優等騎士の英雄譚   作:桐谷 アキト

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最近、ライズで狩猟笛にハマっています。
マガイマガドの笛が使い勝手が良すぎて、古龍戦やヌシ戦でも重宝しているほどです。今まで、食わず嫌いで敬遠してたのを、少し後悔したぐらい。

あと、予告になりますが、今年中に僕のヒーローアカデミアのSSを投稿するつもりでいます。どのモンスターを使うかはお楽しみに。

というわけで、最新話どうぞ。




36話 破滅の予兆

 

 

 

 

「……これでよしと」

 

場所は変わり日本・破軍学園理事長室。

蓮に緊急連絡を伝えた黒乃は、ついでシリウス達にも連絡をとって、必要なことを伝え終わり、一息ついていたところだ。

黒乃は背もたれに深く凭れ小さく息を吐いた。

 

「くーちゃんあっちの調子はどうだった?」

 

その時、席を外して理事長室を出ていた寧音が戻ってきて黒乃に尋ねる。寧音を睨み、「ノックぐらいしろ」と一言言った後黒乃は答えた。

 

「順調だそうだ。一段階目の協力を取り付けるのは成功したらしい。それで、今は休憩も兼ねての観光をしているそうだ」

「へぇ、順調で何よりだね。でも、観光かぁ、あーうちも行きたかったなぁ」

 

来客用のソファーに腰を下ろした寧音は羨ましそうに呟いた。黒乃はそれに何も返さずに、神妙な面持ちになると、腕を組んで真剣な声音で寧音に尋ねた。

 

「それで、お前の方は何かわかったのか?」

 

そう問われた寧音は飄々な雰囲気が消えて、真剣かつ緊迫したような表情を浮かべ頷く。

 

「ああ。ヘルドバンを襲撃した《魔人》な。……やっぱり、()()()()()()()だったぜ」

「ッッ………そうか、やはり生きていたのか。奴は」

 

『クソババア』の正体に心当たりがあったのか、黒乃は低い声音でそう呟く。黒乃はギリッと歯を噛み締める。彼女の表情は言いようの知れない怒りに満ちていた。

 

「あれだけの傷を負いながら、生きながらえていたことも驚きだが、12年たった今になって動き出すとはな。一体何が目的だ」

「さぁね。ただ、アレが動いた以上は日本だけじゃなく、世界規模で何かが起こるぜ」

「だろうな。間違いない」

 

黒乃は寧音の言葉を静かに肯定すると、深くため息をつく。

先程、黒乃は蓮との電話でヘルドバン監獄を襲撃した《魔人》のことは、黒乃達でも見覚えがない存在だと言ったが、あれは嘘だ。

彼女達はその《魔人》のことをよく知っている。知らないわけがないのだ。

なぜなら、その《魔人》は———自分達にとって深い因縁のある存在なのだから。いや、正確にいうと、()()()()()()()()()()()だ。

 

連盟から送られてきた情報を聞いてまさかと思い、戦闘映像を見てすぐに2人は確信に至った。監獄を襲撃した《魔人》は奴だと。

 

「くーちゃん、れー坊には伝えるのかい?」

「ダメだ。今はまだそれを話す時じゃないし、今話せば、あの子は確実に探しに飛び出てしまう」

「うん、止めようとしても、きっと行っちまうだろうね」

 

黒乃はわざと蓮には映像を送らなかった。

なぜなら、映像を見てしまえば蓮はすぐにその魔力の持ち主の正体に気づいてしまうと思ったからだ。

だって、彼は覚えてしまっている。

彼女の顔を。彼女の姿を。彼女の魔力を。

あの幼き日に自分の眼にそれを焼き付けてしまったのだから。

 

ヘルドバン監獄を襲撃した《魔人》は、蓮にとっての不倶戴天の仇。

両親である大和とサフィアを殺した張本人なのだ。

 

今もなお復讐に囚われ、憎悪に身を焼き続けている蓮がそれを知って仕舞えばもう止められないだろう。

全てを捨ててでも、仇を討ちに世界中を飛び回るはずだ。

 

だから伝えない。

彼を復讐の権化にしたくなかったから。

しかし、もしも2人の願い虚しく彼女が自分達の前に現れた時は黒乃と寧音の二人が対処するつもりだ。自分達二人が己の全てを賭けて彼女を殺す。そう考えていた。

だが、

 

「なぁ、私とお前で奴に勝てると思うか?大和とサフィアでも勝てなかったあの女に」

「……………」

 

黒乃の問いに寧音は押し黙る。

もしも、対峙した時、あの二人を同時に相手して勝った存在に自分達が勝てるのかが分からなかったのだ。

そして、しばらく沈黙が続く中、寧音が絞り出す様に答えた。

 

「……正直、わかんねぇよ。うちら二人であのバケモンに勝てるかどうかは。アイツは間違いなく世界最強に名を連ねるバケモンで、多分アイツに勝てるやつなんて、今の世界にはいねぇかもしんねぇ。……でも、うちらがやらなくちゃ、確実にれー坊が戦うことになる。そんなことには……」

「ああ、そんなことにはさせない。あの子達の未来を守るためにも、私達がやらなくてはな……」

 

『彼女』は世界最強に名を連ねる本物の怪物だ。大和とサフィアという世界最強夫婦として名を轟かせていた2人を殺せるほどの力の持ち主なのだ。

おそらく、今の世界で彼女に太刀打ちできる存在などいないのかもしれない。

だが、それでも自分達が奴を倒さなくてはいけない。そうしなければ、蓮が狙われることになると分かっているからだ。

 

あの2人の息子であり、『龍神』という稀有な力を持つ『魔人』である以上、彼女の興味を惹くことは間違いないだろう。

だとしたら、間違いなく2人の激突は免れない。そうすれば、蓮は人の姿を捨てて怪物になってでも彼女を殺そうとするだろう。

よしんば、彼女を蓮が殺したとしても、人の姿に戻れなくなっているかもしれない。

 

そんな未来にさせないためにも、彼の保護者として、また師匠として、そして大和達と親友であった自分達が彼女を殺さなければならない。

蓮をこれ以上、『人』から外れさせないためにもだ。

 

そう改めて決意をした時、ふと黒乃のスマホがけたたましく呼び出し音を鳴らす。

呼び出し人を見れば、それはカナタであった。

何か会談に進捗でもあったのかと思った黒乃はそのまま、ボタンを押して電話に出る。

 

「もしもし、私だ。何かあっ——————なに?」

 

電話口から聞こえてくるカナタの焦燥に満ちた声音で語られた報告に彼女は思わず眉を顰める。

 

 

そうして、彼女達は一つの凶報を知ることになった。

 

 

『ヴァーミリオン皇国に謎の怪物数体が襲来。《七星剣王》新宮寺蓮が応戦中』と。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

ヴァーミリオン皇国首都フレアヴェルグ。

そこの上空は現在黒雲に呑まれていた。

本来ならば夕焼けから藍色と黒に染まる夜空が見れるはずなのに、突如出現したどんよりとした黒雲に呑まれ、不吉な様相を浮かべている。

そんな黒雲からは絶えず稲光が走り、雨が降り、風が吹き荒れている。

南地区から避難し、北地区に移動しているヴァーミリオン皇国の国民達は突然の爆発音から始まる不穏な空気に誰もが戸惑い恐れた。

多くの人が空を見上げ、ついで南地区の方向に視線を送っていた。

 

その先では、激戦が繰り広げられていた。

 

 

「◾️◾️◾️◾️◾️◾️——————ッッ‼︎‼︎」

『ハッハハハハハハァ——————ッッ‼︎‼︎』

 

 

獣達の咆哮が黒が立ち込めた漆黒の荒天に響き渡る。

荒天には幾度となく青い雷鳴が瞬き、雨が降り注ぎ、風が吹き荒れつつあった。

擬似的な『覚醒超過個体』7体の襲撃を前に、蓮は『龍神』の天候干渉の力を使い伐刀絶技《叢雲》によって周囲の天候を塗り替え、今やヴァーミリオンの首都には局所的な嵐が発生している。

その嵐の中心。蓮がいる所は、既に元の街の様相などなく、無数の破壊の跡ができていた。そんな災害の中心のような場所で蓮は戦っていた。

 

『イイゼェイイゼェ‼︎‼︎‼︎テメェは最高だァァっ‼︎』

「ッッ‼︎」

 

黒炎纏う人狼が喜悦に満ちた声を上げながら、鉤爪を振るう。桁違いの熱量を持つ黒炎に対して、蓮は両手に《蒼刀・湍津姫》と《紅刀・咲耶姫》を纏わせた水炎の鉤爪で迎え撃ち相殺する。

 

「黒幕は何故俺を狙うっ⁉︎黒幕は、『魔女』は何が目的だっ‼︎‼︎」

 

蓮は人狼の攻撃を捌きながら叫ぶ。

彼の中ではすでに人狼達を怪物に変えたのはヘルドバン監獄を襲撃した《魔人》と同一人物だと考えており、エーデルワイスの警告でも『魔女』に気をつけろと言われている為、蓮は彼らの黒幕=魔女だと考えているのだ。

 

