お待たせしましたァッ‼︎‼︎
今回は蓮が暴れるまくる、それだけしか言えませんっ‼︎‼︎
というわけで、どうぞっ‼︎‼︎
時は少し遡り、場所はヴァーミリオン皇国首都フレアヴェルグ東方地区。そこでは、『青薔薇の騎士団』団長であるグラキエスが声を張り上げて騎士団員達に指示を出していた。
「避難を急げ‼︎一刻も早く彼が満足に戦えるようにするんだ‼︎」
龍神と怪物達の咆哮が響く中、騎士団員達は慌ただしく動き回り半分が皇国陸軍の者達と協力し魔術で作った荷台に市民達を乗せては北方地区へと起こる避難活動を行なっていた。
グラキエス自身も優れた水の能力を使って氷の馬車を次々と造形しては市民達を乗せて、避難場所である北方地区に移していく。
そんな中、グラキエスは黒く染まった空を仰ぎ見た。
「しかし、凄まじいな……これが、彼の力なのか……」
グラキエスは冷や汗を流しながら、純粋な驚愕混じりにそう呟いた。
フレアヴェルグの上空に広がるはずだった夜空は禍々しい黒雲に呑み込まれ、そこからは幾度となく鳴り響き落ちる青い雷と吹き荒れる暴風、降り注ぐ豪雨。
大嵐が突如出現し、首都を飲み込んだのだ。
いや、首都だけではない。市民を一箇所に集めるために郊外の村々にも向かった騎士達の報告ではこの黒雲の範囲は、ヴァーミリオン皇国全土をたやすく飲み込み、その隣国クレーデルラントまで広がりつつあったのだ。
まさしく災害。
これほどの災害がたった一人の少年の手で引き起こされているというのだから、驚愕以外の何者でもない。しかも、それが自分の妹とその夫が残した子供なのだから尚更。
そして、彼は魔術を応用して千里眼のようなものを使って蓮の戦いの様子を避難活動を続けながら途中からだがずっと見ていた。
《魔人》の負の極点である《覚醒超過》を経たであろう怪物7体の凄まじい猛攻に蓮は幾度となく致命傷を負い死にかけながらも、驚くべきことにたった一人で抑え込んでいる。
髪は白く、瞳は金に、大和が《鬼》の力を解放した時と同じような外見の変化と共に、水や氷の他に、炎、風、雷などの複数の属性を使いこなして彼は一時間経っても尚、何度も立ち上がり戦い続けているのだ。
その激闘は今も続いており、無数の怪物の咆哮、地震と見紛う振動、連続する爆発音。それらが、ずっと響いていたのだ。
(ヤマト君の時もそうだったが、《魔人》の戦いというのは……あそこまで次元が違うというのか……)
グラキエスは次元の違う戦いに思わず生唾を飲み込んだ。彼を含め、エーギル、シリウス、アストレア、ダンダリオンなどの《魔人》の存在を知っている者達はカナタの口から蓮が日本有数の《魔人》だということを聞かされているし、詳細は知らずとも規格外の能力を持っているということも知っている。
18年前の大和の激闘も見ていたことから、《魔人》がここまで規格外で異次元な強さであることも知っていた。
今日、グラキエスはソレの意味を改めて理解した。《魔人》がいるだけで戦争のパワーバランスが崩壊するという事実を。
その上で、彼はもう一つの事実にも気づいていた。それは、
(私達の避難が完了していないせいで、彼が全力を出せていないっ)
彼もまた、この国に二人しかいないBランク騎士だからこそ、その事実に気づいた。
蓮が避難を気にして、周囲に被害を出さないようにしながら加減して戦っているということに。
これだけの災害を引き起こせるのだから、彼が本気を出せば南地区はあっという間に廃墟と化すだろう。そして、東、西地区にもその被害は及ぶかもしれない。
そんなことはさせない為に、彼は《覚醒超過》を経たであろう怪物7体という、もはや一国の軍事力すら超えているだろう強大な戦力相手に制限を課した状態で戦うという不利な状況に陥っているのだ。
(………歯痒いな。祖国の危機だというのに、君一人に戦わせてしまうなんて……騎士団団長として情けないっ)
グラキエスは悔しさに拳を強く握りしめる。
魔術で見える視界には、蓮が四肢を砕かれたり、体を貫かれたり、風穴を開けられたり、と致命傷を何度も負ってはその度に再生して戦い続ける姿があった。
本音を言うならば、今すぐにでも彼を守りに行きたい。自分が彼の盾となって彼がこれ以上、傷を負わないようにしたい。
かつて
だが、それは叶わない。
あの戦いは初めから自分が参加できるレベルではないと言うことを理解してしまっているから。
だから、グラキエスはその悔しさを堪えて自分がやるべきことに専念する。
市民を早く避難させて、彼に満足に戦ってもらえるようにするために。
そうして、自分が担当している地区に残る最後の市民を数名馬車に乗せて送った時、騎士団の装いをした者達が近づいてくる。
先頭にいるのは、第一部隊隊長のアルテリアだ。彼女は、グラキエスに近づき報告する。
「お父様!第一部隊の担当地区避難を完了しました‼︎」
「ああ、わかった。なら、アルテリアは部隊を率いて障壁の形成の為に配置についてくれ」
「はい、分かりました」
そうしてアルテリアが矢継ぎ早に部下達に指示を出して障壁を張るために配置につかせる。
ある程度指示を出し終えた時、アルテリアはふと立ち止まり、グラキエスの方に振り向いた。
「……どうした?アルテリア」
「…………」
アルテリアはしばらく悲痛な表情を浮かべ沈黙していたものの、やがて絞り出すようにグラキエスに尋ねる。
「その、お父様……私達は、何もできないんですか?」
その問いかけに、グラキエスは表情に影を落とす。そして、少しの沈黙ののちに、グラキエスは深い悔しさが滲む声で応えた。
「………ああ、そうだな。私達では彼の力にはなれない。私達は………弱いからな」
「ッッでもっ、彼はあんなに傷だらけにっ……せめて、回復でもっ「アルテリア」ッッ」
グラキエスと同じように彼の戦闘を魔術で見ていたのだろう。分かっていながらもせめて回復をと蓮の援護に向かいたいと言おうとした彼女にグラキエスは一度名を呼ぶと、肩に手を置いて優しく言う。
「お前の気持ちはわかる。私も彼の援護に行きたい。だが、私達では足手纏いになるだけだ。それは、一番やってはいけないことだ。
私達では彼の直接的な援護はできない。だから、私達は早く避難を終わらせて彼が満足に戦えるようにしなくてはいけない。それこそが、私達ができる援護だ。辛い気持ちはわかるが、今は耐えるんだ」
