優等騎士の英雄譚   作:桐谷 アキト

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今年最後の投稿です!

今回は二万どころか三万字越えになってしまいました((((;゚Д゚)))))))

そして今回はついに、大暴露回です!!
何が暴露されるかはまあ読んでからのお楽しみということで。

では、最新話 雲蒸龍変

どうぞ!!






27話 雲蒸龍変

 

 

時は少し遡る。

 

蓮達の魔力の残滓を辿り、森の中をカナタは魔力放出で脚力を強化して凄まじい速度で駆けていた。

 

「はぁ、はぁ」

 

カナタは多少呼吸を荒げながらもそれでも駆ける速度を緩めず、魔力を惜しみなく使い一刻も早く彼の元へ向かおうと走る。

道中、薙ぎ倒された木々や、抉られたり切り裂かれたりしている地面。感じる魔力の残滓の数や今なお聞こえてくる轟音が戦闘の激しさを物語っていて、カナタは焦燥を募らせた。

 

(どうか、無事でいてくださいっ)

 

彼の無事を願いながら走りつづけ、やがて、紅白に揺らめくある境界線へとたどり着いた。

 

「これは……」

 

カナタがたどり着いた境界線。それは蓮の氷炎の融合魔術《氷焔地獄(インフェルノ)》の効果範囲の末端だった。

確かにそこからは蓮の魔力が感じられる。

 

「……炎も使わなければいけないほどの敵、ですか」

 

カナタは蓮が炎の異能も持っていることを知っている。いや、偶然知ったと言うべきか。

黒川事件のあの日、蓮が暴走した時、水だけでなく炎も使っていたのを間近で見たからだ。

カナタは蓮が水だけでなく炎を使っている状況に危機感を抱く。

 

蓮が炎を使うのは、水だけでは勝てないと判断したのではないだろうかと。

それは確かに正しい。ラオの毒は蓮が炎を使って解毒しなければ危険な代物だったからだ。

ただそれだけだ。炎を一度使った以上隠す意味がないからこそ使っているだけの話。

だが、それを知らないカナタは蓮が炎を使わなければいけないほどに追い込まれている状況だと認識し、尚のこと急ぐ。

しかし、《氷焔地獄》に踏み入った瞬間、熱波と寒波がカナタを襲う。

 

「くっ」

 

咄嗟に魔力防御で全身を覆ったが、それでも伝わる熱気と冷気にカナタは顔を顰め、一度範囲内から出る。

 

(まだ相当離れてるはずですのに、この威力っ)

 

此処から蓮のある場所は約5kmだ。

それだけ離れているというのに、伝わる熱気と冷気の凄まじさに、カナタは戦慄する。

今蓮は敵味方の選別を行なっていない。いないが故に、効果範囲内に踏み込んだ自分以外の全てを焼き、凍らせんとしているのだ。だからこそ、カナタにもその攻撃が及んでしまった。

 

(これは上から行ったほうがいいですわね)

 

地面を走るのに比べれば、空中を走ったほうが影響も少ないはず。

そう考えて彼女は自分の霊装を顕現する。

 

「参りますわよ。《フランチェスカ》」

 

現れたのは透けるほどに薄い、ガラス細工のような『レイピア』。

カナタはそれを右手に握り、胸の前で水平に構えて左手の平に切先を当てて差し込む。

《フランチェスカ》の刃は彼女の掌に突き刺さることはなく、塵と砕けて、無数の小さな粒子の刃となって夜天に砂光と舞う。

これが《紅の淑女》の戦闘態勢だ。

 

カナタはそれを操り、空中に薄ぼんやりと輝く透明なガラスの足場を構築し、そこを足場に夜天を駆け上がる。木々よりも高いところまで来たところで、彼女は進路を再び蓮のいると思われる方向へ変える。

熱波と寒波の影響はまだあるものの、先ほどよりは幾分か緩和されている。

そしていざ、向かおうとした時、彼女の視線の先で蒼紅の星が天に昇り、直後天を貫くほどの二つの柱が立ち上った。

目視でも分かるほどの、400mはあろう青く輝く激流の柱と赤く輝く光熱の柱、それらが空中に浮かんでいる蒼紅の星から立ち上っているのを見た。

 

「蓮さんっ!」

 

カナタはすぐにその蒼紅の星が蓮であることを把握。そして、あの二つの柱が蓮の伐刀絶技であることも理解した。

激流の柱。あれはおそらく《蒼刀・湍津姫》だ。リトルの頃に何度か見たことがある。しかし、彼女の記憶では精々50m程度だったが、今は400mまでサイズが巨大化している。

だとすれば、もう一つの光熱の柱は《紅刀・咲耶姫》だろう。かつて蓮の父大和が振るっていた紅蓮の光熱の剣。蓮が炎を使えるのならば、サフィアのだけでなく彼の炎魔術を受け継いでいてもおかしくはない。

 

次の瞬間、二つの柱が縮小を始める。……否、あれは圧縮だ。巨大な二つの柱を蓮が類い稀な魔力制御で圧縮し始めているのだ。

カナタはそちらに蓮がいると確信し、その二つの柱へ向けて走る。

 

そして、蒼紅の星が大地に落ちた瞬間、大地が割れたのを見た。

 

「っっ‼︎」

 

遠目からでも分かるほどのその青と赤の巨大な斬撃は、カナタの視界を中心から右へと進み、その進路上にあったものを悉く斬り裂いた。その破壊が蓮の必殺の双刀によるものだとカナタはすぐに気づく。

そして再び彼女が無空を駆ける中、今度は声が聞こえてくる。

 

「オオォォォォォァァァアアア!!!」

「ぐぅぁぁぁああああああっっ!!!」

「ぬぅあああああああああっっ!!!」

「ッ⁉︎」

 

それは三人の男の雄叫び。

しかも、そのうちの一人はよく聞きなれた蓮の叫び声だった。

彼女はその雄叫びに、何か嫌な予感がし、さらに加速する。やがて、前方に木々が倒れて開けた場所が見える。カナタはその手前で地面に降りると、再び地上を駆ける。

 

そして、開けた場所に出た先で見た光景は———

 

 

 

『——————』 

 

 

 

蓮の首が刎ねられた瞬間だった。

   

 

 

「そん…な……」

 

 

 

カナタはその光景に目を見開き呆然とする。

彼女の見ている前で、蓮を左右から挟む男達が刃を振り抜き、蓮の首が緩やかに宙を舞った。

自然とカナタの瞳からは涙が溢れ、唇が悲しみに震える。

 

「い、や…いやぁ……」

 

そして、首が大地にゴトンと落ちて転がり、蓮の体が血飛沫を上げて崩れ落ちたのを見た瞬間、

 

 

 

「蓮さんッッ‼︎‼︎」

 

 

 

夜天にカナタの絶望に満ちた悲鳴が響いた。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「任務完了。全員、よくやった」

 

 

蓮が崩れ落ち、生命活動を完全に停止したのを確認したジーフェンは、まだ生存している仲間達にそう言う。

残った者達は全員が、疲労のあまり座り込み、荒い呼吸を繰り返している。

かつてないほどの強敵との激闘。体力、魔力的なのは勿論、精神的な疲労も大きかった。

そして、蓮が死んだことで、《氷焔地獄》が空中に溶けるように消え間接的な持続ダメージの結界も消える。

そんな中、ジーフェンは蓮の体が崩れ落ちると同時に崩れ落ちたランの遺体を抱えながら周囲の状況把握に努める。

 

(五人死んでしまったか。しかし、《破壊神》を殺せたのは大きいな)

 

中国にとって不倶戴天の宿敵。

かつてないほどに大損害を被ることになった元凶を討ち取ったその功績は大きい。

日本の損失は相当に違いない。対国家クラスの、おそらくは日本の最高戦力である怪物が死んだのだ。戦力の大幅ダウンが見込めるはず。

そして、腕の中で事切れているランを見る。彼女の鳩尾には風穴が空いており、触れた体温も既に冷たいことから既に絶命しているのも分かる。

 

(ウゥリィ、シャオメイ、ラオ、リーファ、ラン、お前達は良くやってくれた。お前達がいたからこそ、この作戦は成功した)

 

この作戦で散った優秀な仲間達へ感謝と黙祷を捧げながら、ジーフェンはランの開いたままの瞼をそっと下ろした。

ジーフェンは一度ランの遺体を地面に寝かせる。

 

「このままこいつと仲間の遺体を回収し、撤退といきたいところだが……」

 

そう呟きながら、ジーフェンはそこから飛び退く。直後、ジーフェンがいた場所の地面が何か見えない刃物のようなもので斬られた痕があった。

視線を向ければ、その先にいたのは、涙を流しながら怒りに満ちた表情でこちらを睨むカナタだった。

 

「まだ、終わってはいないな」

 

その言葉を聞いた者達は頷き立ち上がると、カナタへと向き直る。

ジーフェンは数日間の調査で彼女の顔を知っている。

 

「《紅の淑女(シャルラッハフラウ)》貴徳原カナタだな。何故ここにいるのか、は問う必要はないな」

「よくも、よくも蓮さんをッ‼︎絶対に許さないっ‼︎‼︎殺すっ‼︎」

「我らからこの男の死体を取り返す気か?

そうはさせん。この男の、《破壊神(バイラヴァ)》の死体は持ち帰らせてもらう。我々の任務はこの男の死体を本国へ持って帰るまでだ。この死体は我が国が日本の最高戦力の一つを殺したと言う最大の証になる。

最も、この場を見てしまった以上、貴様の命も狩らせてもらうがな」

「黙りなさいっっ‼︎‼︎‼︎」

 

そう叫び、カナタは激情のまま飛び出す。

魔力放出を使い凄まじい速度で彼らへと迫る。

彼女の心は怒り一色だった。蓮を殺されたことへの怒りが、今の彼女を突き動かしていた。

カナタが飛び出したのに合わせ、ジーフェンの左右からレイとグーウェイ、リーが左右から駆け抜ける。

 

ジーフェンは大斧を振り翳し水の斬撃を、レイは雷の大刀を振るい雷の斬撃を、リーが偃月刀を振るい風の斬撃を放つ。

水、雷、風、三属性の斬撃が正面からカナタに迫るが、それをカナタは目に見えないほどに小さな粒子の刃《星屑の剣(ダイヤモンドダスト)》を自身の周囲に嵐のように回転させて迎え撃つ。

 

「《星屑の斬風(ダイヤモンドストーム)》ッッ‼︎‼︎」

 

さながら、目に見えない削岩機のように数億も

の刃の斬撃で、その三つの斬撃を削り切った。

そして、その直後、

 

「ガッ⁉︎」

 

リーが全身から血を噴き出して崩れ落ちる。

まるで数万の太刀を浴びたように無数の斬撃を総身に刻んでいた。

 

「「ッッ‼︎」」

「気をつけろ!《紅の淑女》は目に見えない粒子の刃を無数に操るっ!見えずともそこには刃があると思え!」

 

ジーフェンは全員に警告を飛ばす。

事前に破軍学園の主要な伐刀者の能力と戦法は調べてある。だからこそ、ジーフェン達はカナタの戦い方を知っている。

今のも、カナタが粒子の刃を操り一番近くにいたリーをその粒子の刃で斬り刻んだのだ。

 