『知ったコトか‼︎‼︎俺達ハあノお方の意志ニ従ウまでダ‼︎』

「怪物にされたことに、怒りも憎しみも何も感じないのかっ⁉︎」

『感じネェな‼︎‼︎むしロ、感謝シテるぐライだッ‼︎コの姿ヲ得て俺達ハ更に力ヲ得タっ‼︎‼︎強さヲ得たノニ、何故そんナ感情(モノ)を抱クっ⁉︎⁉︎』

「この、狂人がっ‼︎」

 

既に人の心などない発言に蓮は思わずそう毒づいた。人狼は左拳の黒炎を一層燃え上がらせ振りかぶる。

 

『トニかく、テメェはツいテ来てもラうゾっ‼︎‼︎』

「行くわけないだろっ‼︎」

 

蓮はそう吐き捨てると、右の水の鉤爪をより大きく鋭くさせて、振りかぶる黒炎の一撃にぶつけた。黒炎と蒼水が激突して大量の蒸気を生み出し、至近距離にある互いの姿を見えなくさせる。

蓮は咄嗟に人狼から距離を取るも、背後から鷲獅子が蒸気を突き破って襲いかかってきた。

 

『クァァァ‼︎』

「ッッ」

 

鷲獅子が雄叫びを上げ、赤い眼光の尾を引きながら黒い風を全身に纏い、鋭い矢の如く突っ込んでくる。

 

「《青嵐風碧》ッッ‼︎」

 

しかし、その突進に対して蓮は白風の障壁を纏うことで受け止める。だが、

 

『無駄だヨッ‼︎‼︎』

「……ッッ‼︎」

 

蓮は眼前の光景に思わず眉を顰めた。

なぜなら、障壁に阻まれた鷲獅子は自分が纏う黒風の密度と威力を更に上げることで、強引に風の障壁を突破しようとしてきているのだから。

 

「チッ、だったら焼かれて灰になれ」

 

蓮は突破しようとする鷲獅子を焼き尽くさんと、《青嵐風碧》を解除した瞬間に炎を解き放とうとしたが、それは直前で止めざるを得なかった。

 

「ッッ…《疾風天駆(しっぷうてんく)》ッッ‼︎」

 

《青嵐風碧》を解除して攻勢に移る直前、蓮は何かを察知して攻撃の予備動作をキャンセルすると、《雷迅天翔》のほかに、風を纏い加速する《疾風天駆》も発動して勢いよく飛び上がる。

直後、蓮が先程までいた場所に、赤雷を纏った槍と血色の水を纏う赤蛇の尾が突き立てられた。

 

『今のニ、反応すルのカっ‼︎』

『厄介ナッ‼︎』

 

赤雷纏う白槍を持つ人馬と尻尾を伸ばした半人半蛇は蓮の対応の素早さに忌々しげに毒づく。

それらを見下ろした蓮は、黒雲を操作して《神鳴》を落とそうとする。だが、

 

『《妖蜘蛛の縛糸(デモン・バインド)》』

「ッッ⁉︎⁉︎」

 

妖しい声音が聞こえた直後、蓮の全身が突如金縛りにあったように止められる。

 

(体が動かないっ⁉︎それに毒もかっ)

 

見れば、目を凝らさなければわからないほどの極細の魔力の糸が蓮の全身に絡みつき縛っていたのだ。拘束は強く指一本も動かせない。霊眼で見た限り蓮の全身を紫の魔力が覆っていることから、何らかの概念系の能力が働いていると理解できる。

しかも糸からは紫の液体ー毒が滲み蓮の肉体を蝕もうとしていた。

そして、もがく蓮の眼前に一つの影が現れる。両手の緑の翼を羽ばたかせて現れたのは翼人鳥の女。彼女が蓮の眼前に飛び上がると、鉤爪のついた片足を振り上げる。

 

「《斬烈狂爪(ブラッディネイル)》」

 

振り上げられた鉤爪には、禍々しい黒緑の魔力光と黒風が宿っており、蓮の顔面右側を防御も意に介さずに眼球ごと深く切り裂いた。

 

「ぐぅっ⁉︎」

 

眼球を抉るように斬られたせいで、右側の視界が完全に絶たれた蓮は苦悶の声を上げてしまう。その隙をついて、翼人鳥がすかさず襲いかかるが、

 

「《青華輪廻》ッッ」

『ナニっ⁉︎』

 

顔から夥しいほどの鮮血を溢す蓮は目を焼く激痛に呻きながらも、自身の肉体を液体化させて糸の拘束から脱する。

液体化により脱出した蓮は風を纏って飛びながら、翼人鳥を焼き切らんと左の炎の紅刀の熱量を上げて振りかぶる。

しかし、振りかぶった直後、蓮の胴体を赤雷纏う槍と無数の鋼剣が貫き無数の風穴を開けた。

 

「ガフッ……」

 

腹部だけでなく、心臓、両肺も貫かれ、右足も千切れた蓮は口からゴポリと血をこぼし一瞬左の炎の収束が緩む。

しかし、蓮は歯を食いしばると左の炎を再び収束させて、裂帛の声をあげて炎剣を振るう。

 

「ハァァァッッ‼︎」

 

炎の熱量が再び増し次こそ炎熱の剣が翼人鳥に放たれた。

 

『ナっ、グゥっ⁉︎⁉︎』

 

翼人鳥は間一髪風で全身を包むことで防壁にしたものの、蓮の炎剣はその風すらも飲み込んで彼女を焼きながら叩き落とした。

 

『こノっ‼︎』

 

カバーをするべく鷲獅子が黒風を纏い翼をはためかせて飛び上がり、蓮へと鉤爪のついた前足を振り上げる。

それに対して、蓮はすかさず右手を掲げた。

 

「《神鳴》っ‼︎」

『グぁあっ⁉︎』

 

攻撃が当たる寸前に、一際巨大な青い雷撃が黒雲から放たれ、鷲獅子を打ち据える。

鷲獅子は体を焼かれる痛みに悶絶しながら、そのまま落ちていった。それを見下ろした蓮は、直後、ぐらりと傾く。

 

「くっ、再生をっ」

 

蓮は急いで彼らから距離を取り損傷部位を再生させようとした時、頭上に影がかかる。それは、地面から爆発で跳躍した人狼だった。人狼は燃え滾る巨大な黒炎を右腕に纏って大きく振りかぶっていた。

 

『ドうシタぁ‼︎‼︎動きガトロいぞぉ‼︎‼︎』

「しまっ」

『遅ぇヨッ‼︎《燼滅の魔拳(イグニス・フィスト)》ッッ‼︎‼︎』

 

蓮は治療を中断し、両腕をクロスし防御の構えを取る。防御は間一髪間に合ったものの、人狼の炎拳は蓮の両腕の防御に触れた瞬間、勢いよく爆ぜて蓮の防御をガラスを砕くかのように容易く殴り砕き、胸部に叩き込んだ。

 

「ガッ、フッ……」

 

バキバキと嫌な音が響き、蓮は血を吐きながらゴムボールのように容易く殴り飛ばされる。

瓦礫の山に勢いよく落ちていき、蓮は地面を削りながら瓦礫の山をいくつも貫き、300m程の距離を削って一際大きな瓦礫の山を削るように半ばまで登ってようやく止まった。

 

「ゴッ、ガッぁ」

 

蓮は大量の血反吐を何度も吐く。両腕はあらぬ方向に曲がり半ばちぎれかけている。胸部は大きく風穴が空いたままであり青い紋様が浮かぶ白い皮膚が血と火傷で赤黒く、そして別の箇所では毒が蝕んだことで紫に変色していた。

血が大量に溢れ、雨で濡れた地面にじわりと赤が広がる。

 

「ぐっ、ガッ《青華……輪廻》ッッ」

 

蓮は一呼吸の内に全ての負傷を癒やし、体内を蝕む毒を解毒し、眼球を再生してすぐに立ち上がると、瓦礫の山の上に飛び上がって冷や汗を滲ませ険しい表情を浮かべる。

 

(………強い)

 

戦闘が始まって数十分。一時間も経っていないのに、蓮達が戦闘を繰り広げている周辺は建物が悉く崩れており、災害が通り過ぎた後だと思うほどの被害が生まれている。

 

そして、『臥龍転生』による『龍神』化を使った蓮ですらも彼らの猛攻には苦戦し、幾度となく致命傷を喰らっては再生して戦うの繰り返しだ。『龍神』の再生能力がなければ、この数十分で3回は死んでいただろう。

 

(擬似的な覚醒超過でも、ここまで強いのか……)

 

擬似的な覚醒超過を経たヘルドバンの囚人七名。『魔』の怪物へとその姿を変えた彼らは、擬似的である為《魔人》がもつ『引力』こそ有していないものの、その他の力は軒並み《魔人》と何ら遜色がない。

しかも、肉体が『魔』のソレへと変質したことで、魔力の塊になり肉体の強度は霊装とほぼ同等。身体能力も差異はあれど、総じて高く人間の魔力強化では到底敵わないほどだ。蓮でさえも、苦戦は免れない。《臥龍転生》による龍鱗の鎧の強度も霊装よりやや劣る程度。全力の魔力障壁を合わせたとしても、覚醒超過個体の肉体の強度には劣る。しかし、鎧があるからこそ、この程度の傷で済んでいるのも事実だ。

 

それに、ベースとなっているのがA、Bランククラスの犯罪者だ。元の能力値が全員高い。加えて、全員があのヘルドバンに収容されるほどの凶悪な経歴を持つ者達だ。誰もが数多くの人を殺してあり、より早く、残虐に人を殺す方法を知っている。

