優等騎士の英雄譚   作:桐谷 アキト

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15話 紺碧と紅蓮の邂逅

 

四月の早朝。

つい二時間前の朝にしては早すぎる時間帯に軍務から帰還した蓮は制服に着替え、体育館へと向かっていた。

今日は入学式がある日だ。

在校生達は休みなのだが、生徒会や風紀委員会の生徒達は違う。

彼らは入学式の準備があるため、登校する必要があった。

新入生や来賓の誘導、役員達の配置の最終打ち合わせ、式直前のリハーサル等、新入生を迎え入れる準備があった。

 

前もって、委員長の千秋には陽香と凪を介して間に合わないかもしれないということは伝えている。だが、やはり間に合うのなら副委員長として参加しないわけにはいかなかったからだ。

式直前は最終打ち合わせやリハーサルの為に体育館の準備室にいるということを前もって千秋に聞いていた蓮は本部には向かわず寮から直接体育館の準備室へと足を運んだ。

準備室には既に生徒会と風紀委員会の殆どの面々が揃っていた。

その中には生徒会長の刀華と副会長の泡沫の姿もあり、刀華とは最低限話せるぐらいにはなったが、泡沫は今だに敵意を孕んだ鋭い眼差しで睨んでくる。しかし蓮にとってはもはやどうでもよく、その視線を流して風紀委員の面々へと視線を向けた。

 

「あ、おはようございます!蓮さんっ!」

「…おはよう、蓮さん」

「ああ、おはよう」

「おはよう、新宮寺君。間に合ったのね」

 

蓮が陽香と凪と朝の挨拶を交わした時、千秋が蓮に話しかける。

 

「おはようございます。委員長、ギリギリ間に合いました」

「そうね。ちょうどいいわ。これから最終打ち合わせを始めるから話を聞きながらそのプリントに目を通しておいてくれるかしら?貴方がいる場合の配置も考えておいたから」

 

そう言って、千秋は一枚のプリントを見せる。それは役員のそれぞれの役割を記したものであり、風紀委員の欄には蓮がいる場合といない場合の二種類がご丁寧に書いてあった。

 

「ありがとうございます、委員長」

「いいわよ、別に。じゃあ、刀華、そろそろ最終打ち合わせを始めましょう」

「ええ、そうですね。では、開始三十分前の配置から、来賓の誘導に……」

 

刀華は千秋の言葉に頷き、リハーサル前の打ち合わせを進めた。

 

 

△▼△▼△▼

 

 

式直前のリハーサルは無事終了し、本番の入学式もアクシデントもなく予定通り終了した。

そして、その後は生徒会は解散だが風紀委員会は校内の見回りがある。

風紀委員会は新入生が入学式初日に問題を起こせばそれを取り押さえる必要がある為、入学式が終わった後も、仕事があるものはまだ本部にとどまる。と言っても、新入生が入学初日に問題を起こすなど数える程しかない為、念の為、ということだそうだ。

今日の担当は蓮、陽香、凪の二年生組だ。

蓮は数日委員の仕事を空けてしまっていたからその埋め合わせの為、陽香と凪はその手伝いを希望していた。

 

そして、当の三人は今風紀委員会本部にいた。

彼等は本部で少し休んだ後、見回りをするつもりだ。

と、その時陽香が休憩中の蓮のところに近づき、生徒手帳のディスプレイにある映像を映しだし蓮に見せた。

 

「蓮さん、この動画は見ましたか?」

「ん?」

 

蓮は生徒手帳を受け取り、ディスプレイに映った映像を見る。

そこに映し出されていたのは、

 

「…黒鉄と…もう一人はステラ・ヴァーミリオンだと?何故訓練場にいるんだ。まさか来日した当日に二人は模擬戦をしたのか?」

「はい。ちょうど蓮さんが招集に行かれた日の午前中に、なんで模擬戦をしたのかはわかりませんが」

 

ふむ、と蓮は頷き動画の再生ボタンを押し、その模擬戦を見る。眉ひとつ動かさずにじっと無言でその映像を見る。

時間にしておよそ六分弱、映像が終わった時、蓮はディスプレイから目を離し軽く息をついた。

 

