優等騎士の英雄譚   作:桐谷 アキト

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破軍学園壁新聞
キャラクタートピックス  文責・日下部加々美

LEN SINGUUZI
新宮寺 蓮


■PROFILE
所属:破軍学園二年三組
伐刀者ランク:A
伐刀絶技:《流水刃》《叢雨》
二つ名:《紺碧の海王》《七星剣王》《優等騎士(オンリーワン)》《氷雪の魔王》
人物概要:歴代最強の七星剣王

攻撃力:A +(可変あり)
防御力:A+(可変あり)
魔力量:A(可変あり)
魔力制御:S
身体能力:A(可変あり)
運:D

かがみんチェック!
日本でただ二人のAランク学生騎士の一人で言わずも知れた歴代最強の《七星剣王》。破軍学園序列第1位で風紀委員会副委員長も務める学園最強の先輩だよ。
成績も学年主席とまさに文句のつけようのない完璧超人!
Uー12の世界大会で最年少で優勝した記録を持つ実力者で当時はかなり騒がれてたけど、その大会を最後に表舞台から姿を消していたよ。でも、六年ぶりに七星剣武祭で見せたその実力は劣るどころかむしろさらに強くなっていてびっくり。
戦闘になれば容赦がなく、圧倒的な実力で相手を叩き潰す様は魔王の二つ名が付けられる程。
しかも、魔力量はステラちゃんに次いで世界二位の25倍!それに、中学生から特例召集を何度も経験しているからか経験値が異常に高くあらゆる状況にも対応できる完全無欠の優等生!まさにパーフェクト!まさにナンバーワン!
ちなみに、去年の破軍学園でのイケメンランキングは見事一位!文武両道だけじゃなく、容姿端麗ときた。うん、もう完璧すぎて、この人には弱点なんて存在しないんじゃないかな!?
むしろあるなら誰か教えてください!!



ーーー

今回は前書きに蓮のプロフィールを載せました!

当初は一万文字ぐらいを予定していたのに、気づけば二万文字超え…。自分でもびっくり。

そして今回は王者の蹂躙回です! 
さあレオ君はこの魔王を相手にどこまで食らいつけるのでしょうか!


それとモンハンアイスボーンは凄いね。
これから忙しくなるから少ししかできなかったけど、今までのモンハン作で一番好きです!
そしてガチ勢とか実況者の皆様方はやっぱり凄いですわ(✽ ゚д゚ ✽)


さて話を戻して、それでは早速20話どうぞ!




20話 《優等騎士(オンリーワン)

 

 

 

『で、出ましたぁぁ——‼︎《王牙》です!新宮寺選手が去年の七星剣武祭において二人のAランク騎士、十束先輩と三枝先輩を蹂躙した大技《海龍纏鎧・王牙》!その大技を今このタイミングで使いましたー!』

『す、すげぇ、気迫だ……』

『お、おっかねぇ……』

『同じ、人間なの…?怖いっ』

 

《海龍纏鎧・王牙》を纏った蓮は明らかに威圧が増していた。

天が落ちてきたかのような、何もかも押し潰すような膨大なプレッシャーがレオの眼前に佇む蒼銀の龍人から放たれ、この場を支配する。

殆どのものが直接向けられているわけでもないのにその獣のような荒々しい気迫に呑まれ、声は震え更に本能的に恐怖し身体も震え、一歩も動くことができなかった。実況もまた同様で、その気迫に声を震わせながらも、なんとか声を張り上げ気丈に振る舞う。

平然としているのは、解説席にいる寧音と観客席にいる黒乃ぐらいだ。

 

レオも強気な笑みは浮かんではいるものの、どこか表情は硬く、恐怖に全身が引き攣る。

本能が今すぐ逃げろと叫んでいる。勝てるわけがない、喰われる前に早く逃げろ。頼むから逃げてくれと、そうけたたましく警鐘を鳴らしている。

だが、それを無理やり押さえつけ蓮の動きを警戒しながら大剣を構えいつでも反応できるように身構える。

そんな圧倒的重量すら感じる静寂な空間の中で、ゆらりと、仁王立ちしていた蓮が両手を地面につけ獣のように四つん這いになり四肢に力を込めた次の瞬間———()()()()()()

 

 

『は……?』

 

 

その呟きが誰のものかは分からない。だがそれはこの場にいる殆どの観衆達の言葉を代弁したものだった。

次の瞬間には蓮がいた場所のリングは爆ぜ、レオの眼前に三十メートルもあった筈の間合いを()()()()()()、拳を振り抜かんとする蓮の姿があった。

 

「ッッッ⁉︎⁉︎」

 

目の前に突然現れた蓮にレオは目を大きく見開く。

閃光が如く瞬時に懐に潜り込まれたのだ。レオはすかさず防御しようと腕を動かすも既に蓮の拳がレオの胸部に拳が撃ち込まれていた。

 

「ガァァッ⁉︎⁉︎」

 

それはレオの想定を遥かに上回る重撃であり、ノーガードだったレオの胸部に深く突き刺さり、パキンとガラスが割れたような破砕音を響かせながらレオの身体は砲弾のような勢いで吹き飛び観客席下の壁に叩きつけられ、壁にめり込む。

 

「ゴフッ…、ぐぁっ、あぁっ!」

 

壁から剥がれ地面に倒れこんだレオは、血を吐きながら胸を押さえ悶絶していた。

 

『つ、痛烈ゥゥゥ!新宮寺選手が動いたかと思えば次の瞬間葛城選手が吹き飛び壁にめりこみました!まるで先ほどのやり返しだと言わんばかりの凄まじい一撃!そしてなんという速度でしょうか‼︎先程とは比較になりません‼︎』

(い、一撃でこれかよっ⁉︎)

 

レオは心のなかでそう吐き捨てる。

《海龍纏鎧・王牙》を纏った一撃はレオが誇る絶対硬度の鎧《金剛獅子》の防御壁を突破し肉体に強烈なダメージを届かせたのだ。

今まで感じたことがない未曾有な衝撃が全身に伝わり、頑強な骨に罅が入り、たった一撃で肉体が悲鳴をあげていた。

それに、胸元を見れば《金剛獅子》発動時の赤光の装甲が剥がれている。今の一撃で砕かれたのだろう。

相当な切れ味のあるはずだった蓮の水氷の刃槍を阻んだというのに、今度はこっちの鎧が容易く砕かれてしまった。

 

レオは《海龍纏鎧・王牙》の恐ろしさを知っている。

 

伐刀絶技《海龍纒鎧・王牙》。

 

それは蓮が持つ数多ある伐刀絶技の中でもとりわけ強力無比な技の一つだ。

原理としては実に単純。魔力放出による肉体性能や魔術の過剰強化だ。

彼は平均の25倍もの莫大な魔力をその抜群の制御力によって、一切の無駄なく一滴も溢す事なく攻撃と防御に作用させ、魔術強度と身体能力を底上げしている。

《海龍纏鎧》の鎧の魔力密度を通常の数十倍にもあげ、その放出した魔力を霧散させず肉体と鎧の中で循環させその密度を維持し続けているものが《海龍纏鎧・王牙》なのだ。

レオの切り札である《金剛獅子》は、この《海龍纏鎧・王牙》を参考にして編み出されたもの。

蓮が《海龍纏鎧》を媒介にしたように、レオは《鋼鉄装甲》を媒介にして魔力密度を上げたのだ。

 

そして《一刀修羅》との大きな違いは、二人とも脳のリミッターを外していないということ。

蓮の魔力制御の腕は一輝とは比較にならないほど卓越しており、リミッターを外して魔力を絞り出さなくても元々ある膨大な魔力を一滴も外に漏らすことはなく最大出力を維持したまま、体内で循環させてエネルギーのロスを完全に無くすというもはや神業の域に達している。

レオはその域には達していないが、一輝の《一刀修羅》が炎のように燃え盛っているのと比べ、彼はそれを鎧の形にとどめていることに成功している。それは魔力制御力が一輝よりも格段に高いことを示している。

