ダブルクロス以降出てこなかったから、マジで嬉しい!!
しかし、ヌシ・ジンオウガ見て思った。
……君、金雷公やん。
もうこの勢いのまま、タマミツネ以外のクロスの四天王全部出して欲しい。ガムートもライゼクスも長らく見ていないからなーー。
まぁ、今日から早速バルファルクとヌシ・ジンオウガはやることは確定しているとして、早速最新話をどうぞ!
時は少し遡る。
蓮とカナタが事情聴取に向かった一方で、キャンプ場に残った一輝達は、昼食の準備を始めていた。
合宿施設から借り受けた調理器具と、刀華が持ってきていた具材をキャンプ場に運び、早速調理を始めていくことにする。
別に合宿施設の食堂を借りることもできたのだが、せっかく山に来たのだからキャンプカレーにしようという流れになったのだ。
「ん〜。空気が美味しいわ。それに涼しくて気持ちいいわね」
運んできた包丁やまな板などの調理器具を、煉瓦で組まれた炊事場において、ステラは一つ大きく深呼吸をする。
「アスファルトが少ないから、空気がほどよく冷やされているんだろうね」
「日本はどこもかしこもコンクリートで固めすぎなのよ。暑いし蒸すしでたまらないわ」
「まあもう殆どこの国は亜熱帯も同然だからね……」
ステラの故郷ヴァーミリオン皇国は欧州の北側に位置する国だ。日本よりもずっと温度は低く、空気も乾いている。
そんな国で育ったステラにとって初めて体験する日本の夏は、正直めげる過ごしにくさだ。
事実、ここ最近ステラが夜、寝苦しそうに唸っているのを同室の一輝は耳にしている。それに、暑さで人が死んでしまうのが日本の夏だ。唸るのも無理もない。
「……でも、本当にいいのかしら。シングージ先輩の分は作らなくて」
「………」
ステラが訝しがりながら呟いた一言に一輝は暗い表情を浮かべる。
実は、キャンプ場に道具を運ぶ前、キャンプカレーを提案した刀華に蓮は自分の分は作らなくていいと言ったのだ。それを聞いた刀華は初めは反対したものの、最終的には蓮に押し切られてしまい、悲しみながらも渋々納得していた。
泡沫と蓮との間にある確執の正体を知らない一輝達は、何かあって刀華達に遠慮しているということしかわからなかった。
それに、前の生徒会でのやり取りを聞いても、泡沫と蓮との仲は相当に悪く、一緒に昼食を取ると明らかに空気が不味くなるからと思っていたのだ。
「……本人がそう言ってるんだからいいんじゃないかな。それに、事情を知らない僕たちには何も出来ることはないよ」
「……そう、だけど……」
ステラは分かっているというふうに頷くも、やはりまだ不満げだ。こう言った料理は皆で食べた方が美味しいに決まっているのだから。なのにどうして……と。
「ねえねえステラちゃん!一緒にバトミントンやろーよ!」
その時、ステラよりも一足先に調理器具を運び終わっていた恋々が、ラケットを片手にステラに大きく呼びかけた。
ステラはすぐに表情を取り繕い、強気な笑みを浮かべる。
「いいわね!でもアタシは強いわよ?」
「なにおー⁉︎アタシだってフットワークじゃ負けないってのっ!かかってこーい!」
「ふふん♪このアタシに勝負事を挑んだこと、後悔させてあげるわ!」
そう言って、ステラは恋々の方に駆け足で行ってしまった。
「あ、ステラ……やれやれ、今からご飯を作るのに…」
手を伸ばして呼び止めようとして失敗した一輝はため息をつく。そんな彼にスーパーの袋いっぱいの具材を運んできた刀華は優しい笑みを浮かべる。
「別にいいですよ。カレーなのでそんなに人数は必要ないですし。お二人には後の片付けをやってもらいましょう」
「そうですね。….…あ、そうだ。材料費いくらでしたか?自分達の分は払いますよ」
「ふふふ。そんなの気にしなくていいですよ。黒鉄くん達には助っ人で来てもらったんですからお食事ぐらい奢りますよ。というか、奢らせてくれないと流石に私が心苦しいです」
少し困ったように肩をすくめる刀華。確かに、もしも一輝が彼女の立場でも同じ申し訳なさを感じてしまう。むしろ、これ以上の遠慮は困らせてしまうだけだ。
「……なら、お言葉に甘えてご馳走になります」
「刀華のカレーは秘伝の自家製カレールーで作るから、滅茶苦茶美味しいんだ」
「ええ。是非是非期待しててください」
「じゃあ黒鉄くんと砕城くんはジャガイモと人参の皮剥きをお願いしますね」
「わかりました」
「うむ、心得た」
「うたくんはご飯を用意してくれますか?」
「ねぇ刀華。あのカレーやるって事はさ、ご飯ももちろん『アレ』だよね?」
「うん。ちゃんとカリフォルニア米買ってきたから、よろしくね」
「ふっふっふ。腕が鳴るぜぇ」
「ふふ」
泡沫と刀華が何やら語り合う姿に、一輝は何が何だかわからなかったが、二人の仲が深いということだけはなんとなく理解できた。
▼△▼△▼△
「む。黒鉄、貴殿は刀だけでなく包丁の扱いも上手いのだな」
「あはは、まぁ一人暮らしが長いもので」
砕城の賞賛に一輝はそう答える。
家出してから四年。それだけの時間を一人暮らしをしていれば、一定の家事スキルは自然と身につく。だから一輝は非常に手際良く、自らに与えられた役割をこなし、ジャガイモを一度水に浸してから一口大の大きさに切っていく。
そして褒める砕城も一輝と同じかそれ以上の手際の良さで人参の皮を剥いていく。
「終わったか。ならば持っていこう」
「はい」
特になんの問題もなく役割をこなした男二人は、刀華の元へと持っていく。しかし、その途中、ふと、一輝の足が止まった。
「………」
「〜♪」
自分の顔を千切って配る国民的ヒーローアニメの主題歌を口ずさみながら、見事な手際で肉とタマネギを刻んでいるエプロン姿の刀華。
若くして母性すら感じさせる立ち姿に視線が吸い込まれる。
その姿が一枚の絵画のように、完成されたある種の『美』を持っていたからだ。
「む?どうした?」
「あ、いえ、何でもないです」
前を歩く砕城に声をかけられ、一輝ははっと我を取り戻す。
(どうしたんだろう僕は。……今、東堂さんの雰囲気に飲まれていた)
珠雫を圧倒的強さで打ち倒した彼女をみた時も、ここまでのものは感じなかった。それに不思議に思いながらも、一輝はとりあえずその疑問を頭の端に追いやって砕城の後を追い、持っている野菜を刀華に渡した。
「これジャガイモです。水にさらしておきました」
「黒鉄くんもご苦労様です。わぁ、一口サイズに切ってますね。とってもグッドです」
「せっかく青空の下で食べるんですから、田舎カレーの方がいいかなと思って」
「花丸百点満点お見事です。黒鉄くんは刀だけじゃなくて、包丁さばきもお上手なんですね」
「はは、長い一人暮らしのお陰ですね。他に何か手伝う事はありますか?」
「いいえ。あとはお鍋一つでできる事ですから、休んでくださっていいですよ」
「それなら、某は兎丸達の様子を見にいこう」
「僕は、少し散歩をしてきます」
刀華の言葉に甘え、砕城がすかさずそう言って一輝もそう答える。そして、一足先に炊事場を抜けさせてもらい、適当な場所を歩こうかと思い歩いていたその途中で———
「ふっふっふ。どうしたんだい後輩クン。刀華のおっきいお尻に見惚れてたのかな?ふっふっ、ませてるねぇ」
先程刀華を見つめてしばし立ち尽くしていたことを、飯ごうでご飯を炊いている泡沫に追求される。
「い、いえ。違いますよ!」
一輝は顔を僅かに赤くして直ぐに否定する。
確かに刀華のお尻は丸くて柔らかそうで、男として魅力を感じないわけではないが——そうではなかった。
「そうじゃなくて……自分でもよくわからないんですが、こう、なんというか目を奪われたんです。東堂さんが炊事場に立つ姿に。なんていうか、そこに目を逸らしちゃいけない何かがあるように思えて」
「ふぅん……」
一輝の返答に、泡沫は何やら興味深そうに唸る。
「目を逸らしちゃいけない何か、か。うん。一眼でそれに気づくなんて、黒鉄くんはやっぱり只者じゃないね」
「どういう事ですか?」
「あの立ち姿に見逃しちゃいけない何かを感じたんだろう?その感覚は正しいって事だよ。あの姿こそが刀華の核、彼女の強さの源泉みたいなものだからね」
「強さの源泉?」
「ああ、昔から刀華を見てきた僕は、ソレをよく知っている」
昔から。そのワードに一輝は去年蓮から聞かされた彼らの関係を思い出し、それを口にした。
「確か、『若葉の家』という、養護施設の出身、ですよね」
「ん?ボク、君に話したっけ?」
「あ、いえ、御祓さんではなく、去年新宮寺君から聞きました。貴徳原さんのことも」
