ファンタスティック・アカデミー!【異世界×大学物】 作:丸いの
その1
「見事選ばれた生徒諸君、まずはおめでとう」
四月の頭というと、まだ前世で学生をやっていた頃では桜が咲き始める時期だった。エルトニアから東京に舞い戻ってからの五年間は温暖化などの影響によって桜が満開となる時期は少々前倒しとなってしまっていたが、それでもこの季節の花といえば桜一択であるのには変わりはない。
しかし今いるのはエルトニアだ。王都の街路樹には桜なんて一本たりとも生えていないだろうし、国立東都工科大学が新キャンパスを建てたこの土地にも見当たらないだろう。そもそもこちらの世界に生れ落ちてから東京へ逃亡をするまで、春先に咲く桃色の花などついぞ見たことはなかった。
「おそらく学ぶことになる内容は、我々エルトニアの民には非常に難しい物事だろう。君たちが培ってきた魔術についての知識も、もしかしたらあてにはならないかもしれない」
こちらに戻って来てから数日が経ったが、桜の花どころか白桃色という色すらも目に入らないとなると段々と今が入学シーズンであるという事実が現実味を帯びなくなっていく。初々しいスーツ姿の学生たちが散りつつある桜の木の下を興奮しながらも緊張した様子で歩くという光景が、この新生活が始まるシーズンには欠かせないからだ。
「しかし私は君たちの卓越した頭脳を信じている。君たちには日本国の皆の知識をしっかりと学び取り、そして祖国の更なる繁栄への足掛かりとなってもらわなねばならない」
調べてみればゲートをくぐり抜けた先の大月ではどうやら桜祭りなる物が開催されるようだ。生憎ながら予定が詰まっている為に祭り当日に現地へ赴くことは難しいだろうけど、週末には申請書を出して大月の桜の木を見て回るのも良いかもしれない。彼方に富士山が見えるなか散りゆく桜の花というのは、これでもかというくらいに和のテイストを感じる眺めだろう。
「諸君らの更なる活躍に期待をしている。私からは以上だ」
壇上から響く話を右から左に聞き流しながらまだ見ぬ大月の桜花への思いを心の中に抱いていると、急に周囲から大きな拍手の音が鳴り響いたために僕も慌てて手を叩き始めた。
社会人のくせして偉い人のスピーチを聞き流すのは如何なことかと思いもしたが、興味がないものにはやはりどうやっても集中することは出来ない。
それに聞き流していた終わり間際は僕のような教職員へ向けた物ではなく、記念大講堂の中央近くに集団で座る白い制服の一団に対しての物だろうから、おそらく僕に対してはそこまで注意をしなければいけないものではないはずだ。船をこぎ出さなかっただけでも上出来といったところだろう。
一面の拍手を身に浴びても表情一つ変えずに貴賓席へと戻った人を見て、今度は僕の隣でどこか居心地悪そうにしている藤沢さんの姿を見る。
未だ鳴りやまぬ拍手の対象となっているのは、長く伸ばした赤紫色の髪の毛をティアラで留めて、おそらく貴族基準では落ち着いたデザインの黒いドレスに身を通した若い女性だ。髪の色こそ派手に感じるが、やり手のキャリアウーマンのような話し方や引き締まった表情からは知的な美人といった印象を受ける。そんな彼女は役人の話ではこの国一の才女とも言われる、エルトニア国王の令息の一人だ。
そして一方で僕の隣で下を向いているのは、最近購入したという黒のかつらを被って見た目だけは黒髪美人と化した藤沢さんだ。僕や平塚先生などの教職員メンバーと同じく黒いスーツに身を包んでおり、修士一年生という学生の身分にいながら新入生の中ではなく僕たちと同じ職員席に座っている。
「……あの人ってもしかしなくても君の姉妹の誰かだよね」
「ええ……記憶が確かなら姉のライアに間違いないわ」
彼女が自分の膝をじっと眺めているのは、おそらく一瞬たりとも貴賓席に座るライア・ヴィクトリウス・エルトニア殿下と視線が合わさらないようにするためなのだろう。しかしスピーチ中に頑なに前を見ないというのもそれはそれで目立つ気がするのだがどうなのだろうか。そもそも黒髪集団の中で一人だけ銀髪という色物な僕の隣に座っているのだからどうしても視線は向くだろうに。
拍手が小さくなってきたから、いくら声を小さく潜めてるとはいえこれ以上雑談を続けたら周囲の迷惑になってしまう。僕と藤沢さんとの会話を切り上げて改めて前に向き直り、続いて壇上に登るウチの大学側のお偉いさんに視線を向けた。
