優等騎士の英雄譚   作:桐谷 アキト

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半年以上も期間を開けて待たせてしまったこと、本当に申し訳ありませんでしたっ!

今はコロナで大変な時期ですが、私はなんとか無事です。皆さん本当にお身体に気をつけてください。いつ何処で誰が感染してるか分かりませんからね。

そして、今回から宣言通り二巻へと入りま〜す。




21話 乙女の決意

第一訓練場に轟音が響く。

 

一人の男子生徒が観客席下の壁に上半身が突き刺さっていた。おそらくは殴り飛ばされたのだろう。凄まじい勢いと速度で壁にめり込んだ彼は、そのまま意識を取り戻すことなく呆気なく意識を失いぐったりと気絶している。

 

「試合終了!勝者、新宮寺蓮!」

 

それを確認した審判がすかさずジャッジを下し勝者の名を告げる。

 

『しゅ、瞬殺——ッ‼︎新宮寺選手、序列20位の赤城選手を場外ノックアウトで瞬殺‼︎これで9連勝‼︎やはり強い!強すぎる!これこそが最強の七星剣王だぁ——ッッ‼︎‼︎』

 

試合が終わってもなお興奮する実況と熱狂している観客達には目もくれずに、その注目の的である蒼髪碧眼の男、新宮寺蓮は戦いの勝利に高揚することもなく、ただ普段通りの態度で試合のあった第一訓練場を悠々と後にする。

 

七星剣武祭代表選抜戦が始まり、レオとの試合を終えて約一ヶ月ほどの新緑みずみずしい初夏に差し掛かった頃。

 

新宮寺蓮。歴代最強の七星剣王と謳われる破軍学園、否日本全学生騎士の頂点に立つ帝王は、初戦の《鋼の獅子》葛城レオンハルトの試合後の8戦全てを瞬殺で片付けていた。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

「お疲れ様です。蓮さん」

 

蓮が試合のあった第一訓練場の出口から出てくると、出迎えてくれたのはいつものメンバーである六人であり、陽香がスポーツドリンクを蓮に差し出した。

 

「ありがとう。まあすぐに終わったし疲れてはないな」

 

ドリンクを受け取り喉を軽く潤した後、蓮は無責任な傲慢を隠さずにそう言う。微塵の疲れも見えない様子から、彼らはまあそれもそうだろうなと各々呟く。

 

彼の実力は十二分に把握している。校内序列一桁相手を蹂躙できるまさしく最強にふさわしい実力をもつ彼が今更序列二桁程度の者に負けるわけがない。

それに、彼に限っては余程のまぐれが起きない限りとか、相性悪だからとかで敗北などあり得ない。その悉くを蹂躙できるため敗北なんて微塵も考えたこともない。

 

足首にも噛みつけないような矮小な羽虫程度に、何よりも誇り高く、平伏すほどに強大な絶対強者たる王が揺らぐ道理などあるわけがないのだから。

 

そして合流した彼らは他愛もない話をしながら、校内を適当に散歩する。

そうすれば、様々な生徒から教員生徒問わず視線を向けられるわけで、今注目のメンバーである彼らは当然のように視線を向ける。

 

『おい、アレ見ろよ。2年のトップ7が全員揃ってるぜ』

『うわすげぇ、全員雰囲気あるなぁ』

『序列一位と五位から九位。それに佐倉さんは序列外だけど実力は間違いなく一桁レベルだしねー』

『潰し合わない限りは確実にあのメンバーの何人かは代表入りはするだろうな。《鋼の獅子》は初戦負けただけで今の所九連勝だし。出てない佐倉さんと葛城以外は全員無敗だしな』

『2年でこれだけ有望なんだもんなー。一年も三年も有望なのがいるし、今年も破軍が勝てるのはほぼ確実だろ』

 

代表選抜開始からすでに一ヶ月が経過している。

その間に有力選手は相当絞られ、その中でも特に注目を浴びているのが蓮達だ。

参加してない佐倉は当然除外するとして、レオも惜しくも初戦で蓮に負けてしまったため候補からは外れている。だが、他の五人は無敗を維持している。そうなれば注目されるのは当然の成り行きだ。

