「それじゃあ、今回の目的を説明するよ」
雪山へと向かう飛行船の上、リュオンが言葉を落とした。
このクエストの目的が調査だとは聞いているものの、その詳しい内容は知らないから助かります。まぁ、どうせ簡単な内容でないことは確かなんだけどさ。
「モミジも聞いていると思うけど、現在雪山では異常が起きているんだ。どうやら雪山の生態系がおかしくなっているらしい。それで僕たちの目的はその原因の調査と解決だよ」
そんなこと初めて聞きました。
そういえば、ポッケ村の村長の横にいたやたらと貫禄のあるアイルーがそんなことを言っていたような気もするけど……
「調査ねぇ……俺はそういう細かいことが苦手だな。とりあえず、雪山にいる強そうなモンスターを狩ればいいってことだろ?」
そして、そんな言葉を落としたのは、リュオンとパーティーを組んでいるレッジというハンターだった。
体格もそうだけど、その性格も分かりやすそうなもので助かる。まさに戦闘民族といった感じ。まぁ、別に仲良くなるつもりはないんだけどさ。
ちなみに、姉はいないらしい。ホント、あの時すれ違ったハンターとそっくりなんだけどなぁ……
「最終的にはそうなるだろうけれど、まずは原因を見つけないとだよ。モミジ、このことに関して何か知っていることはあるかい?」
「残念ながら私は何も知らないわ」
雪山でそんなことが起こっていることを今知ったくらいなのだから。
生態系に異常が起きたって原因を普通に考えると、強いモンスターが現れたってことになると思う。よほど獰猛な性格をしているか……天災を引き起こすあの古龍のような存在が現れたとかそんな感じ。
とはいえ、流石にG級の古龍を相手にできる自信はない。
「了解。それじゃあ今回はモンスターとの戦闘はできる限り避けて調査をメインにしよう」
そんな流れで、このパーティーでのハンター生活は始まった。
とはいえ、リュオンが言っていたように、このパーティーでの活動は調査がメインとなるのは本当らしく、例えモンスターを見つけたとしても戦闘になることはなかった。そのことをレッジは不満に思っていたけれど、戦闘をしなくて済むのならそれが一番だ。
今のところは本当にただの調査だというのにも関わらず、リュオンからもらえる報酬金はかなりの額で上位モンスターのクエスト1回分よりも多いくらいだった。私としては有り難いことだけど、ほとんど何もしていないのにこれだけもらうのは少々気が引ける。まぁ、もらえるものはもらうんだけどさ。
「今日もお疲れ様。残念ながら今回もこの異変の原因はわからなかった。とはいえ、異常が続いているのは確かだ。明日も引き続きよろしく頼むよ」
毎度恒例となってしまった、クエスト後の打ち上げ。
リュオンが言ったように、未だに異常の原因とやらはわかっていない。それでもギルド曰く、本来は雪山の奥にいるモンスターが下りてくることが多くなっているらしい。まるでその住処を追い出されたかのように。
今回でもう5回目の調査となってしまっているけれど、こんな調子で大丈夫なのかしら? 焦ったところで仕様が無いのはわかっている。
ただ、気づいた時にはもう全てが遅い。私たちが戦っている相手はそんな理不尽の塊のような存在なのだから。私たちの物語はそういうものだ。昔から。いつだって……
「おう、お疲れ様だな。それにしたってもう少し情報とかはないのか? このまま続けたって解決できる気がしねぇぞ」
豪快に麦酒を呷りながらレッジが言葉を落とした。
随分と荒っぽい考えだけど、それには私も同意する。私はただの手伝いなのだし、そこまで気にする必要はないのだけど、このままじゃモヤモヤとしたままだ。
「うん、それは僕も分かっているのだけど、他にやりようがないんだ。とりあえずもう少しだけ続けてみよう」
リーダーがそういうのなら仕方ない。了解しました。
はぁ、最初に考えていたよりもずっと長いクエストとなりそうだ。そろそろあのバカだって騒ぎ始めるだろうし……やることが多いなぁ。
まぁ、何をやればいいのかなんてわからないんだけどさ。
また明日、とリュオンたちと言葉を交わしてから集会所を出ることに。
そして、集会所を出て直ぐにあのバカを見つけてしまった。
「おっ、モミジじゃん。お疲れ様、今日のクエストは終わったのか?」
「まぁね、それにしてあんたは何をやっているのよ」
あのレウスとの戦いで負った傷はもう治ったらしく、今じゃ元通りのバカとなってしまっている。確か、今日は採取クエストへ行くと言っていたはずだけど……
「うん? ああ、全男性の夢を叶えるためのアイテムの提案をしていたのと、ネコートさんに用事があったんだよ」
全男性の夢を叶えるアイテムって何よ……まぁ、どうせろくなものじゃないんでしょうけれど。
