速カウンターに……」
「……」
そこで二人の目に入ってきたのは―――――――
「だからお前あざといって……ん?誰か来て……」
若い狼人は店内に入ってきたアイズ達に気付き、そして時を止めた。
嘘だろ……といったような感じだ。
「先輩?どうかしたんですか……あ」
そんな狼人の様子に気づいたヒューマンの女の子はこちらに目を向け、そして何かを納得したかのような顔を見せる。
気のせいだろうか。アイズには一瞬彼女が笑ったような気がした。
「あー!!あの時の狼人だ!」
「……こんにちは」
ティオナが思い出したように大声を上げ、アイズは軽く会釈する。
ティオナがいったように、亜麻色の髪のヒューマンの少女と会話をしていた狼人は、『豊穣の女主人事件』でベートを一撃で気絶させた狼人その人に間違いなかった。
アイズは改めて彼を観察した。
身長は180Cあるかないかくらいで、ベートとほとんど変わらないだろう。髪の色は黒色が主体で、少し灰色のところもあった。
服は黒色のT-シャツで、防具などは一切身に付けていない。だが、腰に剣が帯刀してある。綺麗な黒色の鞘に納められたその剣は、アイズが見る限りかなりの業物だろうと推測できる。第一級武装かもしれない、とアイズは内心で思った。
「……【剣姫】に【
「先輩それ硬すぎませんか?」
「ちょ、お前来い!」
話している途中でいきなり亜麻髪の少女の手を握り、カウンターの隅まで移動する。
何故だろうか。彼が亜麻髪の女の子の腕を掴んでいるだけなのに、むっと心がもやもやする。
「お前、前に説明しただろ?俺が【ロキ・ファミリア】の面子と接触する際には余計な口は出すな」
「でも、先輩さっきのはないんじゃないですか?」
「でもじゃない。とりあえず余計なことは言うな」
「……はーい」
小さい声で話しているため会話までは分からなかったが、なにやら結論が出たらしく先程いた場所に戻ってくる。
「さっきは悪いな。気にしないでくれ」
「ふむふむ……。それで君は名前なんて言うの?」
「俺か?……俺はグレイス。グレイス・レイヴァーンだ」
「グレイス君はどうやってあの時あのうるさい狼を気絶させたの??ねね?」
「あ?ああ、あれか……ただ単に足を真上に突きあげて下におろしただけ。所謂踵落としってやつだ」
「なんであんな強いのー?あたし見えなかったんだよ!【ファミリア】はどこ?Lvは?」
戻って来るや否や、ティオナがグレイスを質問攻めする。すっかり置いてけぼりになってしまったアイズと亜麻髪のヒューマンは自然と会話に移った。
「【ロキ・ファミリア】のアイズ・ヴァレンシュタインさんですよね!私は【ディアンケヒト・ファミリア】構成員の
「あ、はじめ、まして」
「私達すっかり置いてけぼりですね~」
「そうですね……」
「敬語じゃなくていいですよ?あまり年変わらないと思いますし」
「……そう」
「……き、今日はどうされたんですか?」
「少し長期のダンジョン探索を行うから、ポーションとかを買いに……」
「わっかりました!とりあえず冒険者用のハイ・ポーションとマジック・ポーションの各20本持ってきますね」
彼女はそう言うとカウンターの奥に消えて行った。
改めてティオナ達に視線を移す。
「一個ずつにしてくれ。さすがに一辺には無理がある」
「じゃあ一つ目!ズバリ所属は!?」
「内緒だ」
「Lvは!?」
「内緒」
「もう~!全部内緒じゃ~ん!!」
「いや、だってお前、初対面の相手にどうしてそこまで教える必要あるんだ。情報漏洩は基本的に避けたいんだよ」
「じょうほうろうえい?」
「あ、そういや双子の妹の方は基本バカだったか……情報漏洩ってのはまぁ、機密情報が漏れること、渡したくない見せたくない情報が漏れることだ、わかるな?」
「むぅ~なんか最初の方馬鹿にされた気がするんだけどー」
「……そういやなんでここに来たんだ?【ロキ・ファミリア】また『遠征』か?」
「『遠征』じゃなくて、ただ長期でダンジョンに潜るだけー」
「金稼ぎとか?」
「そうそう!私は武器の借金返済のためー。それでアイズはむがっ!?」
「……」
アイズはティオナが自身にあるレイピアの弁償金について話そうとしたことを察知して、ティオナの口を全力で塞ぎに行った。
何だろうこの感じ。なんか知られたら大変なことになる気がする……!