「……っっ」
グラキエスの言葉に、アルテリアは唇をかみしめて悔しさや悲しみを堪えるように顔を俯かせる。しかし少ししたのち、すぐに顔を上げるとそこにはもう悲痛な表情はなく、表情が引き締められていた。
「………ごめんなさい。お父様。少し取り乱しました。すぐに配置に向かいます」
「ああ、私もすぐに向かう。気をつけろよ」
「はいっ」
アルテリアは父の言葉に力強く頷くと、自分もまた障壁形成のために持ち場に向かう。
走り去る彼女の背を見送ったグラキエスもまた、すぐに他の地区の救援に向かうために駆け出す。駆け出しながら、蓮のいる方向に一度視線を向けると小さく呟いた。
「レンくん頼む、どうか勝ってくれ。君とはまだまだ話したいことがあるんだ」
自分では彼と共に戦うことはできない。
だから、彼が満足に戦える為に一刻も早く避難を終わらせる。
それだけが、自分が彼の為にできる援護なのだから。
だから、どうか無事に勝って生きて帰ってきてほしいと彼は、一人の叔父として願った。
▼△▼△▼△
『悔い改めろ。神に牙を剥いた罪禍、その身を以て味わえ。
———なればこそ、我自ら貴様らを滅ぼそう。抗えぬモノが世に在る事を此処に知れ』
大地に降り立った蓮はそう宣告する。
先程とは異なる格好、口調、そして神威と形容すべき圧倒的な威圧。ソレらを前に人狼達は全員がその場から動くことすら叶わなかった。
誰もが冷や汗を流しながら、身体を震わせていた。
恐怖。
彼らの胸中を占めるのはたった一つの感情。
生物が本来有する本能的な死の恐怖が、目の前の『神』と敵対してはいけないと魂が警告していた。
だが、同時に自分達の主人である《魔女》が目の前の『神』を殺せと命令した時の威圧も想起され、討伐か屈服。その二つの狭間で揺らいでいたのだ。
『ナ、なんナンだヨ、テメェっ、その姿はっッ‼︎‼︎』
『アリえナイっ、ありエないっ、魔力がマダ高まり続けテいるノカっ⁉︎』
『神………そう云ったノカ?奴はっ⁉︎』
『あれガ本物の魔人ノ力とデモいうノデスかっ⁉︎⁉︎』
『アンナ化け物が存在しテいいノカヨっ⁉︎』
やっとの思いで絞り出した怪物達の悲鳴じみた声音に、青の輝きを纏った『龍神』———新宮寺蓮は、口の端を吊り上げて不気味に笑う。
『……ふ、ふふ、嗚呼、煩わしい。騒ぐな。
口を閉じろ。瞼は開けたままにせよ。
言葉を紡ぐことは許さぬ。
空を見上げるように、我を仰げ。
地に頭を垂れるように、我に傅くといい。
………ああ、ふふ、いずれも同時にはできぬよな。ならば』
蓮は何かを思いついたのか、そう楽しそうに話すと、一拍置いたのちに静かに呟いた。
『ひれ伏せ』
たった一言。されどその一言が放たれた瞬間、
『『…っっ⁉︎⁉︎』』
怪物達は皆、ズンッと不可視の重圧に体を押しつぶされ、両膝をついて頭を垂れてしまった。
(こレハ……重力っ⁉︎)
(いヤ、重力じゃナイっ)
(嘘っ、まサカ重圧ダケでここマデっ⁉︎)
(魔人の引力ト神の圧ガ合わさッタモノかっ‼︎)
初めこそ、寧音の伐刀絶技《地縛陣》のように自分達の周囲の重力が数十倍に高められ、重力に耐えられずに膝をついたものだと思った。
だが、これは重力ではない。
これは、重圧だ。
《魔人》が有する因果を結ぶ引力と《龍神》が有する存在の強大さを示す神威が合わさったことで、物理的な重圧になったのだ。
蓮は両膝を突き、自分を畏れるように見上げる怪物達を視界に収める。
『それでよい。
貴様達のような紛い物の獣は、無様に地に這いつくばる姿がよく似合う。———さて、獣達よ』
蓮はそう呟くと緩やかな足取りで踏み出して、無様に膝をつく彼らに近づいていくと、凄絶なる殺気に満ちた眼光を彼らに向けながら、怒気を放つ。
『———我は、怒っている。
神である我を殺さんとしたこと。
この地で斯様な狼藉を働いたこと。
貴様達の行動は、我を怒らせるに十分であった。
故に、我は生け贄を欲する。我が怒りを鎮める為の命を。贄は貴様達だ。貴様達の七つの命を喰らうてやることにしよう』
蓮は冷酷な声音でそう言葉を紡ぎながら怪物達を一人一人目線を移していき、やがて翼人鳥の女に視線が止まる。
そして、目を細め、口の端を吊り上げて不気味な弧を描くように嗤う。
『———そうさな、まずは貴様にしよう』
そう宣告した直後、グシャリと音が聞こえた。
『……………ハ…………?』
誰かのそんな声が小さく響いた。
声の方向に顔ごと視線を向ければ、そこには一瞬前まで10mは離れた場所にいたはずの蓮がそこにいて、仰向けに倒れてる翼人鳥の上に立っており、右拳を地面に振り下ろしていた。
その拳には大量の血が付着しており、拳がある場所には………潰れた頭らしき物があった。
『『『『ッッッッ⁉︎⁉︎⁉︎』』』』
今度こそ彼らの身体は動いてくれた。
人狼達は目の前で起きた事象を視認し、理解すると同時に膝をついた姿勢から瞬時に動いて蓮から距離を取る。
距離を一瞬で詰められ、仲間を瞬殺されたことに彼らは明らかな動揺を浮かべていた。
(ヤバイヤバイヤバイッ‼︎嘘だロっ⁉︎)
(仲間ガ一瞬で殺さレタっ⁉︎)
(さッキまで互角だッタはずだろっ⁉︎)
先程までは互角だった。
雷と風で加速した動きにも自分達は対応できた。だというのに、今、自分達は彼の速度に反応することすらできなかった。
明らかに先ほどとは桁違いな強さになっている。それも、自分達が束になっても一蹴されてしまうような圧倒的な力だ。
『…………』
蓮は彼らの動揺する表情を一瞥すらせずに、血の滴る右腕を引き抜くと、今度は左胸へと突き立てる。
グチャ、グジュと生々しい音を立てながら、指が数度動き何かを掴むと肉をちぎりながら中で掴んだソレを取り出した。
取り出されたのは、血が滴る赤黒い心臓だ。
蓮は脈動を止めたソレに視線を向けると、徐に口を開きあろうことか心臓に歯を立てた。
『『なっ⁉︎』』
心臓を食べるという紛うことなき獣の行動に怪物達が慄く中、蓮は心臓を喰い千切って咀嚼し口腔に広がった血肉の味に僅かに表情を歪めた。
『……うぅむ、不味いなぁ。干渉されたからなのだろうか……美味な女の血の中に、不味い毒が混じっておる。……本来なら甘露なのだろうが、コレは喰えんなぁ』