更に加えると、彼らが有している能力は一つではない。

 

(……全員が俺と同じ自然と概念系の複数持ち。だが、先天的じゃない。()()()()()()()()()()()()()()‼︎)

 

蓮は霊眼で彼らを視て、その事実に気づいたのだ。彼らは全員が蓮と同じく二つの異能を有していた。

しかし、彼らは元から複数持ちではない。

蓮が視た二種類の魔力。片方はそれぞれが元来持っている魔力であり、そして、彼らの魂を飲み込んでいるもう一つの禍々しい黒紫の魔力。それが彼らを怪物へと変えてもう一つの異能を与えているのだと蓮は看破したのだ。

つまり、彼らは1人の《魔人》によって二つの異能を有している怪物にされたのだ。

 

(さしずめ、《擬似魔人(デミ・デスペラード)》、と言ったところか……)

 

蓮は適当に彼らの存在をそう呼称する。

 

(間違いなく、『災害』級の存在だな……)

 

そして、己の中で彼らの危険度レベルを大幅に上げた。当時よりもはるかに強大な強さを得てしまった彼らを尚更野放しにしておけるわけがない。

放置すれば、どれだけの被害が及ぶか判ったものじゃない。

 

(こいつらは、今ここで何としてでも殺すべきだ)

 

理由がどうであれ、今ここで、何としてでも殺さなくてはいけない程に、彼らは蓮に『脅威』だと認識されたのだ。

その間に、蓮の周囲を怪物達は取り囲む。怪物達は蓮を見上げると、歪んだ笑みを浮かべた。

 

『ハッハハハハ‼︎‼︎テメェは強ぇナ‼︎‼︎こんナにモ愉シい戦いガ出来るトはなぁっ‼︎‼︎』

『ふふッ、えェそうネ。トッても気分ガいいワぁ。貴方ホど強いなら、モッと気持チ良くなれソウ』

『あア‼︎体ノ調子が良い‼︎‼︎いくラデも暴れラレそウダっ‼︎‼︎』

『クククッ、こノ餓鬼ヲアのお方のトコにモッて行けバ、皆殺シにできルっ‼︎‼︎』

 

怪物達は各々が狂気に、愉悦に歪んだ笑い声を上げる。

彼らは全員が大量殺人の経歴を持っており、何より血を好み、殺戮と闘争に至福の喜びを感じる生粋の殺戮者達だ。

ゆえに、全力で戦えるのが心底楽しいし、それが他を凌駕できるほどの強大な力を得たのなら尚更なことだ。

だからこそ、今ここで蓮が敗北して仕舞えば、手始めにこの国の民が惨殺されるだろう。この国に自分と共に来たカナタもまた彼らの殺戮の対象だ。負けられるわけがない。

 

(絶対にそんなことにはさせない。俺が守り抜く)

 

決意を強く秘めて蓮は拳を握りしめる。

ここの国民達は誰一人として殺させない。全員、自分が守り抜くとそう強く、決意した。

 

(しかし、このレベルが、後100人以上もいるのか……)

 

蓮は単純計算してこれだけの嗜好と力を持つものたちがまだ135人もおり、ソレらが全て『魔女』の手中にあり、蓮を狙っているのだとしたら、それらは全て蓮が相手しなくては行けない。

そう仮定した未来を想像して、思わず笑いが込み上げてくる。

 

(全く、『黒狗』が可愛く見えてくるな……)

 

蓮はクスリと口の端を僅かに吊り上げて笑う。

あの時、本気ではなかったものの殺し合った中国屈指の暗殺者集団『黒狗』。今目の前にいる怪物達と比べて仕舞えば、彼らは『人間』の範疇にとどまっていたから、目の前の悍ましい怪物達と比較すれば可愛いものだ。

突然、笑い出した蓮に半人半蛇の女が眉を顰める。

 

『貴様、何ヲ笑っテいる?ツイに頭イカれたか?』

「いや何、昔を思い出しただけだ。貴様達には何の関係もない」

 

蓮は肩をすくめながら飄々と答えると、「それに」と呟きながら身を屈める。

 

「貴様達と同じように、俺はとうの昔にイカれてるさ」

 

そう自嘲気味に呟いた直後、全身から魔力を迸らせながら風雷を纏って再び空へと飛び立つ。

瞬く間に空へと飛び上がった蓮は、右手を天に翳すと短く告げる。

 

「破壊しつくせ」

 

一呼吸のうちに黒雲に同時展開されたのは7つの伐刀絶技。青い落雷《神鳴》、炎の魔弾《爆焔紅玉》、水の爆弾《蒼爆水雷》、雨水の弾丸《暴嵐穿雨》、青雷を凝縮した雷球《雷電碧玉(らいでんへきぎょく)》。暴風を圧縮した砲弾《颶風黒玉(ぐふうこくぎょく)》、氷塊の弾丸《氷天撃星(アイス・ミーティア)》。それらが計数百個、黒雲に魔法陣と共に展開され、怪物達へとまっすぐ落ちていったのだ。

しかも、広域に分散させるのではなく、狭い範囲に狙いを絞っての超高密度爆撃。

それらはまさしく流星の如く降り注ぎ、怪物達を瞬く間に飲み込むと首都に凄まじい轟音と衝撃をもたらす。

だが………

 

 

「……やはり、これも耐えるか」

 

 

蓮は忌々しげに呟く。

眼下に満ちる黒煙。ソレらが内側から魔力の放出によって払われ、中から姿を見せたのは体の幾らかが欠損してはいたものの、半ば再生しかけている怪物達の姿だった。

肉体が霊装と同程度に強化されている上に、再生能力がある以上生半可な伐刀絶技では大した痛手も与えられないと言うことだろう。

………とはいえ、霊装並みの強度を持つ肉体に欠損レベルの傷を与えられる蓮の伐刀絶技の破壊力も異常なのだが。

 

「元の性能に加えて、身体機能の超向上。再生能力の付与。複数異能の所持。あぁまったく、本当に厄介なものを作ってくれたな」

 

蓮は苛立ちや怒りを隠さずに、そう吐き捨てる。何が目的かは分からないが、こんな怪物どもを生み出した存在に蓮は殺意すら覚えた。

 

『くクッ、ドうシタぁ?モう攻撃ハオわリか?』

 

ゆっくりと降下していく蓮を蜥蜴人は見上げながら、そう挑発する。その挑発に蓮は笑って返す。

 

「まさか。これで終わりなわけがないだろ?」

 

直後、蓮は一気に加速して降下。

両の鉤爪に風雷を掛け合わせる。炎は風の補助を受けて更に熱量と破壊力を増し、水は雷が覆うことで切れ味を増している。

蓮は風炎と水雷の鉤爪を大きさ、鋭さを増しながら怪物達に襲いかかった。

 

『ハッハァ、君も懲リないナ⁉︎馬鹿ノ一つ覚えだ‼︎』

 

人馬がそう高らかに哄笑を上げながら、全身に赤雷を纏って一気に加速して飛び降りる蓮めがけて槍を投擲した。雷を纏った槍は、()()()()()をして蓮との距離を一気に縮める。

 

「誰が馬鹿の一つ覚えだって?」

 

蓮は好戦的に呟くと迫る雷槍を前に軽く息を吸うと、ガパと口を開き、

 

「《蒼龍の息吹》———ッッ‼︎‼︎」

 

青の閃光を解き放つ。

龍神の息吹は雷槍を容易く飲み込むとそのまま人馬達に迫る。しかし、半人半蛇が右手をかざして血色に光る盾を展開し、素早く対応した。

 

『無駄ダ』

 

直後、盾は閃光を容易く跳ね返した。『反射』の概念が付与された魔力の盾だ。

半人半蛇は反射使いだ。水の能力は後付けに過ぎない。そして、跳ね返った人を塵にできるほどの青の閃光は蓮本人に牙を剥く。

接触までコンマ1秒もかからず、蓮は自身の破壊に呑まれるだろう。

 

『己ノ破壊を喰らッテろ』

 

半人半蛇がそう告げた直後、呑まれると思われた蓮の姿が突如かき消えた。

 

『ナにっ⁉︎』

 

消えた蓮に半人半蛇は動揺を隠せなかった。

なぜあれを回避できた⁉︎奴はどこに消えた⁉︎

そう動揺し、蓮の姿を探す半人半蛇の女に人狼が素早く答えろ。

 

『避けロッ‼︎上ダッ‼︎‼︎』

『上っ⁉︎ッッ⁉︎⁉︎』

 

半人半蛇は素早く頭上を見上げて気づく。

頭上には膝から先が吹き飛び、血を滴らせながらも、風炎纏う鉤爪を剣のように伸ばしてこちらに向けて降下している姿があった。

どうやら、回避は間に合わずに両脚が消し飛んだようだ。しかし、眼光は決して死んでいなかった。

 

「まずは貴様からだっ‼︎‼︎」

『チィっ‼︎‼︎』

 

迫る蓮に舌打ちをする半人半蛇は血色の水を右手に纏わせて貫手で対抗する。だが、蓮の方が早く確実に間に合わない。

そう思ったときだった。

 

『キィィァァァ—————————ッッ‼︎‼︎‼︎』

 

