優等騎士の英雄譚   作:桐谷 アキト

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お待たせしました!
久々の投稿です。


18話 冷酷な復讐者

フードコートには人質が約五十名程度が集められており、M4を武装し黒の戦闘服とガスマスクに身を包んだ男達十人ほどが彼等を囲むように円を描いていた。

緊迫した空気の中、人質達は必死に恐怖を押し殺している。

だが、ここで突然予想外の方向へと事態が急変した。

 

「お母さんをいじめるなぁ————っ‼︎」

 

小学生くらいの少年が、雄叫びをあげながら持っていたアイスクリームを兵士に投げつけた。

兵士のズボンに白い斑が描かれる。そんなものには攻撃力などあるはずもないのだが、激昂させるだけならば効果は十二分にありすぎた。

 

「この餓鬼がぁぁああああ‼︎‼︎」

 

兵士は当然激怒し、自分の腰ほどにもない子供の顔に容赦なく蹴りを見舞う。

 

「シンジッ!」

 

人質の輪から飛び出したのは二十代後半ほどの女性。子供の母親なのだろう。手足の細さに対して腹部が大きい。子供の弟か妹を身ごもっているのだろう。

だが身重な体とは思えない速さで、それほどに必死な動きで、子供を抱き寄せ庇う。

 

「おいどけよ女ぁ!餓鬼が殺せねぇだろうが!それとも何だ?テメェも一緒に死ぬかぁ?」

「ごめんなさいごめんなさいっ!まだ子供なんです……っ!どうか、命だけはっ!」

「ダメだねぇ!豚の分際できたる《新世界(ユートピア)》の《名誉市民》である俺様のズボンを汚したんだ!その罪は死んで償うしかねぇんだよっ!」

「おいやめろヤキン‼︎人質に手ェ出すなって何回言やわかるんだ!俺らにまでとばっちりが来ちまうだろうがっ!」

「いいだろ!一人や二人ぶっ殺そうが変わんねーよっ!」

「ひっ!や、やめて…っ」

 

銃口が親子に向けられる。子供を庇うように覆い被さったが、銃弾は母親ごと子供を容易く貫き親子諸共殺すだろう。

そして、何の躊躇もなく容赦もなく引き金に指がかかり、引き絞られようとしたその時、銃が何かに握り潰され、ヤキンの銃を構える両腕が斬り落とされた。

 

 

「ぎゃっ」

 

 

ヤキンの口から悲鳴が迸る——迸りかけた。だが声が悲鳴に変わる前に、何者かの拳がヤキンの鳩尾にめり込んだ。

両腕の断面から勢いよく鮮血を溢れさせながら、ヤキンは後ろに大きく殴り飛ばされる。

一瞬の後に、後方にある柱に轟音を立て激突した彼は崩れ落ちようとするが、全身を水の槍で貫かれ意識を取り戻すこともなくあっけなく絶命した。

 

予想外の、想像もつかない光景に、人質もテロリストたちも等しく固まった。

動きを止めただけでなく、思考までも止まっていた。

ただ一人の例外を除いて。

 

「愚かだな」

 

あまりにも冷たく、無機質な声が、静まり返ったフードコートに響いた。

その声を合図に、止まっていた時間が動き出した。

声のした方に一斉に目を向ければ、先程までヤキンが立っていた場所にはいつの間にか、親子を庇うように立つ青白い水氷の武士鎧を身に纏う者がいた。

多少くぐもってはいるものの声音と体格からして男。それしか分からない。分からない故に、未知の脅威に対する恐怖と焦燥が男達の胸中に生まれた。

 

「なっ⁉︎い、いつの間にっ!」

「伐刀者だと…っ⁉︎」

「誰だテメェっ‼︎」

 

男達はほぼ反射的に銃を何者かに構え引き金を引くが、いくら経っても弾丸は飛び出てこない。

()()()()()()()()()の銃火器は既に使い物にならない。

なぜなら、弾丸を飛ばすために必要な火薬の燃焼によるガス圧が火薬そのものが凍結されることで封じられているからだ。

彼らの前に立ちはだかる鎧を身に纏う男、偶然このモールに来ていた新宮寺蓮が銃火器を己の異能で沈黙させたのだ。

突然の事態に男達がパニックに陥る中、蓮が静かに告げた。

 

「無駄だ。火薬を凍らせた。何をしようともお前達は銃を使うことはできない。それに」

 

次の瞬間、人質を包むように青い水の球体が現れ、人質と男達を分断した。

伐刀絶技《蒼水球(ブルー・スフィア)》だ。

 

「その程度の弾幕ではどうしようと俺の結界は破れない。抵抗するだけ無駄という事だ。

一応、投降の勧告をしておこう。

全員、武器を捨てて両手を頭の後ろに組め」

 

投降の勧告と彼から発せられる威圧感に男達はたじろぎ、数歩後ずさる。このまま彼の言葉に素直に従っていれば、少なくともここにいるメンバーだけは、捕まるだけで済んだはずだ。

だが何を血迷ったのか、メンバーの二人が、恐怖に錯乱し銃を投げ捨て大型のコンバットナイフを抜き放つと、突然蓮に襲いかかったのだ。

誰かが止めようと大声を上げるが、男達には仲間の声は届いていなかったようだ。

 

「それがお前達の返答か」

 

蓮はそう呟き襲いかかってきた男達に向けて逆に間合いを詰めると、両腕の装甲を一回り太くし鋭く巨大な鉤爪を持つ獣のような腕に変化させ、左右に振り払い二人の体を斬り裂いた。

