優等騎士の英雄譚   作:桐谷 アキト

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……ヤベェ、また三万字越えやっちゃったよ。
なんだか最近は1話あたりニ万字超えるのが普通になってきた感じがしてきた。

それはそうと、この前FGOキャメロットの後編を観に行きましたが、もう素晴らしいの一言に尽きますね。
絵もそうですけど、あの長いストーリーを二本分の映画にまとめたのもすごいし、ベディがめちゃくちゃかっこよかった。そして何より、獅子王よ。推しサーヴァントが映画で動いてるのをみるだけでもう最高なのに、あんなに表情が変化するなんて…‥なんて言葉で表現すればいいのだろうか。

そして、モンハンストーリーズ2が楽しみでしょうがない。
PVはクオリティ高いから、ハマること間違い無し。今は予約して待機中ですねd(^_^o)






32話 蠢く悪意

 

 

 

蓮がカナタの連絡を受けて山小屋にたどり着く少し前、風邪で倒れたステラを山小屋に運んだ一輝はかつてないほどに焦っていた。

 

バケツをひっくり返したような豪雨が降り注ぐ中、人気のない山奥にひっそりと立つ緊急避難用の山小屋。

そこに倒れたステラを運び込んだ一輝はずぶ濡れになってしまった服を乾かすために囲炉裏の火を起こした後、カナタに連絡して報告した。

 

(貴徳原さんが言うには、新宮寺君が救援に来てくれるって話だけど……)

 

カナタから蓮を救援に向かわせることを聞いた一輝は、今どこにいるかわからないが、彼がここに来るまでは少し時間がかかるだろうと判断する。そして、彼が辿り着く前にステラの容体を少しでも落ち着かせようと彼女にも服を脱ぐように提案した。

 

だが、生まれて初めて経験する体調不良に、気づかずに病状を悪化させていた彼女は、限界まで風邪を悪化させていた為に1人で服を脱ぐだけの力が残っていなかった。

そして、服を脱ごうとして体勢を崩したステラに、彼女の体を気遣って一輝が自分が脱がしていいか?と思い切って提案する。

ステラは初めこそ恥ずかしくためらったものの、意地になるような場面ではないし、この大切な時期に、更に悪化させては選抜戦にも支障が出ると判断して、恥ずかしさを押し殺して一輝の提案に委ねた。

 

そして、いざ彼女の服を脱がせようとして今に至る。

 

(……ステラの為にも、僕がしっかりしないといけないのはわかってる。けど……)

 

初めこそ、彼女の羞恥を煽らないようにする為にも自分がしっかりして、事務的にかつ、迅速に服を脱がそうと強く決意した。

やましいことを考えるなどもってのほかだ。

そう強く戒めて、意気込んだのはよかった。だが………

 

(これは……正直、耐え難いっ)

 

まず、肌に張り付いているストッキングを外すために、ストッキングにつながるガーターベルトのクリップを外し、太ももとストッキングの間に指を差し入れたのだが、もうその時点でまずかった。

ストッキングの下に指を差し入れたのだが、その太ももの柔らかい感触と、ストッキングをわずかに捲っただけで素肌から閉じ込められた甘い匂いが立ち込め、一輝の鼻腔に届き脳髄を強烈に刺激したからだ。

 

恋人の蠱惑的な肉感と香りに一瞬くらっときたものの、それを一輝は意地で押さえつけてストッキングを捲っていく。

捲れ上がっていく黒地の下からは、正反対の眩しいほどの白い素足が現れる。

長時間踏ん張るためにふくらはぎの筋肉が発達し、やや瓢箪型になっている農耕民族の日本人とは違う、太腿からつま先にかけてスッと針のように細くなっている狩猟民族特有のフォルムが彼女の長い足をよりしなやかに見せており、一輝はその脚線美に思わず生唾を飲み込む。

 

(耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ。耐えるんだ黒鉄一輝)

 

そう自分に言い聞かせて誘惑に耐えながらなんとかストッキングを引き抜いた一輝は一度深呼吸した後、次の行程に移っていく。

他の女子ならば、事務的にできたのだろうが、恋人ならばそれは不可能であり一輝は常に内から来る劣情に悩まされる。

最愛の少女の衣服を、自分の手で一枚一枚剥がしていくと言う官能的かつ悪魔的な行為に彼の心臓は激しく強い鼓動を刻んでいく。

 

(……こんな調子で僕に、出来るのか?………だけど……)

 

果たして最後まで理性を維持できるのかと自問自答した一輝はちらりとステラの表情を窺った。

彼女の表情は、いまにも火が吹き出しそうなほどに真っ赤だった。瞳が揺れているのは、間違いなく風邪だけではないはず。

 

(僕がしっかりしないとっ)

 

弱っている彼女を助けれるのは自分だけなのだ。だからこそ、這い上がる劣情を抑えつけると、彼女を安心させるべく微笑みながら語りかける。

 

「ステラ。大丈夫。もっと気を楽にして」

「う、うん………」

 

返す言葉もまだ強張ってはいた。

しかし、それも当然だ。服を脱がしている側の自分ですらここまで乱されているのだ。脱がされている彼女はもっと恥ずかしいはずだ。

だからこそ、自分は少しでも早く、彼女をこの状況から解放しなければならない。

 

そう決心し、一輝は次のシャツのボタンに手をかける。

首元から一つずつ、鼻に触れすぎないように丁寧に、されど迅速にボタンを外していく。

雨水を吸い込んだシャツは、ステラの丸く豊満な、乳房の形がハッキリとわかるほど体に張り付いていたため、嫌でも意識させられるし、ボタンをつまみ上げるのも一苦労だったが、それでも慎重に、彼女の胸元を解いていく。

そしてついに一番下のボタンを外して、シャツの襟元に手をかけると、それを左右に開く。

湿った抵抗を示しながらもステラの肩を滑り、肌を隠すヴェールが剥がれると、彼女の呼吸とともに蠱惑的に動く喉元が、レース地のブラに押さえつけられ窮屈そうにしている大振りの乳房が、女性としての柔らかさと鍛えられたしなやかさを共存させる白いお腹の上で、呼吸のたびに物欲しそうに蠢く小さな窄まりが、彼女の官能的な輝きが全て晒される。

 

「ッッ」

 

同時に、一輝は自分の脳髄が焦がされたのを感じた。喉が一瞬にして干からびて、体の一部分が激しく熱を持ち脈動する感覚。

今すぐにでも、この甘く香る最高級の果実のような柔肉を隅まで隈なく味わいたい衝動に駆られるものの、それすらも彼は鋼鉄の理性で押さえつける。

やがて、遂に一輝はシャツを脱がせることに成功した。

 

(や、やり切った。やり切ったぞ僕。こ、これで大丈夫だよね?)

 

理性と本能の勝負は理性が制した。

きっと脳内の一輝はその功績に勝鬨をあげていることだろう。ここを乗り切れたら、後はもう安全だ。タオルケットを彼女の身体を見ないように迅速に被せればそれで終了なのだから。

そして、この戦いに終止符を打つべくタオルケットに手を伸ばそうとして———

 

「あの、イッキ………その、ブラも、外して、欲しいの………」

「………what?」

 

突然下着姿のステラがそんな事を言ってきた。

既に下したはずの敵性本能軍が、不屈の戦士の如く立ち上がり、決死の特攻攻撃を仕掛けてきたのだ。その思わぬ反撃に、一輝の理性軍は怯み、アメリカンな声が溢れる。

 

(僕に外せ、と?……ブラジャーを?この、僕に?)

 

少なくとも、未だ経験のない童貞である自分には、かなり、とても、すごく困難な課題だ。しかも、そう言う空気ではないのだ。

それに、ここまでも相当堪えたというのにブラジャーという最大の難関であり、本殿へと攻め入るための最後の門でもあるそれを攻略して仕舞えば、果たして自分の理性がどうなるかは分からない。

しかしだ、そうしてためらう一輝にステラは苦しそうな声で言う。

 

「お願い。…息、すごく苦しいの……。ホック外す、だけで、いいから……」

 

ゼェゼェと荒い息をこぼし、胸を大きく上下させながら彼女は苦しそうに喘ぎながら言う。

確かに今の彼女には押さえつける形のブラジャーは、辛いだろう。胸が大きい彼女なら尚更だ。

 

(やるしか、ないのか)

 

正直、未だ戸惑いの方が強いものの、ここまで苦しんでいる恋人を前にすれば、その頼みを無碍にすることはできない。

 

「う、うん。……分かった。やるよ」

 

一輝は努めて平静を維持しながら、早速取り掛かる。彼女のブラジャーはフロントホックだ。肩紐がある型なので、ホックを外したところでブラが外れるなんてことはないはずだ。

 

(大丈夫だ。ホックを外してすぐにタオルを被せれば、うん、これならいけるっ!)

 

脳内で瞬時にシュミレーションをして、素早く済む方法を導き出した彼は、恐る恐る彼女のブラのホックへと手を伸ばす。

手を伸ばすたびに色気が増していき、甘い香りも強くなっていくような錯覚を覚えた一輝は自然と息が荒くなっているのを自分でもはっきりと認識できた。

 

そしてその様子に目の前にいるステラが気づかないはずもない。

興奮して荒くなる呼吸。緊張などで血走る瞳。そして、下半身のとある部分が激しく熱を持ち、異様に盛り上がっている様子に、ステラは密かにその覚悟を済ませようとしていた。

初めこそは、乙女だからこそ理想のシチュエーションというのもあったが、ここまで来てはそれすらももはやどうでもいい。

 

一輝が自分に興奮してくれていると言う事実が、ステラに女としての喜びを感じさせてくれていた。彼が自分を女として求めてくれたのならば、それ以上に嬉しいことはない。

だから、もしもそうなったときは、自分は彼のことを受け入れて愛し合おう。

 

ステラが『女』としての覚悟を済ませつつある中、一輝は震える人差し指で、フロントホックに差し入れてついに、プツンとそれを外す。

 

「ッッ!」

 

瞬間、押さえつける力から解放されたステラの大きな質量を持つ二つの乳房が、弾けるように跳ねたのだ。

 

「〜〜〜〜ッッ!」

 

その弾みは、葛藤し続けて、本能軍と瀬戸際の攻防を演じていた理性軍に致命的な一撃を齎すには十分な誘惑であり、彼を金縛りのようにその場に硬直させた。

ブラを外した直後、咄嗟にタオルケットを被せて体を覆い隠すという、事前に考えていた策は既に誘惑の前に容易く吹き飛び、一輝の頭を真っ白にしていた。

その様子を見て、ステラは不意打ち気味にとんでもないことを呟いた。

 

「ねぇ、イッキ……しても、いいわよ」

「っ」

 

その言葉は辛うじて抗っていた理性の糸を焼き切るには十分であり、一輝の理性軍が本能軍に完全に敗北した瞬間であった。

脳と肉体は完全に本能一色に染まり、もはや誰も彼の動きを止めるものはいない。

一輝はステラの肩に手を伸ばし優しく、されど力強く握ると今度は体を動かして唇を近づける。ステラも迫る一輝に目を瞑り事の成り行きに身を委ねた。そして、そのまま2人は男女の階段を登る……………はずだったのだが、ここで予想外のことが起きた。

 

 

「二人とも、大丈、夫…か…?」

 

唐突に扉を開けて山小屋の中に入る、部外者()

その場の空気が完全に凍りつき、一輝とステラは思考を停止させ、瞳を限界まで見開きながら蓮の方を見る。そして、半裸で絡み合い今から行為に至りますと言わんばかりの空気に、蓮もまた、予想外の光景に扉をあけた状態のまま固まる。

 

「「「………………」」」

 

しばしの硬直と沈黙ののち、蓮の瞳が静かに動く。囲炉裏の前に広げられた二人分の衣服。それはおそらく乾かすためだろう。それは理解できる。

しかし、一輝はズボンのとある部分が異様な盛り上がりを見せており、対するステラは下着以外何もつけておらず、ブラも肩にかかっている程度で、前は完全に開いている。

二人の状態と体勢、空気からおおよその事態を察した蓮は、一度頭上を仰ぎ見て、再び二人を見ると、片手で謝罪の形をとりながら告げる。

 

「………あー、すまない、出直す。終わったら電話で呼んでくれ」

「ちょっと待ってぇぇぇぇ!!!」

 

