優等騎士の英雄譚   作:桐谷 アキト

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………史上、1番の長文が出来上がった。
つめにつめこんだら気づいたら、こうなってた。後悔はしていない。
今回は蓮がヴァーミリオン皇国に向かう話です。
母の故郷でもある地で蓮は一輝を救うための協力を得るべく、国王に会いにいくわけなのですが、果たして会談の結果はどうなるのか。

そして、今回はオリキャラが数人ほど出ます。楽しみにしててください。

………そういえば、私は原神をプレイしているのですが、この前何気にガチャを引いたら単発で雷電将軍が出てきました。……そんだけです。
嬉しかったので、言いたかっただけです。

FGOは映画を見てからまた再開したけど、まだアトランティス終わらせてないと言うスローペース具合………

まあ、と言うわけで、34話どうぞ‼︎




34話 母の故郷

 

 

 

月が出ていない新月の深夜。

場所はイギリス。その離島に存在するとある監獄で事件が起きた。

監獄では一際巨大な爆発音が響き、警報がけたたましく鳴り響く。そんな中、監獄内では刑務官達が慌ただしく動いていた。

 

「侵入者だ‼︎総員第一種戦闘配備につけ‼︎‼︎」

「ここに襲撃だと⁉︎正気か⁉︎」

「正気なわけがあるか‼︎‼︎相手はテロリストだぞ‼︎」

 

刑務官達の怒号やサイレンが監獄内でけたたましく響き渡る。

ここは、ヘルドバン監獄。

イギリスの北大西洋に位置する小さな離島。島自体が一つの監獄と化しており、ここには主に特に危険なA、Bランク相当の伐刀者の犯罪者達が収容されている。

世界的に見ても最高峰の警備システムは、いかなる脱獄も侵入者も許さない。

 

———そのはずだった。

 

その脱獄・侵入不可の監獄がこの日、襲撃を受け、あろうことか侵入を許してしまったのだ。

これは、監獄設立以来の前代未聞の事件であり、刑務官達は慌ただしく監獄内を駆け回っている。

そんな中、看守室にはここの看守長がおり大量に展開されているモニターで監視カメラの映像を見ながら部下から現状の報告を受けていた。

 

「侵入者の数は?」

「そ、それが、一人とのことです‼︎」

「なんだとっ⁉︎」

 

看守長は驚愕に眼を見開く。

創立から何十年も立っているこの監獄は今まで誰の脱獄・侵入を許しておらず、それを覆す前代未聞の事件が発生したのに、さらにそれが複数犯ではなくたった一人の手で行われたことに驚愕を隠しきれなかったのだ。

 

「敵の正体は⁉︎」

「それも不明です‼︎どのブラックリストにも該当しませんっ‼︎正体が確認できないんです‼︎」

「どう言うことだっ⁉︎」

 

部下の一人は青ざめた表情を浮かべながら、監視カメラの映像の一つを操作し、時間を巻き戻す。そこに映っていたものを見せながら答えた。

 

「み、見ての通り黒い霧のような物を纏っており、はっきりとした姿が掴めませんっ」

「なんだっ?この能力は…っ」

 

看守長は監視カメラの向こうに映る光景に眼を見開く。

カメラには禍々しい闇が広がっていたのだ。

黒紫の輝きを放つ瘴気を思わせる霧が監獄正門前には広がっていたのだ。

正門前にいた警備員達が霊装で応戦するも、その攻勢も虚しく瘴気に呑まれる。瘴気が晴れれば現れたのは、無惨な死に様を遂げた警備員達の死体が残っていた。その死体は瘴気が形を成した蛇のようなものに次々と丸呑みにされていった。

そして、瘴気を纏う何者かはそんな惨状の中を歩いて悠々と歩いて正門を突破していたのだ。

看守長は表情をさらに険しくさせると、矢継ぎ早に部下に指示を出していく。

 

「全隔壁を下ろせ‼︎同時に、全ての刑務官に霊装の使用許可並びに侵入者の殺害を許可する‼︎そして、連盟本部へと連絡も入れ、応援要請を出せ‼︎‼︎」

「は、はい‼︎‼︎」

 

部下に指示を出した看守長はマイクの電源をつけると、監獄全体に聞こえるように操作して叫ぶ。

 

『総員聞け‼︎今、この監獄に侵入している者は明らかに《魔人》だ‼︎‼︎全員なんとしてでもそいつを突破させるな‼︎‼︎繰り返す‼︎なんとしてでも突破させるな‼︎‼︎』

 

警告した看守長は通信を切ると、背を向けて出口へと向かい、自身も侵入者の対処へと向かう。

 

(少し見ただけでも奴が並大抵の存在じゃないことはわかる。これほどなのかっ。敵対した《魔人》の力というのはっ‼︎)

 

看守長を始めここにいる刑務官達は全員連盟本部からここに配属された時に、秘匿されていた真実ー《魔人》についての真実を明かされている。

なぜなら、この監獄の最下層ー地下300mにある一つの巨大独房。通称『タルタロス』には一人の《魔人》が収容されているからだ。

故に、その監獄を警備する者達として《魔人》の存在を明かされ、強大さや危険性を知ることで職務に対する責任感を一層強く持つことを求められている。

 

(だが、何が目的だ?なぜここを襲撃する理由がある⁉︎)

 

考えられる理由としては、まず仲間の救出だろう。ここには、最下層にいる《魔人》だけでなく《解放軍》や犯罪組織に所属していた凶悪な伐刀者が多く収容されている。それらを狙ってこんな蛮行を企てたと考えるのが妥当だろう。

そして、襲撃に来た人物は確実に《魔人》。だとしたら、

 

「狙いはあの男かっ‼︎」

 

狙いは間違いなく最下層に収容されているあの男の確保で間違いないだろう。

 

「まずいなっ。奴を解き放ってしまえばどうなるか分かったものではないっ‼︎」

 

看守長は冷や汗を流しながら、足早に廊下を駆け抜ける。

賊が狙ってるであろう男はそれほどに危険な存在だ。

再び世に解き放って仕舞えば、取り返しのつかないことになってしまうから。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

看守長による殺害許可や隔壁を下ろすなどの指示を受けた刑務官達は迅速に従い隔壁を下ろしながら、迎撃を続けていた。

それぞれの霊装や防衛システムで迎撃をしているものの、例の侵入者は一向に足止めすら敵わなかった。

 

「くそ‼︎なんなんだあの能力はっ⁉︎何系統の力なんだっ⁉︎」

「わからん!だが、無茶苦茶にも程がある‼︎‼︎こっちの攻撃が何一つ通用してないっ‼︎‼︎」

「チィ‼︎いい加減死ね‼︎化け物がぁぁっ‼︎‼︎」

 

刑務官達の困惑や怒り混じりの叫び声が廊下にこだまする。彼らは先ほどから必死に攻撃を続けていたものの、それらは何一つとして有効だになっていないのだ。

 

この、黒紫の瘴気には。

 

黒紫の瘴気はどんな攻撃を放っても何一つ効果がなく、侵蝕するかのようにジリジリと刑務官達との距離を詰めていったのだ。

やがて、瘴気が形を成して蛇となる。

赤紫の眼光を放ち、瘴気を纏いし漆黒の大蛇。それが無数の形を成してのたうち回る。

黒蛇はその顎門を開き、紫の液体を滴らせる。

床に落ちた瞬間、ジュッと音を立てて床を溶かしたその液体の正体はー猛毒だった。

そんな猛毒滴らせる黒蛇達は攻撃を続ける刑務官達に顔を向けると、一気に襲いかかる。

 

「来るぞ‼︎‼︎」

「駄目だ‼︎突破される‼︎」

「何で、攻撃が効かねえんだよっ⁉︎⁉︎」

 

黒蛇はどれだけ攻撃を受けようとも、その全てを瘴気で全て飲み込み刑務官達へとそのまま喰らいついた。

 

「ぎっ、ぎゃぁぁぁぁぁ⁉︎」

「あ、ァァァ、体が、溶けっ、た、たすけっ……」

「は、はやくっ、逃げっ、あ、ぁぁがぁぁぁぁぁ⁉︎⁉︎⁉︎」

「た、退避‼︎退避‼︎あの蛇に触れるな‼︎()()()()()()()っっ‼︎‼︎」

 

蛇に噛みつかれた者は例外なくその猛毒によって体を溶かされ、次々と黒蛇に取り込まれていく。

その様を見てしまったまだ無事な刑務官達はすぐさま距離を取ろうとするものの、黒蛇達の猛追の方が早かった。

 

「な、なんで一瞬で、…ぎゃぁぁぁ⁉︎⁉︎」

「に、逃げられないっ‼︎あぁぁぁぁ⁉︎」

 

そして、一分もしないうちにこの階にいる刑務官達は例外なく黒蛇に喰われ尽くされた。

悲鳴も消え、静寂に戻った廊下で黒蛇達の群れの背後、その瘴気の中からこつこつと足音が聞こえてくる。

 

「ふふふ、ああ、やっぱりここの監獄の伐刀者達は皆質がいいわね。とっても美味しいわ」

 

瘴気の闇から現れたのは一人の女だった。

三対六翼に、大角、紫黒のドレス甲冑に紫の大鎌を持つ魔性の堕天使。

それは、蓮と黒狗の激闘を遠くから観戦していたあの女だった。

彼女は恍惚とした表情を浮かべ、口を弧に歪めながらそう呟く。

 

彼女こそ、このヘルドバン監獄に襲撃を仕掛け、侵入した賊である。

 

「さて、恐らく彼がいるのはこの最下層。確か—《タルタロス》、だったかしら?」

 

看守長が危惧した通り、彼女の狙いは最下層《タルタロス》に収容された《魔人》の囚人だった。

 

それからも、数多の刑務官の迎撃を喰い破ってきた彼女は、300mも地下を降りてやがて最下層の独房《タルタロス》に辿り着いた。

 

「ここね」

 

広大なドーム状の地下空間の中、眼前に聳え立つのは縦、横、奥行共に8mはありそうな巨大な金属製の箱。否、独房。

床や天井には至る所に電子機器が積み上げられており、規則正しく明滅している。

そして、その独房に付けられた。6mはあろう巨大かつ頑丈そうな鋼鉄の扉。

《魔人》を逃がさないために設計されたこの独房はまず扉の分厚さが4mもあるのだ。

連盟の長《白鬚公》の命令により当時のあらん限りの技術物量を全てつぎ込んで作られた特性の独房。

一本一本が10tの重さにも耐えれるほどの特性の頑丈な鎖で収監された者の身動きを完全に封じ込み、尚且つ超高濃度の筋弛緩剤を含ませたガスを定期的に散布させることで動けなくしているという相当徹底した収監具合だった。これではいくら《魔人》といえど抜け出すのは難しい。

ソレほどまでに中に収容されている《魔人》というのは危険な存在なのだ。

しかし、それも内部からの話。外部からの干渉には何も対策をしていなかった。

いや、この鋼鉄の扉や、何枚にも重ねて作られた防壁も考えれば外部からの干渉にも対策は十分だったのだが、生憎、今回の侵入者相手には効果がなかった。

 

「なかなかに頑丈だけど、外から壊す分には何の問題もないわね」

 

彼女はそう呟きながら、大鎌に紫の燐光を纏わせると、目にも留まらぬ速さで鎌を振るう。

紫の軌跡が数度刻まれた後、金属の扉がバラバラに斬られて轟音を立てて崩れ落ちる。

 

扉を斬り崩し中に入る。中にいたのは、拘束具で雁字搦めにされている筋骨隆々の褐色肌に黒髪の大男だ。

女はその男の姿を捉えると、彼に親しげに話しかける。

 

「久しぶりね。元気だったかしら?《牛魔の怪物(ミノタウロス)》」

 

牛魔の怪物(ミノタウロス)》。神話でも有名な怪物の一体と同じ二つ名を持つ男は、彼女の呼びかけに静かに顔を上げた。

 

「…………貴様か。久しいな」

「ええ、久しぶりね。アリオス」

 

どうやら二人は旧知の中らしく、軽く言葉を交わした。この神話の怪物の二つ名を持つ大男はアリオスと呼ばれているらしい。

アリオスは挨拶を交わすと、彼女に剣呑な眼差しを向け尋ねる。

 

