優等騎士の英雄譚   作:桐谷 アキト

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4ヶ月ぶりの投稿、お待たせしましたァッっ‼︎‼︎

アマツの作品の方がUSJ終わって一区切りついたので、ぼちぼち他の二つの作品の投稿も再開ということで、まずはこちらから投稿させていただきましたっ‼︎

では、早速最新話をどうぞっ‼︎



38話 好敵手

  

 

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッッッッ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

 

 

夜天の皇都に、弩級の大咆哮が轟く。

大気を、大地すら恐怖させるそれは、怪物の雄叫び。

その雄叫びが轟いた時、王都中の人間が反応した。

ある者はその雄叫びに本能的な恐怖を喚起させられ、膝を折る。

ある者はその雄叫びに得体の知れない何かを感じ、体を硬直させる。

ある者はその雄叫びに人知を超えた存在だと理解して、諦める。

 

「——————」

 

そして、ただ一人、蓮だけは金碧の龍眼で確かにソレを見た。

 

夜天の下、月を背にこちらへと落ちてくるソレは夜闇よりも深い純然たる『漆黒』。

『漆黒』であるが故に何色にも染まらず、何者をも薙ぎ払う『怪物』。

 

(……っ、奴はっ)

 

刹那の間に、蓮はその襲撃者の姿を視界に収めて眉を顰める。

なぜなら、それは人の姿をしていなかったからだ。

遠くからでもわかる程の巨大な身の丈に、漆黒の体皮に筋骨隆々の体躯。首の上には()()()()と禍々しい紅の双角と双眸。

 

その威容から連想されるのは、神話の中に存在する猛牛の怪物『ミノタウロス』。

 

神話世界のれっきとした怪物の一体。

その『怪物』が深い闇と錯覚するような漆黒の雷迸らせる魔力を纏い、凶兆を呼ぶ黒き流星が如く爆進する。

たた真っ直ぐ、こちらへと、蓮を、蓮だけを狙って。

 

『ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ‼︎‼︎‼︎』

 

瞳が映す紅き眼光を宿す猛牛の怪物を前に蓮はすぐさま対応する。

 

『———ッッ‼︎』

 

自身と怪物の間に余剰魔力で無数の分厚い擬似霊装の盾を一瞬で数十枚造形して重ね巨大な防壁を構築する。

 

だが、その全てが()()()()()()()

 

『なっ』

 

防壁が強烈なショルダータックルで瞬く間に打ち砕かれた事に蓮は一瞬目を見開く。そして、その一瞬の間に更に急迫した怪物は両刃斧を振り下ろす。

蓮は黒雷纏う斧刃を前に、両手に双剣を生み出して交差させながら後方へと飛んだ。

直後、瓦礫を爆砕し大気を薙ぎ払う黒雷の斧刃が蓮の交差された水炎纏う双剣にぶつかる。

 

『グッ』

 

二つの武器がぶつかった瞬間、蓮の全身に未曾有の衝撃が伝わり、蓮の体は風を切る矢と化して決河の勢いで背後の瓦礫の山に激突し貫通。それを何度も繰り返しながら後方へと怪物によって吹き飛ばされた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「なんじゃ……何が起こったぁ⁉︎」

 

決着がついたと思われた矢先に、突如新たな怪物の方向が轟き、どこからともなく飛来した黒い何かが蓮へと襲いかかり彼を吹き飛ばしたのだ。

膨大な砂煙が一直線状に発生し、舞い上がった破片が雨の如く降り落ちている。

一瞬に起きた出来事に、城から双眼鏡を使って様子を見ていたシリウスはテラスに乗り出すと堪らずそう叫んだ。

アストレアや兵士達も戸惑う中、ただ一人、ダンダリオンだけはその瞬間をはっきりと確認していた。

 

「……今のは……黒い猛牛っ‼︎シリウスっ‼︎奴です‼︎連盟から伝えられた例の脱獄者《牛魔の怪物(ミノタウロス)》が現れました‼︎」

「なんじゃと⁉︎なんでこの国に来おったんじゃ⁉︎」

 

そんな疑問を叫ぶシリウス。だが、それに応えれる者は当然ここにはいなかった。

シリウスはそれを半ばわかっていたのか、すぐに視線を砂煙の方へと戻しながら口早に叫ぶ。

 

「連盟本部に救援要請と日本に緊急連絡を急げ‼︎」

「はいっ‼︎」

 

ダンダリオンが素早く頷き、皇宮を後にする。

他の兵士達もダンダリオンの指示に慌ただしく動く中、シリウスは冷や汗を滲ませながらテラスの手すりに手をかけながらじっと砂煙の方を見ていた。

そんな彼に、アストレアが不安げな表情を浮かべながら近寄る。

 

「パパ……彼は大丈夫なんですか?」

「分からん。信じることしかワシらには出来ることはない。レンが、ワシらの家族が勝ってくれることを、信じることしか……」

 

こうなってしまった以上、シリウス達に出来ることは何一つない。

ただ、彼の勝利を祈るだけだ。

祈ることしかできない事にシリウスは苛立ちや悔しさのままに毒づいた。

 

「クソッタレ、ここまで悔しいのはあの日以来じゃ。また、ワシらは何もできんのかっ⁉︎」

「パパ……」

 

それは、18年前の時と同じだった。

 

あの時もそうだ。大和に守られるだけで後ろで見ていることしかできなかった。

 

まただ。また自分達は国の危機に何もできない。特に自分はこの国を背負う王なのに、自分より二回りも若い子供に国の命運を託してしまう事が何よりも悔しかった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

『ぐっ、ごほっ』

 

無数の瓦礫をぶち抜いて数百m程吹き飛ばされた蓮は、全身に響く痺れるような鈍痛に思わず咳き込みながら、構えを解く。

 

(………この形態でなければ、上半身が消し飛んでた……)

 

未だに全身に伝わる痺れに僅かに戦慄する。

あの黒雷纏う斧刃の一撃。

《天威霊明》としての防御力と障壁、水炎の双剣で受け止めれたからこそ、痺れが残る程度に抑えれていたものの、《天威霊明》を解いていたら、あの一撃を受けた時点で上半身が消し飛んでいたと思わざるを得ないほどの凄まじい絶壊の一撃だった。

 

(……ここは………皇都の外の丘陵、か)

 

月の光を浴びながら蓮は身を起こして立ち上がる。周囲を見渡せば、廃墟ではなく緑の草や花々が覆う丘の上だった。

避難している北方地区に飛ばされなかったのは、不幸中の幸いだった。

そこへ、ドンッ!と低い音が響く。

 

『!』

 

何かが着地する音に、蓮は振り向く。

小さなクレーターを作って着地して現れたのは、蓮を吹き飛ばしたあの猛牛の怪物。

見上げるほどの身の丈に漆黒の皮膚に覆われた筋骨隆々の体躯。

片手に巨大な両刃斧を、腕と腰に鎧を装備する姿に、蓮は瞳を細める。

間違いない。彼こそが黒乃からの報告にあったヘルドバン監獄の最深部《タルタロス》に幽閉されていた魔人。《牛魔の怪物(ミノタウロス)》アリオス・ダウロス。

 

なぜ彼がここにいるのか。目的はなんなのか。

様々な思考をめぐらしながら、蓮は彼の様子を伺う。

 

『……?』

 

そこで蓮は気がついた。

あれほど凄烈な咆哮を、壮絶な一撃を放ったとは思えないほどの静けさ。低い足音を鳴らし歩み寄り、彼は蓮と一定の距離を保って立ち止まると、先程の荒々しさから一転し、じっとこちらを凝視した。

蓮もまた、その変わりように警戒を顕にしながら身構える。

 

『『…………』』

 

月明かりが一人と一匹を照らす。

丘の上、雲がなく満月が照らす月夜を背負う怪物は、2mを優に超える視点から蓮を見下ろし、蓮もまた見上げ続ける。

先程とは一転して、静寂が訪れる。戦場とは思えぬほどの酷く静謐な空気が。

そして、静寂に耐えかねた蓮が口を開こうとした瞬間、

 

『———名前を』

 

アリオスが、ゆっくりと口を開いた。

 

『我が最強の好敵手ー猛き炎の英雄『ヤマト』の息子よ。『英雄の子』よ。どうか名前を、聞かせてほしい』

『ッッ‼︎』

 

彼の口から紡がれた名前に蓮は僅かに驚くも、彼がそれを知っている理由にすぐに思い当たる。

彼の脱獄には蓮の力を狙う魔女が大きく関わっている、両親を殺した彼女ならば蓮の出生のことを知っていてもおかしくはないのだ。

 

『………貴様、《魔女》から聞いたのか?』

 

殺気と怒気が滲む低い声音にアリオスは静かに頷く。

 

『そうだ。ヤマトの力を受け継ぐ子がいると聞いた。だから、自分はその子供を、君のことを知りたかった』

 