気まずそうに視線を泳がせ渇いた笑みを浮かべ、扉を閉じようとした蓮を一輝は《一刀修羅》もかくやという速度で必死に引き留めた。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

バチバチと囲炉裏の炎が音を鳴らし、煌々と山小屋の中を照らす中、それを囲むように三方向に座る少年少女達の姿がある。

 

一人は気まずそうに瞳を閉じ、片足を曲げて座る蓮。

一人は鍛え上げられ、引き締まった上半身を露わにしながら、体育座りで頭を抱えながらぶつぶつと呟く一輝。

一人はタオルケットにくるまり大粒の冷や汗をかきながら、狸寝入りを決めているステラ。

 

蓮が山小屋に辿り着いた時、明らかに行為に至ろうとした直前であったからか三人の間には物凄く気まずい空気が流れていた。

その光景を見てしまったせいで、律儀に出直そうとしてくれた蓮を、一輝が必死に引き留めて全力謝罪しながら自分達が付き合っていることを明かし、なんやかんやで蓮を引き止めることに成功したのだ。

そして、その成功と引き換えにこの気まずい空気ができていた。

 

既にこの空気ができてから、20分は経過している。ステラは一見すると眠っているようだが、不規則な呼吸音と全く上下しないタオルケットの様子から、全く眠れないにも関わらず必死に狸寝入りを決めているとわかる。

一輝は「僕は最低だ。弱っているステラにあんなことを…」などとぶつぶつと呟き続けている。このままでは衝動的に首を吊るか、《陰鉄》で腹を切りそうだ。というか、真面目な彼ならば本当にやりかねない。

二人の様子はあの冷静沈着な蓮を以ってしても、気まずいと思わせてしまっていた。

 

(……まぁ、俺も悪いのは事実だからな)

 

しかし、そうなるのも仕方のないことかもしれない。

なにせ、二人しかいない雨の中の山小屋、風邪で弱っている恋人。普段とは違いすぎる状況と空気に、まだまだ若い少年少女が興奮し、そういう流れに進むのもなんらおかしくはない。

そしていざ行為に至ろうとした瞬間に、第三者である蓮が来て一気に現実に引き戻されたのだ。二人の性格からしてこうなるのも無理はなかった。

 

「………はぁ」

 

蓮は瞳を開き、二人の姿を見ると、見かねたかのように小さく嘆息する。

しかし、それはこの静寂に満ちた空間では、思った以上に響いてしまい一輝とステラは露骨に肩を揺らした。

ステラはそれから沈黙したが、一輝は顔を上げて、絶望と後悔に塗れた表情と虚ろな瞳をこちらに向ける。それはまるで、死刑判決を間近にして悟った囚人のようだ。

蓮はそれに、気まずさを感じながらも、このままでは埒があかないと判断し、そのまま続ける。

 

「あー、二人とも?ノックしなかった俺も悪かったから、そこまで気にするな」

「いえ、僕が悪いんです。新宮寺さんならすぐ来れるって分かってたのに、ステラの服を脱がすのに夢中になって忘れていた僕が悪いんです。本当にごめんなさい」

「…………(何故敬語?)」

 

意気消沈し、敬語で話して謝罪する一輝に蓮は思わず沈黙する。真面目な性格だということは、去年の交流で知っていたが、こうなると流石に面倒臭い。

そして、一輝の言葉に嬉しそうに肩を震わせた布団の塊に蓮は一瞬、恨めしそうにジト目を向けるもすぐに一輝へと視線を戻し、咳払いをする。

 

「とにかく、気にするなとは言わないが、ノックをしなかった俺も悪いし、俺が来ることを知っていながら、あわや性行為に及ぼうとしたお前達も悪い。それでいいだろ」

「い、いや、それは……」

「それで、いいよな?」

「は、はい。それでいいです」

 

有無を言わせない迫力と目が笑っていない笑顔に一輝は反論すらできずに、一瞬で屈服し彼の判決を受け入れた。

屈服し、縮こまった一輝に蓮は再び嘆息すると、口を開く。

 

「とりあえず、2人の服を乾かすのとヴァーミリオンの診察をやろう。彼女を起こしてくれ」

「えっ、あ、うん。ありがとう」

 

去年の交流で蓮が『治癒』の応用で医者のように診察することができることを知っているため、頷いてそう頼む。

蓮はそれに一つ頷くと、立ち上がり自分の向かい側で広げられている服に手を翳して、服の水分を水蒸気に変えていく。一瞬にして、服を乾かした蓮はタオルケットの塊と化しているステラへと視線を向ける。その先では、一輝が彼女をタオルケット越しにさすって言葉をかけていた。

 

「ステラ、今から新宮寺君が診察してくれるけど、起きれる?」

「………えぇ、大丈夫よ」

 

一輝の言葉にステラはゆっくりと体を起こし、顔だけを出してタオルケットにくるまった状態になる。

蓮は彼女のそばにいる一輝に声をかける。

 

「黒鉄、服は乾かしたぞ」

「ありがとう新宮寺君。じゃあ、ステラのこと頼めるかな?」

「ああ。ヴァーミリオン、そのまま楽にしてろ。すぐに終わる」

 

蓮は彼女に近づき片膝をつきながらそう言う。

 

「……えぇ」

 

ステラはタオルケットから顔を出したまま、小さく頷き瞳を閉じると蓮に全てを任せる。

蓮は右手を伸ばすと、指先に青い輝きの灯った人差し指を彼女の額にトンと軽く当てる。

 

「………」

 

同時に、蓮は瞳を青く輝かせて彼女の体に魔力を染み渡らせて肉体を視る。これは、昼間にカナタにやったのと同じ物であり、蓮は彼女の肉体状態を診察していく。やがて、数秒ほどで診察を終えた蓮はその結果を彼女達に伝える。

 

「よくある風邪だな。ただ、免疫機能が少しばかり低下しているのと、体が風邪に抵抗しているからか、体内で炎症を起こしているな。少しじっとしてろ」

「え?え、えぇ」

 

蓮は一度ステラから指を離すと、ステラの頭上に三つ巴の魔法陣を浮かべながら呪いを唱える。

 

「癒しを此処に。《清明之雫》」

 

魔法陣から青く輝く水滴が一滴彼女の頭部に落ちる。直後、彼女の全身を淡い青光が包み彼女の体内の炎症を癒していった。

 

「……うそ…」

 

ステラは突然体がだいぶ楽になった事に驚愕を隠せず、しきりに自分の体を見回していた。

一輝も何が起きたの分からずに困惑している。

 

「免疫機能の方は薬を飲まないとどうしようもないが、体内の炎症の方は全て癒した。だいぶ身体が楽になったはずだ」

 

2人の反応をよそに、蓮は穏やかな笑みを浮かべながらそう告げる。

そして蓮の言った通りで、喉の痛みが無くなり、脱力感もほぼ無くなったことから蓮が言った通りに治癒されたのだと、ステラは自分の身をもって理解する。

 

「あ、ありがとう。だいぶ楽になったわ。シングージ先輩」

「ああ、どういたしまして。服は乾かしてあるから、すぐ着るといい」

「ええ、そうさせてもらうわ」

 

礼を言うステラに、蓮はそう返すと元の場所にステラに背を向けるようにして座り直して瞳を閉じる。

ステラはそれを見て、背を向けるから早く着替えろという意図を察し、そそくさと着替える。

しばらくして最後にリボンを結び、着替え終えたステラは、律儀にも背を向けてくれた蓮へと言葉をかける。

 

「先輩、もう着替え終わったからこっち向いていいわよ」

「分かった」

 

ステラの許可を得た蓮は姿勢を動かし、再び囲炉裏に向き合う形になる。今度は蓮の向かいにステラと一輝が横並びに座っていた。

治療を受けて、かなり回復したステラは蓮に感心の視線向ける。

 

「でも、すごい治癒術ね。今までここまでの治癒を使える人は見たことがないわ」

「新宮寺君の治癒は僕も受けたことがあるからステラの気持ちはわかるよ」

「なに、何度も戦い続けて怪我人や自分の怪我の治癒を繰り返してできるようになっただけの話だ」

 

蓮は2人の言葉にそう返すと、横に並び寄り添い合う2人を視界に入れると2人に尋ねる。

 

「そういえば、二人はいつから付き合ってたんだ?学園ではそんな空気は出ていなかったような気がしたが」

「……桐原君との試合の日の夜だよ。ステラから告白されたんだ。学園ではステラのことも考えて秘密にしてる」

「ほぉなるほど。確かにヴァーミリオンの立場ならそれが正解だろう。それに、試合の時も告白まがいのことをしていたな」

 

蓮は面白そうにそう呟く。

彼女の立場を考えてみれば、おいそれと公表するわけにもいかないし、秘密にするのは至極当然だろう。

それに、思い返してみれば一輝が桐原に嬲られあわや心が折れそうになった時に、彼女が怒り叫んでいた。

あの言葉がきっかけで、一輝が立ち上がったことを思えば、もうその時点で一輝にとってステラはそれほどまでに大きい存在になっていたのだろう。

 

「うっ、あ、あの時は必死で……」

 

ステラはその時のことを思い出して思わず赤面する。あの時は、好きな人が嗤われていてそれに怒りを覚えて感情的に言ったことだが、その後それを振り返るたびに赤面していた。

しかし、一輝は恥ずかしがるステラに笑みを浮かべると、口を開く。

 

「でも、あの時は本当にステラに感謝しているよ。ステラがあの時、叫んでくれなかったら、僕は立ち上がれなかったから」

「イッキ……」

 

一輝の言葉にステラは瞳を潤ませて見つめ合う。一瞬にして、2人の間に桃色空間が出来上がったのを囲炉裏の奥から見てた蓮は、仲のいいことで、と心の内で呟きながら口を開く。

 

「しかし、二人の出会いは母さんから聞いていたが、よくもまあそんなにも早く恋人関係になったものだな」

 

蓮は悪戯な笑み浮かべてそう言う。彼は黒乃から二人の出会いを密かに聞いていたのだ。

二人の出会い———ステラの着替えを一輝が誤って覗いてしまい、自分も服を脱ぐことでチャラにしようとした結果、痴漢騒ぎになりその後決闘騒ぎにもなったことを。そして、負けた方が勝った方に一生服従するという話まで。

最初その話を聞いた時、一体前世で何をしたらそんな出会いをするんだと、呆れ笑いを浮かべた程だ。

 

「いやはや、傑作だ。まさか、覗いてしまったから自分も服を脱いでチャラにしようとは。それに、負けた方が一生服従……ククッ、訳がわからなすぎて面白い」

「ちょっ、そこまで知ってるの⁉︎」

 

蓮は黒乃から聞いた話を思い出しながら、愉快だと笑いを堪えずに漏らす。一輝は三人しか知らないはずの事実を蓮が知っていることに驚愕する。それに、蓮は笑いを堪えながら答えた。

 

「それはまあ母さんから聞いたからな。しかし、予想外にも程があるぞ?風紀委員に現行犯で見つかったなら確実に有罪だな。Mr.変態紳士」

「その呼び方はやめて⁉︎というか、理事長はどれだけ僕のプライバシーを明かせば気が済むんだ⁉︎」

 

前も黒乃に勝手に黒鉄家での事情を明かされたことのある一輝は、彼女が平然とプライバシー侵害を二度も行ったことに驚愕の声をあげる。

蓮はその様子を見ると、笑いを堪えるのをやめて酷く穏やかで優しい微笑みを浮かべる。

 

「まあ、何はともあれおめでとう。

俺個人としてお前達二人の恋愛は応援するし、祝福しよう」

「え、えと、あ、ありがとう」

「あ、ありがとう、シングージ先輩」

 

突然の祝辞に戸惑う二人だったが、一輝が少し言いにくそうにしながらもどこか縋るような口調で蓮に言う。

 

「あの、このことは、まだ……」

 

一輝が言いたいことは言われずとも分かっている。彼が言いたいこととは、自分達が世間に公表するまで自分たちの関係は黙っていてほしいと言うことだ。蓮ならば、間違いはないだろうと安心はできるが、念の為だ。

ステラも同じように蓮の返答を待つ。

蓮はそれに当然と言うふうに頷く。

 