横合いから翼人鳥が口を大きく開けると、耳をつんざくほどの悲鳴のような甲高い叫び声が響き、衝撃波の竜巻が蓮に襲いかかる。

これはただ、彼女が大声をあげただけだ。だが、その大声が超音波の砲撃そのものであり、直撃したものの脳を揺らして聴覚を狂わせるのだ。

 

「ぐぅあぁっ⁉︎⁉︎」

 

蓮はその直撃を喰らい苦悶の声をあげて悶えてしまう。そして、完全に無防備になった隙をついて、蜥蜴人が飛び上がり巨大な鋼の棍棒を蓮に向けて振るった。

 

「ガッ⁉︎」

 

蓮は防御すらできずに一撃を喰らってしまい、右腕や肩、腰の骨が砕かれる音を聞きながら再び殴り飛ばされる。地面を転がる蓮に黒炎の魔弾、赤雷の槍、黒風の刃が無数に襲いかかった。

 

「……っ、《雲霞招雷(うんかしょうらい)》ッッ《青嵐風碧》ッッ《氷華の城壁》ッッ‼︎」

 

蓮は地面を転がりながら、無事な左手で地面に触れて、雷電と暴風の防御障壁と氷華の城壁を生み出す。三重に展開された防壁は、雷の障壁は突破されたものの、風と氷の防壁で見事耐えぬきなんとか追撃を防いだ。

その間に、蓮は治癒と両足の再生を行い、両脚で地面を削り溝を作りながら止まる。

 

「ッッ」

 

そして、止まるや否や、地面を粉砕するほど踏み込んで空に飛び上がると壁の上に立ち眼下を見下ろす。

案の定こちらへと地面を駆けてくる、あるいは空を飛んでくる怪物達を目にして蓮は手を組み合わせ唱える。

 

「壱に《雪華繚乱》。弐に《焔華万紅》。参に《雷華斉放(らいかせいほう)》。肆に《風華柳緑(ふうかりょうよく)》。四季折々を彩る花々よ、ここに集え」

 

矢継ぎ早に紡がれ展開されていくのは、六枚花弁の氷華、五枚花弁の焔華、四枚花弁の水色の雷華、三枚花弁の白い風華。

四色四種の大小様々な花々が蓮の後方に次々と咲き誇ったのだ。

 

「夜天に舞い踊り、万彩(ばんさい)の華を咲かせろ‼︎《天輪(てんりん)彩連大花火(さいれんおおはなび)》ッッ‼︎‼︎」

 

直後、放たれたのは《双輪・乱れ花吹雪》を超える四属性の花々の大嵐。それらが、夜空に上り大輪の花火を咲かせるが如く尾を引きながら怪物達へと襲いかかる。

 

『シゃラくせェ‼︎‼︎さッきと同ジだロウガァッ‼︎‼︎』

 

人狼は嘲笑を上げながら、他の怪物達も引き連れて花嵐へと突っ込む。

先程と同じ絨毯爆撃だと判断した彼らは、再生能力や防御力にものをいわせれば突破できると判断して、全員が蓮へと真っ直ぐに駆ける。

花嵐が次々と直撃しては、怪物達の体に傷を刻むものの、それはすぐに再生され大した痛手にもなっていなかった。しかも、各々の能力で防御されていき、段々と傷をつけることができなくなっていた。

ソレに対して、蓮は———静かに笑った。

 

「ああ、判ってるさ。貴様達からすればこんなの目眩し程度だってな。だが、()()()になるならいい」

 

蓮はとんと壁から飛び降りると壁を駆け下りながら花嵐を突破しようとしている怪物達にあえて突っ込む。

その最中、蓮は腰の《蒼月》を抜き放つと、形態を変化させた。

 

「《蒼月》」

 

変化させる形態は槍。

《蒼月》が青光の粒子へと変わると、次の瞬間には白銀の刃を持つ紺碧の槍が姿を表す。

蓮は槍と変化した《蒼月》をクルクルと回しながら、着地すると大地を駆け抜け一言呪いを唱えた。

 

「———《(さとり)》」

 

直後、魔力で構築した青黒い龍角が青いプラズマを放つ。そして、そのまま蓮は《蒼月》の刃に水と雷を纏わせると、怪物達へと突っ込んだ。

 

『ハッ、何度来よウガ同じこトダ‼︎‼︎無駄なンダヨっ‼︎‼︎』

 

蜥蜴人は無駄な特攻だと吐き捨てると、花嵐に晒されながらも鋼の剣山を生み出して蓮へと差し向ける。一本一本が鋭く、蓮であっても貫かれることは間違いないだろう。

それに加えて、巨大な鋼の鏃も虚空に次々と形成されていき、不規則な軌道を描きながら蓮へと襲いかかる。

 

「無駄かどうかは、やってみないとわからないだろ?」

 

しかし、蓮は迫る攻撃を前に止まることなく、むしろ風雷の加速を行いながら、水雷宿る槍を振るっていき、流水の如く滑らかかつ精密な動作で、自身に襲いかかる剣山や鏃を次々と斬り捨てていく。そして、途中で気づいた。

 

(この鏃、追尾してくるのか?)

 

剣山は砕かれればそこで終わりではあったものの鏃は弾いても地面に落ちることなく、再び蓮へと襲いかかったのだ。

 

(だったら、こうだな)

 

蓮はただ弾くだけではダメだと判断して、《天輪・彩連大花火》の花嵐のいく割かを操作する。

花嵐は4色の光の帯を造ると蓮へと襲いかかる鏃を全て包み込んのだ。

そして、花嵐が霧散すればそこには鏃はなく、なにも残っていない。完全に切り刻まれ消滅したのだ。

 

『なニっ⁉︎』

 

蜥蜴人は驚愕の声をあげる。

あの鏃には与えられた異能である概念干渉系『追尾』の能力を付与していた。敵に当たらない限りは、いつまでも追い続けるというものだ。

だが、これには対処法が存在している。

それは、向かう物質の威力と、同威力の衝撃を正面からぶつけるようにして相殺して動作を停止させることだ。

しかし、そんなこと蓮には分からないはずだ。

だと言うのに、蓮は花嵐を操作することで鏃を受け止めなおかつ威力を相殺して完全に消滅させたのだ。

 

『くソっ‼︎‼︎』

 

蜥蜴人は苛立ちに叫ぶと更に弾幕を増やした。

鏃だけでなく、無数の巨大な鉄球にも『追尾』の能力を付与して、鋼の剣山の密度も増やした。しかしだ。

 

「ゼェアアァァッッ‼︎‼︎」

 

蓮は決して止まらなかった。

どれだけの弾幕に晒されようとも、どれだけ攻撃が追いかけてこようとも、その悉くを蓮は花嵐と槍捌きで全て切り捨てていった。

花嵐を纏い、青く輝く槍を振るうその光景は、ある種の舞踊にも見えた。

蜘蛛人はこちらへと襲いかかる花嵐を糸で迎撃しながらも、舞とすら錯覚するほどの見事な動きを見て感心の声をあげる。

 

『へェ、槍の腕モ中々のもノネ。ネぇ、アのままジャいくラ続けテも当たラナイわヨ?』

『知っタこトカ‼︎‼︎なラ、更に攻撃ヲ重ねレば終イだッ‼︎‼︎』

『あマリお勧めデきないワ。重ねテモ通用しナイのハ見て分かルでしョウ?』

『だカラ、どうシたっ‼︎‼︎』

 

攻撃が一つも蓮に当たらずに斬り捨てられていることが苛立っているのか、蜥蜴人はそう吐き捨てると蜘蛛人の静止も聞かずに、肉体を鋼に変化させて蓮へと突貫する。同時に、人狼や鷲獅子も援護するべく飛び出す。

蜥蜴人は鋼化した拳を振りかぶり、人狼、鷲獅子は左右に回り込んでそれぞれ黒炎と黒風を纏った。

三方向からの同時攻撃、それが鋼の猛攻を斬り払い続けている蓮へと襲いかかる。鋼の猛攻の迎撃に集中している蓮はこれには対応できずに、攻撃を喰らうはずだ。

 

(遠距離じゃネぇ俺らの直接ノ三重攻撃‼︎いくラお前デも防げネェだロ‼︎とっトとクタばれッ‼︎‼︎)

 

そう確信して蜥蜴人が腕を変形して鋼の大剣を振りかぶろうとした瞬間、蜥蜴人と目があった蓮が笑みを浮かべた。

 

「———《月龍神楽(げつりゅうかぐら)》」

『ッッ⁉︎⁉︎』

 

瞬間、蜥蜴人の鳩尾に雷纏う石突が突き刺さり、鷲獅子の顎に水纏う穂先の斬り上げが、人狼の顔面に風纏う蹴りが、刹那の間に炸裂した。

 

『ガッ⁉︎』

『グッ⁉︎』

『なッ⁉︎』

 

しかも、それらは完璧なタイミングあり、彼らは正確無比なカウンターをモロに食らって、呆気なく吹っ飛ぶ。

ある程度吹っ飛ばされた彼らは、驚愕に満ちた表情を浮かべ戸惑う。

 

『な、何ダ?何が起コっタ?』

『今ノを、全テ反応しタだと⁉︎』

『ぐっ、テメぇ、何ヲしやガッタぁ⁉︎』

「何をしたと言われてもな、ただ迎撃した。それだけだが?」

 

