スロー・ナ・ライフ ーTS転生した精霊の日常ー 作:メガネ愛好者
どうも、メガネ愛好者です。
→千歳さんに家族が出来ました。
それでは。
『天宮市』――それが今千歳さんがいる土地の名称だ。
今から大体30年程前、日本で起こった空間震による未曾有の災害――東京と神奈川の間を綺麗に吹き飛ばしたとされる〈南関東大空災〉の被災地を再開発して出来たのがここ、天宮市だ。
天宮市はいわば最先端技術が集中した街だ。
どうやら再開発の際に、実験と称して多岐に及ぶ最新の技術を「これでもか!」と言った具合に詰め込んだらしい。
とはいえ、規模が規模なだけに街全体の開発が済んでいる訳でもなかったりする。開発途中の土地や未だ手付かずの場所も多く、後者に至っては30年の月日によって草木が生い茂る場所へと変貌していた。
ただそれも上手い具合に街の外観として馴染んでいるので、無理をしてまで開発する必要もないだろう。
――とまぁ、天宮市について軽く説明した訳だけど、勿論の事ながら前世の日本にこのような街は存在しなかった……筈だ。
正直断言できない。千歳さんはそこまで地名に詳しい方でもないし、もしかしたら自分が知らないだけであったかもしれないからね。……とは言っても、流石に全く同じとまではいかんだろうけど。
こうして前世との相違点を並べてみると、改めてこの世界が神様の言う通り
あ、別に疑ってたわけじゃないよ? ただ何かしらの確証が欲しかったんだ。「実はドッキリでした!」なんてこともありえないとは言い切れないからね。
……あー、いや、それはないか。流石にドッキリで性転換するとか常識の範疇を越えてるし。
因みに、空間震などを抜きにすれば多少科学技術が進歩しているといった具合で、基本的には前世の日本とほとんど変わらないかな。
これに関しては心底安堵した。流石に今よりも生活水準が低い環境で暮らすだなんて堪えられないからね。一昔前のヨーロッパ染みたファンタジーな世界への転生となると、どうしても衛生面や治安状況に不安が残るし、そういった意味では比較的現代に近い世界に転生したのは幸運だったとも言えるんじゃないかな?
後は見知らぬ公共施設や企業団体などがあったりしたけど、そこはそういうものだとあまり気にしないことにした。何でもかんでも気にしていたら疲れるからね。些細な変化はスルーの方向で。
ともかく、見慣れぬ土地でも勝手が異なる訳じゃあないんなら問題ない。言ってしまえば住む環境が変わったってだけなんだから、そこまで深刻に悩むこともないだろう。例え何かしらの支障が出て来たとしても、大抵のことなら
とは言え油断、慢心は禁物。何が起こるかわからないのが人生(?)だからね。適度な警戒は怠るべからずってとこさ。
「……よし、こんなもんかな」
――そんなこんなであれから
……え? 唐突すぎるって? 知ってる。
まぁ確かにいきなりと言えばいきなりすぎて、釈然としない気持ちも多少なりあるかもしれない。
なんで家があるのか、戸籍はどうしたのか、何よりこの三年の間に一体何があったのか……気になることが沢山あるだろう。
でもね……この三年間、色々あったんだ。「あら? 千歳さんが求めた駄ライフは何処に?」ってぐらい波乱に満ちた三年間だったんだ。とてもじゃないけど、朝のちょっとした時間に回想を挟む程度の時間じゃ足りないよ。……あまり思い出したくないこともあるし。
一先ずこの三年間に起きたことは追々話すとして、今はそれよりも先にやるべきことをやらなきゃならんのです。
朝食をテーブルに並べた後、ちょっとした達成感を感じながらリビングにある掛け時計に視線を向ける。
(そろそろ起きたかな?)