「…………」
一輝は簡単にだが、蓮、カナタ、刀華、泡沫の四人の関係を蓮から教えれている。刀華と泡沫が同じ施設の出で、カナタと蓮が昔からよくその施設に出入りしていて、そこからの仲のいい幼馴染だったと。
ここで蓮の名を出すのは憚れたが、それでもその名を出した一輝はこの後、泡沫の機嫌が悪くなることを予感した。だが、それは少し予想が違っていた。
「ふんっ、あいつから聞いたのか。そういえば、君達は去年は一緒につるんでたね」
泡沫は一輝から顔を背けてそう不満そうにつぶやく。しかし、その声音とは裏腹に一瞬見えたその表情はおおよそ憎しみだけではなかった。そこには驚きや悲しみなどの感情も入り混じった複雑なものだった。
その様子に、一輝は少しばかり反応に困る。
てっきり不機嫌になると思っていたのに、反応が予想外であり、自分が聞こうとしている話題に触れていいのか否か計りかねていたのだ。
(……東堂さんの強さの源泉。それに……)
昔から刀華を知り、そして蓮のことも知る泡沫の様子に、どうしても興味を惹かれた。
東堂刀華がどういう女性なのかを。
そして同時に、気にもなった。
なぜ昔は仲が良かったはずなのに、そこまで蓮のことを毛嫌いするのか。
だから、一輝は思い切って彼に尋ねた。
「あの、良かったら教えてくれませんか。
御祓さんの言う東堂さんの強さの源泉が何なのかを。そして、………貴方が何故そこまでして新宮寺君を否定するのかを」
「…………」
一輝の問いに泡沫は一輝を見上げながら、しばし黙り込んでから、言葉を紡いだ。
「……黒鉄くんは、養護施設って聞くとどういう場所だと思う?」
「身寄りをなくした子供達が暮らす施設……ですよね」
「まあそりゃそうなんだけどさ、でもその『身寄りの失くし方』にも色々あってね。事故や災害で親を亡くしたり、親に捨てられた子供。…………でもそんなのはまだいい方で、親に殺されかけて行政に引き離された子供とかも、まあ色々ね」
「親に……ですか」
自身も実家から無能として扱われ、迫害を受けてきた身としてその言葉に思わず暗い表情を浮かべた。
「うん。で、ウチの施設は当時、そんな結構複雑な事情を持った子供がいたこともあって、まあなんというか、雰囲気が悪くってね。似たような境遇の連中同士で、些細なことで傷つけあったり罵り合ったり、……、みんな苦しんでいたよ。だけど、そんな中で刀華はそのみんなを笑顔にしようと頑張っていたよ。
自分も同じ境遇なのに。小さい子供に絵本を読んで聞かせてあげたり、院長先生に変わっておいしいご飯を作ってくれたりね。……院長先生はすごくいい人なんだけど、料理だけは本当に不味くてたまらなかったね。アレはもうみんな大喜びだったよ。あはは」
話しながら、思い出し笑いをする泡沫に一輝は笑みを浮かべた。
「面倒見のいい人だったんですね」
「昔からね。人の世話を焼かずにはいられないタチなんだ。……その親に殺されかけた奴もそう。そいつはもうとにかく手に負えないくらい乱暴で、どうしようもないくらいに壊れてて、何度も何度も刀華を傷つけたけど、だけど刀華は一度だってそいつのことを見捨てなかった。そのおかげで……そいつはもう一度人間に戻れた。人間らしい感情を取り戻すことができた。だからそいつは今でも刀華に感謝していて、刀華のことが大好きなんだ」
目をふして昔の情景を口にする泡沫の様子に、一輝はその親に殺されかけた子供が泡沫自身であり、自分の話をしているのだと理解する。
「そんなそいつがさ、いつか刀華に尋ねたことがある。どうして刀華はそんなに強いのかって。どうしても気になったんだ。刀華も両親を亡くした自分達と同じ境遇の、同じ子供のはずなのに、どうしてそんなに他人を愛せるのかが。そしたら刀華は言ったよ。
『自分はたくさん両親に愛してもらった。それは普通の家族に比べたらとても短い時間だったかも知れないけど、たくさんの笑顔と愛情をもらった。その思い出は両親が亡くなった今でも自分を支えくれている。だから自分も、他の子供達を笑顔にしたい。みんなが支えになるような思い出を作ってあげたい。自分の両親が自分にそうしてくれたように。人を愛することは、両親が自分に教えてくれた大切で大好きなことだから』……とね」
そして、その言葉通り彼女は戦い続けている。それは、子供達のためだ。子供達のヒーローだからこそ、彼女は戦い続ける。
「刀華は施設を出た今もずっと『若葉の家』の子供達にとっての『ヒーロー』であり続けて、みんなに笑顔と勇気を与えてくれている。親無しの自分達でもすごい人間になれるんだと言うことを身をもって示し続けてくれている。
全国でも指折りの実力派学生騎士《雷切》として活躍し続けることでね」
そこまで言われて、一輝は彼女の強さの源泉が何たるかを理解した。
それは———『善意』。
自分のためではなく、誰かのために比類なき力を発揮する。彼女はそう言った魂のあり方をした騎士なのだ。
そして、その断片を、一輝は料理を作る彼女の姿に垣間見て、目を奪われたのだ。
「黒鉄くん。君はボクの予想以上に強いよ。ボク程度は相手にならないし、カナタでも危ういと思う。だけど、それでも君は刀華には勝てない。あの子の強さは別格だ。なぜなら、あの子は自分が負けると言うことがどう言うことか、どれほど多くの人間に悲しみを与えることかを知っているから。だから負けない。だから折れない。あの子と君とでは、
「…………」
告げられた言葉に、一輝は応答を返さなかった。
ただ、視線を泡沫から、楽しそうに料理を作る刀華に向けて、思いを馳せる。その華奢な双肩に背負われた多くの人達の期待や願いに応えようとする刀華の強さについて。
(……確かに、僕にはそう言うものはない)
一輝は自分自身の価値を信じたいと言う一心でここまで来た。
自分の理想とする自分になる為に、今までひたすらに頑張ってきた。
故に、泡沫の言う誰かの想いが託された重みは、自分の剣には宿っていない。その事実は、まるで黒いもやのような漠然とした形をとり、一輝の心にまとわりつく。
そして、そのもやが暗闇の向こうで問いかける。
お前の軽い剣で、彼女を倒せるのか?———と。
そう思考に耽る一輝に、泡沫はさらに告げた。
「それで、ボクがどうしてあいつを嫌うかだったかな」
「……いいんですか?」
一輝はその言葉に思わず振り返り尋ねる。
聞きはしたものの、それは半ば賭けで尋ねたところで話してくれないと思っていたからだ。
泡沫は一輝のそんな思惑を察したのか、複雑な表情を浮かべ頷く。
「……うん、まぁね。
君とは会ったばかりで、あまり親密じゃないからっていうのもあるかも知れないけどね。
余り構えずに聞いてくれよ」
親密な関係じゃないからこそ、繊細な話も差し障りなくできることもある。今回はその類だった。
そして、一輝が黙り泡沫の話の続きを待つ中、彼は独り言を呟くように話し始めた。
「ボクは、あいつは騎士になるべき人間じゃない、なっちゃダメなやつだと思ってる。あいつには騎士になる資格はないんだよ。
なぜなら、あいつは過去に一生かけても償えないような大罪を冒したからだ」
「え……?」
憎悪と怒りに満ちたその言葉に、一輝は思わずそんな声をあげてしまう。
そんな一輝に泡沫ははっきりと告げた。
「アイツは騎士じゃなくて、罪人だ。
昔、取り返しのつかない事をして刀華とカナタを傷つけて悲しませた。
だというのに、あいつは償いをする訳でもなく、のうのうと騎士を目指している。ボクにはそれがどうしても許せないし、理解できない」
「………」
一輝は前に泡沫が蓮に言い放った言葉を思い出した。
『人殺ししか能がない』。確かに泡沫はそう言っていた。
それを言うに至った原因が、彼が言った取り返しのつかない事に繋がるのだろう。
大罪とはつまり誰かを殺したこと。そしてその大罪が、仲の良かったはずの刀華やカナタを傷つけて悲しませた。だから、泡沫はその罪を犯した蓮を嫌い憎んでいるのではないだろうか。
そして、刀華とカナタを傷つけ悲しませるということは泡沫にとってはそれだけ許せなかったのだろう。元々あった友情が、その大きさのまま憎悪へと反転してしまうほどに。
(もしかして、あの時も……)
一輝はふと思い出した。
去年、蓮がカナタと喫茶店に入って自分達がそれを尾行した日の事を。
あの日の彼の雰囲気。他者を拒絶し、秘密を知られたくないような、自分達との間に壁を作っていた事を。
あれは、あの時彼女と話していたのはこの話のことだったのではないだろうか?
