優等騎士の英雄譚   作:桐谷 アキト

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UAが60,000行くのを待とうかと思ったけど、大分かかりそうだったので投稿します!

今回で黒狗編は完全に終了。次からはやっと日常展開に入れます。
一応時間軸で言うと、この日は一輝が蔵人を倒した日、つまり2巻のラストになりますね。


28話 紅の想い

ジーフェンの遺体を優しく地面に寝かせた蓮は、彼の遺体のそばで片膝をついたまま手を合わして黙祷を捧げる。

 

「………」

 

しばらく黙祷を捧げた後、スッと立ち上がり戦場に転がっている《黒狗》達の死体を一つ残らず炎の魔術で灰になるまで焼くとその遺灰を生み出した風の魔術で空高く送る。

これは彼なりの敬意を評した敵への弔い方だ。

野晒しにして腐り果てさせる事に比べれば、遥かにマシだし、彼らの遺灰が風に乗っていつか故郷である中国に帰れることを願って、蓮はその遺灰を自分が生み出した風に乗せて見送った。

 

やがてしばらくして、全ての遺灰を風に乗せて天高くへと見送った蓮は《臥龍転生》を解除する。

スゥと体の青い紋様が消え、髪と目の色も元に戻り、放たれていた膨大な魔力も静まる。

蓮は深く息をついた。

 

(久々の龍神化は疲れるな)

 

伐刀絶技《臥龍転生》。龍神の力を体現する強力無比な絶技が故に、その状態を維持するのは負担が大きく、肉体、精神共に疲労が蓄積されている。それに加え、黒狗との激闘での消耗もある。

今も倦怠感と疲労が体に残っている。かと言って、この程度は特にどうという事ではないので普通に耐えれる。

蓮はしばらく無言で佇み、息を整えると黒乃達の方へと振り向こうとする。

 

「母さん、終わった……っと」

 

蓮は振り向いた瞬間に、カナタが蓮の胸元へ飛び込んできたので咄嗟に受け止める。

 

「うぅっ、蓮さんっ…よかったぁ…」

 

飛び込んできたカナタは蓮の胸元に顔を埋めたまま、小さな嗚咽を漏らし、肩を小刻みに震わしている。

 

(心配かけてしまったな……)

 

蓮はそう思いながら彼女の髪を梳くように撫でると彼女を安心させるために言った。

 

「大丈夫、今度こそ終わったぞカナタ。俺はちゃんと生きてる」

「はいっ」

 

カナタは蓮の言葉にそう頷き、胸元から顔を上げる。その瞳からは涙がポロポロと溢れ出ていて、頬は赤くなっていて、唇を震わしている。

 

「蓮さん、ご無事でよかったです。…あの時は、もう駄目かと……」

「そうだな。ごめん」

「本当に心配したんですのよ……」

「ごめん」

「お願いですから、もう一人で無茶はしないでください」

「……ごめん」

「さっきからごめんばかり、貴方は反省しているんですかっ?首が飛んだんですよっ。もっと反省してくださいっ!」

 

そう言って頬をぷくぅと膨らませて怒る彼女の姿は、普段の彼女らしからぬ姿であったが、蓮は昔はこんな表情をよく浮かべていたなと思い出して、穏やかに微笑みながら謝る。

 

「分かってるよ。ちゃんと反省してるから。もうそんなに怒らないでくれ」

「………貴方って人は……もう」

 

文句なのかは分からないが、言いたいことを言ったカナタは再び蓮の胸元に顔を埋める。

蓮も困ったような笑みを浮かべながらもカナタを抱きしめて、カナタが満足するまで頭を撫でる。そしてしばらく、無言の時間が過ぎた後……

 

 

 

 

 

「……ゴホン。あー、そろそろいいか?」

 

 

 

 

 

しばらく様子を見守ってて近づいてきた黒乃の咳払いでそれは終わる。

 

 

「ひゃっ⁉︎えっ、あ、そのっ、こ、これはっ」

 

 

カナタは完全に二人だけの世界に没頭していたらしく、黒乃の言葉に一気に顔をボッと赤面させ、可愛らしい悲鳴をあげて蓮から離れると、ワタワタと慌てる。

黒乃はその様子に少々驚く。

 

「あぁ、いや、心配する気持ちは分かるから、そこまで慌てなくて大丈夫だぞ?」

「あぅ、うぅ///は、恥ずかしいですわ…」

 

カナタはしゃがみ込むと、手に持ってた蓮のシャツで顔を覆い隠してしまう。しかし、それでも隠せてない耳は真っ赤に染まっていた。

寧音はそんなカナタを見た後、蓮に顔を向け近づくとニヤニヤと笑みを浮かべ、蓮のことを肘で小突きながら言った。

 

「なー、もしかしてだけど二人って付き合ってんのか?それならそうと教えてくれりゃあいいのに」

「全くだな」

 

二人の様子を見た寧音は蓮にそう言う。やはりと言うべきか彼女には蓮とカナタが恋仲に見えたらしい。

それは黒乃も同じらしく、寧音の言葉に頷いて蓮の方をじっと見ている。その瞳には面白がってるのが隠せていない。いや、隠さないと言った方が正しいか。

それはまるで隠さなくてもいいから早く吐けと言ってるようだ。

蓮はそれに呆れた表情を浮かべると、しばらくの沈黙の後深いため息をついて言った。

 

 

「…………………ハァ、一応、言っておくが、俺達は二人が思うような関係じゃないぞ?」

 

 

実際二人は付き合ってはいない。そもそも付き合ったのなら、話ぐらいは聞くはずだ。それは寧音も黒乃もわかっている。

しかし、

 

「か〜ら〜の〜?」

「変わらないから。俺とカナタはそういう関係じゃない」

「……確かに、そうですけど……そこまではっきり言わなくても……」

 

蓮のはっきりとした物言いに、カナタは少ししゅんとする。

確かに事実なのだが、そうもはっきり言われると乙女心が傷ついてしまう。乙女の心は強いと同時に柔くもあるのだ。

そして羞恥心のダメージから回復したカナタは蓮に恥ずかしそうにしながらシャツを返して黒乃達へと頭を下げる。

 

「あの、大変お恥ずかしいところをお見せしてしまいました……」

「いいさ、珍しいものが見れた。

それに、付き合ってるのが本当なら、学園でも二人でいることがあるはずだからな。一先ずは、蓮の言い分を信じるとしようか」

 

カナタに黒乃が笑みを浮かべながらそう言うと、寧音も黒乃に賛同する。

 

「そだねー。尋問するのは後にして、とりあえず情報整理しようかな」

「尋問してまで吐かせたいのか……」

 

蓮のツッコミも清々しいほどにスルーして、黒乃と寧音は真剣な表情を浮かべる。

 

「冗談だ。それで今回の襲撃犯は《同盟》の一角、中国の暗部組織の《黒狗》。それで間違いはないな?」

「ああその通りだ。人数は16人。影使いのリュウ・ジーフェンがAランク相当であり、残りの者達が全員Bランク相当でかなりのやり手だった。最低でも、カナタや刀華でなければ太刀打ちできない程に強い。

そして連携も見事としか言いようがない。間違い無く、今回は強敵だった」

「そこまで言うほどの奴等だったのか」

「どうやら噂以上だったようだね」

 

二人も《黒狗》の存在は知っている。

彼らは裏社会においてはかなり名の知れた暗部組織であり、中国でも屈指の実力者だと言うことを。そして蓮の話を鑑みてもその噂は正しい、いや噂以上だったようだ。

そこで二人は思い出す。先程カナタが蓮に聞き捨てならないことを言ったことを。

 

「……待て、そういえばカナタ」

「はい」

「さっき、お前は蓮に首が飛んだと言ってなかったか?」

「……えぇ、私が来た時ちょうど蓮さんの首が刎ねられていました…」

 

そう言って、カナタは少し顔を青ざめ、体を恐怖に振るわせる。

先程の光景を思い出したのだろう。

今は無事に生きているから安堵できるものの、あの時は想い人が目の前で殺されたのだから相当怖かったはずだ。

黒乃もそれを感じ取ったのだろう、すかさず詫びる。

 

「すまん。思い出させてしまったか」

「……いえ、大丈夫です。蓮さんもご無事ですから…」

「…そうか。なら、話は戻すが蓮《|青華輪廻リィン・カーネーション》》、或いは《紅華輪廻(こうかりんね)》は使わなかったのか?もしくは使えなかったから首を刎ねられたのか?」

 

《紅華輪廻》も《青華輪廻》と同じく物理攻撃無効化の炎魔術だ。蓮は大和が使っていたその蘇生の炎魔術も使えた。

 

「ああ、後で過去を見ればわかることだが、敵に無効化の能力者がいてな。彼女が命懸けの特攻をしてきて魔術を無効化された。

そして俺は両腕を斬られて、両足も抉られて魔術も物理も、どちらとも抵抗を封じられて首を刎ねられたんだよ。まぁその後蘇生したがな」

「……いや、簡単に言うけど、それ結構まずい状況だったんじゃねーの?」

 

