男は夢を見た。
それは地獄。
一面炎に呑み込まれたどこかの街と、生きながら焼かれもがき苦しむ人々の姿を。
男も女も老人も子供も例外なく誰もが、炎に呑まれ苦しみながら死に絶えている。
肌は周りを取り巻く炎の熱さを。
耳はつんざく人々の絶叫を。
鼻は人間の肉が焼け焦げる匂いを。
その全てが男をいつまでも苦しませる。
炎に焼け焦げて、ぐらりと斜めに傾く『東京スカイツリー』の姿が、この街が東京だと言うことを教える。
これがただの悪夢ならどれだけ良かったか。だが、彼自身が感じた五感全てがこの地獄が現実であることを否応なしに突きつける。
これは起こりうるかもしれない『絶望の未来』。
男が意図せずに『予知夢』と言う形で視てしまったいずれ来たる東京の未来だった。
そして『悪夢』の中で男はあるものを視た。
300メートルオーバーの高さを誇る鉄塔『東京タワー』に巨大な体を蜷局を巻くように巻き付け、赤黒く焼けた空に向けて咆哮をあげる
▼△▼△▼△
陽香の告白から数日後の夕方。
学内の一角に存在する風紀委員会本部には風紀委員会役員総勢7名が集まっていた。
彼らは毎月の中旬に行われる定例会議の為に集まっているのだ。
「今月は違反者はゼロだったけど、先月みたく暴れ出す生徒もこれからも出るかもしれないから全員気を引き締めてこれからも取り締まりを続けるように。
じゃあ、今月の定例会議はこれで終了。解散!」
委員長である千秋の言葉に全員が立ち上がり、敬礼をすると、今日の当番の者達を残し次々と本部室を出て行く。
蓮、陽香、凪も非番なので本部室を後にしレオ達の待つ寮へと向かう。
その道中で陽香は隣を歩く凪に呟いた。
「今月は何事もなくてよかったね」
「そうだね」
話していたのは今月の違反者がゼロだったこと。
今年から選抜戦のシステムが導入されたことで、何か弊害が起こるかと風紀委員会は危惧していたが、ひとまず出だしの1ヶ月間は何事もなかった。(入学式での一年生の乱闘騒ぎは別として)
「恐らくは選抜戦がいいガス抜きになっているんだろう。それに俺達としては問題が起こらない方がありがたい」
「選抜戦の運営もありますしね」
会話に参加した蓮の言葉に陽香は苦笑混じりでそう答えた。
今年に入ってから蓮達風紀委員会や刀華率いる生徒会は実務の内容が増えたのだ。
それは選抜戦の運営だ。その運営は理事長の黒乃をはじめとした教員達が主導で行なっているが、その補助として生徒会や風紀委員会にも要請が出ていることがある。
まだ一年目ということもあり教員達も蓮達も忙しいのだ。だから、生徒同士でのいざこざが起こらないのは正直言ってありがたい。
「運営のことも忙しいが選抜戦ももう中盤だ。ここからが本当に厳しい戦いになるだろう。今無敗を維持している俺達には一瞬の気の緩みも許されない」
「確かにそうですけど、蓮さんは誰か警戒している人はいるんですか?」
「俺か?そうだな……」
蓮は少し思考する。
この選抜戦で警戒している生徒ははっきり言って今の所いない。誰でも勝てる自信はある。
そもそも、この学園の生徒達と比べると、自分はあまりにも実力差がありすぎる。《魔人》ということもあり総魔力量は既にステラ・ヴァーミリオンを超えている上に、経験の積み重ねが他の生徒達と比べても桁違いなのだ。
だが、しかし強いて挙げるとするならば一人。たった一人だけいる。
「強いて言うならステラ・ヴァーミリオンだな」
「それは同じAランクとしてですか?」
「それもあるが単純に彼女は力の全てを使いこなせていないように感じる」
「どういうこと?」
「あの時の炎が世界最高の魔力量を持つものの炎とは思えない。A級としては確かに及第点の火力だが、魔力量を考えればアレは
蓮はそうはっきりと告げる。
蓮はこう言うが、二人には彼女が今操れる熱量も凄まじいものだと思っている。しかし蓮はそうは思えないようだ。
「彼女はまだ発展途上。
「「っ……‼︎」」
蓮の言葉に二人は僅かに息を呑む。
あの蓮が、誰もが認める最強の《七星剣王》がここまで言うのだ。ならば、それはあり得ない話ではない。
確かに彼女の才能は一級品だ。魔力量も表向きは蓮を超えている。
ともすれば、蓮に匹敵する程の存在になるのかもしれない。だが、たとえそうだとしても、
「まあ俺の相手にはならないがな」
最後にそう付け加え、不敵な笑みを浮かべた。
蓮は自分の強さに絶対の自信を、自らが《絶対強者》である事の自負を持っている。
なぜなら彼は
世にも珍しい《魔人》同士の間に生まれた奇跡の子。
生まれながらにして《魔人》であり、僅か9歳にして《覚醒》に至り今や非公式ながらに日本最強に君臨しているのだから。
それだけの力を自覚している蓮が今更学生騎士程度に負けるとは毛頭思ってない。
「それよりも陽香は大丈夫なのか?生徒会長が相手だろ」
そう、蓮の言う通り陽香の次の試合相手はこの学園での校内序列2位にして、昨年の七星剣武祭ベスト8に上り詰めた、破軍学園生徒会長、《雷切》東堂刀華なのだから。
陽香は表情を暗くするも、すぐに力強い表情に変わった。
「大丈夫、とは言えません。ですが、蓮さんが鍛えてくれましたから。私は全力で勝ちにいきます」
「気力は十分のようだな。なら何も言わんさ、思う存分戦ってくればいい」
「はい!蓮さんが鍛えてくれた事、絶対に無駄にはしません!」
陽香は両手でぐっと握りこぶしを作ってその意気込みを表現する。
どうやら、戦う前に必要な心構えは出来ているようだ。
その時生徒手帳からメールの着信音が二つ同時に響く。
発信源は、蓮と凪だ。
同時に鳴った事にまさかと思いつつも二人は無言で生徒手帳を開く。ディスプレイにはこう表示されていた。
