午後の授業は実技だった。
一クラスにつき約三名の実技担当の講師が監督している中、それぞれの生徒が粘土の形を変えたり、水を浮かせたりしていた。
これは魔術制御力を鍛えるための鍛錬であり、素のままの魔力を特殊な粘土に通わせ、手を使わずに整形するものだ。並の者であれば星型や三角形などの単純な図形を作るので精々。出来の悪い騎士なら梅干しのように形の悪い粘土の塊が出来上がる。しかし、卓越したものであれば本物そっくりの精巧な形を作れる。
もう一つ、水を魔力で浮かばせそれを零さないよう保ち続けるものだ。こちらは単純に浮かばせる水の量によって制御力の高さが分かる。
一年一組はまさに実技授業の真っ最中であり、それぞれ好きな方を行なっている。
粘土組はある模型をモデルにし、水は大きめの水槽一杯分の水を割り当てられている。
そして粘土側の一角では、
「蓮、生徒会室の居心地はどうだった?」
粘土の整形中に、左肩を突かれたと思ったら同じように粘土の整形をしていたレオが蓮にそんな事を聞いてきた。その顔には特に含むところはなく、ただ単に興味津々といった様子だった。
「風紀委員にスカウトされた……」
「へー、すげぇじゃん」
レオは賞賛を送る。蓮の左前の席で整形を行なっていた那月も頷き、感じ入った目を蓮に向けていた。
周囲で小さなざわめきが起こっているのは、多分、他のクラスメイト達も那月と同じように感じたのだろう。
「そんなにすごいのか?というか、一年を風紀委員にスカウトするのもどうかと思うんだがな」
蓮はレオの賞賛を素直に受け取れずに、そう疑問を零す。
そんな蓮に、那月の隣に座っていたマリカが尋ねた。
「確かに珍しいわよね。それで、風紀委員って何をするの?」
マリカに問われ、蓮が麻衣に聞いた話をかいつまんで説明するにつれて、三人とも目が丸くなっていった。
「そりゃまた、面倒そうな仕事だな……」
「危なくないですか?それって」
嘆息するレオの後ろで、那月が心配そうな表情を浮かべた。
「ホント酷い話ね。蓮くん、そんな危ない仕事、断っちゃえ」
マリカは悪戯っぽい笑顔を浮かべ、わざと明るい口調で、唆す。
「えぇっ、面白そうじゃねぇか!受けろよ、蓮。応援するぜ」
「でも、それって魔術のとばっちりを受けるかもしれないんですよ?」
「そうよ。きっと、逆恨みする連中だって出てくるわ」
「でもよぉ、蓮なら強ぇしいいと思わねぇか?」
レオの言葉にマリカは少し考えこむそぶりを見せる。
「う〜ん……それはそうかもね。蓮くん、強いし」
「マリカちゃん、納得しないで!そんなの、喧嘩しなければいいでしょう?」
「でも那月。こっちにその気がなくても、火の粉を払わなきゃならない時だってあるじゃない?」
「うっ、それは……」
「世の中には濡れ衣とか冤罪とか、いくらでもまかり通っているしね」
なんでか、反対派のマリカがいつの間にか賛成派に傾いていた。
「ほら、そろそろ再開しろ。先生がこっち見てる」
「あっ、ホントだ」
「やべっ」
「は、はいっ」
少し離れたところを見れば、監督の一人がこちらを険しい顔で見ていた。長い私語に注意しようと思っていたのだろう。レオ達は慌てて粘土に向き直り、整形を再開する。
蓮はもうすでに模型そっくりの形に整形し終わっているので他の三人が整形をしている様を眺めることにした。
那月、マリカはそこそこ制御力は高い方だ。形としてもあともう少しといった感じだ。
レオは細かい作業があまり得意ではないのか、模型の輪郭が分かるぐらいだった。
△▼△▼△▼
風紀委員にスカウトされたことで妬みや嫉みを受けなかったのはありがたい。
だが、一同揃って「頑張ってねぇ〜」と送り出されるのも、なんか調子が狂ってしまうし、気が滅入ってしまう。
放課後、昼休み時以上に重い足で蓮は生徒会室へ赴いていた。
一見少し情けない雰囲気だが、事情を知る者から言わせれば、仕方がないの一言で済ませられる。
