スロー・ナ・ライフ ーTS転生した精霊の日常ー   作:メガネ愛好者

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 ――――デアラが完結してしまった。これがデアラロスか――――


 どうも、メガネ愛好者です。お久しぶりです。

 一先ず、最終巻を読んで思ったことを一つ…………



 ――――七罪は幸せにせなあかんなって。




第四話 七罪、『千歳』を想う

 

 

 『識別名〈シェイド〉』

 

 それは今から約三年前に起きた空間震にて現界した、精霊と思わしき異形の存在に付けられた呼称である。

 

 周囲に黒い靄を撒き散らし、またそれを身に纏う正体不明の生物。その姿はまるで、この世に蔓延る闇という負の概念をそのまま具現化させたかのような筆舌につくし難い異質さと忌避感を感じさせる姿をしている。そのような見た目と精神に干渉する能力から、対象は〈シェイド(闇の精霊)〉と呼ばれることになった。

 

 

 現状かの精霊は異形の姿でのみ確認されており、人の姿をとることは一度としてなかった。不特定、不明瞭な形状変化を繰り返す〈シェイド〉はこれまでに確認されてきた精霊と大きく異なる存在と言えるだろう。

 

 何故ならば、現状精霊といえばおおよそ十代前後程の年若い少女の姿でのみ確認されているからだ。

 

 〈プリンセス〉〈ハーミット〉〈ナイトメア〉など、それぞれ異なる容姿であれどいずれも一際整った容姿の持ち主である。それこそ精霊と言うだけあって何処か神秘的な美しさを醸し出していた。

 

 

 それ故に此度の〈シェイド〉の現界は精霊関係者達に大きな衝撃を与え、各所から疑問の声を投げ掛けられた。人とは異なる姿形に美しさとは正反対の悍ましさを感じさせる〈シェイド〉を、果たして精霊と判断していいのだろうかと。

 

 特に苦悶の声を上げたのはラタトスク機関の面々だった。

 

 彼らの目的のためには"とある少年"が精霊と接触しなければいけない。その上で最終的には精霊相手に()()()()を為さなければならないのだが…………

 

 …………あの、視界に入れることすら可能なら避けたい、気の弱い者なら見ただけで発狂する程の醜悪な化け物相手に…………()()()()を。

 

 幼くも聡い司令官はこの事実に頭を抱えざるを得なかった。現実は非情である。

 

 

 ともかく、彼等にとって〈シェイド〉の出現は想定外以外の何者でもなかった。そのあまりの異例さから一部の者達――――特にASTの隊員達など実際に〈シェイド〉と対峙した者達――――は〈シェイド〉が精霊だと正直に容認することが出来なかったぐらいだ。

 

 最もそれは〈シェイド〉が空間震から現れたこと、並びに〈シェイド〉から霊力波反応が検出されたことから「姿形が異様であれ精霊(人類を脅かす災厄)であることに違いはない」とAST上層部が〈シェイド〉を精霊と公認したため認めたくなくとも認めざるを得なくなったわけだが。

 

 そうして多くの者達に大きな衝撃と混乱を与えた〈シェイド〉だったが…………かの精霊の現界から約一年と四ヶ月後、"それ"は起きた。

 

 

 それは突然のことだった。

 

 七月七日。場所はイギリスのロンドンにて。

 

 

 

 その日――――ロンドンの街並みは一夜にして()()()()()()

 

 

 

 "異界"……そうとしか表現しようのない異様な光景が()()()()()()に広がった。

 

 その光景はこれまでの日常(常識)を容易く一変させるに相違ないものであり、常人の理解の範疇を軽く超える非常識な光景だった。

 

 ありとあらゆる建造物が(いびつ)に捻じ曲がり、何処か狂気を感じさせるオブジェへと変えられ(歪められ)ている。奇抜な配色に奇妙な造形、現代アートともまた異なる悍ましい外観へと変貌を遂げたことで住民達は誰しもが言葉を失い自らの正気を疑った。

 

 それは未だ自分が眠りから覚めておらず、質の悪い夢を見続けているのではと現実逃避してしまう程のもの。それ程までに常軌を逸した光景だったのだ。

 

 

 その混乱は住民だけに留まらず、外部から来た観光客やマスコミなどをも巻き込む大騒動へと発展してしまう。

 

 幸いにも怪我人や行方不明者などの人的被害は一人として出ておらず、建造物自体もロンドンに本社を構えていたDEM社の協力の元、SSS――――イギリスにおける対精霊部隊――――が顕現装置(リアライザ)などを駆使することで数日のうちに元の姿へと修復はされた。

 

 しかし、一度変わり果ててしまったロンドンの街並みを目撃してしまった住民達の心は一様に暗いものだった。

 

 

 常軌を逸した体験は次第に恐怖心を生み、積もらせる。

 

 いつまた同じようなことが起きてしまえばと、その時は五体無事で済むのかと、当人でさえ知らず知らずの内に肥大化していく。

 

 おそらく此度の事件を経験した者は、この先ずっと忘れない。

 

 未知への恐怖を、無知への恐怖を、既知故の恐怖を。

 

 多くの者の心に刻まれたその恐怖心は、決して消え去ることはないだろう。

 

 

 こうして後に『ロンドン異界事変』と呼ばれるようになったそれは多くの者に"恐怖心"という深い爪痕を残し、()()()は空間震と同様の原因不明とされる超常現象の一つとして処理されることになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………そんなロンドン異界事変だが、公にされていない事実が一つある。

 

 

 それは、この事件を引き起こした元凶が()()()()()ということだ。

 

 

 世間では原因不明の超常現象だと騒がれる一方で、SSS並びにDEMは今回の件を精霊の仕業ではないかと推測した。何せこのような非常識なことが出来る存在など精霊以外に考えられなかったからだ。