実のところ、《紅の淑女》貴徳原カナタを相手にした場合、無傷でいられる者は殆どいない。蓮のように全身を液体化させることで、回避することはできるが、それができないものは無傷で勝つことはほぼ不可能。

なぜなら、カナタの伐刀絶技《星屑の剣》は、自らの霊装の刀身を目に見えない程の細かい欠片として大気中に散らし、その欠片を操り敵を刻む技。

その欠片の小ささたるや、呼吸していれば自然と肺の中へと入ってしまうほどであり、これを完全に回避するのは、至難の業なのだ。

そして、ジーフェンの指示に従い彼らは彼女から距離を取り遠距離での攻撃を始める。

 

「邪魔ですっ‼︎‼︎」

 

それらをカナタは《星屑の斬風》で斬り刻み、防ぎながら、魔力放出も併用しとてつもない速度で距離を詰めていく。そして、距離を詰め、レイを射程に捕らえていざ切り刻もうとした刹那、彼女は背中を無数の黒い刃に貫かれた。

 

「ぇ……?」

 

カナタは目を見開き、口からゴプと血を溢す。

背を見れば、カナタの背後の影から刃が伸びていた。

カナタは確かに強い。日本でも有数のBランク騎士として名を馳せているだけはある。《黒狗》であろうとも、彼女ならば渡り合えただろう。

だが、それはあくまで一対一ならだ。

ジーフェン達の能力を把握しきれていなかったことも大きい。

 

そもそも蓮でさえ苦戦を強いられた相手を、いくら蓮が厄介な能力持ちの術者を幾人か殺したところで、怒りに呑まれている状態で、いや万全であってもカナタが勝てる相手では無いのだ。

 

そこから戦況は一気に傾く。

カナタが展開していた数億の刃で構築した攻防結界。近づく敵の悉くを斬り刻み、近づかせない攻防一体の結界。

攻撃を防ぐはずの結界をすり抜けて雷撃が迫ってきた。

 

「ッッ‼︎‼︎」

 

カナタはなんとか背中から黒刃を引き抜き、それを防ごうと刃を操りガラスの壁を構築する。

しかし、雷撃はそれすらもすり抜けて、直後、カナタの総身を撃つ。

 

「ああぁっっ⁉︎⁉︎」

 

総身を焼き焦がす雷撃にカナタは絶叫をあげる。雷撃に片膝をつき、荒い息をつくカナタに今度はジーファイが放った萌葱色の光の矢が、刃の結界を突き破りながら迫った。

 

「くっ!」

 

それを避けようとカナタは横へ飛び退く。

回避には成功した。そして反撃をしようと刃を操作しようとした直後、カナタの右腕が宙を舞った。

 

「なん、で…?」

 

カナタは訳がわからないと言った様子で、千切れ飛んだ自分の右腕を見る。

彼女の視界の隅に映る地面には、先程避けたはずの萌葱色の矢が刺さっていた。

確実に避けたはずのそれが、どうして自分の右腕を千切ったのか、彼女には訳がわからなかった。

その絡繰が、影を伝って矢がカナタの背後から飛び出してきたなど、能力を把握しきれていないカナタには分かるはずもない。

そして、次の瞬間、カナタの左側にタイランが音もなく現れる。

 

「なっ!」

「はぁっ!」

 

咄嗟にカナタが壁を作るよりも早く、タイランの拳が彼女の左腕を撃つ。『蓄積』によって溜められた蓮の攻撃の威力が、カナタの左腕を粉々に砕き、それだけで終わらず左肋骨をも砕き殴り飛ばす。

 

「ガッ⁉︎」

 

地面を10m転がったカナタは何度も咳き込み血を吐き出しながら、フラフラとした足取りで立ち上がる。

しかし、立ち上がった時にはすでに敵が迫っていた。

 

「ッッ」

 

ジンが無数の剣の形状にした数十本の障壁剣を、カナタに投げつけていた。

 

(防御をッ!)

 

カナタはガラス壁を構築し、それを防ごうとする。しかし、それは《貫通》が付加されており、ガラス壁を容易く突き破りカナタの全身を穿つ。

 

「〜〜〜〜ッッッ⁉︎⁉︎⁉︎」

 

全身を貫かれたカナタは、全身に刻まれた無数の傷口から血を噴き出し、声にならない悲鳴をあげて崩れ落ちる。

しかし、崩れ落ちる間も無くグーウェイが《転移》で彼女の真横に現れ、大斧に水を纏わせて巨大な水槌へと変え、カナタを横殴りにする。

 

「っ、ああぁぁっ⁉︎」

 

悲鳴をあげて再び地面を転がるカナタの先には、待ち構えるようにガオランがいて藍槍を地面に突き立て地面から土龍を生み出した。

土龍は牙が並ぶ顎門を開きカナタへと襲いかかる。

 

「ッッ《星屑の(ダイヤモンド)…、(ランス)》ッ‼︎」

 

地面を転がりながらも何とか体勢を立て直したカナタは、痛む体に鞭打ちながら、粒子の刃を一点集中させて錐のように渦巻かせて槍の形にすると、その土龍を貫き、そのまま姿を変えて土龍を包み込み、瞬く間に斬り刻んだ。

土龍が砂塵となって崩れ散る。そして、そのままガオランへと刃を襲い掛からせようとしたが、そこまでだった。

彼女の左側には7mはあろう土のゴーレムがいて、鉄分を固めた棍棒を既に振り下ろしていた。

 

「ガッ⁉︎」

 

防御する間も無くゴーレムの棍棒に叩き落とされ、カナタは地面を何度もバウンドしてやがて一本の木の幹に叩きつけられる。

 

「ゴホッ、ゴホッ、」

 

叩きつけられたカナタは、地面に崩れ落ち幹に凭れると大きく開いた口から何度も血を吐き出す。

この数分の間に彼女は見るも無残な状態になっていた。

右腕は斬り落とされ、左腕は砕けあらぬ方向に歪んでいる。両脚もまともに動かせない。全身の骨がほとんど折れるか罅が入っている。全身には無数の傷があって、血がとめどなく溢れ、激痛が彼女の意識を苛む。金糸のように美しい金髪は、血と土で薄汚れてしまっていた。

 

「無駄な足掻きだったな」

 

そう言いながら、ジーフェンは力無く倒れているカナタに近づく。

 

「くっ」

 

カナタは歯噛みしながらもせめてもの抵抗として《星屑の剣》で至近距離にいる、橙光を纏ったジーフェンを斬り刻まんと数億の刃をけしかけるも、それは再び何事もないかのようにすり抜けてしまった。

 

「無駄だと言ったはずだが」

 

そう呟きながら、ジーフェンはカナタを影の腕で拘束し、全身に荊のように影腕に生やした小さな刃を突き刺していく。

 

「ぁぐっ、」

 

激痛に顔を歪め、更に傷を増やし傷口から血をこぼすカナタにジーフェンは影纏う刃を持ち上げ淡々と告げる。

 

「あの男の後を追わせてやる」

 

ジーフェンはカナタの首へと刃を振り下ろす。

もう数瞬もしないうちに、刃はカナタの首を蓮と同じように刎ねるだろう。

影から伸びた腕がカナタを木の幹に縛り付けているため逃げることもできない。

既に満身創痍の状況の中、カナタは自分の死を悟った。

 

 

(ごめんなさい……貴方の仇を……取れませんでした)

 

 

カナタは刃が迫る中、微笑を浮かべ心の中でそう蓮に謝罪をする。

頬には涙が伝って、血の滲んだ戦闘服に滴り落ちる。

 

 

(……せめて、死後では…貴方と、一緒に……)

 

 

せめて天国では次こそ貴方と一緒にいたい。

そんな事を考えながら、カナタは蓮の遺体がある場所へ視線を向ける。

しかし、その直後、彼女は己の目を疑った。

 

 

(……え………?)

 

 

視線を向けた先、黒狗達の更に後方の月が照らすある一点。

 

 

そこにはあるはずのものがなかった。

 

 

そこにあるはずの彼の遺体が———跡形もなく消失していたのだ。

 

 

(…どう、し…て……?)

 

 

自身に命の危機が迫っている中、どういうことだと思った瞬間、視界に青の輝きが満ちて、次いで声が聞こえた。

それは聴こえるはずのない彼の声。

 

 

 

「彼女に手を出すな」

「ガッ⁉︎」

 

 

 

その声が聞こえた直後、カナタにトドメを刺そうと大太刀を振り上げていたジーフェンが横から誰かに吹き飛ばされる。

地面を転がるジーフェンは、すぐに身を起こし何事かと自分が先程までいた場所へ視線を向け、

 

「なんだと…っ⁉︎」

 

驚愕に目を見開いた。まるで幽霊を見るような目をカナタのいる方向に向けている。

なぜなら、そこにはいるはずのない男が立っていたからだ。

その顔は、その体格は、感じられる魔力と気配は、間違いなくあの男のもの。

 

あり得ない。あり得るわけがない。

あの男はつい先程確かに殺したはずだ。

液体化を封じて、両腕を切って、両足も完全に動けなくして自分とレイの二人で、首を刎ねたのを覚えている。

生命活動が完全に停止したのを確認した。

どうあってもあそこから蘇るなどありえない。完全に死んだはずだ。

なのに、どうして生きている⁉︎どうして立っている⁉︎

 

「ぁ……」

 

カナタは呆然とした表情を浮かべ、戸惑いの声で目の前で自分を庇うように立つ男の背中を見上げる。

その大きく逞しい背中は、カナタが憧れて惚れた人のもの。幼い時からずっと見てきて、追いかけて、憧れ、いつか恋を抱くようになった彼の大きな背中。

それは紛れもない英雄の背中だった。

カナタは震える声で彼の名を呼ぶ。

 

 

 

「蓮、さん……?」

 

 

 

その名を呼ばれた男、全身に眩い紺碧の輝きを纏う青年ー新宮寺蓮はカナタに振り向いて微笑んだ。

 

 

 

「ああ、俺だ。大丈夫か?」

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

「え、…そんな……だって、蓮さんは……」

「じっとしてろ」

 

蓮はまだ状況について行けていない彼女の問いを無視して、カナタの影の拘束を《蒼月》を振るい悉く斬り裂く。拘束がなくなり、崩れ落ちるカナタを抱き抱えると、彼女の耳元で小さく呟いた。

 

「少し離れるぞ」

「きゃっ」

 

蓮はカナタの返事を聞かずに、ひとっ飛びで近くの木の側に移動し、そこに彼女を降ろすと彼女の傷に視線を向ける。

 

「あ、あの……」

 

戸惑いの眼差しでこちらを見上げるカナタの右腕は無くなって、左腕も粉々に砕けてしまっている。着ている戦闘服は所々斬り裂かれ、そこからは無数の痛々しい傷が覗いていて、血が流れてしまっている。大小様々あって、この数分の間に相当の傷を負ったものだとわかる。

 

(こんなに傷が……)

 

自分が呑気に蘇生していた間に、彼女が戦ってつけられた傷を見て蓮は自分でも怒りが込み上げてくるのを感じた。

 

彼女が来る前に決着をつけるべきだった。

使う必要がないからと『力』を使わなかったから、時間がかかり首を刎ねられると言う不覚をとってしまった。

使っていればこんなことにはならなかった。

使わなかったからこそ、カナタがこの戦場に間に合ってしまい、涙を流させて傷を負わせてしまった。

もう二度と、悲しませまいと、傷つかせまいと、今度こそ彼女達を守ろうと誓ったのにこの体たらく。

本当に情けない。

 