寧音の指摘に蓮は否定することなく素直に頷いた。

 

「ああ、実際危なかった。もしもカナタが間に合わなければ、蘇生にはもっと手間取っていただろうな。最悪助からなかったかもしれない。お前のお陰だよ」

「え?」

 

黙って話を聞いていたカナタが突然のことに驚いて蓮へと振り向く。

 

「私が、ですか?……でも、私は、何もできませんでした……あっさりと殺されそうになって……守るどころか結局、助けられたのに、どう、して……」

 

確かにカナタは蓮の遺体を取り返すことはおろか、一人倒した程度で呆気なくやられて殺されそうになった。カナタ個人の戦果を見れば、彼女が戦った数十秒の時間のことはそう思っても仕方がない。

だが、蓮にとっては違う。蓮にとってはその数十秒は確かに意味があったのだ。

だから、蓮はカナタに笑みを浮かべる。

 

「お前が来てくれて、俺の為に怒り涙を流し戦ってくれたあの数十秒は決して無駄な足掻きじゃなかった。

あの数十秒で俺は蘇生を済ませることができて尚且つ今度こそお前を守ることもできた。

お前が俺の命を繋ぎ止める切欠を作ってくれたんだよ」

 

蓮は手を伸ばしカナタの頬を優しく撫でる。

潤み始めた空色の瞳を蓮は真っ直ぐ見て礼を言った。

 

「だから、助けに来てくれてありがとう。今回は本当に助かった」

「……ッ‼︎はいっ、はいっ‼︎」

 

カナタは嬉し涙を流しながら、蓮の手に自分の手を重ねて頬を擦り寄せる。

自分ではまだ彼の役には立たないと思っていた。役に立てるほど強くないと思っていた。

だけど……

 

(……私は、貴方のお役に立てたのですね)

 

他ならぬ彼がそう言ってくれた。

それが何よりも嬉しかった。自分が彼の役に立てた事が、そして今度こそ彼を助ける事ができたのだと言うことに。

蓮が今もそうであるように、カナタも今もずっとあの時のことを後悔していた。

ずっと、ずっと二度と繰り返さないと誓って強くなろうと努力してきた。

未だその隣には並び立てていないし、まだ彼の背中は遠い。だが、ほんの少しだけ、その背中に近づけた気がしたのだ。

そして、カナタがその嬉しさの余韻に浸っていた時、黒乃が尋ねた。

 

「……まぁそれは分かったが、どうやってカナタは蓮が襲われていることを知ったんだ?」

 

そうだ。蓮もカナタも無事であったことは喜ばしいことだ。

しかし、自分達は発信機からの救難信号によって蓮の襲撃と位置情報は常に捕捉できたが、カナタには何も無いはずだ。どうやって蓮の襲撃を知ったのか。その疑問に、カナタは涙を拭いながら応えた。

 

「…私は、何か物音が聞こえて起きて外を見た時に蓮さんがちょうど戦っているのを見て…それで、いてもたってもいられなくて……蓮さん達が森の中へ消えた後、魔力の残滓や戦闘の痕跡を辿ってここまで追いかけて来ました」

「……ああ、そういうことか。結界を張る直前に起きたのか」

 

蓮は頭を抑えて呟く。

自室でジーフェンを外に蹴り飛ばして自分も部屋の外から出た直後には、寮全体に《静謐なる海界》の遮音結界を張って音を遮断したのだが、どうやらカナタはその時に偶然にも起きてしまい、結界を張る直前のコンマ数秒の間に響いた戦闘音で完全に目が覚めてしまったらしい。流石にこればかりは蓮にも予測できなかった。

 

「……タイミングが悪かったとしか言いようがないか」

「……とりあえず、経緯は分かった。……しかし、よく東堂を起こさずに部屋から出れたな」

「ええ、まあ、刀華ちゃんは一度眠ると朝まで起きませんし…今夜もぐっすりと眠っておられるので、おそらく大丈夫かと」

「……そうか」

 

そう呟いた黒乃は蓮へと視線を戻して、顎に手を当てると険しい表情を浮かべ呟く。

 

「しかし、今回の襲撃でそのレベルの敵が来たとなると次の襲撃は……」

「ああ、間違いなく次は来るだろうねぇ」

 

それは言葉にせずとも蓮には簡単に理解できた。

次の刺客は、どの勢力か問わずとも必ず《魔人》を差し向けてくると。

 

そうなれば、周辺に及ぶ戦闘の被害など今回のような程度では済まない。

元々災害クラスの力を持ち、敵勢力の抑止力たり得ている戦略級伐刀者である蓮の相手を務めれるのは、同じ天変地異の怪物のみだ。

だとすれば、戦闘区域の周辺地域には避難勧告をしなければならないはずだ。

蓮もそれは分かっている。だから、険しい表情を浮かべた。

 

「………次は、この程度では済まないだろうな」

「蓮分かってると思うが……」

「ああ、なるべく使わないようにはする。だが、こうなってしまった以上は『最悪の可能性』も考慮しなければいけないだろう」

 

《魔人》同士の戦いはもはや伐刀者の戦いの枠組みを逸脱している。

《魔人》と言っても一概には言えず、破壊に特化した者、索敵に特化した者、補助に特化した者など、元々有している能力などの諸々によって技量が変わってくる。と言っても、《魔人》と言うだけで、怪物じみた実力を有しているのは確かだ。

蓮はその中でも特に破壊に特化した存在であり、彼と破壊力で張り合えるものは世界中に点在している《魔人》達の中でもそうはいない。

そして、それほどの怪物達がぶつかったのならば、蓮を含め彼らは必ず解き放つだろう。

 

——— 《魔人》の本領。負の側面の極地を。

 

そうなってはいよいよ手がつけられなくなる。

その戦いはもはや只人が介入できないほどの破滅的な災害になり得る。

 

蓮が言った『最悪の可能性』とはまさしくそれだ。

黒乃もそれを分かっており、分かっているが故に苦渋を滲ませた表情を浮かべた。それは悲しみの色が大きかった。

黒乃は、拳を強く握り震わせながら言った。

 

「それは分かっている。分かっているが……私は、お前にあんな風になってほしくない……7年前も、3年前も何とか戻れた。だが、次は戻れる保証はないだろっ」

 

悲しみを押し殺した黒乃の言葉に、蓮は若干顔を伏せると静かな声音で言った。

 

「…………分かっている。本当にギリギリまで使わないようにする。だが、もしもその時が来たら……」

「その時はウチらも腹括るさね。

ただ、なるべくれー坊も気をつけてくれよ。ウチらだってそんな事はしたくねぇんだから」

「……ああ」

 

寧音に言われた蓮は一言そう応えて軽く頷いた。

 

「……とにかく、備えておくことに越したことはない。俺の方から少佐達には連絡しておくから、母さん達は連盟の方を頼めるか?」

「……ああ、分かっている。明日中にでも各所に連絡はしておこう」

「助かる」

 

そして次の襲撃への備えを話し合っていた3人に、突然声がかけられる。

 

「あの、皆さん……」

 

声をかけたのは、話に完全に置いていかれていたカナタだ。

カナタは3人の視線が向けられる中、多少の困惑を浮かべながらも真剣な表情で3人に問うた。

 

 

「先の戦闘で蓮さんや敵の方達が話していたのを聞いたのですが、《魔人(デスペラード)》や《破壊神(バイラヴァ)》とは一体なんなのでしょうか?

聞き慣れない単語ですが、もしかして7()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 

『——————』

 

 

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

カナタの口から発せられた二つの単語。

 

 

《魔人》と《破壊神》

 

 

片や蓮の存在を示す名称であり、片や殺戮の魔神と化した蓮の隠された二つ名。

 

それは本来ならばカナタが知るはずのない名。

黒乃や寧音などの極一部の者達しか知らないはずの言葉だ。

故に、蓮達3人は目を見開き、突如空気が緊張に張り詰め、表情が強張った。

 

「ッッ‼︎」

 

張り詰めた空気を肌で感じたカナタは、今の発言が触れてはならない何かに触れてしまったのだとすぐに理解した。

 

「……カナタ、蓮や黒狗の奴らから聞いたと言ったか?」

 

黒乃が低い声でそう尋ねる。寧音も無言でじっとカナタの表情を窺っている。

二人の有無を言わせない迫力に、生唾をごくりと飲み込んだカナタは無言で頷く。

それを見た黒乃は次いで蓮に視線を向ける。

 

「蓮どういうことだ。まさか、話したのか?」

 

黒乃にキツい口調で尋ねられた蓮は、先程の険しい表情から一転して気まずい表情を浮かべ冷や汗を流し、黒乃から目を逸らしている。

蓮は焦りの色を浮かばせながらぶつぶつと呟く。

 

