優等騎士の英雄譚   作:桐谷 アキト

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最近暖かくなってきて、やったーと思ってたけど思いっきり花粉にやられた作者です。

花粉辛いです。鼻水止まんねぇよ、ちきしょう(T . T)

突然ですが、最近ダンメモ始めました。
ちなみに、私のお気に入りのキャラはリューさんです。アストレア・レコードを見て気に入りました。
正義を抱いていたが、復讐者に堕ちてしまい苦悩する彼女の在り方にうるっときましたよ。

そして、記念すべき30話です。ここまで来れましたよー!
といっても、まだ七星剣武祭は愚か、原作二巻相当までしか進んでないですけどねっ!

まぁそれはそれとして、記念すべき30話目。
29話 恋敵宣言どうぞ!!





29話 恋敵宣言

《黒狗》との激闘を制した日の昼。

昨夜の激闘でまだ体のだるさが残ってしまっている蓮は、午前の授業を休んだ。

とは言え、欠席にカウントはされない。

何故なら、蓮は今日代表選抜戦を控えているからだ。選抜戦を控えている生徒は、当日の授業を免除され自由出席になる。

蓮はそれを利用して、昨夜の激闘の疲れを取る為に朝食を済ませた後、仮眠を取っていた。

そして、昼まで仮眠を取った後、今はいつものメンバー7人で食堂に集まり昼食を共にしていた。

 

「しっかし、珍しいよなー。蓮が朝練寝坊するどころか、授業休むなんて」

「だよね。何かあったのかい?」

 

レオが親子丼を口にしながら零した呟きに秋彦が同意し、蓮へと疑問の視線を向ける。他の四人の女子達からも同様の視線を向けられた蓮は、特盛のきつねうどんを啜るとお茶を一口飲んでから答えた。

 

「少し眠れなくてな。本読んでたら夜更かしをしてしまったんだ。それに最近色々と忙しくて、少し疲れが溜まっていたみたいだ」

 

無難な言い訳を蓮はした。

流石に昨夜は暗殺者に襲われて戦っていましたなんて言えないし、その激闘の疲労と『龍神』の力を使った事で疲労感が今も残っているとは口が裂けても言えない。

そしてそのせいで、蓮は早朝の鍛錬に出れなかったのだ。いつもならば、鍛錬が終わる頃には寮の前に集まるのだが、蓮の姿が見えない事に心配して、部屋を訪ねてみれば蓮はまだ寝ていたということが発覚したのだ。

寝坊はおろか、遅刻したこともない蓮が珍しく朝練を寝坊したことや、招集など特別な理由でもない限り選抜戦がその日にあっても授業を欠席しなかった蓮が休んだ事は驚いたが、むしろレオ達はそう言う一面もあるのだなぁと思っていたりもする。

ただ一人、蓮に恋する乙女である陽香だけは違った。彼女は隣に座り何気ない表情をして話す蓮を心配そうに見る。

 

「蓮さん、本当に大丈夫なんですか?」

「ん?ああ、大丈夫だぞ」

 

陽香の言葉に蓮は平然とそう返す。

確かに蓮のいう通り、一見すれば少し疲れてるように見えるだけで特に何も違和感はない。だが、どういうわけか違和感が拭いきれなかった。

蓮もそんな陽香の心情を察したのだろう。穏やかな笑みを浮かべて、陽香に言った。

 

「本当に俺は大丈夫だから。少し疲れてるだけだし、もう少し仮眠取れば疲れも取れる。今日の選抜戦も問題はないよ」

「……なら、いいですけど……本当に疲れたら、言ってくださいね?何か手伝えることがあったら、手伝いますから」

「ああ、その時は、頼むよ」

 

蓮の言葉に多少不満はあるものの陽香は一応の納得をみせる。そして、話題を変えるようにマリカが別の話題を口にする。

 

「そう言えば聞いた?昨夜、急に地震があったらしいよ」

「ああなんかあったらしいな。それと、晴れだったのに急に局所的な雷雨が発生したとか。SNSでも話題になってたよな」

「森も突然光り輝いたっていう話もあったよね」

「っ」

 

マリカに続きレオ、那月が口にした話題に蓮は思わず、食べていたうどんを喉に詰まらせそうになった。

マリカ達が話題に上げた内容の原因は、十中八九蓮だ。なるべく人の目につかないように山奥に移動してはいたが、夜闇の中であれだけ魔力光を放ったし、激闘の轟音や龍神の咆哮も聞こえてしまったはず、そして局所的な落雷も遠くからでも視認できてしまう。完全に隠し切る事は不可能だったのだろう。

 

午前中に氷室には報告を済ませ、月影にも火消しを頼んだのだがやはりというか、まだ火消しは出来ていなかったらしい。

人の口に戸が建てられないように、きっとしばらくSNSを騒がすのだろう。

そう思いながら、蓮はお茶を飲む。その時、食堂に備え付けのテレビで流れているニュース番組でアナウンサーがとあるニュースを口にした。

 

『では、次のニュースです。今日深夜二時頃、東京と山梨の県境の山間部で局所的な地震と雷雨が発生しました。気象庁は今も原因を調査中とのことです』

「ッッ」

 

不意打ち気味に聞こえてきた話題に今度は飲んでた茶を咽せそうになった。

アナウンサーが話したのは、ついさっき話題にもなった異常気象騒ぎだったのだ。

そしてその証拠とばかりに、気象庁から提供されたであろう、蓮が戦っていた場所の天気図まで出されている。更には、誰かが撮影したのだろう。突如集まる黒雲や、何度も落ちる雷、森から突如放たれた閃光などなど遠目だが蓮の激闘の証拠が真っ暗な画面を照らしていた。

 

それは食堂にいる全員が目にしており、レオ達以外にも殆どの生徒がテレビを見上げている。

そんな中、ゲストであるコメンテーターや、司会などが口々に意見を交わしている。

やれ、これは本当に異常気象なのだろうかと。伐刀者の仕業ではないだろうかと。もしかしたら誰かが戦っていたのではないかと、様々な憶測が飛び交っている。

それを見ながら、レオは呟いた。

 

「いや、異常気象とかじゃなくてどっからどう見ても伐刀者の戦闘だろ」

「……うん、それしかあり得ない」

「だとしても、天候に影響を与えるのは相当だと思うよ。蓮はこれ見てどう思った?」

 

レオ、凪に続いて秋彦がそう呟いて蓮に疑問を投げかける。既に平然と取り繕っていた蓮はわざと神妙な面持ちを浮かべて答えた。

 

「そうだな。……間違いなく伐刀者の仕業だろう。天候の急変、巨大な魔力砲撃、森林への干渉。おそらくは、複数の伐刀者なのだろうな」

「後の二つはわかるけど、天候の急変って伐刀者にできるものなの?」

「できるだろうな。一人では無理だがそういう能力持ちが何人か集まったなら、と考えれば可能だろう」

 

と言っても、全て蓮が一人で成した事なのだが、その真実を知らないレオ達はこの中で一番戦闘経験と知識が豊富である蓮の言葉に納得する。

 

「何人かが、ねぇ。だとしたら、それってもしかして『解放軍』とかの奴だったりするのかな?」

「可能性はあるな。だが、ここまで分かりやすい痕跡を残すとは考えにくいな」

「だとしたら、どうなるんですか?」

 

陽香の疑問に蓮は少し考え込む素振りを見せて、答えた。

 

「多分、『解放軍』と誰かが戦ったんじゃないか?伐刀者同士、特に力がある者達ならばあれぐらいのことはできるだろう」

「なるほど」

 

蓮の言葉にそう頷く陽香に蓮は心のうちで密かに安堵した。

誰かが戦っていた、と大まかなことはあってるが、細かい部分は実は違うことを気取らせずにうまく誘導できたと。

そして、話題が一区切りついたところで、レオが何か思い出したように呟く。

 

「あっ、そうだ。今朝の壁新聞、蓮見てねぇだろ?」

「?見てないが、何か面白いことでも書いてあったのか?」

 

