ファンタスティック・アカデミー!【異世界×大学物】   作:丸いの

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その2

 多量のプリントを押し込めた強靭な紙袋を手にぶら下げて、白色で統一された新校舎の廊下を歩き続ける。段々と日が沈みかけてくる時間帯だからだろうか、節電重視のこの建物でも廊下のLED照明は灯されている。腕時計を見てみると約束の時間まで残り5分程度といったところか。研究室を出てから目的地に行くまでにそんな時間がかからないなんて、やはり同じ建物の中に色々纏まっていると非常に楽である。

 

 そうして見えてくる目的地。片手に持った校内地図と現在地を見比べて、目的地の扉に書かれている「105講義室」という文字を見てホッと一息をつく。いくらまだこの建物に慣れていないとはいえ、たかだか研究室から講義室に移動するだけで迷子にはなりたくはない。立ち止まる僕の脇を通ってその扉を開けて入っていく生徒も数名おり、場所は間違いないようだ。

 

 扉に設けられた小窓からは、きちんと椅子に座っている生徒達の姿が少しだけ見ることが出来る。これから自分がどういう立場として振る舞っていくのかを考えるとどことなく緊張をしてしまうが、軽く頭を振って扉の取っ手へ手を伸ばした。

 

「失礼します」

 

 扉を開けて入ると、着席していた生徒達の視線がちらほらと僕に向けられるのを感じた。彼らが騎士学園と同タイプの制服に身を包む一方で僕はカッターシャツにジーパンという非情にラフな姿なわけだから、目立ってしまってもしょうがないかもしれない。ライトブラウンや淡い金色、そして現代日本じゃまず染めてもいない限りあり得ない青や緑。そんな色の髪の毛を眺めつつ、教卓に手提げの紙袋をおろした。

 

「そろそろ先生が来ると思うから席に座った方が良いよ? それと制服はちゃんと着なきゃ」

 

 荷物の中から今日使うプリントを取り出していると、教室の前列に座る一人の生徒が小声で僕に話しかけてきた。おそらくは彼女なりの親切心なのだろう、きっと僕が座る場所を間違えてあろうことか教卓に荷物を下ろしてしまったうっかり屋さんの学生に見えたのかもしれない。

 

 確かにそのような勘違いは仕方がないかもしれない。講義室に座る面々の年齢は恐らく僕と同程度だろうし、そもそも年齢よりも下に見られやすい見た目のおかげで彼らにとってみれば私服姿の年下としか思えないだろう。それに今日の他のコマを担当した先生方は、揃って中年以上の歳に加えて日本人然とした容姿のはずだ。銀髪で色白という異世界風の僕は、初見じゃ講師と思わない人の方が多いかもしれない。

 

「うん、心配してくれてありがとうね……えー、皆さん!! ちょっとだけ早いですがそろそろ授業を始めます」

 

 手を軽く叩きながら雑談を続けている生徒達をけん制する。親切心を見せてくれたライトグリーンヘアーの女学生は少々驚いた様な表情で此方を見つめており、他の学生たちもプリントの束を纏めはじめる僕に怪訝そうな視線を向けている。この反応は予想をしていたとは言え、ここまで驚いた様を見せられるといかに自分が教師っぽくない見た目をしているかを思い知らされる。

 

「自分の分を取ったら後ろの人に回していってください」

 

 試しに作ってみた授業プリントの束を最前列の生徒達に配っていくと、少々ぎこちない感じだが彼らは一枚ずつ取りながら自分の後方に座る生徒へプリントを回し始めた。エルトニアの公用語を使った手書きのプリントに驚いているのか、はたまた後ろにプリントを回していくという文化そのものが無いのか。何にせよ東京の常識で授業を進めていくのは止めた方が良さそうだ。

 

「この授業は基礎物理化学演習第一です。講義を間違えている人はいませんね?」

 

 初回の授業ではこの手の確認をするべきだと研究室を出る直前に平塚先生から言われている。辺りを見回しながら少しだけ待ってみても、特に教室を出ていくような生徒はいないようだ。

 

「ではまず自己紹介を。前期の基礎物理化学演習第一を担当する平塚礼二です。まだ皆さんとそう歳も変わりませんが、こう見えても先生です。これからよろしくお願いします」

 

 一番後ろ側の生徒にまでプリントが行き渡ったことを確認してから口を開く。ゼミという小さな単位での勉強会ではない一対多の大きな講義という物は、最後に受けたのが大学院に入ってから最初の一年の時までさかのぼる。そう考えるとこのようなスタイルの授業という物に結構な緊張感を覚えてしまう。今は自分が教える側に居るのだから尚更だ。

 

「さて、この講義の頭には基礎という言葉がついています。この講義は昨年まで君たちが受けていた予備教育、それの復習を目的としたものです」

 

 基礎という言葉を発すると、一様に生徒達の顔が曇っていく。彼らの多くはこの国立東都工科大学に入学する前には、リーヴェル魔術学校に通っていたのだ。かの名門校は入学考査がかなりの難関であるとのことだから、彼らは相応の学力を備えていたのだろう。