「………いや、すまん。そういうわけじゃないんだが………あー、やらかした」

「おい、どういうことか説明しろ」

 

観念したのか蓮は嘆息し、話し始めた。

 

「それが…ジーフェン達は魔人の事を知ってたからな。…カナタに話したわけじゃないんだが、俺とジーフェン達の会話で何度か《魔人》は言っていたから、おそらくそれで……《破壊神》の方も俺は言ってないが、おそらく俺が蘇生している間に、彼らが言ったんだろうな」

『…………』

 

黒乃と寧音は思わず無言になる。

確かに思い返してみれば、黒乃達が救援で来た時も一度《魔人》の単語を発していた。そして黒乃達がくる前にも何度か発言しているのならば、カナタの耳にも当然入り、疑問を浮かべるに違いない。

つまるところ、蓮だけが悪いと言うわけではないのだが、カナタがいるにも関わらず、連盟の重要機密事項である《魔人》の名を発してしまった蓮の不注意ということだ。

 

「はぁ……なるほど、分かった。こればかりはお前の不注意だったという事でいいな。

カナタ、お前には悪いが今の話は忘れて「いえ、教えてください」……なに?」

 

《魔人》に至ったもの、あるいは近づいたものにのみ開示される。だが、その資格を有していないカナタは知るべきではないことだ。故に忘れろ、と言おうとした黒乃に被せるように言ったカナタに黒乃は思わずそう返してしまう。

カナタは真剣な表情を浮かべ、力強い眼差しを黒乃と同様に驚いている蓮達へと向ける。

 

「3人の話を聞く限り《魔人》が連盟に、ひいては世界にとっても何か特別な存在であることは分かりました。本来ならば、私が知っていいような話ではないのでしょう。

正体を知らず、不確かなまま記憶に留め、何があっても他言しないことが最善なのだと思います」

「そこまで分かっているなら、なんで聞こうとするんだい?」

 

寧音の問いにカナタは一度隣に立つ蓮へと視線を向けると再び寧音へと戻し力強い口調で確かに言った。

 

「もう後悔したくないからです。

あの時、私は何も出来ませんでした。ただ守られるだけでした。

私にはそれがどうしても許せなかった。

そんな情けない自分にどうしようもなく腹が立ちました。だから、もう繰り返さない為に今まで努力してきました。

これは私の我儘で自己満足です。もう二度と何も出来なかった過去を繰り返したくないという一心です」

 

全ては蓮の為に。彼の力になる為に、今度こそ彼を守る為に。あの雨の日にそう誓ってここまで強くなった。

ならば、ここで引いていい理由などない。

 

「だからこそ、今日蓮さんが襲われている事実を、世界中の敵対組織から命を狙われていることを知ってしまった以上、私はもう何も知らないままではいられません。

足手纏いだからと、ただ彼の無事を祈り座して待つなんてこともしたくありません。

知ってしまった以上、私も蓮さんの力になりたい。今度こそ彼を取り巻く悪意から守れるように微力ながらお力添えしたいのです。ですから、お願いします」

 

そう言ってカナタは黒乃と寧音に深々と頭を下げる。

 

 

「どうか私に、《魔人》について教えてください」

 

 

『…………』

 

 

カナタの告白を受け、黒乃と寧音はしばらく黙り込み何かを考えていた。

その様子を横目で見ていた蓮は、内心で思う。

 

(……教えれるわけがない)

 

蓮だったら、カナタがなにをしようとも《魔人》やそれに関係することは教えない。決して教えないと断言できる。

彼女の気持ちは痛いほどよくわかる。

何もできないのは嫌だからと、がむしゃらに強くなって今度こそ守る。その気持ちは自分も同じだから。

本音を言うならば、彼女がそう思ってくれていたことに感謝したい。久しぶりに再会した時も、彼女は自分の罪を赦してくれた。自分の味方であると言ってくれた。

もしも正直に全てを話せば彼女は怯えることもなく真っ直ぐに向き合い、力になってくれるだろう。

それに、彼女が頑固なのは昔からだからよく知ってはいる。こうなった以上は、こちらが折れないといつまでも言い続けるだろう。

だが、それでも……

 

(駄目だ。お前を巻き込むわけにはいかない……)

 

蓮は己でも気付かぬうちに歯を強く噛み締めギリッと鳴らす。

そうであっても、蓮はカナタには決して明かしたくない。

カナタだけではない、自分の周りにいる親しい友人たちにもだ。

 

《魔人》の事を話すと言うことは、人ならざるもの達の戦いに彼女を巻き込む事であり、未だ人間であり、その限界点まで到達すらできていないカナタに話したところで、魔人同士の戦闘に不用意に巻き込んでしまい、悪戯に死なせてしまうだけだ。

それは、それだけはあってはならない。

 

だったら、巻き込ませないように突き放せばいい。それで彼女が傷ついてしまったのだとしても、彼女が死んでしまうことにくらべれば遥かにマシだ。

あの時、両親の死に打ちひしがれていた自分を掬い上げてくれたのはカナタだ。深く暗い悲しみの闇の中に光をさし、手を伸ばしてくれた。

彼女がいたからこそ、自分はあの時もう一度立ち上がれて強くなる事ができた。

 

あの時から、ずっと、ずっと、蓮にとってカナタは大切な人であり恩人なのだ。

 

それほどまでに美しく気高い人間が、自分みたいな怪物に巻き込まれて傷つくのは見たくない。

 

だから、どうかここは諦めてくれ。

本当に大切に想うからこそ、蓮はカナタには幸せに生きて欲しい。

彼女が人並みの幸福を得て、平穏に生きれるのならば、自分はそこに魔の手が決して届かないように何が何でも戦い続けれるのだから。

そして蓮が願う中、やがて黒乃と寧音が目配せをして頷くと、黒乃が静かに口を開いた。

 

「駄目だ。これは国家だけでなく連盟にとっても秘匿すべき重要機密であり、話すことはできない。お前には誰にも口外しないように黙ってもらうしかない」

「そんなっ…!」

 

顔を上げ抗議の声をあげるカナタの一方で、蓮は内心安堵した。傷つけるかもしれないが、これで彼女を巻き込む可能性は大きく下がったと。

だが、次の黒乃の言葉で蓮は目を見開いた。

 

「………だが、ここにいるのは私達だけだ」

「え?」

「なっ」

 

次いで告げられた言葉に二人はそれぞれ反応を示す。カナタは純粋な驚きから、蓮は動揺から目を見開く。

蓮は血相を変えて黒乃に詰め寄り叫ぶ。

 

「ま、待ってくれ!まさか話すつもりなのか⁉︎」

「そうだ。僅かに聞いた程度なら強く言って黙らせればいい。だが、カナタはもう隠し通せないほどに知ってしまっている。なら、この場で全て話しその上で絶対に口外しないようにさせるしかない。私達が黙っていれば済む話だ」

「だ、だとしても、俺達の事はそんな簡単に話していいものじゃないだろ!

話して、本来なら巻き込まれなくても良いはずの事に巻き込まれでもしたらどうするつもりだ!」

 

普段ならば決して見せないであろう明らかな狼狽を見せた蓮にカナタが驚く中、寧音が諭すように話しかけた。

 

「確かにれー坊の気持ちはよくわかるよ。

知っちまった以上、その過程で厄介事に巻き込まれるかもしれねぇ。それで死なれでもしたら最悪だ。れー坊としてもそれは何があっても避けたいのはよく分かる」

「だったらっ!」

「けどな、ここで話さなかったら最悪カナちゃんは貴徳原の力使って独自に探りを入れるかもしれないさね。だとしたら、そっちで厄介事に巻き込まれた方がウチらとしては面倒だ。

だったら、今ここで全部話しちまって余計な事をしないように強く釘を刺せばいいって話だよ」

「……ッッ‼︎‼︎」

 

蓮は反論できずに悔しそうに歯噛みする。

寧音の言っている事が道理だったからだ。確かにここで教えてもらえなかったら、カナタは貴徳原財団の情報力を使って口外せずとも自分なりに探るだろう。

その過程で、厄介事に巻き込まれ、それが自分達の認識の外で起きてしまったのならば最悪彼女を守れないかもしれない。

ならば、話した上で釘を刺し自分達の目の届く範囲に置くことで、厄介事に巻き込まれても自分達が守れるようにするということだ。

それを理解したからこそ、蓮は反論できなかった。

 

「……ッッ、くそっ」

 

蓮はそう悔しそうに吐き捨てて近くの倒木に移動して腰掛けて黙り込む。

反対なのは変わりはないが、もう無駄だと悟ったのだろう、邪魔する気はないらしい。話が終わるまで、静観するつもりのようだ。

押し黙る蓮を一瞥した黒乃はカナタへと向き直る。

 