蓮の問いにレオはニッと笑みを浮かべて、今朝から学園中を騒がせている話題を口にした。

 

「それがよ、黒鉄が盤外試合で貪狼のエース《剣士殺し(ソードイーター)》に勝ったんだってよ!」

「……へぇ、まさか黒鉄が……」

 

蓮は手を止めて感心の声をあげる。

彼の力をよく知る自分からすれば、その話は確かに感心に値するものだった。

 

「そういえば、蓮くんは去年《剣士殺し》と戦っていたわね。といっても、ほぼ一方的だったと思うけど」

「ああ」

 

マリカの指摘に蓮は頷く。

《剣士殺し》倉敷蔵人。貪狼学園のエースで3年。そして去年の七星剣武祭ベスト16だ。

蓮と同じブロックだったが、彼に蓮は圧勝している。そのほかも交流試合でも試合はしたことがあり、蓮は彼相手に無傷での勝利を重ねていった。

 

「確か……霊装を伸ばせるんだったか?《剣士殺し》の能力は」

「そうだね。変幻自在に伸縮可能だから、どんな間合いでも侵食できたはずだよ」

「いいや、それは少し違うぞ。レオ、秋彦」

 

レオの秋彦の言葉に蓮はそれを否定した。

否定された二人は蓮に疑惑の視線を向ける。視線を向けられた蓮は二人だけでなく陽香達にも聴こえるように説明し始める。

 

「あいつの霊装《大蛇丸》の能力は『刀身の伸縮』でなく、『持ち主の意のままに刀身を動かせる』ことだ。あいつは、刀身を自在に操作し、まるで剣そのものが生きているかのように動かせる」

 

戦った蓮は蔵人の戦い方をよく知っている。

変幻自在に変形伸縮する《大蛇丸》ら遠い距離にいる敵には弾丸のような速度で突きを伸ばし、それを躱されてもリング全体を薙ぎ払うような切り払いで斬り伏せる。

一方で、間合いに飛び込んでくる敵に対しては《大蛇丸》を片手剣ほどに縮小し、連打の回転で圧倒する。

どんな間合いにおいても最善のリーチを選択できる蔵人の伐刀絶技《蛇骨刃》は、剣戟において一切の死角を持たない。

派手さこそないもののシンプルゆえに極めて攻撃的で厄介な能力だ。遠距離攻撃を持たず近接主体、マリカや一輝のような剣戟を主とする剣士にとっては、絶えず相手の間合いが変化する相手はやりづらい。

そして、その能力であるが故に《剣士殺し》。

その名の通り、剣士にとっては天敵だ。

 

だが、彼の真骨頂は何もその能力の特性ではない。彼を強者たらしめるその力は———

 

「『反射神経』。それこそが、《剣士殺し》の真価だ」

「反射神経って、私達にもある反射神経よね?どういうこと?」

 

予想通り首を傾げたマリカに蓮は説明する

 

「簡単なことだ。あいつは反射速度が常人のそれを遥かに上回っている。

反射速度とはつまり人間が知覚し、理解し、対応するまでの速度のことだ。

大体普通の人間で0.3秒、一流の短距離選手では0.15秒。そしてこの、伝達信号の速度は、どれだけ鍛えても0.1秒を超えることは、()()()()()()()()()()()()()()()は不可能。

だがな……あいつの反射速度は0.05秒を切っているんだよ」

『———ッッ⁉︎』

 

全員がその事実から齎される答えに気づき絶句する。それも無理はないだろう。

この中でも一番反射速度が優れているマリカですら、0.13秒を切っているぐらいなのだ。

もはや蔵人のそれは人類の領域を超越している。それが意味するところはすなわち、マリカが一手の行動を起こす間に、二つから三つの行動を起こせるということだ。

 

「そして、その類い稀な反射速度を以ってすれば、常識では出来ないことをやってのけれる。

例えば、回避できないはずの攻撃を回避したり、攻撃し塞がれる瞬間に軌道修正を加えて、不意打ちをしたりという逸脱した行動ができるというわけだ」

 

そう、蔵人の剣には技術なんてものは存在しない。あるのは剥き出しの暴力だけだ。

しかし、その暴力だけで、彼は全てを蹂躙できる。

なぜならば、反射速度とは、全ての運動の根底を司る速度であり、どれほど体を鍛え、どれほど肩を磨き、駆け引きを覚えても———その全てを初速で置き去りにされては無意味。

どんなに優れた駆け引きの果ての不意打ちであっても、蔵人は見てから対処できる。

どんな雑な打ち込みであっても、蔵人はガードを見てから打ち込む位置を変えられる。

さながら後出しジャンケンを無限にできる理不尽さこそが《剣士殺し》倉敷蔵人の真価。

技も経験も、策略も駆け引きも、全てを無意味と化す悪夢じみた天性。

超人の域に達した反応速度と、その反応速度を活かし切る行動速度。二つの神速を持って成す絶技《神速反射(マージナルカウンター)》だ。

 

蓮の全てを見抜く『霊眼』とは異なる系統の神からの贈り物なのだ。

 

「それに、《神速反射》はただの特性だからこそ、それ自体に攻略法はない。そしてあいつはその神速を以ってほぼ同時に最高八連撃の斬撃を放てる」

「それ、近接だけだとどうやって勝つんだよ」

 

レオは呻くように呟いた。

レオが言うこともわかる。遠距離でやるならまだしも近接の攻撃手段しか持っていない者達にとっては、蔵人の特性は悪夢そのものだ。

そしてそんな相手に近接しかない一輝がどうやって勝ったのか、レオには分からなかった。

蓮はそんなレオに笑みを浮かべて言った。

 

「何、別に真っ当な攻略法がないだけで弱点は存在する」

「弱点?」

「そうだ。《神速反射》はその速度のせいか行動数が常人より多い。さて、ここで問題だ。行動数が多ければ、より多く消費するものは何だ?」

「……あっ、スタミナですか」

 

陽香の言葉に蓮は正解だと頷く。

 

「そう、簡単な話だ。行動速度だけならば、目を見張るがスタミナまで多いわけじゃない。あいつはスタミナの消費が激しいからこそ持久戦を嫌う。

勝ちに行くのなら、持久戦を視野に入れることも一つの手だな。ただし、その間、なます斬りにされないようにと言う注意がつくが」

「じゃあ、真っ当じゃない攻略法は?」

 

秋彦の指摘に蓮は酷薄な笑みを浮かべる。

それだけで、秋彦達は答えを察したのだろう。『うわぁ』と若干表情を青くさせる。

蓮はそれに気づきながらも、真っ当じゃない攻略法を口にする。

 

「近接で戦わなければいいんだ。遠距離から大規模魔術を連発して、反応してもどうにもならないほどの絨毯攻撃をする。それで終わりだ。

俺や秋彦、陽香、凪、それと那月はこの戦法を取れるな」

「うわぁ……そういえば、蓮くんリング自体を海で飲み込んで窒息させて勝ったこともあったんだっけ?」

「そういえばそんなのもあったなぁ。あの水責め喰らいたくねぇよ」

「あとは、氷漬けとか魔術での大量爆撃もやってたような。確かにそれなら反射速度とか関係ないですね」

 

過去の蓮の数々のえげつない倒し方を思い出してげんなりして呟くレオ達。

近接ではまず間違いなく強敵の部類だろう。遠距離でも、刀身を伸ばせる以上強いはずだ。

何せ、去年の七星剣武祭ベスト16だ。それはつまり、言い方は悪いが日本で上から9から16番以内の強さに入っているということだ。

自分たちが戦って果たして勝てるかは、いざやって見なければ分からない。

だからこそ思う。そんな相手に黒鉄一輝はどうやって勝利を収めたのだろうかと。

彼の性格上、まぐれなどあり得ない。だとすれば、それは純然たる己の力のみで成し得たということだ。

記憶の中にはいかなる状況からも勝ちを取っていこうと足掻く彼の戦う姿がある。たから黒鉄一輝は足掻き勝利をもぎ取ったのだとわかる。

 