「それで、自分に何の用だ?」

「貴方をここから出すために来たの。是非協力してもらいたいことがあってね。ここまでくるのに苦労したわ」

「その割には襲撃からここまでくるのにそう時間はかからなかったな。自分の記憶では、《タルタロス》は最下層にあったはずだが」

「ええ、300mは潜ったわね。でも、たかだか『人間』が守る程度の監獄、いくら警備が厳重だからって、一度入れれば造作もないわ」

「なるほど。納得した」

 

アリオスは彼女の説明に納得を示す。

確かに彼女ならば、一度侵入できればここまでくるのは容易いだろう。ここまでどれだけの警備システムや刑務官が相手であろうとだ。

アリオスは剣呑な眼差しのまま彼女に尋ねた。

 

「それで、自分に協力して欲しいと言ったが、何をさせる気だ?」

「ええ、実はある人と戦って欲しいのよ」

「断る。ここまで来て悪いが帰ってくれ」

 

彼女の頼みをアリオスはにべもなくあっさりと拒絶した。それには、彼女は思わず首を傾げてしまう。

 

「あら、どうして?貴方、戦うの好きだったでしょう?」

 

彼女の記憶が正しければ、アリオスは生粋の武人であり強者との戦いを何より求めていたはずだ。相手がどんな立場であろうとも戦いを挑む戦闘狂。それこそが《牛魔の怪物(ミノタウロス)》だというのに、何故か彼は依頼を断ったのだ。それが、彼女には理解ができなかった。アリオスは目を伏せると静かにその理由を話す。

 

「もう戦う理由もない。『彼』は死んでしまった。もう彼以上の戦いを楽しめる強者はいないだろう。だから、ここから出たところで意味がないのだ」

「『彼』ねぇ。……それって、もしかして最後に戦った《紅蓮の炎神》ヤマト・サクラギの事かしら?」

 

彼女はアリオスが投獄された経緯を知っている為、その最後の戦いの相手を知っておりその名を口にした。

それは日本がかつて有していた炎の神と称された最強の英雄ー桜木大和だった。

アリオスはそれを肯定する。

 

「そうだ。自分は一度彼に敗北し、再戦を誓ったが、彼は自分との誓いを果たす前に死んでしまった。彼は最高の好敵手だったのだ。好敵手なき世界に何の価値がある?」

 

アリオスは彼に敗北し、捕まった。だからこそ、いつになるかは分からないが、いつか再び挑むことを誓ったのだ。だが、その約束は叶わずに自分が牢獄に囚われている間に、彼は彼の妻とともに死んでしまった。

大和を最高の好敵手だと認めていたからこそ、その喪失のショックは大きく、大和以上の英雄はいないと外の世界に希望を見出せなくなってしまったのだ。

 

「わかったのなら帰って欲しい。貴様ならここから簡単に脱出できるだろう。もう自分には構わないでくれ」

 

そう言ってアリオスは目を閉じて黙り込む。彼の意志は堅い。何か言ったところで無駄だろう。もはや、彼の意思を変えることはできない。

……このままなら。

 

彼女は妖しく笑うと、自分が持ってきたカードの一枚を切った。

 

「ふふ、では彼の力を継ぐ者がいたとしたら、どうする?」

「……なに……?」

 

アリオスはピクリと反応して、黄金の瞳に疑惑の色を乗せて彼女に向けた。食いついてくれたアリオスに彼女は話を続ける。

 

「いるのよ。貴方が投獄された翌年に、《紅蓮の炎神》と《紺碧の戦乙女(ブリュンヒルデ)》。二人の《魔人》の間に生まれた奇跡の子供が。彼らの素質を受け継ぎ、彼らをも超える英雄の子が」

「……まさか、あの二人に子供だと?だが、年を考えるとまだ17、18の子供だ。そんな少年に何が期待できる?」

「驚いた事に、その子供はもうすでに《魔人》なのよ」

「……ッッ⁉︎」

 

アリオスは衝撃的な事実にあからさまに目を見開いた。最高の好敵手であるヤマトに子供がおり、しかも《魔人》に至っているという事実が、アリオスを驚愕させたのだ。

アリオスは心の内から湧き上がる興奮に、若干声を震わせながら彼女に問う。

 

「その、少年は、強いのか?」

「ええ、私が保証するわ。彼はもう日本最強の《魔人》であり、連盟トップクラスの実力を備えている貴方が求めてやまない《紅蓮の炎神》に匹敵する『()()』よ」

「く、くくく、くくく……」

 

彼女がそう太鼓判を押すと、アリオスは拘束されたまま肩どころか全身を震わせながら笑い、

 

「オオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッッ‼︎‼︎‼︎‼︎」

 

突如、顔をあげて大咆哮を上げた。

大気だけでなく監獄すらビリビリと震わせるほどの大咆哮は歓喜に満ちていた。

その声量は、あまりにも凄まじく近くにいようものならば鼓膜を破られるはずだったが、彼女は最初から予見していたのだろう。耳を両手で押さえて少し顔を顰めるだけにとどめた。

 

「……相変わらずすごい声ね。耳栓がいくつあってもたりないわ」

「くく、すまんな。つい昂ってしまった」

「にしても、いきなり叫ぶのはやめてくれるかしら?こっちの身にもなって欲しいわ」

「すまんと言ってるだろう。それより、この拘束を解いてくれ。どうやら、《魔人》でもこの拘束は無理なようだ」

「なら、私の計画に協力してくれるって事でいいのかしら?」

 

女は分かり切ったことをアリオスに尋ねた。アリオスはそれに大きく頷き、賛同の意志をしめす。

 

「ああ、貴様の悪巧みに付き合ってやろう。

貴様が何かろくでもないことを考えてるのは確かだろうが、自分にとってはそんなことどうでもいい」

 

アリオスは金色の眼光をぎらつかせると、口の端を釣り上げて獰猛な笑みを浮かべる。

 

「彼の息子がいて、それも彼に匹敵する『英雄』となれば、昂らないはずがない。早く会って戦いたい。ヤマトが果たせなかった再戦を、彼に果たしてもらいたい」

 

もう待ちきれないと言うふうに口早に告げるその様子は、まるで最高の玩具を見つけた子供のようだ。

 

「ふふ、悪巧みとは失礼ね。でも、契約成立ね」

 

女は、その様子を見て呆れるように肩をすくめると、手にしていた大鎌で瞬く間に彼の拘束具を切り裂いた。

拘束具から解放されたアリオスは体を解しながら、彼女に礼を言う。

 

「礼を言う」

「いいわよ、別に。ただ、お礼ついでに早速手伝ってもらおうかしらね」

 

そう言いながら、彼女は独房の外、広間の出入り口へと視線を向ける。その視線の先には何人もの刑務官がいた。

刑務官達はそれぞれが霊装を構えている。

数にして40。全員が伐刀者であり、この監獄の刑務を任された鍛え抜かれた者達だ。

それは構えや魔力の質、気迫からも窺える。

 

何より、彼らはアリオスの正体を知っている。知っているからこそ、何があっても脱獄させないように、命を賭ける覚悟があった。

 

「さて、ではやろうかしらね」

 

彼らを前に、迎撃しようと再び瘴気を放ち、黒蛇を解き放とうとするもののアリオスが彼女の前に出る。

 

「どけ、自分がやる」

「あら、いいの?」

「構わん。18年ぶりに外に出れるんだ。体を解しておきたい」

「なら任せるわ。でも、くれぐれも壊しすぎないようにね?」

「それは保証できないな」

「そこは保証しなさいよ」

 

そう軽口を叩きながらアリオスは前に出る。その瞬間、刑務官達は一斉に攻撃してきた。

 

「放てぇぇぇッッ‼︎‼︎」

 

看守長の怒号が響いた直後、炎や雷、氷などあらゆる魔術の全力全開の遠距離攻撃がアリオスに放たれ、廊下を様々な色に染め上げながらアリオスへと襲いかかる。

耳を聾する轟音が廊下を震撼させて、アリオスを呑み込む。しかし、それでも止まらず直撃してもなお魔力砲撃は次々と雨の如く撃ち込まれ続ける。やがて、2分が経過した頃刑務官達は攻撃を止める。一時的な息切れだ。

 

「次、構えッッ‼︎‼︎」

 

十数秒のインターバルを挟み、次弾を放つ為に構える刑務官達。煙が晴れた事態を確認するのでは遅い。完全に気配が途絶えるまで、飽和攻撃を続けるべきと判断したのだ。

そして、

 

「ッてぇッッッ‼︎‼︎‼︎」

 

二発目の暴威が放たれる。そして、最悪の囚人と侵入者を撃砕せんと煙の中に魔術の砲撃が届こうとした刹那、ソレら全てが煙の内側から解き放たれた()()()()()()()()に呆気なく霧散した。

雷にも見える漆黒の魔力は、放たれた魔術の悉くを破壊した。ただの魔力放出。されど莫大な量の魔力が魔術を粉砕したのだ。

唖然とする彼らに、煙の中からアリオスの声が届く。

 

「………見事な攻撃だ。だが、無駄だったな」

 

聞こえてきたのは感心があったものの、落胆が大きい声音。そして同時に、煙の向こうでライトに照らされたアリオスのシルエットが()()()()()()

 

「そ、そんな……」

「あ、あれは……」

 

煙の向こうで変化しつつあるシルエットに刑務官達はどよめき、表情を凍りつかせる。

 

ソレは岩のような拳を有していた

ソレは見上げるほどの巨躯へと変わっていた。

ソレは鎧のような筋肉を有していた。

ソレは漆黒の皮膚を持っていた。

 

漆黒の皮膚の巨躯の黒き影が、声を失う刑務官達を睥睨する。

 

「っひ、ぁ」

「ぁ、ぁぁ」

 

黄金色に輝く黒き『怪物』の双眼は見据えられた刑務官達は一様に恐怖に声を引き攣らせる。ある者は腰すら抜かしている。彼らは恐怖し、同時に理解したのだ。

 

《魔人》が有する『引力』によって齎された殺意。それらがまだ『人間』に過ぎない矮小な存在達に『殺意』を叩きつけ、魂の底から理解させる。

 

これには勝つのは不可能だと。

 

一度でもそう思って仕舞えば、もうお終いだ。

彼らの意思は悉くが《魔人》の『引力』に屈して争うことすら許さない。

残された道はただ一つ、

 

「では、さらばだ。ヘルドバン監獄の刑務官達よ。貴様達を撃滅し、自分は外へと出させてもらう」

 

ただ蹂躙されるのみ。

 

「オオオオオオォォォォォォォッッ‼︎‼︎‼︎」

 

アリオスは両刃斧を構えると、雄叫びをあげて変化した巨躯で地面を踏み砕き爆進して刑務官達の悲鳴を己の怪物の咆哮でかき消しながら一人残らず撃滅した。

 

 

 

 

この日、一人の魔人が一人の魔女の手引きによって脱獄した。

 

 

名をアリオス・ダウロス。

 

 

二つ名を《牛魔の怪物(ミノタウロス)》。

 

 

《解放軍》に所属していた《魔人》の一人であり、かつて《紅蓮の炎神》桜木大和と死闘を繰り広げた怪物だ。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

黒鉄一輝が連行されてから、5日後。

さまざまな証拠をかき集めた蓮はカナタと共にヴァーミリオン皇国へ向けて出発していた。

学園から貴徳原の車で空港に移動して、各種手続きの後これまた貴徳原財閥所有のチャーター機で日本を発った。

途中、黒鉄家の妨害も予想されていたが、月影のおかげだろう。何の妨害もなく、予想よりも遥かにスムーズに手続きを終えてチャーター機に乗り込むことができた。

 

そして、流石は日本屈指の大財閥。

所有しているチャーター機も相当な高級仕様であり、機内にはシアタールームだけでなく、BARにサロン、寝室には高級ベッド、そしてシャワールームだけでなくバスルームまで完備されていたのだ。

蓮はいつもは軍用の輸送機ばかり乗っているため、こういったチャーター機に乗る経験は殆どない。ゆえに、流石の蓮もこのチャーター機の内装には信じられないと目を丸くさせていた。

それを隣で見ていたカナタは父に頼んで用意してもらった甲斐があったと密かにほくえんでいた。

実のところ、このチャーター機はカナタが父に頼み込んで用意してもらったものだ。せっかく、蓮が12年ぶりに母の故郷であるヴァーミリオン皇国に向かい、二人の墓参りをすると言うのだ。ならば、せめて空の旅は快適なものであって欲しいと願ったからこそのもの。

父、幸太郎もその意見に大いに賛同して、財閥が所有する最高級のチャーター機を使わせたのだ。

 