それにしても今日は大物な方々が非常にたくさん来ているようだ。新規入学者が100人に満たない大学の入学式なんて、言葉で聞いただけじゃあすごくこじんまりとした会に聞こえるだろう。しかしこの式典に訪れているのは外務大臣をはじめとする日本の閣僚が数名、そしてちらほらとエルトニアの貴族らしき方々、果てはエルトニアの王女陛下ときたものだ。ここまで豪勢なラインナップの入学式なんて僕は前世含めて経験したことがない。
そして入学式が執り行われている建物もこの場に居る人間の数に対して非常に大きいサイズだ。周辺国を見渡しても最大規模の騎士学園であるエルトニア王国立魔法騎士学園が入学式等の記念式典を行うホールだそうで、結構な人数を収容できる立派な空間だ。国立東都工科大学リーヴェル校の開校式も兼ねた今回の式典は、外務省などの役人の活躍の結果特別にこの大講堂を使わせてもらえることになったらしい。
「……初々しいなあ。若いなあ」
「アンタも歳じゃあ負けてないでしょ」
生徒達の全体的な雰囲気を見るかぎり、彼らの平均的な年齢は一般の大学一年生と同じくらいだろう。どういった経緯で魔術学校からこちらに転科をしてきたのかは分からないが、未知の分野に足を踏み入れるのには結構な覚悟があったに違いない。
聞いても聞かなくても大差なさそうな学長の話を真剣な表情を浮かべて聞き入っている新入生たちが眩しくて叶わない。思わず口から漏れ出た独り言に隣から無粋なつっこみが入るが聞こえない。
藤沢さんとは逆隣りに座る平塚先生は、船こそ漕いではいないものの腕を組んで目を閉じている。一見して学長の挨拶に聞き入っているように感じるが、おそらくはただ研究内容についての考え事をしているだけだろう。教育者がこの有様だから、生徒達の眩しさも更に増すのだ。
「えー、続きましては日本国外務省大臣からの挨拶です」
意外にも早々に挨拶を切り上げた学長に変わって壇上に上がるのは、恰幅のある小さな中年親父だ。学長のスピーチはまだ自身と関係のある立場の人間ということもあり意識を向けていたが、根っからの文系さんである外務大臣の話なんて聞いてどうするんだという感情が沸き起こる。
自分ももはや我慢の限界だ。隣の年配者を見習うが如く、手を組んで目を閉じて瞑想にふけることにする。これからの研究や講義の進め方など思考のネタに困ることは絶対にないから、開校式が終わるまでの時間をつぶすには十分過ぎる。隣二人が目を閉じてしまったためか心配した様子で藤沢さんが袖口を突いてきたが、小声で「寝てはいないから気にしないで」と言い残して思考の海に意識を沈めた。
* * *
入学式と開校式が終われば、土地を間借りする身分の僕たちは早々にエルトニア王国立魔法騎士学園の記念大講堂から撤退をしなければならない。貴賓席に座るお偉いさん方がまず講堂を後にして、次に新入生の一団が係の人の後に続いてぞろぞろと新校舎に移動をし始める。後に残された教職員一同は、一番最後に講堂を出ることになるのだ。
記念大講堂をはじめとする騎士学園の講堂と、国立東都工科大学の新校舎。建物としての立派さを比較しようと考えてみたが、外見こそは双方古めかしいつくりをしているが内装に関しては片や外装のイメージと同じ歴史を感じる石造りで、片や白を基調とした最新鋭の研究棟だからすごいのベクトルが完全に異なっている。記念大講堂を後にした生徒達が新校舎にどんなイメージを持つのかが楽しみである。
「藤沢さんは早速明後日から本キャンの方で授業だっけ」
「ええ。毎週授業の日に関してはこっちに戻れるのが夜になってからになりそうだわ」
「無理をしないことだね。授業オンリーの日も割り切って作るべきだ。担当の人に発表や合同勉強会のスケジュールも考慮してもらうよう伝えておいてね」
大講堂の中に残っているのが日本国の関係者のみになったからだろうか、藤沢さんは被っていたかつらをビニール袋の中に押し込めており、すっかり普段通りのセミロングマンガンヘアーに戻っている。やはりこのパッションな色の方が藤沢さんに似合っているように感じる。
一方の平塚先生とは言えば、式典の最中は終始腕を組んで目を瞑っていたがやはり寝ていたわけではなかったようだ。式典終了の言葉と共に眼鏡の奥の双眼をカッと見開き、胸ポケットから取り出した手帳に何やらサラサラと書きこんでいた。普段から先生は頭に浮かんだ使えそうな物を忘れない内にアイディア帳に書きこんでいるから、おそらくそれだろう。
「先生一応起きてたんだ」
「失敬な。こう見えても意識はしっかりと保っていたぞ」
教職員連合もどうやら出口に向かい始めるようだ。先導する係員の後ろにつき、流れに乗って平塚グループの三人で纏まって歩きはじめた。