「カナタ、話す前に聞きたい事がある。

お前は7年前のことについて触れたな。なぜそれが関係していると思った?」

「はい。それは、蓮さんの魔力が彼の最大値すらも超えて上昇したことと、蓮さんが人ならざる異形へと姿を変えたのを見たからです。

あの時は、伐刀者の未知の力がそうさせたのだと思いましたが、あれが《魔人》の力の一端なのではないでしょうか?」

 

カナタの推察に黒乃はその通りだと頷く。

 

「そうだ。そして今から話すことは連盟が、そして日本が秘匿している最重要機密の一つだ。絶対に他言するな。他言したら命の保証が出来なくなる可能性がある」

「承知しましたわ。他言しないことを誓います」

「よし。では話すぞ」

 

そして黒乃は話し始める。

 

「私達伐刀者の魔力は生まれた瞬間に総量が決まっているのが常識だが、ごく稀にその前提を覆す例外が存在する。

それが《魔人》だ。自らの強固な意思で人としての魂の限界を打ち破り、運命の外側に至った存在のことだ。

限界を踏み越えた《魔人》は魔力の最大値を更新できる現象が発生する。この現象を《覚醒(ブルートソウル)》という。

《覚醒》を経た伐刀者の魂はその時点で、今までの人間のそれとは異なるモノに変質し、運命に捕らわれない存在となるんだ。

《魔人》は魔力量が増加するだけでなく、因果に対する強い主体性———《引力》と呼ばれる特性を帯び、因果干渉系の能力による影響を受けにくくなる。

7年前蓮の身に起きたのはまさしくこの《覚醒》であり、それが蓮の暴走の原因だ」

「……そう、でしたか。ですが、あの時の姿は、一体」

 

《魔人》の話は理解した。

滅茶苦茶で荒唐無稽な、今まで知っていた常識が崩壊するような到底信じがたい話だが、不思議と納得できた。

だがまだ疑問は残る。

7年前に見たあの蓮の変わり果てた異形の姿だ。魔力の上昇は《覚醒》によるモノだとわかった。ならばあれは一体《魔人》の何がどう作用したのかが分からなかった。

黒乃はそれも話すと言って話し始める。

 

「それは《覚醒超過》による肉体の変質だ。

《魔人》の成れの果てと言っても良いだろう。

そもそも《覚醒》とは、自身の魂を人ならざる存在へと変質させる事だ。

《覚醒》を経て、その力を使い過ぎれば人ならざる魂の影響が肉体にまで及び、肉体が魂の形に最適化しようと変質して、膨大な力を得る代わりに人としての理性を失い、自己に飲み込まれたケダモノと化す。

それが《覚醒超過》だ。そしてそれこそが、《覚醒》が『ケダモノの魂(ブルートソウル)』と呼ばれている所以でもある」

 

肥大化した自己はその人間から分別を奪い、欲望のままに暴れ狂うただのケダモノと化してしまう。

 

「古来より世界各地で伝えられている『鬼』や『悪魔』をはじめとした人の形をした異形は、魔に呑まれ身も魂も堕ちてしまい、人間性を喪失してしまった伐刀者の成れの果てだというのが、現時点での連盟での見解だ。

お前が見た蓮の肉体の変化もそれだ。

蓮はあの日に《龍神》の力に目覚めると同時に《覚醒》に至り、そのまま《覚醒超過》にも至ってしまい、自身の肉体を変質させて怒り狂う怪物となって制御できない力で破壊の限りを尽くしたというわけだ」

 

《魔人》の本領とも言える《覚醒超過》。魂だけでなく肉体すらケダモノへと変える事で比類なき強力な力を得て、その対価として己の人間性を支払う。

そして蓮は、《覚醒》に至ったと同時に《覚醒超過》にも至り、人ならざる異形へと、憎悪の獣へと転じて怒りと憎しみのままに周囲を敵もろとも破壊し尽くした。

その結果が、あの黒川事件の惨劇だ。

 

「………」

 

あの日の顛末を理解したカナタはしばらく黙り込む。

正直、自分が想像していた以上に衝撃的な話だった。だが、長年ずっと喉に引っかかり続けていた悩みがようやく解決できた。

だから、この荒唐無稽な事実を現実として容易く受け入れる事ができた。

 

「……話は分かりました。では、《覚醒超過》の事があるから、公にはできなかったという事なのでしょうか?」

「それもある。だが、それ以上に我々伐刀者の人権を守るためだ」

「人権、ですか?」

「そうだ。《魔人》に至るにはまずあらゆる努力を惜しまず自分にできる全てをやり尽くす努力と、その果てに見えた己の可能性限界を前にしてもそれを踏み越えようとする強烈な本人の意志。その二つが必要不可欠。()()()()()を除き、それらが覚醒の絶対条件だ。

そして連盟が恐れたのは、無茶をすれば限界を越えられるという間違った認識が広まってしまうことだ。もしも広まれば、それを知った非伐刀者がそれを自国の伐刀者に強要するかもしれない。

そうすれば、我々伐刀者の人権は酷く軽んじられ、最悪ただの兵器として扱われる未来もありえるだろう」

「……ッッ‼︎‼︎」

 

瞬間、カナタは目を見開き、息を呑みこんだ。

黒乃が口にした未来の形に戦慄したのだ。確かに、この事実が広まれば、そのような未来も十二分にあり得てしまう。

人間の可能性を無理矢理極めつくす、殺人的な訓練を伐刀者全員に課して、己の可能性限界を試されるような環境を強いる事になる。

最悪強力な兵器としてしか扱われない未来も存在するだろう。

そんな事をしたところで、生まれるのは悲劇だけだ。

 

「だからこそ連盟は《魔人》の存在を秘匿し、連盟傘下の中でも《魔人》を輩出している国家の一部の人間にしか、その存在を明かしていない」

「……はい。それは確かに危険ですね。秘匿するのも当然ですわ」

 

カナタは頷く。

これは確かに、軽々に外に漏らしてはならない話だと、理解したからだ。

 

「では、輩出している国家ということは、既に日本には蓮さん以外に《魔人》がいると言う事ですか?」

 

そこで、カナタは会話の最中に浮かんだ疑問を投げかける。

これに黒乃は頷き、肯定をした。

 

「その通りだ。現在日本国籍を持つ魔導騎士では蓮を含めて3人。

一人は今此処にいる寧音と、もう一人は寧音と蓮の師匠でもある《闘神》南郷先生だ。

ちなみに、大和もサフィアも《魔人》であり、お互いに国を代表する《魔人》だった」

「寧音さんに南郷先生もですか。それに、あのお二人もそうだったのですね……」

 

自分が見知った人物が何人も《魔人》だった事に驚きを露わにしながら、次の疑問を投げかけた。

 

「……しかし、蓮さんの場合はどうなのですか?あの時の状況は、今の黒乃さんの話で聞いた至り方とは異なると思うのですが…」

 

当時まだ9歳の蓮が己の可能性限界を極め尽くしたとは到底思えない。それに、《龍神》の力が開花していなかった時点で、まだ伸び代はあったはずだ。

先程黒乃は全てをやり尽くす努力と、限界を越えようとする強い意志が必要だと言った。

ならば、蓮はなぜ《覚醒》に至ったのだろうか?

その疑問に、黒乃は悲しいような暗い表情を浮かべ目を少し伏せるとしばらく黙った後話し始める。

 

「…………蓮の場合は先ほど言った『一部の例外』に当てはまる特殊なケースだ。

《覚醒》には先程のとは別にもう一つの手段がある。それは、自身が生命の危機にさらされた時だ」

 

己の可能性限界を問われる生命の危機。それに類する絶望感や憎悪、怒りなどの負の感情によって自己が急速に肥大化し《覚醒》に至るという例もある。

しかし、己の意思やそこに行き着くまでの研鑽、覚悟を伴わない自己の肥大はその人間の精神に大きな傷をつける。

精神に大きな傷を抱えたまま、しかし力だけが異様に増大するということは、とても、そうとても危険な事なのだ。

幼くして《覚醒》に至った蓮がまさにそれだ。

 

幼い頃に両親を奪われ、復讐を誓った。

あの時から蓮は復讐に囚われ、常に怒りと憎悪の炎がその心には燃え盛っていた。

どれだけ楽しい事があってもその裏ではいつでも黒い炎が燃え盛っていたのだ。

それは今も変わることはなく蓮は己の歪みの炎に焼かれ続けている。

だからこそ蓮はあの日瀕死に陥った後《龍神》の力が目覚めたと同時に《覚醒》に至り、その直後に《覚醒超過》にも振れてしまったのだ。

 

「ッッ」

 

それを理解してしまったカナタは目を見開き驚愕を露わにするが、恐怖に身体を震わせることはしなかった。

だって、これは自分から望んで聞いたのだ。なのに、恐れてしまっては今の蓮を拒絶することに他ならない。

だからそれをグッと堪え、現実として受け止めてこれほどの話を話してくれた黒乃に礼を言う。

 

