優等騎士の英雄譚   作:桐谷 アキト

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皆さんこちらではお久しぶりです。やっと大学も夏季休暇に入ったのですが、色々と忙しくて投稿にめちゃくちゃ時間がかかってしまったのでひとまず謝罪します。

最近はコロナが更に猛威を増していて満足に外出する事もできませんね。私も思うように出れなくてずっと家にこもってますよ。(ニートではありませんよ)。
とはいえ、モンハンや買い溜めしたラノベがあるので全然苦ではないんですけどね。いやー、モンハンストーリーズ2は本当に楽しいですねえ。

私は現在二つ名でパーティーを固めてまして、燼滅刃と青電主が早速主力となってくれてますよ。それにあの二体は私は二つ名の中では特に好きなので、嬉しいですね。ちなみに、白疾風も好きです。




33話 友の為に

 

 

一輝達に渡された新聞に映っていた、一輝とステラが口付けを交わしている写真。

驚きのあまり、ステラは目を丸くしその写真に釘付けになりながら震える声で言う。

 

「イッキ、こ、これって……」

 

ステラの問いかけに一輝は何も言葉を返せなかった。

この写真に写っている場所は、一輝達が普段からトレーニングに利用している林の中の開けた場所。そしてそこで片づけを交わしたときのものだ。手渡された夕刊全ての一面に、その様がデカデカと掲載されていた。

それを見て、一輝は理解した。

自分は誰かにずっと張り付かれており、この二人の関係を示す瞬間をすっぱ抜かれたのだということに。しかも、校内にいる誰かにだ。

 

「んっふっふ。よぉく撮れているでしょう?顔もくっきりばっちり。夜だと言うのに、最近のカメラは怖いですねぇ。山奥だからわからないでしょうけど、巷は大騒ぎですよぉ?

国賓に手を出すなんて、前代未聞の不祥事ですからねぇ」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!」

 

嘲笑う赤座に、ステラは一輝から新聞を引ったくりながら怒鳴り声をあげる。

 

「ふざけないで‼︎こんな記事デタラメよ‼︎‼︎一体、どう言うつもりよ⁉︎」

 

そう怒鳴って、彼女がさしたのは『姫の純潔を奪った男』『ヴァーミリオン国王激怒』『日本とヴァーミリオンの国際問題に発展か⁉︎』と事態の重大さを殊更煽り立てようとでもしているかのような言葉が踊っている一面の記事だ。

しかも、そこには一輝の実家である『黒鉄家』から提供された『黒鉄一輝』と言う人物の人物評が掲載されていたのだ。

 

昔から素行が悪く、黒鉄の家を困らせていた問題児であり、人格的に問題のある人間である、と。

さらには女癖も非常に悪く、ステラの他にも複数の女生徒ともふしだらな交際を行なっているとまだ。

それらはありもしない、根も葉もない出鱈目にすぎない。だが、この記事にはその出鱈目がさも真実であるかのように書き連ねられていたのだ。

 

『黒鉄一輝は昔からの札付きで、人格的に問題のある男だ』と。

 

そんなものを見て、恋人であるステラが黙っていられるわけがない。

しかし、そんな激昂するステラに対し赤座はそのニタニタとした嫌な笑みは崩さない。

 

「いやいや、残念ながらそれは全て事実なんですよぉ。お姫様が知らないだけで、実際は昔から手を焼かせてきた素行不良の問題児だったのです。いや〜、身内のことを悪く言うのはほんとぅに心苦しいのですが、そこの無能は昔から何度も犯罪行為をおこなっておりましてねぇ。私たちはその対応に日々手を焼かされていたわけなんですよぉ」

 

一輝を知る者からすればそれこそ有り得ないと言う内容をすらすらと口にしていき、その笑みを深くしながら一輝に侮蔑の視線を送る。

赤座は気づいていないが、そのあまりの物言いにその場にいたほぼ全ての人間が、赤座に、嫌悪に満ちた眼差しを送っていた。

当然だ。ここまで露骨な悪意などそうそう見るものじゃないのだから。

そして、そんな赤座の物言いにステラはさらに怒りを募らせる。

 

「ふざけないでっ‼︎あんた達こそ嘘ばっかり言ってるじゃないの‼︎一輝が無能で問題児ですって⁉︎そんなこと、彼を知る人間なら誰だって嘘だってわかることよっ!こんなふざけた記事、アンタ達が意図的に仕組んだものでしょうっ‼︎」

「んっふっふ。随分面白いことを言うのですねぇ。もしや、彼からジョークでも教わりましたか?いやぁ、そうでしたら申し訳ありませんねぇ。先程も言ったとおり、この記事は全て事実なんですよぉ。それに、もうこうした記事になったわけですし、いくら貴方達が騒ぎ立てようとも、大衆がどう受け取るかは、明らかでしょう?」

「ッッ‼︎くっ」

 

もはや何を言ったところで無駄だと言ってるような物言いに、ステラは歯軋りをする。

同時に確信する。これは、黒鉄家からの明確な悪意を孕んだ攻撃に他ならないと。

彼らは、このスキャンダルを最大限活用して一輝を潰しにかかっている。これに乗じる形で、連盟本部が管理する一輝の騎士としての資格を取り消して、追放処分をかそうとしているのだ。

黒鉄本家の意に沿わなかった落ちこぼれを、封殺する為に。

 

「まぁとにかく。これは『倫理委員会』の正式な招集ですぅ。応じて頂けないと、んっふっふ。まぁ、一輝クンの立場はとても悪いものになってしまいますよぉ。……もちろん、来て頂けますよねぇ。一輝クン。んっふっふ」

 

赤座は一輝の両肩に手を乗せ、ねっとりと告げる。対し、一輝はしばしの沈黙の後、何かを決心しそう答えようとした時だ。

 

「わかり「少し待ってもらえませんか?」っ?」

 

突然、一輝の後方から声がかけられる。

声をかけたのは今までずっと静観していた新宮寺蓮だ。蓮は二人に声をかけると感情が感じられない無機質な眼差しを一輝の肩越しに赤座に向ける。

 

「少し彼と話したいことがあるので、よろしいでしょうか?大丈夫です。そこまで時間はかかりませんので」

「ん〜、まぁいいでしょう。ですが、手短にお願いしますよ。こちらも暇では無いので」

「ええ、もちろんですよ」

 

蓮は冷酷な表情のままそう告げて一輝へと向き直ると、いきなり胸ぐらを掴んだ。

 

「っっ⁉︎新宮、寺君っ⁉︎」

「ッッ⁉︎」

 

突然のことに一輝と赤座は困惑する。しかし、蓮は二人の反応には構わずに冷酷な声音で告げる。

 

「やってくれたな黒鉄。こんなふざけた記事がうちの学園から出ることになるとは、いい迷惑だよ本当に」

 

淡々と告げられるのは怒りの言葉。

怜悧な眼光が一輝を射抜き、彼に抵抗の一切も、口を開くことすら許さなかった。

そしてそのまま彼は言葉を紡いでいく。

 

「去年から色々と騒ぎの渦中にあるとは思っていたが、今度は皇女絡みか。お前は何かしら問題を起こさないと気が済まないのか。全く、救いようの無いやつだ」

 

怒りの次に出てくるのは侮蔑の言葉。蓮は絶対に口しないであろう侮蔑の言葉を一輝に告げていたのだ。その発言には、一輝だけでなく背後にいるステラすらも目を見開いている。

 

「今回の一件は、去年とは状況が違う。だから、俺は何も手を貸すつもりはない。手を貸す気も失せた」

 

蓮はそう告げ一輝を赤座の方に突き飛ばすと、そっけなく背を向けて赤座に声をかける。

 

「赤座委員長。話は終わりましたので、どうぞ彼を連行してください」

「え、ええ、分かりました。では、早速行きましょうかねぇ」

「………はい」

 

最初こそ蓮の対応に戸惑いを隠せなかった赤座も、一輝の消沈した様子に満足げな笑みを取り戻して一輝についてくるよう促して蓮達に背を向ける。

 

だからこそ、気づかなかった。

一輝の姿が一瞬青い燐光を帯びてブレた後、消沈した様子ではなく挑むような覚悟に満ちた瞳で前を見ていることに。

そして、蓮がその様子を肩越しに見送り、口の端にわずかに笑みを浮かべていたことに。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

一輝が赤座に連れて行かれた後、その場に取り残された者達の殆どがたった一人思惑を理解した彼女を除き、ある者に疑惑の視線を向けていた。

 

「………シングウジ先輩、今のはどういうつもりよ?」

「…………」

 

ステラが全員の疑惑を代表して、その人物に詰問する。対する蓮は、どこ吹く風という風にステラを見返して何も言わない。

 

「どうして、()()()()()()()()()()()()()()っ⁉︎」

 

ふざけた幻。

それは先程ステラを含めて全員が見ていた光景につながる。実を言うと、蓮が一輝の胸ぐらを掴み上げて罵ったあの光景は、蓮が作り出した幻だ。本物の蓮と一輝はただ向き合って立っているだけで、蓮が何かを一方的に言って、小さい青色の結晶体を渡していた。

しかし、幻とはいえ一輝を罵ったことの真意がまるでわからなかったステラは、蓮に尋ねずにはいられなかったのだ。

しかし、その疑問に答えたのは蓮ではなかった。

 

「布石を打ったんですわよね?」

 

カナタだ。彼女は、穏やかな笑みを浮かべながら前に進み出ると蓮とステラを見ながらそう答えたのだ。

 

「どういうこと?カナちゃん。今のが布石って?」

 

しかし、カナタ以外で蓮の真意を把握しているものはいない。刀華を始め、全員が首を傾げる。それにカナタはクスリと笑い蓮と一瞬目くばせするとその真意について話し始める。

 

「あの演技は蓮さんが黒鉄さんの為に動かないと彼らに思わせる為ですよ。黒鉄さんを見捨てるような発言をすることで、去年とは違い蓮さんは黒鉄さんを守るつもりはない。そう思わせることで、これから動きやすくするための布石を打ったと言うことですわ」

「これから動きやすくする為、ってまさか……」

 

ステラはまさかと思いつつ蓮を見る。蓮はそれに対して、口の端を釣り上げて笑みを浮かべた。それはステラの考えを肯定するものだった。

 

「ああ、カナタの言う通りだ。俺はこれから黒鉄を助ける為に動く。その為にあの演技は必要だった。奴が馬鹿で助かったよ。あんな猿芝居でも騙されてくれたんだからな」

「で、でも、どうして……」

「山小屋で言ったはずだぞ。ヴァーミリオン」

 

蓮は困惑するステラの頭にぽんと手を置いて優しく撫でると、山小屋でも伝えたことを改めて彼女に伝える。

 

「必要なら何か手助けするとな。だから、俺は俺自身の身勝手な都合でお前達を助ける。それだけの話だ」

「ッッ、レン先輩っ」

 

涙ぐむステラに蓮は二、三度優しく頭を撫でた後、彼女の横を通り過ぎてカナタの元に近づく。

 