 

「ひぃっ…!」

 

人質の中から引き攣った悲鳴が漏れる。

目の前で、素手で人体を斬り裂くショッキングな光景は闘争からかけ離れた世界にいる一般市民にとってはもはや恐怖でしかなかった。

 

「お前達は、運が悪い」

 

命じ、裁く、権威と共にあるその言葉遣いは、圧倒的な威圧を伴う。

 

「大人しく降伏していれば、少し痛い思いをするだけで済んだものを」

 

蓮が両腕をゆっくりと広げ鉤爪を構える。

たったそれだけの行為で、男達の身体は金縛りにあったかのように動けなくなっていた。

 

「俺は慈悲深くはない。チャンスは与えた。だが、それを無下にしたのはお前達自身だ」

 

男達の顔が、恐慌と、絶望に染まり、手に持っていたM4が次々と手から零れ落ちる。

彼らは不気味な怪物を見る目を、蓮に向けていた。

あえて素手で斬り裂いたのは、こうした方が相手の動揺を誘える上に、簡単に恐怖を刻み込めることを分かっているから。

元より悪鬼羅刹扱いなど、蓮の注文どおりだ。だから今更化け物のように見られてもどうでもいい。

戦意を挫かれた彼らに、青き魔人(新宮寺蓮)は無慈悲に冷酷な声音で告げた。

 

「祈るがいい。せめて、楽に死ねることを」

 

瞬間、悪魔の宣告と共に、目にも留まらぬ速度で青色の風が男達の間を駆け抜ける。

疾風の線上で血飛沫が舞い、解放軍達が崩れ落ちていく。

魔力放出で加速しながら、獣のように研ぎ澄まされた氷の鉤爪を振るい、テロリストの身体を斬り裂いていったのだ。

彼は、敵の命を奪うことに躊躇を持っていなかった。

今まで何人も殺してきたから、解放軍そのものに憎悪を抱いているから、ということもあるのだが、相手も自分を殺すことのできる状況で、敵を殺すことを躊躇うことがどれだけ傲慢でどれだけ愚かなことなのかを心の芯に叩き込まれている。

一分もしないうちにテロリストは無残に斬り裂かれて行った。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「それは本当ですか?」

 

理事長室で仕事をしていた黒乃は通話相手の言葉に眉を顰めた。先ほどのテロリストの鎮圧の追加情報の報告だったが、それが少しばかり予想外のものだったからだ。

 

「……はい、分かりました。連絡感謝します」

 

そう言って彼女は受話器を下ろすと、静かに息を吐いた。

そんな黒乃の様子にソファーでだらけていた寧音が声をかける。

 

「くーちゃんどうしたん。なんかあった?」

「…ああ、先程のテロの件でな」

「それうちの生徒が何人か事態に当たってんだろ?なんか問題起きたの?」

「それについては問題ない。だが、あのショッピングモールには蓮もいたそうだ。それでさっき、蓮もテロリスト鎮圧に向かったと警察からの連絡があった」

「……あちゃー、マジか」

 

寧音は若干顔をひきつらせると、額に手を当てため息をついた。

本来、魔導騎士免許未取得である騎士学校の生徒はテロなどの緊急時に遭遇した場合、学園に連絡して霊装使用の許可などを貰う必要がある。

だが、蓮に関してはそれは適用されない。

理由は単純。彼が二人の魔人の間に生まれ、彼自身も現在日本に三人しかいない魔人という特異な立場にいるからだ。

魔人である以上、それは他勢力にとっての明確な脅威となり、命を狙われることもある。

彼は今まで何度か他勢力から命を狙われたことがあり、自衛のために例外として魔導騎士連盟本部から彼の敷地外での霊装使用を彼自身の意思に委ねられている。だからこそ、今回のようなテロに遭遇してもわざわざ許可などもらわずに自分の意思のみで霊装を使用できた。

だが、二人が気にしているのはそこじゃない。そもそもそれはすでに保護者である黒乃や同じ魔人である寧音は認知していることだ。

なら、今最も懸念しているのはなんなのか。それは、

 

「…テロリスト達が何もしなければいいんだが」

「いやー無理っしょ。だって賊は解放軍だろ?ならもう皆殺し確定してるようなもんじゃん」

 

そう、二人が懸念しているのは、本来気にする必要もないテロリスト達のことだ。

確かに蓮が鎮圧に向かえば、大抵の事件は安全かつ迅速に解決できるし、人質も全員無事に救出できる。

事実、彼がこの数年で対応したテロや事件は、全て無事に鎮圧され、一般市民の死傷者はゼロという素晴らしい結果を出し続けている。

だが、その目まぐるしい功績の裏側には、テロリスト、特に解放軍に関しては使徒を除き、非伐刀者の信奉者達を皆殺しにしているという過激な背景もある。

リーダーの使徒さえ捕縛できれば後は不要だと言わんばかりに、彼は全て殺しているのだ。いわゆる過剰防衛というやつだ。

だが、それは彼が殺しを楽しむような快楽殺人鬼だからではなく、自分のように両親を殺されてしまった不幸な子供を増やさない為に、殺すという確実な手段を持って、敵を殲滅しているに過ぎない。

それは復讐でもあり、繰り返さないためでもある。

両親を殺した解放軍を激しく憎悪し、もう二度と大切なものを奪われない為に、一抹の不安すら残さずに敵を確実に屠り後顧の憂いを完全に断つ。

二人はその事実を知っているからこそ、敵に同情せざるを得なかったのだ。

 