『新宮寺蓮様の選抜戦第十試合の相手は、二年四組・北原凪様に決定しました』
(……まさか、このタイミングで来るか)
蓮はこの間の悪さに心の内で毒づいた。
出来れば別々の場所で見たかったが、もうきてしまったものは仕方がない。
間違いなく凪の方にも届いたメールも同じ内容のはず。みれば、凪の端末を覗き込んでいた陽香が驚愕の表情で二人を交互に見ていた。
だが、肝心の凪には動揺が見えるどころかむしろその逆。少しだけ嬉しそうな顔をしていた。
「次は、蓮さんが相手なんだね」
「そうみたいだな」
真っ直ぐに蓮を見据える凪の視線に蓮もまた彼女の黒の瞳をじっと見る。
そして蓮が切り出す前に、凪が切り出してきた。
「蓮さん、一つお願いがあるの」
「なんだ?」
「全力で相手をしてほしい」
「……」
凪の頼みに蓮は一瞬目を見開き、静かに口を開いた。
「……言っておくが俺はレオとの一戦でも全力は出していない。別に全力を出さなくても誰であろうとも勝てる自信があるからだ。それを分かった上で言っているんだな?」
傲慢な発言に凪は目くじらをたてることもなく首肯する。
そんなこと凪にはわかり切っていることだ。今更不快になるわけがない。
「うん、今の私じゃどうやっても蓮さんには届かないと思う。けど、だからと言って最初から諦めてるわけじゃないよ」
「……」
「むしろチャンスだと思ってる。だって蓮さんほどの騎士と本気で戦える機会なんてこの先何回あるか分からない。だからこれは私の挑戦。蓮さんに私の全てを試せる最高の機会。私はそれを無駄にはしたくない」
「そうか……」
蓮は凪の言葉に一つ息をつく。
強い相手と戦いたい。それは伐刀者なら誰だって一度は抱いたことの一種の本能のようなものだ。
そして同世代で傑出した力を持つ蓮と本気の勝負をしてみたいというその気持ちは蓮にも理解できるもの。
だから蓮は笑みを浮かべ彼女の挑戦に応えた。
「ならば、俺に断る理由はないな。いいだろう、この《七星剣王》がお前の挑戦を受けて立つ。心してかかってこい。だが、どんな結果になっても後悔はするなよ?《
「勿論。蓮さんが相手ならどんな結果になっても私にとって間違いなく経験になるから。だから、蓮さんも全力でかかってきて」
「ああ」
▼△▼△▼△
同時刻、破軍学園から少し離れた東京某所のある山奥。
そこに建てられた小さな山小屋に人影があった。
数は16。男女関係なく全員が一般的な登山用の服に身を包み、大きなリュックサックを部屋の隅に纏めて置いていた。
これだけなら団体での登山客が山小屋で一休みしているように見えるだろう。だが、それは事実ではない。
彼らは一般人ではない。全員が伐刀者だ。
更に言えば全員この国の人間ではない。全員が《魔導騎士連盟》と《解放軍》との三竦みの関係にある巨大組織《同盟》の一角中華連邦の伐刀者ー『闘士』ーの集団だ。
なぜ、敵対する組織の者達が山奥でこんな格好で集まっているのか?
ただの観光というわけではない。
全員が自分達の主である中国政府の命令によりこの日本に入国したのだ。
彼らは———《
中国政府の暗部の一つ。戦闘、暗殺に特化した特殊部隊だ。長い歴史を持ち、中国の闇の側面の一つとして長きにわたり暗躍し続けた秘密部隊。
テーブルを囲み彼等の中の1人、中年の男がこの辺り一帯の広大な地図を広げながら口を開いた。
「作戦の変更はない。当初の予定通り殺害対象はただ1人。だが邪魔する者がいたら其奴も殺して構わん。作戦開始は三日後だ。各々現地での準備を整えておけ」
『
男の言葉に全員が頷く。
彼等の目的。それはある伐刀者の抹殺。
中国政府だけでなく《同盟》《解放軍》内で、その強さから極めて危険性の高い存在として優先殺害リストにその名が記されている者の排除だ。
「我等の目的はこの男ただ一人」
男は一枚の写真をテーブルの上に乗せる。そこには一人の青年が写っていた。
男は小型ナイフを掲げるとその写真にナイフを突き刺した。
「《七星剣王》新宮寺蓮の抹殺。それだけだ」
▼△▼△▼△
破軍学園に存在する複数の訓練場では今日も変わらず、選抜戦を見る生徒たちの歓声で賑わっている。
しかし、今日はその一つ第五訓練場が一層賑やかだった。
なぜなら、今日は久方ぶりに序列一桁同士の戦いが観れるからだ。しかも、二試合連続でだ。
第10試合
『《七星剣王》新宮寺蓮VS《
第11試合
『《雷切》東堂刀華VS《閃光の魔女》五十嵐陽香』
序列一位と八位。序列二位と九位。
学内でも屈指の実力を誇る四人が七星剣舞祭も中盤に差し掛かったこの時期に激突することになった。
そして第9試合が終わった今、会場のボルテージは最高潮に達し、今か今かとその時を待ちわびている。
その中にはレオ達だけでなく、一輝やステラ、珠雫を始めとした有数の実力者達もいる。
黒乃や寧音もすり鉢状の観客席の最上階で試合を待っている。
『えーそれではこれより本日の第10試合を開始しまーす!
まず赤ゲートより現れたのは、破軍学園風紀委員会役員の一人にして七星剣舞祭代表有力候補!
その小柄なルックスとは裏腹に、戦闘は豪快の一言に尽きる!
『振動』の能力で敵を粉砕してきたリトルクラッシャー!
2年《
薄暗い通路を抜け、赤ゲートからまず現れたのは短い黒髪のマッシュレイヤーの少女北原凪。
歓声響く中、彼女は相変わらず表情に乏しいが、親しいもの達から見れば緊張している面持ちで、青ゲートの奥を見据える。
割れんばかりに響いているはずの歓声が響く中、彼女の意識は今、目の前のたった一人に集約されている。
『そして、青ゲートより姿を見せるのは、同じく風紀委員会副委員長にして、我が校の校内序列最高位!我らが日本の学生騎士達の頂点に君臨せし《七星剣王》!
