ファンタスティック・アカデミー!【異世界×大学物】   作:丸いの

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第六話「探索!! 週末の学生街」
その1


 ガーリックトーストの横にスクランブルエッグとこんがり焼いたベーコンを添えて、更に食感シャキシャキなサラダで彩ったプレート皿。その脇に湯気を立てるコーヒーマグカップを置けば、少なくとも僕基準で考えれば朝食べるものとしては最高峰のラインナップである。

 現代日本から未開同然の街に赴いてから二週間近くが経過したが、気軽に外へ赴けないということ以外には特に不満などはないというのが現状だ。異世界行きをする直前まで衣食住のグレードダウンを覚悟していたものの、無用な心配だったようで本当に良かった。

 

「ねえレイ、もう朝食始まっているのに先生の姿が見えないけど……」

「平塚先生は東京に向かっているよ。藤沢さんには伝え忘れてたみたいだね。送りきれずに早川研へ置いてきたサンプルを持ってくるんだとさ」

 

 向かいの席でパンを頬張る藤沢さんが、本来であれば平塚先生が座っているであろう空席を怪訝そうな視線で眺めた。確か先生は昨日の夜に本キャンの方に忘れ物を取りに行くという話をしていたから間違いないはずだ。

 空席と言えば、食堂全体を見渡しても今日は人の入りが少ない。普段ならば長机に空席が出来るなんてことは殆どないが、今日は目に見えて人口密度が下がってしまっている。加えて言うならば席についている面々は比較的若いメンバーが多く、どうやらちらほらと見える空席達の主は、その多くが教授職系の方々のようだ。

 

「みんな一段落したからかな。多分一時帰宅している先生方が多いようだ」

 

 こちらに来るまで現代日本とエルトニアとの行き来が非常に大変なものだとは思っていたが、どうやら面倒くさい手続きもいらずに案外簡単にこなせるものであるらしい。早朝から既に大月駅行きのマイクロバスが運行しており、藤沢さんも本キャンパスに向かう際には始発便にお世話になっているとか。

 そんな感じで現代日本への帰還が割かし敷居が低いということもあり、単身赴任という形でエルトニアへ出向している先生方はこぞって週末になると一時帰宅をしているようだ。今日の実験室は人が少ないということもあり、作業をするならば普段以上に集中出来る事だろう。

 

「今日は人も少ないから実験日和だね。いつもよりも伸び伸び出来そう」

「でもレイは今日レシルちゃんの件で話したいことがあるって言っていたじゃない」

 

 そう、確かに今日は実験日和ではあるし、土曜の一日くらいは潰して研究にあてても良いと思えるくらいの環境ではある。しかし今日に限ってはそういう訳にもいかないのだ。

 

「うん。わざわざ予定を開けてくれてありがとうね」

「元から週末は空いていたから大丈夫。それにアンタの方から相談なんて珍しいから気になったのよ」

「相談というかなんというか……ちょっと藤沢さんには負担を強いてしまうかもしれない」

 

 一度離ればなれになったとはいえ、おそらく僕はレシルにとってかなり親しい位置にいる肉親だろう。本来ならば彼女が抱える悩みを解決するのは、そんな親しい親類が支えてやるべきなのが筋だ。僕自身、可能ならば彼女と二人で話し合って解決していきたいとは思っている。だが、数日前に直面した妹の件は、正直な所僕一人だけで賄いきれる自信がない。

 そもそもの問題は、レシルが裏表を持った性格に育ってしまっていることだ。まだ再会してそんなに顔を合わせた訳ではないが、冷酷な側面を見せる彼女の姿は、昨年秋に東京の旧宅にて2人きりで話していた時には欠片も見られなかった。

 

「実はね……先日妹の姿を見かけた時、少々様子がおかしかったんだ。なんと言うか、すごく冷たい雰囲気で騎士学園の学生とにらみ合ってたのさ」

「レシルちゃんが? 去年レイの部屋で会ったときは快活で素直そうな子に見えたんだけど」

「それだけならまだしも、その直後に僕が見ていたと分かるや否や、今度は泣き出しちゃってね……」

 

 僕の言葉を聞いてもうまい具合に想像をすることが出来ないのだろう、藤沢さんは首を傾げながら眉をひそめた。気持ちは痛いほどわかる。彼女の言うとおり、確かにレシルの再会した当初の印象は快活で素直そうな女の子だったのだ。そんな彼女が冷徹な面を見せつけただけでも驚くべきことなのに、一転して泣き顔を見せるなんて言葉に表してみたら不安定極まる。