昼休み時と同じように扉の前で深呼吸をし、ノックをし中に入る。
と、明確な敵意を孕んだ鋭い視線に迎えられた。発生源は、長机の方。昼休みには空いていた席の一つだ。
無論、その視線の持ち主は庶務の御祓泡沫だ。
「失礼します」
悲しいことに、蓮はこの手の視線や雰囲気には慣れている。
彼がポーカーフェイスを保って軽く黙礼しても、その敵意は消えずにずっと突き刺さる。
彼の左右に座っていたカナタと刀華は敵意はむけず、カナタは普通に微笑んでいたが、刀華は目を合わせようともしなかった。
そんな状況も知らず、気安い挨拶が二つ、飛んできた。
「よっ、来たな」
「いらっしゃい、蓮くん」
既に身内扱いで気軽に手を挙げてみせたのは麻衣、なぜか名前呼びをしたのは真弓だ。もっとも、それが癇に障ったというわけではなく、もう手遅れだったか、と諦めの境地に到達していた。
「それで、話は考えてくれたかね?」
「ええ、俺でよければ引き受けさせてもらいます」
「よかった。それじゃあ「渡辺先輩、待ってください!」……」
麻衣の言葉に制止が入った。呼び止めたのは御祓泡沫。麻衣はその声に、少し機嫌を悪くしながら応じた。
「何だ、御祓泡沫庶務」
「渡辺先輩、お話ししたいのはその風紀委員の件です」
「何だ?」
「その一年を風紀委員に任命するのは僕は反対です」
声音に怒りを滲ませながら、泡沫が意見を述べる。
麻衣が眉を顰めたのは、演技ではなく本心からだというのがすぐにわかった。もっとも、それが何の感情を反映してのものかはわからないが。
「おかしな事を言う。生徒会としての意思表示は既に生徒会長によってなされているし、彼もそれをつい今しがた受諾した。君がとやかく言うものではないよ」
麻衣は、蓮と泡沫を見ながら交互に言う。
泡沫は昼休みと同じように激情を孕んだ顔で蓮を見る、いや睨んでいる。
そんな二人を、鈴華は冷静に、真弓は面白そうに、刀華は目を背け、カナタは少しハラハラしている。
「そいつには風紀委員の適性はありません」
それは過去のことで蓮を恨んでいるから言えるのだが、事情を知らない麻衣にとっては詭弁以外の何者でもなかった。
「出会って早々そいつ呼ばわりか、東堂といい、君らには何らかの因縁があるようだな。だが、そんなこと私には何の関係もないことだ」
「………ですが、こいつは……」
「そもそも君に彼の適性云々を決める資格はないよ。それを決めるのは生徒会長と委員長の私だけだ」
麻衣に完全論破された泡沫はたじろぎ、気圧されながらも、白旗をあげるつもりはないようだった。
そんな不満を目敏く感じ取った麻衣はさらに畳み掛ける。
「なんだ?不満があるようだな。なんなら、私と戦ってみるかい、御祓庶務。勝てれば提案を飲んでやらんこともない」
「……ッッ!」
自身と実績に裏打ちされた麻衣の言葉に、泡沫は悔しそうに唇の端を噛んだ後、顔を俯かせる。
それを降参と受け取ったのか、麻衣は勝ち誇ったような笑みで頷くと、蓮の腕を取る。
「さて、色々とあったが、早速委員会本部へ行こうか」
麻衣はとっととこの場から去ろうと、蓮の腕を引っ張る。
真弓はそんな様子を能天気に手首の先だけで手を振っている。カナタは微笑みを浮かべこちらを見ている。
泡沫と刀華は顔を上げていない。それぞれの思惑があるようだが、今となってはその方がありがたい。真弓と麻衣に余計な勘ぐりをされないで済む。
そして麻衣に腕を引かれるまま、大人しく麻衣の後に続き、外へ出ようとする。だが、その直前。
「おい、新宮寺」
泡沫が蓮を呼び止める。それに麻衣はあからさまに不機嫌な顔で何かを言おうとしていたが、蓮が手で制し未遂に終わらせる。声音から友好的でないのは明らかだが、先ほどのことでこうなるかもしれないと思っていたから、とりあえず振り向くことにした。
「何でしょうか?」
敬語ではあるものの、その言葉には敬意など全くなく、早く済ませろという意思が伝わってくる対応だった。