「カナタ、あそこまで当てたんなら俺がやろうとしてることは分かっているな?」

「はい。全てとまではいきませんが、大まかなことは」

「ならいい。細かいことは後で母さん達も交えて話す。お前にも、貴徳原の力を借りることになる」

「ええ、分かっていますわ」

 

みなまで言わずともカナタは蓮がやろうとしていることは分かっているし、協力するつもりだった為、全てを聞かずとも快く蓮の頼みを了承した。

蓮は申し訳なさそうな表情を浮かべると、カナタに謝る。

 

「悪いな、迷惑かけることになる」

「いいえ、迷惑なんて思っていませんわ。

私もこの件は腹に据えかねています。全面的に協力させていただきますわ」

「ありがとう」

 

自分の謝罪にそう答えてくれたカナタに蓮は礼を言うと彼女達に背を向ける。

 

「カナタ、ヴァーミリオンを任せた。俺は寄るところがある」

「ええ、承りました。蓮さんこそお気をつけください」

「ああ」

 

カナタとそう短く言葉を交わして、蓮は一輝を救うための下準備をする場所へ向かう為に駐車場へと向かった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

黒鉄一輝が赤座に連れられ、車に乗せられ駐車場を出てからしばらくのこと。

車内は当然静寂に包まれており、助手席に座る赤座と後部座席に座る一輝は目を合わせようとすらしなかった。

しかし、そんな静寂の中、赤座はニタニタと嫌らしい笑みを浮かべ口を開いた。

 

「んっふっふ、どうしましたぁ?随分と大人しいですねぇ。もしや、お友達にあんなことを言われたのが堪えましたかぁ?」

 

赤座は蓮によって見せられた幻しか見ていない。だからこそ、蓮が一輝の胸ぐらを掴み上げて侮辱した事しか知らない。

それを見たが故の、言葉だったが当然それが幻だと理解している一輝は冷静に否定した。

 

「いいえ、そんなことは思ってもいませんよ。これは、僕が招いたことですので」

「?んっふふ、まぁいいでしょう。自分の愚かさをわかっているようで何よりです」

 

予想外の返しに一瞬赤座はミラー越しに一輝を見ながら首を傾げるも、すぐにまぁいいと切り捨て一輝から目を逸らす。

再び静寂が戻った中、一輝は外の景色を眺めながら胸ポケットに、その中にある物体に服越しに触れる。

そこには、幻の一輝と蓮が話している間に密かに渡された青い結晶がー《蒼水晶》があった。

蓮に持っておくように渡されたものだ。しかし、一輝にはそれを渡した真意がわからなかった。

 

(一体、君はどういうつもりで……)

 

とはいえ、必要になるはずなので疑いはしても持たないという選択肢は一輝にはなかった。

その時、胸元の《蒼水晶》がブルブル震えたと思うと小さくだが、声が聞こえてきた。

 

『黒鉄、聞こえているか?』

「ッッ」

 

声の主は、バイクで移動中の蓮だった。

一輝は突然の声に思わず声が出そうになって慌てて口を噤んだ。慌てて前を見ると、気づいた様子はなく、何とか赤座達には気付かれることはなかった。

 

『いきなりすまない。声は出さなくていいから、聞こえているならその《蒼水晶》を二回叩け』

 

次に聞こえた蓮の指示に一輝は素直に従い、胸元の水晶を指先でコツコツと2回叩く。

それで把握したのだろう。蓮は話を続ける。

 

『まずその《蒼水晶》だが、お前とお前の周辺の状況を逐一把握するために持たせたものだ。監視装置の類と思ってくれて構わない。今のように、俺から通信を送れるし、魔力の眼を作ることで周囲の状況も把握できる。だから、その《蒼水晶》をずっと身につけていろ。何があっても外すな』

(ッッ……なるほど、そういうことだったのか)

 

一輝は蓮の説明にようやく真意を理解した。

つまり、蓮が持たせたのは監視装置であり、一輝の状況を遠隔で把握するものだったのだ。

その後も、蓮の話は続いていく。

 

『査問会があっても、それは名ばかりでお前の心証を悪くする為の証拠集めの茶番にしかならないだろう。だが、それはこちらとしても好都合だ』

(?それは、どういう……)

 

蓮の言っている意味がわからない一輝は頭に疑問符を浮かべる。

 

『その《蒼水晶》で査問会含めて奴らとお前との会話全てを記録させて貰う。それで、証拠を集める。どうせ、お前の意見なんて聞かないだろうからな。不当な査問だと突きつけることができるはずだ』

(ッッまさかっ、君はっ)

 

そこまで言われて一輝は気づいた。

蓮が倫理委員会と真っ向から事を構えようとしていることに。

その気づきに応えるかのように、蓮は応える。

 

『今回の一件。さすがに看過することはできない。俺もこれには怒りを覚えた。

だから、やるなら徹底的にやる。あらゆる証拠をかき集め、奴らの思惑を根本から砕く』

「ッッ」

 

今まで聞いたことがないような一切の感情を感じない低い声に、一輝は《蒼水晶》越しに体を震わせた。

彼は間違いなく怒っている。それこそ、自分が見たことがないほどの尋常じゃないほどの怒りを、彼は抱いていた。

 

『お前は今から奴らの懐に行くことになる。恐らくだが、何としてでもお前を追放しようとするはずだ。

そのためならどんな手でも躊躇わず使うだろう。つまり、お前は誰の手助けもなしにたった一人で奴らと立ち向かわなければならない』

 

そんなことは初めから分かっていた。

あんなふざけた記事を作るぐらいだ、彼らは自分を何が何でも排除しようとするはずだ。

そして、蓮が《蒼水晶》を持たせてくれたとはいえ、査問会の場では自分一人だ。一人で、あの悪意に満ちた集団と戦わなければならない。

 

『俺もお前を助ける為に動く。

十分な証拠を集めるまで少し時間はかかるかもしれないが、それでも、お前を必ず助け出すことを誓う。

だから、俺から言えるのは二つだけだ。———何が何でも耐えろ。そして、何があっても負けるな』

「ッッ」

 

蓮からの激励に、一輝は思わず目を見開いた。

彼が本気で自分を助けようとしていることが分かったからだ。それはあの時と、初めて手を差し伸べてくれた時と同じだった。

自分という友を救い出すために、彼はまた戦おうとしてくれているのだと。

 

『では、一度通信を切る。何か伝えたいことがあれば、後で一人の時に伝えてくれ。健闘を祈る』

 

そう言って、ブツリと通信が切れた。

しばらくは通信はできないだろう。これからは文字通りの孤独な戦いだ。

だが、一輝の胸中はとても穏やかだった。

 

(ありがとう新宮寺君。僕は、君に救われてばかりだ)

 

いつも自分は彼に助けられていた。

去年出会った時からずっと、自分は彼の優しさに救われていた。そして、今回も、彼は倫理委員会だけでなく連盟支部ーつまり黒鉄本家とも事を構えようとしている。

たとえ、彼が怒る理由が自分の事ではなくヴァーミリオン皇国にあったとしても、それでも構わない。

彼が事態解決のために動いてくれているという事実が、一輝の背中を押してくれているのだから。

 

(君が動いてくれてるんだ。なら、僕が負けるわけにはいかない)

 

こんなふざけた茶番に屈さない。

一輝は自分があの愛らしい少女にどれだけ愛されているのかをよく知っている。一輝は彼女の笑顔も、強さも、優しさも、全てを知っている。

だからこそ、彼女を愛することが間違いであるはずがない。不祥事などと言わせてたまるものか。

 

退かないし、屈するつもりもない。

この男達が自分の主張に耳を貸さないことなど、分かっている。だが、別にこんな連中に認めてもらう理由もないし、心底どうでもいい。

 

しかし、この気持ちにだけは嘘をつくわけにはいかないのだ。

 

だから彼女の為にも戦おう。

 

自分が彼女を愛しているという事実は、誰にも否定することなどできないのだから。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

時は少し過ぎ、場所は首相官邸。

その正門では二人の警備員がある話をしていた。

 

「なぁニュース見たか?」

「あぁ見た。皇女様のやつだろ?」

 

警備員達は交代前に見た世間を騒がせているニュースの話題をしていた。

 

「まさか黒鉄本家の子供があんなことをしでかすとはなぁ。写真で見ると優男っぽいのに、人は見かけによらないってやつか」

「そうだな。確かにあの記事には度肝を抜かれたよ」

 

二人は記事の内容でしか一輝の事を知らない為、そのまま鵜呑みにしてお互いに意見を交わした。だが、一人は怪訝そうな表情を浮かべている。

 

「でも、あの記事なんかおかしくないか?」

「何がだ?」

「いや、あの記事自体がだよ。なんというか、捏造してるような気もするんだよなぁ」

 

どうやらこの男はあの記事を見て内容を信じたものの、どこか納得がいっていないらしい。というよりかは、あの記事を疑っているようだ。

 

「捏造してるって、どこがだよ?」

「いやだって、黒鉄家なら昔からの札付きつっても、とっくの昔に家から追放できたはずじゃないのか?それに、皇女様の件もこれ彼氏ができたとかどうこうの話だけだろ?」

 

彼の意見は正しい。黒鉄家ならば昔からの悪ガキだとしても追放はできただろう。その機会だったいくらでもあった。

さらには、あの記事も真相は国賓である皇女ステラ・ヴァーミリオンに彼氏ができた、程度の話なのだ。なのに、それをこうもふざけた記事へと仕立て上げた。それが、彼には理解できなかったらしい。

その推測に、もう1人も顎に手を当てて考える。

 

「あ〜〜、確かにそう言われると頷ける部分もあるなぁ。でも、実家からの証言だぜ?わざわざ嘘を言うのか?」

「そこなんだよ。実家からってのが謎なんだよな。わざわざこんな身内の醜聞晒すか?」

「言われてみればそうだな。確かに、おかしい」

「だろ?」

 

どうやら2人の間ではあの2人の記事は捏造であり、何らかの意図があったという結論になった。そこまで話した時、警備員の一人が周囲の異変に気づく。

 

「……なぁ、さっきから静かすぎないか?」

「?……っ、本当だ。この時間帯にしては、おかしいな」

 

もう一人も周囲の異変に気づき険しい表情を浮かべる。男の指摘通り、先ほどからこの周囲がどういうわけか静かすぎるのだ。

普段のこの時間帯ならば、帰宅する人や車などで首相官邸前は人通りがそれなりにあるはずなのにだ。最初こそ偶然かと思ったが、二人はこれが普通じゃないことを直感する。

 

「おい」

「分かってる」

 

二人は言葉を交わして大剣と日本刀型の霊装を瞬時に展開する。

首相官邸を警備するこの二人は伐刀者だった。国の頭である首相官邸だからこそ、それを守るのが伐刀者というのは納得がいく。

しかも、霊装を構えるその動作からは魔力量こそ多くはないものの、よく鍛えられているものだと伺えた。

そして、二人が警戒を始めた直後、彼が現れた。

 

