ファンタスティック・アカデミー!【異世界×大学物】   作:丸いの

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その2

「はい、大丈夫です。次の方どうぞ」

 

 係員さんにから返された肩掛けバッグを貰うと、誘導に従うままに建物の内部へと進んだ。まだ造られて間もないのだろうか、早川平塚研究室が拠点としていた建物とは比較にならないくらいに壁も床もツヤツヤしている。大きな窓から見える景色は、大月の山のまっただ中というだけあって大自然の一角が広がっており、丁度春先ということもあって山桜の花や鮮やかな黄緑色の新芽が大きな窓枠の外を彩っていた。

 中央道の大月ジャンクションから出た後に、国道を経由して山間の道を走り続けて十数分。付随して走る黒塗りの公用車が無ければ、ゆったりとした内装や穏やかな眺めが合わさって観光気分になれそうな旅路だった。厳密な地理は分からないが、景色からしてもかなりの山間部に位置しているのだろう。多分中央本線の大月駅からは徒歩で来れる場所ではない。

 

「随分山の中なんだな。向こうもこんな感じか?」

「流石に首都だからここよりも栄えているよ。それに街の外を見比べてもエルトニアには山桜は無いから、春先の季節で比較したら結構印象は違うんじゃないかな」

 

 待機スペースの中でホチキス止めしたジャーナルに目を通していた平塚先生は、荷物検査を終わらせて部屋に入ってきた僕を見つけると、窓の外を指し示しながら苦笑いを浮かべた。

 首都リーヴェルは計画的な街づくりがなされているとかで、区画ごとに何があるかは大体決まっている。流石に街中に大月並みの自然は無かったはずであり、草木を楽しむには街の外側を散策するのがメジャーな方法だった気がする。六年くらい前に一回だけしか行っていない街の情景を思い出すのは案外難しく、リーヴェルの様子を聞いてくる平塚先生には正直にあまりわからないと告げた。

 

「しょうがないか。お前の故郷は、そのリーヴェルとやらじゃないんだろ? 藤沢にもちょっと聞いてみるかな……」

「彼女はもっときついんじゃないかな。最後に街を目にしたのが八年前じゃねえ」

 

 その噂の藤沢さんが、ちょっと急いだ様子で待機部屋に乗り込んできた。そして僕たちが座る机に空席があるのを見つけると、一直線に此方へと向かってきた。彼女は僕よりも先に荷物及び身体の検査を受けていたはずだが、女性ということもあって色々時間がかかるのだろう。

 三号車の中でも最後尾に近かった我々三人が全員検査終了して少々経ち、どうやらこの場には参加者全員が集まったようだ。藤沢さんが椅子に座って間もなく川崎さんが迷彩服を着た男性達を引きつれて待合室に入ってきた。

 

「お待たせしました。それではこれからバスの乗車番号順に分かれてゲートの方へ向かって頂きます。まずは一号車の方から廊下へ並んでください」

 

 車両順となると、僕たちは一番最後となる。まだ向かわなくていいと聞かされた平塚先生は、バッグの中に仕舞いかけた論文をもう一度引っ張り出して机の上に置いた。もしかしたら論文読みが彼独自の緊張を鎮める方法なのかもしれないが、前世の自分がこうなのだと思うと少々複雑な気持ちになる。

 一方の僕も読みかけのジャーナルを持ち歩いてはいるが、緊張のせいで多分目を通したところで目が右から左に流れてしまって理解するどころではないと思う。他に時間をつぶせそうな物としてはタブレット端末があるが、バスに乗る前に使うなと言われた手前持ち出す訳には行かない。

 

「まだまだ時間があるね」

「……向こうについたら街とか歩けるのかしら」

「どうだろう。僕は歩けるんだったら適当にぶらつきたいもんだね」

 

 そうなれば、結局のところ時間をつぶす方法は同じくそわそわしている藤沢さんとの雑談くらいしかない。一号車に乗っていた面々は全員が廊下に退出しており、自衛官と思われる男性が先頭で案内でもしているのだろう。部屋の中には参加者の他に川崎さんや黒服のSP、それと自衛官数名が残されている。