「分かってる。お前達が公表する時までは秘密にしておくと誓おう」

 

黙秘を了承したことに一輝とステラは心底安堵し、あからさまにホッとする。

蓮はその様子を見てほくそ笑む。

 

「………しかし、ヴァーミリオン皇国と日本の国際恋愛か。しかも、状況が違うとはいえ同じ学年で、ルームメイト。……よく似ている」

「?」

「ッ」

 

蓮はそう独り言を呟き、懐かしそうに、そして嬉しそうに笑みを浮かべる。

一輝がその様子に首を傾げ、ステラがその言葉の真意に気づいた時、ふと蓮の視線が2人に向けられる。

 

「お前達に限って、別れるなんてことはないだろうからいずれは結婚するつもりなのだろう。いつ公表するかはもう決めているのか?」

「い、いや、まだだけど……」

 

一輝は戸惑いながら首を横に振る。

どうして、蓮がここまで聞いてくるのかがわからなかった。ただの好奇心とは違う。どこか懐かしさと嬉しさがあって、自分達を()()()()()()()()ように見えた。

 

「でも、やっぱり公表する前に最低限ステラのご両親には挨拶しときたい、かな……」

「まぁ公表する以上は、お互いを知るためにも事前に挨拶は必要だな」

 

結婚するにあたっての基本常識には蓮も賛成だと頷く。しかし、それを聞いていたステラの顔色が明らかに青くなった。

それは明らかな拒絶の表情だ。

 

「ね、ねぇイッキ。挨拶なんだけど……結婚ギリギリまで隠しておかない?」

 

あげくにはそんな事まで言い出したステラに一輝は困惑を隠せなかった。

 

「いやさすがにそんなわけにはいかないよ。……世間に公表するならまだしも、ご両親には事前にするべきだよ。真っ先にするべき話だよね」

「そ、それは分かってるんだけど……えっと、こう、娘からお父様への小粋なドッキリ⭐︎って方向でどうにかできないかしら」

「それはドッキリ⭐︎なんて可愛らしいものじゃ済まないよ。下手したら心臓とまるよね」

 

少なくとも一輝は自分が父親だったとき、娘の結婚式の招待状が何の前触れもなしに朝刊と一緒に届いたならば、コーヒーを吹き出すだけでは済まないと断言できる。

蓮も無言でうんうんと仕切りに頷いていることから、同じ想いを抱いているとわかる。彼の場合は、鳴のことを考えてのことだろう。

 

「でもでもぉ……やっぱりぃ……」

「えっと……ステラのご両親って、どんな人なの?」

 

それでもなお言い淀むステラに一輝は思い切って尋ねた。挨拶は無理でも、両親の人となりは知っておきたかったから。

 

「えっと、お母様は普通の人なのよ?……でも、お父様がね、そのだいぶ変わり者というか、度が過ぎた親バカだから、アタシを溺愛してるのよ。だから……」

「つまり付き合ってると聞いたら、反対されるとかのレベルを超えて、ただごとじゃ済まないってことか?」

「え、えぇそうなのよ」

 

蓮の言葉にステラは唸りながら小さく頷いた。それには、まさかと思いながら一輝は僅かな希望を願って恐る恐る尋ねる。

 

「で、でもただごとって具体的にはどうなるの?」

「多分だけど、賛成反対以前に、挨拶に来たイッキがヴァーミリオンにいる間に全てを闇に葬ると思うわ」

「…………」

 

一縷の希望が完全に摘み取られた。

 

「というか、相手が本物の国王だからそれ洒落になってないんだけど……」

「だって事実なんだもの」

「嘘でしょ……」

 

一輝は思わず頭を抱えて呻く。

予想の範疇を明らかに超えた事実に、一輝は酷い頭痛を感じた。蓮に治癒してもらえないだろうか、とどこかずれた現実逃避をし始めたとき、蓮が納得したように呟く。

 

「あぁなるほど。国王陛下の性格を考えればそうなるのも頷けるな。だが、そう考えたら、ヴァーミリオンはよく日本に留学できたな。相当反対されたんじゃないか?」

 

蓮はステラの父・現ヴァーミリオン国王であるシリウス・ヴァーミリオンとも面識がある。

ヴァーミリオン皇国で行ったサフィアと大和の葬儀の際に、国王夫妻とその長女、つまりステラの姉であるルナアイズ第一皇女殿下とは一度だけ会ったことがあるのだ。

最も、あの時は2人を亡くしたショックでほぼ無気力状態だったので話はしていなかったが、近くに来て何かを言っていたことは覚えている。そんなことを思い出していた時、蓮の疑問にステラは頷いて答えた。

 

「そりゃ相当反対されたわよ。

大の大人が大泣きして騒いで、正直迷惑だったわ」

「いや、そりゃ娘が『俺より強い奴に会いに行く』なんていって留学を決意したら、父親とか関係なしに止めるよ」

「あのときはお母様がなんやかんやでお父様を投獄してくれたからなんとかなったけど……」

「ちょっと待って⁉︎なんやかんやで国王が投獄されるの⁉︎ステラのお母さんはどんな人なの⁉︎」

「いたって普通の人よ?あ、そうだわ。今回もお母様に投獄してもらえば、万事解決じゃない」

「いやいやいやいや!何も解決してないよ!お願いだから、普通に会わせて!」

「え?でも殺されるわよ?」

「うわさらっと当たり前のように言われた⁉︎」

「く、くくく……」

 

真顔で返された言葉に一輝は怯み、思わず叫んだ。その様子をずっと見ていた蓮は、堪えかねたように笑う。

 

「新宮寺君…?」

「先輩…?」

 

2人が揃って視線を向ける中、蓮は軽く抑えた手の隙間から吊り上がった口唇を見せながら呟く。

 

「いや、すまないな。つい2人のやりとりが面白くてな。しかし、ヴァーミリオンは愛されているな」

「ただ子離れができていないだけよ。面倒ったらないわ」

 

ステラが多少うんざりしながらため息をつく。親バカな父を持つ娘の反応としてはよくあるものだった。

 

「それでも、愛されていないよりは比べ物にならないほどにマシだ。むしろ、その愛情の深さはヴァーミリオン皇国を象徴していると言ってもいいんじゃないか?」

「うーん、そうなのかしら……?」

「あくまで俺の持論だがな。

愛情の大きさに優劣をつける気はないが、それでも、情愛に満ちた国の王ならば、家族愛が深すぎても納得だ。特に、国王陛下のような御仁なら尚更だな。

それに、大事な愛娘なんだ。何処の馬の骨とも知れぬ男には渡したくはないだろう。自分が認めた男でなければ、任せないはずだ。父親というのはそう言うものだと思うぞ」

 

子供がいない彼でも、親が子に抱く感情ぐらいは多少なりとも理解がある。

といっても、黒乃や大和、サフィアから聞いた話を自分なりに解釈して言っただけに過ぎないのだが、少なくとも、自分に娘ができればそう考えるだろうとは簡単に予想ができる。

事実、鳴が大きくなって彼氏でも連れてきたらそう思うのは間違いないと今からでも断言できるのだから。

 

「そ、そうね。そうかも知れないわね。で、でもっ!少しはおとなしくして欲しいわっ」

 

蓮の指摘にステラは顔を若干赤らめながら目を逸らしながら、そう小さく呟くと拗ねるようにプイッと顔を背けてしまった。

彼女とて理解はしているのだ。両親が自分をしっかりと愛してくれている事を。愛情があるが故にこうなるのも。癪だけどそれは認めざるを得ない、と言ったところだろう。

蓮はくすりと笑うと、言う。

 

「とにかく、お前達にも順序があるだろうからな。決まったら是非教えてくれ。俺も、お前達の事は是非とも祝いたいし、必要なら何か手助けしよう」

「え、えぇ、ありがとう先輩」

「う、うん。ありがとう。でも、どうしてそこまでしてくれるの?」

 

一輝に祝福と手伝いを確約してくれた蓮に感謝を述べるものの、そう尋ねずにはいられなかった。

確かに祝ってくれる気持ちは嬉しいし、素直に受け取るつもりだ。だが、今の2人の関係は微妙な所であり一輝が一方的に距離を置いてしまっている。だと言うのに、こんな提案をする蓮の内心がわからなかったのだ。

問われた蓮は一瞬、悲しそうな表情を浮かべるもすぐに静かな笑みを浮かべて応えた。

 

「………お前達は俺が尊敬する人達とよく似ているんだ」

「似てる?」

「ああ」

 

蓮は頷くと一輝とステラを見る。

その藍色の瞳には、2人が見たことがないような、とても穏やかで優しげな光が宿っていた。2人が蓮の眼差しに驚く中、蓮は2人から視線を外すと、目の前で揺らめく炎を見て懐かしそうに、されど悲しそうに目を細めると呟く。

 

「詳しくは話せないが、俺には今でも尊敬する2人の『英雄』がいる。誰かを愛し、誰かを護り、明日を誰かと生きる。そんなどこにでもあるようなありふれたものだが、同時にとても尊くて、眩しくて、美しい、そんな『人間』の生き方ができていた人達だった」

 

人ならざる堕ちた獣の魂を持つ『魔人』。

闘争の世界に身を堕とし、まともな精神を失い狂い果てた自己の怪物。おおよそ、『人間』が持てるような幸福は得られないはずの存在。

血と慟哭に満ちる闘争の世界で暴れ狂い、その果てに『獣』として死ぬ。

 

———そのはずだった。

 

だが、彼らは、大和とサフィアは違った。

2人も蓮と同じように魔なる『獣』の魂を宿していた。だが、その精神は、その在り方は……堕ちてもなお『人間』だった。

戦いの愉悦を求めたわけでも、憎悪と絶望に呑まれたわけでもない。愛する恋人に相応しくある為に強くなろうとしていた。

そして愛し合った果てに、自分が生まれ、2人は自分に精一杯の『人間』の愛情を注いで育ててくれた。

2人の愛情を注がれたから、2人を誰よりも近くで見ていたから、彼らと同じ《魔人》になったから分かる。2人は『魔』に堕ちてもなお気高い『人間』だった。

 

「強くなる理由も、持っている才能も、性格も、容姿も、違うところの方が多い。だが、それでも、互いを愛し、どこまでも高め合うその姿は、その『愛』の在り方は………とても似ていた」

 

一輝とステラでは2人との共通点は少ない。

だが、愛を深めるその姿は、愛故に高め合うその在り方は蓮がかつて憧れ、愛し、目指したものの『怪物』である自分では、届かないものだとして手を伸ばすのを諦めた『英雄』の在り方に酷く似ていたのだ。

 

今はまだ『人間』だが、近い将来間違いなく2人は《魔人》に至ると蓮は確信している。そして、《魔人》になっても彼等は自分のような事にはならないだろう。

醜き憎悪の『怪物』ではなく、気高き誇りの『英雄』として、新たな未来を切り開き紡いでいくはずだ。そして、その未来はきっと輝かしいものになるに違いない。

だからこそ、その未来を蓮は。

 

(……見てみたいと、思ったんだろうな)

 

自分の両親と似た恋の経緯を持つ2人。

お互い《魔人》に至った後も、きっとお互いを高め合う最愛の恋人にして最高の好敵手たる2人が紡ぐであろう輝かしき未来を、彼らの軌跡を蓮は見てみたいと思ってしまったのだ。

蓮は1人口の端を僅かに上げて、人知れず笑みを浮かべる。

 

今もなお黒い瞋恚の炎を己の内側に宿し、復讐の為に多くの人々を殺し暗い未来しか歩めない自分にとっては、2人の未来はまさに対極だ。

彼らが紡ぐ未来は、大切に思っているレオ達と同じように輝かしくて、眩しくて、尊いものだ。

それに、蓮が2人を祝福するのにはもう一つ理由があった。それは、

 

「何より()()の祝い事なんだ。祝福も手助けもしたいと思って当然だろう。恋愛や結婚は人生でも特に目出度いことだ。だからこそ、友が幸福を掴むというのなら、俺はそれを祝福したい」

 

一輝が『友人』だからだ。

今でこそ距離を取ってはいるが、蓮個人としては一輝のことを今でも『友人』だと思っている。だからこそ、友の幸福を祝福したかった。

 

「………えっ?」

 