槍を構えながら、蓮は肩をすくめて笑みを浮かべながらそう答えた。その声音には明らかな余裕があった。

 

『フふフ、驚いタワぁ。貴方、まさカあの『比翼ノ剣』を使エるなんテねぇ』

 

蜘蛛人が純粋な驚きを含んだ声音でそう呟いた。ソレには、その場にいた全員が驚愕した。

 

『比翼ノ剣でスッて⁉︎』

『あノ神速ノ剣、まさカ使えルト言うノっ⁉︎』

『じゃア今ノは、『比翼ノ剣』にヨル神速のカウンターとデも言うノカっ⁉︎』

 

この場にいる全員が、『比翼』のエーデルワイスを知っているし、その強さも目の当たりにしている。

その強さを目の当たりにしたからこそ、噂ではなく確かな真実としてソレを認識している。

 

比翼の剣技。それは普通のものでない。

 

通常の人間の筋肉の連動ではソレは使いこなせず、0から100への極限の静動を生み出すために、連動する筋肉を瞬時に全て同時に動かして、刹那の中に全筋肉の力を瞬時に集約する必要がある。

 

そして、更に言えば、ソレを成すためには通常の脳の伝達信号では足りず、より短くより情報密度の高い『戦闘用の信号』を用いなければならない。

 

その戦闘用の信号を用いた上で繰り出される比翼の剣技はまさしく神速。

踏み込み、斬撃、挙動の一切が一切の無音になり、自らの行動により生じたエネルギーを完全に制御して、一切の無駄なく行動のみに消費することで、速度、攻撃力共に限りなく100%に近いポテンシャルを発揮することができるのだ。

 

『そノ速度はマさシク、比翼のソレ。

本当ニ凄いワネ。まサカ、貴方のヨウな子ガ比翼の剣を完全に使エル上に既に己のモノに昇華シテいるんダモの。槍技デ比翼ノ神速を使ったカウンターを見舞っタのね』

 

蜘蛛人は感心する。

蓮は会得している《比翼の剣技》を既に己の武術へと昇華させていたのだ。

彼は、その《比翼の理》を双剣だけでなく、格闘や槍技にも応用することで、双剣に限らずに蓮が扱う武器全てで《比翼の剣技》を扱えるようにしていた。

そして、今回蓮は《比翼の剣技》を槍技に応用して彼らを迎撃したのだ。

 

その気づきは正しい。

 

蓮の《月龍神楽》は《騎士槍技》と《比翼の剣技》を元に作られたものだ。

そして、《騎士槍技》は守護を理念としており、攻めよりも守りに重きを置いている武術。故に、いかに多くの敵の攻撃を捌くかが肝であり、今のように多対一の状況こそ最も光る槍技でもある。

そして、《比翼の剣》を使える蓮がソレを織り交ぜて使えば、瞬時に反撃可能な防御結界となり間合いに入れば瞬時に迎撃できる。

 

守護の極みである《騎士槍技》と速度の極みである《比翼の剣技》をベースに蓮が今まで身につけてきた体術や武術、魔術。数人の師匠から学んだ全てと、ありとあらゆる戦場経験の全てを互い稀なる才気を以って織り交ぜ完成させた蓮本来の戦闘スタイル《月龍神楽》

蓮が持つ全てを結集させて完成させた神速にして変幻自在の攻防一体の伐刀絶技だ。

 

そして、今の一連の動きは確かに《月龍神楽》を使った動きではあった。しかし、今の戦いのカラクリはそこにはない。

 

『でモ、ソレだケじゃナイわネ。貴方、ドウして彼ラの動キに反応デきたノかしラ?今のハマルで、速いトいウヨり、分かッテいたヨウナ動きダッタわ。もしかシタラ、ソのプラズマを放っテる角が関係してイるノカしら?』

「さぁなんだろうな?」

 

別にカラクリがあることも理解していた蜘蛛人は顎に細い指を当てながら妖しく笑ってそう尋ねる。

蓮は槍をクルクルと回しながら、笑みを浮かべそうはぐらかした。だが、蜘蛛人の横に人馬が進み出てきて彼のカラクリの正体をすぐに看破する。

 

『……君は、私達ノ生体電流を読ンだ。その角ハサシずめアンテナかな?』

「正解。よく判ったな」

 

蓮は素直にその気づきを認めた。

そう、人馬の言う通り蓮は蜥蜴人達の生体電流を読んで動きを先読みして対処したのだ。

 

伐刀絶技《覚》。

 

刀華の《閃理眼(リバースサイト)》と同系統の、電気で相手の生体電流を読んで敵の動きを先読みする絶技であり、蓮の場合は龍角がアンテナの代わりを担っている。そして、刀華との違いといえば、龍角のアンテナで広域受信を行い同時に最大30人まで動きの先読みができることだ。多対一の戦闘ではそれは大きなアドバンテージとなる。

ただし、当然その分脳への負担は凄まじく、蓮といえども長時間の使用は脳神経が痛むほどだ。蓮はそのデメリットを理解していながらも、治癒で脳神経の損傷を強引に癒すことで長時間の使用を可能としている。

 

『複数の脳波ヲ読んダだト⁉︎』

『馬鹿なッ‼︎ありエナイっ‼︎‼︎』

『でスガ、目の前デソレを彼ハやっテノケまシタ。でしタら、可能なのダトいうこトデしょウ』

『『ッッ』』

 

人狼と半人半蛇は同時に複数人の思考を読める存在は知らなかったので、否定するものの空を飛んでいる翼人鳥がそう正論を告げることで、黙った。

そして、思考を読まれる事が発覚したことで、不用意に動くことができないと判断した彼らは、蓮を睨んだまま動かない。だが、人馬だけは違った。

 

『君ノ技の精度は見事ナモのだ。だが、私にそノ技は効カないゾっ‼︎』

 

人馬はそう叫びながら、蓮へと赤雷纏う槍を向け、人外の膂力を活かして大地を蹄で蹴って襲いかかる。

彼は雷使いだ。生体電流を読むということは、彼にとっても戦法の一つであり、雷を使うが故にその対処法も心得ている。彼が今行っているのは、生体電流のジャミング。生体電流を読み取って動きを読むというのなら、ジャミングして間違った動きを読ませればいい。

だから、彼は、二重のフェイントを織り交ぜる。

本命は雷槍の突きだが、それをカバーするために大量の落雷や雷の矢での絨毯攻撃に加えて、背後に周りこむという脳波をわざと読ませる。

そうすれば、蓮は絨毯攻撃に加えて、背後に意識を向けなければ行けず対処は出来ないはずだ。

更に、人馬は『魔女』に与えられた『加速』の異能を用いて、全ての動作を加速させる。一気に速度を増した全ての攻撃が一斉に蓮に襲いかかった。

 

「ソレは大変だ。なら、()()()()()()()

 

しかし、蓮は特段慌てるわけでもなく酷く落ち着いた様子で戯けると平然とそう言いのけた。

 

「———《覚・天識(てんしき)》」

 

そう呪いを唱えれば、今度は蓮の瞳からもプラズマが迸り、青い稲光の尾を引くようになったのだ。そして、蓮は赤雷の絨毯攻撃を掻い潜ると、逆に人馬に接近しながら紺碧の槍を籠手へと変えて、青雷を纏わせた左手で加速した赤雷槍の突きをいなした。

 

『なっ⁉︎』

「《爆蓮華》」

 

蓮の右手に炎が宿る。

突きをいなしてガラ空きになった人馬の腹部に拳は叩きつけられ、紅蓮の炎を解き放ち、勢いよく爆ぜた。

 

『グァぁ⁉︎』

 

人馬は腹部を焼かれる痛みに血を吐き、吹き飛んで瓦礫の山に激突する。

瓦礫の山に激突した人馬は、焼けた腹部を再生しながら困惑と驚愕に満ちた表情を浮かべる。

 

『グッ、な、なぜ、私ノ動きに反応デキたっ⁉︎』

「言ったはずだ。精度を上げると」

 

蓮は人馬の問いかけにそう答える。

伐刀絶技《覚・天識》。《覚》の完全上位互換であり、電波による脳波の先読みだけでなく、空気や水分の僅かな揺らぎを角のアンテナで感知し、人体に精通しているからこそ、体内の水分の動きでどのように動くかを本人よりも早く予知する。加えて、霊眼による魔力の可視化で体内、体外の魔力の軌道や流れを視ることで文字通り、相手が取ろうとしている予備動作の全てを識るのだ。

故に、人馬のフェイントも看破できたのだ。

 

「せっかく雷のジャミングもしたと言うのに、無駄だったな」

『ッッ‼︎‼︎』

「それに、そろそろお前達の能力もわかってきたぞ。勿論、与えられた異能もな」

『なっ⁉︎』

 

蓮はそう告げた後、絶句する彼らを一様に見渡すと、《蒼月》を双剣形態に戻して構えて腰を低く落とす。

 

「次は、俺からいかせてもらう」

『ッッ⁉︎』

 

刹那、地面を蹴り砕き蓮は一筋の閃光となって彼らへと迫る。蓮は《蒼月》を振るう。

 

「《四刃乱舞(しじんらんぶ)(らん)》」

 