その様を聞いて、候補から外されているレオは若干不満げに頭をかく。

 

「分かっちゃいたが。言われるとやっぱ悔しいなぁ」

「あんたはくじ運が悪すぎたのよ。初戦から大魔王なんて運が悪いにもほどがあるでしょ。今度お祓い行ったら?」

「お前ら、本人の前で疫病神扱いか」

「「あははは」」

 

レオのぼやきにマリカが肩を叩きながらそんなことを言っていたが、バッチリ聞いていた蓮は苦笑を浮かべ肩越しに振り返りながらツッコむ。

そうすると、二人は揃って詫びることもなく曖昧な笑みを浮かべ言葉を濁しただけだった。その様子に蓮は嘆息する。

 

「あのな、くじ次第では俺達の誰かがやり合うかもしれないんだぞ。レオのことを言ってる場合じゃないだろ」

「うへーそれ言わないでよー。考えないようにしてたのに」

「でも、それを言ったら一位と二位、もしくは三位の試合も実現しそうじゃないですか?」

「それはとても気になる内容だね。レオ以上の激戦になるかも」

 

序列一位と二位、あるいは三位の試合。それは学園中の誰もがこの選抜戦の中で実現して欲しいと願うカードの二つだ。

それだけ三人の実力は突出しているからだ。更にいえば、蓮、刀華、カナタの上位三人は粒揃いの序列一桁の生徒達の中でも群を抜いて強い。それに、三人とも数少ない特例招集を経験している百戦錬磨の騎士達だ。その三人が戦うかもしれないと考えるとそれはもう気にならないわけがない。

と、その時だ。

 

「あ、あの!」

 

蓮を呼び止める声が横から聞こえてきた。そちらに視線を向けると、選抜戦が始まってからもはや恒例になりつつある光景が目に移った。

数人の女子生徒が、何か小さな袋を手に蓮に近づいてきたのだ。そして彼女らは蓮の前で止まると頰を赤らめながらもじもじとした様子で蓮にその手の中にあった袋を差し出した。

 

「あ、あの新宮寺先輩。選抜戦応援してます!頑張ってください!」

「こ、これ、私達で焼いたクッキーです!よかったら食べてください!」

「試合かっこよかったです!」

 

これは選抜戦が始まってからはもはや見慣れた光景だった。

蓮は容姿もさることながら、圧倒的な実力を持っていることから全学年の女生徒達に絶大な人気がある。最近ではわざわざ試合の応援にきたり、こうしてお菓子などをあげたりする生徒もいるくらいだ。

 

「ああ、ありがとう」

 

蓮は穏やかな笑みを浮かべると慣れた手つきでその袋を受け取った。

袋を受け取ってもらった女生徒達は顔を赤らめながら蓮達の元から走り去った。

そしてお菓子の袋を片腕で抱えている蓮を見てレオがニヤニヤと笑いながら肩を叩く。

 

「いやー相変わらずモテモテだなー大魔王様は。今日も献上品は大量じゃねぇか」

「レオよしなって、まぁ確かにすごいけど…」

「レオ、秋彦、あとで模擬戦をしようか。最近運動不足でな、解消に少し付き合え。俺は《王牙》を全力で使うし《叢雨》も連発するがどうする?」

「調子乗ってすんませんでした」

「えっ僕も⁉︎」

「冗談だ」

「いや、冗談に聞こえなかったんだけど…」

「気のせいだろ」

 

レオの茶化しは大魔王の権威の前にすぐに屈することになった。誰だって命は惜しいのだ。

そして秋彦はいつの間にか自分も巻き添えを食らってることに驚愕の声を上げる。

男子達がそんな話題で盛り上がってる中後方ではマリカ達も蓮の人気具合に各々呟く。

 

「でも、本当凄いわよねー。毎月何人から貰ってるのよ」

「20は超えてるよね。しかも、それを全部律儀に受け取ってる所がまた人気を上げてるんだよね」

「……紳士的」 

 

女子達が感心の声を上げる中、ただ一人陽香だけは違った。

 

