ファンタスティック・アカデミー!【異世界×大学物】   作:丸いの

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その4

「終わった……そして疲れた……」

「私たちは勝ったわ……生きる力を犠牲にして」

「おー、物品の配置がまさか一から初めて三日目の内に終わるとはなあ。後はサンプルデータの打ち込みだけだ」

 

 リーヴェル新キャンパス三日目。運び込まれた設備の配置を決めたり、重い計測器をせっせと運んだり、消耗品や薬品の追加発注の準備を行なったりと精力的に働いた結果、僕と藤沢さん共に目の下に見事な隈が出来上がったが三日目の日の入り前に現状で出来るかぎりの作業は大方終了した。

 

 新キャンパスにおける実験室は、研究内容が似通っている浜松先生などの他のグループと共同の物となっている。そのため僕が死んだ目で深呼吸をしている奥では他の研究室の学生や教員が準備作業を続けていたりする。現状僕たちのグループは三名しか在籍していないが、一方で得ることが出来たスペースはその三倍の人数が使っても十分な広さだ。後に現地の学生が入ってくることを考慮しているのか、1グループごとに割り当てられた実験室面積は人数の割にはかなり広いようだ。

 

「計測結果は解析した後共用のデスクトップにファイルを作っておくから、先生と藤沢さんは後で自分のパソコンに入れといてね」

「了解。それにしてもお前達目の下の隈が酷いけどどうしたんだ?」

「……寝る間を惜しんで物品購入表やデータの解析ソフトを作っていたんだ。正直初日や二日目から飛ばし過ぎたよ」

「私はこちらに来てから緊張してあまり寝られません」

 

 一段落ついたと頭が認識した途端、目蓋が急激に重くなったし視界もどことなくくぐもって見えてくる。実験室の床でも寝転がったら多分一分以内に寝つけるであろう僕の様子を見た平塚先生は、呆れたようにため息を吐いた。

 

「根詰める場面じゃないのに無理をするな。社会人は体調管理も仕事の内だぞ。まあレイはお疲れ様とだけ言っておく。しょうがない、お前たちはデスクで少し仮眠でも取ってろ」

 

 彼の大きな手が無遠慮に人の頭をわしゃわしゃと撫でつけてくる。普段ならば文句の一つも言ってやりたいところだが、今に限って言えばそんな気力も出てこない。

 

「今寝たら多分夕飯までに起きれない」

「私も自信が持てません」

「……寝過ごしたら飯抜きだからなあ。しょうがない、外を散歩でもして夕飯まで何とか意識を保ってろ」

 

 食堂のシステムは本キャンパスにある学食とは大分異なっており、何時でも好きなタイミングで好きな物を食べられるわけではない。毎日朝昼晩の決まった時間に食事会が開かれ、全員のメニューは基本的には同じというスタイルだ。参加している研究者や学生の数が50名を超えており、尚且つ異世界という立地のため、食堂の実態はレストランというよりも給食に近いものになっている。

 

 そんな取り決めがあるために、食事の時間を寝過ごしてしまうと夕飯にありつけないという緊急事態が発生するかもしれない。当然たかだか一食抜いたくらいで死にはしないけど、僕だって新天地に来てからそんなに経ってないのに生活を極限まで追い込みたくはない。結局平塚先生に追い出されるような形で僕と藤沢さんはふらふらと廊下へと出た。

 

 寮の隣に作られたこの新校舎は、周囲の風景に溶け込んだ古めかしい外観をしているにもかかわらず、内部は最新の校舎だけあって設備がしっかりしている。実験室の入り口は特殊なIDカードを通さないと開かないようになっているし、火災時のスプリンクラーも設置されているという。

 正面ロビーへ向かう道すがらに見える光景も、本キャンパスに新しくできた最新の校舎に勝るとも劣らない清潔感がある。まだ何も張られていない掲示板のコルクボードも、この建物が最新のものであることを示しているようだ。

 

「あの、失礼します。眠気覚ましがてらに学園区を散歩したいんですが、外の出歩きって大丈夫ですか?」

「大丈夫だけど今日は学園の敷地内に留めてね。それと勝手に他の校舎に入らないこと。ここに記名を、それとIDカードの方は大丈夫かい? もしもの際にはこちらの本部まで電話をするように」

 

