優等騎士の英雄譚   作:桐谷 アキト

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なんか、またコロナ感染者増えてきて世の中大変なことになってますね。

大学も行けなくてずっと家にいる状態で退屈です。
あまり外に出られなくて、鬱憤がたまってるかもしれませんが、皆さんも本当に体調にはお気をつけください。外出したら、マスク、手洗い、うがい、消毒、ソーシャルディスタンスこれ必須ですよね。

それはそうと、二作目としてありふれた職業で世界最強の二次『竜帝と魔王の異世界冒険譚』を先月から四話ほど投稿しております。(優等騎士が遅くなったのは、これのせい)。

そして、今更ですが、18巻相変わらず内容が素晴らしくて、怒涛の展開づくしですね。
特に王馬と黒乃がめちゃめちゃカッコ良かったです!
そして、拓海さんが予想通りな人で良かった!




23話 魔女の覚悟

 

「ここにいたんだな。母さん、寧音さん」

 

蓮は観客席の最上階の鉄柵の前で立ちながら試合を観戦していた黒乃と寧音の元に近寄る。

 

「お、れん坊試合お疲れー」

「お疲れ蓮。少しは加減しろ。訓練場を破壊する気か」

「あれぐらいは大目に見てくれ」

 

蓮はそう答えると、そのまま黒乃の隣に立つ。

 

「お前は友達のところに行かなくていいのか?この会場にいるだろう?」

「…ああ、まあいるんだが、試合の直後だからこっちで見たほうがいいだろうと思ってな」

 

蓮が視線を向ければ、確かにその先には蓮の友人達の姿があり、まだ凪の姿は見えないがやがて合流するはずだ。

そして黒乃は蓮が向こうに行かないことを自然と察した。

蓮は蓮なりに試合直後、友人とはいえ勝者と敗者が同じ場所にいるのは気まずいだろうと気遣ったのだ。

 

「そういうことなら構わんさ」

 

黒乃はそんな息子の不器用な気遣いを追求することはせずに、話題を変えた。

 

「ところで蓮。お前は次の試合をどう見る?」

「そうだな二人とも同じBランク。素質は両者劣っていないだろう。だが、経験から言えば勝つのはー」

「刀華か」

 

蓮は無言で頷く。

正直なところ、どちらが勝つかと言われれば勝つのは刀華だと言わざるを得ない。

特例招集で共に招集がかかることもあるため、彼女やカナタとは共闘経験がある。それを鑑みて蓮は刀華の方が実力が上だと判断したのだ。

だが、

 

「まあ何が起こるかは分からない。番狂わせはいつでも起きる可能性はあるからな」

 

実力の差はあるがそれがかけ離れすぎていない限り全てを決める勝因にはなり得ない。

 

戦いとは何が起こるかわからないのだ。

 

 

一方、別の場所では、

 

「凪ー!こっちこっちー!」

 

控室から観客席へと上がってきた凪をマリカが手を振って凪を呼ぶ。

凪はマリカ達の方に視線を向け、観客席の最上階に一塊になっているマリカ達のもとへと歩き、マリカの隣に腰を下ろす。

 

「試合お疲れ様。凄かったわね」

 

マリカに続き他の友人達からもねぎらいの言葉が次々と飛んでくる。

それに彼女は僅かに笑みを浮かべた。

 

「ありがとう。でも、まだまだだよ」

 

そう言って周りを見渡した後、ある人物がいないことに気がついた。

 

「蓮さんは?」

「来てないわよ」

「…え?」

 

凪は思わず驚愕の声を漏らす。

次は陽香の試合があるのだ。いつもは特に用事がない限りはこのメンバーの試合は全員で見ていたのだが、なぜ今回に限り来ていないのか。そう疑問に思った時、横からすぐに答えが出た。

 

「凪さんを気遣って別の場所で見てるんじゃないでしょうか?」

「確かに。蓮ならありえるね」

「だな。あいつ妙なところで人に気遣うからなぁ」

「……別に気使わなくていいのに」

 

凪は不満そうにそう呟きながらマリカの隣に座る。

 

「ま、そういうところも蓮くんらしいけどね」

「…まあ、たしかに」

 

凪だって分かってた。蓮は優しいから試合後に人を気遣って別の場所で見るぐらいはすることに。レオの時もその日は見舞いにはいかなかったぐらいだ。

そして今度は少し思い詰めたような、心配するような表情を浮かべた。

 

「やっぱり心配?」

「……うん。相手が相手だから」

 

陽香の相手は刀華。学内序列二位の蓮の次に強い生徒。去年の七星剣武祭ではベスト8にまだ上り詰めている。一筋縄ではいかない相手だ。

心配しないわけがない。

そしてそんな心配をよそに、次の試合の実況が始まる。

 

『さあリングの修復も終わりましたので、興奮が冷めないうちに次の試合にいきましょう!なんと次の試合も序列一桁の試合‼︎これは目が離せません‼︎まず現れたのはこの人だぁ——-‼︎‼︎』

 

興奮に実況が声を張り上げる中、青ゲートから現れたのは栗色の長い髪を三つ編みにし靡かせる少女。

 

『まず青ゲートから姿を見せたのは、我が校の生徒会長にして校内序列二位‼︎

前年度の七星剣武祭では二年生で準々決勝まで駒を進めましたが、前年度の七星剣王となった新宮寺選手に敗北し、ベスト8という結果に終わりました。

しかし、彼女は再び七星の頂を争う戦いの場に帰ってきました!その手には一年前よりもさらに磨きがかかった伝家の宝刀を引っさげて!

その疾さ、その鋭さはまさに雷の如し!

金色の閃光が瞬く間に今日も相手を斬って捨てるのか!

破軍が誇る最強の雷使い!三年《雷切》東堂刀華選手です‼︎‼︎』

 

眼鏡を外した彼女は盤上に上がり、対戦相手をじっと待つ。続いて赤ゲートから現れたのは茶髪をおさげにした少女。

 

『続いて赤ゲートから姿を見せたのは、我が校の風紀委員会役員の一人にして、校内序列九位‼︎

こちらもまた七星剣武祭代表有力候補の一人‼︎

破軍学園でも屈指の魔力制御力で繰り出される光の魔術は繊細かつ変幻自在‼︎

今日も多彩な閃光で相手を翻弄するのか!

二年《閃光の魔女》五十嵐陽香選手です‼︎』

 

陽香は緊張しているが、戦意に満ちた面持ちで盤上に上がる。やがて開始線に立ち両者向き合う。

 

「………」

「………」

 

両者何も言わない。話す必要がない。

そして両者は言葉を交わさずに霊装を顕現する。

 

「鳴け。《鳴神》」

「照らせ。《へカート》」

 

刀華の周辺の大気には金色の稲妻が走り、それが刀華の手に収束し、黒漆の光沢を持つ鞘に納められた日本刀《鳴神》が顕現する。

陽香の周辺の大気には黄金の燐光が舞い、それが陽香の両手首に収束し、装飾が施された白金の腕輪《へカート》が顕現する。

 

刀華は刀を鞘に納めたままの《鳴神》を構え、陽香は《へカート》を身につけた両腕を構える。

両者気合いは十分。昂る気持ちに応えるようにブザーが鳴らされた。

 

 

『それでは第十一試合目———

 

 

——— LET’s GO AHEAD《試合開始》‼︎‼︎』

 

 

試合の火蓋が切って落とされた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

《閃光の魔女》と《雷切》

 

互いに学生では最高クラスであるBランク騎士。

破軍きっての実力者同士の対決は、先ほどの蓮達との試合とは打って変わって睨み合いという形から始まった。

 

