「……うん、まあ
「あり、がとう……ございました」
「んーやっぱ技術的な面はクロンに任せた方が良いか」
「是非、そうしていただけると……」
相手の動きに注意して、
視界の全てを視界から
マルチタスクを、戦闘用に最適な状態で運用する
この三つを合わせたものを、マリアージュ流戦技『戦場眼』という。
僕が、修行が始まってからの1年で、習得したものの全てだ。
正しくは、走り込みと打ち込みで得られた体力と、母上との模擬戦による僅かな経験もあるが、文字通り“習得した”と言えるのはそのくらいである。
見て盗むとかいう行為を、母上は期待しているようだが、無茶言わんで欲しい。
そんなことできたら、もうちょっと修行は楽になっているはずである。
「それじゃあ、今日の修行は終わりよ」
母上のその言葉で、べちゃりとその場で崩れ落ちた。
ああ、上記に上げたものの他にも、習得できたものがあった。
少なくとも、修行を始める前より根性は、習得できたと思う。
「お疲れ様、ジゼル」
「うえぇぇ……」
やってきたお父様から「はいこれ」と渡された水筒に、僕は顔を歪ませて溜息を吐いた。
これは、簡単に言ってしまえばお薬である。
見もふたもない言い方をするが、1000年近くの品種改良によって、僕……というかマリアージュ家の人間は、筋肉の質や、付き方、骨格から密度まで、普通の人間よりも“戦闘向け”な体をしている。
その身体をもっと強靭にするための、いわば改造薬である。
これが、恐ろしく体が拒否する。
味だとか、舌触りだとか、そういったマズいとか何とかなレベルの話じゃない。
文字通りに、体が、本能が拒否するシロモノである。
「……ぉぇっ……ぅぷっ」
「僕自身、コレを飲んでたし、嫌なのは分かるよ? でもね、一応調合の研究してるんだけどね、これに何か別の要因を混ぜたら一瞬でパァになるほどに繊細な調合なんだ」
“だから、我慢して飲みなさい?”
これを飲み始めた頃の、お父様の口癖である。
お父様自身、めちゃくちゃ同情した視線を送ってくるので、悪態をつこうにもつけない。
なので、拒否する体を抑え込んで、無理やり喉を通していく。
えずき、吐きそうになるが、それを抑え込む。
「この薬が効くのが、だいたい10歳くらいまでだから、それまで頑張りなさい」
「年を速く取りたいと思ったのは、コレを飲み始めてからですよ」
「普通は、もっと別な要因で速く大人になりたいと思うものだけどね」
そういうが、お父様の顔は“僕もそんな感じだったなぁ”という遠い場所を見る目だ。
「それで、お父様はどうしてここに?」
「あーうん、明日からメニューが変わるから、その連絡だよ」
「? そんなことで態々? 晩御飯の時に言えば良いじゃないですか」
「そうなんだけど……まあ、覚悟は早めにしてもらった方が良いかなって」
「……もしかしてですが、悪い知らせですか?」
「もしかしなくても、ジゼルにとっては悪い知らせかな」
「……聞かないとか、ダメですかね?」
「ダメです」
無慈悲な。
「明日から、午前の基礎鍛錬は終了します」
「え?」
「その代わり、本格的に戦技の習得に入ります」
「……マジっすか」
「マジだよ」
フルボッコタイムが、午前にも追加されるのか……。
「午前の戦技習得は、僕が担当します」
「――――――ヒィッ!」
よみがえる
「こ、今度こそ僕を殺すつもりですかっ!」
「まあ、死ぬ思いはするだろうけど大丈夫! 絶対に死なせないから!」
「死ぬ思いとかしたくないです!」
「ダメ!」
「そこを何とか!」
「無理!」
「そんなー!」
それって、基礎鍛錬より地獄じゃないですかー! やだー!
「午後の打ち合いだけど、これまでは木剣をただ打ち合っていただけだけど、明日から本格的になるみたいだよ」
「は?」
「少なくとも、午前に教えた戦技は使ってくるみたいだから、本気で頑張るように」
「お、お慈悲をぉおおお!」
「大丈夫だよ、いくらローズでも加減くらいは知ってるから!」
「その加減って、死ななきゃ安いとか、そういうヤツですよね!」
「……」
「こっちを見てくださいよぉおおおお!」
顔を逸らしてこっちを見ないお父様の肩をつかんで、がっくがっくと揺さぶる。
それだけは勘弁してほしかった。
死ねないって言うのは、死ぬよりも辛いことだと思うの。
僕の肩を掴んで、がっくがっくと揺さぶる涙目のジゼルを見ながら思う。
この子は、結構才能がある。
感覚派なローズやお父様のような、教わらなくても見れば理解できるような、跳びぬけた才能はない。
僕みたいな、自分の身体を自在に
というかローズは一般人から生まれたけれど、その才能は
僕は僕で、ローズとは別ベクトルの、類を見ない化物だ。
でも、ジゼルも負けてない。
だって、僕はできないと思ってやったんだから。
わざと死ぬほど辛い、下手をしなくても後遺症を残すような方法をとった。
だって、僕はジゼルに才能を感じてなかったから。
戦闘民族なんて呼ばれるマリアージュの人間でも、別にみんながみんな戦闘人として生まれてくるわけじゃない。
というか、比較的戦闘に向いた人間が生まれてくるのは確かだが、マリアージュ家でも僕やお父様のような
そしてジゼルは、そんな稀な人間じゃなかった。
前にローズが言ったとおりだ。
“5歳のころには出来ていた”。
『戦場眼』が出来ていたわけじゃない。
『戦場眼』を含めた、殺し合いの
僕も、流石にそこまでではないが、今のジゼルくらいの時にはジゼルの40倍は強かった。
お父様は、どうかは知らないけれど、あの【灰燼】とまで呼ばれたバロンクゼルの事だ、ローズと同レベルだったのは想像に難くない。
だが、ジゼルは違う。
あの子は、違ったのだ。
だから、ローズとの修行をさせないために、あの子を壊そうと思った。
出来る限り、致命的に。
腕の一本や二本、不随にする程度に。
それをあの子は、乗り越えた。
乗り越えてしまった。
そして、習得してしまった。
このころに気が付いたのだ。
ジゼルライドの才能に。
ジゼルは“身体で覚える”タイプだ。
身に刻まれて、習得していく人間だ。
このタイプは長生きをしない。
命の危機に瀕した時に、それを乗り越える方法は、乗り越えた後にしか習得できない人間だからだ。
殴られないと覚えない人間と言っても良いだろう。
生きていないと、生き残れない人間だからだ。
だから、僕は限界まで――限界を超えてジゼルを責め続ける事にした。
マリアージュの人間は、今まで老衰で死んだことが無い。
常に、戦場で命を散らせてきた。
だから、少なくとも。
ジゼルが、ジゼライドがその命を散らせる『意味』を見つけるまで。
生きていられるように。
ああ、自己中心的な男だ。
そんなに死なせるのが嫌ならば、足でも捥いでしまえば良いんだから。
本当に愛しているなら、そうしなくちゃならなかったのに。
マリアージュの人間として、それが出来なかった。
だから期待してしまう。
ジゼルが戦えなくなってしまうのを。
でも、無理なんだろうなぁと思う。
だって―――――
「お父さま?」
僕とローズの、子供だから。
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