(蓮さんはかっこいいからモテるのは当然なんだけど……)

 

彼女は思い悩んでいた。何にとはいうまでもない。

彼女もまた恋する乙女。ならば、自分の意中の相手がモテている現状に思うところがあるのは当然のこと。

ならばとっとと告白して仕舞えばいいものと思うかもしれないが、いざ告白を考えると異性の交際経験が無いことや恥ずかしさが邪魔して中々踏み出せないでいた。

 

(う〜〜、どうしよう)

 

恋する乙女は今日も悩んでいた。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

破軍学園の広大な敷地には訓練場だけでなく数々のトレーニング施設があり、プールも当然存在する。

しかも、全長百メートル級のプールが、二つも。

 

彼らは今日の鍛錬場所を第一プールにし現在蓮達以外に他に利用者のいない貸切状態で鍛錬していた。

 

「うぉぉ‼︎」

「はぁぁ‼︎」

「やぁぁ‼︎」

 

レオ、秋彦、マリカは水面の上に()()五体の精密な氷の人形相手に五対三の複数同時戦闘を行っていた。

これは蓮が考案した連携訓練であり魔力制御力の鍛錬も兼ねているものだ。

蓮が造形した氷の人形と戦うという至ってシンプルなものだが、この訓練はそれに加えて水面の上でというのが曲者であり、プールの底までまっすぐに魔力による足場を作るか、各々の能力で水面に立って戦わなければならないという既存の訓練法の中でもかなりの難易度を誇っている。

既に二体を倒し今は三対三の同数での戦況になっている。

 

「那月。次はこれだ」

「はい。えっと…………《葉語登録(インストール)》《色葉語録(ショートカット)デザートイーグル」

 

那月はベンチに座りながら、氷で作られた拳銃、デザートイングルの隣に己が霊装《彩葉》から端末を片手にし液晶画面を見ながら実物のデザートイーグルを出した後光の粒子に変えて《彩葉》に仕舞っていた。

これは、那月専用の鍛錬であり、言霊の構築と消去速度の上昇。言霊のレパートリーを増やすことが目的だ。

言霊とは言葉の数だけ武器を持つことができ、言葉とイメージが合わさることで彼女は多種多様な武器を出すことができる。

これは彼女が『言霊』という能力を持っているからこそできる芸当。

 

彼女の言霊は知識にある物体を言葉にすることで実体化する能力であり、知識が必要な以上その元となる実物を知らないと何も始まらない。

そこで蓮が知っている兵器を氷で創り出し、その構造を那月に教えることで本型の霊装《彩葉》に登録されていくのだ。

それが那月の伐刀絶技《葉語登録(インストール)》。彼女の課題はとにかく言霊の数を増やす。その一点だ。

 

凪は飛び込み台の上に立ち、次々と眼前の水面から生えてくる氷柱をスナイパーライフル型の霊装《紫苑》で狙いを定め自分の『振動』の能力で次々と砕いていく。

これはレオが硬化の強度を上げるために蓮の氷を使ったのと同じものであり、彼女の能力向上のための訓練だ。

 

陽香は今は蓮達の隣のベンチで通常の水を浮かせる訓練の上位版、蓮が操作する激流の渦を浮かせ球体にとどめさせる訓練を行っている。

彼女が浮かばせている水球のサイズはバスケットボールぐらいのサイズだが、難易度を考えれば十分に実力があることがわかる。

 

最後に那月に指導している蓮はそれをこなしながらもこれらの水流と氷人形の操作と氷柱の造形を全て一人で行っている。

同じ水使いに同じことをやるのは難しい。魔力量も魔力制御力も足りないからだ。だが、100体以上の氷の生物を何時間も操作できる蓮にとってはむしろこれぐらいやらないと鍛錬にならない。

と、その時、レオ達の方で変化が起きた。

 

「これで!」

「ラストォ!」

 