(とんだ醜態を晒してしまったな)

 

守るべき大切な人を傷つけた者達に、そんな状況を招いてしまった自分の不甲斐なさに、蓮は怒りを抱かずにはいられなかった。

 

「……ッッ」

 

しかし、その込み上げてくる激情を歯を噛み締めてグッと堪えると、少し離れたところに転がっているカナタの右腕を水の鞭ですぐに回収すると掌に、中心に三つ巴が描かれている青い魔法陣を浮かべながら、静かな声で唱える。

 

「———癒しを此処に。《清明之雫(せいめいのしずく)》」

 

魔法陣から青く輝く雫が一粒滴り落ちる。

その雫がカナタに触れた瞬間、淡い青光が彼女の全身を包み込み、右腕を繋げて、全ての傷を忽ちに癒していった。

カナタは未だに信じられないのか、癒された自分の体を一頻り見た後、震える声で蓮に尋ねた。

 

「本当に…蓮さん……なのですか?」

「本物だ。お化けじゃないから、安心しろ」

 

蓮はカナタの口の端から溢れている血を拭いながら、穏やかに微笑みそう言った。

それでやっと、蓮が生きていることを実感したのか、カナタはその瞳から大粒の涙を何度も溢し、嗚咽を漏らしながら蓮にしがみついた。

蓮もまた彼女を優しく抱きしめる。

 

「良かったっ…蓮さん、無事で、本当に良かったっ……」

「ごめんな。俺が不甲斐ないばかりに心配をかけた」

「いいえ、いいえっ、……貴方が無事ならそれだけで十分です。……でも、後で文句ぐらいは言わせてください。心配したんですから」

「ああ、分かってる」

 

それぐらいなら甘んじて受け入れる。

それだけのことを自分はしでかしてしまったのだから。

蓮は彼女から体を離すと、涙の流れる頬を優しく撫で、目尻から涙を拭うとスッと立ち上がり、いきなりシャツを脱ぐ。

 

「ッッ」

 

露わになった傷だらけの肉体に彼女は一瞬息を呑むも、蓮はそれに構わずカナタにシャツをかける。

カナタは蓮が自分に服をかけてきたことに戸惑いの表情を浮かべた。

  

「えっ、あ、その…」

「服は後で母さんに直してもらうとして、とりあえず今はそれで隠しておけ。色々とまずいからな」

「え?」

 

カナタは目を背けながら言われた蓮の言葉に自分の体を改めて見回した。

先程は血が滲み痛々しい姿だったが、蓮が治癒したことで傷は全て完全に癒えて痛々しい姿ではなくなった。

だが、体を貫かれた際に当然彼女が身に纏っている戦闘服も斬り裂か無数に破れた跡がある。

服の損傷は蓮は直せなかった為、戦闘服の破れた箇所から彼女の新雪のように透き通った白い柔肌が露わになっていたのだ。紺色の戦闘服と相舞って、なかなかに扇情的な姿になっていた。

 

「〜〜ッ‼︎‼︎」

 

自分の状態を再認識したカナタは顔を一気に赤らめ声にならない悲鳴をあげ、蓮の黒いシャツを着て自分の体を隠す。

戦闘時、服が破れることはあり、肌が露出しても今まではあまり気にしなかったが、好きな人に見られていると意識すると流石に恥ずかしかったようだ。

蓮はその様子に微笑むと、彼女に背を向ける。

 

「少し待っていてくれ。すぐに終わらせる」

 

しかし、そう言う蓮をカナタは立ち上がって止めた。

 

「ま、待ってください!それなら私も!」

 

傷は彼のおかげで完全に癒えた。魔力もまだ残っている。ならば、自分も戦える。彼を一人で戦わせるわけにはいかないと彼女は立ち上がる。

だが、それを蓮は止めた。

 

「駄目だ。カナタはそこで休んでいてくれ」

「で、ですがっ!」

「俺は大丈夫だから、今度こそちゃんと守らせてくれ」

「ッッ」

 

カナタは蓮の言葉に込められた意味を理解し、しばらく逡巡するも、やがて声を絞り出した。

 

「……どうか、ご武運を」

「ああ」

 

蓮は一つ頷くと、カナタへと背を向けてジーフェン達の方に向き直る。

再び自分達の前に立つ蓮の姿に、ジーフェン達は明らかに動揺していた。ジーフェンは青ざめ、動揺のままに叫ぶ。

 

「有り得んっ!貴様の首は確かに刎ね、殺したはずだ!なのになぜ生きているっ⁉︎無効化もあったんだぞっ‼︎‼︎いくら《魔人》だからといって魔術を封じれば蘇生できないはずだっ‼︎‼︎」

 

ジーフェンだけではない。他の者達もまた蓮に驚愕と疑惑の視線を向けている。

だが、彼等の疑問は尤もだ。

蓮が肉体を液体化して、蘇生することができるのは知っていた。そのためにも、その蘇生のための式を作らせないために、ランが命尽きるその時まで魔力無効化の鎖で縛り付けていた。

そして彼の首を刎ねて、生命活動を完全に停止したのを確認した。

だと言うのに、なぜ彼は生きているのか。

そう狼狽するジーフェンに、蓮は酷薄な笑みを浮かべながらただ告げる。

 

「ああ、確かに貴様達の手際は見事だった。

実際、首を刎ねられた一瞬まで俺は《青華輪廻》の式を構築すらできなかった。そうして俺の首は肉体から分たれ、俺は一度貴様達に殺された。だが、それだけの話だ」

「何だと?」

「人は心臓を穿たれても十数秒は意識がある。それは首を刎ねられたとしても例外ではない。

事実、俺は首を切られてもしばらく意識が残っていた。それに、首が切り離されはしたが、そっちには魔力無効化の干渉は及んでいなかった。だからこそ、俺は大気中の水分や、地下を流れる水脈に干渉できた。

そして、意識を繋ぎ止めながら魔力を吸収し蘇生の式を組み生命維持を行い、カナタが戦っている間に肉体を蘇生させた」

 

自然干渉系の伐刀者は、自分の対応する属性の力を吸収し、自身の魔力に変換することができる。

蓮が行ったのはまさにそれであり、大気中の水分や地下水脈に干渉し、それらの水を『喰らう』ことで、魔力に変換したのだ。

更には、それらの水と自身の魔力を繋げ、魔力回路を構築し、そこに意識を繋げることで死による意識の喪失を回避。蘇生の式を構築したのだ。

 

「当然そのまま蘇生しては貴様達には気づかれただろう。

だから、俺は隠蔽結界を使いながら元の肉体を人形に置き換えて、貴様達にそれが本物の死体であることを思いこませながら、その間に隠蔽結界の中で俺は自分を蘇生させた」

 

意識が保てているのならば、蓮の埒外の魔力制御も遺憾無く発揮される。

体内に残る残留魔力と新たに吸収した魔力を用いて、隠蔽結界《鏡花水月(ミラージュ・ムーン)》と水の人形、《青華輪廻(リィン・カーネーション)》の三つを同時発動したのだ。

埒外の神業といっても足りないほどの、卓越しすぎた技術だ。

 

「まぁつまり、何が言いたいかというとだ」

 

そう言って一度口を閉じた蓮は首の調子を確かめるようにゴキと鳴らすと、不敵な笑みを浮かべて静かに、されど堂々とした声で言った。

 

 

 

「一度殺したくらいで、この俺が死ぬとでも思ったか?」

 

 

 

それは己こそが絶対強者であるが故の傲慢な発言。

 

己こそが最強であると疑わないが故の不遜な態度。

 

自分が埒外の天才であることを自覚し、この世界に己よりも強い者など一人としていないと確信し、自分ならばできると疑わないからこそのものだった。

 

 

「〜〜〜ッッ‼︎‼︎」

 

 

これにはジーフェン達もいよいよ確信した。

 

自分たちが殺そうとしていたこの男が、——— 人間ではないことを。

魔術を封じ、首を刎ねたからなんだ。

目の前の男は、それを意に介さずに容易く蘇ってみせたではないか。

普通なら死んで当然のはずが、彼にはもう当然ですらない。

死を超越しているこの男が、常人のように死ぬ光景が、未来がまるで想像できない。

その有様をもはや人とは呼べない。呼べるわけがない。

 

コレは、この男は、人の形をした災害。人外魔境に住まう魔性に堕ちた化け物だ‼︎‼︎‼︎

 

同時に理解せずにはいられなかった。自分達はそんな怪物ー否、神の、決して触れてはならぬ物に、龍の逆鱗に触れてしまったのだと。

 

彼らは漸く蓮という《魔人》の力の強大さを、異質さを、その歪みを理解した。そして、此処からどう撤退するか、誰をうまく逃すべきかを各々が思考を巡らせている中、蓮は冷酷な声音で続ける。

 

「ただ、貴様達が俺を一度殺したのも事実だ。そこは認めよう。人である貴様達が《魔人》を一度殺したことは見事だ。ここまで俺が追い詰められたのは久しぶりだからな。

だから、餞別として特別に見せてやろう」

「餞別だと?」

「ああ、そうだ。別にこの力を使わなくても俺は勝てる。力を使わずとも鏖殺することに変わりはない。……だが、貴様達は俺の逆鱗に触れた」

『ッッ‼︎』

 

冷酷な声音とともに放たれた濃密な殺気に、彼らは思わず体が強張った。

先程は見せなかった圧倒的な殺気。

それに、彼らは蓮の背後に天を衝くほどに巨大な身体をくねらせる龍を幻視した。

彼らが蓮の殺気に慄く中、蓮は青い炎のような静かな怒りをその瞳に宿しながら静かに告げる。

 

 

 

「覚悟しろ。

貴様達は俺を怒らせた。

全員生きて帰れると思うな」

 

 

 

そう言って、蓮は全身から魔力を迸らせる。

先程よりも遥かに膨大な量の魔力が彼の総身から噴き出し、青い光となる。

鮮烈な青が夜の闇を激しく照らしていく。それはまるで月光のようで、まるで地上にもう一つの月が現れたかのよう。

そして、青き月と化した蓮は静かに呪いを唱えた。

 

 

「目醒めろ——————《臥龍転生(がりゅうてんせい)》」

 

 

静かに言霊を唱えた直後、彼を中心に眩い紺碧色の魔力光が彼自身から噴き出し天を貫いた。

 

その光の柱の中で彼の様相が変わっていく。

 

腰にある二振りの《蒼月》は青い光の粒子となって蓮の体に吸い込まれ戻っていく。

 

海を凝縮したような紺碧色だった瞳は、月のような鮮やかな黄金色へと変化している。瞳孔は黒から青へと染まり、爬虫類のように縦に割れる。

 

水を思わせる淡青色の髪は神秘的な白銀色へと色を変え凍てつくような輝きを芯から発している。

 

背中や腰からは《王牙》にも生えているような青白く揺らめく魔力で形成された鰭、突起、尻尾が生えていた。

額と後頭部にも魔力で形成された青黒い角が大小四本生えている。

 

肌は髪と同じように真っ白に染まり全身には独特な水色の紋様が顔から爪先に至るまで全身に浮かび、胸には三つ巴を表す、三つの勾玉の紋様が描かれ一際強く輝く。

 

