ファンタスティック・アカデミー!【異世界×大学物】 作:丸いの
「皆さん、今日はお忙しい中お集まりいただきまことにありがとうございます」
週末を目の前に控えた日の夕方。やっと学校としてオープンした最初の一週間を無事に乗り切ったからだろうか、勤務時間としてはそこまできつくはないはずだが大分体に疲れが溜まっているような気がする。そんな疲れにも逆らって、僕は新校舎二階研究フロアの奥の方につくられた会議室に来ていた。
「司会を担当させていただきます、平塚研究室所属、助教の平塚です。それではこのようなタイトルで始めさせていただきます」
手元のポインターを操作して、薄暗い会議室のスクリーンに映し出された発表スライドのタイトルを指し示した。
"第一回対外活動報告会 準備編"。今からおよそ4か月も後に控えるこの報告会こそが、予定では一連の異世界大学進出計画における初の公式対外イベントである。外部から現地の有力貴族をかき集めて、各研究グループが己の研究内容を簡潔に報告を行うのだ。
外務省などの政府の役人も貴族へ話を通したりなどの準備を行なってくれるだろうが、この小さな会議室に集う面々がその報告会で実際に動くことになるメンバーとなる。その一方でこれが今後の計画の成否も掛かっている重要なイベントであるが、参加するメンバーは教授職のベテランではなく比較的若い層で占められている。
「初日の今日は、エルトニアについての基本情報について話していこうと思います。こちらの人に分かってもらうスピーチを行うにあたり、ある程度の相手のバックボーンの知識が有るのと無いのとでは大きく違いますよね」
平塚研究室からは僕と藤沢さんが参加しており、他のグループからも博士課程の学生やまだまだ若い助教が会議室に顔を出している。
藤沢さんはエルトニアで十歳程度までは貴族の中でも最たる地位である王女として過ごしていた関係上、こちらの貴族関連の常識についてはそれなりに詳しい。そして第二の人生の幼少時より本に目を通す事の多かった僕は、歴史や社会的なバックボーンについての知識については自信がある。大学計画の実行委員会に籍を置く川崎さんが僕を司会に据えたのは、割と真っ当な人選だったかもしれない。
「まずは国そのものについて簡単に説明をしていきます。エルトニアの国土は現地の地図などから類推するにドイツと同じくらいの広さとされています。内陸に位置するため周辺を他国に囲まれており、山脈も多く起伏にとんだ地形のため人が住めるような土地は案外狭いですね」
一週間ほど前、川崎さんからこの会議の司会を依頼された時に聞いた話では、当初はエルトニアについての説明をリーヴェル学園区の学校から人員を適当に見繕って行なう予定だったらしい。確かに現地についての説明は現地の人間が一番得意なのは自明だし、出向してきている僕たちには翻訳魔石が貸し出されていることもあり言語の問題もスル―出来る。
しかし川崎さんはあることを思い出す。そういえば参加者の中にエルトニアの知識が豊富な人間が混じっていたなあという事実を。結局直前になって現地説明も司会の僕が担当することになってしまったようだ。
「エルトニアの強みは魔石鉱山です。現代風に言うならば化石資源の大鉱脈を国内に保有しているという感じです。鉱山宿から発展した街もあるようですよ」
聞いている側からすれば、僕は流暢な日本語で喋る奇妙なエルトニア人に見えるかもしれない。なんたって見た目が日本人のソレではないからだ。
東京からこちらに出向してきてからの最初の数日間は、僕と藤沢さんは揃って特異な視線に晒され続けた。何も知識がなければ僕たちは多少ファンシーな色の髪の毛を持った外人に見えるかもしれないが、学園内の敷地を歩く緑や水色と言った凄まじい髪色の人間を見た後では僕らもその同類なのではないかという疑念を持たれても仕方がないだろう。
「そのためエルトニアは魔法関連の技術が他国よりも一歩先に行ってます。魔法技術は一般市民の生活にも根深く浸透し、魔術学校などの教育機関には知見を得ようと他国からの留学生も多く訪れているようです」
豊富な魔石の貯蔵量のために大規模な魔術の発動も可能で、生まれつき魔力を持たない人たちも照明や冷却程度の簡易な魔術ならば魔石でなんとかなるのだ。
