優等騎士の英雄譚   作:桐谷 アキト

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3/31追記。桐原との戦闘内容を一部修正しました。


3話 海王の蒼刃

僅かな疲労を覚えて目を覚ました一輝は観客席に横たわっていた。どうやら誰かにここに寝かされたようだ。

まだぼんやりとした意識のまま何が起きたのかを思い出そうとした時、

 

「おおおぉぉぉっっ‼︎‼︎‼︎」

 

誰かの雄叫びが聞こえ一気に意識が覚醒する。

その声の元を辿ろうと体を起こし、声のした方向——訓練場のリングの方へと視線を向ける。

 

そこで見たのはリングの上で格闘戦を繰り広げる蓮と茶髪の少年、葛城レオンハルトの姿だった。

 

蓮は腰に佩いた《蒼月》には手をかけず、両腕に前腕部を覆える、青白い光を放つ透き通った水色の重厚な氷の籠手を、対するレオも己の固有霊装(デバイス)である、前腕部を包む幅広く分厚い、赤光を放つ深く艶のある漆黒色の手甲《ジークフリート》を展開している。

 

青の氷拳と赤の剛拳がぶつかるたびに重く鈍い音が響き、火花が散る。

 

お互い殴り合うかと思えば、どちらからともなく防御または反撃へと転じ攻防が幾重にも繰り返される。

 

どちらも一目で高度な打ち合いをしていることがわかる。

 

拳撃の破壊力、立ち回り、技術、そのどれを取っても近接戦闘においてなら、軍隊の第一線で通用しそうな戦闘力を有していた。

 

レオの戦闘スタイルは霊装の形から格闘術であることはすぐにわかる。だが、今まで剣術使いだと思っていた蓮があそこまで高度な格闘術までこなせることに一輝は驚愕を隠せなかった。

 

そしてふと先ほど起きたことを全てはっきりと思い出し、苦い顔を浮かべ、ポツリと力なく呟く。

 

「………ああ、そうか。僕は…負けたのか」

 

自分が負けたという事実を認識し、気分が重くなるのを感じる。

 

夢だと思いたかったが、そう上手くはいかない。

 

自分は負けた。

 

それも、言い訳もつかないほどに完膚なきまであっさりと惨敗を喫した。

 

明確な敗北の感覚。それは一輝の胸中によく分からない虚無感として泥のように巣喰いじわりじわりと広がる。

 

そしてそれから逃げるように椅子の背にもたれ目を閉じて黙り込む。

 

すると、不意に彼に声がかけられた。

 

「あ、起きたんですね」

 

後ろからかけられた声に振り向くと、スポーツドリンクとタオルを持った那月とマリカがいた。

 

一輝の右隣に那月とマリカは座り、那月が一輝にスポーツドリンクを渡す。

 

「はい、これをどうぞ」

「あ、ありがとう。えと……佐倉さんと木場さんであってるかな?」

「ええ、そうですよ」

「うん、あってるわよ。でも、あたしたち一度しか自己紹介してないのによく覚えてたわね」

「まあね。クラス名簿とかで顔と名前は覚えていたから」

 

クラスメイトの顔と名前を全部覚えていた一輝は今初めて会話するこの二人のことも、蓮と戦っているレオのことも知っていた。

 

実際に話したことはなかったが、Aランク一人にDランク三人という珍しい組み合わせのグループであり、この一週間の学園生活のほとんどを彼らは四人で過ごしているという話は少し有名だ。

 

「どこか痛いところはありませんか?」

「ううん、特にどこも。《幻想形態》だったから、少し気だるさがあるぐらいだよ」

「そうですか。なら良かったです」

 

そう那月は穏やかな笑みを浮かべる。

《一刀修羅》の使用後はその反動で疲労困憊になり呼吸すらままならなくなるのだが、発動時間が短かったため、思ったより疲労は蓄積されていなかった。(今まで寝ていたから少し回復していたというのもあるが)。

 

だが、今思い返してみれば彼の攻撃はあまりにも速すぎた。魔力放出による爆発的な瞬間加速であそこまでのスピードが出るものなのかと思い知るほどだ。

そしてあのスピードの中、寸分たがわずに首と腹部を斬り払える技術と身体能力。少なくとも今の自分では出来ない。自分よりもはるかに高みにいることが明らかだった。

 

「おーい、二人ともー!黒鉄くん目覚ましたよー!」

 

そんな思考に沈みふけっていた時、マリカが立ち上がりリングでいまだに戦い続けている二人に声をかける。

二人はその言葉が聞こえたのか、ピタリと動きを止めると、こちらに手を振る。それを確認したマリカは自分を見上げる一輝に視線を向ける。

 