 入り口付近には守衛さんが既に配属されている。一応彼に話を通しておかないと、実は今は外の出歩きが禁止されていますなんて事があったら面倒極まる。そして驚いたことに、この学園の敷地内では電話をすることが可能らしい。どうやらこの校舎の屋上にアンテナが取り付けてあるようで、もしものことがあったらポケットにねじ込んであるスマホを使うことになりそうだ。

 

「それと二人とも夕食開始時刻には食堂に戻ること!!」

「了解です」

 

 二人分の名前と携帯電話の番号を記入すると、やっと守衛さんが道を開けてくれた。外からこの建物を見たときに、恐らく唯一である近代要素が建物の入り口だ。ここいらの学園の建物とは違い、この校舎は外と中が明確に区切られている。そしてその扉はよくありがちな木製の引き戸などではない。

 

「ここだけ見れば雰囲気ぶち壊しだなあ」

「見事に入り口だけ近代的ね」

 

 なんてことはない、赤外線センサー付きの自動ガラス戸、しかもどうやら防弾機能を備えた優れものだそうだ。ガワだけ石造りだけど見た目だけは荘厳なこの校舎の入り口が今風のガラス戸というのは、何とも雰囲気に欠けるものであると感じる。その隣に備え付けられた大学の校章も、ただの飾りではなくIDカードリーダーを兼ねているために本当に隙がない。

 これから何度も通うことになるこの校舎をじろじろ眺めるよりは、昨日バスを降りた後に通りかかった噴水広場周辺を歩き回った方が楽しいだろう。そう思い直して視線を新校舎から外して歩みを進めることにする。

 

「意外に生徒が少ないわ」

「まだシーズン始まってないらしいし、ここに来ていない生徒も多いんじゃないかな」

 

 川崎さんの話では、ここの土地の所有者であるエルトニア王国立魔法騎士学園はこの時期はまだ新学期が訪れていないそうだ。こちらの暦では現在では一年の終わり近いはずであり、新学期は今から一週間ほど後の年明けかららしい。

 そうなればこの時期に学園に留まっているのは、家が都市単位で離れていたりするために完全に寮で住み込んでいる層や、家は近いものの自主訓練に励んでいる頑張り屋さん辺りがメインなのであろう。もしかしたらレシルも新学期までは実家で過ごしているのかもしれない。

 

 そういうわけで一応前情報として生徒の数が少ないとは聞いていたが、それでも歩いている道の先の方にはちらほらと生徒の姿が見える。藤沢さんも彼らの存在を気に留めているようで、腰元のポーチから折り畳み式の帽子を取り出した。どうやら彼女は王族以外では中々居ない赤紫色の髪の毛を隠すため、日常的にかつらや帽子を持つようにしているようだ。

 

「……当然だけど、私たちの恰好は結構浮いているね」

「なんなら白衣でも取りに戻るかい? もしかしたら僕たちの普段着よりも意外と目立たないかもよ」

 

 もちろんこれは冗談で、基本的に薬品が付着している白衣を無暗に実験室から持ち出すのはあまり宜しいことじゃない。藤沢さんも呆れたように首をふる。しかし周囲を歩くこの学園の生徒が白を基調として所々黒いラインを走らせたという妙に目立つ制服を着ており、案外ジーパンにカッターシャツなんて普段着よりかはこちらも白衣に身を包んでしまった方が浮かないかもしれない。

 

 噴水が近付いてくると、そこで談笑をしている学園の生徒たちの姿もはっきりと見えるようになる。巨大な白い石の杯から放射状に噴出される水は大層涼しげで、水場をぐるりと取り囲む花壇が黄色い花を咲かせて鮮やかに彩っていた。広場の各所には多くの長椅子が並べられて、腰かける生徒たちは噴水を眺めながら団欒を楽しんでいる。国でも権威のある学園ともなれば、生徒の憩いの場が美術館の庭園レベルにまでランクアップするものなのか。

 

「綺麗……」

「まあ流石に錦鯉とかは泳いでいないか」

 

 広場に足を踏み入れるかというところで、どうやら僕たちの姿がまどろんでいた生徒たちの目に留まったようだ。学園の制服でないどころか、エルトニアの住人が着なさそうな服装のことだから注目を集めるのもしょうがない。彼らとしても日本政府が学園の土地を間借りする形で校舎を建てたのをおそらくは知っているだろう。これからはこうやって普段着姿の日本人が広場にふらりと姿を現すかもしれないが、段々と慣れていってもらえれば嬉しいものだ。