そう翼人鳥の血肉の味を評価すると、右腕から紅から蒼へと変色した炎を解き放ち、右手にある心臓ごと翼人鳥の遺体を瞬く間に焼き尽くした。そして、改めて彼らへと向き直ると顔から血を垂らしたまま静かに呟く。
『うむ、今は言葉を紡ぐことを許そう。
我が問いに応えよ。何故貴様達は抗うのだ?今のを見て、既に我には勝てぬと魂で理解しているはずだろうに。何故未だ我に抗う?』
圧倒的実力差を理解しながらもそれでも抵抗を止めようとしない怪物達に、蓮はそんな疑問を投げかけた。
『『『…………』』』
だが、それには誰も応えない。
否、応えられないのだ。誰もが蓮がー『龍神』が放つ神威に呑まれ、怯えるばかりなのだから。
それを理解した蓮は、口の端を吊り上げて嗤った。
『………ふふ、フフフ、ハハハハ。
ああ、そうかそうか、貴様達には応える余裕もないのだな。今は必死に我が威に抗っているというところか。ならば、応えられぬのも致し方ないこと』
一人得心した蓮はそう嗤った。
その先程とはあまりにも異なる様子に、誰もが動揺や困惑の色を見せていた。
『貴方は……誰っ?……さっキとは様子ガ、変わリスギてるっ』
声を震わせ、冷や汗を流しながらもそんな問いを絞り出した蜘蛛人の女に、蓮は僅かに瞠目する。
『ほぉ、我が威によく耐えたな。
確かそこの犬も我に問うていたな。この姿はなんなのかと…………うん、よい、そちらも応えてやろうか。しばしの戯れもよかろう』
蓮は特に眉ひとつ動かすことなく平然と頷くと彼らの疑問にわざわざ応える。
『誰何を問われても何も変わらぬ。
我は『新宮寺蓮』であり、同時に『龍神』でもある。
この力は、我が『龍神』としての神威を全て解放したもの。獣に堕ちず、人の身でありながら『龍神』の力を十全に扱えるようにするための技。そして、この姿は『龍神』の力を扱うのに最も適した姿である』
伐刀絶技《龍神纏鎧・天威霊明》
それは蓮が持つ最強にして最高の伐刀絶技。
文字通りの切り札であり、完成したのは沖縄防衛戦後のこと、今から2年前、破軍学園に入学する三ヶ月前の話だ。
あの日、《覚醒超過》を使用し龍人と化すことで白虎を打ち倒し、戦争を終わらせた彼は戦闘中、『龍神』に意識を支配されていた時
《覚醒超過》を使えば、《龍神》の力の全てを引き出せることは把握できた。だが、《龍神》の力を全て使う度に《覚醒超過》を使用するのはあまりにもリスクが高すぎる。早々に自分の体は完全な怪物に成り果ててしまう。
だから、蓮は膨大な力を秘める《龍神》の力を人間の状態のままでこれまで以上に引き出せるように鍛錬し、その末に一つの伐刀絶技を編み出したのだ。
それこそが、《龍神纏鎧・天威霊明》。
《覚醒超過》に頼らずとも誰かを守れるようにと作り上げた彼の覚悟の証だ。
《蒼月》を四肢と胴体を覆う鎧と羽衣の形へと変化させ、《覚・天識》を常時発動、莫大な魔力による身体能力の過剰強化、超高密度の魔力障壁が常時発動されており、自動再生もある。
『『龍神』の神威は只人には強すぎるのでな、我は日頃は神威を抑えているのだ。大部分の力を制限していたようにな』
強大すぎる力が故に、放たれる威圧ですら周囲に影響を及ぼしてしまうほど。常人ならば威圧に呑まれ恐怖し意識を失うこともあるだろう。
だからこそ、蓮は普段《魔人》や《龍神》の力を制限しているのと同じように、『龍神』が持つ神威も抑えているのだ。
《臥龍転生》も『龍神』の力を解放してはいるが、神威の全ては解放してはいない。精々66割強と云ったところだろう。6割であるためあれでも全開ではないが、それ以上はよほどのことがない限りは解放しない。
なぜなら、神威を全て解放するということは、今の蓮の口調の変化にもあるように、精神を
『神威を解放したこの力は我の精神を変質させる。今の我は『人』と『神』の二つの精神が混ざり合ってはいるが、『神』の側面が大きく出ている状態だ。
肉体が『魔』に堕ちぬ代わりに、『人』の精神を一時的に『魔』の領域に堕とすというわけだ。…………そうさな、貴様達にもわかりやすくいうならば、我は神降しを行うことで我が身に『龍神』を憑依させ精神を同一化させた、とでも云っておこうか』
彼のいう通り、この形態は神懸りや神降ろしの類であり、同時に精神のみに作用する擬似的な《覚醒超過》でもあった。
本来の《覚醒超過》は人間性を代償に自己を肥大化させて、獣の魂に肉体の形を合わせて変化させるもの。
しかし、《龍神纒鎧・天威霊明》はそうではなく、日本における神道にもある神霊をその身に降ろして憑依させて内に宿す『神降しの儀』と同じように一時的に『人間の精神』と『龍神の精神』を同一化させたのだ。
今の蓮は肉体構造こそ人のソレに留まっているものの、中身、つまり精神構造はほぼほぼ『神』のソレであり、彼の根幹をなすものは変わらずとも思考や口調は完全に『神』のソレへと自らの意志で変質させたのだ。
とはいえ、この変化は一時的なものだ。
この形態を使用している時のみ、精神構造が置き換わる。膨大な魔力と《魔人》の意志の力、そして、新宮寺蓮としての強固な意志の強さがそれを可能にしていたのだ。
『『『…………ッッ‼︎』』』
それを理解してしまった怪物達は、全員が揃って冷や汗を浮かべ苦虫を噛み潰したような表情になる。そんな彼らの様子を見て、蓮は面白そうに嗤った。
『ふ、ふふ、さて、話はここらで終わりとしよう。久方ぶりの全力なのだ。怒ってはいるものの、昂ってもいるのでな。
貴様達を喰らうことには変わらぬが、精々獣らしく醜く足掻いてみせよ』
そう告げるや否や、蓮は左手を彼らへと突き出し、掌にサッカーボールサイズの青白い雷の球体を生み出す。
『———《
『『ッッ』』
直後、距離をとっていた彼らの身体が、ぐんと蓮の方へ引き寄せられたのだ。
伐刀絶技《青電雷渦》。電磁波を操作して磁力を生み出し敵を雷の球体の元に引き寄せる伐刀絶技だ。
『逃がしはせぬ。
もっとも、もう貴様達は逃げも隠れることもできぬがな』
もはや蓮の前から逃げることすら叶わなくなってしまったのだ。磁力に気づき、各々が必死に踏ん張るのだが、磁力が強すぎるのか、踏ん張ってもズズズッッとだんだん距離は縮み始めていた。蓮はそれを一瞥すると、次の一手を放つ。
