優等騎士の英雄譚   作:桐谷 アキト

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お待たせしましたァァ!!
記念すべき40話目の投稿です。ヴァーミリオン皇国編クライマックス突入です‼︎
禁忌の力《覚醒超過》を遂に使ってしまった蓮。
家族や大切な者達の言葉を振り切り、好敵手に勝ちたいが為に獣に落ちた蓮は、果たして人に戻ることができるのか。怪物に堕ちた者同士の激闘は、一体どれだけの被害をもたらすのか。そして、蓮とアリオスの死闘はどのような結末を迎えるのか。

是非お確かめください‼︎




39話 怪物激突

 

 

 

 

時は蓮が《覚醒超過》を発動しようとした直前のこと。

ヴァーミリオン皇国より少し離れたヨーロッパのある地方の上空を一機の大型の輸送機が凄まじい速度で飛行していた。

 

「あとどれぐらいだっ⁉︎」

「あと30分ほどで着きますっ‼︎‼︎」

「もっと急げないのかっ⁉︎⁉︎」

「無理ですっ‼︎これ以上は機体が能力の付与に耐えられませんっ‼︎‼︎」

「くっ」

 

黒乃が険しい面持ちで操縦者にそう叫ぶも、返された操縦者の言葉に歯噛みする。

この大型輸送機は日本から来たものだ。

理由は一つ。蓮の救援の為である。

数時間前、カナタよりヴァーミリオン皇国襲撃の知らせを聞いた黒乃は、すぐさま独立魔戦大隊や月影に連絡して救援の為に動いたのだ。

大隊の隊員数名と共に輸送機に乗り込んだ黒乃は、自身の能力を使い輸送機の速度を加速させることで本来の数倍の速度で移動しているもののの、それでもまだ着かないことに黒乃は焦れったそうにしていた。

 

それもそのはず。今回ばかりは黒乃も危機感を覚えるほどの事態だったからだ。

《覚醒超過》を経たと思われる怪物達7体を倒したかと思えば、その直後に今世界を騒がせた最悪の脱獄囚《牛魔の怪物》が彼を襲撃し、蓮が応戦中と報告されたのだ。なぜこうも立て続けに厄介ごとが起きるのだと、彼女は驚愕を隠せなかった。

しかも、その様子はテレビでリアルタイムで放送されており、火、水、風、雷、だけでなく植物や大地、金属が蠢きまさしく災害の如き激闘を繰り広げているのが分かったからだ。

 

蓮がかなりギリギリの極限状態で戦っていることは明らかで、何か一つきっかけがあれば彼は《覚醒超過》を使いかねない。

 

彼に二度と《覚醒超過》を使わせたくない黒乃はその最悪の事態を引き起こさせない為に、増援として今ヴァーミリオン皇国に向かっていたのだ。

 

今現在蓮とアリオスが激闘を繰り広げているのは、リアルタイムでの衛星観測で把握している。だからこそ、一刻も早く現場に着き戦闘に介入することで蓮に《覚醒超過》を使わないようにし、共に戦おうと彼女は考えていた。

 

(頼むっ‼︎どんな状況であっても……ソレだけは使わないでくれっ‼︎)

 

たとえ使わざるを得ない状況であっても、どうにかして自分が来るまで生き延びてくれるならば、どうにでもなる。

 

だからどうか……自ら怪物に堕ちようとしないでくれ。

 

そう黒乃が必死に願ってはいたが………不幸なことに、その願いは裏切られることになる。

 

 

『『『『ッッ⁉︎⁉︎⁉︎』』』』

 

 

視線の先で夜空よりも尚昏い雷光の濁流が大地へと落雷の如く落ちた直後、黒乃の懐から鳴り響くけたたましい警報音。

だが、その音の意味をこの場にいる黒乃や独立魔戦大隊の隊員である彼らは理解していた。

 

即ち、蓮が《覚醒超過》を使用したということだ。

 

黒乃が慌てて端末を取り出して、画面を見ると顔を青ざめながら忌々しく吐き捨てる。

 

「あぁくそっ‼︎なんてことだっ‼︎」

 

黒乃が睨む画面にはあるメーターが表示されており、それが凄まじい速度で上昇していた。

彼に取り付けられた装置には魔力量を観測する機能がある。アリオスの必殺の一撃からも辛うじて全壊を免れたソレが観測した魔力量。それが蓮が人の状態で使用できる魔力の最大量を記録した上で、そのラインを超えた瞬間、つまり蓮が獣の魂の魔力を引き出し《覚醒超過》を使用したということを意味しているのだ。

 

黒乃は自分達が向かう先、蓮が激闘を繰り広げているヴァーミリオン皇国の方向へと視線を向けると、悲痛と怒りが混ざり合った表情を浮かべギリッと歯を噛み締める。

 

「……大馬鹿者がっ」

 

そう忌々しく吐き捨てた彼女の視線の先では、極太の青白い光が立ち上がり、夜空を貫いた。

そして、遠くからでもはっきりと視認できるほどの極光の柱は、白銀の輝きを漆黒へと反転させ、凶兆を齎す禍々しい蒼黒の闇へと変化させて世界を染め上げていく中、

 

 

 

 

 

『◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️———————————————ッッ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

 

 

 

 

天地を揺るがす堕ちた龍神の咆哮が聞こえた。

 

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

『『オオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ—————————ッッッ‼︎‼︎‼︎‼︎』』

 

 

 

 

天を揺るがす超弩級の大咆哮を上げ、二頭の怪物は地面を踏み砕き捲れ上がらせながら突貫する。

蓮は大太刀に蒼黒の魔力を、アリオスも漆黒の魔力を大気が歪むほどの密度で纏わせながらお互いを両断せんと振りかぶり—激突した瞬間、轟音を鳴らし大地が割れた。

青と黒が入り混じる魔力の迸りが大気を駆け抜け、衝撃を解き放つ。二人を中心に地面は大きくひび割れるだけにとどまらず岩盤を引き剥がし捲れ上がらせていった。

たった一撃でこれほどの衝撃をもたらした破壊の中心にいる怪物達は全く動じずに、足を踏ん張り更に真っ向から攻撃を放つ。

 

『ヴゥオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッ‼︎‼︎』

『◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️——————ッッ‼︎‼︎』

 

青と黒が火花を散らし無数の軌跡を生み出しながら壮絶な斬撃の応酬を繰り広げる。

一撃一撃ぶつかるごとに轟音を鳴らし、周囲を破壊しながらも怪物達はそれでも尚お互いに一歩も引くことはなく、凄まじい斬り合いを続けた。

蒼黒の大太刀と漆黒の両刃斧が凄まじい速度で、幾度となく火花を散らしながらぶつかり合う。

アリオスが破壊の力を宿す黒雷を纏うのに対して、蓮は炎熱、雷光、暴風、流水、氷結を融合させた純粋なる厄災の力で迎え撃つ。

そして、都合数百。周囲の地面が根こそぎ捲れ上がり、元の形など見る影も無くなった頃、両者はお互いの武器をぶつけて鍔迫り合いをする。お互いを両断せんと振るわれたソレらがギギギと競り合う中、勝ったのは……

 

『グゥオォォッ‼︎‼︎』

『グゥッ⁉︎』

 

蓮だった。

完全に押し切った蓮は、両刃斧を上にかちあげながら、尻尾をアリオスの片足に巻き付けてバランスを崩す。

一瞬、踏み込んで耐えようとしたものの筋肉の塊であり、魔力放出により膨大な膂力を秘めた龍の尻尾の前に踏ん張りが足らずに、引っ張られてしまい、そのまま地面に叩きつけられてしまう。

 

『ガアァァァァァァ‼︎‼︎』

『ッッ⁉︎』

 

叩きつけられたアリオスに、蓮は雄叫びを上げながら拳を振りかぶる。そこには蒼黒の魔力が宿っており、炎の如く激しく燃え盛っていた。

蓮はそれを勢いよく振り下ろす。しかし、それは間一髪でガードに間に合わせたアリオスの両刃斧に防がれるものの、受け止めたアリオスの身体に未曾有の衝撃がのしかかり、突き抜けた衝撃が地面に半径数百mを超えるほどの範囲で巨大な罅割れを生んだ。

しかも、それだけでは終わらない。

 

『———《煉獄》』

 

金碧の龍眼が強く輝き、蓮の全身から蒼く燃え盛る禍々しい獄炎が解き放たれる。

それは、アリオスを呑み込むだけに足らず、周囲にも解き放たれ、あろうことか全てを焼き尽くし地盤をも溶かしてマグマの海へと変えた。

 

『グッ、オオォォォォォォォッッ⁉︎⁉︎』

『グゥオッ⁉︎』

 

アリオスはマグマに肉体を焼かれる痛みに苦悶の声をあげながら、黒雷を全力で周囲に解き放った。赤く燃え滾るマグマの海の中心で解き放たれた黒雷はマグマだけでなく、蓮すらも引き剥がす。

蓮は破壊の黒雷に肉体を傷つけられ、小さな亀裂を生みながら、吹き飛ばされマグマの海に堕ちる。アリオスは吹き飛んだ勢いを利用して、まだ無事な岩盤の上に降りた。

 

『カハッ、クハハハッッ‼︎』

 

蓮を引き剥がし距離を取ろうとしたアリオスにマグマの海に堕ちた蓮は牙を剥き出しにして嗤うと、全身をくねらせながら、マグマの海を脅威的な速度で泳ぎアリオスへと迫る。

 

『逃すとでも思ったか?』

『いいや、逃げる気はない』

 

アリオスはそう返して、迫る蓮に両刃斧を構えると、瞬時に滾らせた黒雷を一気に振り抜く。

 

『ハッハハァ‼︎‼︎』

 

巨大な黒雷の刃を前に、蓮は獰猛に笑うと、蒼黒の雷と青白い炎を全身に纏わせながらソレに突っ込む。

直後、破壊の黒雷の刃と、雷炎纏う龍が激突して巨大な爆発を引き起こし、マグマの海を揺らす。海面が揺らぎ、アリオスがバランスをとりながら衝突地点を見ればそこには蓮の姿はなかった。

 

『………潜ったか』

 

あれで倒れるわけがないと分かりきっている為、アリオスは蓮が激突の後、マグマの海に潜り様子を窺っていると理解する。

だから、気配を研ぎ澄ましながら待ち構えるアリオスは、瞬間、その場を飛び退く。

 

『来るかっ‼︎』

『◾️◾️◾️◾️◾️ッッ‼︎‼︎』

 

直後、岩盤を砕きながらマグマの海から飛び出した蓮は、大きく開いた顎門をバクンッと閉じる。

蓮は、岩盤という障害物を利用し海から飛び出して噛み付いて、マグマの海に引き摺り込もうとしたが、容易く避けられ失敗したことに歓喜の笑みを浮かべる。

 

『ハハハハッッ、そうだよなぁっ‼︎貴様なら避けると思っていたぞぉ‼︎‼︎』

 

避けられたのに、むしろその事実に歓喜する蓮に、アリオスも獰猛に笑う。

 