しかし、そんなカナタ達の思惑に蓮が気づくはずもなく、普通に折角だし楽しもうと言うことになり映画を見たり、豪華なフランス料理の夕食などを堪能して空の旅を満喫していった。

そして、時間的には夜になった頃。蓮はサロンの革張りのシートに座りながら、神妙な表情を浮かべ手元に視線を落としていた。

 

「………………」

 

彼の手元には、一枚の写真が握られていた。

そこには、3歳ぐらいの幼い自分が黒髪の青年ー父である大和に肩車されながら、蒼髪の美女ー母であるサフィアと手を繋ぎながら子供らしく笑っている写真だ。

蓮はどんな経緯であれ、母の故郷であるヴァーミリオン皇国に向かっていることに少なからず緊張していたのだ。

 

「………もう、明日か」

 

明日にはヴァーミリオン国王との謁見があり今回の一件についての会談を行うことになっている。しかし、その点に関しては問題ない。もう見せる資料や記録音声などの用意は済ませている。話すことも既に考えているため、そちらは特に気負いはしないだろう。

問題は両親の墓参りの方だった。

 

(あの葬式の日から、一度も俺はあそこには行ってない。……)

 

二人の遺体はヴァーミリオン皇国のとある場所に埋葬されている。

それは、二人が残した遺書に墓地の場所を指定されていたことや、蓮がそう強く懇願したからこそ。葬儀も日本ではなく、ヴァーミリオン皇国で行われ、蓮も一度だけヴァーミリオン皇国に行き、葬儀に参加した。

しかし、それきりであり蓮はその後は一度もヴァーミリオン皇国に行っていない。日本の実家で二人の写真の前で手を合わせることはあっても、二人の墓にはどうしても行かなかったのだ。……正確には行けなかった、が正しいが。

蓮は写真をテーブルに置くと、深く座り込み天井を見上げながら深く息をついた。

 

「………はぁ、こんな俺を、あの二人はどう思うんだろうな?」

 

蓮はそう呟く。

二人の死からもう12年もたつ。だというのに、埋葬したその一度しか墓前で手を合わせていない息子など、一般的に見れば親不孝者としか言いようがないだろう。彼らも、そんな不甲斐ない蓮を見てどう思うのだろうか。

きっと、彼らでも怒っているのかもしれない。

そこまで考えた時、ふとドアの開く音が聞こえる。

そちらに視線を向ければ、水色のワンピースタイプのパジャマに身を包んだカナタが出てきた。

風呂に入ったのだろう。体からは仄かに湯気がたつており、頬も少し赤くなっている。余程気持ちよかったのか、御満悦そうな表情でバスルームから出てきた彼女は、蓮へと視線を向ける。

 

「あら、蓮さん。どうされました?何か考え事でも?」

「……ああ、ちょっとな」

 

そう答え、再び沈黙した蓮の隣にカナタは腰掛けて、心配そうに蓮を見上げる。しばらく二人の間に静寂が流れた時、蓮は天井を見上げながらふと口を開く。

 

「なぁ、カナタ。お前は毎年墓参り行っていたのか?」

「ッッ……ええ。欠かさず行っておりますわ」

「そうか……」

 

そして再び蓮は沈黙する。カナタは蓮が何か言うのを待っているのか、蓮から目を逸らし前を見ながら静かに待つ。やがて、蓮はまた口を開き呟いた。

 

「なぁ、カナタ。今の俺をあの二人が見たらどう思うだろうか?」

「………っっ」

 

カナタは蓮の問いかけに悲痛な表情を浮かべ、息を詰まらせる。蓮は膝に腕を乗せると顔を俯かせて膝の間で握られた両拳を見下ろしながら、苦しそうに呟く。

 

「分からないんだ。どんな顔をしていけばいいのか。きっとあの二人は今の俺を見て、情けないと思っているか、怒っているはずなのは間違いないから……」

 

《魔人》に堕ちたこと。12年も墓参りに行かなかったこと。大量に人を殺していること。その他諸々、蓮は二人が亡くなってからの12年間の己の足跡を決して誇れてはいなかったのだ。胸を張って生きていると誇らしく言うことはできなかったのだ。

 

それは、罪悪感が大きかったから。

 

何度あの二人の想いを裏切ったことか。どれだけ、あの二人の愛に叛いたことか。

数えるのも馬鹿馬鹿しいほどに、自分は罪を重ね過ぎた。

そして、これこそが出発前に黒乃が『恐れている』ことだつた。

 

「蓮さん……」

 

カナタはあの後黒乃や寧音達と交わした話を思い出す。

 

ステラや蓮も交えた作戦会議の後、退室した二人に続こうとカナタも外に出ようとした時、不意に黒乃に少し残って欲しいと呼び止められたのだ。

そうして、自分と黒乃、寧音しかいなくなった理事長室で黒乃は話し始めた。

 

『蓮は墓参りに行くと言ったが、恐らくは行かないだろう。いや、行けないと言った方が正しいか』

『それはどう言うことですか?』

『さっき、恐れてると言っただろう?蓮はな墓参りに行くこと自体を恐れてるんだ。それは、罪悪感があるからだ』

『………もしかして、顔向けができないと思っているのですか?』

 

カナタも黒乃が言わんとしていることに気づく。そう。蓮は大和とサフィアに顔向けできず、その罪悪感で墓参りに行くこと自体を恐れているのだと黒乃は言っているのだ。

黒乃は悲しそうな表情を浮かべながら、窓の外を見る。

 

『正直、あの子のこれまでの経緯を考えれば、そう考えてしまうことも仕方のないことだ。

9歳で《魔人》に至り、中学生の身でありながら単騎で戦争を終わらせ、今や学生でありながら日本だけでなく連盟の中でも五本の指にははいるであろう屈指の最高戦力の一つ。

これまでの経験が、あの子を『大人』にしてしまった』

 

今まで辿ってきた蓮という存在の17年間の足跡。それらが蓮を『年頃の子供』であることを許さなかったのだ。

そして、ソレらがあるからこそ蓮はあの二人に顔向けできないと、本気で思っていた。

 

『今もずっと自分を責め続けているからこそ、二人の墓前に立つことすら出来ないんだ。

自分にはその資格がないと思っているんだろう』

『そんな……あの二人なら、どうあっても蓮さんを愛するはずです』

『ああ、私もそう思う』

『そだね。あの二人なら、れー坊がどんな道を選んでも愛するだろーね』

 

カナタの言葉に黒乃だけでなく黙って話を聞いていた寧音も賛成する。確かにあの二人の事を知っているのならば、蓮がどんな道を選んで者それでもと愛そうとするだろう。

そんな可能性はたやすく想像できる。

だが、蓮にはそんな想像すらできなかったのだ。罪悪感がそれを考えないようにさせてしまっていた。

だから、蓮は墓参りに行く事を躊躇う。

罪悪感故に、彼は墓参りに行く事を恐れているのだ。

黒乃はカナタに視線を向ける。

 

『だから、お前にあの子の背中を押して欲しい。頼めるか?』

 

黒乃は最後にそう頼んだ。

彼が迷い悩んだ時に、彼の背中を押して決断させて欲しいと。

だから、

 

 

「———大丈夫ですわ」

 

 

カナタはそっと蓮の手に自分の手を重ねると、安心させるように言った。

 

「蓮さん、あの二人はそんなこと思っていませんわ。断言できます。よりにもよって、あの二人があなたが恐れているようなことを考えているわけがありません」

「………だが、今までのことを考えたら……」

「確かに、これまでの貴方の足跡は決して人に褒められたものではありません。怒る者、恐れる者、悲しむ者、そう言った者の方が多いのかもしれません」

「…………」

 

暗い表情を浮かべた蓮にカナタは「ですが」と続け微笑んだ。

 

「あの二人に限ってはそんなことはあり得ません。私が知るあの二人は、貴方をとても愛していました。それは、今もそう。どんな道を辿ったのだとしても、これは貴方が歩んだ軌跡です。『蓮』という人間が、諦めずに歩み続けた証です。その生きている証はあの二人にとってはそれだけでもとても誇れるものになるはずですわ」

「………本当に、そう思うか?」

「ええ、勿論。それに、12年経った大事な息子が、こんなに大きくなったんですもの。成長した姿を見せるだけでも十分喜んでくれると思いますわ」

「…………」

 

カナタの言葉に連は何ともいえないような表情を浮かべるとしばらく視線を左右させると小さくため息をついて、ソファーから立ち上がった。

 

「………風呂に入ってくる」

「ええ」

 

小さく口早に告げた蓮にカナタは短くそう返した。そして、着替えを取りに行くべく部屋を出ようとした蓮はドアを開け出る瞬間、

 

「……いつもありがとう」

「ッッ」

 

そう礼を言ったのだ。

直後にはドアが閉じられたもののその言葉をしっかりと聞いていたカナタはクスリと笑みを浮かべるとテーブルの上に置かれてる蓮が置いてあった写真を手に取った。

 

「蓮さん、貴方を愛してくれている人は、信じてくれている人は貴方が思っている以上に多いんですよ」

 

自分もその一人だからこそ、カナタは願う。

私の、私達の『愛』が彼を人の世(こちら側)に引き留めてくれる縁にならんことを。

彼が、これ以上怪物に堕ちないように。これ以上傷付かなくていいように。

どうかこの想いが、この愛が、彼の心を照らす光にならんことを。

 

 

 

しかし、彼らはまだ知らない。

 

 

向かう異国の地で、魔女の手引きによって凶悪な試練が待ち受けていることに。

 

 

 

それが、彼に更なる苦悩を与えてしまうと言うことを。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

翌日。蓮とカナタがモーニングを食べ終わり、それぞれ蓮が黒、カナタが白のスーツに着替えてゆっくりしていた頃、飛行機はついに、ヴァーミリオン皇国上空にたどり着いた。

 

「蓮さん。見えてきましたわよ」

「ほぉ……」

 

カナタの言葉に、蓮は窓からヴァーミリオンの国土を見下ろし、感嘆の声をあげる。

視界に映るのは、国土の殆どが平野ヴァーミリオンを、どこまでもなだらかに広がる鮮やかな緑の絨毯。

所々に並び立つ風車と、川沿いに見えるほどの小さな民家が寄り添った集落。山と建造物の多い、ごちゃついた印象のある日本とは全く異なる風景だ。そんな、牧歌的な光景を見つめながら、蓮は思わず呟く。

 

「昔と何も変わっていない、綺麗な光景だな」

「ええ」

 

この風景は12年前かつて一度目にしたモノと何ら変わっていない。そして、懐かしい感覚が蓮の胸中に広がった。

ヴァーミリオン皇国。母サフィアが生まれ育った国。

欧州の一角、北海に面した湾岸沿いに存在する、今時珍しい絶対君主制国家。元は隣国クレーデルラント王国の一部だったが、数百年前独立し今に至る。主な産業は広い平野を生かした畜産や切り花の輸出。そして、美しい自然を生かした観光業。天然ガスの輸出などだ。

ここまでは欧州では珍しくない、ごく普通の国家だが、このヴァーミリオン皇国には他の国にはない大きな特徴があった。

それは、国民の皇族に対する忠誠心の高さ。

 

一つ、有名なエピソードがある。

 

数多の悲劇を生んだ第二次世界大戦。ナチスドイツの台頭により、欧州は火の海に包まれた。それはヴァーミリオン皇国にも及び、皇都フレアヴェルグは一度ナチスドイツの手によって陥落していたのだ。

この際、当時のナチスドイツはヴァーミリオン皇族の根絶やしに乗り出したが、結局それは果たされなかった。

 

何故か?それは、ヴァーミリオン皇国民が一丸となって皇族を匿い続けたからだ。

趨勢が変化し、ナチスドイツがヴァーミリオンから完全撤退するまでの間、どんな非道な拷問にも屈さずに皇族を匿い続けた。

そして、第二次世界大戦が終結するや、国民は全世界に加速度的に広まった政治の民主化の流れを完全に無視し、再びヴァーミリオン皇族を唯一絶対の王としてたてたのだ。

この鉄の忠誠心を物語るエピソードには、ヴァーミリオン皇国建国時の事が大きく関係していた。

 

ときのクレーデルラント王国の圧政に耐えかねた民衆が、穏健派貴族筆頭であったヴァーミリオン公爵を旗頭にはじめたヴァーミリオン独立戦争。

しかし、この時代は有力貴族の縁者は大抵が中央に表向きは婚姻という形をとり、人質して囲われているモノだ。それは、ヴァーミリオン公爵も例外ではなく、クレーデルラント王国は家族の命を盾にし、ヴァーミリオン公爵に反乱の中止を迫った。