両腕を目にもとまらぬ速度で振るい、水の《流水刃》、炎の《烈火刃》、風の《斬風刃》、雷の《迅雷刃》の四種類の刃を無数に解き放つ。

刃はまさしく嵐の様に四方八方から彼らに襲いかかった。

宙を真っ直ぐ突き進んだり、弧を描いて進む斬撃の雨に、怪物達は各々が対応する。

 

『ハッ!今更こんナモン痛くモ痒クもネェっ‼︎‼︎』

『あらアラ、どウしたノかシラ?こんなモノじゃ、私達ハ倒せナイワヨっ?』

 

蜥蜴人や蜘蛛人の嘲笑が響く。

彼らは、肉体を鋼化したり糸と毒を巧みに利用することで蓮の斬撃を防いでいたのだ。

 

「……ッッ」

 

蓮は僅かに顔を顰める。

《四刃乱舞・嵐》は対軍に特化している広域殲滅型の伐刀絶技だ。相手の数が多く、戦争の様に多くの人間が一塊になっているときに、敵の悉くを切り裂き殲滅する強力無比な伐刀絶技。

魔力量次第では、戦艦すら切り裂けるほどの刃を放つこともできる。

だが、彼らは擬似的とは言え『覚醒超過個体』だ。肉体を霊装と同じ魔力の塊へと変えた彼らには、戦艦を容易く斬り裂けるほどの斬撃を持ってしても、浅い裂傷を刻む程度。

現に蜥蜴人や蜘蛛人以外にも各々が魔力防御の鎧を重ねがけしており、斬撃があまり通ってはいなかったのだ。

 

しかし、そんなことは蓮も重々承知のこと。だから、技を重ねる。

《蒼月》の刃を重ねると蓮は鋒を天に突き出し唱える。

 

「重ねて、喰い滅ぼせ。《四龍八津牙(しりゅうやつが)天喰(あまじき)

 

現れたのは、蒼の蛟龍《蛟龍牙》、紅の焔龍《焔龍牙》、青白の雷龍《雷龍牙》、白の風龍《風龍牙》が八体ずつの水、火、雷、風の四属性四種32頭の龍達だ。

《蒼月》の鋒に展開された魔法陣より現れた、32頭の龍達はギロリと怪物達を捉えると主人の命に従い顎門を開き牙を剥き出しにしながら雄叫びをあげて襲いかかる。

 

『『『『『『グオォォォォォォォォォォォォォォォォォ——————ッッ‼︎‼︎‼︎』』』』』』

『『『ッッッ⁉︎⁉︎⁉︎』』』

 

流石にこれには彼らもギョッと青ざめて防御に徹した。全員が蓮への攻撃をやめて、各々の能力で迎撃する。

並外れた強度を持つはずの龍達は悉くが彼らに食い散らかされ倒れていく。だが、

 

『クソっ、キリがネェっ‼︎』

『ドれダケ再生スルんだっ⁉︎』

 

苛立ちと驚愕の声が聞こえてくる。

彼らの言葉の通り、龍達はどれだけ倒されようとも、倒れる端から術者からの魔力供給によりすぐに復活して襲いかかるのだ。

だからこそ、彼らは蓮への攻撃ができずに龍達の迎撃に徹し続けなければいけなかった。

そして、それこそが蓮の狙いでもある。

 

「ッッ」

 

龍達の迎撃に徹することで、自分への注意が一瞬外れるわずかな隙をついて、蓮は龍達の体内に潜りそれらを介して高速で移動する。

そして、蓮は《蒼月》を両腰に提げると左手で右剣の柄に、右手で左剣の柄に手をかけると()()()()()()の構えをとる。

右剣からは紺碧の水が、左剣からは青白い雷が、それぞれ溢れる。

雷龍の腹から迎撃している人狼の目の前に飛び出る。突如目の前に現れた蓮に人狼は目を剥いた。

 

『て、メェっ⁉︎』

 

驚愕する人狼に、蓮は水と雷の二振りの伝家の宝刀を抜き放った。

 

「二刀居合———《叢雨》《千鳥》」

 

二刀が煌めき、水と雷の二振りが放たれる。

青く閃く流水の刃《叢雨》と青白く迸る迅雷の刃《千鳥》。二つの居合斬りが鞘から解き放たれ、クロスするように弧を描き、人狼の胸部に巨大な傷を刻むと同時に両腕をも切り飛ばした。

 

『チィッ‼︎』

 

切り口から大量の鮮血を溢した人狼は大きく舌打ちすると、一瞬で黒炎の両腕を形成して蓮に振りかぶろうとした。しかし、蓮はその時にはすでに蛟龍の背に乗って距離をとっており、蜘蛛人に襲いかかっていた。

代わりに、雷龍と風龍が二頭ずつ牙を剥いて襲いかかる。

 

『ウザっテぇナァッッッ‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

人狼は自分の肉体に噛み付き引きちぎらんとする龍達に苛立ちの声をあげると、大出力の炎を放って自身に近寄ってきた龍達をまとめて消し飛ばした。

流石に消しとばされては再生できないのか、龍達は炎に呑まれそのまま霧散した。

人狼は深く息をつき両腕を再生させると、向こうで蜘蛛人と戦う蓮の姿を捉えて殺気に赤い瞳をギラつかせる。

 

『ブッ殺しテヤル』

 

殺意に満ちた言葉を吐き捨てると、雄叫びをあげて蓮に再度襲いかかった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

攻防を繰り返し時折傷を負っては再生しながら戦い続ける中、蓮は表面上では余裕そうに捌いているものの内心では焦っていた。

 

(参ったな。このままじゃジリ貧だ)

 

《四龍八津牙・天喰》は既に全滅しており、蓮は水槍、炎刃、落雷、竜巻など多種多様な伐刀絶技で分断させて、確実に一対一の状況に持ち込んで戦っていた。

《覚・天識》があるからこそ、全員の思考を読めて対応できているのだ。

 

今のところ、戦いの流れはほぼ互角。時間がかかる治癒はなく、どれも強力な再生力のおかげで一呼吸で済ませれるようになっている。強いて言えば、《覚・天識》を使用し続けることによる脳神経の損傷が一番リスクが大きいが、それは龍神の再生力と治癒の同時使用で強引に回復させているため、その点でも、問題はあまりない。

だが、それは彼らも同様で、どれだけ傷を負っても高い再生力ですぐに傷を再生してしまう。これを防ぐには、再生に時間がかかるほどの攻撃を与えるしかない。

 

(……このままだと、魔力の回復が間に合わなくなる)

 

問題は継戦能力だ。

正直に言うと、魔力の回復が間に合わないのだ。絶えず強力な伐刀絶技を使用しているし、《臥龍転生》も長時間使用している。今でこそ、なんとか魔力の回復スピードが間に合っているから戦えているが、じきに間に合わなくなる。今のこの互角の状況を維持できなく成るのも時間の問題なのだ。

それに加えて、人狼達は擬似的な《覚醒超過》のおかげで魔力量が爆発的に上昇しており、全員が蓮の魔力量を凌駕しているのだ。このままでは、魔力量の差で押し切られてしまう。

時間。魔力量。数的不利。いくつもの要素が重なることで蓮は実質的に追い詰められつつあったのだ。

だから、なんとしてでもこのジリ貧の状況から脱したかった。

それを可能にする手段は———二つある。

 

(二つ、どうにかする方法はある。だが……)

 

一つは『覚醒超過』。これは余程なことがない限りは使ってはいけなし、既に2回使っている蓮は人に戻れなくなる可能性が高く、リスクが大きすぎる為に除外。

……ならば、もう一つ。こちらも限りなくグレーゾーンに入ってはいるが、ソレでも黒ではない。使用した後は極度の疲労を起こすものの、それでも『覚醒超過』と比べれば、リスクは大幅に軽減されるし、この怪物達にも互角以上に渡り合えるだろう。

だが、ソレを使おうにも問題がある。

 

(避難が完了していない時点では、巻き込みかねない)

 

その伐刀絶技は強力無比ではあるが、周囲を巻き込んでしまうほどの危険な代物。少なくとも、南地区から市民が完全に避難していない限りは使ってはいけないものだ。

 

(くそっ、避難はまだ終わらないのかっ⁉︎)

 

勿論、蓮とて避難に手間がかかるのは分かっているし、こんな急な戦闘の為時間がかかるのは承知している。

だが、これほどの敵を前に縛りがある状態で戦っているのは、どうしても歯痒かったのだ。

そうして、戦い続けていた時、ふと蓮は思った。

 

(そういえば、あの魔力……どこかで、見たことが……)

 

蓮は霊眼で彼らを見たときに、魔女のものと思われる黒紫色の魔力に既視感があったのだ。

あれだけ悍ましくて、不気味な魔力。とてもではないが、普通の存在ではない。過去に戦ったものたちでもあそこまでの魔力は見たことがない。

だとしたら一体誰の……

 

「——————」

 

そこまで考えたとき、蓮は自分の心臓が一度強くドクン、と脈動し、胸が早鐘を打ったのを自分でも感じた。

 

(俺は……この、魔力を、知っている………)

 

なぜ気づかなかった?