『なら、こうすることもわかっているだろうなっ‼︎‼︎』

 

アリオスは首だけ出した蓮の首に、両刃斧を振り下ろす。下からの奇襲を逃した蓮は、今無防備だ。なら、そこを狙う。だが、彼の言葉通り、その攻撃は、

 

『無論、分からぬわけがなかろう?』

 

蓮がマグマの海から突き出した大太刀によって防がれる。だが、アリオスもその一撃を受け止められたことに笑みを浮かべていた。

お互いがお互いの手を読んで、読んだ手を防いだ事に、好敵手として認めているからこそ、まだ終わらないと言外に告げており、この戦いがまだまだ続けれることが嬉しかったのだ。

 

『ハハハハハハ‼︎‼︎それでいい‼︎それでこそ戦い甲斐があるというものだ‼︎‼︎』

『まだまだ終わらせるわけがなかろう?こんなにも胸が躍るのだ。もっと戦いあおうぞ‼︎‼︎どちらかの命果てるその時までっ‼︎‼︎』

『そうだなっ‼︎もっとだ、もっともっと殺し合おう‼︎‼︎』

『ああっ‼︎‼︎』

 

好敵手との戦いにお互いが歓喜の声を上げながら、再び斬り結ぶ。

アリオスの足元にあった岩盤は、一撃目の激突で砕け散っているが、蓮はともかく、アリオスもマグマの海に沈んでいなかった。それは足元に魔力障壁を張ることで即席の足場を作っていたからだ。

そして、マグマの海にしっかりと立った両者は、再び壮絶な斬撃の応酬を続けるが、蓮は更なる一手を繰り出す。

 

『———《氷焔地獄(インフェルノ)》‼︎‼︎』

 

発動していた《煉獄》に《ニブルヘイム》を発動し融合させることで、灼滅の熱気と絶凍の冷気が入り混じる紅白の地獄を生み出す。

マグマの海は所々凍りつき、マグマの海に氷塊が浮かぶという異常な光景が広がった。

熱気と冷気が絶えずアリオスを襲い蝕むが、アリオスは全身に濃密な魔力の鎧を纏うことでそれを耐え凌ぐ。

しかし、それだけでは終わらなかった。

 

『ッッ⁉︎⁉︎』

 

周囲から突如何かが鎌首をもたげて現れる。

その何かは、金碧の龍眼を持ち、今度は青黒い霊体を持つ龍だ。地獄の海より現れた龍は顎門を開くと、一斉にアリオスへと襲いかかる。

 

『ッッ、オオオォォッ‼︎‼︎』

 

アリオスは障壁の足場を踏み砕き、その反動で距離をとってマグマの海から脱し地面に降りると龍達の対処をする。

黒雷を纏わせた両刃斧を横薙ぎに振り払い、黒雷の奔流を解き放つことで迎え撃てば、龍達はその黒雷に呑まれ、すぐにその身を霧散させた。しかし、その一瞬で、蓮はアリオスの懐に迫る。

 

『◾️◾️◾️◾️◾️◾️———ッッ‼︎‼︎』

 

蓮は顎門を大きく開き、牙を剥き出しにし肉薄する。当然、噛みつかれるわけにはいかないアリオスが両刃斧を振るった。

対する蓮は、あろうことか両刃斧に噛み付くことでその攻撃を受け止めた。

 

『なんだとっ⁉︎』

 

アリオスは噛みついて受け止めた事に眼を見開き驚愕する。

いくら《覚醒超過》により肉体が霊装と同化し、超高密度の魔力体へと変質したとはいえ、霊装の攻撃、しかも破壊の黒雷を宿す攻撃を、自身の顔面で、牙で噛みついて受け止めようなど誰が思うだろうか。

そして、破壊の力が全く効いていないわけではない。破壊の効果は確かに発動しており、蓮の顔面に亀裂が生まれるものの、すぐにそれは異常な再生スピードで治癒される。

 

アリオスにとっては予想外であっても、蓮にとっては牙での攻撃は手段の一つにすぎない。だから、蓮は両刃斧を決して離さんと噛み締めながら、炎と水を纏う鉤爪を振り上げ、アリオスの胸部に斬撃を刻む。

 

『グウゥッ⁉︎』

 

鮮血が噴き出し、決して浅くはない傷にアリオスが苦悶の声を上げて蹌踉めく。

蓮は蹌踉めくアリオスに追撃を仕掛けた。

 

『◾️◾️◾️◾️◾️◾️ッッ‼︎‼︎』

 

噛みついていた両刃斧をアリオスの手から奪った蓮は、それを横に投げ捨てて大太刀も手放すと四つん這いになり四足で駆けながら鉤爪と噛みつきでアリオスを襲う。

 

『グゥオォッ‼︎‼︎ガアァァァッッ‼︎‼︎』

『ヴゥオオオオオオッッ‼︎‼︎』

 

鉤爪と噛みつきに、アリオスは拳で応戦する。

四つん這いでまさしく獣の如く襲いかかる蓮とアリオスはもつれあうと、ゼロ距離でお互いを攻撃する。

炎、水、風、雷を纏う蓮の鉤爪や噛みつきがアリオスの肉体に傷をつけて血を滲ませ、黒雷纏うアリオスの拳が蓮の肉体に打撃を与えて肉体を殴り潰さんとする。

獣の戦いが如く絡みつき、お互いを殺さんとするのがしばらく続いた後、不意にアリオスが蓮の噛みつきを躱して、蓮の首に腕を回してヘッドロックをした。

 

『ヴゥオオオオオオオオッッ‼︎‼︎』

 

締め落とそうという魂胆か。首を握りつぶさんばかりに両腕に血管を浮かばせ、筋肉を隆起させたアリオスは地面を踏みしめながら雄叫びをあげてあらんかぎりの力を込める。

しかし、蓮もタダでやられるわけなく、鉤爪を彼の肉体に突き立てながらなんとか首を引き抜こうと力の限り暴れまくる。

 

『◾️◾️◾️◾️◾️◾️ッ‼︎‼︎』

 

角を彼の腕や胸に突き立てながら、長い首を振り回しアリオスの巨体を持ち上げては何度も地面に叩きつけながら、アリオスを引き剥がさんと暴れ回る。そして、首にしがみつきながらも、地面に叩きつけられ続けるアリオスは、何度目かの叩きつけの直後、体の向きを反転させて持ち変えると蓮の首を両腕でしっかりと握り、地面を足で確かに掴み踏ん張って、

 

『オオォォォォォォォォォォォッッ‼︎‼︎』

『グゥオォォッッ⁉︎⁉︎』

 

力の限り蓮の巨体をぶん回したのだ。

蓮の四肢が地面から引っこ抜かれ、空気を唸らせながら巨体が振り回され、やがて大きく投げ飛ばされる。地面を何度も跳ねる蓮はすぐに鉤爪を突き立てて、地面を削りながら立ち止まるも、顔を上げた瞬間、彼の顔面にアリオスのドロップキックが炸裂した。

 

『ゴォアァ⁉︎⁉︎』

 

雷の加速を以て放たれたドロップキックは蓮の顔面にめり込むと、彼の巨体を勢いよく蹴り飛ばした。

破壊の力によって顔面の鱗を半ば砕かれた蓮は、再び地面を転がるも、今度は即座に反撃する。

 

『◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️‼︎‼︎‼︎』

 

転がりながらも、口から青白い息吹を追撃を仕掛けるアリオスへと放ったのだ。

アリオスは両刃斧を盾にしてそれを間一髪でそれを防ぐ。だが、威力が強すぎたのか、踏ん張りが効かず後方へ押されていたのだ。

 

『グッ』

 

歯噛みしつつも抑えきれずに更に後ろへと下げられるアリオス。そんな時、突如、彼の足元の地面がボコっと盛り上がった。

 

『ッッ⁉︎⁉︎』

 

足元を崩され大きく蹌踉めいたアリオスは、踏ん張りが効かなくなり、息吹の勢いに体が完全に浮かび大きく後方へと飛ばされる。

 

『グッ、オオォォォォォ‼︎‼︎』

 

そして、なんとか息吹の射線からも弾かれたアリオスが蓮へと距離を詰めようとした時、既に目の前に蓮がいた。

 

『オオォォォォォォォッッ‼︎‼︎』

『グゥウゥっ‼︎』

 

そのまま、蓮は巨体を活かした全身でのタックルを彼に見舞う。凄まじい轟音を鳴らしながら激突したアリオスの身体は再び勢いよく吹き飛んでしまう。

それを蓮は雷と風を纏い、足元を炎で爆砕しながら魔力を放出した四重加速で追撃する。

しかし、その速度は加速も生ぬるい超加速。まさしく瞬間移動にも等しく、蓮は一瞬でアリオスとの距離を詰めたのだ。

その速度に、アリオスは驚愕に眼を見開いた。

 

(幾らなんでも速過ぎるぞっ⁉︎なんだあの馬鹿げた加速はっ‼︎‼︎)

 

アリオスは迫る大太刀を受け止め、切り結びながら思考する。

いくら《覚醒超過》を経て莫大な魔力の恩恵を得られた事で、上限なしの魔力強化を行えるようになったとはいえ、この上がり幅は異常だ。

自分と彼の間には300mの距離が空いていたはず、それを一瞬で詰めた。

あまりにも異常すぎる速度。というよりかは、魔力放出の強化具合が常軌を逸しているのだ。それは膨大な魔力を有しているからこそ叶うもの。

だが、あの加速に一体どれだけの魔力を注いだというのか。

それほどの莫大な魔力を注いだのに、蓮は魔力切れの様子は見せず、それどころか魔力の総量が《覚醒超過》を経た直後から際限なく上昇しているのだ。その総量は、もはや並みの伐刀者の数百倍なんて話ではない。数千、いや、数万倍にも膨れ上がっているのだ。

そして、もう一つのことにも気づく。

 

(体が……大きくなってる、だと?)