秋彦の風の精霊により行動補助を受けたレオとマリカが二体の氷人形を切り裂き、あるいは殴り壊し、最後の一体を前後からの挟み撃ちで首と胴を斬り裂き倒していた。

許容量を超えたダメージを受けた氷人形が砕け散り下のプールに溶けたと同時に三人もまた疲労から魔力の足場が消えプールに浮かぶ。

三人とも疲労が顔に出ており、肩で息をしていた。

そんな三人に蓮はベンチから声をかける。

 

「三人ともお疲れ。続きはやるか?」

「んーちょっと休むわ。流石に疲れたし」

「俺もだ」

「ぼ、僕も」

「分かった。なら一度休憩にするか」

 

蓮は水面に浮かぶ三人を水流を操作してこちらへと手繰り寄せながら、飛び込み台の上に立つ凪に手を振る。

黙々と《紫苑》を構えて氷柱を砕き続けていた凪もちょうどひと段落ついたようで、蓮の意図に気づいた凪は小さく頷くとこちらに歩いてくる。

 

「どうだった?五対三の模擬戦は」

 

そういうと蓮はベンチに置いてあるよく冷やしたスポーツドリンクの缶やペットボトルをプールから上がってきた三人に差し出す。

 

「結構キツかったわね。能力なしだったから良かったけど、使われてたら負けてたわよ」

「同感だね。蓮の動きをトレースした人形だからか武術は達人級だ。そこに魔術も加わったら勝ち目がないよ」

「つっても、前に比べたらだいぶ戦えるようにはなったんじゃねぇのか?」

「そうですよ。三人の連携も良くなってきましたし個々の実力も上がってますから」

「でも、なんで蓮さんは連携訓練を?それなら授業でもやってますよね?」

 

学生騎士を養成する騎士学校では当然戦闘の授業もある。当然だ。彼らはいずれこの国の防衛を担う戦士であり、いくら学生騎士といえど騎士である以上は市民を守る義務もある。

その時、数的不利などは良くある話だ。それらに備えて学園でも授業でペアを組んで戦う授業はある。だが、

 

「ああ確かにある。だが、正直にいってしまえばあの程度でははっきり言って()()()()()()()

ここにいる全員が序列一桁、あるいはそれに匹敵する者達だ。たかだか半端者達相手に一々手間取っていてはいざという時に対処できないからだ」

 

蓮ははっきりとは言ってはいないが詰まる所、学園の生徒程度の実力ではお前達では相手にならないから、俺の氷人形で鍛錬した方が効率的だと言っているようなものだ。

あまりにも傲慢な発言だが、実際のところ彼の言う通りなのだ。

数多の戦場をくぐり抜け、何人もの世界最強レベルの人物達に鍛えてもらった蓮からしてみれば、ここの生徒達の大半はあまりにも弱い。

しかもそれは、蓮だけでなくマリカ達も薄々感じていたことだった。実際に全員蓮の言葉に頷いた。

 

「まぁ確かに蓮くんの氷人形の方が強いわね」

「というか、蓮の動きをコピーしてる時点で比較しちゃダメだろ」

「蓮基準で見たらそりゃあ誰だって弱いよ」

「…比べるまでもないと思う」

「確かに蓮さんのいう通りですよね」

「み、皆さん、流石にそれは言い過ぎでは……」

 

そう宥める那月もその表情からは僅かばかりの肯定の色も見受けられる。やはり、彼女も物足りなさは感じていたようだ。

蓮の見立てでは、この一年で彼らの実力は飛躍的に上昇している。全員その序列に相応しいほどの力を彼らは身につけている。

 

「ま、鍛錬の様子から見てもお前達は確実に強くなってる。俺が保証する」

 

蓮はドリンクを一口飲んだ後、そう高評価をつける。

それを言われた彼らは誰もが認める最強にそう言ってもらえたことに無性に嬉しかったようで、笑みを浮かべていた。その様子を見て、蓮は人知れずほくそ笑む。

蓮が彼らの鍛錬内容に干渉しているのは何も授業レベルとかの理由だけではない。

最たる理由は、

 

(……お前達には死んでほしくはないからな)

 

ただ彼等に死んでほしくないから。

 

あの日、月影からの暁学園の誘いを断ってしばらく経ってから蓮はレオ達の鍛錬メニューを去年よりも数段難しくした。

 