『両者動きません!睨み合ったまま一歩も動かない!』

 

既に試合開始から1分が経過しているが、未だにお互い攻撃はせずに、距離を保ったまま睨み合っている。

その立ち上がりに蓮は呟く。

 

「賢明だな。刀華相手に不用意に踏み込むのは愚策だ。不用意に入り込めば《雷切》で切り捨てられるだけだからな」

 

刀華の二つ名《雷切》。それは彼女が持つクロスレンジ最強の伐刀絶技、超電磁抜刀術の名前でもある。あまりにも強く、あまりにも鮮烈だったために、そのまま彼女のニつ名になったほどの絶技だ。

腰に差した《鳴神》の鞘と刀身に雷の能力で強力な磁界を発生させ刀身を射出する。その鞘走りを持って振るわれる一刀は落雷をも切り裂く異次元の速度と威力を誇る。

これまでの公式戦において、《雷切》を使った試合は、たった一人、去年の七星剣武祭を制した蓮を除き、ほぼ全て刀華の勝利に終わっている。ゆえに、伝家の宝刀と呼ばれるのだ。だからこそそれを警戒するためにまず動かずに読み合いになるのは必然だった。

 

「互いに七星剣王クラスの力を持つ騎士同士。しかも、どちらも全ての距離で攻撃手段を持っている。迂闊には動けないだろう」

「それに陽香は中・遠距離型であり、刀華は近距離型。まず得意な領域が違う。だからこそ、陽香は不利になる距離に足を踏み入れる道理がない」

「けど、このままでは悪戯に時間を消費するだけさね。どっちかが動かなきゃ流れを掴もうにも掴めない。だとすると、まず動くのはとーかちゃんかね」

「いや、まず動くのは陽香だ」

「…へぇ、それはどうしてだい?れん坊」

 

寧音の言葉を蓮が否定する。

それには寧音は意外だったらしく、笑みを浮かべながら尋ねた。黒乃も無言で蓮の話に耳を傾ける。

蓮は笑みを浮かべてリング上の陽香に視線を向けながら寧音の質問に答えた。

 

「確かに流れを掴むにはどちらかが動かないと掴めない。そして陽香は近距離戦があまり得意ではない。だとしたら遠距離からの攻撃かあるいは防御に徹するかが妥当。そうしたらまず自分からは動かない。

()()()()()()()()()()()()()()()()。だが、今回は違うはずだ」

 

そして、蓮の言葉に答えるかのように、陽香が動いた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「羽ばたけ——《金光蝶(ハピリオ・アウルム)》」

 

《閃光の魔女》陽香は金光を纏う両手を振るう。

そうすれば、彼女の霊装《ヘカート》から無数の金色の光の球体が飛び出し彼女の周囲で無数の黄金の鳳蝶が形作られる。

 

『五十嵐選手、周囲に黄金の蝶を出現させましたっ!なんて美しい光景でしょう!』

 

一見ひらひらと可憐さすら感じるが、その実中身は光を圧縮した光熱の爆弾であり、掌サイズの蝶で地雷に匹敵する威力がある。

そんな光熱の絨毯爆撃を携えた陽香は、右腕を前に突き出しー

 

「行って」

 

一言、命じた。

その言霊に呼応し、無数の光熱の鳳蝶は、羽ばたき刀華に襲いかかる。金色の光の尾を引き羽ばたく様は、蝶というより無数の流れ星を彷彿とさせる。

対する《雷切》刀華は、降り注ぐ蝶に動じず稲妻を纏う刀を振り抜いた。

 

「《雷鷗》」

 

雷で形作られた三日月型の斬撃が、さながら翼を広げた鳥のように無数に疾駆し鳳蝶を迎え撃つ。光熱と電撃が激突し無数の爆発を巻き起こした。

爆煙が両者の間を漂いお互いの姿を見えなくするが、その間に両者は次の手を打つ。

 

陽香は光で構築した槍を持ち、刀華は《鳴神》に雷を迸らせる。

煙が晴れた瞬間、両者ほぼ同時にぐんっ!と膝を落とし体を前傾姿勢にし、一瞬にしてトップスピードにギアを入れて駆け出す。

 

そして、陽香と刀華。両者が激突し、火花を散らしながら戟音を奏でる。

一度では終わらず、光槍と雷刀が幾度も交錯していく。

 

『これは凄まじい斬り合いです!閃光と雷光がリングの中央で何度も弾けるっ‼︎』

 

片や雷光迸る刀を、片や閃光煌めく槍を携え、2人はリング中央で斬り合う。

そんな中、刀華は内心で感心した。

 

(これは上手いですね。潜り込もうにも槍が変形して入り込めないし光の加速ですぐに距離を取られる)

 

彼女のいう通り、陽香は光槍で常に《雷切》の間合いの外から攻撃を仕掛け続けている。

近づかれると判断すれば、攻撃の手を緩めずにすぐに光の槍を変形させて牽制、あるいは光の加速ですぐに距離を取り、リーチの長さを生かして《雷切》の射程には入らずに中距離からの攻撃を仕掛け続けている。

 

戦い方が上手い。自身と相手の力の差や長所をよく理解している。

槍術に関してはお世辞にも達人とは言えない。基礎はできてはいるようだがはっきりいって二流三流レベルだ。

しかし、魔術を悟らさないほどの高い魔力制御力が槍術の拙さを補っているのだ。

確かに見事な技術だ。魔力制御だけならば刀華は陽香に劣っているのかもしれない。だが、

 

(この程度で私を抑えられると思わないで下さい!)

 

《雷切》の射程には入らずに《雷切》を封殺した上で中・遠距離からの攻撃に徹する。

刀華とて学生とはいえその実力はナショナルリーグでも通用するほどだと言われている歴戦の猛者だ。

その手の戦法はもう飽きるほどに見てきた。今まで刀華はこの戦法を用いてきた相手を何人も打ち破り斬り捨ててきたのだ。ならば、取る手段は今までと変わらない。

 

今まで通り、食い破るのみ!

 

「ハァッ!」

「ッ…あっ」

 

三十合交錯した後の三十一合目で刀華は槍を受け止め刀と槍の接触点から雷撃を陽香の身体に叩き込む。

バチン!と火花が弾け、電撃が陽香の総身を駆け巡る。彼女の身体を麻痺させ蹌踉めかせる。

好機と判断した刀華は素早く大上段からの唐竹割りを無防備な陽香へと繰り出す。だが、

 

「《星光の剣群(ルクス・グラディウス)》」

「ッ!」

 

プラズマ纏う刀が振り抜かれようとした刹那、刀華は突然バックステップし距離を取る。ついさっきまで自分がいた場所を見れば、光の剣が三本突き立てられており、陽香の周囲には計九本の光剣が輪を作り浮いていた。

そして、光剣は陽香の元へと戻ると輪へと加わり、陽香の周囲を浮遊する。

 

陽香は痺れた体を無理やり動かすのではなく、光の剣を作り操作することで、彼女の上と左右から奇襲を仕掛けたのだ。

電撃で麻痺するのはあくまで肉体のみなので、魔術を発動することになんの支障もない。

しかし、頭上という絶対的な死角からと左右からの一撃。左右のが塞がれたとしても頭上の一撃には意識が回らないはず。迷彩をも駆使したのだ、普通なら気付くはずがない。

だというのに、刀華はそれに反応してたやすく避けた。

 