「俺達はもうお役御免のはずだろう? ラボにすぐ戻らないとな」
「新入生たちは一階の大教室で説明会だから行き先は途中まで一緒だね」
やや薄暗い大講堂の出口をくぐり抜けると、立ち並ぶ石柱の合間から差し込む陽光が顔面を真正面から捉えた。存外に明るかったために思わず目を覆い隠す。何度か瞬きを繰り返して明るさに慣れてきたところで、ようやく周囲の光景が目の中に飛び込んできた。
今しがた後にした大講堂はこの学園の入り口通りからみて正面に作られており、出口から少し進むと先日藤沢さんと散歩をした噴水広場へと辿りつく。明後日に学園側の入学式が控えているためか、我々東都工科大学関係者以外にも広場や講堂の周辺には人の姿がそこそこ見受けられる。
明後日からの新学期に向けて、実家や地方に帰っていた学生たちが学園内の寮や下宿先に戻ってきているのだろう。明らかに一週間前よりも若い少年少女の姿が多くなっている。
しかしやはりというべきか、白を基本色とした制服に身を通した彼らの視線は、黒いスーツに身を通して集団で歩く僕たち教職員の一団に向けられている。ただでさえ目立つ一団が現地基準で目立つ格好をしているのだからしょうがないが、不審者を見るような視線を浴びせられるのはやっぱりあまりいい気持ちはしない。藤沢さんはどうやら講堂を抜ける直前から帽子を被っていたようなので一安心だ。
「レイは明日からいきなり授業が入っているだろう? 当然準備は大丈夫だよな」
「そりゃあもう。エルトニアに来る前から授業で使うプリントは準備してあるよ」
広場に差し掛かった集団はそのまま学園の外れへと繋がる道を目指して進んでいく。噴水広場は憩いの場だけあって談笑をしている生徒達がたくさんおり、そんな中に黒服の集団がぞろぞろと入ってきたものだから空気が変わるのが感じられた。僕たちは悪くないはずだが、和やかな空気を壊してしまったようなので少々申し訳なくなる。
中には物好きな人間もいるようで、大講堂を出た僕たちの後ろを着いて歩いてくる生徒もいるようだ。振り返ってみればこちらを物珍しそうに眺めながら着いて来ている生徒の一人と目が合ってしまった。
「はぁ、大分目立っているね」
「これからは目立つのが茶飯事になるんだ。気にしてると禿るぞ」
ばっちり目が合ってしまった生徒は驚いたようにすぐ目を逸らしてしまう。この微妙に罪悪感を感じる間は結構苦手だ。そんな彼の他にもこちらに興味を示して後ろに着いてくる生徒がいる。彼の後方から駆け足で近づいてくる学生もそんな手合いの一人だろう。後ろを眺めていても特に得るものもなさそうなので、前に向き直ろうとした。
「……えっ」
噴水広場を抜けようかという集団に駆け足で近づく一人の学生。しかしよくよく目を凝らせば駆け足なんて生やさしいものじゃなく、陸上選手もかくの如しな全力走法で僕たちに近付いてきている。丈がそこまで長くない制服のスカートを気にした風もなく、銀色の長い髪の毛を後方へ派手に靡かせながら全速力で近づいてくる姿には若干の恐怖心を覚える。
そしてその人物は、集団で移動する我々の中でもピンポイントで僕の目を見据えている気がしてならない。ぐんぐんと近付いてくる彼女の顔には満面の笑みが浮かんでおり、それが実の妹だと気が付いた頃には既に声が届く範囲にまで接近していた。
「ラスティ兄さーん!!」
何事だと周囲の先生方が後ろに振り返ったりする中、僕はおよそ半年ぶりの再開となるレシルを迎え入れようと両腕を広げた。彼女は寸分の狂いなく僕めがけて走ってきており、速度を緩めるどころかさらに加速をしたような気すらもする。アレなんかヤバいんじゃねと思ったころにはもう遅かった。
「久しぶりー!!」
「うごべあッ」
咄嗟に中腰の姿勢になって重心を低くしたのが幸いした。あと一秒でも対応が遅れていたら、体がビリヤードのボールのようにレシルが着弾した衝撃で弾き飛ばされていたかもしれない。
上半身を中心に響く強烈な打撃にもなんとか踏みとどまれたが、それでも肺の中の空気が呻き声と共に体の外にひねり出される。幸いながら半年前のように突撃から絞め技へ派生するようなことはなく、軽く抱きついてきたレシルは直ぐに僕の体を解放してくれた。
「兄さんもとうとうこっちに戻れたんだね!!」
「ケホッ、今月からここの学園の外れに作られた校舎に勤めることになったのさ……すいません。後からすぐに向かいますので先生方は先に向かっていてください」