とはいえ、最大出力を維持するのだから当然消費する魔力は増える。それでも使用限界時間は《一刀修羅》の一分に比べれば遥かに長い。

 

一輝は魔力制御の腕が絶望的に下手だから、一分という短い時間のみでしかその魔術を使えない。ならば、一輝よりも十分な魔力があって、なおかつ魔力制御の腕が一輝よりも優れているなら、わざわざ脳のリミッターを外さなくてもその強化倍率は一輝のそれよりも高くなる。

 

更に言うならば《海龍纏鎧・王牙》ははっきり言って時間制限がないに等しい。莫大な魔力量を持ちながらその回復量も凄まじく高いため、魔力を使った端から回復していくからだ。

疲労もあるにはあるが、それも《一刀修羅》に比べれば、瑣末なもの。

蓮の魔力量は単純計算で一輝の250倍という馬鹿げた量だ。最小の消費で最大の効果を生み出す《海龍纏鎧・王牙》の強化倍率は脳のリミッターを外してなくても()()()()()()()()()()()()()()

 

即ち、《海龍纏鎧・王牙》とは《金剛獅子》や《一刀修羅》の欠点を完全に無くした完全上位互換であり、基本的には多対一で数的不利な状況であってもそれを覆し逆に敵を蹂躙し殲滅するために編み出された対軍、対城用の殲滅特化型伐刀絶技でもある。どうあっても、たった一人を相手取るために作られた技ではない。

 

その事実をレオは知っていた。

当然だ。去年の七星剣武祭での蹂躙を見ているのだから。

準決勝と決勝も途中までは拮抗していたが、蓮があの鎧を身に纏った瞬間、拮抗していたのが嘘だったと思うぐらいに一方的な蹂躙になっていた。

それはいまだにレオの脳裏に焼き付いていた。だからこそその強さに惹かれ、彼の背中に憧れ目標にして、彼の鎧を自分なりの形にしようと日々鍛錬し、対抗できるように編み出したものだった。なのに、それがたったの一撃で突破された。

 

確かに《金剛獅子》は強い。あの防御力と攻撃力の高さはそれこそ並大抵のものなら捩じ伏せるだろう。蓮の《海龍纏鎧》も破ったのだ、それくらいの自負は持っててもいい。唯一、誤算があったとすれば《海龍纏鎧・王牙》の性能が予想以上に高かったこと。ただそれだけだ。

 

リングの外に出てしまったことで、審判によるカウントが始まる。カウント10で戻って来なければそこで終わり。選抜戦規定により自動的にレオの敗北となる。

観衆達は誰も声援を送らない。送れないでいた。

たった一撃で覆されたこの状況に驚愕していたのだ。

そして審判のカウントが8まで行ったとこでレオは緩やかな足取りだったが、なんとかリングへと戻った。

 

『葛城選手、カウント8でリングに戻りましたっ!

ダメージは大きいですが、まだ彼は諦めていません!その足でリングに戻ってきました!何か、策があるのでしょうか?』

(ねぇよ。そんなもん)

 

実況の言葉を、レオは内心で否定する。

策なんてない。レオが編み出した《金剛獅子》は蓮が《海龍纏鎧・王牙》を纏ったことでアドバンテージを失った。

 

(ただまぁ、たった一撃で、終わりってのは格好がつかねぇもんな…)

 

そうだ。

蓮の力になりたいと啖呵を切ったんだ。

だったら、自分は蓮が思うほど弱くはないということを見せないといけない。

なにより、これで終わってしまっては特訓に付き合ってくれた師匠とも呼べる存在に……マリカに合わせる顔がない。

なんとかリングに戻ったレオは、その両足でしっかりと立つと《金剛獅子》の破損部分を修復し、大剣を右手に、左手で拳を作り再び構え、リング中央で佇む蓮に不敵な声をかける。

 

「続き、やろうぜ」

 

レオの闘志がまだ尽きていないことを理解した蓮は、兜の下で唇の両端を僅かに吊り上げた。

 

「ああ、やろうか」

 

そう答えた直後、蓮は脚に力を込め、石盤のリングを容易く踏み砕き、再びレオに襲い掛かる。

魔力放出による身体機能超強化と《水進機構》による噴流加速。その二つを合わせたことでもはや神速とも呼べる速度で飛翔する。

観客達からすれば蓮が再び消えたように見えた。

 

「チッ!」

 

レオは咄嗟に右を向くと大剣を突き立て盾のように構える。

瞬間、ガァァンっという轟音と共に龍の拳が大剣の腹に撃ち込まれていた。

拳撃をレオは持ち前の直感でなんとか反応し受け止めたものの、あまりの衝撃に体は軋み足元のリングは勢いよく陥没する。

 

「流石に二度目は対応するか。だが、無駄だ」

「ぐっ」

 

蓮は大剣の刀身を凍らせながら右肘から勢いよく水を噴射し、力任せにレオを大剣ごと吹き飛ばす。

勢いよくリングの上を転がり、起き上がろうとするレオの頭上には既に高く飛び上がった蓮がいて、右腕を強く引き絞り狙いを定めていた。

 

(やべっ)

 

観客席を見下ろせるほどに高く飛び上がった蓮が、背中の無数の突起、右肘から強烈に水を噴射させ弾丸もかくやという速度でレオに右腕を振り下ろす。

なんとか立ち上がったレオは、上空の蓮を視認した瞬間、受け身を取ることも考えずただがむしゃらに真横に自分の体を飛ばす。

瞬間、レオの真横を青白い閃光が通り抜け、大きな爆砕音と砂塵と共に、大地が縦に揺れた。

 

「ッ———‼︎‼︎」

『は、はぁぁぁぁぁぁ⁉︎⁉︎』

『きゃあああぁあっ‼︎‼︎』

『う、うそだろ…ッ⁉︎』

 

観客席の所々から悲鳴が上がる。それも当然だ。なぜなら、

 

『な、な、なんということでしょう!新宮寺選手の拳がリングに叩きつけられた瞬間、会場に激震が奔りリングが崩壊したァッ!』

『《王牙》を使ってる時のれー坊のパワーは数十倍に跳ね上がってるからねぇ。この程度のリングなら簡単に砕けちまうよ』

 

リングは解説の言葉通り粉々に崩壊し、観客席も大きな亀裂がいくつも刻まれ、所々崩れていたからだ。

先の踵落としよりも更に圧倒的な破壊。

脚と拳では筋肉量から踵落としの方が威力は高いはず。だが、《海龍纏鎧》と《海龍纏鎧・王牙》との性能の差が筋力の差を容易く潰し覆したのだ。

 

「ぜぇあぁ!」

 

直撃を免れたレオは、拳を地面に突き刺している蓮の腰めがけ咆哮と共に大剣を振るう。

それが《海龍纏鎧》のままならば容易く切り裂けれただろう。しかし、今蓮が纏っているのは《海龍纏鎧・王牙》だ。

キィィンと甲高い音を立てレオの刃は、蓮の左籠手で容易く受け止められた。

何も不思議なことはない。《海龍纏鎧・王牙》は《海龍纏鎧》の上位互換だ。そうなると当然そこに込められてる魔力量も違う。魔力量も違うということはそのバリアの硬度が違うということ。レオの刃が如何に鋭くても元々堅牢だった氷の鎧が、更に並外れた強度を持てば、通ったはずの斬撃も通らなくなるのは必然だった。

 

「ッ!」

 

蓮の蹴りがレオに襲いかかる。

左で受け止めた大剣を横に弾きながら、左脚を軸にし、長い脚を加速させた蹴りをレオの左脇腹に叩き込む。

ドォンと鈍い音が響く。確かな手応えを感じた蓮はそのまま脚を振り抜こうとしたが、出来なかった。それは、

 

「ガフッ……あぁ重てぇな。けど、捕まえたぞっ‼︎」

「……!」

 

大剣から手を離したレオが両手で叩き込まれた脚を抱え込んでいたからだ。

レオは血を吐きながらも笑みを浮かべる。

次の攻撃に活かすためにわざと攻撃を受ける。受けたダメージは大きかったが、とりあえずその思惑は成功した。

レオは離さないように脚を抱える腕に一層力を入れると、血を吐きながらも足元のリングを砕きながら両足で強く踏ん張る。

 

「うおおらあぁぁぁぁ‼︎‼︎」

「ッ!」

 

蓮を豪快にぶん回しリングへと叩きつける。レオほどの腕力ならば《金剛獅子》の身体強化も相まって一撃で戦闘不能になるかもしれないレベルの一撃だが、蓮はリングに激突する瞬間、自分の激突地点を中心に水の緩衝球を生成することで衝撃を緩和。

受け止めさせた蓮は緩衝球を消し、両手をリングについて、腰から伸びる尻尾を鞭のように振るい強烈な打撃をレオの横っ腹に打ち据える。

 

「ごぉっ⁉︎」

 

レオは腹部に叩き込まれた打撃に苦悶の声をあげ数歩蹌踉めき思わず片膝をつく。

 

(くそっ!尻尾のこと忘れてた!)