そして、この一件が彼らに齎した衝撃は小さくなかった。

かつて隣で強くなろうと切磋琢磨してきた者だ。今こそ距離をとってしまい、関わることが極端に減ってしまったものの、おそらくはこの学園内では数少ない初めから彼の強さを認めていた者達。

故に、レオ達は、差をつけられたと思ったり、いつかやると思ってた等様々な考えを巡らせる。

だが、彼らの胸中にはただ一つ共通していることがあったのだ。

 

 

それは、今より強くならないといけない、と。

 

 

それは黒鉄一輝に触発されたからだろう。

元々ある目的があったとは言え、自分達より遥かに魔力で劣る者が、紛れもない強者を倒したのだから、強くあろうと日々鍛えている彼らがそう思うのは当然だ。

 

そして、そんな彼らの様子を見ながら、彼らがそんなことを思っているとは露知らず蓮は心の内で密かに呟く。

 

(まぁ後は、反射速度を超えるほどの速度で圧倒するっていう手もあるんだが……)

 

反射速度を超える速度。人体のだせる瞬間最大加速による行動速度を以ってしさえすれば、確かに蔵人の速度を超えることができる。

………だが、それは、それを行うのは、その技術を得ると言うのは、至難の業だ。

そもそも、それを行う為には脳の伝達信号そのものを作り替える必要がある。

そしてそれを説明したところで、実物を知らないレオ達には難しい話だろう。マリカならば理解できるかもしれないが、それでもオリジナルには程遠い。

 

ならば、そのオリジナルから技術を学び会得した蓮が教えればいい話なのだが……話はそんな単純ではない。

なぜなら、そのオリジナルは、蓮の師匠の一人である彼女は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだから。軽々にその関わりを話してはいけない。

だからこそ話さない。話せば危険だと分かっているからだ。

そして、蓮は時計を見ながらレオ達に告げる。

 

 

 

「…….…そろそろ食わないと、授業遅れるぞ?」

『ッッ⁉︎⁉︎』

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

あの後、急いで残りの昼食を掻き込んだレオ達は午後も休むことにした蓮と食堂で別れ、足早に教室へと戻って行った。

一人別れた蓮はというと、

 

 

「……ふぅ」

 

 

一人、第二学生寮の屋上にあるテラスにあるベンチに横になっていた。

未だ疲れが完全に回復し切っていない蓮は、このまま部屋に戻っても気が滅入ると思い、気分転換も兼ねて屋上のテラスに移動したのだ。

この時間は、生徒達は授業中なので寄り付かないし、選抜戦を控えている生徒達も各々コンディションを整えているので来ることはないだろう。

そして一人でいるのをいいことに蓮は物思いに耽る。

 

(火消しは今日中には済むだろうな。ならば、其方については問題ない。だが……)

 

昼レオ達が話題にし、ニュースでも話題になっていたことは月影や氷室にも火消しを頼んでいる為、今日中にでもその問題は鎮火されるはずだ。

たとえ、ニュースにならずSNSで騒がれていたとしても暫くすれば収まるだろう。

だが、問題はそこではない。昨夜、蓮は確かに感じていた。

 

(誰かが俺のことを見ていたな)

 

蓮は昨夜のことを振り返る。

あの時、寮に帰る直前に蓮は()()()()()()()()()()()()()()()。色々と終わり、落ち着いた頃合いにやっと気づけたのだ。

だが、それは裏を返せばそうなるまで気づかなかったと言うこと。そして、蓮の戦いの一部始終をその誰かが見ていた可能性があると言うことだ。

 

(間違いなく、《魔人》が見ていたのは間違いない。100km以上離れたとこから俺達を見ていたなど、《魔人》でなければ、それこそ人工衛星でない限りは不可能だろう)

 

蓮が魔術を使わず、己の獣の感知能力をフル活用し周囲を索敵した時、その効果範囲は凡そ百数km。

魔術を使えば、それこそ大陸を跨ぎ見通すことも可能だがあの時は使わなかった。

だが、蓮はあの時それを使ってまで正体を探らなかったことを正しいと判断した。

なぜなら、

 

(久しぶりに感じた。あそこまでの純粋な狂気は)

 

蓮はあの視線に、純粋な狂気を感じた。

常人ならば吐き気を催すかもしれないほどの悍ましい狂気を。それに、そこには執着に似た何かを感じた。まるで極上の獲物を見ているかのような得体の知れない不気味な感覚。

とてもじゃないが、まともな人間が持つそれではないことを本能的に直感し、獣の本能がそれには触れるなと警鐘を鳴らしてすらいたのだ。

もしも、あの時正体を知覚していれば最悪戦闘は避けられなかっただろう。

 

(一体誰だ?何の為に見ていた?)

 

世界中に存在する《魔人》達の誰が自分を見ていたのか。一体、何の目的で見ていたのか。

その目的、理由、正体のあらゆる全てが分からない。まるで、姿のわからぬ深淵を相手にしているかのようだ。

 

(あれが、()()だと仮定するならば、『黒狗』を使って俺の実力を見極めようとしたのか?いや、あるいは『黒狗』の襲撃情報をどこからか聞いて見に来たのか?)

 

前者ならばその《魔人》は中国所属の存在だ。だが、後者ならばそれ以外アメリカや、ロシアなどの中国以外の『大国同盟』加盟国。あるいは、《解放軍》などの犯罪組織に所属する《魔人》だ。

 

そのどちらの組織からの刺客を幾度となく殲滅してきたのだ。流石に敵側も少し慎重になっているのかもしれない。

だが、自国の暗殺部隊を犠牲にしてまでその実力を図ろうとしたのかと言われれば、それも断言はできない。それに割りに合わないだろう。

《魔人》の実力を見極める為に、自国の最強の暗殺部隊を犠牲にするとは凡そ考えれない。

だとするなら、自然と中国以外の組織に所属する魔人が、どこからか『黒狗』の襲撃情報を聞いて視察に来たと考えた方がいい。

 

(だが、それ以上の憶測は今の段階では出来ない)

 

いくら考えたところでそれは憶測の域を出ることはない。それに、《魔人》が相手ならば対策もあまり取れはしないだろう。

精々、力を発揮できるように場所を確保することぐらいだ。自分にできることといえば、それまで備えておくこと。

いずれ来るであろう脅威に備えて警戒するぐらいしか出来ない。

 

(一応、少佐と月影総理、母さん達、後は黒鉄長官にも報告はしといたほうがいいな)

 

日本のトップに位置する者。自分の上司である者、保護者であり屈指の実力者である者達、日本の騎士を束ねる長たる者達には今日中に報告を済ませておいたほうがいい。

後でアポを取って選抜戦が終わった後に向かおうかと思い、今は少し一休みしようと瞳を閉じようとする。

その時だ、ヒールを鳴らす音と同時に声が聞こえた。

 

「あら、蓮さん」

「カナタか」

 

横になった姿勢のまま其方を見れば、そこには白いドレス姿のカナタがいた。

 

「お前も今日選抜戦あるのか?」

「ええ、その様子だと蓮さんもですか?」

「ああ」

 

彼女が近づいてくるのを横目に見ながら蓮は身体を起こし、少し横にずれて彼女の座るスペースを確保する。

 

「隣、座っても?」

「どうぞ」

 

蓮の了承を得てカナタは蓮の隣に少し距離を置いて腰掛ける。腰掛けた彼女は笑みを浮かべながら、蓮へと言葉を掛ける。

 

「お疲れのようでしたから、横になったままでもよかったのですよ?」

「横になってたら、お前が座る場所がないだろ」

「ふふ、お気遣いありがとうございます。でしたら……」

 

そう言って、彼女は自分の太腿をぽんぽんと叩く。

 

「私の膝を枕にしてくつろいでください。硬いベンチよりも私の膝を枕にしたほうがよろしいですわ」

「……いや、それは流石に……」

 