『まずは場を変えるとしよう。これ以上、この地を壊したくないのでな』
徐にそう呟くと両手の指を組み合わせて静かに呪いを唱える。
『———《
呪いが一つ唱えられれば、蓮の背後に巨大な藍色の魔法陣が出現しそこから高さ20m、横幅30mの津波が如き青黒い激流が解き放たれる。
大地を揺らし、轟音を鳴らすソレはまさしく洪水のように怪物達に迫り、彼らが回避する間もなく瞬時に展開した防御ごと呑み込む。
だが、これで終わりではない。
『このまま、連れてゆく』
組んだ手を解き、右の人差し指をクイッと動かす。すると、激流は蛇のように動き方角を皇都の外側へと変えた。
そして、南地区の端、皇都の最外縁部まで、建物を一切巻き込まずに流れた激流は皇都の端まで辿り着くと渦を巻くように動き、黒天めがけて巨大な水柱となって噴き上がったのだ。
呑み込まれた怪物達は、当然その動きに巻き込まれ天高く噴き上げられる。
『まだ終わらぬぞ?』
激流に乗って移動した蓮は天高く打ち上げられ、未だ激流に囚われ続けている怪物達を見上げながら、左掌に翡翠色に輝く勾玉を浮かべる。
『———《
翡翠の勾玉が鮮やかな輝きを放ち、地面に落ちた直後、無数の青々とした枝葉を次々と生やしていった。
『青龍』が有する『木』属性の植物を操る力だ。
枝葉は瞬く間に質量を増して巨木の幹へと変化して大地にしっかりと根付くと、無数の幹を蛇のように絡み付かせながら天に向けて伸ばしていき、間欠泉のように噴き上がり続ける激流の柱を幹で捕らえると、そこからは枝葉を傘のように大きく四方八方に広げた。
ヴァーミリオンの市民達が驚愕と恐怖の表情でソレを見上げる中、大樹は成長を続けていき、ヴァーミリオンの皇城の高さを超えて数分もしないうちに高さにして約400m。幹の太さは直径50m。空に広がる枝葉の範囲は、半径———300mの巨大樹へと成長した。
そして、ヴァーミリオンの大地に聳え立つ巨大樹の大樹冠。外見では巨大な三角形のように見えるソレも、内部は無数の幹と枝葉によって半径250m程の巨大な窪みのようなものが形成されており、伸びる幹の壁が外界からの視覚的な干渉を拒絶している。
その樹冠の中心に、怪物達は水浸しの姿で倒れていた。
『ゴホッ、ゴホッ……ぐ、グソっ、何が起きヤガッたんダッ⁉︎』
『ここハ……何処、ダ?何処に、流さレタ?』
『樹木の……壁?……近くニ森は……イや、これホドの大樹ノ壁ハ……』
『間違いナク、彼ノ力……どこマデも規格外ネ』
蓮によって激流に揉まれ続けていた彼らは、大樹が生まれるまでの過程を知らなかった。
だから、初めは見たことのない場所に戸惑うものの、状況的に見て蓮以外にあり得ないと判断できたのだ。
そして、水を払い立ち上がった彼らに、頭上から声がかかる。
『ようこそ。我が領域へ』
樹冠の中心にふわりと着地した蓮はそう言って、更に続ける。
『ここは我が創り出した巨大樹木の樹冠の中だ。そして、貴様達の墓場でもある』
蓮はそう告げると、全身から青い魔力を迸らせる。青白く迸るソレはまるで炎のようで、しかし水のようでもあり、されど雷のようでもあり、あるいは風のようでもあった。大気を震わせるほどに超高密度な魔力が蓮の全身から放出されていた。
そして、迸る魔力が蓮の腰部に集い、元々あった魔力で編まれた龍の尾を覆うと長さ、太さを格段に増して八つに枝分かれする。
枝分かれたそれは、牙を成し、顎門を成し、眼を成す。
蛇にも似たソレは、間違いなく龍の首だ。
一本一本が蓮の身長を超えるほどの長さで、太さもそれなりにある揺らめく八つの首は、さながら神話に存在する洪水の化身にして、水を司る八頭八尾の龍神———『八岐大蛇』のようだった。
『抗うことを許そう。
命のある限り、神威に抗ってみせよ。
さすれば、生き延びることができるやも知れぬぞ?』
八つの首を腰から生やした蓮は、龍眼の輝きを一層強くしながら呟くと、一歩、また一歩と静かに歩き始める。
『『『ッッ‼︎』』』
迫る蓮に腹を括ったのか、あるいは逃げることを諦めたのか、怪物達は一様に戦闘態勢を取りすぐに動いた。
人狼と人馬が黒炎と赤雷を宿しながら飛び出して蓮を左右から挟み撃ちにしようとし、蜥蜴人、鷲獅子が飛び上がり頭上から無数の鋼槍や風刃を、半人半蛇、蜘蛛人が遠距離の攻撃を、それぞれ放つ。
阿吽の呼吸で放たれたソレらは、抵抗のそぶりも見せない蓮へと真っ直ぐに襲い掛かり、
『よいよい。
そうでなければ、つまらぬ』
そして、呆気なく一蹴された。
濃密な魔力で形成された八つ首の薙ぎ払いが、神の嗤いと共に振るわれ攻撃の悉くを弾いたからだ。
次いで、彼ら自身にも首が襲い掛かる。轟ッと唸りを上げて迫った八首は、接近していた者達を悉く防御ごと叩き落とした。
『なっ、ンダトっ⁉︎』
『クソっ‼︎』
『ガッ⁉︎』
『早、スギるっ⁉︎』
凄まじい速度で振るわれたソレらに体を打ち据えられて、無様に樹木の床を転がる。そんな彼らに、更なる追撃がかけられる。
蛇龍の八首が彼らを喰らわんと襲い掛かったのだ。彼らはすぐに立ち上がると、何度も牙を突き立てる八首を必死に避ける。だが、鷲獅子は遂に避けきれずに両翼を噛まれた。
『次は、貴様だな』
『がっ、ギッ、ァァアァぁぁっ⁉︎』
捉えた蓮は両翼を二首を操作して一思いに捻り千切る。
嫌な音を立てて両翼は鷲獅子の肉体から引きちぎられて、ドシャと床に落ちる。
『……ぁっ?』
そして、激痛に絶叫する鷲獅子はそのまま八首に集られ、抵抗する間も無く生々しい音を立てながら喰いつくされる。
隙間から血を大量に噴き出しながら、鷲獅子の肉体は八首に喰われ消滅する。八首と味覚をつなげてでもいたのか舌なめずりした蓮は、弧を描くように不気味に嗤う。
『さぁ踊れ、抗え。
我の首をとりにきたのだろう?ならば、これで終わりなはずがなかろう。
もっとだ。もっと、我に命の輝きを見せてみよ』
そう告げ、蓮は右腕を天に掲げる。
刹那、樹冠の上空にある黒雲が青い閃光を幾度となく光らせて、無数の雷を落とす。
『———《
凄まじい雷鳴が無数に轟き、乱打される太鼓の如き轟音を奏で、落雷が豪雨のように無数に落ち続ける。
ソレらは、彼らが展開していた防御魔術や魔力障壁を嘲笑うかのように容易く砕き、全員を雷で焼いた。