 

 ロンドンの街全域に至るまでの範囲を、地元住民どころか自分達にさえ一切感づかれることなく一夜にして造り変えるなど、とてもじゃないが現実的ではない。例えDEMが誇る顕現装置(リアライザ)を利用しようとも、残念ながらそこまでの所業を為すには至らない。それこそ()()()()()()()でも使わない限り今回の事件は実行不可能なのだ。

 

 

 そして、その推測は正確に的を射ていた。

 

 確証を得るためにSSSが復旧作業をする傍ら、DEMは現地に複数の観測機を回し調査した。

 

 変形した建造物、周囲に残された破壊痕、床に散らばる器物の破片。

 

 現場に残されたあらゆる痕跡をくまなく調べ、そして…………それら全てに()()()()()の霊力波が僅かに残されていたのが判明する。

 

 

 

 …………()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 □□□□□

 

 

 

 ガチャリと玄関の扉を開けると外から少しひんやりとした空気が流れ込んでくる。

 

 今は四月の末。少しずつ暖かくなってきているとはいえ、朝特有の冷えはある。ただその空気を寒いと感じることはなく、寧ろその冷えた空気が心地良く感じる。

 

 一つ深呼吸。外の涼やかな空気を肺に取り込み、大きく息を吐くのと同時に先程までの鬱屈とした気分を払う様に気持ちを切り替えていく。

 

 いつまでも昔のことを引きずってはいられない。私のせいで千歳が歪んでしまった以上、それに報いるためにも千歳が望んだ『七罪()の平穏』を送らないといけない。

 

 そうする義務が、私にはあるんだから……

 

 

 「おおっ? あー! 七罪ちゃんおはよー!」

 

 「……おはよ、琴里」

 

 

 家の敷地を抜け道に出ると、少し離れた場所から底無しに明るそうな声が聞こえてきた。

 

 自身の名前を呼ぶ方に顔を向けると、そこには高校生ぐらいの男女二人と一緒にいる、長い赤髪をツインテールに結んだ同い年ぐらいの少女が頭上で手を左右に大きく振ってる姿が見えた。

 

 彼女は五河(いつか)琴里(ことり)。私がこの街に住み始めてから初めて出来た友達だ

 

 琴里とは去年の春、中学校の入学式の日に知り合ってからの付き合いになる。クラスも同じで席も隣同士だから関わる機会も当然多くなり、気づいたときにはお互いに名前で呼び合う程に仲良くなっていた。おそらくは千歳以外で私が一番心許してる相手だろう。

 

 そんな彼女は普段と変わらぬ天真爛漫さを全力で発揮しつつ私の元に駆け寄ってくる。……琴里の傍にいた男の人——兄の五河(いつか)士道(しどう)さんはそんな琴里の姿を見て何故か遠い目をしている。例えるなら『妹の知らない一面を知ってしまったせいで今までの振る舞いに何処か違和感を感じてしまう』と言った感じか。まあ別に気にすることでもないだろう。

 

 私は琴里に返事を返しつつ身構える。……何故身構える必要があるのかって? 仕方ないでしょ。だっていつもの流れならこの後琴里は——

 

 

 「とーうっ!!」

 

 「やっぱりかぁ……」

 

 

 ——全身を投げ出す形で飛びついて(抱きついて)くるんだから。

 

 

 空高く跳ね上がった琴里が重力に従って私の頭上に迫ってくる。それを私は冷静に捉えつつ、半歩下がりながら両手を広げて受け止めるのだった。

 

 あることがきっかけで琴里との仲が急速に深まった次の日からこのスキンシップ(全力ダイブ)は始まった。おそらく私に心を許してくれた最初の頃は対応しきれず押し潰されたりお互いに辺りどころか悪くて悶え苦しんだりしていたけど、今じゃもう受け止めることに慣れてしまっている。

 

 

 「ホント朝から元気よね、琴里って……」

 

 「そういう七罪ちゃんは相も変わらずテンション低いよね!」

 

 「冷静って言ってちょうだい。それに私、朝は弱いのよ」

 

 

 危なげなくキャッチした琴里をゆっくりと地面に降ろしつつ会話に興じる。相も変わらず活発に話してくる琴里に私は不服そうな態度で相手をするも、内心私はそのやり取りに心満たされていた。

 

 ただ、こうして他愛のない話をして平穏な日常を噛みしめていると……どうしても考えてしまう。

 

 この平穏が千歳の心を歪めてまで得た平穏だってことを。それなのに私は、そんな千歳に甘えたままでいいのかと……

 

 千歳がそう望んでいるとはいえ、本当に私は……このままでいいの?

 

 

 「んー? どうしたのだ七罪ちゃん?」

 

 「っ……なんでもないわ。気にしないで」

 

 「そう言われると余計に気になるぞ~?」

 

 「本当に何でもな――あ、こらっ、頬を突くな!」

 

 

 またもや意識が悪い方に向かおうとしたところで琴里からの介入が入る。ついいつもの癖で誤魔化そうとするも、そんなことで他人の感情の変化に妙に鋭いところがある琴里が誤魔化されるわけもなく、私から話を聞き出そうと執拗に私の頬を突いてくるのだった。

 

 

 「おー、モチモチスベスベ~。七罪ちゃんのほっぺ柔らか~い♪」

 

 「ちょ、ホントにやめ——ッ、いい加減にしろやあああああッ!!」

 

 「わあ!? 七罪ちゃんが怒ったー!!?」

 

 