流石に躊躇う蓮にカナタは無言の笑みを浮かべ続けている。それは妙な圧を持っており、彼女の笑みと相まって拒絶できない雰囲気だった。

彼女の頑固さをよく知る蓮は、一度ため息をつくと降参する。

 

「分かった分かった。俺の負けだ」

「ふふ、ではこちらへどうぞ」

 

カナタはそう言って姿勢を正し、自分の膝へ蓮を誘う。蓮は抵抗することもなく、彼女の膝に自分の頭を乗せ膝枕の体勢になる。

頭を乗せた途端、予想以上の柔らかさと、香水でもつけているのか甘い香りがはっきりと漂ってくるが、蓮は湧き上がる興奮を鋼の理性でぐっと堪え静かに目を閉じる。

彼女の膝枕は予想以上に心地が良く、初夏に差し掛かったことで感じる少しの暑さと屋上に吹く風も相まって、少し微睡み始めた。

 

「どうですか?」

「……ん、あぁ悪くないな」

「ふふ、そうですか」

 

そう微笑んでカナタは蓮の癖の少ない髪を優しい手つきで梳く様に撫でる。

蓮はそれに何も言わずに、ただ無言で気持ちよさそうに身を委ねた。

 

「やはり昨夜の疲れがまだ?」

「そうだな……大分消耗したからな」

 

思えば、首が飛んで蘇生をし、更には『龍神』の力も行使した。片方はひどく頭を使い、もう片方も少なくないリスクを被った。

有り体に言っても自分が普段よりも疲れていると、はっきりと自覚できていた。

 

「あまり無茶をなさらないでくださいね?貴方とていつか倒れてしまうかも知れません」

「……わかってる。これからは気をつけるよ。

まぁもっとも、しばらくは襲撃もないはずだからな。しっかり休むつもりだ」

「ええ、そうしたほうが賢明ですわ」

 

カナタはそれからも蓮の頭を撫で続ける。

膝から伝わる温もり、彼女の笑み、彼女の髪を撫でる手つき、それらは在りし日の思い出を想起させてくれた。

 

(……あぁ、懐かしいな)

 

蓮は無性に懐かしく自分でも気づかないうちに笑みを浮かべていた。

なぜなら、それは久しく感じていなかったもの。あの暖かい陽だまりのような日々で、自分はいつも彼女に甘えていた。子供だから親に甘えるのは当然なのだが、蓮は彼女に、母親に頭を撫でてもらうのが好きだった。

父親にも撫でてもらうのも好きだが、母親に撫でてもらうのが一番好きだった。どんな小さなことでも彼女は自分の頭を優しく撫でてくれた。

あの温かくてとても優しい。まるで穏やかな月のようなそんな彼女の温もりを蓮はふと思い出していたのだ。

 

「………似てるな」

「?似てる、ですか?」

「ああ、お前の手つきは……お袋の、お母さんの手を思い出させてくれる。とても温かくて、とても優しい。そんな人の手だ」

「っ、ふふっ、そうですか。それは光栄ですわ」

 

カナタは蓮の言葉に一瞬目を見開いたものの、すぐに穏やかな笑みを浮かべそう言う。

カナタもサフィアには頭を撫でてもらったことがあった。今でもその温もりは覚えている。

だから、そう言ってもらえたことは嬉しかったのだ。それからしばらくカナタは蓮の頭を撫で続け、蓮も静かに目を閉じてカナタにされるがままになっていた。

ふと、穏やかな静寂が続いたのちカナタが口を開いた。

 

「そう言えば」

「ん?」

「昨夜の様子がSNSで話題になっていましたね。昼間ニュースに出ていました」

「……あぁ、その話か。レオ達ともそれで持ちきりだったよ」

 

蓮は目を開くとげんなりした様子でそう呟く。

カナタはそんな蓮の様子を見てくすくすと笑う。

 

「ふふ、その様子ですと無難な言い訳で誤魔化した、と言ったところですか?」

「まぁその通りだが、よく分かったな」

「女の勘、ですわ」

「………不思議なものだな」

 

そう言って、お互い笑い合う。

笑い合うとカナタは少し真剣な表情で蓮に尋ねる。

 

「もしも気になるようでしたら、貴徳原の方で情報統制しましょうか?」

「いや、それはもう政府と連盟が火消しに当たってくれているはずだから、気にしなくて良い」

「連盟はわかりますが、政府もですか?」

「ああ、月影総理に午前中に頼んでおいた」

「月影総理とお知り合いなのですか?」

 

カナタの問いに蓮は頷く。

 

「ああ、幼い頃からな。まだ両親が生きてた頃何度か家に来てたからお前も知ってるはずだぞ」

「………そういえば、お家に来てましたわね」

 

カナタは記憶を振り返ってみて、そういえばいたなと思い出す。

まだ二人が存命だった頃、蓮の家にカナタが遊びに行っていた時、何度か月影が来たことがあった。あの時は、大和達の知り合いのおじさんと言う認識だったが、そのおじさんが後に総理大臣になっていて、驚いたのは記憶によく残っている。

 

「お二人は、どういった関係なのですか?」

「親父達が学生だった頃、破軍の理事長だったんだよ。親父も、お母さんも、母さんも月影さんの教え子だったからな。それ繋がりだ」

「そうだったのですね」

 

意外な繋がりにカナタは純粋に驚いた。

総理大臣が知人というのもそうだが、教師が総理大臣になったというのが驚きが大きかった。並大抵の事ではないはず。きっと相当苦労したのだろう。

 

「ま、そう言うわけだ。わざわざ貴徳原が動く必要もない。それに今日中には火消しが終わり、しばらくすれば落ち着くだろう」

「そうですか。ですが、もしもお困りでしたら、何でも言ってくださいね?私の権限の範囲でですが、できる限りのことはしますので」

「その時は頼むよ」

 

何が何でも蓮の力になりたいカナタの言葉に蓮はそうやんわりと応えた。

そして、そう応えた後、蓮は神妙な面持ちを浮かべながら、悲嘆と疑問が籠った視線をカナタへ向けると口を開く。

 

「なぁ、カナタ」

「はい」

「どうして、お前は……そこまで俺の為にしてくれるんだ?」

 

蓮はその答えに気づきながらも、そう聞かずにはいられなかった。

人とは異なる存在《魔人》のことを知った。

『龍神』という力の強大さと危険性を知った。

蓮を取り巻く悪意と過酷な現状を知った。

だと言うのに、なぜ彼女は昨夜あれだけのことを言えたのだろうか。

その真意を蓮は彼女の口から聞きたかった。

 

そしてお互いバカでも鈍感でもない。蓮がカナタの真意に気付いているように、カナタもまた蓮のそんな気持ちに気付いていた。

だから、彼女は躊躇うことなくはっきりとそれを口にした。

 

 

 

 

 

「貴方が好きだから。貴方に恋をしているから。愛している貴方を、支えたいと思うのはいけませんか?」

「………」

 

 

 

 

半ば予想していた返答に蓮は気まずそうにカナタから目を逸らし、上体を起こすとカナタとは視線を合わせずに青空を見ながら呟く。

 

「なんで、俺なんかを好きになったんだ」

「………」

「昨日知ったはずだ。俺はもう『人間』じゃない事を、何万もの人を殺している事を。

そんな大量殺人鬼を、好きになったところで良いことなんて一つもないんだぞ、むしろ、災いしか齎さない。

俺よりも良い奴なんてそれこそたくさんいるだろうに………なんで俺を好きになったんだ」

「蓮さん……」

 

最後の方は少し責めるような強い口調で話した蓮にカナタは、ただ静かに彼の名を呼ぶ。

 

蓮には分からなかった。

なぜこれほどまでに自分が彼女から好かれているのかが。陽香だってそうだ。

人の血を多く浴び、罪を背負いすぎたこの醜い咎人(化け物)をどうして好きになれる?