『これは間一髪‼︎蹌踉めいた五十嵐選手に追い討ちをかけようとした東堂選手、五十嵐選手の奇襲を見事回避!』

(……避けられた)

 

陽香自身、こうなることは予想できていた。

彼女が使った槍術は蓮に教わったもの。レオがマリカに剣を教わった同時期から、陽香は蓮に槍の指導を受けていた。

 

なぜ蓮が槍術を扱えるのかは謎だったが彼の厳しい指導の元着実に槍術を身につけていた。だが、今日この戦いで使いこなすにはまだ時間が足りなかった。

だからこそ、自分は槍での勝負は最終的に打ち負けることは簡単に予想できた。その上で彼女の虚をつくのなら自分の得意な魔力制御を活かすしか方法はない。

 

槍術の稚拙さをカバーするための伐刀絶技。

 

会心の一手だったが、やはり刀華には読まれていた、否バレていたようだ。

 

伐刀絶技《|閃理眼『リバースサイト》》。

 

蓮よりもたらされた情報の一つだ。

雷使いとしての能力の応用で、彼女は視力を遮断し知覚の精度を高めることで相手の体に流れる微細な伝達信号を感じ取れるようになる。

人間とは生きた機械であり、神経を走る伝達信号の動きから相手の次の行動を、眼球を操作する筋肉に送られる信号からは相手の視線の位置を、脳内物質の分泌命令からは相手の生理状態を、手に取るように理解できるのだ。

だから、刀華は陽香の奇襲を回避できたのだ。

そして、陽香は前もって蓮からそれを教えられていた。だからこそ、完全な不意打ちにも対応したことに驚かなかったのだ。

 

「「…………」」

 

実力は拮抗している。お互い有効打は無し。

2人のBランク騎士の戦いは再び振り出しに戻った。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

『五十嵐選手、東堂選手を全方位から光の剣を操って襲いかかるっ!対する東堂選手、これを雷を駆使して凌いでいます!両者互角です!お互い一歩も譲りません‼︎』

 

リングでは雷光が迸り、閃光が煌めいていた。

一度振り出しに戻った両者の戦いは、槍と刀の斬り合いだけでなく、今度は陽香が十二本の光剣を巧みに操り刀華を全方向から襲い、さらに自身は槍での攻撃も試みている。

それを刀華は《閃理眼》で陽香の行動を読み、雷を纏った《鳴神》を振るい、雷撃を放つことで迎撃している。

 

『す、すげぇ、五十嵐さん。会長と互角にやりあってるぞ……』

『二人ともホントに同じ人間かよ……』

『どっちも凄まじいな。これが七星剣武祭有力候補達の戦いかよっ』

『どっちもそろって化け物レベルじゃない!』

『これがBランクの力なのかよ!』

 

2人の互角のせめぎ合いに会場のあちこちから興奮の声が続々と湧き上がる。

 

「すげぇな五十嵐。会長と互角じゃねぇか…!」

「強いのは分かってたけど、ここまでとは思わなかったよ」

「陽香さん、すごいです!」

「ホントね。蓮くんの指導のおかげかしら」

 

実況達と同じように、戦いを見守っていたレオ達も陽香の奮闘に感嘆の声を漏らした。

何しろ相手は破軍のナンバー2。

そして前年度の七星剣武祭でベスト8にもなった女性だ。そんな相手と、彼女は全くの五分に渡り合っている。

それは、陽香の力が七星の頂に住まう怪物達と互角であることを示している。

 

「陽香……!」

 

そして、同じく試合を見ている凪は両手を祈るように組んで彼女の試合を固唾を飲んで見守る。

 

(私は陽香が頑張ってるところをずっと見てきたから。だから、勝って!)

 

 

「うひゃー、陽香ちゃんが会長と互角に戦えるなんて」

「うむ。どうやら実力を見誤っていたな。さすがは9位にして会長と同じBランク騎士だ」

 

凪達とは別の場所、青ゲートの真上から、試合観戦していた刀華率いる生徒会メンバーの二年生の《速度中毒(ランナーズハイ)》兎丸恋々と《破壊者(デストロイヤー)》砕城雷は口々に感嘆の声を漏らす。

 

「うん。確かに彼女は強いね。刀華と互角に戦えるなんて驚きだよ。ねえ、カナタ」

「ええ、そのようですね。しかし、本当に驚きましたわ。まさか五十嵐さんがここまで戦える方だったなんて」

 

同じく試合を見ていた泡沫もカナタも陽香の戦いぶりを認める。

そして認めた上で、涼しげに余裕の笑みを浮かべた。

 

「それでも、勝つのは刀華だ。……二人だって、去年の敗戦から刀華が何もしてないとは思ってないだろ?」

「同感だ。あの方は常に上を見続けるお方。昨年の経験を生かして強くなっているに決まっている」

「うん、確かにね」

 

泡沫の言葉に至極当然というふうに雷と恋々はうなずく。去年蓮に負けてから彼女が必死に努力しているのを知っている。

だからこそ、刀華が陽香に負ける姿は想像ができない。

 

「そういう事。何も心配する必要はないよ。何せ刀華は彼女なんかよりも背負っているモノの重みが違うんだ」

 

泡沫は刀華を信頼しきっていた。

なぜなら、昔から泡沫という少年は東堂刀華に全幅の信頼を置いているからだ。

多くの人々の期待や願いを背負い、それらに応えようとする刀華の強さを知っているからこそ、泡沫は刀華が勝つことを疑っていない。

 

「そう、負けるわけないんだよ。……刀華が、あんな化け物なんかに……」

 

最後に泡沫はそう小さく呟いた。

 

(……うたくん)

 

しかし、その呟きは隣に座るカナタにだけは聞こえていたようで彼女は悲しい表情を浮かべた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「ほぉ、見事だな」

「そうだねー、あれだけの魔力制御。学生にしちゃ中々だよ」

「ああ、ここまでのは学生でもそういないだろう。だが、それよりも五十嵐が使うあの槍術……蓮、お前が教えたな?」

 

蓮と一緒に観戦していた黒乃と寧音は陽香の高い魔力制御に感心の声を上げる。そして黒乃や寧音は彼女が使う槍術に見覚えがあった、ありすぎた。

なぜならあの槍術は、自分達の親友が使っていたものなのだから。

 

そして黒乃はわかり切っていることを蓮に言う。蓮は試合から目を逸らさずに面白そうに口の端を吊り上げて応えた。

 

「ああ、槍術の方はな。だが、教えたのはあくまで基礎だけだ。全ては教えていない」

「良かったのか?あれは、あいつのだろう」

 

そう、今陽香が使っている槍術。あまりにも未熟でオリジナルとは比べるまでもないが、あの槍はまさしく蓮の母、サフィアが使っていた槍術だ。

騎士槍技(パラディンアーツ)』。インディゴ家に伝わる古くからある槍術。

ステラ・ヴァーミリオンが使う剣技『皇室剣技(インペリアルアーツ)』はヴァーミリオン皇族に伝わる剣技であるように、『騎士槍技』はサフィア・インディゴの実家インディゴ家に伝わる槍技だ。

蓮はそれをサフィアの息子として当然習っており知っている。そしてそれを基礎だけではあるが、蓮は陽香に伝授したのだ。

この会場でそれに気づいたのは黒乃達の他にカナタは当然のこと、おそらくはステラもだろう。

 

蓮は黒乃の言葉に笑みを浮かべ肯定する。

 

「別に構わないだろ。これぐらいじゃあの人も文句は言わないさ」

「だが、『光使い』の五十嵐ではあの技を使いこなすのは不可能なのはわかっているはずだ。基礎だけ教えてどうするつもりだ?」

 