 

首の長さを含めればアリオスの巨体すらも超える巨体だった蓮の肉体が、更なる肥大化を遂げていたのだ。

5mあった身体は、ひと回り大きくなり7m程になっている。自身の2倍以上の体格へと変化したその姿に、アリオスは蓮の《覚醒超過》がまだ不完全であることを理解した。

不完全であること。つまり、蓮の魂の形はこんなモノではなく、戦いの最中でも肉体が完全に適応しようと変化し続けているのだ。

 

本来の姿?否否否。これはまだ本来の姿ではない。こんなものまだ序の口。

 

神をその身に宿す者の真の姿が、人の形に留まっているわけがないのだ。

 

(一体、一体どれだけの魔力が君には宿っているんだ⁉︎)

 

詳しくはわからない。だが、これだけは断言できる。

今の蓮の内に宿る魔力の総量は、同じく《覚醒超過》を経たアリオスの魔力量を既に大きく上回っている。更に言えば、《覚醒超過》を経た大和の魔力量すらも彼は凌駕していたのだ。

しかも、これでもまだ発展途上なのだから、限界がどれほどのものか、完全な未知だった。

だが、そんな恐るべき未知なる存在にアリオスは牙を剥いて笑った。

 

『素晴らしいッ。これこそ、そうだ‼︎‼︎これこそ、自分が求めた好敵手に相応しいッッ‼︎‼︎』

 

驚愕と同時に彼の中には歓喜も存在していたのだ。

確かに蓮の魔力量が自分を凌駕しているのには純粋に驚いた。だが、それ以上に自身が認めた好敵手が、自分の予想以上の強さを有し、今もなお成長を続けているという事実に、彼の心は歓喜に打ち震えていた。

これなのだ。これこそが、自分が追い求めていた者。

己の全てを注いでも勝てないかもしれない相手。

自分よりも更に上の資質を宿す強者。

その者と命をかけた殺し合いをできるということに、彼は実力の差なんてどうでもよくて、今はこの相手に自分の全力を注ぎたいと思っていた。

 

『もっとだ‼︎‼︎もっと自分にその強さを見せてくれッッ‼︎‼︎レンッッ‼︎‼︎』

『◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️——————ッッ‼︎‼︎‼︎』

 

歓喜と闘志に満ちた咆哮が上がり、両者は再び真っ向からの斬り合いをする。

蓮は今度は大太刀ではなく、二つの鉤爪で応戦し、アリオスも両刃斧で応える。斬撃と斬撃の応酬が繰り広げられる中、アリオスと蓮はお互いの魂をぶつけ合う。

 

大気が軋み、大地が砕ける。

 

異形に成り果てた二人の怪物の戦いは、自分達以外の介入を許さないほどに凄まじく、近づけば誰彼構わず殺しかねないほどに危険すぎるもの。

 

彼らの戦いには、同じく限界を超えて人ならざる魂を獲得した《魔人》であっても、介入することは難しいだろう。

 

それこそ、彼らと同じ神話の怪物へと身を堕とした者しか介入できないほどの、圧倒的災害が如き闘争だった。

 

 

 

 

彼らは止まらない。

 

 

 

 

目の前の好敵手を打ち砕くその時まで。

 

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

蓮が《覚醒超過》を使用し、怪物に堕ちる前。

蓮とアリオスの激闘は遠く離れた日本でも知られていた。

 

それは、ヴァーミリオン皇国のテレビ局が必死に撮影したものであり、中継による生放送が全世界のテレビ局で取り上げられていたのだ。

 

『見てくださいっ!これが、今のヴァーミリオン皇国の様子ですっ!事件が発生した夕方からまだ半日も経っていないこの状況は、まさしく悪夢としかいいようがありませんっ』

 

現地アナウンサーの切羽詰まった声が、テレビ越しに聞こえてくる。

時間的には日本では朝の時間帯だが、見ていた者達の眠気を吹き飛ばすには十分すぎるほどの凄惨な光景が広がっていた。

破軍学園でも同じであり、レオと秋彦の自室でその悲惨な光景を中継で見ていたレオ達は、誰もが絶句していた。

 

「な、なんだよ、こりゃぁ……‼︎」

「こんなの、あり得るのかいっ⁉︎」

「………ッッ」

「こんなことって………」

「……………」

 

レオ、秋彦が驚愕の声をあげ、那月と陽香があまりにも凄惨な光景に口に手を当てている。凪は険しい面持ちで画面をじっと見ていた。

それほどまでに彼らが感じた衝撃は大きかった。しかも、それだけではない。

 

「おい、マリカッ、蓮にはまだ繋がんねぇのかよっ⁉︎」

「さっきからやってるわよっ‼︎でも、全然繋がらないッ‼︎」

 

レオの怒声に答えたのはマリカだ。

彼女は苛立ち混じりにレオに一喝すると、歯噛みしながら端末を睨む。その液晶画面には『新宮寺蓮』の名が表示されており、ずっと電話で呼び続けているが、いくら経っても電話に出ないのだ。

彼女達は蓮が一輝の一件で、ヴァーミリオン皇国にいることを知っている。だからこそ、あの場にいるはずの彼の身を案じ、電話で確認を取ろうとしていたのだ。だが、いくらかけても電話に出ない。それどころか、次第に電波が悪くなってきたのだ。

 

それもそのはず、今中継で繰り広げられている災害の如き激闘を引き起こしている一人が他ならぬ蓮であり、電話に出る余裕などあるわけがないのだ。

だが、それを知る術を持たない彼女は、必死に電話を続けていたのだ。

 

「駄目っ蓮くんが電話に出ないわっ。それどころか、電波が悪くなって繋がりにくくなっている」

 

マリカは苛立ちを隠さず歯噛みしながらそう呟く。なぜ、彼女達がレオ達の部屋にいるかというと、レオが彼女達を叩き起こしたからだ。

 

その日だけ偶然普段の時間よりも早起きしていたレオは、何気なく開いた端末に映ったウェブニュースでヴァーミリオン皇国で起きている事件を知り、SNSで見た動画に完全に目が覚めて、秋彦を叩き起こし次にマリカ達も叩き起こしたのだ。

最初こそ眠気に鬱陶しげにしていたものの、全員が事態を知れば、一気に目が覚めて、部屋着に着替えた彼女達がレオ達の部屋に集まりテレビをつけて現状を知ったのだ。

その時、凪が小さく呟いた。

 

「…………この状況、似てる」

「……凪……?」

 

凪の呟きに、陽香だけでなく全員が反応した。

 

「どういうこと?何が似てるのよ」

「………前に、山梨との県境で起きた突然の異常現象と似てる」

「結局原因が分からなかったアレのことか?それのどこがどう似てんだ?」

 

結局あの事件は、原因が分からずに伐刀者達の戦闘ということで終わった。それとあの惨劇が似てると言った彼女の真意が分からなかったのだ。

だが、直後の彼女の言葉に全員が理解した。

 

「………突然の天候の急変。青い落雷。青白い魔力砲撃。植物の魔術。ソレはあの時の状況とよく似ている。しかも、見た限り同じ伐刀者の仕業だと、思う」

『『『ッッッ‼︎‼︎』』』

「あの黒い雷とか大地が蠢いたり、金属の剣が生えたりするのは初めて見たけど、ソレ以外はほとんど同じ。だから、複数の伐刀者じゃなくて、たった一人の伐刀者の力によるものだと思う」

 

そう凪が言った時、陽香は彼女の言わんとしていることに気づき、恐る恐る尋ねる。

 

「……ねぇ、凪。もしかして、その同一の伐刀者って、蓮さんだと思ってる?」

「……………」

 

陽香の問いかけに凪がこくりと小さく頷く。

それに真っ先に異論を唱えたのは那月だ。

 

「待ってください。確かに今のヴァーミリオン皇国で蓮さんが戦っているのは確かです。でも、蓮さんは水使いです。

天候を操ったり、雷を落としたり、植物を操れるはすがありませんっ。もしも蓮さんが戦っていたとしても、相手が複数の伐刀者ではないんですか?」

 

皆が知っての通り、表向きに知られている蓮の能力は水だ。その派生で氷を操れるぐらいのはずだ。だが、そんな彼女の疑問に凪は答えずに陽香に視線を向ける。

 

「……陽香。《天光眼》でこの映像を見てみて。そうしたら分かると思う」

「え?う、うん。分かった。でも、映像越しにはまだやったことないからできるか分からないよ?」

「それでも、試してみて」

 

陽香は小さく頷くと、自身の瞳を黄金に輝かせて、映像越しにあの激闘の魔力軌跡を《天光眼》で見る。

じっと真剣に見つめていた陽香は、しばらく観察を続けた後、驚愕に目を見開くと表情を青ざめさせる。

 

「嘘っ、そんな事って……でも、あの魔力はっ…」

「……陽香、どうだった?」

 

予想通りだったのか平然としている凪の問いかけに、陽香は声を震わせながら答えた。

 

「………今、映像に写ってる魔力は二種類しかなかった。黒雷に宿る魔力は、見たことがないから多分敵の魔力。そして、もう一つは………蓮さんの魔力だった」

「二人分の魔力しか写ってなかったの?他には?誰もいなかった?」

「……ううん、今も見てるけど、ずっと変わってない。青い雷、青い炎、植物、岩石、金属の剣、黒い雷以外の全てが蓮さんの魔力を帯びていた。ソレはつまり……」

「……蓮くんは水使いじゃなかった、ということね」

「ええ」

 

沈黙が彼らの間に降りる。

光使いであり、《天光眼》によって他人の伐刀絶技に宿る魔力の色を識別できる彼女がそう言ったのだ。疑う余地などない。

だが、蓮が水使いでなければ、一体何の能力なのだろうか。

水や氷だけでなく、炎、風、雷、土、岩、金属、植物。自然干渉系の能力を複数行使できる能力とは、一体何なのだろうか。

そして、ソレを今まで隠し続けてきた理由も分からなかった。

考え込むマリカ達に陽香が震える声で続けた。

 

「……でも、あの魔力が本当に蓮さんのものかは断言はできない」

「……?それは、どういう……ッッ、陽香?」

 

これには凪も予想外だったのか、疑問の表情を浮かべて、陽香に問おうとして気づく。

陽香が何か恐ろしいものを見たかのように顔面が蒼白になっており、小刻みに体が震えているのを。そして、凪が陽香の様子に驚く中、陽香がへたりと座り込んだのだ。

 

「陽香っ」

「大丈夫ですかっ?」

 

凪と那月が慌てて彼女に寄り添う。

二人が支える中、陽香は無理やり笑みを使って二人に礼をいう。

 

「あ、ありがとう二人とも…」

「陽香、陽香は何を見たの?」

「……………」

 

恐る恐る尋ねた凪の問いかけに、陽香は沈黙の後震える声で答えた。

 

「………私が見た二つの魔力。……アレは、()()()()じゃないっ」

「どういう、こと?」

「あんなにも禍々しくて悍ましい魔力は、今まで見たことがなかったっ。

前に見た蓮さんの魔力はあんなにも綺麗だったのに、今はもうその面影が全くなかったのっ。

波長が同じだったから、かろうじて蓮さんのだってわかったけど…あんな魔力、人間が持てるような魔力じゃないっ、アレはもう化け物の領域よっ」

 

陽香は優秀な光使いであるが故に、映像越しでも《魔人》が有する絶大かつ歪で恐ろしい魔力を感じ取ってしまったのだ。

蓮の魔力も同じ。彼女が彼に惚れるきっかけとなった彼の魔力は、無駄のない精緻で美しい洗練されたものだったはずなのに、今は禍々しくて身も凍えるような恐ろしさを感じる悍ましい魔力へと変わり果てていた。

そんな《魔人》が持つ歪な魔力を感じ取ってしまった陽香は、その片方が愛する蓮のものであっても、化け物だと思ってしまったのだ。

 

恐怖に体を震わせる陽香を、何とか落ち着かせようと凪と那月が手を尽くす中、マリカは再び映像へと視線を戻して、冷や汗が滲む表情を浮かべて小さく呟いた。

 

 