紡がれる言葉、その口振りは例えるならば『武人』のそれだ。

静かな語調、低い声音でアリオスは独白するように言葉を紡ぎ続ける。

 

『自分はあの時、ヤマトに敗北した。

血と肉が飛ぶ殺し合いの中で、確かに意志を交わした最強の好敵手だった。

一度敗北し、自分は再戦を誓った。だが、その誓いを果たす前に彼は死んでしまった。

自分はそれを知った時、深く、深く絶望した。もう彼はいないのだと、自分を駆り立てる存在がいないのだと』

『…………』

 

アリオスの独白を蓮は静かに聞いていた。

なぜなら、アリオスの言葉、それはかつて大和が言っていたことと似ていたから。

 

(………親父も、似たようなことを話していた……)

 

かつて大和は蓮にこんなことを話していた。

 

『俺にはサフィア以外にももう一人好敵手がいるんだ。今はもう牢獄にぶち込まれたから、二度と外に出ることは叶わないだろう。

だから、俺とアイツが戦うことはもうないはずだ。だけど、ああもしも叶うなら———』

 

大和は膝に座る幼い蓮の頭を撫でて、夜空に浮かぶ月を見上げると子供のように無邪気な笑顔を浮かべながら言った。

 

『もう一度戦いてぇな。アイツとの戦いはサフィアと同じくらいに楽しかったから』

 

そう言った大和の顔はとても印象的だった。

彼とて一人の武人だった。最愛の家族と共に生きるのも幸せだが、それと同じぐらいに命を賭した攻防、互いの全てをぶつけ合う死闘も繰り広げたいとも思っていた。

 

(………まさか、貴様がそうだったとはな……)

 

それを思い出し、蓮は全てを理解した。

彼こそが、大和が言っていたもう一人の好敵手なのだということに。そして、アリオスも大和と同じことを思っていたのだ。

蓮が一つの答えに辿り着く中、アリオスはなおも言葉を続ける。

 

『だが、そんな時魔女から君の事を聞いた。

ヤマトの後継がいると。そして、君を見て理解した。君こそが、自分の願いを叶えてくれるもう一人の英雄なのだと。ヤマトの正当な後継者なのだと』

 

昔を懐かしむように独白を続けたアリオスは、蓮へとその黄金の瞳を向けながら真剣な声音で告げる。

 

『だから、再戦の代理を。再戦を果たすために、自分はここに立っている』

 

己の存在理由を彼は告げた。

胸に秘めた想いを、強烈な『自己(エゴ)』の願望を。

新たなる宿敵と戦うためにここにやって来たと。

 

『自分の名は、アリオス・ダウロス。どうか、名前を聞かせてほしい』

 

まさしく武人のように名乗りを上げてアリオスは再度彼に尋ねる。

蓮はその呼びかけに静かに、されど確かな声音で答えた。

 

『蓮。桜木・I(インディゴ)・蓮だ』

 

蓮は本名を。新宮寺の姓ではない、正真正銘の本名で返した。

ここで本名を名乗らなければ彼に失礼だと蓮は思ってしまったのだ。

 

『レン、レンか』

 

アリオスは呟かれた名前を、身に刻むように深く受け止めると、両刃斧を持ち上げて、厚い胸板の位置で構える。

 

『レン、どうか』

 

監獄より脱した怪物は———新たな好敵手は願った。

 

 

『再戦を』

 

 

月光に照らされる丘陵に意志の声が響き渡る。

蓮は再戦の代理人を求めてやって来たこの武人の求めに、応じなければと、いや、逃げてはならないと感じた。

今ここで、彼の挑戦を受けて立つべきだと魂が叫んでいた。

 

『……………』

 

蓮はもう少し戦うことになりそうだ、と密かに思いながら静かに双剣を構えた。

身体を半身にして左剣を前に構え、右剣を顔の横で水平にして鋒を前に向ける独特な構えを取り、黒き怪物を見据える。

父の代わりに再戦を受け入れ闘争に臨む青年の姿に——アリオスは喜びを隠さずににぃっと口唇を、限界まで引き裂いて笑った。

歓喜の凶笑を浮かべる怪物は、自分達を見下ろす月夜を仰ぎ叫ぶ。

 

『オオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォッッッッッッ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

天地を震わせる咆哮が打ち上がる。

戦いの始まりを告げる号砲が今、解き放たれた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「こっちからだ‼︎」

 

轟く号砲に斥候として出向いたグラキエスはそう声を張り上げる。

避難を完了し、騎士団員達に障壁を形成させて防壁を作らせたグラキエスは、蓮の身に何があったのかを知るべく、氷で造形した馬に乗って皇都の外側へと向かっていた。彼の背後には同じ氷の馬に乗るアルテリアと()()()()()()()()()()()()()カナタもいる。

 

最初は、危険であるためグラキエス一人で向かおうとしたものの、二人の懇願によって同行を許したのだ。勿論、決して戦闘行為はしないように言ってある。

先ほどよりも圧倒的な魔力を放つ存在と戦っているのだから、グラキエス含め自分達が介入したところで相手にすらならないからだ。

二つの強大な魔力を感じる方向に馬を走らせていた時、自分達の数十m先にある瓦礫の山が突如爆ぜた。

 

「「「⁉︎⁉︎」」」

 

発生する爆発音と舞い散る瓦礫の破片。濛々と立ち上がる砂煙を破って現れたのは、白髪の青年と漆黒の怪物。

 

『ハァアアアアアッ‼︎』

『フゥウウウウウッ‼︎』

 

青雷と白風を纏う蓮と黒雷纏うアリオスが壮絶な接近戦を演じていた。

剛腕を振るって繰り出される黒雷纏う両刃斧の一撃に、蓮は水と炎纏う双剣で迎え撃ち、右の炎剣《紅刀・咲耶姫》で逸らしつつ大きく回避する。

しかし、風圧と雷の余波ですら蓮の肉体にダメージを与えており、皮膚からは血を滴らせていた。

 

先程の《擬似覚醒超過個体》の攻撃では傷ひとつつかなかったが、彼が今相手しているのは正真正銘本物の《覚醒超過》を経た怪物。

大和と死闘を繰り広げた世界最強に名を連ねる怪物の一撃は、余波ですら並大抵の敵は蹂躙できる程であり、《天威霊明》を纏う蓮でも出血は免れなかった。

蓮は再生を繰り返しながら、自身の素早さを利用してアリオスの懐に潜り込んで斬撃を刻む。

腹部から血が噴き出すも、アリオスは平然と笑みを浮かべながら、いともたやすく迎撃する。

 

「馬鹿なっ、なぜ奴がまたここに…っ⁉︎」

「蓮さんっ‼︎」

 

斧が薙がれ唸る大気と、二人の踏み込みによって舞い上がる砂利と破片。幾度となく響く剣戟の音。怪物達の咆哮。

力と速度の異次元の戦いを繰り広げる青年と怪物を前に、グラキエス達は驚愕するばかりで………何もできなかった。

グラキエスは悔しさを堪えるかのように強く手を握り締めると、すぐさま馬の向きを反転させながらカナタ達に告げる。

 

「急いでこの場を離れるぞ‼︎‼︎ここは邪魔になる‼︎」

「はいっ‼︎」

 

グラキエスの指示に、二人の戦いに圧倒されていても状況を正しく理解していたカナタはすぐに頷き馬を反転させる。だが、アルテリアは動くことすらできなかった。

それは、

 

『ヴゥオオオオオオオオオオ‼︎‼︎』

『◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️‼︎‼︎』

 

二頭の怪物が放つ雄叫びに気圧されてしまったからだ。

怪物達の凄絶な咆哮。それは原始的恐怖を喚起させて敵を硬直させ追い込む威嚇の声だ。

アルテリアは《魔人》の存在を知らない。

当然、《覚醒超過》を経た怪物達の存在など知るわけがなく、初めて目の当たりにする異形の存在に彼女の魂が恐怖に呑まれたのだ。

 

「ッッ⁉︎アルテリアさんっ‼︎」

 

咄嗟に気づいたカナタが、馬を戻らせて彼女の手を取る。硬直していたアルテリアはハッとしてカナタへと目の焦点を合わせると震える声で呟いた。

 

「っ……ぁ、あ、か、カナタさん…?」

 

指すら動かせず涙を溜めていた彼女は蒼白の表情をカナタに向けた。恐怖に呑まれかけているアルテリアにカナタは蓮達の攻防の展開に注意しつつ少し厳しい口調で告げる。

 

「アルテリアさん、恐ろしい気持ちはわかります。ですが、今ここで動けなくなって仕舞えば、貴女はいとも容易く戦いに巻き込まれて死んでしまいます。蓮さんはそんなことを望んでいません。だから、恐怖に呑まれる暇があるのなら、早く動きなさい‼︎」

 

最後にそう強く叱るとアルテリアの手を引きながら強引に馬を引っ張ってその場から離脱させる。カナタは馬を走らせながら、険しい面持ちのグラキエスに尋ねる。

 

