蓮が破軍に入学してから一週間が経ち、一年一組ではある変化が起こった。
蓮の隣の席に座る黒鉄一輝がいじめを受けるようになった。しかもそれは生徒個人ではない。学校規模でのいじめだった。『実戦教科を受講する際の最低限度の能力水準』というありもしない規定を作り一輝を訓練場から締め出したときは、さすがに驚いた。
しかもそれが学園の理事長が決めたことだから呆れを通り越して笑えてくる。
蓮はそういったことに興味がないので、となりの席に座る隣人として会話を続けた。
だが、そのたびに彼は苛めを受けているとは思えないような笑顔で対応してきた。
それが蓮にはひどく不思議に思えた。
そしてその日の昼。レオとマリカと那月と食堂で昼食をとっているとき、色々な話に花を咲かせていたとき、蓮が箸を皿の上におきふと尋ねた。
「なあ、同じクラスの黒鉄一輝のことどう思う?」
彼の質問にまず答えたのはレオだった。レオは食事の手を止めると、訝しげに問い返す。
「黒鉄一輝って、いつも実技の授業の時締め出されてる奴だろ?」
「ああ、そうだ」
「どう思うって言われてもなぁ、俺はあいつと話したことないからなんとも言えねぇよ。強いて言うならなんか無理してるとは感じるな」
「やはりそう思うか」
レオの言葉に蓮も同じ考えだったのか少し考え込む。
入学式の日に初めて顔を会わせたときから感じていた彼の笑顔。一見すれば穏やかな笑みにも見えるそれは、どこか影が差しているようにも見えたのだ。
レオはそういうところを感じ取ったのだろう。
「そう思うって、蓮さんは何か思うところがあるんですか?」
那月がそう尋ねてくる。
那月の呼び掛けが「新宮寺さん」から「蓮さん」に変わっているのは、マリカが名字が長いから名前で呼ぶ、との一方的な宣言によるものであり、当然、那月も同じことを宣言して、はやくも既成事実とかしている。
以後、この四人はお互いを名前で呼びあっている。
「ああ、少しな。那月やマリカはどう思う?」
「私はやりすぎだと思います。いくら実技の授業が受けれないからって締め出さなくても見学とかで済ませればいいのに」
「アタシも同感。Fランクだからってわざわざあんなことまでしなくてもいいと思うわ。というか、あれを平然とする先生達の気が知れないわ」
那月やマリカは一輝の境遇を哀れんでいた。確かに彼の現状を知ればそう思うのは当然なのだろう。レオもそう思っているはずだ。
「でもさ、蓮くんとレオは何で無理してるって思ったの?」
「俺はなんとなくそんな感じがしたから」
「うわっ、なによそれ、まさしく野生動物ね」
レオのセリフに呆れ声をもらすマリカ。
「あ?んだとコラ」
「だってそうでしよう?アンタ如何にも肉体労働派だからねー」
「確かに体動かす方が性に合ってるけど、人を見る目なら自信はあるんだからな」
「ウッソーアンタガー?」
「······バカにしてんのは分かったからその棒読みやめろ、余計にムカつく」
「ふ、二人とも今は蓮さんのお話を聞きましょう?ねっ?」
「……分かったわよ」
「……わったよ」
那月の言葉に渋々と頷き互いに顔を背けるマリカとレオ。おろおろと視線を左右に振る那月に蓮は肩をすくめて話し始める。
「…………そろそろ話すぞ?まず、実戦授業にもうけられたあの規定。あれは今年からつくられたものだ。理事長が作ったと考えるのが妥当だが、そんなものをつくって理事長にはなんのメリットもない、だから理事長よりもかなり上の立場の人間がそう命じたのだろう。
そしてその規定に該当するのはEランク未満の騎士、それはFランクの黒鉄一輝以外いない。つまりあの下らない規定は黒鉄一輝を対象に作られたようなものだ。
それに加え、彼は黒鉄家当主であり国際魔導騎士連盟日本支部長黒鉄厳氏の息子だ。
これらのキーワードを組み合わせれば大きな権力を持つ黒鉄厳氏が何らかの理由で彼が騎士学校を卒業することを邪魔したいのだろうと俺は考えている」
蓮の推測にレオは小声で「マジかよ…」と呟いた。抑揚の乏しい声は、呆然とした声が表面的なものだけでないことをよく示していた。那月も表情が驚愕に染まっていた。
マリカも眉間に皺を寄せて何事か無言で考えている。険しい顔つきからするに、不快感を覚えているのは確かだった。