「………お話ししてくれてありがとうございます」

「いや、お前には全てを話すと言ったんだ。今更隠し立てするつもりはない。まだ聞きたいことはあるだろ。話を続けるぞ」

「はい。でしたら、《破壊神(バイラヴァ)》についてを。聞いた限りでは蓮さんの二つ名なのでしょう」

「そうだ。《破壊神》は公にはされてはいない蓮の二つ名の一つだ。お前は3年前沖縄で発生した『沖縄防衛戦』を覚えているか?」

「はい。覚えております」

 

『沖縄防衛戦』。それは過去の歴史の中で起きた戦争の中で最も新しい戦争だ。

自分が住んでいた九州の地のすぐそばでの沖縄で起きた中国との戦争。遠い世界の話でなかったソレが自分の生活圏のすぐ側で発生した事に、当時刀華や泡沫共々驚いたのはよく覚えている。

ニュースでは、沖縄に駐在していた自衛隊と現地の魔導騎士達の奮戦と増援として来た黒乃と寧音の尽力のおかげで撃退に成功したと聞いていたが、彼女の口ぶりからは何か違うように聞こえる。

そしてそれは正しかった。

 

「蓮の《破壊神》の由来は、その防衛戦にある。あの戦争を終わらせたのは、私達ではない」

「まさか、蓮さんが…?」

「そうだ。沖縄にいた蓮が自衛隊と魔導騎士達と協力し、市民の避難誘導と防衛に努めさせて、自分一人で中国軍の艦隊と戦いその悉くを殲滅した。私達は戦争が終わった後に来たに過ぎない。それが公開されなかった本来の結末だ」

「……ッッそうだったのですね」

 

つくづく今日は驚く事ばかりだとカナタは思う。

確かにそれは公開できないだろう。

14歳の子供がたった一人で戦争を終わらせたことなど公にして仕舞えば蓮の身が危ういからだ。黒乃と寧音がやったと言った方がずっとマシだ。

だが、何故蓮が沖縄にいたのか、そんな疑問をカナタは溢す。

 

「ですが、何故蓮さんが沖縄にいたのですか?」

「中学の修学旅行先が沖縄だったからな。単純にタイミングの問題だ。旅行中に蓮は戦争に鉢合わせしたんだよ」

「……な、なるほど」

 

まさかの理由にカナタはそう返すしかなかった。昔から思うが、蓮は強敵との遭遇率が高すぎると思う。

平和とは縁遠い星の下に生まれたのではないのかと疑うほどだ。

そしてさらに衝撃的事実が告げられる。

 

「その時、蓮は中国最強の一角であり《魔人》でもある《白虎》の二つ名を持つ男と交戦した。しかも、二人とも《覚醒超過》の状態で戦っていた」

「えっ⁉︎」

 

カナタは声に出して驚愕をあらわにする。

瞬間、カナタの脳裏にある光景がよぎる。

戦争が終わった後の沖縄の風景がヘリで撮られていたが、その時にとある地区の被害が他とは比較にならないほどに凄惨だったのを思い出した。

建物なんてほぼ瓦礫の山となり、地面は根こそぎ抉られ、破壊の跡がどこかしこにあった。

あれは、黒川事件よりも被害がかなり酷かったが、あの時の惨劇にも似ていたように見えたのだ。だとすれば、あれは《覚醒超過》を使った者同士の戦いの後だったのか。

だがそれよりもだ………

 

「蓮さんは大丈夫だったのですか?」

 

《覚醒超過》を使用したのならば、理性が消えて暴走状態にあったはずだ。

それが蓮だけでなく敵の男もそうだと言うならば、それは相当危険であったはずだ。一体、どうやって切り抜けたのか……その疑問には蓮が応えた。

 

「……初めこそは、お互い『人間』のままで戦っていたさ。だが、決着がつかずに膠着状態が続いた後、奴は勝負を決める為に《覚醒超過》を使い自我を保ったまま虎の獣人、つまり人虎へと変質した」

 

あの日のことははっきりと覚えている。

蓮の眼前で自身の肉体を人間から獣へと変えたルオ・ガンフーはあろう事か平然と自我を保っており、それで蓮を後一歩のところまで追い詰めたのだ。

一度でも判断を間違えれば死んでいた。一度でも対応を誤れば何も守れなかった。

極限の状況下で今まで以上の逆境を強いられ、その果てに追い詰められた蓮は、当時《覚醒超過》を黒乃から禁じられていたが、使用せざるを得なかった為に、《覚醒超過》を使用し人型の龍へー龍人へと自身を変質させた。

激流のような破壊衝動に精神を蝕まれながらも、なんとか自我を保っていた蓮はそのままお互い獣の姿で戦いを再開。

そして周囲を破壊しながら激闘を続け、なんとか蓮が勝ったのだ。

 

「俺も《覚醒超過》を使って自我を保ちながら、なんとかガンフーを倒せた。

その時はまだ、なんとか自我を保ててたよ。だが、中国艦隊の殲滅に踏み切ってからは自我が薄れて破壊衝動に呑まれつつあった。そして艦隊を滅ぼした頃はもうほぼ理性が消えていたな。

……母さん達がいなかったら、確実に沖縄は沈んでいた」

 

自嘲じみた笑みを浮かべて蓮はそう呟いた。

戦いに勝った蓮は薄れゆく意識を必死に繋ぎ止めながら、中国艦隊をたった一人で殲滅した。

しかしその後、自我が保てなくなりかけて周囲を誰彼構わず破壊しようとすらしていた。その時に、ちょうど応援に駆けつけた黒乃と寧音のお陰でなんとか自我を取り戻し人間に戻れたのだ。

そして再び黒乃が話し始める。

 

「その後に蓮は《破壊神》と呼ばれ、裏で囁かれるようになった。

数多の兵士を屠り、艦隊すらもたった一体で破壊し尽くした破壊を齎す凶兆の厄災。

たった一人で戦争を終わらせた人知を超えた理外の怪物。敵には破滅を齎す災禍の炎と味方には再生を齎す豊穣の水を操る殺戮の魔神として、蓮は裏社会において恐怖の対象の一つとなった。

だが、蓮の奮闘のおかげで日本の人的被害はほぼゼロ。負傷者は多かったが、それでも一人も死者を出さなかった。一方で、中国の被害は壊滅的であり、9割以上の数千の兵士が命を落とし、全ての艦船が跡形もなく焼失した。

これが《破壊神》と呼ばれた切欠となった『沖縄防衛戦』の顛末だ」

「……すごい、ですわね」

 

カナタは純粋にそう思う。

たった一人で戦争を終わらせた事、誰一人として死者を出さなかった事。彼が挙げた戦果に一人の騎士としてすごいと思った。

それは、まるで英雄のようだ。

いや、真実蓮はもう英雄だ。

かつて街を守り抜き、死者を一人も出さなかった蓮の両親と同じように、蓮も一人の死者も出さず守り抜いたのだ。それはもはや英雄と言っても過言ではない。

 

そしてすごいと同時に、感謝もした。

彼があの時、戦い勝ったからこそ、自分達が住む九州の地に侵略の魔の手が及ばなかったのだ。

沖縄を侵略すれば、次は九州が狙われるのは明白。そうすれば自分達が住んでいる福岡の地も危なかっただろう。

だが、その危機は蓮が戦ってくれたおかげでなくなった。自分達が戦争に怯える中、彼がたった一人で戦って全てを守ったのだ。

 

「蓮さんが守ってくれたから、今の私達があるのですね」

「そうとも言えるな。……さて、話は戻るが、お前が聞きたいのはそう言うことだけじゃないだろう?蓮の身体についても聞きたかったはずだ」

「ええ。話を聞く限り《覚醒超過》が何のリスクもなしに使える力であるはずがありませんもの」

 

これに黒乃は静かに頷いた。

 

「そうだ。そもそも《覚醒超過》とは自分を全く異なる存在に変質させる現象だ。

一度変貌した以上、外見は取り戻せても中身が別物に変わっていてもおかしくはない」

「だとしたら蓮さんは……ッッ!」

 

そこまで言いかけたカナタは咄嗟に口を塞ぐ。

だって、今自分は蓮がすでに人間はなくなっているのではないかと言い掛けそうだったからだ。

そんな彼女の心配に、黒乃は安心しろと言った。

 

「確かに、過去に二度も変質してはいるが、検査の結果は陰性。つまり、蓮の肉体はまだ外側、内側ともに『人間』だ。

体組織にはどこにも異常は発見されてない」

 

そう、月一度自衛隊の独立魔戦大隊で蓮にだけ行われている肉体検査での結果は今もまだ陰性。

現段階では未知の体組織や体構成、遺伝子異常は確認されていなかった。

それが意味するところは蓮はまだ人間であると言うこと。

 

「っっそれは、良かったです」

 

それを理解したカナタは、心の底から安堵する。しかし、続いて言われた事にそれは急激に冷める。

 

「だが、次も今の形に戻れる保証はない。蓮には再三言っているがなるべく力は使わせないようにしている」

「……そう、ですか」

 