アイズは突如として襲ってきた悪寒に身震いした。
「なんでも、ありません……!」
「そ、そうか。それより【剣姫】、そろそろ手を離してやらないと【大切断】が苦しそうだぞ?」
「っ!ご、ごめんティオナ」
「うぅ~アイズ力強過ぎるよ……」
「……ごめん」
思っていたよりも全力を出していたようだ。目の前でティオナがぜぇーぜぇー言っているのが良い証拠だ。
それからはオラリオの事情や他愛もない話を三人でしていると、カウンターの奥からパタパタと駆け足の音を響かせながら、一色がポーションなどを運んできた。
「あざとい」
「な、なんでですか!?」
「パタパタさせすぎだろ。お前、こっちでもそれで行くのかよ」
「何言ってるんですか?これ普通ですよ普通!」
「このゆるふわビッチめ……」
「なんですかそれー!?」
「あの、ポーション……」
「ああ?ゆるふわ系のビッチに決まってんだろ。前にも言った」
「知ってますよ!ていうか、客の前でそんなことよく言えますね!」
「【ロキ・ファミリア】の面々はお前じゃなくてアミッドに会いに来てるつーの。第一自己紹介から始めるのがおかしいだろ」
「あの、その」
「おかしくないですよ!元はと言えばすべて先輩のせいですかね!」
「……?」
「私がこうして【ディアンケヒト・ファミリア】に
「いやいやいや、俺は提案しただけだ。
「そういう先輩は何のファミリアか教えてくれないじゃないですか!」
「ちょっとストーップ!!」
運んできたらいきなりグレイスと一色が慣れたような入りにくい会話空間を創造し、珍しく声をかけに行くアイズを無視して意味の分からないことを言いあったため、さすがにティオナがストップをかけた。
すると、店の奥から新たに女の人が現れる。
「何事ですか?」
彼女がアミッド・テアサナーレ。【
「聞いてよアミッド!この二人がいきなりイチャつきはじめてさー」
「……へぇ、そうですか」
「いや、あの、アミッド……さん?」
アイズには、アミッドの背後に般若が見えたような気がした。
グレイスを見れば心なしか冷や汗をかき、後ずさったようだ。
「……うちの新米が申し訳ありません。後ほどしっかりと言っておきますので……特に男の方には」
そう言ってからキッ!とグレイスを睨むアミッド。
対するグレイスは全力で顔を背けていた。
「ポーション等はこれくらいでいいですか?」
「うん!ありがとうアミッド!あ、何か欲しいものはある?30階層までは必ず行くだろうから、教えてくれたら私たち、取って来るよ!」
「よろしいのですか?それでは……
「ん?
「しーっ!何言い出すんですか!」
「……わかった!
「10本でいいですか?」
「うん、10あれば足りるよ」
懇意にしているアミッドの頼みも快諾しながら、アイズとティオナは道具を山ほど買いこんでいった。
「さて、罰は何が良いですかね……?」
「わ、私道具の数を数える当番でした!すみません!」
イロハが言い訳を言いながら奥へと逃げ、この場にはアミッドとグレイスの二人だけになる。
「……じゃあ俺も帰「期待してますね」……悪かったよ」
二人にしか分からないやり取りをした後、グレイスは一人、店を出て行った。
***
「よし、これで全員そろったね」
アイズとティオナがバベル付近に行くと、すでにフィン達は揃っていた。
「ごめんごめん。ちょっと人と会ってさ」
「人?あんた知り合いとかいたの?」
「いるよ!」
「……あの時の狼人に会った」
「……本当かい?」
「そうそうびっくりしたよね!【ディアンケヒト・ファミリア】の新人の子と話してて
さー。仲良かったよね?」
「……」
(ア、アイズさんが少し不機嫌な顔してるー!?何があったの??)