いきなり核心に迫る一輝だったが、何も知らない彼ではそれ以上の推測はできなかった。
そして考え込む一輝に泡沫は彼を横目で見ながら話し続ける。
「確かにあいつが強いのは認める。
でもそれだけだ。あいつはただ強いだけでそれ以上でもそれ以下でもない。
あいつは刀華のように多くの人の期待や想いを背負っているわけでも、誰かに笑顔と勇気を与えるわけでもない。全てが自分本位で、人々には恐怖しか与えない。それに、あいつは
泡沫ははっきりと断言する。
自身が抱く蓮への印象を。蓮に抱く憎悪の感情を。
「あいつは刀華や君達とは違って、何も背負っていない。ただ元から持っている傷つけるだけの『暴力』だけで上にいる。
あんなのが、《正義の味方》?《英雄》?とんでもない。あんなのはただの《殺戮者》だ」
「…………」
それは違うのではないか。そう言おうとして、しかし一輝の口からはその言葉が出なかった。
自分のようにまだまだ彼のことを知らないのならともかく、泡沫は蓮のことを昔からよく知っている。一輝の知らない蓮を知っているからこそ、こう言っているのだろう。
(彼が……何も背負ってないわけがない)
ただ、それでもやはり一輝は彼の言葉は間違っていると思った。
あの日ショッピングモールでの戦闘を見たときも、彼は解放軍の兵士の尽くを鏖殺していた。
あの後、自分たちが外に出された後も彼はきっと敵を惨殺したのだろう。
『殺戮者』
ああ確かにそう呼ばれてもおかしくはないかも知れない。だが、それは……全て守る為に戦った結果のはずだ。
確かに、彼は笑顔や勇気よりも恐怖を与える事の方が多いだろう。事実、学園でも彼には畏敬の念を抱いている者が多いからだ。
中学生の時から《特例招集》で幾度となく戦場に赴き自分では想像できないような悪意と謀略の数々を叩き潰してきた実績を持っているが、それは裏を返せばそれだけ敵と戦いその全てに勝利していると言うこと。
戦った分だけ、人を殺し血を浴び前線に立ち続けているということだ。
そして、それだけ人々の、国の平和を守り続けてきたと言うこと。
一輝は確かに蓮は『殺戮者』だと思っているが、泡沫とは違い『守護者』だとも思っている。それも自身が憧れた《大英雄》黒鉄龍馬と同じ素晴らしき偉大な『英雄』だと。
泡沫の言う通り、彼は昔大罪を冒してしまったのかもしれない。だが、それでも彼はこれまで多くの人々を守ってきた。
たとえ、それが敵を鏖殺するという過激な手段であったとしても、彼は確かに今の日本の平和の維持に貢献し続けてきた。
それに知っているのだ。
彼が家族を心の底から愛して、大切に想っていることを。そして彼の心にはただならないほどの覚悟があるという事も。
誰かを愛せる人が、覚悟を持てる人が、何も背負っていないわけがない。
そして、自分は彼に救われた人間だ。
去年の一年間、折れずに耐えれたのは自分の価値を信じたいという気持ちのほかに、彼らが、蓮があの日手を差し伸べてくれたからだ。
身内以外で自分を初めて見てくれて、認めてくれたから、自分はあの一年間を耐えることができた。
彼は誇り高く、優しい人間だ。
誰かを愛し、想い、手を差し伸べることができる心優しき気高い心を持っている高潔な『騎士』であり、誇り高い『英雄』だ。
だから思う。
彼だって、背負っているものの重みは刀華にも劣らないということを。
彼の大きく逞しい背中には、少なくとも彼の家族や寧音、レオ達の想いが、他にも彼と関わりがあるであろう人達の想いが多く背負われていることを。
彼の剣は断じてただの『暴力』ではなくて、その多くの想いが込められておりとても重く、とても強い『誇り』の剣であることを。
そして、前にも、去年のクリスマス、蓮の家に招待された時も今と同じように目を奪われた事があった。
それが、蓮と二人きりで玄関で話していた時のことだ。彼が特例招集に向かう時の心情や、家族を想う気持ち、それを話している彼の横顔に刀華の後ろ姿と同じように目を奪われた。
刀華の後ろ姿に彼女の強さの源泉の欠片を見たのだから、同じような感覚に陥った蓮の横顔にもその源泉の欠片、彼が抱く覚悟と想いが形作る心のあり方を垣間見たのだ。
「去年は負けちゃったけど、今年は違う。刀華は去年の屈辱を糧にして強くなった。だから、今年はあいつなんかに、負けるわけがない。背負うものの重みで負けているあいつじゃ刀華には勝てないよ。……だって、バケモノはいつだってヒーローに倒されるんだから」
一輝が心の内で泡沫の考えを否定しているとは知らずに、泡沫は飯盒を下から焼く炎に視線を向けながら、忌々しげに吐き捨てる。そして、泡沫は飯盒から視線を上げて、一輝に視線を向け、真剣な声音で忠告する。
「最後に一つ忠告しておくよ。あいつを化け物じみた強さを持っているだけの同じ人間だと思わない方がいい。あれは……
「それは、どういう…?」
一輝が思わず漏らした疑問には答えずに、泡沫はそのまま話し続ける。
「運が良ければ……いや、悪ければか。
もしかしたら、君達は見ることになるかも知れないね、アイツの
———ソレを見た後で、アイツを人間か怪物、どちらで見るかをね。
泡沫の意味深な呟きは何かいいようのしれない寒気を伴っており、一輝の背筋を怖気が伝った。
▼△▼△▼△
「…………」
キャンプ場から少し離れた川沿いのある場所、森の中に突如広がる空間。
そこには、燦々と陽の光が降り注いで、囲む木々や清冽な空気も合わさってどこか神秘的で静謐な空気が感じられる場所。
その空間に蓮は自身が造形した氷の椅子に座り、これまた同じく造形した氷のテーブルに置いてあるバケットに詰められたサンドイッチを一人頬張る。一口含み何度か咀嚼した後飲み込んで、次いで水筒のお茶を流し込む。そして再び、サンドイッチを数度頬張りお茶を飲む。この繰り返しだった。
カナタと事情聴取を始める前に刀華に昼食はいいと断った蓮は、一度駐車場に戻りバイクのトランクから大きめのバケットを取り出すと、一人この河原まで来て昼食を取っていた。
蓮が昼食を断った理由は、元々持ってきていたからというのもあるが、それ以上に泡沫達の事を考えてだ。
泡沫と昼食を共にしたら、必ず険悪ムードになるし、そんな空気のまま昼食を取れるわけがない。特に、刀華特製のカレーならば尚更だ。
あのカレーを食べる資格は、自分にあってはならないのだから。
蓮は川の流れに逆らいながら泳ぐ鮎達を見下ろしながら、サンドイッチを頬張りその味の感想を呟く。
「……美味いな」
実はこのサンドイッチは蓮が作ったわけではない。全て陽香の手作りなのだ。
前に、奥多摩に調査に行く旨をレオ達に伝えたところ、別行動を取ると聞いた陽香が昼食をつくらせてくださいと蓮に頼んだのだ。
適当に済ませようとしていた蓮はそれを承諾し、朝一に陽香がせっせと作ったサンドイッチの詰まったバケットを受け取ってから、奥多摩に来たのだ。
今頬張っているのは、レタスにベーコンとチーズが挟んでいるサンドイッチ。ピリッと焼かれ胡椒の味付けがされたベーコンとチーズ、それにレタスのシャキシャキとした食感が絶妙だった。そしてしばらく、黙々と食べ続けていると、ふと砂利を踏みしめる足音が蓮の耳に届く。
蓮はその音の正体を確かめることはなく、水面を見下ろしながら気配を正確に感じ取り近づく者の名を呼んだ。
「……どうした。カナタ」
蓮に近づく者——刀華達と昼食を食べているはずだった、カナタだったのだ。
カレーを手に持った彼女はこちらを振り向かずに自分の名を呼んだ蓮に特に驚くことはなく穏やかな笑みを浮かべて話しかける。
「……昼食をご一緒したいと思いまして。隣、宜しいでしょうか?」