「蓮くん。‥‥貴方は、何者なの?」

 

 

▼△▼△▼△

 

 

同時刻、ステラの部屋でもステラが同じようなやりとりをしていた。

彼女の表情は焦燥や驚愕に満ちていた。

当然だ。彼女はヴァーミリオン皇国の第二皇女。自分の国があんなことになっているのだから、心配しないわけがない。

そして、こちらは電話が繋がっている。相手は、ステラの母、アストレアだ。

 

「待って、お母様。じゃあ、今戦ってるのはレン先輩だけなの⁉︎」

 

ステラはアストレアより齎された情報に目を見開く。

あの災害が如き激闘。複数の能力による魔術が飛び交う異常事態で、一体どれほどの数と強さの伐刀者たちが激しい集団戦を繰り広げているのだと思えば、聞けば現在戦っている伐刀者はたったの二人というではないか。

 

あの所在地が公開されていない幻の監獄の最奥に囚われ、最近監獄を破壊して脱獄した脱獄囚が、7体の正体不明の怪物達との激闘を制した蓮に襲いかかり今交戦中らしい。

 

ステラは《魔人》の存在を知らないし、第二皇女とはいえ、当時まだ生まれていなかった彼女は、《牛魔の怪物》と呼ばれた伐刀者がどんな存在かも知らない。

先程電話でアストレアから《魔人》などの秘匿情報を省いた簡単な説明を受けて、蓮がソレほど凶悪な伐刀者と戦っていると知ったのだ。

そんなステラの驚愕に電話の向こうでアストレアが答える。

 

『えぇ、そうなの。レンくんが戦ってるおかげで私達の方は町が滅茶苦茶になっただけで、誰一人死者は出ていないんだけど……』

「?どうしたの?お母様」

 

何か言い淀むアストレアにステラがそう尋ねるも、返ってきたのははぐらかす言葉だった。

 

『ううん、何でもないわ。とにかく、連盟本部にも救援要請は出したし、クロノさんもコチラに向かってくれてるっていうから、今のところ私達は大丈夫よ』

「本当に、皆大丈夫なの?」

 

ステラが心底心配そうな声音をあげる。

現場にいない彼女は、映像や動画でしかヴァーミリオン皇国の状況を把握できず、直接自分の家族である国民達が無事な姿も見れていない。

尋ねるステラにアストレアが安心させるように言った。

 

『今は戦闘区域からもっと離れるためにエーギルさん達の誘導で避難してるけど、きっと大丈夫よ。レンくんならきっと何とかしてくれるわ。………とはいえ、私達が彼の為に何もできないのは悔しいけどね…』

「……うん…」

 

ステラもその気持ちは分かる。

自分達の国が襲われているのに、自分はその場にはおらず遠い異国の地で見ることができないし、アストレア達も異次元すぎる戦いの前に軍での支援行動ができずただ避難して見ていることしかできないというのが歯痒いのだろう。

その気持ちは痛いほど伝わった。

 

『ステラちゃん私も避難指示を出さないといけないから、そろそろ切るわね。私達のことは大丈夫だから、心配しないで。ただでさえ、ステラちゃんは今イッキくんのことで大変なんだから』

「だ、確かにそうだけど、でもっ、私の故郷の危機なのに…肝心の私がその場にいなくて見ていることしかできないなんて……私は、第二皇女なのに……」

 

故郷の存亡の危機に、故郷を守る為に日本に来たステラは何もできない悔しさに思わずそう呟いた。

 

『…‥ステラちゃん。何もできなくて悔しいのは私達も同じよ。皆同じなの。15年前の時はヤマト君に守られて、今度はレン君に守られてる。私達は家族なのに、たった一人に背負わせてしまっていることは、とても辛いわ。

……でも、ステラちゃん。残酷なようだけど、私達では彼の力にはなれないわ。だって私達は「弱いから、でしょ?」……ええ、その通りよ』

 

諭すように優しくいうアストレアにそう答えたステラ。彼女だって言われなくてもわかっている。あの戦いのレベルは、蓮と同じAランクであり、ヴァーミリオン皇国屈指の実力者である自分でも介入することが出来ないほどのものだと。そして、唇を噛み悔しそうにするステラに、アストレアは優しく言う。

 

『……だからお願い。どうか祈ってあげて。

彼の勝利を。そして、私達の家族が無事に帰ってきてくれることを』

 

自分達が何もできないのは悔しい。かといって、戦いに介入できるわけもないので、唯一できることがあるとすれば、ソレはただ彼の勝利を祈ることだけだった。

 

「………うん、分かったわ。それと、レン先輩がこっちに戻ってきたら、ちゃんとお礼しないと…」

『えぇ、勿論、そのつもりよ』

「……じゃあ、お母様も本当に気をつけてね?」

『ええ、しっかり皆で生きるから、ステラちゃんも安心して報告を待っててね』

 

そう言って、電話が切れた。恐らく、これからしばらくは電話に出ることは難しいだろう。アストレアはこれからシリウスに代わり、全体の指揮をとるはずだ。

これ以上の電話は彼女の指揮の妨げになるだろう。電話口からでも声が漏れるぐらい慌ただしかったのだ。アストレアは無理にでもステラとの電話を繋いでくれたのだ。

端末を閉じて机の上に置いたステラは、もう一度テレビの画面を見つめ、目の端に涙を浮かべると、指を組んで祈るように呟く。

 

 

「レン先輩。お願い……勝ってください。どうか、私の大切な家族を守ってください。そして、無事に帰ってきてください」

 

 

▼△▼△▼△

 

 

『◾️◾️◾️◾️◾️◾️ッッ‼︎‼︎』

 

 

尻尾の薙ぎ払いと、口に咥えた大太刀を首の振りを利用した薙ぎ払い。二つの薙ぎ払いの同時攻撃を、アリオスは受け止めた両刃斧と脇腹にうけて、後ろへと大きく弾き飛ばされる。

蓮は一気に畳みかけようと飛び出して襲い掛かるが、アリオスも受けには回らない。

吹き飛ぶ体を電磁力で強引に立て直して、五指で地面を掴み、前へと駆け出す。

強引な立て直しをしたアリオスは、黒雷迸る剛拳を構えて、対する蓮も蒼黒の雷電と蒼白の火炎旋風を纏わせた崩拳で迎え撃つ。

 

二つの拳がぶつかり、崩壊した大地に激震が走り、衝撃波によって砕け散り岩塊が吹き飛んだ。

爆心地の中心。漆黒色と蒼黒白色の二つの拳が競り合うも、蓮が競り勝ち押し込むようにアリオスを更に後方へと殴り飛ばしたのだ。

 

アリオスは再び吹き飛ぶも、今度は両刃斧に膨大な黒雷を纏わせて勢いよく振り抜く。

 

『ッッ⁉︎⁉︎』

 

黒雷の濁流が追撃する蓮を迎え撃ち大爆発を引き起こし砂塵を巻き上げる。

 

『◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️ッッ‼︎‼︎』

 

しかし、黒い砂塵の中に浮かぶ青い光が一瞬輝いた直後、砂塵を突き破り蓮が飛び出てくる。

彼の鱗は所々砕けていたものの、それはもうほぼ癒えていた。龍神が有する不死性による莫大な自己再生能力。

それが、蓮のあらゆる負傷を瞬時に癒してしまうのだ。

そして、砂塵を突き破り、地面を踏み砕きながら爆進する蓮はアリオスへと右手を翳して一言。

 

『刺し殺せ』

『ッッ⁉︎⁉︎』

 

直後、アリオスの両脇の地面が盛り上がり、下からさながら牙のように無数の鉄針と氷棘を備えた氷鉄の顎門が姿を現したのだ。

それは、アリオスを覆い隠せるほど巨大であり、顎門より伸びた植物の荊がアリオスの肉体に棘を突き立て固定しながら絡みついて彼の肉体を縛りつけると、顎門が閉じていく。

 

伐刀絶技《荊血龍の顎門(ローゼン・メイデン)》。

 

形状はまさしく、拷問器具の一つとして知られるアイアンメイデンに酷似しており、荊の蔓で対象を拘束し、氷棘と鉄針で相手を串刺しにする凶悪な伐刀絶技だ。

ソレは瞬時に閉じてアリオスを串刺しにせんとする。アリオスの肉体に針や棘を突き立てて血を滲ませる。しかし、

 

『グッウゥォォォォッッ‼︎』

 

アリオスが雄叫びをあげて内側から《荊血姫の抱擁》を完全に消し飛ばしたのだ。

拘束を脱したアリオスは、突如目の前に顎門を限界まで開き喰らい付こうとする蓮目掛け、拳を振り上げる。

 

『グゥゴォアァ⁉︎』

 

アッパーカットは蓮の顎を確かに捉えて、顎をかちあげた。《覚醒超過》による圧倒的な膂力と破壊の黒雷が宿っているのだ。流石の蓮も、それにはたまらず怯み、首が大きく後方に逸れて数歩蹌踉めく。

僅か一瞬にできた無防備をアリオスが見逃すはずもなく、すぐさま蓮の首を掴むと一本背負のように蓮の身体を前方の地面に叩きつけたのだ。

 

『ガハアァッ⁉︎』

 

地面から足が引き抜かれ、大きく弧を描いた蓮は、腹部を勢いよく地面に打ちつけられた勢いに堪らず声を上げる。

一瞬の隙に、アリオスは蓮の首を踏みつけると、彼の顔面めがけて拳の連打を見舞う。

 

『ヴゥオオオオオオオオォォォォォォォッッ‼︎‼︎‼︎』

『グゥッ!ガァッ‼︎ゴォアァっ⁉︎』

 

《覚醒超過》を経て、肉体が霊装と同化した状態の尋常ならざる強度と破壊の力が宿る拳。

その残像から見えるほどの乱打が全て蓮の頭部に降り注ぎ、蓮の鱗に亀裂が広がり、魔力が混ざったことで変色した青黒い血が隙間から噴き出す。

このままではいずれ蓮の頭部が完全に崩壊することだろう。

だが、無防備に蓮がその末路を迎えるわけがない。

 

『◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️ッッ』

『グゥオッ⁉︎』

 

蓮が唸り声を上げた瞬間、アリオスの首に後方より伸ばされた蓮の尻尾が巻きつき強く締め付ける。

圧倒的膂力で首を絞められたアリオスは、堪らず乱打を止め、尻尾を引き剥がそうと尻尾を掴む。

アリオスの踏み付けが緩んだ一瞬を見逃さずに、蓮は足を押し退けながら立ち上がると、体勢を崩すアリオスを、全身を振り回すことで遠心力を増加させた尻尾を勢いよく振り抜いた。

アリオスの巨体がピンボールの如く地面を何度も跳ねながら勢いよく吹き飛んでいく。

 

『グゥッ、流石に、やるなッッ……』

 

アリオスを投げ飛ばした蓮は、蹌踉めきながら立ち上がると、外れかけた顎を押さえながら再生を行いつつ感心する。

流石は《牛魔の怪物》。自身の肉体強度が上がったのも嬉しいが、それでも自身の肉体を砕かんとするアリオスの強さに、大したものだと感心していた。

 