 

 まだちょっと顔を合わせただけの僕には軽々しく判断することは出来ないが、おそらく彼らの心の中にあるのは自分自身への憤りのような感情だろう。生徒達がどういった考えで東都工科大学に移ってきたのかは定かではないが、その第一歩目である予備授業で後れを取って、記念すべき大学での授業初日のラストを飾るのがこの基礎復習講義だ。講義の対象となる生徒も昨年度末の定期考査に引っかかった層くらいだし、屈辱に思う人がいたところで何ら不思議は無いのだ。

 

「君たちはこれから他の授業、例えば物理学第一や化学第一などで大学範囲の勉強も行っていくものと思います。この講義はそれらの応用範囲を勉強するためにもう一度基礎を見直そうという理念で行います」

 

 だがこちらとしてみれば、今まで魔術関連の勉強しか行ってこなかった人間が、宜しくはない成績とは言えども予備授業を心を折らずに乗り切ったというのは凄いとしか言いようがない。いくら予備授業の範囲が一般的な高校過程の物だとはいえ、このエルトニアでは全く流布していないような事柄を一年間で頭に詰め込まなくてはならないのだ。そもそもカルキュラムとして無理があり過ぎる。

 

「もしかしたら今更基礎なんてと思う学生さんもいるかもしれません。しかしこの授業で学習する範囲は後に勉強する分野の基礎になる部分です。何となく知ってる程度で済ませると後に綻びが生じます」

 

 こんな話を僕は身を持って思い知ったことがある。それこそ時系列は前世の高校時にまでさかのぼるが、当時とある苦手科目の補講を僕は寸でのところで回避をした。そしてセーフと思いきや、対象分野の勉強をなあなあで済ましてしまったがために次学期以降にエライ思いをした。授業を聞いても何のことかさっぱり分からず、一方で同じくその科目を苦手としていて補講を受けた知り合いは妙に成績を伸ばしていく始末。結果テスト前でもないのにかなりの時間を費やして復習をする羽目になったものだ。

 

「綻びがある状態で発展分野を学んだところで訳が分からなくなるのがオチです。テストの点が低かったからここに居る、なんて考えるのは止めましょう。分からない分野があったから復習をする、ただそれだけです」

 

 最初に話そうと思っていたことを言い終えた。一応学生面々の表情を見てみたが、明らかに不機嫌になっているような人は居ない。一連の話で彼らの琴線に触れるといったことはなかったようだ。初っ端から随分と説教臭くなったが、定期考査の補講程度と捉えられてしまうと講義を受ける方も行う方も面白くはない。

 

「分からないことがあったらその場で質問するでも良いし、恥ずかしいなら後で個別に来るでも良し。せっかく授業に出ていることだし、分からないことをブラックボックスにするのだけは止めましょう。緒言としては以上だけど、何か質問等はありますか?」

 

 ここまでは順調っちゃ順調だが、リーヴェル魔術学校がどのようなスタイルで授業を行っているのかは分からない。日本じゃ基本的に教授が板書やスライドで授業を行い、時折生徒に対して質問を投げかけるのがメジャーだ。

 一方でアメリカでは学生に予習をしっかりさせて、授業では生徒間と教授を交えた討論会のようなスタイルが普通だ。国が違うだけでここまでやり方も変化があるのだから、世界の壁を跨いだこちらの授業スタイルが想像もよらない物である可能性は大いにある。

 

 多分授業を何回か行っていく内に、生徒達のアドバイスも出てきてちょうどいい形式を見つけることが出来るだろう。他の先生方が担当する授業ではほとんど全員の学生が出席するために、総人口が100名近い大所帯だから小回りが利きにくい。だが僕の講義は生徒数20人以下のこじんまりとしたものだ。教室が研究室の勉強会で使う会議室程度の大きさしかないが、それでも授業を行うには十分過ぎるくらいだ。要望があれば講義形式を弄るのだってそこまで大変ではないだろう。

 

「……はい。1つだけ質問を宜しいですか?」

「どうぞどうぞ、遠慮なく」

 

 およそ10秒ほど教卓に腕を乗せて教室全体を眺めていると、すぐ目の前で手が上がった。誰かと思えば、授業の直前に僕に話しかけてきた明るめの緑髪の女学生だ。気が付いてみれば部屋に入ってすぐの時は同年代に対する口調だったが、今はきちんと先生や年上の人間に対する敬語に変化している。

 

「授業と直接関係する話ではないんですが……ヒラツカ先生は、科学とは一体何だと考えていますか? 漠然とした質問ですいません。しかし去年の予備授業では、学んだ知識をどのように生かせるのかが分からなくて……」

「科学は何だ、ですか。人々の役に立つとか、人類の未来を切り開くとか。まあそんな壮大過ぎる世辞文句は去年の予備授業で散々聞かされたんじゃないかな?」

 

