優等騎士の英雄譚   作:桐谷 アキト

36 / 41

お待たせしましたァァ!!


35話 墓参り

 

 

 

 

お父さんとお母さんが死んだ。

 

 

俺の目の前で殺された。

 

 

何も、できなかった。守ることも、共に戦うことも、何一つ出来なかった。ただ守られるだけだった。

 

悲しかった。辛かった。苦しかった。

二人を失った俺はこれからどう生きていけばいいのか、どう強くなればいいのか何一つ分からなかった。

もっと、剣や槍を教えて欲しかった。もっと、魔術を見たかった。………もっと、二人に愛されていたかった。

 

そして、あの日から俺の心には昏い炎が生まれた。

それは瞋恚の炎。二人を殺した敵が憎くて憎くて、何がなんでも俺自身の手で殺したくてしょうがなかった。

奴の首を二人の墓の前に持って行きたいほどに俺は奴を憎んだ。

 

だから強くなるために己を鍛え続けた。

もっと、もっと強くなれば、誰よりも強くなれば、きっと奴も俺を殺しに来るかもしれないと思ったから。

奴が無視できないほどに強くなって、俺の前に引き摺り出したかったのだ。

 

瞋恚の炎は俺を絶え間なく焼き続けていて、同時に俺の憎悪の薪にもなりえていた。それは決して尽きることはなく、どこまでも俺を動かし続けた。

なんて醜いことだろうか、なんて悍ましいことだろうか。

強さを求めて自分を鍛え続ける姿は、どこか狂気にも取り憑かれているように見えて自分でも嫌悪感を抱くほどだった。

だが、そのあり方を変えはせずに、果てには人ならざるもの、《魔人》になってしまっていた。

 

憎悪と憤怒の果てに堕ちてしまった魔性の怪物《魔人》。それと同時に覚醒した己の真の力『龍神』。

それらが、更に俺を戦いの世界に引き摺り込んだ。もう、どうやって止まるのかも分からずに、ただひたすらに剣を振るって強くなり続ける他なかった。

 

 

斬って、砕いて、壊して、潰して、刻んで、千切って、喰らって、焼いて、凍らして、殺し続けた。

 

 

戦って、傷ついて、治して、戦って、傷ついて、治して、戦って、戦って、戦って、戦い続けて…………

 

 

そうして、ある日ふと振り返った時、俺は、俺が今まで歩んだ軌跡は血と死体で出来上がっていたことに気づいた。

夥しいほどの死体が積み上がり、無数に山を作り、俺が殺した者達の血が池となり、海となった。俺の身体には決して落ちぬ血がこびりつき、罪の烙印が刻まれた。

 

やがて、理解してしまった。

俺は———『英雄』にはなれないのだと。

あの二人のような輝かしい英雄には決してなれないことに。

俺は、誇り高き『英雄』ではなく、醜い『怪物』だ。

 

この身は罪を背負いすぎた。

 

数多の命を喰らい、数多の血を浴び続けた。

 

とうに人ではなく、怪物となっていた。

 

俺だけの『英雄』達を奪われ、復讐に取り憑かれて2人の愛と想いに反き『怪物』へと成り下がった。

 

なんともつまらなく、滑稽な話だろうか。

かつては、英雄である両親に憧れ彼らのような英雄になりたいと願っていたはずなのに、気づけばそれとは対極にある怪物に成り果ててしまったのだから。

 

 

 

たとえ、それでも、

 

 

 

 

……………そんな怪物でも貴方達は俺を愛してくれますか?

 

 

 

 

それに答えてくれる人はもういないのに、俺はいつまでもそんな問いかけを繰り返していた。

 

 

 

いつか答えを返してくれるという叶うはずのない願望を俺はずっと抱き続けている。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

「さて、話し合いも一段階目は済んだことだし、早速観光と行こうか。レンどこに行きたい?」

 

シリウスを他の大人達が宥めている間に、ルナアイズの先導の下さっさと皇宮からでて城下町に繰り出した後、蓮はルナアイズにそう尋ねられた。

蓮は暫し考えると、自分がまず行きたい場所を彼女に伝えた。

 

「すみません。観光の前に花屋に行ってもいいですか?」

「花屋か?別に構わんが何故だ?」

 

ルナアイズの疑問に蓮は笑みを浮かべると静かに答える。

 

「……最初に墓参りに行きたいんです」

 

蓮は観光もしたいがそれよりも先に、両親の墓参りに行きたかった。自分がこの国にまたきたことを先に伝えたかったのだ。

その意図を理解したルナアイズは微笑み、彼の頼みを了承する。

 

「分かった。だが、ちょうど昼時だ。先に昼食にしよう。それで構わないな?レン」

「ええもちろん」

 

時間を見れば12時過ぎだ。

9時ほどにヴァーミリオン皇国についてその後、会談でだいぶ時間を使ったからだろう。遅めのモーニングを食べたとはいえ、蓮達は腹の虫がなる頃合いでもあった。だから蓮は快く頷いた。

 

「予約は私がしておきますよ」

「ああ、任せた。それじゃあ早速行こうか、レン」

「はい」

 

蓮は頷くとルナアイズとアルテリアについていった。

 

「……ふふ」

 

そして、そんな蓮の姿をカナタは満面の笑みで微笑みながら彼らの後を追いかける。

それから、アルテリアが予約した高級レストランで彼らは腹を満たして、件の花屋へと向かった。

 

「ここだ」

 

昼食を済ませてしばらく城下町を歩きルナアイズが止まったのは城下町の大通り沿いにある一軒の店の前だ。その店は、そこそこな大きさを誇っていて、店頭にも値札が置かれた色とりどりの花や観葉植物が置かれており、店の看板には綺麗な花の装飾が施された枠の中に『Flora』と書かれていた。

 

「このフラワーショップ『Flora』は我が国で一番の花屋だ。郊外だけでなく海外にもいくつか支店を持っており、切り花の輸出は主にこの店が担っているんだ」

「『Flora』。確か、日本の百貨店にも店を出していましたね」

「ええ。私もこの国に来たら必ずここで花を買うほどお世話になっていますわね」

 

フラワーショップ『Flora』は日本でも有名だ。

蓮も黒乃に荷物持ちに百貨店に連れられた時に、見かけたことがあるし、品質や保存状態も高いレベルだったのを覚えている。カナタもこの国に墓参りに訪れれば必ずと言っていいほど、ここで花束を購入しているらしい。

早速、中に入る。中も色とりどりの花で溢れていて、カラフルなエプロンをつけたスタッフ達が店の中を忙しなく動き回っていた。

スタッフ全員がルナアイズ達の来店に気付き、爽やかな笑顔を向けてくる。

 

「いらっしゃいませ!あら、ルナ様‼︎今日はどうなされたんですか?」

 

そのうちの一人、妙齢の女性がルナアイズの名を呼びながら近づく。

 

「見ての通り買い物だ。彼が花を欲しくてな、色々とアドバイスをしてほしい」

「彼と言うと、そちらの方でしょうか?」

「そうだ」

 

女性スタッフが蓮の姿に気付き、彼に近づき軽く頭を下げる。

 

「いらっしゃいませ!本日はどのような花をお探しですか?」

「墓参りに持っていく花を探しているんですが、どう言うのがいいですか?」

「墓参りですか。それでしたら、こちらなんて如何でしょうか?」

 

そして、スタッフは蓮をコーナーの一角へと連れて行って様々な説明をしていく。それを蓮は一つずつしっかり聞いては、真剣に持っていく花を検討していた。

その様子を見ながら、アルテリアは徐にカナタに尋ねる。

 

「そういえば、カナタさん」

「なんでしょうか?」

「どうして先程レンくんが墓参りに行きたいって言った時嬉しそうだったんですか?」

 

アルテリアの問いかけにカナタはクスクスと笑うと花を真剣に選んでる蓮を見ながら答える。

 

「実は彼、最初は墓参りに行くつもりはなかったんです」

「え?」

「なに?」

 

アルテリアとルナアイズは揃って目を丸くし、疑問の声を上げる。カナタは蓮の方を見たまま話を続ける。

 