『カハハッ‼︎』

 

再生を終えた蓮の視線の先、体勢を立て直しこちらへと再び突貫するアリオスの姿を認めて、蓮は歓喜の声をあげて自身も突貫する。

 

二匹の異形は何度目かわからぬ激突を遂げようとする、アリオスは両刃斧を振り下ろし、蓮は顎門を大きく開いて距離を詰める。

そして、再び壮絶なぶつかり合いが繰り広げられ、不意にソレは起きた。

 

『———』

 

アリオスは蓮がぐらりと蹌踉めいた隙を見逃さずに、両刃斧を振り下ろす。通常ならば、それに何らかのアクションをとるはずなのだが、蓮はどういうわけか防御態勢を取ることはなく、破壊の黒雷纏う両刃斧はそのまま蓮の首を斬り飛ばしたのだ。

 

『な、にっ?』

 

あまりにも呆気なく首を切り落とせた事に、アリオスは戦いの最中にあるにも関わらずに呆けて動きが止まってしまう。

首を断ち切られれば、どんな生物であろうと生存は不可能。それは《覚醒超過》を経た自分達人外の怪物であっても同じだ。

ただし、己の肉体を魔力分解する事で、その攻撃をやり過ごすことはできる。

だが、アリオスの破壊の力はその魔力分解すらも無効化することができてしまう。緻密に編まれた蘇生の術式や、魔力の流れを阻害するからだ。蓮とてそれは分かっているはず。だというのに、あっさりと首を切り落とされた。

だからこそ、アリオスは一瞬とはいえ、驚愕に呆けてしまったのだ。

 

その一瞬が、仇となった。

 

なぜなら、彼の目の前にいるのは———死を超越した紛う事なき不死身の怪物だ。

 

『………』

『ッッ⁉︎⁉︎』

 

宙を舞う蓮の首。その眼球がギョロリと動き、アリオスに向けられるとニィッと笑みを浮かべたのだ。

それはまさしく、してやったりという笑み。

刹那、アリオスは気づく。自分は嵌められたと。

 

『◾️◾️◾️◾️◾️ッッ‼︎‼︎』

 

首だけとなった蓮が牙を剥き出しにして、アリオスへと襲いかかる。それを迎撃しようとしたアリオスだったが、視界の隅に映った蒼黒の刃に、咄嗟に防御体制をとった。

 

『くっ、今のはフェイントかっ‼︎』

 

受け止めたのは蓮の蒼黒の大太刀。

見れば、首がない蓮の肉体は動いており、アリオスへと攻撃を仕掛けたのだ。

いや、よく眼を凝らせば、首元の断面からは青い魔力の糸が伸びており、宙を舞う首に繋がっていたのだ。

故に、アリオスは蓮が自分にわざと首を斬らせて、不意打ちをしようとしていたのに気づく。だが、本命は大太刀じゃない。

 

『くっ』

『捕らえたぞ』

 

蓮は大太刀の一撃を受け止めたアリオスの左肩に牙を立てて噛み付く。そして、噛み付いた瞬間、蓮は体内に一気に魔力を流し込んだのだ。

すると、アリオスの左肩を起点に、頑強なはずの皮膚と筋肉を突き破って、氷と鋼の刃が生えた。

 

『オオオァァァアアッッ⁉︎⁉︎⁉︎』

 

アリオスが肉体を内側から食い破られる痛みに堪らず苦悶の声を上げて、動きを止めてしまう。

 

(やられたっ‼︎)

 

アリオスは己の失策を呪った。

彼が常軌を逸した再生能力を有してることなど分かりきっていたはずだ。そして、生物の常識にも当てはまらない力を有していることも同様。

神の力を宿す彼が、首を刎ねられた程度で死ぬわけがないのだ。なのに、あの一瞬呆けて傷を負った。その事にアリオスは自分が見誤ったことを責めたのだ。

そして、激痛に悶えた一瞬で、首と胴体の断面から魔力の糸を伸ばして結びつけて、肉体を瞬時に繋げた蓮は左肩に牙を立てたまま踏ん張ると、首だけでなく全身を勢いよく振り回してアリオスの巨体を投げ飛ばした。

 

『ラアァッ‼︎‼︎』

『ッッ⁉︎⁉︎』

 

全身の筋肉を連動させて投げ飛ばされたアリオスは、宙を軽々と舞う。まるで木の葉のように舞う彼は、肉体を雷に分解して氷と鋼の刃を取り除きながら、蓮へと反撃しようと身構えるが、そこで気づく。

 

『——————』

 

見下ろす視線の先、氷焔の地獄で仁王立ちする蓮は、全身から蒼黒の魔力を噴火の如く勢いよく噴き出し、背中の突起や背鰭、龍眼を、周囲を照らすほどに青白く光り輝かせながら、口に青白と蒼黒が入り混じる禍々しい魔力を集束させていたのだ。

大気や大地をビリビリと震わせながら、蓮は顎門に魔力を集束させていく。

集束される魔力は、並みの伐刀者の魔力数十人分を優に超えるほどの膨大すぎる量であり、それが顎門に集束され、圧縮されていく。

内包するエネルギー量があまりにも強く多すぎるためか、蓮の全身が所々ひび割れを起こし内側から蒼黒の光が溢れ出したのだ。

だが、蓮は己の肉体が自壊しかけているにもかかわらず、自らの魂を滾り迸らせて、解き放つ。

 

 

その構えから放たれる技は、ただ一つ。

 

 

 

『◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️—————————ッッッ‼︎‼︎‼︎』

 

 

 

息吹だ。

 

 

蓮が持つ属性全てを束ねた全力全開の息吹に属性はなく、ただありとあらゆる生命の存在を許さず消し滅ぼす神の裁きが如き破滅の極光。

 

 

 

伐刀絶技《龍神の息吹・天撃(てんげき)

 

 

 

全てを破滅させ、灰燼に帰す蓮が持つ最強最悪の伐刀絶技の一つにして、莫大過ぎる魔力を使える《覚醒超過》形態のみで放てる、禁断の絶技。

凄烈な咆哮を伴って放たれた、青、白、黒の三色が入り混じる極太の息吹が、大気を唸らせながら彼へと襲いかかる。

視界が3色の光に塗り潰されていく中、アリオスは全身に破壊の黒雷を纏わせ、両刃斧を掲げて防御の構えをとる。

その直後、破滅の息吹が彼を呑み込んだ。

息吹はアリオスを飲み込むだけにとどまらず、その背後の夜空をも貫き、天へと勢いよく昇っていく。

 

もしも、衛星からリアルタイムで宇宙の様子を撮影できていたら、きっと地球から宇宙へと伸びる極光を見れたことだろう。

射程距離は数千kmをも超えていたのだ。

そして、その極光に呑まれたアリオスは、

 

 

『グッ、オオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッッ⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎』

 

 

今日一番の苦悶の絶叫をあげていた。

触れたものを悉く『破壊』する黒雷の鎧。受けた攻撃を打ち砕くはずのそれは、蓮の破滅の極光を完全に打ち消すことは叶わず、絶え間なく襲いかかる莫大な魔力の奔流に肉体を焼かれていた。

黒い毛皮が焼け爛れ、チリチリと焦げていき赤黒い血が滲んでいき、更に肉体が傷ついていく。それが10秒、20秒、30秒と続き、一分が経過した頃、漸く息吹は途切れる。

 

『ウ……オォ……ァァ……』

 

息吹が途切れ現れたアリオスの姿は全身が焼け焦げ肉が剥き出しになってる部分が多く、白煙を上げる姿はまさしく満身創痍とも言える。

アリオスは肉体を修復しながら、大地へと落ちていく。着地する頃には回復してるだろうが、完全回復するのを蓮が許すわけなかった。

 

『クハッ、ハハハッ、ハハハハハハハハハハハハハハハッッ‼︎‼︎』

『ッッ⁉︎⁉︎』

 

彼の耳に龍神の歓喜の笑いが届く。

次の瞬間には、自分の目の前に青黒い巨躯の龍人ー蓮がアリオスの頭上におり、片腕に魔力を集わせて振り抜こうとしていた。

そして、蓮は青白と蒼黒の三色が宿る魔拳を、アリオスの胸部に叩きつけて勢いよく振り抜いた。

 

『グゥオォォッッ⁉︎⁉︎』

 

アリオスの胸部からは筋肉が潰れて骨が砕ける音が響き、口からは大量の血が吐き出され、ゴムボールのように凄まじい勢いでアリオスがある方角に殴り飛ばされる。

 

この時、蓮は決定的な間違いを犯した。

 

いや、やってはならないことをしたのだ。

人々を守る騎士として最大の禁忌を。彼は犯そうとしていた。

 

今まで、彼はある方角には決して攻撃が向かないように、あるいは放たないように意識しながら戦い続けていた。それは、《擬似覚醒超過個体》との戦いでも、アリオスとの戦いでも崩すことはなかった。

だが、《覚醒超過》を経てからは目の前の好敵手に勝ちたいという欲求に呑まれ、それに意識を割く余裕がなくなっていたのだ。

 

 

 

そう、アリオスを殴り飛ばした先は———蓮が守ろうとしていた者達がいる場所。

 

 

 

カナタやヴァーミリオン皇国の国民達がいる場所だった。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

皇都フレアヴェルグ北方地区。

全ての国民の避難が終わり、戦いの余波が民達に及ばないように騎士団の団員達が超大規模な魔力障壁を張り防衛する中、カナタは一人泣き崩れていた。

 

「蓮、さんっ…」

 

両膝をついて座り込みとめどなく涙を流しているカナタの視線の先ー南の方角では今もなお激しい衝撃と咆哮が幾度となく響いており、夜空が青と黒に激しく明滅していることから、激闘がまだ終わっていないことを示していた。

 

だが、それがいいかと思えば良いわけがない。

 

二度目の号砲が轟いた直後、これまでをも凌駕する衝撃がここまで突き抜けてきたのだ。

数kmは離れているはずなのに、それでもなお届く激突の余波は、国民達を震え上がらせるには十分であり、ここにいては危険だと危惧させるには十分すぎた。

 

シリウスは城をも揺るがすほどの衝撃波の連続に、すぐさま国民を王都の外に、更に激戦区から遠ざけようと避難を指示した。

騎士団が障壁維持に全力を尽くす中、陸軍が主導で避難誘導を行い、学生騎士も動員しての避難活動が現在行われていた。今もカナタから少し離れた後方で最後列の市民達が指示に従い移動している。

そしてこの避難活動は、ヴァーミリオン皇国だけではない。

 

ヴァーミリオン皇国の周辺諸国。半径数百kmに存在する全ての国家に、イギリスにある魔道騎士連盟本部の長《白髭公》が国民の避難と、魔道騎士達への障壁維持の緊急指示を出したのだ。

 

 

『《魔人》新宮寺蓮が《覚醒超過》を使用』

 

 

黒乃より連盟本部に齎された情報に、元々ヴァーミリオンで《牛魔の怪物》襲撃の報告を受けて動いていたのもあって、迅速に各国の軍と魔導騎士達が動いたのだ。

そして、カナタも本当ならば学生騎士として避難誘導や障壁維持に尽力しないといけない立場だ。

だが、彼女は今まともにソレをできる精神状態になかった。

 

「蓮さんっ……もぉ、やめてっ……やめてくださいっ……止まって……」

 

彼女は何度も蓮へと懇願するように呟く。

だが、消え入るようなか細い声が今もなお激闘を繰り広げる蓮の耳に届くわけもなく、彼女の言葉を拒絶するかのように咆哮と衝撃が幾度も届いてくる。

 

「カナタさん……」

 

隣で障壁維持をしているアルテリアは、そんな彼女に寄り添っている。今の彼女を一人にしておくことなんてできなかったからだ。

グラキエスはそんな二人の前に立ち、ありったけの魔力を注ぎ高さ30m、横300mの超大規模な氷の城壁を築きながら、嫌な汗が止まらなかった。

 

(仮にレンくんが《牛魔の怪物》に勝ったとして………どうやったら、彼は止まるんだ?)