黒乃はあの槍技の特徴を知っている。

そして、蓮がこの槍技の全てを教えなかったのにはちゃんとした訳がある。

 

「確かにあれは水使い用に最適化されたものだ。『光』ではこの槍術の全ては使いこなせないだろう。だが、それでいいんだ」

 

『騎士槍技』それはインディゴ家に伝わる槍術であり、水使いに最適化された技術だ。

代々インディゴ家の伐刀者は、水や氷、それに付随する能力を持つ者が多い。そんな自分たちの水や氷の能力と組み合わせられる槍術を彼らは長い時間をかけて作り磨き上げた。その長い研鑽が積み重なった結果、今の『騎士槍技』ができたのだ。

 

一切の無駄のない体捌きと研ぎ澄まされた槍技が描く軌跡は流水のように滑らかで淀みなく変幻自在。そしてさながら一種の舞踏のようで美しい。

 

水と槍、そしてそれを振るう者が一体となる流麗の極み。

それこそが『騎士槍技』だ。

ステラの繰り出す『皇室剣技』が烈火ならば、『騎士槍技』は流水だ。

そして、蓮は全てを教えなかったが、それでいいと考えている。

 

「あの槍技は他の属性の使い手にも応用できるはずだ。基礎だけ教えてあとは自分の能力を掛け合わして模索して、自分だけの技を作ればいい」

 

蓮は期待しているのだ。

母から教わった槍技。基礎だけではあるがそれを陽香が使えばどのような形へと変化するのだろうかと。彼女自身のオリジナルがどんなものになるのだろうかと期待している。

 

そして、今回の試合はそれを作り上げるための第一歩なのだ。

 

(…ああ、そうか)

 

黒乃は蓮の横顔を見て気付いた。

なぜ彼がそこまでしたのかの理由を。

黒乃は蓮とレオ達がいつも一緒に鍛錬していることを知っている。そして蓮が良く彼らにアドバイスや鍛錬相手になってあげたりしていることも知っている。

だから、気付いたのだ。

 

(お前は、それほどまでに彼等のことが大切なんだな)

 

蓮は期待しているだけではない。彼らのことを大切に思っているからこそ、自分が持つ技術を教えて少しでも強くなって欲しいと願っているのだ。

 

「ふふ」

 

黒乃はそんな息子の想いに無性に嬉しくなって、彼の頭に手を伸ばして癖の少ないサラサラした蒼髪を撫でる。

 

「どうした?母さん」

「いや、何でもないさ」

 

突然の行動にキョトンとする蓮に黒乃は笑いながらもそう応えて自分もまた試合に目を移す。

寧音は黒乃の意図に気付いており、蓮には見えない位置でニヤニヤと笑っている。

そして、ちょうど黒乃が目を移した時、再び、試合の流れが変わった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

陽香は光の剣を駆使し、あらゆる方向から時間差をつけ、緩急をつけ、刀華を襲い、自身も槍での攻撃も加え続ける。

だが、それでも陽香は刀華に有効打を与えられないでいた。

 

(……っ、攻め切れないっ!)

 

《閃理眼》による先読みのせいで刀華への攻撃はその方向も、タイミングも全て見抜かれている。

しかも、刀華は陽香の攻めに慣れてき始めている。突破されるのも時間の問題だろう。

そしてそれを肯定するように、刀華が全身に雷を纏い、その動きを一気に加速させた。

 

(来るっ!)

 

伐刀絶技《疾風迅雷》

雷の力で筋肉を刺激し、その性能を限界まで引き上げる刀華の伐刀絶技だ。

その速度はまさしく電光石火。

そして、その速度を持って光剣の包囲網を突破し、槍の間合いの内側にも入り込んだ刀華は下段からの斬り上げを仕掛ける。

 

「《星光の華盾(ルクス・スクトゥム)》‼︎‼︎‼︎」

「ッ‼︎」

 

《鳴神》の刃が胴体に迫る瞬間、陽香は間一髪で八枚花弁の光華の盾を生成しその凶刃を防ぎ、すぐさま光剣を嗾ける。しかし、驚くべきことが起きた。

 

(えっ⁉︎)

 

十二本全てで全方位から貫こうとした光剣達が稲光のような斬閃の軌跡が描かれたほんの一瞬で全て弾かれたのだ。

武術の素人でもわかるぐらいに全てを斬り落とすことは不可能だったはず。

あり得ない速度の斬り返しに、陽香は動揺してしまう。しかし、それが大きな隙を生んでしまった。次の瞬間、陽香は刀華の姿を見失い、眼前に《鳴神》を振りかぶる刀華の姿を見た。

 

「っっ⁉︎⁉︎」

 

その光景に陽香は反射的に悲鳴をあげそうになるが咄嗟に堪え、光槍で防御態勢を取ると同時に体を後ろに投げ出す。

しかし、それは間に合わず陽香は胸を浅く斬り裂かれ、投げ出した勢いのままリングを転がる。

 

『五十嵐選手ついに被弾ッ!この試合初めてのダメージヒットは《雷切》東堂刀華選手ですッ!』

「くぅっ‼︎」

 

胸元には血じわりと滲み、焼くような痛みに苦悶の悲鳴を上げながらも陽香はすぐに身を起こしこれ以上近づかせないために、眼前に大量の光の蝶をけしかけ爆発させ無理やり遠くへと距離を取った。

爆発の威力にさしもの刀華も追撃をやめ大きく距離を取る。

 

(何で一瞬消えたの⁉︎眼は逸らさなかったのにどうして私は気づかなかったの⁉︎)

 

理性を総動員させて冷静な判断で自分の体を遠くへと飛ばしたが、陽香の頭は半ばパニックに陥っていた。

何が起きたのかわからない。光剣を弾かれたことに動揺したとはいえ、目線は一瞬たりとも逸らさなかった。なのに、目の前で見失った。

陽香は刀華は光剣を放ち牽制するも、再び眼前に振り下ろされる《鳴神》の刃を見た。

 

「〜〜〜ッッ⁉︎⁉︎⁉︎」

 

今度はしっかりと受け止めることはできたものの、やはり動揺は大きい。

 

『五十嵐選手、今のは際どい防御でした!しかし、先程からいったいどうしたのでしょうか!なにやら、ほうけていたように見えましたが!』

 

(私が、ほうけてた?)

 

実況の言葉に陽香は訝しげに眉をひそめる。

試合中なのには呆けるなんて、そんなもの自殺行為だ。だが、実況の目にはそう見えていたらしい。

しかも、これは二回目だ。二回もほうけるようなことがあるのか?

そう自問自答したところで、陽香は気づく。

 

(っ、ちょっと待って。()()()()()()()()()()?)