「この12年。彼には様々な困難がありました。それらの経験を経た後、彼はもう昔のようにいられなくなってしまって、ずっと罪悪感があったんです」

「罪悪感?」

「はい。詳しくはお話できませんが、彼は今の自分の在り方を誇れていません。今の自分の姿はあのお二人に顔向けできないと考えているんです。ですから、墓参りに行くことを恐れていました」

「だったら、なぜ自分から墓参りに行くなんて言い出せたんだ?」

 

ルナアイズの疑問ももっともだ。墓参りに行くのを恐れているものがどうして自分から墓参りに行きたいと言うのだろうか。

一体、何があってそう心変わりしたのか気になったのだ。カナタは彼女の疑問に笑うと、わざとらしく言った。

 

「分かりません。でも、彼なりに過去に向き合おうとしているのが私は嬉しいんです」

「………そう、だったんですね」

「彼なりに前に進もうとしているわけか」

「そうなりますね」

 

今回の一件は彼が前を向いて進む為の第一歩でもあるのだ。

それからしばらく、時折カナタやスタッフらの助言も受けながら数種類の白い花を選んだ蓮はスタッフ達にお礼を言って二人の墓がある場所に向かった。

しばらく歩き、皇都の郊外に出て花畑の間に作られた石畳の道を歩いていくとやがて一つの丘に辿り着く。蓮はその丘を見上げながら呟いた。

 

「あれが、そうか……」

 

大和とサフィアが墓に指定した場所。それは『ヴァーミリオン皇国が一望できる高い場所』だ。そうして選ばれた場所があの丘だ。特に名前はないらしいが、黒乃曰くサフィアのお気に入りの場所でもあったらしい。

だから、あそこに二人の墓を建てたのだろう。彼女のお気に入りの場所から皇都を一望できるようにと。

 

「………」

 

着実にその時が近づいていることに蓮は人知れず緊張して無意識のうちに花束を握る手に力が入っていた。クシャと包み紙が僅かに潰れる。

腹は括っていたはずなのに、やはり目前にすると少し足が重く感じる。そんな時だ。

 

「………っ」

 

ふと自分の手に誰かの手が添えられる。

見れば、カナタが歩きながら心配そうにこちらを見上げており震える手に自分の手を重ねてくれていたのだ。

カナタは言葉にせずとも向けてくる視線で自分のことを案じてくれているのがわかった。

だから蓮はカナタに小さく微笑むと、視線で大丈夫だと応える。カナタは微笑むを返すと手を離して前を向いた。

 

(……今ので、解れたな)

 

蓮は先ほどまで緊張していたはずなのに、今は少し緊張が和らいだように感じた。

そんな事をしているうちに蓮達は遂に麓まで辿り着いた。

 

「この上に彼らの墓がある」

 

そう言ってルナアイズは麓の階段の手前で止まった。彼女はどこか気遣うような表情を浮かべると蓮に尋ねる。

 

「どうする?一人で行くか?」

 

彼の心情を察してのことだろう。そんな気遣いに蓮はくすりと小さく笑う。

 

「いえ、一人で行きます。気遣いありがとうございます」

「そうか。なら、私達は此処で待っている。気が済むまで話してこい」

「はい」

 

蓮は頷くと、一人花束を持って階段を登っていく。木で作られた階段は一歩上がっていくたびにザッザッと音を響かせている。

花畑の中にある階段を登り切ると、頂に辿り着く。頂は大きくひらけており、周囲の景色が大きく見渡せる見晴らしの良い場所になっている。中心には大きな桜の木が生えており、その根元、蓮の目の前にソレはあった。

 

「…………」

 

白い岩石を削って作られた大きな石碑。

台座には色とりどりの献花が置かれており、白い石碑を華やかに彩っている。それが意味するのは、死後12年が経っても人々から慕われていると言う事だ。

石碑には桜と青い薔薇、それに加えて花に囲まれるように槍と刀が交差した紋章のようなものが刻まれている。

彼らを象徴する花と霊装の形だ。

そして、交差する霊装の下にはある文章が刻まれている。

 

『ヤマト・サクラギ サフィア・I・サクラギ』

 

『私達の愛する家族にして、私達の最高の英雄達』

 

『穏やかな我らが故郷の地でどうか安らかに眠ってほしい』

 

と。そう記されていた。

此処こそ、桜木大和と桜木・I・サフィアの墓だ。

12年の時を経て、蓮は漸くこの場に立ったのだ。蓮は墓石を見て堪えるようにぐっと口を噤むと、墓石に近づき花束を置く。そして、少し離れると震える声で言った。

 

 

「…………久しぶり、来たよ。親父、お袋」

 

 

蓮はそう言うと悲痛な表情を浮かべたまま再び口を閉じる。

沈黙が数秒。あるいは数十秒経った時、蓮は静かに口を開く。

 

「俺さ、17になったよ。もうあの日から、12年経った」

 

訥々と静かに、そして悲しみを堪えるかのような声で蓮は言葉を紡いでいく。

 

「12年だよ。時間の流れはあっという間だな。自分でも驚いてるよ」

 

12年という長いがあっという間の年月が過ぎた事に驚いて蓮はわざとらしく肩をすくめる。

 

「9歳の時にリトルで一位を取った。最年少記録らしくてさ、今もまだ記録は更新されていないらしんだ。……俺は破軍学園に入学して、一年の時には《七星剣王》を取ったよ。……親父達と同じ黄金世代に並ぶ逸材だって賞賛されていた。……今年も、《七星剣王》を目指すつもりだよ………」

 

僅かに震える声で口早に告げられていくそれは、まるで子供が必死に親に褒めてもらおうと色んなことを話しているようだった。

 

「……あぁそうそう、破軍学園は今年から理事長が変わって母さんに変わったんだ。……母さんは新聞にも載るぐらいの、大改革を行ったんだ。……批判もあったけど、賛成意見もあって俺は賛成派でさすごい改革をしたと思ってるよ……寧音さんも非常勤講師になってさ、生徒達に色々教えてるんだ。……まぁ、たまにサボったり、生徒にちょっかいかけたり、悪い部分はまだまだあるけど、それが寧音さんらしい」

 

自分だけでなく、両親にとって数少ない友人達のことも話していった。思い出しながら、時折面白そうに笑いながら話していく。その後も今までにあったことを面白おかしく話していった。

 

「……でさ、そのレオが面白くてさ、課題やるときも騒いでるせいでマリカに脛蹴られて悶絶して、マリカと言い争いになったんだ。

俺達は、それを笑って見てるんだ………」

 

楽しそうに話していた蓮は、ふと口を閉じて表情を暗くさせる。しばらくまた沈黙の時間が続いた後、蓮は暗い表情を影がさす儚げなものへと変えて、遂にそれを言った。

 

 

 

「………………俺は貴方達と同じ、《魔人》になった」

 

 

 

その言葉が紡がれた直後、心なしかあたりの空気が一気に暗くなったように蓮は感じた。

 

「………『龍神』の力にも目覚めた。《魔人》に至ったのと同時に、俺はその力にも目覚めたんだ。二人は知っていたんだろ?母さんから聞いたけど、もう少し時間をかけて目覚めさせるつもりだった、って言ってたんだってな」

 

周囲には花畑が広がり優しい風が花や頬を撫でて心地よいというのに、蓮にはこの場所にいるのが酷く息苦しく感じられた。

蓮は一度口を閉じて、長い間沈黙するとやがて絞り出すように声を出した。

 

「………なぁ、二人は今の俺のことどう思った?」

 

蓮は思い切ってそう尋ねる。しかし、目の前にあるのは石碑のみで、二人はいないので当然答えられるはずがない。

だから、蓮はそのまま言葉を重ねた。

 

「《魔人》に覚醒した直後《龍神》の力にも目覚めて暴走した。《覚醒超過》を使って、人の姿を捨てた後逃げ惑う一般市民ごと敵を殺した。その後も、沢山の人を殺した。《解放軍》の人間や、テロ組織の人間、あるいは敵国の人間も。敵は悉く殺してきた。連盟や世間は多くの敵対組織を潰したり、テロを解決したりと英雄視する声もあるけど、俺はそうは思えないんだ。だって、理由は何にせよ俺は多くの命を奪っていることには変わらないんだから、立場がそれを許してるだけだ。