 

その身に宿るは人外の異能。

 

 

彼の内に宿る真なる力が今顕現する。

 

 

それは災いと恵みを齎すもの。

 

 

それは海と天を象徴するもの。

 

 

それは神の化身。あるいは神そのもの。

 

 

彼の実父—桜木大和をして()()と称した()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

世界を滅ぼしえる可能性を持つ禁忌の力。

 

 

それが今、解放された。

 

 

様相が変わった蓮はゆっくりと顎を上げ夜空を仰ぐや、

 

 

 

『◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️—————————ッッッッ‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

 

 

高らかに天に吼えた。

 

 

 

彼の口唇から放たれたのは力強く、清冽な轟きは地鳴りにも、海鳴りにも、雷鳴にも似た人ならざる怪物の咆哮。

 

 

 

その声音は人の姿を借りた荒ぶる『神』の顕現を示すもの。

 

 

 

天地を震わせる強大な咆哮を以って、『神』は自らの覚醒を告げた。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

それは15年前、まだ大和とサフィアが生きていた頃。

 

福岡の山の中腹に立つ大きな一軒家に黒乃と寧音が遊びにいった日のことだった。

 

『蓮は水使いじゃない?何を言ってるんだ?』

『そうだぜ。どっからどう見ても水使いだろー。いや、あの子の場合は水と炎使いかね』

 

出された茶を飲みながら、二人はそう呟く。

二人の向かいには、座布団に触るこの家の主人が、一人の精悍な顔つきの黒髪の青年がいた。

彼こそが桜木大和。《紅蓮の炎神》の二つ名を持ち、史上最高かつ最強の炎使いであり、現日本最強の地位に君臨する最強の伐刀者だ。

 

そして、今庭で2歳程の水色の髪の男の子と共に、水魔術で様々な水人形を作り遊んでいるのは、男の子と同じ水色の髪をポニーテールにしている麗しい美女。

彼女こそが桜木・I(インディゴ)・サフィア。大和の妻であり、《紺碧の戦乙女(ブリュンヒルデ)》の二つ名を持ち、大和と同じように史上最高かつ最強の水使いとして名を馳せる現ヴァーミリオン皇国最強の伐刀者だ。

 

彼女と遊ぶ小さな男の子は、大和とサフィアの大切な息子ー蓮だ。

蓮は今、サフィアと共に水魔術の鍛錬も兼ねて人形遊びをしていた。

大和はそんな二人へと視線を向けながら、二人の問いに応えた。

 

『まぁそうなんだがな、お前らは俺の霊眼の特性を知っているだろう?』

 

そう言って、大和の朱玉を思わせる紅い瞳が赤光を帯びる。全てを見通すことができると言う神秘の眼『霊眼』を使用した証だ。

これに二人は頷いた。

 

『無論だ。魔力の流れを見れることだろ?だから、魔力隠蔽もお前には通じない。それがどうかしたのか?』

『霊眼は魔力を見ることができる。なら、魔力ってのはなんだ?』

 

魔力とは理を超えて世界を塗り替える力。

伐刀者が運命を切り開き、己の生きた足跡を些細に刻む魂の力。

その考えに至った寧音が、大和の疑問に答えた。

 

『そりゃあ……魂の力じゃないのかい?』

『そうだ。魔力とは魂の力だ。つまり、霊眼とはその者の魂をみれると言うこと。

そして、生後間も無くの頃に俺はあの子の魂をみた。確かにあの子には二つの異能の波長があった。だが……』

 

そこまで言って大和は口を噤む。

それはまるで言うのを躊躇っているようにも感じた。

だから、その先を察した黒乃が代弁した。

 

『水だと思ってた異能は、水ではなかった、ということか』

『……あぁ』

『でもよ、それの何が問題なんだよ。水だと思ったら別の異能だったなんて、やっくんと同じパターンじゃねぇかよ』

 

寧音の言う通り、大和は純粋な炎使いではない。

彼の能力は炎ではなく『鬼』だ。

概念干渉系《鬼》。東洋の神話で語られる人々が抱く恐怖と人々が恐れた暴力を象徴した存在であり、東洋では最も有名な妖怪であり、神話世界の絶対強者の力をその身で体現する能力。

炎など『鬼』の力の副産物に過ぎない。

 

彼が『鬼』の力に目覚めたのは、一年生の七星剣武祭決勝戦の真っ只中だ。今までAランクで強すぎる才能を有していたからこそ、自分の力を誤解したまま今まで来たが、サフィアとの戦いで完全に『鬼』の力が覚醒したのだ。

 

そして蓮が水使いではないと言うことは、水にまつわる概念系の能力を有していると言うことになる。

その概念が何かは分からないが、大和と同じようなパターンであることには間違い無いだろう。だが、それの何が問題なのだろうか。

目の前に前例がいるのだから、何も動じなくていいはずなのだが……

そんな二人の疑問に大和は首を横に振った。

 

『さっき俺が魂の力を見れると言っただろ?

魂の力をみれるということは、とどのつまりその者の魂の形、その魂の本質をみれるということだ』

 

霊装は魂の具現と言われているが、厳密には魂そのものではない。霊装とは魂の象徴であり、投影。

欠けたり砕けたりしても、精神的ショックが魂にフィードバックするだけだ。

しかし、大和の霊眼は大元の魂そのものの本質を見ることができる。

その者が持つ異能の本来の姿や、そのものの内面の性質など、その個人の本質を暴けるのだ。

 

『因果の内にいる『人間』は俺のような特殊な能力を持っていない限り、大体が人の形か霊装の形を取っている。

魂の性質によってはどす黒かったり、綺麗だったりと、色やオーラも見分けが付けれる。

そして《魔人》であるならば、はっきりとした人ならざる存在が映る。例えば、サフィアなら『戦乙女』で、俺と寧音が『鬼』であるように、何らかの人の形をした人外の姿が映るんだ』

 

そこまで言えばもう分かってしまった。

大和が何か得体の知れないものを見てしまったのだと。

 

『………大和。お前は、あの子に何を視たんだ?』

『………』

 

大和は黒乃の問いには答えずに大きくため息をつくと、嬉しさも戸惑いが混ざった複雑な表情をしながら、庭先で遊ぶ妻と息子に視線を向けながら呟く。

 

『全く我が息子ながら驚かされた。あの子の才能は俺達なんざ霞むほどに凄まじいほどだ。まさしく神懸かってるっていうほどにな。……いや、これは言い得て妙か』

『?さっきから何勿体ぶってんだよ。やっくんは何を見たんだい?』

『………怪物だ』

『『は?』』

『俺は、あの子の魂に怪物が宿っているのを視た』

 

あの『鬼』の力を宿す大和が、蓮の中に宿るなにかを怪物と称したことに二人は思わずそんな声をあげ、疑問を投げかける。

 

『どう言うことだ。怪物だと?』

『そのままの意味だ。あの子の魂は《魔人》でないにも関わらず既に人の形をしていない。人ならざる怪物の姿を象っていた。

いや正確には、いたのはその怪物だけじゃなかった。その中心には小さな子供もいたんだ。その怪物はその子供を守るようにして眠っているように見えたよ。

ああいった人と怪物がいる場合は、それに由来する概念系の能力を持っているということだ』

 

小さな子供とはつまり蓮のことだろう。

そしてそれを守るようにして、眠っているその怪物の姿に大和は驚愕したと同時に、安堵もしたらしい。

 

『守っていると言うことは、あの怪物は蓮の味方だ。そこは安心できる。だが、それを差し引いたとしてもあの力は危険だ』

『お前がそこまで言うのか』

『ああ、断言できる。あの子の力は世界を滅ぼすことができる力だ。間違いなく最強の部類に入る異能だろうな』

『『ッッ‼︎‼︎』』

 

正直、大和は自分が『鬼』と言う神話の存在の能力を持っているとはいえ、その能力が本当に実在していたのかと己の目を疑った。

なぜなら、蓮に宿る怪物はそれだけ、常識はずれの生物の形を取っていたのだから。

『鬼』すら凌駕する存在が、あの子の中には宿っていた。

寧音はその正体に何か心当たりはないのか大和に尋ねた。

 

『……その力に、何か心当たりはあんのかい?』

 

その問いに大和ははっきりと頷いた。

 

『ああ、これはあくまで俺の予想だ。

だが、ほぼ確信に近いと言ってもいい。

荒唐無稽な話だが、俺が『鬼』の能力を持っている以上あながち勘違いとも言い切れない。

何せ、『鬼』とその怪物は神話の中でもかなり密接な繋がりがある。伝承によっては血縁関係だったのもあるぐらいだ。

だから、もしかしたらあの子の異能は———』

 

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

 

『◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️—————————ッッッッ‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

 

 

 

夜天に力強く、清冽な咆哮が轟く。

それは『神』の顕現を示す轟き。己が存在を世に知らしめるための咆哮だ。

そして様相が変わり、咆哮を上げた蓮は顔を下ろし、その金碧へと変わった龍の眼でジーフェン達を見据える。

ジーフェンは蓮の姿に目を見開き驚愕する。

 

「何だ、その、姿は…っ‼︎」

「………」

 

蓮は彼の言葉には答えずに、無言で右腕を空に掲げる。

掌に三つ巴の描かれた魔法陣を浮かばせて、蓮は呪いの言葉を告げる。

 

「《叢雲(むらくも)》」

 

刹那、蓮の掌に浮かんだものと同じものが、しかしサイズは桁外れなほどの巨大な青色の魔法陣が夜天の空に浮かび上がる。

その魔法陣が天に変化をもたらした。

 

「っ、風がっ、それに雲が集まって…っ⁉︎」

 

ジーフェンの言う通り、雲ひとつなかったはずの藍色の夜空に、突如風が吹き、魔法陣を中心に雲が集まってきたのだ。

やがて、寄り集まった雲は膨張し、黒色を纏い、低く垂れ込め、月を覆い隠し、夜天を更なる黒で呑み込む巨大な黒雲と化す。

しかし、それだけでは終わらない。

 

「っっ、雷雨だとっ⁉︎」

 

突如雨が降り、雷鳴が轟き始めたのだ。

雨は瞬く間に激しさを増し、彼らを雨で濡らしていく。

突然の天候の急変。それが単なる自然現象ではないことは明らかだ。この事象は目の前の男が齎したもの。

それはつまり、蓮が持つ本来の力は、天候を操作することが可能だということを示している。

そして、どよめく彼等を無視し、更に蓮は告げた。

 

「天より降り落ちろ———《神鳴(かみなり)》」

 

蓮は言霊に合わせ右腕を振り下ろす。

直後、天の黒雲は蓮の言霊に応えて青白い光を弾かせて、青き雷を無数に大地へと落とした。

 

「っ、全員回避しろっ‼︎‼︎」

 

ジーフェンが天より振り落ちる落雷に、青ざめて全員に警告を飛ばす。

直後、落雷の雨が大地に降り注ぐ。

耳を聾する轟音が、足を揺らす振動が、彼等に襲いかかる。

ジーフェンの指示に従い彼等は全員回避行動を取る。

雷使いであるレイは蓮の雷撃を蓄電し己の力へと変換し、反射使いであるミンファンは雷撃を反射し、透過使いであるリーユエは雷を透過して凌ぎ、それ以外のメンバーはジーフェンによって半強制的に影の中に引き摺り込まれて回避に成功する。