 突いて撫でられ揉まれまくって、これでもかと私の頬を弄り回す琴里に流石の私も我慢の限界だ。……いや別に私はそんな怒りっぽい性格ってわけじゃないんだけど、それでも人がセンチメンタル拗らせてるところをこうも弄り倒されては怒らないまでも苛立たないわけがない。

 

 

 「こら待ちなさい! さもないとその二つのちょんまげ引きちぎるわよ!!」

 

 「うえっ!? こ、これはちょんまげじゃないのだ!? ツインテールなのだ!?」

 

 「頭から二つも尻尾なんて生え散らかしてんじゃないわよッ!! あんたの頭はお尻か!? お尻のどっから尻尾生やしてんだコラー!!」

 

 「い、言ってる意味がわからないよぉ~!!」

 

 

 逃げ惑う琴里を冗談交じりに追いかけ回す。正直私も自分が何を言ってるのかよくわかってないけど、こういうのはノリと勢いが大事だ。何事もノリと勢いで突っ走れば大抵のことは自然と上手くいくものよ。…………って前に千歳が言ってた気がする。うん、言ってた言ってた。……多分。

 

 現に先程までの鬱屈とした気分は何処へやら。脳みそ空っぽにして琴里とはしゃぎ倒しているうちに次第にいつもの調子が戻ってきた。何処か気分も楽になってきた気がする。流石は千歳。多分悪い見本とかそっちの部類なんだろうけど、深くは気にしないことにしよう。

 

 

 「相変わらず二人は仲がいいなぁ」

 

 「うむっ! 琴里と七罪は仲良しなのだ!!」

 

 

 そうして琴里と戯れていると、さっきまで琴里と一緒にいた男女二人組が追いついて来た。

 

 一人は琴里の兄の士道さん。そしてもう一人が……

 

 

 「あ、おはようございます。士道さん、十香さん」

 

 「おはよう七罪」

 

 「おはようだ、七罪!!」

 

 

 夜刀神(やとがみ)十香(とおか)さん。十人中十二人は確実に二度見する程のとてつもない美少女だ。大和撫子然とした見た目とは裏腹に、その実中身は好奇心旺盛で純粋無垢な天然娘である。……なんかいろいろと負けた気がしてならないけど、深くは考えないことにする。

 

 どうやら彼女、今は琴里達の家に居候しているらしい。それもあって基本毎日五河兄妹と一緒に登校しているみたいで、加えてここ(家の前の道)は琴里達の通学路のようなので、自然と鉢合わせする機会が多くなった。

 

 というか琴里と仲良くなってからはほぼ毎日鉢合わせしている気がする。なーんか妙に狙いすましたかのようなタイミングで会うのよね。……まあ別に私は琴里達と登校するのが嫌ってわけじゃないし、態々時間をずらしてまで別々に登校しようって気もないんだけどさ。

 

 一先ず琴里を追いかけ回すのを一旦やめ、士道さん達の方に向き直りながら挨拶することにする。

 

 十香さんとはまだ知り合ってから数週間程度しか経っていないけど、琴里達の紹介もあってそれなりには親しくなれたと思う。現に私が挨拶をすれば十香さんは士道さんと一緒に微笑みながら返事を返してきてくれた。

 

 それにしても……うん、やっぱり琴里みたいな過剰なスキンシップが無い分平和だわ。このまま穏やかな時間が過ぎ去ればどれだけ気が楽なことか……

 

 

 「うえ~ん! おにーちゃ~ん! 七罪ちゃんがイジメる~!」

 

 「な、何っ、イジメだと!? ダメだぞ七罪! イジメは悪いことだとシドーが言っていたぞ!!」

 

 「いや別にイジメてなんかいませんけど……え、なんで私怒られてるの? そもそもの原因、琴里よね?」

 

 「違ーうもーんっ! 七罪ちゃんが私のツインテールを引きちぎろうとしたのが悪いんだもん! これは七罪ちゃんが悪いことは確定的に明らかですな!」

 

 「……? "ついんてぇる"? シドー、"ついんてぇる"とはなんだ?」

 

 「あー、髪型のことだよ。琴里みたいに髪を左右で結んでるのをツインテールって言うんだ。因みに十香の髪型はポニーテールって言って、結んだ形が馬の尻尾みたいだからそう呼ばれてる」

 

 「なるほど、琴里が"ついんてぇる"で私が"ぽにぃてぇる"というのか……むっ? 七罪は琴里の"ついんてぇる"を引きちぎるつもりなのだな? それはつまり…………ハッ、もしや私の"ぽにぃてぇる"も引きちぎられるのか!?」

 

 「なんでそうなるわけ……? 別に私は————」

 

 「気を付けて十香! 今の七罪ちゃんは悪の組織によって改造されてしまった改造人間、その名も怪人『テール・チギルワー』!! この世のありとあらゆるテールヘアーを引きちぎろうとする極悪怪人になってしまったのだ!!」

 

 「うわなにこの二人めんどくせぇ……

 

 

 平和だと感じたのも束の間、私の平和は赤い小悪魔(琴里)によって荒らされてしまった。しかも十香さんまで巻き込んで勢いを増してきたわね。琴里め、余計なことをしてくれる……

 

 最早こうなっては私一人の力ではどうしようもない。僅かな希望を託してこの中で唯一の男子である士道さんに視線を抜けるも、肝心の士道さんは申し訳なさそうに視線を逸らすばかり……相も変わらず頼りにならないヘナチョコ野郎ね。本当にタマついてるのこの人?