俺自身ももう人を殺すことに躊躇いを感じなくなった。息をするように人の命を奪えるようになった。きっと俺は、多くの組織から恨まれてるんだろうな。家族を奪ったと憎んでいるかも知れない。俺も所詮はあの女と同じで、誰かの大切を奪ったんだ。

怒るだろうな。呆れるだろうな。こんな奴が貴方達の息子だなんて、恥晒しも良いところだよ。本当に、ごめんな。ダメな息子で」

 

蓮はそう言い切ると石碑に右手を伸ばして指先で軽く触れると、悲痛に満ちた儚い笑みを浮かべて指を離し大きく石碑から距離をとった。

 

「でも、そう思われていても、やっぱり諦めることはできない。俺は、どうしても復讐を止めることはできない。だって、俺が《魔人》になったのは、二人を殺した敵を殺したいからなんだ。

きっと、貴方達はこんなこと望んでいないんだろう。生きていてくれれば、いいんだろうな。

でも、俺はどうしても耐えられない」

 

蓮は視線を落とすと、自分の右手を見ながら強く拳を握りしめると殺気すら感じるほどの低く冷たい声で己の覚悟を告げる。

 

「これは遺された者の意志だ。

愛を、夢を、誇りを、目標を、俺の全てを奪った。だから、俺は奴を必ず殺す。何があっても俺は必ず復讐を果たす。

これは俺のエゴで、俺だけの復讐だ。誰にも邪魔はさせない。たとえ、それが貴方達であってもだ。誰も巻き込ませない。俺一人で奴を必ず殺す」

 

冷酷な声音で蓮は己の覚悟を語っていく。それは二人に伝えるためでもあったし、同時に己の存在意義を再認識させて気を引き締めさせるための言葉でもあった。

 

復讐を果たそうとしている者に、その者の大切な人達はそんなことを望んでいないと言うことはある。

だが、あれは悪手だ。

なぜなら、それは遺した者の意志を押し付けているだけだ。だったら、大切な人たちを奪われた者、遺された者の意志はどうなる?

見つめ直して、前を向いて生きるのもいいだろう。だが、奪われた怒りで奪った者に復讐するのも遺された者の意志なのだ。第三者がそこに介入していいものではないし、ましてや他人の意志を自分なりに勝手に解釈してそういうのも筋違いにも程があるからだ。

だから、蓮は復讐をやめない。これは、奪われた者だけの想いなのだから。

蓮はそう言い切って拳を解いて腕を下ろすと、穏やかな笑みを浮かべ、

 

「そうすれば、きっと俺は()()()()()()()()()

 

最後にそう儚い言葉を言って、二人に背を向ける。

 

「俺はもう行くよ。次会うのは全てが終わった後だ。その時は酒を持ってくるから、ゆっくりと話そう」

 

そう言って蓮は足を前に踏み出して石碑から離れていく。そして、階段に差し掛かった時に蓮は小さく呟いた。

 

「だから、そこで見ててくれ」

 

そうして蓮は階段を降りて、麓で待ってるカナタ達の元へと戻っていった。

 

 

………しかし、この時蓮は気づいていなかった。彼の胸に下げられた桜のネックレスに嵌められた赤と青の2色の結晶が陽光に照らされて一瞬淡く輝いたのを。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

話を終えて丘の麓にまで降りてきた蓮を、待っていたカナタが出迎えて近づく。

 

「………おかえりなさい、蓮さん。お話はできましたか?」

「……ああ」

 

カナタの言葉に蓮は悲しくも嬉しい表情を浮かべた。その表情で蓮は話すべきことをちゃんと伝えられたのだと理解したカナタは微笑んで彼を優しく労った。

 

「お疲れ様です。よく頑張りました」

「……ああ」

 

その労いに蓮もまた彼女を見下ろしながら彼女と同じように笑みを浮かべる。そして、顔を上げると少し離れて様子を見ていたルナアイズ達に視線を送る」

 

「ルナアイズさん、アルテリアさんお待たせしました。早速、行きましょう」

「いいのか?もう少し、ゆっくりしていてもいいんだぞ?」

「そうですよ、レンくん。私達は待ちますよ?」

 

二人は心配そうにしながら優しく言った。

彼女達としては12年ぶりに両親の墓参りをしたのだから、もう少しここにいてもいいと言うことだろう。

そんな二人の気遣いに蓮は笑って応える。

 

「いいえ、伝えるべきことはもう伝えれましたから大丈夫ですよ。今はまだこれでいいんです」

 

そう言うと、それにと続ける。

 

「実はずっと楽しみだったんですよ。観光が」

 

正直なところ、蓮は早く観光をしたくてしょうがない。密かにスマホでヴァーミリオンの名所を事前にチェックしているぐらいには楽しみにしていたのだ。

 

「フッ、ハハハハッ。そうかそうか。なら、案内しよう」

 

ルナアイズは蓮の言葉に思わず吹き出して笑みを浮かべると、そう促して背中を向ける歩き出す。

 

それからはルナアイズとアルテリアがガイドという世界で一番豪華なヴァーミリオン観光が始まった。

 

花畑などのヴァーミリオンの有名な観光地や、伐刀者の養成学校、歴史ある建造物など、皇都にある有名どころや郊外にまで出向いてルナアイズとアルテリアがはりきってガイドを行い、蓮達も各地で写真を撮ったり、お土産を買ったりとしていった。

そうして回ること約4時間。

夕方頃、彼らは喫茶店に入って休憩していた。

 

「今日1日で随分と回りましたね」

 

アルテリアが紅茶を一口飲みカップに置くとそう言う。若干の疲れが見えたもの、弾んだ声から楽しんだことが窺える。

そして、彼女の言うとおり今日のこの数時間でかなりの数の場所を巡った。

 

「……ああ、全くだな。お前は本当に楽しみにしていたんだな。レン」

 

カップを手に持っているルナアイズが疲れを隠さずにジト目を蓮に向けてそう咎めるように言う。ジト目を向けられた本人は、軽食であるサンドイッチを一口頬張ると苦笑いを浮かべる。

 

「ははは、すみません。つい楽しんでしまいました」

「いいさ。我が国を楽しんでくれたのなら、案内した甲斐があると言うものだ」

 

ルナアイズは優しく言う。彼女も蓮に楽しんでもらえたのが何よりなのだ。そして、カップを皿に置いた後、徐に尋ねる。

 

「そういえばなんだが、お前達は宿はどうしたんだ?事前にホテルを予約しているのか?」

「ホテルはカナタに一任してますけど……どうなったんだ?」

 

カナタが出発前に宿の手配は任せてほしいと言っていたために、彼女に任せっきりになっていたが、ルナアイズに尋ねられ気になったレンはカナタにそう尋ねる。

カナタはクスリと微笑むと答える。

 

「ええもちろん、しっかりと予約はしておりますわ。実はこの後一度城に戻って荷物を置きに行こうと思っていたところでしたの」

「だそうです」

「ふむ。お前達さえ良ければ、城に泊まっても良かったんだが、まあ既に予約しているならソレでいいか。じゃあ、夕食はどうするのだ?」

「夕食はまだ決めていませんわね。どこかいいレストランを予約するつもりでしたわ」

「なら丁度いいな。夕食は蓮の来訪祝いを兼ねて城で小さなパーティーを開きたいと思うんだがどうだろうか?」

 

ここぞとばかりに提案してきたルナアイズに蓮は戸惑いの表情を浮かべた。

 

「パーティー、ですか?」

「うむ。君達と私達皇族とインディゴ家の者達でのささやかな歓迎パーティーをしたいと思うんだ。悪くない提案だと思うんだが、君達はどうしたい?」

 

ルナアイズの問いかけにカナタは満面の笑みを浮かべて了承する。

 

「私は構いませんわ。蓮さんはどうなさいますか?」

「………俺も大丈夫です。他のインディゴ家の方とも会いたいですし」

「決まりだな。なら、そう伝えておこう」

 

そう言ってルナアイズがスマホを取り出して連絡をしようとした時、蓮の胸ポケットにしまっていたスマホが着信音を鳴らした。

呼出人を見た蓮はすぐに立ち上がった。

 

「電話ですか?」

「ああ、母さんからだ。きっと会談の進捗とかだろうな。ちょっと外に行ってきます」

 