蓮が零した呟きに一輝は心底目を見開き、目に見えて動揺する。蓮はそれに目敏く気づいた。

 

「どうした?」

 

何か気に障る事をいったのだろうかと、そう思い尋ねるも一輝は首を横に振り否定する。

しかし、否定してもその表情は決して優れなかった。そして困惑、疑問がない混ぜになった表情のまま一輝は応える。

 

「……その、木葉さんから話は聞いてると思うけど……僕は、君達を裏切ったんだよ?そんな僕が、君に友人なんて言われる、資格はないよ」

「………ああ、そのことか」

 

一輝の言葉に、蓮は得心する。

蓮達はマリカ本人から一輝と彼女の間で何があって、何を話したかを知っている。

だからこそ、一輝がどんな思いで蓮達の元を去って、マリカ達がそれに何を思ったのかも知っていた。それに、ショッピングモールでの一件の時、蓮は一輝に『どちらを選ぼうと、俺にはどうでもいい』と突き放すようなことを言ってい為に、蓮の今の友人発言に戸惑うのも無理はなかった。

それを理解した上で蓮は、一輝の瞳をまっすぐ見て告げる。

 

「確かにマリカの言い分は一理ある。

何も相談せずに、俺達の輪から去った事に怒りを覚えるのはあいつらならば仕方のない事だろう。それだけあいつらはお前のことを大切な友人だと思っていたし、高め合える存在だとも思っていたからな。俺もそうだ。お前が離れる可能性は分かっていたとはいえ、思うところはあった」

「…………」

 

友人だと心の底から思っていたからこそ、裏切られたと思って怒りなどの何かしらの負の感情を抱くのは仕方がない。そう言われて、一輝は顔を伏せる。

 

「……だがな、良いんじゃないか?そんなことがあっても」

「えっ?」

 

顔を上げた一輝の目に映った蓮の顔は、初めて、手を差し伸べてくれた時と同じだった。

 

「家族も、友達も、恋人も関係なく誰でも、人生で一度ぐらいは喧嘩することだってあるだろう。だから、俺個人としては今回のことについては責めるつもりはない。

1人で抱え込んで、苦悩して、その果てに友の為を想って離れる。酷く身勝手で、我儘で、独善的で、一方的な思い込みでもあるが、それは『人の心』があるからこそできることだ」

 

蓮個人の持論として、『人』とは『人の心』を持つからこそ、『人』たりえていると考えている。

ある時は笑い、ある時は悲しみ、ある時は怒る。何かに苦悩できたり、誰かを想えることができること。人として当たり前ではあるが、同時にとても大事なモノを持っているからこそ、『人』は『人』でいられる。

人を傷つけ殺すことに何も感じなくなったような存在には『人の心』ではなく、『怪物の心』がある。

 

———ちょうど、自分のように。

 

そして、蓮は基本的に友好関係に関しては『どうでもいい』と考えている。しかし、これは文字通りの誰にも関心がないと言う意味ではない。

蓮は親しくなり、大切に思うようになった者は受け入れるが、何らかの理由で輪から去る者を追いはせず、その者の意思を尊重する。つまり、『来る者選び、去る者追わず』。そういうスタンスでいる。

その原因は、黒川事件後の出来事にある。

あの時、取り返しのつかないことをしてしまい、泡沫をはじめとした町の人たちから憎悪の感情を抱かれるようになったことが原因だった。

自身が招いたこととはいえ、それは当時の蓮には耐え難いものだった。

 

それから蓮は極端に友達を作ることを恐れていた。それは、もしもの時、泡沫達のように自分がまた誰かを傷つけてしまうのではないかと危惧していたからだ。

傷つけてしまい、またあのような事になったらと恐れていた。

だから思った。また友達ができ親しくなった時、その友達が何らかの理由で距離をとったとしても自分は理由を聞かず、聞いてもその人を責めずに仕方がないと割り切り静観しようと。

 

それに、蓮は自身が一人になることを躊躇わない。

既に己を『怪物』と定めているからこそ、『人間』とは長くは馴染めず、いつか必ず離れるべき時が来る。自分は狂い、壊れた『怪物の心』しか持っておらず、誰かを想えるような美しく、気高い『人の心』を持つ彼らとは『違う』と考えてしまっているからだ。

 

だからこそ、蓮は友達がどちらを選択しようとも『どうでもいい』のだ。

 

「それに、お前のことだから俺達を嫌ったわけではなく、俺達のことを考え抜いた末に決めたことなのだろう?」

 

一輝の真意を知っている蓮はそう言葉を投げかける。それに対し、一輝は静かに頷いた。

 

「……それはもちろんだよ。僕にとって君達は恩人なんだ。そんな尊敬できる人達を嫌いになるなんてあり得ないよ。

でも、だからこそ、僕のあの態度は最低だった。どの選択を選ぶにしても、ちゃんと君達に話して、筋を通すべきだった。本当にごめん」

「イッキ……」

 

一輝はそう答えると両手を床について深々と頭を下げる、所謂土下座をする。

ステラはそれを見て小さく呟く。

ステラは知っていた。一輝があの日マリカと話した日からずっと思い悩んでいるのを。

表面上では平静を取り繕っているように見える。だが、ふとした拍子で、自分達しかいない寮部屋では1人、あの時の罪悪感や後悔が湧き上がって暗くなり塞ぎ込むことが多々あった。

 

一輝と蓮達の出会いや、去年の1年間どのように彼らと過ごしたのかも一輝から全て聞いていたステラは、彼に非があるのはわかってはいるが、それでもどうか彼を赦して欲しいと願わずにはいられなかった。

 

そして、少しの沈黙の後、黙って土下座を見下ろしていた蓮は小さく口の端を吊り上げ笑うと一輝に優しげに声をかける。

 

「黒鉄、それは俺にじゃなくて、あいつらに言ってやれ。一発は確実に殴られるだろうが、最終的には許してくれるだろう」

「それぐらいは勿論甘んじてうけるよ。

それに、君ならそう言うとわかってたけど、僕は筋を通すって決めたんだ。だから、葛城君達よりも先に、最初に手を差し伸べてくれた君に頭を下げることが最優先だと思った」

「……全く、この石頭が」

 

蓮は呆れながらも嬉しそうな表情を浮かべるとそう呟く。

 

「その時になったら、それとなくフォローをしよう。決心がついたら、俺達のところに来い」

「うん。そうさせてもらうよ」

 

蓮の提案に一輝はそう頷いた。

ひとまず和解の糸口を見つけ、ひと段落ついた様子を静かに見守っていたステラが口を開く。

 

「そういえば、調査を始める前にカナタさんから先輩が敵の情報についていくつか判明したから気をつけるようにって言ってたけど、その後は何か掴めたの?」

「ああ。もう大体敵の正体と戦闘スタイルは目星がついている。といっても、流石に誰かまではわからないがな」

「そうなの⁉︎」

「本当⁉︎」

 

蓮は《傀儡王》の事は伏せて、二人に伝える。

二人は蓮が既に敵の正体まで掴んでいることに、何度目か分からない驚愕をし、目を丸くさせる。

ちょうど、その時だった。

 

「ッッ」

 

ふと、突然蓮は顔を上げると、途端に先程までの穏やかな表情から一転して険しいモノへと変えながら、片目を青く輝かせた。いきなりの奇行に2人して戸惑う。

 

「新宮寺君?」

「先輩?」

 

2人が問いかけても蓮は返事をせずに、険しい表情を浮かべたまま周囲の気配を探る。

 

「………来てくれ。《陰鉄》」

 

その只ならぬ様子に、何かを感じた一輝は徐に己の霊装—黒刀《陰鉄》を呼び出した。

 

「イッキ?」

「静かに。……新宮寺君。もしかして、()()()()()?」

 

困惑するステラを静かにさせると、一輝は緊張を滲ませた声音で蓮に尋ねた。蓮は一輝には視線を向けないま頷く。

 

「ああ、いる。しかも、囲まれているな」

 

瞳を青く輝かせて、外の雨雲と自身の片目を繋げた蓮は山小屋を中心に状況を俯瞰し、無数の影が山小屋から少し距離を取って山小屋を囲んでいることを視認したのだ。

 

「「っっ‼︎‼︎」」

 

蓮よりもたらされた情報に、一輝とステラの間に緊張が走る。

 

「囲まれてるって、ヤバいじゃないっ」

 

そして、一輝だけでなくステラも霊装の大剣《妃竜の罪剣(レーヴァテイン)》を展開し今にも飛び出そうと身構えるが、それを立ち上がった蓮が止まる。

 

「2人はまだ外に出るな。俺がいいと言うまで何があっても出てくるな。いいな?」

「う、うんわかった」

「分かったわ」

 

2人の返事を確認すると、蓮は2人を置いて1人扉の方に向かい外に出た。バタンと音を立てて閉じられた後、外からは激しい雨音しか聞こえなくなった。2人は蓮がいつ声をかけても動けるように構えておく。

時間にして約十秒。2人が構えながら待っていた時、突如小屋全体が地震にあったかのように激しく揺れた。

 

「な、なにっ⁉︎」

「地震っ⁉︎」

 

2人は地震だと思い咄嗟に身構えるも、揺れはすぐに収まった。しかし、揺れが収まったというのに小屋全体が奇妙な感覚に包まれたかのように感じた。そう、まるで()()()()()()()()()()

奇妙な感覚を確かめるべく、外にいる蓮に声をかけようとした一輝だったが、扉に手をかけたと同時に蓮の方から声がかかる。

 

『2人とも、外に出てきていいぞ』

 

蓮から許可を得た2人はお互い顔を合わせて頷き合うと、意を決して外に出る。

扉から少し離れた地面には蓮が背を向けて立っていた。

 

「「?」」

 

しかし、一輝達は蓮に声をかけるよりも先に周囲の光景に違和感を覚える。

自分達の記憶が正しければ小屋の前には崖などはなく、地面が続いているはずだ。だというのに、蓮の少し先のところで地面は途切れ、代わりに黒い何かが下には見える。更には、蓮の周囲の空間が半透明の水の膜のようなモノに包まれていたのだ。

最初こそそれに違和感を覚えたものの、やがてその違和感の正体に気づく。

 

「こ、これはっ、まさかっ浮いてるのかい?」

 

一輝の言う通り、今この小屋は下の地面ごと宙に浮いていたのだ。

眼下に見える黒いのは森のことであり、蓮の周囲の空間、否、小屋ごと囲んでいるのは《蒼水球》だったのだ。つまるところ、蓮は小屋を《蒼水球》で包んだ後、それを空に浮かばせたということだ。

蓮は2人の方に振り向くと、下を指差しながら呟く。

 

「下を見てみろ。お目当ての奴らがいるぞ」

 

彼の言葉に、2人は下を覗き込む。

覗き込んだ先、眼下にいたのは———小屋を囲みこちらを見上げる群れをなす巨人と恐竜達だった。だが、それを見たステラは思わず、

 

「なんか、思ってたのと違うっ⁉︎」

「そっち⁉︎いや、気持ちはわかるけどもっ‼︎」

 

ステラの気持ちも尤もだ。

なぜなら、小屋を見上げる巨人や恐竜達はイメージしていた姿ではなく、大小様々な岩石をつぎ合わせて作られた人形だったからだ。

 

「まぁ形はともかく、まさかこれほどいるとはね」

 

一輝は眼下の光景に思わず呻く。

なぜなら、眼下で群れを成している岩人形達は少なく見積もったとしても六百はいるからだ。

ステラもまた、その数の多さに思わずごくりと喉を鳴らす。

 

「ねぇ、どう戦うの?シングージ先輩。アタシ達は何をすればいい?」

 

これだけの大群を前に何らかの策や自分達がすべきことは何なのかをステラは尋ねる。

言われずとも、彼女は蓮の手伝いをするつもりだった。体もほとんど回復したので、気力共に十分だ。だが、そんなステラに蓮は蒼銀の双刀《蒼月》を顕現させながら平然と告げる。

 

 

 

「手助けは必要ない。この程度は俺一人で相手できる」

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「手助けは必要ない。この程度は俺一人で相手できる」

 

少なくとも、六百は居るであろう御伽噺の住人、あるいは古代の支配者達を前に蓮は平然とそう告げた。

それに、ステラは思わず疑惑の声をあげる。

 

