僕は誰だったんだろう。
3歳になったときから、たまに思うことだ。
僕には、僕じゃない誰かの記憶がちょっぴりある。
まあ、だからといって僕は誰なのかというジレンマには陥らない。
僕は僕で、僕の過去の線上に“俺”という人が居たというだけだ。
繊細な人なら、それでも混乱するのだろうけど、幸いにして僕は図太いらしい。
認識としては、そんなもんだろって感じだ。
それに、この記憶で僕はちょっとだけ得をしている。
この世界の秘密を知っているからだ。
実は、この世界は、魔法少女リリカルなのはシリーズを下敷きにした世界なのだ。
時代は、古代ベルカとか後に呼ばれる時代。
厳密には、魔導科学による人体強化の末に生み出された、王たちの群雄割拠の時代だ。
詳しい知識は無いけれど、『知識』によると、聖王女オリヴィエなんて呼ばれることになる女性と、同じくらいの年に生まれたらしい。
その他にも、この世界の未来に当たる情報を、いくつか知っている。
凄いアドバンテージだ。
まあ、凄いアドバンテージではあるけど、凄いだけで別に切り札にはなりえないんだけども。
というか、世界の未来を知っていたとしても、一個人が未来をどうにかできるとか、マジで思ってたらそれは凄いことだと思う。
直ぐに救急車を呼ぶべきだ。
この世界にまだ救急車とかないけど。
僕は転生者とか呼ばれる存在であっても、別に転生特典みたいなすごい力なんてないんだから。
よくあるテンプレみたいに、めちゃくちゃすごい力で無双して、問題を解決するなんて行為は僕にはできないのである。
というかそもそも、そんな問題解決は権力とか持ってる偉い人のすることで、力を持った個人ができることなんてあんまりないものだ。
僕が生まれた家は、ちょっとお父さんが可愛いけど、それ以外は普通の家庭だ。
別に王族とか、聖王家とかに関わりがあるような、特別な家じゃないし……お父さんが可愛いけど。
お母さんは、ちょっと覇気っぽいのが漏れてるけど、普通に家事とかしてるし。
おじいちゃんは、めっちゃ覇気が漏れてるけど、めっちゃニコニコして書斎とかに居るし。
お父さんは、可愛いし。
家も、めっちゃ草原が広がっているような田舎に、ポツンとあるこぢんまりとした一軒家で、豪邸とかじゃないし。
使用人とか居ないし。
めっちゃ普通の家だ。
ただ、たまに汚いオッサンとか、ムキムキの人が何人も来て、家の裏手のグラウンドっぽいところで訓練しているのは、ちょっとビジュアル的にどうかなって思う。
まあでも、それでいっかなって。
この世界のこの時代、めっちゃ戦乱期一歩手前だけど、平和に過ごせるならそれに越したことは無いのだ。
男として、魔法ってファンタジーに興味が無いって言えば嘘になるけど、まあちょろっとそれで遊べたらいっかなって。
そんな感じ。
とか、思っていた時期が僕にもありました。
「あらためて、5歳の誕生日おめでとうジゼル」
「ありがとう! おかあさん!」
「はい」
「? えっと、これは?」
僕の5歳の誕生日の事だ。
その日、覚えている限りで最も盛大にパーティをしてくれて、有頂天を極めていた僕に、お母さんはプレゼントを渡してくれた。
「見ればわかるでしょう? 木剣よ」
「うん、それは見ればわかるよ」
「それじゃあ、何が疑問なのよ」
「なんで、誕生日に木剣?」
「分からないの?」
「分からないです」
僕のマジ口調に、お母さんはお父さんを見て言った。
「え? 分かってないの?」
「だろうね」
「ぽやぽやしてる子だと思ってたけど、ちょっと度が過ぎてない?」
「まあ、図太くはあるかな」
お母さんは、あらためて僕に向き直って言った。
「ジゼル」
「はい」
「ウチ……マリアージュ家は、武家です」
「はい……え?」
「武家です」
「武家だったんですか」
「だったんです」
武家?
武家。
武術の家。
武術で戦う人たちの家系。
「ええーーーーっ!」
「マジで言ってんのかよコイツ!」
「おちついてローズ、口調口調」
「おっといけない」
一瞬、今までのお母さんのイメージからかけ離れた
僕んちって武家だったのか。
「武家って事は、騎士の家系ですか?」
「あーいや、まあそうね」
「ローズ、ちゃんと言わないとこの子には伝わらないよ?」
「……そうだった、クロン頼んだわ」
「しかたないなぁ……ジゼル」
「はいお父さん」
「マリアージュ家は、大体1000年くらい前から聖王家に直接仕えている、名家だよ」
「マジっすか」
「さっそく覚えちゃってる……そう、マジなの。超名家なの」
「ということは、たまに来る汚いオッサンとか、マッチョとかは部下ですか?」
「き、汚いオッサン? マッチョ? どこで覚えてきたのそんな言葉」
「お母さんから」
僕は即答した。
あの人は誰ですか? とお母さんに聞いたら、「あの汚いオッサンとマッチョの事?」とか聞き返されたんだもの。
正直、その印象が強すぎて、その後の名前を忘れました。
「……ローズ」
「だって! ボーマンとかシトレンってそんな感じじゃない!」
「いや、うん、否定はできないけどもっとなんかあったでしょう」
「だってー!」
あ、そうだボーマンとシトレンだ。
汚い方がボーマンで、マッチョがシトレンである。
「えっとね、あの二人は部下ではないかな。一応、ローズの同僚かな」
「パシリよ」
「ローズ!」
「だってー!」
さっきから、お母さんの幼児退行が酷い。
お母さんは、お父さんにベタ惚れなので、あまり強く出れないのだ。
「おほん! ウチに来る人は、大体お母さんの同僚だけど、部下もいます」
「居るんだ」
その割には、いつも家に居ないだろうか。
そんな重量な役割任されていないのかな?
「入っちゃダメって言われてるお部屋あるでしょう?」
「ありますね」
「あそこに転移のためのゲートがあって、普段はあそこから出勤しています」
「な、なんだってー!」
昼から夕方にかけて、出かけていないはずなのによく居ないと思ったら、そんなものがあったとは。
「そんなわけで、ウチは武家なのです」
「分かりました。それで、木剣に何の意味が?」
「え? 分からない?」
「分かんないです」
僕は真顔で言った。
「それじゃあ、ハッキリ言うけれど」
お父さんは、可愛いお顔をキリっとさせながら僕に言った。
正直、聞きたくないんですが。
ダメ?
「明日から修行を始めます」
「そんなー」
僕の平和な日常は、終わりを告げたのだった。