「グラキエスさん、貴方はあの怪物を知っているんですか?」

「ああ、当然だ。忘れるわけがない。……奴は《牛魔の怪物》。18年前、ヤマトくんと互角の戦いを繰り広げ、その末に彼に敗北した《解放軍》の伐刀者だ」

「大和さんとっ⁉︎」

 

カナタは目を見開く。《牛魔の怪物》という二つ名に覚えがあったのだ。あの焔の英雄桜木大和と互角の戦いを繰り広げた世界最強の一角の怪物。蓮や黒乃から話だけは聞いていたが、あの強さを見て納得せざるを得なかった。

しかし、彼は大和に敗れて行こう牢獄に幽閉されなどと日の光を拝むことができないと言われていたはずだ。なのに、今この場にいる。それはつまり、脱獄したということに他ならない。

 

「それが、何故ここにっ…?」

「分からない。だが、ヤマトくん曰く、彼は強敵と戦いたいだけの戦闘狂だと聞いている。だから、もしかしたら……」

「ッッ‼︎まさか、蓮さんに目をつけたっ?」

 

カナタはグラキエスの推測に一つの結論に辿り着いた。

つまり、今この場で最も強い蓮に目をつけて、戦いにきたのではないだろうか。周囲の状況、自分の立場、あらゆる全てを無視してただ彼と戦うためだけに。

しかも、彼のあの姿ー最も近いのは牛頭人体の神話の怪物『ミノタウロス』と称すべき姿は、ソレはつまり《覚醒超過》を経た魔人ということだ。彼一人だけで先の七人の怪物達を纏めたソレよりも濃密な覇気を纏う圧倒的な存在感に、カナタは《覚醒超過》の圧力を久々に感じて表情を青ざめさせた。

 

「クソっ、奴が来た以上人々をもっと後退させなければっ‼︎」

 

グラキエスは手綱を握る手に力がこもる。

彼の表情は悔しさに満ちていた。二度目の敵の襲来を前にしても、自分達では何もできない。

弱いから。弱いから、国の危機だというのに蓮に任せることしかできない自分が憎らしかった。

だから、せめて、せめて、せめてっ

 

 

「頼むっ‼︎勝ってくれ‼︎‼︎どうか負けないでくれっ‼︎‼︎‼︎」

 

 

声援だけでも送らせてくれ。

せめてもの思いでグラキエスは悔しさが滲む表情で振り向きながら、遠く離れた場所で激闘を繰り広げる蓮に向けてあらん限りに叫んだ。

 

こんなことしかできない自分を許してくれ。弱いから、自分は声援を送ることしかできない。だから、どうか、どうか勝ってくれ。負けないでくれと。

 

(———敗けないで)

 

そんな想いが込められた叫びを隣で聞き、カナタも目の端に涙を滲ませながら祈る。

彼らの想いが届いたかは分からない。だが、まるでソレに応えるかのように直後、龍の咆哮が轟いた。

 

 

 

『◾️◾️◾️◾️◾️◾️———ッッ‼︎‼︎』

 

 

 

それはまるで、任せろと言ってるようにも聞こえていて、青い燐光を纏って怪物に果敢に立ち向かう彼の英姿に、グラキエス達は『英雄』の姿を見た。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

怪物の大咆哮が上がり、号砲が轟いた直後、開幕一手のお互いの振り下ろしをぶつけ、力負けして吹き飛ばされた時点で蓮は選択肢から生半可な威力の広範囲殲滅魔術を除外した。

 

それは、生半可な広範囲攻撃では大したダメージを与えられないことを理解していたからだ。

 

《覚醒超過》を経たことで肉体が超高密度の魔力の塊へとーつまりは霊装へと変化しており、身体能力が魔力の補助を受けることで爆発的に上昇する。さらには、魔力の肉体へとなったことで間接的な攻撃はほぼ効かなくなっている。

その鎧を抜くには、継続ダメージなど意味はなく、それ以上の魔力を込めた一撃を直接叩き込むほか無い。

だからこそ、蓮は広範囲殲滅魔術は使わずに、小細工なしの近接魔術に自然と選択肢が絞られてしまうのだ。

しかもだ。彼自身の治癒力も凄まじく高い。いくら魔力の鎧を突破し傷を刻もうとも、彼は雷によって肉体を魔力分解しあっという間に治癒してしまうのだ。実際、先ほどまで蓮が刻んだ傷も既に跡形もなく修復されている。

蓮は数多の戦術を頭で構築しながら、破棄して構築し直すのを繰り返しつつ迎撃し続ける。

 

(………強いっ……!)

 

アリオスの強さに蓮は歯噛みする。

流石は大和と死闘を繰り広げれた存在。

迫る両刃斧の破壊力は勿論のこと、黒雷の威力自体も凄まじく、最も恐ろしいのが洗練された鋭い『技と駆け引き』だ。

彼は超一流の武人だ。そして魔力の制御も凄まじく高い。全ての能力が超高水準にありながら、その上でパワーに特化している存在だった。かつてないほどの強敵に蓮は焦燥にも似た感情を浮かべていた。

 

膂力はあちらのほうが圧倒的に上。

速度は風と雷の二重加速と過剰なまでの身体機能超強化によって、雷の加速と異形の身体能力を有するアリオスになんとか追いついているところ。

現状では身体能力は全てアリオスに劣っており、技術すらもほぼほぼ互角ときた。

 

この強さに飢えた猛牛は、純粋に強いっ‼︎

本物の神話の怪物と同じ姿をした者。否っ、彼が既に人の姿では無い時点で彼こそ紛うことなき現代に蘇りし神話の怪物そのものだっ‼︎‼︎

 

蓮はそんなことを思いながら、地面スレスレを駆けて斧の一撃を回避すると背後に回り込み再び双剣で斬撃を放つ。数回背中に斬撃を刻み、血飛沫を上げさせたものの、アリオスを怯ませるには至らず、こんなものでは止まらないぞと言わんばかりに、頭部の紅い双角が背後の蓮に振るわれる。

 

『ヴウゥンッ‼︎』

『っっ、ぐぅっ⁉︎』

 

双剣を振り抜いた状態だった蓮は右脚を振り上げて脛の脚甲で受け止めるも、受け流すことはできず脛がビキリと嫌な音を立てる。

つんざかんばかりの金属音と火花を散らしながら、蓮の体が錐揉みし空中に投げ出される。

 

『オォッ‼︎」

『ッッ⁉︎⁉︎』

 

蓮が咄嗟に風を操作して空中で姿勢を立て直したかと思えば、すかさず追撃し飛び上がったアリオスの黒雷迸る鉄拳が襲い掛かる。

 

『ぐぁッ⁉︎』

 

間一髪剣を逆手に持って交差させて間に合わせた二重の防御。その上から叩きつけられた途轍もない衝撃は、蓮の両前腕骨を籠手越しに砕いた。双眸を見開いて驚愕しながら、蓮は後方へと殴り飛ばされる。

 

『………ッッ‼︎‼︎』

 

地面を数度跳ねながら大きく殴り飛ばされた蓮は、数度跳ねたのち両脚を突き立てて百数mの道を削りながらなんとか踏みとどまると、一瞬で腕を治し、石畳を踏み砕いて前方へと飛び出す。

 

『オオオォォォッッ‼︎』

 

蓮に追撃をかけようと駆け出していたアリオスは砂埃の中から飛び出す彼に、勢いよく踏み込みながら両刃斧を横薙ぎに振るう。

 

蓮はそれを左の水剣《蒼刀・湍津姫》で受け止めつつ、その勢いを利用して身を回転させると、横顔に雷炎纏う回し蹴りを見舞う。

檄音を伴った雷炎の一撃は確かに、アリオスの右頬に炸裂した。

だが、それまでであり、首をへし折れる程の蹴りの一撃をアリオスは耐え凌いでみせると、すぐさま蓮の左足を掴んだ。

 

『ッッ‼︎』

 

まずいと悟った蓮は直後自身の脚を自切した。

その直後、その危機は正しく蓮の脚が生々しい音を立てて握りつぶされる。

太腿の中程部分を魔力分解した蓮はアリオスの肩を蹴りながら背後へと跳躍すると、左足を生やしながら砲身の如く右手を突き出す。

 

『《爆焔紅玉》《雷電碧玉》《颶風黒玉》‼︎‼︎』

 

火、雷、風の三種の魔弾が一呼吸の間に連射される。

その数、実に15。

超至近距離での連続砲撃がアリオスに炸裂する。

 

『グゥオォッ⁉︎』

 

アリオスは全身に打ち付けられる砲撃に初めて蹌踉めく。自らもまた爆風で距離をとった蓮はすぐさま猛牛めがけ疾駆した。

怯んでいた猛牛は疾駆する好敵手の姿に笑みを浮かべて歓喜する。

 