 

人の血を浴びすぎて、死体の山を幾つも積み上げてしまった自分の世界には血と屍ばかりが広がっている。だと言うのに、それを思い返してみても何も感じなくなってしまった。

人を殺すことに慣れてしまった。命を奪うという行為に嫌悪も苦痛も高揚もも、何も感じなくなった。

それはもう狂っていると、壊れているとしか表現できない。

これが、まともな人間であるはずがないのだ。

 

「俺にはもうまともな心がない。戦う事も、傷つく事も、人を殺す事も、もう、何も感じないんだよ」

 

そうして誰かと戦い誰かを殺すのを繰り返していくうちに自分の心が麻痺して、血の匂いが消えなくなり、浴びた血が落ちないことに気づいた。

何度殺しても、痛まない。

何度洗っても、落ちない。

何度拭っても、消えない。

まるで罪の烙印が魂に刻まれたかのようにいつまでも自身に付き纏っている。

 

だから漠然と理解した。

 

あぁ、これが自分の咎なのだと。

 

人を殺し続ける自分には死の匂いを、死者の血を纏うのがお似合いなのだと。

残虐な化け物であれ。

冷酷な咎人であれ。

人の血を飲み干せ。

人の命を喰らい続けろ。

心なき怪物と成り果てろ。

そう獣の魂が嗤っているように思えた。

 

だからこそ蓮は人知れず祈っていた。

あの日、別れたあの雨の日から、自分のことなんて忘れて、普通に生きていてほしかった。

同じ伐刀者としていつか再会し、共に戦うことがあったとしても、その時までにはただ同郷の人間程度の認識であってほしかった。

 

そして叶うのならばいっそのこと自分を恨んでほしかった。憎んでほしかった。

 

お前のせいで家族や友達は傷ついたのだ、と。

お前のせいで町は滅茶苦茶になったのだ、と。

お前のせいで生きるべき命が消えたのだ、と。

なぜ、お前が死んでくれなかったんだ、と。

お前一人が死ねば、何も傷つけられることはなかったのに、と。

 

自身に憎悪と憤怒の丈を思い思いにぶつけて欲しかった。

それを向けられた時、辛くないと言えば嘘になる。去年泡沫と再会した時言われた事も、傷付かなかったと言えば嘘だ。

だが、それで良かったのだ。泡沫の反応が蓮にとって最も望ましいもので、有難かったのだから。

傷つくのは、自分一人でいい。

他の者達が傷つくことがないように、全身全霊で命尽きるその時まで守り抜こう。

彼らが負うはずだった傷は全てこの身で引き受けよう。

その傷は誇れるものであり、決して悲しむべきものではないのだから。

 

それが、人を捨てて魔なる怪物へと堕ちた『魔人》たる自分に許された歪な『正義』なのだから。

 

「だから、俺はお前の気持ちには応えられないし、応える資格もない。

お前は化け物を好きになるな。それは決して幸福に繋がることはない」

 

故に蓮はカナタに言った。

自分を好きになるなと。自分ではない他の誰かを好きになって欲しいのだと。それこそが、お前の本当の幸せに繋がっているのだと。

陽香にも思っていることを蓮ははっきりと告げた。

 

「……………」

 

蓮の独白にカナタは何も言わない。

彼女の顔を見ていない蓮からは彼女がどんな顔をしているのかはわからない。だが、きっと恐れているような表情をしているのかも知れない。

そして、しばらく風の音だけが聞こえた後、カナタは静かに口を開く。

だが、それは蓮が予想していたいずれのものではなく、衝撃的なものだった。

 

「ええ、知っていますとも。

貴方が多くの罪を背負っていることも。一般人を多く殺してしまったことも。これからも戦い続け多くの敵を殺してしまうだろうということも。そんなことを、私が知らないわけがないでしょう。

ですが、それでもあえて言わせてもらいます。

()()()()()()()()()()()()?」

「………はっ?」

 

カナタの発言に蓮は目を見開いて、動揺をあらわにし、彼女を見る。

自分の視界に映った彼女は———静かに怒っていた。

 

「蓮さん、貴方は昨夜黒乃さん達にも話した覚悟ですら納得してくれなかったのですか?

あの時、私の協力を許してくれたのはその場限りの嘘だったのですか?」

「……それは、違うっ。だが、だとしても……」

「貴方は少し私のことを見くびり過ぎです。

その程度のこと百も承知です。そんなことを言われても、私は何も恐れませんわ。

私がその程度の些事で怯える小娘だと思ったら大間違いですわ。

それに、私は貴方が抱えている事情を知っています。貴方がそう思った理由も大凡察することはできます。

きっと、貴方はご自分のことが大嫌いでしょうがなくて、どうしようもないほどに憎くて、許せなくて仕方がないのでしょう」

「……ッ」

 

蓮はカナタの問いに息を呑む。

カナタの指摘通り、蓮は自分の事が大嫌いだ。自分の事が心底憎いし、許せなかった。

これだけ罪を重ねたのに、醜く生き足掻いている自分が。

化け物を自覚してるくせに、人の皮を被り笑っている自分が。

多くの大切を奪ったはずなのに、復讐を志している自分が。

父と母の優しさを振り切って人でなくなり、化け物になってしまった自分が。

 

そんな救いようのない自分が———大嫌いだった。

 

カナタはそんな蓮の気持ちに気づいていた。

今まで彼を見てきたからこそ、昨夜蓮の抱える真実を知ったからこそ、至った結論。

そしてその結論に至りながら、それでもカナタは———

 

「それでも、私は貴方のことを貴方が思う以上に好きなんです」

 

二人の出会いは蓮が0歳でカナタが1歳の時で、まだ本当に生まれたばかりの歳で二人は両親の仲が良かったこともあり、出会った。

お互い有名人であり、《魔人》同士の子供と言うことで、世間には時が来るまで公表しないと決めていたが、それでも歳の近い子供との交流は必要だと、大和達はカナタと会わせたのだ。

 

そこから蓮とカナタは交流を深めていった。その頃から、カナタは既に蓮に対して特別な感情を抱いていた。

その感情の名は当時分からなかったが、今となってはそれが恋なのだとはっきりと分かった。

いつからかは覚えていない。気づけばカナタは蓮に恋心を抱いていた。

もしかしたら、出会った日から無意識下で一目惚れしていて惹かれていたのかも知れない。

 

そして、カナタは知っている。

彼の根底にある想いを。人から化け物に変わり、心が変わってしまったのだとしても、心が壊れ歪んでしまったのだとしても、その根底にある両親から受け継いだ想いだけは、変わっていないことを知っていた。

それを、蓮自身は自覚していない。いつの頃か忘れてしまっていた。だがそれでもいい。無意識下だとしても、それをいつか思い出してくれるのであれば、構わないのだ。

いつか、その根底を思い出して、彼がまた進み出してくれる日を、カナタはいつでも待ち続ける。

 

「人間の貴方も、怪物の貴方も、私は両方を受け入れて愛しますわ。

貴方が背負う罪を共に背負いましょう。走り続けていても、疲れて休みたくなった時は私が貴方の安らぎになりましょう」

 

カナタは怒りを消して穏やかな表情を浮かべると、そう言って蓮の手を両手で取り優しく、されど強く握る。

 

「今は人の告白を受け入れられないのは分かります。だから、私は待ち続けます。私か、あるいは私じゃない誰かの告白を受け入れる日が来るのを。

そして、いつか貴方を縛るものが無くなり、心の底から笑える日が来るように。貴方の心に巣食う闇が払われて、貴方自身が生きていいんだって思える日が来るように。

私は貴方を好きでい続けることをここに誓いますわ。そして、その時に改めて私の告白の返事をお聞きしても良いですか?」

「………………はぁ〜〜」

 

蓮はカナタの言葉にしばらく目を見開いていたが、やがて目を伏せると盛大なため息をついて困ったような、呆れたような笑みを浮かべた。

 