それは、もしも彼等が自分のような化物と遭遇した時に生き残れるだけの力を身につけて貰う為だ。

 

自分という『魔人』に関わってしまっている以上、彼女達は少なからず望まぬ戦いに巻き込まれてしまう可能性が大きい。

もしかしたら、『魔人』同士の戦闘に巻き込まれてしまうかも知れない。

無論、巻き込まないようにもしものことがあれば彼等を全力で守るつもりだ。だが、この世に絶対は存在しない。

だからこそ、万が一に備えて彼等には強くなってもらいたかった。

そう思うほどにいつの間にか彼等の存在は彼の中で大きくなっていた。破軍学園に来てからのこの一年と数ヶ月の期間は今までの人生でもあの日々と同じくらいに充実していた。

 

 

 

彼らには何があっても生きて欲しいと願っている。

 

 

 

自分のような魔性に堕ちた穢れた醜い『化物』とは違い、彼らは美しく、気高い心を持った『人間』なのだから。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

その日の夕食は全員で焼肉だった。

凪が実家の父から送られてきた大量の高級肉を皆で食べよう提案したことで、レオと秋彦の部屋に各々食材を持ち寄って焼肉パーティーをすることになった。(全員で何かを食べるときはレオ達の部屋に集まるのが恒例になっている)

七人は和気藹々と二つの鉄板を囲み、談笑に明け暮れた。

 

陽香はやはりというべきか蓮の世話を甲斐甲斐しく焼き、焼いた肉を皿に盛り付けてあげたりとか、飲み物を渡したりとか、それはもうアプローチをしていた。

それを面白そうに見ながら凪やマリカは楽しげにお喋りしたり、レオは専ら食べる方に口を使っていた。そして少し意外だったのが時折那月が秋彦に肉を取ってあげたりしていた。

時に、陽香は凪達の会話に加わり、時に蓮と秋彦はレオとフードファイトを繰り広げたりもしていた。

 

そして、夕食の時間はいつものように楽しげな空気が終始流れていた。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

夕食後、陽香は鏡に向かっていた。

今は片付けの最中だったが、陽香は「お花摘み」を口実に部屋を抜け出した。

鏡を見ながら、陽香は夕食前の凪の言葉を思い出していた。

夕食前、蓮達を焼肉に誘った後凪はこっそり陽香にこう告げたのだ。

 

『蓮さん達を食事に誘うから、陽香は食後蓮さんを誘いなさい』と。

 

その意味はすぐに分かった。何度も相談していたからこそ、彼女が陽香の告白のお膳立てを整えてくれていることにすぐに気がついた。

陽香は少し迷った後、淡いルージュを目立たないように薄く引き、髪を整え服装をチェックする。

 

「よしっ!」

 

陽香は自分自身に気合を入れて、蓮を誘い出すべく、レオ達の部屋へと戻った。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

等間隔に並ぶ街灯が照らす夜道に二つの足音が響く。

蓮と陽香だ。

陽香は片付けを終えた後、蓮に「外に出ませんか?」という誘いをし、蓮が二つ返事で承諾してくれたことで二人は外を歩いていた。

だが、スタートがスムーズすぎた所為で誘った彼女自身が戸惑っていた。今も隣を歩く蓮の顔をチラチラと盗み見ながら、いつ話を切り出そうか悩んでいる。

隣を歩く蓮は何も言わない。

夜道を歩く陽香の隣を少し隙間を開けた状態で同じ歩調で歩いている。

その姿には何となく、自分の意図を察していながらそこへ至るのを避けている、というふうに感じられた。

その彼の態度に、自分自身から踏み出さなければ有耶無耶にされてしまう、という危機感が彼女の背中を押した。

気づけば、彼らは街灯もない少しひらけた場所まで来た。

 

「れ、蓮さん」

 

何度も口を開け閉めしてようやく振り絞った声に、蓮は足を止め陽香と正面から向き合った。

ここには街灯の明かりはない。代わりに月明かりが差している。

わずかに吹く風の音や揺らめく葉の音が闇を満たす星空の下で、二人は向かい合う。

 