「なんか蓮くんがあなたに確認したいことがあるらしくてね、目を覚ましたら呼んでくれって言われてたの」

「確認したいこと?」

「んーそれは分からないけと、蓮くんがすぐに教えてくれるわよ」

 

彼女の言葉に一輝は「そうだね」と苦笑を浮かべる

しばらくして二人はリングから降り観客席へと上がってきた。

レオと共に上がってきた蓮は那月からスポーツドリンクとタオルを受け取る。

 

「蓮さん、レオくん。これスポーツドリンクとタオルです」

「ああ、ありがとう。那月」

「ダンケ、那月」

 

二人は那月に礼をいうと、喉の渇きを癒したり、汗をぬぐったりなどする。蓮はスポーツドリンクを一口飲むとタオルで首元を拭いながら一輝たちが座る観客席の一段下に座ると身体ごと一輝の方に向け穏やかな笑みを浮かべる。

 

「起きたか。どこか痛むか?」

「いや、どこも大丈夫だよ。それより確認したいことってなにかな?」

 

蓮はしばし沈黙すると、こちらに体ごと向け、先ほどの穏やかな表情から真剣な表情へと変え、その深海のように深い紺碧の瞳をこちらに向ける。

 

そこに宿っている感情が何か読み取れず、一輝は声には出さずに困惑する。

 

「黒鉄……単刀直入に聞くぞ」

 

蓮は本来の要件を切り出し、大きく核心に踏み込み尋ねた。

 

「お前は『黒鉄家』からの妨害を受けているだろ?」

「ッッ‼︎」

 

一輝は押し黙り平静を保つ。

だがその質問を聞いた瞬間、一輝の黒瞳が驚愕に揺らぐのを蓮は見逃さなかった。

確かにこの質問は彼の気を悪くするものなのだろう。

だからと彼は続ける。

 

「気を悪くさせたのなら謝る。それに話したくないんだったら話さなくてもいい。失礼なことを聞いているのは重々承知しているからな」

「ううん、そんな風には思ってないよ。……それに君の言ったことは事実だよ。僕は実家から妨害を受けている」

 

一輝の言葉に訓練場の空気がしんと静まり返り静寂が満ちた。先ほどまで賑やかに談笑していたレオ達も口をつぐみ一輝の言葉に耳を傾けていた。

 

「理由を聞かせてもらってもいいか?」

「僕は伐刀者としては前代未聞のFランクだ。だから実家は僕が魔導騎士になること自体を恥だと考えているんだよ」

 

黒鉄家は代々優秀な伐刀者を輩出してきた明治から続く日本の名家だ。

 

日本を第二次世界大戦で戦勝国へ導いた極東の英雄であり、若き英雄を育てた経験もある『サムライ・リョーマ』黒鉄龍馬もその一人である。

 

騎士の世界においてとても強い影響力を持っており、その権力を使い破軍学園に直接圧力をかけてきたそうだ。

 

曰く『黒鉄の家を出奔したはぐれ者。黒鉄一輝を卒業させるな』と。

 

もちろんその事実を一輝は知らない。だが幼い頃から冷遇されてきたからかそんなことだろうとは薄々感づいていた。何より今の教師陣の対応を見れば明らかだが。

 

「名家の面子もあるからね。あの大英雄を輩出した家系から僕みたいな『Fランク(落ちこぼれ)』なんて出したら、家名に傷が付くと思ってるんだよ。なにせ今の騎士社会は『ランクこそが全て』だからそう思われるのは仕方がないよ」

「そんなっ酷すぎですっ!それが親のすることなんですか⁉︎」

「同感。そんなの親以前にただのクズだわ。才能がないからってそこまですることないじゃない」

「ああ、全くだ。学校が生徒を売るなんざ前代未聞だぜ」

 

血相を変えてそう叫んだのは那月だった。

理不尽すぎる事実に彼女は激しい憤りを感じたのだ。

無論、それは那月だけではなくレオもマリカも同じで、二人とも表情を険しくし憤慨を顕にしていた。

ただ一人蓮だけが表情を変えずに無言のまま話を聞いていた。

 

「心配してくれてありがとう。でもこればっかりはどうしようもないんだ。僕に才能がないことも、学園が実家の要求に屈し売り払ってしまうほどの価値しかないことも承知している。だから僕は僕を欲しいと思わせるほど強くなろうって決めたんだ」

 

そうだ。今の自分の価値がないのであれば、その価値を上げればいい。上げて上げて、学園が惜しいと思うほどの強い騎士になればいいのだ。

 