 

 

 「なんか人知れず貶された気がするんだが……」

 

 「気のせいですよ。それよりも士道さん、琴里をどうにかしてください。あなたの妹でしょ?」

 

 「くっ、すまない七罪……俺の力ではどうすることもできそうにない……ッ!」

 

 「何が「くっ」ですか。くっ殺女騎士でもあるまいに……いいからさっさと収拾付けてきてくださいヘタレ男子。あんたそんなんだからいまだ妹にマウント取られるんですよ」

 

 「謂れのない罵倒の中に目を逸らしたくなるような事実をいれてくるのはやめてくれ……」

 

 

 私の言葉に相当ダメージを受けたのか、片手で目元を覆って私から顔を背ける士道さん。その姿はあまりにも情けなくて…………果たして本当にこの人が()()()()()()()()()()()()()()()()()のか疑わしい限りだ。

 

 

 

 □□□□□

 

 

 

 琴里、士道さん、十香さんには秘密がある。

 

 それは琴里と士道さんが〈ラタトスク〉に所属する人間で、十香さんはそんな士道さん達の尽力によって()()()()()()()()()()()であるということだ。

 

 事の始まりは数週間前、それまではただの一般人だった士道さんが何の因果か偶然にも空間震の発生地点に居合わせてしまった。そこで士道さんは空間震と共に現れた精霊こと十香さんと出会うことになる。

 

 その後のことは……まあ諸々省くとして、結果としては琴里を始めとした〈フラクシナス〉とかいう〈ラタトスク〉の空中艦に乗るクルー達の支援もあって無事士道さんは十香さんの霊力を封印することに成功する。そうして十香さんは今の平和な日常を手に入れたのでした。

 

 

 ――――そんな十香さんが学校に通い始め、私とも面識を持ってからの次の休みの日に私は千歳から何気ない会話の中でその事実を唐突に告げられたのだった。とりあえず千歳にビンタした私は悪くないと思う。

 

 

 なんで千歳ってそう言う大事な話を世間話の合間にサラッと口走るかなぁ……いや全く無視できない問題なんですけど? それから数日間、私十香さんのことまともに見られなかったんだけど?

 

 しかもそのついでで琴里達の立場も聞いちゃったし……今まで純粋に一般人だと思ってた相手がまさかの精霊関係者ってどういうことよ。その上琴里の裏の顔————〈フラクシナス〉司令官としての琴里は性格が今とは180度変わるってますます意味が分からない。高飛車でドSな女王様って……え、何? そんな感じなの? それが琴里の素なのかどうかはわからないけど、全然想像つかないんだけど……

 

 

 なんでそんな大事なことを今まで黙ってたのかを聞けば、千歳自身も最近になって知ったとのこと。「これからはバレないよう気をつけようなー」って、そんな呑気な……

 

 もしも私達の霊力が封印されちゃったらどうするのよ。私はともかく千歳が今更天使無しの生活を送れるとは思えないんだけど? 何でもかんでも困ったら天使の力で解決させるスタンスでいる千歳にとっては致命的じゃない。

 

 まあ聞いた限りの封印方法で迫りくるようなら問答無用で返り討ちにするけどさ。何よデートしてデレさせるって。どこのギャルゲーよそれ。しかも成功報酬だか何だか知らないけど、封印した相手の半裸姿を拝めるって何? ふざけてるの? ふざけてるわよね? 幼気(いたいけ)な少女を裸に剥くとかもうそれ鬼畜の所業以外の何者でもないじゃない!? 他にもっとマシな方法はなかったわけ!?

 

 ……なかったからそんな手段を取ってるのよね。それ以外に手段があるなら態々こんな手段を取る必要もないんだし。

 

 いやでもそれにしたって流石にそれは……俄かには信じられないわよ。もしも情報提供元が()()()じゃなかったら私、例え千歳の言葉でも絶対に信じられなかったわよ? 変な夢でも見たんじゃないかって聞き流してたまであるわ。……そのぐらいには、琴里達のことを疑いたくないって思ってる証拠なのかもね。

 

 

 そんなわけで偶然にも琴里達が〈ラタトスク〉に所属してることを知ってしまったわけだけど……それで何か変わったのかと言えば、別にそんなことはなかったりする。実際、琴里達から距離を置くようなことはしてないし。

 

 というか、よくよく考えてみれば別に〈ラタトスク〉相手なら私達が精霊だってバレても構わないのよね。ASTやDEMと違って〈ラタトスク〉は精霊に危害を加えるつもりがないわけだし。寧ろ身の回りの安全や衣食住とか諸々を保証してくれるみたいだから、千歳の負担のことも考えるといっそバレて〈ラタトスク〉に保護された方が都合がいいのかもしれない。

 

 ただ問題は……霊力の封印とプライバシーの面ね。

 

 保護だなんだと耳障りのいいことを謳ってはいるようだけど、要は住める環境を与える代わりに問題を起こさないか四六時中こっちの様子を覗かれ続けるってことでしょ? やってることは物珍しい動物を檻の外から観察してるようなもんじゃない。それを知ってて積極的に保護されたいとは思わないわよ。

 

 

 そういった理由から今のところは現状維持に留めてる。気づかれなければこのままの生活を送るつもりだし、バレたときは……まあ、しょうがない。無暗に反抗して保護から処理に方針を切り替えられても困るし、おとなしく保護されてあげましょ。……勿論、霊力は封印されてあげないけどね?

