ファンタスティック・アカデミー!【異世界×大学物】 作:丸いの
「見て見て大聖堂よ!! 写真で見るよりもやっぱり立派ね!!」
「お、おう」
人通りがある場所は低速専守。それは大学の構内もそうだし、今僕たちが通行している道にも言えることである。マイクロバスが通行する道は、幅は十分なれど人の行き来が激しいために徐行運転を余儀なくされている。そしてゆっくり走るだけならまだしも、一番大きな乗り物が精々乗合馬車くらいしかないリーヴェルの地でマイクロバスなんて代物を走らせようものなら、そりゃあもうすごい注目を浴びる訳で。半年前にレシル同伴で大学からアパートまでを公用車で送られた事があったが、現在は明らかにその時の注目度を超えている。
最悪なことにこのバスの窓ガラスは外から見えないような配慮はされておらず、ヘタに景色を眺めようものなら外のやじ馬と目線があってしまう。そんな中でも外の景色を純粋に楽しめている藤沢さんは、鉄の心臓を持っているんだなあと実感させられる。僕や前の席に座る平塚先生がなるたけ外を見ないようにしているのに、八歳まで王女生活をやっていたのは伊達じゃないようだ。
「学園区って来たことがなかったけど結構道幅も広いのね。ねえ、せっかく窓側に座っているんだしレイも下向いてないで外を見なさいよ」
「僕も君みたいな豪胆な精神が欠片でも良いから欲しかったよ」
廊下側に座っていながらしきりに風景を観察しては歓声を挙げる藤沢さんがうらやましい。バスに乗る他の先生方の中には景色を楽しんでいる方もいるが、僕は下を向きながらなるたけ無心を貫こうとしている。時折こうやって肩を突きながら景色を見ろと催促するといった邪魔は入るが、適当な返事をして頑なに下を向き続けることにする。
ちなみにどうやらただ今は説明会のスライドにも載っていた大聖堂の近くを通行しているらしい。一度だけ王都に来た時に学園区の近くで遠景を見たことはあったが、実際に近くに寄ったり中に入ったことはない。写真を見るかぎりではくすんだ灰色石造りの巨大な建物だったはずだ。観光地として栄えるならば多分王宮に次いで人気スポットになりそうだ。
「というか君はもうちょっと身バレとか気をつけた方が良いんじゃないかな。僕が窓際を占拠しているのは別に景色が見たいからじゃないよ」
「……すっかり忘れてたわ。でも窓越しじゃ問題ないとは思うんだけど」
「君の髪の毛は目立つんだから、気を付けるに越したことはないさ」
僕の前まで身を乗り出して窓に顔を近づける藤沢さんに一応釘を刺しておく。通行人と目を合わせたくない僕がわざわざ窓際を選んだのは、失踪したはずのヘレナ・ヴィクトリウス・エルトニアが異国の民が持ち込んだ妙ちくりんな乗り物に乗せられているとやじ馬に見られないようにするためである。
藤沢さんは僕が障害物となっているおかげで完全に窓の近くまで顔を近づけてはいないので、おそらく王女がどうとかばれる心配はないだろう。ただしそういった危険性については本人にも知ってもらっていた方が良い。
「何度か夢にも見た光景だから、ガラス越しとはいえ実際に目にすると感慨深くさせられるわ。検問所や大聖堂に大通り……そして王宮も」
「結局実家への挨拶はどうするかは決めかねているんだよね」
「ええ。こちらの情勢がどうなってるのかなんて分からないし、恐らく私個人でどうこうなる話じゃない。もし顔を出すとすれば外務省の役人同伴になるわ」
わき目で窓の外を伺うと礼の大聖堂のより奥に城壁が連なっているのが確認できる。そしてその上に姿を見せているのが、この街でも一番高い場所に存在する王宮であり、隣に座る藤沢さんのご実家でもある。
半年前の全体説明会から彼女は自分の身分についてを悩みぬいたが、結局答えらしい答えが見つからないまま今日を迎えてしまっている。大聖堂の向こう側の王宮を見つめる藤沢さんの顔に浮かぶ苦笑いが、故郷の地を前にしても手放しでは喜べない複雑な状況を物語っているようだ。
少々会話が途切れてしまい、手持無沙汰になった僕は仕方がなく窓の外に目を向けることにした。相変わらず大通りを歩く人々は、僕たちが乗るマイクロバスを珍しそうに観察している。学園区に入ったためか、リーヴェル市内に入った直後に比べると全体的に若者が多い気がする。