「「ッッ‼︎」」

 

不意に首相官邸の正門前に止まった一台の黒い大型バイク。その運転手は、黒いヘルメットを被り、服も黒一色に包まれており素性が全く知れない見るからに不審な存在。

男は正門前でバイクから降りると徐にヘルメットを取る。現れたのは一言で言えば『鬼』だった。

常闇のような深い漆黒色の長髪と月を閉じ込めたかのような金碧色の縦に割れた瞳。そしてその容姿を決定づけたものが、彼の顔を覆う角を連想させる突起がついた仮面だった。

 

それはまさしく『鬼』だ。

『鬼』はバイクから降りるとゆっくりとこちらへと歩いてくる。その姿に、警備員達はいいようのしれない悪寒が背筋を駆け抜けたのを感じた。

 

「そこの男っ‼︎その場から動くなっ‼︎」

「両手を上げて、その場に膝をつけ‼︎」

 

そこからの対応は早かった。

日本刀を構える男が、その刀から雷撃を『鬼』の前方1メートル手前に威嚇攻撃を行いながらそう叫ぶ。もう1人も、同じように霊装を構えて漆黒の魔力を放ち警戒の声を上げた。

 

「………」

 

『鬼』は一度止まり着弾した箇所を暫し無言で見下ろす。そこで、止まれば良かったのだが、あろうことか『鬼』は止まらなかった。

『鬼』はその境界を踏み越えて、再び歩みを進めたのだ。

 

「ッッ‼︎警告はしたぞっ‼︎」

 

雷使いはそういうと同時に、今度こそ『鬼』に向けて雷を放つ。もう1人も同時に駆け出しており漆黒纏う大剣を巨大化させて振り下ろす。

淀みない動作から放たれた一連の攻撃は間違いなく当たると思われた。だが、

 

『動くな』

 

『鬼』は容易く止めてみせた。

たった一言、言霊を唱えるだけで雷撃は呆気なく霧散し、雷使いと大剣使いは金縛りにあったかのように動きを止められた。

 

「なっ、にっ⁉︎」

「体がっ⁉︎」

 

たった一言で行動の一切を封じられたことに、2人は驚愕する。

 

(一体、何をされたっ⁉︎)

(くそっ、これじゃあ連絡も取れないっ!)

 

2人はなんとか金縛りを解こうとするも全く解ける気配がない。それを他所に『鬼』は更に歩みを進めて2人を視界に収めて見下ろす。

 

「ひっ」

「ぁっ」

 

目が合った瞬間、2人の口から小さい悲鳴が漏れた。仮面の奥から覗く怜悧な眼光を秘めた金碧の魔眼に見据えられた瞬間、2人は魂を握られたかのような感覚に陥ると同時に、鬼自身から発せられる禍々しい覇気に呑まれ、どう足掻いても勝てないと悟ってしまったのだ。

一瞬で2人を無力化してしまった『鬼』は、静かに口を開く。

 

 

 

『………月影漠牙に用がある。貴様達は邪魔だ。寝てろ』

 

 

 

刹那、大気を青く染めあげるほどの濃密な魔力が放たれ、警備員達が、首相官邸そのものが凍らされた。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「………これは、参ったな」

 

蓮が首相官邸に踏み込む少し前、首相官邸の書斎では首相である月影漠牙が頭を抱えながらそう呻いていた。

彼の眼下には広げられた今日の夕刊があり、そこには一輝とステラについての記事がデカデカと写されていた。

そして、この記事こそが、月影を現在進行形で困らせていた元凶だった。

 

「こんな記事を厳君がやったとは思えない。だが、黒鉄一輝君になんらかの対応を行ったのは事実。だとしたら、これは彼の部下の誰かが命じられて行なった陰謀か」

 

月影は黒鉄一輝の父、黒鉄厳のことをよく知っている。なにしろ、政治家として出馬する際に、支援を頼んだぐらいだ。

彼とは十年来の付き合いがあるからこそ、こんなことをしでかす人ではないとわかる。だが、彼が一輝を伐刀者の免許を取らせないようにし妨害しているのは、蓮からの話で知っている為、部下の誰かが彼に命じられて企てたとすぐに真相に行き着くことができた。

だが、今月影が気にしているのは誰が企てたとかではない。

 

「これを見て、彼が動かないはずがない」

 

一人。確実に、この記事を見て動く人間がいるのだ。彼が危惧しているのは、その人物のことだ。

 

「こんな、ヴァーミリオン皇国を侮辱するような記事だ。彼は内心怒っているだろうね」

 

そもそも、この記事自体政界人である自分からすれば不適切にも程があるし、不可解な点が多すぎる。

まず、何故いきなりステラと一輝の交際を不祥事だと言えるのか。それがおかしいのだ。

 

自分でも怒りを覚えるような記事なのだ。

ヴァーミリオン皇国が誇り、死してなお慕われている女傑たるサフィアの息子である蓮が怒りを覚えないはずがない。

必ず、動くに決まっている。

 

そして、《魔人》たる彼を怒らせて敵に回すということは、シンプルに破滅を意味している。蓮という強大な力を持つ怪物を敵に回すことがどれほど危険なことかを、月影はよく知っている。

だからこそ、月影は対処をすべく、受話器を操作して秘書長に電話をする。

 

『首相、どうされました?』

「ああ、実は今日の予定を全てキャンセルして欲しいんだ」

『……全て、ですか?』

 

困惑を隠せない秘書長は恐る恐る月影にそう尋ね返した。

 

「ああ、国防に関わる問題が発生してね。そちらの対処に回らないといけなくなってしまった。だから、今日の予定は全てキャンセルして、官邸内にいる人達も警備員を含めて、全員今日は業務を切り上げてすぐに帰るよう伝えてほしい」

『理由は聞きませんが、かしこまりました。皆様にお伝えします』

「ああ、頼むよ」

『はい』

 

とりあえずこれで不要な被害は抑えることができるだろう。あとは、彼が来るのを待つだけ、だと思っていたのだが、月影は自分の選択が遅すぎたことを理解する。

電話を終えた直後、首相官邸が凍りついたからだ。

 

「ッッ⁉︎もう、来てしまったか」

 

書斎室は窓しか凍っていないものの、直後感じた超濃密な魔力と息苦しいとすら思えるほどの威圧感に、月影は彼が来てしまったのだと理解した。

この様子だと、恐らくは書斎とその中にいた月影以外の首相官邸の全てが彼の魔術によって凍らされたはずだ。

それから、しばらく物理心理共に冷気が支配する書斎で待ち人を待っていた時、外からコツコツと静かな足音が聞こえてきて、ガチャリと扉が開かれた。

外から入ってきたのは、漆黒の長髪と金碧の瞳を携え鬼の仮面をつけた予想していた人物よりも少し背の高い大柄の男性。

 

予想とは違ったものの、その人物を彼は知っている。

 

なぜなら、この姿こそが日本が保有する戦略級魔導騎士——日本国陸上自衛隊特殊部隊『独立魔戦大隊』所属、桜宮 亜蓮特務尉官ー新宮寺蓮が軍人として変装した姿なのだから。

彼は、冷徹な表情のまま仮面から爛々と輝く金碧の眼光を覗かせながら、淡々と言った。

 

「突然のご訪問、申し訳ございません。月影漠牙内閣総理大臣」

 

丁寧でありながらも、威圧感を隠そうともせず何か不用意な発言をすれば迷いなく叩き潰すであろう蓮の様子に、月影は冷や汗を流し体を少し震わせながらも何とか平静を保ち首を横に振る。

 

「……いいや、大丈夫だよ。ただ、いきなりの訪問は良いとして、これは少しやりすぎじゃないかな?新宮寺君」

 

月影は震える声でなんとかそう言い切ることができた。蓮はそれに対して、仮面を外して変装を解く。濡羽色の漆黒から海色の淡青の髪へ、金碧の瞳は紺碧へと、服も破軍学園の黒白の制服へ、背だけでなく顔つきすらも変わり、元の彼の姿へと戻る。

変装を解いた蓮は詫びる様子もなく平然と答えた。

 

「まだこの程度で済んで良かったと安心するべきだな。俺がもう少し理性が抑えられなければ連盟支部を潰してた。それに、ここ一帯は結界で覆っている。逃げもできないし、外からは何も代わり映えしない首相官邸が映っているから騒ぎにもならん」

「…………」

 

周囲への対処も完璧に行っている蓮の対応に、月影はやはりそうかと驚きはしなかった。

蓮とて首相官邸を凍らせると言うテロ行為を行っている以上、隠蔽するに決まっている。そして、蓮ならばそれは容易だ。だから驚かないのだ。

蓮は淡々と話を進めていく。

 

「さて、こんなくだらない前置きは無しにしよう。早速本題にいかせてもらう。月影漠牙内閣総理大臣。これはいったいどういうつもりだ?」

「ッッ⁉︎⁉︎」

 

月影は今度こそ大きく身を震わせた。

蓮から向けられる鬼気が濃密さを格段に増し、魔力が可視化できるほどに放たれ、その背にこちらを睥睨する龍を見た。

 

(これは……相当に、キテるね)

 

蓮の様子に、月影はこの記事を企てたまだ顔を知らない者によくもやってくれたなと毒づく。

蓮の濃密な鬼気はそれだけこの記事が彼を怒らせたと言うことの何よりの証左だ。

一つ発言を間違えれば、彼は連盟支部を叩き潰し、その暴力を以て事件解決に強引に動く。そう思わせるほどに、彼の気迫は凄まじかった。

 

月影はその可能性を理解し、この10年で首相まで上り詰めた思考をフル回転させ、何とか正解を導き出した。

月影は震える足腰を奮い立たせて立ち上がると、蓮の前まで歩き彼を見上げると、ゆっくりと頭を下げた。

 

「この件は私が命じたわけではない。だが、それでも日本国の首相として他国を、しかもヴァーミリオン皇国を貶めるような記事が出たことを止められなかったことは、後日、事態の背景について捜査すると共に、ステラ・ヴァーミリオン第二皇女殿下を始めとし、ヴァーミリオン国王陛下にも謝罪文を送らせてもらう。

君の怒りは最もだが、今はどうかその怒りを収めて欲しい」

「……………」

 

蓮はその様子をしばらく無言で見下ろしていたが、十数秒経った後、途端に魔力や鬼気を解くと静かに口を開ける。

 

「政治家らしい薄っぺらい言葉だが、今はお前の言葉を信じよう。とはいえ、お前がこんなことをしでかすとは初めから思っていないからな。一応、お前の意志を聞きたかったが為に、この対応を取らせてもらった」

「……そうか。態々すまないね」

 

顔を上げて、冷や汗を流しながらもそういった月影に蓮は首を横に振ると、自分も軽く頭を下げた。

 

「いえ、それより俺の方からも謝罪を。

このような強引な手段で貴方の元に押しかけ、脅迫まがいの対応をしたこと謝罪いたします」

「それは構わないよ。私も、予想よりも被害が軽微で内心安心していたんだ。

ただ、君は多分私以外の人間を凍らせているのだろう?なら、まずは彼らを解放して欲しい。口止めは私の方が行おう」

「はい」

 