 

「それって、レシルちゃんが仮に裏の顔を持つとして、兄であるレイに見られたくなかったってことかしら」

「多分そんなところだと思う。正直心当たりはあるよ。なんせまだ幼い彼女を放り出したのは僕自身なのだから、それがきっかけで二面性を持ったのかもしれない」

 

 空になりつつある白皿を尻目に、まだ湯気を切らしていないマグカップに口を付ける。一つまみも砂糖と牛乳の混じらぬ苦味が、少し喋り疲れた口内にじんわりと行き渡った。

 

「取りあえず導入はこんなもんだよ。これ以上はまた後にして、まずは食事を済ましちゃおうか」

「……存外に重そうな話ね。今本題に入ったら食事時間が無くなりそうだから賛成。それで、食後は居室か適当な会議室とかでやる?」

 

 食事を終わらせて食堂を後にする人がチラホラと現れはじめたようだ。彼らの多くは週末の今日も新校舎の方に移動して、居室でデスクワークをしたり実験室で作業をしたりするのだろう。だから彼らの邪魔をしないためにも居室で相談会は止めておいた方が良いだろう。じゃあ適当な会議室というのはどうだろうか。週末なんて人が少ないし勉強会が入ることもそう無いだろうから、平日でなければ当日予約という選択肢も悪くはないだろう。しかし、僕にはそんな選択肢なんて最初から用意はされてはいないのだ。

 

「藤沢さん。僕は昨晩相談があるって言ったね」

「そうだけど……それがどうかしたの?」

「すまんね。そりゃあ実は嘘なんだ」

「……はぁ!?」

 

 一瞬ポカンとした表情を浮かべた藤沢さんは、直後に大きな声を上げながら眉を顰めた。問い詰められるように淡い金色の瞳で睨まれると毎度ごめんなさいと謝りたくなってしまうが、ここはグッとこらえてなるべく平静を保つ。

 

「なので、藤沢さんは食後に黒髪かつらを持ってきてください」

「……それってもしかして」

「最初にこっちへ来たとき、しっかり街を歩きたいって言ってたよね。外出届はちゃんと藤沢さんの分も申請しているから、後は外出準備をするだけだ」

 

 彼女の顔がすぐさま驚きに変わるのを見て、少しだけ得意げな気持ちになれた。確かに話し合い程度ならば校舎内でも十分可能ではあるが、折角の週末なのだからもう少しだけ奮発したって罰は当たらないだろう。

 それに、まだ藤沢さんに明かしていないことがもう一つある。今回の話し合いが果たして相談なのかは、実のところ外れているのだ。

 

 

*  *  *

 

 

 学生という人種は、時に妙にけち臭くなり、時には妙に羽振りが良くなったりするのだ。前者の状態では彼らの足は格安の定食屋へと向かい、後者の状態では少々洒落たカフェテリアへと向かう。古くからの大学街では、多くの場合どちらの需要も満たせる店が揃っている。現に僕も前世の頃は安い定食に舌鼓を打った数日後に、個人経営の喫茶店で妙に高いコーヒーで一服したものだ。

 そして国が違えど街並みは似通ってくるというのだろうか。リーヴェル学園区の店並びも、大衆食堂がドカンと配置されていたと思えば妙に小奇麗な軽食屋が一角を自己主張している。楽しそうに食堂へ入っていく男子学生の集団、テラス付きのカフェテリアでケーキのようなものを食べながら談笑する女子たち。エルトニアと日本、世界が違うし常識もまるで違う二つの国。しかし学生街という単位で見れば案外似ているところも多そうだ。

 エルトニアでも今日は休日として扱われており、この学園区も休日の大学街のように閑散としているのかと思っていた。しかし蓋を開けてみれば、どこの店を見ても満員とは言わないものの若い客の姿があった。

 

「いっらっしゃいませ!! 何名様ですか?」

「二人ですが、もう一人が先に来ていて待ち合わせなんです。それとホットを二つお願いします」

 

 そして今入ったこの喫茶店も、中を見わたしてみれば満員というわけではないけれどチラホラと若い客の姿が見える。中にはご丁寧にも学園の制服と思わしき服装で談笑する少年少女もおり、改めてここは学生街なんだなあと感じる。