時刻を確認した後、着ていたエプロンを脱ぎつつ“あの子”の眠る部屋へと歩を進めるのだった。
この家には千歳さん以外にも住人がいる。
その子とは今から二年程前に偶然出会い、その場の流れで共に行動するようになった。いつしか傍にいるのが当たり前のような関係になり、今では一人の家族として一緒に暮らしている
彼女の部屋の扉の前に立ち、数回ノックする。
……反応がない。ならば突撃だ←
「ゴ○ブリッ!」
「――ギャァァァアアアッ?!」
何処にでも蔓延る夜の帝王の名を声高々に唱えながら、普通に扉を開けて入室する。同時に部屋の中から断末魔のような叫び声が聞こえたが、とりあえずはスルーで。
部屋の中を伺うと、千歳さんの髪の色よりも明るい緑色の髪の少女がキッと威嚇するような眼差しでこちらを睨んでいた。
「おはよー
「……ねぇ、その前に言うべきことがあるんじゃないの?」
「え? 言うべきこと…………あぁ、今日の朝食は七罪の要望通りオムレツにしたよ?」
「いやそうじゃなくて――」
「結構いい感じに出来たし、千歳さんとしては冷めない内に食べてほしいかなー」
「……ハァ、もういい、なんでもないわよ」
のそのそとベッドから這い出てくる彼女の名は
歳は(書類上)14歳。少し前に中学二年生になった天使のような美少女だ。
天使のような美少女だ!!
華奢な体躯に猫のような愛くるしさを持ち、
性格も年頃の少女のそれで実に好ましい。オシャレに人一倍気を使ったり、少し自分に素直になれないところもあるけれど、それもご愛嬌と言う奴だね。可愛い。
そして常日頃から自身の美貌を損なわないよう、日々の手入れを欠かさない努力家でもある。そのかいあってか、学校では多くの男子の心を射止めているとか。
女子からも羨望の念を集め、それに驕らず寧ろ謙虚な姿勢でオススメの美容品等を教えあったりしているので、邪険にされることもなくそれなりの友人関係を築いているようだ。流石七罪。
結論、うちの妹が凄く可愛い。
そんな最愛の妹の寝起き姿を脳内フォルダに記録しながら眺めていると、それに気づいたのか七罪がジトッとした眼差しを此方に向けてきた。
「何こっち見てニヤニヤしてるのよ」
「んー? いやー、いつ見ても七罪は可愛いなぁって思ってた」
「なにそれ、口説いてるつもり? 残念だけど、あんたに褒められても別に嬉しくもなんともないんだけど」
「別に口説いたつもりはなかったんだけどね。千歳さん、思ったことは素直に白状する精霊ですから!」
「……もういい、先に食べてて。顔洗ってくるから」
「そのぐらいは待ってるよ。七罪と一緒に食べたいしね」
それを最後に七罪の部屋を後にする。
出ていく直前、七罪が何か言いたげな表情を顔に浮かべていたけど……あの様子だと多分聞いても教えてくれないな。
なので無理に聞こうとはしない。精霊にだってプライバシーはあるのです。……まぁなんとなく予想はできるけどね。多分「無断で人の部屋に入るな!」ってところかな?
□□□□□
リビングに戻り数分ほど待っていると、中学校の制服に着替えた七罪がまだ少し眠気が抜けきっていない雰囲気を漂わせながら入ってきた。
白のセーラー服を違和感無く着こなす七罪。うむ、抱きしめて頭を撫でたくなる程の可愛さである。……実際にやろうとすると天使を使ってまで拒むから出来ないけども。そんなに嫌なのか……
「……いただきます」
「うん、召し上がれ」
自身の席についた七罪は用意されていた箸を手に取り、そのまま手のひらを合わせて一礼する。そうして七罪が食べ始めたのを皮切りに、自分も同様に一礼した後食事を取り始めていくのだった。
今日の朝食はご飯に味噌汁、オムレツとホウレン草のお浸しを用意した。やっぱり朝はしっかりと取らないとね。……まぁ、七罪と出会う前の千歳さんだったら、朝は食べないかカップ麺辺りで済ませてたんだろうけどさ。
だって千歳さんの当初の目的って『充実した堕落生活を送ること』じゃん?
朝から昼の間は惰眠を貪り、夕方過ぎにようやく目覚め、それから深夜まで趣味に没頭するような社会人とは思えない生活だ。今の現状でそれが叶っているとはとてもじゃないが言い難い。
思い返せ千歳さん。自分は今、どんな生活サイクルを繰り返している……?