しかし、ヴァーミリオン公爵は一度たりとも屈しなかった。毎週愛される家族の肉体の一部が送り付けられようとも、自身の家族全員の命と引き換えに、悪夢に屈さず、必死に耐え抜き独立戦争をやり切ったのだ。

 

自分に助けを求めてきた、弱き民の為に。

 

このときのヴァーミリオン公爵———ヴァーミリオン皇国初代皇帝の献身を国民は今も尚忘れていない。それは童話として、歴史として、広く語り継がれ、鉄の忠誠心を育んでいる。

 

『ヴァーミリオン皇国は一つの国にして、一つの家族』

 

かつて、サフィアが蓮にそうヴァーミリオン皇国のことを話してくれた事があった。

国民は皆、皇族を愛し、皇族もまたそんな国民を愛し、善政を敷く。そんな皇族と国民が家族のように近しい間柄にある。そういう国なのだと。だから、蓮も大和も私の大事な家族であり、同時に大事なヴァーミリオン皇国の家族だと、彼女はそう教えてくれた。

 

そして、彼女は実家であるインディゴのことについても話をしてくれた。

 

インディゴ。それは、元々はクレーデルラント王国において、代々騎士団長などの優秀な騎士を多く輩出する子爵家だった。

インディゴ子爵家もまた穏健派に所属しており、ヴァーミリオン公爵とは友好関係を築いていた。そして、ヴァーミリオン公爵が独立戦争を始めたとき、インディゴ子爵もまた騎士団に所属している一族の者達を率いて公爵を守り支えた。

インディゴ子爵もヴァーミリオン公爵と同様に、毎週家族の肉体の一部が送られてきたものの、それでも屈さずヴァーミリオン公爵を守る剣となり盾となった。

 

彼等もまた同じだった。どれだけ悪夢を、絶望を見せつけられたとしても、弱き者を守る騎士の使命を全うする為……そして、新たに感銘を受けた理想の主の道を守る為に、インディゴ子爵は国民達と共に戦い続けたのだ。

その後、独立戦争に勝ったヴァーミリオン皇国初代皇帝は、彼等の貢献に報いインディゴ子爵を公爵にし新生ヴァーミリオン皇国の騎士団の全権を彼に託した。

それは、鉄の忠誠と血の貢献があったからだ。それからは、インディゴ家はヴァーミリオン皇国を支える騎士の家系として再び名を馳せており皇族に深い忠誠を誓っているのだ。

 

その歴史があったからこそ、今ではヴァーミリオン皇国の軍は国を象徴し皇族の名でもある赤い軍服を着用し、騎士団は国の剣であり盾を象徴し公爵の名である青い軍服を着用しているのだ。

ヴァーミリオン皇国民にとっては一般常識であるそれを蓮もサフィアから聞かされており知っていた。

 

そして、しばらくして空港に着いた彼等はやがて機内アナウンスに従い乗降口に向かう。乗降口の側にはスーツ姿の20代後半の女性が一人待っていた。

彼女はカナタのボディガードにして優秀な部下の黒馬 雪菜だ。ここまで飛行機を操縦していたのも彼女である。

 

「お嬢様。蓮様。下に迎えの車が来ております。足元にお気をつけてお降り下さい」

「ええ、ありがとう。雪菜さん。いつもありがとうございます」

「感謝の極みです」

 

カナタの謝辞に雪菜は恭しく頭を下げる。そして、蓮もまた彼女に礼を言う。

 

「雪菜さん、ありがとうございます」

「いいえ。それよりも、蓮様。お嬢様のことをお願い致します」

「ええ、任されました。……じゃあ、行こうか。カナタ」

「はい」

 

雪菜にそう答えて、蓮はカナタに視線を向けてそう告げると彼女を連れて乗降階段を降りていく。降りた先には、純白の高級車が停まっており、二人の到着を待たずして運転席から青い軍服姿の蓮よりかは幾分か色の濃い青髪の女性が出てきて、後ろの扉を開いた。

そこから長くウェーブのかかったピーチブランドの小柄な女性とその後から同じ髪色だがすらりとした長身の女性が降車してくる。

そして、小柄な女性が蓮達を見上げると、

 

「久しぶりね、レンくん。それにカナタちゃんも。一年ぶりね」

 

幼い造形の顔に温和な笑みを浮かべ、二人の来訪と久しぶりの再会を歓迎した。

お互い知った仲であるため、蓮とカナタは恭しく頭を下げると挨拶をする。

 

「こちらこそお久しぶりです。アストレア・ヴァーミリオン王妃様。ルナアイズ・ヴァーミリオン第一皇女殿下様」

「お久しぶりです。アストレア様、ルナアイズ様」

 

なんと、この幼女のような女性は、ヴァーミリオン国王の妻。つまり、この国の王妃アストレア・ヴァーミリオンなのだ。そして、彼女の隣に立つ長身の女性はヴァーミリオン皇国次期女王。第一皇女ルナアイズ・ヴァーミリオンだ。

アストレアは頬を緩ませ表情を綻ばせる。

 

「ふふ、二人ともお久しぶりぃ。カナタちゃんは去年も会ってるけど、レンくんは本当に久しぶりねぇ。テレビで活躍は見てたけど、改めて見ると、とても立派になったわぁ」

「……ッいえ、まだまだです。俺はまだあの二人には届かない未熟な身ですよ」

「あら、そうかしら?私はそうは思わないわよぉ?」

 

アストレアはそう言うと、蓮の右手をきゅっと優しく握る。それから、声音には深い喜びを込めて桃色の瞳で蓮を見上げながら言った。

 

「あの日から12年。貴方のことはずっと心配だったわ。でも、こんなに大きくなって、経緯はどうであれまたこのヴァーミリオン皇国の地に来てくれた。私はそれが嬉しいの。それに、貴方は生まれた時からこの国の大事な家族の一員よ。だから、改めて言わせて。———お帰りなさい、レンくん。私達はずっと貴方の来訪を待ってました」

「……ッッはい。ありがとうございます」

 

蓮は彼女の言葉に表情をほんの少しだけ和らげて、彼女手を優しく握り返してそうお礼を言った。そして、彼女は満足げに蓮の手を離した。

次に、ルナアイズが蓮に右手を差し出す。

 

「話すのは初めてだったな。私がステラの姉にしてヴァーミリオン皇国次期女王。第一皇女ルナアイズ・ヴァーミリオンだ。初めましてだ。レン・シングウジ」

「はい。こちらこそ初めまして」

「うむ。ステラの一つ上とは思えないほどにしっかりした青年だな。そして、カナタも久しぶりだ。去年に墓参りで会ったな」

「ええ。お久しぶりで。殿下もお変わりがないようで何よりです」

 

蓮の手を話しカナタにも視線を向けて言葉を交わしたルナアイズは再び蓮に視線を戻すとじっと蓮の顔を見つめる。流石に、これには蓮も戸惑う。

 

「あの、どうされました?」

 

蓮の指摘にルナアイズは知的な笑みを浮かべる。

 

「ん?あ、ああ、すまないな。

12年前のことをつい思い出してしまった。母上同様私もあの時の君の様子を見ていたから、その後のことが心配だったんだ。……だが、見たところ元気そうで何よりだ」

「見ての通り、元気ですよ。俺は」

「そのようだ。さて、アルテリア、お前も話したいことがあるだろ?」

 

そう言って、ルナアイズは車の側で控えていた軍服姿の女性に声をかける。

アルテリア、そう呼ばれた女性はルナアイズに尋ね返す。

 

「よろしいのですか?」

「当然だ。私達よりもお前の方が彼に思い入れはあるだろう。私達に遠慮する必要もない」

「では」

 

そう言って蒼髪の女性が前に進み出るとまずカナタへと視線を向けて、優しく微笑んだ。

 

「お久しぶりですね。カナタさん。元気にしてましたか?」

「ええ。アルテリアさんこそ元気そうで何よりですわ」

「ありがとう」

 

そう短く言葉を交わした後、アルテリアは蓮へと視線を向けると先程と同じように優しい笑みを浮かべた。

 

(ッッ、この人は、まさか……)

 

後ろで纏められた蓮より幾分か色の濃い蒼海を思わせる青色の長髪。蓮と同じ紺碧色の瞳。……そして、サフィアとほんの少しだけ似ている優しくも知的さを秘めた顔立ちに、蓮は彼女の正体にほぼ辿り着く。そして、アルテリアは心の底から嬉しそうに微笑みながら、蓮へと手を差し出してはっきりと言った。

 

「こうして顔を合わせるのは初めてですね。私はアルテリア・インディゴ。サフィアさんの兄の娘。つまり、貴方の従姉妹です」

「ッッ」

 

蓮はアルテリアの名乗りに僅かに驚く。

会うことは覚悟していたものの、まさか国についてすぐに母の身内に、自分の親戚に会うとは思っていなかったからだ。

蓮も手を伸ばして、彼女の手を握る。

 

「……初めまして。新宮寺 蓮です」

「ええ、貴方の活躍はテレビでずっと見させてもらっていました。あれほどの強さ、流石あのお二人の息子だ。……それに、本当に無事でよかった」

 

アルテリアはそう言って目の端に涙を滲ませると、蓮へと左手を伸ばしてその頭を優しく撫でた。

 

「………あんな小さかった子供が、今じゃこんなにも大きくなっていた。ここまで無事に育ってくれたこと、私は本当に嬉しいんです。

この12年間、ずっと心配だったから。だから、この国にもう一度来てくれてありがとう」

「………………………はい」

 

苦々しくもどこか嬉しそうな複雑な表情を浮かべた蓮は少しの沈黙ののちに、小さく笑みを浮かべると短く呟く。それを見て、アストレアがパンパンと手を打ち鳴らした。

 

「はいはい、それじゃあまだまだ積もる話もあるでしょうけど、取り敢えずお城に向かいましょうかぁ。アルテリアちゃん、悪いんだけど運転お願いね」

「かしこまりました」

「二人も行きましょうか」

「はい」

「ええ」

 

アストレアにそう言われ、二人は荷物をトランクに載せた後、アルテリアが運転する車に乗り込み城に向かった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

空港から城へ向かう道中、車の座席から蓮は静かに外の街並みを眺めていた。

 

「………(いい国だな。ここは)」

 

石畳の道路にレンガ造の家屋。北欧の様式に倣った街並みは素敵な景観であり、古き良き伝統を受け継ぎ残すという意志が伝わってくる。

そして、何より、注目すべきは、

 

(国民が皆、心の底から笑えている)

 

道路を歩く親子、風船を持って走り回る子供達。パンを売っているおばさん。パンを買いおばさんと話すおじさん。工事をしている人達。花を籠に入れて運ぶ親子。見渡す限り殆どの人が、心の底から笑えていたのだ。

表面上の笑みではない。心の底からこのヴァーミリオン皇国での暮らしを幸福だと感じていたのだ。

 

(………………もしも、俺もこの国で……)

 

街並みや人々の暮らしを見ていた蓮はあることを一瞬考えたが、その思考をすぐに止めた。

それは、考えたところで意味のない話だったし、なにより、してはいけないものだったから。

そして、そんな思考を振り払い、再び景色を眺める蓮にアストレアは微笑みながら尋ねる。

 

「ふふ、レンくんどうですか?ヴァーミリオンの街並みは」

「ッええ、素敵な景観です。昔ながらの街並みが残っていて、人々も笑顔で暮らせている。……この街並みを見ただけでも、この国がいい国だと言うことがわかります」

 

惜しみない賞賛に、アストレアはさらに表情を綻ばせ外見相応の子供のような笑みを浮かべた。

 

「ふふふ、ありがとう。そう言ってもらえると、私もパパも嬉しいわぁ」

 

アストレアがそう破顔した後、ルナアイズが蓮に尋ねた。

 

「レン。どこか行きたいところはないか?父上との会談前にどこか寄りたいところがあれば、好きなだけ言ってくれ」

「え?い、いえ、それは流石に出来ません。国王陛下も待っておられるでしょうし、先に会談を済ませてからの方がよろしいかと思いますが……」

「なに構わんさ。父上なんていくらでも待たせればいい。どうせ、あの記事を見てまだ不貞腐れてるだろうからな」

「はぁ……」

 