カナタにそう答えて、ルナアイズとアルテリアにそう伝えると足早に店を出る。

店を出て路地裏に移動した蓮は周りを確認してからようやく電話に出た。

 

「もしもし、母さん」

『蓮、今は大丈夫か?』

「ああ、路地裏に移動したから大丈夫だ。それで、どうしたんだ?」

『実はな、先ほど連盟から全ての所属国家に秘密裏に緊急連絡が来た』

「緊急連絡?」

『ああ、昨夜イギリスの離島にあるヘルドバン監獄が《魔人》の襲撃を受け壊滅的被害を被った』

「なっ」

 

蓮は目を見開いて明らかに動揺する。

ヘルドバン監獄。世界で最も警備が厳重な監獄であり、表向きには所在地は公開されていない幻の監獄。そこにはA、Bランククラスの凶悪な伐刀者犯罪者が数多く収容されており、最も危険な監獄としても知られている。

この場所を知っているのは、連盟本部の上層部とイギリス政府の首脳陣、そして連盟に所属している蓮達《魔人》達と黒乃のように《魔人》級の伐刀者のみだ。

警備も厳重であり、犯罪者の侵入や脱獄を許したことがなかったはず。それがまさか、襲撃を受けたと言う。しかも、それを成したのが《魔人》なのだから、驚愕を隠せないのも無理はない。

 

「……まさか、あのヘルドバンが襲撃を受けたのか。それで、被害状況はどうなったんだ?」

『最悪だ。襲撃してきた《魔人》の侵攻を食い止めることはできず、看守達は軒並み殺され、収容されていた囚人達も全員が姿を消した。僅かに生き残った看守達もほとんどが重傷で目覚めるかも怪しいほどだ』

「最悪、としか言いようがないな。本当に」

 

被害状況に蓮は思わず顔を顰める。

収容されていた囚人が消えたと言うことは、脱獄したと考えるべきだろう。だが、あそこに収容されているのはいずれも世界指名手配クラスの危険人物。一人紛れ込むだけで国家に悪影響を及ぼしかねないのだ。しかも、それが収容されていた全てだ。もはや、悪夢の再現といってもいいだろう。

 

『……だが、一番の問題はそれではない』

「まだあるのか?」

『ああ。肝心なのは、その襲撃時にヘルドバンの最下層《タルタロス》に収容されていた一人の《魔人》もその襲撃者の手引きによって脱獄したことだ』

「ッッ⁉︎⁉︎」

 

《魔人》の脱獄。

それは確かに、一番の問題だ。何せ、《魔人》とは力の方向性によっては一国の軍事力をも凌駕できるほどの存在なのだ。《魔人》が一人戦場にいるだけで、パワーバランスが容易く崩壊してしまうほどに常軌を逸した存在。そんな危険な存在が脱獄した。それはつまり、最悪世界のどこかで未曾有の『災厄』が引き起こされてもおかしくはないと言うことだ。

 

「………《魔人》まで、脱獄したのか。

それで、その《魔人》の名は?その情報を出したと言うことは、連盟に所属する全ての《魔人》は備えておけと言いたいんだろう?

だったら、その敵の詳細を教えてくれ」

 

恐らく連盟の所属国家に連絡が行き渡ったと言うことは、そこに所属する伐刀者達。その中でもとりわけ精鋭に備えておけということだ。

いついかなる時でもその《魔人》によるテロが発生しても迅速に対処できるように。

黒乃は蓮の言葉を肯定する。

 

『無論だ。脱獄した《魔人》の名はアリオス・ダウロス。《牛魔の怪物(ミノタウロス)》と呼ばれている男だ』

「っ!おい、ちょっと待て。そいつは確か……」

『ああ、18年前に大和がヴァーミリオン皇国で戦い倒した相手だ。その一件で捕まり、今までヘルドバンに収容されていた』

「親父が戦った敵か……」

 

蓮も話には聞いていた。

自分が生まれる前、大和達がまだ破軍学園の3年生だった頃、両親への挨拶も兼ねてヴァーミリオン皇国に向かった二人の元に彼は現れたらしい。

サフィアを皇都の防衛にあたらせて、たった一人でアリオスを相手した大和は数時間にも及ぶ激闘の果てにどうにか打ち倒したと聞いている。

 

「能力は確か……黒い雷を使うんだったか」

『ああ、記録ではそうなっている。そして、単純な強さで言えば大和とほぼ互角。つまり、世界最強クラスの怪物ということだ』

「厄介だな。そいつが一度暴れでもしたら……」

『生半可なものなら一瞬で殺される上、町程度ならば簡単に消滅するだろう。一言で言うなら、奴もまたお前や寧音同様『生きる災厄』だな。連盟内の《魔人》達でも奴と渡り合えるのはごく限られたものだけ、お前はそのうちの一人だ』

「……話は分かった。とにかく、俺も備えておく。今どこにいるかわからない以上、常に備えておいた方がいいな。気を付けておく」

『そうしてくれ。《白髭公》からもそう命令されている』

 

凶悪な《魔人》が脱獄し、行方が分かっていない以上は、今この瞬間にでも現れてきてもおかしくないはずだ。だからこそ、常に注意しといたほうがいいだろう。

そして、蓮は残った疑問を言った。

 

「それで、ヘルドバンを襲撃した《魔人》についての情報はあるか?」

『………いや、それが正体不明らしい。

看守達もどのブラックリストにも該当しない存在だと、通信で伝えていたようだ』

「正体が、分からない?母さん達でもわからないのか?」

『……ああ。私達も見覚えがない存在だ』

「……そうか」

 

蓮は首を傾げる。

《魔人》の詳細は連盟所属国家全てのデータベースで共有されており、現在存在している《魔人》についてはデータがあるはずだ。

だというのに、その正体が不明ということに疑問を覚えたのだ。

考えられる可能性としては、表舞台には出ずにずっと潜んでいたか、最近覚醒した者か。その二つだ。

ヘルドバン監獄を襲撃できるほどの強者ならば、まず後者はあり得ないだろう。だったら、自然と前者になるが、それに該当する存在が蓮にはどうしても分からなかった。

正体不明に悩む蓮に黒乃が少し口早に言う。

 

『……とにかく、二人の《魔人》が何らかの目的で動いたのは確かだ。用心はしておけ』

「分かってる。それと、脱獄した他の囚人達のことはどうなってる?そっちの情報もくれないか?」

『勿論…と言いたいところだが、《牛魔の怪物》の他に姿を消した囚人達はいずれも()()()()()()()()()()()

「は?」

 

蓮は思わずそんな声を出してしまう。

黒乃が言っていることが訳が分からなかったからだ。黒乃はその反応を予想していたのか、静かな声で話を続けた。

 

『………確かに囚人達は監獄から姿を消したのは事実だ。だが、襲撃とほぼ同時に受けた通信で範囲網を敷いたイギリス軍と連盟本部の騎士達はいずれも件の《魔人》と《牛魔の怪物》以外の囚人の島からの逃亡を確認していない、との事だ』

「どう言う事だ?姿を消したのは事実なんだろ?なのに、姿が確認されていない?」

『ああ、その通りだ。そこには恐らく例の《魔人》が絡んでいると思われている』

「なに?」

『戦闘を行いながらリアルタイムで送られてきた映像で判明したその《魔人》の能力は三つ。まず一つは黒紫の瘴気を操る事。二つは瘴気は毒で構成されており、その毒は類を見ないほどに凶悪。そして、三つがその瘴気は()()()()()()()()()()()()ということだ』

「てことは、つまり………」

 

そこまで聞けば、いよいよ推測できてしまった。

なぜ、島外への逃亡が確認されていないのに囚人達が監獄から姿を消したのか。

つまりは、その襲撃者が己の能力の一つであろう瘴気で全て取り込んだと言う事だ。

そこまで推測して蓮は顔を青ざめる。もしも、この推測が正しければその襲撃者は《魔人》の中でもトップクラスの力を持つ存在ということになるからだ。黒乃も同様のことを考えたのだろう、静かにその気づきを肯定した。

 

『恐らくは取り込まれた、と考えていいだろう。だが、これははっきりいって不味い状況だ』

「俺でもわかる。詳細は不明だが、取り込める以上は力を上乗せできる可能性も考慮できる。つまり……」

『ああ、収容されていた囚人総勢142名の力をその《魔人》は得たと考えられる』

 