その後、蓮が結界は維持したまま氷だけを解除し、官邸内の人間の意識を戻させると月影が厳重に箝口令を敷き、更には蓮が『引力』を使ってまで徹底的に口封じを行い無理やり帰らせて、官邸を月影と蓮二人きりにさせる。

二人きりになった事を確認した月影は、早速本題に入った。

 

「それじゃあ、早速本題に入ろうか。先ほども言った通り、この記事については私は何の関わりもない。これから、背後関係を調べるつもりだった」

「では本当にまだ何もわからない状態ですか」

「そうなる。すまないね。首相でありながら、対応が完全に出遅れてしまった」

 

そう謝罪する月影に蓮は首を横に振って止める。

 

「いえ。この記事は出たばかりですし、これから調べると言うのも納得がいきます。

俺が来た理由もこの件の解決に貴方の協力を得る為なのですから」

「それなら心配は不要だ。この記事は、私個人だけでなく、首相としても看過できない記事だからね。君への協力は惜しまないよ」

 

月影とてこの記事は横暴にも程があると思っていたところだ。蓮に言われずとも事態解決に動くつもりだったし、黒鉄家に説明を求めるつもりだった。

そんな時に、蓮の方から協力を持ちかけられるのはこちらとしても願ってもない話だ。

国家としての政治力と、圧倒的な武力の二つの抑止力。この二つが合わさる事で、伐刀者関連で実権を握っている連盟支部の黒鉄家に対抗できるのだから。

 

「私の方はこれから調べるが、君の方では何か掴めているのかい?」

「はい。首謀者に関しては、もう特定できています。……いえ、特定というか、所用で奥多摩の合宿施設にいた際に、首謀者本人が直接黒鉄一輝を連行して行ったので……」

「では、その人物は誰なんだい?」

 

曖昧に答える蓮に月影は多少気にしつつ、その人物について尋ねた。

 

「魔導騎士連盟日本支部倫理委員長赤座守。黒鉄家の分家の当主であるあの男がこのふざけた事を企てた首謀者だと思われます」

「赤座守。……あぁ、彼か。しかし、何でこんなことを……」

 

月影も赤座のことは黒鉄 厳を通して知っている。見るからに野心に満ちており下卑た思惑を隠せていない、政治家としてあまり好感は持てない男だった。

だからと言って、今回の事を企てた真意までは分からない為、月影は小さく呻く。しかし、それに対して蓮ははっきりと言い放った。

 

「黒鉄一輝を追放する為です」

「なに?」

 

蓮より齎された情報に、月影は思わず眉を顰める。

 

「そのままの意味です。おそらくは、黒鉄 厳氏はFランクである黒鉄 一輝が選抜戦で勝ち進んでいる状況をよく思っていません」

 

蓮は去年からの付き合いから厳の目的をほぼ読んでおり、その推測と合わせて今回の背景について語っていく。

 

「このままでは彼は七星剣武祭に出てくる可能性が高い。だからこそ、彼が全国に出てくる前にどうにか彼を追放処分にしようと考えているはずです。しかし、今のままでは何も決定打たりえる証拠がない。そこで彼らは考えたのでしょう。無いのなら、作ればいいと」

「っっ⁉︎」

 

今回の一件、まさしくその理由が当てはまるはずだ。一輝は去年の時点で彼らの魂胆に気付いていたために尻尾を掴ませなかった。蓮の協力もあり見事去年は尻尾を掴ませなかった。

しかし、どうしても証拠を得たい彼らは今年もどうにか追放させようと、証拠を集めていたはずだ。

そんな時に、彼らは入手したのだ。ステラ・ヴァーミリオンとのスキャンダル写真を。

 

「ステラ・ヴァーミリオンとのスキャンダル写真。彼らは、ずっと黒鉄一輝を張っていた末にあの写真を入手した。

彼らは二人の関係を好機と捉えて、その写真を利用して国賓の皇女を誑かした不良として、しかもさらに印象を悪くさせる捏造話をつけて世間に大々的に報じた。そうすることで、黒鉄一輝の世間でのイメージを悪くさせて、その上で査問を行い彼を追放しようという魂胆なのでしょう」

 

本当のところはわからない。

だが、過去の経験則や、去年の一輝に対する対応。黒鉄家のお家事情や、日本支部内の空気。蓮が持ち得る情報全てを組み合わせた結果、そう推測することができた。

 

学生騎士としての資格を奪う『退学処分』には『追放処分』という前段階を踏む必要があり、その資格を管理しているのは『国際魔導騎士連盟』の本部であり、支部では剥奪請求しかできない。

だからこそ、その剥奪請求で確固たる根拠を得るために、去年から厳は動いていた。桐原静矢を嗾けたことや『留年』もその一つだ。

そして、この記事で厳は追放処分に必要な証拠を集めるつもりなのだろう。

 

「黒鉄厳がなんらかの対応を命じ、その結果赤座守はこんな記事を作り上げた。奴らは今回の件で本気で黒鉄一輝を追放しようとしている。

その結果、どうなるかも考えもせずに」

 

追放処分がどんな問題を引き起こすかや、こんな国際問題を引き起こした責任など、彼らは何も考えておらず、ただ、黒鉄一輝を追放する為に周囲を引っ掻き回した。

その愚行は蓮を怒らせるには十分であり、何よりも。

 

「問題は、奴らがヴァーミリオン皇国を謂れもない理由で侮辱したことです。

親父とお袋が築き上げた両国の友好を奴らは下卑た思惑で壊そうとしている。それを断じて許すわけにはいかない」

 

両親が築き上げた友好をくだらない私情で壊されることが、何より蓮を怒らせたのだ。

 

「それで、私は君に協力するつもりだが具体的には何をすればいい?」

 

月影は蓮に協力するといった以上、彼の作戦に則って行動すべきだと判断し、総理大臣としてまずは何をすればいいのか彼の作戦を尋ねた。

 

「まずは俺がヴァーミリオン皇国に行く際のサポートをして下さい。憶測ですが、外へ情報を漏らさないために空港も規制している可能性も考えられます。俺なら強引に突破はできますが、なるべく不法入国は避けたいので、貴方の権限で俺が出国できるようにしてもらいたい」

「なるほど。君が直接出向くのか」

「ええ。顔も名も知らない者が行くよりは、学園の生徒であり、あの2人の子でもある俺が出向く方が話が進むでしょう?」

「確かにそうだね」

 

月影も蓮の意見には同意だ。月影は外交官を派遣しようと考えていたが、学園の内情を知っており、なおかつヴァーミリオン皇国とも縁がある彼が出向いた方が、話は円滑に進むと容易く予想できた。

 

「日程などはもう考えているのかい?」

「ええ。一応5、6日後に向かう予定です」

「その日にちにした理由は?」

「それまでの期間に国王陛下に提示するための証拠を集めるためです」

 

蓮はそう言うと、手のひらに《蒼水晶》を生み出す。

 

「黒鉄一輝にはこの《蒼水晶》を持たせてあります。これはいわば監視・盗聴を行うための小型装置の役割を担っています」

「それで査問会の様子を記録するんだね?」

「はい。俺の予想ですが、どうせ査問会とは名ばかりのこと。揚げ足を取るためにしかすぎません。だからこそ、それを彼らに気づかれないように査問会でなく、支部内での証拠になり得る有力な会話全てを記録することで、逆にこちらが問いただすんです」

「そして、その証拠を倫理委員会が動く前にヴァーミリオン国王陛下に見せると」

「はい」

 

概ねその通りだ。

おそらく、倫理委員会もヴァーミリオン皇国に何らかのアクションを取るだろう。しかし、それは嘘の情報を伝えるだけに過ぎない。何も知らないのをいいことに、自分達の思った通りに話を進めるのだろう。

だが、そうはさせない。期間は5、6日。その間にできるだけ証拠をかき集めて、倫理委員会が動くよりも先にヴァーミリオン国王陛下に直接謁見し、真実を伝える。

そうすることで、ヴァーミリオン皇国からも働きかけるように協力を要請するのだ。

だが、月影は一つ疑問が残っていた。

 

「しかし、その間に彼らが動く可能性もあるだろう。それはどうするつもりだい?」

「いえ、彼らがヴァーミリオン皇国に連絡を取るのは、恐らく選抜戦終盤、来週以降になるでしょう」

「その根拠は?」

「黒鉄一輝が折れるわけがないからです」

 

蓮は信じている。黒鉄一輝がただの精神的リンチ程度で折れるはずがないと。

彼らとてそれはわかっているはず。だからこそ、査問によって精神的リンチを加えている間に、ヴァーミリオン皇国に根回しをするのだろう。しかし、それも一週間以内に行われることはないはずだ。ある程度追い込んでから根回しをするはず。だから、その前にヴァーミリオン皇国に向かい布石を打つのだ。

 

「君の計画は概ねわかった。私も異論はない。報道はこちらでやっておくよ」

「ええ、頼みます。ですが、報道に関しては貴高原財団にも協力してもらうつもりです。ですので、俺が連絡を取るまではじっとしててください」

 

普通ならば総理大臣に何らかの指図をすることはあり得ないのだが、今回は状況が状況だ。月影も、蓮の知り合いとして力を貸しているため、彼の作戦に素直に従った。

 

「ああ分かった。君の指示を待とう。それで、これでひとまず話は終わりでいいかな?」

 

これで、一度目の作戦会議は終わりだと判断した月影は蓮に尋ねる。

しかし、蓮は首を横に振りそれを否定する。

 

「いえ、最後に一つだけ」

 

実を言うと彼にはもう一つ目的があった。それは、今回の件とは全く関係のない蓮個人が気になった話だ。

てっきり終わりだと思っていた月影は、思わず首を傾げて尋ねる。

 

「何だい?」

 

月影の問いかけに、蓮はしばらく沈黙した後、意を決したかのようにもう一つの目的を果たすために口を開いた。

 

 

 

「貴方が暁学園計画を始めたその理由を教えてください」

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

蓮の質問に、月影はわざとらしく首を傾げる。

 

「その理由は、前に話したと思うよ?」

「はい。《暴君》の寿命により、三大勢力の均衡が崩れて、《解放軍》の人員が両組織に流れた結果、『連盟』と『同盟』で囲い込み競争、つまり第三次世界大戦が始まり日本は絶望の未来に呑まれると」

「そこまで分かってるなら、改めて聞かなくても良いんじゃないかな?」

 

蓮とて前に話したことはしっかりと覚えている。だからこそ、それが理由だと納得できればよかったのだが、蓮はそうではないと何となく思ってしまったのだ。

蓮は月影の問いかけに首を横に振る。

 

「いいえ、確かにそれが理由だとしても納得がいきます。……ですが、それがたった10年前まで、破軍の理事長に過ぎなかった貴方が首相を目指す理由にはなり得ていないと俺個人としては思います。だからこそ、貴方に聞きたい」

 

蓮は徐に瞳を青く輝かせて月影を視る。

霊眼使用により輝いた瞳で蓮は、月影を視ながらはっきりと核心に踏み込んだ。

 

「月影総理。貴方は()()()()()()()()()()()()()?」

「ッッ⁉︎な、なぜ、それをっ」

 

蓮の指摘に月影はあからさまに狼狽える。

なぜなら、それは本当にごく僅かなものにしか明かしていないものなのだ。

蓮には当然明かしていない。だが、月影は気づいた。蓮の瞳が輝いており、その神秘の眼の力を持って自身の異能の正体を半ば看破したと言うことに。

 

「いや、君の眼を以ってすれば分かってしまうのか……」

「貴方の異能波長は因果干渉系のソレです。

そして、戦闘系の伐刀者じゃないことも母から聞かされています。因果干渉系の中でも誰も正体を知らない。つまり、正体を隠すほどの異能。それは、戦闘系ではないにしても母さんの『時間』と同等か、それ以上の希少な異能であることは間違い無いと判断できます」

 

ずっと疑問だった。

なぜ、月影が暁学園を立ち上げるに至ったのか。

《暴君》の寿命が尽きることで、《解放軍》と言う第三勢力が消えてしまいその結果、抑止力のいなくなった二つの勢力が争い第三次世界大戦が始まってしまうから?