それで、ネコートさんっていうのは確か、よくポッケ村の村長さんの横にいるやたらと貫禄のあるアイルーの名称だったはず。ホント、あのアイルーは何者なのかしら。
「んで、モミジの方はまだ解決できそうにないのか?」
「……そうね、あとどれくらいかかるのか分からない感じ」
元々私はこういう調査みたいなことが苦手なタイプだ。あのレッジほどではないと思いたいけれど、何も考えずにモンスターと戦っている方が合っているんだろう。
「そっか……モミジなら大丈夫だと思うが、気を付けてくれよ? あっ、もしアレなら俺も一緒についていってやろうか?」
「あんたがいると余計に危ないわよ」
ミナヅキならまだしも、このバカがいるのは流石にマズい。私の精神的にも。
「まぁ、他の奴らとクエストへ行くのはいいが……浮気しちゃダメだぞ?」
蹴りを入れておいた。
それから相変わらず何が楽しいんだかわからないけれど、へらへらと笑うバカと一緒に自宅へ。
そうやってあのバカと一緒に歩いている状態がなんだか、当たり前のようなことに感じて……それがなんだかむかついたから、何となくアイツにまた蹴りを入れておいた。
◆ ◆ ◆
そして、その次の日。
もう当たり前のようになってしまった雪山の調査をしている時だった。
「リュオン! 今回ばっかりは問題ないよなっ!」
「……そうだね、流石にこれは戦闘を避けられそうにないかな。モミジ、申し訳ないけれど、僕たちはこのモンスターと戦ったことがないんだ。指示をお願いするよ」
雪山の山頂から少しだけ降りた場所。マップでいうとエリア6。私たちの前にモンスターが現れた。
氷牙竜――ベリオロス。
大きく発達した特徴的な牙と雪色に溶け込む白銀の体躯。飛竜種の中でも知能と活動性、そして危険度も高いモンスター。
おとなしい性格をしているモンスターではないけれど、その時のベリオロスは明らかに興奮していた。リュオンが言っていたように戦闘を避けるのは無理だろう。
「了解。レッジは弱点である頭を! リュオンは私と一緒に翼にある棘を狙って! それを破壊できれば機動力を一気に落とせるから」
ただ……貴方にだけは負ける気がしない。
気持ちを切り替える。左手に持っている剣の重さが増した気がした。
雪山の冷たい空気を吸い込む。全身をめぐる血液が一気に冷めるあの感覚。
そんな感覚が……どこか心地良かった。
口へ入れ、噛み砕いた怪力の種を鬼人薬グレートで流し込み、怪力の丸薬を口に含めば準備は完了。
雄叫びをあげながら殴りかかるレッジを横目に狙うはベリオロスの翼の縁にある棘。
そして頭へ殴り掛かったレッジとほぼ同時に、私もベリオロスの棘へジャンプ斬り。攻撃後、直ぐに横へローリングをすると、私が攻撃した場所と全く同じ部位へ、ボウガンから放たれた弾が直撃した。気持ちが悪いほどに正確な狙いだ。
そして、レッジの2発目の攻撃が頭へ入ったところで、ベリオロスは怯んだ。その瞬間に口へ含んでいた怪力の丸薬を飲み込む。
たった20秒間のドーピング。でも、この20秒間の私は案外強かったりする。
体勢を整えてから再びジャンプ斬り。さらに、斬り上げ、斬り下ろし、水平斬り、斬り返し、回転斬りのコンボを一気に叩き込む。
確かに私の使っている武器、片手剣の一発一発の威力は低い。けれども、狙った部位へ一気に攻撃を叩き込めるこの武器の火力は、想像よりもずっとずっと高かったりする。確かに大剣やハンマーほどの豪快さはないかもしれない。それでも、高い機動力と臨機応変さを持ったこの武器は強いんじゃないかな。
定点コンボを入れてからローリング。私が攻撃していた部位へボウガンの弾が直撃。そこで、翼にある棘の破壊を確認した。
……すごいってことはわかっていたけれど、こうして一緒に戦ってみるとG級ハンターっていうのがどれほどの存在なのか改めて理解させられる。
そして何より、パーティーで戦うというのがどういうことなのか初めて理解できたと思う。いやまぁ、あのバカとパーティーを組んでいるわけだけども、それはまた別のお話ってことで。
つまるところ……このパーティーならモンスターに負ける気がしなかったっていうこと。
「ふぅ……討伐完了だね。モミジとレッジもお疲れ様」
ベリオロスとの戦闘は何の問題もなく終了。戦っていた時間は本当に短かったと思う。ベリオロスは決して弱いモンスターじゃないし、私以外のふたりはこれが初見。それでも、こうしてあっさり倒してしまうとは……世界って本当に広いんだなぁ。
「噂にゃ聞いちゃいたが、モミジもやるじゃねぇか。どうだ? いっそ俺たちとパーティーを組んでみないか?」
まさかのお誘い。G級ハンターに私の実力が認められたようで、素直に嬉しかった。