「無抵抗で投降してくれるのが一番マシなんだがな」

「それ一番あり得ないパターンだぜ?くーちゃん」

「…言ってみただけだ」

 

寧音のツッコミに黒乃は素っ気なくそう返す。

彼女も蓮が全員を殺さずに無力化するだけにとどめるとは思っていない。ただ、そうであってほしいと願望を口にしただけだ。

そのことについてはあまり期待していなかった。

解放軍がテロを行い、蓮が鎮圧に向かった以上、今回も結果は変わらないと思ったからだ。

 

 

賊の大半の鏖殺と人質の全員無事救出。

 

 

その二つの結果に終わると。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

この場にいるテロリストを斬り殺した蓮は再び《蒼水球》の前に立ち、人質を見下ろす。

人質達は一様に嘔吐をこらえたような表情で、少し怯えた目を向けて来たが、そんなこと蓮にとっては瑣末なことだった。

 

「外に警察がいる。今からそっちに送るから全員動かないでくれ」

「た、助かるんですか?」

「当然だ。そもそも俺は君達を救けるためにここに来た。俺が来た以上、人質は全員無事に救ける」

 

恐怖に怯えていた人質の顔に安堵が浮かび、感謝の声が口々に溢れる。まだ恐怖は残っているが、助かったことによる安堵は大きいようだ。

だが、

 

「ちょっと待ちなさい‼︎」

 

大きな怒声が、突然響く。それは人質の中から響いた。

蓮はその方向を見る。そこには仁王立ちし、双眸に怒りの炎を滾らせ、掴みかからんばかりに蓮を睨む赤髪の少女、ステラ・ヴァーミリオンがいた。

 

「何だ?」

 

愛想の欠片も無く、不機嫌丸出しの口調で蓮が訊き返す。

ステラは怒声を持って問いかけに応じた。

 

「アンタどいうつもりよ‼︎なんで全員殺したのっ!一人や二人腕を斬り落として無力化すればよかったでしょ⁉︎アンタが誰かは知らないけど、やりすぎにも程があるわよ!」

 

確かに、彼女の言い分は一理ある。

しかし、それはあくまで彼女の基準の中での話だ。わざわざそれに合わせる気など毛頭ない。

 

「それを決めるのはお前じゃない」

 

彼女の問答に付き合う気は初めからないので、蓮は呆れ声で切り捨てた。

それに投降するしない以前に解放軍を皆殺しにすることは既に決まっていたことだ。

なぜなら、解放軍が彼の目の前で親子を殺すという愚行に走ったからだ。それは彼の逆鱗に触れる行為だった。

親子を傷つけ殺そうとした者は、たった一人。

だが、彼にとってはそれだけで皆殺しするには十分な理由だった。

しかし、そんな事を丁寧に説明する気はないので、そのまま次の行動に移る。

 

「このまま外に送りたいところだが、お前達の中に一人市民に扮したテロリストがいる。そいつを引っ張り出そう」

 

そう言い、水球内部にいる人質の中から赤いTシャツの若い男を氷の鎖で縛ると外に引っ張り出す。

引っ張り出された男は、困惑した顔で蓮を見上げる。

男の顔には困惑の色が強く現れていた。

 

「え、え?…な、なんで、俺が?」

 

男は声を震わせ、疑問を口にする。

普通の一般市民なら当然の反応だ。だが、彼は蓮の言った通り、解放軍のメンバーだ。

もし、テロリスト達が鎮圧された時、一般市民に扮した自分が人質を取り逆に脅す事で、脱出するための布石の役目を担っていた。

それまでは無実な被害者を装う必要がある為今精一杯、被害者の演技をしている。過去もこれで場を切り抜けたことがある。今回もそれで成功するだろうと思っていた。

 

「猿芝居はよせ。その手口はもう見飽きた」

 

しかし、その表情は、冷酷な視線と冷ややかな侮言に、瞬時に凍りついた。

 

「人質の中に味方を紛れ込ませる手口は知っている。ポケットに拳銃を隠し持っていることもだ。

そんなものが俺に通用すると思うな」

 

言葉で、蓮は男を凍りつかせた。

蓮は男を氷鎖で縛ったまま、徐に《蒼水球》へと手をかざす。

すると、《蒼水球》の下で渦潮が発生する。

 

「先に殲滅してしまったが、救助が最優先だな。隠れている者も含めて全員先に流そう」

 

《蒼水球》から新たに氷鎖が三本飛び出し、二本は吹き抜けの際にある三階へ、一本はフードコートの奥へと伸びる。

上からは私服姿の黒鉄一輝と長身痩躯の男が降ろされ、奥からは見えない何かが鎖に巻きつかれ《蒼水球》の中へと引き寄せられる。収容が完了した瞬間、《蒼水球》を乗せた渦潮は大波へと変わり、外へと流れて行った。

そして、それがフードコートを出て完全に外へ出たのを確認した時だ。

 

「あぁ⁉︎んだよこりゃあ⁉︎」

 

フードコートに驚愕の声が響いた。

声が聞こえた方に視線を向けると、そこにはぞろぞろと十人ほどの完全武装した兵士を連れて歩いてくる、顔に入れ墨の入った男がいる。

男は血に濡れたフードコートを見渡し、蓮と目が合うと、激情を孕んだ瞳で睨め付けてきた。

 

「テメェ何をしたぁっ‼︎」

「人質は全て逃がさせてもらった。ここにいたお前の部下達はこいつ以外全員殺した。黒地に金刺繍の外套を着ているということは、お前がこの一党のリーダーだな?たしか、ビショウといったか」