「一人でって、こんな訳の分からない相手に1人で戦うつもり⁉︎そんなの無茶よ!」

 

至極当然な疑問をステラは蓮にぶつける。だが、蓮はそれには答えずに背後にいる二人に視線を向けると呟いた。

 

「別にこの程度の数を1人で潰すのは俺にとっては無茶じゃない。既に何度も経験していることだ。

まぁいい。ちょうどいい機会だ。お前達に少しレクチャーしよう」

「れ、レクチャー?」

「何をするつもりなの?」

「いいから見てろ」

 

蓮は二人にそう答えると眼下で蔓延る巨人や恐竜達の姿を視界に収めると、全身から魔力を迸らせ、片眼を青く輝かせると徐に呪いを唱え始める。

 

「《蛟龍八津牙》《海鮫血牙》《海神の遊戯(アクアワルツ・ルデーレ)》」

 

指をパチンと鳴らして一瞬で現れたのは、四百を優に超える魔法陣の数々。そこから現れたのは、八頭の水の蛟龍と水の青鮫の群れ。そして、水で構成された鯱、鯨、ダイオウイカなどなど多種多様な海棲生物達。

相手が陸の存在ならば、こちらは海の存在で対抗すると言わんばかりに、大量の水の魔法生物達が蓮の頭上に姿を表す。

 

「「ッッ⁉︎⁉︎」」

 

一瞬にして水魔術の軍団を生み出した技量に蓮の背後で一輝とステラが息を呑む。

 

(三つの伐刀絶技を同時にっ、しかもこの数を、一瞬で⁉︎)

(こ、こんなの滅茶苦茶にも、程があるわよっ⁉︎)

 

一輝は伐刀絶技の複数同時行使を準備もなしに一瞬でこなした蓮の技量に。ステラは同じAランクでありながら、自分とは桁外れな魔力制御力に驚愕する。

二人が背後で絶句するのには気づかないまま、蓮は人形達を睥睨して告げる。

 

「さあ、蹂躙の時間だ。木偶人形共を喰らい尽くせ。———暴れろ」

 

『『『『—————————ッッッ‼︎‼︎』』』

 

絶対の主人である海王()が下した命令に、生物達は咆哮を上げて空中を泳ぎ地上で蔓延る巨人と恐竜達に襲いかかる。

 

『『『——————‼︎‼︎‼︎』』』

 

巨人や恐竜達もまた雄叫びを上げながら、迫る軍団を迎え撃たんと岩の剛腕や鉤爪を振り上げる。

 

だが、轟音を立てて激突した瞬間、巨人や恐竜達はその悉くが迎撃の甲斐なく海王の暴威に呑まれた。

巨大な蛟龍達がその顎門を開けば、敵を数体まとめて丸呑みにして体内で渦巻く激流によって砂粒になるまで粉々に砕いていき、鉤爪を振るえば水の斬撃が放たれ纏めて切り裂き、長い尾を振るって纏めて薙ぎ払っていく。

青鮫や鯱達はその研ぎ澄まされた水牙や水鰭を持って敵を食い散らかし、切り裂いていく。

巨大な鯨やダイオウイカ達は、その巨体や長い鰭で叩き潰したり、長い触腕でまとめて握り潰している。

 

一方的な蹂躙だった。

岩石で形作られた人形達の悉くが、抵抗虚しく水魔術によって構成された、海王が率いる暴威に食い散らかされて、粉々に崩れ落ちていく。

中には蓮達がいる中空に高く飛び上がって襲い掛かろうとした者もいたが、飛び上がったところで素早く動いた兵隊達によって悉くが叩き落とされる。

 

「す、すごい……」

 

一輝はこれだけの強力な兵隊を、精密操作できている蓮の技量に純粋に驚く。

数百体を一気に造形したのに魔力が枯渇する様子もない膨大な魔力量。

数百体の水の生物をそれぞれ精密に操作してのけるその高すぎる技量

しかも、その全てが強力な存在であり、自身がAランクでありながらも、自身が手を下さずに相手を蹂躙できる強力な兵隊を生み出せるその実力。

そのどれもが貧相な能力や魔力しか持たず、近接での戦法しかない自分ではどれだけ努力しても決して出来ない芸当だった。

そして気づく。

 

(……これだけ、凄まじくても、彼にとっては戦法の一つで……本気ですらない)

 

自身が直接手を下すことはなく、大量の軍団を使役して敵を蹂躙する絶技。一国の軍団を相手にしても、勝てそうなほどの凄まじい魔術。だというのに、彼にとってはそれすらも戦法の一つに過ぎず、これだけの大規模の魔術を使用しても全く本気には程遠いという事に。

 

(一体、彼の全力は、本気はどれほどなんだろうね……)

 

最早、凄いを通り越して恐れすら抱いていた。

既に世界に名を馳せるA級騎士達と同格だと言われ、《世界時計》黒乃と《夜叉姫》寧音達の世界でも特一級の戦士達とも互角に渡り合える実力を持つ男。

自分と歳は変わらないはずなのに、蓄積された経験、知識は比較にならずそれを元に数多の激戦を制してきた学生騎士。

これまで彼の圧倒的で超高レベルな戦いを見てきたが、それでもその全てが本気ではない。なら一体、彼の本気とはどれほどのものになるのか、それを想像した一輝はいつか追いついて超えてみせると意気込んでいたが末恐ろしさを感じてしまった。

 

対するステラも、驚愕と同時に悔しさに唇を噛み締めていた。

 

(同じAランクなのに、ここまで格が違うものなのっ⁉︎)

 

ステラは蓮の凄まじい技量に自身との格の違いを痛感する。

数百体の魔法生物を瞬時に生み出し、それをそれぞれ異なる動作で緻密に操作できるその魔力制御力は、……自分よりも上だと認めている同じ水使いの珠雫ですら圧倒的格上だと認めざるを得ないほどのもの。

自分もAランクに恥じない魔力制御力はあると自負しているが、それでも彼を前にすれば霞むほどに未熟だと思い知らされる。

 

(…全てにおいて、今のアタシじゃこの人には勝てないわ……)

 

パワーでは完敗したが、魔術勝負ならばもう少しやりあえると思っていた過去の自分をぶん殴ってやりたい。魔術勝負でも彼には手も足も出ず完封される未来しか見えない。

 

彼女は蓮と同じく世界的に見ても希少なAランクだ。

そしてその中でも、世界最高の魔力量を持つ存在として、今まで戦った相手の全てを圧倒し、勝ってきた。

だからこそ、それに見合う自信があったし戦えば勝てると思っていた。だが、蓋を開けてみればそんなのはとんだ大間違いで、ステラは2人の騎士に敗北を刻まれた。

 

Fランクであり、自分より遥かに劣るはずなのに、真っ向から自分を打ち倒し初めての敗北を与えた黒鉄一輝。

同じAランクでありながら、その力や技量、経験は自分とは桁違いで、自身に初めて理不尽を与えた新宮寺蓮。

 

最弱の騎士(黒鉄一輝)最強の王者(新宮寺蓮)。対極に位置する2人の英雄の存在を、強さを彼女は知った。

 

一輝の強さは今まで散々見てきたし、恋人だからこそ悔しさではなく、嬉しさが勝っていた。

彼にはまだまだ上があり、自分とどこまで高め合うことができるんだと、高揚が大きかった。

 

だが、蓮に関しては彼の戦いを見るたびに彼の強さが次々と更新されていき、その差が全く縮まらない事を痛感した。

 

そこまで考えて、気づく。

蓮の人形達が悉く破壊している岩人形達。その殆どが異音を立てながら、磁力のように引き合い再び元の形に戻っていたのだ。

 

「人形が、再生している?」

「これが伐刀絶技?一体、どんな能力なんだ…?」

 

元の形に戻った人形達は再び蓮の兵隊達に砕かれるものの、砕かれた端から次々と糸に繋ぎ合わされて復活を繰り返している。 

その様に、完全に初見である2人は未知の能力に思考を巡らせる。

前もって、蓮からは警告されていたために敵が伐刀者であることは分かっていたが、いったいどんな能力でこれだけのことをしているのかまだは分からなかった。

そんな2人に、蓮は片眼を青く輝かせながら敵の正体を伝えるべく声をかける。

 

「岩石を操る自然干渉系の伐刀者だと初見なら思うだろう。だが、敵の正体は『鋼線使い』だ。お前達は知っているか?」

「う、ううん、初めて聞いたよ」

「アタシもだわ」

「そうだろうな。学生騎士の試合では見ないタイプだ」

 

蓮は眼下の光景を見ながら言う。

 

「『鋼線使い』のスタイルは、無機物を魔力の糸で操って、人形などを作り敵に嗾けるものだ。だからこそ、術者である当人は離れた場所から操作することができ、かつ人形が壊れても魔力が持続するならばいくらでも再生できる。

だが、それはつまり術者を見つけない限りはほぼ無限に戦い続けると言う事。

炎で薙ぎ払えるヴァーミリオンならばまだマシだが、黒鉄は相性が悪すぎる。1人で遭遇してしまった場合は、嬲り殺しにされるだろう。お前のスタイルは対人戦闘のみでしか活かされない。故に、無限に出てくる人形相手の長期戦は不利だ。たとえ、《一刀修羅》を使ったとしても、居場所を特定できない限りは、ジリ貧だ」

 

一輝のスタイルはあくまで対人でしかその真価を発揮しない。

一分間の超強化の《一刀修羅》もリングのような隠れる場所のない場所かつ敵が逃げようとしない状況だということを前提として初めてその真価を発揮する。しかし、この『鋼線使い』のように大量の人形を操作する相手には、一分間の制限時間はあまりにも短すぎる。

居場所を特定できなければ、いたちごっこになってしまい、無限に湧き続ける大群相手にはとてもではないが、頼りにはならない。

 

「……うん、確かに。こういう相手では、僕はとことん役に立たないだろうね」

 

蓮の説明を聞いて自身の相性差を理解した一輝は苦い表情を浮かべて頷く。そしてステラは今の話に焦りを滲ませながら呻くように言う。

 

「で、でも、術者を探すって言ったって、そんなのどうやって探せばいいのよ」

「魔力を辿ればいい」

 

対処法がわからないステラがこぼした疑問に、蓮はそう短く答える。

 

「『鋼線使い』の戦法には一つの鉄則がある。同時に複数の人形を操る場合は、全てを自分自身がダイレクトに操作するのではなく、他の人形を操るための人形を、言わば司令塔のような役割を持つ『中継点(ハブ)』を介して操作を行う。この戦法の利点は、さっきも言った通り術者が姿を隠せる点にある。

故に、索敵されることは最も避けなければいけない。その為には、自分に繋がる糸を出来るだけ減らす必要がある。しかし、裏を返せばこの木偶人形を操っている無数の糸が一点に収束しているハブを見つけて潰せば、終わるということだ」

 

隠れる場所がなく、リングの上で正面から戦える学生騎士には全く馴染みのない戦い方。しかし、蓮は多くの特別招集を経験し、その全てを生き残ってきた。故に、戦闘経験はそこらの学生騎士を軽く凌駕しているし、学生騎士では知らないスタイルも数多く熟知している。

 

「こいつらも同じだ。一見すれば全く異なる動きを見せているように見えるが、よく見れば幾つかのパターンがある。

パターンが分かれば、あとはそのパターンに合わせて対処していけばいい。そして、対処しながら魔力の糸を辿り、多くの人形と異なる動きをしているハブを見つけ出し叩き潰す。それで勝てる」

 

蓮は簡単にそう言ってのけるが、実際それをやってのけるのは難しいことだ。なぜなら、いくつかパターンがあると言っても、一輝達からすればほとんど変わらないように見えるし、魔力の糸の気配は確かに感じ取れたものの、それがどこに繋がっているのかまでは分かっていないのだ。

 

「確かに、言ってることはわかったけど……」

「そんな簡単に、出来ることじゃないでしょ。これは……」

 

思わず口に出してしまう2人に蓮は肩越しに見て微笑を浮かべる。

 

「まぁ今はまだ難しいだろう。これから出来るように鍛錬すればそれでいいさ。俺もすぐにやれと言うほど鬼じゃないからな」

 

まぁ追い込みはするが、最後にそう付け加えた蓮に2人は揃って苦笑を浮かべる。

その時、一輝は視界の端に二十は超える無数の岩塊が飛来して迫っていることに気づき、血相を変えて叫ぶ。

 