そして落雷の雨が収まり、影の中から出てきた彼等に蓮はさらなる攻勢に出る。

 

「……」

 

蓮は全身に()()()()()()

バチバチと全身から稲妻を発した蓮は、身を屈めグッと両脚に力を込める。

 

 

「《雷迅天翔(らいじんてんしょう)》」

 

 

瞬間、蓮の姿が消える。

否、消えたと見えるほどに疾く、鋭く、動いたのだ。自身を雷光と化し、雷の速度で移動する伐刀絶技によって、蓮は影の中から出てきたガオランの眼前に飛び込む。

 

「ッッ⁉︎⁉︎」

「六人」

 

ガオランが反応するよりも疾く、蓮は稲妻迸る右手で彼の頭部を鷲掴みにし地面に叩きつける。

 

「《破天轟雷(はてんごうらい)》」

「ガッ⁉︎」

 

直後、巨大な雷鳴が轟き、蓮の右手からは夜の闇を青白く焼くほどの激しい雷撃が解き放たれ、その雷撃の中心にいたガオランは全身を一瞬で焼き焦がされ、事切れた。

仲間が瞬殺されたことに、未だ動揺が消えていない彼等に蓮は、更に技を放つ。

 

 

「《暴嵐穿雨(ぼうらんせんう)》」

 

 

降り注ぐ大量の雨粒。それらが突如軌道を変えて雨粒の弾丸となって襲いかかってきたのだ。

それだけではない。地面にいくつも生まれている水溜りからも同様に無数の水滴が浮かび、弾丸となって襲いかかる。

何人かは全力の魔力防御だったり、能力で打ち消すことはできた。しかし、

 

「ぁっ…」

 

先程カナタの《星屑の剣》の攻撃で倒れ、水使いであるグーウェイに治癒されたリーだけは防御が間に合わず、雨粒の弾丸に風の防壁を容易く突き破られ、全身を蜂の巣にされて、どしゃと血飛沫を上げながら水音を立てて崩れ落ち、絶命する。

 

伐刀絶技《暴嵐穿雨》。雨粒を操り弾丸以上の速度で操作する事で、地面を容易く抉る魔弾として、あるいは攻撃を削り弾く防壁として使用する攻防一体の絶技。

原理としてはカナタの《星屑の剣》と同じ物。しかし、その一粒一粒の威力はカナタのそれを凌駕していた。

 

「七人」

 

蓮の無慈悲な宣告が響く。

 

「クソッ‼︎‼︎」

 

電磁波の障壁で雨粒の弾丸を弾いたレイは、そう悪態をつきながら蓮に無数の雷獣と雷刃を放つ。

 

「《青嵐風碧(せいらんふうへき)》」

 

だが、それらは蓮を中心に発生した()()()()によって悉く阻まれ霧散する。

 

「一体何なんだ貴様の異能はっ⁉︎水と炎じゃないのかっ⁉︎」

 

レイはあり得ざる事象の連続に、思わずそう叫んだ。蓮はその様子に攻撃の手を止めると、蓮が口を開いた。

 

 

「そうだな。餞別と言ったんだ。なら、冥土の土産に教えてやるぐらいはいいだろう」

 

 

蓮は《青嵐風碧》の障壁も一度解除すると、自身の異能。その本来の力の正体を、話し始める。

 

「我が力は自然(カミ)の具現であり、水はあくまで概念干渉系の副産物。

その概念は中国人である貴様達もよく知っている存在だ。

それは龍宮の主として荒れ狂う大海を支配し、大地に災禍の津波を齎す者。

それは天を自在に飛翔し、天空を支配し、雲を呼び豊穣の雨を降らせる者。

それは東方を守護する聖なる青き神獣。

それは厄災を呼び凶兆を謳う荒ぶる神。

東洋の神話において豊穣と災禍の象徴として語り継がれ、森羅万象遍く全ての生物の頂点に立つ水を司る神。その存在に、その名に貴様達は聞き覚えがあるだろう?」

「…っっ、そんな馬鹿なっ‼︎いや、だが、まさかっ、貴様の能力はっ……‼︎‼︎」

 

 

ジーフェンはその能力の正体に気づき目を見開く。

そして蓮はその気づきを肯定した。

 

 

「そうだ。概念干渉系———《龍神》

東洋の神話において海と天を支配する荒ぶる神の力をその身で体現する能力。

それこそが、俺の本来の力だ。

……あぁ貴様達には《青龍》とでも言ったほうが分かりやすいか。中国ではそちらの名のほうが有名だったからな」

 

『『『ッッッ‼︎‼︎‼︎』』』

 

 

蓮より齎された最悪の情報に、その場にいるカナタを含めた全員が驚愕する。

 

水など、それこそ彼の力のほんの一部に過ぎない。神話の怪物を、神の力をその身に宿すことで『龍神』の力を体現すること。

『龍』という概念にまつわる()()()()()()()()()を体現する力。それこそが、蓮が持つ水の異能の本来の姿だった。

そして、中国では《龍神》は『龍王』とも呼ばれ、それは転じて5頭の神獣《四神》の一角、《青龍》としての側面も持っている。つまり、彼は、中国が《四神》の一角、《青龍》の二つ名を冠している伐刀者でもあるのだ。

蓮はその『神』の力を、解放した。

しかし、彼の説明にジーフェンは疑問を抱く。

 

「だ、だが、『青龍』ならば属性は『木』のはずだ‼︎水を使える説明にはなっていない‼︎」

 

そう、『青龍』は古代中国に由来する守護聖獣だ。そして中国の五行思想により『青龍』は東方を守護し、『木』を司っているとされている。

『木』の属性は風、雷や植物を司る力のはずだ。風雷の力は理解できたとしても、なぜ『水』を使っているのか、それが彼等にはわからなかった。その疑問に、蓮は応える。

 

「確かに、貴様達の疑問はもっともだ。

『青龍』は中国の五行思想においては『木』属性を司っているため、相生によって力を高めることはあっても、本来ならば『水』は『玄武』が司り、『青龍』が扱うことはできない。

しかし、日本の四神相応による四大元素ならば話は違う。『青龍』は東方を守護する事には変わりはないが、四大元素では『水』を司っている。

そもそも『龍』とは中国でも日本でも、古来より雨を司る存在として語り継がれている。龍は空を飛び天から雨を降らす事で都などを旱魃などから守ってきた。

雨とはすなわち『水』だ。とすれば、『龍』とはもともと水を司っていたという事を意味している。それに、日本では『龍神』とは海に存在する龍宮に住まう龍の神であり、水を司り天候を操る水神として古くから語り継がれている。

天候を操るということは、気象変動である雨、雪、風、雷などを操れるということだ。

そして、『青龍』とは『龍神』、あるいは『龍王』が転じた者であり、同一の存在。しかし、同一の概念でありながらも、二つの思想がそこには存在している。

つまり、『龍神』という概念には二つの思想があり主に水神として語り継がれる『龍』の『水』を司り天候を操る力だけではなく、『青龍』が司る五行の『木』の力も内包されているということだ」

 

『龍』とは日本、中国含めた東洋圏では水を司る海神、あるいは水神として広く語り継がれている。

中国での五行思想の『青龍』のような『木』属性を司るのが珍しいのであって、元々『龍神』・『龍王』とは水を司り大海だけでなく天候をも支配する神であったのだ。それは日本、中国、ひいては東洋の如何なる国であっても変わりはない。

蓮は9歳の頃《魔人》となった時にその力に目覚めてから、今までの長い鍛錬や『龍』についての文献資料を徹底的に調べ尽くした事で自身の『龍神』という概念の本質と関連性を理解し、それを行使しているに過ぎない。

 

概念干渉系の能力は応用が効き、できることの幅が極めて広い。

自分の解釈次第でできることが増えると言っても過言ではない。

蓮はそれを利用し、水を司り天候を操る能力しか知らなかった《龍神》の力を、さらに掘り下げ《龍神》にまつわる数多の伝承や文献を調べ上げ知識を深めることで《青龍》の使う『木』の属性なども蓮は会得したのだ。

 

「それに俺が3年前に戦った《白虎》ルオ・ガンフー。奴も五行の《金》による金属を操る力だけでなく、風の力も使っていた。それはつまり、《四神》もやろうと思えば四大元素の力も行使できるという事に他ならないだろう?」

 

龍虎とも呼ばれているように、古来より龍と虎は対の存在として語られている。

それは四大元素でも当てはまり、青龍が『水』を司り雲を呼び雨を降らすことで都を守ってきたのならば、白虎はそれと対となる『風』を司り、水害などに対抗し、雨雲を吹き飛ばす暴風の力を持っていた。

 

3年前に蓮が沖縄で激闘を繰り広げた《白虎》ルオ・ガンフーも、金属を操るだけでなく風も使って蓮を追い詰めた。

おそらくはその龍虎の概念の関係から、風を使えらようになったのだろう。

その時に、蓮は《白虎》の力の使い方を見て《龍神》の力の可能性を辿り、《青龍》としての『木』の力を発現したのだ。

だが、それは蓮がいうほど簡単な話ではない。

己の異能の深淵を見つめ、その先にある可能性を手繰り寄せ我が物にするというのは、あまりにも至難の業だ。

 

ジーフェンは蓮の説明にようやく納得を見せると同時に、歯噛みする。

 

(まさか、空席だった《青龍》が日本にいるとはっ‼︎)

 

中国の《四神》の五つの席はいつも全てが埋まっているとは限らない。

今現在《四神》の異能を発現させている闘士はたった二人。《朱雀》と《玄武》のみ。

他はまだ見つかっていない。3年前までは《白虎》も席にはいたが、蓮に殺されており空席。

《麒麟》、《青龍》は共に80年以上空席で未だ《白虎》と共にその異能を発現した者は発見されなかった。

 

そもそも、《四神》の力は生まれた時から発現しているわけではない。初めは聖獣がもつ属性の力を宿しているただの自然干渉系の伐刀者であり、そこから鍛錬を経てその力を覚醒させ、概念干渉系へと昇華させなければ、《四神》の異能は発現しない。もっとも、いくら鍛錬したところでただの自然干渉系だったということも多々ある。

 

しかし、まさか敵国である日本で《青龍》の力を宿し覚醒させた者が見つかるとは予想外だった。

中国以外での国の《四神》の覚醒。それは中華連邦の《四神》の席制度が出来て以来初めてのことであり、国家防衛の守護に欠落が生じてしまっているということを示している。

 

何としてでもこの事実を本国に持ち帰らなければいけない。

だが、どうやってここから逃げる?どうやってここから仲間を逃す?