 

グラキエスは遠見の魔術で蓮とアリオスの異形の戦いをこの目で見ていたのだ。

ゆえに、その戦いの激しさに、変わり果てた蓮の姿に、どうやったら彼を元に戻すことができるのか、まるで分からなかった。

 

かつて大和が《覚醒超過》を使い《牛魔の怪物》を倒した時、力が抑えきれずに暴走しかけた大和を他ならぬサフィアが止めた。

愛する存在のおかげで、間一髪で人の世へと引き戻せた。

だが、今のあの蓮の様子ではそれすらもできないのではないかと思ってしまったのだ。

周囲への被害を気にせずに、己の本気を出して目の前の怪物を殺さんと雄叫びを上げる、異形と化した蓮は、ソレほどまでに危険だった。

 

 

「カナタッッ‼︎‼︎‼︎」

 

 

一体どうすればいい?と必死に思考するグラキエス達の頭上から一人の声が聞こえる。

それは、焦燥に満ちた一人の女性の声音であり、聞き覚えのある声にグラキエス達が揃って顔を上げた直後、彼らの横に一人の麗人が降りてきた。

 

「クロノくん……」

 

降りてきたのは黒乃だ。

彼女は、嵐が酷くてこれ以上輸送機が進まないと分かると、輸送機を飛び出して空中を固定しながら全速力でここまで駆け抜けてきたのだ。

荒い息を整えている黒乃はグラキエス達に近づく。

 

「グラキエスさん、状況は全て知っています」

「そうか、それなら話が早い。クロノくん、彼はどうやったら止められるか教えてもらえないか?」

「…………分からないというのが現状です。

3年前に使った際は、私やネネの呼びかけで止まることはできました。ですが、もうソレすらも通じない段階にあることも視野に入れるべきです」

 

会ってすぐに手短にそう聞かされたグラキエスは苦虫を噛み潰したかのような表情を呻く。

 

「そう、か……なぁ、クロノくん。……最悪の可能性もあり得てしまうのか?」

「………………」

 

グラキエスの言葉に黒乃は長い沈黙を浮かべると、静かに頷いた。

『最悪の可能性』。それはつまり、『捕縛、拘束ではなく、討伐を目標に動く』ということ。

ソレを黒乃が確かに認めた。

 

「………はい、あり得るでしょう」

「………そうか」

「…‥現在、本部の方で《黒騎士》を筆頭にAランクのみでの突入部隊を編成しています。

私の判断次第で彼女達がこちらに突入して戦うことになります」

 

最悪の可能性——言葉にしなかったものの、それが蓮の討伐だということは明らか。

だから、黒乃はカナタに聞こえないように小声で今連盟本部が行っていることを伝えた。

連盟有数の《魔人》である『黒騎士』を筆頭に、Aランクのみで突入部隊を編成しているということは、《覚醒超過》を経た蓮がそれだけ危険な存在になり得ているということだ。

捕縛ではなく、討伐を優先するぐらいだからだ。

本部がそれだけ本気で対処に努めていることを知ったグラキエスは、生唾を呑み込んだ。

そして、簡単に情報を交換した黒乃は、次いでカナタへと視線を向けて近づく。

近づいてきた黒乃に、カナタは縋り付くように泣きながら、謝罪した。

 

「黒乃さん、ごめんなさいっ……私が、ついていながらっ、蓮さんを止めることが、できませんでしたっ」

「いや、いいんだ。お前は悪くない」

「でもっ、私がもっとしっかりしていればっ…あんなことにはっ……」

「自分を責めるな。お前は何も悪くないんだ」

 

自分を責めるカナタに黒乃は優しく言う。

彼女に非などあるわけがない。そもそも、戦いに介入すらできず、近くにいることもできていなかった。だから、異形に堕ちる蓮を止めることは元より不可能だったのだ。

だが、そう言う問題ではない。

 

蓮を引き止めることができなかったことが、堪らなく悲しかったのだ。

 

その彼女の心情を黒乃も理解しているからこそ、そう慰めることしかできなかった。

 

その時だ。障壁の先ー蓮が激闘を繰り広げている方角から、蒼黒白色の極光が天を貫いたのを見た。

 

『『『『ッッッッ⁉︎⁉︎』』』』

 

極光が見えたのと同時に響く龍の咆哮に黒乃達は揃って目を見開き、障壁を維持している騎士達に至っては、その余りの強大さに慄いてしまっている。

 

「なっ、まさか……《天撃》を、使ったのか?」

「何ですかっ…あの威力はっ……あれを、レンくんがっ⁉︎」

「………そう、なのだろうな」

 

技の正体を知る黒乃が悲痛と驚愕の声でそう呟き、アルテリアとグラキエスが戦慄の声を上げた。

その後光の柱が消えた直後、グラキエスは氷壁の向こうから何かがこちらに向かってまっすぐに向かってくるのを見た。

 

「何か来るぞッッ‼︎‼︎全員備えろォォォッッ‼︎‼︎」

 

グラキエスがそう叫び身構えた直後、張られた大規模障壁と巨大氷壁がパリンとガラス細工のように砕かれる音が響き、何かが二つの壁を貫き勢いよくカナタ達の近くの地面へと落ちたのだ。

ドガァァンとミサイルの着弾を思わせる轟音と衝撃が広がり、着弾地点を濛々と砂煙が立ち込めて覆い隠す。

 

『グゥッ……ゴホッ……』

 

黒乃や騎士達が警戒心を剥き出しにして霊装を構えて砂煙を睨み、まだ後方にいる国民達が困惑の表情で砂煙に視線を向ける中、砂煙の中で巨大な影が動いて苦悶に満ちた声が聞こえる。そして、煙が晴れてその姿が見えた。

煙の中にいたのはアリオスだ。何かに殴り飛ばされたのか、胸部が凹み口からは大量の血が吐き出され、魔力が混ざり合った赤黒い血が地面を濡らす。

 

『ガフッ、ハ、ハハハッ……重い、一撃だなっ……』

 

アリオスは口からこぼれる血を乱暴に拭うと、強力な一撃に感心の声を上げながら身を起こした。

 

「《牛魔の怪物》っ。ここまで飛ばされたのかっ⁉︎」

 

黒乃は遠くで蓮と激闘を繰り広げているはずのアリオスがここにいる事に、すぐさま蓮によって吹っ飛ばされたのだと理解する。

 

(待てっ、奴がここに飛ばされたということは…っ⁉︎)

 

アリオスがこちらに吹っ飛ばされたということは、つまり———

 

「まずいっ、全員逃っ」

 

いち早く状況を理解した黒乃が青ざめながら、周りにいる全員に逃げろと叫ぼうとした瞬間、

 

 

 

『◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️ッッッッッッ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

 

 

龍の悍ましい雄叫びが轟然と闇夜を震わせた。

 

黒乃の悲鳴じみた警告などその雄叫びに容易くかき消されてしまい、直後、別の何かが落ちてくる。

先程よりも激しい着弾音が響き、地面を揺らし周囲にいた者達をまともに立たせなくさせるほど。

 

『グゥルルルゥッ‼︎』

 

腕を地面につきながら、騎士達や国民達が見たのは、四つん這いで佇む一匹の青黒い怪物の姿だった。

 

『◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️ッッ‼︎‼︎』

「う、うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ⁉︎」

「きゃ、きゃああああああああああああああ⁉︎」

 

市民達の中から甲高い悲鳴が響く。

青黒い血を滴らせる異形の怪物ー牙を剥き出しにして悍ましい咆哮をあげた蓮の姿に、混乱と恐怖が生まれ一気に伝播する。数多の市民達が我先に波となって蓮から逃れようとする。

 

「な、なんだアレはっ⁉︎」

「ボサッとするな‼︎すぐに囲めっ‼︎」

「くそっ、なんだよあのバケモン共はっ‼︎」

 

周囲にいた魔道騎士達は悪態をついたり、驚愕したりしながらも、市民を庇うように迅速に動くと蓮を囲み、攻撃しようとする。

だが、

 

「駄目だッッ‼︎‼︎全員戦うなっ‼︎すぐに下がれぇっ‼︎‼︎」

『◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️‼︎‼︎‼︎』

 

黒乃の警告と蓮の咆哮はほぼ同時に解き放たれた。警告は再び咆哮に塗りつぶされてしまい、彼らに咆哮が叩きつけられた。

 

「ひっっ⁉︎」

 

身の毛もよだつような恐ろしい雄叫びたった一つで、彼らの戦意は悉くねじ伏せられた。

蓮に襲い掛かろうとしていた騎士達が例外なく、原始的恐怖を喚起させられ、腰を抜かし、膝を折り、致命的なまでに硬直した。

悍ましい怪物の宣告。資格のない者が我の前に立ち邪魔をするな。まるでそう告げられているようで、蓮はー闘争に身を堕とした龍は、その黒く染まった金碧の龍眼を彼らへと向けた。

 

「——————ぁ」

 

人ならざる堕ちた龍神の瞳に睨まれ女性騎士は小さな声を上げて自分の死を悟ると、霊装を手から落とした。

目の前の怪物の逆鱗に触れた。闘争の邪魔をしてしまった。

自分がやってはならないことをやったのだと、魂が理解して生きることを諦めてしまったのだ。

 

「逃げろぉッッ‼︎‼︎」

「よせぇぇぇっっ‼︎‼︎」

「蓮さんっやめてぇぇ‼︎」

 

グラキエスと黒乃、カナタの叫びが響く中、蓮が指も動かせず涙を溜めている女性騎士を斬り裂かんと右腕が振り上げられた時、

 

『ヴゥオオオオオオオオ‼︎‼︎⁉︎』

 

真横からアリオスが斬りかかる。

その叫びは、お前の相手は自分だと伝えているようだった。

 

『◾️◾️◾️◾️◾️‼︎‼︎』

 