確かに。ソレも理由なのだろう。だが、言い方は悪いがソレは後付けのようにも聞こえるし、世界情勢を気にする者であれば、一度は考えることだ。蓮だって一度考えたことがあったが、そんなまさかと切り捨てていた。そして、多くの人間が、そんなバカなと考えないようにする。

 

しかし、月影は何かを視たからこそ、その考えがよりはっきりと確信へと至り、この計画を実行したのではないだろうか。

 

そして、彼が視た何かは誰かの手によるものではなく、自分自身の手で視たものだ。だとすれば、考えつくのは彼自身の伐刀絶技の他にはない。

 

「月影総理。貴方は貴方自身の能力で何かを、絶望の未来を視たのではないですか?そして、その結果、貴方は第三次世界大戦が起きる確証を得てしまったことでこの計画を始めた。………違いますか?」

「………………」

 

蓮の鋭い視線を真っ向から見返していた月影は、しばらく険しい表情のまま沈黙を貫いていたが、やがて数十秒の後、力を抜くように息をつくと苦笑を浮かべた。

 

「……やれやれ、本当に参ったね。

まさか、そこまで言い当てられてしまうとは。君は、私の頭の中でも覗いたのかなって思うほどに正確に言い当てたよ」

「だったら……」

「ああ、仕方ない。本当は君には見せるつもりはなかったんだがね。そこまで言い当てられては、もはや隠すのも難しい。だから、特別に見せよう」

 

そう告げるや否や、月影は両腕を前に突き出し、唱える。

 

「万象を照らせ。《月天宝珠》」

 

その言葉とともに月の輝きのような淡い金光を放つ、金色の金属で装飾が施された拳大の水晶球が現れた。

宝珠型の霊装に蓮は、わずかに驚く。

 

「それが、貴方の霊装ですか。……初めてみる形ですね」

「そう、これが私の霊装《月天宝珠》だ。

君の『龍神』とは別ベクトルの稀少性を有し、その能力がゆえに、発現した時からずっと日本の国家機密となっていて、連盟にもその詳細は伏せている。私も、これを人前で見せるのは久しぶりだよ」

「………そうですか。では、見せてもらえると言うことでよろしいのですね?」

 

問うた蓮に月影は頷くと、少し疲労を感じさせる表情を浮かべて微笑み、

 

「無論だ。まずはこれを見て欲しい」

 

そう言って、滞空する《月天宝珠》を指で弾く。

すると、《月天宝珠》の鏡面に波が立ち、球体の下部から一滴。雫が床の絨毯に滴り次の瞬間、蓮達の足元に光り輝く波紋を起こし、ある映像を部屋一面に映し出す。

 

「ッッ、これはっ……」

 

その映像に、蓮は思わず表情を強ばらせて息を呑んだ。

なぜなら、浮かび上がった映像は———地獄だったからだ。

一面炎に呑み込まれ、苦鳴を上げながら炎に焼かれている人々達の姿が、まさしく地獄としか形容できない光景が広がっていた。

 

しかも、これはただの映像ではない。

周りを取り巻く炎の熱さが、耳をつんざく絶叫が、人の肉が焼け焦げる匂いが、その映像から伝わる情報全てが、疑いの余地もなく現実だと言うことを、蓮は経験から理解したのだ。

 

「これは、これはっ……一体どういうことですかっ⁉︎」

 

蓮ですら思わずこの光景に、戸惑いの声をあげる。それほどまでに動揺が大きかった。そして、周囲を見渡して映像の一箇所にある一つの存在に気付いた。

 

「あれは……スカイツリー?ということは、まさかここは東京なのかっ⁉︎」

 

視線の先にある斜めに傾いた巨大な鉄塔『東京スカイツリー』の姿を捉え、この映像が東京だと言うことに気づき、蓮は戦慄の声をあげる。

そんな彼に、月影は静かに告げる。

 

「私の異能は『歴史』を司っている。

《月天宝珠》は一定範囲内の人や場所の『過去』を、すなわち『歴史』を見ることができる。基本は過去しか見れないが、時折、今現在の因果線上に存在する『未来』を、私に『予知夢』と言う形で見せてくることがある。……これは、その力が私に見せた未来の記憶。今のまま星の運命が進めば、いずれ辿り着いてしまう未来の東京の姿だ。それを私と言う人間の過去から再生している」

「ッッッ⁉︎」

 

月影の説明に、蓮は目を剥いた。

今自分たちが立っている場所が、この東京がこのような地獄に呑まれてしまうことなど誰が信じられるであろうか。

 

「………こんな未来が、待ち受けているのですかっ⁉︎」

 

蓮は驚愕に声を震わせながら思わず月影に尋ねる。それに、月影は首を縦に振る。

 

「おそらくは。今のままではこの未来に辿り着いてしまう事は確かだ」

 

月影の言葉に、蓮はこの地獄を生み出した原因を理解しつぶやく。

 

「……まさか、第三次世界大戦がこれを?」

「……私は、そう予想している。そしてこれこそが、私が暁学園を立ち上げた理由だ」

 

月影は己が行動するに至った証拠を見せ、そう告げた。

 

「日本をこの滅びの未来から救う為には、《連盟》から鞍替えして、《同盟》に加わることが唯一の方法だと私は考え、実行した。《暁学園》を立ち上げ、その強さを以て脱連盟の気運を高め、《連盟》脱退の際にクリアしなければならない国民投票で過半数の賛成票を取得するための作戦を」

 

この悪夢を見たのは、今から12年前。

コレを見てからずっと、月影はひたすら、それを成すためだけに生きてきた。そのためだけに、ただの教師にしか過ぎず、票田も持たない身でありながら《反連盟》を掲げる有力者を取り込み、世論を動かして、保守派の旧与党を退け政権を握ったのだ。

戦う力を持たない彼には、それしか方法がなかったから。

月影は指をパチンと鳴らし、《月天宝珠》を消し、映像を閉じると真剣な表情を浮かべ蓮には向き直る。

 

「新宮寺蓮君。対国家級戦略魔導騎士である君に、卑怯ではあることは分かっているが、それでも改めて聞きたい」

 

だからこそ、彼は言わなければならない。ソレが卑怯で最低な選択だとしても、月影は彼に言わなければならなかった。

 

 

「君は滅びの未来を知った。このままではこの未来に行き着いてしまうことも、理解した。

だからこそ、改めて言わせてもらう。

私としては、君に暁学園に参加して欲しい。君が暁として《七星剣王》になれば、確実にこの未来は回避でき、君の家族や友達はあの地獄を味合わなくて済む。だからこそ、日本最強たる君の力で、どうかこの国を救ってほしい。

破滅の未来を知った上で、もう一度君の意志を聞かせてくれ」

 

 

その言い方は、卑怯だ。

その言い方は、最低だ。

彼は、蓮の優しさに付け込もうとしている。

家族を、友人を、己の大切を守ろうとしている彼に、その大切を利用して口車に乗せようとしている。

 

(……私は、人として最低だな)

 

月影は自分の愚かさに内心で嘲笑いながらも、それでも蓮に告げた。

見せるよう頼まれたとはいえ再び勧誘を、しかし今度はさらに追い込むような証拠を見せて蓮に破軍を裏切る選択を再び迫っている。

 

「……ッッ」

 

蓮はあの時と同じように顔を俯かせしばらく沈黙する。だが、音が鳴るぐらい強く噛み締められた歯や、震えるほど強く握り締められている拳を見るに、相当葛藤しているのが分かった。

 

無理もない。前は話を聞いただけだったが、今回は違う。その未来の可能性の一つを実際に見てしまい、今の現状、辿る未来をよりはっきりと、明確に理解してしまったが故の葛藤だ。

 

やがて、拳から血が溢れ下の絨毯に滴り落ちてしまうほど強く握られてから少しした後、蓮は顔を上げて苦渋に満ちた重苦しい表情を月影に向けて、絞り出すように震える声で言った。

 

 

「………すみま、せん。……俺は、それでも、引き受けることはできませんっ」

 

 

蓮は震える声で月影の勧誘を再び断った。あの絶望の未来を見た上で、それでもやはり、その選択を選ばなかったのだ。

月影はそれを初めから分かっていたのか、酷く優しげな表情を浮かべた。

 

「……そうか。うん、君ならそう答えると思っていた。だから、謝らなくていいよ。君は何も悪くないんだ。私の方こそすまない。君に二度も酷な想いをさせてしまった」

「ッッ……月影さん。俺はっ、俺は何が正しくて、何が間違っているのか、分かりません」

 

蓮は震える声音で言葉を紡いでいく。

あの未来を見たからこその己の意志を、言葉にしていく。

 

「ですがっ…俺も貴方と同じように、あんな未来を許すつもりはないっ。そして、これほど日本の未来を憂い、日本を救おうと足掻いている貴方の頼みを二度も断った以上、俺は尚更《魔人》としての責務を全うしなければならないっ」

「っっ、それはっ」

 

月影は蓮が言わんとしていることに気づき、目を見張る。蓮は月影が気づいた通りのことを宣言した。

 

「俺が全て背負います。俺はこの国最強の《魔人》であり、人ならざる化け物です。だからこそ、もしも貴方が言った通りの未来になった場合に、俺が、俺自身の全てを賭けてこの国の盾となり、矛となり全てを守ります。誰1人として死なせはしませんっ」

 

苦渋に満ちた表情を浮かべながらも、葛藤の末に導き出した決意を胸に蓮はそう力強く宣言した。

 

月影が十二年前に見た地獄を引き起こさないために、日本を救おうと暁学園を設立し連盟脱退を目指しているように、蓮もまた地獄の未来を見たことで、怪物だと定めている自分自身を犠牲にし命を賭けることで、この国の民全てを守ろうとしている。