確かに次使ったとして元の形にまた戻れるか分からない。実物を見たからこそ分かるが、あれは使うにはリスクが高すぎる。

次使えば肉体が元に戻れるか分からないのだ。最悪、獣のままという事も十二分にあり得る。

いや、無事に戻れたとしても内側で何らかの異常が発生している可能性だってある。そうすれば、日常生活への弊害は計り知れない。

 

その事実を理解したカナタは、しかし考えてしまう。

 

蓮の隣に並び立ち、蓮を守るためには力が必要だ。

《魔人》へ至り、人知を超えた存在になっている蓮を守れるぐらいに強くなる方法は、ただ一つ、自分もまた《魔人》へ至り同じ領域へと踏み込む事。

だとすれば———

 

「カナちゃん、そのつもりなら腹括れよ」

「ッッ⁉︎」

 

今まで黙っていた寧音が真剣な声で言う。

普段の飄々さが消え、凄んだ声音に込められた威圧感にカナタは反射的に下がって身構えてしまう。

 

「《魔人》に至るっつぅことは自分の死の運命を乗り越えるってことだ。

それは正気の沙汰じゃ出来ねぇよ。自分を極め尽くすことが一生使ってできるか分かんねーのに、さらにその上を渇望するなんざそりゃとんだイカれたエゴイストさね。

互いを愛しているから、互いに相応しくあるために至った夫婦もいりゃあ、戦いの愉悦を求めて至ったロクデナシだっている。

至り方なんて《魔人》の数だけあるから、カナちゃんの想いをどうこう言うつもりはねぇよ。

……ただ、さっきくーちゃんが言った通り、《魔人》ってのは人を辞めたバケモンだ。その精神が『人間』でいられる保証もねぇ。

運命の外側に至ったら、元々の運命にあった人として得られる安寧を失う可能性だってあるんだ。カナちゃんはそれらを全て承知の上で、《魔人》になるつもりなのかい?」

「…………」

 

カナタは寧音の言葉に構えを解きながらしばらく思考する。

黒乃から《魔人》の力の恩恵とリスクの全てを聞いた。人としていたいのならば、迷う事なく《魔人》になることを諦めるだろう。

だが、蓮を守りたいならば《魔人》にならなければいけないのは事実だ。どちらの道が正しいのか分からないカナタは、それを暫く考える。

 

考え込むカナタを黒乃と蓮が静かに見守る中、質問した寧音はほろりと相好を崩した。

 

「別に《魔人》になるってことが全てじゃねーんだ。

くーちゃんだって愛する旦那の妻でいてぇから人でいることを選んで引き返したんだ。『人間』であり続ける事も、誰にも恥じる事のねぇ、むしろ誇れる立派な選択だよ。

誰かを想えるなら尚更ね」

「寧音……」

 

寧音の言葉に隣に立つ黒乃が、寧音を驚いたように見ている中、寧音はじっとカナタの答えを待った。

やがてカナタが口を開いた。そして告げられた返事は……

 

「……分かりません」

「ん、話してみな」

 

寧音は優しくカナタの説明を促した。

暫く逡巡したのち、カナタは自分の考えを話し始める。

 

「……確かに、《魔人》に至ると言うことは寧音さんの言う通り人の幸福を捨てるかもしれないことなのは分かります。ですが、同時に黒乃さんのように人としての幸福を捨てたくないのも分かります。

正直、どちらの道を選ぶのが正しいのかは私には分かりません。

ただそれでも一つだけはっきりと言えることがあります」

「それは何だい?」

「どちらにしても今のままでは足りないと言うことです。

《魔人》に至ることを選ぶ選ばないにしても、今よりもっと強くならなければいけない事には変わりません。なら、《魔人》に至るかどうかは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。今は先のことを考えるよりも何よりも強くなることを優先するべきなのですから」

 

《魔人》に関する全てを聞いた上で、あれこれ考えるのは後にして、今は一刻も早く強くなることを優先する。

はっきりとそう告げたカナタに、寧音は一瞬目を見開くと次の瞬間、噴き出して腹を抱えて笑った。

 

「ぷっ、あはははははははははははッ‼︎‼︎‼︎

その時に考えればいいって、確かにカナちゃんの言う通りだけどさぁ、そんなこと言う奴初めてみたよ!あははははっ、あー、腹いてぇ。でもまぁ、うん百点満点の答えだ」

 

寧音は目尻に浮かんだ涙を指で拭いながら、反対の手で親指を立てる。

カナタの返答は、寧音にとって満足のいくものだったらしい。黒乃も口の端に笑みを浮かべてすらいる。

ただひとり、蓮だけは驚愕に目を見開いていたが、そんなことは気にせず、寧音はある提案をした。

 

「なら、うちらが鍛えてあげるよ」

「え?」

「カナちゃんが限界点に到達できるまでの間はうちとくーちゃんが鍛えてあげるって言ってるんだよ。

勿論、うちらは厳しく行くし地獄見てもらうけど、どう?やってみる価値はあると思うぜ?」

 

寧音と黒乃の二人による特訓。

世界最強に名を連ねる二人からの特訓など、それは強くなろうと日々努力している伐刀者達からすれば喉から手が出るほどに羨ましい物だ。

それは、カナタも同じで、強くなりたい彼女からすれば願ってもいないことだった。

だからカナタは迷わずにその提案を受け入れた。

 

「はい。ご指導お願いいたします」

「ん、じゃあ明日…つぅかもう今日か、放課後から始めるとするかな。くーちゃんもそれで良い?」

「ああ、私もそれで構わない。ただ私はお前ほど暇じゃないからな。お前がメインにやれ。お前が言い出したことなんだからな」

「あいよ」

 

そう言ってひらひらと手を振り了承する寧音。

これでカナタは自分が聞きたいことは全て聞き終えたが、ふと新たな疑問が浮上した。そしてその疑問を彼女はすぐに口にした。

 

「しかし、《魔人》がそれだけ希少な存在ならば、国も野放しにはしないと思いますが、蓮さんも同じなのでしょうか?」

「ちょうどその話に移ろうとおもっていたところだ。その通りだ。《魔人》である蓮を野放しにしてはいない。当然、監視があり、私と寧音が《連盟》から任されている。もしも再び暴走してしまった時に、蓮を止めるためにな」

 

黒乃は殺す事を口にはせずに、ただ暴走を止めるということです説明する。

いくら全てを話すとは言ったものの、蓮を止める為に殺すなんて言って仕舞えば、どんな反応するかなど火を見るより明らかだ。なにより、黒乃とてカナタを不用意に悲しませたくはなかったのだ。

そんな気遣いが隠された黒乃の説明にカナタは納得する。《魔人》を監視するということは、監視する方もそれなりの実力がなければできない。

 

「蓮には発信機やバイタルチェックなどの機能をつけた装置を付けてもらっている。それで蓮の日々の体調や心拍、そして所在地などを私と寧音の端末に逐一送信できるようにしている」

「そこまで、するのですか?」

 

実は、黒乃達だけで無く独立魔戦大隊もその情報は共有しているのだが、ここでは伏せておく。

そして、位置だけでなく健康状態まで把握されている事にカナタはいささか疑問を覚えた。そこまでしなくてもいいんじゃないかと。

だが、その疑問に黒乃は首を横に振り否定する。

 

「そこまでしなければいけない理由があった。そして同時に蓮という《魔人》の存在は、私や寧音、南郷先生よりも重要視されていたからな」

「やはり、《龍神》の力、ですか?」

「そうだ。他に類を見ない『神』の力を宿す者。それがただの伐刀者だったのならば、まだマシだったかもしれないが蓮は《魔人》だ。

振るわれる力も更に並外れていると言ってもいいだろう」

 

《龍神》という能力は、日本という国家においては最重要に分類されるほどに貴重かつ希少な能力だ。

なにせ『神』だ。神の力が希少なわけがない。

過去の記録を漁っても500年以上前に《龍神》の力を発現した者が一人だけおり、その力で他国からの侵略を何度も防いだという記録のみで、数百年に一度というレベルの発現自体が極稀の超希少な能力なのだ。

そして、その力は四方を海に囲まれた地形である日本では、特に重要な意味を持つ。

海と天を操る力は、日本を周辺国からの侵略から守るために盾となるだけでなく矛にもなりうるのだ。それに、日本はどこの国とも地続きではない。必ず海路か空路で仕掛けなければならない。その時に、その海と空を支配する存在がいたならば、国家防衛戦は日本側がかなり有利になるに違いないのだ。

 

そして、その力を持つ者が数百年ぶりに現れ、さらに《魔人》に至ったことは喜ばしい事だったが、それがまだ幼い9歳の少年が成したということに上層部は喜びは消え代わりに危機感を覚えた。

もしも、それだけの凄まじい力が狙われた時、分別のつける大人ならまだしも、精神がまだ不安定な子供が、何かがきっかけで力を再び暴走させてしまったら、それは未曾有の災害に成り果てると誰もが直感したからだ。