「まあ、その話はダンジョン内で詳しく聞こう。出発しようか」
フィンの言葉に従い、全員がダンジョンへと向かった。
***
『えへへ~』
あるオラリオ内の家の中。
一人の少女が機嫌良さそうに笑っていた。
……いや、語弊がある。
一人の宙に浮いている水色のドレスを纏った少女が、機嫌良さそうに笑っていた。
『何かあったのですか?』
そんな少女に話しかけるのは一人の女性だ。
メイド服を着ている女性は現在、裁縫をしていた。
そのため、裁縫をしながら声だけをかけている。
『もちろんだよ!よくぞ聞いてくれたね!久々に彼が私を使ってくれるんだ♪』
『そうですか……羨ましいです』
『え?え?ちょっと待って!僕それ知らないんだけど!』
メイド服の女性と少女の会話に入ってきたのはまたも少女だった。
『ふふーん!知らないんだ××!だったら相棒の座はそろそろ私になるかもね!』
『……それは僕に対する宣戦布告とみていいのかな?』
『そんなのいつもやってるよ!』
『この、ちょっと最近調子に乗ってきたな!?僕の力を見せてやる!』
『望むところよ!』
二人の少女がじりじりと間合いを計り、いざ取っ組み合いを始めようとしたところで―――――
『やめとけ』
二人の間に光が走る。
『俺達が勝手をやればロードに迷惑がかかる。そんくらい分かるだろ』
『うぅ』
『ご、ごめん』
『……このことを報告すりゃ二人脱落、か』
『うわあああああああああごめんなさいごめんなさい!!』
『それは駄目それは駄目!』
『笑える』
『う、うああああああああ!!』
ある場所で。
こんなやり取りがあり、彼女達が誰なのか――――――――知る人は誰もいない。
知っているのは、彼だけだ。
***
アイズ達はほぼ予定通りにバベルを発った。
ダンジョンに入ってからは早速『ゴブリン』や『コボルト』が現れ、一瞬で追い払われる。道すがら前衛に配置されたティオナとアイズがばったばった敵をなぎ倒していると、そのうちモンスターの方が恐れをなして彼女たちの前に立ちふさがるモンスターの数が減って行った。
周囲の
アイズ達はあっという間に『上層』を超え、『中層』の17階層半ばまで足を進めた。
「あー、やっぱ
「ティオナさん、作り直してもらっていた武器、完成してたんですか?」
「うん!《ウルガ》二代目!できたてほやほやだよ~!」
レフィーヤの問いにティオナは、片手で持った
以前のものと比べ若干剣身の厚みが増し、一方で鋭さも増している。アイズの《デスぺレート》以上の費用をかけられて作られている
「【ゴブニュ・ファミリア】の苦労が浮かぶわね……」
ため息をつきながらティオネが倒したモンスターから魔石を摘出する。
サポーターを兼任するレフィーヤとともに、彼女は筒型のバックパックに戦利品を収集していた。フィンやリヴェリアがゆるりと傍観する中、アイズの屠った『ライガーファング』からも魔石を摘出し、ドロップアイテム『ライガーファングの毛皮』が採取される。
代剣の弁償費のためにも戦闘は積極的にしていかなければならないが、本番はここより更に下部の階層である『下層』、そして『深層』からだ。
基本的にダンジョンは下に行けばいくほど出てくるモンスターが強くなり、資源も珍しいものや上質なものが多くなる。強いモンスターから摘出される魔石は強さによって純度が上がり、『ドロップアイテム』も希少な品として換金価格が跳ね上がる。アイズ達第一級冒険者程の実力があれば、中層よりも下層や深層で探索を行った方がはるかに効率が良い。
目標金額4000万ヴァリスの道のりは遠い。アイズはこっそりむんと気合を入れながらも、少し疑問が浮かぶ。
(あの狼人……グレイスさん。あの人はどうやってお金を稼いだんだろう……)
最高峰の効果を持つ
それも、アイズ達【ロキ・ファミリア】のような強い派閥でもなければ―――――――
***
順調に、それでいてかなりの速度で迷宮を進んでいたアイズ達は18階層に到達した。
