優等騎士二ヶ月ぶりに投稿することができました。
今回から本格的に原作3巻に踏み切ります。
3巻は原作では、一輝にとって重大な事件が起きたとこでもありますからね〜〜。
最近モンハンライズ ではガンランスを使い始めています。
ブラストダッシュが飛んでて気持ちいいですわ。それに、アイスボーンでも太刀とガンランスをメインに使っていたので、ライズでも使いこなせるようにしなければ!
とまあ、話はここまでで、早速最新話をどうぞ。
「シズク、負けちゃったわね」
医務室から寮へと続く廊下を歩く中、ステラはふと悲しそうにそう呟いた。それに、隣を歩く一輝は静かに頷く。
「……そうだね」
そう答える一輝の表情はステラ以上に悲しいものだった。
今日、一輝の妹である珠雫は選抜戦で敗退した。
相手は陽香も戦った序列2位の《雷切》刀華。
実況が善戦と称していたように、確かに彼女達の戦いは学生のレベルを遥かに超越したものだったが、その実試合の内容自体は珠雫の完敗だ。なにしろ、彼女はただ一度も刀華に触れることすら叶わなかった。
それのどこが、善戦と言えようか。
そして、選抜戦において一度敗北すると言うことは、代表の道が閉ざされると言うこと。
全国を、七星剣武祭を目指すのならば、この戦いは一度も負けてはいけないのだ。
だからこそ、悲しかった。叶うのなら、ステラや珠雫と一緒に七星剣武祭に出たかったから。
しかし、そう思う一方で、一輝は誇らしくもあった。
「……でも、立派だったよ。珠雫は最後まで諦めていなかったから」
一輝もステラもはっきりと見ていた。
彼我の力の差を最も強く感じていたはずの珠雫は、それでもなお最後まで諦めず戦い続けた姿を。
(……本当に、強くなったんだね)
幼い頃はいつも自分の後ろをトコトコとついてきていて、あの小さな女の子がーあんなに立派になった。
今日この瞬間ほど、一輝が空白の四年の年月の経過を感じた時はなかった。
「一敗したら、その時点で終わり……私達も、油断できないわね」
「うん、僕達も他人事じゃない」
一輝は前に折木から聞かされていると言うのもあるが、分かるものならば既に気付いている。
この選抜戦の代表六枠は無敗の強者が埋めることになると。
自分達もまた同じルールで戦っているが故に、油断ならない。
それこそが新理事長・黒乃が敷いたルール。高位ランク同士の星の潰し合いをさせてでも、一点物の綺羅星、すなわち最強の七星剣王を生み出す為の弱肉強食の戦いだ。
「もう選抜戦も終盤に入った。これからは僕達も一層気を引き締めていかないとね」
「ええ、私は負けないわよ」
一輝の言葉に、隣を歩くステラはそうハッキリと断言する。
彼女の瞳には、強く、爛々と輝く闘志の炎が宿っていた。
「私は絶対負けない。七星剣武祭の決勝で、イッキと戦って今度こそ勝つんだから」
ステラの強い意志のこもった表情に、一輝は胸の内から込み上げてくる喜びの感情を得た。かつて、二人が交わした再戦の約束。その実現を心待ちにしているのが、自分だけではないとわかったのだから。
「……それは僕も同じだよ。僕も、ステラと戦うまでは絶対に負けない」
「ふふ、当然よ。途中でいなくなったりしたら許さないんだから♪」
一輝の返事に、ステラはにっこりと満面の笑みを浮かべる。その笑顔に、一輝は自分でも分かるぐらいに頬が緩んだ。
…………さて、ここで、余談だが。
実を言うと、この二人は付き合っている。
付き合い始めたのは、初戦桐原との試合があった日の夜だ。
それから二人は、密かにだが交際を続けている。
今も実際に一輝が周囲に人がいないことを確認してから、ステラの手に指を絡めていた。するとステラもまた、一輝の、手をきゅっと握り返した。
紆余曲折あったおかげか、初めこそはまだ固かったものの、お互いスキンシップにも少しずつなれてきていた。最近では、人目のないところにいくと、どちらか片方が自然にもう一人の手を握るようになっていた。
指をしっかり絡め合うことで相手の体温と存在をしっかり認識できるこの行為が、二人は好きだった。
しかし、ここ最近は、水面下で問題が発生していた。
(手を繋ぐのはいいけど………もっと、近づきたい)
ステラは心の内で密かに思う。
彼女は今の現状に一抹の物足りなさを感じていたのだ。
物足りなさ、と言うよりは一輝にもっと女として求められたいと言う欲望が、彼との距離が近くなれば近くなるほどに強くなっているのをステラは自覚していた。
端的に言えば、この皇女様。欲求不満なのである。
夜。眠りにつく前に片付けを交わした時とかは特にだ。
昨夜なんかは、唇と唇が離れた時に甘い艶声が出てしまい一輝を驚かせてしまったのだ。
(あれは、恥ずかしかったわ……)
昨夜の様子を思い出し、ステラは赤面する。
その艶声に驚きすぐさまベッドに飛び込んで布団を頭から被ったが、しかしそれでも体に灯った火が消えるにはそれなりの時間を有してしまった。
(アタシって性欲強いのかしら……)
思い出すだけでもすごく恥ずかしい。
そもそも求められたところで応えられるか分からないのだ。
なぜなら、ステラにはヴァーミリオン皇国第二皇女という重大な立場があるのだから。
しかし、一輝もステラも既に成人してお互い結婚の権利がある、一端の大人。
だからこそわからない。
もしも、自分が一輝に女として求められた時、自分はどちらを選ぶのかが。
皇女としての建前か、それとも自分自身の気持ち。そのどちらを優先するのか。
いくら我慢しても答えは出てこない。
しかしだ。もし、一輝が本気で自分を欲しいと求めてくれた時が来たのなら自分は———。
「ステラ?なんだか顔が赤いけど大丈夫?」
「ふぇ⁉︎あ、な、なんでもないわ!」
「なんでもないのに顔がそんなに赤くはならないよ。もしかして、熱でもあるんじゃないかな?」
心配そうな表情で一輝が額で熱を測ろうとおでこを近づける。普段ならまだしも、今はその親切心はステラにはキツかった。
(い、いいい今、顔は近づけないで———っ)
「は、ほんとに大丈夫だから!ホントなんだからぁ!だからそんな近くに来ちゃだめー!」
何とか一輝を押し返して、我がことながらなんと節操が無いのだろうかと呆れる。