 

打たれたところを押さえながら、レオは己の失態を呪う。

鎧から伸びるあの尻尾は飾りではない。あれも《王牙》形態での攻撃手段の一つ。動物が尾を振るい攻撃に使うように、彼も魔力を束ねて作った尻尾を攻撃に使用することができる。

尾鰭と無数の突起が生え並ぶそれは、何も補強せずとも強力な武器となるのだ。

人間にできる動きではない。そもそも人間はその部分が退化して無くなっているのだから、使いようがない。

だが、蓮は本来人間にはないはずの部位を自由自在に操れる。()()()()()()()()()()()()()

レオはそんな重要なことをつい見落としてしまっていた。

そして顔を上げればすでに蓮が目の前にいて、蒼く光る右腕を振り抜いていた。

斜め下から打ち上げる、アッパーカット。それは寸分違わずにレオの顎を捉える。

 

「がっ⁉︎ッッ、くそっ!」

 

痛みに呻きながらものけぞらずに踏ん張りなんとか反撃しようとレオは蓮がいた場所へ拳を振るう。

だが、それは蓮に容易く受け止められてしまう。そして今度は強烈な頭突きを見舞われる。

 

「がっ⁉︎」

 

意識が飛びそうな強烈な衝撃に視界がくらみ、数歩後ずさった彼は眼前から蓮の姿が掻き消えたことに気づく。

 

(どこに行った⁉︎)

 

レオは急いで周りを見渡そうとしたが、背中に衝撃を受け前に蹌踉めく。

 

「ぐっ!」

 

尻尾をリングに叩きつけることでレオの正面から外れ、レオのの後ろに回り込んだ蓮が背中に拳の一撃を叩き込んだのだ。

 

「ラアァッ!」

 

すぐさま振り向き、反撃。大剣を振るい蓮がいると思われる場所を薙ぎ払う。しかしそれは蓮に刀身を鷲掴みにされたことで容易く受け止められてしまう。

 

「なっ⁉︎」

「……」

 

蓮は右腕で大剣を掴んだまま強引にその剣を持つ腕ごと降ろし、そこを支点に異形の尾で側頭部に横薙ぎを叩き込む。

 

「ぐはっ!」

 

防御が間に合わずレオは側頭部に喰らいリングを転がるも即座に立ち上がり痛みをこらえながら蓮の方へと駆け出す。

蓮はレオに駆けることはせず後ろに下がりながら高く飛び上がりリング上に無数に蒼銀の華を咲かせると華を足場にし、その上を獣のように四足歩行で上下左右縦横無尽に駆け回り始めた。

 

(まじかよっ)

 

その光景を見たレオは足を止め顔を青ざめさせる。

音速を超えた超音速の速度で三次元の立体高速機動を行う。その場を通るだけで大気やリングは爆ぜ、ソニックブームが発生する。

急停止し姿が見えたかと思えば、すぐにその姿は掻き消え閃光へと変わり、複雑な軌道を描き、急旋回もしている。

 

この学園には蓮達と同じ二年生で《速度中毒(ランナーズハイ)》という二つ名を持つ生徒会に所属している校内序列10位の兎丸恋々という少女がいる。

彼女の異能は『速度の累積』。

自らの身体にかかる『減速』という概念を無視し、『停止』しない限り際限なく加速を累積することができ、その最高速は千二百キロに達し、音速を超えた超音速の域に達し、マッハ2を超えている。

彼女は破軍学園屈指の速度に特化した騎士であり、超音速の拳、伐刀絶技《ブラックバード》は強力だ。

彼女の最高速は人間の動体視力でどうこうできる領域を超えており、残像すらも捉えれない。

 

それと同等、いや急停止や急旋回を織り交ぜている時点でもはや彼女よりも卓越した高速移動を蓮は《水進機構》の噴流加速と身体機能超強化により可能にしている。

それに加え、彼の場合は兎丸の平面高速移動ではなく、三次元の立体高速機動だ。敵が対処しなければならない範囲が彼女よりも広い。

自分の周囲空間を四肢で上下左右縦横無尽に飛び回る超音速の青い閃光。

それは目で追い切れる領域を超えていた。

 

「ぐっ、がはっ、ごっ」

 

閃光が彼と接触する度に、拳や尻尾、頭突きによる打撃。蹴撃。鉤爪による爪撃が雨霰と暴風雨が如く降り注ぐ。

倒れることすらできずにレオは龍の暴力に晒される。

一撃受ける度に赤光が剥がれていき《金剛獅子》が破られつつあった。

 

「ぐ、ぁっ」

 

二百を超える連撃を浴び最後に強烈な拳の一撃が轟音を響かせながら鳩尾に突き刺さりついに膝が崩れ落ちる。

膝に力を入れ立ち上がろうとしてもピクリとも動かない。

更に身に纏う《金剛獅子》も輝きを失い空中に溶けるように消えてしまった。

ついに限界を迎えたのだ。魔力もほぼ底をつき、魔術を維持するための集中も途切れた。あれだけの暴力に晒されたのだ。むしろここまで蓮の猛攻を耐えたことを褒めるべきだろう。

片膝をつき大剣も手から零れ落ち、完全に無防備になってしまった。

 

——その隙を龍王は決して見逃さない。

 

蓮は四足歩行の姿勢で助走をつけながら体を回転させ、尻尾で周囲を薙ぎ払うように振りかぶり、背を反らし足を一気に前へ、そして上空へと飛び上がる。

そうすれば当然尻尾もその動きに従い斜め上へと振るわれレオの顎を下から打ち上げる。

後ろへの一回転。それはまさしくサマーソルトの型。脚ではなく尻尾で敵をなぎ払ったその動きはまさしく獣のそれであった。

 

「がっ⁉︎」

 

レオの身体は空中に打ち上げられ、大きな弧を描き空を舞う。このままレオはリングに受け身すら取れずに落ちるだろう。

しかし彼が宙を舞った瞬間、下にいる蓮がレオよりも上に跳躍し、左腕の装甲を何倍にも大きくし人一人は容易く叩き潰せるほどの巨大な龍の腕へと変えレオめがけ容赦無く振り下ろした。

 

「———」

 

圧倒的質量が衝突したことでレオの身体は砲弾のように吹っ飛びリングに激突し、あまりの衝撃にリングにめり込みそのままピクリとも動かなくなった。

 

 

 

△▼△▼△▼

 

 

『葛城選手ダウンッ!リングに叩きつけられた葛城選手は倒れたままピクリとも動かない!このまま終わってしまうのかぁ‼︎』

『つ、強すぎる…』

『バ、バケモンだ…』

『これはもう、決まったな』

『ええ、葛城君も強かった。でも、新宮寺君の方が圧倒的に強かった』

『むしろ葛城君はすごいよ。あの新宮寺君相手にここまで食らいついたんだから』

 

リングに佇む絶対王者たる男の蹂躙を目の当たりにした観客達はこの状況に思い思いに口を開く。

そこに侮辱の類は一切ない。ある者は蓮の実力を再認識したことで彼に畏敬の念を覚え、ある者は決着がついたと思い、ある者は蓮を相手にここまで戦ったレオの健闘を褒め称えていた。