蓮は獰猛な笑みを形作ると、騎士達を無視し大太刀で応戦する。刹那、大太刀と両刃斧の衝突による衝撃波に戦意を喪失した騎士達は全員が例外なく吹き飛ばされた。

 

「いかんっ‼︎」

 

あまりの衝撃に全身から血を噴き出しながら宙を舞う騎士達を、グラキエスが迅速な動きで水流を生み出して受け止めて水の球体で包み込むと、中で治癒をしながら逃げ惑う国民達を背に立ち素早く指示を出す。

 

「全員退避しろっ‼︎‼︎市民の避難を最優先にしてこの場を全力で離脱だっ‼︎‼︎」

『りょ、了解っ‼︎‼︎』

 

グラキエスが鬼気迫る表情で、まだ無事な騎士達に叫ぶように命令する。

騎士達はグラキエスの焦燥に満ちた様子に驚きながらも、視線の先で激闘を繰り広げ衝撃波を周囲に無遠慮に放つ怪物達の姿を見やるとすぐに市民達を守り離脱しようと指示に従い迅速に動く。

時を止めて負傷者を受け止めて他の騎士達に渡した黒乃は、それを見送ると蓮達に視線を戻す。

 

「…….もう、理性がないのかっ」

 

誰かを巻き込む戦いを決してしてこなかった蓮が動けない騎士達を殺そうとしただけでなく、躊躇なく余波で吹き飛ばした事にも黒乃は青褪める。

黒乃が危惧していた最悪の可能性が起きてしまった。しかも、今回は《覚醒超過》発動の上、既に理性を手放しているという最悪に最悪が重なった事態になってしまっていた。

 

「蓮っ‼︎頼むっ、止まってくれ‼︎‼︎」

『◾️◾️◾️◾️◾️ッッ‼︎‼︎』

 

思わず叫んだ黒乃の懇願も虚しく、蓮は止まらずにアリオスと殺し合う。多少市民達から距離は離れたが、ただ戦いの過程でそうなっただけで、気休めにもならないほどの移動だ。

 

視線の先では氷壁の残骸を砕きながら、取っ組み合いお互いの肉体に傷を与えていく二匹の怪物達の姿がある。

それを見て彼女は理解してしまっていた。

 

(駄目だっ。今割って入ったところで、殺されるだけだっ)

 

あの戦いに介入することはできない。

お互い《覚醒超過》を使った者同士の激闘。災厄と破壊がぶつかり合う光景に、扉の手前まで行ったとはいえ《魔人》ではない黒乃の実力では止めることができないと優れた実力から理解してしまった。

おそらく、寧音でも止めることは難しいだろう。アレは、もうそう言う次元の戦いではないのだから。

しかし、そんなことを考えることすらできない者が一人。

 

「蓮さん、いやっ、お願い止まってっ……」

「駄目だっ、行くなカナタ‼︎」

 

カナタが呆然とした様子で涙を流しながら、蓮の元へと駆け出そうとしていたのだ。

それを黒乃が肩を掴んで止めた。

 

「で、でも蓮さんが、蓮さんがっ。誰かが止めないとっ、あのままではっ」

「そんなことは分かっているっ」

「なら行かせてくださいっ。私があの人を止めないとっ」

「それが無理な事ぐらいわかっているだろうっ‼︎‼︎」

 

黒乃は嫌々と首を振りながら手を振り解かんとするカナタの胸ぐらを掴み怒鳴りつけた。

 

「今の蓮を止められるものはここにいない。私やお前の姿を見ても、私達の声を聞いても、あの子は止まらなかった。

…………もう、あの子は蓮じゃない。ただ目の前の敵を殺すために暴れ回るだけの獣に成り果ててしまった。

あの場にお前が飛び込んだところで、瞬殺されるだけだぞ。それぐらいわからないほど馬鹿ではないだろう‼︎‼︎カナタッッ‼︎‼︎」

 

黒乃は呆然とするカナタを突き飛ばすと、霊装の双銃を構えて、蓮達の方へと振り向きながら声を張り上げる。

 

「アルテリアっ‼︎縛ってでもいいからカナタを連れていけっ‼︎‼︎」

「は、はいっ‼︎‼︎」

「嫌っ、離してくださいっ‼︎私がっ、蓮さんを止めないとっ‼︎‼︎お願い離してぇぇっ‼︎‼︎」

 

それでも尚行こうとするカナタをアルテリアが無理やり引っ張っていく。普段ならば抜け出せたかもしれないが、精神が不安定になっている今のカナタはアルテリアの拘束を振り切ることはできずに、そのまま後方へと連れて行かれた。

一人佇む黒乃に、負傷者達を後方へと移し終えたグラキエスが近づく。

 

「私ではたいした力にはなれないが、障壁の維持ぐらいは果たして見せよう」

「感謝します」

「いやなに、これぐらいはさせてくれ。一応、私はこの国の騎士団長なんだ」

「……はい」

 

黒乃とグラキエスは霊装を構えて前方に巨大な魔力障壁と2回目の巨大氷壁を築き上げながら、蓮達の戦い行く末を見定める。

 

蓮とアリオスの闘争は続いており、激震を響かせている。

 

『グゥオォッ⁉︎』

 

全身の筋肉を使った砲丸のようなタックルに蓮の体は倒れ、素早く馬乗りになったアリオスが両刃斧を叩きつけようとして、蓮がアリオスの腕に尻尾を絡めて振り下ろしを妨害しアリオスの喉目がけ、首を伸ばして噛み付く。

 

『グウゥ⁉︎こ、のっ』

 

首から血を噴き出すアリオスが、なんとか抜け出そうと蓮の顎門を掴み広げようとする。

 

『グルルゥ、◾️◾️◾️◾️◾️◾️ッッ‼︎‼︎』

 

だが、驚異的な咬合力を秘めた蓮の顎門を開かせることはできず、蓮が首をふるってアリオスの身体を何度も地面に叩きつけると、首を大きく振るいそのまま彼の巨体を投げ飛ばしたのだ。

 

しかも、その方角はー先ほどまで自分達が激闘を繰り広げていた郊外の方向。

つまり、市民達とは正反対の向きだ。

偶然にも、怪物達の方から距離をとってくれたことで、市民達が安全に離脱できる確率が高まった事にグラキエスは密かに安堵する。

しかし、その直後に氷壁の奥から聞こえてくる咆哮にまだ戦いは終わっていないのだと顔を引き締める。

 

そして、咆哮が響く闇夜の暗雲を見上げた黒乃は、悲痛な表情を浮かべると、静かに懐の端末を取り出し、どこかに電話する。

一度のコールオンの後、出てきた電話の向こうの存在に連絡を取った。

 

「アイリス。私だ。………あぁ、蓮のことだが……もう、理性がない完全な暴走状態に陥っていることを確認した。

決着が着き次第、直ぐに突入してくれ。私も突入する。当初の作戦通り、()()()()()()()()()()()()()()

 

電話の相手は、今回の蓮の討伐部隊に参加する事になったフランスのAランク騎士。現世界ランキング4位にして、連盟が保有する《魔人》の一人。《黒騎士》アイリス・アスカリッドだった。

アイリスは、電話の向こうで討伐を決意した黒乃に、緊張が滲む声音で静かに尋ねる。

 

『———いいの?そしたら、貴方はどのみち大事な息子さんを……』

「そんなことは分かっている。だが、それでもやるしかない。あの子にこれ以上苦しんでほしくないから……」

『………わかった。なら、私は貴方の指示に従う』

「ああ、すまない。合図を出したらすぐに突入してくれ」

『ええ』

 

そうして電話が切れて、ツーツーと虚しい音を流すだけになる。黒乃は端末を持つ手を下ろすと、顔を俯かせ唇や手を震わせながら、小さく呟いた。

 

 

「……………………大和、サフィア、すまない」

 

 

そう謝罪する彼女の頬を、一筋の涙が落ちていった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

『クハハッ、カハハハッ、ハハハハハハハハハハハハハッッ‼︎‼︎オオォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッ‼︎‼︎』

 

 

龍の哄笑と雄叫びが戦場に響き渡る。

 

楽しい。

 

愉しい。

 

気持ち良い。

 

心地いい。

 

好敵手と戦えるということが。

 

自分の全力を出せるということが。

 

力を行使するたびに、脳髄が弾けるような強烈な多幸感が全身を突き抜けて、凄まじい高揚感が広がる。

 

今までずっと胸の内で燻っていた渇きが満たされていくのを感じる。

 

これまで巡り合うことのなかった、自分の全力と対等に渡り合えれる存在が現れたことに、蓮の心は歓喜に打ち震える。

 

もっと戦いたい。

 

もっと殺し合いたい。

 

アァ、あぁ、嗚呼。

 

どうか終わらないでくれ。

 

まだ死なないでくれ。

 

俺は、まだ自分の全力を出しきれていない。

 

お前は、まだこんなものじゃないだろう。

 

もっと殺し合いたい。まだ、これほどまでに胸が躍る決闘を終わらせたくない。

 

もっともっともっともっともっともっともっとモっとモっとモっとモっとモっとモっとモっとモッとモッとモッとモッとモッとモッとモッとモットモットモットモットモットモットモット!!!!!!!!

 

 

モット!!最高の好敵手(アリオス・ダウロス)と戦いたいッッ‼︎‼︎

 

 

『モットダァッッ‼︎‼︎‼︎モット‼︎‼︎モット心ユクマデ戦オウッッ‼︎‼︎アリオスゥゥゥゥゥッッ‼︎‼︎‼︎』

 

蓮は歓喜に牙を限界まで剥きながら、アリオスへと大太刀を叩きつける。

アリオスがそれを正面から受け止めて、轟音と衝撃を周囲に散らす。

先程よりも破壊力が増した一撃に、受け止めるアリオスもまた限界まで歯を剥き出しにして笑みを浮かべ体を前へと進めた。

 

『『——————————————————————————————ッッ‼︎‼︎』』

 

決戦が繰り広げられる。

互いの瞳に互いの姿のみを映したまま咆哮を上げる。

 

拳が互いの顔面に、胸部に、腹部にめり込み、刃が互いの鱗を、毛皮を切り裂き血を噴き出させる。

 

龍神の齎す厄災が猛牛の身を打ち破らんと滾り狂い、猛牛が振るう破壊が龍神の身を撃砕せんと幾度と迸る。

 

青の龍角と紅の双角がぶつかり、青と赤の残光が走り抜ける。

 

誇りや矜持などはなく、あるのはただ勝ちたいと言う意志と再戦を求める意地の衝突のみ。

 

鏡合わせのように攻撃には攻撃を返して、さらに加速していく。

 

二匹の異形がお互いの魂をぶつけ、真っ向からぶつかり合う姿は、異なる神話体系が故に神話でも語られなかった異国の怪物同士の激闘であり、見るものによっては恐怖などを抱かせることだろう。

 

だが、もしも、闘争に己の全てを捧げた者達が見たのなら、誰もがこう言うはずだ。

 

『子供達が無邪気に遊んでいるようだ』と。

 