こんなまだ日も落ちきっていないような校舎の中であんな不埒なことを想像するとは——。
(そういうのはベッドに入るまで禁止よっ)
むしろベッドに入ればいいのか?というか、もはや答えは出ていないだろうか?と言う自分自身の心の中からのツッコミは無視して、気持ちを何とか落ち着ける。
ふと、そんなときだ。
「んっ……しょっと……」
二人の目の前の曲がり角から、真っ白い歪な長方形のお化けが、ぬぅっと現れた。
▼△▼△▼△
「お二人とも、ありがとうございます。資料を拾ってもらっただけじゃなくて、運ぶのまで手伝ってもらって……」
「いえいえ、流石にあんなことがあれば手伝いますよ」
「まぁ、あれを一人では流石に大変よ」
「あはは……ちょっと横着してまとめて運ぼうとしたので自業自得ですね。反省します」
一輝とステラの言葉に小さく舌を出してはにかむのは刀華。
先程二人がでくわした歪な長方形のお化けは、見上げるほどに堆く積まれた紙の束を一人で両手に抱えて運んでいた刀華だった。
それが、一輝達に突然声をかけられたことで驚き、その際に足が絡んで床にぶちまけてしまったのだ。
二人は驚かせたお詫びも兼ねて、刀華の資料運びを手伝うことにしたのだ。
刀華は資料を運びながら、一輝達に視線を向けて口を開く。
「でも、びっくりしました。ステラさんのお顔は新聞で見たことがあったので知ってましたが……黒鉄くんとは、何だか今会うのは不味かったですね」
まずいと言うのは、やはり一輝が珠雫の兄だからだろう。妹の七星剣武祭への道を自分が閉ざしたのだ。兄として何か思うところがあるはずだと思ったのだろう。
しかし、一輝はそんな思惑に反して、小さく首を横に振って答える。
「いいえ、勝負ですから感謝こそすれど、恨みなんてありません。珠雫は全てを出し切って戦って、貴女はそれを真っ向から受けて、存分に応えてくれました。
僕にとってはそれが全てです」
「そう、ですか」
偽りのない一輝の本心に、刀華は笑みを浮かべてそうつぶやく。しかし、それに疑問を浮かべたものがいた。
「アタシもそれは同意見だけど、一つだけ気になることがあるわ」
ステラだ。
彼女は少し剣呑な色を宿した視線で刀華を見つめると、若干棘の入った言葉で尋ねる。
「トーカさん、貴女眼鏡をしてないとほとんど何も見えないくらい視力が低いみたいね。だったら、試合の時どうして眼鏡を外してたの?もしかして、手を抜いたの?」
ステラはどうしてもそれを聞きたかった。
ステラは珠雫と刀華の試合の時、刀華が初めから眼鏡を外して戦っていたのを知っている。それに、先ほども資料を落としてしまった時、眼鏡も落ちてしまい、手探りで眼鏡を探していたのを知っているからだ。
それに対し、刀華は。
「い、いや、そげなことなかとよっ!」
「「え?」」
「え?……あ。……そ、そんなことありませんよ〜」
咄嗟に方言が出てしまい、二人が目を丸くする中、刀華は頬を赤くしながら慌てて取り繕ったがすでに遅かった。
それに気づいた刀華は、わざとらしく「おほん」と小さく咳払いして口調を戻す。
「むしろ、逆ですよ。珠雫さんほどの相手ならば、眼鏡をかけたままでは不利になると思ったからです。視力を遮断することで、知覚の精度を高めないと、彼女レベルの相手では、厳しいですから」
「視力の遮断?」
「私の伐刀絶技なんですけど、視力を遮断することで相手の体に流れる微細な伝達信号を感じ取るんです。要するに、雷使いとしての能力の応用ですよ」
刀華は《閃理眼》の詳細を二人に簡単に伝える。
「相手の偽ることのできない剥き出しの本心を、私は読み解くんです。ですから、珠雫さんの罠も奇襲も全て見破れたと言うわけですよ。原理としては、黒鉄くんの《完全掌握》と似てますけど、私の場合はカンニングで、黒鉄くんとは似て異なるものです。……ですから、決して手を抜いたとか、そう言うのではないんですよ」
「ん……よく分かったわ。その、ゴメンなさい。失礼なこと言ったわ」
「いえいえ、構いませんよ。それにしても、ふふ」
「ん?何よ。随分嬉しそうね…?」
訝しんだステラの疑問に、刀華はそれはもう嬉しそうに応える。
「ええ、それはもう。ステラさんはすごく友達想いの方なんだなー、って思いまして」
「んなっ⁉︎」
その言葉に、ステラの頬が火が灯ったように赤くなった。
「あ、あいつとは友達なんかじゃないわよっ!ライバルよ!ライバルっ!」
「なるほど、ライバルと言う名のお友達ですか。ステラさんはツンデレさんなんですね」
「な、なんでそうなるのよっ⁉︎」
「あら?違うんですか?黒鉄くん。お二人は、仲良くないんですか?」
「いえ、すごく仲がいいですよ」
「イッキ⁉︎もーっ、知らないっ!」
刀華の意外な返しと恋人のまさかの裏切りにステラがぷいっと二人から視線を外して足を早めて、一人でそそくさと先に行ってしまった。
しかし、一輝の記憶が正しければ、彼女は生徒会室の場所を知らないはずだ。
だから、きっも先の曲がり角を曲がったあたりで自分達を待っていることだろう。
その姿を想像してくすりと一輝は笑うと、彼女を追わずに刀華に尋ねる。
「ところで、自分の能力のことを僕達に話してしまってもいいんですか?選抜戦は終盤ですけど、まだ僕達が戦う可能性もあるのに」
「ええ、別に構いませんよ。手札の一つのカラクリが知られたところで、私は負けるつもりはありませんから」
「っ!」
瞬間、一輝は落雷を浴びたかのように、自分の脳天から足先までが戦慄に痺れたのを感じた。
先程は年上の女性らしい温和な笑みを浮かべていたと言うのに、今ではその笑みに細められた瞳の奥に、刃物のようにギラつく野蛮な光を見たからだ。
それは、まさしく自分やステラと同種の、自分の強さに絶対の自信を持ち、その上で自分よりもさらに強い者との戦いを渇望している、自信と野心に燃える瞳だ。
(……ははっ、この人もすごいな)
それを見て、一輝は思わず心の内で笑ってしまう。
自分のこの女性はきっととてもいい友人になれるだろう、と。
そして、叶うことなら、いつか———この女性と本気で戦いたい、と。
▼△▼△▼△