 今更ながらに、自衛官が建物に居るとなると結構緊張する。流石に自動小銃を持ち歩いているわけではないが、彼らが身に纏う迷彩服はけっこうな威圧感ポイントであると思う。川崎さんの話を信じるならばこの建物の内部にエルトニアへのゲートがあるらしく、彼らは言うなれば国境監視隊であるのだろう。

 

「自衛隊の人って、生で見るのは初めてだわ」

「内陸の大月で国境警備に就くことになるなんて彼らも思ってもなかっただろうさ」

 

 僕らの会話が聞こえたのか、扉近くに立っている自衛隊員が苦笑いを浮かべている。格好そのものは威圧感を感じるが、中身は結構気の合いそうな兄ちゃんなのかもしれない。まあ僕たちは見た目だけは最年少コンビなわけであり、微笑ましいものとして見られている可能性も無きにしも非ずだが。

 こちらを見ていた自衛官と目が合わさり軽く会釈をしていたところで、川崎さんが二号車に乗っていた面々に廊下へ出て貰うように告げた。第一陣が既にエルトニアの大地に降り立っているのかは知らないが、想像以上に移動のスパンが短くて驚いた。

 

「……レイ。俺はすごい緊張してきたぞ」

「何度も学会で国外に行ってるんだから今更だよ。とりあえず平気平気」

 

 珍しく狼狽した様子を見せる平塚先生は、案の定論文の内容がさっぱり頭に入らないからか、諦めたように鞄の中に仕舞いこんだ。対する僕も、言っている内容は落ち着いているように見えるが、正直かなりお腹の辺りがキリキリと痛んでいる。人生で初めて飛行機に乗った時以上に緊張している。

 

 最年長が露骨にそわそわしだしたからか、藤沢さんも緊張の波に飲み込まれたようで、隣をチラリとみてみれば手を固く握りしめて虚空を見つめ始めてしまった彼女の姿があった。どうにかして雑談のネタを捻りだそうとしてみるが、思いつく内容が昨日の晩御飯はなあにくらいしかない。今そんなことを聞いてどうするのかという話だが、互いに黙りこくっていているよりかはマシかもしれない。

 

「ね、ねえ藤沢さん。昨日の晩ごは」

「では最後に三号車の方、ご起立願います」

 

 開きかけた口は、川崎さんの言葉によって塗りつぶされてしまった。顔から表情を消した平塚先生と、冷や汗を額に浮かべた藤沢さんが立ち上がり、緊張が言いようのないやるせなさに覆い隠された僕も腰を浮かせて部屋の出口へと足を向けた。

 

 

 

*  *  *

 

 

 

「ゲートの大きさは大型車両が通れるぐらいには広いんですよ。物資のやり取りも輸送車がつかえるので、校舎建造もスムーズに行なえました」

 

 エレベーターで地下に降ろされた僕たちは、長く続いている動く歩道を歩かされていた。時折同行している川崎さんが解説を交えているが、歩いている場所が広いとはいえ殺風景な地下通路のために全く異世界行と言う雰囲気は出ていない。

 

「今私たちが歩いているこの歩道はそのままエルトニア郊外へと続いています。今回は皆さんの身体検査を行う必要があったため大月国境警備所で一度降りましたが、以降は車両による移動も可能です」

 

 どうやらこの歩道と隣接するように車両が通行できる道が作られているようで、時折響いてくる微弱な地響きはその車両用の道路から来ているらしい。大月国境警備所とやらに入る前の地形を思い返すと、今自分たちが歩いている場所は建物の後ろに続いていた山々の地下である。車両用の通路は山間部を走る高速道路にあるトンネルのような物なのかもしれない。トンネルを抜けただけで雪国どころか異世界に行けるだなんて、昔苦労して乗り越えた世界を隔てる壁が随分と小さく感じる。

 

 そのまま歩き続けている内に、一瞬だけ全身に奇妙な感覚が走ったような気がした。静電気よりも弱い刺激はあっという間に体を抜けてしまい、気のせいかと首を傾げていると隣を歩く藤沢さんも己の肩口に触れて怪訝そうな表情を浮かべていた。