通りの片側を見てみると鉄柱の塀で区切られた向こう側には広々とした草原が広がっており、その向こう側には大き目の講堂のような物が連なっている。国立東都工科大学も23区内の大学にしては広々とした土地を持っていたが、この通り沿いにある学校と比べると結構狭く見えてしまうかもしれない。
この学園区にはエルトニア王国立魔法騎士学園やリーヴェル魔術学校などの有名どころを筆頭にいくつかの学園が集結している区域である。学校が複数集結した地域というと、日本にも筑波研究学園都市や神戸研究学園都市などの名の知れた学園地域が揃っている。リーヴェルの学園区が元々がどういった理念で構築されたのかは分からないが、学校が近場に揃っているということは互いの交流も盛んなのだろう。うちの大学が殴り込みをかけるには上々の立地だ。
「沢山の学校が首都に集約してるって、なんだかすごいな」
筑波の学園都市は元々が首都に集中し過ぎた学校を首都から切り取って離れた地域へ纏めて移転させることを目的としていた。一方のリーヴェル学園区は王都の中に含まれる形で存在しており、おそらくは移せるものは完全に首都へ集中させようという目的なのだろう。都市としては古くからの伝統ある地域であり、昔から学術に力を入れているエルトニアらしさが見て取れた。
そんな折に、ゆっくりと通り過ぎていた草原の光景が不意に途切れた。急に並木がにょきにょきと姿を現したかと思えば、進行方向の先に紅色の大きな建造物が見えてきた。
「ここの学園の入り口かしら。随分荘厳な作りをしているわね」
「懐かしいね。レシルがこの魔法騎士学園を見学する際に僕もついでだけど連れてこられたんだよ」
大きな石造りのアーチの中からは、ここの学園の生徒がちらほらと出入りをしている。正門を抜けた彼らの視界には、すぐ目の前の通りをゆっくりと走るマイクロバスの姿が映っているはずだ。騎士の卵たちとは言えども好奇心旺盛な若者だ、見慣れないこの車両は彼らの視線を一気にその身へ集めた。
そんな好奇心に満ち溢れた視線を気にした風もなく、車は正門付近でゆっくりと曲がりだした。正門付近で警備をしている兵士達がやじ馬となっている学生たちを離れた場所まで誘導している間に、車両は門の中をくぐり抜けていく。
「まさかこの大門をもう一度、しかもバスでくぐることになるとはね。予想だにしてなかったよ」
「そりゃあこんな状況なんて予想も出来ないでしょ」
正門をくぐり抜けた先に続く並木道を通り抜けると、確か噴水のある広場に辿りつくはずだ。昔にここを訪れたときは、随分と土地の広さに物を言わせたつくりをしている学園だと思ったものだ。生徒として多くが貴族のご子息が在籍し、国内どころか周辺国を含めてもトップクラスの実績を誇る騎士の養成所だけはある。
そうして相変わらず人目に晒されながらゆっくりと走るバスの前方に、この車両と同タイプのマイクロバスが停車しているのが見えた。どうやら僕たちよりも先に出発していたグループが乗っていた車両のようだ。
「車が入れるのはここまでです。前から順にお降り下さい」
構内が広いとはいえ、車でずんずん進めるのはこの広場までなのだろう。大きく息を吐いて、藤沢さんの後に続いて立ち上がる。バスを遠巻きに眺める異国風の生徒たちや正面に立ちふさがる伝統ある学園本講堂。先ほどの警備所なんて比じゃないくらい濃厚な異世界の地面を、僕はぎこちない様子で踏みしめた。
* * *
「レイ―、早くいきましょうよー」
部屋のドアを勝手に開けた藤沢さんが早く部屋を出るように催促をしてきた。確かに今やる事といえば荷物が届いているかを確認するだけなのだから、もう用事は終わったも同然である。
備え付けのふかふかなベッドに置いといた鞄を背負い直し、改めて今居る室内を眺める。奥行は引き払った本キャンパス近くのアパートと同程度だが幅がかなり大きくなり、部屋の広さは明らかに此方の方が勝っている。寮の外装こそは周囲の景観を損ねないようにあえて古めかしい物となっていたが、一方の内部といえば新築を思わせる汚れの少なさで居心地も良い。
「まあ待ちなって。僕は今すごい感動しているんだよ。寮の部屋がここまで広くて綺麗なんてすごいじゃないか」
「そうね。床にどの方向で大の字になっても余裕があるなんて久しぶりだわ」
仮にも元貴族の端くれだったり王族の子息だったりという僕たちが、こんな一人部屋に感動しているなんて少々情けないかもしれない。でも実際に以前住んでいた部屋よりもかなりの余裕が出来たものだから浮かれてしまっても仕方がないと思う。