「お前がどれだけ上辺を綺麗に取り繕っても、過去は消せないことを忘れるなっ、僕は絶対にお前を許さないからなっ!」
泡沫はそう吐き捨てる。
たとえどれだけ時が流れようとも、お前が過去に引き起こした悪夢の記憶は、決して消えることはないのだから。
だから、許せない。あれだけのことをしながら騎士を目指そうとしているお前を僕は許さない。
そういう意味が込められた言葉に、事情を知らない真弓、麻衣、鈴華は訝しげに泡沫を見るが、誰もそのことを尋ねる人はいない。いや、尋ねれないのだ、蓮と泡沫の間にある険悪な空気がそれを許さなかった。だが、それを他ならぬ蓮が掻き消す。
「……委員長。行きましょう」
「あ、ああ、そうだな」
泡沫から再び背を向けた蓮は麻衣に促す、我に帰った麻衣は頷くと外に出る。その後に蓮も続いた。泡沫は言いたいことを一先ず言えたからか、もうそれ以上呼び止めることはしなかった。
生徒会室と同じ階層の真逆の場所に、風紀委員会本部はあった。
彼女に続いて本部室へ足を踏み入れた蓮に、麻衣は長机の前の椅子を指差した。
「まあ少し散らかっているが、適当にかけてくれ」
これが少し、と言っていいのか?確かに、足の踏み場がないとか、椅子が荷物置きになっているとか、そこまでではないが、書類とか本とか携帯端末などの、とにかく色々なもので埋め尽くされた長机。これはお世辞にも少し散らかっているとは言えない。
机の前に半分引き出された状態の椅子があったので、軽く位置を直してから蓮は腰を下ろした。
「悪いね。ウチは男所帯で、整理整頓はいつも口酸っぱく言い聞かせているんだが……」
「居ないのなら、片付けようがありませんよ」
「……校内の巡回が主な仕事だからな。部屋が空になるのも仕方がない」
現在、この部屋にいるのは二人きり、風紀委員の定員は七名ということだが、その倍は入れそうな広さでこの閑散とした空気は、物が散らかっていることにより無秩序感を増幅していた。
「それはそうと、委員長、今から部屋を片付けてもいいですか?」
「ああ、そうだな。私も手伝おう」
慌てて立ち上がった彼女は、見た目以上に気配りの人かもしれない。
席を立ち書類整理を始めていく。手を動かす速度は両者同じだが、蓮の手元にどんどんスペースができているのに対し、麻衣の方はなぜか一向に進まない。
チラッと蓮が視線を動かす。すると麻衣は諦めて手を止め肩をすくめる。
「すまん。こういうのはどうも苦手だ。……しかし、それにしてもよく分かるな」
「何がですか?」
「書類の仕分けだよ。適当に積んでいるだけかと思ったら、きちんと分類されているじゃないか」
「見てればなんとなくわかりますよ。どれがどういう系統のものかは……あと、机にはあまり座らないでください。それと、その姿勢をされると少々目のやり場に困ります」
彼が場所を開けた机の上に、麻衣はもたれかかるように腰掛けて書類の束をパラパラと見ている。スカートの裾が彼の腕に触れそうな密着具合だ。太腿を微妙に隠すスカートからすらりと形のいい脚が伸びている。いくら、レギンスで素肌が見えなくても、形はわかってしまうので精神衛生上あまりよろしくない位置だった。
それにほんのりとかすかに甘い匂いが漂い、性的な興奮を覚えてしまったが、それを鋼の理性で押さえ込んだ。
「ん?ああ、悪い。ただ、君でもそういう風に思うことはあるんだな」
「先輩のような年頃の淑女相手にそんな態度を取られたら、緊張してしまうのは仕方のないことだと思いますが?」
「えっ、あ、ああ、そ、そうか」
ニヤニヤと悪い笑みを浮かべた麻衣に、蓮はため息交じりの答えを返す。予想外の返しだったのか、麻衣は頰を赤らめ口籠もった。
蓮はそれを一瞥すると腕を再び動かし、次のエリアに取り掛かる。
「ま、まあそれはいいとして、君をスカウトした理由は先ほども言った通り、『特例招集』を経験している本物の実力者だからだ」