「どう思いました?」

「そうだな。今はまだなんとも言えないな」

「どういうこと?蓮さん」

 

蓮や陽香と同じく休憩中だった凪が訊ねた。蓮は再び動画を見返しながら答えを返した。

 

「負けてはいるが、彼女も実力はあるはずだ。体捌き、剣技、魔術、映像越しでも強いのはわかる。少なくとも、自分の才能の上に胡座をかいているようなものではないだろうな」

 

だが、と蓮は動画に映るステラ・ヴァーミリオンを見据える。

 

「これだけでは情報が少なすぎる。彼女の潜在能力、戦闘スタイル、伐刀絶技、まだ未知数だ。本当に知りたいのなら他人の評価を聞いて決めるのではなく、自分の眼で確かめた方がいい」

「それもそうですね」

「確かに」

 

確かにそれは道理だ。百聞は一見にしかずという言葉があるように、彼女の実力は実際に対峙して計らなければ分からない。

これには陽香も凪も同感だと頷く。

 

「じゃあ、ヴァーミリオンさんに決闘でも申し込むんですか?」

「いや、戦う気は無い。あっちが挑んでくるのなら話は別だがな。……それにしても、なんだ?この下らないコメントの数は」

 

蓮はディスプレイを下にスクロールし動画の下にあるコメント欄に書かれたコメントの数々を見て眉を顰め不快な表情を浮かべた。

この試合はヤラセだの。黒鉄本家が息子に箔をつけるためにヴァーミリオン皇国に金を渡して八百長を仕組んだだの。FランクがAランクに勝つことなんてありえないだの。

現実を直視せず自分達の諦めを正当化しているだけの愚物共の戯言ばかりだったからだ。

 

「……やっぱり黒鉄の強さを認めたくない人が多いみたい」

「この前の試合から結構な書き込みがあって、殆どがこういうのばかりで……」

 

陽香の言う通り更に下にスクロールしても出てくるコメントは似たようなものばかり。しかもそれが三桁もあるのだから怒りを通り越して呆れるしかなかった。

 

「馬鹿馬鹿しい……が、これは少しまずいことになるかもしれないな」

 

蓮は忌々しげに吐き捨て、生徒手帳を陽香に返すと少し真剣な声音でそう呟いた。

 

「まずいことって、それは一体……?」

 

陽香がどういう意味かと尋ねようとした時、風紀委員会本部に置いてある電話機がけたたましく鳴った。

 

「あ、私が出るよ」

「頼む」

 

一番近かった凪が受話器を取り電話に出る。

本部に置いてある電話機は生徒会や教員室、理事長室などの学園内での連絡手段だけでなく、生徒からの通報を受ける役割も担っている。

そして、しばらく通話していた凪が受話器を下ろすと、少し呆れたような表情(あまり変化は見られないが付き合いの深いものならそれが呆れているとわかる)を浮かべながら二人に顔を向けた。

 

「蓮さん、早速起きたよ」

「新入生か?」

「うん、乱闘騒ぎ。複数の生徒が教室内で霊装を使ってるって、場所は一年一組」

「早速やらかしてくれたわけか。わかった。凪はこのまま残って連絡を頼む。陽香、行くぞ」

「はい!」

「分かった」

 

蓮はすかさず二人に指示を出し椅子から立ちそのまま本部を出て通報現場へと駆けて行く。二人はすでに通信機とレコーダー、腕章を前もって身につけている。

ここ本部から一年一組の教室は少し時間がかかる為、二人は普通に走るのではなく魔力放出で少し加速をし、自転車が走るぐらいの速度を出し廊下を駆ける。

 

「あの蓮さん、さっき言ってたまずいことって一体なんですか?」

 

陽香は廊下を走りながら前を同じように走る蓮に先程の質問をする。

蓮は前を向きながら陽香を一瞥せずにそのまま走り出した。

 

「FランクがAランクに勝つことは、Aランクには勝てないと諦めFランクを見下していた連中にとっては面白くないだろう」

 