両者ともに学内序列1位と7位という破軍きっての実力者なのだ。レオのランクがDだからといって先日の黒鉄一輝の試合の時のように地に伏しているレオを馬鹿にするような空気はない。

彼の実力を認めているからこそ彼らはレオの奮闘に感嘆の声を上げていたのだ。

その時、誰かが震える声でふと呟いた。

 

 

『……これが……《優等騎士(オンリーワン)》』

 

 

優等騎士(オンリーワン)》。

 

 

それは彼が持つ二つ名の一つだ。

羨望と畏敬の念を以って付けられたと同時に無責任な賞賛がこめられた二つ名。去年の七星剣武祭で七星剣王になった後、いつのまにかその名がネット上で広まっていた。

 

あまりにも逸脱した才能。

類い稀な天才的な戦闘センス。

敵を蹴散らす圧倒的な“力”。

敵を翻弄する卓越した“技”。

あらゆる戦術を思いつく頭脳。

それらの策を可能にする高いフィジカル。

戦闘において必要な全てを持っており、センスの塊でありながら全てのステータスも高水準にある弱点らしい弱点がない超高次元の万能型騎士。

 

幼少の頃から才覚を示し続け『神童』と呼ばれ、常に勝者の側に立ち誰も寄せ付けず圧倒的な実力で頂点に君臨し続ける最強の王者を天才と褒め称え、あるいは憧れ、あるいは雲の上の存在だと諦観する者達が、唯一無二の存在たる孤高の天才に与えた二つ名、それが《優等騎士》だ。

 

それほどまでに凄まじい彼の実力を知っているからこそ彼らは思ってしまった。

新宮寺蓮には何をしても勝てない。

どれだけ努力して力や技を身につけても、どれだけ巧妙な策を考じても、その全てがそれ以上の圧倒的な才能と技術で悉く蹴散らされる。

だから思ってしまう。

こんな怪物に勝てる奴なんているわけがない。一体、こんな怪物とどう戦えばいいんだと。

 

そして彼らと最も親しい五人ももう決着がついたと確信していた。

 

「レオ…」

 

彼の師匠とも言えるマリカはリングに倒れる弟子の名を小さく呼ぶ。

 

(もういい。アンタはよく頑張ったわ)

 

マリカは心の内で彼の奮闘に賞賛を送った。彼女はレオがこの一戦に懸けている想いを知っている。

そのためにどれだけ努力したのかも知っている。

その結果蓮に《王牙》まで使わせたのだ。むしろこの敗北はレオにとって確実に糧になる。今回の敗北を誇りにしてこれからもっと強くなればいい。

そんな事を思っていたマリカに隣に座る秋彦が目線はレオに向けたまま声をかける。

 

「マリカ」

「なに?」

「レオはよく戦ったと思うよ。君が鍛えていなかったらここまで戦えていなかったはずだ」

「…確かにそうなのかもしれないけど、ここまでやれたのはアイツの意志があったからよ。あたしはその手助けをしただけ」

 

秋彦の言葉にマリカはそう返し、審判の試合終了の宣言を待つ。

さすがにいくら強靭な肉体を持つレオもあれだけの猛攻を食らえばもう立てないだろう。魔力もほとんど残っておらず《金剛獅子》ももう纏うことはできないはずだ。

もうここまでだ。レオは実によく戦った。だが相手が悪すぎた。ただそれだけ。

 

だから予想外だった。

 

動けないはずのレオが血だらけになりながらもゆっくりと立ち上がったことが。

 

 

△▼△▼△▼

 

 

リングにめり込んでいるレオは辛うじて意識が残っていた。

全身はすでにボロボロで、魔力も枯渇していてもはや意識を失ってもおかしくないほどに甚大な外的損傷を受けていたが、彼の肉体性能の高さと《金剛獅子》のお陰で意識が飛ぶことはなかった。とはいえそれも本当にギリギリ。一瞬でも気を抜けばすぐに意識は暗闇に沈むだろう。

 

(……声が、遠い…)

 

朧げな意識のままレオは天井を見上げる。

もう周囲の声も微かにしか聞こえない。

もはやこれまで。確かに自分は強くなった。血が滲むような特訓をし、霊装の形が変わるほどの決意で努力した。

でも足りない。全然足りない。《王牙》を使ったとはいえ、手を抜かれた状態でここまで一方的にやられた。勝負にならなかったのだ。もうこのまま続けても意味はない。

むしろ自分が憧れ目標にした騎士とここまで戦えたのだ。もう意識を手放して休め。

現実がそう非情に語りかけてくる。

だが、

 

(…まだ、だ…)

 

レオは意識を手放さないどころか、腕に力を入れ立ち上がろうとしていた。

 

(……まだ、終わらせねぇ)

 

彼はまだ諦めていなかった。

勝てるとは思わない。消耗具合は目に見えて明らかだ。もう動けるはずがない。それなのに彼は確かに立ち上がろうとしていた。

 

『か、葛城選手が立ち上がろうとしています!あれだけの傷を負いながらもまだ立ち上がろうとしています!』

『おいおい、マジかよ。あんだけやられてまだ立てんのか』

 

これにはさすがに実況も寧音も驚いていた。誰もが決着がついたと思っていた。だがその予想をレオは見事裏切った。蓮も兜の下で僅かに目を見開いていた。

レオはガクガクと笑う膝に力を込める。

今にも激痛で意識が飛びそうだったがそれをなんとか踏ん張り続ける。ここで倒れるなと己を叱咤する。

 

(…お前を、孤独(一人)にはさせねぇよ)

 

あの日、彼の肉体に刻印された大量の古傷を見てしまったから。

彼が『特例召集』で何度も戦場に赴いて何度も殺し合いをしていることを知ってしまったから。

レオは彼と関わっていくうちにある日ふと思ってしまったのだ。

このままだとコイツはこれからも自分を犠牲にし続け、その果てにいつか消えてしまうんじゃないのかと。

目先の強さに気を取られがちだが、レオにはそれぐらい彼が不安定な存在に時折見えていた。

どれだけ傷ついてボロボロになっても、それでも己の命を顧みず自分を犠牲にして戦い続けるその捨て身の姿が、まるでその弱さを誰にも気付かれないように隠して、その強さで自分自身を守っているような悲しげなものに見えた。

 

それはレオの憶測に過ぎない。勘違いなのかもしれない。

これを蓮が聞けば余計なお世話だと笑って流すだろう。

ただ、レオは誰かが彼の手を掴んでおかないと、誰かが彼の名前を呼び続けていないと、誰かが彼を引き止めていないと、すぐに水泡のように簡単に消えてしまうんじゃないのかと思ってしまったのだ。

 

圧倒的な強さと存在感で誰よりも周囲の関心と、期待と賞賛を……世代をたった一人で背負い続けてきた。一時期表舞台から姿を消し六年の空白があったものの、去年の七星剣武祭で見せた彼の強さに、誰もが昔以上に彼に期待していた。

それがどれほどの重荷になっているのか、自分には計り知れないほど重いのだろう。

だがそれを知ろうともせず、誰もが彼を『天才』だと突き放している。

背負わせたはずの彼らが背負わされた彼を自分達とは違う存在だと見てしまっている。

自分だって必死に努力しているのにそれを一切理解してもらえず無責任な言葉を並べられて全て才能の一言で片付けられてしまう。

誰も彼自身には興味がなく、興味があるのは彼の残す結果だけ。そうしていくうちに彼は普通とは同じでいられなくなっていた。

辛かったはずだ。苦しかったはずだ。なのに、誰もそれに気づこうとしないし、見ようともしない。

 

だけど、()()()()()違う。

ちゃんとお前の事を見る。『天才・新宮寺蓮』ではない、自分達と同い年の『親友・蓮』のことを。

決してお前を孤独になんてさせない。お前を突き放したりなんてしない。一人で苦しませたりなんてさせない。

お前の強さに追いつけるように何度でも食らいついてやる。

お前の苦しみを少しでも和らげれるように支えてやる。

何より自分は彼のことを仲間だと思っている。ならばその仲間のために何か手助けをしようとするのは何も間違ってはいない。

 

俺達は知っている。

他人なんて目じゃないくらいに相当な努力を積んで今のお前があるということを。

いつも冷静で落ち着いていて、人が悪く冷たい所もあるがお人好しな所もある心優しい青年だということを。

蓮がどれだけ凄いやつかなんて嫌という程知っている。だがそんなこと知ったことではない。

力とか才能の差などどうでもいい。誰がなんと言おうともう決めたのだ。

 

何があっても俺はこれからもお前のダチであり続けると‼︎‼︎

 

その矜持が、想いが、願いがついに彼を完全に立ち上がらせた!