 

瞬きをしたわけでもない。次の刀華の動きを注視していた。油断なんてするわけがない。なのに自分は見失って被弾を許してしまった。

だが、今のカラクリ。それは前にも見たことがある。それに気付いた瞬間、陽香の思考は冷静さを取り戻しあることを思い出し始める。

 

《雷切》対策として蓮に教えを乞うた時、いやそれ以前に蓮との模擬戦をした時にも見たことがある。蓮も刀華と同じように見ていたのに見失ったことがある。前にそのカラクリを聞いた時、確かこう言っていたはずだ。

 

(……確か、《抜き足》って言ってた)

 

彼は古武術のある種の特殊な呼吸法と歩法によって、自らの存在を相手の『覚醒の無意識』に滑り込ませる体術だと言っていた。

その結果、見えているのに相手が見えていることが分からなくなる。脳も眼も相手の動きを捉えているはずなのに、意識がそれを必要のない情報として分類してしまうから生命の危機が迫るギリギリの瞬間まで認識できなくなる。

覚醒の中に存在するわずかな無意識に、相手に一切悟られないように()()()()()()()()()()ことで入り込み意識のロックを外す。

それが古流歩法《抜き足》のカラクリだ。

 

陽香は蓮の《抜き足》を何度も体験している。刀華は蓮よりもだいぶ粗があるため、陽香でも気付くことができたのだ。

そして《抜き足》を破る方法は実にシンプル。自ら『覚醒の無意識』に目を向ければいい。だが、これは言うは易く行うは難しだ。

 

なぜなら、銃口や剣を向けられている危機的状況下で、自ら銃口や剣から目線を外し、他のどうでもいいことに注目する必要があるからだ。

これを行うにはそれなりの訓練を積み、自分の身体や意識を自在にコントロールできるようにないと出来ることではない。

例えばマリカや黒鉄一輝、ステラ・ヴァーミリオンならこれは可能だろう。

彼らは武術や剣術を身につける過程で、ほぼ完全に自らの体を制御下に置いているからだ。

 

しかし、陽香は違う。魔力のコントロールこそ超一流だが、肉体のコントロールに関してはまだ素人。武術も基礎を習っている段階だ。だから、見落としてると認識し集中して視野を狭めることになれば、悪循環に陥る。

陽香は前もって蓮に言われており、こうも言われた。

 

()()()()()()()()()と。

 

初めこそ意味がわからなかったが、自分の能力の特性を考えればすぐに気がついた。

それから《抜き足》を始めとした()()()()()()への対策を自分で必死に考え続けた。

その末、彼女は一つの技を作った。未だ試したこともないぶっつけ本番だが、試すには絶好の機会だ。

 

(今ここで試す。アレが通用するのかをっ‼︎)

 

だから、陽香は剣の包囲網を突破し再び迫る刀華を前に、

 

 

「——《天光眼(サテライトアイ)》」

 

 

——瞳を金色に輝かせた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

『陽香、お前の強みは魔力制御だ』

 

ある日、彼に指導してもらったときに言われた言葉だ。

 

『魔力制御…ですか?』

 

陽香は困惑混じりの言葉を蓮に返す。

蓮のいう通り確かに自分は魔力制御が得意なことは確かだ。だが、自分の目の前にはそんな自分すらも霞むほどの神懸ってると思うほどの圧倒的な魔力制御を扱う少年がいる。

そんな彼に言われても正直実感がわかなかったのだ。

そんな内心を見透かしたかのように蓮は笑みを浮かべた。

 

『意外だったか?』

『い、いえ、ただ私は蓮さんと比べたら全然ですし……』

『まあ俺を基準にすればそうだな』

 

隠しもしない傲慢さに陽香は特に怒りはしない。そして蓮も言葉を続ける。

 

『とはいえ、陽香の魔力制御の腕は学生の中では一流だし、ナショナルリーグでも通用するレベルだと俺は見ている』

『え…?』

『俺の見立てではそれぐらいの技量はあるはずだぞ』

 

蓮が自分の力を高く評価していることに、陽香は嬉しくなった。

好きな人に高く評価されている。それで喜ばない人などいない。

しかし、続く蓮の言葉にその興奮は冷まされる。

 

『だが、それでは足りない』

『……っ』

『魔力制御だけができても意味がない。ごく稀に魔術のみで並外れた実力を持つ者もいるがこれは本当に稀だ。

ほとんどの強者は武術と魔術の両方を習得する。半端者なら魔術だけで倒せるだろう。ただし、本当の強者と戦うには武術の基礎すらできてない陽香では力不足だ』

『は、はい。確かに、私は武術は全くできません……』

 

陽香は言っているうちにだんだんと表情が暗くなっていくのが自分でもわかった。

彼に評価されたことに浮かれてはいたものの、確かに蓮のいうとおり本当の強者達は武術も修めているのが普通だ。事実、七星剣武祭に出てる者達の大部分が何かしらの武術を身につけている。

けど、自分にはそれがない。選抜戦で大抵の相手に勝てたとしても、本当の強者達には敵わない。

そんな陽香に蓮は一つ提案する。

 

『そこでひとつ提案だ』

『…?』

『俺が陽香に武術を教え、魔力制御を鍛える。厳しく行くし、時間はかかるだろう。やるかどうするかは陽香次第だ。どうする?』

 

蓮の提案。

自分が彼女の武術、魔術の師匠になるということ。自分の指導のもと、陽香を強くさせるということ。

 

その提案に、陽香は迷わなかった。

好きな人に鍛えてもらえるのはまたとない機会だが、それ以上に今のままでは足りないと自分でもわかっていたからだ。

彼が自分達に背中を預けてくれるように、もっと強くなるべきだと、前から決めていたことなのだから。

だから、陽香は決然とした表情で蓮の提案を呑む。

 

 

『やります!ご指導お願いしますっ!』

 

 

こうして陽香は蓮の弟子になった。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

陽香の瞳が金色の輝きを帯びた。

 

それはこの場にいる全員が見ており、何かの伐刀絶技かと疑うものが殆ど。だが、この会場でただ1人、蓮だけは小さく笑みを浮かべた。

 

(そうだ。それでいい)

 

まるでこうなることがわかっていたかのような物言いだ。それはまさしく正解だ。

彼は分かっていた。

彼女ならできると。《閃光の魔女》の二つ名を持つ学園でも屈指の魔力制御を誇る彼女ならば自分の意図を理解して必ずやり遂げると。

そして今、蓮が思い描いた可能性を陽香は確かに実現させたのだ。

 

(そのまま進め。陽香の思うままに、やりたいようにただ突き進め。そうすれば道は拓ける)

 

だから、蓮は自分の一番弟子へと心の内でささやかなエールを送った。

 

 

「ッ!」

 

陽香の変化に刀華は警戒を強める。

瞳が金色の光を帯びているのは何らかの伐刀絶技を行使している証だろう。だが、今のところ自分には何も攻撃はこない。光の剣群もどういうわけかさっきよりも動きが鈍くなったので容易に突破できた。

もしかしたら、反撃の一手を練っているのかもしれない。たとえそうだとしても、

 

(それでも、貴方に《抜き足》は破れないっ!)

 

さっきの攻防で刀華は陽香が《抜き足》を破れないことはわかった。

いくら魔術を行使しようとも認識していなければ放てない。だったら、《抜き足》で彼女の意識の隙間を掻い潜りゼロ距離で《雷切》を叩き込めばいい。

そう思い、勢いのまま《抜き足》を使い彼女の無意識に潜り込む。そして接近して《鳴神》を振り抜こうとした刹那、光の槍が迫る光景を見た。

 

「なっ⁉︎」

 

目を見開きながらも、抜き放とうとした《鳴神》を一瞬で納めて鞘ごと持って光の槍を弾こうと動いた技量は流石といったところだろう。

だが、光槍は《鳴神》と接触する直前、穂先が蛇のようにぐにゃりと軌道を変え、彼女の肩を穿ち、その勢いのまま間合いの外まで突き飛ばした。

 

「つぅっ!」

『な、なななんとぉ⁉︎ここで東堂選手も被弾!肩を穿たれ、一気に間合いの外まで突き飛ばされてしまった!』

 

あの《雷切》が傷を負い突き飛ばされた。

滅多に見ない光景に実況だけでなく観客達もどよめきの声を上げる。

それはかつて蓮がレオとの試合で血を流した時のと同じぐらいの衝撃だった。

しかし、その当事者である刀華は傷を負ったことよりも、自分の《抜き足》に反応したことに動揺していた。

 

(槍が曲がったのは直前で変形したからで、私の反応が間に合わなかっただけのこと。

それより、なぜ私の動きに反応できたの?まさか、一度見ただけでもう《抜き足》を見破ったと言うの?)