学生騎士の大半を占めるのはEランクとDランクだ。

そして彼らはそれ以上のランクを持つ者たちを常に見上げる者。高みに存在する『天才』と形容される人種を見上げ、羨む者たちだ。

そんな彼らにとって、Fランクがいるというのは、安心できることだった。自分達よりも下にいる。自分達が最底辺ではないと安堵するための存在。

そんな存在が、自分達が天才と呼び、特に神聖視するAランクを破るなど、あってはならない。

勝てなくて当たり前と諦めているのに、自分達よりも下の存在が勝った、それは彼らにとっては気分のいい話ではないからだ。

 

「その事実を信じたくない連中は黒鉄に必ず何かしかけるはずだ。言葉でも暴力でも何でもいい。気に入らないから潰そうとするはずだ」

「ッ!てことは、まさか」

「ああ、去年のような流血沙汰が起きてもおかしくないってことだ。さっきの通報も被害者はおそらく黒鉄だ」

「っっ!」

 

陽香は息を呑む。去年の一輝と桐原との間に起きたことを覚えている分、驚きは大きかった。

 

「負けるとは思わんが……と、着いたな」

 

そんなことを話しているうちに、現場に着いた。が、少し様子がおかしかった。

何故か、教室の前に生徒達がたむろし教室の中の様子を伺っていたのだ。事情を聞くために蓮はその人混みの中で一番手前にいた眼鏡をかけた女子生徒に声をかける。

 

「そこの君、少しいいか?」

「はい?なんですーーって、し、《七星剣王》新宮寺先輩⁉︎」

 

女子生徒が上げた悲鳴に近い声に廊下にいた全員がバットこちらを見て、どよめきの声をあげる。だが、蓮はそれを無視し話を続ける。

 

「通報を受けて来た風紀委員の新宮寺蓮だ。今何が起きているか、並びに何があったか事情を聞きたい」

「は、はいっ、えぇっと実はー」

 

そして眼鏡の女子生徒が事情を説明しようとした時、中から感じた二つの魔力の高まりと膨れ上がった敵意と殺意に蓮は顔を上げ、壁越しに霊眼で教室の中を視る。

すると、紅蓮と翡翠に光る人影二つが大剣と小太刀らしきものを持ちながら睨み合っていた。

どう見てもあれらは固有霊装だ。それに二人の気配から衝突は免れない。

 

(教室を吹き飛ばすつもりか……!)

 

二人の魔力量からして衝突すれば周りに被害が及ぶのは確実だ。

蓮は魔術の照準を二人の霊装と両手にセットし魔術を発動し二人の霊装と両手を瞬時に凍らせた。

 

「陽香、事情聴取は任せる」

「はい、分かりました」

 

蓮は殆どの生徒達が呆気にとられ硬直している中、一人静かな足取りで教室の中へ踏み入れ、赤髪と銀髪の女子生徒二人を初めてその青い瞳で捉えると、

 

「止まれ。指定された場所以外での能力使用は校則違反だ。今すぐ霊装を納めろ」

 

冷たく、硬質な声音でそう命じた。

 

 

 

△▼△▼△▼

 

 

 

それは突然起きた。

 

今話題になっている超新星(スーパールーキー)の赤髪の少女ステラ・ヴァーミリオンと、留年した黒鉄一輝の実妹である銀髪の少女黒鉄珠雫が、黒鉄一輝のことで睨み合いになり、霊装まで取り出す事態になり、あわや大惨事になりかけた瞬間、二人が持つ霊装と両手が凍りついたのだ。

 

「なッ⁉︎」

「えっ⁉︎」

 

二人は突然のことに目を見開き驚くしかなかった。

水使いの黒鉄珠雫ならともかく、炎使いであるステラ・ヴァーミリオンの霊装はいってしまえば太陽の中心みたいなものだ。一番高熱を放つ部分であり、それを凍りつかせるなど尋常なことではない。

二人はすかさず各々の能力で解凍を試みるも、

 

「嘘でしょっ……アタシの炎でも解凍できないなんて⁉︎」

「私の氷でも全く砕けないとは……っ!」

 