『はああああああああああああッッ‼︎』

『オオオオオオオオオオオオオッッ‼︎』

 

靡く頭髪が純白の軌跡を生み、二つの青い残光を引きながら蓮はアリオスに斬りかかり、アリオスは漆黒の雷光となって蓮を迎え撃つ。

黒雷纏う圧倒的剛撃に対するは、蒼炎と蒼水纏いし高速の斬撃。膨大な火花を散らし、檄音を鳴り響かせながら超至近距離で斬り結ぶ。

 

『フゥゥゥ‼︎』

 

アリオスはかつての『決戦』の続きが出来ていることに、歓喜に身を震わせて鼻息が荒くなっていた。

事実、アリオスの胸中は歓喜に満ち溢れていた。

 

かつて死闘を繰り広げ自分を打ち倒した英雄大和の息子。彼との戦いは、まさしく大和との決戦を彷彿とさせており、叶わないと願っていた再戦ができていることが何よりも嬉しかったのだ。

 

『ヴゥヴゥォォォォォォォォォォォォォォォッッ‼︎‼︎』

 

だからこそアリオスは歓喜に満ち溢れた咆哮をあげながら、目の前の好敵手に打ち勝たんと黒雷を一層昂らせた両刃斧を振う。

 

ガギィィンと両刃斧の振り下ろしが蓮が頭上で交差した水炎纏う双剣に受け止められる。

 

『〜〜〜ッッ‼︎‼︎』

 

しかし、あまりの重量と破壊力に蓮の片膝がドゴンと地面に沈む。そして、それでもなお蓮は押されつつありもう片足も膝をつこうとしていた。

そして、ギギギと火花を散らしながらアリオスは蓮を両断せんと更に力を込めるが、そこで瞠目する。

なぜなら、受け止める蓮が薄く開いた口から青白い輝きを溢れさせていたのだから。

 

『◾️◾️◾️◾️——————ッッ‼︎‼︎』

 

直後、咆哮を伴って龍神の息吹が放たれる。

ゼロ距離からの超遠距離破壊砲撃がアリオスに襲いかかった。

 

『オオォォォ⁉︎⁉︎』

 

しかし、見事というべきか。アリオスは咄嗟に両刃斧を戻して斧の腹で息吹を受け止めたのだ。

だが、威力が強すぎたせいか受け止めたアリオスの巨体が後ろへと吹き飛ばされる。

途中踏ん張ろうと両足を地につけるものの、それでも勢いは殺しきれず凄まじい勢いでアリオスの巨体が蓮から大きく離れていく。

蓮はすかさず後退させられたアリオスに次の一手を打つ。地面に右の焔剣を突き立てると吼えた。

 

『———《災火(さいか)大焼浪(だいしょうろう)》ッ‼︎‼︎』

 

地面に浮かんだ魔法陣からマグマの如く噴き出した青色に燃え盛る劫火が炎の津波へとなって後退したアリオスへと流れる。

 

『オオォォォォォォォォォォッッ‼︎‼︎』

 

迫る炎の濁流にアリオスは口を裂き白い巨歯を見せつけながら叫ぶと、両刃斧を横薙ぎに振り払う。

すると、放たれた黒雷と迫る蒼焔が激突して巨大な爆発を巻き起こした。

 

『『ッッ‼︎‼︎』』

 

青と黒の爆煙を立ち込める中、蓮とアリオスはほぼ同時に踏み込んで爆煙の中へと飛び込む。

爆煙の中で、お互いの距離を詰めて目前に捉えた彼らは勢い良く武器を振り下ろした。

激突の衝撃に、爆煙は中から払われ鍔迫り合いをする二人の姿が露わになった。

 

そして幾度となく火花を散らしながら、二人は壮絶な斬り合いを再開する。

一撃一撃ぶつかる度に、檄音が鳴り響き周囲に衝撃波が伝わり地面に小さな亀裂を生んでいく。

だが、その壮絶な斬り合いが続く中、蓮がポツリと小さくつぶやく。

 

 

『———《黒曜(こくよう)地鉄剣殻(ちてつけんかく)》』

 

 

彼らの足元に黄褐色の魔法陣が浮かび上がり、アリオス目がけて()()()()()()()()が襲い掛かった。

 

『ッッ‼︎』

 

恐ろしい殺傷力を秘めていた剣群を前に、アリオスは素早く反応して飛び退くと、腹部に浮かんだ数個の傷を撫でながら、わずかな驚きを浮かべる。

 

『……岩石と金属の剣。……まさか、レン、君はそれすらも扱えるのか』

『然り。我は、火、水、木の他に金、土の属性も扱える。我が龍の力は東洋の神話の概念を内包しており、神であると同時に自然の化身であり、豊穣と災禍を象徴する存在だ』

 

蓮はアリオスの問いかけを肯定して、そう答えると、己の龍神の力の深淵を語る。

 

『中国の五行思想において、五つの方角を守護せし五頭の聖獣の中で龍は『青龍』のみであり、『麒麟』の代わりに『黄龍』が存在する。それが一般的な五神だ。

………だが、龍とは特別な存在でな。

一般的に広く知られる、他の三頭の聖獣、『朱雀』『玄武』『白虎』の代わりに、その色を冠する龍も存在しているのだ。『赤龍』『黒龍』『白龍』と言うふうにな。それらを全て合わせることで、五神は全て龍で統一した五龍という別称に変わるのだ』

『………つまり、君は『龍神』の概念を深く理解し使いこなした結果、日本の神話に存在する概念だけでなく、中国由来の五行の概念すらも扱えるようになったと言うわけだ』

『そう、その通りだ。理解が早くて助かる』

 

蓮は正解だとパチパチと拍手をして彼の理解の速さを称賛する。

彼が今言った通り、蓮は五行の属性全てを扱える。火や水、木だけでなく岩石や砂を操る大地の力ー土属性とあらゆる金属を操る、金属性も彼は有していたのだ。

今の攻撃も、土と金の合わせ技である。

だが、この2属性に関しては人間の状態では未だ十全には扱いきれていない。『呪詛』の力同様、使えるようになったのは破軍入学直前だからだ。それでも、『呪詛』よりも使う機会はあるので、練度はソレなりにあるつもりだ。

そして、これが意味するのは、蓮の『龍神』の力とは、中国連邦が有する『四神』の力を全て束ねているとも意味しており、単体でこれほどの力を有しているのは殆どいないという事だ。

そして、蓮は己の異能を語った後、アリオスの異能についての気づきを口にした。

 

『それに、貴様もただの雷使いではなかろう?』

『……やはりか。ヤマトの子だ。もしかしたらと思っていたが、どうやら君も彼と同じ眼を持っているようだな』

『貴様の異能波長は概念干渉系だ。すなわち、雷は副産物という事。………貴様の力の本質は………『破壊』、そうだろう?』

『……………』

 

蓮の指摘にアリオスは黙り込むも、やがて口の端を吊り上げて笑うと、

 

『………フッ、正解だ』

 

隠すこともなく肯定した。

《牛魔の怪物》アリオス・ダウロス。彼の異能は自然干渉系《雷》ではない。

彼の本質は《破壊》。凡ゆるもの全てを『破壊』するシンプルかつ極めて強力な異能だ。

『雷』はその副次的なものだ。古来神話において雷とは、神の裁きなどに喩えられるほどであり、神の裁きは一切合切を破壊することや、自然現象である雷も落ちればそこにあるものを破壊することから、雷の能力が副次的に宿っていたのだろう。アリオスは今までその副次的な力を主にして戦っていたに過ぎなかったのだ。

だが、こうして蓮に看破された以上はもう使わない理由はない。

それに、そろそろお互いに()()()()()()()()()()()()。ウォーミングアップはこれで終わり。それは蓮も同感であった。

 

『フッ———《龍首(りゅうしゅ)八岐顎門(やまたのあぎと)》』

 

蓮は小さく笑うと尻尾に魔力が収束させると、八つの龍首を生み出した。金碧の眼光を携える青白い霊体のソレは蓮の背後で鎌首をもたげて唸り声を上げる。

そして、双剣と龍首を構えた蓮にアリオスは獰猛に笑うと、黒雷の迸りを一層強くしながら告げる。

 

『さぁ、続きだ。もっと、もっと、思う存分にこの命果てるまで殺し合おうっ‼︎』

『いいだろう。どちらかが果てるまで、戦い続けようっ‼︎‼︎』

 

その宣告に蓮は獰猛に笑い、アリオスに襲いかかった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

それからも激闘は続く。

 

場所を再び皇都から、皇都郊外、北海の近辺へと彼らは移した。

 

破壊の力を宿す黒雷と厄災を司る龍神の力が、夜の闇の中に光り輝き、激しく爆ぜては明滅していく。同時に、大地は砕け、大気は震えていき、激戦区から離れたヴァーミリオン皇国にいても凄まじい激闘が今もなお繰り広げられていることがわかる。

 