A、Bランクの伐刀者142名の力を全て自分のものにした。言葉にすればそれだけだが、はっきり言ってそれは悪夢だ。

ただでさえ、強力な力を142人分獲得したのだ。そんなこと、蓮でも悪夢だと思わざるを得ない程のこと。そして、それを成した存在は蓮達が思う以上に凶悪な存在だということを理解せざるを得なかった。

蓮は思わず額を押さえてしまう。

 

「《牛魔の怪物》だけでも厄介なのに、まさかそんな危険な存在までいるとはな……」

『連盟本部では《魔人》達の他に、A級リーグのトップランカー達にも用心するよう伝えられている。私達全員で対峙しなければならないほどの凶悪な敵であり、各自すぐに動けるように備えておけと通達されている』

「だろうな。そうなるに決まってる」

『蓮。今後はお前にも緊急の呼び出しが増えるだろう。お前も備えておけ』

「ああ、当然だ。流石にそんな存在は野放しにはできないからな」

 

蓮は当然と頷く。

自分も《魔人》であり、同時に日本最強なのだから、間違いなく自分が出なければいけないほどの強敵だ。学生だからとのうのうとしていられるわけがない。

そう黒乃に返した蓮に、黒乃は話題を変えた。

 

『緊急の要件はこれで終わりだ。話は変わるが、そっちの会談はどうなった?』

「とりあえず、現状を伝えることができたし、協力も取り付けることには成功した。後は対策を話し合うだけだ」

『話はわかった。今はどこかの路地裏にいるようだが、もしや観光でもしていたか?』

「ああ、ルナアイズさんとアルテリアさん達に案内されながらな、今はカフェで休憩していた所だ。勿論、カナタもいるぞ」

『……そうか。折角のんびりしている所悪いが、出来れば早めに会談を終わらせてほしい。正直、今の状況ではお前を野放しにしておくことはできなくなったからな』

「……まあ、そうなるのも仕方ないよな」

 

蓮は仕方なさそうに肩をすくめる。

確かにこうなった以上は、のんびり観光なんてしていられない。すぐに会談を済ませて警戒にあたるのが妥当だ。特に蓮の感知能力ならば、超広範囲の探索も可能だ。それを分かっているため、蓮は駄々をこねる事もなく黒乃の命令を快く了承した。

黒乃は少し申し訳なさそうに謝罪する。

 

『……すまない。折角、ヴァーミリオンに行ったというのに……』

「いいよ。こればかりは仕方ない。それに、墓参りは出来た。今回はそれで十分だ」

『っそうか。墓参りは出来たんだな』

「ああ」

 

きっと黒乃は安堵しているのだろう。電話越しでもその雰囲気がたやすく感じ取ることができた。

 

『分かった。とにかく、急いでくれ。陛下達には私の方からも連絡を入れておく』

「助かる」

 

蓮は短く礼を言うと電話を切り、スマホをしまいながら喫茶店に戻ろうとする。だが、

 

「ッッ‼︎」

 

突然背後から感じた気配に蓮は足を止めると、ゆっくりと後ろを振り返った。

 

 

そこには———『白』がいた。

 

 

武器も闘気も纏わない気取らない佇まいの私服姿の妙齢の女性。

新雪のように輝く純白の髪や、目鼻立ちの整った容姿。穏やかな眼差しの奥に全てを透かして見るような怜悧な輝きを秘めた灰銀色の双眸。

その美しい純白の女性を蓮は知っている。

 

知らないはずがない。なぜなら、彼女はその界隈ではあまりにも有名であるし、蓮にとっては()()()()なのだから。

 

だから、蓮は顔を合わせると少し驚いたようにしながらも、平然と彼女に話しかける。

 

「驚いた。まさか、貴方がここにいるとはな———エーデ」

「ええ私も驚きです。久しぶりですね、レン」

 

エーデ———《比翼》のエーデルワイスは表情を綻ばせると歌のような典雅な響きを持った声で返した。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

《比翼》のエーデルワイス。

伐刀者でなくても、剣の道を志す者でなくても誰でも知っている超有名人物。

強すぎるあまりに『捕らえる』ことを放棄された『世界最悪の犯罪者』。

同時に……全ての剣の道の果て。その頂点に立つ『世界最強の剣士』。

 

そして彼女こそ——蓮の二刀流剣術の『師匠』でもあった。出会いは蓮が中学2年の頃だ。その時に、彼女が普段拠点としている場所、北欧のエストニアに聳え立つ《剣峰》エーデルベルクに直接赴き剣の稽古をつけてもらったのだ。

 

蓮はそんな師匠の一人であるエーデルワイスと思わぬ所で出会ったことに驚きつつも、尋ねる。

 

「今日はどうした?まさか、弟子に会いにきたと言うわけじゃないだろ?」

「ええ本当に偶然です。これから日本に向かうので、彼らの墓参りに来たんです」

 

彼女も大和とサフィアの数少ない友人の一人だった。まだ、彼女が指名手配される前に()()()の繋がりで顔を合わせて密かに戦ったことがあったほどだ。

 

「どうして貴方が日本に向かうのか気になるが、今はとにかく急いでる。何か伝言があるなら手短に伝えてほしい」

「ええ無論そのつもりです。今の連盟は予断を許さない状況にあることは分かっていますから」

「っその様子だとヘルドバンのことも……」

「勿論存じています。裏の界隈では有名な話ですからね。そして、伝言もその件に関してです」

「………」

 

蓮は真剣な表情を浮かべると、エーデルワイスの続きの言葉を待つ。

エーデルワイスは特に間を開けることもせずに、単刀直入にその伝言を伝えた。

 

「『魔女』に気を付けなさい」

「魔女?」

「はい。『魔女』がこの一件の主犯です。私の予想ですが、彼女は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「なに?」

「確かに伝えました。私はこれで失礼します」

「待て!」

 

立ち去ろうとするエーデルワイスを蓮は慌てて引き止めながら、真剣な面持ちのまま低い声音で尋ねる。

 

「最後にひとつ聞かせろ」

「何ですか?」

「貴方が日本に向かうのは、『暁』に関係していることなのか?」

「…………」

 

エーデルワイスは蓮を無言で見つめる。そして、数秒の沈黙の後やがて答えた。

 

「……直接関わりはありませんがね。他に質問はありますか?」

「……いや、無い。情報提供感謝する」

「ふふ、可愛い弟子に伝言するぐらいは構いませんよ」

 

蓮の礼にエーデルワイスはクスクスと微笑むとスッと路地裏の闇に姿を消した。

エーデルワイスが姿を消した後、しばらく無言で佇んでいた蓮は深いため息をついた。

 

「…………はぁ」

 

蓮は壁にもたれかかると、空を見上げる。路地裏のため見える空は狭かったが、それでも空が青かったのは分かった。

 

「………もう、始まっているのか?」

 

何かに尋ねるわけでもなく、そんな独り言を呟いた蓮は思考を振り払うように頭を振ると急いで喫茶店に戻る。

喫茶店では変わらずカナタ達が談笑を続けていた。戻ってきた蓮にカナタが気付く。

 

「あら、蓮さん電話は終わったんですか?」

「……ああ」

「?どうかしましたか?」

「少し面倒なことになった。ルナアイズさん」

「ん?どうした、蓮」

 

早速蓮はルナアイズに口早に告げる。

 

「すみません。観光は中止です。今すぐに城に戻りますので、急ぎ会談を再開させるよう陛下達に伝えてください」

「お、おい待て。一体何があったんだ?」

 

突然のことに戸惑うルナアイズがそう尋ねる。だが、急いでいる蓮は詳しい話はせずに彼女に簡潔に伝える。

 

「説明は後でします。今はすぐに城に向かいま…ッッ」

 

城に向かいましょう。そう言いかけた時、蓮は弾かれるようにある場所に勢いよく振り向いた。

何事かとルナアイズが尋ねようとした時、カナタやアルテリアも気づく。

 

「「ッッ‼︎‼︎」」

 