そして案の定、曲がった先で拗ねながらも待っていたステラと合流して5分ほど歩いたのち三人は生徒会室の前にたどり着いた。
「ふーっ。やっと着いた。生徒会室って意外と遠いのね」
「お二人ともありがとうございます。ぜひ中でお茶でも飲んでいってください。ちょうど昨日貴徳原さんがとっても美味しい茶葉を差し入れしてくれてたんです」
「じゃあ、お言葉に甘えて、ステラは?」
「アタシも。喉カラカラだもん」
「ではどうぞ中へ———ふぎゅ‼︎」
刀華は二人を室内へと招き入れながら足を踏み入れて、爪先が何か重いものに引っかかり、前のめりにすっ転んで変な声をあげる。
その時に、頭からモロに行ったせいか、お尻が二人に向かって突き上げられる形になり、パンツが丸出しになってやや大きめの尻が二人の視線に晒される。
「……ねえイッキ。この人のパンツに広告のせたらスポンサー料取れるんじゃない?」
「その発想は思いつかなかったよ」
「あいたたた……っ。もーなんなん?」
先程出会った時と同じようにパンツが丸出しになっている光景に、二人がそんなことを話す中、刀華は言葉を訛らせながら、なんとか起き上がる。
そして、生徒会室を見た刀華は、顔を一気に真っ青にさせる。
「な、なにこれ———ッッ⁉︎⁉︎」
目の前に広がる光景に刀華は悲鳴をあげる。
生徒会室ははっきり言って、カオスだった。
本棚という本棚から本が、引き出しという引き出しから雑貨が、その全てが無差別にぶちまけられたように散らかり放題で部屋の殆どを埋めていたからだ。
そして、そのカオスと化した部屋には、刀華以外の生徒会役員が揃っていた。
実に達筆な文字で議事録をまとめ直すのは坊主頭の厳つい男子生徒、書記の砕城雷。そんな彼にお茶を注いでいるのはカナタ。
この二人は真面目に仕事をしている。
しかし、そんな真面目に仕事をしている一方で、副会長である御祓泡沫は熱心にテレビゲームに興じ、そのゲーム画面を興味深そうに眺めながらランニングシャツにパンツ一丁というあられもない格好をした小麦色の肌の活発そうな少女、庶務の兎丸恋々がエキスパンダーを使い筋トレをしていた。
ありえないはずの二つの空間が同居している、カオスな空間に刀華が絶句する中、泡沫と恋々が声をかける。
「あれ〜?かいちょー帰ってきたんだー。おかえりー」
「あはは⭐︎刀華はドジだなぁ。また転んだのかい?」
元凶であるはずなのに、呑気に声をかけてくる二人に、刀華は眉をきりりと釣り上げながら声を張り上げて怒鳴る。
「も〜〜‼︎兎丸さん!ダンベル使うたらちゃんと元の場所ば戻してっていつも言っちょるばい!危なかよっ!それにうたくんも漫画ば読んだらちゃんと本棚に直して!いっつも出したら出しっぱなしにして!ていうか何で試合の準備でたった1日留守にしただけでこげんに散らかっとると⁉︎」
そんな彼女の怒声に二人は全く反省の色を浮かべるどころか、
「むっ、かいちょーどうしてこれを散らかしたのがアタシたちだと決めつけるの?冤罪かもしれないよ!」
「生徒会室で筋トレするのは兎丸さんしかいませんし、漫画を読んで出しっ放しにするのもうたくんと貴女しかいないからですよ!」
「いやー、なんか急にる◯剣とドラゴン◯ールとスラ◯ダンク全巻通し読みしたくなっちゃって、本棚に取りに行くのも面倒だから全部出しちゃったんだよねぇ。で、それ読んだら童心に返っちゃって急にスーファミやりたくやって部屋中ひっくり返してようやく発掘したんだよ。ああでも刀華のいない間の仕事はちゃーんと雷とカナタがやってくれたから大丈夫!」
とまあ、このように反省する素振りなんてゼロでむしろ開き直ってしまっている。
これには刀華もますます怒る。
「なに他人任せにしてどや顔ってるんですか腹立つ!全く貴方達はいつもいつも——」
「会長。興奮しているところ申し訳ないが、さっきから客人が引いておるぞ」
「——— ハッ!」
部屋のあまりの惨状に怒りで我を忘れていた刀華は、はっと思い出しギギギと入口に振り返った。
するとやはりというか、そこにはゴミ屋敷と化した生徒会室の惨憺たる有り様を、ちょっと引き攣った笑顔で眺める客人二人の姿があった。
「お、おほほ。ちょーっと待ってくださいね〜?」
刀華が青ざめた顔に愛想笑いを浮かべながら、二人をやんわりと廊下に押し出して、ぴしゃりと扉を閉じた。
その直後、
「ほら!みんな片付けるの手伝って!うたくんももうゲームやめなさい!」
「わっ!ちょ、ちょっとまって刀華!それ昨日からセーブしてな、ちょま、う、うわああ!ボクのはぐりんがぁぁぁッッ‼︎‼︎」
「ゲームは一日一時間っていつも言ってるでしょ!全く少し目を離すとこれなんですから!」
「って、ちょっと待って!カナタ!その漫画まだ読み途中だから閉じないで‼︎せめて栞つけさせてぇぇ!」
「残念ですがまた探してくださいうたくん。砕城さん、そちらにこの塊お願いしますわ」
「承知した。それは某が運ぼう」
「あと兎丸さん、貴女なんて格好してるんですか!生徒会には男の子もいるんですからスカートくらい穿きなさい!」
「えー。だってかいちょーがクーラー壊したから熱いんだもん!」
「会長が電化製品に触れるとすぐにショートしちゃいますからねぇ」
「うっ、そ、それについては非常に申し訳なく思ってますけど、だからって生徒会室で下着姿はだらけすぎですよ!風紀が乱れてます!全ての生徒の範となるべき生徒会役員としてあるまじき姿です!」
「かいちょーだって寮だと下着姿のまま昼寝してたりするくせにー」
「ふふ、会長は昔から気を張る相手がいないと際限なく怠けますからね」
「いいいいま私の私生活ば関係なか!と、ともかく早く片付けてください!片付けないと全部捨てちゃいますからね!」
「うぅ、わかったわかった!」
「ハリー!ハリー!」
ギャーギャードッタンバッタン。
まるで引っ越しでもしているかのような物音と騒ぎ声に、生徒会室の窓がガタガタ音を立てて揺れる。心なしか、床も揺れているような気もする。その騒動と騒音を廊下から聞きながら、二人は。
「トーカさん、なんだかお母さんみたいね」
「……生徒会長も大変なんだね」