「っ⁉︎新宮寺君っ‼︎」

「問題ない」

 

一輝の警告に平然と応えた蓮は、既に右腕に氷のライフル《凍息重砲(フリージング・カノン)》を握っており、碌に見向きもしないまま引き金を引き無数の岩塊を蒼光の水弾で全て撃ち砕く。

いくつかは数個を纏めて貫通して砕き、いくつかは水弾が爆ぜて周囲の岩塊を纏めて砕いた。

《蒼水球》に激突する直前に、すべての岩塊は砕かれ、破片が飛び散る。

 

「えっ、全部撃ち抜いたっ?」

「ウソでしょっ」

 

刹那の間に全弾命中させるという技量に、いくつかは《蒼水球》に被弾すると覚悟していた一輝とステラが唖然とする中、蓮は岩石が飛来した方向を見やる。そこには少し離れた位置からボールや槍のような形状の岩塊を両腕で抱えたり、口に咥えてこちらを見上げている複数の木偶人形達がいた。

どうやら、近づけないから遠距離で攻撃しようと考えたようだ。

 

「投擲か。粋なことをする」

 

ただ岩石の人形を操るだけでなく、巨岩の投擲までしてのけたことに、蓮は僅かに感心する。だが、それだけだ。

 

「別にどうともならないが、邪魔だ。凍ってろ」

 

蓮は低い声音で宣言すると、照準を定め引き金を引き、青白い氷の閃光を放った。冷気を帯びた閃光は巨人達に真っ直ぐ伸びていく。

人形達が迫る閃光に気づき回避のために動くよりも遥かに早くソレは人形達に突き刺さり、周囲を巻き込みながら氷の棺桶に閉じ込める。

そして次の瞬間には、ダイヤモンドダストとなって粉々に砕け散った。

 

「一応、言っておくが既にハブの特定は済ませている」

「えっ⁉︎」

「じゃあ、どうして潰しにいかないのよ?」

 

さらりとハブを特定していることを伝えた蓮に、一輝は純粋に驚くが、ステラは訝しむ。

ハブを特定したのならば、こんな人形同士の戦いを続けるのでではなく、早急に潰すべきだと。そう訝しむステラに蓮は特に眉を立てることはなく、淡々と告げる。

 

「言ったはずだ。レクチャーだと。

黒鉄のスタイルは知っているから聞かないが、ヴァーミリオン。お前は対戦相手と戦う時は事前に下調べをしておくか?」

「……いいえ、しないわ。

テロリストと遭遇した時、敵の能力がわかってるなんてことはほぼあり得ないでしょ。

だから、相手がどんな能力を持っていようと戦えるようにならないとダメだから、下調べはしないわ」

「感覚を養う為にあえてしないか。

心意気は認めるが、それは愚策だな。今すぐにその認識を改めろ」

「っ、どうしてよ?」

 

自身のスタイルを真っ向から否定されたステラは不満を表情に滲ませながら少し怒り混じりの声でそう返す。

蓮はステラを見ないまま話す。

 

「敵と戦う時は殆ど相手の能力が分からないことが多い。だから、その為に感覚を養う。確かにそれはその通りで、理にはかなっている。だが、似たようなパターンを持つ能力に遭遇することは多々ある。そのときに役立つものは何だ?

今まで培った経験と知識だ。それらがあるからこそ、未知の状況に対し予測ができ打破できる可能性が生まれる。

感覚を養うだけじゃ足りない。同時に経験と知識を蓄え続けろ。学べる機会を無駄にするな」

 

戦いは一瞬の判断が状況を左右することが多々ある。そしてその一瞬に、状況を打破できる経験や知識があったならば、勝てる可能性が大幅に高まる。

しかし、もしその予測ができなかったのならば、対処できずにそこで終わりだ。だからこそ、蓮は下調べを、経験を積み知識を蓄えることを怠らない。戦った敵のスタイル、能力、その全てを記憶している。

完全なる未知を、僅かでも既知に変えることがとても重要なのだ。

今回のこの人形達も、あの《黒狗》との激闘と比べれば比較にもならないほどに稚拙だ。

蓮はステラに言い聞かせるように強く言った。

 

「下調べはできるうちにしたほうがいい。

安全な間に知識を、経験を積み重ねろ。そうして、未知の危機に遭遇したときに少しでも役に立てるように、状況を打破できるようにしておけ。国を、家族を守りたいのなら、出来ることは全てやり尽くせ。知識と経験は裏切らないし、積みすぎて困ることもないからな」

「ッッ」

 

蓮にそう指摘されてステラはハッと気づく。

確かに感覚を養う為に下調べをしないと言えば、聞こえはいいがそれは裏を返せば学べる機会を不意にしているとも言える。

それはとても損をしていることになる。だからこそ、蓮はそれをステラに伝えたのだ。

 

「今回のこともその一環だ。

わざわざこの木偶人形共に付き合ってるのも、必要なことだからだ。お前達は『鋼線使い』に関する知識、経験がない。だから、今ここで学んで帰れ。それがいつか必ず役に立つ。そして、全てを糧として喰らい尽くして今よりももっと強くなるんだ」

「「………」」

 

蓮の激励とも取れる言葉に、2人は思わず沈黙する。

彼の言ったことは全てが反論の余地もないほどに正しくて、恐ろしく勉強になるものだ。

蓮は沈黙する2人に振り向くと、ステラへと視線を向けて言う。

 

「ヴァーミリオン。ここからが本題だが。お前はここまでとは言わないが、似たようなことは必ずできるようにしておけ」

「え…?」

 

突然のことに、訳が分からずそんな声を漏らすステラに蓮は更に続ける。

 

「お前はヴァーミリオン皇国を守るのだろう?なら、今のままではまだ足りない。

確かに魔力制御も高く、応用的な戦いもできてはいる。だが、苦戦した経験が少ないからか、魔力量にものを言わせて力でゴリ押したり、作戦が稚拙な傾向がある。

並大抵ならば、それで何とかなるが、これからはそれでは戦えなくなるぞ」

「そ、そんなことはっ……」

 

そんなことはない、そう言おうとしてステラは口をつぐむ。

日本に来る前の彼女だったら、今の蓮の言葉を否定できたはず。しかし、この日本で一輝と蓮に敗北し現実を知ったからこそ、蓮の言葉を認めざるを得なかったのだ。

口を噤むステラに練はさらに続ける。

 

「己にできる全てを極め尽くせ。

常に戦いのビジョンを模索し続けろ。

国を、家族を守りたいのならば、何が相手でも負けないように、そして勝てるように研鑽を続けろ。一瞬たりとも怠るな。

もたついたところで敵は待ってはくれない。勝つか負けるか。結局伐刀者の戦いはそんなものだ。意思を強固に。力を磨き。覚悟を決めろ。でなければ、大切なものを守れずに全てを失う」

(新宮寺君。君は、過去に何が……)

 

他人事ではなく、まるで自分のことのように語る蓮に多少の疑問を覚える一輝。

今の物言いに気になっていたものの、その真意を尋ねる気にはならなかった一輝はそのまま話を聞く。蓮は口を噤むステラに振り向くと、好戦的な笑みを浮かべてはっきりと告げた。

 

2()()()()()()今、日本は俺が、ヴァーミリオン皇国はお前自身が守らなければならない。もしもできないならば、()()2()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「ッッ⁉︎」

(2人?)

 

挑戦的な言葉にステラが目を見開く。

蓮はステラが自分の出生の事を知っている前提で話を進めている。そして、今の反応を見る限り、ステラは蓮のことについて気づいていると理解できた。

 

(一体、2人は何の話をしているんだ?)

 

そして、話の意味が理解できていない一輝はただ疑問を浮かべていた。一輝は蓮の出生を知らないからこそ、今の話の意味がわからない。

それ以前に、先程の会話からも蓮はヴァーミリオン皇国について何かを知っているようにも思えた。そして、それを疑問に思ってもいないステラの様子も気がかりだった。

気になった一輝は思い切って2人に尋ねようとしたもののそれよりも早く蓮が呟いた。

 

「レクチャーはここまでだ。そろそろ、終わらせよう」

 

そう呟くと、蓮は戦いを終わらせる為に、新たに魔術を発動する。

《蒼水球》の上空に巨大な青い魔力の塊が二つ生まれ、やがてソレらはある形を成す。

 

「出てこい。《水天の海龍(ワダツミ)》、《氷禍の巨竜(ファフニール)》」

『クゥァァァァァァアアアァァァ‼︎‼︎‼︎』

『ゴォォォアアアァァァァァァァ‼︎‼︎‼︎』

 

海王の命によって荒天の下に現れたのは、40mはある紺碧色の海龍《水天の海龍》と、広げれば30m近い大きさになる巨大な氷翼を羽ばたかせ、鋭い氷の鉤爪と強靭な四肢と一対の巨角を有する20m程の蒼銀色の巨竜《氷禍の巨竜》だった。

まるで、王を守護する番人のように二頭の神話の怪物は天を揺るがすような咆哮を上げて蓮の左右で滞空し、こちらを見上げてくる海王の敵である不埒な愚者達を殺気の篭った鋭い眼光で睨んでいる。

 

『『ッッ‼︎‼︎』』

 

明らかに先程の生物達とは一線を画する迫力と存在感、そして込められた魔力の濃密さを肌で感じて、一輝とステラは息を呑んだ。

蓮は地面の端から足を踏み出して、空中に《雪華》の足場を作りながら、空中を歩いていく。

空中を登っていくと同時に、海龍と巨竜が蓮の周りを緩やかに舞う。

二頭の怪物が海王の周囲を飛び交う中、蓮は眼下で蹂躙されている木偶人形達へと視線を向けて、怒りが滲む声音でつぶやく。

 

「奴が相手だから、どんなものが出てくるかと思えば……この程度の木偶人形共しか寄越さないとは。………随分と俺のことをナメているな」

 

蓮の声音には冷たい怒りが宿っており、冷たい殺気が放たれる。事実彼は怒っていた。

もしも、破軍の敷地内で何かをしようものならば、《七星剣王》である蓮が出張ってくるのも予測できたはずだ。

だというのに、この程度の木偶人形しかいない。確かに一輝達ならば経験不足などの理由で苦戦はするだろう。特例招集にでているカナタや刀華ならば、多少は手こずるものの勝てるだろう。

つまり、カナタや刀華が多少手こずる程度の相手なのだ。蓮ならば相手にすらならない。

《傀儡王》でも、『中継点』の人形ならばこの程度なのか、はたまた、揶揄われているだけなのか。どちらにしても、この木偶人形の存在は、蓮を多少なりとも不快にさせたのだ。

 

「どういうつもりでこんなことをしでかしたのかは知らんが、この程度の玩具でこの俺に勝てると思っているのか?思い上がるなよ。人形風情がっ」

 

蓮はここにはいない《傀儡王》へと告げながら、ゆっくりと右手を掲げる。

同時に、左右で滞空する海龍と巨竜が息を吸い込むような動作を行い、その口に青い魔力を集わせる。口内から漏れる輝きは徐々に増していき、巨竜からは冷気が、海龍からは水気がそれぞれ溢れる。やがて、二つの輝きが臨界点に達したとき、王は右腕を振り下ろし無慈悲に宣告する。

 

 

「———悉く消え失せろ」

 

 

『『—————————ッッッッ‼︎‼︎‼︎』』

 

絶対零度の如き冷たい声音によって告げられた宣告に従い二頭の怪物はガパッと顎門を開き、それぞれ咆哮と共に紺碧と蒼銀の二筋の極光を解き放った。

片や激しい水流を圧縮に圧縮を重ねた激流の極光。《蒼龍の息吹》の劣化版、水属性単体の息吹《海龍の息吹》。

片や《ニブルヘイム》に指向性を持たせた、絶対零度の吹雪の極光《巨竜の咆哮(ファフニール・ロア)》。

 

二つの破壊が人形達を蓮の兵隊ごと飲み込み、轟音と閃光で世界を塗り潰す。

きっと、轟音と閃光はカナタ達のいる施設にまで届いていることだろう。そう思ってしまうほどに凄まじかったのだ。

 