ルナアイズの存外な父親の扱いに蓮は多少戸惑うものの、よくよく思い出してみればステラが留学する際にも、アストレアがごねる国王陛下をなんやかんやで投獄したと言っていた。

その話とこの態度から察するに、国王陛下は妻と娘達の尻に敷かれているのではないだろうか。

そして、蓮はルナアイズの提案に首を横に振り、意志を示した。

 

「しかし、それでもやはり先に会談を済ませるべきかと思います。元々会談をするために来たのです。なればこそ、陛下達の憂慮を晴らすのが先決だと思います。俺の私情など後回しで構いません」

「ふむ……まぁ君がそう言うのならそれでいいが……なら、会談が終わった後、私とアルテリアで皇都を案内しよう。それで構わないか?」

「……それでしたら。カナタもそれでいいか?」

 

第一皇女に国の観光案内をさせるなどどうかと思ったものの、ルナアイズの提案に渋々了承した蓮はカナタへと視線を向ける。

 

「えぇ、構いませんわ。それに、12年ぶりのヴァーミリオンなんですもの。蓮さんの好きなようになさってください」

「そうか。……でしたら、殿下。そう言うことでお願いできますでしょうか?」

「うむ。構わんぞ。それと、私のことは気軽にルナアイズと呼んでいいぞ。様もなしでいい」

「………しかし……」

 

そう言われても皇族にそんな態度は取れないと言葉を詰まらせる蓮にルナアイズは息をついて呆れ笑いを浮かべる。

 

「そんなことは気にしなくていい。お前は生まれた時から、住む場所は違えど、この国の家族の一人だ。ならば、そんな堅苦しい言葉も不要だ。それとも、君は家族にすらそんな堅苦しい言葉を使うのか?」

「………わかりました。ルナアイズさん。……これでいいですか?」

「ああ、今はそれでいいさ」

 

ルナアイズの説明に折れた蓮は観念したように肩を落とすと呼び方と口調を変える。それに、ルナアイズは満足そうに頷いた。

 

「そういえば、王妃様。一つ聞いてもいいですか?」

「あら、私のことは名前で呼んでくれないの?」

「………貴方もですか」

 

娘に便乗したアストレアの頼みに蓮は若干困ったような表情を浮かべてしまう。

 

「ええ。私はサフィアちゃんとは仲が良かったし、ルナちゃんのことは名前で呼んだのだから、サフィアちゃんの息子なら私も名前で呼んでほしいわぁ」

「…………はぁ、分かりました。アストレア様」

「様もなしで」

「……アストレアさん。先程ルナアイズさんが国王陛下は不貞腐れていると仰っていましたが、やはり相当怒っていますか?」

 

先程ルナアイズが国王陛下がまだ不貞腐れてると言っていた為に、予想通りあの記事は既に赤座の手によって送られていたのだと理解する。

というより、元々あの記事を知っていなければ話のしようがないのだが……。

アストレアは困ったような表情を浮かべる。

 

「ええ、ちょうど5日前にね。クロノさんから連絡を受けた直前に連盟支部経由で例の新聞が送られてきたわ。もうそれからはパパはずっと怒っていて、『俺の断りもなく娘に手を出すなんぞ許さん‼︎』って日本に乗り込もうとしたぐらいだもの」

「……そこまで怒っていましたか…」

「まあ、私がなんとか説得したから今は不貞腐れてるだけに落ち着いてるわぁ」

「……そうですか」

 

蓮は何をしたのかは尋ねなかった。

なぜなら、説得と言った瞬間のアストレアの表情が決して触れてはいけない類の黒い表情だったからだ。

 

「一応聞きますが、あの記事は国民の皆さんは知っているんですか?」

 

話題を変え蓮はそう尋ねる。アストレアは再び困ったような表情を浮かべて、頷く。

 

「……そうね。ニュースでみんな知っちゃったわ。それからは殆どがパパみたいになっちゃってねぇ」

「………愛されているが故にですか」

「そんなところだな。皆、娘として、姉として、妹として、家族としてステラを愛しているからな。まぁ要は親バカなのだ。この国の国民達は全員な」

「…………」

 

呆れながらも嬉しそうに呟いたルナアイズに蓮は一瞬目を見開くも直ぐに口の端を釣り上げて笑みを浮かべる。

 

「理解していたつもりですが、どうやら認識が足りなかったようです。『一つの国で一つの家族』。母から聞かされたヴァーミリオンの国柄の意味を俺は今ようやく本当の意味で少し理解できた気がします」

 

蓮は『ヴァーミリオンは一つの国で、一つの家族』の意味を理解していたつもりだった。

だが、それは言葉でしか知らなかった。実際にその形を見ていなかったが、今その形の一端を垣間見て漸くその言葉の意味を理解し始めたのだ。それには、ルナアイズだけでなく、アストレアやカナタ、そして運転しながらも話を聞いていたアルテリアすらも笑みを浮かべた。

 

「そういえば、アルテリアさん」

「なんですか?レンくん」

「青い軍服を着てると言うことは、騎士団の所属なんですか?」

 

蓮にそう尋ねられたアルテリアは微笑み頷き、自身の所属を明かした。

 

「はい。そうですよ。私はヴァーミリオン皇国騎士団《青薔薇の騎士団(ローゼン・ナイツ)》第一部隊の隊長を務めています」

「アルテリアちゃんはこの国に二人しかいないBランク騎士であり、《白青の水乙女(ウンディーネ)》の二つ名を持ってるんですよぉ。次期騎士団長とも噂されてるぐらいですから」

「……なるほど、確かに彼女は強いですね」

 

蓮はアストレアの説明に納得する。

初めてアルテリアを見た時、感じた気迫、佇まいから相当な高水準の強者だと気づいた。むしろ、カナタと同じBランクと言われてソレぐらいないとおかしいと思ってたぐらいだ。

 

(アルテリアさんは、強いな。ステラ・ヴァーミリオンよりも)

 

現段階ではステラ・ヴァーミリオンよりもアルテリアの方が格段に強いだろう。

アルテリアはそんな蓮の賞賛にバックミラー越しに微笑んだ。

 

「ふふ、Aランクであり歴戦の猛者である貴方にそう言ってもらえると嬉しいですね」

「そんな大したものではありませんよ」

「いえいえ、そんなことありません。……ああ、そうだ。よろしければ、会談後、時間がありましたら手合わせしてもらえませんか?」

「ええ、俺でよければ」

「ありがとうございます」

 

そしてそれから、しばらく談笑をしていくなか、ふと蓮は通りにある建物の一つに視線が向く。工事中だろうか。教会の屋根の上に作業員らしき人物達が工具を手にして何か作業をしている。

 

『ッッ‼︎‼︎』

 

しかし、その時だ。突然、壁面に亀裂が入ると瞬く間にその亀裂を増していき、直後ガラッと大きくその部分の屋根ごと壁面が崩れ作業員を巻き込みながら下へと落ちたのだ。しかも、落ちる先は扉がありそこから数人の子供が出てこようとしていたのだ。

 

「お、おい早く離れろ‼︎‼︎」

「崩れるぞ‼︎」

 

大人達が揃って悲鳴や怒号をあげる。

子供達もその大人の剣幕に気づいたのか上を見上げて、もう眼前に迫る瓦礫を前に恐怖に身を固める。

 

「危なっ」

 

危ない、丁度見ていたルナアイズが叫ぼうとした刹那、車がガタンと揺れると同時に、車の後部扉が勢いよく開き青い閃光が車の中から飛び出し、崩れる破片の真下へと突っ込んだ。

そして、閃光が子供達の下にたどり着いた瞬間、落ちてから瓦礫と作業員全てが突如出現した無数の水の手と水の球体によって受け止められたのだ。

 

「えっ……?」

 

ルナアイズは眼前の光景に目を見開き、愕然とする。  

 

「———大丈夫か?」

 

子供達を庇うように立って、瓦礫を受け止めているのは、蓮だった。

背に《蒼翼》を生やし、子供達を庇うように広げながら、落ちてきた瓦礫全てを虚空に浮かぶ魔法陣から水の手を伸ばして受け止め、あるいは水の球体で包んでいたのだ。

国民達も一瞬の出来事で驚いている。

蓮は一際巨大な瓦礫を片手で受け止めながら、下でぽかんとしている子供達に笑顔を浮かべ、子供達に声をかける。

子供達は何が何だかわからなかったが、やがて状況を理解したのか一様に表情を崩して大粒の涙を流しながら蓮に泣きついた。

 

「うわぁぁんん‼︎‼︎」

「怖かったよぉぉ‼︎」

「えぇぇんん‼︎」

「もう大丈夫だ」

 

涙を流し泣きつく子供達に蓮は順番に頭を撫でながら、そう優しく微笑む。子供達が無事だと分かった大人達も彼らの様子に安堵して、興奮の声をあげる。

 

「す、すげぇ、あの兄ちゃんあの一瞬で瓦礫全部全部受け止めたぞ……」

「というか、あの青い髪に水の能力って、まさか、インディゴ家の人か?」

「なんにせよ、無事で良かった。作業員も無事そうだ」

 

作業員も無事で、水の球体に包まれた彼らは何が何だかわからずに仕切りに周囲を見回して球体に何度も触れていた。

 

「今下ろすのでそのままじっとしててください」

 

作業員達にそう言った蓮は水球を操作して十分に離れた場所に作業員達を下ろす。下ろした蓮はまだ呆気にとられている作業員達に声をかけるよりも先に、まだ泣きついている子供達に声をかけた。

 

「君達も早く外に出るんだ。ここは危ないから」

「お兄ちゃんは出ないの?」

「俺はこれをどかさないといけないから。ほら、早く。向こうでシスターも待っている」

 

片手で指をさし外側にシスターがいて心配そうに子供達を見ているのを子供達に知らせる。

子供達はシスターを見つけると、それぞれ蓮にお礼を言いながらシスターの方へと走り寄っていった。

それを見送った蓮は声を張り上げて外にいる市民達に警告する。

 

「全員近づくな‼︎‼︎今から瓦礫を砕く‼︎‼︎」

 

直後、市民達が距離をある程度取ったのを確認してから蓮は一気に瓦礫を砕く。

手で受け止めた瓦礫をまず砕き、その後に水の手で受け止めた瓦礫も握り潰していき、全ての破片を一つに集める。轟音を立てながら、瓦礫は次々と粉々になり、十数秒後には2m四方の氷の塊に収められる程に砕かれ纏められていた。

 

「これでいいか」

 

ドンと自分の側に氷の塊を置き瓦礫の粉砕を終えた蓮は一息つく。

同時に、周囲の国民達が拍手と共に歓声を上げた。

 

「兄ちゃんすげぇな‼︎‼︎あれだけの瓦礫を一人で全部受け止めちまうなんて‼︎」

「子供達を助けてくれてありがとう‼︎お兄さん‼︎‼︎」

「兄さんカッケェじゃねぇか‼︎つい見惚れちまったぜ‼︎」

「初めて見る顔ね。海外からの観光客かしら?」

「しかし、本当に凄かったな。何者なんだあの人?」

 

口々に告げられる称賛の数々に蓮は目を丸くして言葉を返さないでいた。

自分としてはまさかここまで大層感謝されるとは思っていなかったのだ。

そして、助けられた子供達も蓮の元に駆け寄っていく。

 

「あ、あのお兄さん‼︎助けてくれてありがとう‼︎」

「助けてくれてありがと‼︎」

「兄ちゃんさっきのスッゲーかっこよかった‼︎」

「お、おお」

 

子供達も口々に蓮に感謝の言葉を送っていく。

あまりの勢いに蓮は最初こそ驚いたものすぐに子供特有なものだと気づき笑みを浮かべると、片膝をついて目線を合わせる。

 

「どういたしまして。それより、さっきのは本当に危なかったぞ」

「う、うん、凄い怖かった」

「俺、死ぬかと思ったもん」

「次からはちゃんと上も気をつけて歩くんだぞ。じゃないと、今回のようなことがまた起きるかもしれないからな」

「うん、気をつける‼︎」

「よし、いい子達だ。なら、気をつけろよ」

『はーい‼︎』

 

子供達は蓮の言葉にそう元気よく返事した。

それに微笑んだ蓮は車から降りて近づいてくるカナタに視線を向けて立ち上がる。

 

「蓮さん、お見事です」

「まあ割と本当に危なかったからな。間に合ってよかった」

 

蓮は未だに群がる子供達の頭を撫でながらそう安堵する。そんな二人に、一人のシスターが近寄ってきた。

 