『がああぁぁぁっっ⁉︎⁉︎』
『くぅゥゥゥぅッッ⁉︎⁉︎』
『〜〜〜〜〜〜ッッ⁉︎⁉︎』
『ぐぅおオオォっっ⁉︎⁉︎』
『ぐっ、ゥア、雷使いノ私ニもダメージをっ⁉︎』
他の者は言わずもがな、元々雷使いで耐性のある人馬ですら龍神の雷に呑まれ肉体を焼かれた。壮絶な雷撃に肉体を焼かれた彼らは、全身から白煙をあげながら、膝をつく。
蓮はその様子を見て、笑みを浮かべる。
『……ふ、ふふ、あぁ儚い。脆い。
獣とはいえ、所詮は造られた紛い物。この程度ですら膝をついてしまうのか。本物に比べれば弱いなぁ』
拍子抜けであることを一切隠さない嘲笑に人狼達は反論すらできない。なぜなら、蓮が言ったことは否定のしようがない事実だったのだから。
そして、荒い息をつく人狼は目の前に影が落ちるのを見た。ゆっくりと、顔を上げれば、そこには蓮がおり人狼を見下ろしていた。
『さて、貴様達を獣に変えた『魔女』のこと。教えてもらうぞ』
そう言って、蓮は人狼の頭にプラズマ迸る手を伸ばす。雷撃のダメージで体がまだ麻痺してうまく動かない彼は、困惑の声を上げることしかできなかった。
『な、何をスル気ダッ』
その問いかけに対して、蓮は嗤いながら答える。
『なに、少し貴様の記憶を覗かせてもらおうと思ってな。我も簡単に話すとは思ってはおらぬ。なら、記憶を見た方が早いと思ったのだ』
『ま、マサカっ、やっ、ヤメろっ、ヤメロォっ‼︎‼︎』
蓮がやろうとしたことを理解したのか、顔を青ざめて明らかな狼狽を見せる人狼。
余程あのお方の存在が恐ろしいのか、彼の声音には今までにないほどの恐怖に満ちていた。
だが、ソレには構わずに蓮は人狼の顔面を掴み、告げた。
『神命を下す。『魔女のことを想起せよ』』
『ッッ⁉︎⁉︎』
《覚・天識》と《魔人》としての引力、《神》としての神威が乗った言葉。三つを合わせることで、対象の記憶に干渉する。
蓮は言葉にすることで人狼にはっきりとその時の記憶を思い出させながら、その記憶を覗き見る。
直後、蓮の脳に情報が流れ込んで来た。
▼△▼△▼△
まず、見えたのは月明かりが照らすとある山の山頂の景色だ。
場所は、蓮も知らないどこかの山奥だ。
そこに彼女はいた。
月明かりを背に、黒い蛇が無数に蠢き山を作り、その中でも一際大きい大蛇に腰を下ろし足を組んで、自分達を、人狼達を見下ろしていた。
彼女の整った顔立ちと堕天使の姿は蓮の記憶の中にもあるあの魔女のソレと変わりなく、間違いなくこの存在が、蓮の仇敵であることがわかる。そして、『魔女』は妖しく笑いながら、口を開いた。
『ふふ、さて、早速だけど貴方達にはやってもらいたいことがあるの』
そう言って彼女が懐から出したのは、蒼髪碧眼の青年ーつまり自分が映る写真だった。
『彼をー新宮寺蓮という青年を、私の元に連れてきてほしいの。勿論、彼が拒否したら殺して死体を持ってきても構わないわ』
『……御意。……デス、が一体、ナンの目的デ……?』
人狼の視線が声の方向に動く。
そこには片膝をついた翼人鳥の女がいて、そんな疑問を彼女に投げかけていたのだ。
しかし、問いかけられた魔女は、一瞬沈黙すると、静かに口を開いて言った。
『———誰が口を開いていいと言ったのかしら?』
そして、放たれるのは壮絶なまでの威圧感。
人狼の記憶を通して恐怖が伝わってくるほどに、彼女は壮絶な威圧を放ったのだ。
『〜〜〜っっ、も、もうし訳アリマせんっ‼︎‼︎』
直接威圧に当てられた彼女は、顔を青ざめて目の端に涙を浮かべながら、震える声で慌てて頭を下げる。
その様子に、魔女は威圧を収めると、くすくすと可笑しそうに笑った。
『ふふ、冗談よ。
でも、ナンの目的、ねぇ。強いて言えば、私の目的を果たすために彼は、彼の力は必要なのよ。あの力があれば、私の願いはより盤石なものになるわ』
心待ちにしているかのような表情でそう応える彼女。何の目的かはわからないが、彼女の様子から見てもきっとその願いとやらは碌でもないものだが、世界を巻き込みかねないほどのかなり凶悪なものだろうと見ていた蓮はそう思わざるを得なかった。
だが、これではっきりとした。
『魔女』は確かな目的で蓮の『龍神』の力を狙っていることを。
そして、魔女は大蛇の頭の上で立ち上がると六枚の翼を広げて空へと飛び上がると、月を見上げ狂気に満ちた恍惚とした笑みを浮かべる。
『さあ、始めるわよ。
宴を。私達、獣達による獣達のためだけの、最高で、最悪な、愛しき
笑みを浮かべるその姿は、あまりにも禍々しかった。
▼△▼△▼△
『く、くふふ、ふふふ、ハハハハハハハハハハっっ』
記憶を見終えた蓮は人狼から手を離すと、肩を揺らしながら声を上げて笑い、歓喜の表情を浮かべる。
『見つけた‼︎ようやく見つけたぞっ‼︎
ああ、長かった。12年、ずっと探し求めていた‼︎今まで見つからなかったというのに、やっと、やっとその痕跡を、奴の手がかりを得ることができたっ‼︎‼︎』
ようやく回復し始め、立ち上がりつつあった人狼達を他所に、蓮はただ一人歓喜に打ち震え叫ぶ。
『ハハッ、ははははははっ‼︎愉快っ‼︎愉快だっ‼︎
これほどまでに愉快なことが今まであったか⁉︎否、否、否‼︎ありはせぬ!ここまで心が躍ったことはなかったぞ‼︎‼︎
あぁ、今からでも待ち遠しい‼︎貴様を喰い殺す日が楽しみだ‼︎‼︎』
狂喜するその姿は、あまりにも怖気を感じるものであり、親しいもの達が今の彼を見れば困惑することだろう。
それほどまでに、蓮の狂気は恐ろしかった。
そして、人狼達が唖然とする中、蓮は両腕を大きく広げながら空を見上げる。
『いいだろうっ‼︎来るがいいっ‼︎
見ているのだろうっ‼︎貴様が我を狙うのなら、我もまた貴様の首を求めようっ‼︎‼︎我は逃げも隠れもせぬっ‼︎貴様が来るというのなら、我も正面から受けて立ち、貴様を喰らってやるっ‼︎‼︎‼︎』
蓮の見立てでは、魔女はこの戦いをどこからか何らかの魔術を使って見ているはずだ。
だからこそ、宣戦布告した。
見ているのなら、いつか必ず近いうちに相見えることになると確信していたから。
それから狂ったように肩を震わして嗤い続ける蓮を前に、麻痺から回復しつつあった人狼達は動くことができなかった。
なぜなら、今不用意に動いて仕舞えば彼がどう動くか分からなかったからであり、彼の狂気に純粋な畏れを抱いてしまったからだ。