 

「もしかしてなんか変な感覚が走った?」

「うそっ、レイも? なんだか一瞬だけ静電気みたいな刺激を感じたんだけど……」

 

 小声で藤沢さんに聞いてみれば、どうやら彼女も奇妙な感覚を覚えていたようだ。そんな中で先導して歩く川崎さんが、こちらを振り返ってにこやかな笑みを浮かべた。

 

「一部の方はもう分かったようですね。ちょうど今我々はゲートを通り抜けてエルトニアへと入りました。向こうの国境警備所までは後少しです」

 

 見た目には何の変哲もない空間だが、どうやらゲートとやらは光り輝いていたり魔法陣がしっかりと描かれているといった物ではないようだ。日本の古新聞が漂流してくるとか、魔法が強く発動しやすいと言われている新月だと日本に飛ばされるような場所がある等、僕と藤沢さんの証言を纏めるとそれなりに日本とエルトニアは近い世界同士なのかもしれない。しかしここまであっさり来れるとは思ってもいなかった。

 

 正面へ目を移すと、川崎さんの言うとおり長々と続いていた歩道の奥に改札口のようなものが見えてきた。歩道としては幅が広い通路であったが、同じような景色が延々と続いて脇に部屋の1つもない人間味の無い場所は歩いていると精神的に疲れる。

 

「なんだか空港の搭乗口みたいな見た目だな」

「あの改札の奥じゃ新着ニュースがテロップで流れていたりしているかもね」

 

 空港が空の玄関口ならば、このゲートは陸の玄関口ということになる。空港のような作りをしているのは、異国への入り口ということを実感しやすいようにする意図があるのかもしれない。もっとも、空港が開放感のある大空が見えるのに対して、こちらは蛍光灯の光に照らされた地下道の壁しか目に入らないために、風景の美しさでは天と地の開きがある。

 動く歩道が途切れてから出口までは後電車一両ほどの距離がある。川崎さんは一度立ち止まって全員揃っていることを確認している最中だが、後ろから着いて来てくれている自衛官が見守っているのだから迷子になるということはないだろう。

 

「皆さん全員揃っていることが確認出来ましたので、そのまま国境警備所に入ります。再度皆さん私の後ろに着いて来てください」

 

 再び動き出した列の最後尾に着いて歩きはじめる。改札口といってもどうやら形だけのようで、ビザを確認されるようなことはなく抜けることが出来るようだ。ごそごそと胸ポケットを漁りかけた平塚先生はバツが悪そうに頭を掻きながら無人の改札を抜け、僕と藤沢さんがそれに続いた。

 

「明るいね。どうやらこっちは地上みたいだ」

「入り口が地下なのに出口は地上なんて、まるで渋谷ね」

 

 今まで歩いてきた道に特に勾配などは感じなかったし、ゲートを介しているということで入り口と出口の環境の違いは結構あるのかもしれない。

 改札外の建物の内部を見渡してみると、受付の人は居ないものの窓口のような物が数個並んでいたり、待合室のような感じで長椅子が数本並べて置いてあったり等々。建物の出入り口と思われる場所や所々に設置された窓からは日の光が差し込んできており、これで立ち食い蕎麦屋や小さな売店が併設されていたら空港というよりは田舎のターミナル駅と表したほうがしっくりと来るのんびりとした雰囲気である。大月側の警備所が相当立派な建物であったため、こちらの小さくまとまった感じのつくりには少々意外さを感じる。

 

「えー、我々が今居る場所がリーヴェル国境警備所です。これからはキャンパスの方までバスで移動することになります。その前に皆さんにお渡しする物がありますので少々お待ちください」

 

 川崎さんの言葉と共に、出入り口の傍で控えていた自衛官が大きな箱を担いで僕たちの方へ近づいてきた。

 

「では一人一つずつお取り下さい」

 

 どうやら箱の中身にあるのは小さなネックレスのようだ。一人一人に配られていくそれは、透き通るような蒼い小さな石に紐を通してネックレス状にされている。順番が僕に回ってきて、小石を手の上に乗せると昔はよく親しんだ暖かさにも似た感覚がジワリと手のひらに広がった。