人の形をした大海は今日も圧倒的な実力で相手を蹂躙するのか!
荒れ狂う大海を従えし蒼き海の王者!
破軍が誇る最強の水使い!2年《七星剣王》新宮寺蓮選手です‼︎‼︎』
青ゲートより、水色の長い髪と長ランを靡かせて破軍学園だけでなく日本最強の学生騎士が盤上に上がる。
その姿を双眸に捉え、凪は一筋の冷や汗を流す。
(……やっぱり、桁違い)
対峙すれば分かる。
圧倒的すぎる。
空気が彼の纏う覇気に呑まれ、張り詰めている。
身体中の産毛がぞわぞわし、射抜くような眼光の鋭さに、汗が滲み体が震えるのが分かる。
まるで、彼の背後に何か巨大な怪物がいるような気がして、今にもその怪物が自分を嚙み殺そうとしているように錯覚してしまう。
今までの選抜戦で相手をしてきた者達とは何もかもが比べるまでもないほどに桁違いだ。
自分より格上なのは明らかだし、全力を出し切っても遠く及ばない相手だ。
だが、それでも彼女は棄権することはしなかった。
むしろ、これはチャンスなのだ。
今までは陽香以外にライバルと呼べるほどの強者はいなかった。思えば、その時の彼女達は井の中の蛙状態だったのだ。
だが、この破軍学園で蓮に出会ったことでその思い上がりは完全に打ち砕かれた。
日本で最強の地位に君臨する学生騎士。
歴代最強の《七星剣王》と謳われる男。
そして、A級リーグで名を馳せる化け物達と肩を並べると言われるほどの騎士に全力で勝負を挑める機会なんてそうそうない。
だから絶対に引かない。
自分の全力が出し切れる戦いから逃げるなどもってのほかだ。
(これは私の挑戦。今の私にできる全てをぶつけるっ!)
高ぶる気持ちのまま彼女は相棒を呼び寄せる。
「打ち砕け。《紫苑》」
彼女の右手から鮮やかな紫色の燐光が溢れ出し、やがてそれは一つの形を成す。
光が晴れた時、そこに現れたのは白銀の銃身に紫の花を象った装飾のある美しい狙撃銃だ。
これこそ彼女の霊装《紫苑》。
凪は《紫苑》を構え、銃口を蓮に向ける。
「行くぞ。《蒼月》」
対する蓮も己が相棒を呼び寄せる。
青い燐光が舞い、腰に現れるのは鞘に納められたままの艶やかな藍色の双刀。
会場のボルテージもいよいよ最高潮に達し、両者の準備も整った。
あとは、試合の開始の合図を待つだけ。
そして———
『それでは第10試合目、———開始‼︎』
戦いの始まりを告げるブザーが鳴らされた。
▼△▼△▼△
「《
試合開始の合図がなされた瞬間、凪は躊躇わず《紫苑》の引き金を引き、最初から全力で魔術を行使する。
同時に訓練場を凄まじい地鳴りが襲い、各所に亀裂を刻み始める。
《紫苑》から紫白の振動波が蓮のいる一方向に向けて放たれる。にも関わらず、訓練場全体が揺れているのはその振動波の余波によるもの。
今までの敵の殆どがこの技に呑まれ悉く粉砕されてきた。
だが、相手はその普通には当てはまらない。
なぜなら、彼は七星の頂に住まう本物の怪物なのだから!
「——《
蓮は自身を紺碧に輝く水の球体で包む。
水の障壁は紫白の波動を正面から受け止め、轟音と衝撃が訓練場全体に響く。
紫の衝撃波は、紺碧の水球にぶつかるも傷一つつけられない。激しく渦巻く激流の球体は、蓮の鉄壁の防御魔術の一つだ。そう簡単に破られるわけがない。
それに水とは衝撃に対して非常に強い抵抗力を持つ。しかも、その表面が激流のごとく常に高速で回転しており、それらの激流が衝撃波の悉くを受け止め粉砕しているのだ。
「———ッ」
だが、凪は指を止めることはなく一度で攻撃が通らないと見るや、間髪入れず障壁への攻撃を繰り出し破壊を試みる。
幾度も響く轟音と衝撃。何という荒々しい攻め。
だが、幾度と波動が放たれようとも紺碧の障壁はビクともしない。
しかし、この程度は想定内。
彼は日本で一番強い学生騎士。しかも、連盟最高ランクのAランクだ。魔力の総量も自分のソレとは桁違いだ。
自分の思い通りに状況が進むとは微塵も思っていない。
そして、ついに彼が反撃に動いた。
「《
蓮は空中に無数の氷のライフルを生み出し、銃口を振動波を撃ち続ける凪に向け一斉に冷気を帯びた氷弾と水の弾丸を放つ。
機関銃のように放たれる蒼の光弾に、凪も一度壁への攻撃を中断し《紫苑》を構え光弾を迎え撃つ。
「《
《紫苑》から放たれる振動波を帯びた紫白の光弾が空中で無数に弾け、驟雨が如く青い光弾に向けて放たれる。
水氷の驟雨と破壊の弾雨が空中で激突し青紫の爆煙が生じる。
その爆煙を突き破って無数の蒼の閃光が一気に凪へと襲いかかる。
「………!」
凪は自身を守るように、《
紫白の防壁には振動が付与されており、攻防一体の防壁が冷気と水の閃光が接触した瞬間に粉々に粉砕されていく。
閃光が途切れたと同時に爆煙も晴れ、中からゆっくりとこちらへ歩いてくる蓮の姿が現れる。
全身に要塞に匹敵するほどの堅牢な防御力を持つ紺碧の魔力障壁を纏い、攻撃の悉くを受け止めてきた蓮が悠々とした足取りで凪の元へと向かう。
対する凪は再び《共振破壊》を放つ。
しかし、今度は頭上も含めた全方向からだ。
またも障壁に阻まれたものの今度は彼の歩みを止めその場に縛り付ける。
一つでも足を止めるほどの強烈な振動波を前後左右と頭上からの五方向から受けたのだ。流石の蓮でも動きを封じられ、即席の紫白の光の檻に閉じ込められる。