 

「はぁ……っ!はぁ……っ!あぁぁぁぁっっっ‼︎‼︎」

『た、立ち上がりましたァッ!葛城選手、血を吐きながらも、足を震わせながらも満身創痍のその身を持ち上げ、立ち上がりましたァァッッ‼︎し、信じられません!あれだけ傷を負ったというのに……!』

『意地で立ったんだ。レオっちはまだ諦めてねぇよ!』

 

二本の足でしっかりと立ち上がったレオは、眼前に佇む蓮に闘志に満ちた強い眼差しを向け吼える。

 

「どうした蓮っ‼︎まだ俺は立ってるぞ‼︎かかってこいッッ‼︎‼︎」

「……ッ」

 

文字通り手も足も出ず、血を吐きながらも蓮を挑発するレオの態度に、蓮は自分でも気づかないうちに兜の下で笑みを浮かべていた。

恐ろしいまでの執念だ。ここまで猛攻に耐えた敵は彼にとっても久しぶりだ。

『友の力になりたい』という想いが、彼に不屈の闘志を与えていたのだが、それを蓮が知るはずない。だが、ここまで粘り食らいついてきたレオを、彼にしては珍しく()()()()()だと警戒した。

 

(……次で終わらせよう)

 

このまま続けても確実に倒せるが、時間がかかりすぎると判断し、左腰に差した《蒼月》を一振り手に取ると足を後ろに広げ居合抜きの構えを取る。

それに対し、レオは両手で大剣を盾のように構えなけなしの魔力で再び《金剛獅子》を纏い、正面から受けて立つという強い意志を見せる。

 

「ッッ——‼︎」

 

次の瞬間、蓮の姿が消える。

青い閃光と化してレオの正面に迫り剣を抜き放つ。

《蒼月》の鞘から眩い青白い光が溢れ、凍てつくような冷気が漏れ、勢いよく水気が湧き出す。

その抜刀術をレオは知っている。

一度しか見たことはないが、振るえば敵が持ちうる全てを斬り裂いていた。

力も、策も関係ない。手向かうもの全てを悉く斬って捨ててきた伝家の宝刀。

淀みのない滑らかな動作から放たれるそれは、思わず見惚れてしまうほど美しく、魅入られるほどの流麗さであったために、その様をたたえ『流水』に喩えられるほどの絶技。

 

 

「————《叢雨》」

 

 

二人の影が交錯した瞬間、蒼光が煌めき、甲高い音が静かに鳴り響く。

氷と化し水を纏いしその一閃は、魔力放出による腕力上昇。刀の茎から水を噴射させ刀身を射出。氷を研ぎ澄まし摩擦を極限まで減少。それらの技術と居合抜きの技術が合わさったまさしく集大成たる神速の抜刀術。

それはレオの《金剛獅子》と盾のように構えた大剣を易々と斬り裂き、湧き出た水が彼を中心にリングを水浸しにさせる。

研ぎ澄まされた蒼の一閃はレオを斬り裂くだけに留まらず、その後ろの観客席とリングさらには天井まで、居合がそのまま飛ぶ斬撃に転化し大きく斬り裂いたのだ。

その余波は、会場を両断するだけに留まらず、観客席ごと会場の外の数百メートル先の地面にまで深々と細い斬痕を刻み、会場上空の低い位置にある雲まで斬り飛ばした。

そしてレオの側を通り抜けた蓮は、鎧を解きいつのまにか血が洗い流された白銀に輝く藍刀を滑らかな動作で鞘に納める。

 

「こふ…っ」

 

キンと納刀の音が響いた瞬間、蓮の背後でレオは大剣ごと《金剛獅子》と胴を深々と斬り裂かれ、小さく咳き込み、口から血の塊を零す。

血とともに膝から力が抜け、霊装が赤い光の粒子となって消えていくのと同時に彼の体がぐらりと後ろに倒れ、仰向けに水浸しのリングに水音を立て崩れ落ちる。

 

『蒼光一閃‼︎斬って落としたァァァァッッ‼︎‼︎

同時にレフェリーが腕を交差ッッ‼︎試合終了ォォォ———ッッッ‼︎‼︎

葛城選手、善戦を見せましたが健闘虚しく敗退ッッ‼︎

激戦を征したのは我らが破軍学園最強!《七星剣王》新宮寺蓮選手ですッッ‼︎‼︎』

『や、やべぇよ。どんな威力の斬撃だよ⁉︎』

『理事長先生が時間止めて避難させてくれなかったら彼処にいたヤツ全員巻き添え食らってたぞ……やっぱバケモンだ』

 

実況が勝者の名を告げると同時に、観客達は会場を大きく斬り裂いた斬痕にどよめきを起こす。

そして主審の試合終了の宣言がなされるとすぐさま担架を担いだ施設職員が駆け上がってきてレオを担架に乗せ医務室へ運ぼうとする。だが、担架に乗せたところで蓮が近づき待ったをかけた。

 

「少し待ってください。カプセルに運ぶ前に俺が傷を塞ぎます」

 

そう言うと職員達は文句一つ言うことはなく、一つ頷いて蓮に場を譲る。そして蓮はレオの横に立つと胸元に右手をかざし治癒を始める。手の平が淡い青に輝き、レオの全身がその輝きに包まれるとあれだけ深かった裂傷や小さな外傷まで全てが瞬く間にふさがり何事もなかったかのように綺麗さっぱり治った。

 

蓮はその高い治癒術を扱うことからこの七星剣武祭選抜戦での救護スタッフの一人に黒乃から任命されている。

軽度な傷ならばカプセルで治せるが、カプセルでも全快が怪しい、もしくは緊急を要するほどの傷を負った場合に限り彼が治癒をし傷を塞ぐ役割を担っている。

致命傷すらも容易に治せる蓮の治癒術は世界的に見ても最高峰の域にあるのだ。

 

「これでいいでしょう。あとは医務室に運んでください」

 

手を離した蓮が職員達にそういうと全員が頷いてレオを保健室へと運んでいく。

その様子を見た蓮は彼らに背を向けると蒼髪を靡かせながら青ゲートをくぐりやがてリングから去った。

ステラはそんな彼の背中を最後まで見つめた。

 

(………やっぱり、凄まじいわね)

 

レオは決して弱いわけじゃない。パワーと格闘術に秀でた学園でも屈指の強者だ。

だが蓮は更にその上を行く怪物。レオがどれだけ手を尽くしてもその想定の遥か上を往く存在。

戦ったから知ってる。あれこそが、七星の頂に君臨する王の姿なのだ。

通常の量りでは到底量ることなどできない超人だ。

同じAランクとして自分はまだまだ彼の領域に至っていない事を痛感した。

 

だが、それ以上にステラは先の戦いからいくつか気になっていたことがあった。

 

(シングージ先輩の伐刀絶技……()()の技と全く同じ…)

 

ヴァーミリオン皇国の国民だからこそ気づけたのかもしれない。

今までの試合映像を何度も見返したり、今回の試合を見て思った結果、蓮が扱う数多の伐刀絶技は彼女が尊敬する偉大な騎士の一人が使う技と全く同一のものだった。

オリジナルのものもあるが、彼の使う魔術の殆どが名前も形も全く同じなのだ。

偶然というには明らかに被りすぎている。だとすればそれは意図してのもの。

 

例えばそう……彼女の技術を受け継いだりとか。

 

そう考えれば納得できる。

受け継いだのであれば、全く同じ形にもなるし名前もそのまま使っても可笑しくはない。

それに彼女と同じ蒼髪碧眼。同じAランク。同じ水使い。

力や才能、性別の違いはあれど似通った容姿。『彼女』と彼の間にあるこれらの共通点はもはや遺伝を示しているのではないだろうか?