二人もガタッと立ち上がると蓮と同じ方向に視線を送る。ルナアイズにはわからずとも伐刀者である彼女らは気づいたのだ。

視線の先に『何か』がいることを。しかも、普通じゃない存在が。蓮を含めて三人とも険しい表情を浮かべる。カナタやアルテリアに至っては冷や汗すら流しているほどだ。

 

「お、おい?」

 

突然の行動にルナアイズが戸惑う中、蓮は口を開く。

 

 

「……まずいな」

 

 

そう蓮が呻くように呟いた直後、突如、遠くで爆発音が響いた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

突如晴天の皇都に響いた爆発音。それが聞こえた瞬間蓮はすぐに動いた。

 

「《蒼月》ッッ!!」

 

《蒼月》を展開し、瞬時に《王牙》を纏うと《蒼翼》を広げすぐに飛び立てるようにしながらカナタへと振り向き叫ぶ。

 

「カナタ‼︎アルテリアさんと一緒にルナアイズさんを城に送れっ‼︎」

「蓮さんはっ⁉︎」

「俺は敵の対処をする‼︎騎士団と軍にも出動要請を急げ‼︎市民の避難誘導と皇都の防衛を最優先にしろ‼︎‼︎戦闘は行うなっ‼︎お前達では手に負える相手じゃない‼︎‼︎俺が全て引き受けるっ‼︎陛下達にもそう伝えろっ‼︎分かったらさっさと動けっ‼︎‼︎」

「は、はいっ‼︎」

 

矢継ぎ早にカナタにそう指示を出した蓮はカナタ達の返事を聞かずに《蒼翼》から勢いよく魔力を噴射させて空へと飛び立つ。

空高く飛び上がった蓮は一望できる位置まで飛ぶとホバリングをして皇都を見渡す。

爆発音が響いた場所を見れば、城下町の二箇所で炎が立ち上がり、黒煙が立ち込めていた。

 

(爆発箇所は二つ。南側の城下町、二つの距離はおよそ50m程度。距離は近い。あの程度なら鎮火もすぐに行える。だが、問題は……)

 

蓮は爆発地点を見下ろす。そこには逃げ惑う人々の他に、異質な存在がいた。

 

『オオォォォォォォォ‼︎‼︎』

『ガァァァァァァアアア‼︎‼︎』

『キシャァァァァァ‼︎‼︎』

 

醜い雄叫びをあげるそれらは、()ではなかった。遠目からでもはっきりと分かるそれらは、人狼(ウェアウルフ)翼人鳥(ハーピー)蜥蜴人(リザードマン)蜘蛛人(アラクネ)鷲獅子(グリフォン)半人半蛇(ラミア)人馬(ケンタウロス)。伝承の中でその存在を知られている者達と同じ姿をした怪物達が城下町の一角で暴れていたのだ。

彼らこそ先程感じた異質な気配の持ち主達だ。

突如、現れた気配に変えて、感じたことがない魔力の気配に蓮は警戒心をあらわにする。

正体不明の怪物達というのもあるが、それ以上に彼らの魔力が《魔人》のソレと酷似していたからだ。だが、彼らは《魔人》ではないのだ。

『人』と『魔』が混ざり合ったかのような半端で異質な魔力。今まで感じたことも見たこともない不気味な魔力を持っていたのだ。

 

(あれは……)

 

そして、ちょうど見回りをしていたのだろう。青い軍服を着た騎士団と思しき者達が3人その異形達を相手に戦っている。

だが、明らかに劣勢だ。数的不利もあるし、その上実力差も隔絶している。一人が崩れれば一気に瓦解するだろう。

だから、

 

「——————ッッ」

 

蓮は《蒼翼》から魔力を勢いよく噴射しながら真っ直ぐと降下していき、ちょうど一人にとどめを刺そうと鉤爪を振りかぶった人狼の顔面を横から蹴り飛ばした。

 

『グウゥ⁉︎』

「え…?」

 

人狼は呆気なく蹴り飛ばされ、道路を転がり、男は何が何だか分からずに呆気に取られている。蓮はそれらを無視してすかさず次の行動にあたる。

 

「《蛟龍八津牙》」

『グォ⁉︎』

『ギギッ⁉︎』

 

《蒼月》から8頭の青の蛟龍を顕現させると、騎士達を襲っていた他の怪物達をまとめて弾き飛ばす。そして、弾き飛ばすと同時に騎士の面々を《蒼水球》で包み込んで治癒も同時に行っていく。

あまりの一瞬の出来事に何が何だか分からない彼らに蓮は背を向けたまま告げる。

 

「よく耐えた。後は俺に任せろ」

「え?あ、貴方は一体……」

「俺のことはいい。こいつらは俺が引き受けるから、お前達はとっとと下がれ」

 

有無を言わせない口調に騎士達は一瞬口籠るものの、立ち上がり霊装を構えて戦闘継続の意思を示す。

 

「駄目だっ‼︎奴らの目的がわからない以上、ここで食い止めるのが俺達の役割なんだっ‼︎」

「俺達だってまだ戦えるっ‼︎」

「それに、まだ市民達の避難が終わっていません。ここで食い止めて逃げれる時間を私達が稼がないと」

 

決して諦めず、市民を最後まで守り抜くという強い意志。その在り方に蓮は兜の下で笑みを浮かべる。

 

「その心意気は認めよう。お前達は国を愛し護る為に戦う誇り高き護国の戦士達だ。だからこそ、今ここで失うのは惜しい。

ここは下がれ。こいつらは全てこの俺が引き受ける」

「そ、そんなっ我々も共に戦わせてくれっ‼︎」

「貴方一人に任せるわけにはいきませんっ‼︎」「我々も騎士団の一員です‼︎のうのうと引けるわけがありませんっ」

 

蓮が賞賛し自分に任せて下がらせようとするも、それでも彼らは引き下がりはしなかった。

当然だ。彼らは騎士だ。弱き者達を守り、敵を倒すという騎士の本懐を全うしようとしている者達なのだ。下がれと言われて、はいわかりましたと下がれるわけがないのだ。

その気持ちは分かる。だが、

 

「……お前達では敵わない相手だ。ここで無駄死にするぐらいならば、市民の避難に尽力しろ」

『ッッ⁉︎⁉︎』

 

蓮が冷酷な眼差しを浮かべ有無を言わせない迫力で告げると同時に、莫大な魔力が放たれ殺気が彼らにぶつけられた。

壮絶な迫力に騎士達は全員身を震わせて押し黙ってしまう。

やがて、震える体に鞭打って動いた騎士の一人が蓮の背を見て軽く頭を下げる。

 

「……敵の数はおよそ7。全てが人外の姿をしています。虚空から突如出現し、暴れ始めました。目的、能力は不明、強さは常軌を逸しています。死者は今の所0。負傷者は多数。この辺りの負傷者は既に我々が交戦中に他の者が逃しています。他の場所では未だ救出が続けられているはずです。あとは、託します。どうか、気をつけてください」

 

力になれないと痛感した彼は、せめて持っている情報は伝えようと蓮に自分が持ち得る情報を伝える。

蓮はそれに振り向くことはせずに、小さく頷いた。

 

「委細承知、託された。《七星剣王》の名に誓って、奴等は俺が倒す」

「ありがとうございますっ。おいっ、行くぞっ‼︎」

 

騎士の一人がそう言って他の者を鼓舞してその場から離れていく。遠くへと去っていく気配を感じつつ、蓮は改めて怪物達を見据える。

怪物達は一様に蓮に視線を向けており、弾かれたその場所から動かずにじっと蓮を見ている。先程蹴り飛ばした人狼もだ。襲いかかることはせずに、自分とある一定の距離まで近づくと、その場から動かずに静かにこちらを見ていた。

それらに蓮は疑問を浮かべながらも、静かに《蒼月》を持ち上げて鋒を向けながら尋ねる。

 

「戦う前に一応聞こうか。貴様達の目的はなんだ?何をもって、この国を襲う?」

『……………』

 

怪物達は蓮の質問には答えない。だからこそ、蓮は即座に戦闘に移れるように身構えた、その時だ。黒い人狼が笑い声を上げながら答えた。

 

『ハハハハッッ、テメェ強ェな。他の雑魚トハ桁違いダ。テメェがソウか、『レン・シングウジ』ッテノハ』

(俺のことを知ってる?)