 

なぜ今になってようやく気づいた⁉︎

 

黒紫の魔力光。それは、少ないが存在している。過去に蓮も何度か見ている。

しかし、多くのパターンを見たが、いずれも該当しなかった。

 

(……あの時、見た……あの、魔力だ……)

 

だが、今回視た魔力のパターンは………あの独特な魔力の波長はっ、あの時のものだっ‼︎‼︎

 

その時、蓮の脳裏に昔のある光景が過ぎる。

 

 

暗い夜の下、燃え盛る紅蓮の炎と凍てつく白銀の氷。その紅白の氷炎世界と黒紫の瘴気領域がぶつかり、紅白と黒紫の4色に染まる大地。

 

その中で、地面に倒れ伏すのは赤い鬼と青い戦乙女。自分の目の前で2人は、涙を流す自分に力無く笑っていた。

 

倒れ伏す2人と自分を見下ろしていたのは『黒』。

 

この世のどれよりも黒く、どこまでも悍ましく、なによりも不気味な、禍々しい暗黒。

 

それは、絶望。それは、闇。それは、混沌。

 

一度見れば恐怖に呑まれ、一度触れれば全てが消え去り、一度知れば立ち上がることすらできない、と思ってしまうほどの濃密な狂気をソレは纏っていた。

 

闇を纏うソレは、背中に漆黒の三対六枚の堕ちた天使の翼を、長い黒髪をかき分ける様に頭部から生える捻れた一対の紫黒の悪魔の大角を有していた。

 

瞳は凶兆を象徴するような妖しい魔性の赤紫。

黒を基調とし紫の装飾が施されたドレス甲冑を纏い、紫の刃を持つ黒紫の大鎌を手に持っていた。

 

月を背に自分達を見下ろす黒い堕天使は、口元を歪ませて妖しく笑っていた。

 

 

 

「—————————ぁ」

 

 

 

蓮はその光景を思い出し、動きが止まる。

 

「———そうか、そういうことか」

 

忘れるはずがない。

なぜなら、これは己の始まりの光景。己が力を望んだ切欠の出来事だ。

ソレを思い出すたびに、胸中には瞋恚の炎が荒れ狂っていた。殺してやりたいと、心の底から憎み続けていた。

《魔人》に至った後、連盟本部の要請で世界を飛び回ったこともあり、各地で蓮は自分なりにその仇の正体をずっと追っていた。

だが、いくら探しても痕跡は見つからず、日々苛立ちが募るばかりだった。しかし、遂にだ。遂に、自分はその手がかりを得ることができた。

 

「———やっと、見つけた」

 

漸く全てが繋がった。

ヘルドバン監獄を襲撃し蓮を狙う魔女。

黒狗との激闘時に見ていた視線の持ち主。

両親を殺した憎き堕天使の女。

全て同一人物だったのだ。つまり、かの魔女は、蓮の怨敵は少し前から理由はどうであれ蓮を狙っているということに他ならない。

 

「———ハッ」

 

蓮は小さく笑みを浮かべた。

全身に駆け巡るのは歓喜。この12年、探しても探しても見つからなかった手がかりが、漸く目の前に現れてくれたのだと言う歓喜だ。

待ち望んだ目的の手掛かりを見つけたことに、蓮は1人静かに歓喜に打ち震えていたのだ。

 

そして、突然動きを止めた蓮に怪物達ははじめこそ困惑の視線を向けていたものの、何もしないと判断したのか、蜥蜴人が鋼の鉤爪を構えて蓮に迫る。しかし、

 

「おい」

『ッッ⁉︎⁉︎』

 

直後、蓮へと襲いかかった蜥蜴人は右腕を包むように展開された巨大な紅炎の龍腕に叩きつけられるように掴まれた。

 

『ぐっ、ガァっ』

 

鋼化した肉体が炎熱に焼かれ赤熱化し、同時にミシミシと嫌な音がする。

蓮が操る超高熱の炎が蜥蜴人の鋼の肉体を焼き溶かすと同時に、焼き潰そうとしているのだ。

肉を焼かれ、骨を握り潰されていく激痛に蜥蜴人は血を吐き出しながら呻き声を上げた。

蓮は蜥蜴人を持ち上げると、握る力を強めながらゾッとするほどに冷たい声音で尋ねる。

 

「貴様達を怪物に変えた《魔女》について、知ってることを全て答えろ」

『ガハッ、ぁっ、グ、ガァっ』

 

更に吐血した蜥蜴人は激痛に呻きながらも、勝気な笑みを浮かべると、

 

『誰、が…答エるカヨっ‼︎‼︎』

 

そう告げて、頭部の角を伸ばして蓮を貫かんとする。蓮はソレに対して冷酷な表情を浮かべたまま淡々と告げた。

 

「そうか。なら、死ね」

『グぅあァァァッッ⁉︎⁉︎⁉︎』

 

鋼角が伸びた瞬間に、蓮は《黄泉陰火》を発動し蜥蜴人を焼き溶かそうとする。本来なら一瞬で灰にできるはずなのだが、『覚醒超過』を経たことで魔力防御力が向上しているからなのか、焼けてはいるもののまだ完全に溶け死ぬまではいかない。

そして、仲間が焼き殺されようとしているのにソレを黙って見ているほど彼らは薄情ではなかった。

 

『コノ野郎ッッ‼︎』

『そイツを放セッ‼︎』

『オノれッ‼︎』

 

人狼、人馬、半人半蛇がそれぞれ蓮へと蜥蜴人を解放させようと襲いかかる。

黒炎を、赤雷を、血色の水の攻撃を蓮に直接叩き込もうと肉薄する。蓮はそれを一瞥すると短く唱える。

 

「《破天轟雷》《炎陽》」

 

左腕から大出力の青白い雷撃が放たれ、蜥蜴人を離した左腕の炎を炎の塊へと変化させて圧倒的に熱量を増して煌々と燃え盛る太陽を生み出す。

彼らの攻撃は、爆ぜるように放たれた雷炎の奔流に飲まれ、彼ら自身も呆気なく吹き飛ばされた。蓮に襲いかかった3人は吹き飛んだ先で、体を焼く痛みや雷撃による麻痺で地面に転がり悶えている。

 

『…………ゥ…………アぁ…………』

 

そして、解放された蜥蜴人は溶けかけた肢体を元の肉体に戻して、全身の大部分が焼け爛れ、今もなお白煙をあげており、激痛に苦しんでいた。

 

「手を離してしまったか。後もう少しで焼滅させれたというのに……柄にもなく昂っていたな」

 

蓮は蜥蜴人を思わず離してしまった事を少し悔やみつつそう呟くと「まぁいい」と言って、クレーターの中心で仁王立ちすると激痛に悶える蜥蜴人達を睥睨する。

 

「『魔女』については全員に聞けばいい話だ。全員瀕死になるまで追い詰めてから、聞くとしよう。殺すのは、その後だ」

 

そうして次こそ情報を聞き出すべく叩き潰そうと身をかがめたその時だ。突如、声が響いた。

 

『蓮さんッッ‼︎‼︎』

 

拡声器を使ったであろう聞き馴れた声音に蓮は思わず動きを止めて見上げる。

 

「ッッ?カナタ?」

 

声の方向を見ても、建物や瓦礫の山、そして遠く離れたせいでどこにいるかはわからない。

だが、拡声器を使って在らん限りの声で呼ぶ彼女の声は確かに聞こえたのだ。

思わぬ介入に、一体何事かと蓮を含めた全員が動きを止めて、戦闘が一時中断される。その後もカナタの声は聞こえてきた。

 

『救出と避難は完了しましたっ‼︎国民の皆様は私達が全力で守りますッ‼︎ですから、遠慮はいりませんッ‼︎思う存分戦って、勝ってくださいッッ‼︎‼︎』

「———ッッ」

 

聞こえてきたのは待ち望んだ避難完了の報告。

南地区から完全に市民が避難できた事を知らせるための報告だったのだ。

つまり、蓮は縛りがなくなったということになる。漸く思う存分戦えるということだ。

 

「クハハッ」

 

ソレを把握した蓮は犬歯をむき出しにして獰猛に笑い、縦に割れた金碧の龍眼を人狼達に向けた。

 

『ッッ‼︎‼︎』

 

瞬間、蓮の周囲を取り囲んでいた怪物達全員が一斉に距離をとって身構える。

 

『………っっ‼︎‼︎』

 

慌てて距離をとった彼らの顔には冷や汗が伝っており、荒い呼吸を繰り返していたのだ。

彼らは一様に感じ取ってしまっていた。

蓮が解き放った狂気とも取れる絶大的な覇気を。そして、彼の背後に顎門を開き牙を剥く龍の幻影を彼らは見てしまったのだ。

ゆえに、本能が彼らに下がる事を強制させたのだ。アレは戦ってはいけない敵だと本能が訴えていたのだ。

蓮は距離をとった彼らを一瞥すると、カナタがいると思われる北方へと視線を向ける。

 

「カナタ、礼を言う」

 

そして、笑みを浮かべて短く礼を言うと、大地を勢いよく蹴って地面を爆砕して空へと飛び上がる。

中空へと飛び上がり、浮遊する蓮は一度眼下のヴァーミリオンの首都を見下ろす。龍神の強化された視力は、北方地区周辺に避難して自分を見上げるヴァーミリオン皇国の国民達の姿をはっきりと捉えた。誰もが困惑の表情で自分を、黒く染まった空を見上げている。

そして、その中には、最前線で障壁を張っている騎士達の姿もいてカナタもそこにいた。

カナタは彼らとは違い困惑もなく信頼し切った表情を浮かべている。蓮が勝つことを信じてくれているのだろう。

 