 

 

 

 ――――それはそれとして、ねえ千歳? 「情報提供代として今度の休みになっつんも連れてヘルプよろしくねー」……って、なに? どういうこと? 私、なにも聞いてないんだけど? 次の休みって私と一緒に街へ出かける(デートに行く)んじゃなかったの? 約束破る気? ねえ、どうなの千歳? 勿論説明してくれるわよね? 聞いてるの千歳? ねえったら、ネエ――――

 

 

 

 □□□□□

 

 

 

 「そこを退くのだシドー!」

 

 「ま、待て十香、誤解だって! 別に七罪はなんともないから!! 何もされてないから!!」

 

 「む、むう? そう、なのか? ……いやしかし、琴里が言うには七罪は"かいぞーしゅじゅつ"と"せんのーきょういく"とやらをされたと……」

 

 「なんか不穏なワードが増えてるんだけど!? おい琴里! 何十香に余計な知識教えてんだ!!」

 

 「騙されないで十香! そのおにーちゃんは十香を騙そうとしてる! きっと偽物だよー!!」

 

 「なッ――シドーの偽物だとッ!!」

 

 「琴里さぁぁぁんッ!? 話をややこしくしないでくれますぅ!?」

 

 (これ、いつまで続くんだろう……)

 

 

 琴里のしょうもない発言を火種にどんどん話を盛り上げていく二人を止めにいった士道さん。でも一度火が着いてしまった琴里の悪ふざけはそう易々と沈下することはないのよね。寧ろ周囲を巻き込んでさらに盛り上がる(燃え上がる)まである。

 

 現に士道さん、止めに行ったくせに呆気なく琴里のペースに乗せられてしまっている。あれじゃ火に油を注いでいるようなものだ、余計に収拾がつかなくなってきてるじゃない。……まあ士道さんが割り込んだおかげでヘイトが私から士道さんに移ったのは助かったけど。そう言った意味では士道さんは役目を果たしてくれたわけだ。ナイス士道さん、あなたの犠牲を私は今日の夕飯の時までは忘れないと思う。

 

 

 それにしても……こうして三人の様子を傍から見ていると、やっぱりこの三人が〈ラタトスク〉の関係者だってことが俄には信じられなくなってくる。

 

 だって、どっからどう見てもただの仲のいい学生にしか見えないんだもの。まあ私のいないところではどうなのか知らないけど、少なくても今の三人からは何も知らない一般人の雰囲気しか感じられない。だからこそ千歳に言われるまで気づけなかったわけだし。

 

 

 それでもやっぱり、三人が私に〈ラタトスク〉や精霊のことを隠しているという事実は変わらない。……いや、隠しているというよりは私に話す理由がないってところなんだろうね。琴里達にとって、私は所詮無関係の一般人ないし友達でしかないんだし……そんな私に裏の事情を話すわけがない。

 

 まあ実際のところは無関係どころかそっちが捜し求めている対象(精霊)の一人なんだけどね。それを私達から進んで明かす気はない。

 

 ……でもやっぱり、千歳のことを考えると明かすべきなんだろうか? 現状、千歳にばかり負担をかけてるのは事実なんだし、千歳のためを思うなら……でも……

 

 

 「……このままじゃダメなのかな

 

 「いいんじゃないかな? 別に」

 

 「うっひゃあ!?!?」

 

 

 そうして三人のやり取りを見ながら物思いに耽ていると、まるで私の隙を狙ったかのように突然背後から声をかけられた。

 

 急に声をかけられたことで思わず驚いてしまい、私は情けない悲鳴を上げてしまう。そして突然声を上げた私に今まで騒ぎ立てていた琴里達もなんだなんだと私の方に顔を向け、そこでようやく私の真後ろに立っている人物に気づくのだった。

 

 

 「あっ、千歳さんだー! おはよー!!」

 

 「ハイおはよう。今日も今日とて朝から元気だねー琴里ちゃんは。そんな子にはエネルギーチャージも兼ねてこのアメちゃん(チュッパチャプス)を上げようじゃないか」

 

 「わーい! 千歳さん、いつもありがとー!」

 

 

 背後にいた人物……まあ千歳なんだけど、そんな千歳を見ていの一番に反応したのは案の定琴里だった。

 

 さっきまでのやりとりは何だったのか、千歳が来るなり士道さん達をほったらかしにしてまで千歳に向かっていく琴里。そんな琴里に千歳は()()()()()飴を一つ渡している。

 

 ……ぶっちゃけ、さっきまで琴里が騒いでたのってこのためなのよね。

 

 琴里は千歳に会えれば飴が貰えるってわかってるから、千歳が来るまでその場に留まるよう面白おかしく時間稼ぎしてたってわけだ。……そのために毎回暇潰しに付き合わされるこっちの身にもなってほしい。まあ一番の被害者は決まって士道さんだからそこまで疲れるわけでもないんだけど。……寧ろ千歳を相手する方が断然疲れるし。

 

 それはそうとだ。少し千歳には物申したいことがある私である。

 

 

 「ちょっと千歳!! 急に驚かすようなことはやめてっていつも言ってるわよね!? 心臓に悪いんだけど!?」

 

 「ははっ、いやぁごめんごめん。あまりにも隙だらけな後ろ姿に悪戯心が掻き立てられちゃいまして……つい、ね?」

 

 「つい、で人の寿命を縮めるようなことするんじゃないわよバカ!! 驚かされるこっちの身にもなりなさい!!」

 

 

 さっきのことを問い詰めようと千歳と琴里との間に割って入って文句を言う私。……決して私のことを無視して琴里と話し込んでる千歳にイラついたわけではない。ないったらない。

 

 そうしておちゃらけた態度で軽口を吐く千歳に私は怒り心頭と言った態度で怒鳴り散らしていると――――

 

 

 「まあまあ、一先ず落ち着こっかー」

 

 「ムグッ」

 

 

 千歳は許してと言わんばかりに私のことを引き寄せては抱きしめてくる……?

 

 

 抱きしめ…………?

 

 

 …………………………??

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ————————ッ!!?!?!?