尋常ならざる強度を持つ氷に二人の背中には冷たい汗が浮き上がった。

 

「これは……」

 

二人が動揺する中、黒鉄一輝だけはその氷魔術の使い手に心当たりがあった。

いや、心当たりも何も答えはすでに分かりきっている。Aランクの炎を霊装ごと凍らせる程の規格外の氷魔術は同じAランクにしかできない芸当。そして、学園内において他の生徒達とは違い教員の指示なしで能力を行使できる特権を持つ存在。それらの条件を満たす存在など彼が知る中ではたった一人しかいない。

 

「止まれ。指定された場所以外での能力使用は校則違反だ。今すぐ霊装を納めろ」

 

冷たく、硬質な声が聞こえ、そちらに視線を向ければ、予想通り蒼髪碧眼の青年が教室に入って来た。

その青年は日本にいるのなら誰だって知っている有名人だ。

この学園最強であり、日本最強でもある現《七星剣王》。理事長の息子であり、風紀委員会副委員長の新宮寺蓮その人だ。

 

「…新宮寺君」

 

一輝は彼の名を呼ぶ。蓮は一輝を一瞥すると声をかけることもなくすぐに二人に視線を戻し、冷たい声音で続けた。

 

「……風紀委員だ。事情を聞く、全員この場に残れ」

 

有無を言わせない絶対的な威圧が込められた声音に、珠雫は大人しく従い霊装を納める。彼の存在を当然知っている彼女は今ここで抵抗しても無駄だということがわかりきっている為、素直に従ったのだ。

これがただの有象無象だったのなら、従いはしなかっただろう。抵抗をやめたのを確認した蓮はとりあえず二人を拘束する氷を解除する。

そして、珠雫が霊装を納め抵抗をやめた一方、ステラ・ヴァーミリオンは、

 

「ちょっと、アンタどいうつもりよ⁉︎なんで邪魔するの!」

 

敵意を剥き出しにし蓮を睨み食ってかかった。

 

「言ったはずだ。この学園において指定された場所以外での能力使用は校則違反だ。俺はそれを止めただけにすぎない」

 

その怒鳴り声に対して、蓮は平坦な口調で律儀に応える。

 

「ッ、じゃあアンタも同じじゃない!魔術を使ってるんだからど「ステラ、止めるんだ!」なんで止めるのよイッキ!」

 

逆上したステラが、更に声を張り上げて蓮も同罪だと言おうとしたが、一輝によって止められ矛先を一輝に変える。一輝は若干張り詰めた表情でステラの敵意のこもった視線を受け止めると、口を開く。

 

「彼は風紀委員だ。風紀委員は生徒会同様先生の許可なしで能力を使用することを許されているんだよ。この場合も二人を止めるために能力を使ったから彼は違反にはならない」

「そ、そうなの?それなら、うん、分かったわ。でも、この人一体何者なの?アタシの炎を凍らせるなんて普通じゃないわ」

 

ステラは留学生だ。だから日本では超有名な《七星剣王》の称号を持つ彼を知らなかったのだろう。

蓮は外国人だから知らないのも無理はない、と思っていた。一輝も同じことを考えていたようで苦笑している。だが、同じく話を聞いて来た珠雫は違った。

 

「え?…あの、ステラさん、貴方本当に彼のことを知らないんですか?」

「何よ。知らなかったらいけないの?」

「当たり前です!貴方、わざわざ日本に留学しに来ておいて彼のことを知らない⁉︎馬鹿にもほどがあります!いいですか!」

 

珠雫は鬼気迫る表情でステラに詰め寄ると、自分が持ち得る、というより日本での常識にもなりつつある蓮のことを話し始めた。

 

「彼の名前は新宮寺蓮さん。日本の全ての学生騎士の頂点に立つ現《七星剣王》であり、貴方と同じAランクで水使い。その実力は歴代最強とも呼べるほどで、誰もが認めるこの日本最強の学生騎士なんですよ!」