だが、激しい衝撃波が入り乱れる結界に囚われているというのに、障壁には傷一つつかない上に、当の本人は涼しい顔をしている。
「……邪魔だな」
蓮は右足を持ち上げると煩わしいものを払うように地面に勢いよく振り下ろした。
ゴッッッッ‼︎と、激震と轟音を伴い訓練場が縦に揺れる。
大出力の魔力を津波に変換し周囲に放出する事で蓮は強引に結界を突破したのだ。
内側から放たれた荒々しい津波に食い破られた紫白の結界は、光の粒子となり空中に霧散する。
そして、再び一歩足を進めようとしたところで蓮は直感に従い頭上を見上げる。
横殴りの暴風が如き攻撃に晒されていては気付かなかったのだろう。既に蓮の頭上にはサッカーボールサイズの紫白の魔力球体が既に眼前に迫っていた。
「《
「……ッッ‼︎」
直後、蓮めがけて落下した魔弾は蓮をリングごと粉砕した。蓮がいた場所は大きく陥没する。
伐刀絶技《砕光魔弾》。圧縮に圧縮を重ねた振動波を質量弾として放ち、着弾した瞬間に一気に振動波を解き放つ絶技。その威力たるや凄まじく、破壊の亀裂は観客席にまで及ぶ。
擬似的な小隕石が齎した破壊の痕跡に、息も忘れるほどの緊張から解かれた実況や観客達がそこかしこで驚きの声を上げ始める。
『す、………凄まじぃいぃぃいいい‼︎‼︎
な、なんというハイレベルな攻防なのでしょうか!私、実況を仰せつかっておきながら、何一つ言葉を発することができませんでした!』
『な、なんだよ!《
『まだ試合が始まって1分も経ってないのに攻撃、防御、拘束、切り札……どれだけ手数を重ねたのよ⁉︎』
『《七星剣王》が化け物なのは分かってたけど、《音響の射手》の方も十分化け物レベルじゃない‼︎』
『あ、ああ、確かにすげぇよ……けど、けどよ……』
興奮冷めやらぬ観客達が、徐々に気付き始める。
視線は凪から離れ、クレーターの底にある瓦礫の山へと移る。盛り上がっていた興奮は、そのまま畏怖へと置きかわり、観客のほとんどが顔を蒼褪めさせる。
この戦いが自分たちでは到底及ばない領域にあることはわかった。だが、その苛烈な攻撃を一身に受けても、なお砕けない者の姿を見てしまった。
『なんで、アイツは……あの手数全てを、
ザッ、と地面を踏みしめる音が静かに響く。
クレーターができるほどの苛烈な攻撃を受けたはずなのに、球体には傷どころか罅すら入っていない。
紺碧に輝く水の障壁に包まれた新宮寺蓮がそこに立っていた。
(ここまでやっても届かない……さすが蓮さん)
僅かながらに凪は苦虫を噛み潰したような表情になる。
《砕光魔弾》は彼女がもつ手札の中で高い破壊力を持つ技だった。込める魔力に応じて破壊力も変わるが、凪は蓮ほど魔力制御の腕に優れているわけでもない為、蓮を拘束している一瞬に圧縮した分しか放てなかった。
それでも、僅かでも傷を与えればと思ったが、現実はいつだって非情で彼は無傷でこの猛攻を凌いだ。
だが、これも彼女にとっては想定内だった。
何もかもが常識外れなのだ。自分では通用すると思っても、彼にとっては耐えれる程度の攻撃だった事は幾らでもある。
それに所詮は戦略の一つが失敗に終わっただけ。
他にも当然策は用意してある。あとはそれが通用するかどうかを試すだけ。
そう思い《紫苑》を構えなおした時、クレーターの底から凪を見上げていた蓮が静かに口を開いた。
「凪お前は昨日言ってたな。全力で相手をして欲しいと、だからここからは俺も全力で行かせてもらう」
「ッ!」
そう言って蓮は《蒼水球》を解き《海龍纏鎧》を纏うと背に《水進機構》を創りクレーターの底から全体を見下ろせるほどの高さまで飛ぶとその場で滞空する。
「——臨界せよ。《海龍纏鎧・王牙》」
蓮は右腕を横に振るう。
青い光と水の渦が彼を覆い鎧の形状を変化させていく。
形作られるソレは凪達が良く知るもの。
名だたる強者達の悉くを蹂躙してきた破壊の権化たる頑強なる蒼き海龍王の鎧。青い輝きを伴って《海龍纏鎧・王牙》が姿を現した。
しかし、これで終わりではない。
「もう一つ面白いものを見せてやる。《
背鰭の両側にある突起の《水進機構》が青く光り輝き変形を始める。大きさを、長さを増していき、更に水が纏わりつき鳥と戦闘機の翼を合成したような巨大な翼へと姿を変えた。
一対の蒼翼には通常よりも数倍の太さの《水進機構》が3本ずつ備わり、それを水が覆って翼の形を成している。
更には両腕には3メートル近くある巨大な氷のライフル《凍息重砲》が握られ、無数の《雪華》が彼を守るように浮かんでいる。
「さあ、続きをやろうか」
蓮は凪を見下ろすと銃口を凪の方に向ける。
銃口にはサッカーボールサイズの青い魔力球体が現れた。
「《
ドンッ!と重音を上げて、槍状に圧縮し貫通力をあげた振動弾が蓮に放たれる。だが、それは蓮の周囲に浮かぶ《雪華》がその射線上へと動き防いだ。
凪の攻撃を防ぎながら、蓮はその球体を銃口から放つ。
(遅い?)
その球体は明らかに今までの攻撃に比べ明らかに速度が遅い。この速度なら急いで対応しなくても十分に対処できる。そう思い凪は《砕撃紫盾》を展開しつつ《破槍弾》を放つ。
だが、
(ッッ、これはダメッ!)