 

更に言えばあの剣術や体術も『彼』から受け継いだのならば尚更その繋がりがある事を教えているようなものだ。

 

(やっぱり……彼が、そうなのね)

 

ステラはヴァーミリオン皇国の皇女としてあの二人——サフィアと大和の間に子供がいる事を両親から聞かされていた。

ただそれは子供がいるということだけ。名前も性別も今どこに住んでいるのかも彼女は教えてもらえなかった。

 

だが彼と出会い戦ったことでようやく確信した。

 

彼こそが———

 

 

「…テラ、ステラ?」

「ッ!」

 

思考の海に沈んでいたステラは一輝が肩に触れたことで大きく肩を揺らし一輝の方を見た。

一輝は不思議そうな表情を浮かべていた。

 

「僕達もそろそろ行こうかと思ったんだけど、どうしたの?」

「……なんでもないわ。行きましょう」

 

一輝の言葉にステラは思考を中断させ他の二人と同じように席を立ち、一度だけゲートの方を見て寮へ帰ろうとした。

だが、

 

「ちょっと待ちなさい」

 

彼を呼び止める声が一輝の背後から聞こえた。

その声に足を止め振り向くと、そこには険しい表情でこちらを睨むマリカとその後ろでおどおどしている那月がいた。

 

「……木葉さん、佐倉さん」

 

 

△▼△▼△▼

 

 

「…………」

 

蓮がリングから控え室へ続く通路を抜け、控室から出た時、彼に声をかけるものがいた。

 

「いやいやぁ、今日も凄いもん見ちゃったねぇ」

 

その声に振り向くと、そこには小柄な赤い人影が、西京寧音がからんころんと天狗下駄を鳴らしながら蓮に近づいてきた。蓮は立ち止まり彼女の名を呼ぶ。

 

「西京先生ですか」

「やっほー。初戦勝利おめでとさん。いい試合だったよ」

「どうも」

「にしても驚いたよ。まさか初戦でいきなりれー坊が《王牙》と《叢雨》を使ったんだから。そんなに強かったのかい?レオっちは」

「ええ、強いのは間違いないでしょう。七星剣王クラスの実力はあると思います」

 

蓮は素直な感想を言う。

確かにレオは強かった。手加減していたとはいえ蓮に確かな傷を与えた一人なのだから。少なくとも《王牙》と《叢雨》を使うぐらいには。

だが——

 

「そんなことはどうでも良い。相手が何をしたところで俺のやることは変わりません」

 

彼のやることは変わらない。

どれだけ力をつけようとも、どれだけ策を弄しようとも、彼がやることは変わらない。

相対する以上は友達であろうとも関係ない。

自分の前に立つのなら、誰であろうと——

 

「叩き潰す。それだけです」

 

その声は鋼のように冷たく、鋭く、力強かった。

 

「やれやれ相変わらずだねー。ま、れー坊らしいっちゃらしいけどね」

「俺には約束があります。それを果たすまでは、誰にも負けるつもりはありませんよ」

 

『約束』。その内容を思い出した寧音はクスリと笑みを浮かべる。

 

過去61回行われた長い歴史を持つ七星剣武祭でも二連覇の偉業を達成した騎士はいない。世界最強夫婦とまで呼ばれた彼の実の両親であり、黒乃や寧音をも凌ぐ実力を持つ大和とサフィアですら連覇は達成できていなかった。とはいえ、正確には大和は一年と三年で二度獲得している為、二回制覇の偉業を達成している。

 

そして、蓮は幼い日に二人に約束していたことがあった。

『俺は七星剣武祭三連覇する』と。

憧れた両親と同じ頂に並び立つ為に、両親を超えたいと願っていたが為に、彼は伐刀者のことすらよく分かっていない幼い時分に、二人が果たすことができなかった三連覇を果たすことを約束していたのだ。

そう言った時、蓮は二人にこう言われた。

『お前なら出来る。頑張れ』と。

自分が憧れ目標にしていた騎士達が、あの偉大なる英雄達が、そう言ってくれたのだ。

 

「だから勝ちます。全員捩じ伏せて、1位になって俺は優勝する。

あと二回です。あと二回優勝すれば三連覇を、二人との約束を果たすことができる」

 

サファイアのような海色の瞳には静かに燃える闘志の炎が灯り、淡い青白い光を放ち、あたりに強大なプレッシャーが一瞬だけ放たれる。それは先程よりも強大であり、押し潰すどころか喰い殺すようなものだった。

しかしそれだけの重圧を間近で浴びたはずの寧音は普段通り飄々としていた。

 

「頂点に立つのは俺だ」

 

蓮は最後にそう呟くと、そのまま歩き去ってしまった。

その場に一人残された寧音は小さく息をつき笑みを浮かべた。

 

「れー坊ならやれるさ。頑張んな」

 

寧音は彼ならばできると信じている。

一国の戦力にも匹敵する対国家級の魔人だからというわけでもなければ、類い稀な才能を持つ天才だからでもない。

 

この子ならできると確信できていたから。そう思わせるほどの何かがこの子にはあったからだ。

初めて会ったあの日に、まだその才覚を示すそれ以前に彼女は彼を見てそう思ったのだ。

 

だからこそ彼女は期待している。

人をやめ獣に堕ちどれだけ歪み狂ったとしてもその本質が変わらない限り、彼ならばどこまでも高みに羽ばたけると。

 

彼が幼い頃に魔導騎士になることを志したあの日からずっと。

 

 

△▼△▼△▼

 

 

「久しぶりね黒鉄。とりあえず昨日の桐原との試合は勝利おめでとうとだけ言っておくわ」

「………うん、ありがとう」

 

マリカは一輝達と少し距離を置いたまますっと目を細め、尖った声を投げつける。表情や仕草の端々から苛立ちを滲ませているのが見てわかる。

 

「他の皆はどうしたんだい?」

「皆は蓮くんの所に行かせたわ。ここにいるのはアタシと那月だけよ。それよりも、黒鉄、アンタどういうつもりよ?」

「…………」

 

一輝はマリカの問いに何も返さない。ただただ申し訳なさそうな表情を浮かべているだけだ。

彼女のその問いの意味を理解しているからこそ、後ろめたさで何も答えなくなっていた。

 

「ねぇ黙ってたら分からないわよ。それともはっきりと言ったほうがいいかしら?」

「ま、マリカちゃん。少し落ち着いて」

「那月は黙ってて」

 

痺れを切らしたマリカが更に苛々を募らせる。そんなマリカをおどおどした那月が宥めようとするもあっけなく一蹴された。

 

「それでも答えないつもりなのね。だったら言ってやるわよ!」

 

その様子を見てもずっと口を噤んだままの一輝にマリカは遂に限界に達し、ガツンと踵を踏み鳴らしながら一輝にずいと近づくと制服の襟を掴んだ。

 

「どういうつもりであたし達を、蓮くんを避けてるのかって言ってんのよ!」

 

すっかり人がいなくなり、数えるほどしかいなくなった会場内でマリカの苛立ち混じりの声が響く。

まだ残っていた人達の視線が何事かという視線がマリカに集中したが、彼女はまるで気にせず続ける。

 

「確か三学期になってからね。アンタは昼も色々理由をつけてたまにしか一緒に食べなくて放課後の鍛錬もあたし達のところに参加もしなくなって会うことを避けるようになっていた。答えなさい。どういうつもりで避けてたのよ!」

 

マリカは一輝を引き倒さんばかりの力で、掴んだ襟を自分に引きつける。その勢いに一輝はガクンと姿勢が崩れるが、文句を口にすることはなく、遂に観念したのか静かに答え始めた。

 

「…申し訳なかったからだよ」

「っどういうことよ」

「君達が僕のせいで悪く言われるのが、僕には耐えられなかったんだ」

 

そうして一輝は語り出した。

 