「……えっ?この人が、《七星剣王》?本当なの、イッキ?」

「うん、本当だよ。付け加えていうなら、彼は二年生でこの破軍学園の校内序列一位で、風紀委員会の副委員長。そして、理事長の息子だよ」

「ッッ!」

 

未だ信じられなかったステラは一輝の補足説明でやっと理解し、目を見開き、驚愕の視線を蓮に向ける。

当の本人は一度ため息をつくと、若干面倒臭そうに話し始める。

 

「今二人の紹介に与った新宮寺蓮だ。一応現《七星剣王》だ。……だが、今俺のことはどうでもいい。俺は通報を受けて風紀委員としてここに来たからな、先にそちらを済ませよう。陽香、そっちは何か分かったか?」

 

蓮は三人から視線を外し廊下で事情聴取をしている陽香の方へ視線を向けそちらに近寄る。

 

「はい。聞いてみたら、通報を受けたのはそちらの二人のことではなく、五人の男子生徒が黒鉄君に襲いかかった事の方みたいです」

「やはりか。なら、その五人はどこにいる?」

「全員ここにいます。来てください」

 

陽香の言葉に彼女の後ろから五人の男子生徒がぞろぞろと教室に入ってくる。全員どこか怯えた様子だった。

蓮は彼らを正面から見据えると、視線を鋭くし先ほどと同じ冷たい声音を彼らに向ける。

 

「お前達はなぜ無断で霊装を使った?」

「……あ、え、えと……」

 

彼らの中でひときわ体躯のいい少年が、ビクビクと震えながら何かを話そうとして、話せないでいた。

 

「新入生でも霊装使用についての説明は受けたはずだ。去年俺たちも同じ説明を受けたからな、受けてないとは言わせん。そしてそれを知っていながら能力を使い他人を襲った。もう一度聞く、なぜ無断で霊装を使った?」

 

確かに入学式で霊装使用についての注意は黒乃から受けている。そして、違反すれば停学などの重い処分を受けることは聞いていた。

だがそれでも彼らは使ってしまった。ただ現実を認めたくないが故に。しかし、それを言おうにも彼らはすっかり蓮に気圧されており顔は蒼ざめ、声は震えうまく言葉を紡げない。

蓮は彼らの答えを待たず、自分のセリフに言葉をつなげた。

 

「襲われたのは黒鉄だったな。襲われた理由としては先日行われたAランクとの試合が妥当なところか、むしろそれ以外で要因は見当たらないはずだ。

大方、あの試合はFランクがイカサマで勝ったと思い込んでそのFランクを懲らしめようとしたのだろう?」

 

蓮は相手が無力に怯える哀れな新入生だからと目溢しするほど寛容ではない。

そして、彼の予想はまさしく正鵠を射ていた。

彼の言った通り彼らはFランクを叩き潰しイカサマを認めさせようとしてていた。

 

『…ッ!』

 

五人の男子生徒が蓮の推測に顔を一層青ざめ身体を見て分かるぐらいにガタガタと震わせる。

それが彼らが蓮の言った通りのことをしたのだと裏付ける決定的な証拠となった。

 

「その様子だと俺の推測通りか。加えて《幻想形態》ではなく《実像形態》を使ったようだな」

 

蓮は再びため息をつくと、呆れと非難の視線を向ける。

 

「お前達は揃いも揃って阿保か。

あれは何の不正も行われていない正々堂々と真剣勝負をした結果だ。にもかかわらず、それを認めず馬鹿馬鹿しい空想で塗りつぶそうなど愚の骨頂だ。

そんな下らない思想はとっとと捨てろ。あったところで何の意味もないし邪魔だ。

それに霊装は喧嘩の道具ではない。今回はお前達と黒鉄との間に隔絶した実力差があったからことなきを得たが、最悪死人が出てもおかしくなかったんだぞ。

こういうのはあまり言わないが先輩として一つ忠告だ。良くも悪くも、魔術は力だ。俺達は人一人を簡単に殺せる程の力を持っている。だからこそそれを軽々しく使うことは許されない。使うのなら相応の覚悟を持て、覚悟を持たない者に力を振るう資格はない。それを肝に命じておけ」