 内装は日本で言うところの隠れ家カフェのような感じだ。小窓から入る日光が薄暗い店内を淡く照らし、白塗りの壁にあるランプ照明が橙色光を優しく発する。ところどころに掛けられた小さな絵は、手ごろそうなサイズとは裏腹に結構なお値段がしそうな気がする。棚の中に並べられた銀や陶磁の食器たちは、果たして実際に使うために置いているのか、それとも観賞用なのか。

 全体的に値段が高そうな雰囲気の店だ。大理石の床や椅子などといった分かりやすい高級感っぽさが無い分、むしろ逆に上流階級感があるといえよう。日本円換算をするならばコーヒー一杯が500円ワンコインではまずすまないだろう。前世の学生時代に背伸びをしたことはあったが、ここまで高級そうな店に立ち寄ったことは記憶にない。

 

「……レイって普段こういう店に来ているの?」

「んな訳無かろうて。そもそも本キャン近くの大学街にゃこういう店はほとんど無かったはずだよ」

 

 そんな高級そうな店の客層が若い学生メインというと、少々どころかかなり違和感がある。しかし思い直してみれば、この学園区の学生たちの中には貴族の身分だっているのだ。我が東都工科大学が間借りをしている土地の主も貴族が多く通う学園として有名であるはずだ。そうなるとちょっと一服してくると言った軽い気持ちでこんな店に入ることだって案外造作も無いことなのだろう。

 少しだけ緊張感を覚える僕と藤沢さん。片や元貴族、片や元王族なんて人間だが、心はすっかり庶民なのだ。

 

「……妙に様になっているわね」

「僕だったらこんな空間で一人ポツンといたらドキドキのバリバリだね」

「ドキドキはともかくバリバリって何よ……」

 

 待ち合わせている相手の姿は、探すまでもなくにすぐ見つかった。ポツンと漏らす藤沢さんの通り、椅子に腰かけて本を片手にコーヒーに口を付ける姿は異常に様になっている。年齢は他の若い客とそう変わらないというのに、その机だけが妙な存在感を醸し出す程度には。

 伸ばされた銀髪は薄暗い店の中でも金属質な輝きを失わず、閉じられた目元が年齢以上の風格を与える。姿こそそっくりな僕でも、果たしてここまでこの空間にマッチした雰囲気を醸し出せるかと問われたら、まず首をふってしまうだろう。

 

「お待たせ、レシル」

「……あっ、兄さん着てたんだね!! ちょっとボンヤリしてて気が付かなかったや」

 

 凛とした貴族令嬢の風格を漂わせていた我が妹は、声を掛けた瞬間に一気にその雰囲気を柔らかいものへと変えた。ついさっきまで冷たさを感じさせていた切れ長の目は、今じゃ大きく開かれてしっかりと僕の顔を碧眼でとらえている。ここまで雰囲気がコロコロと変わるというのは、中々にすごい事だと感じる。

 

「レナさんも来たんだ!! おはようございます!! あれ、でも髪の毛が……」

「おはよう、レシルちゃん。それとこれはかつらよ。ほら、素の色だとこの街じゃあ結構大変じゃない」

 

 藤沢さんの誇るマンガンヘアーは、今は入学式の時と同じく黒いかつらで覆われてしまっている。二週間近くも大学校舎の中で生活をしているとついつい忘れそうになるが、僕たちが居るこの街はいわゆる城下町なのである。この喫茶店へ訪れた時に通った大通りでは遠景に王宮の姿を見ることが出来るくらいには、市民にとっても王家と言うのは身近な存在なのだろう。そんな街を王家の人間のシンボルともいえる赤紫色の髪の毛を晒して歩けばどうなるかなんて分かったものじゃない。

 

「それで、結局相談がウソってのはどういうことなのよ」

「見ての通りさ。当事者不在のまま部屋で話し合うだけじゃあ解決への道が遠そうだし、ならいっそのことオープンな場で事を運ぼうと思ってね」

 

 藤沢さんが呈した疑問の内容がよく分からないのか、レシルは不思議そうな表情を浮かべつつ首を傾けた。思わず目元がにやけてしまった僕の表情は、それはもうだらしがなく歪んでいるのだろう。思わず彼女の頭に手を乗せたくなってしまう。

 