月影は蓮のそんな心情が手に取るようにわかってしまった。しかし、その考えは、その自己犠牲の選択は、

 

(……君がそう言うことは分かっていた。でも、駄目だ。それじゃあ、駄目なんだよ)

 

決して月影が望んだものではなかったのだ。

 

(……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

月影は暁学園計画とは関係なしに蓮がこれ以上傷ついてほしくはないと思っている。なぜなら、知っているからだ。蓮が何度も傷ついてそれでも、愛する者を守る為にと、両親の無念を晴らす為にと戦い傷つき続ける姿を。

 

学生時代や卒業後の2人を、生まれたばかりの蓮を知っているからこそ、その想いは強かった。

だが、悲しいことに自分には彼を止めれるほどの力はなかった。

 

(けれど、私がそう言ってもきっと止まらないのだろう。いや、もう止められないんだろうね)

 

恐らく、彼はもう自分一人では自分を止めることはできない。

贖罪の為に、復讐の為に、大切の為に戦い続けている彼は、もう己の歩みを止める術が分からなくなってしまっている。

だから、彼には彼自身を止めてくれる人が、拠り所となってくれる存在が必要だ。

しかし、その役目は月影ではない。他の誰かだ。だから、

 

(誰か、どうか彼を愛する誰か。彼を止めて欲しい。もうこれ以上、彼が苦しまないように、彼を救って欲しい)

 

自分ではもう分からないほどに、無意識に誰かに救いを求めている彼を、暗闇から引っ張り上げて欲しいと、彼は一人の知人として、孫同然にも思っている子のこれからの幸福を願った。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

その後少し話して、学園で黒乃達と打ち合わせをする為に蓮が去った後、月影は一息ついて椅子に深く座り込む。

 

「ふぅ……とりあえず、一つの難所は越えたか」

 

月影は深く息をつくと、額に浮かんでいた汗を拭う。

今回の一件。自分達がやるべきことは既に決まっており、どう対処すればいいかも考えつつあったが、蓮というイレギュラーがどう動くかによっては手順を変更せざるを得ない点が多く存在していた。

だからこそ、今回蓮が全面的に協力し動いてくれるのは大きかった。

黒鉄家とて何らかの妨害行為をするだろうが、蓮が相手では足止めは敵わないだろう。

 

それに、日本とヴァーミリオン皇国との外交も両国の英雄のサラブレッドである蓮という存在が橋渡しになることで予定よりも大分楽になるはずだ。

なにより、シリウス陛下も顔も名も知らぬ有象無象ならばともかく、蓮の話ならばしっかりと耳を傾けてくれると断言できる。

 

「大和くん。サフィアくん。私の選択は、合ってるのかな?」

 

月影は机に置かれている写真立ての一つに視線を送りながら、そう呟く。

そこには若い頃の自分と、破軍の制服を着た大和、サフィア、黒乃の、自分の大事な3人の教え子達の姿が映されていた。

 

大和が破軍の旗を天高く掲げ、その胸に大きなトロフィーを抱えながら快活に笑っている。

サフィアはその隣で表彰状を手に持って、お淑やかな笑みを浮かべていた。黒乃は腕を組みながら不敵な笑みを浮かべている。……そして、大和の隣で彼の頭に手を置いて撫でながら、笑みを見せる月影の姿もそこにはあった。

 

これは、確か彼らが一年生の時で大和とサフィア、黒乃が七星剣武祭に出場して一年生ながらベスト3を独占し、表彰式を終えた後の写真だった。

黒乃と大和は国からの推薦を受けて、入学前から月影が教え育てており、サフィアはヴァーミリオン皇国の留学生として来日し、大和達とともに切磋琢磨していた。

3人とも自分にとっては掛け替えの無い大事な教え子であり、教師人生で最も思い入れが大きい3人でもあった。

 

「……君達は、今の私を見てどう思うかな」

 

目を閉じれば今でも彼らとの日々は思い出せる。彼らは自分をよく慕ってくれていた。

卒業後も葉書をよく送ってくれたし、蓮が生まれた時はわざわざ報告に来てくれたぐらいだ。

 

だから思わずにはいられない。

彼らの大切な息子にあんなに心苦しい想いをさせた事を、彼の力に頼らざるを得ない自分の未熟さを、こんな計画を企てている自分を見てあの二人はどう思うだろうかと。

 

「きっと幻滅して、怒るだろうね」

 

月影は自嘲気味に笑う。彼にはそんな二人の姿が簡単に思い浮かべれたのだ。彼等ならば今の自分を見れば、そう思うはずだと断言できた。

 

「………しかし、あの未来を見せてもやはりダメだったか」

 

月影は先ほどの事を思い出して、悲しげな表情を浮かべながらそう呟く。

あれほどの衝撃的な事実。それを知って仕舞えば蓮とて考えが変わるかも知れないと思っていたが、やはりというか彼の意志は自分が思う以上に強固だった。

 

「本当はあんなもの、見せるつもりはなかったんだけどね……」

 

月影は脳裏に自分が見た絶望の未来の光景を思い出す。血と悲鳴に満ちた炎の地獄。いずれ現実となってしまう未来の東京の姿。

あれは、当初は蓮にだけは何としてでも見せてはいけないと決めていた。だが、あそこまで踏み込まれてしまっては()()()()()()()見せなければ、蓮は納得しなかっただろう。

 

そう。月影はあの未来の全てを見せていたわけではなかった。

彼が見せていたのは、本当に一部。肝心な部分が映っていなかった。あの未来にはまだ先があったのだ。

それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

月影はそれも見ていた。

 

「君には全てを話せるわけがないよ。私は、君にはその時を乗り越えれるまで、知らないままでいてほしいからね」

 

月影は何があっても蓮にはあの悪夢の結末は話さないつもりだ。彼がどれだけ脅そうともだ。

本当にあの悪夢を乗り越えることができれば、その時はちゃんと話してあげよう。彼は、そう考えていた。

そして、そう決めた理由にはある想いがあった。それは———

 

 

 

「何せ、この計画は日本を救うということも本当だけど、元を辿れば……」

 

 

 

———君を守るための計画なのだから。

 

 

 

月影が零した言葉は、誰の耳にも届くことはなく静かに空気に溶けた。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

首相官邸で月影との交渉を終えて、学園へと戻った蓮をカナタとステラが駐車場で出迎えた。バイクから降りてヘルメットを外した蓮にカナタが近づき声をかける。

 

「おかえりなさい蓮さん。用事は無事に達成できたんですか?」

「ああ。協力を取り付けることができた」

「でしたら、後でお話を聞かせてくださいね」

「当然だ。あと、ヴァーミリオンもついてこい。お前の協力も必要だ」

「ええ、勿論よ」

 

蓮は自分の要請に力強く頷いたステラから再びカナタへと視線を向ける。カナタは蓮が何かを言うよりも先に、答えてみせる。

 

「黒乃さん達には既に連絡済みです。寧音さんも理事長室で待っています」

「助かる。すぐに向かうぞ。二人とも来い」

「はい」

「ええ」

 

そう言って蓮は二人を連れてまっすぐに理事長室に向かう。その道中、校舎の前まで歩いた時、その前である集団を見つけた。

蓮達が集団に気づくと同時に、集団も蓮達に気づき慌ててこちらへと近寄ってくる。それは、レオ達だった。

 

「蓮‼︎この新聞、どういうことなんだ⁉︎」

「なんで今更こんな記事が出たんですか⁉︎」

 

レオと那月が血相を変えた蓮に詰め寄る。

レオと那月は蓮やマリカ同様、一年の初期から付き合いがある為、尚更この記事の衝撃は大きかったようだ。

蓮は険しい表情のまま二人を宥める。

 

「二人とも気持ちはわかるが落ち着け」

「で、でもよぉ、これ黒鉄相当まずい状況だろ」

「そうですよ。それにここにいないってことは、もうっ」

「そうだ。もう倫理委員会に連行された」

『ッッ⁉︎』

 

二人は目を見開きあからさまに動揺する。蓮はそんな二人から目を逸らすと、再び歩みを進める。

 

「詳しい話は後でする。今はすぐに理事長の所に行かないといけない」

「………また、黒鉄を助けるの?」

「……マリカ」

 

しかし、不意に聞こえた呟きに蓮は足を止めて呟きの主に視線を送る。それは誰よりも後ろにいて、腕を組みながら複雑な表情を浮かべているマリカだった。

マリカは棘のある口調で続ける。

 

「去年はまだ学園内で済んだからよかったけど、今度は倫理委員会が、黒鉄家が相手なのよ?いくら蓮くんでも勝てないわよ。力が強いだけじゃ、今回の事はどうしようもできないでしょ」

「………」

「蓮くんは確かに強いわ。それも、この日本でも有数の伐刀者だと私は思っている。

武力だけなら、貴方は黒鉄家が相手でも勝てると確信できるわ。でも、今から貴方が使うのは武力じゃない。権力なのよ。権力においては黒鉄家に圧倒的に分があるわ」

 

マリカの言い分も尤もだ。

武力ならまだしも、権力ならばあちらに分があるのは明白。いくら蓮であっても不利な状況だ。むしろ、蓮も要らぬ噂を立てられてしまうかも知れない。

 

「ねぇ、今回はどうしようもできないわよ。

去年とはまるで状況が違うわ。もう貴方個人が介入した所でどうにかなる問題じゃない。下手をしたら、世間が貴方の敵になりうるわよ」

 

マリカはそう厳しい口調で言い放った。

今回ばかりは相手が悪いから、蓮が無理に戦う必要はない。そう言ったのだ。

マリカ以外にも、レオと那月を除き陽香達も複雑な表情を浮かべているから、彼女らもマリカと同じ事を考えているとわかる。

 

「ッッ」

 

ステラもそれをわかっているのか、悔しそうに拳を握り締めていた。恋人を助けたい気持ちはあるものの、確かにマリカの言い分は正しいと理解できたからだ。

蓮はステラのそんな様子を肩越しに確認すると、再びマリカに視線を戻し笑みを浮かべると口を開いた。

 

「マリカ」

「なに?」

「心配は無用だぞ」

「なっ」

 

蓮の言葉にマリカはあからさまに赤面する。

マリカは本気で蓮の事を心配していたのだ。蓮ならばこの問題を目にして解決に動かないはずがない。そう分かっているからこそ、リスクと天秤にかけて蓮に止めるようにキツく言ったのだ。

蓮が下衆な思惑に巻き込まれてほしくないから。

その想いを蓮は一瞬で見抜いたのだ。そして、赤面し動揺するマリカに蓮は続ける。

 

「大丈夫だ。何も無策で挑む訳ではない。ちゃんと手札はこっちだって用意しているんだ。だから安心しろ。俺が奴らの下卑た思惑に負けるわけがない」

「……それは、信じていいの?」

「ああ、大丈夫だ。だから、お前達が心配する事は何も起こらないし、起こさせない。黒鉄は無事助けるし、奴らの思惑は全て叩き潰す」

 