「テメェ…何もんだ?」

 

ビショウと呼ばれた男は、自分の名前が言い当てられたことに警戒を露わにし、蓮に問い掛けるが、彼が答える前に胸倉を掴みあげられている部下が必死にビショウに助けを求めた。

 

「び、ビショウさん!助けてくだっ」

 

しかし、その言葉が言い終わる前に蓮が振るった鉤爪で上半身を刈り取られ、生々しい音を立て地面に崩れ落ちた。

 

「ユーゴ⁉︎テメェッ!」

 

生首になった部下の名を呼ぶが、当然返事はない。

ビショウは攻撃的な眼光と手に持っていた拳銃を向けてくる、部下達も銃を咄嗟に構えた。

 

「抵抗するだけ無駄だ。お前の能力は既に割れている」

「は?何を言って…」

「概念干渉系《反射》。

固有霊装は両手中指の一対の指輪、珍しい形状だな。

反射使い(リフレクター)》。相手が強ければ強いほどに技の威力が増す受けの名手。

お前の場合は左の指輪で力を吸収し、右の指輪でそれを己の魔力に変換して敵に撃ち返す、といったところか。

だが、この能力は当人の認識能力に左右される為、それを上回る速度で攻撃するか、あるいは反射されても攻撃をそのまま撃ち抜けば簡単に対応できる」

 

己の能力を完璧に言い当てられたことにより、ビショウだけでなく部下までもが全員息を呑んだ。

これは蓮が持つ霊眼の特性によるものだ。

 

伐刀者の能力は大きく分けて四つが存在する。

身体強化系、自然干渉系、概念干渉系、因果干渉系の四つに分けられる。そこからさらに細かく分類されていくのだ。

そして伐刀者の能力にはそれぞれ異なる波長(パターン)があり、大まかに分けて四系統、細かく分ければ多種多様だ。

蓮はその波長を視ることが出来る。

ただ霊眼を持っているだけでは、到底できない。使い熟せるようになった者にしかできない芸当だ。

今まで数多の戦場や、学園、国防軍で会ったことのある伐刀者の波長を片っ端から全て視て解析し記憶した。

もはやそれはデータベースといっても差し支えないほどの情報量であり、彼は霊眼でビショウを解析、記憶から照合し、概念干渉系《反射》の能力を持つ伐刀者だと看破したのだ。

しかもそれだけでなく、体内の魔力が左手から右手へと流れていることも見抜いた彼はビショウの戦闘スタイルまでも完全に把握することができた。

もし、蓮が知らない能力の伐刀者がいたとしても、戦闘中に分析し覚えればいいだけの話だ。

 

「……テメェ、なんで……」

 

ビショウが呻く。その顔には、先の怒りはどこかに消え失せ、ただ恐怖しか残っていなかった。

 

「別にどうということはない」

 

蓮は兜の下で冷笑を浮かべる。

 

「俺にはそれを可能にする『眼』がある。

お前から視える魔力波長を読み取り、解析し、記憶から照合する。そうすればお前がどんな魔術を使うのかもわかるし、対処できる」

 

ビショウ達には蓮が何を言っているのか理解できなかった。

だが、これだけは分かった。

目の前のこの男は、最初から、自分達のことを同じ人間としてみてはいない。

彼らの持つ、顔も名前も個性も意思も、そして能力も、この男にとってはなんの意味もなしていなかったと、ビショウは直感的に理解した。

この男にとって自分たちは、単なる『敵』に過ぎない。『障碍物』でしか無い。

そして今、取り除く方法を確立したことで、障碍物ですらなくなったのだ。

 

「さて、さっきお前は俺に何者かと聞いてたな。いいだろう、最後に俺が誰かくらいは教えてやろうか」

 

蓮はポツリと呟くと兜を解除し素顔をあらわにした。

現れた男の素顔を見た瞬間、ビショウ達は驚愕を露わにし、表情を凍りつかせる。

 

「し、《七星剣王》新宮寺蓮⁉︎」

 

今まで以上の動揺が彼らの中に広がる。

 

「ああ、そうだ。俺は今からお前達を、殲滅する」

 

その両眼に青白く燃える業火を宿した蓮は淡々と無機質にそう告げた。

それはビショウ達にとってはもはや死神の死刑宣告にしか聞こえなかった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「ステラ!珠雫!二人とも大丈夫?」

 

蓮によって《蒼水球》に収容され、モールの外へと押し流された黒鉄一輝は、同じように流された人質たちが外で待機していた警察たちに次々と保護されていく中、妹珠雫のルームメイトであり、今日ステラ、珠雫と共にモールに遊びに来ていた長身痩躯の男、有栖院凪と共にステラと珠雫の元へと駆け寄る。

二人は一輝の声に気づきすぐに立ち上がった。

 

「ええ、私達は無事です。ですが、アレは一体何者なんですか?あんな躊躇なく人を殺せるなんて…」

「ええ、あたしも驚いたわ」

 

珠雫と有栖院凪は訝しげな視線をショッピングモールへと向ける。

ここからはショッピングモールの外観しか見えない。だが先程何人ものテロリスト達が無残に斬り殺されたのを目の当たりにしてしまったからか、今も中で同じようなことが起きているのではないかと、疑惑と畏怖の感情をその瞳に宿していた。

 

「ッ!」

「ステラ行っちゃ駄目だ」

 

そして、珠雫と同じように身を起こしたステラが弾かれたようにモールの中へと駆け出そうとしたが、一輝が彼女の腕を掴んで引き止めた。

 