 

蓮は兜の下で眉を顰める。

別に人狼が喋れることには驚いていない。《覚醒超過》の可能性も考慮していた以上、彼らが伐刀者であることは理解していたからだ。

だが、何故この人狼は自分の名を知っているのだろうか?蓮はその疑問を口にはせずに答えた。

 

「だとしたら、どうする気だ?」

『俺達ト共ニ来い。アノオ方ガテメェをご所望ダ』

「断ると言ったら?」

『来なイナら殺しテいいト俺達はソウ命じラれてイル』

 

そう告げると同時に殺気を膨れ上がらせた怪物達を前に蓮は警戒しつつ思案する。

 

(あのお方?背後には黒幕がいるのか。つまり、こいつらは突発的じゃなくて計画的に動いたことになる。その黒幕の狙いが俺だと?……くそっ、心当たりが多すぎて誰が黒幕なのかわからん)

 

間違いなく彼らにはボスのような存在がいて、ボスの命令で自分を殺しに来たと考えられる。

しかし、そんなことはよくあることなので蓮にはどこの組織から来た刺客か判別がつかないのだ。そして、それ以上に気になることがあった。

 

「貴様ら、《覚醒超過》を経た《魔人》じゃないな?何者だ?どうして獣の姿になっている?」

『ふフッ、あのオ方が力をクレタノヨ。人ヲ超えた獣ノ力ト姿をね。ダカラ、私達はアノお方に従い貴方ヲ殺ス。あのオ方の目的ノタメニ』

 

その問いかけに答えたのは人狼ではなく蜘蛛人だ。紫の大蜘蛛の頭部に紫色の肌の胴体が乗っかっている蜘蛛人は、妖しく笑いながらそう告げた。

 

「つまり、お前達は人為的に《覚醒超過》に至らされたというわけか。全く、厄介なことをする奴もいたもんだ」

『あのお方を愚弄スルナ。貴様トテ人ノ皮ヲ被っただケの我等と同ジ獣であロウに』

「それは否定しない。俺も所詮はお前達と同じ獣って所は、認めよう」

 

赤い鱗の半人半蛇(ラミア)の女性にそう言われ、蓮はそう肩をすくめながら、軽い口調で答える。だが、その裏では内心驚愕し焦っていた。

 

(まさか、人為的に《魔人》を生み出し、その上《覚醒超過》に至らせれるとはな。だから、こんな異質な魔力をしているわけか)

 

確かに人為的に《魔人》を生み出すことは理論上可能だ。無茶をすれば限界を越える事を強要すれば可能ではある。

だが、この怪物達は明らかにそれとは別の方法で《魔人》に至るどころか、その先の負の極点である《覚醒超過》にも至り、肉体を完全に『魔』へと変えているのだ。

異質な魔力というのは、つまりそういうことだ。純粋な《魔人》ではなく、人工的に生み出された《魔人》だからこそ、その魔力の質にも変化があるということだろう。

 

(本物よりやや劣ってはいる。だが、人工的に()()A()()()()()()相当の覚醒超過個体を増やせることがわかれば、パワーバランスが容易くひっくり返る。しかも、暴走せずに理性もしっかりとある。そんなことが可能なのか?)

 

そう考えるものの、実際に目の前に理性のある怪物達がいる以上はその可能性を認めざるを得ない。

 

(間違いなく《魔人》が絡んでいるのは事実。だが、いったい誰がこんなことを——ッ)

 

そこまで考えて蓮は気づいた。

先程黒乃から受けた報告とエーデルワイスからの伝言を思い出して、情報を照らし合わせる。

黒乃はヘルドバンを襲撃した《魔人》は人を取り込むことができると言った。エーデルワイスは《魔女》が主犯だと言って気をつけろと言った。そして、目の前にいる人工的に《覚醒超過》に至った者達。

極め付けは、蓮が霊眼を使って彼らの魔力を見た結果、彼らには二種類の魔力があったことだ。元々持っていたであろう魔力の色に加えて、もう一色あまりにも禍々しい黒紫色の魔力色もあった。しかも、これは全ての怪物達にあり、元々の魔力が黒紫の魔力に呑み込まれていたのだ。

 

(まさか———ッッ)

 

そこまで考えて、蓮の中で全てが繋がった。

彼らの正体と例の《魔人》が成したことを。

蓮は驚愕を悟られないように平静を取り繕いながら、その気づきを口にする。

 

「そうか。貴様らはヘルドバンの囚人か。あのお方とやらの力で《覚醒超過》に至ったというわけだな」

『ホウ、よく分かっタじゃネェカ。誰カの入れ知恵デもあっタカァ?』

「……さぁ、どうだろうな」

 

わざとらしく肩をすくめて濁した蓮。

やはり蓮の予想通り彼らは全員がヘルドバン監獄から姿を消した囚人だった。

 

(これで確定した。監獄を襲撃した《魔人》は人為的に覚醒超過個体を生み出せるっ‼︎)

 

なんとしてでもこの情報は持ち帰って共有しなくちゃいけない。そうしなければ、これから始まるであろう動乱に呑まれてしまう。

身構える蓮を前に人狼は「マぁいい」と呟くと鉤爪を構えて低い声音で告げた。

 

『時間稼ギに付き合ウノはここマデだ。ソロそろ行クゾ。あのお方ハ死体デモいイつったカラな。遠慮ナク殺サセてモラうゼッッ‼︎‼︎‼︎』

 

そういうと、人狼含め怪物全てが殺気を最大限にして蓮に襲いかかった。

蓮は《王牙》を解除すると素顔をあらわにしながら、襲いかかる怪物達に静かな声音で告げる。

 

「こっちも加減はなしだ。最初から全力で行かせてもらう。———目醒めろ!《臥龍転生》ッッ‼︎‼︎‼︎」

 

刹那、ドンっと蓮の全身から噴き出すのは莫大な紺碧色の魔力。その光の奔流の中で、蓮の様相が変化を遂げて白髪金眼へと変わり、青い紋様が浮かび上がる。

『龍神』の力を発現させた蓮は顎門を大きく開いて青天に吼える。

 

「◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️—————————ッッ‼︎‼︎‼︎‼︎」

 

ヴァーミリオンの皇都に龍神の咆哮が轟く。

皇都どころか郊外にすら轟かせるであろう、龍神の咆哮に、市民は多くが戸惑い恐れる中、怪物達は微塵も動揺していない。

それどころか、全員が嬉々として笑って黒い殺意の濃度を上げたほどだ。

 

『イいゼイイゼェ‼︎‼︎‼︎テメェの持ツ力全部ブッ壊しテ暴れルダケダァァァッッ‼︎‼︎』

 

人狼も獰猛な笑みを浮かべると、全身に燃え盛る漆黒の炎を纏って雄叫びをあげる。

 

「◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️———ッッ‼︎‼︎」

 

様相が変わった蓮も全身に青雷と白風を纏いながら、龍の雄叫びをあげると人狼へとまっすぐに突っ込む。

直後、轟音を合図として怪物達の激闘が始まった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

突然の爆発は皇宮にいるシリウス達にも聞こえた。

 

「なんじゃ⁉︎何があった⁉︎」

 

シリウスは玉座から勢いよく立ち上がるとテラスの方へと走り出しながら、声を上げる。

それには先に窓から皇都を見下ろしていたダンダリオンが答えた。

 

「どうやら城下町で爆発が起きたようです。火事……では、ありませんね。何者かによる犯行と考えるべきでしょう」

「テロっちゅうわけか。じゃったら、早く騎士団を派遣して…ッッ」

 

騎士団を派遣しようと備え付けの専用回線端末の元に行こうとしたシリウスは足を止めて、再びその爆発の方向を見る。

しかし、その表情には冷や汗が浮かんでいた。

 

「あなた?」

 

シリウスの様子に疑問を感じたアストレアが伺う。シリウスは動揺を隠さないまま答える。

 

「な、なんじゃ?この気持ち悪い魔力は……」

「……あぁ、こんな魔力感じたことがない。しかも、《魔人》ともどこか違う。なんだ?アレは」

「分かりません。あんなのは、感じたことがない。アレは、化け物です」

 