凪はその考えをすぐさま自分で否定し、全力でその場から飛び退く。次の瞬間、青い球体は落下速度を急激に速め、《破槍弾》と《砕撃紫盾》を容易く粉砕し地面に着弾すると大爆発を巻き起こし青色の爆煙を漂わせる。
爆発はリングに先ほどよりも大きいクレーターを作り出すだけでなく訓練場全体にも亀裂を入れる程の破壊を見せつけた。
『こ、これはまた凄まじいものが放たれました!
先程の北原選手の攻撃よりも凄まじい爆発!
あの小さな見た目に反し、恐ろしいまでの破壊力です!』
「うわえっぐ、何よあれ」
「ただの水の質量弾ではないようだけど、爆弾かな?」
「水で爆弾か?そんなの出来んのか?」
「不可能、だと思いますけど……」
初めて見る技にマリカ達は戸惑いの声をあげたり、その威力の凄まじさに引いたりと様々な反応を見せる。とはいえ、その胸中には全員が共通して『蓮ならなんでもあり』という本人からすれば少し失礼な気持ちを持っているが。
そして、四人がわからなかった技の正体を別の場所で見ていたカナタは知っていた。
(《
伐刀絶技《
それは水蒸気爆発を起こす技。
水は熱せられた水蒸気になった際、体積は約1700倍になり、水の瞬間的な蒸発により、体積の増大が起こり、それが爆発となる。
しかし、これは多量の水と高温の熱源が接触した場合で発生するものだが、蓮はそれを魔術で干渉することで可能にした。
多量の水を圧縮した水球を、着弾と同時に一気に気体へと変化させることで、圧縮されていた水が一瞬でその体積を爆発的に増し、擬似的な水蒸気爆発が発生する。
カナタは招集の時にそれを見ている。無論その破壊力もだ。
レオ達は知らないがカナタは刀華と共に招集命令を受け犯罪組織の一つを壊滅させた時、彼らが隠れている施設を上空からの《蒼爆水雷》の絨毯爆撃で数分足らずで壊滅させたのを知っている。
それだけの凄まじい威力を秘める爆弾を蓮はこの試合で使った。つまり、それは凪がその技を使うに値するほどの実力者であると認めていることを意味している。だが、
(そうだとしても、蓮さんには敵いません)
確かに凪は強いのだろう。序列八位にいるだけのことはある。
だが、どれだけ実力があろうと彼には勝てない。
彼の研鑽を隣で見てきたからこそそうはっきりと断言できる。
カナタはくすりと微笑むと、わずかに顔を上げ遠くを見るようにその美しい碧眼を細め、その瞳に一人の騎士の姿を映す。
その瞳には昔よりも逞しく凛々しくなった一人の王の姿が映る。
(貴方の勝利を信じていますわ。何よりも猛々しく、何よりも誇り高き我が王)
▼△▼△▼△
『爆撃爆撃爆撃‼︎爆撃の嵐だぁ———‼︎‼︎空爆のような爆撃の嵐が絶え間なく北原選手に襲いかかる‼︎北原選手は防御で手一杯の様子です‼︎』
轟音が絶え間無く響く中、実況が負けじと声を張り上げる。リングはもはや見る影もないほどに破壊され尽くしていた。絶え間無く降り注ぐ《蒼爆水雷》によりクレーターが出来ては他の爆撃に壊され、また別の爆撃に壊される。それを繰り返していくうちにリングは完全に崩壊し、今は瓦礫の山やクレーター広がり、所々凍りつくなど異様な惨状へと変わっていた。
そんな惨状を作り出した当事者である蓮は蒼翼から勢いよく水を噴射しながら宙を飛翔し逃げ惑う凪へとトリガーを引き続け《蒼爆水雷》を始めとした氷弾や水弾を放ち、リングを凍らし、抉りながら凪を追い詰めていく。
凪は《砕撃紫盾》を全力で駆使し数多の弾丸を逸らし、防ぐものの完全には防ぎきれず傷があちこちにでき始めている。時折、一矢報いようと反撃を試みるも彼に届く前に周囲に浮遊する《雪華》が盾となり阻むか、驚異的な速度で容易く避けられてしまう。
会場ももはや最初の熱気はとうに消え失せ、今や蓮の非常識な強さに絶句し畏怖の視線を宙を舞う蓮に向けている。
凪も学内序列八位という破軍屈指の実力者なのは間違いない。だが、蓮は《七星剣王》だ。破軍を含め全ての学園の生徒達の頂点に立つ存在。しかも、歴代最強と謳われるほどの化け物じみた実力の持ち主なのだ。
勝てるわけがない。
そんなこと分かっているはずなのに、凪はそれでも諦めなかった。
(私は、蓮さんには届かない)
彼には勝てないことなど初めから分かっている。
彼は自分では到底及ばないほどの才能と実力を持っていることも。そんな彼に自分が勝とうだなんて身のほど知らずな願いだと分かっている。
それでも折角真剣に蓮にぶつかれる機会があるのならそれを無駄にはしたくなかった。
(このまま逃げ回っていてもじきに捕まる。だったら!)