朝早くに起きては朝食を用意し、七罪を見送れば家の掃除と夕飯の買い出し、空いた時間でこの世界の漫画やラノベを読み漁り、夕方に差し掛かれば夕飯の準備を始め、七罪が帰ってきたら夕飯を食べたりお風呂に一緒に入ったり、後は寝る時間がくるまで七罪と遊んで……
「――って、なんだこの子供のいる新妻みたいな生活は!?」
「ちょ、いきなり叫ばないでよ……食事中なんだから慌ただしくしないで」
「あっ、ハイ」
七罪の冷静な指摘に意気消沈する千歳さん。――だかそれとこれとは別問題。
おかしい……なんで千歳さん、こんな規則正しい生活送ってるの? 駄ライフはどうしたし。堕落するどころか前世よりも健康的な生活を送ってるんですが? 何しれっと今の生活受け入れてんの? おかげで心の中が爽やかな気持ちで満たされているんですけど?
「その辺り、どう思う?」
「……逆に聞くけど、それのどこがいけないわけ? 不満でもあるの?」
「不満がないから問題なんだ」
「意味がわからないわ……」
千歳さんの言ってることが理解出来ないと言った様子で額に片手を添える七罪。解せぬ。
「前にも言ったけど、千歳さんは精霊になる前まで男だったんだ。それも常にグータラでテキトーで昼寝が趣味な駄目人間で、それに加えて掲げる目標が『充実した堕落生活』とかいうロクデナシだったんだよ!? それが今はどうだ!? これじゃあただの世話焼きお姉さんじゃないか!!」
実を言うと、七罪には千歳さんが元男性だったってことは話してある。
流石に別の世界から転生したことは伏せているが、七罪にはあまり隠し事はしたくないからね。全てとはいかないけど、話せることは全て話したつもり。
あの時のことは忘れない……そう、話を聞いた七罪が「あぁ、そういう設定……」と言いたげな、不憫な者を見るような眼差しを送ってきたことを。設定ちゃうわいっ!
「元は男だった筈なのに、今では七罪に言われて身嗜みを整えるようになるわ、口調も少しずつ女性寄りになるわ、気づけば女性ものの下着やスカートを着用しても抵抗を感じなくなるわ、トイレや更衣室で意識せずとも女性の方に入るわ――てかもうこれほとんど女性のそれだよね!? 九割がた女性になってるよね!? 男だった千歳さんどこ行った!? 迷子か!? この歳で迷子になったか千歳さん!? それとも家出したのか千歳さん!? お願い戻ってきて! このままだと元男だったことさえ忘れそうなんだよぉ!!」
うがーっと頭を抱えて振り乱す千歳さん。
いやホント冗談抜きでヤバいと感じる時があるんだよ。最近でいうと「そういえば千歳さんって元は男だったっけ?」なんて感じでたまに思い出すレベルで忘れかけてるし、思い出しても寧ろ元男だった事に違和感を感じる始末……あれ、千歳さんって前世は男だよね? なんだか自信がなくなってきた――って、いやいや、男! 男だから! なに疑心暗鬼になっとるんや自分!
……でも、転生してから既に三年。その間ずっと女性として暮らしてきたからなぁ……肉体に精神が引っ張られでもしてるのだろうか? もうわけわかんねーや……
そんな千歳さんの葛藤に対し、七罪の反応はというと――
「ふーん」
「割りとドライ!? ちょ、七罪さん? 流石に反応が素っ気なさすぎやしませんか?」
「だって、あんたが元々男だったとか、グータラでロクデナシだったと今更聞かされても……正直どうでもいいし」
「え、えぇ……」
どうしよう。妹に前世の自分全否定されたんだけど。どうでもいいって……なんだか姉の奇行に妹が嫌気を差しているようで心が痛いよぉ。本当なのにぃ……
目に見えて落ち込み始める千歳さん。そんな千歳さんを前にして、七罪は呆れたような表情を向けてくる。
「そもそも、そうなったのは
「……はい? 何言ってるのさ? 千歳さんは別に好きでこうなった訳じゃ……」
「……あぁ、うん。そうね、そうだったわね……」
「……七罪?」
七罪の不可解な返答に千歳さんは首を傾げてしまう。そんな千歳さんの反応に対して七罪はブツブツと何か呟いてるが、何を言っているのかまではわからなかった。わかったことは……七罪の様子から、先程言った言葉に嘘偽りはなかったということだけ。それだけは七罪の様子から何となく察したが……
それだと何か? 千歳さんは望んでこうなったと? それは自分自身の意思で女性らしくあろうとしたってことか?