一輝は、そう思い続けることで自分自身を鼓舞していた。

それが黒鉄一輝がもつ強さだった。

 

「なるほど……」

 

今まで黙って話を聞いていた蓮は一言そう呟く。

黒鉄一輝はただの優男だと思っていたら、とんだ修羅だったわけだ。

自分の思い違いを蓮は笑った。

 

「……えと、どうしたの?」

 

その笑いの意味がわからず一輝は困惑の声を上げた。

 

「いや、すまない。俺はお前のことを過小評価していたようだ。

黒鉄一輝、認めよう。お前は強い。騎士としても、人間としても。お前は強い心を持っている。揺るぎない覚悟を持っている。それに才能がなくてもお前は努力でそれを覆そうとしている。そうなんだろ?」

「え、あ、うんそうだけど」

「だったらそのまま貫けばいい。騎士は己の剣で道を切り拓く者だからな。今までもそうしてきたんだ。自分の剣を信じればいい。けどな」

 

スッと一輝の眼前に彼の手が差し出された。

 

「たまには誰かを頼れ。少なくともここにいるメンバーはお前のことをFランクとか落ちこぼれとかそんな目では見ない。黒鉄一輝という一人の人間としてお前を見ているからな、相談ぐらいにはたまに乗ってやるさ」

 

一輝の脳裏に彼の古い記憶が蘇る。

道場で兄や分家の人達が稽古をつけてもらっているのを外から覗き見ることしかできなかった自分を、身も心も冷え切って、蔑まれ、唾を吐かれ、それでも諦めたくない一心でずっと竹刀を振り続けたことを。

 

今まで妹と()()()ただ二人を除いて誰も自分を見てくれなかった。彼自身の本質は見もせず、才能だけで判断され突き放されてきた。

 

ただ、自分を見て欲しかった。

 

ただ、自分を認めて欲しかった。

 

ただそれだけの為に、諦めたくないからとずっと剣を振ってきた。

 

それを思い出した瞬間視界が滲む。それが涙だと気づくのにしばらく時間を要したが、それを拭う事すら忘れ震える両手で彼の手を取った。 

 

「うぅっ、うあぁ……!」

 

嗚咽はすぐに号泣へと変わる。

 

蓮の手にすがりついて、一輝は恥も外聞もかなぐり捨てて大声で泣き始めた。

 

それを咎める者はおらず皆が優しい笑顔でそれを見ていた。

 

初めて差し伸べられた彼の手はとても大きく、とても優しくて温かった。

 

 

 

△▼△▼△▼

 

 

ようやく落ち着きを取り戻した一輝は、まるで憑き物が落ちたかのように晴れ晴れとした顔を取り戻していた。だがやはり恥ずかしかったのか顔を赤面させながらも謝罪ではなくお礼を言ってそのまま寮の自室へと帰って行った。

 

それからしばらくしてレオとマリカが打ち合いをしている傍黙々と双剣で素振りをしていた蓮に那月が話しかけた。

 

「黒鉄くん良かったですね」

 

話題はもちろん一輝のことだ。

 

「そうだな」

 

彼は刀を振るう手を止めると軽く笑みを浮かべる。

先ほどの一輝の表情は本当に救われたように見えた。今まで誰にも認めてもらえなかったからか、初めて認めてくれる誰かに出会えて嬉しかったのかもしれない。

 

「でも意外でした。蓮さん、他人のことを詮索するタイプにも見えないのに」

「意外って、そんなにか?」

「はい。でも蓮さんはそういうのには興味ないと思ってましたから」

 

心底不思議そうに首を傾げる那月に、蓮は苦笑を漏らす。  

 

「……まあ確かに他人のことはあまり詮索しないよ。他人事で済めばそれでいいからね。それに例え他人の事情を聞いたとしても大抵のことはどうしようもないからな」

「そうなんですか?」

 

那月の疑問に蓮は素直に頷いた。

 

「ああ……けどな、黒鉄のことはなんとなくだが気になったんだ。それで気になったから声をかけた。ただそれだけだよ」

 

そう言って、もう一度軽く笑って見せると、那月はなぜか屈託のない笑みを浮かべ彼を見上げていた。

今の話のどこに彼女が笑みを浮かべた要因があったのか分からない蓮は顔には出さずに戸惑う。

そして、その要因はすぐに示された。

 

「それはきっと蓮さんが優しいからですよ」

 

それはあまりにも突飛な言葉だった。

 

「………優しい?俺がか?」

 