 藤沢さんに言った通り、今日やろうとしていることはただの相談なんかではなく、どちらかと言えばリハビリテーションに近いものである。

 レシルと学園の生徒がトラブルを起こしたあの日、彼女が泣き止んだ後に僕は一つの提案をした。もし予定が開いているならば週末に街を散歩でもしないかと。妹の一緒にいる時間を何とかして作ろうという思いつきで提案したことなのだが、彼女と別れて夜部屋で考え直してみれば、コンディション次第じゃもしかしたら状況が好転するきっかけになるのではと思ったのだ。

 

 レシルには失礼な話かもしれないが、そもそもの問題はもしかしたら彼女は他人との距離感を推し量れていないのではと思ったのだ。最初から友好状態で話しかけてきた藤沢さん相手は別として、我が義父こと平塚先生と相対した時の彼女の事務的な対応は、この間の男子生徒達とのいざこざに通じる何かを感じさせるのだ。

 しかしそこを解決するためには、兄である僕だけじゃあおそらくは難しいだろう。なんたって他人との話し合いに慣れて貰いたいと思っているのだ。肉親の僕じゃあ練習になんかならないだろう。その点、初対面時のインパクトから壁を作る間もなかった藤沢さんは、結構適任であると思っている。赤の他人ほどハードルが高いわけでもなく、だからといって友達というわけでもない。良い感じに微妙な距離感だ。行く行くは平塚先生も交えていきたいが、彼は彼で僕以上に忙しいから今は目標に留めるにしておこう。

 

「というわけで、ここで一服ついたらウィンドウショッピングにでも行こうか」

 

 丁度ウェイトレスさんが机にカップを二つ置いた。よく市販のコーヒーのキャッチコピーで挽きたてがどうこうとかが出てくるが、本当の挽きたてコーヒーは匂いの強さも香ばしさも段違いだ。言う程こういう店に訪れたことがあるわけじゃあないけど何となく分かる。朝食で飲んだコーヒーが不味いとは言わないけども、やっぱりこちらの方が味も強くて好みだ。

 

「それにしてもこういう隠れ家的なカフェってこっちにもあるんだね。良いところを知ったよ、ありがとうレシル」

「えへへ……ここって静かだし客層も安定しているから、結構落ち着くんだよね」

 

 惜しむべくは値段が想像通り高めなところだ。わき目でメニューを見てみればコーヒー一杯で日本円換算で千円札一枚に少し届かないくらいで、試しに置かれたコーヒーの近くに小銭を置いてみればウェイトレスさんは感謝の言葉を述べながらもごく自然な流れでそれを受け取った。このチップを加味してみると、実質コーヒー一杯が千円に相当することになる。うん、高い。

 しかしチップを置いた瞬間の藤沢さんの視線は怖かった。相手が若くてかわいい系の女性であり、客である僕はちゃんとした男性。確かに机の上にお金を置いて渡すところを見れば、金でナンパか何かをしている場面に見えないこともない。まあいくら日本にチップという文化が無いにしろ、僕のような小心者が人の前で堂々とナンパをするわけが無いことも分かっているのだろう、すぐにチップの支払いをしていると理解をしてくれたようだった。あの路傍の生ごみをどう処分してやろうかという視線は、向けられるだけですくみ上るから是非とも止めていただきたいものである。

 

「あくまでもウィンドウなのね」

「助教をなめるなよ。本の執筆とかで稼いで行かないと飯に困窮しちゃうんだからね。住処と食事が格安で賄われている現状は、本当助かっているんだよ」

 

 だらしがなく肘をついて愚痴を漏らしてみれば、藤沢さんは何とも言えない表情でため息を吐いた。去年まで支給されていた奨学金の返済を助教の職という最終防衛ラインを駆使して逃げ果せたが、それでも安月給ということには変わりはない。論文執筆は研究活動の発表だけじゃあなく自分の生活を向上する手段なのだと昔平塚先生に言われたが、今になってその意味が身にしみてわかる。

 

「はあ、なんだか夢も希望も無い話ね……まあいいわ。じゃあトコトン見回ってやろうじゃないの。レシルちゃん、今日はレイを引きずってでも歩き回りましょうね」

「え、ええと……うん、今日はよろしくお願いします!!」

 

 威勢よく返事をするレシルの姿を見て、やはり彼女にはこういう明るい姿が似合うとしみじみ思う。少なくとも今日に関しては、意地でも彼女には悲しみを感じさせないようにしてやろう。それこそこの身を引きずり回されることになっても、絶対にそれだけは守り通してやる。

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