一輝とステラはなんだか刀華に優しくしてあげたい気分になった。結局運んできた資料は置く間も無く、追い出されてしまったので今も腕の中にあるが、それは責めれない。
そして待ちぼうけすること数分。
ようやく生徒会室のドアが現れ、中からげっそりとした刀華が出てくる。
「ぜぇ、ぜぇ………、お待たせ、しました。どうぞ中に……」
「あ、はい。お、お邪魔します……」
招き入れられた一輝は、この選択は失敗だったかな、と思いながらステラと共に生徒会室に立ち入り、そして驚いた。
なぜなら、先ほどまでカオスな部屋だったのに、今は部屋ごと取り替えたかと思うほどに綺麗になっていたからだ。
先ほどまで散乱していた本は全て本棚に収納され、床も顔を映すほど磨かれている。
その清潔さと埋もれていたアンティーク調の品のいい調度品が、その空間をまるで西洋の城の一室のようにも思わせる。
よくもまあものの数分でここまで片付けたものだと感心したが、よく見て気付いた。
(……あ。あそこのクローゼットが異様に膨らんでいる)
そしてその扉の前で砕城が汗を流しながら、地蔵のように必死に踏ん張っていることから、その理由を察した。
(……頑張って、砕城くん)
一輝は地獄の釜の蓋を必死に押さえつけている人柱に心の内で激励を送り、刀華に勧められるまま、部屋の中心にあるソファーに腰を下ろし、生徒会役員達と同じテーブルにつく。
すると、向かいに座った恋々が小麦色の肌に他人懐っこい笑みを浮かべて話しかけてくる。
「クロガネ君。お久しぶりー。アタシに勝ってからも快調に勝ち続けてるみたいだねー」
「はい。なんとか頑張ってます」
そのやり取りに追随する形で、カナタもステラに柔和な笑みを浮かべて挨拶する。
「ステラさんもお久しぶりです。会うのは二度目ですね」
「ええ。まさかこの部屋に呼ばれる日が来るとは思わなかったけどね」
「貴徳原さん。お二人にお茶をお出ししてください」
「ええ」
「あ、カナタ。ボクも」
「カナタ先輩!アタシ、マドレーヌが食べたい!」
「あら、悪い子二人には会長の許可がないとあげませんわ」
「えー‼︎なんでー⁉︎」
「ひどいよ刀華!おやつが食べられないんだったらボク達はなんのために生徒会室にいるのさ!」
「生徒会役員だからに決まってるでしょ⁉︎何を言ってるんですか⁉︎」
刀華が悲鳴のような声をあげる。
確かに、今の言い分は酷すぎる。
刀華の寿命がツッコミで燃え尽きそうだ。
そんな過労でゼェゼェ荒い息を吐いている刀華に、ふとクローゼットを抑え、もとい前で立っている砕城が、厳しい顔に喜色をうかべて感心した声で言う。
「しかしさすが会長。仕事が早い。もう例の件の助っ人を見つけてくるとは。それもいい人選だ。二人ならば、戦力として申し分ない」
(ん?戦力?助っ人?)
突然の物騒な言葉に一輝とステラは揃って首を傾げる。そんな話は刀華から一度も聞いていない。どう言うことだと二人は刀華に視線をやるも、
「はい?」
当の刀華もキョトンとした顔で頭にはてなを浮かべている。その反応に砕城は困惑を見せた。
「む?なんだ違うのか?珍しい客だからてっきりそうかと思っていたんだが」
「なんだい刀華。もしかして忘れてたのかい?ほら、理事長に頼まれたじゃん」
「黒乃さんに頼まれたって………あ、ああああっ‼︎‼︎」
砕城と泡沫の言葉に、刀華は青ざめた表情で立ち上がり、叫ぶ。どうやら、今のいままで本当にその内容のことを忘れていたようだ。
「あらあら。もしかして本当に忘れていたのですか?私もてっきりそのためにお二人をお連れしたのかと思っていましたのに」
「……あぅ、はい。珠雫さんとの試合に集中していて忘れていました……」
「ねぇ。例の件ってなんのこと?」
頭を抱えてしょんぼりする刀華にステラが尋ねる。しかし、その質問には刀華ではなく、カナタが全員分のティーカップに紅茶を注ぎながら答えた。
「先日理事長から生徒会に頼み事があったのです。七星剣武祭の前にいつも代表選手の強化合宿を行っている合宿施設が奥多摩にあるのですけど、最近そこに不審者が出たみたいなんです」
「それは物騒ね」
「ええ。そこで生徒会に理事長が手配した方と協力して調査してほしいと頼まれたのです。先生方は今は選抜戦の運営で忙しいですから。……ですけど、合宿所の敷地には高い山や広い森もありまして、とても生徒会だけでは人手が足りませんの。そこで、理事長から助っ人を呼ぶように言われたんです」
「なるほど。それで偶然僕達が、と言うことですか?」
「まぁそうなりますね」
「うっ、ごめんなさい」
カナタの一言に刀華が気まずそうにしょんぼりする中、一輝は件の不審者について尋ねた。
「ちなみにその不審者というのはどんな人物なのか、情報はあるんですか?」
「ええ、それなんですが———なんでも、体長4メートル程の巨人や古代生物の群れらしいです」
「きょ、巨人⁉︎」
「こ、古代生物⁉︎」
不審者の特徴に一輝とステラは揃って目を丸くする。わざわざ破軍の敷地に侵入するくらいだから、どんな人間なのだろうと思えばまさか、それが人間ですらなかったのだから。
「はい。管理人からの報告を鑑みても私達生徒会だけではとても、人数が足りないのです」
「確かに。規模や捜索範囲を考えても妥当だと思います」
一輝は実際に見たわけではないが、合宿施設がある敷地のことはある程度だが知っている。
確かに、あれだけの規模を捜索するのならとても生徒会だけでは能力的に、何より人数が足りないのだ。
「ね、ねぇ、巨人と古代生物って、それ本当なの⁉︎」
一輝が思案する中、隣に座るステラが荒唐無稽な話題に、身を乗り出して食いつく。
「ずいぶんと食いつくねステラ」
「だ、だって巨人に古代生物よ!未確認生物よ!ロマンじゃない!!アタシ古代生物にも会ってみたいわ!!」
そう言った彼女の緋色の瞳は、まるで少年のようにキラキラと輝いていた。
どうやらその手のものが大好きなようだ。
そして、ステラの反応を見た恋々はまるで同志を見つけたと言わんばかりに呼応する。
「へえステラちゃんはそう言うの好きなんだ!」
「川◯浩探検隊のDVDで日本語を覚えたくらい大好きよ!」
(ものすごいところから日本に入ってきてるよこの皇女様……!)