18階層は別名『
階層内の天井にはびっしりと水晶が生えており、それぞれが光を発することで地下でありながら『空』が出現している。この『空』は時間によって水晶の光量が変化し、『朝』『昼』『夜』の時間帯を作り上げる。また、その時間帯の変化は一定ではないため、地上とは時差が発生している。
発光する水晶は18階層の名物とも言っていい。天井だけでなく階層内の至る所に生えており、その美しい光景はこれまで多くの冒険者たちを魅了してきた。
「ねぇねぇ、どうする?このまま19階層行っちゃう?」
「
18階層に到達した時、最初に現れるのは大草原だ。位置的には南に位置しており、19階層へと続く道は北にある。そしてその西方に位置している場所に街はある。
森を抜けて高台の方に進んでいくと、木の柱と旗で作られたアーチ門が姿を現す。
そこに記してある街の名前は『リヴィラの街』。
中層域に到達可能な限られた上級冒険者達が運営する、ダンジョンの宿場町である。
現在の街は334代目だ。
たまに上層のほうから現れるモンスターの群れなどに襲撃され、リヴィラが壊滅するたびに立て直しをしてきたため、このような数字になっている。
ギルドとの違いはそこにあった。
ギルドはその場所を必ず守護しなければならないが、リヴィラの街の場合、冒険者達は危機を悟れば地上に帰還し、そして時期を見てもう一度立て直すのだ。
意地汚い冒険者のしぶとさを象徴するようなこの街を、侮蔑と呆れ混じりの称賛を込め、『世界で最も美しい
「突っ立ってないで早く入りましょう?一休みもしたいし」
ティオネの呼びかけからアイズ達は街へと足を踏み入れる。
湖に面した所に位置する街は、水晶と石の地形を利用した造りになっており、モンスターの襲撃にも耐えられる構造になっている。
アーチ門をくぐったアイズ達の目に飛び込んできたのは、天幕や木の小屋、あるいは出店風の多くの商店だ。断崖の斜面に折り重なるように設けられた店々は街の再築が容易な低費用のものばかりで建物と呼べるようなものはほとんどない。その町並みは集落と言った方が想像しやすい。
そんな街並みを眺めながら、レフィーヤはこれからの予定を確認するように口を開く。
「買取所で魔石やドロップアイテムを引き取ってもらって、それから……」
「宿はどうするの?またいつもみたいに森の方でキャンプ?」
「ンーそうだね、今回くらいは街の宿を使おうか。野営の装備も持ってきてないしね」
「でも団長……一週間くらい寝泊まりするとしたら結構な金額になると思いますよ?ここはリヴィラなんですから……」
街には武器屋や道具屋のほかに、魔石等の換金を行う買取所も存在する。言わずもがな冒険者達が運営し、客層を冒険者に絞っている街の店々は、同時に物価が恐ろしく高い。
携行食一式や中古の片手剣に0が四つ以上並ぶ値札の光景は、いっそ詐欺かと嘆きたくなるほどだ。地上の数倍の値段で取引される品々は、ダンジョン内では補給もままならない冒険者の事情を見越してのものである。
無論宿屋も例外ではない。
「ティオネケチ臭ーい。いーじゃんたまにはさ」
「けち臭い言うな!というかあんたお金借金してるんでしょ?普通は遠慮しなさいよ!」
ティオナとティオネのやり取りに、笑みを漏らしたフィンが提案する。
「いいよ、宿代は全て僕が出そう。アイズ達はお金を貯めなきゃなんだろう?」
「……ごめん、フィン」
「こんなときくらいしかお金を使う機会がないからね」
請求される宿泊費の高さから大人数での『遠征』時は『リヴィラの街』を素通りするアイズ達だったが、団長の太っ腹な一言で宿の利用が決まる。
「……」
「リヴェリア、どうかしたのー?」
「街の雰囲気が少々おかしいな」
「そう言えば、いつもより人が少ないような……」
リヴェリアの言葉にレフィーヤも周囲を見やる。