凪は逃げ回るのをやめると背筋を伸ばし《紫苑》を構える。銃口からは紫色の輝きが覗いていた。
その光景に蓮は凪への砲撃を続ける。凪はそれを《砕撃紫盾》を展開し防ぐ。だが、砲弾の威力が強すぎるせいか、壁には無数の亀裂が生まれる。
あと5秒もしないうちに結界は破られるだろう。だが、それだけあればこの切り札は放てる。
(距離…出力……大丈夫、できる……‼︎)
そして防壁が砕ける瞬間、凪はトリガーを引き、その名を叫んだ。
「《
銃口から放たれたのは紫白の閃光。
それは降り注ぐ砲弾群を破りながら一直線に突き抜け、蓮に襲いかかった。
それを蓮は余裕を持っていくつかの《雪華》を結合させた盾で防ぐ。そしてプラズマを纏った紫白の閃光が《雪華》に突き刺さり——白い蒸気を上げて貫いた。
「なっ」
蓮は一瞬目を見開くも、すかさず右の《蒼氷重砲》を盾にし熱線を受け止めた。だが、受け止めたその銃身からは白煙が上がっていた。
ここにきて凪は初めて蓮の氷にまともなダメージを与えた。
伐刀絶技《
超音波の振動数をあげて、量子化した熱線を放つ技によって。
『なんと言うことでしょうか!北原選手が放った熱線が新宮寺選手の《雪華》を溶かし貫きました‼︎
この土壇場で北原選手、ついに新宮寺選手に明確な攻撃を届かせました!』
『お、おぉぉぉ!マジかよ!新宮寺の氷を貫きやがった!』
『す、すげぇ!まだ北原にも勝機があるんじゃねぇのかっ⁉︎』
観客達が実況の言葉に再び興奮の熱を上げ始めた。
それは控え室にいる陽香も例外ではない。
「凪…すごい!」
陽香は祈るように組んでいた手を更に強く握り、感嘆の声を漏らす。
何しろ相手は誰もが認める日本最強の学生騎士。
その相手に、凪は一矢報いたのだ。
(私は知ってるよ。ここまで、凪がどれだけ努力してきたか……!)
幼い頃からずっと陽香は凪が努力する姿を見てきた。
勝てないことをわかっていたとしても、凪はそれでも蓮に勝とうと全力を尽くして挑んでいる。
ならば自分にできることはただ一つ。
(頑張って!)
ただ彼女の奮闘を応援するだけだ。
▼△▼△▼△
「へぇやるな」
蓮は表面が溶けて窪んでいる右腕の《凍息重砲》を見ながら感心する。
今の状態での《雪華》は数倍の強度にしている。少なくとも、戦車砲すら傷ひとつつけれないほどの強度であることは確かだ。
だが、それを凪は貫き、懐まで届かせた。その事実に僅かに驚いたのだ。
(まあ、問題はないな)
だからと言って、蓮にとっては大したことではない。
熱線化した超音波射撃。確かにそれは強力だ。しかもBランクの魔力と相まってそれはかなりの威力を誇り、七星剣武祭でも十分に通用するレベル。
だが、それだけだ。
この程度では、自分を凌駕することはできない。
「………」
再び《紫苑》の銃口から紫白の熱線が放たれた。
先ほどと同様の熱量と速度を持って襲いかかるそれを前に、今度は左の《凍息重砲》を構え蒼の閃光を放つ。
冷気を帯びた閃光はちょうど二人の中間あたりで熱線と激突すると呆気なく熱線を打ち消し凪へと襲いかかる。
「……ッッ‼︎」
凪は紙一重でその閃光をかわしながら、苦々しい表情を浮かべた。
(冷気を強くしてきたっ、なら!)
凪は負けじと超音波射撃の加熱を強めて熱量を上げて三射目を放つ。だが、結果は同じ。再び蒼の閃光に破られた。
それを見て、彼女はたった二度の衝突で悟った。
(駄目。もう、通用しない)
今この時点で彼女の切り札は切り札ではなくなったのだ。
もう何度繰り返そうとも結果は同じ。他の手を考えるしかない。彼女は再び牽制として《共振破壊》を全方向から放つ。
しかし、それは魔力放出と蒼翼の噴射加速により強引に内側から突き破られる。
水を噴射させ驚異的な速度で空中を飛翔し凪に狙いを絞らせないようにしているのだ。あそこまでの速度で飛び回られては凪では狙いを定められない。
(《電磁熱線》はもう通じない。他も駄目。だけど……)
自分の切り札だった《電磁熱線》は一度は通じたものの、二度目からは完全に無力化された。
他の技でもありえない速度で避けられるか、それ以上の砲撃で掻き消されてしまう。
もう打つ手なし。今度こそ万事休すと思われたが、このタイミングで準備がやっと整った。
(……やっと、できた)
彼女はずっと準備していた。
今までの攻撃はこの技を完成させるための布石。
馬鹿げた威力の砲撃から逃げ続けながらも、攻撃を弾かれ霧散した魔力をその場に留めさせて、蓮にも気づかれないように彼を囲む結界を構築し、いざという時に大規模の魔術を即発動できるようにしたのだ。
そして今、蓮に対抗できうるかもしれないもう一つの切り札が完成した。
「蓮さん」
「?」
「これが、私のもう一つの切り札だよ」
凪は《紫苑》を下ろし、右手を蓮に向けて突き出す。
そして強く握りしめ、叫ぶようにその切り札を唱えた。
「《
「ッッ⁉︎」
凪の号令を合図に、前触れもなく半径15メートルはある巨大な紫日の球状破砕空間が生まれ瞬く間に蓮を呑み込んだ。
次いで、蓮を襲ったのは全方向からの衝撃波の嵐。
先ほど蓮を一瞬抑えた《共振破壊》とは比較にならないほどの衝撃波が絶えず様々な方向から蓮へと襲いかかった。
衝撃が氷を、肉体を打ち、轟音が絶えず響く。
(捕らえたッ!もう逃がさないッ‼︎)
凪は残った全魔力を注ぎ込んでその技の維持に全力を尽くす。あの鎧を砕くには、あの鎧の魔力を、出力で上回ることが最善であり唯一の道。
しかし、魔力量で圧倒的に劣る自分ではそれは到底無理な話だ。
出来る出来ないの話じゃない。やるかやらないかの話だ。
方法なんて分からない。それでもやる。
とにかく自分の全てを出し尽くして初めて土俵に立てる相手なのだから!