 

有無を言わせない威圧感の込められた重く低く冷たい声音は新入生を震わせるには充分であり、ほぼ全員が何度も頷き了承の意を示していた。

それを確認した蓮は今度はステラと珠雫へと視線を向ける。

 

「次はお前達だ。どんな理由であんなことになった?」

「「それはコイツがッ!……うぅーー!」」

 

二人が同時にお互いを指差し、被ったことにお互いを恨みがましい視線で睨みいがみ合う。

このままではラチがあかないと判断した蓮は一輝の方へ視線を移す。

 

「黒鉄、何があった?」

「あー、うん、話せば長いと言うか、恥ずかしいと言うか……」

 

一輝は頰をかきながら恥ずかしそうに蓮から目を逸らしそう言う。その様子から、一輝も駄目だと判断した蓮は陽香に視線をさらに移した。

 

「陽香、何か聞けたか?」

「えと、ざっくり言いますと痴話喧嘩みたいなものらしいです」

「…は?」

「簡潔に言いますとまず黒鉄君の妹さんが黒鉄君にキスをして、ヴァーミリオンさんが黒鉄君のメイド宣言して、その後も色々とあって霊装まで出して衝突しかけたらしいです」

「………つまり男女の問題ということか?」

「……要約するとそうです」

「………………はぁー」

 

予想外な返答に蓮はしばらく唖然としていたが、すぐに露骨に溜息をつくと毒気を抜かれた表情を浮かべた。

 

「理由は聞かん。そういう問題は当事者に任せるしかないからな。だが、今回の事は当然上に報告させてもらうぞ。霊装を使ったことには変わりないからな。

処分は免れないと思うが、何か言い分があるのなら直談判しに行け。

そして、問題を起こした者達は今回の事を教訓とし、以後このような事の無いように」

「ちょっと待ってほしい新宮寺君」

「何だ黒鉄?」

 

踵を返そうとした蓮を一輝が呼び止めた。

 

「処分って、具体的にいうと停学処分になるのかい?」

「それが妥当だな。何か文句でもあるのか?」

「今回の事はどうか不問にしてくれないかな?」

「なに…?」

 

一輝の唐突なセリフに蓮の眉が顰められる。

 

「彼らも君に言われて反省したはずだ。何より襲われた僕は怪我はしてないし悪ふざけが過ぎただけなんだ」

 

他の一年生達が絶句し目を丸くする中、蓮はこちらをまっすぐ見る一輝を見て呆れたように溜息をつくと、

 

「断る」

 

それを、容赦無く切り捨てた。

これに一輝はわずかばかり目を見開いた。一輝としては、被害者である自分が言えば彼らが入学早々処分を受けなくて済むと思っていたようだが、そんな甘い考えなど蓮には通用しない。

 

「今回の件は不問にはしない。誰が何と言おうとこの判断は変えるつもりはない。これを許容すればまた別の誰かがやらかすだけだ。さっきも言った通り何か言い分があるのなら理事長に直談判しにいけ。それにな、()()()()

 

蓮は冷徹な表情を浮かべると、優しすぎる友人に、アドバイスをする。

 

「余計な情けで怪我をするのは、自分だけじゃないんだぞ。いつかその甘さが自分の身を滅ぼす。それはお前自身が一番よく分かっているはずだ」

「ッッ」

 

これ以上の問答は無意味だと物語る蓮の瞳に一輝は息を呑んだ。

そして、背を向け立ち去ろうとした蓮を、今度は別の者が呼び止めた。

 

「あ、あの!」

「…今度は何だ。ステラ・ヴァーミリオン」

 

彼を呼び止めたのはステラ・ヴァーミリオンだった。

蓮は足を止め首だけで彼女の方に振り向く。

 

「文句は受け付けないぞ」

「いえ、それではありません」

「じゃあなんだ?」

 

彼女はとても真剣な表情を浮かべると、

 

「レン先輩、アタシと一度手合わせしてください!」

「ステラ⁉︎いきなり何を!」

 