完全に神の力を解放した蓮の前から逃げられるビジョンが全く浮かばないのだ。

そんなふうに彼らが動揺する中、蓮は身構える。

 

 

「話は終わりだ。精々足掻いて見せろ」

 

 

そう言うや否や、蓮は再び《雷迅天翔》を発動し青い雷を纏って一気に距離を詰める。狙うは転移使いであるメイだ。転移という厄介な能力を持ち、なおかつここから逃さないために、まずは足を潰す事にした。

 

「ッッ‼︎」

 

彼等も蓮の狙いは分かっているのだろう。

メイの眼前には守るようにタイランが立ちはだかった。蓮を迎え撃つべく右拳を振り翳す。

対する蓮も、同じく拳で迎え撃つ。

二つの拳が激突した瞬間、凄まじい音と衝撃波が周囲へと解き放たれ、タイランに未曾有の衝撃が伝わるが、『蓄積』の能力で蓮の拳の衝撃を耐え切った。そして、先程のも合わせた衝撃を蓮に返そうとした時、蓮は呟く。

 

「そういえば、貴様には散々してやられたな。これはお返しだ。どれだけ『蓄積』できる?」

「ぐっ…!」

 

次の瞬間、残像すら見えないほどの神速とも言える拳のラッシュを再び見舞う。しかも、今度は雷撃と爆炎を織り交ぜた拳撃だ。

それがタイランが反撃する間もないほどの密度と速度で放たれる。先程よりも一発一発が遥かに強烈な衝撃が、瞬く間にタイランの『蓄積』限界値に達しようとしていた。

 

(ぐっ、反撃をっ‼︎)

 

タイランは限界に至る前に、今溜めている衝撃を一度放出しようと苦し紛れの一撃を放つ。

しかし、

 

「無駄だ」

「ガハッ⁉︎」

 

放った拳は容易く避けられ、逆に蓮の拳がタイランの霊装を砕き、その胸に拳を突き刺していたのだ。

神話の世界に君臨する神が持つ圧倒的な膂力。

《臥龍転生》を発動し龍神の力を解放した時の蓮の膂力は《王牙》の比ではない。《王牙》状態での数十倍にまで高まった龍の膂力は圧倒的な破壊を生み出す。

それは、霊装であってもだ。何百発も同じ箇所に一点集中で撃ち込まれた打撃が、超高密度の魔力結晶体である霊装を砕いたのだ。

 

「終わりだ」

「……ッッ‼︎‼︎」

 

胸を貫かれたタイランは抜け出す間もなく、頭から爪先に至るまで全身を内側から水の刃で貫かれ絶命する。

 

「八人、これで半分だ」

 

タイランの亡骸をその場に捨て、蓮は残りのメンバーへと狙いを定める。が、その時、背後にグーウェイが転移によって現れ、大斧を振りかざした。

水を纏い明らかに切れ味を増した鋭利な水斧を蓮は容易く掌で受け止める。

 

「———スゥ」

 

そして、蓮は小さく息を吸うと、口内を青く輝かせながらガパッと開き、

 

「◾️◾️◾️◾️———ッッ‼︎‼︎‼︎」

「……ぁ……な……」

 

瞬間、咆哮と青の閃光が解き放たれた。

それは、まさしく龍の息吹(ブレス)そのもの。成すすべもなくその閃光に飲み込まれたグーウェイは、閃光に身体を穿たれ血霞となって消える。

 

伐刀絶技《蒼龍の息吹(そうりゅうのいぶき)

原理としては、龍の息吹(ブレス)を模して水、雷、風の3種を融合させた破壊の極光を口から放つだけのシンプルなもの。

だが、そこは《龍神》の力だ。ただ3属性を混ぜ合わせた程度では済まない。

放たれれば辺り一帯もろとも吹き飛ばすことのできる息吹が、グーウェイを塵に変えた後、数十km先まで届き、自分が生み出した黒雲を貫いた。

 

「九人、半分を切ってしまったな。早く策を考えねば、すぐに死んでしまうぞ」

 

蓮は瞬く間に二人を殺すと、流水、炎熱、雷電、暴風を携えて残りの者達へと襲いかかった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「す、すごい……」

 

複数の属性を操り黒狗達を追い詰めている蓮の姿にカナタは驚きを隠せなかった。

 

概念干渉系《龍神》

 

蓮の持つ炎ともう一つの水とは違う本来の異能。

蓮の過去の暴走を思い出し、もしかしたら水とは違う異能を持っているのではないかとは思っていたが、まさか『神』が蓮に宿っているとは思わなかった。

その神の力を解放した蓮は、圧倒的だった。

瞬く間に四人を殺し、残りの八人をほぼ一方的に追い詰めていた。

凄まじい力だ。あれの前では常人では相対することはおろか、武器を構えることすらできないだろうと予感できるほどの凄まじい威圧感。

今まで見てきた蓮の試合全てが児戯に見えてしまうほどの、凄まじい激闘。

これこそが、蓮の全力であり、本気なのだろう。

だからどうしても思ってしまう。

 

(私は、弱い……)

 

カナタとて弱いわけではない。

むしろ、有数のBランクとして間違いなく強者の部類に入るほどの騎士だ。

だが、それでも今の蓮を前にすれば霞んでしまう。

蓮の仇を取ろうとした時も、成すすべもなくやられて殺されそうになった。

蓮が助けに来なければ、間違いなく死んでいただろう。

だから、どうしようもなく悔しかった。

自分はまだ彼に守られてしまうだけの強さしかない事に。

まだ背中を預けて共に戦えるほど強くはない事に。

そうカナタが悔しさに打ちひしがれていた時だ。突如頭上から声が聞こえる。

 

「カナタッ‼︎」

 

聞き慣れた女性の声が聞こえたと同時に、カナタの両脇に二人の人影が降りてきた。

それは、蓮の救難信号を受けて自宅から走ってきた黒乃と寧音だった。

 

「黒乃さん、寧音さん」

「何故ここにいるのかは後で聞く。怪我はないか?」

「はい、蓮さんに治癒してもらいました」

「そうか。無事でよかった。しかし、蓮の奴……」

 

黒乃はそう言って、激闘を繰り広げている蓮へと視線を向ける。

様相が変わり、炎や雷、風まで使っているところを見ると蓮が《龍神》と炎の力を解放したのだと一目でわかった。

 

「咆哮が聞こえたからまさかと思ったが、やはり《龍神》と炎の力を使ったのか」

「でもなんで……あぁなるほど、そういう事か」

 

《龍神》の力を使っている蓮を見て、その理由を思案する寧音だったが、カナタを一瞥したあと、彼女のズボンに無数の穴があることから蓮が何故力を使ったのかを理解し、蓮のシャツをカナタが着てることに対して、悪戯な笑みを浮かべた。

 

「てか、カナちゃん。そのシャツれー坊のじゃん。なになに、彼シャツかい?それに、その格好どうしたん。いつもと雰囲気違うじゃん」

「え、あ、そのこれは蓮さんに体を隠すように渡されたシャツで、後これは父に頼んで作ってもらった戦闘服です」

「そんなものを頼んでいたのか?」

「ええ、いざという時に備えて。ですが、まさか今日使うとは思ってもいませんでしたが……」

 

そこまで言って、カナタは二人と普通に会話をしている事に疑問を抱く。本来ならば、二人とも蓮の援護に入るはずだ。なのに、自分と呑気におしゃべりをしてしまっている。

霊装を顕現して、いつでも戦いに介入できるようにしてはいるが、戦いに介入する気が全く感じられなかった。

 

「あ、あのお二人は蓮さんを援護しなくていいのですか?…いえ、あの力なら正直援護は不要だと思えますが……」

 

自分の身を案じているならば、それは大丈夫だ。傷は癒えて魔力もある程度回復したので、余波から自分の身を守るぐらいはできる。

そう伝えようとしたところで、黒乃が応えた。

 

「いや、援護は必要ないだろう。

蓮があの力を使ったのなら、じきに決着がつく。私達はここから奴らを逃さないようにすればいいし、万が一に備えてお前のそばにいた方がいい」

「そーだねぇ。もしもの時にカナちゃんが人質にでも取られたらそれこそ面倒だ。それに、れー坊ブチギレてるから下手に手出さない方がいいよ。

ああそれと、くーちゃん。カナちゃんの服破れてるっぽいからちゃちゃっと直してやんなよ」

「そうだな」

 

そう言って、黒乃は自分の『時間』の能力で、カナタの戦闘服の損傷を直していく。

カナタは蓮のシャツを脱いで、戦闘服が修復できたことを確認すると黒乃に感謝を伝える。

 

「ありがとうございます。黒乃さん」

「これぐらいなら構わんさ。手ひどくやられたみたいだからな、無事で何よりだ」

 

黒乃はそう優しく応える。

そしてカナタは蓮の激闘を見ながら、呟いた。

 

「《龍神》それが、蓮さんの本来の力なのですね」

「蓮から話を聞いたのか。そうだ。あれが、あの子の本来の力だ。私達も大和から聞かされた時は耳を疑ったよ」

「大和さんは蓮さんの能力が炎と《龍神》だということを知っていたのですか?」

「ああ、《霊眼》の特性で視たらしい」

「そうだったんですね…」

 

カナタは蓮と大和の『霊眼』の性質を知っている。その異能の本来の姿を見ることができるということも、カナタは大和から蓮へと伝えられたのを知っている。

だが、それでも疑問が残る。

 

「蓮さんはなぜあの力を、今まで使わなかったのでしょうか?」

「…いくつか理由はある。まずあの力は強すぎて、学生騎士相手ではわざわざ使うほどの相手はいないからだ。七星剣武祭でも、同様だ。

そして、もう一つ蓮はあの力は後ろに守るべきものがいる時に使うようにしているんだ。無闇矢鱈と自分の力を誇示するためのものではなく、自分の『大切』を守るための力としてな」

 

あくまで蓮は誰かを守り、二度と失わないようにと強くなり、戦っているだけにすぎない。

強大な力をひけらかして誇示するような男ではないのだ。

黒乃はカナタへと視線を向けると、穏やかな笑みを浮かべる。

 

「今回、経緯は分からんが、お前は奴らに傷付けられた。だからこそ、あいつは怒り、お前を守るために力を使ったのだろう」

「……私は、彼の『大切』に入っているのでしょうか?」

「当然だ。お前があの子の『大切』に入っていないわけがないだろう。あの子にとってお前はそれほどまでに大きい存在なんだから」

「………」

 

カナタは自分で聞いたことだったが、彼に『大切』だと認識されている事実を再認識して、思ったよりも嬉しくて顔を赤らめた。

黒乃はそんな彼女の様子にクスリと笑うと、再び蓮へと視線を戻す。

 

 

 

「まあ見てるといい。

ああなった蓮はもっと強い。

なにせ、あの子は『大切』な者達を守るために強くなっているのだからな」

 

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「おのれっ‼︎」

「チッ‼︎」

 

蓮は《雷迅天翔》で雷を纏いながら、正面から迫るレイとジンの攻撃を力ずくで強引に突破する。

 

「温いっ‼︎」

 

雷はそれ以上の雷で破壊され、障壁もガラスを破るように圧倒的な膂力で容易く砕かれる。

雷光と化した蓮の速度は今やジーフェン以外の者達の目には追うことが難しくなってきていた。

そして、地面を蹴り砕くほどの強さで踏み込み、魔力放出も加え、雷速を超えた神速で二人の眼前に一瞬で迫り、ジンの首を雷を纏わせた右手刀ではねて、水を纏わせた左貫手でレイの左胸を貫き心臓を握りつぶした。

 

「ぁ…が、うぁ…」

「ぐっ、くそっ…ばけもの、め」

「十人、十一人」

 

ジンは小さな呻き声を上げながら崩れ落ち、レイは悪態をつきながら最後の悪あがきで反撃しようとしたが、蓮が腕を引き抜いたことで呆気なく崩れ落ちそのまま死ぬ。

 

「さあ、後五人だ。貴様達はどうやって俺と戦う?どうやって俺に抗う?