 

予想外の事態に刀華は表情には出さなかったものの心の内で驚愕した。

明らかに陽香は武術の素人だ。《抜き足》を見切れるわけがない。なのに、陽香は刀華をしっかりと目で捉えて、更には自分よりも早く攻撃してきた。

攻撃の方は光の加速を使えば何とかなるだろう。だが、どうやって見切った?

そこで気付く。

 

(あの目……)

 

先程と今の攻防での違いはただ一つ。彼女の瞳が金色の輝きを帯びたこと。おそらくは視覚に作用させる補助型の伐刀絶技だろう。あれが《抜き足》を見破った、そうとしか説明できない。

そして、その予測は的中していた。

 

伐刀絶技《天光眼(サテライトアイ)

 

刀華の予測通り、視覚に作用する伐刀絶技であり、見えない敵に対処するための魔眼だ。

着想を得たのは蓮の『霊眼』だ。

彼は魔力の光を視る事で魔力の流れや質、量を看破し敵がどんな魔術を使うのかを見抜いている。しかし、これは彼が父大和から受け継いだ一種の特性だ。

この眼を持たない者が同じことはできない。黒鉄一輝のように《完全掌握》や刀華の《閃理眼》を使えない限りは不可能。

だが、陽香のような光使いは例外だ。

 

光使いである陽香は魔力の光に対する感受性が他の伐刀者達よりも遥かに強い。入学試験の時に蓮の魔力の青い輝きを見れたのもその特性の発露。

それを応用して彼女は()()()()()()()()()()()()()()()()()新技を作った。

それが《天光眼》。陽香だけの『霊眼』だ。

 

蓮ほどはっきりと人の形まで見ることはできない。だが、超高密度魔力結晶体である霊装や、伐刀絶技の発動の前兆は大まかにだが、魔力の輝きを見ることができるようになった。

陽香は刀華を見ていない。刀華の持つ()()()()()()()()を視たのだ。

 

『目で見ようとするな』。その言葉の意味はまさしくその通りで、肉眼で見るのではなくこの魔術を使用した状態の眼で見ろということだ。

蓮は陽香が自分でその可能性に気づき、陽香ならできると信じた上で全てを教えなかった。

 

それを信頼と言わずして何と言えばいい?

この技が完成して、彼の意図を理解した時、どれだけの高揚感が身体を駆け巡ったことだろうか。

好きな人に信頼されている。その事実を知った時、彼女はどれだけ嬉しかったことか。

 

(私はあの人の期待に応える為に、あの人のいる夢の舞台へ行く為に、この試合、負けるわけにはいかないッ!)

 

陽香は光槍を構えて今度は自分から仕掛けた。

 

「《金光狼(リュカオン)》‼︎」

 

陽香は槍を振るい、空中に浮かびあがった無数の魔法陣から光の狼を生み出し刀華へと嗾ける。そして、陽香はその姿を眩ませた。

光を屈折させて自分の姿を隠す《幻影舞踏(ミラージュ・サルタティオ)》を発動し刀華の背後に回り込む。

 

彼女が背後に回り込んだ時点で十体はいた光狼はその半数が既に切り捨てられ霧散し、残る五体もじきに切られるだろう。

だが、それでいい。

狼は囮だ。本命は別にある。

陽香は《幻影舞踏》を維持したまま、《星光の剣群》を発動し大量の光剣を生み出す。それは先ほどの12本を遥かに超える360本。今の陽香が出せる限界数だ。

それが刀華を囲むように幾重にも輪を作り刀華を囲む。

それだけでなく、光の分身を五体作り、同じように光槍を手に持ち、自分を含め六人で四方から突撃する。

 

光の分身や光剣群には全て《幻影舞踏》の光学迷彩がかけられているが、《閃理眼》を持つ刀華には全て見抜かれているだろう。

だから、陽香は発想を変える。

何をしても見抜かれるなら、対応できないほどの量をぶつければいい。

 

そして刀華がちょうど残りの光狼を斬り捨てた瞬間、一気に光剣と分身、陽香が一斉に襲いかかる。

頭上、前後左右全ての方位から刀華を逃がさないように囲い込み串刺しにしようとする。

これにはいくら《雷切》といえども回避は不可能。そのまま物量の波に呑まれる———はずだった。

 

だが、刀華は回避行動は取らず、鞘に納めて《雷切》を放つ構えも取らず、おもむろに《鳴神》を天に掲げる。直後《鳴神》には視認できるほどの激しい稲妻が奔り刀身が白く輝く。

その刀身には莫大な魔力が込められている事は一目でわかる。しかもあの《雷切》すらも超えるほどの。

 

「ッッ!」

 

その魔力に陽香は戦慄する。

陽香は刀華の最大攻撃は《雷切》だと思っていた。だというのに、それを超えるほどの魔力を込められたあの技は一体何なのか。

焦燥を露わにした陽香は、ソレが放たれる前に決着をつけようとする。

 

しかし、それは一瞬の差で間に合わなかった。

 

刀華は雷光迸る《鳴神》を天より落ちる雷が如く勢いよく振り下ろした。

 

 

 

「《雷轟霹靂(らいごうへきれき)》———ッッ‼︎‼︎‼︎」

 

 

 

瞬間、()()()()()()()()()()()()無数の落雷を束ねたかのような轟音が響き、白い光が爆発する。

爆発はいとも容易く、刀華に襲いかかる全てを吹き飛ばした。

激しい衝撃がリングだけでなく会場全体を揺らす。

リングは刀華がいた地点を中心に大きくえぐれ焼け焦げ、その破壊の威力を物語っている。

 

そして、最も近くで落雷を喰らった陽香はあまりの激しさにリングの端まで吹き飛ばされ、ピクリとも動かないでぐったりと倒れていた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

『こ、これは凄まじい爆発だぁ———‼︎‼︎‼︎

リングに突如巨大な雷が落ちた瞬間、五十嵐選手を魔術ごと吹き飛ばしたぁぁ‼︎‼︎五十嵐選手動かない!これは決着がついたのでしょうか‼︎』

 

実況の声が会場に響き渡る。

先ほどまで互角に戦っていた両者だったが、刀華が放った落雷のような一撃が全ての状況を文字通り叩き潰したのだ。

そして、この結末は観客達にこの試合の勝者が誰なのかを理解させた。

 

『これはもう、決まったな』

『ああ、五十嵐さんも会長相手に善戦を見せたけど……やっぱり強いよ会長は』

『でも、五十嵐さんもよく戦ったと思うわ』

『ああ、あの人もさすが序列9位だよ』

 

もはや最初の熱気は消えた。

既に戦いが終わったかのような雰囲気で口々に陽香の健闘を讃えている。

その只中で、マリカ達もまた同じように決着がついたと思っていた。

彼らは何も言わない。今ここで何か言っても無駄だということがわかっているからだ。

自分たちにできることは、後で彼女の健闘を讃え、慰めることぐらいだ。

だから、何も言わない。ただ静かに試合の決着を待つ。

 

だが、ただ一人、凪だけはまだ終わってないと思っていた。

 

(陽香……)

 