 

 

 「な――――っ、なななな、何してッ!? ちょ、やめッ、きゅ、急に抱き着くなあぁあああ!?!?」

 

 「いいじゃん別に。このぐらいただのスキンシップだよ。ほーら七罪、深呼吸深呼吸~♪」

 

 「し、深呼吸って——ッ、い、いい言いから離れなさいよぉ!! わかったからッ!! もう騒がないから早く離してえええええ!!?!?」

 

 

 ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!?!?!?!?

 

 ヤメテヤメテヤメテヤメテエェェェェエエエェェエエ!!!?!!? 死ぬッ、死んじゃうッ、し、心臓が破裂するってやばいやばいやばいヤメテヤメテヤメナイデもっとヤバい胸が痛い千歳の匂いする暖かい苦しい気持ち悪い吐きそう幸せすぎて吐きそう無理無理無理無理無理無理ぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!?!?

 

 

 「あ、あの……千歳さん? なんか七罪の顔が凄いことになってるんだけど……?」

 

 「にっひひ~……って、あれ? 七罪?」

 

 「あっ……あっ……あう、あうあうあう、あっ――――ふきゅぅ」

 

 「え、ちょ、七罪!? ちょっと大丈夫!?」

 

 (あー……あれは手遅れね。七罪の許容範囲(キャパシティ)的にアウトだわ)

 

 

 ――――私の意識はそこで途絶えた。

 

 

 

 □□□□□

 

 

 

 ――――ふと思う。

 

 もしも私が精霊だって周りにバレた時……琴里達は一体どんな顔をするんだろう? って。

 

 

 この一年で私は琴里達のことを大切な友達だと思えるようになっていた。それは、それまで千歳さえいればいいって思ってた私が初めて千歳以外の何かを求めた瞬間だった。

 

 今や私の中で琴里達は千歳の次に大事な存在になっている。例え琴里達に裏の顔があっても、それを理由に琴里達の友達をやめようとは思わないぐらいには……私は琴里達のことが"好き"になっていた。それは多分、千歳も同じ。

 

 

 だからこそ、怖い。

 

 

 もしも琴里達にバレた時……拒絶されたらって思うと、怖かった。

 

 頭ではわかってる。琴里達がそんな薄情な奴等じゃないって。寧ろ精霊だとわかれば全力で助けようと私達のために動くってことはわかってる。

 

 それでも……怖いものは怖いのだ。

 

 なんで黙ってたのか、自分達を騙してたのか、そんな言動を琴里達に向けられたらと想像すると……自分から正体を明かす気にはなれなかった。

 

 本当は封印とか監視とか、そういったのは()()でしかない。本当の理由は……私が()()だから。

 

 

 "バレるのが怖い"……琴里達を信用しきれない私自分の臆病さが原因だ。

 

 

 ……どうしちゃったんだろう、私。

 

 

 私は千歳のために生きるって決めた筈なのに……

 

 千歳とただ穏やかな日常を過ごせればそれでよかった筈なのに……

 

 

 ――――なのに今は、琴里達との日常も捨てられないでいる。……千歳と過ごす日常を壊すかもしれない組織に所属してる人達との交流を、やめられないでいる。

 

 

 本当なら琴里達が〈ラタトスク〉所属であることを知った時点で関わりを断つべきだったのに、それをしなかったのはひとえに私のせいなんだろう。……琴里達との繋がりを失いたくない、私自身の我儘のせい。

 

 

 つまり、欲張ったんだ。私は。

 

 

 この日常を捨てられなかった。

 

 琴里が騒いで、十香さんが乗せられて、士道さんが巻き込まれて……そして千歳が隣にいる。

 

 そんな今の日常を……捨てることが、できなかった。

 

 

 

 

 ……なんで私達は精霊なんだろう?

 

 精霊じゃなければよかったのに。最初からただの人だったら、こんなことで悩まなかったのに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――嫌だ。

 

 

 失いたくない。壊したくない。

 

 

 友達と遊んで、家族と団欒して、そうして皆と笑って過ごす、そんな毎日を失いたくない(壊したくない)……!

 

 このままずっと続けばいいのに! こんな毎日がいつまでも続けばいいのに!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………でも、きっといつかはバレてしまう。

 

 だって、例え琴里達のことが大切でも、それ以上に私は……千歳のことが大切だから。

 

 

 今の日常を失いたくない。琴里達との繋がりを失いたくない。そう思う私が確かにいる。失うことに怯える私がいる。

 

 

 そんな私が最も失いたくないのが、千歳なんだ。

 

 

 私のせいで歪んでしまったあの人を、もう私は失いたくない。これ以上()()()()()()()()()()()なんて耐えられない。

 

 今の私は千歳のために生きてる。千歳が望んだ平穏な日常を送るために生きてる。

 

 

 だから、私が好きなあの人の為なら私は迷わず行動する(天使を使う)。例え千歳がそれを望まなくても……私はもう、千歳を失いたくないから。

 

 

 そのせいで琴里達にバレてしまうかもしれない。私が精霊であることが知られてしまうかもしれない。

 

 でもそれは仕方がないこと。千歳のために生きると決めた私にとって、避けられない道。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……それでも、私は我が儘で欲張りだから。

 

 どうしても、考えてしまう…………

 

 

 

 琴里、士道さん、十香さん。

 

 

 もしも私が精霊だって知ったとき……

 

 

 どうか……お願い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………私のことを、嫌わないで。

 

 

 

 □□□□□

 

 

 

 「――――あ、起きた?」

 

 

 ……意識が浮上する。

 

 瞼を開く。ぼやけた視界で最初に見たのは深緑色の髪と瞳。

 

 それは私が最も安心する色。私の最も見慣れた色。

 

 そして、私の一番好きな()

 

 次第にぼやけた視界が鮮明になっていく。改めて見えたのは穏やかながらに少し不安げな表情を作る千歳の顔。

 