 質問をしてきた彼女だけではなく教室全体を見回すようにして問いかけてみると、ちらほらと頷いている生徒の姿が見受けられる。成績の基準の付け方や課題についての質問が飛んでくるのかなあと思っていたら、存外に重い内容の物が来て正直なところ驚いている。こういった質問がいきなり浴びせられるあたり、彼らがただの成績不振な補講受講者では無いことの証明でもあるのかもしれない。

 

「多分今の答えじゃ魔法にも当てはまっちゃうんだろう。魔法は便利だよね。詠唱1つで冷やすも温めるも自由だ。難しい方程式を立てるどころかエネルギーを考えるまでもない」

「じゃあ、科学のメリットってなんなんですか?」

「うーん、よく言われているのが誰が扱っても同じ結果を得られる技術であるということかな」

 

 実験一つを取ってみても、実験ノートをきちんと記載していれば同じ結果をもう一度得ることが出来る筈である。魔力の流れやら精霊の気まぐれで左右される魔法とは違い、そもそもの現象の本質を牛耳ろうとしているのが僕たちだ。

 

「同じ結果ならば卓越した魔導師だって……」

「魔法が使えない人には逆立ちしたって現象の再現は無理だよ。それとね、これは僕個人の考えだけど、現象の本質が分からないのに結果だけにあやかるなんてもの凄い気持ちが悪くないかな」

 

 この辺の考えになってくると、専攻の違いによって意識の持ち方も大きく変わってくる部分だろう。僕のような理学系の人間なら、根っこの原理を解明しなければ新しい発見をしても完結はしないことが多い。工学系や医学系はまた少し違ったポリシーを持って日々の研究を行っているはずだ。しかし科学者全員の共通意志として、分からないことの放置はなるべくしたくはないはずだ。辿れる範囲で現象を紐解くことが、自分の研究の確実性にもつながるからだ。

 

 魔法の研究は、細かな詠唱の違いを追及したり、過去の失われた秘術の解明などをやっているのだろう。しかし魔法がどのようにして発動するのか、そもそも燃やすにしろ冷やすにしろ一体何が対象の分子に対して影響を与えているのかは定かではないはずだ。言ってしまえば魔法は中身がブラックボックスのプログラミング言語に近いのだ。

 

「分からないことを無くしていきましょう。ブラックボックスは明るみに出しましょう。多分ココが魔法と科学の最大の違いにして科学の本質だと思うよ」

「分からないことを……無くす」

「そうさ。更なる発展を目指すのならば暗礁なんて少ないに越したことはない。それは科学もそうだし、この授業の目標でもある」

 

 なんだかすごい自然な流れで授業の話に戻せた気がする。いきなりの重量級の質問に対しても余裕を持って答えられたし、授業と関係の無い話から授業に関連付けることも出来た。顔には出さないが、今の僕の心を表情にするならばドヤ顔というやつである。

 

「……ありがとうございました。今まで聞いたどの説明よりも、分かりやすかったです」

「このような質問が飛び出すあたり、やっぱり君たちは優秀な生徒なんだなあって緊張しちゃいます」

「ええ、まあ……それともう一つだけ宜しいですか?」

 

 どうやら女学生はもう一つだけ聞きたいことがあるようだ。余裕を持った態度で促しながらも、また妙にヘビーな質問が来るのかと内心びくびくしながら待ち構えてみると、彼女の口から出てきたのは意外な質問だった。

 

「先生は先ほどから私たちと翻訳魔法を介した会話をしていませんよね? 今日の他の授業では先生方は全員自動発動型の魔石を使用して授業をしていましたが、ヒラツカ先生はそうではないですよね」

「あー……事前にこっちの言語の勉強をしたからね」

 

 ウソは吐いてはいない。新しい生を受けてから一年とかそういうレベルまでさかのぼるが、こちらの言語を死ぬ気で覚えたことには変わりはないのだ。しかし女学生はどうにも納得した様子を見せない。

 

「それだけじゃありません。他の先生が基本的に黒髪だったり東方系の顔立ちなのに、ヒラツカ先生は銀髪に加えて碧眼です。まさかとは思いますが、先生はエルトニアの生まれなんじゃないですか?」

「……現状じゃノーコメントで。ただし戸籍は間違いなく日本にあるとだけ言っておきます」

 

 あっという間に感づかれてしまった。しかしそう簡単に自分の出生の秘密をペラペラと喋る気にはなれない。

 

 藤沢さんが下手をすれば国が傾きかねない秘密を抱えている一方で、僕もまたある種の爆弾を抱えているのだ。貴族事情というのは面倒くさい。レシルがらみのフォルガント家の事情が分からない今、庶子の片割れであるラスティレイ・フォルガントの存在が明らかになってしまえば、もしかしたらあまり宜しくない影響がレシルに伝わるかもしれないのだ。まだ疑問が残っていると言外に語る女学生の質問を無理やり締めて、僕はホワイトボード前に置かれたマジックペンに手を伸ばした。

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