「………全く、本当に女ってのは分からない。

性別が違うだけでここまで変わるものなのか?…………お前も陽香も強いな、本当に」

「ふふ、伊達に10年以上想い続けていた訳ではありませんわ。女性に不思議なパワーがあるのは昔から決まっていることですから」

「………本当に、不思議なものだな」

 

よく『母は強し』や『恋する乙女は強い』とかいう言葉は聞くが全くその通りだと思う。

何かスイッチが入った時の彼女達は力とか関係なく、その心がとても強い。

何か概念的な力が働いているのではないだろうかと、心の底から疑ってしまうほどに。

 

「今は何も応えることはできない。だが、いつか必ず返事はすることは約束するよ」

「ええ、ずっとお待ちしてますわ」

 

蓮は再度ため息をつくと、彼女の肩に自分の頭を乗せると毒気の抜かれた覇気のない声で言った。

 

「なんか、また疲れた。少し寝る」

「ふふ、そうですか。でしたら、何時に起こしますか?」

「……そうだな、じゃあ三時ごろで……半に試合だから……」

「ええ、ごゆっくりと」

 

カナタの腕によって優しく膝に導かれながら、蓮は静かに目を閉じて今度こそ完全に意識を沈める。

やはり疲れていたのか、すぐに穏やかな寝起きをたて、規則的に動く体に蓮が完全に寝たことを理解したカナタは、慈愛に満ちた笑顔で蓮の髪を撫でながら、彼の横顔を見る。

いつもは大人びた印象がある顔だが、今のように無防備に寝ている状態は年相応の少年のように見えた。

 

「この横顔は、昔のままですわね」

 

体格は昔より遥かに逞しくなった。

血に恵まれたのだろう。他の者達よりも優れた体格になっていた。背丈も昔は同じぐらいで視線もほぼ同じだったのに、今となってはすっかり見上げるようになった。

顔は昔よりずっと凛々しくなった。

両親から受け継いだ容姿の特徴を余すことなく受け継いでいた容姿は、幼さが消え今や凛々しく、勇壮な男の、戦士の顔へと変わっていた。

だが、それだけ変わったのだとしても、今安らかに眠る彼の横顔は、昔見たままだった。

カナタはそれを見ながら、どれだけ変わってしまっても変わらないものもあるのだと、より強く実感した。

 

「いつか、貴方自身を焼く黒い炎が消える日が来ることを願っていますわ」

 

蓮を今もなお焼き続ける瞋恚の炎。それがいつの日か消える事を願いながら、カナタは蓮の頬に優しく唇を落とす。

 

「……んっ…」

 

一瞬、体をよじらせた蓮だったが、カナタが髪を撫で続ければ次第に落ち着き、穏やかな寝息を立てる。

カナタはその様子にクスリと笑うと、小さく呟いた。

 

 

 

()()()、貴方は自分を化け物と仰っていますが、私にとって貴方はずっとかっこいい英雄(ヒーロー)なのですよ」

 

 

 

確かに彼を化け物だと恐れる者は多いだろう。

彼の罪を知れば、罵る者だって多いことは分かりきっている。

 

ですが、それでも私は、私だけは声を大きくして言いましょう。

 

彼は英雄なのだと。

 

幼い頃からずっと、私にとって彼は英雄だと。

 

彼は英雄と讃えられるだけの功績を、偉業を成し遂げたのだと。

 

英雄の子に生まれた彼もまた、英雄なのだと。

 

誰かを守った。誰かを笑顔にした。誰かを救った。

 

彼はその力で多くの人を、この国すらも守ってみせた。

 

もう十分ではないか。

彼はもう十分苦しんだ。

彼はもう十分罪を贖った。

なら、もう良いはずだ。

 

 

 

 

だからいつの日か、彼が赦される日が、彼自身が自分を赦す日が来て欲しい。

 

 

 

 

 

強くて、凛々しい。されど弱くて、脆くもある。そんな不器用な英雄を恋い慕う一人の乙女はそう強く願った。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

放課後、授業も終わりいつものように選抜戦が始まる。

いくつかの試合が終わった後、レオ達6人は第四訓練場の出入り口の一つに集まっていた。

 

理由は一つ、試合を終わらせ控室から出てくる蓮を迎えるためだ。

今日も蓮は危なげなく勝利を収めた。

いつものごとく、開幕速攻で蓮はその場から動かないまま、遠距離魔術で敵を瞬殺した。

いつも通りの圧倒的な力に、観客達は決まって歓声をあげて蓮の強さに畏敬の念を抱いた。

レオ達は蓮が負けるわけがないと確信しているので、いつもは心配することはなかったのだが、今日だけは少し違っていた。

 

「蓮さん……本当に大丈夫かな?」

「どうしたの?陽香」

 

ふと呟いた陽香に凪がそう反応する。

陽香は曖昧な表情を浮かべると、凪達に話し始めた。

 

「蓮さん今日朝練も寝坊して出てこなかったし、授業も午後も休んでたでしょ?」

「うん」

「今まではなかったから珍しいわよね」

「でしょ?でも、蓮さんが夜更かしした程度で、朝練を寝坊するのはともかく、授業を丸々休むなんてことあるかな?」

 

陽香の鋭い指摘に全員が確かにと頷く。

普段選抜戦があった時も関係なく、全ての授業に出席していたのにもかかわらず、今日は授業を休んだ。

選抜戦の相手に備えてといえば、あり得るかもしれないが蓮の今日の相手は、レオ達よりも弱い相手だ。レオや凪の時ですら授業を休むことはしなかったというのに、わざわざ今日だけ休んだのは不自然なのだ。

 

彼女は昼の会話で最後まで少し違和感が残っていた。蓮自身は大丈夫だと言っていたが、それは蓮を表面上のことでしか知らない者達ならば騙しきれたかもしれない。

だが、レオ達は蓮のことを深く知ろうとして、友達として彼の手助けをしたいと考え行動している者達だ。何か理由があるはずだと考えるのが妥当だ。

 

朝練寝坊だけならば、珍しいの一言で済んだ。だが、授業を疲労のせいで丸々休むのは、陽香からすれば珍しいでは済まない。

 

「多分だが、結構疲労が溜まってるんじゃねぇか?それこそ、俺らにも隠せないほどに」

「確かに、そう言われれば納得できるわね」

 

レオの指摘にマリカは頷く。

そう考えれば、蓮の不調にも説明がつくはずだ。しかしだ、

 

「でも、試合の時は疲れてるように見えてなかったよ」

「むしろ、スッキリしてませんでした?」

 

そう。秋彦と那月が指摘したように、試合の時に遠目から見た蓮はどことなくスッキリとしていたように見えていた。それはレオ達もわかっている。

昼食から一度も会ってないから分からないが、その間に蓮はしっかり休めてたように見える。

そしてそれが陽香を悩ませていた。

 

「うん、私もそう見えたの。

だから、蓮さんもう疲れが取れたんじゃないかなって思ったけど…やっぱり心配だし…」

 

どうやら、陽香も二人の意見に同意なのは間違い無いが、やはり蓮のことが心配なことには変わらず、半々の思いがせめぎ合っているという状態なのだろう。

その時、ちょうど控室に続く通路の奥から待ち人が現れた。

 

「なんだ、待っていたのか」

「よ、蓮。疲れは取れたのか?」

「ああ、すっかりな」

 

レオは蓮へと近づき肩を叩きながら笑みを浮かべてそう言う。それに蓮はスッキリとした表情でそう答える。その様子からは、蓮は完全に回復したことが窺える。そして、レオに続き秋彦やマリカ達が蓮と話していく。

蓮はいつもと何ら変わらない様子で何気なお話を彼らと交わしていた。

それを見て、陽香はもう大丈夫なのかなと思いつつ自分も蓮を労うべく、話しかけた。

 

「蓮さん、試合お疲れ様です。その、本当にお体は大丈夫ですか?」

「ああ、もう完全に回復した。心配かけてしまって悪いな」

「いいえ、蓮さんが元気ならそれでいいんです」

 