さっきのような攻撃的なものではなく敬意が込められた丁寧な口調で突然の決闘申請に話を聞いていた新入生達からどよめきが生じる。隣に立つ一輝も驚きに目を見開いている。

周りがどよめく中、蓮はしばらく無言で彼女を見つめると静かに口を開いた。

 

「随分と急な話だな。なぜ俺に挑もうとする?」

「アタシが留学して来たのは強い人と戦って強くなるためです。だから、この日本で最強の騎士のアナタに挑んで頂までの高さを知りたいんです!お願いします!」

 

彼女の視線には強い闘志の焔が灯っていて、すぐにでも戦いたいと視線が告げていた。

その告白を受け、蓮は小さく溜息をつくと、彼女を正面から見下ろすと、

 

「巫山戯ているのか?」

「え…?」

 

先ほどよりも冷徹で鋭い眼差しがステラを貫いた。

ステラは困惑混じりの声で蓮を見上げる。

 

「つい先ほど問題を起こしたばかりなのに、それを反省もせずにすぐさま戦いを申し込むのか。我儘がすぎるぞステラ・ヴァーミリオン。都合良く話が進むとでも思ったか?」

「……ッ」

 

彼の指摘にステラは息を呑む。

蓮はステラをその鋭い瞳で捉え、口を開く。

 

「お前は自分がやったことについての自覚が足りないみたいだな。全く反省の色が見えない。皇族だからと言ってなんでも意見が通ると思うな。ここはお前の国ではなく日本だ。

日本には郷に入っては郷に従えという言葉がある。他所から来たのならまず此方のルールに従え。意見を通すのはその後だ」

「で、でも!」

「でもじゃない。さっきも言ったはずだ。俺達は人一人を簡単に殺せる力を持っていると。特に俺達AランクやBランクは他よりも力がある分方向性は違えど一人どころか何十何百と簡単に殺せる力がある。その事を誰よりも自覚する必要がある。

お前達はそれを自覚せずに一時の激情に流され近くに何十と生徒達がいる状況で、周囲の被害も考えずに霊装を使い目の前の敵を叩き潰そうとした訳だ」

「そ、そんなつもりじゃ……」

「も、申し訳ありませんでした」

 

ステラは反論しようとしたが、蓮の氷刃の如き眼差しと有無を言わせない口調に声が段々と萎んでいき、瞳には恐怖の色が浮かび始めていた。

珠雫もその瞳に恐怖の色を浮かばせ、強張った表情のまま静かに頭を下げた。

 

「今更どう言おうと無断で霊装を使ったことは事実だ。

お前がどんな目的で日本に来たかなど俺にとってはどうでも良いし、この場ではなんの免罪符にもならない。

今必要なのは反省しているかしていないかだ。黒鉄妹は反省したようだが、その様子だとお前は全く反省していない。しているのであれば、俺に戦いを申し込むような愚行は犯さないはずだからな」

「…ぁ、うぁ…」

 

ついに蓮の出す気迫に呑まれまともな言葉を発せなくなったステラは目の前に佇む男が何倍にも大きく見えてしまい一歩後ろに下がってしまった。

そんな様子を蓮は冷たい瞳で見ると、彼女から顔を背け踵を返したが、一歩踏み出したところで足を止め、背中を向けたまま声を発した。

 

「停学が明けてその時にまだ俺に挑みたいという心意気が残っているのならその時は相手になる行くぞ、陽香」

「は、はい」

 

陽香に一声かけると蓮は今度こそ教室から立ち去っていった。

後に残されたのは、誰一人として言葉を発せられない新入生達と、怯えた表情を浮かべる珠雫、限界が来て腰を抜かして座り込むステラ。そして、蓮が去った方向を張り詰めた表情で見ている一輝の姿だった。

 

 

 

その後、蓮と陽香の報告を受けた理事長達の協議の結果、今回の二件の当事者である七名の生徒に与えられた処罰は一週間の自室謹慎と反省文提出になった。

 

 

 

 




すごい今更だけど、蓮の髪や目の色合いは最弱無敗の神装機竜のクルルシファー·エインフォルクの髪と目をイメージしてくれればいいと思います。

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