思わぬところからの日本語の覚え方に、一輝はやや戦慄していたが、恋々はステラと意気投合したようだ。
「おお!ステラちゃん、話せるねぇ!」
「それ殆どやら……」
「副会長。それ以上はいけませんわ」
「ねえねえイッキ!トーカさんも困ってるみたいだし、アタシ達が協力しましょうよ!」
ステラが目をキラキラさせながら一輝の肩を揺する。
一輝としては正直なところ、巨人とか古代生物などのそのてのUMAには全く興味はないが、生徒会が忙しい原因である選抜戦制度で恩恵を受けた身だ。
だから彼らに協力すると言うことは、むしろ是非にという気分だ。故に二つ返事で了承した。
「そういうことでしたら、一生徒として喜んで協力させてもらいますよ。合宿所も生徒のための施設ですしね。ステラもこう言ってますし、僕達でよければ喜んで」
「ほ、本当ですか⁉︎申し分ないです!!本当にありがとうございます!すごく助かります‼︎」
二人の快諾に、頭を抱えて沈んでいた刀華の顔に正気が戻り、弾む声で感謝の気持ちを言って握手しようとする。だが、一輝に伸ばされた手をステラがインターセプトして代わりに熱い握手をかわした。
「よろしく。よろしく」
「え?あ、はい、よろしくお願いしますね」
真意がわからない行動に首を傾げながらも言った刀華の姿に苦笑いを浮かべながらも、一輝はふと思い出したように尋ねた。
「そういえば貴徳原さん」
「はい、なんでしょうか?」
「さっき、理事長が手配した人と協力って言ってましたけど、その手配した人は誰なんですか?」
生徒会に協力すると言った以上、助っ人の存在は知っておきたかった。
そんな一輝の当然の質問に、カナタは困惑の表情を浮かべると首を横に振る。
「いえ、それが私達も誰かは存じ上げていません。理事長が個人的に手配しておくとしか言われてないので……」
「え、そうなんですか?」
「ええ。ただ、調査を始める前に一度報告にはくるそうなので、今はその人が来るのを待っているところです。それに、理事長が依頼した方なので信頼できる方だと思っていますわ」
「そうですか」
一輝はそう言って納得を示す。
誰が協力者なのかはわからないにしても、あの黒乃が選んだ人物だ。能力的にも、人格的にも申し分はないだろう。
だがやはり誰かは気になる。
黒乃が個人的に頼む人物。実力、人格ともに彼女が信頼を寄せる人物などそれこそ数えるほどしかいないのではないだろうか。
そして、その該当する人物を一輝は一人知っている。
(まさか……)
協力者の存在に心当たりがあった一輝はもしかして、と思い口を開こうとする。
しかし、その時、生徒会室の扉がコンコンとノックされた。
「私が出ますね」
「うん、お願い」
一番扉に近かったカナタが刀華達にそう言って扉へと向かい、扉を開ける。扉の向こうにいたのは、右腕に風紀委員の腕章をつけ、封筒を持った蒼髪碧眼の青年ー新宮寺蓮だった。
「あら、蓮さん。どうなされたんですか?」
「会長のサインが必要な書類を持ってきたのと、後はもう一つ別件で来た。会長はいるか?
「ええ、中に。どうぞ」
カナタはそう言って蓮を中へと案内する。
生徒会室に蓮が入ったと同時に、泡沫が敵意に満ちた眼差しを向けてきて空気がピリつくが、蓮はどこ吹く風という風に流しながら、一瞬砕城の方を見たあと、刀華達へと視線を向けた。
向かいに一輝とステラがいるのを見て、少し申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「すまない。取り込み中だったか?」
「大丈夫ですよ。ちょうど終わったばかりですから。それでサインが必要な書類はどれですか?」
「今月の決算報告書と活動報告書だ。委員長のサインはもらってるから、あとは会長のサインをもらって、俺が理事長に持っていく」
「分かりました。そこでちょっと待っててくださいね。あ、貴徳原さん、彼にお菓子とお茶お願いします」
「ええ」
刀華はソファから立ち上がると、蓮が封筒から取り出した二枚の書類を受け取り会長机に移動してサインを始める。
その間、待つことになった蓮は砕城の方へと視線を向け、労いの言葉をかけた。
「砕城、大体は察したが、大丈夫そうか?」
膨らんでいるクローゼットの扉を見て大体を察した蓮は、色んな意味での労いの言葉だったが、それに砕城は強気な笑みを浮かべる。
「何の。この程度心配無用だ」
「………開けた後が大変そうだな」
「……それは、言わないでくれ」
「……すまん」
僅かにげんなりした表情に蓮はそう返すほかなかった。そして今度は恋々に視線を向けて苦笑を浮かべた。
「兎丸、一応風紀委員の前なんだから服装はまともなのにしてほしいんだが?」
「いいじゃんいいじゃん。固いことはなしで。アタシとシングージ君の仲でしょー?」
「クラスメイトだけのはずなんだがなぁ。とにかく気をつけろよ」
「はーい」
既にこのやりとりは何度もしていたのだろう。蓮は肩をすくめると恋々に軽く注意するだけにとどめた。すると、今度はカナタが蓮に近づく。彼女の手にはトレイが握られており、マドレーヌを置いた皿と、ティーカップがあった。
「これどうぞ。マドレーヌと紅茶です。今回はいい茶葉が入ったので是非」
「ああわざわざ悪いな」
蓮はそう礼を言いながら、マドレーヌを手に取り食べ、紅茶を一口口に含むと美味しさに舌鼓を打つ。
「ん、美味いなこれ」
「ふふ、ありがとうございます。選んだ甲斐がありますわ」
「それに紅茶との組み合わせもいいな」
「ええそうでしょう。私もそう思ったんですか」
蓮が舌鼓を打ちカナタが彼の反応に喜ぶ中、蓮はふとこちらを見ている一輝達に視線を向ける。
「そういえば、二人はなぜ生徒会室に?また黒鉄絡みでヴァーミリオンと黒鉄妹が問題でも起こしたか?」
「……確かに、前科があることは否定しないけど、シングージ先輩の中でアタシとシズクは問題児扱いなのかしら?」
「そりゃ、入学初日に痴情のもつれで教室を爆破しようとしたからな。問題児扱いして当然だろ」
「うぐっ」
入学初日の余罪を突きつけられ、ステラは短く呻き声を上げる。確かにそれを言われて仕舞えば、何も言い返せない。
一輝はそんなステラを見ながら、苦笑いを浮かべるとここにいる理由を話す。
「東堂さんの手伝いをしていて、その流れで生徒会室に招待されたんだよ。その後、僕達は生徒会に頼まれた仕事を手伝うことになってね。今ちょうどその話が終わったところだよ」
「仕事?そうか、お前た「はい。新宮寺君終わりましたよ」…ああ、ありがとう」
