自己紹介を終えた紅葉にクラス中から拍手が送られ、ぜひ仲良くして下さい!などと声があちらこちらからあがっていた。
そんな中、正に空いた口が塞がらない暖人は紅葉の事をぼうっと眺めていた。キリッとした大きな目とニコッと綺麗な黒髪のポニーテール、微笑んでるその表情から快活そうな印象を受ける。加えて、むきたての卵のようなつるりとした肌、すっと通った鼻すじ、薄く形の良い唇、グラビアアイドルのようなスタイルは美少女と一言で言い表せた。
拍手が終わり担任から空いている席、暖人の左後ろの席に座るように促された紅葉は席に目を向けると、あ!っと声を出してパタパタと走り暖人の前で立ち止まった。
突然声をあげて、走り出し男子の前に立って深呼吸をしている紅葉にクラスの全員が驚きざわざわと喋り出す。
「紅葉さんどうしたのかな?」
「あの男子って日浦君だよね?あだ名はせっちゃんだったっけ?」
「知り合いなのかな?」
「それにしては様子おかしくない?」
クラス中が見ているなか、よしっと声を出して気合いを入れた紅葉に何をするのか気になりふっと静かになるクラス。担任は伝える事伝えたしホームルームの時間余ってるみたいだし、まぁいいか、と椅子を隅に移して座りぼんやり眺めていた。
「約束、覚えてるよね」
暖人はこの空気に混乱していたが、紅葉の真剣な顔を見てなんとか頭を回転させ言葉を絞り出した。
「・・・えっと、はい。覚えています」
暖人の返答を聞いて、目を閉じて腰に手をおいてうん、と大きく頷いた紅葉。みんなが事の成り行きを興味津々と見ている中、暖人は、
(なんで?!なんでこんな展開になってるの?!なんであの時告白したのか、なんで僕なんかにとか聞く雰囲気じゃないし、みんなこっち見てるし、というか会ったら会ったで気まずい感じになるんじゃないかなって思ってたけど全然違うし、想像の斜め上過ぎて考えがまとまらないよぉ。僕はこれからどうしたら・・・は!そうだ、ふ、冬樹君!!)
助けを求め、ちらりと視線を友人に向けると、
(知らん)
ふい、と目をそらされてしまった。暖人はたまらずにSOSを再度送る。
(ちょ、ちょっと待ってよ、僕、この空気耐えられないよ!!)
(あんな美少女とお知り合いだなんて・・・もげろ)
(前に言ってたよね!?)
(ああそうだな、末永くもげてろ)
けんもほろろな友人の対応にそんな薄情なと思っていると、ガシっと手を摑まれ暖人はハッと摑まれた手を見ると、白魚のような細くしなやかな手が自分の手をがっしり掴んでおり離さないぞと意思を伝えているようでもあった。
「え?」
「ほらほら、こっちに来て」
「え?」
引っ張られるままについて行き教壇に上がると、
「私たち・・・・・・恋人になりました!」
「「「「「「はあぁぁぁ!!!????」」」」」」
「暖人はもげろぉー」
突然の恋人宣言に騒然となるクラス。男子は、なんであいつなんだよと怨嗟の声を出し、女子はクラスに初カップル誕生だと黄色い声を出している。放心状態だった暖人はクラスメートの声で意識を覚醒しなんとか聞きたいこと聞こうと口を開きかけたが、ホームルーム終了を告げる鐘が鳴った。
「はいはいはい、チャイムが鳴ったのでホームルームは終わりだぞー。ほらほらみんな席に座ってー、日直は号令しろー」
パンパンと手をたたきながら担任が教壇に上がってきたので、暖人と紅葉は席に戻った。その際、紅葉は暖人の耳に顔を近づけて、
「後でゆっくり話そうね」
その声は楽しくて嬉しくてしょうがないといった声音で、異性からダイレクトに伝えられる好意に頭が茹で上がりそうになる暖人だった。
「えぇ~~、先生ぇ~これから2人には質問タイムじゃないのぉ~」
「そうだそうだ~」
「あーだめだ、高校生になったんだからメリハリはつけろよー。先生はこの後授業しに行くんだしお前らも授業の準備とかあるだろ。というか、これから時間なんてたっぷりあるだろ。ほら日直、号令」
先生にそう言われては仕方なくみんな静かになり、日直の起立、礼、着席の合図とともに挨拶をする。暖人は助かった、と思った。紅葉の席の周りには女子が集まり、やいのやいの質問責めにしていた。
暖人は女子はやっぱりそういう話しが好きなんだなーとぼんやり考えていると、
「はぁーるぅーとぉーくぅ~ん、ちょぉ~っとこっち来てくれないかなー」
薄ら気持ちの悪い猫なで声に暖人はぎょっとして声のした方を見ると、男子が廊下側席に集まっていて冬樹が代表してなのか笑顔でこっちに来いと手招きしている。暖人は付き合いからあれは笑顔だが本心は全く反対だと見抜いたので正直行きたくなかった、加えて、冬樹を含め周りにいる男子も殺気立っていたので行きたくなかった。一縷の望みをかけて先生に助けを求めたが、
(あれ?!もういない!?)