それは……ないんじゃないか? だって千歳さんは元々男だし……男……の、筈……
…………あれ?
そう、だったっけ? どうだったっけ……いや、千歳さんは元男なんだから、それが女になりたいだなんて、ましてや
……………………
……まさか、考えた、のか? そうなりたい、そうだったって……自分は女だったって、自分の意思で――
「――ッ、な、何だ? なんか、頭が……痛、い……あ、あれ? 千歳さんって確か……」
頭の中で続く自問自答に何か思い出しそうになった瞬間、まるでそれを拒むかのような鈍痛が頭に響く。それは頭の中をグシャグシャにかき混ぜられているかのようで、正直あまりの痛みに泣きそうになる。それほどまでに酷い頭痛が千歳さんを襲い、その痛みに思わず頭を押さえてしまう。自分が何を考えていたのかさえ忘れてしまいそうだ。
でも、気になる。その痛みを堪えてでも知りたい欲求にかられた千歳さんは、まとまらない思考を無理に動かすことにした……
自分は今、何を思い出そうとしていた? というか……
不意に見えてくる疑問。それについて頭を整理しようとするも、そうする度に頭痛が酷くなっていく。
上手く考えがまとまらない。でも気になって気になってしょうがない。正直にいって、そろそろ痛みに耐えるのも限界なんだけど……ここは頭痛を我慢してでも思い出すべきなのかな? だって……なんだか胸がモヤモヤするし。
それに、千歳さんは何か大事な事を忘れている気もするんだよ。それが何なのかは見当もつかないけど……話の流れから察するに、多分性転換のことで何かあったような気が――
……いや、大事な事ではなかった、か? どちらかと言えば——
「ストップ」
「――ッ、え、あ……?」
不意に届いた七罪の声。その声を聞いた瞬間、モヤモヤとしていた気持ちが一気に霧散した。警報のように続いた頭痛もピタリと止み、後には何も残らない。
押さえていた手を下ろし、茫然と正面を向く。そこには……悲痛な面持ちを浮かべながらも、何処か安堵したような雰囲気を纏う七罪がこちらに視線を送っていた。
「な、七罪……あのさ――」
「思い出さなくていいわ」
「……え?」
「思い出さなくていいの」
「いや、でも……」
「千歳」
「……でも、
「
「――っ」
少し強めに呼ばれたことで、一瞬身を強張らせてしまう。
なんだか七罪に叱られている……というよりも、諭されているような気がしてしまう。変に緊張してしまう自分の内心にも困惑を隠せない。なんなんだ、この感じ……なんか、何もかもが嫌になってくる。
そんな自分の心情を察してか、七罪は先程まで浮かべていた表情を崩し、次の瞬間には真剣みの帯びた険しい表情を浮かべた。
一見すると何か切迫した状況なのかと伺いたくなるような雰囲気を七罪は醸し出しているのだが……その表情を見ていると、何故か安堵してしまう自分がいた。
「無理をしないで」
「……」
「無理に思い出さないで」
「……うん」
「無理に考え込まないで」
「……うん」
「無理に溜め込まないで」
「……うん」
「つらいなら、頼って」
「…………」
「私を頼って」
「それは……」
「そんなに私は頼りない?」
「そんな、ことは……」
「なら、頼りなさいよ」
「…………」
「ねぇ、頼ってよ……」
「七罪……」
「お願い……」
「…………わかった」
七罪の言葉一つ一つが、何故だか重く感じてしまう。同時にそれらの言葉一つ一つが、虚言ではなく
不思議と心にすんなり届き、声を聞く度に心が安らいでいく。そうして先程までの焦燥に駆られていた感情を優しく解きほぐしていった。
……考えすぎ、だったのかもしれない。
別に深く考えることなんてなかった。考える必要がなかった。だってそれは
辛い記憶に蓋をするのは……別に、悪いことじゃない。
「というか、正直どうでもいいのよそんな事。あんたが元男だろうが性同一性障害者だろうがニューハーフだろうが、別にどうでもいいし」
「――いやいやいやいや! それは流石にどうかと思うんだけど!? 性同一性障害はまだいいとしてもニューハーフはないから! 絶対ないっ! 別に女体願望があった訳じゃないからそこは勘違いしないで!? ……いや、ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ……あったかも、しれない……かな? なんて――」