大学の方で部屋を用意していると聞いていたからどんな物が割り当てられるのかと楽しみにしていたが、ここまで立派な部屋ならば僕としては満足の一言に尽きる。仮に大月から通うことを許されていたら、恐らくここまで良い部屋を見つけることは出来なかっただろう。
「でも部屋なんて夜ゆっくり堪能すれば良いじゃない。昼食会まであと10分よ」
「……えっ、そんな切羽詰ってたの!?」
部屋の間取りに感動して時計もみることなくぼんやりとしてしまっていたが、どうやら結構ピンチのようである。今日は懇親会も兼ねて昼食は新キャンパス計画の参加者全員で取る予定になっている。流石に初日から遅れていくのはまずいし、年配者を待たせて若者が遅刻をするなんて確かにあってはならないことだ。
急いで部屋を出ると藤沢さんと一緒に早足で階段を目指した。この寮のは二階と三階が居住スペースとなっており、一階部分は談話室や食堂などがある。どうやら食堂の従業員の中には現地の人間も混じっているようで、もしかしたら第二の故郷の料理を堪能することも可能かもしれない。
「ええと、確か入り口の右側が食堂だったよね」
階段を駆け足で降りてきた僕たちは、目の前の廊下を小走りで突き進む。どうにも昼食会に向かう人と会わないことから、もしかしたら僕たち二人以外は既に食堂に集まっているのかもしれない。若い衆が揃って遅刻なんてことになれば、ヘタすりゃ平塚研究室の信用に関わるから何としてでも間に合わなければならない。
そして見えてきた食堂入り口。寮の正面ロビーの右側、一階のおよそ半分近くを占めているスペースからは話し声が漏れ出ており、案の定かなりの人が集まっているようだった。走りながらも一応腕時計で時間を確認するが、5分だけだが時間に余裕があるようだ。ギリギリになってセーフなどと喜ぶ気はないが、遅刻だけは避けられて本当に良かった。
「おいおい、初日から揃って遅刻寸前ってどうしたんだ」
「すいません。荷物を纏めてたら思いの外時間が過ぎてしまって……」
大きな食堂スペースに並んだ二個の長机、その端っこの方に僕たち平塚研究室の席が割り当てられている。すでに座席には食事が用意されており、今日のメニューはカレーライスの上に豚カツが添えたものだ。参加者がこちらの世界で初めて口にする物がカツカレーとは、色々有って疲れている人にも食べやすいしゲン担ぎも含めてのことなのだろう。そして周囲を見渡す限り全ての席が埋まっており、どうやら僕と藤沢さんが最後だったらしい。
殆どが三十台も過ぎた大人たちが集まる中で、全員がカツカレーを前にして一斉にいただきますと口を開くのは少々不思議な光景かもしれない。思い出すならば小学校の給食のような風景であるが、一人さびしくカレーライスをつまむよりはマシだろう。
「お前たちは一人暮らしだからアレとして、俺にとっては狭くなったから残念極まりない」
「……そりゃあ独身で一軒家住まいならば広々してたでしょうね」
一応周囲に人がいるために敬語を使って平塚先生と言葉を交わす。両親と僕、少なくとも17年前までは平塚先生の実家は三人が暮らしており、家が狭いと感じたことは特になかったはずだ。それを一人で使うとなれば相当余裕のある広さだろう。
「そうそう、食後から搬入物の整理を始めるからしっかり食べておけよ。力仕事になるからお前は大変だろうけどなんせ人手が足りないからな」
「力仕事……ですか」
「ぷぷっ、下手すりゃ先輩は私よりも力仕事苦手ですからね」
わざとらしい敬語を使って手を口に当てて笑う藤沢さんをわき目で睨みつけるが、彼女の言うことを完全に否定できない自分が恨めしい。女子の如く細い腕は見た目通りの貧弱さを誇るし、重い物を持ち上げようものなら膝が小鹿のようにプルプルと震えだすのだから情けないったらあらしない。
「明後日までには設備を整えておきたいな。ガスの配管取り付けもあるし、ベースの測定もやり直さなきゃならない。こりゃ忙しいぞ」
「……精一杯頑張らせていただきます」
今でこそこうやってのんびりとカレーライスをつついているが、研究準備や論文執筆、それに加えて自分が担当する講義の計画も今後は行わなければならない。四か月後のプレゼンよりも前に、僕の前には何枚もの大きな壁が聳え立っている。