そして、耳を聾する轟音と目を焼く閃光が収まったとき、眼下には———何も残っていなかった。

山小屋を中心とした半径2キロほどの森林が二つの破壊に呑まれてその様相を大きく変えていた。

巨竜がいた側の半分が吹雪に呑まれ氷原と化しており、海龍がいた側の半分の方が地面が大きく抉られており地肌が剥き出しになっている。氷雪の極光に呑み込まれた木偶人形達は、全てが哀れな氷の彫像と化しており、一方で激流の極光に呑み込まれた木偶人形達は、塵となって消しとばされていた。

 

一瞬で見渡す限りひしめいていた岩の人形達が例外なく破壊し尽くされた。

刹那の間に、破壊し尽くされた世界。

二頭の怪物の圧倒的な破壊を目の当たりにした一輝とステラは絶句する。

声を失う2人を、蓮の呟きが現実に戻す。

 

「これでしばらくは人形を作れないし、操作もできないだろう。このまま直接ハブを潰しに行く。お前達はここで待機してろ」

 

一輝達の返事を待たずに、蓮は《海龍纏鎧》を纏い《蒼翼》を生やすと、《雪華》を勢いよく蹴り噴射口から魔力を噴かせながら、一瞬にして閃光となって最初から補足していた『中継点』がいる場所に向かう。

ここから約3km離れた場所に魔力の糸の全てが収束された起点となる人形がいる。その魔力を辿れば、居場所の特定など容易いことだった。魔力噴射の威力を最大限まで高めて、十秒もしないうちに距離を詰めると肉眼でハブを捉える。

 

「そこか」

 

それは、巨大な蜘蛛だった。

目算でも3mはありそうな大蜘蛛が木々の間に潜んでいたのだ。しかし、今は全ての人形を一度に破壊された影響なのか、ギチギチと体を軋ませるだけで満足に動かせてすらいなかった。

どうやら、人形を全て纏めて破壊されるという、大きすぎる被害によって一時的に操作できなくなり再接続する為に、今は糸を必死に伸ばそうとしているようだ。

霊眼では魔力の糸が蜘蛛から無数に伸びる光景が、はっきりと見てとれた。

蓮は、大蜘蛛目掛けて急降下すると頭部に拳を突き立てる。

 

「———ッ」

 

振り下ろされた拳は轟音を立てて下の地面ごと蜘蛛の頭部を粉々に砕く。そして、頭部の中にあった魔力の核をしっかりと握ると拳を引き抜きながら、冷酷な声音で告げる。

 

「警告だ。次は無い」

 

蓮はこの糸の先にいるであろう《傀儡王》のハブの人形にそう警告すると、魔力を流し込みながらその核を握り潰した。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

「ふふふ、流石は噂に聞く《七星剣王》。ちょっと新しいハブの試運転を兼ねてちょっかいをかけただけのつもりだったのですが、……容赦ありませんねぇ」

 

日本某所。

昼にもかかわらず、闇が吹き溜まったかのような暗い室内で、長身の男が半身から氷の刃を無数にはやし、血を滴らせながら、蓮に賞賛を送る。

 

「酷い有様だな。半身をやられたか」

 

半笑いをする長身の男を、その向かいのソファーに座る影が、蔑むような目で見ながら問いかける。男はそれに対して、半身を見せながら、平然と答える。

 

「ええ、それはもうこの通り」

 

男はそう言って、ほらと自身の右半身を見せる。

彼の傷はひどい有様だった。文字通り半身が内側から貫かれていたのだ。首と顔を覗く、右肩、右腕、右胴体、右足、右半身を指先、爪先に至るまでびっしりと内臓ごと血に濡れた氷の刃が貫いていた。

蓮は魔力の糸をたどりながら、自身の魔力を注ぎ込んで超長距離にいる男の体内で《斬り裂く海流の乱刃(アクア・スラッシュ・ラーミナ)》を遠隔発動したのだ。

 

「いやー、もう酷いやられようですよ。躊躇のかけらもない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「《前夜祭》前にいらん事をするからだ。愚か者が。そもそも、『奴』は貴様程度にどうこうできる相手ではないだらう」

「おやおや手厳しい。ですが、返す言葉もありませんねぇ。ふふふ」

 

男は人影の言葉に、戯けるように笑いながら無事な左手で自分の頭をペシと叩く。

そのどこまでもふざけた態度に、人影はつまらなそうに鼻を鳴らす。

 

「俺はただの学生(ゲスト)だから《軍》の思惑など知ったことではないが、お前は《軍》側の人間だろう?作戦前から軽率なことは控えるべきではないのか?今回のように痛い目を見るぞ」

「まあそうなんですけどねぇ、ほら性ですよ。《道化師(ピエロ)》のね。いかんせん待つだけというのは、詰まらない。楽しくない。これはとても良くないことです。ボクの存在意義にも関わってきますよ。

ボクは《道化師》です。いつでも笑っていないといけない。善行も悪徳も、すべてスマイルで楽しんで《演劇(サーカス)》を盛り上げてこその《道化師》でしょう?」

「知ったことか。貴様の言葉は相変わらず理解に苦しむな。何がそんなに楽しいのだ」

「フフフ。まぁそこはお互いの意見の相違というものですね。それに、理解できなくて結構です。心の内を読まれる《道化師》なんて、何の価値もありませんから」

 

軽薄さを隠そうともしない声で答え、男は左手の五指を何度も軽く動かす。

それに合わせて、右半身から生えていた夥しい氷刃が小さな音を立てて取り除かれていく。

その度に大量に出血し、水音を立てて床に広がるものの、男は構いもせずに刃の除去を行なっていく。

 

「あ〜〜これは酷い。内側までびっしりと抉られてますねぇ」

「だろうな。『奴』はこのぐらいのことなら簡単になせる。それほどの男だ」

「フフフ、たかが学生騎士の頂点に立ってるだけだと思ったましたが、やはり裏社会でも名を轟かせる《七星剣王》は違うということですか。

ですが、彼、今回は警告で半身で済ませましたが、やろうと思えばボクのこと殺せましたよね。幻想形態を使うこともしないとは、いやはや末恐ろしい」

 

確かにこの魔術は敵を切り裂くために作られたものだ。発動された時点で、ほとんどのものは失血死やショック死をしてしまう。

肉体を破裂させる《紅の血華》には劣るものの、この技も体の内側から発動させれば、即死する狂気の技だ。だからこそ、この殺傷力は頷けるのだがまず体内でそれを発動させようとは思わないだろう。

だが、蓮はそれを平然と行う。

なぜなら、敵だからだ。敵には一切の容赦も慈悲も与えない。自身の『大切』を脅かし、邪魔をするのならばその全てを滅ぼす。彼はそう己の心に刻んでいる。

人影は、男の言葉に嘲笑するように呟く。

 

「戯け。奴にとって敵とは滅ぼすべき存在だ。

色々と噂は聞いたが、奴は敵の悉くを滅ぼしてきたそうだ。情報を得るための人質だけを残し、その他の全てを殺したらしい。

貴様はちょっかいをかけただけかもしれないが、たったそれだけでも、奴に敵認定させるには十分だったのだろう。だから、そうなった。それだけの話だ」

「ふふふ、敵対する者の悉くを滅ぼすとは……彼は魔王や邪竜とかの類ですかね?」

「知るか」

 

男が零した疑問を人影はバッサリと切り捨てる。男はそれに何か反抗するわけでもなく、思い出したように彼に報告する。

 

「あぁ、そういえば現場には《七星剣王》だけでなく、《紅蓮の皇女》もいましたよ。ですが、どうにも顔色がよろしくありませんでしたね。風邪でしょうか?」

「そんなことを俺が知るわけもないだろう」

「おや心配ではないのですか?君は《七星剣王》だけでなく、彼女にもご執心で2人に会うためにこの作戦に参加したと聞きましたが?」

「然り。貴様らの戯言に付き合っているのはそれが理由だ。新宮寺も《紅蓮の皇女》も俺が挑み超えるべき壁だからだ。しかし、体調を崩した程度で大会に来られないのなら、《紅蓮の皇女》も所詮はその程度だったというわけだ」

 

人影の言葉に嘘はない。その言葉通りの強い意志が感じられる。それを感じ取って男は、ことさら自分と彼との相性の悪さを感じる。

全くからかいがいのないつまらない男だと。

 

「やれやれ冷たいですねぇ。まぁ《七星剣王》の方は()()()()()()()()()()()()()()()と予想はつきますが、《紅蓮の皇女》の何が君をそうさせたんです?」

「答える義理はない」

「あ、そうですか。ですが、欲張りはいけませんねぇ。ちゃんとメインディッシュは選んであげませんと。浮気性な男性は女性に嫌われますよ?」

「ほざけ。道化が」

 

人影はそう吐き捨てるとソファーから立ち上がり、男の横を通ると扉を開けてその場を去る。

1人残された男は、氷刃の除去と糸での傷の縫合を行いながら、溜息を漏らし言った。

 

 

「ほんと可愛くないですねぇ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

「終わった。帰るぞ」

 

 

《傀儡王》のハブの人形に警告した蓮は、一輝達がいる場所に戻ると、《蒼水球》の前でホバリングしながら浮かばせていた《蒼水球》を操作して下の窪みに嵌め込み小屋を元の場所へと戻すと着地する。

海龍と巨竜も小屋の両脇に降り立ち、ずしんと地響きを鳴らしながら着地する。

蓮は《蒼水球》を消すと、すかさず2人を雨で濡らさないように頭上に水膜の傘を作る。

《蒼水球》が解かれ外に出ることができるようになり、雨で濡れなくなった一輝達は蓮の元へと近寄りながら尋ねる。

 

「もう、大丈夫なのかい?」

「ああ、警告も済ませた。もう手出しはできないだろう」

 

そう言いながら蓮は《海龍纒鎧》と《蒼翼》を解除する。《蒼月》を腰に差しただけの状態になった蓮は、鉛色に染まり大粒の雨を降らせる空を見上げながら呟く。

 

「まだ雨は降りそうだな。2人とも巨竜(ファフニール)に乗れ。このまま施設に帰るぞ」

 

その言葉と共に蓮は海龍(ワダツミ)の頭部へとひとっ飛びで乗り移り、巨竜を2人の前に移動させ身をかがませると、片翼を広げて地面につけて階段代わりにさせる。

人形とはいえ、巨竜に乗るという初めての出来事に2人は多少の戸惑いを見せながらも翼を伝って背中に乗り込み、ステラを前にして一輝が座る。2人が座ったのを確認した蓮は二頭を操作する。

二頭の怪物は咆哮をあげると、勢い良く地面を蹴って空へと飛び上がった。

瞬く間に山小屋から離れ、空高くへと飛び上がった巨竜と海龍に一輝達は感嘆の声をあげる。

 

「こんなこともできるのか……」

「……何でもありにも程があるわよ」

 

圧倒的な破壊力や防御力だけでなく、診察したら怪我を簡単に治してしまう高度な治癒力にも秀でており、更にはこのような本物と見紛うほどの超精密な人形すらも自由自在に創造し使役してしまう。

水使いができるありとあらゆる可能性の全てを非常に高い次元で使いこなしているその姿に、同じ自然干渉系の能力のステラは自分はまだまだ未熟だと理解した。

感嘆する2人の声を聞いていた蓮は、海龍を近づけると声をかける。

 

「いい機会だったから、お前の妹にも見てもらいたかったんだがな」

「珠雫にかい?確かに新宮寺君の水魔術は珠雫にとってはいい勉強になることは間違いないと思うけど、いいのかい?」

 

炎使いのステラならともかく、水使いである珠雫ならば、蓮の技術は何一つ無駄になるはずがないので、話を聞くよりも直接見ることでいい勉強になることは間違い無いだろう。

ただし、そんなに自分の技術を他人にホイホイ見せてもいいものかと疑問に思った一輝は思わず尋ねる。それに、蓮は何食わぬ顔で言った。

 

「流石に全部をそうやすやすと教える気はない。ただ、水使いとしての汎用的な戦法とかは教えてもいいかもしれないな。

それに、彼女は魔術に頼りすぎな傾向があるな。体格も理由なのだろうが、それでも近接もできるようにするのが、これからの課題だろう」

 