「……俺は構わないが、いいのか?泡沫がいい顔しないだろ」
振り返った蓮は尋ねる。
ただでさえ蓮が調査に同行しているだけで、あそこまでの嫌悪をむき出しにしているのに、さらにカナタが蓮と昼食をとることは、蓮を憎んでいる泡沫からすれば、気分の良い話じゃなかった。
それを正確に読み取っていた蓮がそう気遣うものの、カナタは首を横に振った。
「構いませんわ。それにうたくんの事なら刀華ちゃんに任せておけば、大丈夫ですから」
泡沫から全幅の信頼を寄せられている刀華がいえば、泡沫も渋々だが黙るだろう。
泡沫に関しては、刀華に任せれば大体解決する。これは、昔からの周囲の人間の共通認識だったのだ。
きっと、今も刀華が説得している事だろう。
納得した蓮は、無言で自身の隣に氷の椅子を造形してカナタに座るように促す。
「では、隣失礼しますわね」
「ああ」
そしてカナタは蓮の隣に腰掛けて、手に持っていたカレーを机に置いた。しかし、置かれたカレーの数は一つではなく、大盛りと並みのアンバランスな二つ。それに蓮は思わず訝しむ。
「なぜ二つなんだ?まさか俺の分とか言わないだろうな」
蓮の少し鋭い非難の視線が彼女に向けられる。
彼女にも昼はいらないことは伝えたし、自分にはそのカレーを食べる資格がないことは彼女も分かりきっているはずだ。なのに、どうして持ってきたのか。
そんな非難が込められた視線に対して、カナタは分かっていると言うふうに頷いた。
「ええ、分かっていますわ。これは二つとも私の分です。実はお恥ずかしい話なのですが、最近食事量が増えまして。一皿では足りないと思っていたところなのです」
「……あー、もしかして、母さん達との特訓のせいか?」
「ええ、恐らくは。今までよりも密度も量も比較になりませんので」
黒乃と寧音のしごきの特訓は苛烈を極めていた。戦っては、打ちのめされ、気絶する。気絶してはすぐに叩き起こされ、無理やり回復させられてまた戦う。ひたすらその繰り返しであり、普段よりも行動量は増えている為、当然その分だけ、消費は激しいのだ。そして、日頃の食事量も増えており、最近はよく食べるようになった。
刀華には食べ過ぎで太るよと言われているが、今のところ太った様子はない、寧ろより体は引き締まった。
「調子はどうだ?まあ、お前の様子を見れば、大体はわかるが」
カナタの説明に納得した蓮はカナタの体を見ながら、そう尋ねる。
カナタはお淑やかな所作でカレーを掬うと口に運び味わい頷いた。
「順調ですわ。自分でも強くなっていることは自覚できています」
「そうみたいだな」
蓮は青い瞳を輝かせて彼女の肉体を診る。
水使いが使う治癒術の応用で蓮は見たものの肉体状態を見ることができる。簡単な怪我は勿論として、筋肉疲労の具合や細かい体調など、蓮は本職の医者のように視診することでそのものの状態を把握できるのだ。
今もカナタの肉体を透視のようにして診察しており、前見た時よりも身体が引き締まっていることが分かったのだ。
カナタはそれを知っていたのか、特に疑問に思うことはなく平然と応える。
「ええ、その通りですわ。やはり貴方にはお見通しですわね。流石です。ですが……」
「?」
カナタは手を伸ばし蓮の両目を片手で隠すとクスクスと笑いながら悪戯っぽく言った。
「レディの身体を凝視するのはいただけませんわ。もしかしたら、セクハラになってしまいますわよ?」
「……すまん。これからは気をつけよう」
「うふふ、冗談ですわ。貴方ならいくらでも見て構いません」
「…………」
ドストレートな言葉に蓮は思わず無言になる。
《紅の淑女》と世間では呼ばれてはいるが、昔の彼女を知っている蓮からすれば彼女は猫を被っていると思っている。
淑女然とした姿はあくまで外面。その内面は、まだまだ悪戯気質なお転婆娘だ。とはいえ、その本性は今はあまり見せていないので知らない人の方が圧倒的に多い。
そして前の膝枕といい、今回の事といい、恋は女を大胆にさせるとは聞くが、それはどうやら
本当らしい。
好きな人だからこそ、全部みてもいい。
つまるところ、彼女はそう言っているのだが、それは淑女らしからぬ発言だった。蓮は小さく嘆息すると、彼女の手を下ろしながら呟く。
「なぁ、前から思ったが遠慮がなくなってきてないか?」
「好きな人の前ですから」
「………」
間髪いれない返しに蓮は思わず無言になる。
「と、ともかく特訓の方はたまに俺も様子は見に行くから頑張れ」
「ふふ、ええ、勿論ですわ」
露骨に視線を逸らし、話題を変えた蓮に、カナタは笑いながらもそう答える。次いで、カナタは蓮の手とバケットにあるサンドイッチに視線を移した。
「そういえば、そちらは蓮さんの手作りですか?色とりどりで美味しそうですね」
「いや、これは陽香が作って……ぁ」
蓮は何気ない様子で陽香が作ったことを言ったが、直後やらかしたと直感する。
なぜなら、陽香の名を聞いたカナタの笑顔に無言の圧力が加わったからだ。どう考えても恋敵が自分達の好きな人に昼食を持たせたことに対してだ。
というか、この状況で陽香の名前を出すのは不味かった、と蓮は軽く後悔する。
そして、蓮が無言になる中、カナタは小さく笑みを浮かべる。それは先程とは違い、好戦的な何かが宿っていた。
「ふふ、そうですか。ええ、五十嵐さんったら、手の早いこと。本当に張り合い甲斐がありますわね。私も今日のことを考えたら、お弁当を作って差し上げるべきでしたわ。そうすれば、対抗できましたのに、大失態ですわ」
「お、おい……」
ブツブツと呟くカナタに蓮にしては珍しく恐る恐ると言った様子で声をかける。それに反応したカナタは威圧的な笑みを浮かべながら、蓮に迫った。
「蓮さん」
「あ、ああ」
「今度お昼、私がお弁当を作ってお持ちしてもよろしいでしょうか?」
どう考えても対抗意識からだろうが、蓮に断れるはずなどなかった。
いや、そもそも断る気など元からないのだが、手間をかけるなどの、気を使った理由で断って仕舞えば後がどうなるかわからない。というか、絶対にまずいことになる。
そう直感した蓮は、カナタの頼みを承諾する。
「あ、ああ、構わない」
「では、今度お持ちしますね。何かリクエストはありますか?」
「いや、特には。お前の作るものならなんでもいい」
「分かりました。では、期待してお待ちください」
約束を取り付けたカナタは笑みを浮かべる。
その様子を横目で見た蓮は再び食事を再開させて、サンドイッチを頬張る。
カナタもスプーンを動かしカレーを口に運ぶ。川のせせらぎ、風に葉が揺れる音、咀嚼音と、食器が鳴らす音が静かに響き、無言の時間が少し過ぎた後、蓮が全てのサンドイッチを食べ終わり、カナタも一皿目を8割ほど食べ終わった頃、カナタは二皿目には手をつけずにふと食事の手を止めて口を開いた。
「そういえば、ここにはこのような場所もあったのですね。去年は知りませんでした」
カナタは周囲を見回しながらそう呟く。
この合宿施設の付近を川が流れていることは知っていたが、川沿いにこのような秘境的な場所があることは知らなかった。
「ああ、去年ここを見つけてな」
蓮は周囲を見回し笑みを浮かべながらそう答える。
彼がこの場所を見つけたのは、去年の七星剣武祭前の強化合宿の時だ。夜間の時間帯に一人鍛錬していた蓮は、月明かりに照らされたこの場所を見つけて気に入ったのだ。
暗闇の森の中、突如広がる月明かりに照らされた空間は、どこか幻想的であり一目見て蓮はすぐにここを気に入った。
今は昼だが、夜間の月明かりとは違った良さがあって昼夜関わらずこの場所は蓮にとって安らぎを与える場所にもなっていた。