ちょうどその時、蓮へと声をかける者が別にいた。

 

「こちらにおいででしたのね。蓮さん」

 

典雅な声音が彼らの耳に届く。

そちらに視線を向ければ、純白のベルラインドレスを身に纏い、金糸のような金髪を靡かせる貴婦人然とした少女ー貴徳原カナタだ。

 

「カナタか」

「先程の試合拝見いたしました。他者を寄せ付けぬ圧倒的な力、流石ですわ」

 

そう彼女は恭しく称賛を述べる。それに蓮は穏やかな笑みを浮かべて称賛を返した。

 

「そういうお前も無傷での完勝だったじゃないか」

「ふふ、あれぐらいできませんと追いつけませんもの」

「そうか」

 

何に追いつこうとしているのかを知っている蓮は、笑みを浮かべる。

二人の間だけで通じる会話に、レオ達が首を傾げる中、カナタは徐に陽香へと視線を向け、彼女の名を呼んだ。

 

「それはそうと、五十嵐さん。少しお時間よろしいでしょうか?」

「え?私とですか?」

 

話しかけられるとは思ってもいなかった陽香が戸惑い混じりの声をあげる。カナタはその困惑に頷きを返して続ける。

 

「ええ、貴女と()()()()()()()()をしたいのです。今から私と少し話しませんか?」

「大事な、話、ですか?」

「ええ、貴女と私にとってはとても大事で重要な話ですよ」

「……」

 

レオ達が何のことかとどよめき、蓮だけが唯一理解したのか、苦笑を浮かべ複雑な表情を浮かべ、凪はピンと来たのか、陽香に応援するような眼差しを向ける中、陽香は少し考える。

カナタが一体何の話をしようとしているのかはわからないが、今ここで断れば、自分は彼女に決定的な敗北を喫してしまうという予感があった。だから、陽香はその予感に従い、彼女の提案を承諾した。

 

「はい。良いですよ」

「ええ、では行きましょうか。では、皆さん少しの間彼女をお借りしますね」

 

まるでそういうのを分かっていたかのように、さも当然のように頷くと蓮達にそう告げる。

話の流れについていけないレオ達が呆然とする中、蓮だけが肩を竦め苦笑する。

 

「あぁ、分かった」

 

そうして蓮達に見送られ陽香はカナタに連れられ、その場から立ち去る。

 

「……頑張れ」

 

去りゆく陽香の背中に凪がそう小さく呟いたのを、隣に立っていた蓮だけが聞き逃さなかった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

二つの足音が規則的に響く。

前を歩くのは白いドレスを身に纏い、鍔の広い帽子を被った長身の少女ーカナタと、後ろを歩く制服姿のおさげが特徴の少女ー陽香だ。

二人は蓮達の元から離れた後、一度も会話はない。

 

(一体、何の用なんだろう)

 

陽香は無言の静寂が続く中、考えた。

カナタと陽香はお互い知らない中ではない。

凪繋がりで昔から知っていた仲だ。カナタや凪は財閥や実業家の娘として社交界のパーティーに顔を出すことは多い。

そして、陽香は凪に誘われ、彼女について行って何回かパーティーに参加したことある。そういった機会で、二人は何度も会っているため、厳密には知らない仲では無い。

しかし、交流と言えばソレくらいで破軍に入学してからは、風紀委員会と生徒会での事務的なやり取りでぐらいしか話したことがない。

これが、凪ならばもう少し話題があったかも知れないが、自分とは話題と言える話題など殆どない。ましてや、二人で個人的に大事な話なんてあるはずがないのだ。

だから、陽香は自分と彼女にある共通点について必死に考えていた。

 

そして二人はしばらくお互い無言のまま歩き続け、やがて、少し離れたところにある林の中の広場に出た。そこでようやく、カナタは足を止めた。

 

「ここまできたら、他の人の目もない事でしょう」

 

そういって、カナタは陽香へと振り向く。

真剣な表情と眼差しに、陽香は疑問を隠さないまま問いかけて。

 

「……それで、話って何でしょうか?」

「ええ、あまり時間もかけたくありませんし、単刀直入に話しましょう」

 

そしてカナタは一拍置いて笑みを浮かべたまま、瞳に好戦的な色を宿し、自分の用件をはっきりと告げる。

 

「五十嵐陽香さん。私は貴方に宣戦布告をしにきました。貴方にだけは負けるつもりはありませんわ」

「それは……どういう……?」

「いえ、ただこれから恋敵(ライバル)になる方に宣戦布告ぐらいはしておきたいと思いまして」

「ッッ⁉︎⁉︎」

 

それだけで陽香はカナタがなぜ二人だけの話を持ちかけたのかを完全に理解した。

なぜなら、彼女は恋敵とはっきりと言った。そして彼女の様子からして陽香の想い人の正体も気付いているに違いない。だとすれば、その意味は、

 

「貴方も……蓮さんのことが、好きなんですか?」

「はい。私は彼が好きです。彼を愛しています」

 

頬を赤らめながらもはっきりと告げたカナタに陽香は少し驚いた。

幼馴染だと聞いてまさかとは思っていたし、生徒会と風紀委員会でのやりとりでも親密な姿は何度も見ている。

もしかしたら、カナタも蓮に好意を抱いているのではないかと勘ぐったことは多々あり、それが事実だったからだ。

そして、陽香は一つの疑問を彼女にぶつけた。

 

「……どうして私にそんな話をしに来たんですか?」

 

何故それをわざわざ自分に言いに来たのか分からなかった。そんなこと、あえて話す必要はないんじゃないかと。自分の知らぬところで勝手に告白なりなんなりすればいいじゃないかと。

陽香の問いにカナタはクスリと小さく笑みを浮かべると、さも当然であるかのように答えた。

 

「簡単な話です。貴方が真に蓮さんを見ようとしているからですわ」

「……っ」

「他の方々も蓮さんに好意を抱いているのは確かなのですが、どうも、彼の容姿や才能しか見てないように見えるのです。……ですが、貴方は違う」

 

カナタは真剣な表情で陽香を見据える。

その表情に、陽香は一瞬狼狽えるものすぐに、緊張を滲ませながらも一生懸命カナタを見返す。カナタはその様子に小さく微笑むと話を続けた。

 

「貴方は蓮さんの内面を見ようとしている。

彼が抱えている闇を知り、それでもなお支えようとしている。

彼がどれだけの闇や傷を抱えていたとしても、それらを全て受け入れようとしている。

そんな強い覚悟が、貴方からは見受けられました。だから、貴方にこの話をしたのです」

 

陽香も、カナタに比べれば遥かに劣るが蓮の過去の傷のことをほんの少しだけ知っている。

告白した時に、陽香が蓮の身の上話を少しだけ聞いた程度だが、あれでも本気でないものは離れてしまうだろう。

だが、陽香はそれでも蓮を好きでいる事をやめなかった。むしろ、より好意は増した。

 

蓮のかっこいい部分だけしか知らなかったが、その日を境に……いや、もっと前から陽香は蓮の暗い部分も見ようとしていた。

そして実際にそれをあの日に一部でも触れた。

実際に触れて知りながらも、陽香は蓮に失望することはなく、さらに距離を縮めようとすらしていた。

 

他の女生徒達はよくあるイケメンや、強い人に群がっているような態度にしか見えず、レンの事を真に知ろうとすらしていない。表面上のことしか見ていない。長年思い続け蓮の闇を知っているカナタからしてみれば、言い方は悪いが彼女達の好意は酷く薄っぺらく写った。

 

そして、同じ男に恋をしているからだろうか。カナタには他の女生徒達と陽香との間にあるそんな決定的な違いがよく分かった。

財閥の娘として育ち、財界で多くの人を見てきたから審美眼が肥えているのもある。

そして、直感した。彼女は自分の恋敵になり得る存在だと。

 