マリカだけでなく心配そうに視線を送る友人全員を視界に収めて蓮ははっきりと宣言する。

それについに折れたのか、マリカは困ったような笑みを浮かべて肩の力を抜いた。他の者達も同じように困ったような笑みを浮かべている。

マリカは初めて笑みを浮かべると、先程とは一転して穏やかな口調で話す。

 

「ま、蓮くんがそういう人ってのは分かってるから、こうなることはわかってたけど。絶対にできるのよね?」

「ああ、必ずだ。必ず助ける」

「ならもう何も言わないわ。あたしは、あたし達は蓮くんのことを信じるわ」

「悪いな」

「いいわよ。あたし達の仲でしょ?」

 

そう言って、ひらひらと手を振るマリカや笑みを浮かべる友人達に蓮は背を向けると、カナタ達に声をかける。

 

「二人とも、行くぞ」

「はい」

「ええ」

 

そうして蓮は二人を連れてその場を離れ、校舎内に入り今度こそ理事長室へ向かう。

その道中、ステラは蓮に話しかける。

 

「レン先輩、いい友達がいるのね」

 

ステラの言葉に蓮は肩越しに彼女に振り返るとすぐに笑みを浮かべながら視線を前に戻して言う。

 

「そうだな。いい奴らだよ。本当に」

「ふふふ」

 

蓮の呟きにカナタが後ろでくすくすと笑う。

それからしばらく、理事長室に辿り着いた3人は、ノックをし許可を得てから中に入る。

中には奥の椅子に座る黒乃と手前の来客用のソファーに座る寧音の姿があった。

 

「来たな。座れ」

「やほー」

 

黒乃は早速3人に座るよう促し、寧音は3人を見て陽気に手を振る。黒乃に促されステラが寧音の隣に蓮とカナタが反対側のソファーに腰を下ろした。

黒乃は早速蓮に尋ねる。

 

「早速だが、蓮、月影先生との交渉は成功したのか?」

 

居場所を常に察知できるからこそ、蓮が首相官邸に向かっていたことはすでに黒乃達も知っている。蓮はそれに対して頷きを返す。

 

「ああ、全面的に協力してもらえることになった」

「よくやったな。これでだいぶこちらも動きやすくなるだろう」

「流石れー坊。手が早いねぇ」

「流石ですわ。蓮さん」

 

蓮の報告に黒乃や寧音、カナタは口々に賞賛の言葉を送った。そんな中、ただ一人、ステラは困惑し首を傾げる。

 

「ね、ねぇツキカゲってこの国の総理大臣よね?まさか、レン先輩、さっきの用事ってこの国のトップに協力を取り付けることだったの⁉︎」

 

驚愕の声をあげるステラに蓮は平然と頷く。

 

「そうだ。流石にこの記事に関しては、月影さんも動くつもりだったからな。簡単に協力を取り付けることができた」

「えぇ……というか、ツキカゲさんってもしかして、先輩、総理大臣と知り合いなの?」

「ああ、親父やお袋、母さん達が破軍の生徒だった時の理事長だったからな。俺も餓鬼の頃から知ってる仲だ」

「そうなのね。……って、あの人達のことカナタ先輩の前で話してよかったの?」

 

蓮を待つ間に多少親しくなったのか、苗字から名前呼びになったステラはそう言いながら、カナタに視線を向けながらそんなことを尋ねる。ステラとしてはカナタは蓮の出生のことを知らないと思っているのだろう。

そんなステラの問いかけには、蓮ではなくカナタが反応する。

 

「大丈夫ですわ。私は蓮さんが生まれた頃からの幼馴染ですので、大和さんとサフィアさんとも親交がありました」

「そういうことだ。カナタはこの学園の生徒ではお前を除いて唯一俺の出生を知ってるやつだ」

「そうだったのね。ならいいわ」

 

二人の説明でステラはあっさりと納得した。

そして、今度は寧音が蓮に尋ねる

 

「で。れー坊は具体的にどういう作戦で行くつもりだい?月影先生に協力を取り付けてきたんなら、もう考えてあんだろ?」

「ああ、今からそれを話す」

 

そして、蓮は月影にも話した計画の内容を黒乃達にも順を追って説明していく。

数分後、一通りの計画の概要を聞き終えた黒乃達はそれぞれが納得の表情を見せる。

 

「なるほどな。証拠を集めてヴァーミリオン国王に見せると、確かにそれが一番手っ取り早い方法だな」

「内部はもう黒鉄家の手があるから、外部から叩こうってわけかい。いいね。うちは異論ないよ」

「アタシも異論はないわ」

 

そうステラも賛同する。だが、彼女の表情は決して浮かばれたものではなかった。

 

「でも、どうしてたかだか一学生にしか過ぎないイッキをここまで追い詰めるのよ。イッキのお父さんは。実の息子じゃないの?」

 

ステラにはまるでわからなかった。

なぜ、黒鉄家がここまでして一輝を糾弾するのか。こんなことをすれば、家名にも傷がつくはず、そのリスクを承知で一輝を追い詰めようとする姿勢に理解がいかなかったのだ。

 

「知らん。そんなことは今どうでもいい話だ」

 

そう悩むステラに蓮はキッパリと断言した。

 

「家族を大事に思えない者の考えなど、俺達に理解できるわけがないだろう」

「レン先輩……」

 

蓮は思い悩むステラに淡々と、冷酷に告げるとその総身が凍てつくような冷たく鋭い眼差しを彼女に向けると続ける。

 

「それに一応言っておくが、この件でヴァーミリオンが気に病む必要はない。くれぐれも、別れた方がいいなんていうなよ?そんな情けない事をほざいたら、本気で叩き潰すぞ」

「ッッ」

 

ステラは蓮より発せられる覇気に、背筋を戦慄が駆け抜けるのを感じた。

現に、ステラは少しだけだが悩んでしまっていた。もしも自分が、普通の女の子だったらこんなことにはならなかったはずだと。自分が、一輝の重荷になってしまっていると思い始めていた。七星剣武祭の出場枠がかかった、この大切な時期に足を引っ張っていることが、苦しかった。

蓮には、その悩みを簡単に見抜かれてしまったのだ。そして、蓮は厳しい視線のままさらに続ける。

 

「お前達は何一つとして間違っていない。間違っているのはあっちであり、罰せられるべきもあっちだ。だから、気に病むな。堂々としていろ。彼を、黒鉄一輝を愛しているのならば、彼の奮闘を信じるぐらいはしてみろ」

「ッッ‼︎」

 

その冷たい言葉は、ステラの悩みを消し飛ばすには十分なものだった。

 

「……そう、ね。ありがとう、レン先輩」

 

ステラは素直に蓮に頭を下げる。蓮はフンッと話を鳴らすと、カナタに視線を向けながら話す。

 

「カナタ、貴徳原の方でだが……何故笑っている?」

 

しかし、それは途中で止まりそんな疑問が溢れた。何故なら、ステラから視線を向けた蓮の瞳には嬉しそうに笑みを浮かべるカナタの姿があったからだ。

カナタはそんな蓮の問いかけにくすくすと笑うと応える。

 

「ふふ、いえ、蓮さんはやはり優しい方だなと思いまして。そういうところは、あの御二方とそっくりですわ」

「何がだ?」

 

何を言っているのか分からないのか、蓮は思わずそう返してしまう。

カナタと同じように笑っていた黒乃と寧音も話に参加して、蓮の疑問に答えた。

 

「そういう優しさは大和とサフィアに似てるってことだよ」

「そだねー。そういうところは、マジであの二人そっくりだぜ」

「…………」

 

二人の指摘に蓮は気まずそうに視線を逸らす。

黒乃は悪戯っぽい笑みを浮かべながら、続ける。

 

「ふふ、お前は二人に大和とサフィアを重ねてるのだろう?それに、お前がここまで動くのは、二人が築き上げた友好をつまらない思惑で穢されて怒りを覚えたからじゃないのか?」

「……まぁ、そうだが……」

「やはり、お前はあいつらの子だよ。なんだかんだ言ってお前もサフィアの、ヴァーミリオン皇国の気質を受け継いでいるんだ。だから、今回の件も動いた。そうだろう?」

「…………はぁぁ〜〜」

 

黒乃の言い逃れのできない指摘に蓮は何も言えなくなり、気恥ずかしそうに顔を伏せると深く、それはもう深くため息をついた。

完全に図星だったようで、蓮は気恥ずかしさで反論ができなくなっていたのだ。その様子を、黒乃、寧音、カナタは揃って笑みを浮かべて見ている。その様子を見て、ステラは意外そうに目を丸くする。そんな彼女に隣に座る寧音が楽しそうに話しかける。

 

「意外だったかい?ステラちゃん」

「え、ええ…少し、というか、かなり……」

 

ステラは蓮の普段の姿しか知らない。

冷静沈着であり、戦いにおいては冷酷無情な頼もしくもどこか怖い先輩というイメージが強かったため、家族に何かを言われて気恥ずかしい表情のような年頃の男子の表情を浮かべている蓮の姿が意外だったのだ。

それ聞き、寧音はカラカラと笑う。

 

「れー坊は普段はクールだけど、身内とか親しい奴だけの時になるとな、あんなふうに弱くなるんだよ。おもしれぇだろ?」

「そ、そうだったのね……」

 

誰にだって意外な一面はあるということなのだろう。それを理解したステラは蓮に対する認識を少し上方修正することにした。とはいえ、今日の一連のことで蓮の認識は既にかなり上方修正されていたのだが。

 

「んんっ‼︎と、とにかく、貴徳原の方で月影さんと協力して情報統制と印象操作を行なって欲しい。頼めるか?」

 

蓮は羞恥心が限界に達したのだろう、わざとらしく咳払いをして話を強引に続ける。

蓮の話を聞いていたカナタは頷く。

 

「ええ、父にも伝えておきましょう。ですが、情報統制の方は分かりますが、印象操作は何をすれば?」

「ちょうど一人、いい生贄がいるからな。奴を存分に使わせてもらう」

 

蓮は心底酷薄な笑みを浮かべて、若干の殺意混じりにそんな事を呟く。その笑みにカナタはだいぶ怒っているなと思いながらも、その生贄の存在に心当たりがあったため尋ねた。

 

「まさか、あの倫理委員長を使うのですか?」

「そうだ。黒鉄厳氏が命じたのは事実だが、印象操作を行なってあの記事を作ったのは赤座で間違い無いだろう。だからこそ、奴を利用させてもらう」

 

蓮は既に印象操作の内容も考えつつあった為、それも話していく。

 

「奴は分家の当主だ。そして、分家だからこそ本家にコンプレックスを抱いており、本家を妬み引き摺り下ろそうとずっと画策していた。そして、当主の息子である黒鉄 一輝を利用して黒鉄本家の格を下げて名前に傷をつける事で、自分達が上にのしあがる為に各新聞社に圧力をかけてあんな記事を世間に出した。……まぁ、こんなところだろう。そして、奴は本家に歯向かったとして、国際問題を引き起こした事の責任やその他諸々を全て押し付けて、完全に失脚させる。こんな筋書きで行こうか。奴もまさか自分が標的にされるとは思ってないだろう」