 

「エルトニア政府の懇意で、皆さんには一人ずつ翻訳魔法が組み込まれたネックレスが貸し出されます。原理はただ今日本の理学研で調べておりますが、首から下げることでエルトニアの方との会話が可能になるとのことです。一応申し上げておきますが、改造及び分解は借り物のためご遠慮ください」

 

 手の上で淡く光るそれは、魔石に術式を書きこんで自動で魔法が発動するように作られたお守りのようだ。一応事前の説明会で翻訳魔法の効能についての話は出ていたはずだが、外国語の研究を鼻で笑うような効能の術式をこの小石が秘めているというのは簡単に信じられる話ではないだろう。参加者たちはそれらを光に透かしてみたり、軽く小突いて感触を確かめたりしているが、見た目そのものは夏祭りの売店で買えそうな物だから効果を信じられなくても仕方がない。

 僕や藤沢さんを除けば、平塚先生も含めて参加者は誰一人納得した様子が無かったが、川崎さんの指示に従って皆仕方がなく首元にネックレスをぶら下げたようだ。

 

「……私たちはどうする?」

「指示されたんだからつけりゃいいさ。見た目もオシャレだし」

 

 石そのものの色や形は悪くない。蒼い色や細かく書き込まれた紋章によって、空から落ちた時に体を浮遊させてくれるような某石にも見えなくはない。確かに元から此方の言語が話せる僕たちがネックレスを下げなければいけない理由はないが、オシャレ目的としてみても悪くないデザインだからせっかく貸してもらったことだし着けるにこしたことはないだろう。

 

「全員身に着けましたね? それではロータリーにバスを用意しておりますので移動しましょう」

 

 先ほどと変わらず川崎さんが先頭に立ち、後ろを僕たちがぞろぞろと続いて歩く。出口に差し掛かった途端、地下道の蛍光灯とは比較にならない白光の眩しさに思わず目を覆い隠す。薄目を開けながらなんとか集団に遅れないように足を進め、そのうち眩しさにも目が慣れてきた。

 

「……森の中の並木道といったところかしら」

「確かに見た目そのものは富士の樹海バイパスの一角にそっくりだ」

 

 一体どんな光景が待ち受けているのかと期待を抱いたものの、目の前に広がっているのはそこそこ生い茂った森林だった。地面を覆うように群生する蒼い花をつけた下草には幻想的だし、適度に開けた森の中は日が明るく差し込んでおり非常に美しい。確かに美しいのだが、見ようと思えば富士山麓や白神山地あたりでも発見できるような光景だ。

 

 この警備所はそんな森の中にポツンと作られた広場に建てられているらしく、驚いたことにその背後には巨大な岩の崖が鎮座している。そして横に目をずらしていけば、まるで高速道路のトンネルの入り口のようにも見える車両用の通行路がすぐ横に通されていた。どうやら崖の中を通されたトンネルの奥に大月と繋がるゲートがあるのだろう。見様によっては樹海バイパスの中に作られた料金所と、それに併設してある休憩所のようにも見えなくもない。

 

 そしてどうやら此方側の警備をしているのは自衛官だけではないようだ。警備所の入り口の両隣に軽めの甲冑に身を包んだ二人の兵士が立っており、僕たちの動向を目で追っているようだ。試しに軽くお辞儀をしてみても、特に反応が返っては来ない。こちらに良い印象を持っていないのか、はたまた職務中は気を抜かない主義なのかは知らないが、鎧に剣という現代日本じゃあり得ない組み合わせを見ると異国っぽさが増すように感じる。

 

「おお、チヨタの燃料電池車じゃないですか、感心感心」

「エルトニアはまだ科学技術が盛んな土地じゃありませんからね。環境には配慮をしませんと」

 

 そして周りの先生方が好き勝手に風景を眺めている中で、平塚先生がマイクロバスに目を着けて川崎さんがそれを解説している。なんというか、平塚先生はひたすらぶれないなという感想しか湧いてこなかった。

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