「あの、ありがとうございます。子供達を助けていただいて」

「いいえ、俺は俺ができることをしただけですよ。それよりも、あの教会はかなり老朽化が進んでいたのでしょうか?」

「はい。それそろ改装をと思って業者に依頼していて、今日はちょうど教会の状態を見てもらっていたんです。そしたら、あんなことになって……本当にありがとうございます。貴方がいなければ、今頃子供達はどうなっていたか……」

 

シスターは目の端に涙を浮かべながら、蓮にそう深々とお辞儀した。蓮はそのお礼を受け取りながら、教会へと視線を向ける。

教会は外見から見ても少々古く、修繕や改築をするべきなほどだ。シスターの判断は正しかったが、生憎タイミングが悪かったのだ。

 

「なんにせよ、教会の改装は急いだ方がいいでしょう。あんなことになった以上は、もしかしたら、他の部分も崩壊するかもしれません。少し調べてもよろしいでしょうか?」

「えっ、よ、よろしいのですか?」

「ええ、まあルナアイズさん達の許可があればですけど……構いませんか?」

 

そう言って振り向けば、ルナアイズ達も近くまで来ており、蓮の問いかけに快く頷いた。

 

「ああ、構わん。好きに見てくれ」

「そういうことでしたら」

 

蓮はそう答えるとすぐに動き教会の壁面に触れると瞳を青く輝かせて、自身の魔力を教会の隅々まで浸透させる。

青い魔力が血管のように浸透する光景に市民達が驚く中、ルナアイズは隣に立つアルテリアに尋ねる。

 

「なぁ、アルテリア。お前は先程のレンの動きはできるか?」

「……予め気づいていれば出来たかもしれませんが、流石にあの状況下で同じことをやれと言われれば、難しいですね」

「そうか……分かっていたつもりだが、どうやら彼は私達の思っている以上に強いんだな」

「そうね。私も驚いたわぁ」

 

ルナアイズは蓮の試合動画を見ているため、強さは把握しているつもりだった。だからこそ、あんな凄まじい動きができたのだろう。

しかし、そう納得するルナアイズやアストレアの一方で、Bランク騎士として名を馳せているアルテリアは違った。彼女は、カナタに近づくとそっと耳打ちする。

 

「カナタさん、少しお聞きしても?」

「はい、なんでしょうか?」

「レンくんのあの動き、()()()()()()()()?」

 

アルテリアの問いかけにカナタは微笑むと首を横に振り、否定した。

 

「いいえ、あの程度全力のうちにも入りませんよ」

「……やはりですか」

 

カナタの言葉にアルテリアは蓮の実力があんなものではないとはっきりと理解した。

そして、彼女は教会の調査をしている蓮を見る。脆い箇所を見つけた蓮は《蒼翼》で飛びながら、その位置をいくつも作業員達に教えていた。その様子を見て彼女は思った。

 

(レンくん、貴方は私程度が挑んでも勝てないほどに強い騎士だ)

 

あの一連の動きだけで分かってしまった。

蓮は自分など足元にも及ばないほど強いと。

周囲の状況を把握するための、危機感知能力と観察力。躊躇わずに瓦礫に飛び込める胆力。あの一瞬で最適な状況を選べる判断力。

伐刀者の素養だけでなく、戦士として必要な感覚能力が軒並み異常だった。

ルナアイズにはああ言ったが、自分でもあそこまでの領域には達していない。

 

(でも、いったいその領域に辿り着くまでに、どれだけの修羅場をくぐり抜けたというの?)

 

彼女もまたBランクという強者の一人。ゆえに、蓮のあの強さが並大抵ではない経験によって積み上げられたものを看破する。

そして、そこに至るまでどれだけの修羅場を潜り抜けてきたのか、彼女は気になったのだ。

 

「ッッッ」

 

彼女はそれを理解して震える。

『新宮寺蓮』という騎士の底知れぬ実力に畏敬を抱き………そして、高揚を得ていた。

彼女とて一人の武人だ。

実力が遠く及ばずとも、一人の武人として圧倒的強者に挑みたいという渇望があった。

 

 

(見てみたい。貴方の本気を)

 

 

だからこそ思う。

従姉妹としてではなく、一人の武人として彼に真っ向から挑みたいと。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

それから、教会の脆い箇所をいくつか見つけて業者の判断で教会は一度取り壊して立て直すことが決まった。

その際に、あれはすぐに崩落すると看破した蓮はルナアイズの許可を得て業者の指示に従いながら、教会の取り壊しを行う。

しかも、水の結界を展開することで決して砂埃の被害を外に出さないようにして迅速かつ丁寧に解体を行なった。

その後、解体を終わらせて市民やシスター達に感謝された蓮は、そのまま車に戻り城へと向かった。

 

皇都外周部の城下町を抜け、高級住宅街を抜けて皇都中央の城に辿り着き、正面玄関に着いて一行は車から降りる。

 

『おかえりなさいませ。アストレア様。ルナアイズ様』

 

降りた一行を出迎えたのは何人かの執事と侍女達だ。

本物の執事と侍女達の出迎えに、財閥の娘であるカナタは別として、力はあれど一般人にすぎない蓮は少し落ち着かない気分になった。

 

「ふふ、流石の蓮さんもこういうのは慣れてませんね」

「一応一般人にいきなりこれに慣れるというのは酷だろ……」

「ふふっ、ええまあ確かに」

 

カナタは嘆息混じりに答えた蓮にくすくすと手を口に当てて笑う。

 

「このままパパのところに案内するわぁ。きっと玉座にいるはずよ」

 

アストレアにそう言われ、侍女達にスーツケースなどの大型の荷物を預けた蓮とカナタは3人の後をついていく。

 

「……これが、本物の城か……」

 

本物の城に入ったことがない蓮は広い大理石の廊下を歩きながら、あちこちに視線を巡らせながら歩く。幼い頃に貴徳原の屋敷に遊びに行ったことはあったものの、やはり本物の皇族の城はわけが違った。

そして、しばらく歩いて十字路に差し掛かった頃、右の通路から一人の男が現れる。

 

「ん?おお!ここにおられましたか、アストレア様、ルナアイズ様」

 

アルテリアと同じ青の軍服に身を包んだ壮年の蓮よりも大柄な体躯の男性。青色の髪と瞳の男性はアストレア達の姿を捉えると、笑みを浮かべて近づいてきた。

 

「グラキエスさん、もしかして迎えに来てくれたんですか?」

 

グラキエス。そう呼ばれた男はアストレアの言葉に頷く。

 

「ええ、私も会談には参加する予定でしたので、玉座に向かう前に皆様をお迎えしようと思っていたのです。もっとも、見ての通り私が来る前に到着して、私は遅参してしまいましたが」

 

そう言って快活に笑うグラキエス。彼の笑い声が廊下に響く中、アルテリアがわざとらしく咳払いをすると、彼にジト目を向ける。

 

「コホンっ。もう()()()、そろそろ挨拶をしてください。彼が戸惑っていますよ」

「お父様?」

 

アルテリアの言葉に蓮は反応する。

今彼女はグラキエスのことをお父様と言った。だとしたら、彼はー

 

「おおこれはすまない。私もこの会談は心待ちにしていたものでな。カナタちゃんは一年振りだな。元気そうで何よりだ」

「グラキエスさんも、お変わりないようで」

「うむ。それで、君がそうか……」

 

グラキエスはカナタに頷くと蓮へと視線を移し、感慨深そうに呟く。そして、蓮へと近づくと彼の肩にそっと手を置いた。

 

「君は私の事を覚えていないかもしれないから、改めて挨拶をさせてもらおうか。

私はグラキエス・インディゴ。インディゴ家現当主にして、『青薔薇の騎士団』騎士団長でもある。そして、サフィアの兄だ。久しぶりだな、レン」

「お久しぶりです。グラキエスさん。あの時は申し訳ありません。せっかく声をかけてくださったのに、何も言葉を返さなくて」

 

あの時、それはヴァーミリオン皇国で行われた大和とサフィアの葬式の時だ。

あの時、塞ぎ込んだ蓮にヴァーミリオン国王夫妻だけでなく、サフィアの兄であったグラキエスも蓮に話しかけていたのだ。

だが、無気力で塞ぎ込んでいた蓮は視線を返しただけで、何も言葉を返さなかった。そのことの謝罪を蓮は言ったのだ。

それに対し、そんなことは構わないとグラキエスは首を横に振る。

 

「いい。あの時の君のことを考えれば仕方のないことだ。君が謝る理由はない」

「…………」

「それにだ。12年振りに来てくれた甥なんだ。心配はすれど、怒るわけがないだろ。ずっと会うのを楽しみにしていた。だから、こうしてやっと会えて私は嬉しいんだ」

 

そう言って、サフィアとどこか似ている笑みを浮かべると蓮の頭をわしゃわしゃと撫でて、

 

「見違えるほどに大きくなったな。ヤマトくんとサフィアの良いところを受け継いだ精悍な顔つきだ。立派な男の面構えというやつだな」

「……ありがとうございます。グラキエスさん」

「私としては気軽に叔父さんと呼んで欲しいんだがな……」

 

名前呼びで丁寧にお礼を言われたことにグラキエスは小さく肩を落とす。それに対し、蓮は乱れた髪を整えながら軽く頭を下げた。

 

「すみません。俺はまだ、自分の出生を明かしていません。明かすだけの踏ん切りがついていない。だから、俺が、いつかあの二人の息子だと、名乗るようになった時、改めてそう呼ばせてください」

「ッッ、あぁ、その日を期待して待っていよう」

 

嬉しそうに表情を綻ばせるグラキエス。そこに、アルテリアが参加する。アルテリアはグラキエスを押し退けると蓮に言った。

 

「レンくん。お父様のことを叔父さんと呼ぶなら、私のこともいつか姉さんと呼んでくれませんか?」

「……えと、はい?」

「だって私は貴方の従姉妹なんですよ。なら、私のことも姉さんと呼んでくれても構わないでしょう」

「……えと、まぁ、確かに……」

 

アルテリアの説明に、一応の納得をみせる。確かに彼女の言い分もわかると言えばわかるが、グラキエスといい、話が急過ぎないかと蓮は戸惑う。

正直なところ、蓮にとってはいくら親戚とはいえほぼ初対面なのだ。多少なりとも、彼女の言葉には戸惑いを隠せなかった。

そこに、ルナアイズがヘルプに入ってくれた。

 

「アルテリア、気持ちは分かるがそれはもう少し時間が経ってからで良いだろう。彼も戸惑っているぞ」

「え?あっ、すみません。レンくん、つい……」

「あ、いえ、別に大丈夫ですよ?」

 

12年振りに会ったのだから、色々と話したいことがあるのは蓮も分かるためすかさずそう答える。そして、少し沈黙すると、静かに微笑んだ。

 

「………アルテリアさん。今はまだ、難しいですが、機会があればいつかそう呼びます」

「……約束してくれますか?」

「ええ、いつか必ず。約束します」

「…………なら、良いです。私もすみません。12年振りだからって、年甲斐もなくはしゃぎすぎました」

 

アルテリアはそう言って頭を下げる。それに対し、蓮は微笑みながら、アルテリアとグラキエス二人に視線を向ける。

 

「二人ともありがとうございます。この俺を、家族のように思ってくれて。本当に、ありがとうございます」

(蓮さん……)

 

二人への感謝と喜びに満ちた言葉。だが、カナタだけは気づいてしまった。

ほんの一瞬だけ、蓮の表情が影がさしたかのように仄暗くなったことを。

 

「それはそうと、ここで立ち話もなんですしまずは陛下の元へ行きましょう。積もる話はそれからで」

 

カナタが何かを言う前に蓮がそう話題を移す。

 

「ええ、そうね。なら、行きましょうか」

 

そして、グラキエスも加わった一行はそのまま玉座の間へと向かった。

 

しばらく歩き、玉座の間がある皇宮へとたどり着き、巨大な観音開きの扉を押し開き中に入る。

 

「陛下。日本からの来客が到着いたしました」

 

グラキエスは一礼するとそう告げる。

扉の手前から赤い絨毯が敷かれ、その絨毯の奥には大きな玉座がある。

そこには、一人の男性が座っていた。

 

「おう、来たか」

 

玉座に座るのはステラと同じ灼熱の炎のような紅蓮の髪。2m近くある巨大な体躯ともみあげに繋がった顎髭は、獅子が如き勇壮さを思わせる。そして、獅子のように厳しい面立ちで入ってきた蓮達の姿をしっかりと捉えていた。