「あ、あの……」

 

しかし、そこから先が続かなかった。蓮が目線で促しても、陽香は何度も顔を上げては緊張した顔で俯き目線をそらしてしまう。

 

「うん、なに?」

 

蓮はいつもよりも柔らかい口調、柔らかい声音で優しく続きを促した。

その声に勇気付けられたのか、陽香は顔を上げて、

 

「そ、その……わ、私、蓮さんのことが好きです!」

 

長い逡巡の上に搾り出した告白は、もしかしたら、あたり一帯に響き渡っていたかもしれない。

だが、そんなことに思考を巡らす余裕は陽香にはない。今、彼女にとって世界は、蓮と自分の二人だけで形作られている。

 

「蓮さんは私のことを、どう思ってますか⁉︎」

 

蓮と視線を合わせることもできず、瞼をぎゅっと閉じてしまった陽香に、答えは中々返ってこない。

彼女は恐る恐る目を掛け、涙声で問い掛けた。

 

「そ、その……ご迷惑、でしたか?」

 

彼女の問いに蓮は笑って首を振る。

 

「いや迷惑じゃないさ。いつかはそう言われるかもしれないと思っていた。もしかしたらそうなんじゃないかと気づいていたからね」

 

月明かりに照らされた蓮の顔を見て、陽香は哀しげな瞳をしていると思った。

優しい笑みを浮かべながらも、その表情や瞳には哀しみが隠しきれていなかった。

押し寄せてくるであろう悲しみに堪えるべく、陽香は手を握り、口を噤む。

だが、帰ってきた答えは、予想外のものだった。

 

「陽香、俺はまともな人間じゃない」

「……えっ?」

「幼い頃、解放軍のテロに巻き込まれたことがある。……その時に、俺は精神を壊されたんだよ」

 

陽香の顔がサッと青褪めた。夜の闇の中でも分かるほどに蒼白に。

大きく目を開き、のろのろと上げられた両手で口元を覆い、「そんな……」と呟きを漏らす。

蓮は自分が《魔人》に至った日の事を、犯した大罪を思い出す。あの日から、自分は決定的に変わってしまった。

一度壊された精神は、彼自身が持つ復讐の感情のせいで歪な形に固まってしまった。

 

「その時に、俺は人が持っていて当然の倫理観とかを無くしたんだ。息をするように簡単に人を、敵を殺せるようになってしまった。そんな奴がまともなわけがない。狂っているとしか言いようがない」

 

蓮はまるで他人事のように語っていた。

 

「俺には恋愛をする資格がない。大勢の人を殺した俺は罪を重ね過ぎた。人として壊れた俺はこれからも人を殺し、罪を重ね続けるだろう。A級騎士として戦い続ける以上避けては通れないんだ」

 

陽香は自分の口を押さえたまま何も言わなかった。

一言も発することができない文字通りの絶句状態だった。彼女自ら紡ぐ言葉はなく、蓮の告白だけが陽香の耳から染み込み、意識に綴られる。

その間も蓮の告白は止まらず、続けられる。

 

「前に俺の体の傷を見た事があっただろ?あれは全てが戦闘でできた傷だ。カプセルでも治せない傷もあったが殆どの傷を俺は治癒せずに残している。

それは、俺が人殺しの化物だという事を忘れないための戒めなんだ。普段は隠してるけどね」

 

蓮は自分の体に残るひときわ大きい傷跡を服の上から触れる。彼女が勇気を振り絞って告白をしてきたことに、蓮は《魔人》の事を話すことはできないが、己の罪の証は話すべきだと思ったから。

 

「何度か想像した事がある。

誰かに恋をして、結婚して、家庭を築く。そして子供に魔術や武術を教えて、その子の成長を誰かと一緒に見守る。そんなどこにでもあるような家族の姿を」

 