知恵を絞れ‼︎死力を尽くせ‼︎命がまだあるのならば、命のある限り足掻き続けこの窮地を脱して見せろッッ‼︎‼︎」

 

蓮は怒りの炎が宿った眼で生き残っている五人を視界に収め、告げる。

 

(くっ、どうすれば…っ)

 

ジーフェンは現在の自分達の状況に苦渋を滲ませる。

今残っているのは、ジーフェン、ミンファン、リーユエ、ジーファイ、メイのたったの五名だ。すでに仲間の大半が、11名が蓮に殺害された。魔力無効化を持つランが既に死んでいる以上、首を刎ねた時と同じ手段は使えない。だが、魔力無効化なしでどうやってこの男にとどめを刺せばいい?

そう思考を巡らせる中、ジーフェンは蓮の背後、カナタがいる場所に更に二つの人影が増えた事に気づく。

それは、破軍の要注意人物である黒乃と寧音だった。

 

「っ、《世界時計》に《夜叉姫》だと⁉︎」

 

追い込まれている現状に、さらに怪物二人が戦闘に加われば、容易く全滅してしまう。

だが、蓮はジーフェンが抱いた危機感を否定した。

 

「安心しろ。二人は手を出してこない。俺が一人で貴様達の相手をする」

「何故だ。数の有利を活かさないのか?」

「必要がない。貴様達を殺すのに二人の力は借りない。俺一人で事足りる」

「………」

 

傲慢な発言だが、今の蓮にはそれだけのことができる力がある。

中国が探し求めた《青龍》の力を宿す者。

神の力を宿すのならば、自分達を殺すことなど訳もないのだろう。

それに蓮の言った通り、二人は戦いに介入する気がなく、ただ静観しているだけだった。

 

「余所見をするな。貴様達の相手は俺だぞ」

『ッッ⁉︎⁉︎』

 

蓮は、黒乃達の存在に気づき動揺する彼等の一瞬の隙をついてミンファンへと迫る。

 

「くっ」

 

蓮が眼前に迫る中、ミンファンは何とか自分の眼前に《反鏡》の反射障壁を展開することに成功する。

攻撃の予備動作に入っている蓮は、もう止まらない。なすすべもなく、跳ね返った自分の暴力に、距離を取らされるはずだ。

そう、考えていたミンファンの心境を蓮は嘲笑うかのように、平然と動いた。

 

「っ⁉︎」

 

唐突に蓮の姿が視界から消えたのだ。

蓮は尻尾を地面に叩きつけ、無理やり進路を横に変えてそのまま背後へと回り込む。

そして、

 

「《水龍刃尾(すいりゅうじんび)》」

 

魔力の尾に水を纏わせ切れ味を増した水の刃尾で背後からミンファンの胴を断ち斬った。

 

「…ぁ……」

 

ミンファンは宙を舞い胴体から血や臓物を撒き散らしながら地面に転がり絶命に至る。

 

「十二人」

 

蓮はそう呟きながら、改めてメイへと狙いを定めるが、横からジーフェンが斬りかかってきた。

蓮はそれを左腕で受け止める。本来鳴るはずのない音が響き、大太刀が蓮の腕に止められる。

今の蓮の全身には青い紋様が浮かび上がっていて、それが魔力防御となり、龍神の鱗と同じ役割を示している。

つまり、今の蓮の全身は魔力の鱗に覆われており、生半可な攻撃では傷がつけられなくなっていたのだ。

 

「…ッ」

 

一太刀を受け止めた蓮は拳を振り翳そうとしたが、咄嗟に背後へと下がった。

直後、蓮のいた場所を萌葱色の極光が通り過ぎた。『貫通』の砲撃だ。

さすがに龍鱗の鎧があったとしても、『貫通』には関係ない。ゆえに、この能力は蓮であっても負傷は避けられない。

そして避けた先で、ジーフェンが影の中から飛び出してきて、無数の影刃を伴いながら蓮に襲いかかる。別の方向からはリーユエも現れ、メイの『転移』と『透過』を織り交ぜた連携を見舞おうとする。更には影の中から、蓮の間合いの外から、『貫通』が付与された矢が無数に飛来する。

蓮はそれらを両手に纏わせた水の手刀で斬り払い、避けていく。

 

「………」

 

その攻撃を捌きながら蓮だったが、影の中から飛び出してきた数十本の貫通矢が蓮の胸や胴体に突き刺さり大きな風穴を開け、左腕を千切る。

宙を舞う鮮血と左腕。それは蓮の動きを鈍らせるには十分な一撃だ。

そのはずなのだが———

 

「ッッ」

「な、にっ⁉︎」

 

蓮は怯むどころか、平然と動き、舞ったはずの左腕の手刀でジーフェンに斬りかかってきたのだ。

受け止めたジーフェンは未曾有の衝撃が伝わり、何とか流したものの足元の地面は蜘蛛の巣状に粉砕される。

全員が何故と混乱したが、すぐに気付く。

 

(再生しているっ‼︎)

 

蓮の胴体に空いた筈の風穴はあり得ない速度で傷が塞がり、もう血の一滴も滴っていない。

千切れたはずの左腕も瞬時に再生したのだ。

それは龍神という生命体が持つ生命の強さだ。

龍神という生命体にとっては、致命傷ですら致命傷にならない。

爬虫類は種類によっては尻尾だけでなく、失った手足すらも再生が可能である。

蛇神とも深い関わりのある龍神もその例に漏れず、しかし比較にならないほどの回復再生能力を有している。

そして、蓮は今、伝承によっては不死身の存在である龍神の回復再生の能力を人の身で体現しているのだ。

———金剛のような龍鱗の鎧を突破したところで、いくら傷を負おうとももはや傷にすらならないのだ。

蓮はジーフェン達の攻撃を捌きながらジーファイへと金碧の龍眼を向けて、青く輝かせる。

 

「ガッ⁉︎」

 

直後、ジーファイの足元から蒼の蛟龍が飛び出し彼女を大きく開いた顎門で咬みちぎる。

バラバラに食いちぎられたジーファイの遺体の一部が、蛟龍の口から零れ落ち血が滝のように流れ落ちる。

    

「これで十三人」

 

そう呟く蓮の背後に、リーユエが《転移》で現れ、足を振り上げ踵落としの体勢に入る。

しかし、それは水音を立てて蓮の肉体をすり抜けた。《青華輪廻》の液体化だ。

頭部から胴体を通り、腹部で動きを止められた右脚を蓮は霊装ごと掴む。

 

「『透過』の能力は厄介だ。

だが、攻撃の瞬間には接触させるために、その部分だけでも『透過』を解除しなければならない。それが仇となったな」

「ッッ」

 

リーユエは右脚に感じた僅かな痛みに顔を青ざめて、『透過』を使って蓮の肉体から右脚を引き抜き背後に下がる。

だが、その時点でもはや手遅れだった。

 

「もう仕込ませてもらった。そのまま散れ」

「ッッぁ、ぐっ」

 

直後、リーユエの身体が一瞬で膨れ上がり風船のように破裂し、肉が弾ける音が響く。

《紅の血華》だ。蓮は先ほど彼女の脚を掴んだ時に、肉体に直接魔力粒子を注ぎ込み干渉して破裂させた。

 

「十四人。残るは二人」

 

蓮はすかさず右手を天に掲げる。

天に渦巻く黒雲は、それに応え青白い雷光を迸らせ雷撃《神鳴》を放った。

メイは《転移》の連続使用で雷撃を躱し続け、ジーフェンは影を操作してやり過ごす。

そして、回避行動の最中、2人は目配せをし、頷く。

直後、メイの姿が消えて同時にジーフェンが落雷が降り注ぐ中、果敢に蓮へと襲いかかる。

ジーフェンが殿となり、メイをここから逃す算段のようだ。

メイは一度の転移で1km転移できる。残りの魔力を惜しみなく使えば、すぐにでもこの場所から逃げおおせるくらいはできるだろう。

だが、逃げを選択した時点で、彼女の命運は決まっていた。

 

「言ったはずだ。生きて帰れると思うなと」

 

それはメイの真上から聞こえてきた。

 

「……え……?」

 

メイが間抜けた声を上げながら見上げると、そこには水の蒼刀を構える蓮の姿があった。

メイは確かに転移には成功していた。

しかし、移動できた距離はたったの50m。それは蓮が龍神の力を使えば一瞬で移動できる距離であり、霊眼で転移の軌跡を、進路を辿った蓮が先回りしたのだ。

そして迫る蒼刀に、メイはもう一度転移しようとして気付く。

 

(身体が、動かないっ⁉︎)

 

身体が一歩も動かず、転移を発動することも出来なくなっていたのだ。

そして硬直するメイに蓮は容赦なく刀を振り下ろす。

 

「《魔人》から逃げようとした。それが貴様の敗因だ」

 

蓮はそう呟きながら、メイをバラバラに切り裂いた。

 

「十五人」

(…っっ、やられたっ)

 

ジーフェンは己の失策を呪う。

彼はメイが蓮の前から動けなくなった原因を知っていた。

それは《魔人》の特性だ。

《魔人》とは己に与えられた運命の限界を乗り越え、この星を巡る因果の外側に至った存在。

自身の生まれ持った才能限界を越え、星の因果すらもねじ曲げて、星の歴史に自らの足跡を刻むことができる。

それはすなわち、因果に対し強い主体性を持っていると言うことであり、自らの意思で、世界の運命を塗りつぶす力を有していると言うことだ。

それはつまり、《魔人》とは己の能力の他に、後付けで因果干渉系の能力を獲得することができることを意味している。

 

先ほどのメイの硬直はその特性の発露だ。

蓮と彼女の間には隔絶した実力があり、メイが蓮を前に逃げの選択を取った。

逃げると言うことは負けを認めることであり、自分達の上下関係をはっきりと決めたと言うこと。

そこまで分かっているならば、もはや過程を経る必要もなく、蓮が彼女に『抵抗するな』という『意』を放つだけで、蓮の持つ運命の引力が、メイを呑み込み因果を、かくあるべき形に結ぶ。

メイの転移が50mで止まったのもそう言うことであり、蓮はメイの行動をそう強制づけたのだ。

 

《魔人》ならば、誰もが有する特性を蓮は使っただけに過ぎず。これに対抗するには同じ《魔人》になる以外に道はない。

ジーフェンはその特性を知っていたのだ。

そしてメイも殺した蓮はジーフェンへと振り向き、告げる。

 

「さあ、後は貴様だけだ。どうする?」

「くっ、おおおぉぉぉぉぉ!!!!」

 

ジーフェンは歯噛みしながらも、雄叫びを上げる。直後、彼の全身を黒い影が衣のように覆い、ある形を作っていた。

それは人の形をしながらも人とは違う獣の姿。

同時に、彼の周囲には影が広がり始める。

世界を侵食するように闇夜よりも暗い黒が世界を飲み込んでいく。

そして影が、闇が盛り上がり、形を成す。それは前足となり、後ろ足となり、尾となって、大きく開かれた口となる。

彼の周囲に生じたのは、先ほどよりもはっきりとした形を持った漆黒の毛並みを持つ大型犬———否、《狗》の群れだった。

そしてジーフェンも影によって姿形を変えていき、やがて紅い眼光を揺らめかせる人型の獣へと変わった。

 