そして、しばらく嗤い続けてやがて落ち着いた蓮は、一息つくと心底嬉しそうな表情を浮かべる。
『感謝するぞ、犬。貴様のおかげで、我は奴の手がかりを得られた』
『……ヒッ……ァ…』
向けられた蓮の瞳に、人狼は短い悲鳴をあげた。今更ながらに、彼は後悔していたのだ。自分は、これほどの怪物を殺そうとしていたのかを。こんな奴に関わるんじゃなかったと。
そして、完全に恐怖に飲まれ震えることしか出来なくなった人狼に、蓮は再び手をかざす。
『特別だ。苦痛なく殺してやろう』
『———ッッ⁉︎』
死を理解して眼を見開いた人狼に、蓮は静かに告げる。
『《黄泉陰火》』
放たれたのは万物を焼き滅ぼす一切焼却の悪魔の焔。炎使いであるはずの人狼はその炎に抗うことすらできずに、苦痛を感じる間も無く一瞬で焼かれ灰になってボロボロと崩れ落ちた。
『さて、次は貴様達だな』
『『『『ッッ⁉︎⁉︎』』』』
人狼を殺し、他のメンバーに視線を向けた蓮に、残された四名は体をビクリと震わせる。
全員がまさしく蛇に睨まれた蛙の如く、体を震わせその場から動けなくなっていたのだ。
しかし、
『ぁ、あぁ、アァァァァぁぁぁぁぁッッ⁉︎⁉︎⁉︎』
『おイっ⁉︎』
その重圧に耐えきれなかったのか、半人半蛇の女は大粒の汗を流し、瞳を揺らしており、蓮が歩き出したと同時に、悲鳴を上げて背を向けて逃げようとしたのだ。
だが、神の前でそんなことをすれば、
『無駄なことを』
真っ先に喰われてしまうだろう。
蛇の下半身をくねらせて遁走する半人半蛇の女に、蓮はそう告げると六つの頭を消しかける。
六つの龍首は顎門を開くと凄まじい速度で逃げ去る半人半蛇へと首を伸ばして、程なくして牙を突き立てた。
『ッッ⁉︎や、ヤメろっ‼︎い、嫌ダっ‼︎私ハっ、まダ死にタクなっ、あっ、ァァぁぁァぁぁぁアァァァァッッ⁉︎⁉︎……ぃぁっ⁉︎』
噛みつかれ逃れることができなくなった半人半蛇は、せめてもの抵抗をしていたものの霊体である為に効かず、対抗虚しく次第に肉が喰い千切られていき、絶叫が響く。
やがて、ブチィと生々しい音を立てて首が千切られ、そのまま喰いつくされた。
半人半蛇を喰いつくした蓮は、ふと視界に影がかかった為に顔を上げた。見れば、蜥蜴人と人馬が目前にまで迫っていた。
『この、バケモノがァァッッ‼︎‼︎』
『死ネぇっ‼︎‼︎』
蜥蜴人は両手を合わして見上げるほどの巨大な鋼大剣を作り振り下ろし、人馬も赤雷滾る巨大な雷槍を突き出していた。
しかし、それらは残っていた二つの龍首に呆気なく受け止められる。顎門を開き噛み付いて受け止めたのだ。そして、龍首は首を振るって2人を放り出した。
驚愕する2人のうち、まず蜥蜴人に狙いを定めて蓮は一瞬で距離を詰める。
突如として眼前に現れた蓮に蜥蜴人は眼を見開く中、蓮は彼の胸にそっと手を添えた。
『灰塵に帰せ。《焔獄焼嵐》』
『ッッ‼︎…がァァァァァァアアアぁぁぁぁぁ⁉︎⁉︎⁉︎』
直後、蜥蜴人を飲み込んだのは青き獄焔の大竜巻。
直径数十m、高さ200mのソレは鋼の肉体を持つ蜥蜴人を超高熱で焼き尽くしていき、十数秒の後に、完全に焼滅する。
次いで、蓮は人馬へとグリンと首を動かして振り向いた。
『ッッ⁉︎』
金碧の眼光がこちらをはっきりと捉えたことに人馬は青ざめた表情を浮かべ咄嗟に動こうとするも、もう遅かった。
『◾️◾️◾️◾️◾️◾️——————ッッ‼︎‼︎‼︎』
咆哮炸裂。
ガパッと開いた口からは壮絶な龍神の咆哮と青白い閃光。火、水、風、雷の蓮が有する属性全てを混ぜた純粋な破滅の息吹『龍神の息吹』だ。
それは、容易く人馬を飲み込み消滅させ、ソレでは終わらず樹木の壁にも容易く大穴を開けて黒雲を貫きながら射程百数km先の大気をも貫いた。
『残るは、貴様だけだな。蜘蛛』
口から青い燐光の残滓を吐き出した蓮は最後に残された蜘蛛人に振り向きながらそう告げる。
『ッッ』
蜘蛛人は息を呑むと両腕を構えて五指の先、蜘蛛の腹部から糸を吐き出しながら戦闘の意思を見せた。
『ほぉ、これだけの差を見せられながらまだ生き足掻くか。まぁよい。抗うのは許したからな。好きに抗うといいさ。死が少し遅くなるだけのことだからな』
そう言って八つの龍首を自身の背後に戻す。
青白い霊体に赤い鮮血を滲ませる龍は、主人と同じく金碧の眼光を蜘蛛人に向けながら低い唸り声をあげている。
ソレらを前にし、蜘蛛人は泣き喚くわけでも、震えるわけでもなく、真剣な表情を浮かべながら静かに告げた。
『いイエ、もう準備ハ済まセタワ』
『?…っ、これはっ』
一瞬怪訝としたが蓮は彼女の言っていることにすぐ気がつく。《霊眼》を常時発動している蓮にははっきりと視えていたのだ。
自身の周囲に張り巡らされている無数の糸を。
直後、それらの糸が一斉に動き、蓮の体と龍首を全て縛りつけた。
更に、糸が縛り付けた瞬間、蓮の全身が金縛りにあったかのように動かなくなり、毒液が滲む糸の束縛を無防備に受けることになった。
概念干渉系《拘束》。
元々持っていた『毒』のほかに与えられた異能は、蓮の体を忽ちその場に縛りつけた。
『《
蓮が拘束された一瞬で展開されるのは、毒糸を束ねた槍と毒で構成された大蜘蛛。それらが一呼吸のうちに数百形成されていき、一斉に蓮に襲い掛かる。
蓮を拘束し、なおかつこれだけの数の伐刀絶技の一呼吸で展開できる展開速度。どうやら、彼女は元の素養に関しては今回のメンバーの中では随一なようだ。
毒纏う糸槍と、毒を牙から滴らす大蜘蛛の群れが動かないで蓮に襲い掛かろうとする。だが、
『《海鮫血牙》』
その悉くが一瞬で展開された無数の青鮫によって喰い散らかされた。
『〜〜〜っっ、コレでも届かナイのね…っ』
渾身の一撃があっさりと一蹴されたことに、蜘蛛人は冷や汗を滲ませながら悔しげに呟く。
半ば予想していたが、これでもやはり傷ひとつつけられないのかと、格の違いを痛感した。
蓮は糸を容易く焼き尽くしながら、自身に向けて足を進める。
『我が身を一時でも止めたその手腕は見事。
しかし、この程度の糸の拘束、容易く振り払える』
そう呟きながら一歩一歩足をすすめる蓮に、蜘蛛人は更なる抵抗をしようと動こうとする。だが、
『動くな』