「いや、それはダメだろう。モミジは既にパーティーを組んでいるのだから。僕だってモミジがこのパーティーに入ってくれれば嬉しいけれど、モミジにはモミジの都合がある」
はい、そうなんです。あのバカはまぁいいとして、私が離れてしまったらミナヅキが可哀想だ。それに私だっていつまでもポッケ村にいるわけではない。しばらくしたら元のギルドに戻らないといけないだろう。
「そうね、申し訳ないけれど、私は貴方たちのパーティーには入れない。でもありがとう、貴方たちのほどのハンターからこうして誘ってもらえただけでも嬉しく思う」
それは素直な私の気持ちだった。昔じゃ絶対にそんな言葉は出なかったというのに、なんというか……私も成長したのかなって思う。
ただ、どうして私が成長できたのかっていうことは考えないでおいた。少なからずアイツの影響を受けてしまっているのは事実なのだろうから。
久しぶりの戦闘も上手くやることができ、嬉しい言葉をかけてもらえたこともあって、いつもより少しだけ気分良く帰宅。ただ、帰ってきた自宅にあのひとりと1匹の姿は見当たらなかった。
なんだ、いないんだ……
極々自然に、無意識のうちに気持ちがこぼれそうになる。いやいや、何を考えているんだ私は。別にアイツと会いたかったわけじゃないというのに。
そんな自分のよくわからない感情にモヤモヤしつつも、その日はアイツが帰ってくる前に寝てしまった。
失って初めてソレの大切さに気付くことがある。今回は別にそういうことではないはずだけども……なんだろう、私の中の気持ちがざわついているのは確かだった。
そして次の日。
今日も今日とてリュオンたちと一緒に調査へ向かいましょうか。
リュオンたちとも話したけれど、昨日のようにベリオロスが雪山に現れるのは別におかしなことじゃない。けれども、あのベリオロスの興奮した状態は明らかに異常だった。だから、その日に何かが起きたっておかしくはなかったんだと思う。
まぁ、その時の私はそこまで考えていなかったのだけどさ。
「そんじゃ、俺とミナヅキはクエストへ行ってくるよ」
「うニャ、行ってくるニャ」
昨日、私よりも遅く帰ってきたはずのひとりと1匹は私よりも早くクエストへ出発するらしい。ぶんぶんと私に手を振ってくれるミナヅキに癒される。
そういえば、このひとりと1匹は今日何のクエストに行くのだろうか。最近は一緒にいる時間が少ないせいで、そんなことすら知らないことが多い。まぁ、ミナヅキがいるのだし、そんな危ないことにはならないと思うけれど。
そして、問題が起きたのはその後のこと。
寝起きで寝ぼけていたってこともあると思う。久しぶりにモンスターと戦い、その疲れもあったのかもしれない。
「……うん、気をつけてね」
そんな状態だったせいか、私の口からそんな言葉が落ちた。
まさか私がそんなことを言うとは思っていなかったから、私自身すごく驚いたし、それ以上にあのバカは驚いていたんじゃないかな。
いつも通りへらへらと笑っている表情から、急に心配そうな顔をするあのバカ。
「え……だ、大丈夫か?」
大丈夫なわけがないでしょうが、恥ずかしくて仕様がない。いや、ホントどうして私はあんな言葉を……
そして、心配そうな顔から今度は真面目な顔になったアイツが言葉を落とした。
「……今日の雪山は荒れる。今回ばっかりは本当に気をつけてくれ」
「うニャ。今日のモミジはちょっとおかしいから、気をつけるニャ」
何かの言葉を返さなければいけない気がした。けれども、そんな言葉に対して私は何も返すことができなかった。その時はとにかく恥ずかしくて仕様が無かったんです。
そんなんだから、ロロットからの助言もすっかり忘れてしまうことに。もしなんてことを考えたって仕様が無いけれど、そのことをしっかりと覚えていれば、この物語の内容はもう少しだけ変わったものとなっていたのかもしれない。
まぁ、それもこれも、全部あのバカがちゃんと言ってくれないのが悪かったのだけど。
ロロットとミナヅキがこのポッケ村へ来た理由。
ロロットいうハンターとは。
そんなものをようやっと知ることができたのはもう少しだけ先の未来お話。
◇ ◇ ◇
勇気と無謀は紙一重であるものの、踏み込み過ぎては戻れなくなってしまうこともある。
一時の感情に身を委ね、引き返せない状況とさせないため、そのような参事を引き起こさないため、飽くなき向上心と探求心溢れる君へこの手記を残したい。
どれほど耐久性を上げ、どれほど絶縁性を上げようが越えられない壁というものは存在する。いつの日か君がその壁を乗り越えてくれる日を楽しみにしているが、ひとりの先駆者として、君へ言葉を贈りたい。
フルフルだけはやめておけ。
zazami original 製作者より。
勇気ある君へ。