先生はもういなかった。現実は非情である。観念して男子団の下に行くと、冬樹が暖人の肩に腕を回し言い逃れは許さんキリキリと洗いざらい吐けと言ってきた。
「洗いざらいって言っても・・・先々月に遊園地でちょっと会ったってしか―――いったぁぁ!?」
暖人は後頭部からの衝撃に思わず声を上げる。冬樹の方を見ると手を手刀の形に構えていた。チョップされたらしい、何をするんだと目で訴えたが冬樹はどこ吹く風で、きりっとした顔で大柄の男子に裁判長と声かける、
「被告人の日浦暖人は嘘をつきました。こいつはその場で紅葉さんに告白されてます!」
「なんだとぉ!?」
「ギルティ」
「ギルティ」
「これはギルティ」
「うらやまギルティ」
一瞬で有罪判決にされそうな雰囲気になり暖人はたまらず声を上げる。
「ちょ、ちょっと待ってよ、告白されたのは本当だけど、あってその場でだよ。お互いのことなんて何も知らないよ!」
「ふむ、つまり被告人は何もしていない、紅葉さんの一方的な一目惚れで自分はなにもしていない・・・と」
「え?あ、いやそんな事言ってるつもりはないんだけど、ていうかこの茶番いつまで続く―――いったぁぁ!?痛いよ冬樹君!!」
「いいかせっちゃん。これは男子の願いなんだよ」
神妙な顔で語る冬樹にうんうんと頷く暖人以外の男子一同。二発も手刀をもらいジンジンする後頭部をさすりながら暖人は訝しげに目を向ける。
「何の話?」
「つまり・・・」
「・・・つまり?」
「どうやったら俺たちも紅葉さんみたいな美少女にモテるかだよぉぉぉぉ!!!!」
天を突き破らんと突き上げた腕に劇画チックに濃くなった顔で叫ぶ冬樹。周りの男子も同調しそうだそうだ!、俺もモテたい!、お前だけズルいんだよぉ!と好き勝手な事を言っている。
「僕だって告白された理由は知らないし、モテたことなんてないから何も言えないよ!あとその顔芸どうやってるの?!」
「そんなわけあるかぁ!万年、女子からの評価が『いい人だけどいい人止まりだよね』のせっちゃんに告白するんだから何か秘密があるんだろぉ!!先月もっとキッチリ聞いておけばよかったぜ!さあ、吐けぇ!!あと、この顔は嫉妬やらなんやらを込めると出来る」
「なんで僕の女子から評価を冬樹君が知ってるの!?っていうか知らないってば!!」
じりじりとにじり寄ってくる男子一同に暖人が恐怖していると、混沌(男子側のみ)とした雰囲気を打ち砕く様に予鈴が鳴り響いた。
「命拾いしたなせっちゃん。・・・みんなせっちゃんはホントに何も知らないみたいだし閉廷しようぜ」
いつの間にか顔が元に戻っている冬樹がそう言うと男子は自分の席に戻り授業の準備を始めた。県内でもそこそこの進学校なのでみんな基本的にはまじめなのだ。ひどい目にあった、と暖人も席に戻るとそこには紅葉が座っていた。
「あ、男同士の話し合い終わったの?大変だったね」
クスクスと鈴を転がすように笑う紅葉に、あははと苦笑するしかない暖人はどうしたのと声をかけた。
「あのね、―――あ、まずは自己紹介だね。さっきも言ったけど水上紅葉です。これからよろしくね!」
「えっと、日浦暖人です。よろしくお願いします。それでどうしたの?」
「それでね、女子の学級委員の
暖人が心音の方を見ると、ニマニマした顔で手をひらひら振っていた。
「あ、その、どうかな。迷惑じゃなければお願いしたいけど・・・」
「そんな!迷惑なんかじゃないよ!大丈夫だよ」
「ちゃんと話しがしたかったから良かったぁ。じゃあまた後でね、・・・放課後楽しみにしてるから」
「ここが屋上だよ」
「わ!結構広いんだね!」
放課後になり、暖人は紅葉を連れて学校案内をしていた、大方案内し終わって最後に屋上を案内した。鳥かごのようにすっぽりと屋上全体がフェンスに包まれているためか屋上の出入りは基本自由になっている。