あの巨大の男こそが、この国の王。シリウス・ヴァーミリオン国王その人である。

彼の左右、一段下がった場所には禿頭の老人と、白髪と青髪が混ざった初老の男性が控えていた。

 

部屋の中ほどまで進んだ後は、ルナアイズとアストレアはシリウスの左右に立ち控える。

アルテリアとグラキエルは一段下の二人の老人のそばにそれぞれ控えた。

そして、シリウスとある程度の距離まで近づいたところで蓮は徐に片膝をつくと、恭しく頭を下げる。

 

「お久しぶりです。シリウス・ヴァーミリオン国王陛下。此度は謁見の許可を頂き誠にありがとうございます。並びに、今回の一件について謝罪を…「あぁ〜、そういうのはえぇわい。楽にせぇ」……しかし」

「はぁ、全くお前というやつは……」

 

途中で話を遮られそう言われたことに蓮は静かに抗議の声をあげる。それに対して、シリウスは困ったような嘆息を吐くと、玉座から立ち上がりズカズカと近寄り蓮の前まで歩くと、あろうことか自分も彼と同じように片膝をついたのだ。

 

「陛下⁉︎なにをっ……ッッ⁉︎」

 

シリウスの突然の行動に蓮は目を見開き声をあげるも、言い切る前にシリウスが蓮の腕を掴み無理矢理立たせたのだ。

驚愕を隠せない蓮の肩に手を置いてシリウスははっきりと告げる。

 

「ええか、ワシはな、そういう堅苦しいのは嫌いなんじゃ。それに、お前は育った場所は違えどこの国の大事な家族の一人やとワシは思っちょる。だから、そんな堅苦しくせんでもえぇ」

「………」

「今回の一件、ステラやクロノから話は聞いちょる。お前達が話の真相を伝えるためにわざわざこの国に来たのもじゃ。

だからこそ、謝罪などいらん。お前は何にも悪いことなどしておらんじゃろうが」

「………しかし、この不測の事態を招いてしまった責任はあります。校内に不審者の侵入を許し、あの二人の写真を撮られてしまったことは、俺達風紀委員の失態です。ですから、「じゃから、それも分かっとるわい」ッ」

 

そう言っても尚、謝罪の姿勢を崩さない蓮にシリウスはそう言ってまた溜息をつくと、困ったような呆れたようなそんな表情を浮かべる。

 

「クロノから話は聞いておったが、本当に真面目なやつじゃのぅ。それが、お前の性分なら何も言わんが、せめてここでだけはそんな堅苦しい言い方はやめい。これは、国王命令じゃ」

「………分かりました。命令ならば、仕方ありません」

 

蓮の真面目さを利用して命令という形でシリウスは蓮の態度を改めさせる。命令という形を取ったシリウスの意図に気づかないわけもなく、蓮は頷き軽く頭を下げる。シリウスは一つ咳払いをすると、

 

「まぁよう来てくれた。ずっと待っておったぞ。レン」

 

厳のような強面に優しい笑顔を浮かべて、グラキエスと同じように蓮の頭を撫でる。

 

「……ありがとうございます。陛下」

 

これに蓮は小さく笑みを浮かべて礼を口にした。そこに、今度はこの部屋に元々いた二人の老人が近寄ってきた。

 

「ホホホ。あの時の幼児が、まさかこんなにも大きくなってるとは。時が経つのは早いものですなぁ、エーギル」

「そうだな。本当に早いものだ。ダニエル」

 

お互いに名を呼び合いながらそんなことを呟く二人は、一歩引いてスペースを作ったシリウスの前に出て自己紹介を始める。

 

「私は国際魔導騎士連盟ヴァーミリオン支部長官兼、ヴァーミリオン皇国剣技指南役を任されているダニエル・ダンダリオンと言うものです。貴方が来るのを待っていました。《七星剣王》レン殿。カナタさんもお久しぶりですね」

「はじめまして。日本から来ました破軍学園2年新宮寺蓮です」

「ホホホ、これはこれは丁寧にありがとうございます」

「お久しぶりです。ダンダリオンさん」

 

ダンダリオンとそう握手を交わすと、今度はエーギルと呼ばれた老人が手を差し伸ばしてきた。

 

「俺はヴァーミリオン皇国の宰相兼、ヴァーミリオン皇国騎士団『青薔薇の騎士団』の武術指南役を任されているエーギル・インディゴだ。

そして、サフィアとグラキエスの父であり、お前の祖父に当たる者だ。この日を楽しみにしていたぞ。レン。勿論、カナタ嬢もな」

「はい。俺も、貴方達に会える日を楽しみにしていました」

「お久しぶりです。ご壮健で何よりですわ。エーギルさん」

「ああ」

 

従姉妹、叔父に続いて、今度は祖父との邂逅に蓮も表情を綻ばせてそう言う。

自分の親戚に会えることが嬉しくないわけがなかったのだから。そして、更に話を続けようとするエーギルに、アストレアはぱんぱんと手を打ち鳴らした。

 

「は〜〜い、エーギルさん、お話ししたい気持ちはわかるけど、それは後で。今は会談を進めましょう」

「む、確かにそうだ。すまない」

 

エーギルはアストレアに一言詫びるとダンダリオンと共に元の場所に戻った。シリウスも玉座にどかっと座り直した。

そうして、話の場を作ったアストレアは早速蓮に尋ねる。

 

「それじゃあ、蓮くん。早速なんだけど、今回の事件についての真相を話すのをお願いできますか?」

 

ヴァーミリオンの国政を指揮している実質的な指導者である王妃アストレアは蓮に早速会談を始めるように言う。

騎士団の者であるグラキエスとアルテリアに外に出るように言わないのは、彼らも会談に参加して良いと言うことなのだろう。

 

「わかりました。まず今回の事件ですが———」

 

そう判断した蓮は、早速話しはじめた。

 

今回の一件、そもそもがふざけた茶番であること。この記事は殆どが捏造でありもしないでっち上げであること。黒鉄家が本格的に一輝を追放しようと今回の件を企てたこと。

今回の騒動の背景を、蓮がわかる範囲で自身の推測も交えて全て説明していき、同時に今まで盗聴した査問会の記録音声を聞かせ、全てを伝えた瞬間、

 

「ッッ———‼︎」

 

皇宮内に物が砕ける音が響く。

音の発生源はシリウス。シリウスが怒りのままに手すりを殴りつけ砕いた音だった。

 

「なんじゃ、そのふざけた話はぁッッ‼︎‼︎」

 

シリウスはその強面を怒りを滲ませ、その巨体から陽炎が僅かに立ち上っていたのだ。

彼は激怒していた。

今回の事件の背景が自分達では理解できない下らない私情の上に成り立っていることや、実の家族にそこまでするのかということ。それに加えて、査問会の記録音声が彼をそこまで激怒させた。

そして、これにはシリウスだけでなくこの場にいる全員が呆れや怒りなどの表情を浮かべていた。

 

「………呆れたものですね。まさか、ここまで腐っているとは」

「査問会という名のただの異端審問だな、これは。しかしまぁ、聞けば聞くほど反吐が出る内容しかないな」

「とんだ茶番としか言いようがありませんな」

 

ダンダリオンとエーギル、グラキエスは呆れ果てて溜息をついた。

それだけ査問会の様子はふざけたものだったのだ。

蓮の《蒼水晶》によって録音された音声。しかも、査問会の様子だけ全体が見えるように録画していたのだ。

そうして始まった査問会。

殆ど照明が灯されていない暗く淀んだ室内では、一輝が部屋の中心で立つことを強要され、彼をコの字に取り囲むように長机が並べられており、赤座を始めとしたスーツ姿の紳士達『赤服』つまり『倫理委員会』の人間達が計5人座っている。

 

そうして、事実確認から聴取が始まったのだが、委員会の者達は一輝の主張は悉く聞き入れずに自分勝手な軽蔑の言葉を好きに並べているだけ。

しかも、ステラと一輝の交際を子供のお遊び程度にしか見ておらず、勝手な理屈で国際問題になりかねない不純異性交遊を行なっているというのだ。それに対し、一輝が反論しても屁理屈な態度が悪いと言って、心証が悪いと判断されている。

彼らは一輝の成人としての責任能力を問いながら、一輝にあるべき成人としての法的権利は一切認めない。自分達に取って都合のいいシーンだけ、一輝を成人として扱っているのだ。

そもそもの前提として、一輝もステラも既に元服を迎えている成人だ。結婚する権利もあるというのに。

 

この彼らの様子を見てシリウス達は確信したのだ。

これは、彼の騎士としての資質を精査する場ではなく、『黒鉄一輝には騎士としての資質がない』という結論を、より確固たるものにするための材料を集めるための糾弾する場に過ぎないのだと。

 

「で、でも、この話はおかしいです。どうして、お二人の関係から彼の騎士としての資質を問う流れになるのですか?そもそも、当人同士での話し合いもなしに、外野が騒ぎ立てるのが異常だと思いますが…」

 

アルテリアはそう口を開き全員に問う。

確かに、彼女の疑問は正しい。

これは所詮は、一国の姫に留学先で恋人が出来たという、スキャンダルではあるものの悪い話題ではないはず。

それに二人とも、成人済みであるため二人の恋愛や結婚は法のもとに許されているのだ。

この二人の気持ちが決まっている以上、そこにシリウスが愛娘に恋人ができたとして不快感を示しても、それは話し合いの場を設けることで解決する話。

だというのに、それがなされないうちに、外野が間違ってるだの不祥事だのと叫び、全ての紙面が足並みを揃えて一輝の騎士としての素質に疑問を投げかけるのは明らかに異常なのだ。

そんな、疑問に蓮は答える。

 

「簡単なことです。この騒動に恣意的な思惑を絡め、黒鉄一輝を追放しようと考えている者達がいるからです」

「つまり、それが黒鉄家というわけか」

「はい」

 

ルナアイズの気づきに蓮は頷く。

黒鉄家はこの騒動を利用することで、一輝を追放しようとしているのだ。

 

「皆様もご存知の通り、魔導騎士の資格剥奪は連盟本部にしか出来ません。支部長もその権利は有していません。

だからこそ、連盟本部に提出する『除名申請』の後押しとするために、この騒動を利用し彼を締め上げることで、彼自身の口から自分が間違った行動を取ったという言質を取るということです。

全ては、黒鉄本家の意に沿わない、一族の落ちこぼれを追い出すために」

「落ちこぼれ?どういうことじゃ?」

 

カナタの言葉にシリウスが反応して片眉を吊り上げながら、そう尋ねる。それには蓮が答えた。

 

「彼は唯一のFランクです。誰よりも伐刀者の才能がない。名家故の下らないメンツで、そんなFランクという無能を出したら家名に傷がつくと考えているんでしょう。彼の父であり、黒鉄家当主でもある黒鉄厳氏は彼を魔導騎士にさせない為に幼い頃から様々なことをしてきました。

去年も当時の理事長に命じて実戦強化を受けるための最低基準というありもしない規定を作らせて、授業を受けさせずに留年させました」

「そんなことが、あったのか」

「はい。しかし、その後は幸いにも理事長が母・新宮寺黒乃に変わったおかげで、黒鉄家からの干渉も防ぎ、選抜戦などが設けられ彼にも活躍の場は与えられています。

彼はその選抜戦で己の強さを示し、七星剣武祭選抜選手の候補にも数えられているぐらいです。しかし、それは当然黒鉄家からすればいい話ではありません。だから……」

「今度こそ追放する為に、ステラちゃんとのスキャンダルを利用したということなのね」

「その通りです」

「そう……」

 

妃としての威厳を隠さない口調でそう呟いたアストレアは蓮の肯定にしばらく押し黙る。

他の者達もあんまりな話に何も言えずに沈黙していた。そんな時だ、ルナアイズが尋ねた。

 

「レン。なぜ、マスコミは足並みを揃えてあんな記事を容認したんだ?自分達の方が国際問題を引き起こしているのは、馬鹿でも分かるはずだろう?」

 

確かにその通りだ。

このスキャンダルはそこまで騒ぎ立てるものでもないし、わざわざ一輝の騎士としての資質を問うものでもない。

それに、たかだかマスコミ風情が一国の姫の判断を差し置き、二人の付き合いを『不祥事』扱いする方よほど失礼だ。彼らの方が国際問題を引き起こしていると言える。

しかし、これにも当然理由があったのだ。

とても胸糞悪い理由が。

 