しかも、蓮が土、金の二属性も解放したことにより戦いはさらに激化していた。

大地は捲れ上がり蠢き、鋼鉄の刃や槍が地面から生えたかと思えば、今度は巨大な木の蔓が伸びては地面を何度も打ち据えている。

天空は相変わらず黒く染まっていて雷鳴を幾度も轟かせ、風雨が叩きつける。空中を青く猛る炎と黒く迸る雷が彩れば幾度も大爆発を巻き起こしていた。

世界中のありとあらゆる自然災害がここに収束されたかのような惨状に、ヴァーミリオン皇国の国民達は絶句し、その中にいるテレビクルーが撮影していることで全世界に放送されており、テレビの前の者達も唖然としていることだろう。

 

だが、そんなことこの災害をもたらした元凶である二人の怪物には関係なく、彼らは目の前の敵を撃滅せんと咆哮をあげて戦い続けていた。

 

(なんだ………この感情は………)

 

アリオスと激闘を繰り広げる中、蓮は途中から湧き上がってきていた謎の感情に疑問を浮かべる。

 

胸の内から湧き上がる得体知れない感覚。

それは、アリオスと戦い始めてから芽生え始めており、初めこそ小さな種火だったソレが、今や大きく燃え盛る烈火へと変化していた。

 

その烈火は、不思議と悪い気はせず、むしろ心地良く、胸の内から充足感が湧き上がっていた。

 

戦いの動きは決して止めず、冴えたままだがその内では謎の感覚に混乱していた。しかし、その感覚についに蓮は気づいた。

 

(……ああ、そうか……これが、そうなのか……)

 

蓮はその感情の正体に漸く思い至った。

それは伐刀者だけじゃなく、アスリートの多くが感じるもの。

自分と対等な実力を持つ者が目の前に現れた時、彼らの多くが己の心に高揚感が生まれる。

それは愉悦へと、歓喜へと昇華されていく。

蓮には今まで縁がなかったもの。今まで、彼にとってはソレは生きるか死ぬかのものであり、何があっても勝たなければいけず、負けて仕舞えば全て奪われると考えていたからだ。

そう、つまりは、今蓮の胸中に湧き上がった感情とは、すなわち、

 

(これが………戦いを楽しむと、勝ちたいということなのかっ‼︎‼︎)

 

戦いを楽しむ。目の前の相手に勝ちたい。

多くの者が感じていたソレを蓮は、漸く感じたのだ。

今まで蓮はソレを感じたことがなかった。なぜなら、一対一で自分の力に比肩する相手がいなかったから、そう言う状況ではなかったからだ。

正直、蓮には戦いの充足感は今までなかった。誰もが弱かったから。1割程度の力でも勝ててしまう程度の存在しか周りにはいなかったから。

わざわざ《魔人》の力も《龍神》の力も、殆どの力を封印して初めて戦いが成立するほどに自分が強くなってしまったから………只々退屈だった。

 

過去で危機的状況に陥ったのは三度。一度目は、《覚醒》した時。二度目は、沖縄防衛戦の時。三度目は、《黒狗》との戦いの時だ。

ソレらは全て、相手側が殺す気で戦いに来ており、負ければ全てが終わってしまう戦いであり、力は拮抗していても勝ちたいという気持ちは微塵も湧かなかったのだ。

 

だが、彼は、アリオスは違った。

 

アリオスだけは、初めから殺すとかではなく、ただ勝つためだけに来た。

父との約束の再戦を求めて、18年の歳月が経った今、自分に勝負を挑んできたのだ。

 

自分と拮抗、あるいは上回る強さを持つ彼が、殺すつもりではなく勝つためだけに自分に戦いを挑んでいる。

 

その意志が、その覚悟が、蓮に生涯初めての戦いの愉悦を感じさせたのだ。

 

自分の全てを使い尽くしてでも勝てないかもしれない圧倒的なまでの強敵。

彼と繰り広げる闘争は、楽しい。

自分が思ったようにいかないことが、面白い。

 

自分にできる事を、自分の力、可能性、何もかも全てをぶつけて戦うことは……………充足感が満ちて溢れてしまうほどに楽しかった。

 

 

人は、そういった存在を———『好敵手(ライバル)』と呼ぶのだろう。

 

 

『クハハッ』

 

その事を自覚した瞬間、気づけば蓮は口を三日月に歪めて笑い声を上げていた。

 

『ハハッ、ハハハハハっ‼︎ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッッ‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

壮絶な切り合いが続く中、蓮の哄笑が高らかに響く。

それは、先ほどの狂気に満ちた悍ましいソレとは違い、どこか無邪気さを感じさせる愉悦に満ちた哄笑だった。

獰猛に弧を描いて笑う口から止まらない哄笑を前に、アリオスは両刃斧を振るいながら尋ねた。

 

『楽しいか?レン』

『ああ‼︎楽しいな‼︎ここまで心躍る戦いがあったとは知らなかった‼︎‼︎そうだな、貴様がそう思うように、我も貴様に勝ちたくなった‼︎‼︎』

 

彼の感情の猛りに呼応するかのように、蓮の双剣が輝きを増し青い燐光を一層激しく散らす。

 

 

『『『『—————————ッッッ‼︎‼︎』』』』

 

 

彼の背に顕現した八つ首の竜達も蓮の猛りに応えるように歓喜の雄叫びを上げて、ブレスを放ち、噛みつこうと首を伸ばす。

 

『ハッハハハッ‼︎やはり素晴らしいなっ‼︎‼︎いいぞぉぉッ‼︎‼︎』

 

アリオスもまた歓喜の笑みを浮かべながら、両刃斧だけでなく全身に破壊の黒雷を纏わせながら迎え撃った。

直後、二人を飲み込むほどの大爆発が起きて黒と青の爆煙を周囲へと放つが、その爆煙はすぐさま内部からの衝撃でかき消され、中から激しく斬り結ぶ二人の姿が現れる。

青と黒の閃光をほとばしらせながら、凄まじい速度で切り結びお互いの身体に傷をつけ続ける中、蓮は叫ぶ。

 

『《昇天動地(しょうてんどうち)》ッ‼︎‼︎』

『ッッ⁉︎』

 

突如、アリオスの足元の地面がひび割れると彼の足場だけが凄まじい勢いで上昇したのだ。

反応が遅れたアリオスは下から伸びた岩柱に叩きつけられながら空へとかちあげられていく。

 

『グッ、オォッ‼︎』

 

直後、アリオスが岩柱を容易く破壊し空を舞いながら蓮へとまっすぐ突っ込んでくるが、蓮はそれに構わずに魔術を放つ。

 

巨大な木の枝で敵を貫く木の槍《天貫樹槍》。

魔力強化され強度と切れ味を増した葉を苦無のように飛ばす《刻葉刃(こくようじん)》。

鋼の剣で相手を貫く、《鋼刃惨牙(こうじんざんが)》。その他にも、数百の魔法陣が一瞬で構築され、数多の属性で作られた刃槍や魔弾など多種多様の魔術がアリオスを全方位から襲いかかった。

だが、それは、

 

 

『ヴゥゥオォォォォォォォォォォォォッッ‼︎‼︎』

 

 

彼を中心に解放された黒雷の結界によって全てが粉々に粉砕された。

破壊の雷を結界のように球状に展開することで全方位からの攻撃を破壊する攻防一体型結界魔術《壊雷(ディフェン)断崩界(カタストロフ)》だ。

破壊の力を防壁のように展開することで、触れな攻撃全てを破壊する。それはどれだけの威力を誇っていようともだ。レンの今の多重魔術は軍隊を容易く殲滅できるほどだったが、それでも彼には届かなかったようだ。

 

だが、()()()()()

 

『——————ッッ‼︎⁉︎』

 

大地へと落ちていくアリオスは黒雷の結界を解除した瞬間、大きく目を見開いた。

なぜなら、彼の眼前には既に青白く渦を巻く光の竜巻が迫っていたからだ。

それは、火、水、風の三属性を束ねた巨大竜巻+火、水、風、氷、雷、岩、鋼の刃や礫+迸る雷という蓮が持ちうる五属性全てを織り交ぜた破壊の光嵐、その名はー

 

『《天壊暴嵐(てんかいぼうらん)》ッッ‼︎‼︎』

『オオォォォォォッ⁉︎⁉︎』

 

黒雷の防壁を纏うよりもコンマ数秒早く、蓮の破壊の光嵐がアリオスを飲み込み蹂躙した。

先程結界に阻まれた魔術は全てこの一撃を放つための囮だ。

破壊されることなど想定内。ならば、破壊される一瞬の時間に、高火力の魔術を発動し結界が解かれた瞬間にぶつかるように放てばいいというわけだ。

現に、その企みは成功した。その直後予想通りに光嵐が突如膨れ上がり内側から破られたのだ。現れたアリオスは全身に裂創などが刻まれ血を流していたのだ。《天壊暴嵐》の破壊力は僅か一瞬とはいえ、彼の身体に大量の傷を刻むことができたのだ。