「それは覚えています。一応聞きますが、本物というのは
机の上のものをあらかた片づけ終え、端末の整理に取り掛かる。待機状態の端末は再起動させ電源を切り、電源が切れていた端末と一緒に一箇所にまとめていく。
「ああ、そう考えてくれて構わない」
「しかし、それならわざわざ一年から引っ張ってこなくても二年や三年には少なからずいるんじゃないんですか?」
壁際の本棚に本を並べていきながらそう呟き麻衣の方に視線を向ける。すると、麻衣は首を横に振る仕草をしていた。
「残念ながらそうじゃないのが大多数なんだよ。それに、そういう輩は変なところでつけあがったりするから面倒なことこの上ない。君もそういう輩は一度ぐらいは見たことがあるだろう?」
「……まあ、ありますね」
本を並び終え、端末を入れた箱を抱えながらそう呟く。
「だから、君のように才能があったり、逆に才能がなくても諦めたりせず努力している人の方がこういう仕事に向いているんだ」
「………そういうことですか」
本棚に並び終え、蓮は肩を一回、グルリと肩を回すと、上着を脱いでシャツの袖を捲り上げた。
「理解してくれたかな?」
「ええ、大体は」
蓮は次はキャビネットへと視線を移し、屈んでぐちゃぐちゃになっている中の物を並べ替えていく。
「あと一つ質問してもいいかな?」
「何でしょうか」
「御祓や東堂とはどういう関係なんだ?」
「…………ッ」
いきなりストレートな質問を向けられ、蓮の手が止まる。
それに気づいたのか、気づいてないのか定かではないが、麻衣は話し続ける。
「御祓は明らかにお前のことを敵視していたし、東堂は君の動画を見た瞬間、泣き出したからね。昨日今日会った仲ではないのは明らかだからな、少し気になったんだよ」
確かに泡沫との険悪な空気や刀華が蓮の動画を見て泣いたことを考えれば明らかに昔に確執があったのは明白。
そう考えて麻衣は蓮に尋ねたのだろう。
蓮は降参したように笑みを浮かべると、手を動かしながら答えた。
「……まあ、隠すほどのものでもありませんからね。簡単に言えば幼馴染ですよ。俺と泡沫、刀華、そしてカナタは昔同じ町に住んでましたから」
「ほお、貴徳原までもか。だが、幼馴染だったら尚更あんなに敵意を向けられるなどあり得ないんじゃないのか?」
麻衣の言い分も分からなくもない。もし、あの事件がなくて今もまだあの町で彼女達と過ごしていたらきっとこんなことにはならなかっただろう。とても仲が良くなっていたのかもしれない。でも、それはあくまでifの話だ。
現実は真逆と言っていいほどに関係は切れている。
蓮は麻衣の言葉に首を横に振った。
「いえ、ただちょっと昔に住んでいた町で色々あって、仲が悪くなったんです。それ以来会ってはいないんで、彼らに会うのは六年ぶりになりますね」
「………そうか……なんか、変なことを聞いてしまったな。すまない」
気になったとは言え、少し踏みすぎてしまった。そう思った麻衣は蓮に一言詫びる。
「いえ、構いませんよ。あの状況を見てれば気になるのは仕方がありません」
蓮は穏やかな笑みを浮かべると、立ち上がり腰を伸ばす。
「一応、あらかた掃除は終わりましたが、他に何かありますか?」
「あ、ああ。そうだな、じゃあ次はこっちを頼めるか?私の背では届かないからな」
「分かりました」
麻衣が指示した場所に蓮は移動する。
そんな彼の背中を麻衣は気まずい表情で見ていたのは彼女以外知ることはなかった。
△▼△▼△▼
「……ここ本当に風紀委員会本部?」
部屋を訪れた真弓の、開口一番がこのセリフだった。
「いきなり心外なご挨拶だな」
「だって、どうしちゃったの、麻衣。スズちゃんがいくら注意しても、とーかちゃんやカナちゃんがいくらお願いしても、全然片付けなかったのに」
「事実に反する中傷には断固抗議するぞ、真弓!これは片付けようとしなかったんじゃなくて、片付かなかったんだ!」