黒い人型のバケモノと言ってもいい姿。

狗と同様の突き出た口、ピンと立った耳、口には剥き出しの鋭い牙。腕は人間と酷似しているが、黒い影の毛皮に覆われ鋭利な爪が伸びている。足は狗同様の形であるが、二本足で立っている。腰にある尻尾は六つ。

そして、その手には禍々しい輝きを放つ漆黒の影が纏わりつく大太刀。

姿形を変容させたジーフェンを見て、蓮は言う。

 

「それが貴様の奥の手か?」

『《夜天の黒刃狗神(やてんのこくじんいぬがみ)》。私の切り札だ。これで貴様の相手をさせてもらう』

「何故それを最初から使わなかった?それは見るからに強力な絶技だ。それを使い仲間と共に戦えば、俺を完全に殺し切れた可能性があったはずだろ」

『たしかにそうかもしれん。だが、これは周囲に仲間がいてはおいそれと使えるものではなくてな。周囲を容赦なく巻き込んでしまう故に、使えなかった』

「仲間がいなくなったからこそ、出せる力というわけか」

『そう言うわけだ』

 

人型の狗となったジーフェンは身を屈め、大太刀を構える。

それは宣戦布告の構え。言葉にはせずともただでは終わらせない、最後の最後まで足掻き続けるという気迫がはっきりと伝わってくる。

そこから逃げてはならない。

それは一人の武人として何があっても迎え撃たねばならないものだ。

蓮は、彼の気迫に、矜持にここで確実に倒しておかなければならない敬意を表すべき『敵』だと認識を改める。

 

 

「……ああ、受けて立とう」

 

 

そうして蓮もまた両腕を構える。

全身に青雷を纏い、両手に水の蒼刀と炎の紅刀を宿し、鉤爪のようにする。

 

 

『《同盟(ユニオン)》が一角、中華連邦暗部組織《黒狗(ハウンドドッグ)》総隊長《黒刃の狗神(スラッシュ・ドッグ)》リュウ・ジーフェン』

「《魔導騎士連盟》日本所属、破軍学園2年《七星剣王》新宮寺蓮」

『「いざ、尋常に」』

 

 

 

「『勝負ッッッ‼︎‼︎‼︎』」

 

 

 

そして最後の戦いが始まる。

 

気づけば蓮が生み出した《叢雲》は消えていて、再び姿を表した青白い月が、夜の世界を淡く照らしている。

その月光の下、三人の人間が見守る中、蒼龍と黒狗は雄叫びを上げながら最後の激闘を繰り広げている。

 

「オオオオオォォォォォォォ—————————ッッッ‼︎‼︎‼︎‼︎」

 

遠吠えにも似た雄叫びをあげ、ジーフェンはまさしく獣となり大地を疾駆し、蓮に迫る。

同時に、周囲の影が蠢き大量の黒狗の群れが、様々な形状の黒き影の刃を伴い襲いかかる。

 

蓮もまた雷を纏い、大量の水の刃と水の青鮫を生み出しながら、両手に《蒼刀・湍津姫》と《紅刀・咲耶姫》を纏わせた水炎の鉤爪で迎え撃つ。

 

「◾️◾️◾️◾️◾️◾️———ッッ‼︎‼︎」

 

蓮は鉤爪を振るいながら水と炎の斬撃を無数に飛ばし、口から青の極光を放つ。

極光や斬撃が攻撃の一切を薙ぎ払うも、すぐにそれらは影の中から無尽蔵に湧き出てきて襲いかかる。そして、影の異形に転じたジーフェンが影の中から襲いかかった。

 

「『ッッッ‼︎‼︎‼︎』」

 

青い水と赤き炎と黒き影の刃が、水の青鮫と影の黒狗が雄叫びと轟音を奏でて幾度となくぶつかり合う。

そんな中、その術者である二人もまた、大地を、宙を縦横無尽に舞い鉤爪を、刃をぶつけ何度も何度も切り結ぶ。

二人の移動速度はもはや目で追いきれない。

現れては瞬時に消えるを繰り返す、『青』と『黒』の音だけの見えない攻防戦が始まっていた。

 

これが連盟基準でAランクの中国屈指の実力者である《黒刃の狗神》の二つ名を持つリュウ・ジーフェンの実力。

元々彼だけが初めから、蓮と互角に渡り合っており、その実力はもはやA級リーグの出場選手とほぼ同格。

もしかしたら黒乃や寧音にも迫らんとしている。それは寧音達も肌で感じ取っていたらしく、静観しながらも険しい表情を浮かべ戦いの行く末を見ていた。

カナタは二人の凄まじい戦いに目を見開いている。

 

幾度となく斬り結ぶ中、ジーフェンが紅い双眸を怪しく輝かせ、直後影の中から、巨大な刃を無数に出現させる。

その刃の一つの先には蓮がいた、ジーフェンは彼の動きを見切り、動く蓮を寸分違わず狙い撃ちしたのだ。しかし、その刃は蓮を貫いておらず、両の鉤爪に阻まれていた。

ジーフェンは刃の上を駆け登り蓮へと迫る。蓮もまた刃の上に立つと勢いよく駆け下り迫る。

そうして再び始まる音だけの攻防。

 

それがどれほど続いただろうか。

しかし、戦いに永遠はない。いつか必ず終わりが来て、勝者と敗者を決めるのだ。

 

やがて、終わりが訪れる。

 

『オオオオオォォォォォォォォォ——————ッッッ‼︎‼︎‼︎』

 

一際強い雄叫びをあげジーフェンが周辺の影をも大太刀に纏わせ大鎌へと形を変えて蓮へと距離を詰める。

蓮も右の水の蒼刀の鋭さを、大きさをより一層増し、迎え撃たんとする。

蓮の目前へと迫ったジーフェンは、影に覆われた大鎌を、一気に振り下ろした。

 

『斬れろォォォォォォォオオッッ‼︎』

 

そして青と黒の光が爆ぜる。

やがて光が収まり、見えた光景ではジーフェンの大鎌が蓮の左肩に刃を立てていたが、同時に蓮の水の鉤爪がジーフェンの鳩尾を貫いていた。

ジーフェンを覆っていた黒い影の衣が剥がれていき元の姿を覗かせる。大鎌も影が剥がれて大太刀が姿を表す。

それと同時に、一帯に広がっていた闇も祓われて、数多の刃や黒狗の群れも崩壊して散っていく。

ジーフェンはごぽりと口から血の塊を吐き出して、引き抜かれた鳩尾からもとめどなく血が溢れ、その場に力無く膝を突いた。

勝敗は決した。この激闘を制したのは今この場に立っている蓮が勝者だ。

蓮はジーフェンに向けて言葉を送る。

 

「誇るといい」

 

力無く見上げたジーフェンの瞳に映った蓮の表情は真剣そのものであり、そこに侮りや嘲笑はなくただ敬意のみがあった。

 

()()は強かった。貫通などの特異な能力も持たず、影の力で俺を相手にここまで抗った」

 

蓮は左肩に触れる。

大鎌が突き立てられていた場所には一筋の裂創が刻まれ、スゥーと赤い血が流れていた。

最後の最後に、ジーフェンは蓮の龍鱗の防御を突破し、蓮に傷をつけたのだ。

『貫通』『透過』『魔力無効化』それらの特殊な能力の使い手が死んだ中、たった一人影の力のみでそれを成したのだ。それは蓮にとっては賞賛に値する結果だった。

 

 

「見事だ。人間でありながら、今の俺に傷をつけたこと。俺を追い詰めたこと。リュウ・ジーフェンという強者と、《黒狗(ハウンドドッグ)》の戦士達へ敬意を表する」

 

 

蓮は片膝をつくと、彼の瞳を真っ直ぐ見返し惜しみない賞賛を敵であるジーフェンに贈った。

ジーフェンはそのまっすぐな瞳に力なく笑う。

 

「フッ…殺しにきた、相手に、敬意を表する、のか、貴様は…」

 

もはや彼に動く力もないし、魔力もほぼ尽きている。それにこうも決定的に負けが決まった以上、何かしようという気も失せた。

出来ることといえば、精々話すことだけだ。

 

「そうだ。俺は尊敬すべき敵もいることを知っている。貴方達のような矜持や覚悟を持っている敵にはそれ相応の敬意を払っている。

国や思想は違えど、貴方達もまた何かを護るために戦っている護国の戦士たちだ。

それほどの素晴らしい志を持つ強者を、なぜ尊敬しないというのだ」

 

もはや蓮には彼らがカナタを傷つけた時の怒りはなかった。無論、カナタを傷つけたこと自体は許し難いことだ。

しかし、それ以上に彼らの矜持と覚悟に蓮は心を動かされ、敬意を抱いたのだ。

 

ジーフェンは意識が薄れ始めながらも、蓮の言葉に嘘偽りがないことが自然と理解できた。

彼は本当に自分を尊敬しているのだ。

大人数で殺しにきたと言うのに、彼は自分と同じ何かを護る戦士として自分達に敬意を送っていた。

 

「……暗殺者である、私が……まさか敵に敬意を抱かれ、その敵である少年に…看取られて、逝く…とはな……」

 

口ではそう言うジーフェンだったが、不思議と悪い気はしなかった。

なぜなら、彼は見たから。

大切な者が傷つけられ怒る彼の姿を。それは彼が優しさを持つ何よりの証。

《破壊神》などと呼ばれていようとも、彼だって誰かを守りたいと思う一人の戦士だったことに気づいた。

そんな優しさを持つ誇り高き強者と最後に戦えたことを、一人の暗殺者として、一人の武人として誇りに思った。

そしていよいよ意識が消えかかってきた。もうじき死ぬだろう。それは蓮も感じ取ったようで、蓮は言った。

 

「貴方達の生き様はしかと見させてもらった。

貴方達のことは決して忘れないことを誓う。

貴方以外の名は知らずとも、俺は誇り高き戦士達と戦ったのだと言うことを。

だからもう、ゆっくり休むといい。俺が最期まで看取ろう」

「……フッ……そう、か……」

 

そうして、ジーフェンはゆっくりと目蓋を閉じながらその体を傾かせた。

蓮が咄嗟にその体を受け止めたものの、もう彼の身体は冷めきっていて、既に事切れていた。

蓮は彼の遺体を優しく地面に寝かせる。

 

 

彼の表情は実に穏やかで、まるで陽だまりで微睡むようなものだった。

 

 

こうして、今度こそ決着はついた。

 

 

蓮は見事、中国の暗部組織である《黒狗》との戦いを制したのだ。

 

 

 






ついに、ついに解放できました!!!
蓮の真の力は、『龍神』です!!

コンセプトとしては蓮はステラと同格かつ対極の存在としてキャラ設定を考えて、その結果ドラゴンと対になるのは龍神しかない!!と思って、能力は龍神にしました。
青龍との関連性などは完全な独自解釈ですので、どうか温かい目でよろしくお願いします。

それだけでなく、魔人同士との子供という特異性も考えて、色々と考えた結果、蓮は炎と龍神の二つの異能を持つ騎士になったというわけです。

とまぁ、話はこれくらいにして今年はこれで投稿は終わりますが、来年も『優等騎士の英雄譚』を楽しみにお待ちしていただければうれしいです。

それでは皆様、良いお年を!!

来年お会い致しましょう!!!


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