「そうでしたか。確かにここはどこか心地よいですね」
「そうだろ?見つけたのは夜だが、昼でも全然いい。それにどうも俺はこういう自然の空気の方が肌に合ってるらしい」
「といいますと?」
カナタの疑問に、蓮は青空を見上げながら穏やかで自然体な笑みを浮かべて応える。
「龍神の力のせいなのか、《魔人》になったからかは分からないが、どういうわけか、都会よりもこういう山や海の自然の空気の中にいる方が
「………っ」
カナタは蓮の何げない言葉に、僅かに目を見開く。蓮は分からないと言ったが、カナタにはその理由に心当たりがあったのだ。
それは黒乃や寧音が密かに危惧していた事でもあった。
それは
《覚醒超過》を使用し、今はまだ肉体に影響は出ていなくても、最も魂と密接に繋がっている精神の方には既に影響が出ているのではないか?黒乃と寧音は考えたのだ。
それはカナタも鍛錬中に三人しかいない時に聞かされ知っていた。だからこそ、今の言葉に反応してしまったのだ。
もしも、今の蓮の発言が山の空気が美味しいなどの類であれば良かった。だが、そうではない事はすぐに分かった。
今の発言が意味するところは即ち、『獣の本能』。
超常的存在であり、『神』でもある『龍神』。海を、天を支配する森羅万象遍く生物全ての頂点に立つ存在。
自然の具現と言われるほど、龍神は自然と密接につながっている。そして、その自然の中に身を置き安堵するということは、人ではなく野生に生きる獣の本能が彼の心にはあるという事。
それはつまり、蓮は二度の《覚醒超過》により、肉体に異変はなくとも、精神が先に変質しかけ獣のそれに引っ張られつつあるのではないだろうか。
だとすれば、いつかは———
「……っ」
「カナタ?」
カナタはその果てを想像してしまい、咄嗟に蓮の手を握った。蓮はカナタの行動に戸惑いの声をあげる。
「蓮さん。……お願いですから、もう…どこにもいかないで、もう……遠くには、いかないで……」
カナタはそうか細く呟いた。
彼女には重なって見えてしまったのだ。あの時見た悪夢の光景が、異形へと変質していく中、炎に呑まれて消えてしまうあの姿と、今の蓮の儚げな様子が重なって見えてしまった。
だからこそ、咄嗟に手を伸ばしたのだ。
あの時、届かなかったから。
今度こそ、彼を引き止めるために。
このまま放っておけば、彼は身も心も怪物に堕ちてしまう。そう直感してしまったから。
「………」
彼女の懇願にも似た呟きに、蓮は何も答えられない。
彼には分からなかった。彼女が今そんな事を言った理由が。ただ、わかるのは自分が何か彼女を悲しませるような事をしたことだけ。
だから、蓮は彼女の手を優しく握り返した。
「大丈夫だ。俺は、ここにいる。遠くには行かないよ」
その理由を察することはできなかった蓮は、そう優しく言った。
今後、どうなるかはわからない。
もしかしたら、彼女の言う通りどこか遠くに行ってしまうかもしれない。
だが、それでも蓮はどこにも行くつもりはない。彼女の手が届くところに自分はいるから大丈夫だと。蓮は彼女を安心させるためにそう言った。
(……蓮さん…)
だが、カナタは知っている。蓮が復讐のために戦っていることを。
もしも、この先の未来で『その時』が来てしまったら、彼は迷わず一人になることを選ぶ。一人で全てを背負ってしまう。一人で戦って傷ついてしまう。そして、既に自身の終わりを定めてしまっている彼は、きっと『その時』が終われば躊躇わずに死を選んでしまう。
それを止めようにも自分にはまだそれだけの力はない。
寧音と黒乃に鍛えてもらっているおかげで、確かに実力は伸びている。自分でも強くなっていることは自覚できた。それでも彼の隣に立つには到底足りない。彼の背中を守るには圧倒的に実力不足だ。
だから、カナタは———
「……ですが、無理は禁物ですよ。
もう私も貴方の事情は知っているのですから、一人で抱え込まずに私にも頼ってください」
楔を打つことにした。
今の自分では彼を止めることはできない。だが、もしもの時に引き止める要因の一つになり得ればいいと考えたのだ。
どうしようもなくなった時に、その言葉を思い出して、頼ってほしいから。
「……ああ、ありがとう」
きっと、その真意に気づきはしなかっただろう。だが、それでも蓮は笑みを浮かべて礼を言った。その真意には気づかずとも、彼女が蓮を心配してくれていることはわかったから。
蓮の言葉に、僅かにでも安堵したのかカナタは穏やかな笑みを浮かべると告げる。
「ねぇ、蓮さん」
「なんだ?」
「……資格なんて要らないんですよ」
「……?何の話だ?」
訝しむ蓮にカナタは儚げに笑うと二皿目のカレーを彼に差し出す。
「このカレーは貴方も食べていいんです」
「………そういうわけにはいかない。俺がソレを食べていいはずがない」
カナタの言葉に一瞬目を見開いた蓮は、目を背けながら冷たい声音ではっきりとそう言う。しかし、それでもカナタは諦めない。
「ですが、このカレーは刀華ちゃんと私、うたくんだけじゃなくて、貴方もレシピ制作に携わっているでしょう」
そう、実はこのカレー。刀華とカナタと泡沫だけでなく蓮もレシピ制作に一枚噛んでいる、四人の合作カレーだったのだ。
刀華やカナタと共に、料理がまずい院長の代わりに、あまりお金をかけずにみんなが喜ぶご馳走を作れないかと何日も頭を唸らして、さまざまな調味料や材料を混ぜて試行錯誤した末の一品。
刀華やカナタと同じように蓮も『若葉の家』の子供達が笑顔でいてほしいと願って、作った。
蓮にとっても『若葉の家』の子供達のことは大切だった。黒乃に引き取られはしたものの自分も彼らと同じ『親を亡くした』子供だったから。
親近感というか、同族意識のようなものがあったからだ。だから、自分が黒乃に引き取られ幸せになっているように『若葉の家』の子供達にも幸せに、元気になってもらいたかったのだ。
蓮にとってもこのカレーは思い出の品だった。
だからこそ、製作者の一人である蓮はこのカレーを食べる資格が、否資格なんてどうでも良く食べていいのだ。
しかし。
「確かに俺もソレを作るのを手伝った。だが、あくまで手伝っただけだ。
それに、俺があの子達にしたことを考えれば、食べていいはずがないだろう。何より、俺にはソレを食べる資格がない」
それでも、蓮は頑なに拒んだ。
確かに自分も製作には携わった。だが、所詮はそれだけの話だ。『黒川事件』のことを考えれば、自分がそのカレーを食べていいはずがない。
自分がそのカレーを食べると言うことは、そのカレーに込められた彼らの想いと、あの日々の思い出を穢すことに他ならない。
だからこそ、自分にはそのカレーを食べる資格はない。
そう告げる蓮にカナタはとても優しげな表情を浮かべながら、告げる。
「美味しいご飯を食べるのに資格も、理由もいりませんわ。それに、勿論私もですけど、刀華ちゃんは今日をとても楽しみにしていたんです」
「……何?」
「調査に来たのに何を浮かれているんだと、お思いになられるでしょうけど、それでも私達はまた貴方とあのカレーを食べれると思って嬉しかったんです。もう叶わないと思っていましたから」
「………」
「無理を言っているのはわかります。貴方の考えも理解はできます。ですが、それでも少しでいいんです。ほんの一口でもいいですから、どうか食べてもらえないでしょうか?そうしたら残りは私が食べますから」
カナタはそう優しい声音で懇願した。その懇願と彼女の真剣な眼差しを受けた蓮はソレを見つめ返しながら、しばらく沈黙する。
それが、どれだけ続いたのだろう。しばらくの沈黙ののち、ついに蓮は屈した。
「はぁ……分かったよ、食べる」