「………」

 

蓮は視線を移し改めて人狼達を見下ろす。彼らもまた一様に困惑した表情で自分を見上げている。そこには焦燥、驚愕、困惑、様々な感情があった。

それらを一瞥すると右掌に三つ巴の魔法陣を浮かべ、そっと己の胸の紋様に重ねて静かに唱えた。

 

 

()()()()。神降ろしはここに成る。———《龍神纏鎧(りゅうじんてんがい)》」

 

 

ドクン、と蓮の全身に浮かぶ紋様が強く脈動し、鼓動のように紋様が激しく明滅する。

それに呼応するかのように、魔力もまた際限なく高まり続けていた。

そうして彼は、自身が持つ()()()()()()()()()()()()()()()の切り札を解き放つ。

 

 

「———《天威霊明(てんいれいめい)》ッッ‼︎‼︎」

 

 

最後の一言を叫び、解き放たれたのは、紺碧と白銀が入り混じる極光の柱。それは、低い位置で立ち込めていた黒雲を穿ち、大地を、大空を、大海をも震わせた。

 

その猛り狂う魔力の奔流の中で、蓮の胸部にある三つ巴の紋様が一際強く輝くと、そこから青白い燐光が大量に放出されはじめた。そして、燐光と魔力の奔流が蓮の肉体を覆い始める。それらが蓮の肉体を完全に覆い隠すとある形を成していく。

 

『な、ナンだアリャあ』

『……卵、ナノか?』

『冗談じゃナイっ、ナンだ、コノ魔力の上昇はッ‼︎』

 

成した形は魔力で形成された繭にも似た卵型の魔力結晶体。

人狼達はその卵に困惑の声をあげて、更にその内側から感じる際限なく高まり続ける魔力に驚愕の声を隠せないでいた。

同時に感じるのは、本能的な危機感。

あの卵を開けさせてはいけないと、中にいる彼にこれ以上何もさせてはいけないと本能がけたたましく警鐘を鳴らしていたのだ。

 

『アレはダメだっ‼︎早く堕トせッ‼︎‼︎』

『分かっテル‼︎‼︎』

 

誰もがその危機感は感じており、彼らは本能に従ってそれぞれ遠距離砲撃を放ってあの卵を堕とさんとする。

防ぐものもないため、砲撃は例外なく卵に直撃する。黒い爆煙が卵を飲み込み、姿を隠した。

そして、爆煙が晴れた先にあったのは———傷ひとつついていない卵だった。

 

『き、傷一つツかネェだトっ⁉︎』

『馬鹿なッ⁉︎』

 

その後も怪物達は何度も遠距離砲撃を放つものの、卵には傷ひとつつかない。

やがて、魔力の卵の頂点にピシリと小さな亀裂が入ると糸が解れるように頂点から崩れていき、完全に崩れると中にいる蓮の姿が露わになっていく。

 

「——————」

 

白銀の長髪。純白の肌とそこに浮かぶ水色の紋様。魔力で形成された龍角や背中の突起、そして腰から伸びる尻尾などのその容姿自体の変化は変わりはない。だが、身に纏う格好が変化していた。

 

『な、ナンだ。アノ、姿は……っ』

『霊装が、変化、シタのカ?』

 

露わになった姿に人狼達は戸惑いの声をあげる。

蓮が身に纏っているのはボロボロのスーツではなく純白を基調とし青の意匠が施された羽織と袴だけの和装だ。

神の羽衣を連想させる一切の穢れなき純白の羽織にも似た服には青色の勾玉の刺繍が無数に刻まれている。袴も同様であり、足首まである純白の袴の裾にも青勾玉の紋様が刻まれている。

 

両足、胴体、腕を覆うのは白銀の装飾が施された紺碧色の鎧。

首から腰に。肩は覆われず、二の腕から指先に。そして、膝から指先まで、蓮の体型に合わせて密着する様に覆われている鎧には肌に浮かぶ紋様と同じものが浮かんでおり、淡く明滅している。

 

深海を思わせる藍色の装甲は大海の輝きを秘めており、装甲はまるで龍の鱗が無数に重なったようにも見え、先端の指部分に至っては鋭利に尖り水色に輝く鉤爪があり、ソレはまさしく龍の肉体を鎧の形に変化した様に見える。

 

淡い青光を纏い中空に翼もなしに佇むその姿はあまりにも神秘的であり、神々しいの一言に尽きた。

 

 

その姿、その佇まい、そのオーラは、まさしく———

 

 

『……『DEUS(デウス)』……?』

 

 

翼人鳥が思わずそう呟く。

DEUSとはすなわち『神』だ。

何をと思うかもしれないが、奇しくも彼女以外の全員も同じ事を思っていた。

黒き荒天に君臨し中空に佇むその姿はまさに、神が降臨してきた様に彼らには見えてしまったのだ。

 

「——————」

 

蓮はスッと瞳を開くと金碧の龍眼を彼らに向けて見下ろす。

 

『『『『——————ッッ⁉︎⁉︎』』』』

 

その眼差しに人狼達は息が詰まる様な感覚を覚えた。

彼らが感じたのは圧倒的なまでの威圧。

『神威』と形容すべきほどの絶対的かつ圧倒的な威圧感に、彼らの本能が悉く気圧されたのだ。

次いで、体が硬直し自分の意思でピクリとも動かなくなった。先程とは比較にもならない圧倒的な威圧感に本能が屈した証拠だ。

神話世界の頂に君臨する絶対強者である龍神。

その神威に彼らの獣の本能が無意識下に恐怖して動けなくなっていたのだ。

 

(な、ナンだ⁉︎体ガ動かネェ⁉︎)

(威圧に呑まレタとイウのかっ⁉︎⁉︎)

(なんナンダっ、コいツはっ‼︎)

(震えガ、止まラないっ)

(コレでハ、アのお方と同ジジャナイですカッ)

(コレほどナのカっ、本物の魔人トイうのはっ‼︎)

(サッキとは……比じャナイワネっ)

 

彼らは一様に恐怖に体を震わし、冷や汗を流している。震える瞳や肉体、上がった呼吸、流れる冷や汗。

彼らの様子一つとっても蓮に対して恐怖を覚えているのは明白。

そして、彼が放つ神威は種類こそ違えど、自分達を怪物に変えた『魔女』が放っていた《魔人》としての圧倒的存在感に似ており、彼女同様に刃向かってはいけないとすら思わせていたのだ。

彼らが恐れ見上げる中、蓮はゆっくりと降下する、怪物達をその冷徹な眼光ではっきりと捉えながら、口を開くとスゥッと息を吸って言った。

 

『畏れよ』

『ッッ⁉︎⁉︎⁉︎』

 

その言葉が紡がれた瞬間、ズンッと空気が更に重くなったのを彼らは感じた。

蓮が言葉に神威を乗せたのだ。圧倒的な存在が放つ神威纏う言葉は、まさしく言霊となって彼らを抑えつける。

 

『我は神。生きとし生ける命を呑み込む災禍の化身。

我は龍。生きとし生ける者達の頂に君臨せし者。

境界を越え魔に堕ちし獣でなければ、輝ける強き意思を持つ人でもない。ましてや真に至れていない貴様ら紛い物の獣程度が、我を殺せるなどと思い上がるな。分を弁えろ。畜生共が』

 

神威纏うソレは、先程とは打って変わっての不遜かつ荘厳な口調は、まさしく神のソレだ。

 

『悔い改めろ。神に牙を剥いた罪禍、その身を以て味わえ。

———なればこそ、我自ら貴様らを滅ぼそう。抗えぬモノが世に在る事を此処に知れ』

 

ふわりと着地した蓮は両腕を広げながら、荘厳な口調でそう告げた。

 

 

 

今ここに、荒ぶる神が解き放たれた。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

世界に邪悪をもたらす最悪の狂劇。

 

 

魔女の悪意に満ちた悍ましく、愛しき狂乱の宴(オルギア)

 

 

人知れず、幕を上げていた狂乱の宴(オルギア)が、いよいよ本格的に始動してしまったのだ。

 

底知れぬ悪意と常軌を逸した怪物達を以て英雄を追い詰める、本格的な幕上げだ。

 

破壊と殺戮。

 

蹂躙と混沌。

 

凄惨なる惨禍。

 

悪意によって作られた狂騒が、静かにだが確実に闇の中で蠢いていた死の宴が、遂に表に現れたのだ。

 

 

『見せてもらうわよ。貴方という『英雄の可能性』を。だから、私を飽きさせないよう精々足掻いてね?

ああ楽しみだわ。早く貴方を喰べたくてしょうがない。一体、どんな味がするのかしらね?』

 

 

魔女は嗤う。彼の最果てがどうなるかを想像して。

 

 

そして、彼女自身が彼を喰らう未来がくる日を待ち望んで。

 

 

 

破滅はまだ始まったばかりだ。

 

 

 





次回:蓮、ブチ切れて大暴れします。

蓮の後半部分の神威を纏った雰囲気は、FGOの伊吹童子イメージしてます。曼荼羅の時の感じですね。

そして、書いていくたびに蓮の強さが更新されていって、一体どこまで強くなるんでしょうかね。
今更ながらに、蓮、原作のパワーバランスぶっ壊してんなぁと思ってるところです。

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