故に、政府は蓮に監視をつけた。日本国の最重要人物かつ最高戦力として、彼の身に万が一が起きないように、監視をつけたのだ。

 

「現に、私達では一対一では力を完全に解放した蓮には勝てない。間違い無く日本最強の戦力であり、連盟でも5本の指に入ることは間違いないと断言できる」

「っっ」

「それだけ強力かつ希少な能力を宿した蓮を政府や連盟は野放しにするわけがない。私と寧音が近くで監視し、装置で蓮の状態を逐一把握するという事で落ち着いた。最初は施設に軟禁でもしろとか言い出す馬鹿者がでてきていたが、それは私達が黙らせた」

 

危険性ばかり考えて施設に軟禁させて、必要な時にしか使わない生物兵器のような扱いをしようとした愚か者もいたが、それは黒乃や寧音だけで無く、月影や氷室、そして連盟までもが動いて黙らせたのだ。

そして、蓮に装置を取り付けて常時その居場所と体調を把握するという事で落ち着いたのだ。

カナタは蓮の扱いに多少なりとも不満はあるが、これ以上の妥協案はなかったのだろうと考え、黒乃の説明に納得した。

 

「これで、お前が知りたいことは全て話した。他に何か聞きたいことはあるか?」

「………いえ、貴重なお話をしてくださってありがとうございます」

「そうか、また気になったことがあれば私達に聞きに来るといい」

「はい」

 

そしてカナタは倒木に座り込んでいる蓮へと視線を向ける。蓮は顔を下に向けているために表情は分からないが、だが組まれた両拳が鬱血するほどに強く握りしめられていることから、彼の心境が分かった。

そんな彼にカナタは近づくと両膝をつくと彼の名を呼ぶ。

 

「……蓮さん」

「………カナタ、俺は……お前がこの件に関わって欲しくないと、話した今でも思う。お前には《魔人》のことなど何も知らないままでいてほしかった。

何も知らずに、何事もなく生きていて欲しかった」

「……ええ、貴方ならそう思うのは当然ですわ」

 

力無くそう答えた蓮にカナタはそう優しく応えた。知ってしまった衝撃的な真実の数々、それらと蓮の性質を知っているのならば、蓮がカナタに知られたくないと思うのは当然のことだった。自分だって立場が逆転していたら、きっと同じことを考えていた。

大切だから危険な事に巻き込みたくないと。

どれだけ傷つけてもその真実から遠ざけたかったと。

それが、痛い程によくわかる。だが、だからこそカナタは。

 

「だとしても、私は貴方が抱えていた秘密を知れたことがどうしても嬉しいんです」

「…っ」

 

蓮はカナタの思いがけない言葉に思わず顔を上げる。顔を上げて見えたカナタの表情は今まで以上に穏やかだった。

カナタは蓮の頬へと手を伸ばすと、優しく触れる。

 

「とても失礼な事を仰っているのは分かっています。ですが、それでも私は貴方が抱えているものを知りたかった。それを知って、今度こそ貴方の力になりたかったんです」

 

だから言わせてください、とカナタは少し潤み始めている瞳で蓮を見つめて言った。

 

「7年前の事。そして、3年前の事。私達を守る為に、命を懸けて戦ってくれてありがとうございます。

だから、次は私達に貴方を守らせてください」

「ッッ」

 

カナタの言葉に目を見開いた蓮はしばらくカナタの瞳を無言のまま見続けて、やがて目を伏せると頬にある彼女の手に自分の手を重ねた。

 

「一つ、約束してくれ」

「はい」

 

縋るような声音で告げられた言葉に、カナタは頷き続きを待つ。蓮は絞り出すように、その約束を、否願いを告げた。

 

「お前が俺に力を貸してくれることはもういい。お前は昔から頑固だから、言ったら止められないことは分かっていたから、それに関してはもう何も言わない。

……ただ、《魔人》は俺も含めて全員が常軌を逸している。人の持つ運命を捻じ曲げることもできるぐらい滅茶苦茶で、常識が通用しない存在なんだよ」

「……ええ」

「だからどうか一つ約束してほしい。俺の身を案じるのは構わない。ただ、自分の身を第一に考えろ。もしも俺がお前達を守りきれなくなった時は、迷わず逃げろ。逃げて生き延びてくれ」

「っ、それはっ」

 

その願いは、蓮を守ると言った自分の誓いを半ば否定するようなものだったからだ。蓮でさえ追い込まれる状況の時、カナタに自分を見捨ててほしいと言ってるようなものなのだから。

それを後ろから聞いている黒乃と寧音はそれにピクリと反応したものの、動きはしなかった。

そしてカナタが何かを言う前に、蓮が被せる。

 

「頼むっ。俺に力を貸すのも、俺を守ろうとしてくれるのも構わないっ!だが、それでも俺の為に命を捨てるような真似はするなっ!

俺は、俺のせいでお前が死ぬのは御免だっ!でなければ、あの時守った意味がなくなるっ!俺のせいで死ぬなんてことがあれば……俺はっ」

「蓮さん……」

 

カナタは蓮の抱える気持ちに気づき目を見張った。蓮はカナタには死んでほしくないのだ。

それは両親という最も近くにいて、最も愛した存在を目の前で失ったからこその言葉。

カナタを大切に思うからこそ、自分のせいで死なれたくない。自分の命を第一にして、生きてほしい。

そんな気持ちを理解してしまったから、蓮に異論など言えるわけがなかった。

 

「……はい。分かりました。約束します。ですが、そうならない時は貴方のお力になってもいいでしょうか?」

「……ああ、それなら構わない」

 

蓮はカナタの手を離してスッと立ち上がると、カナタの顔を見ずに言った。

 

「それでも、感謝はしている。ありがとう」

「っ、はいっ」

 

そう言ってカナタの横を歩き黒乃達の方へ行く蓮に、カナタは笑みを浮かべながらついて行った。

二人の成り行きを見守っていた黒乃と寧音は困ったような、呆れたような、嬉しいような、そんな感情が混ざった曖昧な表情を浮かべていた。

 

「話は終わったか?」

「ああ、終わりだ。そろそろ帰ろう」

「そうだな。もう夜も遅い、私達はともかくお前達は少しでも体は休めないと今日に響いてしまうな」

「だねー。じゃあれー坊悪ぃけど、ちゃちゃっと頼むよ」

「分かってる」

 

そう言うと、自分の横に半透明の水の肉体を持つ巨大な海龍を瞬時に生み出すと3人に乗れと促す。

そして、黒乃、寧音、カナタが背に乗ったのを確認すると海龍を操作する。海龍は一度咆哮をあげると、大地を蹴って空へとふわりと飛翔を始める。蓮を置いて飛び始めた事にカナタは戸惑いの声を上げた。

 

「えっ、あの蓮さんは…?」

「大丈夫だ。今から森林を癒すから乗らなかっただけだ」

「癒す?」

 

黒乃が言っている意味がわからず首を傾げるカナタなら眼下で、蓮に変化が起こる。

 

「《臥龍転生》」

 

再び莫大な魔力が解き放たれ、蓮の容姿が変化したのだ。それは『龍神』の力を使った証。

それにカナタは蓮がやろうとしていることを理解した。

蓮は今から森林を文字通り癒そうとしている。

『龍神』の力を使い、蓮達の戦闘で荒れた森林を修復するつもりなのだ。

そして、蓮は両腕を広げて呪いを唱える。

 

「《叢雲》」

 

空に巨大な青色の魔法陣が浮かび上がり、再び黒雲が集う。黒雲の範囲は先ほどよりも遥かに広く、学生寮の端の30km先まで広がる。

蓮は目を閉じて別の呪いを唱えるとそこに魔術を重ねる。

 

「天より恵みを、生命を癒し、安らぎを齎せ。———《天恵之慈雨(てんけいのじう)》。

 

再び魔法陣が浮かび上がり、青色の輝きが黒雲に染み渡る。漆黒の雲に青い輝きが波紋のように広がる様は美しかった。それと同時に、蓮の全身から青い光の粒子が放たれ、森林に広がっていく。

そして青い輝きが黒雲と森林に染み入ると、先ほどと同じように雨が降り始めた。しかし、先ほどと比べ遥かに穏やかに雨は降っていた。

先程の雨が荒々しいのならば、こちらはとても静かな雨だ。優しく雨が降り注ぎ、青い水滴が無数に木々へと触れた瞬間、それが起こった。

 

「っ、嘘っ、森林が………」

 

カナタは眼下で広がる光景に目を見開く。

森林が再生しているのだ。青い雫が落ちた木々は例外なく優しい蒼光に包まれ、元々の形へと癒されていき、瑞々しさを増していく。

折れた倒木は例外なく元に戻り、裂けた大地すらも水流操作で土を削り運ぶことで修復されつつある。

彼女達の眼下では、森林が青い輝きに包まれ、癒やされている。夜空に広がる黒の樹海に突如広がる青緑色の樹海は、とても幻想的で神秘的な光景だ。

カナタがそれに驚く中、黒乃は彼女に解説をしてあげた。

 