そして、すぐさま修復を始めたアリオスは地面をドスンと踏み鳴らしながら着地するも、その瞬間には既に蓮が距離を詰めていた。アリオスは眼前に迫る蓮に何度目かになる歓喜に身を震わせすかさず迎え撃つ。

 

『オオォォォォォォォッッ‼︎‼︎』

『ヴオォォォォォォォッッ‼︎‼︎』

 

再び水炎と雷が、双剣と両刃斧が膨大な火花を散らし、壮絶な殺し合いを繰り広げる。

 

その様は、凄まじく、筆舌に値するほどの戦いでもあり、目の当たりにする者がいれば心を掴むものかもしれない。あるいは、これが永久に続いてほしいと願う者もいるだろう。

 

青年と怪物が青と黒の残光を散らしながら互いの命を削りあい闘争を繰り広げるその光景は——————さながら英雄譚の一幕のようであった。

 

だが、殺し合いとは必ず決着がつくものだ。

どれほどの強者達であろうと、必ず優劣は決まる。それはこの戦いも例外ではない。

そして、熾烈を極めた激闘、この戦いでも均衡がついに崩れた。

 

崩れたのは——————蓮だ。

 

『ヴゥゥオォォ‼︎‼︎』

『グゥっ⁉︎』

 

両刃斧と双剣が数千を優に超える渾身の激突を経た直後、蓮の双剣にビシリと亀裂が入ったのだ。

更に両腕の籠手にも亀裂が生まれた。蓮は突然のことに目を見開き、激痛に顔を歪める。

 

何故突然こうなったのか。否、突然ではない。ついに、限界を迎えてしまったのだ。

 

そもそも、相手が悪かった。

 

ただでさえ、《擬似覚醒超過個体》7体と激戦を繰り広げ、《天威霊明》を使うことで精神面だけ変異させるという瀬戸際の状態がずっと続いていたのだ。肉体的にも、精神的にも限界がきつつあったのだ。

そして、あらゆる全てを破壊する『破壊』の力。それは、あまりにも凶悪であり今までは膨大な魔力を纏わせることでなんとか耐え凌いではいた。だが、相手は人ならざる怪物となる現象《覚醒超過》を経ているのだ。魔力の総量が根本的に違うし、魔に成り果てたバケモノに人の身が抗えるわけがないのだ。

《覚醒超過》なしにここまで彼と渡り合えたこと自体が奇跡であった。蓮が人間の姿のまま戦い続けてしまっていたからこそ、こうなってしまった。

 

そして、蓮が崩れた後戦況は一気に傾く。

 

『オオォォォォォォォッッ‼︎‼︎』

『グ、ゥアっ⁉︎』

 

激痛に蹌踉めく蓮の腹部に容赦ない厳のような剛拳でのアッパーカットが突き刺さる。

破壊の雷纏うそれは、蓮の胴体を覆っていた鎧を粉々に砕き、さらには内臓や骨すらも破壊し尽くして空へと勢いよく打ち上げた。

 

蓮は全身から血を噴き出しながら空を勢い良く昇っていく。今までで一番強力な一撃をモロに受けてしまい硬直し無様に宙を舞う蓮に、現実はどこまでも非情だった。

 

『——————』

 

空高く打ち上げられ、誰よりも高い位置にいるはずの蓮の視界で黒い雷が空へと昇ったのを見た。

その先を追って見上げれば、蓮の頭上ではあらんかぎりの黒雷を纏わせた両刃斧を大きく振り上げたアリオスの姿があった。

 

アリオスが、《牛魔の怪物》が、自らの必殺の一撃を放とうとしていたのだ。

迸る黒雷は密度、光度を上昇させていき漆黒の中でなお昏く輝く暗黒の雷へと昇華。そして、形作られるは大地を破壊してしまうのではないかと錯覚してしまうほどのあまりにも巨大すぎる黒雷の両刃斧、アリオスはそれを———

 

 

『——————《雷霆の神撃(ケラウノス)》』

 

 

宙に打ち上げられた蓮めがけて振り下ろした。

振るわれるは雷神が振るいし武具の名にして、雷を意味する絶技。

ギリシャ神話における最高神の怒りそのものだとも言われているその一撃は、《牛魔の怪物》の必殺にして破滅そのものだ。

 

それは巨大な黒雷の斧刃となって、硬直したままの無防備な蓮に無慈悲に襲い掛かった。

 

 

 

『————————————』

 

 

 

そして、防御が間に合わなかった蓮を、全てを破壊し尽くす黒雷の奔流が呑み込み———

 

 

 

直後、蓮の意識が暗転した。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

夜闇を暗黒に染め上げるほどの凄まじい破壊の一撃は、蓮を呑みこむだけにとどまらずその下の大地すらも打ち砕いた。

蓮を飲み込んだ黒雷はそのまま大地に着弾すると、巨大な大爆発を起こして着弾箇所の周囲を一切合切破壊し尽くし巨大なクレーターを生み出した。

その衝撃は、かつてないほどの大轟音を伴い、ヴァーミリオン皇国どころか周辺国にまで轟き、地震と錯覚するほどの激震が周辺国すら揺るがす。

一番近くにいたヴァーミリオン皇国の民達はそのあまりの振動の大きさに殆どが立たずに尻餅をつくほどだ。

 

そんな彼らの中で、固唾を飲んで蓮の勝利を祈っていたカナタが悲痛に表情を歪める。

 

「あぁ……そん、なっ……蓮、さんっ……」

 

カナタは両膝を突いて崩れ落ちると、瞳から涙を流し始める。彼女自身も優れた伐刀者であるが故に分かってしまった。

 

———蓮が、敗北してしまったということに。

 

そして、この敗北は試合での敗北とは意味が違う。ここでの敗北とは、それすなわち死を意味している。

しかも、見た限りでは《牛魔の怪物》は人であることをやめて魔に成り果てたバケモノの姿をした。人並みでは到底耐えられないほどの、人ならざる魂の力を全て行使するほどの存在だ。

 

幼き頃蓮が暴走した時の蹂躙や、沖縄防衛線での凄まじい激闘の痕が残る惨状。それ二つを目にしているカナタだからこそ、あれほどの破壊を齎す者たちの本気の殺し合いがどちらかが死ぬまで終わらないことを理解していた。

そして、今、蓮が黒雷に飲み込まれ大地へと堕ちていくのを見てしまったというわけだ。

その直後だった。ソレは突如鳴り響いた。

 

「「「「ッッッッ‼︎⁉︎」」」」

 

カナタのドレスのポケットに入っていた端末。そこから突然、けたたましい警報音が鳴り響いたのだ。破壊の余波に座り込んでいた者達が一斉に彼方の方へと何事かと振り向いた。

 

もしや、何かの災害警報なのか、それとも避難警報でも鳴り響いているのか、そんな疑問が彼らの中に浮かび上がる。それは、グラキエス、アルテリアも同じだった。熟練の伐刀者である彼らすらも突如鳴り響いた警報音に疑念を隠せていなかった。

 

その警報音が何を意味しているのかはこの場にいる殆どの者が知らない。

唯一、意味を知るカナタを除いて。

 

「———そん、…なっ……まさかっ……⁉︎」

 

意味を知るカナタは涙を流しながらも限界まで目を見開いて驚愕すると、勢いよく顔を上げて叫んだ。

 

 

「蓮さんっ、ソレは駄目ェッッ‼︎‼︎待ってェェッッ‼︎‼︎」

 

 

カナタが悲痛な叫び声をあげる。

これから起きることが何かを知っていて、止めようと叫んだのだ。ここからでは、声が届くわけがない。そう分かっていても、彼女は叫ばずにはいられなかったのだ。

 

だって、これから起きてしまうことは、それほどまでに……危険なことだったから。

 

周囲の被害もそうだが、特に彼自身が危ない。

 

「か、カナタ、さん?…‥今のは、……」

 

その制止の叫びが分からずアルテリアは泣き崩れ嗚咽を漏らすカナタに恐る恐る声をかけようとする。

だが、その言葉は最後まで言い切れなかった。なぜなら、

 

「「——————ッッ‼︎⁉︎」」

 

ゾワ、と彼らの心臓を鷲掴みにするかのような強烈で悍ましい悪寒がアルテリアやグラキエスを襲ったからだ。

あまりにも禍々しすぎる気配に二人は、顔を青ざめ息を詰まらせながら、その気配が感じた方角———蓮達がいる場所へと弾かれたように振り向いた。

その直後、

 

 

『——————』

 

 

青白い光の柱が夜空を貫いた。

 

 

 

 

——————厄災が、顕現する。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

『—————— 』

 

 

気づけば、蓮は別の空間にいた。

そこは深い深い海の底だ。光も届かぬ青と黒が入り混じる薄暗い深海の世界。

 