「ええ、それも調査済みです。調べたところ、マスコミは『倫理委員会』の方から強い圧力があったようです」

「圧力だと?」

 

ルナアイズの疑問に蓮は頷き貴徳原や総理のツテを使い得た情報を口にした。

 

「はい。『ヴァーミリオン皇国皇女のスキャンダル』を不祥事として報道して、マイナスイメージを作るようにと。もしも、拒否すれば『KOK』を初めとする公式の騎士興行の速報掲載権限を取り上げると脅したそうです」

「なっ……」

「なんじゃと⁉︎」

 

齎された驚愕の事実にルナアイズは絶句し、シリウスは思わず前のめりになる。

そう。ここまでマスコミが足並みを揃えた理由は、倫理委員会よりそういう脅しがあったからだ。

 

「『KOK』は連盟が大元締めだからそういう脅し方もできるというわけね」

「まさしく、首元に刃を突きつけられたと同じ。従う他なかったということでしょう」

 

アストレアとダンダリオンはそう言う。

この世界で一番巨大なエンターテイメントの速報が掲載できない、というのは情報誌の売り上げにおいてはショック死すら起こしかねないほどの大打撃だ。

死刑宣告にも等しいだろう。

マスコミは反論することもできずに、この決定に従う他なかったのだ。そして、この事実は黒鉄厳が本気で一輝の騎士資格を奪いにきているという何よりの証左だ。

 

「信じられん。なぜじゃ、なぜそこまでして自分の息子を追放しようとするんじゃ?たかだか一学生じゃろうが、それに、息子が活躍するのを見てなぜ、よく思わんのじゃ?」

 

シリウスが怒りに拳を震わせながら、そんな疑問を溢す。前にステラが蓮にこぼした疑問と同じだったことに、蓮は小さく笑みを浮かべるとすぐにその表情を冷たいソレへと変える。

 

「分かりません。正直、彼がなぜあそこまで息子を毛嫌いするのかは皆目見当がつきません。ですが、今までの状況から考えてみても、何をしてもおかしくないでしょう。過激で直接的な手段も厭わないかもしれません」

「「「…………」」」

 

蓮の神妙な言葉に全員が黙り込む。

『倫理委員会』の査問は日の光も届かない地下深くで行われる。そこはいわば黒鉄家の膝下であり、黒鉄の血統に取っての聖域。

周囲には黒鉄家の人間しかおらず、味方は一人もいない。そんな孤立無援な状況下で一輝がまともな扱いを受けられるはずがない。

現に、

 

「………黒鉄一輝はすでに薬物を盛られています。しかも、身体と心の調子を壊すというタチの悪いものが。彼に毎回支給されている食事に細工されていたようです」

「はぁっ⁉︎」

「それは、本当なの?」

 

更なる衝撃的事実にシリウスは目を丸くし、アストレアは驚きながらもそう尋ねる。

それに蓮は《蒼水晶》で一輝の体内をリアルタイムで診察しながら頷く。

 

「ええ、間違いありません。まだ、彼自身の心が折れていないからそこまで悪影響は出ていませんが、もしも彼の心が大きく崩れるようなことがあれば一気に……」

 

蓮は己の診察で一輝の体内には薬物の反応があることを把握した。しかも、それは蓮の言った通り身体と心を壊すという相当タチの悪い代物。

独立魔戦大隊で自分への耐薬物実験も兼ねて打ち込んで覚えた薬の成分を照らし合わせると憲兵時代の自白剤と一致したのだ。

しかし、現段階ではその効果があまり表面化していないのが幸いだ。彼の心が強くまだ折れていないからこそであり、彼自身も少し体調が悪い程度にしか思っていないだろう。

だが、もしも一度でも彼の心が崩れてしまうようなことがあれば……一気にその効果は表れてしまうだろう。

 

「正直、あの査問以外で彼の心を折る手段があるのかは分かりかねますが、それでもこれははっきり言って時間との勝負です。

助け出すのが遅ければ遅いほど、彼は心身ともに痛めつけられ、取り返しのつかないことになります。ですから」

 

蓮はそういうと身を低くして頭を深々と下げる。カナタもそれに倣い同様に頭を深々と下げた。頭を下げた蓮はシリウスに懇願する。

 

「お願いしますっ。シリウス陛下。黒鉄一輝を助ける為に、貴方のお力を貸してくださいっ。

この一件、糾弾すべきは倫理委員会を初めとした黒鉄家の者達であり、どうあっても黒鉄一輝ではないっ。

愛娘に恋人ができたことに思うところがあっても、今はどうか彼を助けるために力を貸してほしいっ。

ステラ殿下のためにも、どうか、お力添えをお願いしますっ」

 

蓮の懇願に無言の沈黙が続く。

そんな中、アストレアを初めとした面々は揃って玉座で神妙な顔を浮かべるシリウスへと無言の視線を向けた。

 

「…………」

 

シリウスがそのいくつもの無言の視線の圧に冷や汗を浮かべつつチラチラと周囲に視線を送った後、やがて耐えかねたかのようにため息を吐く。

 

「…………まぁ何も知らんならまだしも、こんなことを知ってしまってはのぉ。とてもじゃないが断れんのぉ」

「ではっ」

 

顔を上げた蓮にシリウスはゆっくりと頷いた。

それは、蓮が期待していた反応であり、シリウスは続ける。

 

「ああ、お前達の熱意に免じて協力してやるわい。愛娘を下らん悪巧みに利用されたんじゃ、ワシも一言言ってやりたいからのぉ」

「っっありがとうございますっ、陛下っ」

「本当に、ありがとうございます」

 

見事、会談の末にシリウスの協力を得ることができた蓮とカナタは揃って表情を明るくさせてシリウスに頭を下げた。

それにシリウスは「構わん構わん」と手を振りながら返すと、蓮に尋ねた。

 

「協力することは構わんが、その前に一つ聞かせてくれんか?」

「?はい、なんでしょうか?」

 

シリウスはこの会談の途中から気になっていたことを、思い切って尋ねた。

 

「何故、そこまでしてあの小僧を助けたいんじゃ?」

「…………」

 

その質問に、カナタ以外の全員の視線が蓮に集中する。それは、全員が気になっていたからだ。そして、蓮は姿勢を正して小さく笑うと静かに応えた。

 

「………勿論、彼が友人だからというのもあります。……ただ、それ以上に俺は二人の姿が、両親と重なって見えたんです」

「ヤマトとサフィアに、じゃと?」

「はい。あの二人のお互いを愛し、高め合う姿勢は、彼らの『愛』の形は、違うところがあれど俺の記憶の中にある両親とよく似ていました」

 

蓮は昔を懐かしむように目を細めると、自分の手を見つめる。

 

「彼らの在り方はとても輝かしくて、眩しくて尊いものに見えました。きっと、彼らが紡ぐ未来は俺の予想を遥かに超える素晴らしいものになるはずに違いない。だから、俺はその未来を見てみたいと思ったんです」

 

かつて山小屋で一輝とステラを前にして抱いた想いを蓮は言葉にして紡いでいく。

誰もが黙って聞く中、蓮は顔を上げてシリウスを真っ直ぐに見た。

 

「何より、俺の両親が築き上げた友好をあんなつまらない下卑た思惑で穢されるのが耐えられないんです。二人が残したものを俺が、守りたい。

そういった理由で、俺は今回の件動きました」

「…………そうか、そうじゃったのか。分かった。ならば、ワシも協力は惜しまん。国王として最大限の協力をしよう」

「ありがとうございます。陛下」

 

そう言って再び頭を軽く下げた蓮にシリウスは玉座から立ち上がると蓮に近寄り、酷く優しげな表情を浮かべると蓮の頭に手を乗せ、髪をわしゃわしゃと乱暴とも言える手つきで撫でる。

 

「今の姿をヤマトとサフィアにも見せたかったのぅ。こんなに立派に育った姿、あの二人が見たら号泣するに決まっとる。そう思わんか?」

 

表情を綻ばせながらそう言うシリウスにその場にいた全員が頷いた。

 

「ええ、そうですね。きっと、あの二人なら立派になったと喜ぶに違いないわ」

「違いないな。俺でもそう思うんだ。あの二人がそう思うのは当然のことだ」

「ホホホ、えぇえぇ確かに。私もです。ここまで大きくなったと思えば、こんなにも立派になったんですから」

「きっとヤマトは男泣きして、サフィアなら思いっきり抱きしめてあげたりしてたかもしれませんな」

 

ルナアイズとアルテリアを除き、サフィアとヤマトと長い関わりのあった者達が目の端に涙を浮かべたり、嬉しそうな表情を浮かべながら口々にそう言った。

そして、二人との関わりは少なくとも、アルテリアとルナアイズも同様のことを思ったのだろう。ルナアイズは満足げに頷き、アルテリアは目の端に浮かんだ涙を拭っていた。

シリウスは頭を撫でるのをやめると蓮の両肩に両手を置いてポンポンと優しく叩いた。

 

「レンよ、わざわざ伝えに来てくれたこと礼を言う。もしも、伝えに来てくれんかったら、ワシらはあのアホ共に好きなように動かされていたじゃろうな」

「……ええ、そうなる可能性は十分にあり得ます」

「そうじゃな。そんで、そうならん為にお前達が動いてくれたんじゃ。本当に感謝しかないわい」

 

シリウスは蓮から手を離すと、背を向けながら続けた。

 

「色々とこの後の対策も話す必要があるじゃろうが、今日はとにかくこれで終わりじゃ」

「え?」

「今日はもう会談は終わりっちゅうことじゃ。

色々と知りたいことも知れたしのぉ。明日、対策会議をすればえぇ。

二人も飛行機の移動とかで疲れとるじゃろう。今日はこれで終わりじゃから、先に観光なり休んだり好きにするとえぇ」

 

シリウスはそうぶっきらぼうに言って玉座にどかっと座り直した。てっきり、このまま対策についての話し合いもすると思っていた二人は、少し戸惑う。

そんな二人にアストレアは近づいていった。

 

「お二人ともお疲れ様。今日は二人も疲れてるだろうから、これで終わり。あとは好きにしてていいわよぉ。なんなら、このままルナちゃん達と一緒に観光に行くのはどうかしらぁ?」

「えと、本当にいいんですか?対策についても早めに話した方いいと思いますが……」

「いいのいいの。もう私達も真実を知れたから、あっちのいいようには動かされないわ。それに、パパもまた不貞腐れ始めてるから」

 

そう言って「ほらぁ」と二人に耳打ちしながらシリウスの方に視線を送る。見れば、シリウスは頬杖をつきながら何か不機嫌そうにぶつぶつと呟いていた。

耳をすませて聞いてみると、

 

「レンの頼みやから助けちゃるが、……ぐぬぬっっ‼︎あんの小僧っ、ワシの断りもなく、ステラとキスなんぞしよって、ワシゃぁしようとする度に殴られとるんじゃぞっ‼︎おのれ、あのクソガキガァっ‼︎会ったらいてこましたるわぁ———‼︎‼︎」

 

全身から炎を滾らせながら一輝への怨嗟を呟き続け、しまいには吼えたのだ。

大事で仕方がない愛娘のキスシーンが記事に載っていたからだろうか。

ぶつぶつと愛娘を奪おうとしている彼氏に恨みが大量に篭った怨嗟を呟き続けていたのだ。

その様子を、その場にいる蓮とカナタを除く全員が心なしか呆れた視線を向けている。

最も男性陣は気持ちは分からんでもないと呆れ笑いを浮かべていたが。

 

その様子を見て、確かにこれ以上ここにはいるべきではないだろうと判断した蓮達は、アストレア達大人組にシリウスを宥めるのを任せてルナアイズの先導の下、さっさと部屋を出ていった。

 

こうして蓮達は締まらない最後になったものの見事シリウスの協力を取り付けることに成功したのだった。

 

 





監獄の襲撃事件から始まり、大和と死闘を繰り広げた《魔人》の脱走。
それから、ヴァーミリオン皇国で蓮は従姉妹、叔父、祖父と次々と親戚に出会いましたね。

後、自分としてはインディゴ家の立ち位置として元々子爵家でその後、公爵に格上げされて騎士団の全権を握ると言うふうにしたのですが、インディゴ家はあの歴史に違和感なく溶け込めてたでしょうか?
西洋の爵位があまりよく分からなくて、あんなのでいいのかな?と
思いながら書きました。……まぁ多分大丈夫だよね。

と言うわけで、また次回お会い致しましょう‼︎さよなら‼︎
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