一輝に何か言おうとした蓮だったが、突如割り込んできた刀華に話を中断して生徒会長のサインを確認すると礼を言って、封筒にしまう。
そこで、刀華が蓮に話しかけた。
「そういえば、もう一つ別件があると言ってましたけど、どう言った話なんですか?」
刀華の質問に蓮は一瞬泡沫に視線を向けて再び戻すと、今回自分が来た目的のもう一つを話す。
「奥多摩調査の件だ。理事長に頼まれて、俺も協力することになった」
「えっ⁉︎本当ですか⁉︎ありがとうございます‼︎貴方が協力してくれるなら、百人力ですよ‼︎」
まさかの強力な援軍の存在に刀華は目を丸くすると、一輝達の時以上に弾んだ声で感謝を表した。
「新宮寺が同行するなら心強いな」
「だね!ていうか、シングージ君一人ですみそうだけどね」
「あ、それはアタシも同感だわ」
「ステラ、僕達も引き受けたんだからちゃんと仕事はしないと駄目だよ」
「分かってるわよ」
他の者達も蓮の協力に口々に喜びの声をあげている。
「黒乃さんが信頼する方ですからかなり絞られましたが、やはり蓮さんだったのですね」
「まぁな」
カナタも当然その整った顔に喜色を浮かべて蓮の協力を心の底から歓迎する。
そして、カナタ達が盛り上がる中、ただ一人だけ、真逆の反応をしている者がいた。
彼は、その様子を忌々しそうに見ると、小さく舌打ちをして冷たい声で言い放った。
「何でお前が参加する必要があるんだよ」
突如冷水のような冷たい言葉が蓮にかけられる。その言葉に、空気が明らかに気まずくなり、蓮はその声の主、泡沫に視線を向けた。
椅子に座る泡沫は明らかな嫌悪と敵意を浮かべながら、険しい表情のまま言葉を続ける。
「黒鉄くんとステラちゃんが助っ人で来てくれるだけで充分だ。お前の協力なんていらないよ。むしろ邪魔だ」
敵意を微塵も隠そうともしない物言いに刀華とカナタは悲しげな表情を浮かべ、それ以外の者達が固まる中、向けられた当人である蓮は眉一つ動かさずに口を開く。
「理事長は今回の件を軽くは見てはいません。だから万全を期して俺も調査に向かうように言いました。それに、俺は向こうでは単独行動を取っていいと許可が降りています。向こうでは極力関わらないように配慮します。それでも不満ですか?」
「むしろ不満しかないね。僕達生徒会とそこの助っ人二人が揃っても実力不足だって思われてることが。それに、単独行動を取るなら、尚更僕達の行動にも支障が出るだろ。そんなの邪魔以外の何者でもないよ」
「……理事長の判断に反対すると?」
「ああ大反対だ。人殺ししか能がないお前なんて不要さ。僕達だけで事足りる」
泡沫は虫を払うように手をひらひらさせて、明らかな嫌悪と憎悪の凝り固まった罵詈雑言を蓮にぶちまける。
隠そうともしないその態度に一輝達が絶句する中、蓮はそれでも眉一つ動かさず表情を変えない。
「確かに黒鉄とヴァーミリオンが助っ人で来る以上は能力的にも充分。不測の事態が起きない限りは、問題なく調査はできるでしょう。俺の力など借りずとも出来ると俺個人は思いますよ」
「だったら——」
「だが、それでもお前達が対応できないような不測の事態が起きたらどうするつもりだ?」
「は?ーッ」
丁寧さが消え傲慢と威厳に満ちた口調で告げられた言葉に、泡沫が眉を顰めて気づく。
蓮の表情が先程とは違い明らかに冷たいものへと代わり、瞳もまた非情の色を宿していた。
それは、学生騎士ではなく歴戦の戦士のもの。
絶対強者たるものの瞳だ。
泡沫はその瞳に見据えられ、一瞬体が強張った。そして、泡沫に蓮は低い声音のまま告げる。
「もしもお前達が束になっても勝てない強敵がいた時、お前はどうする気だ?
まさか戦うのか?自分達ならなんとかなるとでも?随分と思い上がっているな」
「ッッ……‼︎‼︎」
蓮にそう指摘され、泡沫は見る見るうちに表情に悔しさを滲ませて敵意をさらに増幅させて蓮を睨む。だが、睨むばかりで反論はしない。
なぜなら、泡沫とて分かっているからだ。蓮の言っていることは正しいことに。
「本来なら俺一人で調査はできる。
あの程度の敷地面積なら、さほど手間はかからないからな。
それでも、母さんが俺に生徒会と協力するよう言ったのは、もしもそれほどの敵が現れた時に俺が残って戦い、お前達がそれを学園に伝える為だ。
つまりは、想定外の事態が発生した場合、殿は俺が引き受けるから、
「なっ…!」
泡沫は屈辱に顔を赤くさせる。
黒乃がそういう意図を持っていたと言うのも驚きだが、それ以上に蓮にとっては自分たちがその程度の存在にしか見られていないということに気づいたからだ。
「それにお前に決定権はない。既に決定は下された。俺が調査に行く決定は覆らない。それでも、俺が邪魔なら母さんに直談判しに行け。ただし、彼女を納得させられるだけの理由があれば、だがな」
蓮は言いたいことを言って気が済んだのか泡沫から背を向けて生徒会室を出ようとする。
泡沫は何も言わない。ただ表情を俯かせて、握りしめた両手をふるふると震えさせていた。
刀華達は何か言おうにも、何も言葉が出ずただ困惑の表情で成り行きを見守るしかなかった。
そして、カナタの前を通りかかった蓮は足を止めてカナタを見下ろした。
「カナタ、さっきも言った通り俺はあっちでは単独行動する。それと俺は現地に直接向かうから、出発の時間が決まったら伝えてくれ」
「ええ、わかりました。後でお伝えしますわ」
成り行きをある程度予想していたカナタは特に動じることもなく快く蓮の頼みを了承した。それを確認した蓮は、今度こそ扉を開き最後に俯く泡沫を背中越しに一瞥した後、ピシャリと扉を強く閉じて生徒会室から立ち去った。
こうして、禍根を残しながらも蓮は、生徒会役員、一輝とステラと共に、次の週末に奥多摩に向かうことになった。
▼△▼△▼△
次の日曜日。
蓮はバイクで、その他は砕城が運転するバンに乗って奥多摩の山奥にある破軍学園の合宿施設へ各々赴いた。
そして、現地で合流した彼らは早速調査には踏み切らなかった。
刀華の発案で捜索の前に腹ごなしをしようと言うことになったのだ。
合宿施設の面積はいくつもの山と深い森を有する険しい地形であり、いくら伐刀者といえどたった八人での捜索は生半可なことではない。故に、まずは腹を膨らませて英樹を養わないことには始まらないというわけだ。
そして、蓮とカナタが管理人の事情聴取を担当し、他の者達が昼食を作ることになった。
蓮とカナタは一度集まったキャンプ場から施設へと続く道を歩く。
ザッザッと砂利を踏みしめる音を二つ鳴らしながら蓮は周囲を見渡しながら呟く。
「ここに来るのも久しぶりだな」