《魔人》に堕ちた日から、蓮はその光景を何度か夢で見た事がある。顔の見えない誰かと家庭を作り、いつしか子供が出来ていて妻や子供と幸せに過ごす。

剣や魔術を教えて欲しいと言われれば、手取り足取り教えてあげる。

縁側に座り、庭で遊ぶ子供をその誰かと一緒に楽しそうに眺め、その成長を見守る。そんな幸福な夢を。

それはとても尊くて、心地いいものなのだろう。どこにでもあるようなありふれた人の幸せがそこにはあるのだろう。

だからこそ思う。その情景は、

 

「それは俺が得ていいものじゃない」

 

はっきりとそう断言した。

なぜなら、それは『人間』が得るべきものだから。

《魔人》になり、人が当然得られる安寧を捨てて闘争の世界に身を堕とした自分にはそれはあまりにも眩しすぎる。

鮮血に塗れた醜い化物が、得ていいものじゃないのだ。

 

「俺は陽香に告白されて嬉しかったよ。こんな化物でも好きになってくれるんだと思ったから。陽香が真剣な気持ちで言っているのも分かる。

卑怯な言い方だが、俺は陽香のことも好きだよ。けど、それは他の友達と同じように、なんだ。

そんな中途半端な気持ちで告白を受け入れれば、いつか必ず陽香を傷つけてしまう。それは、とても残酷で、辛いことだから」

 

そう言って、蓮は無力感の漂う儚い笑みを浮かべた。

 

「陽香の気持ちには、応えられない」

 

蓮は口を閉ざした。

陽香は何も言わずに無言で俯く。

葉を揺らす風の音が、二人の間を流れ夜の闇を満たす。

月が僅かに動こうかというだけの時間が過ぎた時、陽香が顔を上げた。

 

「……蓮さんは、優しいですね」

「……俺は、優しくないよ」

「いいえ、蓮さんは優しいですよ。だって、告白を断るだけならただ一言言えばいいだけなのに、私を傷つけないように気遣ってくれるんですもの」

「………」

 

陽香の言葉に蓮は黙り込む。それが図星だった事を示していた。陽香は真剣な表情を浮かべる。

 

「それにさっきの話の通りなら、蓮さんは、私以外の女の子を恋人にすることもないんですよね?」

「まあ、そうだけど……」

 

なんだか思いがけない雲行きに蓮は戸惑いながらも頷く。

 

「……だったら、いいです」

「え?」

「蓮さんはこれからも恋人は作らないんでしょう?なら、私が蓮さんのことを好きでいても、横恋慕にはなりませんよね?」

「それは……そうだが………」

「じゃあ、問題ないです。私はこれからもずっと、蓮さんのことを好きでいることにします!そしていつか振り向かせてみせますから!」

 

明るく、そう宣言した。

蓮は一瞬ぽかんと間抜けな顔をした後、

 

「……敵わないな」

 

苦笑しながら頷いた。

これ以上何か言うのは無粋だというのが分からぬほど、流石に蓮も鈍くはなかった。

陽香はくるりと蓮に背を向けると、顔だけを振り返らせ、眩しい笑顔を浮かべた。

 

「ならそろそろ戻りましょう。門限も近いですし」

「……そうだな」

 

そう言って、蓮は陽香の後を追う。

その足取りは、心なしかいつもよりも、リラックスしているようにも見えた。

陽香は蓮には見えないように頬を赤らめ、笑みを浮かべる。

 

(少しだけ、この人との距離を縮められた気がする…)

 

今回の告白は、望み通りの結果でもなければ、予想していたどの結果でもなかったが、結果的に想いを告げることもできたし、彼のことを少しでも知る事ができた。

それに彼が抱えている苦しみの一端を見れた気がした。

そして、彼女は新たな決意を心に宿す。

 

蓮を想う気持ちはこれからも変わらない。

彼を知りたいと言う気持ちも、支えたいと言う気持ちも変わらない。

だが、そこに新たに加えるべき事ができた。

 

 

(いつか、蓮さんが自分も幸せになっていいと思える日が来れるように私は蓮さんのことを好きでい続けます)

 

 

彼自身が自分も幸せになってもいいんだと、己を『化物』だと蔑む彼が、いつか『人間』として心の底から笑い幸福を享受できるように、これからも彼を好きで居続けることを決意した。

 

 




告白シーンは難しいな……。
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