この場にいるのは、アストレア以外全員が伐刀者だ。ゆえに、彼らは事故現場から感じる魔力に気付き、動揺を隠せていなかった。

そして、ここにいる全員が《魔人》の存在を知っている。サフィアが《魔人》に覚醒したからこそ、上層部である彼らはその存在を明かされていたのだ。

だから、彼らには分かってしまった。

事故現場から感じられる複数の異質な魔力。それらが全て、人間のソレでもなければ、魔人のソレでもない全くな未知なる存在のものだということに。

 

「シリウス、騎士団の派遣はお勧めできない。正直向かったところで、殺されるのがオチだ」

「私も同意見です。ここからでも分かります。あそこにいる賊らは最低でもステラ様に匹敵する者達です。騎士団の者達では敵わないでしょう。もしも、太刀打ちできるとしたら………」

 

その先をダンダリオンは口にはしなかったものの、誰もがその先の答えは分かっていた。

今この国にステラ並みの力を誇る相手に対抗できる存在は一人しかいないということに。

 

「確か彼はルナちゃん達と一緒にいるわね。

急いでルナちゃん達と連絡をと「陛下‼︎報告です‼︎」ッッ」

 

アストレアが急いで蓮と一緒にいるであろうルナアイズに連絡を取ろうとポケットからスマホを取り出そうとした時、騎士団の一人が皇宮の扉を勢いよく開きながら、駆け込んできたのだ。

彼はそのまま片膝をつくと、粗い呼吸のまま口早に報告する。

 

「敵と交戦し撤退している者からの報告です‼︎

現在、南方の城下町では二度の爆発が発生。火は依然と燃えており、火の手が周囲に広がりつつあります‼︎

首謀者は七名‼︎目的、能力ともに不明‼︎しかし、その全員が人外の、怪物の姿をしているとのことです‼︎」

『ッッ⁉︎⁉︎』

 

騎士の報告にその場にいた全員が目を見開いて驚愕する。その報告の意味を理解しているからこそだ。

騎士は更に続ける。

 

「死者は未だ0ですが、事件現場周辺の市民のの避難がまだ完了しておらず、見回りの者達が急いで救助と避難誘導に当たっています‼︎」

「なら、その怪物達は誰が対処しているの?」

 

誰よりも早く冷静を取り戻したアストレアが騎士にそう尋ねる。騎士は戸惑いながらもソレに答える。

 

「はっ、それが助けられた騎士の報告によれば、敵の対処に当たっているのは騎士団の者ではなく、正体不明の人物とのことです」

「正体不明?誰も分からないの?」

「はい。氷の鎧を纏っており顔がわからなかったそうです。ですが、騎士が情報を託したときにその者は自分のことを《七星剣王》だと名乗っていたそうです」

「ッッ、そう、彼が、もう動いてくれてるのね……」

 

アストレアは自分達が頼まずとも、彼が対処に間に合ってくれたことに少しだけ安堵する。

彼が対処してくれるならば、他のことに専念できると、アストレアは急いで指示を出していく。

 

「分かったわ。ならば、騎士団と軍は急いで周辺地域の市民の避難を優先して。

皇都南方は閉鎖するわ。彼の戦闘の邪魔にならないように、迅速に避難を行って防衛に努めてちょうだい。急いで‼︎」

「ハッ!」

「エーギルさんとグラキエスさんも騎士団と軍を率いて現場指揮を取って。現場では貴方達の判断に任せます」

「任された」

「御意っ‼︎」

 

指示を受けた騎士と、エーギル、グラキエスが駆け足で皇宮を出ていった。

残されたのはアストレアとシリウス、そしてダンダリオンだけだ。アストレアはフゥと一度息をつくと二人に振り向く。

 

「パパ、ごめんなさい。あなたの意見も聞かずに指示を出しちゃって……」

「えぇわい。こういうのはママの方が適任じゃからのぅ。それに、さっき連盟本部やクロノから来た連絡のことも気になるしのぉ」

「ヘルドバン監獄のことですね」

 

シリウスはそうじゃと頷く。

彼らは既に連盟本部からヘルドバン監獄の一件の報告を受けているし、黒乃からもその件で会談を早めてほしいと言われているからだ。

そして、この後どうするかと対策を講じようとした時再び皇宮の扉が開かれた。

 

「父上!母上!」

 

入ってきたのはルナアイズとアルテリアにカナタだ。ルナアイズは二人を視界に収めるとアストレアに近づく。

 

「ルナちゃん‼︎無事だったのね‼︎…ああ、よかった」

「ああ、カナタとアルテリアが真っ直ぐ城まで送ってくれたからな」

「そう。二人ともありがとう」

「状況は途中会ったエーギル達から聞いている」

 

ルナアイズ達は途中であったエーギル達から状況は聞かされているため、何が起きているかはある程度把握していた。

そう答えたルナアイズの横にカナタが進み出て、自分達に伝えるように言われた伝言を伝える。

 

「陛下。アストレア様。蓮さんから伝言があります」

「なんじゃ?」

「私達では手に負える相手ではないので、騎士団と軍には市民の避難と皇都の防衛に努めるようにとのことです」

 

それはアストレアの指示とほぼ同じ内容だ。状況を聞いて知っているのに、ソレをあえて口にしたという事は、蓮本人がそう思っていると知らせるためだ。

つまり、事態はそれだけ逼迫していることを意味している。

蓮からの伝言にアストレアは考える。

 

「彼自身がそう言うほどだとしたら、事態は相当重く見た方がいいですね」

「そうじゃな。もしかしたら、ヘルドバンの件も無関係じゃなさそうじゃな」

「ヘルドバン?まさかあのヘルドバン監獄のことか?どうして今その名が出てきたんだ?父上」

「実はじゃな……」

 

連盟本部からの報告をルナアイズは知らない。

だから、どういうことかとシリウスに尋ねた彼女にシリウスが答えようとした、その時だ。

 

 

 

『◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️—————————ッッ‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

 

 

『ッッ⁉︎⁉︎⁉︎』

 

突如、王都を揺るがすほどの轟音が響いたのだ。それは何かの咆哮のようなもので皇宮にもしっかりと届いており窓ガラスをビリビリと震わせるほどだった。

同時に感じる絶大なまでの魔力の高まりにシリウス達は戸惑う。

 

「今度はなんじゃ⁉︎」

「もしや、例の怪物達の咆哮でしょうか?」

「分かりませんっ。ですが、この魔力の高まりは異常ですっ‼︎先程感じた異質な魔力をも凌駕するほどですっ‼︎」

 

新たな魔力の高まりと咆哮にシリウス達がどんな存在なのかと驚く中、ただ一人、カナタだけは違った。カナタは静かにシリウス達の憶測を否定する。

 

「……いえ、違います。今のは敵のものではありません」

「……カナタちゃんは今のがなんなのか、知っているの?」

 

恐る恐る尋ねたアストレアにカナタは静かに頷く。

 

「……はい。あれは、あの咆哮と魔力の高まりは……蓮さんが本気を出した証拠です。それも、全ての制限を解除した、文字通りの全身全霊の、本気の力を、彼は今解放したんです」

 

カナタにより齎された衝撃の事実にシリウス達は揃って驚愕する。

 

「なっ……」

「これが、レン殿の本気、ですか?」

「まさか、これほど、なんてっ」

 

強いとは分かっていたが、それがここまでの力など予想だにしていなかった彼らは全員が揃って驚愕の視線を蓮がいるであろう方向に向ける。そんな中、カナタは窓ガラスに近づくと城下町を見下ろす。

 

「蓮さん……」

 

黒煙が立ち込める場所、そこにはここからでもわかるほどの青い魔力の燐光が迸っている。

間違い無く、蓮だ。しかも、感じられるプレッシャーは『黒狗』との激闘よりも濃密だ。

 

だとすれば、あの時よりも危険な戦いになるのは明白。だから、彼女は静かに想い人の勝利を祈った。

 

 

(貴方なら勝てます。ですから、どうか無事に戻ってきてくださいっ)

 

 





今回はマジで詰めに詰め込みました。
ヴァーミリオン皇国編はまだ少し続きますので、気長によろしくお願いします。
いやほんとに、いつになったら七星剣武祭に入れるのやら。

では、また次回お会い致しましょう!さよなら!!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。