確かに珠雫は魔術の遠距離攻撃を主軸にしており、近接を苦手としている傾向がある。

それは、いざという時に致命的な隙をもたらすだろう。そうならないためにも、遠近両方ともこなせるようにしておくべきなのだ。

蓮の指摘に一輝も同意だと言わんばかりに頷いた。

 

「僕もそれは同感だ。今度珠雫に伝えてみるよ」

「ああ、任せた」

「あと、可能であればなんだけど珠雫が君の元に師事しに来たら、よかったら見てもらえないかな?」

 

それは兄としての頼みだ。

同じ水使いとして珠雫と蓮では雲泥の差がある。そしてそれは珠雫もまた感じているはずだ。

だからこそ、もしも、珠雫が蓮に弟子入りしてきたらどうか受け入れてほしい。そう嘆願する一輝に蓮は静かな声音で答える。

 

「……彼女次第だ。彼女が戦う理由が俺を納得させれるものだったのなら、考えてもいい」

「それで十分だよ。ありがとう」

 

一輝は頭を下げて礼を言う。

話がひと段落ついたのを見計らって、今度はステラが蓮に尋ねる。

 

「ねえ先輩。さっき、ハブに警告したって言ったけど、捕まえに行くことはできなかったの?」

 

結局、一輝とステラは自分たちを襲ってきた木偶人形を操作してきた敵の正体はわからないままだ。

蓮は知ってはいるが、危険すぎるためにあえて伏せている。

しかし、敵の正体がわからないことがステラにはどうしても気に入らないらしい。

問題の大元の原因を解決していないのだから、やり残しがある感は拭えないのは仕方ないことだろう。蓮はそれに苦笑を浮かべる。

 

「まあお前の気持ちも分からなくは無いが、今からすぐ行くには少し無理があったな」

「どうして?」

「ハブを潰したときに術者との距離を測ったが、結構離れていたからな。確か140kmぐらいだったか」

「「140kmっっ⁉︎⁉︎」」

 

都内にいるかすら怪しい距離に、ステラと一輝は揃って驚愕する。

鋼線使いなどは置いといて、そもそもそれだけの距離から魔術を遠隔発動することなど聞いたこともない。それが事実ならば、糸の向こうの存在は蓮とは別ベクトルで危険な存在なのだろう。

 

「『鋼線使い』って、そんなに離れたところからでも攻撃できるものなのかい?」

「いいや、普通はできない。一般的な鋼線使いは数百mから1kmだ。100km以上はもはや異常だな」

 

蓮ですらそう言うのだ。ならば、糸の向こうにある存在は自分達では太刀打ちできないかもしれない危険な存在だと言うことだ。

 

「で、でも、さっき警告したって言ってたよね?まさか糸を辿って……?」

「ああ、ハブの糸を辿って俺自身も魔力を伸ばして、術者に直接かなりの手傷を負わせた。カプセルを使っても怪しいレベルの傷を与えたから、もう二度と近づきはしないだろう」

「140km離れた相手に……?」

「?そうだが?」

 

蓮はそう平然と答えるものの、一輝とステラからすれば蓮も異常以外の何者でもない。

140km先の人形を操れるのもすごいが、そもそも140kmも離れた相手に、どうしてカプセルですら治療が怪しいような重傷レベルの手傷を叩き込めるのだろうか。

やっぱり蓮は学生騎士としてはもはやチート的存在だと言っても、おかしくはないだろう。

そんな話をしながら、海龍と巨竜に乗った三人は雨の中を進む。

蓮が作った水膜の傘のおかげでずぶ濡れになることもなく日が暮れる前に余裕を持って施設へと帰還した。

施設の前にはカナタを除く生徒会の面々が揃っていた。上空を飛ぶ蓮達の姿を見た恋々と刀華が走り寄り、その後ろを砕城と泡沫が歩く。

 

「あ!やっほーみんな!おっかえりー!」

「ステラさん、大丈夫ですかー?」

 

地響きを立てて着陸した巨竜から滑り降りた一輝とステラに2人が駆け寄る。

特にステラが体調を崩したことを心配していた刀華はステラの容態を確認して、やっと安堵の息を着く。

 

「よかった。もう、だいぶ回復してますね。でも、大切な選抜戦が控えているし、この後病院に行きましょう」

「シングージ先輩のおかげで大丈夫よ。これくらいは休めばどうにかなるわ」

「駄目です!風邪だけじゃなくて、病気を甘く見てると痛い目を見ますよ!確かに新宮寺君が治癒してくれたのなら安心だとは思いますけど、念には念をです!」

「え〜〜〜」

 

まるでお母さんのようにきりきりと真剣な目で言う刀華に、ステラは嫌そうにしながらゲンナリした顔を見せる。一輝はその後ろで苦笑を浮かべており、泡沫も笑みを浮かべている。

刀華の両親は病気で亡くなったことを知っている蓮からすれば、体調管理にうるさいのは昔からのことなので、きっとステラが折れるまで続けるのだろうと思い2人のやりとりを横目で眺めていた蓮に砕城が声をかける。

 

「すまないな。新宮寺に全て押し付けてしまったようだ」

「気にするな。あればかりは、お前たちでも手強い相手だっただろう」

「お前がそこまで言うとはな。…それほどの相手だったのか?」

「そう言うわけじゃないが、単純に相性差の話だな。鋼線使いが相手だったからな。物理攻撃しかないお前では厳しい、と言う話だ」

「なるほど。確かに某では鋼線使いは不利だな」

 

実力不足も突きつけられたのだが、そこら辺は割り切りがいいためか、別段眉を立てることなく蓮の言葉に頷いた。

そこまで話し、蓮はここにいない彼女のことが気になり尋ねる。

 

「そういえば、カナタはどこに?」

「……む、ああそうだった。実はその件で黒鉄に話があったのだ」

「黒鉄にか?」

 

蓮の問いに頷いた砕城は顔を上げて、黒鉄に、声をかける。

 

「砕城君。どうかしたのかい?」

「ああ、実は先ほどお前に客人が来てな。今は貴徳原殿が対応している」

「客人?僕にですか?」

「そーそー、なんか学校に行ったらこっちにいるって聞いてきたみたいだよー?」

 

一輝は2人の言葉に思わず首を傾げる。

客人というが、自分にはわざわざ奥多摩まで自分を追いかけてくるような人に心当たりはない。学校に行ったらということは、少なくとも学外の人だろう。

 

「えと、その人の名前とかわかりますか?」

「確か………そう、『赤座』と名乗った少々小太りな体型の中年の男性だったな」

『ッッ⁉︎⁉︎』

 

告げられた名に、一輝だけでなく蓮も目を見開き表情を強張らせる。

『赤座』。その名前がつく者を蓮達は知っている。そして、小太りの中年ときたら、もはや1人に絞り込めてしまった。だが、なぜその男がこゆな奥多摩にまで訪ねてくるのかは皆目見当もつかなかった。

そして、一輝達の動揺が収まらないうちに、それは現れた。

 

「おーいたいた。よぉ〜やく会えましたよぉ。ご無沙汰してますねぇ〜。一輝クン。んっふっふ」

 

耳に粘りつくようなねっとりとした不快な男の声音が2人の耳に届く。

視線を向ければ、そこには砕城の言った通りの小太り体型の中年男性。でっぷりとした樽型の体型を赤いスーツに閉じ込めて、恵比寿にも似た顔に汗と笑みを浮かべていた。

 

「イッキ。誰なのこのおじさん………」

「この人は……赤座守さん。黒鉄家の分家の当主だよ」

「ッッ———!」

 

一輝の只ならない様子に、この人が友好的な相手ではないということは分かっていたが、黒鉄家の関係者だと分かった瞬間、ステラはこの人物がどういう存在かを理解して、ざわりと、威嚇する猫のように警戒心をあらわにしてステラは総毛立たせて険しい表情を浮かべた。

蓮もまた、感情を一つ感じさせないような冷たい表情を浮かべて、目の前の男を冷ややかに見下ろしている。

その空気が張り付くほどの剣呑さに、カナタを除く生徒会の面々は困惑を隠せなかった。だが、その一方で警戒心を向けられている赤座本人は、いやらしい笑みを浮かべると。

 

「んっふっふ。そう怖い顔をしないでくださいよぉ。私だって嫌なんですよぉ?ただでさえこんな出来損ないのために学園に出向いたのに、いなかったので奥多摩くんだりまで足を運ぶという二度手間なんてねぇ?」

 

臆せずに、攻撃的な言葉をためらわずに彼は吐き出した。その露骨な侮蔑の言葉に、この場にいる全員が、この男が一輝に、明確な敵意と悪意をまえていることを感じ取る。

そして、そのあまりな物言いに刀華は黙っていられなかった。

 

「ちょ、貴方なんなんですか⁉︎そんな言い方、あまりにも失礼なんじゃないですか⁉︎」

 

失礼な物言いにすかさず刀華は反応するものの、当の本人はというと

 

「おやおやぁ、これはこれは噂に名高い《雷切》さん。こんにちわぁ。あーもう時間的にはこんばんわぁですかねぇ?どうやらウチの出来損ないが貴方方にご迷惑をかけたそうで。いやぁ与えられた任務の一つもこなせないような役立たずで本当に申し訳ありません。あまりの情けなさに恥ずかしいあまりですよぉ。一族を代表して謝罪いたします。このとーり」

「だ、誰もそんなことして欲しいなんてー」

「誠にぃ申し訳ありませんでしたぁ」

 

刀華と話しているように見えて、まるで聞きもせずに勝手に話を進め、一方的に一輝を貶める主張を繰り返すその露骨な害意に、刀華だけでなく他の者達も困惑する。

そんな中、刀華を後ろに押して誰よりも前に進み出た蓮が冷たい眼差しで赤座を見下ろしながら切り出した。

 

「それで、赤座守倫理委員長殿。本日はどのようなご用件でこられたのでしょうか?お互い多忙の身の上、下らない前置きは無しにして早速本題に取り掛かりましょう。その方が()()()()()()()()()()()()()()?」

 

これ以上彼の不快な言葉を聞くのはごめん被るので蓮は早々に本題を告げるように促す。それに対して、赤座はその顔に気色の悪い笑みを浮かべると早速要件を切り出した。

 

「んっふっふ、流石は《七星剣王》さん。話が早くて助かりますねぇ。今日私がここにきたのは、あなたの言った通り、『騎士連盟日本支部の倫理委員長』として、一輝クンにとーっても大事な話があるからなんですよぉ」

 

表情こそ笑っているが、細められた瞼の奥にある光はあまりにもどす黒く、醜かった。そのことから、彼が持ってきた要件が全くもってろくでもなく、くだらないものなのは聞くまでもなくわかった。

だが、聞かないことには話は進まない。だから、一輝は静かに促した。

 

「今更僕にどんな話があるんでしょうか?」

「んっふっふ。まぁ話すよりもコレを見てもらった方が早いでしょう。どーぞどーぞ。今日の夕刊ですぅ。《七星剣王》さんもどうぞぉ」

 

懐から取り出され、手渡されたのは複数の新聞記事。

 

一体ここに何が書かれていて、どう一輝と関係があるのか。そしてなぜ、倫理委員会がこの場所に来たのか。

 

妙な胸騒ぎと嫌な予感を覚えながら一輝と蓮がそれぞれ新聞を開くと———

 

 

 

 

そこには、木々を背景に口づけを交わしている一輝とステラの写真が一面に掲載されていた。

 

 

 






さぁて、この丸く肥え太った赤狸をどう調理してくれようか。
蓮がいる以上原作通りには進ませねぇぞぉ!

……おっと、失礼。少々興奮してしまったようです。
3巻では一番書きたかったシーンが始まったので、つい、ね。

ちなみに、蓮は見てないよ。何を、と言われても、ナニとしか言えませんねぇ。見てないと言えば見てないんですよ。うん、ミテナイミテナイ。あの豊かな果実の先端にあるものなんてね。

あと、すげぇ今更なんだけど、蓮の《水進機構・蒼翼》。あれモデルはバルファルクの翼ね。あんな感じで飛んでると思ってくれればいいですよ。だから、滅茶苦茶速い。

さぁ、ここから蓮がどう動くのか。それは次回からをご期待ください!また次回お会い致しましょう!
感想、誤字報告、評価をよろしくお願いします!!





……………狸ってジビエにありましたっけ?




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