技術が進歩しているというのは、言い換えればそれだけ豊かな国であるということでもある。周辺国よりも一歩進んだ魔法技術を持っているために、食糧的な事情でやや苦労をしているエルトニアは魔法技術を対価に豊かな暮らしを可能としている。
「その一方で、豊富な資源を狙って数十年前までは他国との小競り合いが絶えなかったようです。最近の情勢は落ち着いているようですが、国力の維持ということで騎士の育成も盛んですね」
騎士の育成が盛んと言ったが、その最たる例が僕たち国立東都工科大学が間借りする土地の持ち主ことエルトニア王国立魔法騎士学園である。
「そのような背景でエルトニアは昔から魔術系の学問に力を入れています。ここ王都リーヴェルの学園区は、魔術系の学校が集う、言わば学問の聖地のような場所ですね」
スクリーンに映されたスライドの中には、エルトニアでも名だたる名門校の写真がずらりと並べてある。正直な話をすると、川崎さんから司会担当を依頼されるまでは学園区に集う学校の名前なんてエルトニア王立騎士学園とリーヴェル魔術学校くらいしか知らなかった。片や妹のレシルが現在進行形でお世話になっており、片や僕が父上に入学を勧められたという縁がある。
川崎さんに聞いてみれば、その二つ以外の学校もかなり名門として知られている学校であるらしい。学園区の中核である学校の数を見ると、世界有数の研究区として知られる筑波研究学園都市にも勝る勢いだ。
「しかし忘れてはいけないのが、ここに並べた名門校は全て魔術系の分野を扱っており、純粋に科学だけを取り扱うものなんて周辺国を見渡してもここ国立東都工科大学だけなのです」
ポインタのボタンを一つ押せば、名だたる有名校の写真を覆い隠すような勢いで我が大学の新校舎の写真がドドンと姿を現す。他の写真が荘厳な正門やら時を感じさせる大講堂の写真なのに、ウチの大学の物は適当に正面から新校舎を撮影しただけのものなのだから違和感が凄い。それもそのはず、前者は川崎さんから資料として譲り受けたプロが撮影した写真で、後者は三日くらい前に自分で新校舎を撮影した物なのだからクオリティに差が出るのも仕方がない。
「我々からすれば魔法なんて全くの未知領域ですが、彼らから見ても私たちが取り扱う理学は未知なるものなのです。そのため報告内容は学会や討論会の物よりもずっと簡潔に行う必要がありますね」
ここまででエルトニアの背景事情の説明は終わりだ。勿論話のタネが尽きた訳ではない。伊達に十年エルトニア人をやってない、やろうと思えば特産品やら食糧事情等について、更には故郷のおススメ観光スポットについても語れる。しかし報告会に向けた勉強会という本筋に対してみれば、それらの話題は脱線も良いところだ。
特に質問が飛んでくるわけもなく、僕は次のスライドへ移した。
「では次に貴族という存在について説明していきます。実際に報告会に来るのは、貴族を中心として招待された人のみとなります。でも私たちにしてみれば、貴族とは何ぞやという疑問は至極当然の物でしょう」
公家や大名が無くなって久しい現代日本において、貴族という存在は非常に曖昧な物として感じられるだろう。貴族っぽい人々とは一体どういう物かと問われたら、大きなお寺の系譜だったり、代々有力議員を排出している家柄が現代日本人の頭の中にポッと浮かぶかもしれない。
しかしこのエルトニアは貴族制というものが現役で機能している国である。貴族は一般市民と明確に区別されて、尚且つ名ばかりの地位なんかではなく権利と義務がきちんと課されている立場でもある。
「一口に貴族とに言っても色々な区分けがあります。地方都市の領主として活動する公爵や子爵だけではなく、身分としての騎士や文官も含まれます。前者は割と想像しやすい貴族の形ですが、後者は公務員のような立場ですね」
スライドに表示されているのは、数日前に突貫で作ったエルトニアの支配構造だ。社会科の教科書によく掲載されている内閣府と各省庁の関係図のように、王家と公爵等の大貴族下級貴族を樹形でまとめてある。
「報告会へ招待されるのは、主に文官等の小規模な貴族方となるでしょう。貴族の中でも一番多い層ですしね。ただし、彼らだけを対象にしたスピーチを行うというというのは得策ではないでしょう」