蓮の鋭い眼光が自身を捉え一言紡がれた瞬間、彼女の体は金縛りにあったかのように動けなくなったのだ。一瞬驚いた蜘蛛人だったが、どう足掻いてもこの神威の拘束からは逃れないことを理解し、死を悟ると力無く笑った。
『ふっフフ、もう無理ネコレは。指一本も動かセナイわ』
『我が神威を前によくぞここまで抗った。
『災いの
『あラ、褒めテくレルのかしら?』
『然り。貴様達はよく戦ったよ。さて、もう終わりにしようか』
動けない蜘蛛人に近づいた蓮は、左掌に悍ましい赤黒い三つ巴の魔法陣を浮かべると、彼女の腹部に左手をかざして静かに紡いだ。
『———
すると、左手からは悍ましく、禍々しい、赤黒い霧にも似た魔力が溢れ、彼女の腹部にも同じ紋様が刻まれていき、その魔法陣からは黒い蛇の模様の痣が生まれ彼女の全身へとまるで蛇が体に巻きつくかのように広がっていく。
『な、何?コレ……ッッ⁉︎ガフッ‼︎』
全身に広がる蛇痣に戸惑いの声をあげる蜘蛛人は、突然喉奥から込み上げるものを堪えきれずに吐き出す。
吐き出されたのは、赤い鮮血だった。
『がっ、ぁっ、アァグゥッ、ハァッ、ハァッ』
ついで、肉体に広がる鈍い痛みに彼女は床に崩れ落ちて震える全身を腕で抱き締めた。だが、一向に収まらずむしろ増していく痛みに彼女は困惑の声をあげる。
『コレは…毒っ?貴方、私ニ何をっ⁉︎』
肉体は痣が浮かんだ場所から壊死でもしているかのように染まっていき、亀裂を生じさせていく。己の急変に戸惑う彼女を見下ろしながら蓮は答える。
『それは毒ではない。毒とは似て異なるもの———『呪詛』だ』
『呪詛、デスって…?』
『そう。我が『龍神』の力はあらゆる豊穣と災禍を体現する力だ。このような呪詛も我は扱える。貴様、『八岐大蛇』は知っているか?』
『……タシか…東洋の、蛇神……だっタカシら?』
激痛に呻きながらもなんとか答えた彼女に蓮は、そのとおりだと頷く。
『その通りだ。『八岐大蛇』は伊吹大明神とも呼ばれ、洪水の化身にして水を司る龍神、あるいは蛇神であった。また、荒ぶる神としての側面を持つ存在だ。荒ぶる神とはすなわち、災いをもたらす神のこと。
八岐大蛇は水を司ると同時に、荒ぶる神であるが故に呪を扱える龍神の最たる例だったのだ。
日本には古来より八岐大蛇や
蓮が呪詛の力を会得したのは、《天威霊明》を完成させた直後のことだ。
『青龍』の『木』属性の力を解放した後、もしかしたら、『龍神』の力はまだまだ先があるのではないかと思った蓮は、更に龍に関わる伝承や文献を読むようになった。
その過程で、蛇の伝承も調べるようになり、蛇龍の神話や伝承などを読み漁った結果、呪詛についての記述があったのだ。
《天威霊明》の開発も進めていくと同時に、それらの記述を読み《龍神》の深淵に触れて、《天威霊明》の完成とほぼ同時に、ついに、会得したのだ。
生きとし生けるものを蝕み絶やす猛毒の如き神話の呪詛を齎すまさしく災いの力を。
『2年前に目覚めたが故に、『人』のままでは未だ荒削りで実戦で使うには怪しい部分があるが、『神』の意識が出ている状態ならば問題なく扱えるのでな。呪詛の力は、この形態になった時のみに使うようにしているのだ』
《天威霊明》の最大のメリット。
それは、蓮という『人間』の意識では未だ扱えきれていない力を、『神』の意識へと変えることで万全に扱えるようにすることだ。
『神』の意識に切り替えることで、抑えていた『龍神』の本能を解放したのである。
『神』となることで、より苛烈に、より圧倒的に、より合理的に敵を殲滅できるようになったのだ。
そして、蓮は通常の状態では『呪詛』の力を万全に扱うことはまだできていない。
この『呪詛』の力、生半可な意識では扱いきれず、制御に失敗すれば誰彼構わずに影響を与えかねないほどに強力かつ危険な代物なのだ。目覚めてまだ2年というのもあるが、蓮はこの『呪詛』の力は、安定するまでは《天威霊明》を使用したときにのみ使うようにしているのだ。最も、大会などでは安定しても危険すぎて使えるわけがないので、自動的に敵殲滅のみに用途は絞られるが。
『なん、テ……反則的、ナ、力、なの……』
蓮が語った力の真相に痣がほぼ全身に広がり、体の端がほぼ崩れ始めた蜘蛛人は息も絶え絶えでそう呻いた。
蓮はそれに口角を吊り上げて嗤って返した。
『言ったはずだ。我は災いの
………さて、そろそろ貴様も死ぬだろう。
神である我が貴様の死を見届けよう。安らかに眠るといい』
嗤いながらそう返した蓮に、もはや言葉を発することすらできなくなった蜘蛛人は、光が消えつつある瞳を動かして彼を見上げる。
純白の髪と装い、金碧の龍眼に青い紋様と装甲。背後に佇む八つの龍首。
雷鳴轟き、風雨が吹き付ける黒雲を背に立ち、それでもなお悠然と佇むその姿に、死に瀕している彼女は魅せられた。
(…………あア、なんテ恐ろシイ……そしテ、なンテ美しイノカシら……)
その力、その気迫は、龍神が放つ神威は魂すら震えるほどに恐ろしいものだった。
まさしく災禍の具現。人ではない獣であっても抗えぬと思わせるほどに超然とした存在。
だというのに、そう恐怖を抱く反面、彼の孤高の姿は、呪いに蝕まれ霞みつつあった視界であってもとても美しく映っていた。
何者にも穢されぬ強き意志をその身に秘める姿は、とても気高く、誇り高かった。
(…………あア、アレが……『神』ナノ、ね。……フフっ、最期ニ、いいモノを……見れ、タ……ワ……)
監獄に囚われ続け、魔女の手先として悍ましい獣へと造り替えられた蜘蛛人の女は、最後に、死の間際に美しく輝けるモノを見れたことに、口の端を小さく上げて声を出さずに満足げに笑うと、その身を完全に崩壊させた。
『……………』
蜘蛛人の肉体が崩壊して消え去る様を、最後まで見守った蓮は、小さく息を吐くと指をパチンと鳴らす。
すると、蓮が立つ樹木の床が轟音を上げて揺れ始めたのだ。否、床だけではない。《仙界・天霊大樹》そのものが翡翠の燐光を帯びながら轟音を上げて揺れているのだ。
巨大であるが故に、軽い地震を周囲に引き起こしてしまい一体何事かとヴァーミリオン皇国の国民達が慌てふためく中、大樹がその形を崩していった。
崩れるというよりは、元に戻りつつあると言ったほうがいいだろう。