ちょうど黒乃が理事長として破軍学園に来てからのこと。

一輝は、自分が彼等と共にいていいのだろうかと思うようになっていた。

 

あれだけ自分がFランクであることは気にしないと言っていたのに、今になって自分にまともな能力がないことを悔やむようになっていた。

自分だけ彼等と同じ所に立てていないと思っていた。ここは自分が本当にいていい場所なのかと。

彼のその優しさ故か、誰かに相談できるわけもなく、ただ一人でずっと考えていた。

 

その頃には蓮は勿論のこと蓮と親しいレオ達もそれぞれ二つ名を持ち那月を除き全員が学内序列一桁に名を載せるようになっていた。

序列外の那月はそもそもあまり戦わないため序列には並んでないがその実力は学内でも上位にいる。

そして彼等は全学年含め最強のグループとなりつつあり、他の生徒達から一目置かれるようになった。

そんなグループ内に本来その場には似合わないはずのFランクであり《落第騎士》とも呼ばれている一輝がいることが彼らには理解できなかったようだ。

 

だからだろう。日々彼らに対する陰口が絶えなかった。

一輝だけではない。蓮達も陰口を言われるようになっていた。

 

それが彼の心に追い打ちを掛けた。

 

今更誰に何を言われようが、構わなかった。だが、それはあくまで自分だけ。蓮達まで悪く言われるのは耐えられなかった。彼等は一輝を認めてくれた数少ない人達であり、恩人でもあり同時に尊敬する人達でもあったから。

 

自分を認め友人になってくれたのが嬉しかった。

この学園で居場所をくれたことが嬉しかった。

何気無い事で笑いあえることが嬉しかった。

 

でも、だからこそ、自分が彼等のそばにいてはいけない。

彼等と共にいては迷惑をかけることになる。それだけは嫌だ。彼等が侮辱されることは自分がされるよりも何倍も辛い。

 

それに学年が変われば会う機会も減り、一緒に行動することもほとんど無くなる。そして自分がいるせいでこれからも彼らに迷惑をかけることになってしまうのならもういっそのこと離れてしまったほうがいい。

 

いつまでも彼等の強さに、優しさに甘えてはいけないから。これ以上迷惑をかけたくはなかったから。

 

『………っ』

 

一輝の後ろで話を聞いていたステラ達が息を呑んだのが一輝は気配でわかった。

目の前で話を聞いてた那月も目を見開いて驚いていて、マリカは鋭い視線はそのままに僅かに眉を顰め静かに話を聞いていた。

やがてマリカはその視線を維持したまま静かに口を開いた。

 

「蓮くんには何か言われたの?この前会ったんでしょ」

「……僕がそうしたいのなら好きにすればいい、どちらを選んでも俺にはどうでもいい。ただ、皆には一言言え、僕のことを多少なりとも気にかけていた、って言われたよ」

 

一輝はあの日蓮に言われたことをマリカにそのまま伝えた。そうすると彼女は納得したのか一つ頷いた。

 

「まあ蓮くんらしいわね。確かに最近顔を出さなくなったアンタをあたし達は心配してたわ。で、アンタはあたしが引き止めてなかったらけじめもつけずに何も言わないで有耶無耶にしようとしてたの?」

「それは……」

「もういいわ」

 

一輝がなんとか答えようとした時それにかぶせるようにマリカぎ呟き襟から手を離すと一輝から少し距離をとる。

それがどこか一輝を突き放したかのように見えた。

マリカは苛立ちや怒りの入り混じった表情を浮かべる。

 

「もういい。アンタがそのつもりならもうあたしは何も言わないわ。勝手にすればいいじゃない。

でもね、これだけは言わせてもらうわ」

 

そう言って一度口を閉じると、一輝の目をじっと見つめ、強い口調ではっきりと言った。

 

「アンタの言い分も分からないことはない。アンタの性格を考えればこうなることは十分に考えれた。けれどそれ以上に……アンタがあたし達の事を信じていなかったからこうなったのよ」

「ッッ‼︎‼︎」

 

マリカの指摘に一輝は目を見開きあからさまに狼狽えた。

何かを言い返そうとしているのだが、言葉が見つからないのか口籠っている。その隙に、マリカは容赦なく言葉を重ねた。

 

「信じていれば相談とかはしていたはずだし、筋も通していたはずよ。

でもアンタはそれをしなかった。それってつまり、あたし達は信頼されてなかったってことでしょ?」

「……」

 

一輝は何も言い返せない。その場限りの嘘もひねり出せない。

 

「結局のところ、アンタも他の奴と同じようにあたし達を()()()()()で見てたのよ。だから意味もない劣等感を勝手に抱いて避けるようになった」

「ッッ」

 

一輝は『そういう目』に思い当たる節があるのか、顔を背け申し訳なさそうな表情を浮かべた。

そしてマリカはもうこれ以上話す気は無いのか、一輝から目を背け那月へと向けた。

 

「那月、行くわよ」

「え、でも……」

「今何か言ったとしてもこいつの意志は変わらないわ。あたし達も蓮くんのところへ行きましょ」

「う、うん」

 

何か言いたげな那月だったが、マリカの言葉に渋々頷いて彼女の後をついていく。

そしてマリカは一切一輝の方に見向きもせずそのまま歩き、那月はちらりと一瞥し一輝の側を通り過ぎ、そのまま蓮がいるであろう場所へ向かった。

二つの靴音が段々と離れた時、一言も発さずに立ち尽くしている一輝の背中にステラが恐る恐る声をかける。

 

「い、イッキ…」

「ごめん。今は何も言わないでくれないかな」

 

一輝は顔を伏せながら、悲しみを押し殺したような声音で皆に頼む。

今は何も言わないでほしい。

もう少しすれば落ち着くから。

 

そんな彼の気持ちを察して、皆が無言で頷き、落ち着くまでずっとじっと待ってくれている。

正直ありがたい。慰めの言葉を少しでもかけられれば今にも泣き出しそうになったから。

だけど泣いてはいけない。今回だけは絶対に泣いたらダメだ。この学園に来て初めてできた友人達を裏切ったのは自分だ。泣く資格などない。

 

一輝は唇を噛み締め、拳を強く握りしめ、落ち着くまでじっと耐えた。

ステラ達はそんな一輝の背中を唯々何も言わずに落ち着くまで見守り続けた。

 

 

△▼△▼△▼

 

「………っ」

 

試合終了から二時間後。

敗北したレオは意識を覚醒させた。

ゆっくりとまぶたを開くと、薄闇に浮かぶのは見知らぬ白い天井。それでレオはすぐに自分が医務室にいることに気づいた。

 

「起きたのね」

 

かけられた声に首を回し横を向けば、ベッドの隣の椅子に座り足を組んでいるマリカの姿とその後ろに座ったり、立ったりしている友人達の姿があった。

 

「………ああ、負けたのか。俺」

 

レオはそう呟きながらゆっくりと半身をベッドから起こす。記憶は《叢雨》で斬られ倒れたところまで残っている。だから自分が敗北したことはすぐにわかった。

それに仲間達も労わるような表情を浮かべているから、記憶が残ってなくてもすぐに分かっていたはずだ。

だが負けたというのに、レオはそれほど悔しくはなかった。

元々勝てるとは思ってなかった、むしろあそこまで戦えた事を自分でも驚いているぐらいだから。

でも、あれだけ鍛えてくれた師匠の前で無様を晒したことだけは申し訳ないとは思った。

 

「わりぃな。あんなに鍛えてもらったのに負けちまった」

 

レオはマリカに視線を向けると照れ臭そうに空笑いを浮かべ若干申し訳なさそうに呟いた。それにマリカは一瞬呆気にとられるも、すぐに呆れたような笑みを浮かべ、

 

「何言ってんの、アンタは十分頑張ったわよ。蓮くんに王牙だけじゃなく叢雨まで使わせたんだから」

「…おう」

 

マリカの賞賛混じりの言葉にレオは照れ臭そうにそう呟くと今この医務室にいる面々を見渡し蓮と陽香の姿がいないことに気づく。

 