確かに一番多く訪れることになるのは小貴族の面々で間違いはないだろう。そもそも絶対数が一番多いわけだし、声を掛けて回ればそこそこの人数を召集出来るのではとは思っている。しかし計画の実行委員会としては、大物を引き連れてくることを目指しているに違いない。それに小貴族の彼らを動かすよりも先に、その上に居る人間を引き入れてしまえばかなり有利に計画が進むだろう。
「貴族の繋がりも社会の一つです。横のつながりがあれば縦のつながりもある。小貴族たちの親玉、公爵をはじめとする大規模な貴族の引き込みこそが、効果的なエルトニアでの科学技術への理解に繋がるでしょう」
大貴族。そんなワードが出た瞬間に、今まで大人しい様子で特に眠そうな様子も見せずに話を聞いていた藤沢さんが、意味ありげな視線を僕の方へと向けてきた。その視線に僕も苦笑いを浮かべながら返す。
彼女は言わずもがな、大貴族どころかそれを束ねる立場にある王家の娘さんだ。そして今まで他人顔で貴族が云々と話し続けてきた僕も、いくら除籍処分をくらったとはいえなんだかんだで貴族の系譜なのである。それもそこらの貴族とは比較にならない。
「その中でも、六大家と言われる貴族を引き込むことが出来れば大きいでしょうね。数百年前から続く由緒正しい家柄ですし、国内での発言力も王家に次ぐとの話です」
ボードに映されたのはエルトニアの地図の中に、六大家と称される大きな貴族の家名が、統治をしている場所ごとに書かれている。それぞれの名前は一つを除いてこちらで生活していた頃に聞いたことがある家柄であり、そしてその唯一の例外も別に知識がなかったというわけではない。
"エルドリアン統治 フォルガント家"。聞いたことがあるなんて程度じゃない、まさか実家をこういうところで紹介することになるなんて、家出をした時には想像すらもしていなかった。
* * *
「アンタもそういえばフォルガント家っていう大貴族だったのよね」
「実感は皆無に等しいよ。そもそも除名済みだしさ」
無事に初回の勉強会を終わらせて、ただ今マイデスクにて今週の実験成果を確認している最中である。時計に目を移してみればもう夜の九時も回ったころだ。夜間になるとメガソーラーによる自家発電が不可能になるため、なるべく電気を使わないようにとのお達しが出されている。そのためだろうか、扉から見える廊下の景色は最低限の明かりしかついておらず、ぴかぴかの新築だというのに少々不気味な雰囲気だ。
終夜で仕掛ける実験も限度を守るように指示を出されることもあり、リーヴェルキャンパスに来てから早二週間経つ今じゃ、参加メンバーが自然と朝型の生活をするようになった。夜に電気を使えないのなら、早起きをして実験そのものを前倒しにしようという考えである。
「君の実家の方々は、ライア殿下が科学技術普及賛成派らしいね。国として推進する方向に動いているのも、殿下の行動によるところが大きいとか」
「……懐かしいわね。姉様は昔から頭の良さで評価をされていたけど、ここまで頑張っているなんてね」
朝型の生活が普及しているということは、つまりは夜遅くまで残っている人々も少なくなるということである。平塚先生を始として他の先生方や学生の姿は既に見えず、居室に残っているのは僕たち二人だけだ。だから秘密にしなければならないような内容の会話も気兼ねなく行えるというわけだ。
ただし人が居ないから気楽で良い等というわけもない。ようやくあらかたデータの解析も終了し、やっと寮への撤退準備に取り掛かれるところまできた。そして藤沢さんも、どうやらプリントの束に目を通しながら時折雑談のタネを仕掛けてきていることから、帰ろうと思えばいつでも行けるのであろう。
「……ねえ、六大家の子息に対して大きな顔が出来る人間ってどういう層だと思う?」
「えっ、藪から棒にどうしたのよ」
「まあ、ちょっと疑問に思ってね」
異動記念で新調した新型のノートパソコンを閉じてそんなことを尋ねてみると、藤沢さんは怪訝そうな声で返してきた。少々話題の振り方が雑だっただろうか。
「どういう想定なのか分からないからなんとも言えないけど……普通に考えて、他の六大家の人間か、もしくはさらに上の家柄の人間じゃないの?」
「更に上ねえ……」
六大家の中でも一番規模が小さいとされている、元我が実家ことフォルガント家。その一族よりも上に立っている面々を上げようとすれば、他の六大家の由縁がある人々か、もしくは全ての貴族の上に立つ王家ということになる。