「《天恵之慈雨(てんけいのじう)》。回復魔術である《清明之雫(せいめいのしずく)》をまさしく雨の如く大量に降らして範囲内の生命を癒し蘇らせる蓮が持つ最高峰の回復系の伐刀絶技だ。

『龍神』、正確には『青龍』が持つ『木』を司る力を利用し、蓮は植物を人と同じように癒している」

 

『青龍』の『木』属性は風雷だけでなく植物も該当している。

蓮はその植物を操作する力と、『龍神』の代名詞の一つでもある、作物に豊穣を齎す恵みの雨の力を合わせて、人間だけでなく植物も癒す伐刀絶技を開発した。

それが、伐刀絶技《天恵之慈雨》。

範囲内にあるあらゆる生命、動物に収まらず植物すらも癒す、超広域回復魔術なのだ。

『木』の力によって、木々に干渉して『水』の力で癒し元の形へと戻していく。

 

天より恵みの雨を降らして、植物を、生命を癒すその力は、まさしく神の御業、神の奇跡だ。

 

そして、その安らぎの慈雨が数分続いた後、森林が完全に修復、それどころか先程よりも明らかに瑞々しさが増して、生き生きとしている様の森林に満足した蓮は、空で待つカナタ達の元へと飛翔して、海龍の頭に乗る。

 

「森林の治癒は終わったぞ」

「それは構わんが、学生寮まで範囲を広げてなかったか?」

「ああ、寮からここまで来た時の進路上の木はあらかた薙ぎ倒してしまったからな。まとめて治癒した」

 

治癒した、とは言うが、もしもこの深夜にふと目を覚ましたものがいた時、外の森が青く輝いているのを見れば、それはもう大層驚くはずだ。きっと、瞬く間に学園中に噂が広がるだろう。

 

「……まぁ、こんな深夜にわざわざ起きるようなやつは居ないだろうから、気にしなくてもいいか」

 

しか、こんな深夜にわざわざ起きる者もいないだろうと思うので、そこら辺は気にしなくてもいいかと黒乃は無理矢理納得した。

そんな黒乃を傍目で見ながら、寧音は蓮に声をかける。

 

「やーしっかし、れー坊の回復魔術はスゲェーよなぁ。動物だけじゃなくて、森林まで癒やしちまうんだもん」

「ええ、そうですわね。ここまで広範囲をまとめて治癒するなんて、凄まじいですわね」

 

カナタもそれには同意だ。

半径40キロ範囲内にある、破損した木々を蓮は全てたった数分で癒してしまったのだ。それをすごいと言わずしてなんと言うのか。

それに蓮は静かに笑みを浮かべて応える。

 

「『龍神』の力があればこそできるものだ。鍛錬した結果できるようになっただけだ」

 

とはいえ、ここまで使いこなせるのは蓮だからこそと言わざるを得ないだろう。

しかし、これ以上褒めると蓮が照れてしまいそうなので、二人は蓮を称賛するのはそれぐらいにした。

 

「母さん、悪いが部屋の修理を頼みたいからこのまま一緒に来てもらっていいか」

「ああ、構わんぞ。私も一度寮に向かおうと思ってたからな」

「うちも一応行くぜ。れー坊の護衛としてな」

「ああ、ありがとう。なら、そろそろ帰るか」

 

そう言って蓮は海龍を操作する。

海龍は再び咆哮を上げると、その巨体をくねらせて飛翔し学生寮へと向かう。

 

 

「………」

 

 

そして、海龍が寮へ向かい始めた直後、蓮は一度だけ視線を遥か後方へ向けたが、特に何かするわけでも無くすぐに視線を前へと戻した。

そして、それきり寮に戻るまで蓮はその方向へ振り返ることはなかった。

 

 

 

その後、学生寮に戻った蓮達は、蓮の部屋を氷で密閉していたため中に充満したままの毒ガスを炎で完全焼毒した後、荒らされた蓮の部屋の窓、ベランダを黒乃の能力で元通りにしてもらった。

無論、他の生徒にバレないように隠蔽と遮音結界を張りながらだ。

蓮の部屋の修復が終わり、黒乃達を見送った後、カナタも蓮の力を借りて刀華にバレないように部屋に戻り、そそくさと戦闘服から部屋着に着替えて何事もなかったように布団に潜り込み身体を休めた。

 

 

 

 

こうして、《黒狗》が企てた蓮の暗殺事件は人知れず収束した。

 

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

 

時間は少し遡る。

 

 

「ふふふ、彼がそうなのね」

 

 

蓮が《黒狗》との激闘を制し、海龍に乗ってその場を後にした直後のこと。彼らがいる場所から約200キロほど離れた上空。そこに彼女はいた。

 

彼女の姿を見たものがいるなら誰もが口を揃えてこういうだろう。

 

 

 

———黒い堕天使と。

 

 

 

背中に広がるのは三対六翼の常闇のような美しくも妖しい紫光を帯びた漆黒の翼。黒を基調とし紫の装飾が施された美しいドレス甲冑。妖しく、そして禍々しい紫の刃を夜闇に輝かせる黒紫の大鎌。頭部から生える捻れた一対の紫黒の大角。風にさらわれ靡く艶やかな黒髪。妖しく光る魔性の赤紫の瞳。

藍色の夜空に浮かぶ、紫黒の星。凶兆を呼ぶような禍々しくも美しいその姿はまさしく黒い堕天使と言える姿だ。

 

「彼が《世界時計》や《夜叉姫》《闘神》をも凌駕する日本最強であり、《連盟》トップクラスの《魔人》ですか」

 

彼女は蓮と《黒狗》の戦闘を途中からだが見ていた。

《黒狗》の実力がどれほどのものかは彼女も自身が所属する組織を通して知っている。だからこそそれを全滅させたことに驚いた。

 

だが、彼の《龍神》の力を見れば納得だ。

 

あれは、あの力ならば、殆どの者が相手にならないだろう。それこそ、同じ《魔人》であっても彼と戦うにはそれなりのリスクを背負う必要がある。

それだけ彼女が見た彼の《龍神》の能力は強力無比なものだ。おそらくは今まで見てきた中で、最高かつ最強の能力に違いない。

 

 

「なるほど。あれは確かに逸材ね」

 

 

彼女は思う。確かにあれほどの逸材、伐刀者の研究者であるあの男ならば喉から手が出るほどに欲しい貴重な生体サンプルなのだろうと。

もしも彼の出生や能力も知れば素晴らしいと狂喜乱舞するに違いない。

そして戦士としても彼の強さは筆舌に値する者であり、一度戦ってみたいと思うのも仕方がなかった。

 

「でも、驚いたわ。まさか、私の視線に気づくなんて」

 

女はそう少し感心したように呟く。

驚く事に200キロも離れたところにいる自分の視線に蓮だけが気づいたのだ。

と言っても、誰かが見ている程度で、自分が誰かまでは分からなかったようだが。

それでも、自分の視線に気づいた事に彼女は少なからず驚いたのだ。獣の直感か、あるいは歴戦の戦士の勘なのか。いずれにしてもすさまじい感知能力だ。そして、驚きは一瞬でその感心の声は、すぐに狂気の悦びの声に変わった。

 

「ふふふ、2()()()()()()()()()()()()()()()()()。いつか相見える日を楽しみにしてるわ。そして、偽りの家族ごっこを終わらせて、本当の家族の元に送ってあげる。

精々今の幸福を噛み締めておきなさい。《七星剣王》レン・シングウジ。……いえ、こう呼んだほうがいいかしらね」

 

彼女はそう言って、くすくすと笑うとある名前を、その名を口にする。

 

「『()()()()』桜木・I(インディゴ)・蓮」

 

それは一部の者しか知らないはずの彼の名前。そしてその呼び名もまた彼の血の繋がった肉親を知らなければ出てこない物だ。

なぜ彼女がそれを知っているのか。しかし、そんな疑問を溢すものは今ここにはいない。

女は歪んだ三日月の笑みを浮かべる。

 

「あの二人は、食べれなかったから……次会ッタラ、貴方ヲ食ベサセテネ?」

 

あまりにもどす黒い意志の込められた悍ましい言葉は、結局誰の耳にも届くことはなかった。

そうして彼女は背を向けると翼を大きく広げて一度はためかせると、その場から一瞬で姿を消す。

 

 

その場には宙を舞ういくつかの紫の燐光と黒い羽根だけが残された。

 

 




最後ヤベー奴が出てきましたねー。

それと、この作品では寧音は原作に比べて黒乃に対する当たりが柔らかくなった。蓮のおかげで。
そして、おそらく原作と比べて一番化けるのはおそらくカナタです。
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