「っ、ありがとうございます。量は少なくしているので、この量でも食べ切れると思いますわ」
蓮の承諾を受けて、カナタは表情を綻ばせるとカレーをさらに蓮の方に押し出し、そんなことを言いながら横に置いていたポーチからタオルに包んだスプーンを差し出す。
その一連の行動と最後の発言に、蓮はカナタの思惑を察した。
「お前、まさか……最初からそのつもりで……」
思えばおかしかった。
カナタが持ってきたカレーは一皿目と二皿目で量が違ったのだ。一皿目が大盛りなら、二皿目は並より少し多い程度。
初めから二皿目の量を減らしていたのは、つまりそう言うことなのだろう。
気づいた蓮にカナタは申し訳なさそうな表情を浮かべ、謝罪する。
「はい。そのつもりでした。騙すような真似をしてしまい申し訳ありません。ですが、それでも貴方には食べてもらいたかったんです」
実際にカナタの食事量が増えたのは本当だ。しかし、その増えた分は、一皿目で大盛りにしていて補っている。だから、二皿目は初めから蓮に食べさせるつもりだったのだ。
「大丈夫ですわ。貴方が食べたことは秘密にしておきますから。それに、ここには私と貴方以外誰もいません。貴方がここで食べても、誰も咎める人はいませんのよ。ですから」
「……………」
カナタに促された蓮は、しばらくの間カレーを見下ろす。やがて、しばらくの逡巡の後、ため息をつきついに蓮はカナタからスプーンを受け取り、カレーを一掬いして一思いに食べる。
しばらく無言で食べ続け飲み込んだ後、蓮は小さく笑みを浮かべながら呟いた。
「………腕を上げたんだな」
その声音には確かな喜びと感嘆があった。
白米の代わりにガーリックライスを使い、刀華がタッパーに持ってきたのだろう、牛すじの旨味がたっぷりと溶け込んだ自家製のカレールーを合わせることで香ばしい香りのするカレーになる。
このカレーの味を蓮は今でもはっきりと覚えている。あの時も、とても美味しくて皆で大喜びしていたのを覚えている。
だからこそ、気づいた、昔よりも美味しく改良されていることに。
「ええ、昔よりも改良したんですのよ。あの時よりも、美味しくなっているでしょう?」
カナタはそれに穏やかな笑身を浮かべながら得意げに呟く。蓮はもう一口食べながら、それに返した。
「………ああ、昔も美味かった。だけど、今はもっと美味い。懐かしい味だ」
そこからは蓮は一度もスプーンを止めなかった。ガツガツとサンドイッチを大量に食べた後とは思えないほどのペースで蓮は何度もカレーを掬っては、口に運んでいった。
一度もお茶を飲むことはなく、カレーを味わい尽くさんと言わんばかりに蓮は口に掻き込む。
時折聞こえる感嘆の声を、カナタは隣で嬉しそうに聞きながら表情を綻ばせて、自分もまた残りのカレーを食べていった。
▼△▼△▼△
奥多摩の森林上空、灰色の雲が覆う空の中を青い流星が飛翔していた。
流星の正体は蓮だ。
《海龍纏鎧》を纏い、背には巨大な蒼の翼《
ここは、登山者などが往来する普通の山とは違い、伐刀者の訓練用施設であるため道はまるでならされておらず、どこもかしこも草木が鬱蒼と生い茂っている。
それに加えて斜面の傾斜もきつく、なかなかに険しい道だ。しかし、この程度の道ならば蓮にとってはどうと言うことではないのだが、彼の場合は上空から見渡した方が効率がいいが故に、空を飛んでの調査を行なっている。
「………」
結局、食べ終わるまでそばを離れなかったカナタに単独行動をすることとカレーが美味かったことを改めて告げ、刀華達の準備が終わるよりも一足先に、単独で山に入り調査を開始したのだ。
調査を始めてから一時間。
生徒会と一輝とステラ達も山入りした中、蓮はまず、宮原が見せた証拠写真が取られた場所に向かい足跡の痕跡を見付け、『霊眼』での魔力痕跡を探ってみたものの、目立った魔力的証拠は残っていなかった。
蓮の『霊眼』は常人では見えない魔力の光を視認するだけでなく、伐刀絶技の影響により、その場に残留する魔力も見ることができる。
蓮はそれを利用し、事件現場の残留魔力を見て、波長を判断しそれを辿って敵の確保、殲滅を行なったこともあるのだ。
しかし、足跡にはその残留魔力はなかった為、今はその人形の素体となった岩を切り出したと思われる場所を捜索中なのだ。
足跡では見つからずとも、岩を切り出した時には必ず魔力が残っているはず。そう蓮は読んだ。
(どこかに岩石を切り出した場所があるはずなんだがな……なかなか見つからないな)
蓮は飛翔しながら、森を見渡す。
兜の右眼部分をカメラのレンズのようにして、時折ズームしながら望遠鏡のように隈なく探していく。
広大な敷地をいくつかの区画に分けた後、蓮はその区画を一つずつ探しているのだが、足跡はところどころにはあるが、大きな痕跡はなかなか見つからない。
(この辺りにはないか。……別のポイントに向かおう)
蓮はこの区画にはこれ以上の痕跡はないと判断し、次の区画へと移動するがその途中でふと止まり、ホバリングしながら鉛色の空へと視線を上げた。
「……これは……」
空の様子を見ながら、瞳の色を変化させる。
深い紺碧から、鮮やかな金碧へと。
それは『龍神』の力を行使している証。彼は、今瞳だけ龍神化しているのだ。
蓮はその龍眼を以って、空を視る。
「もうすぐ降るな。しかも結構な豪雨だ」
天を操ることができる龍神の力を宿しているか、彼は天候の未来予測ができるようになった。
その天候予測の龍眼で蓮はこの後、おそらくは30分ほど後に豪雨が降ることを予測する。豪雨になれば、この山の中での捜索は他の者たちなら困難になるだろう。だから、
「…………」
蓮は懐から端末を取り出し、電話をかける。
一度コール音が鳴った後電話相手が応じた。
『もしもし、蓮さん。どうされましたか?』
蓮が電話した相手、合宿施設にて連絡係として残っているカナタだった。蓮はカナタに電話がつながったことを確認すると、単刀直入に言った。
「カナタ、後30分ほどでここ一帯に豪雨が降る。捜索に出ている全員を一度撤退させて、雨が止むまで待機させろ」
『雨、ですか。ええ、分かりました。皆様に伝えましょう。ですがどうしてお分かりになったのですか?』
「『龍神』の力だ。天候操作の派生で天候予測も出来るからな。それでだ」
『ああなるほど。ですが、それなら密かに雨雲をずらすことはできないのですか?』
カナタの疑問はもっともだ。
龍神の能力の一つである天候操作。
それを使って、雨雲を別の地域にずらして、この地域一帯を晴れにして捜索を継続できないだろうかということだ。
しかし、それに蓮は首を横に振った。
「確かにそれは出来るが、俺はあくまで有事の時以外は天候操作は使用しないようにしている。無闇矢鱈と天候を変えることはしない」
蓮は決めているのだ。
本当に必要な有事の時以外は、無闇に天候を、自然の流れを歪めないことを。
この星の運命から外れた存在である《魔人》の自分が、自身の力に任せて好き放題天候を変えていたら、いつか取り返しのつかないことになるかもしれないと、蓮は思っているからだ。
ソレを理解したカナタは了承の意を示した。
『……なるほど、話はわかりましたわ。そちらは調査を続けるのですよね?』
「ああ、そのつもりだ」
『でしたら、どうかお気をつけください。
余程のことがない限りは、貴方なら大丈夫でしょうけど、もしも危険を感じたらすぐに連絡してください。すぐに駆けつけますので』
「その時は頼む」
そして蓮は通話を切って、端末を懐にしまうと再び飛翔を始める。その最中、蓮は今回の騒動の原因に思考を巡らせていた。
(しかし……一体、何が目的だ?)