「勝手ですが、私は貴方のことを認めているのですよ。彼と出会って、表向きの部分しか知らなかったはずなのに、彼の内面に少しでも触れながら、それでも恐れずに向き合おうとしている方は珍しいでしょう。

彼の内面は、見る人によっては恐れてしまう人も多いでしょうからね」

「先輩は、蓮さんの内面を知っているのですか?」

 

陽香の問いにカナタは余裕の笑みを浮かべると、平然と答える。

 

「ええ、全て知っていますよ。貴女が知らない事も全部」

「ッッ⁉︎」

 

それは優越感から来たのだろうか。彼女の余裕ある物言いに陽香は少しカチンとくる。

早速勝負を吹っかけてきた。

元より、蓮の情報量はカナタの方が多い事ぐらい知っている。なにせ幼馴染だ。レオ達からも一年の初めに二人で喫茶店で何か話してたのを見たと聞いていたぐらいだ。だから、自分の知らない蓮を知っているからなんだというのだ。

陽香は強気な表情を浮かべて、カナタに対抗する。

 

「知らなければ、これから知っていけばいいだけです。貴徳原先輩こそ、いつまでもそんな余裕は出来ないと思いますよ」

「っふふっ、ふふふっ、ええ、そう言ってくださらないと張り合い甲斐がありませんわ」

 

カナタは一瞬驚くも、すぐに手を口に当ててくすくすと上品に笑った。そうして笑って気が済んだのか、陽香に頭を下げて礼を言った。

 

「お時間をかけて済みません。ですが、有意義な話ができました。ありがとうございます」

「……私も、()()()有意義な話ができました。ありがとうございました」

 

陽香もそう返して礼を言う。

そして、言いたいことは全て言い終えたのか、カナタは陽香に背を向ける。

 

「では、そろそろ私は行きますわ。この後、用事がありますので」

 

そう言って、彼女は元来た道を戻って行った。

一人、残された陽香は夕焼けの空を見上げながら静かに呟いた。

 

 

 

「貴女に負けるつもりはありません。私が、絶対に蓮さんを振り向かせて見せるんですから」

 

 

 

確かに彼女は間違いなく強敵だし、きっと現段階では最も蓮との距離が近いだろう。

彼との積み上げた時間や、蓄積した情報量、長年紡いできた想いの強さ。

それら全てを鑑みても、自分では全く彼女に足りていないのは明白。

だが、そんなことはどうでもいい。

『恋』はそれだけで決まるほど温くもないし、甘くもない。突発的に変化することだって起きるのだ。

 

 

ならば、私がそれを起こして見せよう。

時間や、情報量が、想いの強さが自分より大きかろうが知ったことか。

 

 

何が起きるかわからないのが人生だ。それは恋愛も然りなのだから。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

カナタは陽香に恋敵宣言をして別れた後、生徒会室には向かわずにそのまま第十訓練場へ向かう。

人の気配が全く感じないし、どこか不思議な感覚があるのを疑問に思いながらも彼女は中へと入り、リングに続く通路へ向ける。

そこには、既に人影が二つあった。

 

「来たか」

「お、来たね。カナちゃん」

 

人影の正体は黒乃と寧音だ。

ここに二人がいる理由は、特訓のため。

昨夜、強くなるために寧後から提案された二人がかりでの特訓を早速始めるためだ。

カナタは二人に頭を下げながらリングへと上がる。

 

「申し訳ありません。少し遅れてしまいました」

「いいや、構わないさ。だが、何かいいことでもあったのか?なんだか嬉しそうな表情だぞ」

 

カナタは無意識に嬉しい表情を浮かべていたのかと思いながら、小さく笑みを浮かべて先程のことを思い返しながら話す。

 

「……いえ、ただこれからライバルになる方に宣戦布告をしてきただけですわ」

「ライバル?……ああ、そういうことか。ふふっ」

「くくっ、カナちゃんも好戦的だねぇ」

 

黒乃が何かに気づいたように面白そうに微笑む。寧音も理解したようで笑いながら呟く。

分かっていたことだが、黒乃達にはカナタが蓮に好意を寄せていることなどとっくの昔にバレてしまっている。

だが、それでもこう揶揄われると恥ずかしいことには変わりない。

カナタは頬を赤らめ恥ずかしそうにしながら、訓練場全体を見渡しながら、無理やり話題を変える。

 

「そ、そういえば、ここだけ何故他の生徒がいないのでしょうか?本来ならこの時間帯なら生徒達がいてもおかしくはないはずなのですが」

 

七星剣武祭代表選抜戦中は、正午から十七時までは試合が行われているが、それが終われば訓練場は各々が自由に戦えるバトルロイヤルの場となる。

もちろん『幻想形態』での戦いなのだが、しかし細かいルールがなく、授業などとも違い各自が好きに暴れられるため、選抜戦に参加していない生徒も率先して参加する。

だからいつもこの時間は、どこの訓練場も戦いの賑わいで沸いているはずなのだ。

だが、カナタ達がいる第十訓練場は戦いの賑わいどころか自分達三人の気配以外何も感じない。誰もいないのだ。

そんな疑問に、寧音はあっけらかんと答えた。

 

「あぁそれね、うちが『引力』使ってこの訓練場に来させないようにしてるんだよ。

つっても一応、くーちゃんが理事長権限で貸し切ってるし、ここは学園の外れの方にあるけど生徒達が近寄ると面倒だ。()()()()()()()()()()()()()()()

 

最後だけ冷たい声音で告げられたことに、カナタは少し冷や汗を流しながらも改めて理解する。

自分が今からやろうとしていることは、時折黒乃や寧音などの教員達が執り行う特別講習とは桁違いのレベルのものなのだと。

そして寧音は早速自身の霊装である一対の鉄扇《紅色鳳》を展開しながら、カナタと距離を取る。

 

「さて、話はここまでにしとこうかな。時間もあまりねぇし、早速始めるよ。けど、その前に一ついいかい?」

「はい、なんでしょうか?」

「まずうちらは何も教えない。基本的にカナちゃんをボコってボコってボコりまくるだけだ。まぁアドバイスがありゃあその都度言うかも知れないけど、基本うちらはカナちゃんをボコボコにするだけ。だから、なるべく…」

「私自身で、何かを掴めと言うことですね」

「そゆこと。保証もなんもねーけど、それでもやるかい?」

 

寧音はそう問いかける。

寧音と黒乃はカナタにただただ己の力を見せつけ、蹂躙し、自分がいかに弱いかを、無力感を思い知らせる方針で特訓を行うようだ。

時折、アドバイスはするがそれも最低限で、なるべくカナタ自身がきっかけを掴めるようにする。

およそ教職に携わる者がやることとは思えない特訓方法だが———カナタはすでに答えが決まっていた。

 

「それで構いません。お願いいたしますわ」

 

カナタはそう即答して、自分も霊装のレイピアを展開して構えた。

そもそもカナタにとってはこの2人に特訓をつけてもらうだけでも十分過ぎるほどに魅力的な提案なのだ。

その中で、自分自身で何かを探す事ぐらい織り込み済みなのだ。だからこそ、今更そんなことを言われたところで揺らぐわけがない。

寧音は期待通りだったのか、ふわりと微笑むと自分も霊装を構えた。

 

「なら来な。地獄見せてやるよ」

「ええ、ご指導鞭撻のほどお願いしますッッ‼︎‼︎」

 

そう告げて、カナタは寧音へと襲い掛かった。

 

 

それからしばらく第十訓練場では外に聞こえるほどの轟音と壮絶な激震が幾度となく続いた。

 

 

 




とりあえずここで2巻は終了。
そして恋敵宣言したことにより、蓮達を巡る恋愛戦争はどうなるのかっ⁉︎
これからをお楽しみにしててくださいッ!!

それと、最後にちょっとしたアンケートやります。
アンケート内容は蓮が一年生の頃の七星剣武祭編と合宿編を見てみたいかどうかです。
ざっと見積もっても10話は超えそうなのですが、まぁ気軽にアンケートどうぞ。



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