周囲を泳いでいるのは、小さな魚の群れや海月、などの海洋生物。

上を見れば、光は見えぬが鯨や鯱、鮫などが泳いでいるのがわかる。

それらは例外なく青く輝いており、青い燐光を引きながら自由気ままに泳いでいた。

 

蓮はその深海の世界で、しめ縄が結ばれている大岩の上に片膝を立てて座っていた。

 

『…………ここか』

 

彼は、この世界を知っている。

当然だ。ここは、所謂精神世界と呼ばれるもの。蓮自身の心が、魂が映し出す彼だけの世界だ。

ここに、初めて入ったのは、《魔人》に至り、《覚醒超過》を使用した時だ。

あの時、蓮は扉を開いた。『獣』へと至るための禁断の扉を。この領域は、その扉の奥にあるものだった。

 

そして、その綿津見の世界にはどういうわけか神社があった。

 

海底に不規則に立ち並ぶのは青い炎に似た光を宿す無数の灯籠。

海底に突き刺さるように建てられているのは赤ではなく、青色に彩られた巨大な鳥居。

更に鳥居の奥にあったのは青い屋根に黒い木で構成された社。

まさに海底に沈んだ神社と例えるべき場所。

 

 

———…………。

 

 

そんな神聖かつ幻想的な神社には———一頭の龍が佇んでいた。

 

 

全長がわからないほどの巨大かつ長大な大蛇を思わせる巨体を持ち、青黒い藍色の龍鱗に水色に輝く鉤爪、青黒く輝く龍角、深海にあってもなお淡く光る後頭部から尾まで生えた純白の鬣。胴体に比べればあまりにも小さいが、大型トラックすら握りつぶせそうなほどの鉤爪のある四肢。大きく裂けた顎門から覗く鋭い牙。そして、黒目に金碧の龍眼を有する龍神。

深き海の底に佇む社で蜷局を巻いている一頭の龍が蓮をじっと無言で見つめていたのだ。

 

蓮もまたその龍を正面から見据えると静かに口を開く。

 

『………蒼月か』

 

『蒼月』

それは蓮の魂の武装ー霊装の名称だ。だが、同時に自身の内に宿る『龍神』の名でもあった。

『蒼月』は口を開き、蓮と全く同じ声音で言葉を紡いだ。

 

———足りぬ。彼奴を凌駕するには、今のままでは足りぬ。先の紛い物とは訳が違う。

『ああ、そうだろうな。見ればわかる』

 

蓮は紡がれた言葉を肯定する。

そんなこと分かっている。

本物の《覚醒超過》を相手に、《天威霊明》でも勝ち目が薄いと言うことぐらいは。

彼は、《牛魔の怪物》は強い。

大和と、父である《紅蓮の炎神》とほぼ互角に渡り合ったという世界最強の怪物の一体。父に敗北したとはいえ、その実力は疑いようのないものだ。

それに、大和はあの時、彼に打ち勝つために《覚醒超過》を使用したらしい。

だがその直後、暴走しかけてしまい、黒乃曰く、『サフィアが止めてくれなければ、ヨーロッパの一角は焼け野原になっていたかもしれなかった』そうだ。

それだけの危険な力を行使しなければ、勝てなかった敵なのだ。

だから、『龍神』の言葉に肯定せざるを得なかった。

そして、肯定した蓮に『蒼月』は静かに問いかける。

 

———ならば、どうすべきか。……貴様()なら、分かっているだろう?

『………………ああ』

 

蓮は長い沈黙の後、静かに頷いた。

《牛魔の怪物》を超える方法、《天威霊明》では勝てないと分かった以上、そんなもの一つしかない。

 

《覚醒超過》だ。

 

魂や精神だけじゃ足りない。

肉体すらも『魔』へと変えなければ、あの怪物には勝てない。そう理解してした。

 

『………はぁ、まだまだだな。俺は』

 

その事実を理解するとともに蓮はため息をつくと力なく笑った。

これまでずっと己を鍛え続けてきた。

《龍神》という強大な力や類稀な才能を持ちながらも、決して驕ることはなくずっと、ずっと鍛錬し続けてきた。その過程で、魂は人ではなくなった。人ではない力を得て強くなった。

 

そして、苦労して編み出した《天威霊明》。

これは、《覚醒超過》を使った敵でも勝てるようにする為にと作り上げたはずの技だった。

だが、結果は見ての通り。《天威霊明》では、《覚醒超過》を経た《牛魔の怪物》には勝てなかった。

そうあれと願って作り上げたはずなのに、結果がこれでは己がまだ弱いと思わざるをえなかった。

 

だから、蓮は現実を受け入れ腹を括った。

 

今のままでは勝てないから、《覚醒超過》を使うことを。

 

そうしなければ、守れないと分かっているから。

 

今ここで敗北すれば、自分は連れ去られ、間違いなく己の《龍神》の力を利用されるかもしれない。そうなって仕舞えば、日本にいる家族や友、ヴァーミリオン皇国の人達も例外なく、世界全体が未曾有の災害に巻き込まれるかもしれない。

月影に視せられたあの最悪の未来すらも超えるほどの災禍が齎される。

《龍神》の力は、それだけのことを可能にしてしまうのだ。

 

世界を滅ぼす厄災。それこそが、《龍神》と呼ばれる存在なのだ。

 

だからこそ、そんな未来にさせない為に、今ここで蓮は何としてでも勝たなければいけない。

 

 

———家族や友を守る為に。

 

 

力を使わず、守れなくて後悔して苦しむぐらいなら、力を使って守ってから苦しんだ方がまだマシだ。

 

しかし、それ以上に蓮の胸中には大きな想いがあった。

 

 

 

それは———『勝ちたい』。

 

 

 

そんな子供じみた想いだった。

 

初めてだった。誰かに勝ちたいと純粋に思ったのは。

 

自分がこの後どうなっても構わない。ただ再戦をしたい為に、自分に挑んできた初めての好敵手に勝ちたいと思ってしまったのだ。

 

今のままでは勝てない。なら、《覚醒超過》を使った全力で戦わなくては失礼というものだ。

 

だって、彼はーアリオスは自分が生涯初めて巡り会えた、自分の全てを賭けるに値する好敵手なのだからっ‼︎

 

だから、もう躊躇わない。

 

俺が『蓮』で在る為に、『蓮』という人間性を捨てる。

 

俺は、皆を守る為に、そして、あの気高き好敵手(怪物)に勝つ為に、『怪物』になろう。

 

既にこの魂は、『怪物』になっているのだから。

 

 

『悪いな。母さん、寧音さん、カナタ……親父、お母さん』

 

 

蓮は、彼女達に密かに詫びると、一度深く息をついて、

 

 

 

『—————————《覚醒超過》』

 

 

 

遂に、その禁忌の言葉を、口にしてしまった。

 

刹那、ドクンッと力強い脈動が海の世界に響き渡り、蓮の正面にいた『蒼月』が瞳の眼光の輝きを一際強くさせながら、牙を剥き出しにして嗤った。

 

 

 

———その言葉を待っていたっ‼︎‼︎‼︎‼︎

 

 

 

そして、『蒼月』は顎門を開き、盛大に吼えた。

 

 

『◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️———————————————ッッ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

 

 

そして、深海の世界に青黒い光が満ちた。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

アリオスの一撃によって作り出されたクレーターの中心で蓮は倒れ完全に沈黙しており、アリオスは地面に降り立った後彼の様子を見ようと蓮へと近づこうと足を進める。しかし、

 

『ッッ⁉︎』

 

10m程の距離のところまで歩いた時、ソレは突然起きた。

クレーターの中心で倒れ沈黙する蓮。彼の総身から突如紺碧と白銀が入り混じる極光が空へと放たれたのだ。

極光は夜空を青白く照らす。

ゴゴゴと大空だけでなく、大地、大海すらも震える中、蓮は光を放ちながらゆっくりと立ち上がった。

立ち上がり、顔を上げた蓮。彼の瞳は変わらず黄金と紺碧に染まった龍の瞳だ。だが、白眼が…………身の毛もよだつような悍ましい漆黒に染まっていた。

 

『——————』

『ッッ⁉︎』

 

そして、天地を揺るがす轟音のせいで聞き取れはしなかったものの、アリオスは口の動きから確かにソレを理解した。

 

蓮が、空を見上げながら静かに『覚醒超過』と呟いたのを。

 

その言葉に呼応するかのように、()()()()()()()()()()()()()()()()()

それは、まるで光も届かぬ深海の闇を具現化したかのような凶兆を象徴する色だった。

そして、禍々しき蒼黒へと変化した輝きは、際限なく彩度を増していき、大地を、大海を、大空を、世界そのものを塗り替えていく。

 

その光の柱の中で佇む蓮の眼前に双剣型の霊装《蒼月》が現れると、虚空に浮かぶその二つが静かに重なり、一振りの大太刀へと変化した。

 