蓮には犯人の動機がわからなかった。
なぜ、わざわざ合宿施設て人形を操っていたのか。その理由が蓮には皆目見当もつかなかったのだ。
ただの悪戯ならばまだマシだ。灸を据えてやればいい。だが、悪意によって行われたものなら?しかも、その悪意の主が蓮と黒乃が危惧した通りの強大な存在だったのならば?
(………どうも、胸騒ぎがする)
蓮は調査を始めてからずっと嫌な予感を感じていた。邪悪な何かが人々の目に映らずに水面下で蠢いており、これはその前兆だと、そんな気がしてならないのだ。
(……やはり、学園に戻した方がいいか?)
一応、豪雨が降るため全員を施設に撤退させるように伝えはしたが、やはり安全を考慮して巻き込ませないように遠ざけて学園に戻らせた方がいいのではないのか。
そう考えはしたものの、すぐに首を横に振る。
(いや、俺が守っていた方がまだマシか)
本当に強大な敵がいた時、その場で足止めできている状態ならともかくまだ会敵していない段階で、自身の手の届かない場所で彼らが襲われてしまったのなら本末転倒だ。
だから、この場から離れさせるにしても蓮がここで足止めが出来ていることが前提条件となる。
「降ってきたか」
そこまで考えて蓮は鎧を打つ雨水に、雨が降ってきたことを把握する。
最初はポツポツと降っていたそれが、時間を待たずにすぐさま蓮の言った通りに大振りの豪雨へと変わっていく。
「……あれは?」
蓮は前方に不審なものを見つけた。
山の麓から中腹まで広がる断崖。岩壁は所々崩落している。そして、その麓には大量の倒木があり、無理やり広げられて造られたかのような空間があった。
蓮はすぐにその場所を霊眼で視る。
そしてついに見つけた。
「やっと見つけた」
そこには遠くからでもわかるほどの濃密な魔力が残っていたのだ。
蓮はすぐにそこに向かい、降り立つ。
周囲を見渡せば、地面にはまるで巨大な何かが這い出てきたかのように、大きく抉られた跡が無数にあり、岩壁はまるで何かに斬られたかのように大きく削られている。木々は無数の何かに倒されたかのように辺り一体全て軒並み根こそぎ投げ出されている。極め付けは、無数にあるのではないかと思ってしまうほどの様々な形状の大量の足跡があった。
間違いなく、ここが人形達の素体となった岩石や土塊を採掘した場所だ。
蓮は早速霊眼で魔力痕跡を探る。
すぐにそれは見つかり、残留魔力が最も濃厚な場所へと向かい、更なる分析を試みる。———そして、大きく目を見開いた。
「ッッ⁉︎なんだとっ⁉︎」
蓮は魔力を視た瞬間、珍しく焦燥を露わにする。同時に、蓮は黒乃の判断が正しかったと心底思った。
魔力の痕跡を辿った結果、今回の騒動の元凶の正体に行き着いた蓮は、焦燥を露わにしながら冷や汗を流した。
(俺が来て正解だった。まさか、これほどの奴が関わっているとはな。だが、なぜ奴が関わっているっ⁉︎)
今回の騒動の元凶はやはり伐刀者だった。
能力の系統は概念干渉系だが、蓮にとっては初見の未知の異能のため断定はできなかった。
しかし、能力の波長などから敵のスタイルは鋼線型の霊装を用いて、魔力の糸を伸ばして人形などの無機物を遠隔操作する『鋼線使い』ということがわかった。
そして、蓮が視たその魔力が宿している特異な性質。それはあまりにも邪悪であり、魔力越しに見てもわかるぐらいに悪意に満ちたドス黒い魔力。
そう、《魔人》だ。
蓮と同じ《魔人》が、今回の騒動の元凶だったのだ。
『鋼線使い』と《魔人》。この二つのキーワードを有する存在など蓮は一人しか知らない。
「何が目的だっ‼︎《傀儡王》オル=ゴールッッ‼︎‼︎」
蓮はその名を怒りのままに叫ぶ。同時に、とてつもない殺気と魔力が周囲一帯に放たれて、遠くにいた鳥達が勢いよく木々から飛び立ち、遠くへと逃げる。
どうやら、蓮のあまりの殺気と魔力の濃さに、敏感な野生動物達は怯えたらしい。
しかし、そんなこと蓮にはどうでもいい話だ。
《傀儡王》オル=ゴール。
《解放軍》に所属する《
特にその中でも、悪辣さに長けた《魔人》だ。
直接的な攻撃力は《魔人》達の中では弱い部類であり、一対一ならば最弱に部類されるかもしれない。しかし、彼の恐るべきところはそこじゃない。
彼の最も恐ろしい点は、異常なまでの魔力制御力にある。
彼はその高すぎる制御能力を持って闇の世界から蜘蛛の糸を伸ばし多くの人間を人形として操り《解放軍》の目となり、耳となっており、世界中の情報を集めるいわば諜報の役割を担っている。
そして、更に言えば彼はその埒外の魔力制御と総量を以て、通常の鋼線使いでは不可能なほどの距離の糸を伸ばし、数千、数万の人間を操作しているのだ。
それらを鑑みて、連盟では《傀儡王》の総合的な危険度はあの《解放軍》の盟主である《暴君》よりも遥かに高いのだ。
故に、彼がなんらかの行動を起こしたとなれば、看過はできない。最悪の事態に備える必要がある。
だが、蓮は今回の件でオル=ゴール本人が動くとは思っていない。彼が操る数万もの人形の一体が、なんらかの目的を持って動いていると見ている。
しかし、だ。もしも、今回の件で彼の興味を引いてしまうことがあれば、………もしかしたら、本人が動くかもしれない。
そうすれば、自分たちのような《魔人》ならともかく、カナタや刀華達では何もできずただ悪意に呑まれて弄ばれて終わりだ。
だからこそ、自分が対応しなくてはならない。
何故なら、蓮は《傀儡王》などの世界各地の凶悪な《魔人》に対抗できる希少な《魔人》なのだから。
「とにかく、全員を一箇所に集めて結界を張るべきか」
《傀儡王》が操る『人形』が相手ならば、たとえ本人よりも遥かに劣る相手だったとしても彼女達には荷が重いだろう。
蓮は全員に分散されていてはいざという時に不利な状況になると危惧し、全員を合宿施設へと一度撤退させて結界を張りつつ様子を見て、もしも、最悪の事態になれば全員を学園へと飛ばして状況を伝えさせよう。
そう判断して、カナタにそれを伝えるべく懐から端末を取り出し、連絡しようとする。
その時、タイミングがいいのか悪いのか、蓮の端末が着信音を鳴らした。
蓮は頭上に水の膜を作り傘がわりにして電話に出る。電話の主はカナタだった。
「カナタ、どうした?」
『先程言われた通り、全員に施設に撤退するように伝えました。ただ、一つ問題が発生しまして』
「何があった?」
蓮は正体が判明したばかりなのもあって、強い警戒が滲んだ冷たい声音で思わず問いかけてしまう。
