夜明けの先で、待ってて   作:昼夜米主義

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『日常』(ただの)の第二話

僕の平和な日常に、唐突に起こった修行編。

5歳の誕生日から始まった修行は、苛烈を極めた。

現代地球の日本だったら、児童相談所に相談されたらぶっちぎりの一発アウトなくらいだ。

でも残念ながら、ここって古代ベルカなのよね。

 

「無駄な事を考えない!」

「はひぃっ!」

 

ブンッとかビュンッなんて生易しい風切り音ではなく、ビッというような頭に当たったら一発で死にそうな音を立てるお母さん……母上の木剣を間一髪で避け、それまでのアホみたいな思考を追い出す。

 

「まったく、今のを避けられるくらいなんだから、才能は有るのよ? もっとしっかりしなさい」

「はい、ごめんなさい!」

「返事は良いんだから……次いくわよ!」

「ひぃっ!」

「腰が引けてるっ!」

「かふっ」

「首を出さないっ! 腕を犠牲にしてでも体の中心は守りなさいっ!」

「ぷげっ」

 

一発目の薙ぎを、体を逸らしてぎりぎりで避けた僕のどてっぱらに、母上は容赦なくヤクザキックを叩きこむ。

それで突き出された頭を、げんこつでぶん殴った。

木剣じゃないだけ有情である。

 

「目が良いのはいいけれど、一点を見すぎよ。目が良いから、一発目はそれなりに速くしても避けられるけど、見えてないから……見てないから視覚外から蹴りなんて叩き込まれるのよ。全体を見なさい。全体を」

「全体を」

「そう全体を」

 

母上の全体を、顔を、手を、体を、足を、持ってる剣を見る。

こうだろうか?

 

「へぶゅ!」

「それは私しか見てない! 全体を見なさい!」

 

見てたら、横からなんかを腹に叩き込まれた。

見ると、魔力弾をぶっこまれたらしい。

色からしてお父さんのだ。

 

「卑怯じゃない!?」

「ええ、卑怯ね。でも貴方今ので確実に死んだわよね」

「修行だよね!」

「ええ、修行よ。殺し合いの修行だわ」

 

バッサリといわれた。

まあ確かに、殺し合いで卑怯な事されて死んでも、卑怯だからって生き返れない。

死ねば終わり。

まあそうだけど。

 

「全体を見るということは、戦場を見るということ」

「あ……」

 

母上の目をみて気が付いた。

母上は、僕を見てる。

僕を見てるけど、注視していない。

僕を含めた、視界の“全体”を見てる。

視点が、僕を中心としていないのだ。

僕を見ながら、僕を視界の端に入れながら周囲を見てる。

つまり、全部見てる。

 

「戦いが激しくなって、相手に注視してしまうのは分かる。だから、思考を分けなさい」

「分ける?」

「ええそうよ、思考を分けるの」

「難しくない?」

 

それってるまり、右手で傑作の絵画を書きあげながら、左手で超大作のピアノを弾くみたいな事じゃないの?

ついでに両足でタップダンスも入れていい。

無理じゃね?

 

「ローズ、覚える順番違うんじゃないかな」

「ええ? 【注視】と【全体視】は一応できてるし、それに私は5歳には教わる前からできていたわよ」

「そりゃあ君は天才だからね」

「……天才って言うの、やめない?」

「まあそれは置いといて、一応【戦場眼】は基本だし、マルチタスクが出来れば応用ですぐにできるようになるだろうけど、それ以前に、普通マルチタスクは教わらないとできないよ。適正もあるし」

「そうなの?」

「そうだよ。これだから感覚派は。お父様も含めて、君らみたいなナチュラル戦闘人が最初から使える技能は、普通は教わらないとできないよ」

「そうなんだ……」

「まったく」

 

お父さんの鶴の一声で、しばらく剣の修行からマルチタスクの習得に科目が変わりました。

やったー! これからお父様と呼ばせていただきます。

 

「あ、とはいっても基礎訓練はそのままだからね」

「そんなーお父様ぁ!」

 

痛いのは嫌だけど、辛いのも嫌なんですが……。

 