「ステラが怒る気持ちはわかる。でも、あそこに戻ったとしても、彼は止まらないし、止められない。逆にステラが危険な目にあう。死にに行くようなものだ」

「だからって……、っ!」

 

だからってあんな人殺しを放置していいわけがない。

そう返そうとして、ステラはハッとする。それは同じく話を聞いていた珠雫や有栖院凪も同じく。

 

「ちょっと待って。イッキ今『彼』って、アイツの事を知っているの?」

 

この気づきに珠雫も有栖院凪もハッとし、疑惑の目を一輝に向ける。一輝はただ静かに首を縦に振りそれを肯定した。

 

「ああ、知っている。知らないわけがない。彼は…新宮寺君だよ」

『ッ⁉︎』

 

三人は揃って驚愕に息を呑んだ。

まるで息をするように平然と何人も斬り殺した男が、自分達が通っている学園の先輩で、日本最強の学生騎士《七星剣王》の称号を持っているあの新宮寺蓮だということがあまりの衝撃だったのか、珠雫は若干震える声音で一輝に問うた。

 

「そ、それは、本当なのですか?」

「うん。あの鎧は《海龍纏鎧》。僕達をここに運んだ水の球体は《蒼水球》だ。見たことがあるから見間違えるわけがない」

「け、けど、何であんなに殺したのよ‼︎シングウジ先輩だったらそれこそ、怪我人も出さずに、簡単に無力化できたでしょ⁉︎」

 

ステラの言い分は最もだ。

確かに蓮ほどの実力者なら人質に怪我を負わせることなく、簡単に敵を無力化できる。だが、彼はそうはせず躊躇なく全員を殺した。

その行為は、ヴァーミリオン皇国で育った彼女からしてみれば、許容しかねるものだった。

そんなステラの性質を知っている一輝はそれを肯定した。

 

「ああ、確かに彼なら簡単にできただろうね。でも、彼はそんなことはしない」

「どうしてよ⁉︎」

「戦場を知っているからだよ」

 

なぜかと問われれば、一輝にはそう答えることしかできなかった。

何せ、一輝も蓮のことは詳しく知らないのだ。

去年の交流で外面の強さは知った。どういう性格なのかもなんとなく分かった。だが、彼の過去は、戦う動機は、分からなかった。

いくら目を懲らそうとも彼の底は見えなかったのだ。

それは他の友人達も同様で、彼のことを詮索することは今までなかった。それ以上に、彼が自分の話を一切しないからだ。

しかし、幾度も特例招集を経験し、世界各地を飛び回り、戦っていることは知っている。それで紛争を終わらせたことも、犯罪組織をいくつも潰したことも何度もニュースになっているから知っている。

しかし、彼がどんな風に戦っているのかは一輝も今日あの蹂躙を見るまで知らなかった。

 

「何度も特例招集を経験して、戦場で命のやり取りを経験して来たから、としか言いようがない。

僕もステラも戦場に赴いた経験はないしテロに遭遇した経験もない。けど、彼はそのどちらも経験している。しているからこそ、その時どうすればいいかを身を以て知っているんだよ」

「……だとしても、アタシは納得できないわ。あんなの間違ってる」

 

ステラは自分の価値観に基づいて、人を助ける為とはいえ蓮がやったことはどうしても許せなかった。その時だ。

 

「あんなバケモノを止めようなんて、考えないほうがいいよ」

 

突然、一輝達の会話に一人の男の声が割り込んできた。

声のした方を見れば、一輝達と年の変わらない、線の細い少年がいた。

その人物を一輝は知っている。何しろ元クラスメイトなのだから。

 

「久しぶりだね。桐原君」

「ああ、久しぶりだね。黒鉄一輝君。…君、まだ学校にいたんだね。とっくに退学したのかと思ったよ」

 

かつての級友である桐原静矢は、静かに微笑むと、細めた瞼の隙間から、嘲りの視線をよこした。

 

「「っ」」

 

ステラと珠雫の二人が目に見えて不快な表情に変わり、声を荒げようとした刹那、一瞬先に一輝が言葉を返した。

 

「お生憎様留年しただけで済んだよ。君もここにいたんだね。誰かと遊びに来たのかい?」

「ガールフレンド達とね。それがまさかこんなことに巻き込まれるなんてね。最悪だよ」

 

桐原はやれやれと肩をすくめる。

彼の後ろには着飾った少女達がいて、皆一様に顔を青ざめていた。彼女らが桐原のガールフレンドととやらであっているのだろう。

 

「それで、バケモノって新宮寺君のことかい?」

「当然さ。他に誰がいるってんだよ。あんなに躊躇いなく人を斬り殺すのをバケモノ以外にどう例えればいいんだい?」

 

戯けたような口調ではあるが彼の顔には明らかな警戒と畏怖が浮かんでおり、それが彼が本気で蓮のことをバケモノだと思っている何よりの証左だった。

 

「あれはただの化け物だ。人の皮を被った怪物。あれが《七星剣王》なんだから嫌になっちゃうよ」

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

「う、撃て!撃ちまくれェェッ!」

 

ビショウは原初的な恐怖と焦燥に駆られ、射殺を半ば悲鳴混じりの声で命じた。

だが——

 

「な、な……」

「た、弾がでねぇっ⁉︎何が起こってんだっ⁉︎」

「何やってんだテメェらっ‼︎早くこいつを撃ち殺せっ‼︎」

「で、ですが、弾が出ないんですっ‼︎」

「はぁっ⁉︎」

 