「……うわぁ」
「ごめん今の忘れて。だから引かないで。そんな目で千歳さんを見ないで。死にたくなるから」
先程とはうって変わって、七罪のあんまりな暴論につい冷静さを欠いてしまった千歳さん。そのせいか、思わず余計な事を口走ってしまった。
いや、だって……ねぇ? 女体に気にならない思春期の男子なんている? どうなってるのかとか普通は気になるもんじゃないかなぁ……まぁ流石に「女になりたい」なんてことを考えたことはないけども。女体に興味はあっても女体化には興味ないのです! ……ホントだよ? だからそんな軽蔑したかのような視線を向けないで七罪。向けるなら先程までの慈愛に溢れた眼差しをプリーズ。
……それはそれで恥ずかしいな。嬉しいけども。
「……なんにせよ、あんたが男でも女でも私にとってはどうだっていいの。瑣末な事でしかないわ」
「え、えぇ……それはそれでどうなのさ?」
「いいの。だって……私にとっての千歳は
「……? それって――」
「――ごちそうさま。それじゃ、後片付けよろしく」
「……え、ちょ、七罪!? 千歳さん会話どころかまだ食べ終わってもないんだけどー!?」
結局最後まで自分のペースを崩さなかった七罪は、何やら意味深な言葉を残して話を切り上げてしまった。気づけば七罪の前に並べてあった朝食が全てなくなっている。どうやら千歳さんがヒートアップしている間も箸は進めていたようだ。ちゃっかりしてるぜ。……まぁ自分に関しては自業自得だけども。
ぐぬぬ……なんだか有耶無耶にされた感じがする。千歳さんにとっては割りと重要なこと……だった筈なのになぁ。
「千歳」
「んぐっ……んー? なにー」
このまま腐っていても仕方がないので、残りの朝食を胃袋に納めていく。すると、不意に七罪から名前を呼ばれた。
なんだろうと思い七罪の方を向くと、廊下に続く扉の前で七罪はドアノブを握りながら背中を此方に向けている。
そのまま七罪は呼び掛けたにも関わらず、背中を向けたまま黙りこんでいる。どうしたのかと声をかけようとすると――
「……いつも、ありがとう。オムレツ、美味しかった」
それだけ言って、リビングを後にした。
出ていく直前、ほんの少しだけ此方に顔を向け、耳を澄ませていなければ聞き逃してしまいそうな程に小さな声で呟いた七罪。しかしそれでも、その呟きは、しっかりと千歳さんの耳に届いた。
「……なんだかなぁ」
暫くの間七罪が出ていった扉を見つめた後、再び残りの朝食を口に含んでいく。そうして咀嚼を繰り返しながら、先程の言葉を脳裏で反芻した。
――私にとっての千歳は今の千歳だもの――
『
七罪の言葉は、きっと『今の千歳さん』に向けた言葉だろう。……『昔の千歳さん』ではなく、『今の千歳さん』に。
……もしも、千歳さんが『昔の千歳さん』のままだったら、今の言葉を聞くことはできただろうか?
何事にもいい加減で無気力だった自分を、果たして彼女は慕ってくれただろうか? ……そこまで思考し、ふと思う。
「……どうでもいいな」
七罪の言葉に感化されたのか、重要なことだと考えていた悩みが粗末なことのように思えてきてしまう。
だってさ? いくらここで頭を悩ませたところで、もうどうしようもないじゃないか。別に女性寄りの思考になったからって、それで男心を捨てなきゃいけない訳でもないし、何より男だろうが女だろうが……千歳さんであることには、変わりない。
今を蔑ろにしてまで前世の自分に拘る必要もないだろう。前世は前世。今は今。そう割りきって生きていく方が……気楽でいい。
それに……
「にしても……そっかそっか、美味しかったかー……にひひ」
七罪が出ていく前に残した言葉に、自然と笑みが溢れてしまう。
女というのも、存外悪くないのかもね。
七罪に優しい世界。――代償に千歳さんが情緒不安定気味に。どうしてこうなった←
その内に千歳さんと七罪の出会い話や、千歳さんが七罪を溺愛する理由について触れていこうとは思います。
因みに、七罪の容姿は11巻のメイド服姿の七罪を思い浮かべて貰えればヨロシ。あのストレートヘアーの七罪です。