 まあ今現在は、帽子で髪の毛を隠している藤沢さんはともかく、僕は首から上は銀髪に碧眼という少々変わった見た目ではあるが異世界フェイスだから、彼らとしてもそこまで異物感を感じないかもしれない。

 

「ここにはいないけど多分学園内を探せば観賞魚を泳がせてる池もあるんじゃない?」

「本当にありそうで怖いや」

 

 腕時計を見てみるとこの広場周辺を適当に歩き回っていれば夕飯の時刻となる。遠くの空に橙色の夕日が浮かんでおり、燃える焔のような太陽の姿が吹き上がる水を照らしているのは大層幻想的な光景だ。夕日が並木で遮られたら校舎に戻るくらいが丁度良いだろう。

 

「……あと一週間くらいで開校ね」

「それが本当の始まりだね。果たしてこの生活は一体どうなることやら」

 

 そろそろ学園の生徒たちは夕飯の時間なのだろう。ぼんやりと輝く夕日を眺めながら言葉を交わす僕たちの脇を、生徒の一団が広場の出口を目指して通り過ぎて行った。水が跳ねる音を背後に感じながら彼らの方へと振り返ると、一団は楽しそうに会話に花を咲かせながら荘厳な正面校舎の方へと歩みを進めていた。

 頭にすぐ浮かぶような妙に格式ばった貴族の子息の姿とは違う垢抜けた様だ。もし自分に魔法や剣術の才能があったのならば、そしてこの世界への愛着が研究への執着を超えていたならば、あの四人組の中には銀髪の少年が一人混じっていたのかもしれない。

 

「リーヴェル魔術学校の学生の中での希望者だってさ、新キャンに入学するのは」

「そこってレイが行くかもしれなかった学校だっけ。そう考えると不思議なものね」

「本当だよ。何かの歯車が違っていたら、僕は教える側ではなくて教えられる側だったかもしれないんだ」

 

 心の中は40手前のオッサンだし、もはや青春時代など当の昔に過ぎ去った道だと頭は理解をしようとしている。二度目の青春のチャンスをあっさりと投げ捨ててこの道を選んだのだ。夕日を後ろに置きながら友達と談笑しながら食堂へ向かうあの学生のような未来を選ばず、手に取ったのはよれよれの白衣なのだ。

 

 それでもこうやって若い学生たちが精一杯青春を謳歌している姿を見かけてしまうと、当時の選択への微かな後悔が胸の中に沸き起こるのだ。二度目の人生を生き急いできて今や僕は二十歳を超す前に彼らのような学生を通り越して教員側へと回ってしまった。

 この地位が念願の物には違いはないが、それでももう少しだけ無駄な青春というものに価値を見出しても良かったのではないか。毎日に一喜一憂して喜怒哀楽に正直でいられた日々、それをもう一度得ることが出来たかもしれない千載一遇のチャンスを手放して本当に良かったのかと。

 

「もう少しだけ学生って身分を堪能した方が良かったのかなあって、彼らのような若い学生を見ると頭に浮かんじゃうんだよ。眠気もあるから思考がちょっとおかしくなっているのかな」

「……アンタが教える対象の学生って、多分私と同じくらいよね」

「大体そんなもんだよ。こんな精神状況じゃ、見ていて一番考えさせられる年代だ」

 

 ゆっくりとした歩調で噴水の周囲を歩き回って数分、気がつけば入り口付近に足が向いていた。ぺちゃくちゃと話している内にどうやら広場を一周歩き終えてしまったようだ。

 時間が結構遅いためだろうか、広場に居る学園の生徒達は帰りはじめる同胞の姿を目に入れると自分たちも校舎に帰る用意をし始めているようだ。僕たちと行き会うようにしてまた生徒の一団が広場の出口を目指して通り過ぎて行った。僕たちが広場に来たタイミングがどうやら生徒の帰還ラッシュと被っていたようで、気がつけば広場の人口密度は半分程度にまで落ち込んでいる。

 

「……ちょっと早いけど僕らも帰ろうか。歩いている内に夕食を乗り切れる程度には目が覚めた」

「そうね。それと食べ終わったら今日は早めに休みなさいよ」

「藤沢さんも明日までに隈をしっかり取るんだよ?」

 

 なまじ彼女は顔が整い過ぎているから目の下にくっきりとした隈があると異様に目立つ。藤沢さんの目元をじーっと眺めていると、彼女は少し頬を赤らめて僕の背中を小突いて早足でもと来た道へ引き返し始めた。




IOWA ga DENAI
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