 そこでようやく、私が今どういう状況なのかがわかってきた。

 

 

 (……情けないわね)

 

 

 千歳に目一杯甘やかされて、それに耐えられなかった。

 

 恥ずかしいとか嬉しいって感情が一気に押し寄せてきて………それで、こんな私(彼女を歪めた元凶)が千歳に甘やかされていいのかって、勝手に不安になって……

 

 結局耐えられなくなって気絶するとか本当に情けない。私ってこんなメンタルクソザコナメクジだったっけ? ……ちょっと信じられなくなっただけで発狂して暴走する程にはクソザコだったわ。ヤバい、涙出そう。

 

 

 そうして自身のザコっぷりを改めて痛感していたところでふと、今いる場所が家のリビングであることに気づく。さっきまで家の門前にいたはずの私だったけど、どうやらリビングのソファに運ばれて寝かされていたようだ。……千歳に膝枕されて。

 

 

 膝枕されて。

 

 

 …………よかった。どうやら今の私は一周回って頭が冷静になってるみたい。抱きつかれた時と同じように取り乱すことにならなくてよかったわ。流石にこれ以上の醜態は見せたくないもの。

 

 

 「……琴里達は?」

 

 「先に行かせたよ。遅刻させちゃ申し訳ないし。……七罪は、ごめん。今からじゃもう間に合いそうにないや」

 

 

 周囲を確認し琴里達がいないことを聞くと、千歳からそのような返答が返ってきた。気まずげに苦笑する様子から、私に対する後ろめたさを感じる。

 

 おもむろに時計を確認すると、時刻は既に一限目の授業が始まってるところだった。つまり千歳の言う通り、今から登校しても遅刻は免れない。千歳の後ろめたさは私を遅刻させる原因を作ってしまったことに対してか……別にそんなこと気にしなくてもいいのに。

 

 

 「そんなわけで、勝手ながら七罪は今日休むことになりました!」

 

 「……え?」

 

 

 すると突然、千歳がそんなことを言い始めた。言葉通りのことなんだろうけど、何が「そんなわけで」なのかがいまいちわからない。

 

 そう私が疑問に思ってると、千歳は何でもないかのように理由を話し始める。

 

 

 「いやだって、今から行くってのもめんどいだろ? どうせ遅刻は確定なんだし、それならいっそのこと休んだ方がお得じゃん?」

 

 「お得って、そんないい加減な……」

 

 「"いい加減"でいいのさ、人生何事もね? ……だから別に()()()()()()()けど、七罪はもう少し肩の力を抜いてもいいと思うんだ」

 

 「――――っ」

 

 

 私の心を見透かすかのような言葉を向けられ、思わず息を呑んでしまう。

 

 それは、どういった意味なのか。何を指して言ったのか……なんとなくわかってしまった。

 

 心当たりは多かったけど、多分千歳が指すそれは……きっと私が千歳に感じている罪悪感のことなんだろう。

 

 

 

 私は千歳に隠している。――――千歳が()()()()()()()()()()()ことを。

 

 

 

 でも、あのときはそうするしかなかった。そうしなければ千歳は()()()()()()()()()()()()()。だから千歳は()()()()()()()()()()()()()()

 

 その原因の一端を担ってしまっているからこそ、私は千歳の願いに応えないといけない。千歳が望んだ日常を、千歳が与えてくれた日常を……守らないと。

 

 

 

 …………それなのに、千歳は遠回しに"もう十分だ"と言ってくる。

 

 

 十分なわけ、ないのに…………

 

 

 「真面目なのは七罪の良いところだよ? そのおかげで千歳さんもいろいろと助かってるし。……ただ、七罪は真面目過ぎていろいろと余計なもんまで背負い込みがちだから、そこはいただけないと千歳さんは思うかな」

 

 「……別に、私は千歳が言うほど真面目じゃないわよ」

 

 「少なくとも千歳さんよりは真面目だよね、うん。……まあそうなった原因がもしかしたら千歳さんにあるのかもしれないけどさ。でも千歳さんとしては、そんな七罪が心配になっちゃうわけでね? だから……その、なんだ…………」

 

 「……千歳?」

 

 

 そこで千歳は不意に言葉を区切って、何処か言いづらそうに言葉を詰まらせる。その様子から、何かしら千歳は自身のポリシーに反することをしようとしてるのが分かった。

 

 今の状況と流れ、そして千歳の性格から察するに……おそらく千歳が言おうとしてるのは『助言』だろう。

 

 

 基本的に千歳は自分の考えを相手に押し付けるような真似は好まない性分だから、説得とか助言をするのはあまり好きじゃないらしい。そういうのは良くも悪くも人の在り方を曲げるきっかけになりかねないものだから、不用意に口にしたくはないって……

 

 だから、千歳がもしもそれらを使うときは決まって"自分の性分を曲げてまでも必要だと思ったとき"。そして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「七罪、深く気にしすぎんな。()()()のことを思うんなら、尚更な。――――()()()()()

 

 「――――」

 

 

 ――相手の在り方を曲げないと(相手が抱える闇を払わないと)いけないと思ったときだ。

 

 

 「七罪、楽しもうよ」

 

 「…………え?」

 

 

 ――――重なる。

 

 

 「楽しもう、七罪。純粋に今を楽しもう。昔に何があったとか、自分は何をしなきゃいけないとか、そんなもんはどうでもいいんだ。なんだったら忘れてもいい」

 

 

 ――――重なる。

 

 

 「七罪さっき言ってたよな? このままじゃダメなののかって。もう一度言うけど……いいんだよ、このままで。だってこれは()()()達が望んだ日常なんだよ? それに何の不満があるんだ?」

 

 

 ――――重なって、しまう。

 

 