凪にはわかる。

小学生の頃からずっと一緒だったから。

陽香が今、どんな気持ちなのかを。

どれほど強い想いを胸にこの戦いに臨んだのかを。

惚れた男の期待に応えるために、惚れた男を支えたい為に強くなろうとしていることを。

だから、凪は席から立ち上がり、叫んだ。

 

 

「陽香‼︎頑張れ‼︎」

 

 

言葉一つでどうにかなるわけではないとわかっていても、彼女は叫ばずにはいられなかったのだ。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「はぁ…はぁ…」

 

刀華は《鳴神》を振り下ろした状態で、荒い呼吸を繰り返す。

彼女も消耗が激しいようだ。

 

(まさか、《雷轟霹靂》まで使うことになるとは……)

 

《雷轟霹靂》。それは対蓮用に考案した広域破壊型の伐刀絶技。

水と雷、本来の相性ならば刀華の雷の方が有利だが、彼は雷を通さない水である超純水を大量に作り出し操ることができるため、その優位性は消える。

昨年はその物量になすすべもなく、最後の渾身の《雷切》すらも容易く防がれた。

 

そこで考案したのが《雷切》を超える二つの大技だ。

その一つがこの《雷轟霹靂》。

 

ただ大出力の雷を周囲に落雷のように放出するだけの制御が必要ではないシンプルな技。

だが、シンプルが故に強力無比。

周囲を爆砕するそれは、蓮の扱う超純水をその落雷で吹き飛ばそうという魂胆で作った。

 

この試合では、いや七星剣武祭に行くまでは使うまいとしていた技だったが、先程の陽香の全方位攻撃は《雷切》でも防ぎきれなかった。

あれを全て防ぐには周囲を落雷で粉砕するこの《雷轟霹靂》しかなかったのだ。

 

(…蓮くんの言った通りだったね)

 

刀華は心の内で強敵と戦えたことにほくそ笑んだ。蓮の言った通りだった。

《閃光の魔女》五十嵐陽香は確かに強かった。

さすがは蓮が認めた騎士だ。

 

七星剣武祭に行く前にここで彼女と戦えたことを刀華は誇りに思った。

彼女はこの勝利を誇りに七星剣武祭に胸を張っていくことを決め、強敵として自分の前に立ちはだかった陽香に感謝の念を送る。

そして、審判による試合終了の合図を静かに待つ。

 

その時だ。

 

 

 

「陽香‼︎頑張れ‼︎」

 

 

 

対戦相手の名を叫ぶ一人の少女の声が響いた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

凪の精一杯の声。それは確かに陽香の耳に届いた。

 

(聞こえ、たよ……凪…)

 

雷に焼かれたせいで全身が突き刺すように痛い。

だが、今はそんなものどうでもいい。

体の麻痺はすでになくなり、動ける。

動けるのなら、立ち上がれ。

いつまでも寝てるな。まだ試合は終わっていないぞ。

そう陽香は己自身に強く叱咤する。

 

「……ぅ……うぁ…」

 

陽香は痛む体に鞭打ちゆっくりと立ち上がる。

 

(駄目。……こんなところで倒れちゃ、蓮さんに、凪にもみんなにも合わせる顔がない)

 

彼女はまだ諦めていない。

彼女にはまだ戦う意志が残っている。

彼女にはまだ戦える力が残っている。

ならば、まだ試合は終わっていない。

陽香は腕に、足に力を込めて立ち上がろうとする。

 

『五十嵐選手立ち上がろうとしています!まだ試合を諦めていません‼︎』

 

実況の声が遠くから聞こえる。でも、今はそんなことどうでもいい。試合終了の声でないのならば、まだ試合は続行しているということなのだから。態々耳を傾ける必要はない。

 

(この程度の傷が…なんだっていうの⁉︎)

 

全身を雷で焼かれた?

激痛のせいで満足に動けない?

そんなの些細なモノだ。彼が受けてきた痛みに比べれば遥かにマシだ。

幾らでも耐えれる。

 

(こんなところで、倒れるなっ‼︎)

 

ここで倒れたら、彼を支えるぐらいに強くなるなんて夢のまた夢だ。

だから倒れるわけにはいかない。終わるわけにはいかない。

 

(私は、貴方の力になりたい)

 

全身が悲鳴を上げる中、陽香の脳裏によぎるは想い人の優しくも儚く悲しい笑顔。

数日前の告白した日の夜。月明かりに照らされたあの悲しい笑顔が忘れられなかった。

 

彼の笑顔を見た時、陽香は漠然と理解した。

この人は死ぬまで戦うことをやめないんだと。

これからも自分を『人間』ではなく壊れた『化け物』とし、A級騎士として死ぬまで戦い続けて人殺しの罪を重ね続けるのだろう。

そして、そんな自分には人が当然持つ幸福な生き方を得てはいいものではないと決めつけ、人として壊れて狂ってしまった人殺しの化け物として戦い続ける生き方が相応しいと。

 

それ程までに悲しい生き方があるだろうか。

 

多くの人を守り救ってきた彼には充分に幸せになる資格があるはずなのに、彼自身がそれを認めず自ら傷つき、その果てにいずれ死ぬ。

そう自分の終わりを定めてしまっている事が辛くて仕方がなかった。

 

だから、()()()()()が彼を繋ぎ止めたい。

貴方が自分を『化け物』だと蔑むのなら、私達はそれ以上に貴方を『人間』だと言おう。

貴方が傷つくのを躊躇わないのなら、私達はこれ以上彼に傷を負わせないために寄り添おう。

 

今は背中しか見えないが、いつか追いついて彼の横を走っていけるように強くなりたい。

好きな人を支えられるぐらいに強くなりたいという想いが間違いであるはずがないのだから。

 

その為にも、今ここで倒れてはいけない。

 

そして何よりも、

 

(私は《七星剣王》の、蓮さんの弟子なんだからっ‼︎‼︎)

 

弟子として、師匠に成果を見せなければ、鍛えてもらった意味がないから!!

 

「はあ……っ!はあ……っ!」

 

陽香は荒い呼吸をしながら、なんとか立ち上がる。体の至る所から血が流れ、動くたびに激痛が走り、膝ががくがくと笑っているが、それでも彼女は立ち上がった。

 

『五十嵐選手、立ち上がりました!

目に見えて深刻なダメージ!両膝が笑っています!しかし、それでも彼女の眼は死んではいません!まだまだ続行の意思が伺えます!』

 

自らの状態をやや興奮気味に解説する実況の声を聞き流し、陽香はふらふらとした足取りながらもその手に再び光槍を作り出し、光槍の切っ先を刀華に向け、腰を低く落とし、眼前の敵をしっかりと見据えて告げる。

 

「まだ、終わって、いませんよ。勝負です。東堂先輩」

「っ」

 

彼女の言葉に刀華は理解した。

陽香の普段からは見られない気迫が、その想いを雄弁に語っている。

五十嵐陽香がこの試合を、あの一撃で終わらせることを。

体力的にも残存魔力量的にも彼女はあの一撃がまさしく最後なのだろう。満身創痍。そのはずなのに彼女の瞳に宿る闘志の光は衰えるどころか、より強くなっている。

 

「……ッッ‼︎」

 

それを理解した瞬間、彼女は体の芯から昂ったのを感じた。

 

彼女のような誇り高い騎士が自分の渾身を以て挑もうというのだ。それに応えねば、もし勝ったとしても誰に誇れるというのだ⁉︎

何より、刀華自身がこの誇り高い騎士に勝って、七星剣武祭に行きたいと思った。

ならば、断る理由などあるわけがない!