「そうですわね。去年の強化合宿以来ですから、もうすぐ1年経ちますわ」
「去年は確か、俺達代表選手だけが来てたな」
蓮は去年のことを振り返る。
去年、ここで七星剣武祭前の最後の追い込みのための合宿を行った。ここで他の五人の代表達とかなりの模擬戦を行い、この広い敷地を自由に使い気ままに己を高めていった。
あの数日はとても充実した日々だった。
それを思い出しているうちに、蓮は共に切磋琢磨した三人の先輩騎士達のことも思いだしていた。
「……十束先輩達は、今頃どうしているだろうか?」
蓮は卒業していった三人の先輩に思いを馳せる。色々と世話にはなったし、それぞれのブロックを制し、最後に七星の頂を目指し戦った強敵達でもあった。
だからこそ卒業して数ヶ月が経った今どうしているかが、気になっていたのだ。
カナタは顎に手を当てて、彼らの進路を思い出す。
「確か、十束先輩と三枝先輩がナショナルリーグに進んで、渡辺先輩が防衛大学に進学されましたわね」
「……あぁ、そういえばそうだったな」
蓮もカナタに言われて思い出す。
確かに卒業式直後に三人に花束を贈った時にそんなことを話していた。
真弓と克己はプロ騎士としてナショナルリーグに進み、A級リーグを目指して日々試合や鍛錬をしている。
一方、麻衣はナショナルリーグには進まずに自衛隊にある伐刀者の部隊に入るべく、防衛大学の伐刀者専用学科に進学していた。今はきっと座学や訓練で忙しいだろう。
既に自衛隊の特殊部隊に特務尉官として所属している蓮とももしかしたら会うかもしれない。
といっても、独立魔戦大隊は自衛隊の中でも極秘の部隊であり、一般隊員はその存在を知らない。更には、蓮は自衛隊にいる時は変装しているため、よほどのことがない限りそれはあり得ないだろう。
「蓮さんは卒業後の進路はどうされるつもりなのですか?」
そんなことを考えていると、ふとカナタから尋ねられる。その内容に、蓮は顔に諦念の色を浮かばせると空を見上げながら、答える。
「さぁな。親父達と同じようにナショナルリーグに進むのか、もしかしたら自衛隊に入隊して軍人になるかも分からない。
俺の場合は立場が立場だからな。多分、進路を自由に決めることは難しいかもしれないな」
日本が保有する最強戦力の《魔人》だから。『桜宮亜蓮』として既に特殊部隊に所属しているから。カナタは知らないが、蓮は日本政府にとって最後の切り札である『破壊兵器』と同時に最後の砦としての『防衛機能』も担っている。
だからこそ、既に蓮には自由がない。政府や連盟に監視されており、所在や体調も身につけている装置で把握されている。おおよそ、自由とはいえなかった。卒業後も政府や連盟から何かしらの干渉は受ける。蓮はそう考えていたのだ。
「……そう、ですか」
それを理解しているカナタは悲しげな表情を浮かべる。カナタにして見れば、既に蓮が自身の将来を決めることを諦めているかのような物言いが悲しかったのだ。
英雄の子として生まれ、英雄に憧れた少年が、ある日を境に化け物に堕ちてしまい、国に首輪を付けられている。
その現状がカナタにはとても辛かった。
それにめざとく気づいた蓮は、微笑んで隣を歩く彼女の頭を帽子越しに優しく撫でた。
「心配してくれてありがとう。
でも、俺は大丈夫だ。どの道、《魔人》になってなかったら俺はこの場にはいなかったし、誰も守れなかった」
「……蓮さん、私は…」
「着いたぞ。話はここまでだ」
何かを言おうとしたカナタの言葉を遮り、蓮はそう言う。
キャンプ場からはそれほど離れてはいなかったので、合宿施設はもう目の前だったのだ。
そして、その正面入り口の前には白髪の初老の男性が立っていた。彼がこの施設の管理人の宮原幸一だ。
彼は、二人の姿を視界に捉えると、ペコリとお辞儀した。
「新宮寺さん、貴徳原さん。お久しぶりです。よく来てくれました。今回の調査引き受けてくれてありがとうございます」
「お久しぶりです管理人さん。早速ですが、例の件についてお話を詳しく聞かせてください」
「勿論です。では、中へどうぞ」
宮原に促され、二人は施設の中に案内され広間のソファーに並んで腰掛ける。少し待って、お茶を三つ持ってきた宮原は、お茶を置くと蓮達の向かいに腰を下ろした。
「早速話させていただきますが、その例の巨人達が現れたのはつい十日ほど前でした」
「十日、ですか。俺が母さんに依頼されたのが八日前だから、それよりさらに二日前ですか」
「そうなりますね。最初見たのは深夜でして、夜中に足音のようなものが聞こえたので、施設の内外を見回りしていたのです。
そして、外に出た時に私は不審者を、例の巨人と古代生物の群れを見たのです」
夜見回りをしていた時、ふと頭上から何か唸り声のようなものが聞こえたらしく、見上げれば、月明かりに照らされた巨人達がいたそうだ。
顔などの詳しい特徴まではわからなかったものの、シルエットなどから巨人だと分かったらしい。しかも、森の奥からも無数の古代生物達ーつまり恐竜達が顔をのぞかせていたのだ。
大小はバラバラであり、大きいものならば巨人並みの恐竜もいたらしい。
しかし、巨人達は何かするわけでもなく、すぐに踵を返して森の奥に消えたらしい。恐竜達も同様だった。
「初めは幻かと思いました。ですが、翌朝周囲を調べて見れば足跡のようなものが多数ありましたし、またその夜も同じようにこちらを見下ろして観察するようでした」
確かな証拠として宮原は数枚の写真を差し出す。
地面にある複数の足跡の写真や、夜こちらを見下ろす巨人や古代生物達の姿も映っていた。
二日目から用意していたのだろう。確かにこれなら物的証拠として十分だ。
「確かに、これは幻ではないですね」
「はい。流石に気味が悪くなった私は、こうして理事長に連絡させていただいた次第です」
宮原の話を聞いて、蓮は写真を見下ろしていた視線を上げて宮原へと向ける。
「なるほど。大体の話はわかりました。証拠もありがとうございます。これなら調査に役立てるでしょう。それと、いくつか聞いてもよろしいでしょうか?」
「はい」
蓮は宮原の了承を聞くと、指を3本立てて鋭い視線を向け尋ねた。
「俺が聞きたいことは三つです。
一つ、その生物達の群れは昼には現れずに夜にしか姿を現さないのですか?二つ、群れが現れる前に森で何か異変などは起きていましたか?三つ、その生物達からは魔力を感じましたか?」
蓮の質問に宮原は少し考え込むと、やがて答える。
「はい。例の生物達は夜間にしか姿を見ていません。あと、現れる前ですが森の奥から土砂崩れにも似た地鳴りのような音が聞こえてきました」