 

 

 

 「いいんだ、七罪。……だからもう、一人で抱え込まなくていい。それとも……()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 「――――違うッ!!」

 

 

 ――――重なって、しまった。 

 

 

 今、目の前の千歳と……()()()()()()()が、重なって見えてしまった。

 

 

 変わってない。

 

 全然、変わってない。

 

 例え記憶が書き換えられていても、例え心が歪んで()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 どんなことがあっても……千歳の本質は変わっていなかった。

 

 

 それが分かってしまえば、もう抑えられない。

 

 あの頃の弱い私(千歳がいなければ何も出来なかった私)を、抑えつけることは……出来なかった。

 

 

 「わ、私は……わだしはッ、千歳を……っ、わ゛だしの、せいでっ、ぢどせはぁ……ッ!!」

 

 

 ……きっと今、私は酷い顔になってる。

 

 涙が溢れて止まらない。声が震えて上手く喋れない。

 

 何を言ってるのか自分でもわからず、只々感情の波に乗せられた嗚咽ばかりが漏れる。

 

 

 「ごめんなさいっ、ごめんなさぃ……わだしが、わだしがわるいのっ……! わだしがよわがったからっ! わだしがあしをひっぱったがらっ! そのせいで、ぢどせがっ、ぢどせじゃなくなっでぇ……ッ!」

 

 「…………七罪」

 

 「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、ちどせ、ごめんなさいぃぃ……!!」

 

 

 ……私は、千歳の前で何をやってるんだろう。

 

 こんなこと、()()()()に言ったところでどうしようもないのに。千歳を困らせるだけなのに……

 

 

 ――――そんな私を、千歳は何も言わず頭を撫でる。

 

 それは子をあやすかの様に優しく、ゆっくりと髪を梳くように……

 

 刺激しないよう、一撫で一撫で丁寧に……

 

 

 千歳の手は、昔と変わらず温かかった。

 

 

 

 □□□□□

 

 

 

 あれから、十数分。

 

 涙と嗚咽が止まるまで、千歳は何も言わず私の頭を撫で続けてくれた。

 

 そのおかげか今は随分と落ち着いた。心なしか気持ちも軽くなった気がする。それに合わせて……千歳に抱く罪悪感も、少し薄れてしまった。

 

 

 「……千歳」

 

 「なんだい」

 

 

 未だ膝枕をしてもらいながら、私は千歳に問いかける。

 

 

 「……千歳は、許してくれるって言ったよね?」

 

 「あぁ」

 

 「……でも、私は自分のことを許せそうにない」

 

 「……そっか」

 

 

 私の出した答えに千歳は少し悲しそうな顔をする。

 

 千歳は私のことを一心に案じてくれている。だからこそ自分を曲げてまで語り掛けてくれた。そのことについては正直に嬉しかった。私のためにしてくれたことだ、嬉しくないわけない。

 

 

 ……それでも、ダメ。例え千歳が私を許しても、私が私を許せそうにない。

 

 

 だってこれは私の罪だから。私が勝手に自分自身に与えた罪だから。

 

 だからそれを許せるのは私だけ。例え千歳がそう願っても、この罪の処遇は私にしか決められない。

 

 

 だから……()()()()、許せない。

 

 

 「七罪」

 

 「……何?」

 

 

 そこで再び千歳は口を開いた。同時に私の頭に乗せていた手を再び動かし、また撫でてくる。

 

 ……こうして冷静になった今、改めて思うと恥ずかしいわね、これ。まあ気持ちいいからいいんだけど。

 

 そんなことを頭の隅で考えながら、私は千歳の言葉に耳を傾ける。

 

 

 「七罪が何を隠してるのかは、正直まだよくわかってない。さっきので少しは察せたけど……まだ、はっきりとはわかんない。七罪も言いたくないみたいだし、千歳さんも詮索はしないよ」

 

 「うん……」

 

 「でもね、これだけは言わせて」

 

 

 そう言って一度動かしていた手を止めると、私に顔を向けて――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「()()は、七罪といれて幸せだよ」

 

 

 

 ――――優しく微笑んだ(満面の笑顔が"視えた")

 

 

 

 …………あぁ、ダメ。ダメよ、千歳。

 

 そんな顔しないで。()()()()()()()()、心の底から満たされたような顔を私に見せないで。

 

 そんな顔をされたら、私は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……私もよ、千歳」

 

 

 ……あなたにまた、甘えてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――本当に、私は幸せ者だと思う。

 

 

 あの路地裏で千歳と出会って。

 

 千歳と一緒に世界を回って。

 

 そして、千歳と過ごす今の日常がある。

 

 

 こんな面倒くさい性格の私を受け止めてくれた奇特な(精霊)

 

 暴走した私のことを見放さず、最後まで手を伸ばし続けてくれた(精霊)

 

 例え自身がどうなろうとも、"全心全霊"で私に"今"を与えてくれた(精霊)

 

 

 彼女(千歳)がいたから……今の私(七罪)があるんだ。

 

 

 ――――ありがとう、千歳。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――大好き。

 

 






 ・うちの七罪は原作と比べてそこまで捻くれてはないです。その分いろいろと拗らせてますけど(若干黒琴里っぽくなってる?)

 ……え? 琴里と急速に仲良くなった理由? そんなの、好きになった相手が似たような立ち位置の人だったからに決まってんじゃん←


 次回からほのぼの書く!(シリアスは"もういやだ"!)

 後おそらくは文字数減ると思います。
 ぶっちゃけ一話ごとに一万文字以上書いてたらいつまでも上がらんので。(今回だって一万六千ってアホか私)

 ――オマケ――
 トップに表紙絵風のイラストあげときました。参考にどうぞ。

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