いきなり銀髪少女の突撃をくらった僕には、学園の生徒だけではなく一緒に歩いていた先生方からも注目を浴びてしまっている。先生方に頭を下げて先に向かってもらうように頼み込むと、怪訝そうな表情を浮かべながらも彼らは広場の出口へと向かっていった。一方で広場の生徒達は、いきなりのレシルの登場に若干の驚きを感じているのだろうか、一層視線が強まったような気がする。
後に残ったのは僕とレシルと藤沢さん、そして何故か平塚先生も腕を組みながらレシルの姿を見つめていた。先生の第一印象は、なんと言ってもその立派な顎髭のおかげで少々気難しそうな男性に見えると思うし、高めの身長や眼鏡の奥のやや鋭い目つきからはそれなりに威圧感を感じるだろう。そんな彼にまじまじと観察されているせいか、レシルは僕のスーツの裾を握りしめて一歩近付いてきた。
「別に悪いオッサンじゃあないからそんなに警戒してくれるな。私は君のお兄さんの担当教員だった平塚礼二という者だ」
「……レシルティア・フォルガントです。兄さんがお世話になっております」
平塚先生に警戒心を抱いているのだろう。レシルの口から出てきた自己紹介は、僕の知る彼女の柔らかく楽しげな口調ではなく、酷く事務的で落ち着いた響きで耳へと入ってきた。
「久しぶり、レシルちゃん」
「レナさんもリーヴェルに来たんですね」
一方の藤沢さんに対しては、レシルは警戒心をそこまで見せずにとてとてと近寄っていく。一応顔見知りということもあるわけだがあまりにも対応に差があったためか、顎鬚を弄り回している平塚先生は心なしか落ち込んでいるようにも見える。
「兄さんはニホン国の学校の先生なんだよね? じゃあいつでも会いに行けるね」
「いつでもはちょっとキツイかもしれない。新校舎は基本的にカードキー無いと開かないからレシルは入れないし、僕自身研究室にこもりきりなことが多いし」
流石に一日中完全に研究室へ缶詰めになる気はないが、そう気軽に外にホイホイ出るような時間もなかなかないだろう。そんなことを考えながら話してみると、目に見えるくらいにレシルが表情を暗くしてしまった。
「あー、でもちょくちょく時間は作ろうと思えば出来るさ。それに週末は予定が開くことが多いと思うよ」
「じゃ、じゃあその時なら大丈夫だね!!」
「詳しくはまた追って話すけど、多分大丈夫なはずだよ」
そんな妹の姿にすかさずフォローを入れると、すぐに顔を明るくして勢いよく食いついてくる。しかしここまで一緒に居るということに喜びを感じて貰えるなんて、兄として冥利に尽きるといったものだ。
そして発言の後になって週末に跨った予定というものを考えてみると、論文執筆であったり校外への出張などが挙げられる。こちらも可能ならばせっかくの休日を仕事で潰したくはないが、避けられないものならば甘んじて受け入れるしかない。
まだ何か話したそうにしているレシルだったが、遠くの方から鐘を打ち鳴らす音が響いてくると慌てたように後方に振り返った。わき目で見てみれば、広場の生徒達の中には鐘の音と共に腰を浮かせて歩き出す者もいる。レシルの目が向いている方向を見てみると、先ほど僕たちが出てきた大講堂の上部には巨大な時計が据え付けられていたようだ。長針が天辺に到達しており、どうやら鐘の音はその時計から響いて来ているようだった。
「ああ、もう訓練の時間だ!! 兄さんまた今度ね!!」
「一応明日の夕方にも広場に向かうよ。そっちも頑張ってねー」
始業式をむかえていないのに訓練とは、彼女もしっかりとした意志をもってこの学園で暮らしているのだろう。僕の境遇で例えるならば、土日を返上して研究室に赴いて実験を行うような感じだろうか。
最後にブンブンと大きく手を振ったレシルは、砂埃を巻き上げる勢いで広場を走り去っていった。長いとは言えないスカートを身に着けておきながらよくもまあそんな思い切った行動が出来るものだなあと感心さえする。彼女は相変わらず陸上選手のような驚異的なスピードで遠ざかっていき、こうもまじまじと兄妹間での身体能力差を見せつけられると対抗しようという気すらも無くなってしまった。
「随分元気な妹さんね」
「……うん、少なくとも僕よりは快活そうだ」
周囲の生徒達の驚く様な視線。鐘の音に対しても気にした風もなく広場に留まる彼らの視線は、レシルがいなくなったにもかかわらず僕の方へと向けられている。果たしてそれがレシルと妙にそっくりな僕に対しての物なのか、はたまたレシルの行動に対しての物なのか。軽く考えてみても答えが浮かぶわけもなく、最後にため息を一つ残して広場の外へと向かう先生と藤沢さんの後に続いて歩き出した。