蓮の身長を超えるほどの長さを持つソレは、蓮に向けてその鋒を向けるとゆっくりと胸の三つ巴の紋様に突き刺さり、胸の中に沈んでいく。

完全に《蒼月》が蓮の体内に溶け込むと同時に、ドクンという強い脈動が一度響き、蓮の肉体が()()()()()()

 

ビキビキ、バキバキと蓮の肉体が異音を奏でながら、『天威霊明』発動に伴い身に纏っていた霊装の鎧と()()()()()()

皮膚は全てが肌色から、硬質に煌めく藍色の鱗へと変化し、魔力で編まれた角、突起、背鰭、尻尾が虚空に溶けるように消えるもののその直後に、確かな実体を持つ本物が生えてくる。

 

次いで、背鰭から尾鰭に沿うように髪と同じ白銀の鬣が生えて揺らめく。

 

次いで、蓮の鱗に覆われた耳が伸びて鋭く尖る。

 

次いで、蓮の口が耳元まで裂け、鋭く変化した牙を覗かせる。

 

『グゥっっ、グゥルルルルル……‼︎』

 

獣じみた、否、まさしく獣の唸り声を上げながら蓮は両腕をついて四つん這いになると、その異形へと変化しつつある肉体を肥大化させていく。

 

『フッ』

 

アリオスは眼前の光景に獰猛かつ好戦的な笑みを浮かべる。

蓮から感じる禍々しい気迫、莫大な魔力、変化しつつある肉体。見えるもの、感じるもの全てがアリオスの心を奮い上がらせた。

これから本当の戦いが始まるのだ。

今までのは前座に過ぎない。片方が《覚醒超過》を使用していれば、もう片方もまた《覚醒超過》を使わなければ戦いにならない。

先程の紛い物達とは話が違うのだ。

《魔人》同士の殺し合いは、《覚醒超過》があってはじめて真価を発揮するのだから。

 

そして、断言できる。

 

《覚醒超過》を経た蓮の強さは、自分と死闘を繰り広げた末に打ち勝った、大和をも上回るほどの強さを有していると。

 

ならば、尚更昂らずにはいられない。

 

彼ほどの英雄とかつてないほどの死闘を繰り広げられるのだから、どうして滾らないでいられようか!

 

『さあ、見せてくれッッ‼︎‼︎レンの真の姿を‼︎‼︎そして、決着をつけよう‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

アリオスは両刃斧を地面に突き刺すと両腕を大きく広げて歓喜の声を上げる。

遠くから見守るヴァーミリオン皇国の国民達もその光に各々の感情を抱く中、

 

 

『◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️———————————————ッッ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

 

柱の中から、凄絶なる人外の咆哮が轟く。

世界を震わせる轟きは、龍神の咆哮。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()正真正銘の怪物の咆哮だ。

柱が内側から弾かれるように霧散し、光に呑まれていた視界が晴れ、中にいた蓮の姿が露わになる。

ヴァーミリオン皇国の大地に佇む影は——— もはや、人ではなかった。

 

『ほぉ……』

 

アリオスは今の蓮の姿に思わず感嘆の声を漏らす。

今の蓮の姿は、人外の異形だ。

身体は二回りは大きくなり、アリオスの巨体とほぼ同サイズ。

全身の皮膚は妖しい光沢を放つ藍色の龍鱗へと変わり、首は太くなり伸長している。

首の長さも含めれば、もはやアリオスの巨体すら上回っており、4mは超えている。頭部もまた大きく変化し、まさしく龍のソレへと成る。

頭部から伸びるのは地獄の如き青い業火を凝縮したかのような確かな実体を持った大小四本の青黒い龍角が生え、口は大きく裂け中からは鋭い牙が覗き、禍々しき龍眼がギョロリと動く。

四肢もまた丸太のように太く頑強なソレへと怒張し、爪の本数も変わり、青黒く輝く鉤爪が腕には四本、足には三本伸びており、腰からはぞろりと尾鰭がついた尾が伸びている。

後頭部から、尻尾へとかけて三角形の背鰭が生え並び背中には、背鰭の両側に沿うかのように鋭い突起が無数に生え、青白く輝いている。

藍色の龍鱗とは相反するような美しい純白の鬣は後頭部から尾の先まで生えており風に靡かれ揺れている。

 

それは、まさしく人型の龍神。ーーー人を捨て、獣の魂に全てを委ねたからこその変異。

 

『ソレがレンの魂の本来の姿、《覚醒超過》を経た姿か』

 

《覚醒超過》。

《魔人》がいつか迎える成れの果て。自己に呑まれ、人間性を対価に力の塊と化す忌まわしき人外へと堕ちる事象の事。

『人』と『魔』の境界を越え、『魔』の世界へと己の全てを淘汰した、いわば一つの極点。

《魔人》の中でも、限られた者しか到達できない、人を捨て獣に成り果てることを選んだ狂者だけがたどり着ける破滅の極限。

 

 

蓮は、その資格を有してしまっていた。

 

 

それに、蓮はこの形態に二度も変質している。

一度目は、生死の瀬戸際に立たされ、憎悪により転じた完全な暴走状態だった。

二度目は、極限状態に追い込まれ、苦肉の策として理性を蝕まれながら使用した。

二度も経験していれば、嫌でもその発動のトリガーは分かってしまう。そして、今回のこの状況。これは、蓮が想定する最悪の一つだ。故に、《覚醒超過》を使ったのだ。

異形へと変わり果てた蓮は獣のように低く唸り声を上げると、ひどく落ち着いた声音で言葉を紡いだ。

 

『……これだけ戦いを楽しんでいたと言うのに、全てをかけてでも貴様に勝ちたいと思っていたのに、我は後一歩のところで踏みとどまっていたようだ。

人間のまま、勝ちたいと思っていた。でなければ、大切な者達が悲しむとわかっていたから。

だが、ソレを優先して戦いをおざなりにしていては意味がない。やっと出会えた好敵手を前に、何を躊躇していたのか。あらゆるしがらみを無視して、全てを賭して貴様に勝つためにはこの姿にならなければいけなかった。そうしなければ、貴様には勝とうにも勝てない』

 

蓮の嘘偽りのない想いが込められた言葉をアリオスは黙って聞く。そして、蓮は闘志に満ちた眼光をアリオスに向けた。

 

『この姿になるのももう三度目だ。もう次に完全な人の姿に戻れるのかも怪しい。だが、我はソレを後悔していない。

たとえ、まともな人間に戻れずとも、ただ、我は貴様に勝ちたい。勝つ為にこの姿になった。

だからこそ、これまで使わないまま戦っていたことへの謝罪を。そして喜べ、今から見せるのは、正真正銘我の、『龍神』の力の全てだ』

 

そう告げると蓮は右手を開き、そこに青黒い光の粒子を収束させる。

そうして現れたのは、藍色に染まった刀身に水色の紋様がある3mを上回る大きさの大太刀だ。龍人と化した己の巨躯に見合うサイズの武装を具現化したのだ。

蓮は大太刀の鋒をアリオスに向けると、告げる。

 

『《牛魔の怪物》アリオス・ダウロス。

我が生涯最初の好敵手よ。改めて我が父との再戦の申し出を受け入れよう。

我が全霊を以て、今ここで貴様という好敵手に勝つ‼︎‼︎』

 

凄まじい闘気がアリオスに叩きつけられる。ビリビリと空気をも振るわせるソレを全身で受けたアリオスは、口の端を限界まで引き裂きにぃっ、と笑った。

 

もはやこれ以上言葉は要らなかった。

 

『『………』』

 

二頭の怪物はお互いを視界に収め、歓喜に満ちた獰猛な獣の笑みを浮かべる。

そして、龍神()は大太刀を。猛牛(アリオス)は両刃斧を。それぞれ構えて地面を踏みしめる。

やがて、両者が同時にズンッと一歩前に踏み込むと同時に、

 

 

 

『『オオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ—————————ッッッ‼︎‼︎‼︎‼︎』』

 

 

 

静寂をぶち破り天を震わせる超弩級の大咆哮を上げ、二頭の怪物は決着をつける為に地面を砕きながら突貫した。

 

 

更なる激戦を告げる二度目の号砲が今、解き放たれ、天地を揺るがす激震が響いた。

 

 




蓮よかったね‼︎初めてライバルに巡り会えたねっ‼︎(すっとぼけ)

はい、というわけで蓮君の《覚醒超過》満を辞して解禁しましたっ‼︎

イラストは描けないから文字でしか説明できないけど、多分、相当禍々しい事になってると思います。

そして、次回はお互い《覚醒超過》を使っての全身全霊の戦いになるわけなんですが………地図書き換えは確定として、ヴァーミリオン皇国大丈夫かな?まじで怪獣映画並みの惨劇になりそう。

………多分、ヴァーミリオン皇国編は次回含めて2、3話で終わる予定です。ソレが終わればいよいよ、原作主人公一輝の出番がある、はずっ‼︎‼︎

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