そんな俺は知らなかった。

マジの“辛い”っていうのは、今から僕の身に起きる事だって。

知らなかったんだ。

 

 

 

さて次の日。

朝の訓練を終えて、吐きそうになりながら昼食をとった僕は、お父様の部屋に呼ばれた。

ちなみに、基礎訓練のメニューは木剣を持っての走り込み→打ち込み用のぶっとい鉄柱への打ち込み→走り込みのループを延々と繰り返すだけ。

繰り返すだけといっても、気を抜けば魔力弾が飛んでくるし、吐いても終わらない。

マジ辛い訓練だ。

 

「さて、これからマルチタスクを教えるわけだけど、あまり関係ない事柄を同時に思考するのはやめるようにね」

「え? いや、そのためのマルチタスクなんじゃないの?」

「うーん、そうだけどそうじゃないんだ」

「ええ?」

 

じゃあ、なんでマルチタスクなんてするんだ。

 

「正直、一つの事柄に集中した方が、パフォーマンスは向上するよ? というか、当たり前だよね。同レベルなら、集中している方が上手くできるのは確かだよ」

「じゃあなんで必要なんですか? デバイスに任せれば効率が良いのに」

「まあ、高級機を使えば済む話だけど、ここでのマルチタスクはちょっと違う。多数の物事の同時処理じゃないんだ」

「マルチタスクってそういう意味では?」

「そうだね、だから混乱するんだけど……マルチタスクというより、思考の分割(マインドスプリット)の方が正しいかな。平行じゃなくて分割……並列なんだよ」

「分割ですか」

「そう、分割。ナチュラルにできるお父様やローズみたいな例もある通り、ウチでは基本中の基本で名前すらついてないけど、奥義としているところもあって【分脳法】なんて呼んでる流派もあるよ」

 

そんなスゴイ技だったのか、マルチタスク。

聞いたところによると、その流派は才能が無くても、晩年には分割数が30に届くらしい。

まあ、そのころにはボケも入ってあやふやらしいが。

ダメじゃん。

 

「真面目に、名前の変更を検討した方が良いのでは? マルチタスク」

「まあ、マルチタスクなんて呼ばれるに至った経緯とかもあって、伝統的にそう呼んでるんだけど、まあ普通は勘違いするよね」

「そうなんですか」

 

めんどくさい伝統とかもあったものである。

つまり、複数の思考行動を平行して行う――ように見えてるだけで、別のプロセスが働いているわけだ。

 

「まあ、ジゼルに長ったらしい原理を説明しても、多分途中で思考がどっか行っちゃうだろうから、簡潔に覚えちゃおっか」

「ええー」

 

できらば、長ったらしく時間をかけて覚えたいです。

 

「……まあ、その思考がどのくらい続くのか、試したくはあるかな」

 

ぼそりとお父様がつぶやいた言葉を、聞き取れなかったのは一生の不覚だと思う。

 

 

 

 

 

「ひぎぃ……」

「大丈夫? 歩ける?」

この歩ける? は、疲れていないか聞いたものではない。

文字通り、()()()()()()()()聞かれたのだ。

 

マルチタスクは、なんとことはない。

脳が二つある状態を考えて欲しい。

二つある脳で、一つの体を動かす。

これが、【マルチタスク】の正体だ。

 

あれから一か月。

ひっどい訓練を受け続けた。

どのくらい酷いかというと、歩く神経とか混線して、手を振っていたりするくらい酷い。

最初のころは、生命維持すら困難になったほどである。

 

後で聞いた話だが、ナチュラルにできない人は本来、一年くらいかけてゆっくり覚えていく技術らしい。

それをスパルタで一か月で覚えさせるとか、鬼だよこの人。

 

「ん、歩けるようだね。マルチタスク習得おめでとう!」

「ありが、とう、ございまし、た」

「あれ? 言語野がおかしくなってる?」

「……いえ、ただ頭が、疲れ、てるだけで、す」

「そう、明日もそんな感じだったら言ってね?」

「……は、い」

 

最近の日常である。




次話は12時投稿予定

10:19 誤字修正
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