「まだっ!」
自分の全魔力を注ぎ込み、更には超高密度の魔力結晶である霊装《紫苑》すらも分解して魔力に還元し、結界に注ぎ込む。衝撃はさらに勢いを増し、会場全体に凄まじい轟音を響かせる。
「ッ‼︎」
そして遂に、彼が両手に持っていた《蒼氷重砲》や彼を守るように浮遊していた《雪華》が全てバキン、と甲高い音を立てて砕け散った。
氷晶の破片が光を反射しながら宙を舞い、やがて粉々に砕かれる。
『ここで新宮寺選手の《凍息重砲》と《雪華》が粉砕されたっ!す、凄まじい威力と轟音です!まさに死力を尽くした怒涛の猛攻撃!し、しかし……』
マイク片手に興奮気味に解説していた実況がふと言葉を詰まらせる。
そう、確かに凪は《蒼氷重砲》と《雪華》を砕いたのは事実だ。高い強度をもつソレらを砕けたのは凪だからこそだろう。だが、それでも……
『お、《王牙》には傷どころか罅一つついてすらいませんっ!まさに絶対防御の鎧!北原選手、やはり万事休すかっ‼︎』
「くっ」
海王の鎧は揺るがない。
並の伐刀者なら呑まれた時点でいくら全力で魔力防御しても簡単に破られ木っ端微塵になるだろう。だが、《蒼氷重砲》や《雪華》は砕けても、彼の膨大な魔力を込められて形造られた《王牙》は彼女の全力をもってしても砕けなかった。
そして、その代償は大きい。
霊装すらも分解し、限界まで魔力を絞り込んだ身体は今にも倒れてしまいそうなほど。
大出力の伐刀絶技を長時間維持し続ける為の術式は彼女の脳を焼く。霞み始めた視界、ふらつき始めた肉体。充血する瞳。肉体を蝕む痛みを彼女は気力で堪え、それでもなお魔術を行使続ける。
血を吐きながら、鬼気迫る表情を浮かべ、彼女は己の全てをこの一瞬に注ぎ込み、叫んだ。
「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ———ッ‼︎‼︎」
その声に応えるように《爆雷紫界》はその輝きを増し、紫白に輝く光球と化す。内側で荒れ狂う衝撃波も、鳴り響く轟音も更に激しさを増す。
凪の文字通りの全身全霊の一撃。それは確かに凄まじい。
だが、これだけの攻撃でも、蓮の《王牙》を砕くには至らなかった。
そして紫白の牢獄に囚われ続ける蓮はどこまでも冷たい声で現実を突きつけるように静かに告げた。
「残念だが、ここまでだ。凪」
「ッッ‼︎」
荒れ狂う衝撃波の嵐の中、蓮は右腕を突き出し、莫大な魔力を青く輝く極光として右腕を包むように集束させる。右腕を中心に膨大な冷気が激しく渦巻く。
込められた魔力は少なく見積もっても《ニブルヘイム》と同等の膨大な量。それが右腕に集束されていく。
「陽香の試合を見る為にも意識は残るよう加減する。だから安心して沈め」
彼が相対する敵に対してやる事はいつだって変わらない。
ただ蹂躙するだけだ。
その直後、観客達全員が思い知らされる。
力も、異能も、小細工も、全てを真正面から
策も技術も必要ない。ただ在るがままにその力を振るうだけで強く、どこまでも不条理で理不尽だからこそ、彼は新宮寺蓮なのだと。
瞬間、右腕から極光が解き放たれた。
「————《
青の極光が世界を塗り潰す。
解き放たれるは全てを凍てつかせる巨竜の咆哮。
広域冷却魔術《ニブルヘイム》に指向性を持たせた蒼銀の極光は、紫白の牢獄を内側から容易く食い破り、一直線に凪に襲いかかる。
轟音と閃光がリングだけでなく、ひび割れた会場全体を軋ませる。リングを中心に吹雪が吹き荒れ、瞬く間に会場を凍てつかせる。
やがて、極光が消え去った後現れたリングは凄惨の一言だった。
観客席の眼下にあったはずのリングは氷原へとかわり、凪がいた場所は、背後の観客席をも呑み込んだ巨大な氷山が生まれていた。
凪はその氷山に首から上だけ無事な状態で呑み込まれて体の殆どを氷漬けにされていた。
その様子を見た審判が凪を戦闘続行不可能と判断し、両手を交差させる。
『ッッ、し、試合終了ォォォォ‼︎‼︎
な、何か正体不明の極大の一撃が全てを凍りつかせてしまいましたーッッ‼︎
北原選手、善戦を見せたが、やはり前年度No. 1《七星剣王》の壁は厚かったっっ‼︎‼︎
力と技術の攻防を制したのは我らが学園最強!《七星剣王》新宮寺蓮選手です‼︎』
そして、と実況は唾を飲む。
『学園屈指の実力者である北原選手の策と攻撃を受け止め、それら全てを蹂躙する様はもはや怪物!もはや生きる災害とも言えるでしょう‼︎
まさしく、これこそが……歴代最強と謳われる《七星剣王》の実力だぁぁぁぁッッ‼︎‼︎』
静寂に満ちた会場に実況の声が響く。
観客達は誰も声を発せなかった。誰もが何が起きたのかわからずに困惑し絶句していたからだ。称賛を通り越し彼らは実力差がかけ離れすぎている蓮に畏敬の念を抱いた。
そんな中蓮は静かに氷山に半身を呑まれた凪の元へと近づいた。
「まだ意識はあるな?」
「……うん」
「なら良い。そのままじっとしてろ」
蓮は氷山に触れると、左手に青い魔力の輝きを灯す。
すると氷山を含めた会場中の氷が全て蓮と同じ青い光を帯び始めると、次々と気化され水蒸気へと変わっていく。
やがて氷点下まで下がっていた室温は、徐々に上がり、壁に張り付いていた氷柱も跡形もなく消えていき、試合の始まる前の状態に戻っていた。
氷から解放された凪は先程よりも血色の良くなった顔に微笑を浮かべ連に礼を言う。
「蓮さん、ありがとう」
「構わん。大分無茶をしたな」
「蓮さんが相手だもん。無茶をしないと、まともに戦えないから」
「だが、立つのもやっとの状態で陽香の試合は見れないだろう。だから」
蓮は凪に手をかざし、レオの時と同じように彼女の傷を治癒術で癒す。彼女の全身が青い輝きに包まれ10秒もしないうちに彼女の内側の傷は瞬く間にふさがった。
輝きが消えた後、凪はゆっくりと立ち上がる。
目眩は消え、その足取りは先程よりもしっかりとしている。
「まだ疲れはあるけど、流石蓮さんだね。ありがとう」
「構わないさ。ああそれと、あとで陽香に『頑張れ』と伝えておいてくれ」
「うん、分かった。陽香も喜ぶよ」
「そうだといいな」
そう言って蓮は凪に背を向けリングから立ち去る青ゲートの奥へと消える。凪もゆっくりとした足取りで赤ゲートへと引き返し観客席に向かった。
▼△▼△▼△
「………」
珠雫は水色の髪を靡かせてリングを去る蓮の背中を見つめる。
(……すごい。あれだけの氷を瞬く間に水蒸気に変えるなんて)
膨大な量があったはずの氷を瞬く間に水蒸気に変えたその技術の高さに同じ水使いである珠雫は驚愕する。
(悔しいですが……彼は私なんて足元にも及ばないほどの格上の水使い……)
この国で
(もし彼と当たったら、どうやって突破できる?)