ちなみに冬樹には事情を伝えて先に帰ってていいよと言ったら、ちょうどいいから最後に人がいない屋上を案内して聞きたいこと聞いてすっきりして来いよ。とアドバイスを送ってきた。アドバイスに従った結果、屋上には人はおらず話しをするには絶好の場所だった。
「あの、水上さん―――」
「ごめんなさい!」
冬樹は話しの口火を切ろうとしたら、紅葉が急に腰を90度に曲げて謝罪をしたので慌てて声をかける
「え!?急にどうしたの!?」
「今日は私いろいろ暖人君に迷惑かけちゃって、・・・返事も聞かないでみんなの前で恋人になりました~なんて言っちゃったし」
「迷惑だなんてそんな・・・」
「緊張したんだよ。初めて会った時に告白した時だって彼女がもういたらどうしようとか、二度と会えなかったらどうしようとか、暖人君のタイプじゃなかったらどうしようとかいっぱいいっぱい不安な事が出てきて大変だったんだから」
でも、と更に言葉を紡ぐ紅葉。
「それでも、それでもだよ、どうしようもなく暖人君の事が好きになっちゃってて、でもあの時断れるのが怖かったからおまじないをかけたの」
「おまじないって、もう一度会えたらって言った事?」
「そう!暖人君には私の事を頭から離れないように、私には会えた時にこの恋に全力投球出来るように」
「あはは、自分にもかけたんだ」
「うん。そうだよ。だからね・・・・・・そろそろ返事を聞かせてもらえないかなって、胸がドキドキしっぱなしでこれ以上は待てないの」
そう言ってじっと暖人を見つめる紅葉。考えるためにすっと目を閉じた暖人。結局なぜ自分に告白したのか理由が聞けなかった暖人だったが、目の前の女の子は本気で自分の事が好きで、考えて考えて告白してくれたのは痛いほど伝わった。そう思うと、胸の奥からじんわりと暖かい何かがが身体中に巡った。
目を開くと不安げにこちらを見て、祈るように両手を豊かな胸の前で握りしめている紅葉の姿があった。
(僕は水上さんの事がライクなのかラブなのか、紅葉さんみたいにはっきりしてないけど、それでも紅葉さんの傍にいたいっていうこの気持ちは間違いない!・・・言う事は決まってるよね)
「えっと、僕なんかでよければよろしくお願いします」
そう言ってぺこりと頭を下げる暖人。が、紅葉から何の反応もなく気になって頭を上げると、顔を下に向けて腰の両脇にある両手をそれぞれ握りしめプルプルと震えていた。自分が何かしでかしてしまったのかと焦り慌ててそばによると、
むぎゅ
暖人は紅葉に抱きしめられた。家族以外の異性に抱きしめられるなんて経験は暖人はなく固まってしまった。
「すごく嬉しくて思わず抱きしめちゃった」
(落ち着け僕!?水上さんはそういうあれな感じのじゃなくて、単純に嬉しくて抱きしめただけなんだ!だから、ほら、ちゃんと紅葉さんの気持ちを考えて行動するんだ。彼氏になったんだろ!僕は!)
なんとか劣情を抑え込んで少し余裕が出た暖人は
「あの、僕も抱きしめたほうが良いのかな?」
「・・・お願いしちゃおうかな」
暖人の腕が紅葉の細い腰にまわされようとしたその時、
「カァーー!!」
「「!?」」
二人とも驚きサッと離れてしまう。音のした方を二人はそっと見るとカラスがフェンスの上で鳴いていた。二人は先ほどまでの行為が急に恥ずかしく思えてきて夕日のように顔を赤くした。
「学校案内も終わったし帰ろっか。えっと、送れる所まで送らせてもらえないかな」
「ホントに!?ありがとうね暖人君!・・・えへへ、恋人感出てるね!もっといろいろしていこっか」
「え~と、精進します」
「ふふっ、期待してるね、私の暖人君!」
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