「そっちの方が女の子としてはアウトだと思うんだけど」
真弓が目を細めて斜に睨むと、麻衣はとっさに顔を背けた。
「まあ別にいいけどね……って、ああ、そう言うことね」
大型端末を開いて何か作業をしている蓮の姿を目に留めて、真弓は納得顔でうなずいた。
「早速役に立ってくれてる訳ね」
「まあ、そう言うことです」
背中を向けたまま答えた後、大型端末を閉じて蓮は振り向いた。
「委員長、点検終わりましたよ。痛んでる部品があったのでいくつか交換しておきましたから、もう問題ないはずです」
「ああ、ご苦労だったな」
「しかし、委員長もこれぐらいはできるようにしてください」
「………そうだな、そうするよ」
今度は蓮の追求から露骨に顔を背ける。しかし、心なしか、こめかみの辺りが冷や汗で汗ばんでいるようにも見えた。
「それで今日はもう終わりでいいんですか?」
「あ、ああ、他の委員との顔合わせは明日やろう。放課後ここに来てくれ」
「了解です。では、失礼します」
麻衣の言葉を蓮は受け容れると、椅子の背にかけていた上着を取り腕にかけ、扉の前で麻衣達に一礼し本部を後にした。
蓮が去った後、麻衣は人知れずため息をついた。そんな麻衣を隣にいた真弓が見逃すわけもなく、
「どうしたの、麻衣。ため息なんかついちゃって」
「いや、少しな。そうだ、お前は何でこっちに来たんだ?」
麻衣は適当にはぐらかすと、逆に訪問の理由を尋ねた。
普段ならいつものように悪戯っぽい笑みを浮かべるのだが、今回は真剣な表情を浮かべら答えた。
「実は、さっきの蓮くん達のやりとりのことでね」
「………ッ」
真弓の言葉に麻衣は僅かに目を見開く。
「あの後、うたくんととーかちゃんは黙りきりだったから、彼女達と幼馴染で仲のいいカナちゃんに少し時間を取らせてもらって色々教えてもらったの」
「蓮くんと彼らが幼馴染ということをか?」
「あれ、知ってたの?もしかして蓮くんに教えてもらったの?」
真弓の問いに麻衣は首を縦に振る。やはり真弓も気になり、比較的冷静かつ刀華と泡沫のことを一番理解しているカナタに問いただしたのだろう。
「そう。じゃあ、麻衣は他に何か聞いた?」
「昔何かがあって仲が悪くなったとしか聞いていないが、真弓はどうなんだ?」
「私も似たようなものよ。ただ、六年前に凶悪異能犯罪者が起こした事故に巻き込まれたと聞いたわ」
どうやら真弓の方は麻衣よりも進展があったらしい。六年前の事故の存在を聞いた麻衣は顎に手を当て思案顔をする。
「『どれだけ上辺を綺麗に取り繕っても、過去は消せない』か。どうやらその六年前の事件は、彼らにとってはだいぶ重いものなんだろうね」
泡沫が去り際に残した言葉を麻衣は反芻し呟く。
普段は飄々としている泡沫がたぶん自分たちが知る中で初めてあろうほどの激情をあらわにしたのだ。
それが並大抵でないのはすぐにわかった。
だが、それを麻衣は詮索する気にはならなかった。
真弓はともかく麻衣はその答えを知るのを躊躇ってしまったのだ。
何故かは分からないが、その答えが彼の「何か」を決定的に壊してしまう気がしていたからだ。
だから、麻衣は真弓に警告した。
「真弓、お前が蓮くんをからかったりするのは構わないが、過去の事は絶対に詮索するなよ?」
真弓は猫被りな性格で自分が認めた相手にしか、素顔は見せないし、人の悪い笑顔で他人をからかったりすることがある。だからこそ彼女がその態度で彼に接し過去の事を聞き出そうとしたらどうなるか分かったものじゃない。
「分かってるわ。流石に部外者の私たちが介入できるような問題じゃないしね、精々からかうだけで済ませるわよ」
それもそれでどうかと思うんだが、と麻衣は思ったのだが、とりあえずはこれで彼があまり不快な思いをしないで済んだと心のうちで軽く安堵した。
こうして麻衣と真弓の間では意図せずに蓮の過去の事は禁句事項となった。