アイズ達とすれ違う冒険者は片手で数えるほどしかいなかった。入口付近ではさほど気にならなかった人の気配も、街の中にある広場に差し掛かればさすがに違和感をもたらすようになる。
モンスターが生まれないダンジョン内では安らぎの場となっている階層の唯一の街ということもあり、19以下を探索する冒険者達の中でリヴィラを拠点にする者は数多い。酒を始めとした高価な嗜好品や、地上に戻らずとも戦利品を処理できる買取所の存在は、なんだかんだと言われながらダンジョンに長期で滞在する者たちに重宝されてきたのだ。
常に雑多というくらいのざわめきが絶えないダンジョンの街は、今は閑散と言っていいほど静まっていた。
「えーっと、どうする?」
「とりあえず買い取りに行って、そこで情報を貰おう」
フィンの言うことに従って、アイズ達は街の中にある買取り屋に向かうことにした。
***
買い取り屋で魔石とドロップアイテムを売り払うついでに聞けば、ある宿屋で冒険者が何者か……宿屋の主によれば女が冒険者を殺したらしい……事件が勃発したらしい。
その場にアイズ達はフィンを先頭に入り込み、その現場の部屋に突入した。
「おいっ、これはどういうことだ!?犯人は?」
「ボールス、ちょっと落ち着いてくれ。それがわかってたら苦労しないって」
現場に着くと、そこでは男性が二人、遺体を挟んで現場検証をしていた。
その内の一人がフィン達の存在に気付き、眉を吊り上げる。
「ああん?おいテメエ等、ここは立ち入り禁止だぞ!?見張りは何やってんだ!」
「やぁ、ボールス。悪いけどお邪魔してるよ」
怒るヒューマンの男に対し、飄々と返す。
筋肉竜骨の巨漢の男はそんなフィンを威嚇するような形で睨んでくる。
ボールス・エルダー。
この『リヴィラの街』で買い取り屋を営む上級冒険者だ。『オレのものはオレのもの、お前のものもオレの物』と言ってはばからない彼は、事実上街の大頭でもある。
各【ファミリア】の冒険者が集まる『リヴィラの街』では、ギルドの息がかかった者や領主は存在しない。煩わしいのを嫌う野蛮なものが多く存在するここは腕っ節だけがすべてだ。
街で最も強い冒険者であるLv.3のボールスは、緊急時に場を取り仕切る立場にある。伴って彼は『リヴィラの街』を利用する【ファミリア】の団長や団員とのかかわり合いも深い。
「僕達もこの街の宿屋を利用するつもりでね。落ち着いて探索に集中するためにも、早期解決に協力したい。どうだろう、ボールス?」
「けっ、ものは言いようだな、フィン。テメエ等といい、【フレイヤ・ファミリア】といい、強ぇ奴はそれだけでなんでも出来ると威張り散らしやがる」
「……アイツ自分のこと棚に上げてない?ねえ?」
ティオネがボールスのことを睨みつけ、必死にレフィーヤがなだめる。
「それで、状況はどうなんだい?」
「ああ……くたばった野郎は、ローブの女を連れ込んできやがった
「ん、少なくとも俺は宿に男と女のその二人しか通してねえよ、ボールス」
「どんな様子だったんだい?」
「昨日の夜に立った二人で来てよ。どっちも顔を隠して貸し切りを頼まれたんだ」
「たった二人なのに全て貸し切り……ああ、そういうことか」
「ああ、そういうことだ。あいにくうちの宿はドアなんて効いたもんはないからよ、喚けば洞窟中にダダ漏れだ。やろうと思えば除き放題だしな」
フィンは言わんとしていることを理解し、耳を傾けていたレフィーヤも何かを悟ったかのように、か~っと相貌を真っ赤に染める。
「まあ男の浮かれたような声になにしに来たのかわかっちまったからな、こっちは白けたが、もらうもんはもらっちまったし……くたばっちまえなんて思いながら部屋を貸したら、このざまだ。ぞっとしちまったよ」
軽い調子で語るヴィリーだったが、その顔には肝を冷やした名残が残っていた。片手を首にまわす彼は参ったように重いため息をつく。
リヴェリアが悼むように遺体の潰れた頭部へそっと布を被せる中、フィンは質問を続ける。