いくら引き金を引こうとも弾丸は、一発も発射されなかった。

既に手は打たれていたのだ。先程人質を囲んでいたテロリスト達がもつ銃火器の火薬を凍らせたが、彼が凍らせたのは()()()()()()()()()()()()。つまりこのモール内にいる解放軍達が装備している銃火器の火薬を先程既に全て凍らせていた。

しかし、彼らは火薬を凍結させられていることに気づいていない。なぜ弾丸が発射されないのか、パニックに陥っていた。

 

「テメェ何しやがったぁ⁉︎」

「………」

 

ビショウが先程と同じように叫んでいるが、もう、これ以上この男達に付き合うのも億劫なので、返答の代わりに右手を前に突き出す。

次の瞬間、天井から、床から、壁から、柱から、空中から、ありとあらゆる方向から様々な形状の水氷の刃が無尽蔵に生えテロリスト達の身体をバラバラに斬り裂いた。

 

斬り裂く海流の乱刃(アクア・スラッシュ・ラーミナ)》。

 

ありとあらゆる場所から水氷の刃を生み出し、敵の悉くを斬り裂く伐刀絶技だ。

部下達がことごとく斬り裂かれ絶命する中、使徒であるビショウだけは、情報を引き出す必要がある為、四肢を斬られるだけにとどまった。

 

「ぎゃああぁぁああ!て、テメェよくも—ガッ⁉︎」

 

ビショウの悲鳴混じりの抗議は、刃で全身を貫かれ強制的に打ち止められた。

幻想形態で全身を貫かれた彼は、あまりの激痛に泡を吹き、失禁して、いつのまにか失神していた。

血だまりの中に沈む数多の死体と、失神しているビショウを見回し、眉を顰めた蓮は獣の腕を元に戻し、血の海とも形容できる血だまりを全て乾燥させ赤黒い粉に変え、斬り落とした者達の断面を全て一瞬で凍結させた。

これで後に処理を任せる警察の者達も少しは気が楽になるだろう。

蓮はそれきり彼等を一瞥することもなく背を向けその場を立ち去った。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

ショッピングモールから出て来た蓮を一番に出迎えたのは外に待たせていた陽香だった。

 

「蓮さん!お怪我はありませんか?」

「ああ、大丈夫だ」

 

駆け寄ってきた陽香に蓮は纏ったままだった《海龍纏鎧》を解き、素顔を露わにし、怪我がないことを示す。

それを見て陽香は胸を撫で下ろした。

と、同時に、陽香の後ろから先ほど蓮が話していた警察の責任者が駆け寄ってきた。

 

「新宮寺さん。今から調書を作りますので、署に同行願えますでしょうか?」

「無論です。すぐに行きましょう」

「ありがとうございます。それと」

 

そういって、彼が後ろを向いた先には先程テロリストに殺されそうになっていた親子がいた。

何故まだここにいるのだろうかと訝しげに思った蓮だったが、

 

「二人が貴方にお礼を言いたいらしく」

 

責任者の一言で蓮は納得した。助けられたお礼を言いにくるのは今までも何度かあったからだ。

責任者の言葉とともに母親が前に出てきて、蓮に深々と頭を下げた。

 

「あの、騎士様、私達を助けてくださり本当にありがとうございます。貴方がいなければ私達はどうなっていたか…」

「気にしなくて結構です。俺は騎士としての責務を果たしたまでですので。それより子供の顔は大丈夫ですか?一応、逃す時に『治癒』を施しましたが…」

「ええ、それはもう綺麗に治りました。騎士様のおかげです。ほら、シンジ貴方もお礼を言って」

 

母親がシンジと呼ばれた少年の背中を押し、蓮の前に立たせた。シンジは屈託のない笑みを浮かべ蓮を見上げると、

 

「おにーちゃん!助けてくれてありがとう!」

 

そう元気な声で礼を言った。

 

「ああ、どういたしまして」

 

蓮はそれに微笑むと、片膝をつき少年と同じ視線までしゃがむと優しい声で言葉を返した。

 

「顔は大丈夫か?」

「うん!もう全然痛くないんだ!おにーちゃんのおかげだよ!」

「そうか。それなら良かった。だが、さっきのような事はもうするな。如何してかは分かるな?」

「…うん」

 

シンジは若干声音が暗くなって顔を俯かた。蓮に言われずとも彼もさっきの行動が自分だけでなく母親までも危険に晒したことを子供ながらに理解したのだろう。

蓮は右手を少年の肩に置くと、静かに言った。

 

「別に責めているわけじゃない。

お母さんを守りたかった気持ちはわかるが、無策で挑んだところで何も救えない。それどころか、自分だけでなく他人までも危険に晒してしまうという事を覚えておいて欲しいんだ。

それに、君のお母さんを守るために動いた勇気は立派だった。それだけは誇っていい。ただし、これからは気をつけろよ。今回みたいに助かるとは限らないからな」

「うんっ!」

 

そして帰路に着いた親子達を見送った後、蓮は陽香に視線を向ける。

 

「陽香はどうする。署で待つか?このまま学園に帰ってもいいんだぞ」

「いえ、蓮さんがいいのなら署で待ちますよ」

「待ってても退屈なだけだが」

「大丈夫です」

 

陽香はそう言って頷いた。蓮はそれ以上は何も言わずに、責任者の方へと向き直る。

 

「では、彼女も一緒に署に向かうということでお願いします」

「ええ、分かりました。パトカーはこちらにあります」

 