先日レシルに絡んでいた二人組の男子生徒は一体どこの人間なのだろうか。あの時のレシルの対応を見ている限りでは、彼らはおそらく王家の人間ではないだろう。貴族社会を生きている彼女の事だから、どんな事があろうとも王家の人々に手を上げるなんてことは絶対にしないはずだと信じたい。
ならば彼らは六大家に関係する人物なのか。しかしレシルはそもそもの生まれが僕と同じくやや特異な立場にある。あまり聞こえの良い話ではないが、庶子であるという事実を抱えて生きていると色々苦労があるのかもしれない。ともすれば、彼ら二人は六大家などではなく別にそこまで大きくはない家柄の出身の可能性もある。
そして一番の懸念は、彼らが口にしていた"あのお方"とやらの存在だ。考えられるのは、男子生徒二人はその誰かの付き人に過ぎず、その誰かこそがかなりの大物であるということだ。
「……ちょっと怖いなあ」
「だからどうしたのよ。まさか講義の最中に変な輩にでも絡まれたの?」
「ちょっくら気になっただけさ。僕がそういう訳じゃあないから安心してね」
とりあえずこの先は明日改めて考えることにしよう。そもそも当事者不在の状況で色々考えたところで、結局はただの類推でしかないのだから。
「さてと、僕は帰る準備が出来ました。そんじゃ電気と鍵ヨロシク」
「いや、そこは待ちなさいよ。こっちも後は鞄に押し込めるだけで終わるっての」
帰る旨を伝えてみたら、案の定藤沢さんはジロリと僕を一睨みして荷物を纏めはじめた。彼女の言うとおりパソコンの電源は既に落としてあったようで、ファイルに読んでいた論文プリントを挟み込んで筆箱と一緒に鞄にしまえば、もう部屋を出る準備は万端だ。
結局一分足らずで席を立った藤沢さんを横に引き連れて、薄暗い廊下へ身を乗り出した。流石は最新設備だけあり、人が通りかかるとセンサーが反応して照明が灯されるようにつくられているようだ。一歩踏み出した瞬間から廊下の薄暗さが大分和らいだ。
「藤沢さんは最初の一週間はどんな感じだった? 本キャンに行ったりこっちに戻ったりはやっぱ大変じゃないかな」
「……流石に週に二日向こうに行くのは大変ね。早朝の大月との連絡バスに乗っているのは私だけだし、その大月からもかなり早い電車じゃなければ一限の授業には間に合わないわ」
行きが大変ということは帰りも大変ということだ。授業後にどんなに急いで本キャンパスを出ても、リーヴェルキャンパスに到着するのは夕食会が始まる少し前らしい。つまりは完全に一週間の内の二日が潰れてしまうということなのだ。
「列車の中で勉強しようにも、疲れで眠気が着ちゃうし……なんとか慣らしていくしかないわね。レイはどうなの?」
「僕かい? まあ、ボチボチと言ったところだね。授業や今日のような勉強会があるから以前より実験に割ける時間は減ったけど、多分藤沢さんほど激務じゃないと思う」
階段を下り終え、二人揃って新校舎の出口をくぐり抜けた。流石にこの時間になると守衛さんも常駐してはいないようで、人気は僕たち以外には感じられない。外に出てすぐに、おそらく東京よりも一回り以上冷たいであろう空気が頬を撫でる。灯りの多い東京の夜では決してあり得ないような満天の星空が頭上に広がるが、その星々の配置はここ五年間や前世で覚えた物とは全く異なる物だ。
新校舎と寮の周囲には、どうやら僕たちのような夜遅くまで残っている層に配慮をしているのか、簡素な街灯が配置されている。新品にもかかわらず随分と弱々しい光を放っているが、この光すらも無くなったらおそらく周囲はほとんど完全な暗闇になってしまって歩くどころでは無くなる。しかしそれでも足元に注意をしなければならない程度に薄暗いことには違いなく、自然と僕と藤沢さんの距離は近い物となっていた。
「あ、そうそう。言い忘れたことがあったんだ。藤沢さんは明日何か予定ある?」
「特に予定はないけど、どうかしたの?」
「なら良かった。明日の朝食後に時間を貰えるかな。妹の件で少し相談があってね……」
怪訝そうな表情を浮かべる藤沢さんだったが、明日話すと最後に付け加えるとしょうがないという様子でため息を吐かれた。
最初に彼女と遭遇した時に、悩みや愚痴を言い合えるような仲になろうと藤沢さんは言っていた。当初はほとんど愚痴を聞かされるだけなのだろうなどと思ったりもしたものだったが、なんだかんだ言って僕が彼女に頼る時もあるのだ。こんなのんびりとした関係は、僕は嫌いじゃない。