「土砂崩れ?」
「それに、地鳴りですか?」
宮原からもたらされた証言に蓮がめざとく反応する。カナタも同様の反応を見せる。その二人の反応に宮原は頷きを持って返す。
「はい。確かに
「施設にいても聞こえてくるほどですか?」
「ええ。それなりに響いていたとは思います」
「なるほど。情報ありがとうございます。では、三つ目の方は?」
「はい、魔力ですが……申し訳ありません。私には察知できませんでした」
宮原も伐刀者の端くれだ。
今回の異変が何らかの伐刀絶技による外的干渉だったのならば、何かしらの魔力の痕跡はあるはず。そう思い、魔力感知を行ってみたものの、自分では分からなかった。
宮原は期待に沿う答えではなかったことを悟り、申し訳なさそうな表情を浮かべる。だが、蓮の考えは違っていた。
なぜなら———
(ビンゴ。大体見えてきたぞ)
今の情報だけでもだいぶ不審者の存在について絞り込めたからだ。
だが、それに当然気付かない宮原は、申し訳なさそうな表情のまま蓮達に深々と頭を下げた。
「申し訳ございません。私が知っていることはこれぐらいです。お力になればいいのですが……」
「いえ、情報提供ありがとうございます。
十二分に有益な情報です。貴方から提供されたこの情報は調査に必ず活かしましょう」
「もしかして、蓮さん何か分かったのですか?」
カナタの問いかけに蓮は茶を一気に飲み干すと徐に椅子から立ち上がると、笑みを浮かべた。
「ああ、だいぶ不審者の正体を絞り込むことができた。管理人さん本当にありがとうございます」
「えっ、もう分かったのですかっ⁉︎」
宮原は自分が提供した情報では大した証拠にはならないと思っていたからこそ、蓮の発言に心底驚く。しかし、カナタは蓮のその言葉に驚くどころか、彼ならば分かるとむしろ納得していた。
「はい。大体絞り込めました。ですから、俺達は腹拵えした後早速調査に踏みかかります。カナタ、行くぞ」
「ええ」
蓮に促され、カナタは宮原に一礼すると彼の後を追う。そして、玄関を抜け外に出た蓮にカナタは話しかけた。
「蓮さん、犯人の目星はついたのですか?」
「ああ、大体な。巨人達はあくまで伐刀絶技で作られただけの
「その根拠は?」
「夜にしか姿を現さないこと。
それはつまり、昼間ならば姿がはっきりと分かってしまうから、人形だと言うことをバレないようにするためだ」
夜はシルエットしかわからなかったそれらも、昼間になれば日光に照らされはっきりと外見がわかるだろう。
それで人形だと分かって仕舞えば、恐らくは犯人の行動が無駄になるはずだ。
「そして、地鳴りのような音。
それは、
地面から岩塊や土塊を引き摺り出す際には必ず音は発生する。しかも、宮原の証言を鑑みるに、恐らくは相当数の人形が作られていることだろう。
だとすれば、引き摺り出す音も相当なはず。
それは都市の雑踏がない森林ではきっとよく響くはずだ。大岩が転がったような音という証言からも、それは推測できる。
「最後に魔力。
魔力を感じないと言うことは、魔力制御がとてつもなく高いと言うこと。本当に生きているのならば、野生の本能に従い魔力を放つことで自らの存在を誇示している為、これには当てはまらない。つまり生物達は生きているわけではなく、無機質な人形であると言うこと。
これらから考えるに巨人達はあくまで人形。何者かがどこかから操っている、と考えるのが最も濃厚だろうな」
仮に本当に巨人達が生きていたとしても、それは魔力を持った特異個体に分類されるはず。
そして、特異個体に魔力を隠蔽するような知性も技術はないはずだ。何より、野生の本能から強さを誇示する為にむしろ魔力を放出するはずだからだ。
それがないということは、巨人達は人形であり、それを作ったものは優れた魔力制御力を有しているということだ。
そして蓮が人形だと感じた最大の根拠は、
「何より、野生動物ならば殺し合いをするはずだ。巨人達、大小様々な恐竜達。同族同士が争わなくても、異種族同士で殺し合うはず。
しかし、その全てが管理人を観察するような動きをしていた?嗚呼おかしいな。それは、既存でも過去でも、捕食動物の行動には当てはまらないからな」
それだった。
その生物達には本来の生物達が持っているはずの野生がない。本物ならば宮原など格好の餌だ。あの夜の時点で食われて終わりだろう。
それに、巨人と恐竜の間で殺し合いが発生してもおかしくないのだ。
だが、それがなく観察し何もせず立ち去るという無機質な生物らしからない行動がそれを裏付けていたのだ。
「なるほど。確かにそう考えれば、納得できますわね」
蓮の推測を全て聞いたカナタは納得したように頷き、よくあれだけの少ない情報でここまで推測できたものだと感心した。
カナタの感心をよそに蓮は前を向いたまま険しい表情を浮かべる。その表情は、数多の死線を潜り抜けて生き抜いてきた戦士のものだ。
「カナタ、お前から全員に伝えろ。
敵は伐刀者。遠隔操作を得意とし、多数の軍勢を作ることが可能。対峙するなら最大限心してかかれ、とな」
「ええ、分かりましたわ」
有無を言わせない迫力に、カナタは大人しく従う。あの百戦錬磨の無双の戦士である蓮がここまで言うのだ、ならば警戒はするに越したことはないだろう。
だからカナタは蓮の言葉を疑いはせずに、了承し頷くと、蓮の後を追い刀華達が待つキャンプ場へと彼と共に向かった。
▼△▼△▼△
———この時、彼らはまだ知らない。
既に、巨悪が動いていることを。
想像を絶するような悪意が静かに、されど確実に蠢き闇に潜みながら魔手を着実に伸ばしていた。
人知れず、静かにそれは幕を上げていた。
『彼』を絶望と憎悪の果てに完全に堕とし、この世界に邪悪を齎す最悪の狂劇が。
今は、まだ
最新話どうだったでしょうか?
今回は久しぶりに原作主人公の一輝とステラが出ましたねー。
そして、原作と違う調査対象。それが、どんな結果になるのかは続きをご期待下さい。
それと最後にアンケートですが、皆さん投票ありがとうございます。
可能ならみたいと言うのが多かったので、やります。
やると言っても、まだ全然かけていないので大分先になりますが……どうか、気長に待っていてください。いつか必ず投稿しますので!
そして、優等騎士だけでなく、竜帝の方もよろしくお願いします。
どちらとも感想や評価お待ちしております!
(竜帝があと一人で評価に色つくから、早くだれか評価して、……とは言わないよ。うん、言わない言わない)……チラッ
それでは、また次回お会い致しましょう!