「そういや蓮と五十嵐は?」

「トレーニングルームよ。ギリギリまでトレーニングするって。陽香はそのお手伝い」

「まじかよ」

 

レオにとっては今までで一番の激闘だったのに、彼にとっては鍛錬に支障が出ない程度の試合だったことに改めて実力の差を思い知らされた。

陽香が蓮の鍛錬のお手伝いをしている理由は何となくわかるので触れないでおく。

 

「…やっぱすげぇなあいつ」

 

そう呟くレオに秋彦が口を挟む。

 

「レオ、一ついいかな?」

「おう」

「君はどうして霊装の形が変わったんだい?一体君の中で何が起きたんだい?」

 

その言葉に全員の視線がレオに集まる。やはり気になっていたのかマリカ以外の全員が興味津々でこちらを見る。

レオは照れ臭そうに頰を掻くと、長い沈黙の後口を開く。

 

「…………あー、別に話しても良いんだけどよ。蓮には秘密にしててくれねぇか?」

「……何か蓮にバレたら困ることでもあるのかい?」

「いや困る訳じゃねぇんだけどよ…」

「じゃあどうして?」

「蓮くんの為だからよ」

 

気恥ずかしさから言い澱むレオに変わってマリカが答えた。

それにレオとマリカを除く三人が首を傾げた。

 

「蓮の為に?」

「ええ、レオの霊装が変わった理由は蓮くんの為だからなのよ。レオ、言いにくいならあたしから話そっか?」

「…いや自分で話すわ」

「ならいいけど」

 

レオはまだ気恥ずかしさが残っているのか頭を掻いていたが、やがて意を決し話し始める。

 

「先に二つ言っておく。これはあくまで俺の憶測に過ぎねぇことだから本当かどうかは分からねぇ。後この話はなるべく蓮には話さないようにしてくれ。変な気を遣わせたくない」

「分かった。秘密にしておくよ」

「はい」

「うん」

 

全員が頷いたのを確認したレオは自分の魂の形が変ったきっかけを話した。勿論古傷のことは伏せているがそれ以外の全てを。

 

「——てわけだよ」

 

レオが話し終えた時医務室には静寂が満ちた。

前以て知っていたマリカ以外の三人が一様に驚いた表情を浮かべている。

秋彦は蓮の古傷のことを知っている上に、蓮の為に何かできないかと相談を受けていたから彼の気持ちは痛いほどよくわかる。

 

そして、それは他の皆も同じだった。

那月も凪も前もって話を聞いていたマリカも、蓮の古傷のことは知らないがレオの話をただの憶測だとは思えなかった。

 

「だからレオ君は強くなろうとしたんですか?」

「ああ。つっても足元にも及ばなかったけどな。やっぱまだまだ遠いわ」

そう苦笑いを浮かべるレオ。だが、そこには悔しさが隠せておらず今のが空元気だったのは明らかだった。

その時、話を聞いていた凪が口を開いた。

 

「……多分、葛城の憶測はあってると思う」

 

四人の視線が凪に集まる。普段は口数の少ない彼女にしては珍しく饒舌に話を続けた。

 

「蓮さんは、なんでも一人で抱え込むんだと思う。

辛いことも、苦しいことも、何もかも全て一人で背負いこんじゃう。しかも、それを全く顔には出さないから私達は気づけなかった。

勝手な思い込みだけど、今まで、蓮さんが弱音を吐いた所を見たことがないからそうだと思う」

「確かに、蓮さんが弱音を吐いているところは見たことありません」

 

凪の言葉に那月は暗い表情を浮かべる。

入学してから一年。思い返してみれば蓮が弱音を吐くところを見たことはない。

 

いつも自分たちが見ている彼の姿は、とても強くて、頼り甲斐があって、時には優しく時には厳しい、そんな姿ばかりだ。

いつも彼の優しさや強さだけしか見ておらず、人が当然持つはずの弱さを一度たりとも見たことがなかった。

 

「私達は今までちゃんと蓮さんのことを見れてたんでしょうか?」

 

那月は自然とそんな疑問を零していた。

そうすると今度は那月に視線が集まる。その視線に那月は少し緊張しながらも言葉を紡ぐ。

 

「わ、私は蓮さんのことを友達だと思ってますし、人として尊敬してます。ですが、私達は本当の蓮さんをちゃんと見れてたんでしょうか?

レオくんの話を考えてみれば、私は、私達は蓮さんの本当の姿をまだ、見れてないと思うんです」

「……確かに佐倉さんの言うことは最もだ。僕達はまだ蓮のことを全然知らない」

 

秋彦の言葉に全員が無言の肯定を示す。

ここにいる全員蓮のことを深くは知らない。知ってても表面上の事と少し深いところだけだ。

彼を深いところまで知っているのは、母親である黒乃、黒乃の親友で蓮が幼い頃から付き合いのある寧音。……そして一番古い幼馴染である貴徳原カナタぐらいだろう。

 

「知らねぇならこれから知るしかねぇだろ」

 

誰もがここにいない蓮のことを考えていた時、ずっと布団に視線を落としていたレオが顔を上げてその瞳に強い意志の光を宿し静かにそれでいてはっきりと呟いた。

 

「俺は蓮のことをダチだと、仲間だと思ってる。

アイツが一人で苦しんでるなら、それを助けたい。有難迷惑でも、俺たちの我儘でアイツの領域に踏み込んででも、俺はアイツを助けたいんだよ。それが、仲間ってもんだろ」

 

まさにそれこそが、レオが強くなろうとしたきっかけであり、魂の形を変えるほどの決意の現れなのだ。

彼の力になるためにレオは強くなった。今はまだ届かない。だがいつか届けばいいと思っている。

そして陽香も蓮のことを真に見ようとしている一人だろう。

 

おそらくこのメンバーの中でレオと今ここにはいない陽香が蓮のことを真に見ているはずだ。

レオは友情から、陽香は恋心から、それぞれ別の方向から彼の強さや弱さをひっくるめて全てを見ようとしている。

 

だからこそ、レオはこの場にいる全員に伝えた。

もしも、これからも蓮の友達でいようとするなら、彼のことを少しでも多く知るべきなのだと。今までちゃんと見れていなかったのならば、これから見ていけばいいんだとそう問いかけた。

 

そしてそれに真っ先に同意したのはマリカだった。

 

「ええ、そうね、レオの言う通りだわ。確かに蓮くんにだって踏み込んで欲しくないことだってあると思う。けれど、蓮くんが苦しんでいる時に何も出来ないぐらいなら少しでも蓮くんのことを知っておいた方が力になれるわ。そうは思わない?」

 

それは暗にそう思って当然だろ、と視線で圧をかけてきているようにも見えている。

その圧に屈したわけではなく、それが当然だと言うふうに秋彦、那月、凪の三人は頷く。

 

「そうだね。僕も蓮のことは友人だと思っている。なのに苦しんでる時に何もできないなんて友人失格だよ」

「はいっ。そうですね」

「うん」

 

三人の答えに、レオとマリカは満足げな様子を見せる。

この結果は、レオが望んだ通りのものだったからだ。

 

そうだ。仲間なら、仲間だからこそ一方的に助けられるというわけにはいかない。互いに信頼しその背中を預けれるようにならないと本当の仲間とは言えない。

 

だからこそ彼らはこの日決めた。

 

これからもっと強くなろう。

いつか彼が自分達のことを信頼して背中を預けてくれるぐらいに強くなろう。

 

そうすればいつか本当の彼を見ることができるかもしれないと信じているから。

 

 

 

 

そして、彼らの一連のやりとりを医務室の外で聞いていた者がいたことは誰一人として気づくことはなかった。

 

 




一方は離別を決め、一方は結束を高めた。

共に歩んでいたはずの道は、それぞれの想いにより二つに分かたれた。

それがこの先、滅びの運命が待つ未来においてどのような結果を齎すのか。

『人』である者達と、『魔』に堕ちた者が紡ぐ物語の結末は、彼らはおろか神ですら分からない。



これにて一巻分が終了!
次回からは二巻に入りますのでこれからもこの作品をよろしくお願いします!


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