「おおよその話しは理解できたけどよ。
それだとおかしくないか?なんで実の父親が息子の卒業を邪魔してるんだよ。親としてあり得ねぇんじゃねぇの?」
レオが腑に落ちないと言う顔で蓮にそう尋ねた。
確かに実の父親が息子を追い詰めることになんのメリットがあるのかさっぱりわからなかった。
それには蓮も同感らしく首を横に振る。
「さあな、俺もそこまではわからん。ただ、入学したてであんな状況になってるんだ、たぶん幼少からあの手の嫌がらせはあったと考えた方がいいのかもしれないな。だからこそ俺は彼が何時も無理をしていると感じたんだ」
蓮の説明に得心がいったのか、レオは何度も深くうなずいている。なぜか那月も、同じような顔でうなずいていたが。
「すごいですね……そんなことまで考えていたなんて」
「そんなこと考えもつかなかったぜ。さすがだな、蓮は」
二人が漏らした感嘆のため息にマリカがふと呟く。
「でも、それはいくらなんでも考え過ぎなんじゃないの?」
マリカの指摘に蓮は気難しい表情を浮かべると呟く。
「だといいがな。………少し確かめる必要があるな」
△▼△▼△▼
放課後になった瞬間彼はレオ達に鍛錬で使う場所探しを任せ、すぐに教室を飛び出し校舎を歩き回り一輝の姿を探した。締め出された間何しているのかわからない。でも、確認したいことがあった。そして彼を探し歩き回っているときだった。
「あれ?新宮寺君?」
蓮の名を呼んだ声の主である、黒鉄一輝はジャージ姿で汗をかき、それを首に巻いたタオルでぬぐっていた。おそらく走り込みしていたのだろう。確かにここら辺は走りこみのルートにはぴったりの道だ。
目を見開いてこちらに近づいてくる一輝に少し居心地の悪さを感じる。
「どうしてここに?」
「黒鉄こそここで何をしていたんだ?」
相手の質問に被せるように質問を返す。失礼だと思うが許せ、と心の中で手を合わせた蓮。そして一輝は答えた。
「僕は今トレーニング中でね、学園の周りを走っているところだったんだよ」
「……そうなのか。確かにここの外周は走りこみに向いてるな」
この破軍学園は東京ドーム10個分という馬鹿げた敷地面積を誇っていて、外周はたしか20キロ以上はあったはず。
だが今トレーニング中ということは少なくとも授業中からやっていることになる。そのことを蓮は尋ねてみた。
「それは授業中もやっているのか?」
「うん。そうだよ」
一輝は蓮の言葉に頷くと寂しそうな笑みを浮かべてボソッと呟いた。
「………僕にできるのはこれぐらいしかないからね」
その言葉を聞いた蓮は彼をあることに誘った。
「なあ、このあと時間はあるか?」
「え?う、うん、ランニングも終わったからね」
「少し確認したいことがあるんだ。ちょっとついてきてくれないか?」
「?うん、いいよ」
首を傾げながらもそう了承した一輝はそのまま彼の背中についていった。
一輝の了承を得た蓮はレオと連絡を取りながら一輝を第五訓練場に連れて行った。
そこは無人かと思われていたが、先客がおりその人物は、蓮の友人達だ。
「おーい、こっちだ蓮」
「本当に連れてきたのね」
「準備は終わってますよー」
クラスメイトのレオ、マリカ、那月がリングの上に立っており、ちょうど入り口に着いた蓮達に向け手を振っていた。
蓮は彼らに近づくと申し訳なさそうに友人たちに声をかけた。
「すまんな、急に頼んでしまって」
蓮の謝罪にレオはカラッとした笑顔で首を横に振った。
「おいおい水臭いぜ、蓮。俺も黒鉄のことは気になってたしよ」
「大丈夫ですよ。今日はまだ誰もいませんでしたから」
那月も人当たりの良い柔らかいほほ笑みで、蓮の謝罪を否定する。
「そーよ。私達も黒鉄くんの実力は気になっていたから気にしなくていいわよ」
マリカもいつもの悪戯っぽい笑みを浮かべそう答える。
三者三様の笑顔に蓮は表情を綻ばせ先程の謝罪が無意味だったと理解し笑みを浮かべる。
「あの、新宮寺君これは一体?」
入り口で呆然とし立ち尽くした一輝は訳がわからないというふうに蓮に尋ねる。
彼は不敵な笑みを浮かべると、制服の上着を脱ぎながらこう告げた。
「黒鉄一輝、今から俺と模擬戦をやらないか?」
△▼△▼△▼
黒鉄一輝から見て新宮寺蓮はとても不思議な人だった。