「……私としてはそれでも全く構わないが、黒鉄長官には何もしないのか?彼が全ての元凶だろう?」

 

印象操作の為の捏造記事について、ある程度の筋書きを提案した蓮に黒乃がそう尋ねる。

黒乃としてはそういう記事でも問題はないと思っているが、赤座だけでなくこの全ての元凶である黒鉄 厳には何も責任追求はしなくていいのかと、そう尋ねた。それに対して、蓮は首を横に振った。

 

「ああ、ある程度時期を見計らって、密かに警告ぐらいはするつもりだが、彼が今長官の席から降りるのはまずい」

「どういう事だ?」

「黒鉄長官は人格こそ破綻しているクズだと思っているが、その能力や判断力は捨てるには惜しい人材だ。きっと、後々役に立つはずだ」

「?後々だって?」

 

黒乃達は揃って蓮の言葉に疑問を浮かべる。

確かに蓮の言い分はもっともだが、蓮は何を指して言っているのかが分からなかったのだ。カナタやステラも同様に首を傾げている。

 

「まぁ今の世界情勢は少し不安定だからな。人格は兎も角、優秀な指揮能力を持っている指揮官を引き摺り下ろすのは得策じゃないって事だ」

「なるほど。そういうことか」

「それに先に根も葉もない記事を作って印象操作してきたのはあっちだ。なら、こっちが同じ手段を取っても文句は言えないだろう?」

「くくくっ、確かにねぇ。自分がやっといて卑怯だぞなんて言えるわけねぇもんな」

 

蓮の説明に黒乃は納得を見せ、寧音は殺気に満ちた笑みを浮かべた。あの記事だが、蓮だけでなく黒乃や寧音も頭にきていたのだ。

 

「とりあえず、やるなら徹底的にやるだけだ。奴はヴァーミリオン皇国を侮辱した。それを許すものか」

「無論だな。私のシマで私の生徒にあやをつけたんだ。死ぬほど後悔させてやる」

「そうだね。うちも今回のは相当頭にきてんだ。ただじゃすまさねぇよ」

 

3人はそう言って凄まじい殺気を放つ。それにはステラやカナタは肌が粟立つのを感じた。

 

(これは、3人とも本気ですわね……)

(お、おっかないわね……)

 

赤座は本当に愚かな事をしたと言える。なぜなら、日本に3人しかいない《魔人》達の二人と、世界で3番目にまで強くなった騎士の3人の怪物を怒らせたのだから。赤座は知らないが知っているものからすれば、なんて愚かな事をしたのかと赤座に同情を抱かざるを得ない。

蓮は殺気を収めるとカナタへと再び視線を向ける。

 

「まぁ、そういうわけでカナタには月影さんと連携してそういう印象操作を行なってくれればいい。仲介は俺がやろう」

「え、えぇ、分かりましたわ。では、そのように動きます」

「あとは……ヴァーミリオンなんだが……国王陛下はお前達の事を素直に認めるのか?」

「うっ、そ、それは……」

 

蓮の質問にステラは珍しく言葉を詰まらせた。そう、ある程度の問題解決の兆しが見えてきた以上、次の課題こそそれなのだ。

あの父親が素直に娘の恋人を認めるかどうか、ということだ。

 

「ごめんなさい……今のところ、それは保証できないわね。お父様ったらアタシのことになると、聞き分けがないのよ」

 

ステラは力無くそう答えた。

なにしろ中学生の頃、学校の行事で山にキャンプに行くことになった時、熊の毛皮を着こんでこっそり森から娘を監視していた父親だ。あのときは本物の熊だと思って焼き殺しかけたらしい。………ただ、その正体が自分の父親だと知った時はそのまま焼き殺してやろうかと思ったらしいが。

とにかく、そんな親バカだからか、一輝を歓迎するビジョンが全く見えないのだ。そのことに頭を抱えるステラに、黒乃が珍しく母性を感じさせる優しい笑顔を浮かべて言った。

 

「大丈夫だ。お前のようにまっすぐな娘を育てた御仁なのだからな。黒鉄の器が分からないはずがない。それに蓮もフォローに回るんだ。問題はないさ」

「………」

 

根拠があるとは思えない理屈。だが、どういうわけか黒乃の言葉はステラの不安を驚くほどあっさりと打ち消してくれたのだ。

そう。悪い父親ではない。ステラも父親のことを心から愛している。

だからこそ、彼にも自分が愛した男を好きになって欲しいと思った。

 

「そうなると……いいなぁ」

「まあ顔合わせの時はヴァーミリオンの方からもアシストを入れてやれ。『既婚者』からの助言だが、娘の両親への挨拶はケーキ入刀よりも前に行う共同作業だからな。男に任せっきりにはするなよ。向こうは自分の娘が男をどう守ろうとするかも見ているものだからな」

「ぜ、善処します」

「ふふ。ああ、頑張れ。……ああ、それとカナタ」

 

黒乃は微笑みながらそういうと、次に蓮に視線を向ける。二人の話を笑みを浮かべて聞いていたカナタは突然の事に首を傾げながら応じる。

 

「なんでしょうか?」

「蓮がヴァーミリオン皇国に行く際に、お前もついていって欲しい。頼めるか?」

「私がですか?」

「母さん、俺は一人でも大丈夫だが?」

 

カナタが疑問をこぼし、蓮がそう言う。カナタも印象操作の事もあるし、日本に残ると思っていたし蓮も危険がない為、一人で行こうとしていたからだ。

だが、そんな二人に黒乃は告げる。

 

「私や寧音が日本を離れるのは万が一を考えても避けるべき事態だ。だからこそ、蓮が行くのだが()()()()()()()蓮が一人で行くよりカナタにもついて行ってもらった方がいいと思ったからな。それに、一人より二人の方が話が進むだろ?無論、公欠にするし、選抜戦の方は調整するからそこは安心してくれ」

「………はぁ、そういう事か。分かったよ」

「ええ、そういう事でしたら、分かりましたわ」

 

色々と省略した説明だったが、蓮とカナタはすぐに理解して納得する。黒乃はカナタを蓮の護衛として連れていかせようとしたのだ。

蓮は国内なら兎も角、国外では緊急時を除き単独行動は許されていない。だから、国外行動中の間、蓮の護衛になるべき人物が必要なのだが、黒乃と寧音が動けない以上、人選は限られている。

そこでカナタが選ばれた。それは蓮がヴァーミリオン皇国で国王陛下との対談の時のサポートとしての役割もそうだが、同時に蓮の護衛としてそれに足る実力があると判断したからだ。

 

「印象操作の方は私も協力する。幸太郎殿と月影先生との仲介も私がこなそう。だから、カナタは安心して蓮と共にヴァーミリオン皇国に向かってくれ」

「ええ」

「あと、蓮、丁度いい機会だ。お前はそろそろ二人の墓参りに行ってやれ」

「………」

 

黒乃の指摘に蓮はあからさまに表情を暗くさせて、彼女から視線を逸らし二つのソファーの間に視線を落とす。その瞳には強い罪悪感が宿っていた。

黒乃は一気に暗くなった蓮の様子に驚く事もなく、話を続けた。

 

「蓮。お前が墓参りを躊躇う気持ちは知ってる。後悔、悲しみ、罪悪感があるからこそお前はあの二人の墓前に立つことを()()()()()。そう考える理由もわかっているつもりだ」

(恐れてる?どういうこと?)

 

ステラは黒乃の言葉に疑問を浮かべる。

ステラには蓮が墓参りの何を恐れているのかまるで分からなかった。彼女の疑問をよそに、黒乃は再び優しい笑みを浮かべた。

 

「だがな、そうだとしても、そろそろあいつらにもお前の成長した姿を見せてやれ。あの葬式以降、お前は一度も行ってないんだ。そろそろ行ってやらないとあの二人も悲しむぞ」

「………………分かったよ」

 

黒乃の言葉に観念したのか、蓮は長い沈黙の後、ついには黒乃の頼みを了承した。

蓮の了承を得た黒乃は頷くと、椅子から立ち上がった。

 

「とりあえず、大まかな計画はこれでいいだろう。蓮は盗聴した音声の記録やヴァーミリオン皇国に向かうための準備を、カナタは貴徳原に連絡と蓮と同様準備を。ヴァーミリオンも今日明日のうちに蓮達がそっちに向かうことと、倫理委員会の話を信じないように連絡をしてくれ。それでいいな?蓮」

「ああ、それで問題ない。追加情報や変更があれば、追って連絡する」

「よし。なら、今日はこれで終わりにしよう。奥多摩の件もあったからな。今日はとりあえず休め。以上だ」

 

そう言って黒乃はパンと手を鳴らして会議を終了させた。

こうして、黒鉄一輝救出の為の打ち合わせは恙無く終わり、同時に救出計画も始動する

 

 

これより始まるのは、怪物達による怒りの反撃だ。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

これは、国を救う為でもなければ、未来を守る為の計画ではない。

 

 

これは、一人の青年を守る為の計画だ。

 

 

始まりはある英雄達の死であった。

 

 

ソレこそが、後に始まる狂乱の宴(オルギア)の開幕の知らせ。

 

 

彼らが死んでしまったからこそ、その宴は始まってしまった。

 

 

この10年。時間をかけ、緻密に準備に準備を重ねて、その宴の序章は始まった。

 

 

奇跡の子を巡り、世界では水面下での争いが繰り返されていた。

 

 

彼の預かり知らぬところで、あるいは彼自身が見聞きしていたところで、その真相は世界の誰にも気づかれる事もなく、静かに序章を紡いでいたのだ。

 

 

10年という長い準備期間を経て、狂劇はついに幕を開け、同時に、暁学園計画も始まりつつある。

 

 

その選択が、その計画が、未来に何を齎すのか。因果より外れた魔人と因果に守られし人間が紡ぐ未来は、誰であってもその結末を予知することはできなかった。

 

 

ただ分かることは、今や世界は大きな唸りに呑まれつつあるということ。

 

 

この世界の流れは、誰の手でももう止めることはできないということだけだ。

 

 





私的には一輝を救出するルートがあってもいいと思うんです。
というわけで、この作品では一輝を助ける為に主人公を中心として色々と動きます。

3巻もいよいよ後半に突入。母の故郷であるヴァーミリオン皇国でどんなことが起こるのか、次回以降をお楽しみにしてください。
そして、一輝救出計画が進むと同時に、赤座にどう調理するのかが密かに決まりつつあります。というか、《魔人》二人と魔人クラスの騎士を怒らせるって、赤座どんだけやばいことをやらかしたんだよって話ですよねww

あと、最後に蓮の変装ですが、魔法科のリーナのパレードと似たような感じだと思ってくれればいいです。こちらでは水の魔術で変装してます。

では、また次回に!!
皆さん、感想や評価をお待ちしております!!






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