そう言って、責任者がパトカーへ二人を誘導しようとした時、こちらにもはや敵意とも言える鋭い視線を向けてくる存在に気づいた。蓮は足を止めそちらの方へ視線を向けると、思った通り、ステラ・ヴァーミリオンが睨んできていたのだ。その後ろには珠雫、一輝、それと先程一輝と共にいた長身の男がいた。

蓮は一つ嘆息すると、責任者と陽香に先に向かっていて欲しいと言い、二人をパトカーの方へ行かせた後、彼女に振り返った。

 

「何の用だ。ヴァーミリオン」

「……アナタ、何とも思ってないの?」

「何をだ?」

「ッ!テロリストを殺したことに決まってるでしょ⁉︎あそこまでする必要はなかったはずよ!なのに、どうして殺したの‼︎」

「…はぁ」

 

ステラの怒号混じりの質問に、蓮は露骨に溜息をつき、呆れた視線をステラに向けた。

 

「どうもこうも奴等はテロリストで何の罪もない親子を殺そうとした。それだけで殺す理由は十分だ」

「確かにあれは許されない行為だわ。でも、アナタなら殺さなくても無傷で拘束できたでしょ!」

「ああ、出来たな。だが、それをする必要性が感じられない」

「え…?」

 

冷たく淡々とした口調に、ステラは呆然とする。

 

「解放軍がテロを起こしたのなら、もうそこは日常ではない。非日常の戦場だ。それに武器を持って人を殺そうとするのなら、自分も殺されるかもしれないことは頭に入れておくべきだ。

そして奴等は人質を殺そうとした。ならば生かす理由などない。彼ら自身で代償を払ってもらった、それだけだ」

「それは……」

「そもそも、お前は実戦経験はあるのか?特例招集で戦場に赴いたことは?」

「…な、ないわ…」

 

ステラは蓮の言葉にそう答えるしかなかった。

彼女は確かに強い。蓮に完膚なきまでに叩き潰されはしたが、ヴァーミリオン皇国では一番の実力者だ。だが、彼女は戦場を知らない、命の保証がある《幻想形態》での戦いしか知らない。

自分の命を懸けた殺し合いなど、彼女は経験したことがなかった。

蓮はつまらなさそうに彼女を見下ろすと、聞き分けのない子供を叱るように厳格な口調で続けた。

 

「戦場では一瞬の判断が状況を左右する。

何も考えずに突っ込んだせいで味方が死ぬこともある。

救助が間に合わず、市民が敵に殺されることもある。

家族や友人を目の前で殺され、悲しみ怒る者がいる。

お前はその現実を知らない。その光景を見ていない。人が殺されるということがどんなことになるのかを知らないから軽々しくそんなことを言える」

「そ、そんなことはっ!」

「ある。知らないからそんな綺麗事を吐けるんだ」

 

蓮は彼女の言葉を容赦なく切り捨てた。

蓮は人の死を多く見てきた。自分が殺した者、敵に殺された者。数え切れないほどの多くの死を見た。

戦争の中で親や、子、友を殺され、悲しみ怒る者達を見た。

仲間や家族の亡骸を抱えたり、縋り付いて泣き叫ぶ者達を見た。

愛する者を奪われることがどれだけ辛く残酷なことなのかを身をもって知っているからこそ、彼は戦い続けるのだ。

 

「お前はヴァーミリオンの皇族だろ。

騎士であると同時に政界人でもあるお前は自国の人間の命を何よりも優先する責務があるはずだ。民の命が危険に晒された時は民を守るため、敵対するものは殲滅する。そうしなければ、家族も、仲間も、誰一人守れず、失うからだ。

誰も殺さず、誰も死なせない?巫山戯るな。そんな綺麗事が伐刀者の世界で通用すると思ったか。

優しさだけで、理想だけで、大切なものを守れると、誰かを救えると思うな。それはただの思い上がりだ。

命の保証が必ずある試合しか知らない者が、俺のやり方に口出しをするな」

「で、でも!だからって!」

 

ステラは蓮の言葉に反論しようとするが、何も言葉が思いつかなかった。

彼が言ってることは反論の余地がないほどに、正しい。

いざという時に優しさを振り切り、理屈に徹する。それは政界人として、戦士としてはまさしく理想的な在り方の一つだ。

ステラはそれを言葉としては知っていたが、そういう人物に会う事は今までなかった。だから、どうすれば彼の言葉を覆せるのかわからなかった。

蓮は言い淀んでいるステラから一輝へと視線を向けると、冷たく鋭い眼差しを向けた。

 

「黒鉄、どういうつもりか知らんが、お前がそうしたいのなら好きにすればいい。

どちらを選ぼうと俺にはどうでもいいが、レオ達には一言ぐらい言え。お前のことを多少なりとも気にかけていた」

「……」

「俺からはそれだけだ」

 

そう言い残すと、何も答えない一輝に背を向け警察の責任者と陽香が向かったパトカーの方へと歩いて行った。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

警察署で事情聴取を終えた蓮は、受付で待たせていた陽香と夕焼けが照らす道を歩いていた。

警察署から学園は少し距離がある為、パトカーで送ると提案されたが、夕食も外で済ませるつもりだったので、その提案は断り、今は陽香が事前に調べていたレストランに向けて歩いていた。

しばらく無言で歩いていた時、蓮が口を開いた。

 

「…今日は大変だったな」

「そうですね。まさか、テロに巻き込まれるなんて」

 

陽香が昼間のことを思い出して心の中でため息をつく。

せっかく凪達と考えたデートプランが解放軍達のせいで午後の予定がほとんどお陀仏になってしまったのだ。ため息をつくのも無理はない。

だが、こうして最後に夕食に行けるのは不幸中の幸いだった。

 