間違いなくこの破軍学園でなく、七つの騎士学校で七星の頂を目指す者全てが最も警戒すべき騎士。
そして自分が敬愛する兄と恋敵とも言うべき少女が傷一つつけることすらできなかった男。
もし、戦う事になったとして自分は彼にどうやって対抗すれば良い?
自分と同じ水の使い手。自分以上に水を変幻自在に操る姿に珠雫は冷や汗が流れるのを感じた。
勝てるビジョンが一つも浮かばない。それどころか無傷で完封されるビジョンしか思い浮かばない。
(ホント嫌になるわね。あんな怪物が私達と同じまだ学生だなんて……)
どう考えても彼は学生の枠には収まりきらない反則級の存在だ。あんなのが未だ自分達と同じ元服を迎えたばかりの学生なんて、正直信じたくなかった。
▼△▼△▼△
「お疲れ様。試合すごかったね。れんくん」
青ゲートから控え室へと戻った蓮に労いの声がかかる。
それは次の試合の為に控え室で待機していた刀華だった。
「刀華か。そういえば次だったな」
「うん、五十嵐さんとだよ」
「陽香は……強いぞ。お前でも苦戦を強いられるかもしれない」
蓮の警告とも取れる言葉に、刀華は優しい笑みを浮かべてくすくすと笑う。
「ふふ、れんくんが言うなら油断できないね。でも」
彼女の温和な笑みに細められた瞳の奥に、刃物のように鋭い眼光が浮かんでいる。
それは自分の強さに絶対の自信を持ち、その上で自分よりも更に強いものとの戦いを渇望している戦士の瞳。
「私は負けないよ。もう一度、れんくんとカナちゃんと三人で七星剣武祭に行きたいから」
彼女ははっきりと断言する。
バチバチと、刀華の気力に呼応するように周囲の大気を帯電させ、稲妻を生む。
その光景に蓮は口の端に笑みを浮かべる。
「そうか、ならいい」
今の彼女は完全に戦士としてのスイッチが入った状態だ。
昨年のベスト8に名を連ねる、現状破軍のNo.2を担う少女は蓮と同様に敵を情け容赦なく血の海に沈める残忍さと凶暴さを持ち合わせている。
だからわかる。こうなった彼女は本当に強い。
(もっとも、それは滅多に見ないが………)
刀華は蓮に言われずとも認めているのだろう。
《閃光の魔女》が《雷切》にとって油断ならない相手だという事に。
だとすれば、この戦い自分が思う以上の激戦になるかもしれない。
『東堂刀華選手。リングの修復が終わりましたので、入場してください』
「じゃあ、行ってくるね」
「ああ」
そう言って刀華は椅子から立ち上がりリングへと向かう。
その闘志に満ちた背中を見送りながら蓮は彼女の対戦相手である彼女のことを思った。
(さて、陽香。お前は彼女を相手にどう戦う?)
▼△▼△▼△
「…凪、お疲れ…残念だったね」
試合を終えて控え室へと戻ってきた凪を陽香は労った。
「うん……悔しいよ」
淡々と語られた口調は本当にそう思っているのか疑わしいものだったが、小学校からの親友である陽香は、凪の本音を誤解するはずもなかった。
「凪……」
ほんの少し、自分より低い彼女の頭を、陽香は胸の中に抱え込み優しく撫でる。
凪はダラリと手を下ろしたまま、陽香の胸に頭を預けた。
「最初から、勝てるとは思ってなかった」
「そう……」
「でも、全力も出さない時点で手も足も出なかった」
「………」
「悔しいよ、陽香」
「……うん、残念だったね」
そのまま、僅かな時間が過ぎた後、凪は身体を離した。
「……ありがとう。もう、大丈夫。陽香は自分の試合のことに集中して」
「うん」
そう。凪を慰めてはいたものの、陽香だって気の抜けない相手なのだ。
学内序列2位の《雷切》東堂刀華。
序列2位と言うことはつまるところ、彼女はこの学園で二番目に、蓮の次に強いのだ。間違いなく格上の相手。
間違いなく今までのようには行かない。苦戦は免れないだろう。
親友を労っている暇すら本来はないのだ。
『五十嵐陽香選手。リングの修復が終わりましたので、リングに入場してください』
放送で呼び出しがかかり、陽香はベンチから立ち上がる。
「じゃあ、行ってくるね」
「うん。頑張って。あと、蓮さんから伝言もらったよ」
「蓮さんから?」
陽香は想い人からの伝言に思わず試合前にもかかわらず表情を輝かせた。凪はその様子に一瞬苦笑いを浮かべると伝言を伝える。
「『頑張れ』って」
「〜〜〜ッッ、うん!頑張るよ!」
たった一言。されどその一言は彼女の闘志の炎を一気に強めた。
緩んだ頰を引き締め、今度こそ彼女は入場ゲートへ向かう。
その背中を凪は黙って見送った。
(陽香、頑張って)
二年生の序列を公開。
1位《七星剣王》《紺碧の海王》新宮寺蓮
2位《精霊使い》岸田秋彦
3位《剣の舞姫》木葉マリカ
4位《鋼の獅子》葛城レオンハルト
5位《
6位《閃光の魔女》五十嵐陽香
7位《言霊使い》佐倉那月
8位《
9位《
10位《狩人》桐原静矢
全体の序列はまだ一人二つ名が決まってないからもう少し掛かります。