こんな訊き方をすること自体おかしいのだが、今の彼女の言葉に頭の芯がスッと冷えたのを感じてしまった。 

そんなことを全く知らない那月は彼の言葉に頷いた。

 

「はい。苦しんでいる人に手を差し伸べて助ける。簡単そうに見えていざやろうとすれば難しいのに蓮さんはそれを難なくやり遂げる。その行動力と優しさを私は心から尊敬します」

 

なんの悪意もない心からの称賛。それを素直に喜べなかった蓮は皮肉な気分が表に現れないよう、慎重に表情を作り、作り笑いを浮かべる。

 

「そうか。ありがとう、那月」

「いえ別にお礼されるような事は言ってませんよ」

「そうかもな。……ああそれと、そろそろレオとマリカに終わらせるよう言ってきてくれないか?もうすぐここも閉まるからね」

「あ、そうですね。そろそろ閉館時間ですし」

 

そう言って那月は今だに互角稽古をしているレオとマリカの元に走っていった。

 

そんな那月の後ろ姿を見ながら蓮はタオルで顔を拭いながら、浮かない顔をする。

 

(俺が優しい?そんなわけがない。俺はただ………()()をしているだけだ)

 

ただ償いのためにそうしているだけだ。

 

あの時犯してしまった大罪を少しでも減らすために、誰かを助けることを免罪符とし自己満足しているだけに過ぎない。

()()()()の真似事をして誰かに手を差し伸べ助ける。そんなのは偽善だ。どうあっても優しさなんて甘いものじゃない。

()()()が他人の真似事をしているだけの行為に賞賛など与えられる資格はない。

これはただの()()()()だ。罪の意識から生まれた偽善に過ぎない。

 

それをなんとか自分にとって許容できるものへと変えようと、足掻いているだけに過ぎない。

 

それだけなのだから。

 

 

 

△▼△▼△▼

 

 

 

学園での生活が始まり二ヶ月。

 

蓮達は一学期中間試験を迎えていた。

 

形式は筆記試験と実技試験。

筆記試験はどんなかというと、これは普通の高校と同じだ。英語、数学、国語などの一般教科だ。そして実技試験は組別で行い二人一組で模擬戦をして成績をつけるということだ。

 

だが、ここでも一輝は学園からの嫌がらせにより試験を受けさせてもらえなかったが、一輝もそれは覚悟していたらしく、特に動じることはなかった。

 

そして、その実技試験のために蓮達は第五訓練場でそれぞれ模擬戦をしていた。

レオ、マリカ、那月もそれぞれ勝ち星を挙げた。

今はほとんどの組みが終わって、最後の蓮の番になった。

 

『では、両者開始線についてください』

 

アナウンスに従い蓮は開始線に立ち、視線の先で同じく開始線に立つ対戦相手———桐原静矢を見据える。

 

そう、蓮の相手は学年次席の彼だ。

 

能力至上主義で努力なんて才能の前では結局何の意味も持たないという歪んだ思想の持ち主で、才能というほんの小さなモノにしがみついている生徒だ。

 

普段の生活でもそうだった。普通の生徒は自衛のために一輝から遠ざかっていたが、彼だけは教室で自分の取り巻きの女子達と、わざと一輝に聞こえるように一輝を中傷したり、クラスメイト達に一輝が不利になる噂を広めたりと、いろいろ嫌がらせをしてた。

 

(……………くだらんな)

 

蓮は人知れず不快な表情を浮かべる。

桐原は開始線に立つ蓮を見て気色の悪い笑みを浮かべてこう言い放った。

 

「君ほどの人間が何であんな落ちこぼれのクズと仲良くしているんだい?君と同じ『天才』である僕の方がもっと良好な関係を築けると僕は思うよ。君の周りにいるやつらもそうさ、彼らもDランクと言う格下の雑魚の癖に君のような天才の周りにいる」

 

Dランクの友人。それはレオ、マリカ、那月のことだ。桐原は彼らが蓮の周りにいると言うことが気に食わないらしい。そしてそれからも桐原は説得と称した友人たちの罵倒を続ける。

蓮がこの学園で出会った友人達を。

 

「見苦しいと思わないかい?才能もない雑魚が才能に愛されている君の周りにいる。それは君の成長にはならない、かえって君は腑抜けになってしまうよ。

君だって鬱陶しいんだろ?頭にきてるだろ?なら今からでも遅くはない。彼らとは縁を切ったほうがいい」

 

桐原は自分が言うことが全て正しいと言うふうに大仰に話し、彼らとの縁を切るように蓮に促す。

 

蓮は眉ひとつ動かすことなく反応を示す。

 