お互いが、お互いを好敵手と認め、ただ勝ちたいが為に己を異形に堕とした。

自分の魂の持てる力の全てをぶつけたくて、彼らは異形へと堕ちることを躊躇わなかった。

嗚呼、確かにそれは子供のような無邪気さなのだろう。勝ちたいと言う純粋な想い一つで、彼らはここまで戦っているのだから。

 

『◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️ッッ‼︎‼︎』

 

蓮の蹴り上げがアリオスの鳩尾に突き刺さる。

間一髪、両腕を交差させて受け止めるものの、受け止めきれずアリオスの巨体は持ち上がり空へと打ち上げられる。

空へと打ち上げられ落ちてくるアリオス目掛け蓮は両腕を大きく広げながら魔術を発動した。

 

 

『《水禍・大洪瀑》』

『ヴゥオッ⁉︎』

 

 

蓮の背後より現れた藍色の魔法陣から噴き出すのは蒼黒の津波。過去のどの津波よりも巨大なソレが、間欠泉のように噴き上げながらアリオスを呑み込み大地へと叩き落とし激しく渦を巻く。

 

 

『《災火・大焼浪》』

『オオォォッッ⁉︎』

 

 

次いで天空に出現した魔法陣から劫火の津波が降り注ぎ、青白く燃え盛る炎の津波が大地をマグマの海へと変えんと蒼黒の激流と共に猛威を振るう。

 

 

『《地災(じさい)大震壊(だいしんかい)》』

『ゴオォォォォッッ⁉︎⁉︎』

 

 

大地が悲鳴をあげるが如く轟音をあげて、大きく崩壊し捲れ上がると隙間からマグマを噴き出させる。砕けた大地が剣と槍を形作り天へと伸びて、岩塊が四方八方へと解き放たれる。

水と炎の濁流に呑まれているアリオスはそれらの直撃を無防備に受けてしまう。

 

 

『《禍天(かてん)大嵐裁(だいらんさい)》』

『オオォォォォォォォォォォッッ⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎』

 

 

黒雲に覆われた大空が唸り声を上げて、青い稲光を弾かせると、雷光の瀑布が大地を砕かんばかりに降り注ぎ、全てを吹き飛ばさんとする台風をも凌駕する暴風雨が、刃となって、槌となって、魔弾と化して大地へと降り注いだ。

 

水炎の濁流に呑まれ、大地の崩壊に巻き込まれ、天空の裁きをもその身で余すことなく受けてしまったアリオスは、全身から血を噴き出し、口からも大量の血を吐き出しながら、激痛に身を悶える。

 

だが、これで終わりではなかった。

 

 

『———《神禍(しんか)》』

(ッッ⁉︎まだ、あるのかっ⁉︎)

 

 

いつの間に空へと飛び上がった蓮は、厄災の奔流に呑まれ翻弄されているアリオスを見下ろしながら、両手を合わせ一言唱える。

そう、これで終わりではない。

 

《水禍・大洪瀑》

《災火・大焼浪》

《地災・大震壊》

《禍天・大嵐裁》

 

蓮は四つの厄災を一つに統合させる。

天地神明。森羅万象。遍く大自然を破壊せし四つの厄災を一つの、大いなる災禍へと昇華させる。

それは、己以外の万物の生存を許さぬ神の裁き。神が築き上げる、神だけが自在に力を行使することができる災禍の世界。

天空を呑み込み、大地を破壊し、大海を唸らせ、世界を慄かせる厄災の龍神が齎す破滅の裁き。

 

 

 

『———《大災界(だいさいがい)》』

『—————————⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎』

 

 

 

世界から音と光が消えた。

 

 

具現するは世界を崩壊させる大厄災。

 

 

あらゆる天災を一つに集束し、解き放つその絶技は、世界を破滅に導く禁忌の技。

 

 

全ての生命の存在を許さない、龍神が齎す神域の具現だ。

 

 

青、白、黒。

 

 

世界はその3色に呑まれ、夜空がその3色で染め上げられ、凄まじい衝撃波が大地を、大気を駆け抜け、傷を刻む。

各国が張った障壁は、その多くが意味を成さずにガラスを砕くかのように粉々に砕け散り、周辺諸国へとその絶技の凄まじさを知らしめた。

 

爆心地に最も近くにいた、黒乃達は障壁が破られた瞬間、全力の魔力防御を全員が瞬時に張ることで耐え凌いだものの、もしも魔力防御がなければ伐刀者といえど失神は免れなかっただろう。

 

そして、世界に色が戻り、音も戻った頃、蓮は地面にゆっくりと降り立ち前方を見る。

その視線の先、大地が悉く捲れ上がり崩壊し、一際巨大なクレーターが生まれており、その中心に白煙を上げる黒い巨体が倒れていた。

 

『オォ……アァ…………』

 

アリオスは息も絶え絶えに呻き声を上げる。

彼の姿は酷いものだった。全身が魔力の奔流に体を焼かれ、大部分の毛皮が焼け焦げており中から肉が姿を表している。

左腕は肩から千切れ飛んでおり、腹部には岩の破片が無数に突き刺さって血が止めどなく噴き出している。

顔面は、右眼が潰れており、左角も半ばから折れていた。

瀕死。今のアリオスの状態はその一言に尽きた。

 

瀕死になるほどの壮絶な深手を刻まれたアリオスに対し、蓮は傷一つなかった。

いや、正確には全身には両刃斧に切り裂かれた裂傷や、剛拳の殴打痕。破壊の力による亀裂などアリオスに引けを取らない傷が刻まれていたのだ。しかし、その全てを蓮は治癒してしまいなかった事にしていた。

龍神の圧倒的な再生能力が、彼を死から遠ざけるばかりだった。

 

そして、満身創痍の体で荒い息を繰り返していたアリオスは、自らの肉体を雷に変えて再構成することで傷を完全に癒す。

それを蓮は邪魔しなかった。

そして、蓮の妨害もなく全身の再構成を終えて呼吸を整えると、静かに笑う。

猛々しい闘志が秘められたその笑みに、真意を察して笑みを浮かべた。

 

もうこれ以上語り合う為の言葉は不要だった。

 

 

『『………………』』

 

 

蓮が大太刀を正面に掲げるように構え、アリオスが両刃斧を背に担ぐように持ち上げる。

 

 

これまで、壮絶な決戦を繰り広げていた両者は共に理解していた。

 

 

次の一撃。それで決着がつくと。

 

 

故に、取る構えは———必殺だ。

 

 

アリオスが両刃斧に残った全魔力を注ぎ込み、黒雷を迸らせる。

形作られるは、漆黒を超えた暗黒で束ねられた天地を破壊する神の裁きが如き巨大な黒雷の両刃斧。

放たれるのは、一度蓮を破った破滅の一撃。伐刀絶技《雷霆の神撃(ケラウノス)》だ。

 

()()()()。我が力の全てをここに、束ねよう』

 

対する蓮も己の必殺を放つ為の呪いを唱える。

藍色に染まる大太刀が夜闇を鮮やかに照らすほどの青い輝きを放つ。

 

『燃え狂う劫火。清らかなる流水。吹き荒れし暴風。典麗なる雷電。今ここに一つとなれ』

 

詠唱と共に大太刀の周囲に、それぞれ紅炎、蒼水、白風、青雷を纏った四本の刀が現れる。

 

燃え滾る劫火の太刀《紅刀・咲耶姫》

玲瓏なる流水の太刀《蒼刀・湍津姫》

吹き荒ぶ暴風の太刀《風刀(ふうとう)志那都姫(しなつひめ)

轟き迸る雷電の太刀《雷刀(らいとう)霹靂姫(はたたひめ)

 

その四色四本の剣が大太刀を囲むように浮かびながら、大太刀に吸い込まれていき、完全に溶け込む。

それだけじゃない。《龍神》が持つ神威の力も、蓮の《魔人》の引力の力も、自分が持ちうる『神』と『魔』の力の全てを一つに収束させていった。

 

白き神威と黒き魔性の相反せし力が青き魂の輝きに宿り、混ざり合い、一振りの剣へと昇華する。

 

『我が全て。この一刀に捧げる』

 

そうして完成したのは、天を貫くほどの青い輝きを帯びた黒白の剣だ。

 

神々しく美しい純白。

 

禍々しく悍ましい純黒。

 

相反する2色が混ざり合い相克を為さずに一つに混ざり合い、それを包み込むように鮮やかな青の輝きが満ちる。

 

光と闇を内包せし青き月が、今ここに具現した。

 

そして、全てを照らさんと輝く青き月光に相対するは、全てを破壊せんと昂る黒の破光。

 

『『———』』

 

迸る黒き破光が龍の瞳を焼き、舞い散る青の月光が猛牛の瞳を照らす。

混ざり合うのは互いの視線。溶け合うのは戦意と闘志。無限に続く一瞬。

肉体が震え、心が吼えて、意志が燃え盛り、魂が昂る。

 

蓮の金碧の瞳と、アリオスの真紅の瞳がぶつかり合う。

 

決着の時は来た。

 

二人は同時に、足を前に踏み出し。

 

『『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッッ‼︎‼︎‼︎』』

 

二匹の怪物は天地を揺るがす雄叫びをあげて地面を爆砕して、お互い好敵手へと突貫した。

閃光と化した二人は、互いの間合いを一瞬で零にして、

 

 

『———斬リ祓エ‼︎《神刀(しんとう)都牟刈ノ太刀(つむがりのたち)》‼︎‼︎』

『———神罰ヲ下セ‼︎《雷霆の神撃(ケラウノス)》‼︎‼︎』

 

 

己が必殺の一撃を解き放った。

蒼黒白の大太刀と暗黒の両刃斧が、大気を切り裂き唸りながら激突する。

 

直後、二つの極光が爆ぜて、世界を蒼黒白と暗黒に染め上げる。

力と力の激突による余波が容赦なく周囲へと解き放たれた。

 

半径数百mにも及ぶクレーターを形成するほどの衝撃を解き放ち、大地が捲れ剥がれ粉々にし、雲を吹き飛ばし星空を露わにする。

 

蒼黒白と暗黒が火花を散らし、互いを撃滅せんとせめぎ合い拮抗する。

 

 

 

 

 

長い拮抗の末、遂に———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『——————』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青き月光が黒の破光を打ち破った。

 

 

 

 

 






と言うわけで、遂に決着がつくのかぁ⁉︎ってところで終わりましたね。

それと、結構前にですが、蓮が龍神の力を使った時にモンハンのモンスターに例えられたことがあったのですが……イヴェルカーナやネロミェール、ディスフィロアなど彼の特徴を捉えたモンスターに例えてくれたのですが……今回の激闘を見る限りだと、蓮はもはやアルバトリオンですね。エスカトン・ジャッジメントみたいなのも使ってるし。

我ながらとんでもない能力を生み出してしまったなぁと書きながら戦々恐々としてました。

そして、このペースだとあと1か2話ほどでヴァーミリオンは終わらせることができそうですね。そろそろ、マジで原作に戻らないと……


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