「しかし、本当に良かったのか?」

「え、何がですか?」

「警察署で待ってたことだ。テロの後始末でいつ終わるかもわからないのにわざわざ俺の事を待つ必要なんてあったのか?」

 

その疑問は蓮が警察署に向かう前に陽香にしたものと同じだった。蓮としてはテロの後始末に時間がかかる事を知っている。今回は手短に済ませることができたが、何度も同じ様には行かない。(と言っても、そもそもテロに巻き込まれること自体かなり珍しいことだ)

それなのに、(彼女自身の要望ではあるが)女の子を長時間一人で待たせてしまったことに多少の罪悪感を蓮は抱いたのだ。

だが、そんな疑問に陽香は首を横に振ると、穏やかな笑みを浮かべ蓮を見上げた。

 

「いいえ、全然問題ありません。取り調べに時間がかかるのは仕方のないことです。それでも、蓮さんを待ったのは私がそうしたかったからです。蓮さんが気を使う必要はありません」

 

それに、と陽香は続ける。

 

「婦警さんが話し相手にもなってくれましたし、退屈ではありませんでしたよ」

「……そうか」

 

蓮は苦笑しながら頷いた。

これ以上の気遣いは彼女を逆に怒らせてしまうだろうと蓮は理解したからだ。

その時、蓮のズボンのポケットから端末のメールの着信音が鳴り響いた。ディスプレイを見れば、差出人は選抜戦実行委員会。

 

「…実行委員会からか」

「対戦相手の通知ですか?」

「恐らくそうだろう。さて、誰になったんだろうな」

 

蓮が端末を開き、メールの内容に目を通す。その内容は、

 

『新宮寺蓮様の選抜戦第一試合の相手は、二年四組葛城レオンハルト様に決定しました』

 

「…まさか、初戦から当たるとはな」

「誰だったんですか?」

 

蓮は無言でメールを見せる。内容を見た陽香は目を丸くして驚いていた。

 

「え、葛城くんと?」

 

確かに選抜戦の対戦相手は抽選で決まる為、誰が相手なのかは出るまでわからない。ともすれば、知り合いとぶつかる可能性だって十二分にあり得る。だが、まさかいきなり一戦目で自分の親しい友人と想い人が戦うことになろうとは誰が思うだろうか。

陽香の言葉に蓮は頷く。

 

「そうみたいだ。決まったものは仕方がない。誰であろうと叩き潰す。それだけだ」

 

その顔には何の表情も浮かんでなく、緊張も、油断すらもない。ただあるがままに事実を受け止め、普段通りに戦う。友人とか知り合いなど関係ない。相対し戦うというなら誰であろうと叩き潰すという機械じみた意志が、冷たく、鋭い、鋼のような声音に宿っていた。

 

 

同時刻、破軍学園の食堂ではレオ、マリカ、那月、秋彦、凪の五人が夕食をとっていた。

既にレオ以外の四人は対戦相手が決まっており、未だ決まっていないレオはまだかまだかと食事中でもチラチラとポケットにしまっている端末を気にしてばかりいた。

やがて、端末からメールの着信音が響くとレオはバッとポケットから端末を取り出しディスプレイを見る。

送信者は選抜戦実行委員会。

やっと来たかと思い、メールを開き内容に目を通した瞬間。

 

「…マジかよ」

 

顔を青ざめ一言そう呟きテーブルに突っ伏した。

それを不思議に思った秋彦がレオに声をかける。

 

「レオ、どうしたんだい?いきなり机に突っ伏して」

「……選抜戦の相手が決まったんだよ」

 

レオがげんなりとして呟く。

彼の様子からして当たって欲しくない相手だったらしい。

 

「やっと来たんだ。それで、誰が相手なの?」

 

相手が気になったマリカは誰なのかをレオに問うた。

マリカの問いにレオは一言。

 

「蓮」

 

対戦相手の名を言った。

その名を聞いた四人のうち凪以外が全員『うわぁ』と一言呟いた。

 

「それは…運が悪いとしか」

「まさかいきなりラスボスと当たっちゃうとはねー。あんたくじ運悪すぎよ」

「が、頑張ってください」

「…ファイト」

「……はぁ」

 

気休めにもならない慰めにレオは露骨にため息をつく。

親しい間柄にいるレオ達は彼の強さをよく知っている。そして友人だからといって遠慮するような男ではないということも。

そしてレオは一度深く息をつくと、

 

「まあ決まったもんはしょうがねぇ。腹括るか」

 

多分、いや確実に蓮には勝てないことは分かっている。

蓮とレオの間には隔絶した実力差があるし、普段の鍛錬でも本気のほの字も出していないことなど丸わかりだ。

だからといって、ただで負けてやるほどレオだってやわではない。

できるだけのことはやるし、足掻くだけ足掻いてせめて無様を晒さない様にはしなければ、とレオは覚悟を決めた。

 

それに、蓮にはまだ見せていない『とっておき』もある。少なくとも一泡吹かせることぐらいはできるかもしれない。

 

 

こうして、学内序列1位《七星剣王》新宮寺蓮と序列7位《鋼の獅子》葛城レオンハルトの試合が決定した。

 




憎悪と憤怒を糧に『人』を捨て『獣』へ堕ちた彼は戦い続ける。

狂気をその魂に宿した彼は先の見えない闇の中を更に先へ歩き、更に深く沈んでいく。

そうしなければ、何もかも失ってしまうと思っているから。
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