『刀華ちゃんとうたくん、そして恋々ちゃんと砕城さんのペアは既に撤退して休憩しているところです。ですが、どうやらステラさんが倒れたらしく、黒鉄さんは戻らずに近くにあった緊急避難用の山小屋で休んでから戻る、とのことです』
「っ、こんな時にかっ」
蓮は思わずそう悪態をついてしまう。
無論、一輝達が悪いわけではない。おそらくは日本のなれない気候と、山の天気に体を崩したのだろう。
仕方ないと言えば仕方ない。だが、それはタイミングが悪すぎた。一箇所に集めるべきだと判断したばかりのこのハプニングだ。
タイミングが悪いとしかいいようがない。
そして、蓮が悪態をついたことに、ただならない事だと感じたのか、カナタが緊張を滲ませた声で尋ねてくる。
『蓮さんがそう言うということは、何か分かったのですね』
「ああ、目的は不明だが少なくとも敵の正体だけは判明した。だが、それを話す前に一人になれる場所に移動しろ。お前以外には話せない事だ」
『ッッ‼︎‼︎……分かりました。少々お待ちください』
その言葉に、話の重要性や危険性が高いことを理解したカナタはそう了承し、一度通話を切る。おそらく刀華にその旨を伝えているのだろう。少し待った後に、再び端末がカナタからの着信音を鳴らす。
『蓮さん、お待たせしました』
「すまない、助かる」
『いえ、貴方が言うのですからそれほどのことなのでしょう。それで席を外させたと言うことは、まさか《魔人》が関わっていると言うことでしょうか?』
カナタは蓮が自分を一人になれる場所に移動させたことに、今からする話が自分しか知らない《魔人》の事だと判断する。それに蓮は頷いた。
「その通りだ。ただ、間接的に関わっていると言ったほうがいいか」
『しかし、一体、誰が……』
「《傀儡王》オル=ゴールだ」
『ッッ、あの《十二使徒》の一人がですかっ⁉︎』
電話口からでもわかるほどの動揺の声がカナタの口から発せられる。
カナタは《魔人》のことを知ってから、蓮達に世界各地の《魔人》の存在などをレクチャーされている為、《傀儡王》の事も知っていた。
故に、《傀儡王》の危険性なども当然知っている。
「正確には奴が操る人形の一体がだがな。何にしろ、碌でもないことは確かだ」
『ええ、目的が不明でも《傀儡王》ならば警戒して当然ですわね』
「ああ、とは言えまず間違いなく術者は出てこないと見たほうがいい。それもこの地域一帯にはいなくて、数十、数百kmから離れたところから遠隔操作しているだろう」
一般的な『鋼線使い』が糸を伸ばし人形を自在に操る範囲はせいぜい数百mから1kmが良いところだ。しかし、それは通常の、あくまで『人間』が成せる範囲であり、《傀儡王》に関してはこの世界全土に糸を伸ばし自在に操ることができる。
だから、今回も術者たる人形は蓮達の前には決して姿を表すことはない、そう踏んでいる。それは、カナタも同じ認識だ。
『はい。貴方の言う通りでしょう。ですから、私達に一塊になるように伝えたのですね』
「ああ、結界を張りながら様子を見るつもりだったんだがな……」
そう思った矢先に一輝とステラのハプニングだ。うまくいかないことばかりだな、思わず嘆息してしまう。それを聞いてカナタは笑った。
『ふふ、まぁそればかりは仕方ないでしょう。なにせ、ヴァーミリオン皇国と日本では環境が違いますから、来日したばかりのステラさんが体調を崩すのも無理はありません。どうか、大目に見てあげてください』
「分かってる。彼女を責めるつもりはない。とにかく、二人の方は俺が向かおう。お前達がわざわざ雨に濡れながら向かう必要もない」
『はい。お願いします。場所は西側です。山小屋の場所はわかりますわよね?』
「ああ、この辺りの地図は全部頭に入ってる」
『流石ですわ』
調査する以上、その場所の地形などは把握しておかなければならない。蓮はこの辺り一体の地理は完全に覚えており、自分が今いる位置と、一輝達がいるという山小屋との位置を脳内に展開した地図に照らし合わせて把握する。
蓮の発言に、カナタは惜しみない賞賛を送った。
「念の為、『鴉』をそっちに飛ばして結界を張る。お前の側に置いておくから、何かあれば『鴉』に言え。そうしたら、俺にも届く。それと、しばらくヴァーミリオンの様子を見てからそちらに戻るから、少し遅くなるかもしれない」
『ええ、かしこまりました。蓮さん、お気をつけください』
「ああ」
そう言って、通話を切った蓮は右掌を上に向けて造形を始める。
掌に青い魔力が収束されて形成されたのは、先ほど言った通りだが、通常よりも一回りほど大きい一羽の氷鴉だ。
魔力で構成されており、胸の奥に青く輝く魔力の結晶が埋め込まれた、青白い氷で形作られており、青い魔力の眼が輝いている。
胸元の魔力結晶《
それだけでなく、この結晶と蓮とで魔力の糸を繋げており鴉の眼を通して別の場所の様子を見たり、その逆で自分の状況を鴉が虚空に投影して見せる事も可能。糸が繋がっているため、特定の相手との連絡手段にもなるのだ。
「行ってこい」
蓮は右腕に足を乗せる氷鴉にそう告げると、腕を振るって合宿施設の方へと飛ばす。
鴉は一鳴きして豪雨降り注ぐ空へと飛び立ち、氷の翼を羽ばたかせて合宿施設へと向かった。
『鴉』を合宿施設へと向かうよう操作しながら、蓮は別の方向——一輝とステラがいるという山小屋の方へと向くと、《蒼翼》から勢いよく魔力を噴射させて、豪雨の中自分もまた飛び立つ。
「急ぐか」
蓮は今の状況もあり急いで向かうべきだと判断して、噴射の威力を高めてまさしく流星となって一輝達がいるであろう山小屋へと向かった。
そして、二十分もしないうちに山小屋へと辿り着いた蓮は、山小屋の少し離れたところに降下する。着陸の瞬間だけ、一瞬魔力を噴かせて体を浮かばせた蓮は、僅かな水音を立てて着陸する。
「二人はこの中にいるな」
山小屋の前に降り立った蓮は、山小屋の中に二人分の、一輝とステラの気配があることを確認して扉を開けて中の二人に声をかける。
「二人とも大丈、夫…か…?」
蓮はそう声をかけるも、入った瞬間、蓮は目の前の光景に思わず固まる。
そこで蓮が見たのは………
「「「……………………」」」
半裸で絡み合おうとして硬直している、一輝とステラの姿だった。
蓮には霊眼があるから残留魔力見れば、《魔人》かどうか分かっちゃうんだよね。
今回のこの騒動も、平賀はオル=ゴールの人形だから纏う魔力は同じだから、他の人間には気付かなくても、蓮には簡単に気付かれます。
そして、最後18禁シーンに突入しかけているようにしか見えない二人と、蓮がエンカウントした瞬間でしたねー。
さて、蓮が来るまでの間に二人に何があったのかはまた次回をご期待ください!