突然だが彼は学園からいじめを受けている。それは彼の実家が仕向けたものであるけど、いじめを受けていることには変わりなかった。
普通ならイジメられている人間に関われば自分たちも巻き添えを食らうと思い関わらなくなるのが普通だ。だけど、蓮は違った。
彼は同情や哀れみもせず、それこそ普通の隣人のように接してくれた。
蓮を初めて見たとき彼は驚いた。
日本に二人しかいない若きAランク騎士の一人《紺碧の海王》新宮寺蓮。
何があったのかは不明だが、滝沢から新宮寺へと名字から変わっていた。だが、そんな些細なことはどうでもいい。
ただ入学式に顔を合わせたとき、彼が無意識に纏う独特のオーラに圧倒された。
彼から感じられる雰囲気はまさに剣客のそれだ。
しかし、彼が剣客だというのはあの六年前のリトルリーグでの情報で知っていた。強者だということももちろんだ。
無論、破軍学園に史上最高成績で主席入学を果たしたから、並外れた実力があるのは分かっていた。
だだ、それが自分の予想よりも遥かに上回っていたことに驚いたのだ。
それにパッと見ただけでも、彼の細身の体躯はかなり鍛え上げられており、日頃から鍛錬を怠っていないことが明らかだった。
そして改めて彼が自分が知る中で同世代では最強の騎士であることは確かだ。
はっきり言って一輝には伐刀者の才能はない。
伐刀者史上初のFランクで、持ってる異能も『身体能力倍加』という魔力を使えば誰だってできるような能力だ。
でも、そんな彼にも一応武器はある。
それは眼だ。
彼は昔から嫌われ者で、誰にも何も教えてもらえなかったから、他人の剣を見て盗むしかなかった。そうしてるうちに、いつの間にか三分もその人の剣を見れば、その件の流派に存在する技や、どういう進化を経て今の形となったのかという歴史、そしてそこに存在する欠点まで、全部理解できるようになった。
そしてそれを持って彼を見てみてはっきりいって強いということがわかった。それもかなりの強さ。多分この学園でも最強に位置するだろう。見ただけでもわかるぐらいにそれははっきりとしていた。
だからこそ、一輝は一人の剣士として一度彼と剣を交えてみたいと思った。
そしてそんな彼から模擬戦をしようと持ちかけられた。
これは願っても無いことだった。
Fランクの自分にまさかAランクである彼が興味を持つなんて思わなかった。
だから一輝はその申し出に、
「うん、いいよ」
迷うことなく即答した。それに蓮は、
「よし、じゃあ今すぐやろうか」
鋭い瞳に闘志の炎を宿し不敵な笑みを浮かべた。
△▼△▼△▼
蓮の見立てでは一輝は確かに伐刀者の才能はない、Fランクがその証拠だ。だが、人間としてはもはや超人の域に達しているはずだ。
先ほどのマラソンがいい例だ。
あれだけの距離を走って僅かにしか息が上がっていないのだから、体力は並大抵のものじゃないだろう。
そしてランクは伐刀者としての能力を評価するもの。体術や剣術は評価項目に含まれない。
だが、彼の身体能力は先ほどの走り込みから予想するにAかBのどちらかだ。
訓練場の内部には直径百メートルほどの戦闘フィールドと、それをすり鉢状に囲む観客席が設けられており、それはコロシアムを彷彿とさせていた。
「じゃあ模擬戦を始めるわよ。双方、《
レオと那月はリングの端に移動し審判役のマリカの言葉に両者共に頷き己の魂を顕現する。
「来てくれ。《陰鉄》」
そして一輝は開始線に立ち己の固有霊装である烏のように黒い鋼の日本刀を召喚する。
蓮も自分の固有霊装を召喚するために両手を横に広げる。
「行くぞ。《蒼月》」
瞬間、彼の両手には二本の白銀色の鋼の日本刀が顕現していた。
右腰には藍色の光沢に包まれた鞘が下げられている。
準備を終えた二人は開始線に立ち己が得物を構える。
お互いに口をつぐみ、じっと対峙する敵を見据え己が得物を構え意識を極限まで研ぎ澄ます。いつでも反応できるように。
「では、試合………始め!」
マリカの手が振り下ろされ、試合開始の声が響いた。そして蓮と対峙する一輝は《陰鉄》の切っ先をこちらに向けて告げた。
「僕の
瞬間、言葉と共に、一輝の全身と《陰鉄》の刀身から蒼い焔のように揺らめく、淡い輝きが生まれた。
あれは可視化できるほどに高まった魔力光だ。
だが、一体どんなからくりであの魔力の輝きを出した?