まるで逆再生するかの如く絡みついていた無数の幹が解れていき、それぞれ青々とした枝葉へと戻っていく。
そして、数分の後にあれだけの大きさを誇っていた大樹はその姿を完全に消しており、初めに枝葉が生えた地面に落ちている翡翠色の拳大の勾玉へと戻っていたのだ。
同時に、空を覆っていた禍々しき黒雲も次第に薄れていき、やがて満月が照らす美しき蒼闇色の夜天へと変わりヴァーミリオンの大地に静寂が戻る。
そして、それらを見てカナタや国民達が戦いが終わったと思って安堵する中、蓮は地面に降り立ち翡翠の勾玉を拾い上げ回収した後、《天威霊明》を発動したまま静かに息をつく。
(奴等は、強かった。この形態にならねば、危うかったほどに)
蓮は自分を狙わんと襲い掛かってきた獣達のことをそう評価する。
《天威霊明》を使用してからは圧倒できたものの、それまでの戦闘では蓮は追い詰められていた。《臥龍転生》を使っていたのにあそこまで追い詰められたのは、あの沖縄防衛戦での《白虎》との戦い以来だ。
(これからも、このような襲撃は何度も起こるだろう)
何せ、魔女の目的は自分の力なのだから。
魔女が蓮の力を狙っている以上、これからもこういった擬似的な『覚醒超過個体』を使った襲撃は続くはずだ。
だから、これで凌げたというわけではないのだ。自分が敗北するまでこれは続くと見たほうがいい。あるいは、自分が魔女との決着をつければ終わる。
(これから世界は間違いなく荒れる。何をしても、もう止めることはできぬはずだ。我の手でも止めることは叶わぬだろう)
自意識過剰かもしれない。
だが、自分を狙って起きたこの騒動を切欠に世界は自分の手ではどうにもできないほどに荒れると、半ば確信していた。
しかし、そこまで考えて蓮は思考をやめた。
(………今は休むもう。我もだいぶ消耗してしまった。対策を考えるのは、その後だ)
《天威霊明》を実戦で使ったのは今日が初めてだ。魔力体力の消耗が《臥龍転生》のソレよりも大幅に大きいからだ。
だから、警戒をしつつ早くカナタ達の元に戻って一先ず少しだけ休息を取ろう。
そう思って蓮は足を動かしてカナタ達の元へ向かおうとする。
だが、安堵するにはまだ早かった。
なぜなら、戦いはまだ終わってはいないのだから。
『——————』
静寂が満ちる中、蓮は足を止める。
彼の本能が何かの接近を知らせる最大級の警鐘を鳴らしていたのだ。
そして、その本能に従い蓮が顔を上げた次の瞬間。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッッッッ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎』
新たな『怪物』の雄叫びが上がった。
▼△▼△▼△
彼は再戦を望んでいた。
18年前。彼はこの地で一人の英雄と戦った。
業火が燃え盛り、雷鳴が轟き、血と肉が飛び散る紅蓮と漆黒の戦場で、自分は一人の英雄と確かに意志をかわし、戦った。
炎に照らされ、揺れ靡く白銀の髪。一対の緋金の双眸。額には燃え盛る紅蓮の焔角が二本。紅蓮と黄金に燃え滾る火炎を、その紅金の野太刀に宿し自分と死闘を繰り広げた一人の英雄と。
自身と同じ『魔』に堕ちた者であり、恐怖を象徴するはずの『鬼』でありながら、その在り方はとても誇らしく、気高く、眩しい『正義の英雄』と。
あの時の光景は今でもはっきりと覚えている。
あれほど心が躍ったのはなかった。
負けてしまったが、次こそは勝つと再戦を願った。
しかし、その願い虚しく、獄中で彼の死を知ってしまった。もう二度とあの心躍る戦いはできないのかと絶望し、外の世界に何の希望も見出せなくなってしまっていた。
そんな絶望の日々を過ごしていくうちに、やがてかつての仲間であった《魔女》が自分を外に出すために現れた。
初めこそ、彼女の提案を断ったものの、彼の息子がいるという話を聞き、戦いたいと思った。
彼の息子であり、彼や彼の妻達と並ぶほどの英雄の資質を持つのならば、きっとあの時の続きができると思ったからだ。
そして、その考えは間違っていなかった。
遠くの丘から見ていた自分は確かにソレを見た。
『——————』
崩れた廃墟、数体の怪物達、ソレらを相手に戦う———青き少年。
彼の魔力は『青』だ。あの英雄の『赤』とは色が違う。だが、そんな些細なことはどうでもいい。色は違えど秘めた魔力の輝きは彼と同じだったのだ。
彼は眼が映したその光景に、心が歓喜に打ち震えたのを感じた。
あぁ———嗚呼‼︎
やっと見つけた‼︎やっと出会えた‼︎‼︎
もう会えないと思っていた‼︎もう二度と相見えることなど出来ないと思っていたというのに、また相見えることができた‼︎
そして、18年前の情景が彼の脳裏によぎり、『彼』と彼の姿が重なった。
自分はあの少年に、猛き炎の英雄を重ねていたのだ。そして、少年の姿は、彼とあまりにも似ていた。
あれだ、あれなのだ‼︎あれこそ自分が再戦を求めてやまなかったモノだ‼︎
彼はとうとうソレを見つけた。
あれこそが、彼こそが自分の願いを叶えてくれるもう一人の英雄。
再戦を‼︎再戦を‼︎‼︎再戦を‼︎‼︎‼︎
その願いを果たすために自分はここにいるのだ‼︎
猛る肉体、昂る心、かつて味わった高揚が、彼の心身を突き動かす。
迸る歓喜と、それ以上の戦意に満ち溢れた彼は、ついに雄叫びを放った。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッッッッ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎』
あらゆるしがらみ全てを打ち砕く大咆哮が、ヴァーミリオンの夜天に打ち上がった。
まだヴァーミリオン編は続きますっ!!
原作なかなか進まず本当にごめんなさいっ‼︎‼︎
……さて、反省はこれぐらいにして、蓮くんまさかのカニバリズムに目覚めてしまった件について。というよりかは、神の意識が肉を喰らうのに抵抗がないからとも言えますね。
それと、呪詛の力ですが、まぁ完全に独自解釈ですww
日本の龍って正邪問わずたくさん存在していて、伝承などを見ても邪悪に属する系統の龍はマジでやばいんです(汗)。
そして、ヴァーミリオン皇国編いよいよクライマックスに入ります‼︎