 

だからこそ、陽香の宣告に刀華は口の端を笑みの形に吊り上げて、《鳴神》の切っ先を陽香に向け、刃を水平に構え自身の《雷切》をも超える最大最強の絶技の構えを以て応えた。

 

「受けて立ちましょう」

「……ありがとう、ございます」

 

自分の勝負を受けてくれたことに感謝しつつ、陽香は全身に今までにないほどの眩い黄金の光を纏い、光の槍もその大きさ、長さを増し五メートルほどの大槍へと姿を変えその先端を刀華に向ける。

 

対する刀華もまた己の能力で前方の空間に磁界を形成し自らの体にもまた《疾風迅雷》の雷を纏う。

 

放たれるはお互いが持つ最強の渾身の一撃。

 

どちらも身体への負担が大きすぎる絶技。

 

陽香は自身を正しく光と化すことで光速での加速をもって槍での突きを放ち、刀華は自らの体そのものを弾丸とするレールガンとなり加速された突きを放つもの。

どちらも同じ突きという攻撃手段であり、その貫通力が生み出す破壊力は今までの、それこそ《雷切》ですら上回る。

 

お互い、それだけの強力無比な攻撃力を持って、最後の攻勢に出る。

両者同時に踏み込み、弾けるように前方に体を投じた。

 

 

 

「《光神の閃輝槍(フォイボス・ハスタ)》————ッッ‼︎‼︎」

「《建御雷神(タケミカヅチ)》————ッッ‼︎‼︎」

 

 

 

瞬間、閃光と化した陽香と雷光のトンネルを潜り抜け、電磁加速された刀華の肉体が、破壊的な速度で加速し、相手に一直線に飛ぶ。

お互いの渾身の一撃が激突して、その激突の余波が大気を震わし、リングを爆砕し、会場を軋ませる。

《雷轟霹靂》をも超えるほどの耳を貫くほどの轟音が轟き眼を焼くほどの閃光が爆ぜて、視界を白く染め上げる。

もはや知覚することすらできないほどの轟音と閃光の中、蓮は一度としてその目を逸らさず、閉じなかった。

やがて、耳を聾した轟音と眼を眩ませた閃光が治まった頃観客達はその結果を見た。

 

 

半壊したリング上で《鳴神》を前に突き出し、右腕から大量の血を流している刀華の姿と、その鋒の先、叩きつけられた観客席下の壁の下で血塗れで倒れ伏している陽香の姿があるのを。

 

 

今度こそ勝敗は決した。

観客達と同じように呆然としていたレフェリーが、思い出したかのように陽香に駆け寄る。暫し様子を見ていたレフェリーが立ち上がり頭上で腕を交差した。

 

『し、試合終了ォォ——ッッ‼︎‼︎

五十嵐選手、善戦を見せましたがやはり前年度ベスト8の壁は厚かったッ‼︎‼︎

Bランク同士の死闘を征したのは我らが生徒会長!《雷切》東堂刀華選手です‼︎』

 

実況が勝者の名を高らかに告げ、試合の幕が下された。

確かに実況の言葉通り、陽香は善戦を見せた。

彼女らの攻防は学生のレベルを遥かに超越したものだった。

 

少なくとも、師匠である蓮は彼女はよくやったと思っている。

だが、それでももっと何かできたのではないのかと後悔や責任感が胸中に一気に押し寄せてくる。

自分がもっとしっかり教えていれば、彼女はもっと戦えたのではないだろうかと思ってしまう。

そして、担架に乗せられ医務室に運ばれていく血塗れの陽香の姿を見た蓮は、

 

「……行ってくる」

「ああ」

 

黒乃に一言そう告げ、背を向け弟子の元へと走って行った。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

視界を焼く閃光の後に訪れた深い無明の闇から意識を覚醒させた陽香は小さな呻き声を上げながら目を開ける。

 

「んっ……んぅ…ここ、は……」

 

重い瞼を持ち上げ、首を動かし周囲を見渡す。

目に飛び込んできたのはシミひとつない医務室の白い天井と、

 

「起きたか。陽香」

 

よく見知った想い人の顔、とその隣に座る親友達と、彼らの後ろにいる友人達の姿。

その光景に、陽香は自らの敗北を思い出した。

 

「私、負けちゃったんですね」

『………』

 

ポツリとつぶやかれた言葉に、想い沈黙が降りる。

その時、座っていた蓮が暗い表情を浮かべながら、

 

「……陽香、すまなかった」

「え……?」

 

突然そう謝罪する。

陽香にはその謝罪の意味が本当に分からず少し困惑気味に蓮の顔を見る。

 

「俺の判断が甘かった。もっと教えられることがあったはずなんだ。俺の教え方がよかったら、もっと戦えたはずだった。お前の師として情けないことをした」

「い、いいえ、蓮さんは何も悪くありませんよ。そもそも蓮さんが指導してくださらなかったら、私は会長相手に太刀打ちできませんでしたから」

 

蓮の謝罪の意味を理解して、陽香は勢いよく頭を振り、ついで蓮に頭を下げた。

 

「むしろ私が未熟だったから、蓮さんが教えてくれた事を活かせなかったんです。私の方こそごめんなさい。それに、蓮さんには感謝してます。蓮さんが教えてくれたから、私はあそこまで戦えたんです」

 

陽香はそう言うものの、明るく振る舞っているのは誰の目から見ても明らかだった。

そして蓮が何か言おうとする前に陽香が言葉を続けた。

 

「少しだけ、一人にしてもらえませんか?今日は少し疲れてしまったので……」

 

俯いたまま、陽香は皆に頼む。

今顔をあげれば、泣き出すに決まっているから顔はあげない。

蓮は言いかけた言葉を飲み込み、陽香の気持ちを察して席を立つ。

 

「分かった。しっかり休息をとるんだぞ」

「はい。ありがとうございます」

 

蓮は陽香にそう告げると皆を連れてすぐに医務室を去った。

だが、ただ一人、凪だけはその場に残った。

 

「……凪」

 

陽香はなぜまだいるのかと顔を上げて視線で尋ねる。彼女の瞳にはすでに涙が滲んでおり、すぐにでも泣き崩れそうだった。

そんな陽香に凪は、自分がやってもらったように彼女を優しく抱擁することでその疑問に答えた。

 

「……え?」

「陽香は、頑張ったよ」

「っ」

 

凪の言葉に陽香は息を呑む。

 

「蓮さん陽香のこと褒めてたよ。負けてしまったけど、師として誇りに思うって。立派だったって。だから……もう強がらなくていいよ。ここには、蓮さんもいないから」

「うっ、うぅっ」

 

それが限界だった。

好きな人の前では気丈に振る舞っていたとしても、やはり悔しいものは悔しかった。

陽香は込み上げた嗚咽を溢し、涙を流し凪の胸にしがみつく。

 

たった一敗。だが、その一敗で、自分は七星剣武祭への道が閉ざされてしまった事を分かっているから。

 

勝って、蓮と一緒に七星剣武祭に行きたかった。 

 

叶わなかった願いが、届かなかった夢が、その名残が陽香を苛む。

言葉にできないほどの悔しさを、陽香は悲鳴として何度も吐き出す。

 

凪は知っている。

彼女が弱さを吐き出せるのが自分しかいないと言う事を。

彼女の親友であり、ライバルであったから、彼女の抱える悔しさが手に取るようにわかった。

 

だから、凪は何も言わずに陽香が泣きやむまで体を抱きしめ続け、頭を撫で続けた。

 

 

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