一輝は彼のそんな心を読んだかのように言う。
「僕はこの能力を普通には使わないで全力で使っているんだ。そしてそれは文字通りの全力。普段、人は本来の半分程度の力も使いこなせていない。だけど、僕は
つまりは短時間の超強化能力。一輝の異能は身体能力倍加であり、普通の伐刀者なら誰でも行える魔力放出による身体能力強化の下位互換の能力しか彼は有していない。
多分、極めて短い間でしかまともに渡り合うことができないような能力だろう。
そして生存本能を意図的に破壊、か。
面白いことを考える。だが、あの魔力の猛りはエネルギーのロスによって生み出されるもの、つまり一輝のあの切り札はあまりにも使い勝手が悪い。
ただただ魔力を限界まで絞り出し燃やし尽くすだけでは足りない。それらを全て制御し身体の内側で最大限作用させることこそが重要なのだ。
だが、同時に気づく。
一輝は魔力制御すらもままならないのだ。闘争に必要な魔力の使い方だけならば一流に匹敵するのだろう。だが、それ以外は下の下以下だ。だからこそ、ああして日頃から体を鍛えているのだろう。自分の唯一の強みを高めそれだけは負けたくないと思い、必死に鍛え上げてきたのだろう。
彼はふと口角を釣り上げ笑っていた。
素晴らしい。それだけの技をなすためにお前は一体どれだけ自分をいじめ抜いた?どれだけの屈辱を味わった?
お前の根幹を支えるその覚悟はなんだ?
なんとなくわかった彼の人となりからそれが並大抵の覚悟ではないことは伝わった。
だが、まだ足りない。
もっとお前の覚悟を見せてみろ。
《
「ならば見せてみろ!来い!黒鉄!」
「行くよ!新宮寺君!」
瞬間、一輝は蓮に向けて弾丸の如く駆け出した。
△▼△▼△▼
一輝の唯一の伐刀絶技《一刀修羅》は1分間に凝縮した身体能力超強化の魔術だ。
自らが持つ全ての力、自分自身のありったけをたった1分間のうちに使い尽くすことで、最弱の能力を何十倍もの強化倍率に引き上げる、最弱が最強に至るための答え。
修羅になることを選んだ者の答えだった。
この1分間だけは誰にも負けないように、誰だって倒せるようにと、鍛え行き着いた一つの答えだった。
故に一輝は短期決戦の速攻に賭けた。そしてそれは正解でもあり不正解でもあった。
一輝はそのまままっすぐに蓮の元へ駆け出す。そのタイムラグは0.13秒。並の人間ならば反応することができないおそるべき反射スピードだ。
一輝は蓮の今の実力を全く知らない、知っているといえば六年前の頃のだけだ。だからこそ、この一瞬で決めようとした。
そして、まだ蓮は動かない。それは彼の筋肉の動きからも見て取れた。試合開始の合図に一瞬筋肉が反応し収縮しただけ、これならばいける。これだけの有利な時間なら居合の軌道も蓮の目線や呼吸、筋肉の動きも何から何まで見切れることができる。
(さあ、行くよ!新宮寺君、君の最強を見せてくれ!)
一輝は自分の間合いに踏み込んだ瞬間、勝利を確信し蓮の首元に剣を振り下ろす。だが、
「———」
「——え?」
その瞬間、一輝は蓮と目があった。彼の鋭い瞳が自分のことをはっきりと捉えていたのだ。そして次の瞬間、一輝は足がガクンと動かなくなったような感覚を覚え、その直後意識がゆっくりと奈落へと堕ちていくのを感じた。
(………一体何が起こった⁉︎)
まだ彼は剣を振るってなどいなかったはず、己の目で彼の身体は反応していないということはわかっていた。なのに、なぜ?
その答えはすぐに分かった。
《幻想形態》により体力だけが削られることで発生する《血光》がいつの間にか自分の首と腹部から舞っており、蓮は日本刀を振りぬいていたのだ。
時間という絶対的優位はこちらが獲得したはず、だがそれを嘲笑うかのように追い越した神速の斬撃。
気づかないうちに放たれた斬撃。
それは超人的な一輝の動体視力や反応速度を凌駕し、一輝の対抗できる武器を全て無力化したということ。
目の前に佇む男はその双刃を一度振るっただけで一輝を倒したのだ。
答えを得たと同時に、一輝は薄れゆく意識の中、見る。
双剣を振り抜いた男の背中の大きさを、
それはただ大きいのではなかった。
ただならぬ覚悟をいだき、そのために強くなろうとしている誇り高く、逞しい背中だった。
それは幼い頃憧れたあの
(………ああ、すごい。……こんなにすごい人が、いたなんて)
そして一輝はそのまま意識を完全に手放した。
決して一輝君が弱いというわけではありません。
蓮が強すぎるだけです。