その後ロープの女は顔は分からないが体付きがいいこと(その件ではティオネが犯人扱いされプチキレした)、そして死んだ男のステイタスを見たリヴェリアとアイズにより、死んだ男がLv.4の冒険者であることが発覚。
つまりはLv.4を殺せる者……同等かそれ以上の殺人鬼が街に潜伏していることを意味する。
その結果ボールスにより街全体の冒険者が集められ、大捜索が行われ始めた。
「よし、これで全員だな」
「よく揃ったね」
「ああ。号令に従わなければ街の
「それに一人でいるのは恐ろしい、か」
すでにLv.4が殺されたことは街全体に伝わっている。誰もが一人でいることに恐怖を感じていることだろう。
「さて、何からすればいい?」
「まずは無難に身体検査や荷物検査といったところかな」
「うひひっ、そういうことなら……」
フィンの助言にいやらしく笑うボールスは、顔を上げて女性冒険者たちに叫んだ。
「よおし、女どもぉ!?体の隅々まで調べてやるから服を脱げーッ!!」
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!』
ボールスの叫びに男子冒険者が熱烈な歓声を上げる。
諸手を上げて俄然やる気を漲らす浅ましい男たちに、ふざけんなーッ!死ねーッ!と女冒険者達から大顰蹙の声々が飛んだ。
「馬鹿なこと言っているな。お前達、我々で検査するぞ」
「はーい」
「うん」
「男のこの無駄な団結力ってなんなの?」
「わ、わかりました」
雄叫びを上げる男たちを放っておき、リヴェリアが検査を受け持つため歩み出る。声をかけられたアイズ達もそれに従った。
ぶーぶー、と男性冒険者が野次を飛ばす中、アイズ達は横一列に並び、それぞれの女性冒険者に対応しようとする。
「それじゃあこちらに並ん、で……」
自分の前に列を作るように言ったレフィーヤの声が、不自然に途切れる。
彼女の視線の先、女性冒険者達を見向きもせず、ずらりとフィンの前に長蛇の列を作っていた。
『フィン、早く調べて!?』『お願い!』『体の隅々まで!!』
「………」
多くの
【
オラリオにおける女性冒険者人気の一、二を争う、第一級冒険者だ。
「あ・の・アバズレどもッ……!?」
「ちょっとぉ、ティオネ!?」
「離しなさい!?団長が変態どもに狙われているのよ!!?」
フィンに殺到する女性陣を観てブチ切れるティオネ。暴走寸前の姉を必死に羽交い絞めするティオナは「鏡を見てから言いなよ!」と叫び散らす。
『フィンが押し倒されたぞ!』
『いや、お持ち帰りされた!』
「―――――うがああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
男性冒険者の悲鳴が響き、ティオネがついに暴走する。
広場は大混乱に陥った。
「うん、と」
「もう、なにがなんだか……」
乱闘を止めようとリヴェリアとティオナが慌てて介入する中、閉まらない雰囲気が辺りに充満していた。
「……?」
ふと。
困ったように視線を泳がせていたアイズの視界に入り込んだ広場から逃げるように去っていくロープの少女。
「―――――行こう」
「は、はい!」
その不審な人物を放置する選択肢はなく。
声をかけるアイズにレフィーヤは頷き、急いで彼女の後を追った。
***
「ハア、ハア、ハァ!」
少女は走っていた。
変な予感はあった。
依頼主は全身黒ずくめであったし、何故かダンジョン内で依頼されたし、内容も不可解なものだった。
でも報酬に目がくらみ、つい受けてしまった。
違ったのだ。
昨日運搬物の引き渡しで顔を合した男が殺されていた。
やはりあぶない物件だったのだ。
Lv.4が軽く殺されてしまうほどの依頼だったのだ。
自分などが軽い気持ちで受けていいものではなかった……!!
「ハア、ハア!」
少女はひたすら、逃げるように走る。
(こんなことなら、アスフィに言ってアイツに来てもらうんだった!)
胸中で、そんなことを思いながら。
続きます。
ですが遅くなるかもです。