「………お喋りな男だな。まあ、常日頃のことだから仕方がないのかもしれないな」

「おやおや、手厳しいね、君は。そんな調子だと、いつか窒息しちゃうんじゃないのかい?」

 

大げさな口調と仕草に偉そうな口上。

だが蓮には、桐原の戯けた態度に付き合うつもりはさらさら無かった。

 

「もうお前の妄言も聞き飽きた。とっとと始めよう。———行くぞ。《蒼月》」

 

蓮は両手に己の《固有霊装(デバイス)》である白銀の鋼の刀身を持つ藍刀を展開する。

これ以上話しても無駄と判断したのか桐原は肩をすくめ自分も固有霊装を展開する。

 

「狩りの時間だ。《朧月》」

 

桐原は翠の色をした弓を手にした。

そして双方の固有霊装の展開が終わったとほぼ同時に試合開始のブザーが鳴った。

 

試合開始のブザーが鳴った瞬間、桐原の姿がリング上から消えて無くなる。

 

これが桐原の異能。自分の全情報を遮断する完全なステルス迷彩《狩人の森(エリア・インビジブル)》。

 

対人戦において最強と謳われる能力だ。これを使われてしまえばもう肉眼で彼を見つけることはできない。

完全ステルスを施したその姿を捉えることはもはや不可能。

桐原は蓮の後ろに回り込んで彼の後頭部を狙うように弓に矢を番え、狙いを絞る。

その矢には明確な殺意と敵意が宿り、この一撃で終わらせようとしているのがうかがえた。

 

対する蓮は脱力するように藍刀を二本とも鞘に納め、一本を手に取り腰を低く落とし居合抜きの構えを取る己の眼をあるものに()()()()そのままじっと佇む。

 

それを見た桐原は、心底馬鹿にでもするかのように嘲笑の声を上げた。

 

『ハハハ!なんだいその構えは?一丁前にサムライ気取りかよ!そんな構えで僕の《狩人の森(エリア・インビジブル)》に勝とうと本気で思ってるのかい?』

「…………」

 

《狩人の森》の効力により、距離も方向もぐちゃぐちゃになった声に蓮は一切言葉を返さない。

 

そのつまらない態度に、桐原は一度ため息をつくと声音に殺気を込めた。

 

『無視か。そんなに早く終わりにしたいのなら望み通りにしてあげるよ。斬れるなら、斬ってみろよ《紺碧の海王》』

 

そして撃ち放たれたのは必殺の一撃。

 

空色の光を放つ魔力の矢が何もない空間から突如現れ蓮の頭を射貫く————はずだった。

 

「——っ」

 

矢が放たれた瞬間、蓮は矢が放たれた方向へと身体を向ける。

 

《蒼月》を納めた藍色の鞘から視認できるほどの眩いの青白い光が漏れ出てそれは放たれた。

 

 

「———《流水刃》」

 

 

それは超高圧で循環する水流の蒼刃だ。

水とはただ滴るだけで岩にすら穴を開ける力を持つ。

故に、この地球上に水で斬り裂けぬものなど存在せず、超高圧の激流の刃はいかなる障害も例外なく斬り裂く刃と化す。

 

視認できないほどの速度で放たれた水流の蒼刃は音もなく振るわれ、魔力の矢をバターの様に容易く斬り裂き、そのまま射線上にいる桐原ごと訓練場のリングと観客席を深く斬り裂いた。

 

「…………は?」

 

その間の抜けた声は、桐原静矢の口から零れた。

蒼の軌跡に《幻想形態》で斬り裂かれた桐原は虚空の中から姿を現し全身から《血光》を散らしながら膝をつくと、

 

「一体、なに、が……」

 

何が起きたのか分からないままリングへと崩れ落ちた。

 

「き、桐原静矢、戦闘不能。しょ、勝者、新宮寺蓮」

 

レフェリーは今の結果に戸惑いを隠せないまま控えめな声で勝者の名を宣言した。

 

勝者の顔に、喜悦はない。

勝って当然と言う顔だった。

軽く一礼して、《蒼月》をしまい桐原に背を向けると、

 

「つまらんヤツだな」

 

そう侮蔑を隠さずに一言呟くと、そのまま背を向けリングから降りる。

 

観客席の生徒達の殆どは声を発することができなかった。

 

誰もが魅入られたのだ。彼の剣客としてのオーラに、気高く、孤高でありながらも、どこか静謐であり、儚くもある彼の雰囲気に、観客の誰もが呑まれたのだ。

 

静寂に満ちた空間を蓮は特に気にすることもなくそのまま青ゲートをくぐりその場から去った。

 

 

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